遠い距離と近い声

今日は司の誕生日である。
その日の夜かかってきたのは、愛しい彼からで。
「冬弥か!どうした?」
ごろんとベッドに寝転びながら司は冬弥に問う。
昼間も電話をくれたのに、珍しいなと思った。
『いえ。…少し、声が聴きたくなってしまって』
わくわく感を滲ませた彼の声に、司も思わず笑ってしまう。
実は冬弥は今アメリカにいるのだ。
だから、きっと。
『司先輩がどんなお祝いをされたのか…気になってしまって』
「なるほど。では聞かせてやろうではないか!」
司は電話に向かって高らかに…すると、妹から注意されるので少しトーンを落として宣言する。
それから、今日合ったことを順繰りに話してやった。
冬弥は聞き上手で、良いリアクションをしてくれるから、ついついたくさん話してしまう。
「…と、まあとても良い1日だったぞ!」
『それは、素晴らしい1日でしたね』
「ああ!締め括りに、冬弥からこうして電話ももらったしなぁ」
遠い地にいる彼に、司は言った。
早く会いたいが一生会えないわけではない。
彼だって目標のために頑張っているのだ。

ボーカロイドはたんぽぽの夢を見るか

「ぜぇったい、セイヨウタンポポ!」
「はぁ?!ニホンタンポポだろ!!」
ぎゃーぎゃーと二人の声が響く。
間で見ている彼は困惑顔だ。
隣ではピンク色の髪の少女がそれを揺らしている。
「ただいまぁ。……あら、何の喧嘩?」
「あ、お帰り、めーちゃん」
「お帰りなさい、メイコ姉様」
買い物を終えて帰ってきたらしいメイコがぎゃんぎゃんと喧嘩するリンとレンを見てきょとんとした。
カイトとルカが、メイコを見上げて少し困った顔をする。
「今度、カイト兄様のイベントがあるでしょう?」
「ああ、あるわね」
「…それで、そのイベントのイメージキャラクターの名前がたんぽぽくん、っていうんだけどね」
「そういえばそんな名前だったわねぇ。春らしくて良い名前じゃない。…イベントにはちょっと時期がズレてる気がしないでもないけど」
「あら、六月でも綿毛はありますわ。カイト兄様の素敵な歌や作品が綿毛に乗って皆様の元に届く、と思えばぴったりだと思いますけれど」
メイコが小さく上を向くとルカが微笑んだ。
なるほどね、とメイコが頷く。
「それで?それが何の争いに発展する訳?」
ただそれは解決したが他がわからない、と、首をひねるメイコに、カイトとルカが顔を見合わせた。
「えっと……そのたんぽぽくんがセイヨウタンポポかニホンタンポポかで揉めてる…?」
「……物凄くどうでも良かったわね……」
小さく首を傾げるカイトに、うーん、とメイコが笑う。
「どうでも良くないよぅ!セイヨウタンポポだと、ほら、明るい感じの歌のおにいさん!って感じするじゃん!」
「そうだよ、メイ姉ぇ!ニホンタンポポだと優しくて、おれにだけ内緒だよってちょっとおまけとかしてくれるミステリアスな喫茶店のマスターって感じすんじゃん!」
「それ、レンの性癖でしょー?!!」
「うっせ、性癖で何が悪い!!」
「…楽しそうねぇ……」
二人のそれに、メイコが呆れたように言った。
深刻な内容ではなかった、と分かったのもあるのだろう。
「ま、程々にしなさいよー」
「止めてよ、めーちゃん!」
ひらひらと手を振るメイコに、カイトが本当に困ったように言った。
彼がこの呼び方をするのはパニックになった時だけなので、今回は手に負えない出来事らしい。
「…大丈夫だよ、お兄ちゃん」
眉を下げるカイトの背後から手が伸びた。
「えっ、うわっ、ミク?!」
「クローバーな初音さんはお兄ちゃんがニホンタンポポでもセイヨウタンポポでも、必ず幸せにしてあげるからね」
ぎゅっと抱きしめるミクに、カイトが驚いた声を上げる。
