彰冬人狼 白とか黒とかエトセトラ

ある冬の寒い日。
彰人は道を急いでいた。
「…冬弥!」
「…。…彰人!」 
少し遠くから声をかければ読んでいた本から顔を上げた彼が嬉しそうに微笑む。
「悪りぃ、待たせた」 
「どうしても、と頼まれたのだろう?…今日は俺も図書委員の仕事をしてきたから相子だ」
はぁっと息を切らせる彰人に、冬弥は小さく笑んだ。
RADWEEKENDを超える、と宣言してからバイトまで辞めた彰人だが、今日はフリーマーケット前日で、どうしても人が足りなかったらしく無理を承知で頼まれたのである。
彰人としても今日は自主練習の日にしており、お世話になった店長の頼みだったから2時間限り、と制限をつけて出向いた、というわけだ。
その間冬弥も図書委員の仕事をしてきたらしい。
少し早く終わった、と連絡があったのは30分ほど前の話だ。
スマホに入っていたメッセージを見、店長への挨拶もそこそこに慌てて来たのである。
「…っと、ほい」
「…!すまない」
カバンに入れていた、来る前にコンビニで買ってきてほしいと頼まれたそれを冬弥に渡した。
別に、と返して彰人も隣に座る。
「…つーか、お前、市販のやつは苦手っつってなかったか?」
「そうだな。調整されたものはかなり甘く感じて苦手なのだが…今日は少し頭を使ったからな。…糖分補給だ」
「は?」
くす、と冬弥が買ってきたそれを小さく振って笑った。
それに眉を寄せれば温かいペットボトルのそれを開けるために閉じられた本に目を落とす。
同じように目を落とせば『初めての人狼ゲーム』というタイトルが目に入った。
「…彰人は何を飲んでいるんだ?」
「新作のホワイトモカ」
首を傾げる冬弥にあっさり答えてやる。
そうか、と頷く彼が買ってきたそれに口を付けた。
もう少し飲めば困った顔をするだろうから、と買って来た缶コーヒーの準備は出来ていた…それこそ甘い、と笑われそうだが。
甘いのは彼にだけ、なんだけどな、と彰人は1人ごちて同じようにペットボトルの中身を呷った。
「んで?なんだよ、人狼ゲームって」
「ああ。…少し前から様々なメディアミックスに取り上げられる様になっただろう?漫画やアニメ、小説、舞台、ドラマ…」
「…ああ、そーいや、次のショーの題材なんだったか?」
「そうだな。…それだけでなく、今度バラエティ番組の1コーナーになるらしい」
彼が慕うセンパイたちが関わる劇団関係から読んでいるのかと聞けば、他にも色々影響されていたようだ。
彰人も少しは聞いたことがあったが詳しいルールは知らないな、と宙を見上げる。
「確か…市民の中に隠れた人狼を探す、ってやつだろ?」
「そうだ。…昼に狼が誰かを議論して一人を選び処刑する。夜は狼が市民を襲撃する。…人狼が多くなれば人狼の勝ち、人狼を始末出来れば市民の勝ちだな」
「…割と物騒な設定っつうかなんつうか…」
「そうだな。だが、推理物としてみれば面白い。…彰人は得意なんじゃないか?」
言葉を濁す彰人に、冬弥がくすりと笑う。
接客などで猫を被る姿を見ているからだろうか。
「そうか?…頭良いやつのが有利だろ」
「そうとも限らない。…俺なんかは考え過ぎてしまうからな。あと、頭が良いより立ち回りが上手い人の方が有利だろう」
「そんなもんなのか。…そういや、人狼って他にも役職があったような…?」
首を傾げる彰人に冬弥が嬉しそうに頷く。
自分が読んでいる本に興味を持たれる、というのは彼にとって存外嬉しいことらしかった。
