魔法少女を辞めたい遥と、それなら黙って一緒に飛び降りる志歩の話

とある放課後。
「魔法少女、桐谷遥!」
「そこ、本名でいいんだ?」
「…あ、そっか」
とある空き教室で、志歩は遥の相談に付き合っていた。
「じゃあ…魔法少女キューティースマイル☆はるか!」
きゅるん、と音が付きそうなそれが決まる。
いいんじゃない、と志歩は笑った。
「ふふ。ありがとう、日野森さん」
「私は別に何もしてないけど」
「そう?一緒に考えてくれただけでも、すごく助かったけどな」
「それなら良かった」
にこにこと笑う遥に志歩も僅かに笑みを浮かべる。
遥が持っていたおもちゃのステッキを取り上げた志歩は、くるりと回して先端を彼女に向けた。
「それ、今度のカバー曲でしょ」
「そうなの!魔法少女を辞めたい女の子の歌なんだけど、私にはあんまり理解出来なかったから魔法少女になってみようかなって」
パン、と手を合わせる遥のそれに面食らったが、彼女は【アイドル】に関してかなりストイックだ。
まあそういう切り口でのアプローチも有り得るだろう。
「桐谷さんって意外に真面目だよね」
「それは…褒められてる?」
「うーん、ギリギリかな」
「ギリギリなんだ…」
ふわふわと綺麗な彼女の髪が揺れた。
楽しそうな遥にまあ良いかなんて思う。
「それで?魔法少女になってみた感想は?」
再びステッキを向けると、少し困った顔をした。
「あんまり変わらないかなぁ…。魔法を使えるようになった訳じゃないしね」
「お供の妖精もいないし?」
「ふふ、そうかも」
肩を揺らした遥は、「…でも、困ったな」と、天井を仰いだ。
歌詞の内容を理解しないままなのは嫌なのだろう。
…志歩もそうだから、何となく分かる。
「…魔法少女をアイドルだと思えばいいのかな…」
遥が小さく呟く。
この魔法少女は、確か純粋が仇になるセカイで、人々の期待や悪意に嫌気がさしていたのだったか。
けれど。
「…桐谷さんはアイドル、辞めないでしょ」
志歩は笑った。
彼女が以前別のアイドルグループを辞めたのは知っている。
けれど、彼女は戻ってきた。
また、アイドル、に。
「…!」
目を見開いた遥はにやりと笑った。
「うん、辞めないよ」
「だと思った」
力強いそれに志歩も頷く。
結局、遥は昔の想いを思い出しながら歌ってみることにしたようだ。
帰り支度をしながら遥に、「でも希望を届けたいモアモアジャンプにしては珍しい選曲だよね」と問う。
「ああ…。この曲はファンの人たちのリクエストなんだ。お正月のファンミーティングで、新しいカバーを披露するってリクエストアンケート取ったら、この曲がいいって声があって」
「…へえ。お正月のファンミーティングか。相変わらず忙しいね」
「ふふ。でもレオニードもライブするんだよね?私、レオニードのカバー曲も好きだよ」
「…まだお披露目してないはずだけど…?」
遥の言葉に、うん?と首を傾げる。
くすりと遥が笑った。
「ふふっ、内緒」
「…まったく」
イタズラっぽいそれに志歩は息を吐く。
まあ…犯人は大体想像がついているから。
「日野森さんは、ライブの舞台から飛び降りたいって言ったら一緒に飛び降りてくれそうだね」
遥が言う。
ライブの舞台から飛び降りる、というのは恐らくバンドを辞める、ということだろうか。
「そりゃあ、まあ、一緒にプロになろうってみんなこの世界に飛び込んでくれたからね。飛び降りる時もみんな一緒だよ」
「日野森さんらしいね」
肩を竦める志歩に、遥が何故だか嬉しそうに笑った。
「…あ、でも」
志歩のそれに遥が首を傾げる。
「もし、桐谷さんが黙って飛び降りるってなっても私は飛び降りないよ」
「?それはそうだと思うけど…。だって、私と日野森さんは違うし」
きょとんとする遥に首を振った。
「いや、そうじゃなくて」
否定してから、志歩はニッと笑う。
「…桐谷さんは、黙って【ステージ】から飛び降りたりしないでしょ?」
「…!!」
綺麗な瞳が見開かれた。
志歩は知っているから。
遥が、黙ってアイドルを辞めたりしないことを。
彼女は、迷っても悩んでもきっとまた【アイドル】にかえってくることを。
「…うん、そうだね」
ふわりと微笑む遥は、やはりどこまでいってもアイドルだなあと思う。
だから、志歩はバンドを辞めない。
きっと……夢を追っている間は…何があっても。
「まあお互い行き着くところまで行ったら考えよっか」
「えー?負けないよ?」
「…勝ち負けなの?これ」
負けず嫌いを発揮する遥に志歩は思わず笑ってしまった。



そうこれは

(アイドルを辞めない遥と、黙って一緒に飛び降りてくれない志歩の話!)


