アンヤ誕生日

「なぁ、オレ誕生日なんだけど」
アンヤのそれに、カイコクがきょとんとする。
「そりゃあ…おめでとさん?」
「おう」
疑問符付きの祝いの言葉にアンヤは頷いた。
「んで?駆堂は何をご所望でェ」
「…。…何かくれんのかよ」
「ま、俺が用意出来るもんならな」
小さく首を傾げたカイコクがくすくすと笑う。
ふわふわと鬼の面の赤い組み紐が揺れた。
ゲノムタワー内で用意されるものは彼自身が用意するわけではないのだけれど。
「んじゃ、ちょっと着いて来いや」
ぐっとカイコクの手を掴む。
そのまま彼の手を引いてある場所に向かった。
「…んん???」
「…。んだよ」
混乱しているらしい彼を睨む。
アンヤが連れて行ったのは、露天風呂だった。
まあ誕生日のプレゼントを、連れて来られた先が露天風呂だ、というのは混乱もしよう。
「…いや、まあ……お前さんが良いなら良いんだがねェ…?」
首を傾げたカイコクが苦笑いをする。
「良いから連れてきてんだろ」
きっぱりと言ってのれんを潜った。
さっさと服を脱いでカラリと扉を開ける。
カイコクも同じようにして続いて入ってきた。
「それで?俺ァ何すりゃいいんでェ」
「フツーに身体洗えや」
「?駆堂の?」
「何でだよ、テメエのだよ」
疑問にそう返してアンヤは自分の身体を洗う。
カイコクもしばらく悩んでいたようだが同じように身体を洗い始めた。
終始不思議そうだったが、何も聞いてこないのは彼の性格か、こちらの意図を汲んでくれているのか。 
身体を洗ってから露天風呂に入る。
その隣にカイコクが座った。
「…オレの兄貴…一番上の、がさ。欲しいもんは自分で掴みとれって人だったんだよ」
アンヤは湯を弄びながら話し出す。
一番上の兄、ケンヤは「アンヤは俺に似てるからな!」と笑いながら良くそう言っていたのだ。
「…ま、神に祈るより確実だわな」
「だろ?後、二番目の兄貴は、日常が一番大切だって人でよ。だからまあ、なんだ」
アンヤはシンヤのことを思い出しながら、頭を掻く。
少し穏やかな彼は、「普段通りが一番愛しいって、アンヤも分かる日が来るよ」とよく微笑んでいたな、と思いながらアンヤは言った。
「誕生日だからって、特別扱いより、日常生活を一緒に過ごしたいって……んだよ、テメエ」
「……いや……駆堂にも可愛いところがあるんだねェ…」
ギロリと睨むアンヤに、ふるふると肩を震わせてカイコクが笑う。
「んじゃあまあ、日常生活の特別ってことで、コーヒー牛乳でも飲むかい?」
「フルーツ牛乳が良い」
ふわっと笑う彼にドキリとしつついつも通りに答えた。
パシャリとお湯が跳ねる。


本日は誕生日。


日常生活の延長にある…特別な日。


(そんな日を、貴方と過ごすことが出来る、
それが幸せだったりするのです)


「…で?なんで風呂だったか聞いてもいいかい?」
「あ?テメエ、風呂が一番日常っぽいだろが」
「……。…お前さんのそういう所、嫌いじゃねェぜ」

とうやの日

「」


「え?とーやくんを甘やかさせないようにしたい?」
話を聞いていた咲希がきょとんとする。
「…はい。いつもこの時期に司先輩や神代先輩、彰人に特別甘やかされるので回避したいんです」
キリッとした冬弥に、咲希がまた首を傾げた。
「でも甘やかされるって嫌なことじゃないんじゃあ…」
「…ねえ、私帰って良い?」
うんざりした顔で、咲希に無理やり連れて来られたらしい志歩が言う。
「だめだよ、しほちゃん!!!とーやくん、困ってるんだよ?!」
「いや、私だって困ってるけど」
「…すみません」
ぴょんぴょんと咲希が髪を揺らして志歩を揺さぶり、冬弥が申し訳なさそうに謝った。
「別に。……私は咲希に困ってるだけだから」
「しーほーちゃーん?」
もー!と彼女の体を揺さぶる咲希にくすくすと冬弥が笑う。
「…それで?甘やかされたくないって話だったけど…」
「はい。…3人に見つかるといつも甘やかされてしまって」
「…なら、反撃するのはどうかな?!」 
困った顔の冬弥の背後から声がし、振り返った。
「白石さん?!」
「あー!みずきちゃんだぁ!」
「…暁山、白石。どうしてここに」
「やほー!なんか、楽しそうな話してたからさぁ!」
「そうそう!」
楽しそうな杏と瑞希に、各々の反応を見せる。
それにわくわくした顔の杏が言い、瑞希がパチンとウインクした。
「甘やかされたくないんなら、甘やかされないように反撃しちゃえば良いんだよ!」


「…何でわたしまで……」
急に呼び出されたらしい寧々がげっそりした顔をする。
「いやぁ、天馬先輩も神代先輩もいるから、ちょっとこっちも対抗できる人数いるよねってなって!ごめんね?草薙さん」
「…まあ……別に良いけど」

しほはる 遥バースデー

何故こんなことになったのだろう。
「…っと………あ、草薙さん!」
「…へっ?日野森さん?!」
草色の髪の少女を見つけ、その名を呼んで志歩は駆け寄る。
振り返って驚いた顔をするのは寧々だ。
「どうしたの?」
「…いや、ちょっと…匿ってほしい」
「…本当にどうしたの」
不審そうな寧々に、まあそりゃそうか、と志歩は息を吐いた。
自分だっていきなり匿ってほしい、なんて伝えたら不審な顔にもなる。
仕方がない、と志歩は事の次第を話すことにした。
ちょいちょいと寧々を呼び寄せて草かげに座り込む。
「ちょっと長くなる話なんだけど…」


さて、今から数十分前。
志歩は一歌とある買い出しに来ていた。
「あ、一歌ちゃんに志歩ちゃん!」
と、前から歩いてきた少女が元気良く手を振る。
「…!みのり!遥!」
隣の一歌も嬉しそうに手を振っていたが…志歩は内心、しまったな、と思っていた。
「こんにちは。…えっと…二人で買い出し?」
「…まあ、そんなとこ」
二人が持っている袋を見ながらにこにこと遥が聞くから、志歩は曖昧にそう答える。
今バレるわけにはいかないのだ。
だって、これは。
「…。…ねえ、桐谷さん。私と勝負しない?」
「え?」
「そこの公園で追いかけっこしよう。私を捕まえたら買い物袋の中身教えてあげる」
「…いいよ、乗った」
一歌に袋を手渡して言う志歩に遥は勝ち気な顔で笑う。
彼女は存外負けず嫌いなのだ。
「じゃ、行くよ!」
「望むところ!」