「はぁああ?!!何やってんだよ、ミク姉ぇ!」
「いーなー!リンも!リンもやる!!」
「やんな!!」
ミクのそれに、リンがわぁい!と手を挙げた。
レンがそれに噛み付く。
だがそれを無視し、リンがきゅっと腕に抱きついた。
「タンポポなカイ兄ぃには、カタバミのリンがずっと一緒にいてあげるからね!」
「あはは、ありがとう、リン」
リンのそれにカイトがニコニコと頭を撫でる。
ふふん!とリンが勝ち誇った笑みをレンに向けた。
「えー!初音さんはー?クローバーだよ?幸せの象徴だよ?」
「うんうん、ミクもありがとう」
「カタバミも三つ葉だよー?」
「リンちゃん、カタバミはマメ科なんだよ?四つ葉にはなれないんだよ?」
「えー?!そうなの?!!」
リンがミクのそれに驚いた声を出す。
「いいんじゃん?ちっさいし、リンにぴったり」
「ちょっと、レン?!!」
はん、と暴言を吐くレンに、リンが声を荒らげた。
「ふふ、でもカタバミはあなたと共に、という花言葉もあるんですよ?」
ふわふわとルカがリンに言う。
「本当?!やったぁ、ルカたん物知りー!」
「クローバーは?!ルカちゃん、クローバーは?!」
「えっと、愛、や、希望、などでしょうか」
ミクのそれに、思い出すようにルカが言った。
いつの間にやらルカの花言葉講座になっている。
「じゃあ私はツツジにするわ!」
買い物をした品物を片付け終わったらしいメイコが戻ってきて言った。
「めーちゃんまで…」
「…メイ姉ぇがツツジ…?」
「何よぅ、レン。文句あるの?」
もー、とカイトが言い、レンが首を傾げる。
にっこりとメイコがレンに微笑んだ。
「なんでもないでーす」
「あら、ツツジには赤のツツジもありますわ。花言葉は熱い想い、だったと思います」
「本当?私にぴったりね!」
ルカの言葉にメイコも上機嫌だ。
「カイト、私の熱い想いを受け取って!なんてね!」
「めーちゃん、話をややこしくしないで…」
楽しそうなメイコにカイトが困ったように言う。
「ふふ。カイト兄様のたんぽぽも、幸せ、や、真心の愛、愛の神託という花言葉があるんですのよ」
「へえ!お兄ちゃんにぴったりだね!」
「そう…かな?」
「うん!愛の神託とかたんぽぽのカイ兄ぃっぽい!」
ミクやリンが不思議そうなカイトに言った。
メイコも、「確かにねぇ」と笑う。
「じゃあルカはオオイヌノフグリかな?」
「え?」
カイトのそれにルカがきょとりと目を瞬かせる。
「えー?ルカたんはハルジオンじゃない?」
「ハルジオンは追憶の愛、ですのよ、リン姉様」
「そーなの?!オオイヌノフグリは?」
「えっと…信頼や清らか、でしたでしょうか…」
「あー、ルカたんだぁ…」
「ルカちゃんだねぇ…」
「ルカだわぁ……」
「えっ、えっ」
三人のそれにルカが慌てた。
話の流れが彼女に移ったのを感じたらしいカイトがそっとそこから抜け出してくる。
「ふう…。もう、レンが変な喧嘩するから…レン?」
レンの隣に来たカイトが、無言で何かを考え込むレンに首を傾げた。
その手をがしっと掴んだ。
「わっ、レン?!」
「たんぽぽの兄さんに!菜の花のおれが!花言葉を捧げるから!!これからも隣にいてくれ!!」
真剣なそれにぽかんとしていたカイトが笑う。
「え、ちょ、兄さん??」
「…ふふ、レンは菜の花だよねぇ……」
楽しそうな彼に、レンが焦ったようにカイトを見る。
「うん、じゃあ俺の花言葉はレンに捧げるね?」
「…っ!!お、ま…!…ったく」
笑いすぎたらしいカイトが、涙を拭いながら微笑んだ。
レンは目を見開き、赤面する。
はぁあ、とため息を吐いた。
「その言葉、後悔すんなよ?」
握った手にレンがキスを落とす。