「…あ、桐谷さん、チョコいる?」
「そうだな…日野森さんがランニングに付き合ってくれるなら」
「何それ…。…まあ、良いよ」

今日は誕生日だ。
クラスメイトたちが祝ってくれて、なんだかこそばゆい様な、照れくさいような気がしながら、その渦中にいた訳だが。
「…」
1通のメッセージが届く。
それにふと笑みを浮かべ、「ちょっと」と一声かけて教室の外に出た。
…咲希やえむは何故だか残念そうな顔をしていたが。
「…こんにちは、お嬢さん?」
「ひゃっ!…日野森さん!」
隠れて待っている遥がバレバレで、そっと背後から声をかけただけなのだが…思ったより驚かれてしまった。
「…ごめん、桐谷さん。そんな驚くとは思ってなくて」
「もう…。日野森さん、そういうところあるよね」
「どういうところ?」
少し拗ねたような遥に、くすくす笑う。
天下のスーパーアイドル様も、存外可愛いところがあるのだ。
自分たちと同じ…手の届く少女だと。
「笑ってばっかりだと、このベースしかあげないからね?」
「ごめんごめん…。…ベース?」
手渡された小さなミニチュアのベースに、志歩は謝りながら首を傾げる。
遥からもらえるものは何だって嬉しいが…。
何故ベースなのだろう。
いや、志歩がバンドでやっている担当楽器がベースだから…だとしても…。
疑問符を浮かべる志歩に、今度は遥がいたずらっぽい笑顔を浮かべる。
「桐谷さん?」
「ふふ。頑張って選んだから可愛がってあげてほしいな?」
「え?…あ!」
じゃん、と手渡されたのは、イエローグリーン色のマフラーをしたフェニーくんだ。
「可愛い…!いいの?」
「勿論。…お誕生日おめでとう、日野森さん」
にこにこの遥の手を、フェニーくんごと包む。
「ありがとう、ずっと…大切にするね」
「…うん」
志歩の真剣なそれに、遥が蕩けるような笑みを見せた。
「実は、私もお揃いなんだ…私のフェニーくんはマイクを持ってるんだよ」
「桐谷さんのも可愛い…」
「ありがとう!フェニーくんにマフラーしてあげるのすっごく可愛かったから、日野森さんにも知ってほしくて!」
遥の早口に志歩は大きく頷く。
大好きな貴女が大好きなフェニーくんで祝ってくれる…なんて素敵な誕生日!!




「あ、志歩ちゃん!あのねあのね!ハピハピなびっくりどっかんニュース、聞いちゃった!」
「あーっ!!!しほちゃん!はるかちゃんにプロポーズしたってホント?!!」
「待ってそれどこからの情報なの?!!」

皆さぁあんあけおめことよろ初音ミクでっす!!!
えー、わたしは、今、あの、めっっっっちゃ夜を駆けて、ます…!
…え?理由?聞いちゃうの?!今?!!


それは、ですねぇ…!


「セェエエフ!!!!!」
スパーン!と引き戸を力一杯開きながら部屋に駆け込む。
「初音さん、廊下は走らない」
「はぁい!!!お兄ちゃん!!」
「初音さんうるせぇ」
「レンくんシャラァップ!」
中にいた二人に言葉を返しながらきょろきょろと部屋を見渡した。
…あれ?
「…ルカちゃんは?」
尋ねればレンくんがスマホゲームをしながら口を開く。
「愛想尽かしたんじゃん?」
「レンくんダブルラリアット☆」
「それ、ミク姉ぇの曲じゃないだろ!」
「…今のはレンが悪いよ…?」
ぎゃーぎゃーやってるわたしたちに、お兄ちゃんがくすくす笑った。
それから。
「ルカならちゃんと待ってるから、レンへのダブルラリアットはまた今度にしてくれるかい?」 
「…まあ…お兄ちゃんが言うなら………」
「兄さんがおれを味方してくれない件について!!」
お兄ちゃんの言葉にわたしはレンくんを離す。
それに、早くしなきゃ間に合わないしね!
「…ったく、おれだって協力したっつーのにさぁ」
「…ん?協力?」
ブツブツ言うレンくんに、わたしは首を傾げた。
邪魔はされど協力された感はなかった…ん、だけど…な……?
「レン兄様、カイト兄様。こちらで大丈夫…。…!ミク姉様!」
開きっぱなしの扉から声がする。
驚いたようなそれは、凄く可愛くて…。
えっと……。