「…そんな訳で今桐谷さんと追いかけっこ中なんだよね」
「…ええ…」
説明が終わった志歩に、寧々が絶妙な顔をする。
まあ志歩だって誰かにそう言われたらそんな顔をしてしまうと思うのだけれども。
「捕まる気は、あるの?」
「…捕まらないと、桐谷さんの誕生日会始められないでしょ」
くすくすと志歩は笑う。
そう、この買い出しも、この追いかけっこも、全て遥の誕生日を祝うためのものなのだ。
彼女に、サプライズパーティーを仕掛ける為に。
今頃きっと一歌たちが最後の準備をしてくれているだろう。
「だからって、ワザと捕まりたくはないんだけどね…」
「…ええ……」
もうそろそろ捕まっても大丈夫な時間だが、ワザと捕まるのは志歩のプライドが許さなかった。
微妙な表情の寧々が、「…じゃあ」と言う。
「…わざとじゃなきゃ、良いんだ?」
「…え?」
寧々のそれに志歩は目を丸くした。
すくっと立ち上がった寧々が真っ直ぐ手を伸ばす。
「白石さん、こっち!」
「オッケー!草薙さん!」
「ちょっ、嘘でしょ?!」
「えっ、あっ、日野森さん?!」
遥が驚いた表情で志歩と…それから隣でがっちりと腕を掴む杏を見比べていた。
「杏、離してよ!」
「だめだめー!だって離したら日野森さん捕まっちゃうじゃん」
「え、何あれ」
「…えっと…逆サプライズ?」
珍しくギャーギャー騒ぐ遥に杏は楽しそうだ。
その様子にぽかんとしていれば寧々がくすくすと笑う。
「逆…?」
「うん。花里さんと星乃さんから、日野森さんと桐谷さんが追いかけっこ始めたって聞いてね。それでちょっとしたサプライズを」
「……何それ…」
その説明に志歩はがっくりと肩を落とした。
なるほど、サプライズを仕掛けたのは自分だけではなかったらしい。
「会場はこっちだから。…早く捕まえてきてね」
寧々のそれに、志歩ははいはい、と返事をし、杏に背を押された遥の元に向かう。
わ、と蹈鞴を踏み、少し不満そうな遥を抱きしめた。
「…ずるい、私が捕まえるはずだったのに」
「ごめん。…ペンギンカフェでチャラにならない?」
「…。…その後ペンぴょんショップも付き合ってくれる?」
「お姫様の頼みなら喜んで」
志歩のそれに、何それ、と遥が笑う。
アイドルではない、素のそれに、可愛いなぁと思った。

「誕生日おめでとう、桐谷さん」
「…うん、ありがとう、日野森さん」

顔を見合わせて二人で笑う。

今日は、大切な彼女の、大切な誕生日!




「…私、杏のことは許してないからね。…味方だと思ったのに」
「私も。…協力してくれると思ってた草薙さんに裏切られたし」
「わたし、日野森さんに協力するなんて言ってないよ。…だって白石さんの味方だから」
「草薙さん…!!…私、遥に許してもらえなくても草薙さんがいるからいいんだもんねーっ!」

天使の日 寧々杏

「…うぅむ……」
司が何やら悩んでいる。
「…まだ思いつかないのかい?」
「司先輩がこんなに悩んでいるなんて……」
「…いや、割りと悩んでるだろ……」
「…ねぇ、他所でやってくれない?」
わいわいと話し合う男子に寧々が言う。
それから壁のポスターを指差した。
そう、ここは図書室なのである。
「…す、すまない」
「青柳くんまで一緒になって…」
申し訳なさそうな彼に少し呆れてしまった。
真面目な彼なのに、珍しいなとすら思う。
「…で?司は何をそんなに悩んでるわけ」
首を傾げる寧々に、これだよ、と司の代わりに類が一枚の紙を見せてきた。
よく見ればフェニックスワンダーランドからの依頼書で。
「…あ、これ」
「毎年の恒例行事にしたいらしくてねぇ。修行中だが、どうしても、と頼まれたんだよ」
類が肩を竦める。
どうやら毎年行っている天使の日限定ショーが好評で、今回も行ってほしいとの依頼だったのだ。
過去には王子様と天使のショー、悪魔と天使のショー、魔法使いと天使のショー、そして一番最初は天使の日合わせではなかったが騎士と天使のショーを行った為、今年は誰と天使のショーにしようか迷っているようだ。
「…ぅうむ…今年はどうするか…」
「…そんだけやってりゃ、ネタ尽きそうッスよね…」
「…ああ……」
頭を抱える司に彰人が言う。
それに寧々も頷いた。
流石に同じようなネタは司でも悩むのだろう。
「…草薙は、天使に会ったことはないのか?」
「…え??」
冬弥の問いに寧々は目を見開いた。
彼は一体何を。
「天使みたいな、そういう存在に会ったことはないのか、という意味なのだが…」
「冬弥、流石にそれは無茶な質問……」
首を傾ける冬弥に彰人が止めようとする。
だが。
「…ああ、そういうことなら…わたし、見たこと…あるよ」



「…どうしよう…」
寧々はきょろきょろと辺りを見渡す。
買い物に来ていた寧々は入った事のない路地に入り込んでしまい、泣きそうになった。
入った事のない路地、だけならまだ良かったのだが、そこは、あまり治安が宜しくなかったのである。
「…うぅ………」
「…どーしたのっ?」
「ひっ?!」
ひょこ、と出てきた少女に寧々は飛び上がらんばかりに驚いた。
「あっ、ごめんね?!おどろかせちゃって」
夜空のように綺麗な髪を振り、少女は慌てたように言う。
「…ううん。わたし、も…びっくりして、ごめん」
「ぜんぜんへーきっ!…ね、どうしたの?」
こてりと首を傾げる少女に、あのね、と寧々は話し出した。
買い物に来ていて道に迷ったこと、歌が聴こえてこの路地に入ってしまったこと。
そして、思ったより街が怖く見えてしまったこと。
「…と、いうわけなの」
「なるほど…。じゃ、スーパーまでおくったげる!」
ね!とにこっと笑って少女は寧々の手を取った。
「い、いいの?」
「もっちろんだよ!…こっちこっち!」
手を引っ張る少女に寧々は振り回されるように付いていく。
「えっと、こっち…あれ?」
少女がきょとんと道の奥を見た。
どうしたの?と寧々が覗き込む。
「だ、だいじょうぶ!!なんでもないから!」