ふわふわと笑うたんぽぽの彼は


春の空に映えるような

司冬ワンドロワンライ

大好きな彼から笑顔が消える

そんなことはあってはならないと……そう思ったんだ。


「…冬弥?」
司の声に冬弥が振り返る。
手には、重そうな楽譜に、バイオリンケース。
「…その」
「…ごめんなさい、これから、レッスンなんです」
幼い彼が言う。
感情もなく、ただ淡々と。
まるで、何かに強制されているようで、司はそれが何だか嫌だな、と、そう思った。
「…そ、うか。…冬弥は、その…クラシックは、好きか?」
司は問う。
それに冬弥は曖昧な笑みを浮かべた。
「…わからない、です。父さんが…」
そこまで言った冬弥が無理したように笑う。
司自身もピアノはやっていたけれど、こんな、好きだったかどうか分からなくなるような感覚になったことはなかった。
何かが違う。
こんなのは、違う。
音楽は、もっと自由なはずじゃないか!!!
思わず司は冬弥の手をつかむ。
そうして、必死に駆け出した。
どこに行きたいかなんてわからない。
それでも、ここには居たくなかったから。
冬弥が笑ってくれないセカイなんて、居たくなかった…から。
(その感情が何なのかも分からぬまま)
「?!司さん!」
驚いた冬弥の声が届く。
振り回してることには気づいていた。
だが止められない。
…だって。
「…っ!オレは!!冬弥には幸せでいてほしいんだ!!」






「…司先輩!」
「…冬弥?」
冬弥の焦った声に目を開ける。
どうやら昼食を中庭で取った後、眠ってしまったらしかった。
時間を見ればもうすぐ授業が始まる時間で。
きっと彼は寝ている司を見かけて起こしに来てくれたのだろう。
手には彼らが今度やると言っていた【ライブ】のフライヤーがある。
…ああ、そうか……あれは。
「…良かった」
司はホッと胸を撫で下ろした。
彼が無理した笑顔を浮かべるセカイなんて、今は存在していなかったんだ、と。
「なぁ、冬弥」
「…はい」
「今、幸せか?」
司の質問に、冬弥はきょとんとする。
それから、花が綻ぶように微笑んだ。
「…はい、幸せです。…とても」
柔らかいそれはあの時見たかったもの。
どこかで、誰かが歌っている声が…した。
「俺の進みたい未来に進めていて…俺が過去やっていた音楽も間違っていないと分かって。…何より、司先輩が今も隣にいてくれる。幸せとしか言い様がありません」
冬弥の綺麗な笑みに、司は手を伸ばす。
そうか!!と笑って、彼を思い切り抱きしめた。
わ、という小さな声と身体の重みが伝わる。
それが何とも心地よかった。
広がる青空、聞こえる音楽。
言葉にして伝えなければと、そう、思った。
「オレも幸せだぞ、冬弥!」