…なんでこんな可愛いんです…?!


「あ、あの、ミク姉様…?きゃっ?!」
「…可愛過ぎるんですけど!!」
戸惑ったようなルカちゃんを抱きしめながらわたしは叫んだ。
「鏡音さんプロデュースなんですけどー。お礼はー?」
「鏡音さんありがとうございます何の衣装これ!!」
「どういたしましてWL2の衣装です初音さん」
レンくんがきれいにお辞儀する。
もー、わたしの趣味をわかってるぅ!
「可愛いー!いつものルカちゃんも可愛いけどさらに可愛いー!」
「ふふ、ありがとうございます。…いつも通りでも良かったのですけれど…。…せっかくの…ミクルカの日ですもの」
にこ、とルカちゃんが笑う。
え、女神かな…??
「…ミク姉様…?っ!」
きょとんとしたルカちゃんを抱き上げた。
程々にね、なんてお兄ちゃんの声がする。


せっかくルカちゃんがお洒落してくれたんだもん。
それに、丸一日お休みがある。
今日をめいいっぱい楽しまなきゃ、ね?


(本日、ミクルカの日!)

どうもこんばんは、本日の主役こと鏡音レンです。
おれは、今廊下を全力ダッシュしている訳で。
なんで、おれがこんな、走っているかといえば。
「………セーーフっっ!!!」
楽屋として与えられた部屋に飛び込んだ。
そこに。
「…ギリギリアウトじゃない?」
くすくすと笑う、愛しい人。
「まだ日付変わってないからセーフセーフ」
「そう?まあレンがそう言うなら」
ふわふわと、兄さんが笑う。
…さっきまであんな真面目な顔してたのになぁ。
「…兄さん、それ可愛いな」
「え?どれ?」
きょとんとした兄さんがくるりと舞う。
着替えないでいてくれた、衣装の燕尾が風に踊った。
「髪結んでんの。尻尾みたい」
「…ああ、これ」
青い髪を手に取れば、兄さんはまた笑う。
俺も気に入ってるんだ、と。
「レンとお揃いっぽいし」
「…ホント、そういうとこさぁ」
ご機嫌な兄さんにとやかく言わないけど…いや、マジで可愛いな、この人…!!
「?レン?」
「なんでもなーい」
首を傾げる兄さんに、おれはそう答えてソファに座った。
不思議そうにこちらを見ていた兄さんが、あ、と声を上げてから冷蔵庫から取り出した何かとグラスを手に持って隣に座る。
「え、まさか酒…?!」
「レンはまだ14歳でしょ」
「それ言ったらおれ永遠に酒飲めねぇじゃん」
「飲まなくていいよ…」
ぶすくれるおれにくすくすと兄さんが笑いながらグラスにシャンメリーを注いでくれた。
ちぇ、可愛い顔してさ。
「ふふ、誕生日おめでとう、レン」
「ん、ありがと」
チン、とグラス同士を軽く合わせる。
今年最後のシンフォニーコンサートがおれの(後、リンの)誕生日と重なったから、ちょっとだけ楽屋を貸してもらったんだ。
兄さんと二人きりでお祝いしたかったからさ。
「流石にケーキは怒られるかな…」
「え、あんの?」
「あるよ。小さいやつ。朝作ってきたんだ」
「…家にでかいのもなかった…??」
「あるけど…。あれは家族でお祝いする用だから」
一瞬迷った末にまた立ち上がって冷蔵庫から箱を取り出す。
「スタッフさんには一緒に怒られてくれる?」
「何でだよ、おれ、お誕生日様なのに」
「じゃあケーキはなしと言う事で…」
「…それとこれとは話が違うじゃん…!」
箱を仕舞いに行こうとする兄さんの服をギュッと掴んだ。
もー、と困ったように笑う兄さんがまた座り直す。
兄さんの手作りケーキ、みすみす逃す訳にはいかないもんな。
「うわ、すっげぇ!ケーキの上に小さいおれがいる!」
出てきたケーキの上にいる人形…マジパンだっけ?に思わず声が出た。
相変わらず器用だなぁ、うちの兄さん。
「…あれ?兄さんもいるじゃん。リボン付いてるし」
「…」
「あ、マフラーがリボンになってるのかこれ。凝ってるー」
「……」
「…あの。兄さん?これってつまり…」
「……言わせないでよ…」
耳を赤くする兄さん…。
えー、なにもー、うちの兄さんは天使だった…??
「愛してる!」
「え、うわっ、ちょっと、レン!」
抱きつきながらソファに押し倒す。
いやぁ、可愛い兄さんが悪いんだからな?
「待って、日付!日付変わってるから!」
「あー…。…ここまできたらちょっともだいぶも変わらんくね?」
「変わるよ!!大体、衣装汚したら怒られ…!」
「…へぇえ、衣装汚すようなことさせてくれんの?」
「……っ!この、酔っぱらい!」
顔真っ赤の兄さんがおれに向かってそう叫んだ。
ったく、シャンメリーじゃ酔わんっつーの。
「一緒に怒られよーな、兄さん♡」
にやりと笑って押し倒した兄さんに口付ける。
ちょっと遅れたけど…最高の誕生日になりそうだ。




