ザクロ誕生日

「…何をやっているんだ?貴様は」
膝を付いていたカイコクを見つけたザクロはきょとんとしながら彼に手を差し出した。
「…いや、別に」
言葉少なにザクロのそれを取ったカイコクは立ち上がる。
「…お前さんの手は、冷たくねェな」
小さな声にザクロは何を言っているんだかと呆れてしまった。
「当たり前だろう。…俺は生きているのだから」
「…そういう事じゃねェんだが」
くすくすとカイコクが笑う。
赤い飾り紐が耳の横でふわりと揺れた。
「…それで?」
「?」
「こんな所で何をしていたんだ」
「…え」
ザクロの質問に彼が心底意外そうな顔をする。
何かそんなおかしな質問をしただろうか。
「月が…見えて……それから」
「?それから?」
ゆっくりと何かを思い出すようなそれにザクロも手伝ってやる。
「…。…忍霧を思い出した」
「…俺を?」
「ああ。…正確にはお前さんの誕生日、だな。去年祝った時も同じような淡い月をしていた、ただそれだけでェ」
カイコクが目を細めた。
優しい表情に、ザクロは、そうか、とだけ言った。
彼の方が余程淡い月と同じような存在のくせに。
「忍霧は冬生まれだろう?」
「そうだな。鬼ヶ崎も冬生まれだ」
「…ああ。…この世界に夏は来るのかねェ」
独り言とも、ザクロに語りかけるとも違う言葉に、ザクロはその手を引いた。
笑い飛ばすことも出来ない疑問に、答えるために。
「?忍霧?」
「夏が来ると言い切ることは難しい。此処はエリア毎に四季があるからな。…だが、朝は来るだろう」
「…!」
カイコクが目を見開く。
その、黒い瞳にザクロは自身を映した。
「朝が来ないままで息はできない。…そう思うなら、息をしている俺に朝が来てからおめでとうを伝えてくれないか」
「…お前さん、ちゃっかり俺から祝いの言葉を引き出そうとしてんな?」
「そっ、んな…まあ、考えがなかった訳ではなかったが」
「正直モンだねェ、忍霧は」
しどろもどろになるザクロに、可笑しそうに黒髪を揺らすカイコクは綺麗な目尻に浮かんだそれを拭いまあ良いかと笑う。
「お前さんが生まれてきてくれたことに対して、何かしらの言葉は必要だわな」
「…っ、鬼ヶ崎!」
「朝焼けを、見せてくんなァ」
ふふ、と意地悪く笑う彼の、素直ではないハッピーバースデーに。
ザクロはああ、と頷いた。
窓から見えるクリスマスツリー。
そこに飾られるイルミネーションは滲んだ星のようにも、淡い蛍のようにも見えた。


繋いだ手に口付ける。


一等綺麗な朝焼けの約束を込めて。



(ザクロへの誕生日プレゼントは、普段隙がない彼が、弱みを見せてくれる事)



淡い月に見とれてしまうから
暗い足元も見えずに
転んだことに気がつけないまま
遠い夜の星が滲む
したいことが見つけられないから
急いだ振り 俯くまま
転んだ後に笑われてるのも
気づかない振りをするのだ
形のない歌で朝を描いたまま
浅い浅い夏の向こうに
冷たくない君の手のひらが見えた
淡い空 明けの蛍
自分がただの染みに見えるほど
嫌いなものが増えたので
地球の裏側へ飛びたいのだ
無人の駅に届くまで
昨日の僕に出会うまで
胸が痛いから下を向くたびに
君がまた遠くを征くんだ
夢を見たい僕らを汚せ
さらば 昨日夜に咲く火の花
水に映る花を見ていた
水に霞む月を見ていたから
夏が来ないままの空を描いたなら
君は僕を笑うだろうか
明け方の夢 浮かぶ月が見えた空
朝が来ないままで息が出来たなら
遠い遠い夏の向こうへ
冷たくない君の手のひらが見えた
淡い朝焼けの夜空
夏がこないままの街を今
あぁ 藍の色 夜明けと蛍

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