司冬ワンライ/大晦日・来年も笑顔で

今日は大晦日だ。
年末に人々は忙しそうに道を歩いている。
それを見て司は、やはり年末だなぁと思うのだ。
司はと言えばもうショーの稽古も終わり、のんびりと家路についていた。
部屋の掃除は前日までに済ませてあるし、後は年を越すだけである。
「…っと、大事なことを忘れていた」
スマホを取り出し、ある人のアドレスをタップした。
だが、文章よりは電話の方が早いか、と電話帳アプリを開き直す。
『…もしもし?』
少しのコール音の後、聞き慣れた声が耳に入って来た。
「もしもし、忙しい時間にすまん。今少し良いか…?」




「司先輩!」
数分後、息を切らして電話の主、冬弥がやってくる。
「冬弥!…すまん、呼び出してしまって」
「いえ、俺も先輩に会いたかったので…」
「そうか!嬉しいことを言ってくれる」
ふわりと表情を緩める冬弥に、司も笑った。
「…それで、どうしたんですか?」
「いや、何、大晦日だからな。今年の内に直接言葉を交わしたかったんだ」
「…!」
目を見開いた冬弥が嬉しそうに表情を綻ばせた。
とても嬉しいです、と、そう言って。
「今年もありがとう。来年もよろしくな、冬弥」
「こちらこそよろしくお願いします。司先輩」
挨拶を交わす。
いつも通りの、だが特別なそれ。
どちらからともなくキスをする。
触れるだけの軽いものだが、やはり幸せだった。
冬弥もそう思ってくれているだろうか。
「…ふふ」
「冬弥?」
「…いえ。やはり司先輩は俺を笑顔にさせてくれる、と」
彼が目尻を下げる。
それを聞いて嬉しくなった。
ぎゅっと冬弥の手を握る。
「もちろんだ!来年も、再来年も、ずっとずっと冬弥を笑顔にすると約束しよう!!!」


寒空に響く司の声。

もうすぐ、年が変わる…。

レン誕生日

「…え?大人のデートがしたい?」
きょとりとするカイトにレンはこくこくと頷いた。
今日はレンの誕生日だ。
カイトが何でも叶えてあげる、なんて言うものだから、思わずそう言ったのだ。
「デートじゃなくて?」
「大人の、ってのが大事だろ」
「…うーん、それがよく分からないんだけど…大人のって…?」
「言っとくけど、おれ、大人だからな」
首を傾げる可愛い兄にレンは真面目な顔で告げる。
「設定年齢は14歳でしょう?」
「設定年齢はな。稼働年齢も入れたら大人」
「…それ言っちゃうと俺は…」
「言っちゃわなくて良いから!おれはそういう話をしたい訳じゃないから!」
くすくすと笑うカイトに慌てて遮った。
そうやってはぐらかされるのは分かりきっている。
今年はきちんと約束をしてもらわなければ。
「…分かった分かった。でもすぐは難しいから…うーん、大晦日で良いかな?」
「えっ、逆に良いの?大晦日」
カイトの提案に思わず目を丸くしてしまった。
大晦日といえば家族で過ごすことが定説だ。
レンたちもご他聞にもれず今まではマスターたち家族と過ごしてきた。
「今年最後は女子の曲を録るから年越せるまでに帰れるか分からないって言ってたよ」
「…相変わらずだな」
兄の言葉にレンは呆れる。
ボーカロイドなのだから歌えることは喜びだがこんな年末まで作業していると不満が出そうな気がするが…。
「その分お正月休みが長めなんだって。…あ、三が日終わったら男子の曲録るから準備しとけって言ってたよ」
「…三が日は休みな事に喜ぶべきなのか…?」
引き気味のレンにカイトがくすくすと笑う。
青い髪がさらりと揺れた。
「それで、良いかな?大晦日に大人のデート」
「もちろん!!」
その言葉にレンはすぐに頷く。
こんなチャンスはめったにないのだ。
「約束だからな、大人のデート!!」