「…流石の初音さんも楽屋ではしないよ、レンくん」
「…はーんせーしてまーす」
(スタッフさんには怒られなかったものの、兄さんにめちゃくちゃ拗ねられてしまったのは、また別の話)

ピピッと、何かアラームのようなものが鳴った。
何だろうかと首を傾げていれば、共にお茶を飲んでいた彼が唐突に引き出しを開ける。
「ん」
「…は?何…」
小さく、しかし丁寧にラッピングされた箱を手渡され、ザクロはぽかんとしてしまった。
プレゼントであろうことは見て分かる。
それは分かる、が、何かプレゼントを貰うような事など…。
「…お前さん、もしやと思うが忘れてんのかい?」
「いや…忘れてるも何も俺は鬼ヶ崎からプレゼントを貰うようなことなど何もないと思うが…?」
「…マジか」
首を傾げたまま言えば、カイコクは呆れたような驚いたような声を出す。
「…人のは覚えてるくせにな」
「何の話…。…あ」
小さなそれに眉を顰め…一つの解に思い当たった。
寒い寒いと彼がキレ始めるこの時期、去年はパカが浮かれた格好をしていたからギリギリ思い出したそれ。
「…誕生日か、俺の」
「ようやっと思い出したかい?」
絞り出した答えは正解だったようで、カイコクがふは、と笑う。
クリスマスだと言わなかったのは合格点だったようだ。
…彼は、クリスマスがあまり好きではないようだから。
「おめっとさん、忍霧」
「ああ。…ありがとう、鬼ヶ崎」
改めて差し出されたそれを受け取る。
小さな箱の中身はこれまた小さな…。
「ピアス…いや、ピンバッジ、か?」
「んや、ちげぇな。…マスクピアスだ」
紫と真紅の石飾りが施された、繊細なアクセサリー。
ザクロが普段からマスクを手放せない理由を、カイコクは知っているから。
「…そうか。大切にする」
「ん」
短い答えだが彼は満足したらしい。
目元を緩ませ、大役は終わったと湯呑みを持ち上げた。
きっと、彼の中の非日常はこれで終わりなのだろう。
いつもと変わらない…ゲノムタワーの中の日常へと戻るのだ。
彼も…自分も。

