冬弥の日

その日、天馬司は落ち込んでいた。
「おにーちゃーん?」
「…何故…オレは……」
「お兄ちゃんってばー!」
「オレはどうすれば…」
「もー!おーにーいーちゃぁあん!」
ぶつぶつと悩んでいれば咲希が突撃してくる。
「どわっ?!…咲希?!」
「ずっと呼んでたんだよ?どうかしたの、お兄ちゃん?」
突然のことに驚くが彼女はずっと呼んでいたと心配そうに首を傾げた。
「…実は…冬弥から甘やかすなと言われたんだ」
「えっ、とーやくんが??」
「ああ」 
少し前に言われたそれを告げれば咲希も目を丸くする。
うーんと上を向いた彼女は、「とーやくん、ストイックだもんね!」と笑った。
「冬弥がストイックなのは分かるが…何故オレが甘やかしていることになるんだ?」
「えっとぉ…甘やかしてるっていうか、お兄ちゃんはお兄ちゃんが上手過ぎるんだよ!」
「…うん??」
疑問符を浮かべる司に、咲希は良い例えが見つかった!と目をキラキラさせながら言う。
まあそれは司には伝わらず、再び首を傾げたのだけれど。
「あれ?伝わらない?」
「そうだな、すまん」
こてりと首を傾ける咲希に素直に謝れば彼女も明るく笑ってみせた。
「うーうん!えっとね、例えば、お兄ちゃんはアタシが遅くまで曲作ってたらどうする?」
「そうだな…あまり根を詰めるなよ、と言ってホットミルクでも淹れてくるな!」
「だよね!!アタシはすっごぉく嬉しいけど、とーやくんはそれを甘やかしてるって思っちゃったんじゃないかな?」
自信満々に言えば咲希が嬉しそうに言う。
その言葉にハッとした。
「…なるほど…??」
「でしょ!とーやくん、ストイックだもん。ちょっとはるかちゃんに似てるんだぁ」
「遥…ああ、MORE MORE JUMP!の桐谷遥か!確か去年咲希と同じクラスだったな」
「うん!はるかちゃんも怠けたりとか甘えたりするの苦手なんだって。だから意識してお休み取ったりしてるって言ってたよ」
「ほう」
「とーやくんも昔から真面目だったし、きっとお兄ちゃんのやることが自分を甘やかしてるって思っちゃったんだと思う!」
熱弁する咲希に、なるほどなぁと考え込んだ。
それならばあの言い分も理解できるかも知れない。
「甘やかしているつもりはないんだがなぁ」
「お兄ちゃんにとっては普通だもんね!…あ、なら、もっともっと甘やかしちゃえば良いんじゃない?!」
「…何っ?!」
ポンッと咲希が手を叩いた。
良い考えが思いついた!とキラキラしている。
驚いて目を丸くする司に、咲希は楽しそうだ。
「お兄ちゃんのいつもが普通だよーって分かるように!」
「だが、甘やかすなと言われたしなぁ…」
「そっかぁ。ダメだって言われたことやっちゃダメだよね」 
悩んでいれば咲希もしゅんとする。
「…まあしかし、これがオレの普通だと伝えるのは良いかもしれん」 
「!うん!」
よし、と司は立ち上がった。
悩んでいたって仕方がない。
応援してくれる妹に手を振り返し、司は部屋を出た。
「…。でも、お兄ちゃんのふつうはとーやくんだけのトクベツなんだけどねー」



「冬弥!!」
「…!司先輩!」
呼び掛ければ冬弥が驚いたようにこちらを見る。
珍しく慌てているなと思ったがそんな事を気にしている場合ではなかった。
駆け出しそのまま抱きしめた。
「?!あ、あの…?」
「すまん!オレは冬弥を甘やかしているつもりはないんだ!」
「…!」
きっぱりとそう告げる。
甘やかしているつもりはないのだ。
だってこれが司にとっては普通なのだから。
愛しいものに対しての、普通。
だが、咲希にこんなことをするかと言われればしないだろう。
咲希への行動と冬弥への行動も違うのだ、きっと、多分。
だから、これは。
「冬弥が嫌ならもう甘やかさない。…だが、愛するのは止められない」
「せ、先輩?」
「オレは冬弥を愛している。愛しているが故の行動だと理解してほしいんだ」
抱き締めていた冬弥から離れ、司は冬弥の綺麗な手に口付けた。
そうだ、別に冬弥を甘やかしてはいない、愛しているのだ。
「別に冬弥の日だからではないぞ?いついかなる時でもオレは冬弥を愛している!」
司は顔を上げて白い頬を淡く染める彼に笑いかける。

10月8日は冬弥の日。


(愛している彼に、愛していると声高々に伝える日!)



「しかし、冬弥の発言は驚いたぞ…?心臓に悪い」
「…すみません…。しかし、先輩の愛の言葉も驚きました」
「何っ?!嫌だったか?!」
「…いえ、嬉しかったですよ…とても」

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