しほはるワンドロワンライ/もしものセカイ・祈り

「…っ、遥!」
「あ、志歩!おかえ…っ」
明るく笑う水の歌姫、遥に志歩は大きく息を吐いてから抱きしめた。
「…わっ」
「…外で歌うのはやめて。…何度も言ってるのに」
「…うん」
志歩のそれに腕の中で小さく笑う彼女の声。
少し離して、本当にわかってる?と志歩は改めて問うた。
「遥は水の歌姫なんだからね?…この国の、切り札でもあるし…」
「…。…大丈夫、ちゃんとわかってるよ、志歩」
遥が少し悲しそうな顔で笑う。
そんな顔をしてほしいわけではないのにな、と思った。
平和だったこの国で、外で歌を歌えなくなったのは、隣国との戦争のせいだ。
誰が始めたかなんて知らない。
志歩には何の興味もなかったが、遥が危険に晒されるなら話は別だった。
彼女は、志歩が守護をする歌姫なのだから。
「…でも、皆に会えないのは辛いな」
「…遥」 
「あっ、ちゃんと、分かってるよ!私達が一同に会せば切り札である歌姫たちが一気にやられてしまうリスクが高くなる。それは…理解してるの」
遥が慌てて言う。
だからこそ、なのだろう。
彼女が、危険を犯してまで外で歌を歌うのは。
かつての仲間たちに届いてほしいのだと…。
「…。…大丈夫。遥の気持ちは理解してる。…だから、今は我慢してほしい」
「…志歩」
「平和になったら、いつだって歌えるでしょ。…私は遥のために、この国の平和のために引き金を引くよ」
志歩は抱きしめる。
大切な、歌姫を。
彼女を喪うなんて考えられない。
お願い、と乞うそれは祈りにも似ていた。

「だから、私のためにどうか……」




「…さん、日野森さん!」
「…。…桐谷、さん?」
呼びかけに目を開けると彼女はホッとした表情をしていた。
「大丈夫?日野森さん。なんだか魘されてたから」
「…。そう、なんだ。大丈夫だよ、ありがとう」
そう言ってふとスマホを見る。
少し目を瞑っただけのつもりが軽く仮眠を取ってしまったようだ。
「…もしかして、寝れてない?」
「…そんな事ないけど…」
心配そうな遥に苦笑しながら、先程の夢はどんな夢だっけ、と思いを馳せた。
あまり良い夢ではなかった気がするのだけれど。
「…えいっ」
「うわっ、桐谷さん?!」
と、彼女が急に抱きついてくる。
驚いたがその体温は心地良かった。
「どうしたの、急に…」
「…ハグは、気持ちが落ち着くって聞いたことがあるの」
「…!」
遥のそれに、目を見開き、思わず笑ってしまう。
「え、えっと…日野森さん?」
「…ううん、大丈夫だよ。ありがとう、桐谷さん。少し、楽になったから」
「…そっか、なら良かった」
ふわふわと笑う彼女をもっと、と引き寄せた。
夢で見た二人が叶わなかった…セカイ。
今はちゃんと平和だよ、なんて思ってみたりして。


穏やかな祈りが届いたセカイを、貴女と。



「…そろそろ行かないと、平和じゃなくなっちゃうかな」
「…?何の話?」
「ううん。…こっちの話」

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