『貴女と二人、星空逃避行』

桜井えさと

「…あれ」
自主練が終わり、廊下に出たミクは思ったより静かなそれに目を瞬かせた。
普段は楽器の音がしたり、話し声が聞こえたりするのに。
「みんな、どこかに行ってるのかな」
首を傾げながらミクは廊下を歩く。
たまに空き教室を覗きながら歩き続け…いつの間にか外に出てしまった。
おかしい。
今までこんな静かなことはなかった。
…そのはずなのに。
賑やかなのに慣れすぎてしまったのかな、とミクは駅に続く階段を上る。
「…あ」
目線の先、制服のスカートを揺らすルカがいた。
ルカ、と声をかけようとした瞬間、電車が滑り込んで来る。
駅構内に生えた木の葉が不自然に揺れた。
俯いた彼女は長い髪を掻き上げ、それから。
「っ、待って!!」
開いたドアにルカの姿が吸い込まれていく。
…思い出す、一歌たちが黒い靄によって倒れたことを。
思い出す、カイトたちが突然別セカイに飛ばされたことを…。
階段を駆け上がり、閉まりかけたドアに体をねじ込んだ。
「?!ミク?!」
「…っ、はぁ、間に合った…!」
息を整えるミクに、ルカが綺麗な目を丸くする。
どうしたの、と言いたげな彼女はそれを口にする代わりに「…駆け込み乗車は危ないわよ」と言った。
「しょうがないでしょ、ルカまでいなくなったらどうしようかと思って…」
「…?『私』まで??」
きょとんとするルカに、しまった、と思う。
そこまで言うつもりもなかったのに。
「…っ、何でもないっ!それより、電車に乗ってどこに行くの?」
「ふふ、たまには1人で小旅行も良いかと思って」
「…ん?」
「だって、レンとカイトは志歩や一歌と屋上で雑誌見ながら意見交換会、リンとメイコは咲希や穂波と家庭科室でお菓子作りでしょう?ミクは自主練中だったし。電車旅も素敵だな、って、それだけよ?」
「…なんだ…」
ルカのそれに力が抜け、はぁ、と座席に腰を下ろす。
ごめんなさいね?とルカはふわふわと笑いながら隣に座ってきた。
「別に良いけど…。今度からは声かけてよね」
「ええ、そうするわ」
にこり、とルカは微笑む。
タタンタタン、と音を立て電車が揺れた。
「見て、ミク。電車から見る星空って屋上から見るのとまた違って見えるわね」
「うん、そうだね」
そんなことを言いながら指差す彼女のそれを、ミクはぎゅっと握る。
「ミク?」
「別に」
すい、と目を逸らせば、あら、とまたルカは笑った。
それから、何か柔らかなものがミクの頬に触れる。
思わずバッと彼女を見、いたずらっぽく笑うそれが目に入った。
いつだって敵わないな、と思う。
「ちゃんと傍にいてよ、私の一等星」
「あら、ならちゃんと見ていてほしいわ?」
二人して言葉を紡ぎ、ふは、と笑った。
そういえば、とルカが天井を見た。
「二人だけでこうしていると、何だか志歩が聴かせてくれた曲を思い出すわね」
「え?」
「ほら、志歩のお姉さんと咲希の好きなアイドルがカバーしたって教えてくれた、バーチャルシンガーのカバー曲。その続編」
「…ああ……」
その言葉にミクもまた天井を仰ぐ。
たしか、あれは……。
「「もう帰れないね」」
二人して顔を見合わせて出た歌詞が同じで、また吹き出した。
「…あれは逃避行じゃなかった?この電車はまたあそこに戻るでしょ」
「そうね…。ミクはロミオって感じじゃないものね?」
「…そうだね。それに私は、悲劇の主人公になるつもりもないし、ね」
ミクのそれにルカはふわふわと笑う。
バンドの先輩と後輩。
このセカイが出来た頃から、ずっと傍にいた、あこがれの人。
ルカは…ミクの全てだった。
随分と賑やかになってしまったけれど、それは今も変わらない。
大好きな…ミクだけの、ルカ。
「ねぇミク。少し逃避行してみない?」
「えぇ?悲劇の主人公になるつもりはないって言ったのに」
少しワクワクしたようなルカに、ミクは少し眉をひそめる。
「私だって悲劇のヒロインになるつもりはないわ?でも、逃避行ってどんなのか気になってしまって」
「うぅん…??」
ルカのそれに、ミクは疑問符を浮かべた。
別に周りから否定されているわけでもない、今が二人で逃げたいほど辛いわけでもない。
それは逃避行と言えるのだろうか?
「~…♪」
ミクの疑問を、ルカの小さな歌声がかき消した。
まあ良いか、と思いながら、ミクも同じようにメロディを紡ぐ。
タタン、と電車が揺れた。


