天使の日としほはる

「ねーねー、志歩ちゃん!天使って見たことある?」
「…。…なんて??」
わくわくしたえむ…ニ年生になって同じクラスになった…が突然にそんなことを聞いてきて志歩は思わず面食らってしまった。
何だってまた急に。
「あ、アタシも聞きたーい!」
「…咲希まで」
はいはぁい!と元気に手を挙げる幼馴染兼バンドメンバーの咲希に志歩は少し眉をひそめる。
咲希が楽しそうなことに全力で乗っかってくるのはいつものことだけれど…何か事情がありそうな気がした。
「天使は物語の中だけの存在でしょ」
「えー、そんなことないよっ!天使さんは外国ではすっごくふつーなんだよ??」
「うんうん!日本で言う座敷わらし?と同じだってお兄ちゃんも言ってたし!」
「はいはい。…それで、なんで天使なわけ?」
力説する二人にそう返せば、えむがあのね!と訳を話しだした。
どうやら毎年行っている天使の日限定ショーが好評で、今年も行う予定らしい。
去年は悪魔と天使のショー、一昨年は魔法使いと天使のショー、そしてその前は天使の日合わせではなかったが騎士と天使のショーを行った為、今年は誰と天使のショーにしようか迷っているようだ。
その為、色々と情報収集をしているのだ、とえむは教えてくれた。
「…ああ。あのショーまたやってくれるんだ。実は楽しみにしてたんだよね」
「本当っ?!ありがとう!!…天使さんだから、妖精さんとか、お姫様とかかなぁって思ったんだけど、司くんはしっくりこないんだって!」
「えー?アタシは見てみたいけどなぁ、天使と妖精!」
「…そういうことなら、私は役に立たないと思うよ」
そう言えばきゃっきゃと元気だった咲希とえむは急にきょとんとする。
「えー?どうして?」
「どうしてなの、しほちゃん!」
そんな二人に、だって、と志歩は笑った。
「私は、天使、見たことないからね」


「…もう、お姉ちゃんったら」
ふう、と志歩はため息を吐く。
母と姉とで出かけに来ていたのだが、姉である雫が迷子になったのだ。
それは割と志歩にとっても母にとっても日常茶飯事で、探してくるから、と言った母を志歩は手を振って見送った。
それからベンチにちょこんと腰掛ける。
買ってもらったばかりの絵本を取り出して思わず笑みを浮かべた。
「…かわいいな」
嬉しくなってそれを開こうとした時である。
「…あのっ」
「…!!何」
急に声をかけられ、志歩はびっくりして絵本を隠した。
「ごっ、ごめんなさい!…しってるえほんだったからうれしくなっちゃったの」
「…!これ、しってるの?」
おどおどと目を伏せる少女に、どこかで見たかもしれない、と思ったがそれよりその発言に驚いて聞き返してしまう。
「うん!ほしのしょうじょとペンギンおうじ!てんしの女の子といっしょにたびにでるんだよ。そこにでてくるペンギンおうじがかっこうよくて…!」
ワクワクしながら話す彼女に、志歩は可愛いな、と目を細めた。
それと同時に、この子と一緒にこの本を読んだらもっと楽しいだろうなと思う。
「…ごめんね?ネタバレしちゃって…」
そんな事を思っていたら少女が申し訳なさそうに謝ってきた。
どうやら怒っていると思ったらしい。
「ううん。…ねえ、いっしょによまない?」
「…!いいの?!」
「もちろん。…おとなりどうぞ」
「…ありがとう…!…ふふ、ペンギンおうじみたいね」
僅かに、本当に僅かに笑った少女に胸が高鳴った。
それが何かも分からないままに志歩は買ってもらったばかりの絵本を開く。
彼女に感じたドキドキを、物語に向かうわくわくに、置き換えて。



話し終わり、志歩はぽかんとする二人を見る。
「だから言ったでしょ、天使は見たことな…何その顔」
「…うーうん。しほちゃんって案外ロマンチストだったなぁって」
「えへへ、わくわくにこにこわんだほいって感じだね!」
「…何それ……」
少し眉をひそめる志歩に咲希もえむも嬉しそうだ。
何だってそんな顔をしているのだか。
「…おはよう。ずいぶん楽しそうだね?」
「…桐谷さん」
くすくす笑う声にそちらを見れば遥が手を振っていた。
手には志歩が貸したノートがある。
忙しい中わざわざ返しに来てくれたようだ。
「遥ちゃん!おはようわんだほーい!!」
「おはよう!今ね今ね!しほちゃんが……」
「…桐谷さん、ちょっと来てくれる?」
「え?え??」
手を取った瞬間だった。
「王子様は小さな頃に出会った天使さんに再び出会いました。ですが、天使さんの周りには楽しいことが大好きな妖精さんがたくさんいます。天使さんにも話を聞こうとする妖精さんたちに、王子様は天使さんの手を取って逃げてしまいました」
すらすらとえむが言う。
「お、鳳さん?」
目を白黒させる遥は可哀想だが志歩だって根掘り葉掘り聞き出されるわけにはいかないのだ。
幸い足には…咲希よりは、だが……自信がある。
「あー!逃げたぞー!」
「出合え出合えー!!」
「…妖精さんだって言ったのに何で時代劇風になっちゃうの…。…ごめん、走るよ、桐谷さん!」
「え、あ、待って、日野森さん!!」
教室を出て二人、パタパタと廊下を走った。
聞こえてくる声を耳に感じながら、志歩は可笑しくなって笑う。
いつか読んだ絵本のようだな、と思った。



その後、様々な噂になるのを二人はまだ知らない。


(王子様は、笑顔が上手になった天使と共に冒険譚に想い巡らせながら穏やかな時間を過ごしたかっただけなのです!!)

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