連れ出した先の未来はこんなにも輝いていて

嗚呼



他の誰でもない オレとキミの世界は
希望に満ちた世界でありますように



「…俺は、気付きましたよ。司先輩」
「?どうした?冬弥!」
「…。…いえ、何も」

「待ちなさい、コードネームC!」
「…やっぱり来たね、アイドルハート!」
キリッとした声に振り返る。
目の前に立ちはだかる、青い髪が揺れた。
「お願い、悪事なんてやめて!」
「そうはいかないよ。…これが私の使命だからね」
「…そんな…!ハッピーハートやティアドロップが可哀想だと思わないの?!」
「全然?…むしろ、こっちにおいでよ。キューケーナサイやタントオタベが待ってるよ」
少し狼狽える彼女に、隙あり、と口角を上げた。
それから彼女に歩み寄り、ほら、と跪いてある物を差し出す。
途端に目を丸くした。
「…これ、って……」
「108本の薔薇の花束、だけど」
そう言ってから、「アイドルハートさんは意味くらい知ってるよね?」と笑ってみせた。
108本の薔薇の花束。
意味は…そう。
「[結婚してください]」
固い声のそれに、なんだ知ってるんだ、と笑った。
「どう?アイドルが民衆の前で公開プロポーズ、なんて、悪事でしかないんじゃない?」
「…」
「ほら、受け取りなよ。…それともアイドルハートさんは花を無駄にする気?正義の味方なのに?」
くすくす笑っていれば、彼女もふわりと微笑んだ。
「そうだね。花を無駄にするわけにもいかないから…」
柔らかく微笑む彼女はいくつかだけ、花束から抜き取った。
その数は9本。
紅い花弁に口を寄せて笑う彼女に、ドキリとする。
「今はこれだけ、貰っておこうかな?」
「…っ!」
「ふふ、残りは貴方がこちら側に来てくれたら考えるよ。…ね、コードネームC?」
「…くっ…!!」
穏やかな笑みの彼女に分が悪い、と思わず逃げた。
その、ストレートじゃない彼女が99本の薔薇に隠したメッセージを抱えて。

待って!と追う、彼女の声は……。



「…何だったの、あれ」
志歩は小さく息を吐く。
変な夢を見たなぁ、とぼんやり歩いていた…その時。
「待って、日野森さん!」
「…桐谷さん。今日は朝から来れたんだね」
「そうなの!…浮かない顔だけど…何かあった?」
「あー…変な夢を見ただけ」
ひょいと顔を覗き込む遥に志歩は曖昧に笑った。
「日野森さんも?実は私もなんだ」
「え?」
小さく笑う遥に思わず驚いてしまう。
「その夢って…」
「うん。私はアイドルハートっていうヒーローなんだけどね、ヴィランと戦うことになって…で、日野森さんはヴィランなんだけど、その名前が」
「…コードネームC」
遥の言葉を引き継いで言う志歩に、彼女もその綺麗な瞳を丸くした。
「…不思議なこともあるもんだね」
「……本当だね」
ふわふわと笑う彼女に、「私はあんな騙し討のプロポーズはしないからね」と言う。
「…!日野森さん…」
微笑む彼女が、「日野森さんはヴィランは似合わないなぁ」と楽しそうに言った。
「…そう?」
「だってヴィランはあんまり真っ直ぐ愛を伝えないもんね」
眩しく微笑む彼女に、志歩もそうかもね、と笑った。

ヒーローでもヴィランでも


きっと彼女のことは好きになるだろうから。



「あ、志歩ちゃんと遥ちゃん!」
「本当だ!…志歩!遥!」
「「…サーモンピンク(イーターパン)」」
「「へ??」」

「…カイコクさんって、ダークヒーローですよねぇ…」
俺の声は本人にばっちり聞こえていたようで、はぁ?という顔をされてしまった。
「…なんでェ、いきなり」
「いやぁ、某アプリゲームが、エイプリルフールでヒーローとヴィランに分かれて戦う!っていうのをお出ししてきて」
「…まあ、良くある設定だわな」
「でも、ジャンル的にはリズムゲームなんですよね、それ」
「…。…あんまねェ設定かもしらんな」
カイコクさんが小さく肩を揺らす。
「んで?俺がダークヒーローって?」
「はい!カイコクさん、正統派ヒーロー!って感じじゃないし、ヴィランでもないし。なんか、裏で暗躍していつの間にか悪を倒してる感じじゃないですかー!」
俺のそれに、カイコクさんは楽しそうに笑った。
「そりゃ…買い被りも良いとこだぜ?」
「そうですか?この前だって一人で色々と調べてたじゃないですか」
「…調べた挙句パカにバレてりゃ世話ねェけどな」
首を傾げる俺にカイコクさんはちょっとだけ嫌そうな顔をする。
…カイコクさん、パカさんのこと本当に苦手なんですねぇ……。
「んで?入出はダークヒーローの俺に何して欲しいんでェ」
「へ?」
綺麗な髪を揺らすカイコクさん。
何を…何を…?!
「…頼めば何でもしていただける感じでしょうか」
「…。…一回持ち帰って検討する時間をくんなァ」
真剣な俺に目をそらすカイコクさん。
でも、完全に駄目ではないんですね?!
「…ま、お誕生日様だからねェ…なるべくなら、な」
「…お誕生日様最高じゃないですか…!」
カイコクさんのそれにはわぁ、と大げさに反応してしまった。
そう、本日は俺の誕生日、だ。