そして、当日。

「大人の、デート…?」
カイトが首を傾げる。
しょうがないじゃん!とレンが吠えた。
最初は高級レストランを予約しようと思った…のだけれど。
「めっっちゃ弊害あった」
「ああ…まあ…」
ため息を吐き出して机に突っ伏すレンに苦笑しながらカイトが頭をなでてくれる。
ここはよく行くファミリーレストランだ。
…大晦日でもやっている。
逆に大晦日なのに営業しているんだなぁと感心しきりだ。
…そう、レンの見た目の年齢で拒否される前に大晦日だからどこもそんなに遅くまで営業していないのである。
「高級レストランでご飯食べて観覧車乗って年越しする街を一緒に見ようと思ったのにぃい…!」
「レンの大人のイメージがちょっと分からなくなってきたかも…?」
頭を抱えるレンにカイトが少し首を傾けた。
「…大人とか言うからホテルにでも行くのかと思ったのに」
「……ん?!」
小さな声にレンはがばっと顔を上げる。
今、この兄はなんと??
「良いの?!」
「まあ、誕生日プレゼントだからねぇ」
勢い良く聞くレンに、へにゃりと笑うカイトの耳が赤い。
まさか、そんな事を許してくれるだなんて。
「…毎日が誕生日なら良いのに…」
「調子乗らないの」
くすくすと笑うカイトの手にキスをする。
いつもならするりと逃げてしまうのに今日は逃げなかった。

期間限定の誕生日プレゼント。

大切に、大切にゆっくり暴いていこうと、思った。


「起きたらそのまま初詣行こうか、レン」
「そうだな…。…兄さんが起きれたら、な」

しほはるワンライ・いたずらっ子/意地悪

思えば遥はサプライズすることが多かった。
そう思ったのは飼育委員での一件の後で。
1年の終わりだって何やら楽しそうに企画していたし、こういうのは好きなのだろう。
…案外いたずら好きと言った時だって否定はしなかったし。
「…まあ、やられてばっかりって訳にもいかないけどね」
志歩は小さく笑みを浮かべる。

「…日野森さんの意地悪」
少し不服そうに彼女が頬を膨らませる。
可愛いな、と思いながら「ごめん」と告げた。
「でも、珍しい桐谷さんが見れて、私は嬉しかったよ」

ザクロ誕生日

「…何をやっているんだ?貴様は」
膝を付いていたカイコクを見つけたザクロはきょとんとしながら彼に手を差し出した。
「…いや、別に」
言葉少なにザクロのそれを取ったカイコクは立ち上がる。
「…お前さんの手は、冷たくねェな」
小さな声にザクロは何を言っているんだかと呆れてしまった。
「当たり前だろう。…俺は生きているのだから」
「…そういう事じゃねェんだが」
くすくすとカイコクが笑う。
赤い飾り紐が耳の横でふわりと揺れた。
「…それで?」
「?」
「こんな所で何をしていたんだ」
「…え」
ザクロの質問に彼が心底意外そうな顔をする。
何かそんなおかしな質問をしただろうか。
「月が…見えて……それから」
「?それから?」
ゆっくりと何かを思い出すようなそれにザクロも手伝ってやる。
「…。…忍霧を思い出した」
「…俺を?」
「ああ。…正確にはお前さんの誕生日、だな。去年祝った時も同じような淡い月をしていた、ただそれだけでェ」
カイコクが目を細めた。
優しい表情に、ザクロは、そうか、とだけ言った。
彼の方が余程淡い月と同じような存在のくせに。
「忍霧は冬生まれだろう?」
「そうだな。鬼ヶ崎も冬生まれだ」
「…ああ。…この世界に夏は来るのかねェ」
独り言とも、ザクロに語りかけるとも違う言葉に、ザクロはその手を引いた。
笑い飛ばすことも出来ない疑問に、答えるために。
「?忍霧?」
「夏が来ると言い切ることは難しい。此処はエリア毎に四季があるからな。…だが、朝は来るだろう」
「…!」
カイコクが目を見開く。
その、黒い瞳にザクロは自身を映した。
「朝が来ないままで息はできない。…そう思うなら、息をしている俺に朝が来てからおめでとうを伝えてくれないか」
「…お前さん、ちゃっかり俺から祝いの言葉を引き出そうとしてんな?」
「そっ、んな…まあ、考えがなかった訳ではなかったが」
「正直モンだねェ、忍霧は」
しどろもどろになるザクロに、可笑しそうに黒髪を揺らすカイコクは綺麗な目尻に浮かんだそれを拭いまあ良いかと笑う。
「お前さんが生まれてきてくれたことに対して、何かしらの言葉は必要だわな」
「…っ、鬼ヶ崎!」
「朝焼けを、見せてくんなァ」
ふふ、と意地悪く笑う彼の、素直ではないハッピーバースデーに。
ザクロはああ、と頷いた。
窓から見えるクリスマスツリー。
そこに飾られるイルミネーションは滲んだ星のようにも、淡い蛍のようにも見えた。