夕と夜の境目、時間限定の逃避行


二人の歌を乗せて、セカイに夜が来るー…

「ん」
「…は?」
そろそろ部屋に帰るか、と立ち上がったアンヤを遮るように長い腕がソファから出てきた。
ひょいとそこに座っていた彼が何かを差し出してくる。
あまりに不意打ちだったから、思わず受け取ってしまった。
「…んだこれ、茶?」
渡されたそれをしげしげと見つめていれば、くすりと彼、カイコクが笑う。
柔らかいそれにどきりとしながら、いつもこうしていりゃあ良いのに、なんて思ってしまった。
「ミントティーだと」
「…。…珍しいな、オメェが横文字の茶とか」
名前を聞き、アンヤは首を傾げる。
カイコクは日本茶が好きなはずだ。
あまり紅茶を嗜んでいるところも見たことがなかった。
なのに何故。
「ミントティーには副交感神経を落ち着かせる効果があるらしいって聞いたからねェ。まあ、丁度良いんじゃねェか?」
くつくつと彼は笑う。
何か躱された気がする、とアンヤは顔を顰めた。
「何が丁度良いんだよ、ったく…」
ため息を吐きながらアンヤは隣にどかりと座り直す。
ぱちくりとカイコクが綺麗な黒曜石を瞬かせた。
「え?」
「は?」
疑問符を浮かべる彼に、アンヤも短い疑問を投げかける。
「くれるっつーことは淹れてくれんだろ」
「…あぁ、そういう…」
ふは、とカイコクが笑った。
しゃあねェな、と軽口を叩いた彼が立ち上がる。
マグカップを二つ持って戻ってきたそれからは湯気がたっていた。
「んだよ、テメェも飲むのかよ」
「俺が淹れるんだから問題ないと思うがねェ」
「オレにくれたんだろーが」
「細かいこたぁ気にすんない」
くすくす笑いながらひょいと袋を取り上げてそれを開ける。
爽やかな香りが広がった。


