何か、歌が聴こえてきた。
夜の空に響く、綺麗な声。
それに釣られるようにマキノはふらりと部屋を出て…テラスに向かう。
「~♪」
冷たい風に、彼の歌声と黒の髪が靡いた。
「…よ、逢河」
しばらく聴いていたがふと彼…カイコクがこちらに気づいたようにひらりと手を振る。
少し勿体無いな、と思いながら近づいた。
「…カイコッくん」
「起こしちまったか?」
ふわ、と微笑む彼に、ふるふると首を横に振る。
「…起きてた、から」
「…なら良かった」
柔らかく微笑むカイコクは、昼間の表情を無くし優しいそれをしていた。
そして。
「…誕生日おめっとさん、逢河」
くしゃりとカイコクの手がマキノの髪を撫でる。
数秒遅れて今日が誕生日だと気づいた。
「…ありがとう」
ややあって礼を言えば、カイコクは満足そうに笑う。
「相変わらずお前さんは誕生日忘れてるんだねェ」
くすくすとカイコクは肩を揺らした。
マキノは別に誕生日はどちらでも良いのだ。
ただ、彼がこうやって律儀に祝ってくれるから忘れずにいられる。
…きっとそれは幸せなことなのだろう。
「…カイコっくん」
「?どした?」
首を傾げるカイコクをマキノはじっと見つめた。
「…もっと、歌ってほしい」
「…。しゃあねぇなァ」
息を吐き出したカイコクが口を開く。
彼が歌うのは、いつか聞いた子守唄。
月夜に流れる、マキノにとってのバースデーソングは。
二人きりの優しい時間は。

きっと、こういうのを幸福と…そう、呼ぶのだろう。


「月が、綺麗だね。カイコっくん」
「…っ!!おまっ…!……ま、肯定を返しておいてやる」

「…なぁ、鬼ヶ崎」
「?なんでェ、忍霧」
話しかけると彼女…鬼ヶ崎カイコクがふわりと髪を揺らしてこちらを向いた。
「…バレンタインのことだが」
「……??おう」
ど直球なザクロのそれにカイコクが不思議そうに頷く。
とりあえず聞いてくれる気ではあるようだ。
こちらの話を真摯に受け取ってくれるのは有り難い。
「チョコレートは作らなくて良い。その代わり、俺と…あー…共に出かけてくれないだろうか」
少し言葉を濁しながらザクロはそう伝えた。
彼女は甘い物があまり得意ではない。
その割に毎回チョコレートを作ってくれるのだから律儀というか何というか。
だが、流石にバレンタインの度に無理させるのも宜しくない、と思ったのだ。
苦手なものに向かい合うのもなかなか辛かろう。
「…ふぅん?」
だが、何故だかカイコクは不満そうで。
「?どうした」
「…チョコ、美味しくなかったかい」
「…は…」
小さなそれにザクロはぽかんとする。
美味しくない訳がないのに。
「そんなわけ無いだろう!」
大きな声のザクロに彼女はびっくりしたように綺麗な目を見開く。
「…すまない」
「…いや……」
謝ればカイコクはふいと目線を逸らせた。
「違う、貴様が作ったチョコは美味しかった。だが、鬼ヶ崎は甘い物が得意ではないだろう」
「…まあ、な」
「…俺の為に、苦手な物を作ってもらうのは、その…悪いと思っただけだ」
「…!」
ザクロのそれにカイコクは驚いたようにこちらを見てからふは、と笑う。
「別に構わねぇよ。…確かに味見は難しいが…お前さんのことを考えながら作る時間は、まあ悪くはないしねェ」
彼女が綺麗に微笑んだ。
敵わないな、と思う。
「…なら、今年も楽しみにしている」
「ん」
ザクロのそれに、にこ、とカイコクが頷いた。
「しかしまあ、お前さんも言葉を選んでくんなァ。こちとら純情可憐なオンナノコなんで」
「…善処しよう」
楽しそうな彼女にザクロは一応頷いておく。
パカに斬りかかるような女が何を言うのだろうか。
「忍霧?」
「いや、何も」
綺麗な黒髪を靡かせるカイコクに、さらりと答える。
彼女の、純情可憐な部分は…きっと、ザクロだけが知っていれば良いから。


(強くて綺麗な彼女の、可愛らしいところはザクロだけの秘密!)