繋いだ手に口付ける。


一等綺麗な朝焼けの約束を込めて。



(ザクロへの誕生日プレゼントは、普段隙がない彼が、弱みを見せてくれる事)



淡い月に見とれてしまうから
暗い足元も見えずに
転んだことに気がつけないまま
遠い夜の星が滲む
したいことが見つけられないから
急いだ振り 俯くまま
転んだ後に笑われてるのも
気づかない振りをするのだ
形のない歌で朝を描いたまま
浅い浅い夏の向こうに
冷たくない君の手のひらが見えた
淡い空 明けの蛍
自分がただの染みに見えるほど
嫌いなものが増えたので
地球の裏側へ飛びたいのだ
無人の駅に届くまで
昨日の僕に出会うまで
胸が痛いから下を向くたびに
君がまた遠くを征くんだ
夢を見たい僕らを汚せ
さらば 昨日夜に咲く火の花
水に映る花を見ていた
水に霞む月を見ていたから
夏が来ないままの空を描いたなら
君は僕を笑うだろうか
明け方の夢 浮かぶ月が見えた空
朝が来ないままで息が出来たなら
遠い遠い夏の向こうへ
冷たくない君の手のひらが見えた
淡い朝焼けの夜空
夏がこないままの街を今
あぁ 藍の色 夜明けと蛍

司冬ワンライ・聖なる夜/プレゼント

今日はクリスマスイブだ。
「急がねば…!」 
そんな中、慌てたように駆けて行く人物が一人。
人混みをかき分け、司は焦っていた。
プレゼント選びに時間をかけ過ぎて冬弥との待ち合わせ時間まで迫っていたのである。
普段ならばもっと前から選んでいるのだが、それをすると当日までにもっと良いものが出てきてしまいプレゼントが山のように増えてしまうという悩みがあったのだ。
別にそれでも良いが流石に三つも四つも貰っては困るだろう。
冬弥も、気持ちはわかる、と言っていたので今年はお互い当日に決めようということになった訳だ。
だが、時間をかけすぎたかもしれない。
「冬弥!」
「…!司先輩!」
案の定既に待っていた冬弥がふわ、と表情を和らげた。
「すまん、随分待たせてしまった」
「そんなこと…」
「…ほら、頬が冷たい」
笑みを浮かべて否定しようとする冬弥の頬を手袋を外したそれで挟む。
驚いた顔をした冬弥が嬉しそうに笑った。
「…先輩に隠し事は出来ないですね」
「当たり前だろう!…オレは冬弥の先輩であり恋人なのだからな」
優しく頭を撫で、そのまま手をつなぐ。
聖なる夜に、こうして二人で笑い合えることこそが、一番のクリスマスプレゼントだなぁ、と思った。


雪も溶かすほどに、熱い聖なる夜を貴方と。


プレゼントの中身は…貰った本人だけが知っている。

司冬ワンライ/船の旅・水面に揺れる

司冬ワンドロワンライ・蜜柑/分け合って

今年も寒い冬がやってきた。
寒さは別段得意なわけでも苦手なわけでもない司は寒がりの母の代わりに買い出しに来ていたスーパーの駐車場である光景を見つけて立ち止まる。
「みかん詰め放題…500円?!それは安いな!」
宣伝文句に司は早速その列に並んだ。
冬のこたつにはやはり蜜柑だろう。
詰め放題はやったことはないが…まあ何とかなる。
中が潰れなければどうということはないのだから。
「…いざっ」
袋を受け取った司はコンテナいっぱいの蜜柑を前に腕まくりをした。



「…流石に詰めすぎただろうか……」
破けそうな程詰めた袋に思わず司は苦笑する。
店の人も驚くくらいには司は詰め放題の才能があったようだ。
「…む、冬弥!」
「…!司先輩!」
練習帰りらしい冬弥を見つけて司は声を掛ける。
彼も嬉しそうにこちらに駆けてきてくれた。
「こんにちは。…すごい荷物ですね?」
「ああ。みかんの詰め放題をやっていたんだ。…少しもらってくれないか?」
「!良いんですか?」
「ああ。うちで分けよう」
「ありがとうございます、司先輩」
司の申し出に冬弥が嬉しそうに微笑んだ。
はて、彼はそんなに蜜柑が好きだったろうか。
「オレも詰めすぎたと思っていたから貰ってくれる方が有り難い。…しかし、冬弥が蜜柑好きとは驚いたな」
「そうですね…。特別好き、という訳でもないのですが…。…司先輩と分け合える、というのが嬉しくて」
ふふ、とはにかむ冬弥に、思わず荷物を落としそうになった。
全く、この可愛い恋人は!!
「…司先輩?」
「…冬弥にはいつまで経っても敵わんなぁ」
不思議そうに目を瞬かせる冬弥に司は笑いかけた。
今日も司は冬弥に恋をする。
蜜柑のように甘酸っぱい恋を。




