司冬ワンライ/器用不器用・心配

「久しぶりのお休みだぁあ!…でも何しようかなぁ」
休日を謳歌していた咲希は伸びをしながらも少し首を傾げた。
今日は午後からのバンド練習もなく、バイトも入っていない。
何もない降って湧いた休日、に咲希は色んな選択肢を思い浮かべた。
ショッピングは良いが一人で行くのもつまらないし、かといってバンドメンバーは全員予定があったのである。
「やっぱり外に行こうかなぁ…って、あれ?」
スマホにメッセージが来ていたようで慌ててそれを開いた。
あ、と咲希は顔を輝かせる。
「…とーやくんだぁ!」
珍しい彼からの連絡に咲希はにこりと笑った。
青柳冬弥、昔から家族ぐるみの付き合いがあり…兄である司が大切に想っている人、だ。
「…もしもし?とーやくん?連絡遅くなってごめんねー!」
文章で送るより電話のほうが早い!と咲希は番号をタップする。
電話口の彼は大丈夫です、と告げてから申し訳なさそうな声で、あの、と切り出した。
「?どうかした?」
『実は咲希さんにお願いがありまして…』



「それで、砂糖をー……」
「…なるほど」
咲希がレシピを読み上げ、冬弥が材料をボウルに入れていく。
「…えへへっ」
「?どうかしたんですか?咲希さん」
にこにこする咲希に冬弥が首を傾げた。
「ううんっ!まさか、とーやくんのお願い、がお兄ちゃんに渡すクッキー作りに協力してほしい、だとは思わなかったから!」
咲希の言葉に冬弥が頬を紅く染める。
本当に【お兄ちゃん】のことが好きなんだなぁと咲希は嬉しくなった。
きっとこの二人はいつまでも仲良しでいるんだろうな、と思う。
心配の余地もないのだろう…司は常に心配しているようだが。
『オレは冬弥を愛しているし幸せにする自信がある。だが、その愛は冬弥にとって重いものかもしれんからなぁ。幸せの定義だって、人それぞれだろう?』
そう言っていた兄を思い出し、咲希はにこりと笑う。
「…きっと、お兄ちゃんの幸せはとーやくんにとっても幸せだよねっ」
「?どうかしましたか?」
「何でもないよ!…それにしてもとーやくんって器用だよねぇ。アタシも見習わなくちゃ!」
首を傾げた冬弥に首を振ってから咲希は天板に並べられた、焼く前のクッキーを見て、ほう、と息を吐いた。
可愛らしい形が沢山並んでいて、見るだけでも楽しい。
「あっ、これ、フォレスタンベアー1号だよね?!かわいー!」
「…ありがとうございます。咲希さんのクッキーも可愛らしいです」
「ホントっ?!明日練習に持っていこうと思って!いっちゃんたち、喜んでくれたら良いな!」
「きっと、喜んでもらえると思います」
「えへへっ、そうだったら良いなぁ!」
ふわりと笑う冬弥に咲希もにこにこと笑った。
「そう言えば、どーしてクッキーだったの?」
天板をオーブンに入れながら咲希は首を傾げる。
電話口でのお願い、は『バレンタインに司先輩へクッキーを渡したいが作り方を教えてもらえないか』だったのだ。
「…俺は不器用ですから、気持ちを上手く伝えられない気がして…。けれど、手作りのものなら気持ちが伝わるかと思ったんです。クッキーは、俺が好きなものですから」
「…好きなものを渡して、好きを伝えるってことだね!」
「はい」
手を叩くと冬弥は照れたように笑った。
そういう不器用さは咲希の大好きなバンドボーカルに通ずるものがあるなぁ、なんて思いながらオーブンの戸を閉める。
「…そこがかわいーんだけどっ」
「?咲希さん?」
「…ね、とーやくん!焼けるのを待つ間、ラッピングを決めようよ!」
さらりと髪を揺らす冬弥に咲希は笑顔を向けた。


オーブンから幸せな香り漂うまで後もう少し。

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