張り詰めた日常に、紅茶の茶葉のように広がる、穏やかな一瞬を。



「…誕生日おめでとさん」
「…おう、あんがとな」

とーやの日

「…冬弥ァ、待たせ……。…あ?」
とある日の放課後、少し用事があるから、と待たせてしまっていた冬弥を迎えに行った時だった。
「あっ、彰人!おそーい!」
「…杏は待たせてねぇだろ」
大きく手を振る杏にため息を吐きながらそう言う。
おろおろと2人を見比べるのは寧々、小さく肩を揺らすのは冬弥だ。
「冬弥を待たせてたのは事実じゃん。ねー?」
「…まあ、そうだな」
「あっ、てめっ」
小首を傾げる杏に冬弥が笑いながら頷く。
声を荒らげた彰人は、「…で?」と寧々と杏を見やった。
「今日は用事じゃなかったのかよ」
「…あー、うん、まあ…」
「まだちょっと時間があるんだ。…ね、白石さん」
曖昧な返事の杏に、寧々が微笑みかける。
「あ?」
「そう!そうなの!」
「…実は、今日、花火大会があるんだそうだ」
彰人たちのやり取りを見ていた冬弥が口を開いた。
それに、そういえば、と思い出す。
秋の花火大会、なんて珍しいだろうと、ここらではまあまあ大きなイベントだったはずだ。
かなりの集客があるらしい。
中学時代に行こうと挑戦した絵名と、友人である愛莉が(絵名はともかく、愛莉まで)人が多過ぎてもう行かないと言っていたのを覚えている。
「…あー…」
「私は草薙さんと一緒に行くんだ、ねっ、草薙さん!」
「うん。…東雲くんは、青柳くんと行かないの?」
杏のそれに頷いた寧々が聞いてくる。
彰人は少し考えた後、頭に手をやり、髪を掻きながら、空を見上げた。
「…あーいう人が多いの、オレは苦手なんだよな…」
SNSで見たお祭りの様子を思い出しながら言い、腕を組んでから…何故だかわくわくした様子の二人がこちらを見ているのに気付く。
「…んだよ」
「…やはり期待に応えてくれるな、彰人は」
「あぁ?!」
睨む彰人にキラキラした目の冬弥が言った。
…何かに巻き込まれていると知ったが後の祭りで。
「…どういうつもりだ、杏!」
「なんで私だけ名指し?!!」
「ま、まあまあ!」
言い争いになりかける前に、と止める寧々、より先に、「ごめんね、東雲くん!」との声が聞こえる。
「あ?!桐谷?!」
「私が杏と草薙さん、青柳くんを巻き込んだの」
「…いや、東雲くんを巻き込もうって決めたのはここにいる全員でしょ」
「…日野森まで」
物陰から出てきたのは遥と志歩である…何故他校の彼女らが普通にいるのは置いといて。
「うんうん、やはり東雲くんをキャスティングしたのは間違いなかったようだね」
「そうだなぁ!彰人ならやってくれると信じていたぞ!」
「…アンタらはなんで毎回いるんスか」
同じく物陰から登場する類と司に彰人は嫌な顔をした。
思ったより壮大なあれそれに巻き込まれたようだ。
「で?説明は?」
不遜な態度の彰人に、遥が申し訳なさそうに言う。
「実は、今度私達のグループで男女ユニットの曲をカバーすることになって…」
「遥が冒頭の男子パートを担当することになって、所作にちょっと迷ってたんだ。ね」
「色々試してみたんだけど何かしっくりこないよね、って話になって」
「…一番このセリフ言いそうなのは東雲くんだよねって話になった、って訳」
女子たちが口々に言う。
なるほど、それなら合点がいった。
歌詞と同じセリフを、彰人はまんまと言ってしまったらしい。
それがなんだか悔しかった。
「すまない、彰人。桐谷さんから相談を受けて、つい顔が思い浮かんでしまった」
「…いや、別にそれはいいけどよ…。日野森も草薙もこっち側だろ」
謝る冬弥に彰人は頭を掻く。
別に彼に頼られて悪い気はしないが…それより言いたいことがあった。
「そんなことないよ。…桐谷さんが行きたいならどこでも行くし」
「わっ、わたしも!白石さんのためなら頑張るよ」
「…日野森さん…」
「草薙さん…っ!」
何故か盛り上がる女子たちを見ながら呆れる彰人に、冬弥が袖口を引いてきた。
「それで、彰人は行かないのか?」
「あ?花火大会の話は冗談じゃ…」
「いや?その話自体は本気だが」
こてりと首を傾げる冬弥の肩を、司が抱く。
「彰人が嫌ならば構わないぞ!…冬弥、今日はオレと共に行くとしようではないか!何せ今日は一年に一回の特別な日なのだからなぁ!」 
大きな声で笑う司が含んだ目でニヤリと笑った。
まさか。
「…っ!行くに決まってんだろ!」
「…!良いのか?」
「ほう?今年は棄権かと思ったぞ?」
「はっ、その挑発には乗らねぇからな」
啖呵を切りにらみ返す彰人と、珍しく余裕そうな司。
間では冬弥が焦りながらもなんだか嬉しそうで。
それを見ながらおやおや、と類が笑う。
「…いつから勝負になったんだろ」 
寧々に抱きついている杏がその様子を見ながら呟いた。
「…類は行かなくて良いの?」
「ふふ、もう少し高みの見物をしておこうかな」
見上げる寧々に類が笑う。
「…神代さん、余裕ですね…」
「何か策があるんですか?」
感心したような志歩と、首を傾げる遥に類はただ微笑んでみせた。
夏から秋に変わった風が吹く。


本日10月8日、毎年恒例とーやの日!

(誰が冬弥を一番喜ばせられるか勝負する日になってる、なんて野暮な話ですよ!)

「…ふむ、どうするか…」
「…なんスか、また悩んでんスか」
「…あれ?昨日の夜決めたって言ってなかった?」
「…その後咲希に意見求めたら余計に分からなくなったみたい…」
「…おやおや」