「あれ?なんの話??」
「…内緒」

シンヤバースデー

「なあなあ、シンヤ!ちょっとお兄ちゃんと逃避行しないか?」


兄に言われてシンヤはぽかんとしてしまった。
よく、突拍子もないことを言うケンヤだが…何故またそんな事を。
首を傾げるシンヤに、ほら、とケンヤは笑った。
曰く、先月の兄の誕生日に彼自身の帰りが遅くなって誕生日会が出来なくなった、という小さな事件があった、末の弟であるアンヤから「シン兄がお祝いすんの楽しみにしてたのに」と怒られた、と言うのである。
「…別に…次の日にお祝いしたから良かったのに」
「けど、その日にお祝いしたいっていう気持ちは無碍にしちまった訳だろ?」
「…うーん、まあ…?」
ケンヤの言葉にシンヤは首を傾げた。
…シンヤ的にはお祝いは出来たのだから別に構わなかったのだけれど。
「ま、そのお詫び。行こうぜ」
「…それは良いけど…。…何で逃避行…?」
「そりゃ、非日常感だな」
疑問符を浮かべるシンヤに、ふふん、と何故だか得意気にケンヤが言う。
ほい、とヘルメットを投げて寄越され、シンヤは慌てて受け取った。
これは逃避行より小旅行なのでは、とも思わなくもなかったがまあ良いか、とヘルメットを抱えて兄に続いて外に出る。
バイクの後ろに跨り、ケンヤの腰に手を回した。
二人で出掛けるときはいつもこの体制だ。
夜風が頬を撫で、ふふ、とシンヤは笑う。
兄の暖かくも広い背中にいつもより強く抱きついた。
しばらくバイクを走らせ…さて兄は何処に行くつもりなのだろうとわくわくしながら…シンヤはふと景色に目をやる。
「…!わ、あ」
見たことのないそれに、シンヤは目を輝かせた。
「…なあ、シンヤー?」
「え?」
兄の声が風に乗って耳に届く。
「誕生日、おめでとうなー!愛してるぞー!」
柔らかい声に、シンヤはうん、と小さく笑った。
そういえば、今日はシンヤの誕生日である。
きっと、シンヤがケンヤの誕生日当日に祝えなかったから、自分は叶えてくれようとしてくれたのだろう。
本当に、彼は優しいのだから。
「…ありがとう、ケン兄!」
ぎゅ、と抱きつく。


誕生日プレゼントは、大好きな兄と二人きりの時間。


「…次は俺がケン兄の誕生日、当日1番に祝うから!」
「おー、楽しみにしてるなー!」

「ねぇ、こんなものを見つけたんだけど…」

「えー、何それー?!」
「…いや、どう見たって本じゃん」
「あら、日記かもしれないわ?」
「それ、何処にあったの?教室?」
「…あんまり触らない方が……」

「んー?日記というか…物語っぽい!」
「へぇ、どんな物語なんだろう?気になるね」
「ふふ、少し読んで見る?」
「良いわね、それ!楽しそうだわ!」
「…物語になぞったライブをする時の参考になるかも…?」

「物語かぁ、悲しいのはやだなー!」
「確かに!楽しい方が良いよな!」
「そうかなー?色々ある方がリアリティがあって良いじゃん!」
「まあ…リアリティはともかく、大団円の方が良いかもしれないわね」
「大団円の方がきっと読んでる方も楽しいよね!」

「わぁあ!にこにこわんだほいなショーになるかな?!」
「最後は笑顔が良いもんね!」
「あらぁ~……良い夢が見られるおはなしが良いわぁ~…」
「もー、良いお話しだからって寝ちゃだめよ?」
「あはは、素敵なショーになるお話だと嬉しいよね」

「……読むの難しそう」
「…そ、そうだね…」 
「みんなで読めば簡単かもしれないわ?…ね?」
「…どうして巻き込もうとするの?」
「ふん、興味ないな。…読むなら聞いてやっても良いが」


「…じゃあ、読むね。昔々の、ある時代ある場所……」


あれは、多分一目惚れなんかじゃなくて。


もっと、もっと薄汚いそれだった。

彼と会ったのは数年前。
父の仕事に嫌々王宮へと着いていった時だ。
絵描きなんて平和な国でしか需要ないだろ、と彰人は息を吐く。
まあだからこそ父はこうして働けているのだろうけれど。
齢5歳、年齢の割には達観していて可愛げが無い、とは姉からの評であった。
そんな姉は後学のためにと父と依頼を聞いているし、暇だな、と許された自由を楽しむことにする。
幼いと云えど男子、それをこうして自由にさせているのはこの国が平和故だろう。
…それが良いことかどうなのかはわからないけれど。
「…~♪」
「…ん?」
ふと、何かの音が聴こえた。
これは…歌声?
彰人はふらふらとそちらに足を向ける。
辿り着いたのは中庭だった。
そこで誰かが歌っている。
海より深い青の髪。
美しい灰の瞳。
そして何より。
声から、歌う姿から、目が離せなかった。
邪魔してはいけない、と思うほどに音を鳴らしてしまう。
「っ、誰?!」
「…あ」
鋭い声がする。
歌が止まってしまって、がっかりしながらも彰人は物陰から姿を現した。
「…っと、邪魔して悪い…じゃなかった、すんませんっした」
「……」
髪を掻く彰人を少年が睨む。
流石に警戒されてしまったようだ。
「ええと…冬弥王子、ッスよね。オレ、じゃない、僕は彰人。宮廷画家である父の…」
「え」
彰人のそれに少年は目を見開いた。
「…それは失礼した。私は冬弥。この国の第三王子だ」
ぺこり、と冬弥が綺麗なお辞儀をくれる。
慌てて彰人もお辞儀を返した。
「…。…彰人は何故ここに?」
「…あー…っと…歌声が、聴こえたんで」
「歌…?……あ」
首を傾げた冬弥が固まる。
自分が歌っていたせいだと気づいたようだ。
表情は変わらないが…僅かに耳たぶが染まっている…気がした。
「冬弥王子?」
「…。…彰人、これは二人だけの秘密にしてくれないか?」
「は?」
「…だから、その、さっきの…」

