しほはる 遥バースデー
何故こんなことになったのだろう。
「…っと………あ、草薙さん!」
「…へっ?日野森さん?!」
草色の髪の少女を見つけ、その名を呼んで志歩は駆け寄る。
振り返って驚いた顔をするのは寧々だ。
「どうしたの?」
「…いや、ちょっと…匿ってほしい」
「…本当にどうしたの」
不審そうな寧々に、まあそりゃそうか、と志歩は息を吐いた。
自分だっていきなり匿ってほしい、なんて伝えたら不審な顔にもなる。
仕方がない、と志歩は事の次第を話すことにした。
ちょいちょいと寧々を呼び寄せて草かげに座り込む。
「ちょっと長くなる話なんだけど…」
さて、今から数十分前。
志歩は一歌とある買い出しに来ていた。
「あ、一歌ちゃんに志歩ちゃん!」
と、前から歩いてきた少女が元気良く手を振る。
「…!みのり!遥!」
隣の一歌も嬉しそうに手を振っていたが…志歩は内心、しまったな、と思っていた。
「こんにちは。…えっと…二人で買い出し?」
「…まあ、そんなとこ」
二人が持っている袋を見ながらにこにこと遥が聞くから、志歩は曖昧にそう答える。
今バレるわけにはいかないのだ。
だって、これは。
「…。…ねえ、桐谷さん。私と勝負しない?」
「え?」
「そこの公園で追いかけっこしよう。私を捕まえたら買い物袋の中身教えてあげる」
「…いいよ、乗った」
一歌に袋を手渡して言う志歩に遥は勝ち気な顔で笑う。
彼女は存外負けず嫌いなのだ。
「じゃ、行くよ!」
「望むところ!」
「…そんな訳で今桐谷さんと追いかけっこ中なんだよね」
「…ええ…」
説明が終わった志歩に、寧々が絶妙な顔をする。
まあ志歩だって誰かにそう言われたらそんな顔をしてしまうと思うのだけれども。
「捕まる気は、あるの?」
「…捕まらないと、桐谷さんの誕生日会始められないでしょ」
くすくすと志歩は笑う。
そう、この買い出しも、この追いかけっこも、全て遥の誕生日を祝うためのものなのだ。
彼女に、サプライズパーティーを仕掛ける為に。
今頃きっと一歌たちが最後の準備をしてくれているだろう。
「だからって、ワザと捕まりたくはないんだけどね…」
「…ええ……」
もうそろそろ捕まっても大丈夫な時間だが、ワザと捕まるのは志歩のプライドが許さなかった。
微妙な表情の寧々が、「…じゃあ」と言う。
「…わざとじゃなきゃ、良いんだ?」
「…え?」
寧々のそれに志歩は目を丸くした。
すくっと立ち上がった寧々が真っ直ぐ手を伸ばす。
「白石さん、こっち!」
「オッケー!草薙さん!」
「ちょっ、嘘でしょ?!」
「えっ、あっ、日野森さん?!」
遥が驚いた表情で志歩と…それから隣でがっちりと腕を掴む杏を見比べていた。
「杏、離してよ!」
「だめだめー!だって離したら日野森さん捕まっちゃうじゃん」
「え、何あれ」
「…えっと…逆サプライズ?」
珍しくギャーギャー騒ぐ遥に杏は楽しそうだ。
その様子にぽかんとしていれば寧々がくすくすと笑う。
「逆…?」
「うん。花里さんと星乃さんから、日野森さんと桐谷さんが追いかけっこ始めたって聞いてね。それでちょっとしたサプライズを」
「……何それ…」
その説明に志歩はがっくりと肩を落とした。
なるほど、サプライズを仕掛けたのは自分だけではなかったらしい。
「会場はこっちだから。…早く捕まえてきてね」
寧々のそれに、志歩ははいはい、と返事をし、杏に背を押された遥の元に向かう。
わ、と蹈鞴を踏み、少し不満そうな遥を抱きしめた。
「…ずるい、私が捕まえるはずだったのに」
「ごめん。…ペンギンカフェでチャラにならない?」
「…。…その後ペンぴょんショップも付き合ってくれる?」
「お姫様の頼みなら喜んで」
志歩のそれに、何それ、と遥が笑う。
アイドルではない、素のそれに、可愛いなぁと思った。
「誕生日おめでとう、桐谷さん」
「…うん、ありがとう、日野森さん」
顔を見合わせて二人で笑う。
今日は、大切な彼女の、大切な誕生日!
「…私、杏のことは許してないからね。…味方だと思ったのに」
「私も。…協力してくれると思ってた草薙さんに裏切られたし」
「わたし、日野森さんに協力するなんて言ってないよ。…だって白石さんの味方だから」
「草薙さん…!!…私、遥に許してもらえなくても草薙さんがいるからいいんだもんねーっ!」
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