素直ではない彼がくれる、精いっぱいの誕生日プレゼント。


嗚呼、何にしましょうね!



「…あ!じゃあ………」


「…俺のヒロインになってください」
「断る」
俺のそれにカイコクさんが微笑んだ。
「何でも良いって言ったのに」
「俺は、入出に、言ったんでェ。間違ってもテメエじゃねぇな」
「ガワは一緒なんだけどなぁ」
「…」
笑う俺にカイコクさんが睨む。
「…俺ァ、ヴィラン側についたつもりは、ねぇぜ?」
「そう?…まあ、ヴィランに囚われたダークヒーローがいつの間にかヒロイン堕ちしてるのも、悪くないんじゃない?」
「ハッ、テメエの言うことなんざ…」
にこにこ笑う俺にカイコクさんが挑発的な目をしながら言う。
うんうん、元気なのは良いことですよね!!
…まあ、あんまりお転婆なのも困っちゃうんだけどさ?
「…俺はいつまででも待ってますよ、【カイコクさん】?」
髪を持ち上げてキスを落とす。
びくっと彼が震えた。
やっぱり誕生日といえど、欲しいものは自分で手に入れないと、楽しくないですからね!



(ヴィランにだって、ハッピーになる資格は持っていて良いでしょう?)



(例え、他の人が不幸になったとしても!)

あれ、と志歩は止まる。
ここで見るのは久しぶりだな、と思った。

「あら!お帰りなさい、しぃちゃん!」
「ただいま。…うちで企画練るの、久々じゃない?」
パタパタと姉がキッチンから駆けてくる。
そう聞く志歩に、そうなの!と雫が言った。
「実はね、愛莉ちゃんとみのりちゃん、私と遥ちゃんとのペアで企画勝負をすることになったの。最初はお互いモアモアハウスでやる予定だったのだけれど、何かの拍子でバレても困るでしょう?だから、私たちの企画は私の部屋で練ることになって!」
「…ああ、なるほど。…ところで、キッチンの方は良いの?」
嬉々として教えてくれる雫に苦笑しながらそう指摘すれば、大変!とまた戻っていく。
全く、と息を吐き、志歩はそっと襖を開けた。

