しほはる

「…ねぇ、桐谷さん」
「?なぁに、日野森さん」
最近は自分たちのバンド活動も遥のアイドルの仕事も忙しくて会えていなかった、ある日のこと。
珍しく予定が合ったから一緒に帰っていた放課後、志歩はふと疑問を思っていたことをぶつけてみることにした。
「…最近さ、桐谷さんの歌唱パート、王子様について言及すること多くない?」
「…えっ?」
唐突なそれに彼女はきょとんとする。
ほんの少しだけ首を傾げて、そうかな…?と小さくつぶやいた。
「うーん、言われてみれば最近多かったかも…?」
「でしょ?」
まだ少しあやふやな記憶を手繰り寄せているらしい遥に志歩は笑いかける。
目を大きく見開いた彼女は、もう…とふにゃりと表情を崩した。
「それにしても、私達の曲…たくさん聴いてくれてるんだね」
「まあね。お姉ちゃんが聴かせてくれるのもあるけど…個人的に桐谷さんの歌声好きだから」
「ふふ、ありがとう、日野森さん。私も日野森さんのベース好きだよ。この前の新曲も格好良かったな」
「聴いてくれたんだ?ありがとう」
遥に褒められると何だか照れくさくて、志歩は軽くお礼を言う。
「…考えてみると、Leo/needの曲はあんまり非現実な曲はないよね…」
「…何それ」
何か考えていると思ったら遥がそんな事を言い出すから思わず笑ってしまった。
そんな志歩に、遥は、ほら、と言う。
「王子様とかお姫様とか」
「ああ…まあね」
言わんとすることがわかり、志歩は頷いた。
確かに、歌詞に王子や姫が入っている曲は珍しいかもしれない。
「私達のやりたい音楽とは合わないし…王子や姫なんていうガラじゃないしね」
「そう?咲希とか喜びそうだけど」
「…咲希だけ喜んでもだめ」
「ふふ、残念」
くすくす笑う遥に志歩は、もう、と肩を竦めた。
所詮彼女だって言ってみただけなのだろう。
だから。
「…ま、大衆に姫と歌わなくても、一人だけに伝われば良いでしょ」
「…!」
そう囁く志歩に遥は綺麗な瞳を丸くする。
可愛いなぁ、と思いながら志歩はいたずらっぽく笑った。
「ね、桐谷さん」
「…日野森さん…」
ずるい、なんて言う遥の手を、どっちが、と言いながらそっと取る。

王子様、と歌う彼女の手を。



(王子が姫の手を取るなんて、有り触れたお伽噺!)

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