「…そういやァお前さん、デートはどこに行くつもりだったんでェ。行く場所ないだろうに」
「…二人ならどこでも良いと思ったんだが…」
「…。…忍霧……」
「う…すまな…。…待て鬼ヶ崎、何だその表情は!」

「チョコ作り、がんばるぞー!」
「「おー!!」」
杏のそれに、青い髪の二人が拳を突き上げる。
さて本日バレンタイン。
何をするかと言えばそれは勿論バレンタインのチョコレート作りである。
「…でも良かったの?キッチン借りちゃって」
「いーのいーの!昼間は使わないしさ」
青い髪の二人のうちの一人…遥が首を傾げる。
それに杏があはは、と笑った。
「正直助かるな。ありがとう、白石」
お礼を言うのは青髪のもう一人、冬弥だ。
今日のチョコレート作りを打診してきた張本人でもある。
「私も。…ありがとうね、杏」
「どーいたしまして!こっちこそ、材料費出してもらって良かったの?」
杏のそれに遥と冬弥が笑った。
「場所を貸してもらうのだから、当然だろう」
「それに、チョコ作りも指南してもらうしね。…期待してるよ?杏先生?」
「あははっ、じゃあ厳しく行っちゃおっかな!」
遥のそれに杏がウインクをする。
「んじゃー、早速やっちゃおっか!…冬弥は何を作りたいんだっけ?」
材料を広げながら杏が問うた。
そうだな、と冬弥はスマホを見せる。
そこにはレシピの記事があった。
「オレンジピールを使ったチョコレートだ。オランジェットと言うんだったか」
「…あ、それ、こないだイベントで獲り損ねたやつだっけ」
「ああ、そうだ」
「…イベント……?」
杏と冬弥のそれに遥が不思議そうに首を傾げた。
「うちの学校でちょっと色々ね」
「…相変わらず不思議なことやってるね」
肩を竦める杏に、遥が小さく笑う。
「杏は何にするの?」
「私?私は、草薙さんがグレープフルーツ好きって言ってたからグレープフルーツを乗せたチョコレートケーキにするつもり」
「…本格的だな…」
えへん、と胸を張る杏に冬弥が驚いたように言った。
素人の冬弥にとっては難しそうに聞こえたのだろう。
「意外と簡単なんだよ!…それで遥は?遥も日野森さんの好きなものにするの?」
「そうだな、日野森さんの好きなものはラーメンだからちょっと…」
そう言った遥は「マカロンにしようかなって」と笑った。
「マカロン?美味しいけど、なんで?」
「…ふふ、内緒」
きょとんとする杏に遥が意味深に言う。
だが、冬弥は何かに思い至ったようだ。
「…ああ、なるほど」
「あ、わかっちゃいました?」
「はい」
「えっ、何?!二人だけでずるいじゃん!」
含みのあるそれに杏がもー!と声を上げる。


今日は聖バレンタイン。


好きな人のために一生懸命になる日!

さて、本日は節分である。
…節分より重要な行事があると思うのだが…それを言うと怒られてしまうのでザクロは口を噤んでいる…わざわざ怒られに行く必要もあるまい。
「?どした、忍霧」
「…いや……」
きょとんとするのは、カイコクである。
1年の行事の中で一番節分が好きだという彼は朝からこの豆撒きを楽しみにしていた。
そんな楽しいものだろうか、と思うのも野暮なのだろう。
「…なあ、鬼ヶ崎」
「なんでェ」
「その、貴様が持っている袋は…?」
ザクロの問いに、ああ、とカイコクが笑った。
「今年は餅撒きがあるだろ?」
「…ああ」
「とりあえずこれくらいでかきゃ山程入るかと思ってねェ」
うきうきとそう言うカイコクに、思わずぽかんとしてしまう。
「…餅が欲しいのか?」
「餅はあるだけありゃいいだろ」
「鬼ヶ崎はそんなに餅好きだったか…?」
「いや?普通くらいだねェ」
「では何故…」
聞きかけたザクロはふと、餅まきの由来を思い出す。
節分の際の餅まきは福をもたらすのだと。
「福が欲しいのか?」
「さぁねぇ?」
くすりと彼が笑う。
なら、ザクロが渡してやるのに。
そう思うがきっとカイコクは自分で掴みたがるだろう。
彼はそういう男だ。
だから。
「なら、手伝ってやろう」
「え?」
「袋の取っ手の片方、持ってやる。口を大きく開けていた方が沢山入るのでは?」
「…ははっ、違いねェな」
カイコクが笑う。
綺麗な笑顔で。