あまり世間からは注目されないけど

私にとって今日は……。


「あれ、志歩ちゃん?」
「…あ、絵名さん」
少し向こうに見知った顔があって、絵名は走り寄る。
「こんにちは」
「久しぶり!お買い物?」
「はい、絵名さんは…」
ふわりと微笑む志歩に、絵名は問いかけた。
それに答えた志歩が首を傾げたところで、誰かの声がする。
「日野森さん、良いの見つか…あ、東雲さん!」
「あれ、草薙さんも一緒だったんだ」
「はい。東雲さんもお買い物ですか?」
寧々の髪が揺れる。
何だかよく見る組み合わせだなぁなんて思いながら絵名は笑った。
「まあね。瑞希に振られたから一人で来たとこ」
「…瑞希さんに?」
少し意外そうな顔で志歩が言う。
「そー。なんか用事があるんだって言ってさぁ」
「…そろそろ愛想が尽きたんじゃねぇの?」
「はぁっ?!!…って」
よく知る声が上から振ってきて反射的に睨み仰いだ。
その先にはニヤニヤしている弟がいて。
「彰人?!」
「…東雲くん……」
素っ頓狂な声を出す絵名に、寧々が困ったような声を出した。
「何でアンタがここに?!」
「はぁ?頼まれたんだっつー…」
「あ、えっと、わたしがお願いして、来てもらったんです!」
詰め寄れば彰人は嫌そうな顔をする。
それに焦ったように言うのは寧々だ。
「…草薙さんが?」
「はい。東雲くんとは、クラスが一緒で……」
「え、うそ、うちのバカが迷惑かけてない??」
思わず寧々の手を握る。
彰人が眉を顰め、志歩が苦笑する。
「今迷惑かけてんのはお前だろ…」
「…仲良しだねぇ…」
小さなそれに二人いっぺんに志歩を見た。
「はぁ?仲良くねぇよ」
「志歩ちゃん、その感想はおかしいでしょ」
「…ま、まあまあ……」
寧々が止めに入り、「…東雲くんにはお世話になってるんです」と言う。
「えー?彰人にー?」
「…はい。今日も、バレンタインに白石さんからチョコを貰ったから、お返し考えるのに着いてきて貰っちゃって」
信じられない、と言わんばかりの絵名にクスクスと寧々が笑った。
「…私も、アドバイス貰って、助かってます」
「え?志歩ちゃんも?」
「…桐谷からチョコ貰ったっつーから、お返しになるようなもん考えただけだ」
志歩の言葉に驚く絵名に、彰人が頭を掻きながら言う。
「ま、オレも冬弥に贈るお返し考えるの手伝ってもらったしな」
「ああ、毎年律儀だよねぇ、冬弥くん」
彰人のそれに、あはは、と絵名が笑った。
とても真面目で良い子だから、彰人も大切にしたくなるのだろう、きっと。
彼女たちが言う、杏や遥もそうだ。
深く知っている訳ではないが、良い子たちだから、大事に、こうやってお返しまで考えて……。
「…あ」
「あ?」
「絵名さん?」
「どうかしたんですか?」
ぴたりと固まった絵名に、三人が首を傾げる。
なんでもない、と取り繕い、「ちょっと用事を思い出しちゃった」と手を振った。
きっと、こんな風に真剣に悩んでくれているだろう、【あの子】に思いを馳せる。
願わくば、三人が想い人と素敵なホワイトデーを過ごせますように。
そんなことを、思いながら。

(私も楽しみに待ってようかな、なんてね!)


「くしゅんっ!」
「瑞希ちゃん、大丈夫?!」
「あら、風邪かしらー?」
「…良かったらティッシュ、使ってね」
「あはは、大丈夫だよ、みのりちゃん、雫ちゃん!奏も、ありがと!」


()