「わかった。…なら、俺も素の姿を見せよう。だから、彰人も…」
「いや、そういう訳には……」
目を逸らしかける彰人に、冬弥がじぃっと見つめてくる。
ぅ、と固まってそれから息を吐き出した。
どうにもこの目は…弱い。
「…分かった。宜しくな、冬弥」
「…!ああ、宜しく、彰人」
少しだけ嬉しそうに冬弥が微笑んだ。
それに…ドキリと胸が高鳴る。
その感情が何か分からぬまま。



「…彰人!」
ぱぁ、と冬弥が表情を綻ばせる。
「冬弥」
「ふふ、久しぶりだな」
以前会った時よりも表情が柔らかくなっていて彰人はドキドキした。
会わない内に胸の高鳴りは増すばかりだ。
もうこれは受け入れるしかないのだろう。
一時期は否定していたが、これはただの好意ではないことは事実でしかなかった。
ただの好意じゃない、「愛」を含んだ「好き」だ。
「お、彼が冬弥のお気に入りか?!」
「いって?!」
後ろから声が降ってくる。
その瞬間、パァン!と背を叩かれて彰人は勢い良く振り返った。
「…司さん」
「はっはっは!!息災か?冬弥!」
「はい、司さんもお元気そうで」
「…いや、誰だよ……」
声が大きい男に彰人はじろりと睨む。
せっかく冬弥と二人きりだったのに。
「オレは司!この国を守護する白騎士団の次期団長だ!ちなみにだな、オレは冬弥とは幼馴染なんだぞ!昔はよく共に遊んだものだ、なぁ?」
「…マジかよ…」
ええ、と司と名乗る男を見やる。
くすくすと冬弥が笑って頷いた。
「それで?オレは名乗ったが」
「…あー、オレは彰人。王宮絵描きである父の関係で、ここに」
「…なるほどな。彰人、オレが団長になった暁にはお前も白騎士団で冬弥を護らないか?」
軽く自己紹介をすれば、司はそう誘ってくる。
ただの友人、よりはいくらか親しいように思えた。
「…それもありだな…」
「彰人っ?!」
司のそれに彰人はふむ、と悩む。
冬弥の焦ったような声に彰人と司は顔を見合わせて笑った。
「ジョーダンだ、冬弥!」
「ま、オレも今が気に入ってっからな」
「…」
二人のそれに冬弥がホッとした表情をする。
「ほう、随分と安心した顔をするではないか?」
「…彰人とは、対等な関係が良いから」
司のそれに冬弥が微笑んだ。
「…冬弥…」
「まあ、冬弥がそこまで言うなら仕方がないなぁ!」
二人のセカイに入りかけたのに、司が邪魔をする。
だが。
「では、パートナーはどうだ?冬弥は第三王子だからなぁ、王位を継がないのであれば男性パートナーは珍しくないぞ?」
「えっ?!!」
「はぁ?!!」
思っても見ないそれに、冬弥と二人、驚いた。
確かに冬弥のことはそういう意味で愛しているが…。
そんな制度があるなんて。
「冬弥、結婚しよう!」
「あ、彰人!だが、しかし、俺は…!」
「んだよ、冬弥はオレのこと嫌いなのかよ」
「ち、ちがっ!そうじゃ、なくて…!」
「じゃあ、何」
少し睨むと冬弥は困ったように司を見る。
だが、楽しそうに笑うばかりで、どうやら彰人の味方をしてくれるらしかった。
「」

司がひらりと手を振る。
「ああ、そうだ。パートナー制度は、嘘だぞ?」
「…は、はぁあああ?!!!」

「それはそうだろう。王族なんざ、子孫を残さなければ世界を創造出来まい。まあ、だが…」

「二人が真に共にあるセカイを望むなら…出来るミライを探すのも、悪くないんじゃあないか?」


平和な世界は長く続かない。
司が呈示したミライは儚く散ることになる。
青の国が分裂し、水の国として独立国家を築き上げたのは彰人が7歳の時だった。
そうして青の国は碧の国と水の国になり、戦争が始まったのである。
第三王子である冬弥の王位継承権は低い。
だが、この時代にそんなことは関係なかった。
戦争が、内紛が、激化してしまえば王位継承権なんてものは塵と化す。
そうして、彰人と冬弥の関係も変わってしまった。
結果としていえば、司は白騎士団内に冬弥親衛隊を作って隊長になり、彰人はそこに入団した。
絵描きよりは向いていたのだろう、彰人はどんどん階級を駆け上がっていったのだ。
「…彰人」
「…だぁいじょうぶですって。ちゃんと帰ってきたじゃないスか」
初めて会った時よりずっと大人びた冬弥が、少しだけ子どもっぽいそれを見せる。
「…そういう問題ではない」
「冬弥王子」
「……」
「…分かったよ、冬弥」
はぁ、と息を吐いて彰人は口調を崩し、両手を広げた。
冬弥がおず、とそこに身を寄せてくる。
それを思い切り抱きしめた。
「大丈夫、オレはお前の元にちゃんと帰ってくる」
「…彰人」
「心配すんなって。オレは、冬弥を護る、そのためにいる」
「…分かっているんだ。彰人が俺を護ろうとしてくれているのは」

「…だが、不安になってしまって…」
「オレ、それなりに強ぇけど?」

ほら、と彰人は隣国の花を手渡す。
水の国でしか咲かない、花。
「オレは冬弥を愛してる」
「…ああ、俺もだ。彰人」
冬弥が微笑む。
この笑顔を護るためなら、なんでもしよう。
そう、心に決めた。