それは、餅まきの前からなんだか幸せそうだった。


「福を沢山貰うのも良いだろう。…貴様はお誕生日様なのだからな」
「…そうかい」

えー、初音ミクです。
何を言っているか分からないと思いますが、聞いてください。

その、

本日お誕生日のルカちゃんが


先程ぶっ倒れました。





「…あー、オーバーヒートだねぇ」
髪と同じ青色の眉を下げ、困ったようにお兄ちゃんが笑う。
その前には、冷えぴたをおでこに貼ったルカちゃんが、いた。
「…オーバーヒート…?」
「人間でいうところの知恵熱かな?すぐ良くなるよ」
「…すみません、ミク姉様…」
「謝らないでよ!すぐ良くなるなら安心だね!」
しおしおと謝るルカちゃんにわたしは笑う。
びっくりはしたけど、迷惑かかった訳じゃないもんね!
「今日はゆっくり休んで、また元気になったら改めてお誕生日会しようよ!ね?」
「…はい……」
わたしのそれにもルカちゃんは何だか元気がない。
まあ、真面目なルカちゃんのことだから誕生日会が出来なくなったのを気にしてるんだろうけど…。
「…オーバーヒート…」
「?レン?」
ふと、傍にいたレンくんがぽつりと呟いた。

魔法少女を辞めたい遥と、それなら黙って一緒に飛び降りる志歩の話

とある放課後。
「魔法少女、桐谷遥!」
「そこ、本名でいいんだ?」
「…あ、そっか」
とある空き教室で、志歩は遥の相談に付き合っていた。
「じゃあ…魔法少女キューティースマイル☆はるか!」
きゅるん、と音が付きそうなそれが決まる。
いいんじゃない、と志歩は笑った。
「ふふ。ありがとう、日野森さん」
「私は別に何もしてないけど」
「そう?一緒に考えてくれただけでも、すごく助かったけどな」
「それなら良かった」
にこにこと笑う遥に志歩も僅かに笑みを浮かべる。
遥が持っていたおもちゃのステッキを取り上げた志歩は、くるりと回して先端を彼女に向けた。
「それ、今度のカバー曲でしょ」
「そうなの!魔法少女を辞めたい女の子の歌なんだけど、私にはあんまり理解出来なかったから魔法少女になってみようかなって」
パン、と手を合わせる遥のそれに面食らったが、彼女は【アイドル】に関してかなりストイックだ。
まあそういう切り口でのアプローチも有り得るだろう。
「桐谷さんって意外に真面目だよね」
「それは…褒められてる?」
「うーん、ギリギリかな」
「ギリギリなんだ…」
ふわふわと綺麗な彼女の髪が揺れた。
楽しそうな遥にまあ良いかなんて思う。
「それで?魔法少女になってみた感想は?」
再びステッキを向けると、少し困った顔をした。
「あんまり変わらないかなぁ…。魔法を使えるようになった訳じゃないしね」
「お供の妖精もいないし?」
「ふふ、そうかも」
肩を揺らした遥は、「…でも、困ったな」と、天井を仰いだ。
歌詞の内容を理解しないままなのは嫌なのだろう。
…志歩もそうだから、何となく分かる。
「…魔法少女をアイドルだと思えばいいのかな…」
遥が小さく呟く。
この魔法少女は、確か純粋が仇になるセカイで、人々の期待や悪意に嫌気がさしていたのだったか。
けれど。
「…桐谷さんはアイドル、辞めないでしょ」
志歩は笑った。
彼女が以前別のアイドルグループを辞めたのは知っている。
けれど、彼女は戻ってきた。
また、アイドル、に。
「…!」
目を見開いた遥はにやりと笑った。
「うん、辞めないよ」
「だと思った」
力強いそれに志歩も頷く。
結局、遥は昔の想いを思い出しながら歌ってみることにしたようだ。
帰り支度をしながら遥に、「でも希望を届けたいモアモアジャンプにしては珍しい選曲だよね」と問う。
「ああ…。この曲はファンの人たちのリクエストなんだ。お正月のファンミーティングで、新しいカバーを披露するってリクエストアンケート取ったら、この曲がいいって声があって」
「…へえ。お正月のファンミーティングか。相変わらず忙しいね」
「ふふ。でもレオニードもライブするんだよね?私、レオニードのカバー曲も好きだよ」
「…まだお披露目してないはずだけど…?」
遥の言葉に、うん?と首を傾げる。
くすりと遥が笑った。
「ふふっ、内緒」
「…まったく」
イタズラっぽいそれに志歩は息を吐く。
まあ…犯人は大体想像がついているから。
「日野森さんは、ライブの舞台から飛び降りたいって言ったら一緒に飛び降りてくれそうだね」
遥が言う。
ライブの舞台から飛び降りる、というのは恐らくバンドを辞める、ということだろうか。
「そりゃあ、まあ、一緒にプロになろうってみんなこの世界に飛び込んでくれたからね。飛び降りる時もみんな一緒だよ」
「日野森さんらしいね」
肩を竦める志歩に、遥が何故だか嬉しそうに笑った。
「…あ、でも」
志歩のそれに遥が首を傾げる。
「もし、桐谷さんが黙って飛び降りるってなっても私は飛び降りないよ」
「?それはそうだと思うけど…。だって、私と日野森さんは違うし」
きょとんとする遥に首を振った。
「いや、そうじゃなくて」
否定してから、志歩はニッと笑う。
「…桐谷さんは、黙って【ステージ】から飛び降りたりしないでしょ?」
「…!!」
綺麗な瞳が見開かれた。
志歩は知っているから。
遥が、黙ってアイドルを辞めたりしないことを。
彼女は、迷っても悩んでもきっとまた【アイドル】にかえってくることを。
「…うん、そうだね」
ふわりと微笑む遥は、やはりどこまでいってもアイドルだなあと思う。
だから、志歩はバンドを辞めない。
きっと……夢を追っている間は…何があっても。
「まあお互い行き着くところまで行ったら考えよっか」
「えー?負けないよ?」
「…勝ち負けなの?これ」
負けず嫌いを発揮する遥に志歩は思わず笑ってしまった。