えー、どうも、鏡音レンです。
我が家では、今現在、えー…何やら不穏な空気、です。



「…何あれ」
指を差すおれに、兄さんが「指は差しちゃ駄目だよ」と窘めてくる。
…電子の歌姫をあれ呼ばわりすんのは良いんだな……。
「へーい。んで?あれ何」
「…。…大切な妹とのデートの日に朝から生放送ラジオの仕事が入っちゃって土下座する初音さんと、珍しく激おこな大切な妹こと巡音さん」
「…。……そらぁ初音さんが悪いな」
小声で教えてくれる兄さんに、おれは頷いた。
マスターもなんでそんな日にわざわざ仕事を入れるかね。
「…気持ちは分かるよ?今日はミクの日だしね。記念日にデートしたいっていう…」
「……。…いや、やっぱり初音さんが悪いだろ。仕事入るなんて分かりきってんじゃん」
ひそひそしているおれたちに「聞こえてんだけどぉ!」と土下座したままのミク姉ぇが怒鳴る。
わぁ、すげぇ器用。
「ってか珍しいね、ルカ姉ぇがこんだけ怒ってるの」
「私だって怒る時は怒るんですのよ、レン兄様」
「ルカちゃん、そこをなんとか!!!」
つん、とそっぽを向くルカ姉ぇに、ミク姉ぇが床に頭をめり込まさん勢いで謝る。
…電子の歌姫どこ行ったよ。
「ふふ、そろそろ許してあげたら?ミクも反省してるし」
「お兄ちゃん…!」
「…タイミング逃したらネタばらしもやりにくくなるし」
「お兄ちゃん…?」
兄さんがにこ、と笑う。
…おれ、この兄さん知ってんぞ。
え、え、とミク姉ぇだけが目を白黒させてる。
「…そうですわね」
ルカ姉ぇがふわりと微笑んで、兄さんと二人で部屋のカーテンを引いた。
「じゃーん!ミクの日おめでとう!」
「サプライズ!ですわ」
「…ほへぇ……?」
「…ミク姉ぇ、顔、顔」
部屋の奥にはごちそうが用意してある。
ポカーンとするミク姉ぇはファンには見せられん顔してて。
「え?何?何事??」
「ミク姉様がお仕事の間にカイト兄様に手伝って頂いて一生懸命作りましたの」
「せっかくのミクの日だもんね、俺も張り切っちゃった」
「…いや、張り切り過ぎじゃね…?」
楽しそうなルカ姉ぇと兄さんが「大成功!」とハイタッチしているのをおれは呆れた目で見る。
メニューもだけど、品数もどこの料亭だよ…。
「大切なミク姉様とデート出来なかったのは残念ですけれど…。…年に一度の記念日、祝わせてくださいね?」
「…ルカちゃん……!!」
ルカ姉ぇの言葉にミク姉ぇが抱きつく。
これは1587239回目のプロポーズが始まる予感だと、おれは兄さんと共に退散した。



せっかくのミクの日、邪魔しちゃ悪いもんな!!


(本日、3月9日、ミクの日です!)


「つーか、ミク姉ぇ記念日多過ぎだろ。おれだって兄さんと記念日祝いたいのに」
「…うーん…レンとは、毎日が記念日みたいなものじゃないかな…」

今年の年末は大変忙しかった。
…そう、自分の誕生日を忘れるほどに。


「…ごめん……」
自分よりもそれを気にしてくれていたのはカイトの方だった。
シンフォニーのリハーサルが終わった直後、彼が神妙に謝るから何事かと思ったくらいである。
「えっ、何、どうしたの兄さん」
「…今年、誕生日をお祝いする時間ないかも…」
しゅんとするカイトの言葉を脳内で反芻し、ああ!とレンは頷いた。
「おれたちの誕生日か!!」
「えっ、忘れてたの?」
びっくりしたようなカイトのそれに、まあなーと軽く返す。
「やだー!初音さんの悪口言えないじゃないですかー!」 
「やだー、初音さんがここぞとばかりに煽り散らかしてくるー」
通りがかったミクが楽しそうに嘲笑うからレンは棒読みで返事をした。
誕生日忘れなんて、忙しすぎるミクの専売特許なのに。
「…ミク姉様……」
もう、と後ろからルカが窘めるようにミクに呼びかけ、小さく首を傾げる。
「けれど、レン兄様もリン姉様もご自分の誕生日を忘れているなんて珍しいですわね?」
「確かにな…おれはともかくリンまで忘れてるのは珍しいかも」
まだ向こうでメイコとリハーサル途中のリンを見やりながらレンは呟いた。
…まあ、今年はギリギリまで仕事が入っていたから仕方がない。
良く思い出した方だろう。
「あっ、でもケーキはちゃんと焼くからね!」
「私もお手伝い致しますわ」
カイトのそれにルカも頷いた。
横で、えー!と文句を言うミクはまあおいといて…それだけで有り難い。
「別におれは気にしなくて良いのに…」
「良くないよ、せっかくの記念日なのに」
「そうですわ、レン兄様」
「そ?ありがと、兄さん、ルカ姉ぇ」
にこ、と笑うレンに、「初音さんは?!」と緑の歌姫が声を上げた。
「初音さん文句しか言わないじゃないじゃねぇっすかー」
「違いますぅ、煽りもしましたぁ」
「余計たちが悪い!」
ぎゃんぎゃん言い合っていればルカと…さっきまで落ち込んでたカイトがくすくす笑う。
やっぱりカイトは笑っていてくれた方が嬉しいと、そう思った。
「じゃあ、張り切ってケーキ焼くからね」
「ん。…じゃあプレゼントはまた後日ってことで」
囁く彼に、レンもウインクを返す。