冬弥がいない。
またか、と思いながら彰人は扉を潜った。
最初は気が狂いそうになりながら探したものだが、ある時に教えてもらったのだ。
…第三王子の部屋には、森に続く隠し通路があるのだと。
「冬弥!!」
「…彰人」
誰もいない森の中。
綺麗な歌声が響く。
いつかの、中庭での出来事を思い出す間もなく、彰人は彼に駆け寄った。
無邪気に手を振る…冬弥を声で静止させる。
びっくりした表情の冬弥の腕を掴んだまま彰人は声を荒げた。
「歌なんて歌って、居場所がバレたらどうすんだ!城で大人しくして…っ!」
「…俺は」
「オレは!冬弥は失いたくねぇんだよ!!」何かを言いかけるぎゅっと彼の腕を掴み、彰人は訥々と訴える。
冬弥だけは、失いたくなかった、から。
これが愛なんて言わない。
これが恋なんて思わない。
これはそんな綺麗なものじゃあない。
これは、彰人のエゴだ。
「歌なんか歌って、敵にバレたらどうするつもりだ??」
「…彰人。俺は、歌でセカイが繋がってくれたら良いなと、そう思う」
問い詰める彰人に冬弥は僅かに笑う。
何を、と乾いた声で言う彰人に、冬弥は僅かに離れて白の燕尾を閃かせた。
「平和とか愛は永遠ではない。忘れてはすぐ失くしてしまうだろう?」
「…っ」
「だからな、彰人。俺は歌い続けるんだ」
ぎゅっと冬弥が手を握る。
温かい、手。
血を知らない手。
「…お前が、どんな時も迷わないように。俺は、歌うことしか出来ないから」
彰人が好きな笑みで。
「だから、必ず帰ってきてくれ。俺の…元に」

「当たり前だろ。愛は、永遠であると…証明してやるよ」


それから、いくつ年月が経っただろう。

「…は?」
話に聞いた、綺麗な泉の前。
洞穴から少し離れた場所で歌う少女に、彰人はぽかんと見つめた。
空より青い髪、吸い込まれそうな蒼の瞳、間違いない…水の歌姫だ。
彰人の…次のターゲット。
彼女の抹殺が、今日の任務だった。
…冬弥のために。
冬弥の幸せのため、ただそれだけのために。
「…。…こんにちは。観客なんて久しぶりだな」
彰人の存在に気づいたのだろう、少女がにこりと笑う。
「…アンタ、こんなトコで何してんだ」
「何って…歌っているんだ。ほら、ここって良く響くでしょう?」
微笑む彼女に彰人は呆れた。
随分と迂闊な人だと思う。
誰かも分からない人間に、警戒心もなく応えるだなんて。
「いや、そういうことじゃなくてよ…」
「私、歌姫だから。…こうして歌いたくなっちゃうんだ」
「…だからって」
言い淀む彰人に、歌姫は静かに微笑んだ。
…運命を、悟っているかのように。
そう、警戒心がないわけじゃない。
きっと、彼女は。
「…私は、歌でセカイが繋がってくれたら良いなって、思うの」
「…は」
「もちろん、簡単なことじゃない。でも、この世はチェス盤上でもないと思うの。人と人の間に線を引くのは人間だよ。…きっと、大地には線なんかはなくて、花が咲いているんだろうね」
遥が寂しく笑う。
…冬弥と同じ様なことを言って。
「…私は、この綺麗な花が咲く、大地を守るために歌を歌いたいんだ」

「馬鹿言うなよ。青の国は分裂した。だから戦争してんだろ」
「そうだね。でも…戦争なんて誰も望んでない」
「…そ、れは」
言葉に詰まる彰人に、くるりと少女がスカートを舞わす。
百合の花のようなそれは彼女に良く似合って。
「貴方も、護りたい人がいるから戦っているんでしょう?」
少女が笑む。
「でもその理由を知ってる?」
「は?」
こてりと歌姫は疑問を投げかけてきた。
それにぽかんとしていれば少女は柔らかく微笑む。
「…青の国は王権派と聖女派に二分していたの。私達と王子たち自体は仲が悪かった訳じゃなくて、周りの大人の意見が合わなかったのね。それが水の国と碧の国が別れてしまった理由の一つ」
「…聖女派?」
「聖女なんて名ばかりだけどね。花の歌姫、風の歌姫、日の歌姫、そして水の歌姫…4人纏めて聖女派。歌で国を守護してきたからそう呼ばれるようになったの。その歌姫を護るのが黒騎士団」
「…」
「…王権派は…貴方の方がよく知ってるよね」
「そうだな」
静かに微笑む少女に彰人は頷く。
冬弥を含む王族、それを護る白騎士団。
そこに身を置くのが彰人だ。
「…けど、どっちも国を護ってたんだろ?なら内部分裂なんて…」
「私達が力を持つのが怖かったんじゃないかな?…別れる理由なんてそんなもの」
紛争の理由まで知らない、興味もなかった、その真実に、疑問をぶつければ少女は悲しそうに微笑む。
「私達には攻撃する力はない。代わりに攻撃してくれるのが黒騎士団なの。…白騎士団と敵対する存在、だね」
「…けど」
尚も言い募ろうとした彰人に、彼女は笑みを向けた。
内部情報を話すのは、自分の最期を悟っているから、と。
「私は……もう覚悟してる。内部分裂したときから、ずっと」
「…アンタ」
「…。…遥。私は、水の歌姫、遥。水の国を…青の国を守護した者」

「…えっと」
「次はねぇぞ。アンタは死んだ。オレに殺された」
「…あり、がとう」

「…別に。…冬弥ならそうしたってだけだよ」
そっか、と少女が笑う。
「…ふふ」
「んだよ」
「ううん。…冬弥王子、愛されてるなって」

「当たり前だろ。オレは冬弥を愛してる」
「そっか。…少し、羨ましいな」


パァン、と響く軽い音。
は、と後ろを振り向けば彼女が岩の上に倒れていた。
神なんて、いなかったんだ。
歌で繋がるセカイを望む、神なんざ。
彼女は武器を持っていなかった。
そもそも攻撃は出来ないはずだ。
銃は黒騎士団が使用する武器で。
だがそんなことどうだって良い。
彰人に出来るのはただ一つ。
…せめてもの手向けに、…水の歌姫、遥が…安らかに眠ることが出来ますように、と…剣を引き抜いた。




彰人は、また一つ階級を登った。
【水の国の歌姫を葬った】からだ。
このまま攻め込んでしまえばきっと内紛は終わる。
だが隊長は…あんなに朗らかだった彼は笑みをなくした彼は…何故だか侵攻に待ったをかけているようだった。
彼の妹が行方不明でそれを探しているだとか噂の域を出ないそれが飛び交う。
馬鹿馬鹿しい、と思いつつ勲章を光に当てた。
反射したそれはまっすぐ廊下に向かって伸びる。
聖女を殺した報酬が聖騎士なんて、皮肉なものだ。