そうこれは

(アイドルを辞めない遥と、黙って一緒に飛び降りてくれない志歩の話!)


「…あ、桐谷さん、チョコいる?」
「そうだな…日野森さんがランニングに付き合ってくれるなら」
「何それ…。…まあ、良いよ」

今日は誕生日だ。
クラスメイトたちが祝ってくれて、なんだかこそばゆい様な、照れくさいような気がしながら、その渦中にいた訳だが。
「…」
1通のメッセージが届く。
それにふと笑みを浮かべ、「ちょっと」と一声かけて教室の外に出た。
…咲希やえむは何故だか残念そうな顔をしていたが。
「…こんにちは、お嬢さん?」
「ひゃっ!…日野森さん!」
隠れて待っている遥がバレバレで、そっと背後から声をかけただけなのだが…思ったより驚かれてしまった。
「…ごめん、桐谷さん。そんな驚くとは思ってなくて」
「もう…。日野森さん、そういうところあるよね」
「どういうところ?」
少し拗ねたような遥に、くすくす笑う。
天下のスーパーアイドル様も、存外可愛いところがあるのだ。
自分たちと同じ…手の届く少女だと。
「笑ってばっかりだと、このベースしかあげないからね?」
「ごめんごめん…。…ベース?」
手渡された小さなミニチュアのベースに、志歩は謝りながら首を傾げる。
遥からもらえるものは何だって嬉しいが…。
何故ベースなのだろう。
いや、志歩がバンドでやっている担当楽器がベースだから…だとしても…。
疑問符を浮かべる志歩に、今度は遥がいたずらっぽい笑顔を浮かべる。
「桐谷さん?」
「ふふ。頑張って選んだから可愛がってあげてほしいな?」
「え?…あ!」
じゃん、と手渡されたのは、イエローグリーン色のマフラーをしたフェニーくんだ。
「可愛い…!いいの?」
「勿論。…お誕生日おめでとう、日野森さん」
にこにこの遥の手を、フェニーくんごと包む。
「ありがとう、ずっと…大切にするね」
「…うん」
志歩の真剣なそれに、遥が蕩けるような笑みを見せた。
「実は、私もお揃いなんだ…私のフェニーくんはマイクを持ってるんだよ」
「桐谷さんのも可愛い…」
「ありがとう!フェニーくんにマフラーしてあげるのすっごく可愛かったから、日野森さんにも知ってほしくて!」
遥の早口に志歩は大きく頷く。
大好きな貴女が大好きなフェニーくんで祝ってくれる…なんて素敵な誕生日!!