「夜の内に誰か1人、人狼かそうでないかを知る事が出来る予言者、処刑者が人狼かそうでないかを知る事が出来る霊能者、人狼から誰か一人を護ることが出来る狩人などが一般的だな。後は、ゲームによっても様々だが…処刑時、または襲撃時に誰かを道連れに出来る役職もあるようだ。人狼の中だと嘘を吐き場を混乱させる狂信者がいるな」
「…オレのが混乱しそうなんだけどな…」
冬弥の説明に眉を顰めながらホワイトモカを口に含む。
冬の寒い日、甘ったるいそれは際立って彰人の喉に落ちた。
「人数が多くなれば役職も多くなるようだ。
毒で道連れにする埋毒者、関わる人は敵味方関係なく殺してしまう殺戮者、人狼陣営だと他にも処刑時に人狼以外を狙って道連れにする黒猫、という役職があるらしい」
「待て待て、なんで人狼の味方が猫なんだよ、おかしいだろ」
「それは作者に言ってもらわないとな」
楽しそうに冬弥が笑う。
綺麗な髪がさらさら揺れた。
「彰人は…狩人は向いてそうだと思うが」
「そうか?誰守るか考えんの面倒だしな…やるなら人狼だな」
「市民ではない辺りが彰人らしいな」
微笑む冬弥がペットボトルを傾ける。
僅かに表情が曇るから買っていた無糖の缶コーヒーを差し出した。
「…!…すまない」
「別に。…飲んでやるから貸せよ」
「ああ。…これに缶コーヒーを入れたら少しは美味しく飲めないだろうか…」
「んな無理することないだろ」
あまりに真剣な顔で言うから思わず吹き出す。
そういう真面目なところが彼らしいと思うのだけれど。
「…冬弥は予言者だな」
「…そう、だろうか?」
「おう。…向いてる」
冬弥から受け取ったそれを飲み干す。
少し冷めた、ホワイトモカとはまた違った甘ったるい味。
「だが、それだと彰人とは敵同士だな」
ふと冬弥が寂しそうに言った。
ただのゲームに感情移入してしまったのだろうか。
…彼らしいと言えばそうなのだが。
「人狼と予言者だけ残った村もありなんじゃねーの」
「あり、だろうか…」
小さく肩を揺らしていた冬弥が、ふと思い出したように本を開いた。
先程とは違い、「あり、だ。彰人」と嬉しそうに言う。
曰く、『恋人』というものがあるようだ。
『恋人』とは、市民や人狼などの元々の役職とは別に与えられる属性で、 村人が16人以上の場合、登場することができるらしい。
『恋人』同士になった二人は、役職に関係なく、ゲーム終了時に二人が生き残っていると勝利なのだそうだ。
『恋人』同士は、お互い相手が誰なのかを知っており、片方が処刑や襲撃などで死亡してしまった場合は、もう片方も後追い自殺をしてしまう、という設定で、片方が市民、片方が人狼だった場合は、人狼の勝利条件を満たしたうえで、二人が生き残っていれば勝利となるーー。
「俺達にぴったりだな」
「そりゃそうだが…後追い自殺って後味が悪いにも程があるだろ」
「そうならない為に立ち回るんじゃないか?」
不思議そうに首を傾げる冬弥に、彰人はへぇ、と悪い顔をした。
「味方も騙して二人生き残るってか」
「…。…彰人はやはり狩人ではなく人狼だな」
意地悪だ、という冬弥に思わず笑う。
「そりゃどーも。…で?予言者サンは人狼のオレと生きてくれんのかよ」
「俺は彰人の隣で歌う事が出来ればそれで良いからな。…役職は関係ない。お前の隣にいる事ができれば、それで」
「…お前なぁ…」
飲んだどの飲み物より甘美それに彰人は呆れた。
グイッと引き寄せて口唇を奪う。
ブラックコーヒーを飲んだ彼に移す甘さ。
それは蜜かそれとも毒か。
人狼でも予言者でもない、ただただ夢に直向きな男子高校生にはまだ知らない。


夢と執着は絡まり合って混ざり合って色を変え溶けていった。

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