「やっほー!弟くん!」 
「…オレぁ、てめえの弟になったつもりはねぇよ」 
「んもー、釣れないなぁ。大活躍だったっていうから、ちょっとお祝いしてあげようと思ったのに」 
ケラケラと瑞希が笑う。
いらん、と手で払ってからふと手に持っているそれが気になった。
「何持ってんだ、それ」
「あ、これ?じゃーん!極秘事項ー!」
テッテレー!と瑞希が見せつけてくる。
ちなみに瑞希はこんな調子だが彰人より強いのだからよく分からないものだ。
何故弟くん、なのと問えば「え?だってボクより後から入ってきたでしょ?それに、誕生日もボクより後!だから弟くん!」だそうだ。
下だというのなら後輩くん、でも良さそうな気がするが何故だか弟くん、なのである。
まあ別に気にもならないが。
…陰口を言われるよりずっと良い。
「極秘事項を堂々と掲げてんじゃねぇよ。…んで?中身は?」
「うわぁ、下っ端なのに偉そー…」
少しだけ嫌そうにしてみせた瑞希はえっとね、とそれを見せてくれる。
「赤の国と緑の国が協力関係を結んだって」
「…マジかよ」
その報告に彰人は眉を潜めた。
ね、と瑞希が目線だけで語りかけてくる。
写真にはふわふわした緑の髪の少女と藍の髪の少女が手を取り合っていた。
小国同士だが、協力するなら話は違う。
内部分裂中の青の国なんてひとたまりもないだろう。
だから、早くこの内紛を終わらせなくては。
冬弥の為に。
ただ、それだけの為に。

最近、冬弥が自室にいない日が増えた。
小さく息を吐いて彰人はいつもの場所へと向かう。
あれだけ言っても彼は森へ行くのを止めなかった。
王宮の中は窮屈なのかもしれないけれど…危ないことはしてほしくないのに。
「…おや」
「っ、アンタ」
紫髪の胡散臭い男…名前は類、だったか…が彰人を見て目を細める。
彰人は彼が苦手だった。
理由は特にないのだけれど。
確か地位は大臣だったか宰相だったか…あまり興味もないから足早に通り過ぎようとする。
冬弥に早く会うほうが大事だ。
「…第三王子を頼むよ」
「…は…?」
すれ違いざまに囁かれたそれに彰人は思わず振り返る。
もうその時には類はいなくて。
当たり前だろ、という声だけが静かに響いた。

だが、それは打ち砕かれることになる。

最悪の…形によって。


静かな森に銃声が響く。
…碧い花が、揺れた。
「…冬弥?」
渇いた声が漏れ出る。
嘘だ、まさか。
そんな、意味もない言葉が零れ落ちた。
違う、冬弥じゃない。
冬弥である、はずが……ない、のに。
目の前で冬弥の身体が倒れる。
花が赤く染まった。
「…冬弥!!!」
倒れる碧の王子に、駆け寄る。
「……あき、と?」


ふわ、と微笑んだ彼の…力が抜けた。
呼吸が止まる。
血は、止まらないのに。
ポタポタと冬弥の白い肌に涙が零れ落ちた。
なんで、どうして。
あんなに…約束したのに。

冬弥を地面に寝かせる。
ふらりと立ち上がった。
敵は、目の前の……少女。
冬弥を殺した榛色の髪の……。
「テメェえええ!!!!」
彰人は咆哮を上げ、緩慢に振り返る少女に向かって剣を突き刺した。
抵抗もしない少女は呆気なく殺されてくれる。
「…は、…る………か……」
小さく声を溢した少女は笑みを浮かべようとし…地面に崩れ落ちた。
最近入ってきたばかりと新人兵士だった気もするが…どうだって良い。
…冬弥がいないセカイなんて。
「オレは…何のために…?」

「…ハハッ」
渇いた笑いが漏れる。
お前の仇を取ったぞ、と笑みを浮かべようとして…セカイは、暗転、した。





「彰人!」
「…ああ、冬弥か。はよ」
「おはよう。…大丈夫か?」
ぼうっとしているところに冬弥から声をかけられ、彰人は慌てて返事をする。
何だか妙な夢を見た気がしたのだ。
…何も覚えていないから、良い夢かも悪い夢かも分からないけれど。
「何もねぇよ。ちょっと目覚めがスッキリしなくてな…」
首を傾げる冬弥にそう言いかけたところで明るい声が聞こえた。
「やっほー!彰人、冬弥!」
「ああ、白石か。おはよう」
「…朝から元気だな、お前……」

「当然!…ってか、彰人は眠そうじゃん。もしかして、夜ふかし?」
「ちげぇよ。…そう言う杏は夜ふかししなかったんだな。数学、当たる日だろ」
「あー!そうだったぁ!…あっ、草薙さぁあん!おはよう!!!勉強教えてぇ…!」
「わっ。…おはよう、白石さん。わたしで良ければ、良いよ」
「本当?!助かるー!草薙さん、大好き!」

「あははっ、賑やかだねぇ!」
「…暁山。今日は朝から学校に来たんだな」
「はよ。つぅかあれどうにかしろよ。お前の親友だろ」
「いやぁ、クラスが違っちゃうとやっぱりねぇ」

「あ、とーやくん!みずきちゃん!おはよー!」

「…ええっと…とーやくんの相棒さん!」
「…おお」
「えへへ、アタシ、天馬咲希でっす!天馬司の妹やってます!」
「…あー…司センパイの」

「咲希さん、何か用があったのでは?」
「そうだよ。大事な用事だったんじゃないの?」

「うん、宜しくねー!…あ、しほちゃーん!はるかちゃーん!」
「うわっ!…咲希、急に抱きついてきたら危ないってば」
「ふふ。おはよう、咲希。今日もすっごく元気だね…」
パタパタと彼女が走っていった先で、榛色の髪と青の髪が揺れる。
視界の端で挨拶をする彼女らに賑やかだなと思いながら前を向いた。
「なぁ、冬弥」
「?なんだ、彰人」
隣にいる冬弥が首を傾げる。
青い花が揺れた。
「良い、朝だな」



「あ。おはよう、志歩ちゃん!」
「…こはね。おはよう」
「ふふっ、朝から賑やかだね。…なにか嬉しそうだけど、良いことでもあった?」
「別に。…ただ」
(不思議そうなこはねに対して志歩は笑う

楽しそうな彼女を見つめながら)

「良い朝だなと思っただけだよ」



………
☆4ホワイトデー彰人と☆4ウェディング冬弥の話。
ミクオが志歩で、ミクが遥で、リンが冬弥で、レンが彰人。
敵国の遥を殺し、スパイとして潜り込んだ志歩に冬弥を殺される彰人の話。
最終的に彰人が志歩を殺すから救いがない(原作遵守)
両想いの彰冬と両片想いのしほはる。