「そういえば以前に蜜柑の皮アートというのを教えてもらったことがありまして…」
「何っ?!それは気になるな?!!」

司冬ワンライ/電車 ・秋の風景

「先輩!紅葉が見えます!」
「そうだなぁ」
わくわくした冬弥の声に司は小さく笑いながら同意する。
行楽シーズン、弁当でも持って少し遠出をしようかと持ちかけたのは司だがまさかこんなに喜んでくれるとは思わなかった。
「まだ行き道の電車内だが…そんなに楽しいか?」
「はい!…先輩と一緒なのできっとどこでも楽しいと思うのですが…美しい景色を、先輩と直接共有出来るのは嬉しいです」
ふわふわと笑う冬弥に、司は胸が高鳴るのを感じる。
やはり冬弥は可愛らしい、と思わず笑顔になった。
「わっ」
「…と、大丈夫か?」
電車がガタン、と揺れ、彼がたたらを踏む。
それを支えつつ聞けば冬弥はこくりと頷いた。
「はい。…大丈夫です。ありがとうございます」
「なぁに、冬弥が無事で何よりだ!」
笑い掛ければ彼は僅かにはにかんだ。
窓の外に秋の風景が広がる。
赤や黄色の葉っぱたち、橙の花や紫の果実。
見事なそれに司は目を細めた。
きっと目的地まで後少しなのだろう。
「美しい光景だな!」
「そうですね。…とても、綺麗です」
秋の光に冬弥の表情が照らされた。
「?司先輩?」
「いや。……美しいのは冬弥であったな、と」
「…!」
司の言葉に冬弥は目を丸くする。
何かを言いかけた彼の言葉は車内アナウンスにかき消された。
ゆっくりと電車は減速する。

目的地まで、もうすぐ。

昨日は誕生日だった。
仲間たちや先輩たちから盛大に祝ってもらったから今日は冬弥と二人きりで、と行きつけのカフェに来ていた彰人は、目の前にいる冬弥が小さく笑うのを見て首を傾げる。
「どうした?冬弥」
「…いや。彰人がたくさんの人から祝ってもらっているのを見ると嬉しいものだな、と思ってな」
「…なんだそれ」
柔らかい表情の冬弥に彰人は苦笑した。
奥さんでもあるまいに。
「……流石にまだ早ぇよな…」
「彰人?」
「あ、いや、何も」
小さく呟いたそれは冬弥には聞こえていなかったようで、彰人は曖昧に笑う。
今はまだ十分な関係だ。
隣で彼が歌ってくれる。
その先は伝説を超えてからでも遅くはなかろう。
「お待たせいたしました」
と、ウェイトレスが何かを運んできた。
冬弥が予約してくれていたらしいチーズケーキの上に何かオレンジ色のジャムか何かがかかっている。
柑橘系の果物だとばかり思っていれば何やら花びらが見えた。
小さな花は通学路でもよく見たことがある形で。
「…これ、花…か?」
「ああ。…金木犀だ。エディブルフラワーと言ってきちんと食べられるから安心してほしい」
彰人の疑問に冬弥が答えてくれる。
やはり花だった、と納得したが新たな疑問が擡げた。
「いや、その心配はしてねぇけど。なんで金木犀なんだ?」
首を傾げる彰人に、冬弥は小さく笑う。
内緒だ、なんて微笑んだ冬弥に眉を顰めた。
「…なんだ、それ」
楽しそうな彼にそう言うしかなくて、彰人は息を吐く。
嘘がつけない代わりに彼はこうやって気持ちを隠してしまうのだ。
無理やり聞いたって教えてくれないだろう。
だが、今回は悪い方ではなく彼の表情から良い隠し事な気がした。
…それを証拠に。
「…彰人」
「あ?」
「…誕生日おめでとう」
「…。…おぅ」
そう、祝ってくれる冬弥が幸せそうで。
だからまあ良いか、と思った。


一口大に切り、そのまま含んだ金木犀のジャムがかかったチーズケーキは。


普段より幸せの味が、した。


(彼が隠した金木犀の花言葉


初恋は彼によって食べられ、誘惑へと変わる)

しほはるワンライ