ほなしほはる

きょろ、と隣の教室を覗く。
すると先に彼女のほうが気付いたようでふわりと笑った彼女が、「望月さん!」と声をかけてくれた。
「!桐谷さん」
「どうかしたの?天馬さんや星乃さんならさっき…」
「ううん!今日は桐谷さんに用事があって」
「?私に?」
きょとりと遥が目を瞬かせる。
それはそうだろう、今まで穂波と遥はあまり接点がなかったのだから。
「えっと、この前ワンマンライブについて相談に乗ってくれたでしょう?その時のお礼をちゃんとしてないな、って」
「…ああ。…あの後改めて来てくれたから、それで十分だったのに」
くすくすと遥が笑う。
一つ一つの所作が綺麗で見惚れてしまいそうだった。
みのりがずっとファンだという理由も何だか分かる気がする。
…それに。
「…?どうかした?」
「あ、ごめんね!…えっと、バレンタインも近いからもし良ければ、と思って…」
はい、と穂波は小さな袋を遥に手渡した。
「!良いの?」
「もちろん。使ってくれたら嬉しいな」
「ありがとう、望月さん。…開けてみても良い?」
何だか彼女がワクワクしているような気がして思わず笑ってしまう。
是非、と促すと遥は嬉しそうに中身を取り出した。
「わぁ、ペンギンのアロマキャンドルだね。可愛い…っ!」
「うん。桐谷さんは糖質制限をしてるって一歌ちゃんや咲希ちゃんから聞いたの。だから、日常で使えるものが良いかなって…。キャンドルを使い切ったら小物入れとしても使えるんだよ」
「凄い…!それに、とても良い香り。望月さんが作ったの?」
無邪気に言う遥に穂波は微笑みながら頷く。
「…でも、大したことじゃないんだよ?とっても簡単に出来るし…」
「簡単でも、私の為に作ろうって思ってくれたんだよね?…ありがとう、望月さん」
ふわ、と彼女が笑った。
アロマキャンドルの香りが鼻をくすぐる。
素敵な人だなぁと穂波は笑みを浮かべた。
きっと、だから、好きになったのだろう。
…穂波の、一番近いところにいる人は。
「…わたしも、好きになっちゃいそうだな」
「?私は、とっくに望月さんのこと好きだよ?」
にこ、と遥が笑う。
「ありがとう、桐谷さん。わたしも、桐谷さんのこと好きだよ」
「ふふ。…あ、そうだ!望月さんは苦手なお菓子とかある?」
「ううん、大丈夫だけど…」
「じゃあ今年は望月さんのためにも頑張っちゃおうかな?…あのね、その日はチートデーにしてあるの」
こそ、と彼女が言い、穂波は思わず笑ってしまった。
「じゃあわたしも美味しいお菓子作ってくるね」
「本当?!楽しみだな」
にこにこと遥が笑う。
何だか可愛くて手を伸ばしかけた…その時。
「…穂波?そんな所で何やって…」
「!志歩ちゃん!」
後ろ扉から声がかけられる。
そこにはベースを持った志歩が、いた。
「日野森さん!」
「こんにちは、桐谷さん」
「こんにちは!あ、見て。これ、望月さんから貰って…」
嬉しそうに遥が志歩を呼び寄せ話し出す。
柔らかい表情に、本当の『好き』を見せつけられた気がして穂波はそっと息を吐いた。
志歩も、遥も、幸せそうで。
叶わなくて良いから願わせて、なんて口の中で呟いてみせる。
「へえ、流石穂波。器用だね」
「凄いでしょう?特にこの顔が可愛くてね…」
「…何で桐谷さんが自慢気なの」
楽しそうに志歩が笑った。
きっと、かなわない、けれど。
「だって、望月さん、凄いから」
彼女がそんな風に笑うから、もう少し欲ばってみようかな、なんて思ってしまう。
ほんの少し、ほんの少しだけ。
そのキラキラした笑顔を、『わたし』に。

「今度はもっと頑張るね、桐谷さん!」
「!わぁ、楽しみ!」 
「…ちょっと、もう…」
呆れた様な志歩に、穂波は笑う。
「…負けないよ、志歩ちゃん」
「!!ああ、そういう……」
「え?」
きょとんと遥が目を瞬かせた。
志歩が悪い顔をする。


もうすぐバレンタイン。

…私だって負けないよ、なんて笑う彼女との間に…柔らかな香りがふわりと通り抜けた。

name
email
url
comment