花の歌姫みのりを守護するのが一歌、風の歌姫愛莉を守護するのが咲希、日の歌姫雫を守護するのが穂波になります。
志歩が殺して成り代わったのがこはね、本当に遥を殺したのは咲希、類は黒幕に見えて実は司が黒幕の、悪役天馬兄妹でも面白いなー!
まあ類は黒騎士団のトップなんだが。
後は司も咲希も圧倒的光だからなぁと思いつつ思いつつ。
ちなみにKAITOはモモ、MEIKOはレオニ…と思ってたんだけど死んだ友KAITOだったんですよね…あれ…?
書いていた当初は3回目ホワイトデー来ると思わなくて、しかも一歌とみのりが赤い騎士衣装、愛莉は……青…?の騎士衣装だったので、まあ、あの、姫2人は別世界線では亡命して騎士になったんじゃないかなって!思ってますね!!…何の話だったっけ。
まあそんな事言えばとやちゃん龍騎士なんだけど…それはそれとして……そんなん言うたら彰人もウェディング☆3でおったわ!!

パラジュンが派生で一番好きです。
逃避行も考えたけど今回は悲哀に全振りしました。
まあ、今世がいちゃラブだから…良いんじゃないかなって…。
この話を書くに当たってめちゃくちゃ整理し直しました…大変だった……;
元の話も含めて、全キャラで…出た…出たかな……?奏とまふゆが出せなかったかな…?
奏は白騎士団団長、まふゆは黒騎士団団長の設定です。
今回バチャはノーカウントで。
…入れるとぉ…ややこしくなるからぁ……;;;
でも、ガンナービビ兄さんは!性癖です!!(何の話)


今回一番動かしやすいのが瑞希でしたね…ありがとね……。




「忘れない・・・ あの日小さな墓の前で 
 抱いた悲しみを・・・
 キミが歌に込めた あの祈りを
 散った 戦友の願いを・・・」
閉じこめた 小さな穴の中で
何が正しいか 分からず
この場所が 知られると困るから
小さな その首を絞めた・・・
大切なものを 守るはずなのに
気づいたときには 失くしてた
この手は 汚れてしまった
キミの手を 握った手は
真っ赤に 染まってしまった
誰のかも 分からない血で・・・
本当は 誰もが知っていた
チェスの盤上じゃないこと
大地には 線は引かれてなくて
そこに 花が咲いてると・・・
キミを守りたい ただそれだけだった
振り向けば 骨の山があった
正義と 言い聞かせてきた
もう ごまかせなくなってた
多くの 夢を奪ってた
どんな夢かも 知らないで・・・
「作戦14 緑の歌姫の報復に、
 黄色の歌姫の抹殺」
「Yes, sir」
(平和とか愛は永遠じゃない
忘れてはすぐ失くすでしょう
だから私は歌い続ける
貴方が迷わないように)
「僕は、キミの仇をとるんだ・・・」
僕らは 気づいていたんだ
無意味に争ってると
生まれた 土地が違っても
血は 同じ色をしてると・・・
少女の 亡骸を抱いた
涙に濡れる 少年の
剣が 僕に突き刺さり
温かい 赤が流れた
キミの歌が 聞こえるんだ・・・

しほはるワンドロワンライ・ホラー/夏だから

「…あれ?」
ある夏の暑い日。
珍しく仕事が早く終わり、授業に参加できた遥は、ふと聞こえてきた音に引き寄せられるよう、そこに近づいた。
…聞こえてきたのは、よく知った音だったから。
「…。…日野森さんの、ベース…だよね?」
首を傾げ、遥は音のする方を見つめる。
中庭や、教室、音楽室ならまだ分かるのだが、聞こえてきたのはあまり普段使わない視聴覚室だったからだ。
変わった場所で練習しているのだなぁ、と遥は小さく笑って「日野森さん」と、視聴覚室の扉を開ける。
「…あれ?」
薄暗い部屋の中、そこには誰もおらず、遥は再度首を傾げた。
確かに聞こえたはずなのに。
おかしいな、と視聴覚室内に足を踏み入れたその時である。
「…きゃっ?!」
ドン、と後ろから突き飛ばされた。
そのまま視聴覚室に入ってしまった遥はたたらを踏み、振り返る。
だが、突き飛ばした人物は見えず、無情にも閉まってしまった扉だけが見えた。
慌てて開けようとするが、やはりというか何というか、扉はびくともしない。
閉まった音はしなかったのに、と息を吐きながら遥は窓に近付いた。
確か、渡り廊下があるはずだ。
窓からなら外に出られるかもしれない。
行儀は悪かろうがとやかく言っている場合でもなかった。
平静を装ってはいるが、遥だって怖いのだ。
「…え?」
重いカーテンを開こうとした刹那、遥は固まる。
開かないのだ。
何が? 
カーテンが。
何度も挑戦しようとしたが開かない。
動かない。
光が、届かない。
「…う、そ……」
小さく呟いた遥はその場にへたり込んだ。
いつの間にかベースの音は聞こえなくなっていて、遥は耳をふさぐ。
「…日野森さん……っ!」

しほはるワンドロワンライ・パニック/普段はしない

学校の怖い話は知ってるかい?


