世界で一番お姫様なあの子へ

『~♩』
音楽プレイヤーから初音ミクの声が響く。
大分初期の楽曲だが、やはり良いな、と思った。
…まあ自分の趣味ではないのだけれど。
「…日野森さん!」
明るい声にイヤホンを外して振り向けば、遥がいた。
「桐谷さん、おはよう」
「おはよう。…バンドの曲?」
それ、とイヤホンを指差す彼女に志歩は小さく笑って首を振り、「一歌が初期のミクの曲も良いってしみじみ言うから」と答える。
「ああ。確かに良い曲が多いよね。ストレートというか…」
「ね。……桐谷さん、そういえば髪型いつもと違うね」
「えっ、ああ、ちょっとだけ梳いてみたの。最近重くなってたから…」
「いいんじゃない。前のも良いけど今のも良いと思う。桐谷さんらしくて」
「ふふ、ありがとう」
「あと…靴が新しくなった」
「!よく分かったね。…前のはランニングで履きつぶしちゃったから…」
「ちょっとデザイン違うよね。桐谷さんぽいんじゃない?色味とか、爽やかで良いと思う」
「ありがとう、日野森さん」
にこっと笑った遥は、耐えきれなくなったのかくすくすと笑った。
流石に恥ずかしくなり、何、と言えば彼女は可愛らしい笑みを浮かべる。
「ううん。…私のことよく見てくれてるなって思って」
「嘘、それだけじゃないでしょ」
「ふふ、バレちゃった」
楽しそうな彼女に小さく息を吐き、遥に先程まで聞いていたイヤホンを差し出した。
それに耳を近づけた遥は楽曲が聞こえたのか目を丸くさせる。
「…そういう事」
「ま、私らしくないよね」
「そんな事ないよ。…『無口で無愛想な王子様』?」
肩を竦める志歩に、遥が笑った。
「でも、日野森さんは無口でも無愛想でもない気がするけれど…」
「そう?口数はあんまり多くないし、お姉ちゃんみたいに愛想良しでもないよ」
「雫は愛想良しというか……でも、日野森さんと一緒にいるの、私は好きだな」
へにゃりと彼女が目尻を下げる。
そんな遥を見、志歩もやはり好きだな、と思った。
「ありがとう。…っと、桐谷さんこっち」
「え?きゃっ」
ぐい、と手を引く。
後ろから来た自転車がチリンとベルの音だけを残していった。
「大丈夫?」
「うん、平気。ありがとう、日野森さん」
「別に。桐谷さんが大丈夫なら良かった」
ホッとして笑いかけ…そういえば歌詞通りだったと今更ながら気付く。
「…。…引かれる、危ないよ、とは言ってくれないのね?」
「…言わないよ、別に王子様じゃないし」
首を傾げる遥に言えば、彼女は楽しそうに笑った。
まったく、と志歩は息を吐く。
王子様、なんてガラではないが…隣で笑う楽しそうな遥は、確かにセカイで一番お姫様だな、と、そう思った。


彼女の笑顔のためなら、傅いて手も取ろう。


…きっとあの子は望まないけれど!


(笑顔の遥が望むのは対等に歩む人や時間なのだから)



「まあ、確かに日野森さんが白馬に乗ってきたらびっくりしそうだし…」
「…やめてよ……それで喜ぶのはごく一部だからね…やるのも迎えるのも」

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