それが…去年の話。



「誕生日おめでとう、兄さん!」
「ふふ、ありがとう、レン」
はい、と手渡したそれをカイトはにこりと微笑んで受け取る。
それからカイトも「遅くなってごめんね」と手渡してくれた。
「もらえるだけで嬉しいって!ありがとな」
「こちらこそ」
柔らかく微笑む、綺麗な兄。
幸せだな、と思った。
「そういや、めっちゃでかい袋だけど何くれたの?」
「開けてみてのお楽しみ」
「マジで?気になるー」
「レンは何くれたんだい?」
少しそわそわしたカイトがそう問う。
えー、と笑ってから、レンはカイトの手を取ってからリボンのところに一緒に手を伸ばした。
しゅるりとそれが解ける。
「…!」
「おれの時間を兄さんにあげる。だから、兄さんの時間をおれにちょうだい?」
耳元でそう囁き、口付ける。
触れるだけのそれに、カイトは、もう、と笑ってくれた。
「レンには敵わないなぁ」
「おれが兄さんに勝てたことなんか一回もないじゃん」
青い髪を揺らす兄をソファに押し倒す。
今日は綺麗で可愛い、カイトがこの世に生まれた日。


それを祝うためなら、なんだって。



「そういやぁ、兄さんは結局何くれた……服?」
「うん。…それを来たレンとデートしたいなぁって……」
「…やっぱり兄さんに勝てねぇじゃん……!!」

さて、本日はバレンタインデーである。

「…なぁ、鬼ヶ崎……」
「まて!後ちょい!」

ここに何やら揉めている男女が1組。


ザクロは目の前でうんうん唸っている彼女を見ながらため息を吐いた。
どうやらカイコクはチョコを渡したくて…女子みんなで手作りしたらしい、彼女は甘いものが苦手なのに有り難い限りだ…持ってきてくれたは良いものの、どう渡すかをこの期に及んでまだ迷っているようなのである。
最初こそ可愛いな、と余裕の気持ちで見ていたのだけれど…それにしたって。
迷いに迷ってとりあえず来てくれただけで褒めてやるべきだろうか。
流石にそれは甘やかし過ぎだろうか。
「…普段通りではいけないのか?」
「……普段通りが分かんねェ…」
ザクロのそれにカイコクは悩みながら答える。
考え過ぎてもう如何したら良いのかわからないらしい。
そこが彼女の可愛らしいところといえばそうなのだけれど。
「可愛らしいな、鬼ヶ崎は」
「なっ」
思わず口に出してしまったそれにカイコクは顔を赤くする。
「ほら」
「っ」
そんな彼女に手を差し出した。
ザクロだって余裕があるわけじゃない。
可愛らしいカイコクの百面相も良いがそろそろ限界だ。
…色んな意味で。
「ムードがねぇ」
「今更だろう?」
ぶすくれる彼女に、小さく笑う。
カイコクから、ほら、と袋を手渡されるまであと数秒。


バレンタインはまだ、始まったばかり。


「そういやァ、今日の下着はチョコレート色だぜ。…見るかい?」
「きっ、さま!!なんで、そう…!」