「視聴覚室から啜り泣く声?!」
「本当だって!わたし、渡り廊下で聞いたんだもんー!」
廊下ですれ違った生徒がそんな会話をしていて、志歩は下らない、と思いながらカバンを持ち直した。
この後は少し図書室に寄って本を返してから練習に行く予定だ。
割といつも通りの、日常と評されるだろうそれ。
そうだと…思っていたのに。
「…え?」
図書室に行くまでの渡り廊下。
いつもはしない音に志歩は立ち止まる。
これは…啜り泣く…声?
「…嘘…?!」
顔を引きつらせながら、志歩は逃げる体制を取ろうとする。
…が。
「…ん?」
その声に覚えがあって志歩は恐る恐る近付いた。
渡り廊下に隣接する、視聴覚室。
その窓に、コンコンとノックをした。
「…きゃあ?!!」
「…。…やっぱり」
聞こえる悲鳴。
それに志歩は頷き、声を上げる。
「桐谷さんだよね?!私、日野森だよ!」
「…日野森さん?!」
くぐもった声がし、カーテンが揺れた。
「…あれ?開いた…?」
「桐谷さん!」
窓を開け呆ける彼女に、カバンを地面に置いてから両手を広げる。
慌てて遥が窓枠に足をかけて飛び降りてきた。
しっかりと抱きとめ、大丈夫?と問いかける。
「…ひ、日野森さん…?」
「うん、私だよ。桐谷さん」
珍しくパニックになっているのか涙目で尋ねる、彼女の頭を撫でた。
それに遥が、怖かった、と抱きついてくる。
「…何があったの」
「…閉じ込められちゃったの」
すん、と鼻を鳴らす遥。
ただ閉じ込められただけではこうはならないだろうと思いつつ、志歩は聞くことをやめる。
今は無理に聞き出すのも可哀想だろうから。
「でも珍しいね。桐谷さんが甘えるの」
だから代わりに抱き着く彼女の頭をなでた。
「…普段はしないもん……」
「うん、知ってるよ」
普段より子どもっぽいくすくすと笑って志歩が言う。
冷静沈着で、いつも取り乱さない彼女だからこそ。
なんだかこんな姿も愛おしい。
「…なんだか悔しいな。日野森さんが慌ててるところなんて見たことないから」
「そんなことないでしょ。…私、割と振り回されてるからね。結構慌ててると思うよ」
「…そう、なの?」
「桐谷さんが気にしてないだけじゃない?」
きょとりとする遥に志歩は笑った。
まあ、彼女が志歩の格好悪い姿を見ていないのはこれ幸いと思うけれど。
(…好きな人には、格好良い姿しか見てほしくないもんね?)

「ところで、なんでこんなところに閉じ込められちゃったの?視聴覚室に何か用事でも…?」
「…えっと…ベースの音が聴こえてきて…日野森さんが弾いてるのかと……」
「…。…待って、何をどこから突っ込んでいいのか分からないんだけど…?!」

しほはるワンドロワンライ 願い・夏のバレンタイン

「…ねぇ、志歩。今日って夏のバレンタインなんだって」
「…。…一歌がそういうの言うの、珍しいじゃん」
一緒にお昼ご飯を食べていた一歌が一口目の焼きそばパンを飲み込んでそう言った。
それに志歩は目を丸くして返す。
一歌の話題はバンドのことかミクのこと…少なくとも恋愛関係のそれを聞いたことがなかった。
「…みのりが教えてくれたんだ。今日の配信でちょっと変わった七夕企画をするんだって」
「ああ、なるほど」
彼女の情報源に納得し、志歩は「知ってるよ」と言う。
「七夕を夏のバレンタインって言うの、去年教えてもらった」
「そっか。…曲作りのためにもっと色んな言葉を知らなきゃ駄目だな…」
「…いや、Leo/needはそんな言葉使うようなバンドじゃないでしょ…」
真剣に悩む一歌に、志歩は苦笑した。
やはり彼女はこうでなくては。
「…あれ。一歌、日野森さん」
爽やかな空のような声に、志歩はそちらを見る。
ひらりと手を振るのは遥だった。
志歩も軽く手を振り返す。
「今日も仕事?お疲れ様」
「うん、ありがとう。…一歌はどうしたの?」
「…あー…ちょっと夏のバレンタインについて考えてる?」
首を傾げる遥に志歩は苦笑しながら答えた。
目を丸くした遥も楽しそうに肩を揺らす。
「真面目だね」
「可愛いでしょ、うちのギターボーカル」
「なんで日野森さんが自慢げなの…」
楽しそうな遥に、そうだ、とあるものを手渡した。
「はい、これ」
「え?」
「夏のバレンタイン、でしょ」
きょとんとした遥に、志歩はそう言う。
小さな手提げ袋に収められているのは星が詰まった、ラムネ瓶。
取っ手に短冊が付けられた、それ。
「神様にお願いするのは性に合わないからね」
軽く言いながら水筒の麦茶を煽る。
遥の頬が赤いのは、夏の暑さのせいかそれとも。
「…Leo/needのベース可愛くない…」
「それはどうも」
小さく頬をふくらませる遥にそう言い、志歩は笑う。


黄緑の短冊に書かれた、願い。
…いや、願いというよりそれは…。


【桐谷さんと、幸せになります】

(彦星と織姫になるつもりは、ないからね!)




「…あれっ、えっ、遥?え、なんで顔が赤く…?」
「…可愛いでしょ、一歌ちゃん。うちのプロデューサー兼アイドル!!」
「み、みのり?!!」

「ねぇ、日野森さん!脇腹が弱点って本当?」
放課後、偶然中庭で会った遥が嬉しそうに笑って駆けてきたと思ったら思っても見なかったことを言われて思わず固まってしまった。
「?日野森さん?」
「…あ、ごめん。…って、誰からその情報…!」
「ふふ、内緒」
詰め寄る志歩に、遥はにこにこと微笑む。
本当にこのアイドル様は。
「で?本当?」
「…。…内緒」
わくわくと聞いてくる彼女に、志歩はそっぽを向いた。
あ、ズルい、と遥が頬をふくらませる。
「当たり前でしょ。…好きな人にわざわざ自分の弱点晒すわけないし」
「…!」
志歩の発言に遥が目を見開いた。
綺麗なそれに吸い込まれそうになる。
「…何」
「…。…ううん、何でもない」
くすくすと笑う遥に、何それと眉を寄せつつ、ふと志歩は悪い笑みを浮かべた。
「私の弱点を知りたかったら桐谷さんの弱点を教えてもらわなきゃね」
「え?私?」
きょとんとした遥が少し上を向き…綺麗な笑みを見せる。
「ないよ。だってアイドルだもん」
「…何その理屈…」
何故かドヤ顔の遥に、志歩は思わず笑ってしまった。
存外子どもっぽいのだ…この国民的アイドル様は。
「いいよ、身体に聞いちゃうから」
「…もう、日野森さんってば…」
とん、と壁に押し付けても彼女はくすくすと笑うだけで。
何だか悔しくなった。
自分ばかりが焦れている気がして。
「…好きだよ、桐谷さん」
「私も好きだよ、日野森さん」
微笑む彼女に、こっちは本気なのにな、と息を吐いた。
どうやらまだまだ敵わないらしい。
「桐谷さんの弱点、見つけたかったのにな」
離れながら言う志歩に、遥が綺麗に笑む。
それだけで、まあ良いかと思った。

どうやら、志歩はこの微笑みも、弱点らしい!




「…もう、敵わないな……」
「?何か言った?桐谷さん」
「…ううん、何でもないよ、日野森さん」