第6回しほはるワンドロワンライ/猫・冬の終わり

先週に比べて随分と暖かくなった。
もう冬は終わるのだな、と志歩は小さく微笑む。
「…あっ、日野森さん…!」
「…って、桐谷さん?」
聞き覚えのある声にそちらを向けば、公園のベンチに困った表情の遥が座っていた。
慌てて駆け寄り彼女を見れば、その膝には茶色の猫が丸くなっている。
「…どうしたの、その子」
「ランニングの休憩中に会ったんだけど…。いつの間にかこうなってて」
志歩の短い問いに、眉を下げ遥はそう答えた。
「まあ…今日暖かいもんね……」
「そうなんだけど…。…どうしよう」
あー…と遠い目をすれば遥がこちらに助けを求めてくる。
好きな人からそう言われ、どうしようかと焦らすほど、志歩はまだ大人ではなかった。
困っているなら助けたいというのは当たり前ではないだろうか。
「…私がもらうよ。おいで」
寝ている猫に手を伸ばせば、少し嫌そうな顔をし、また丸くなる。
「あっ、こら」
「…あっ……。ふふ、気持ちいいのかな」
「言ってる場合じゃないでしょ。…君も。桐谷さんに迷惑かけちゃだめだよ」
肩を揺らす遥に呆れつつ、猫を抱き上げた。
うにゃあ、と鳴いた猫は志歩の腕の中から逃げる。
「…逃げちゃった」
「起こされたのが嫌だったのかな」
「かもね。…まあ猫って気まぐれだし」
「そうだね。…日野森さん、助けてくれてありがとう」
「別に大したことしてないよ」
にこりと微笑む遥に、肩を竦めた。
実際志歩は何もしていない…猫は逃げたわけだし。
「…」
「?どうかした?桐谷さん」
じぃっと見つめる遥に首を傾げれば彼女は曖昧に微笑んだ。
「ううん、別に大したことじゃ……」
「それなのに理由を言ってくれないんだ?…気になるんだけど」
「ええ…」
顔を近付ければ遥は困ったようにくすくすと笑う。
「本当に大したことないんだよ?」
「大したことないなら理由言えるでしょ」
志歩の言葉にふわふわと彼女は髪を揺らした。
春の香りを混ぜた風が吹く。
「うーんと…日野森さんは猫より犬かなぁって」
「…へ?」
「ね、大したことないでしょう?」
きょとんとする志歩に遥は今日の陽射しと同じ様な笑みを浮かべた。

冬の終わり、もうすぐ春が来る。

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