類が4人のあれそれを聞きながらくすくす笑う。
眉を寄せて悩むのが司、呆れた顔が彰人、首を傾げたのが寧々、なぜだか罰が悪そうなのが志歩だ。
何をこんなに悩んでいるのか。
それは司たちが所属するワンダーランズ×ショウタイムが毎年公演する天使の日のショーに起因していた。
今年の『天使の日スペシャルステージ』を最終回として一区切りする、と打ち出したのは良かったのだ。
だが、最後ということで、何をメインにするかをまたも悩んでいるのである。
「うむ…。昨日はあれが最善だ!と思ったのだがなぁ…」
司が宙を仰ぐ。
彼らに取っても大切な公演だ、妥協はしたくないというのが本当のところだ。
「すまん、彰人!志歩!2人は関係者ではないが一緒に考えてほしい!!」
「…るせっ…。…まあ、冬弥も楽しみにしてますし?しゃーねぇッスね」
「…流石にこの流れで嫌ですとは言えないでしょ。…手伝いますよ。桐谷さんも楽しみだって言ってたし」
「ありがとう二人とも!助かる!!!」
「…司、うるさい!…ありがとう、日野森さん、東雲くん」
いつもの大きな声を出す司に一喝した寧々がペコリと、頭を下げる。
「えむが確認に行ってくれてるとはいえ…早く決めなきゃだもんね。白石さんも待ってるって言ってくれたし」
「そうだねぇ。待ってくれている3人の為にも早く決めないとね」
類がくすくす笑った。
「そうだな。…さて、どうするか…」
「いっそ新しい世界観にするのはどうッスか、…天使とゾンビとか」
「いや、迷走しすぎでしょ。…まあハロウィンならいいかもだけど」 
「最終回にゾンビはちょっと…。…面白いけど」
「ふむ…」
わいわいと話す4人に類が何か考え込む。
「…おい、類?」
「天使とゾンビ…相容れない2者の対立…荒廃した地上で、最後の戦いが始まる…!」
「…おーい、類ー?戻って来いー?」
ひらひらと司が手を振った。
「…そう聞くとちょっと面白そうかも…」
「志歩まで類の味方か?!」
「冗談ですよ」
くす、と笑う。
流石にそれは集大成としてどうかと思う…スピンオフなら見てみたくはあるが。
「…なら、全員集合はどうでしょうか?」
「え…」
「天使たちと、騎士と王子と魔術師と悪魔とそれから歌姫。みんな集合するのは熱いと思いませんか?」 
「冬弥!それに桐谷!」
にこにことやってくる青髪の二人の横を、夜空のような長い髪を靡かせた少女が走ってくる。
「草薙さぁん!!ぜっったい止めてね、ゾンビ!!」
「わっ、白石さん!!」
抱き着く杏を寧々が抱き止め、大丈夫だよ、と笑った。
「ゾンビが来てもちゃんと守るから」
「…!草薙さぁん…っ!」
「…楽しそうだな、あいつら」
何故か盛り上がる寧々と杏に呆れた顔を見せるのは彰人だ。
「彰人は護ってはくれないのか?」
「…あ?ゾンビからか?…そうだな…」
冬弥のそれに彰人は考えてからにやりと笑う。
「センパイたちに任せて冬弥と逃げる」
「何ぃ?!」
「おや、東雲くんは戦わないのかい?」
「いやぁ、一番後輩なんで。センパイがたの戦いを見させていただきますよ」
「…何だかんだあっちも盛り上がってるじゃん」
驚く司、煽る類にニヤリと笑う彰人、眉を寄せる冬弥…まあまあいつもの光景に、志歩は息を吐いた。
「日野森さんは?」
「え?」
「私を護ってくれる?」
「まあそりゃ…。…でも桐谷さんは大人しく護られてくれないでしょ」
「そんなことないよ?…多分」
くす、と笑う遥に、そういうとこだよ、と志歩も笑う。





どうやら、今年の演目も無事決まりそうだ。

「…今年は直球で行こうと思うんだけど」
「…うん?」
放課後、公園に呼び出した彼女にそう言えば、少し首を傾げた。
お互いの休日が奇跡的に合い、もうここしかない、と志歩は急ピッチで準備をしたのだ。
あまり回りくどいこともしていられない。
「どうしたの、日野森さん」
「今日、桐谷さんの誕生日でしょ」
不思議そうな遥に笑いかけると彼女はきれいな目を丸くさせた。
「…覚えててくれたんだ…」
「当たり前でしょ。大切な…恋人だからね」
「!…うん」
ふわふわと微笑む遥をベンチに案内し、はい、と用意したプレゼントを渡す。
「誕生日おめでとう、桐谷さん」
「ふふ、ありがとう。開けても良い?」
「勿論」
嬉しそうな頷くと、彼女は何だろう、なんて言いながら包みを解いた。
「…これ!秋限定フェニーくん!」
「そう。…ちなみに私とお揃い」
目を輝かせる遥に、自分も買ったそれを見せる。
ちなみに持っているものが違う…志歩のフェニーくんが洋梨、遥が持っているのがぶどうだ、もう持っていたらどうしようかと思っていたが杞憂だったようだ。
「ありがとう、日野森さんっ!」
「わっ、どういたしまして」
抱き着いてくる彼女を抱きとめ、志歩は笑う。
遥が喜んでくれたなら良かったな、と思った。
たまには直球勝負も悪くないな、と志歩は息を吐く。


小細工なんか一切ない、真っ直ぐな愛を、貴女に!


「愛してるよ、桐谷さん」
「…ふふ、私もだよ…日野森さん」