「あ、志歩ちゃん!あのねあのね!ハピハピなびっくりどっかんニュース、聞いちゃった!」
「あーっ!!!しほちゃん!はるかちゃんにプロポーズしたってホント?!!」
「待ってそれどこからの情報なの?!!」

皆さぁあんあけおめことよろ初音ミクでっす!!!
えー、わたしは、今、あの、めっっっっちゃ夜を駆けて、ます…!
…え?理由?聞いちゃうの?!今?!!


それは、ですねぇ…!


「セェエエフ!!!!!」
スパーン!と引き戸を力一杯開きながら部屋に駆け込む。
「初音さん、廊下は走らない」
「はぁい!!!お兄ちゃん!!」
「初音さんうるせぇ」
「レンくんシャラァップ!」
中にいた二人に言葉を返しながらきょろきょろと部屋を見渡した。
…あれ?
「…ルカちゃんは?」
尋ねればレンくんがスマホゲームをしながら口を開く。
「愛想尽かしたんじゃん?」
「レンくんダブルラリアット☆」
「それ、ミク姉ぇの曲じゃないだろ!」
「…今のはレンが悪いよ…?」
ぎゃーぎゃーやってるわたしたちに、お兄ちゃんがくすくす笑った。
それから。
「ルカならちゃんと待ってるから、レンへのダブルラリアットはまた今度にしてくれるかい?」 
「…まあ…お兄ちゃんが言うなら………」
「兄さんがおれを味方してくれない件について!!」
お兄ちゃんの言葉にわたしはレンくんを離す。
それに、早くしなきゃ間に合わないしね!
「…ったく、おれだって協力したっつーのにさぁ」
「…ん?協力?」
ブツブツ言うレンくんに、わたしは首を傾げた。
邪魔はされど協力された感はなかった…ん、だけど…な……?
「レン兄様、カイト兄様。こちらで大丈夫…。…!ミク姉様!」
開きっぱなしの扉から声がする。
驚いたようなそれは、凄く可愛くて…。
えっと……。


…なんでこんな可愛いんです…?!


「あ、あの、ミク姉様…?きゃっ?!」
「…可愛過ぎるんですけど!!」
戸惑ったようなルカちゃんを抱きしめながらわたしは叫んだ。
「鏡音さんプロデュースなんですけどー。お礼はー?」
「鏡音さんありがとうございます何の衣装これ!!」
「どういたしましてWL2の衣装です初音さん」
レンくんがきれいにお辞儀する。
もー、わたしの趣味をわかってるぅ!
「可愛いー!いつものルカちゃんも可愛いけどさらに可愛いー!」
「ふふ、ありがとうございます。…いつも通りでも良かったのですけれど…。…せっかくの…ミクルカの日ですもの」
にこ、とルカちゃんが笑う。
え、女神かな…??
「…ミク姉様…?っ!」
きょとんとしたルカちゃんを抱き上げた。
程々にね、なんてお兄ちゃんの声がする。


せっかくルカちゃんがお洒落してくれたんだもん。
それに、丸一日お休みがある。
今日をめいいっぱい楽しまなきゃ、ね?


(本日、ミクルカの日!)

どうもこんばんは、本日の主役こと鏡音レンです。
おれは、今廊下を全力ダッシュしている訳で。
なんで、おれがこんな、走っているかといえば。
「………セーーフっっ!!!」
楽屋として与えられた部屋に飛び込んだ。
そこに。
「…ギリギリアウトじゃない?」
くすくすと笑う、愛しい人。
「まだ日付変わってないからセーフセーフ」
「そう?まあレンがそう言うなら」
ふわふわと、兄さんが笑う。
…さっきまであんな真面目な顔してたのになぁ。
「…兄さん、それ可愛いな」
「え?どれ?」
きょとんとした兄さんがくるりと舞う。
着替えないでいてくれた、衣装の燕尾が風に踊った。
「髪結んでんの。尻尾みたい」
「…ああ、これ」
青い髪を手に取れば、兄さんはまた笑う。
俺も気に入ってるんだ、と。
「レンとお揃いっぽいし」
「…ホント、そういうとこさぁ」
ご機嫌な兄さんにとやかく言わないけど…いや、マジで可愛いな、この人…!!
「?レン?」
「なんでもなーい」
首を傾げる兄さんに、おれはそう答えてソファに座った。
不思議そうにこちらを見ていた兄さんが、あ、と声を上げてから冷蔵庫から取り出した何かとグラスを手に持って隣に座る。
「え、まさか酒…?!」
「レンはまだ14歳でしょ」
「それ言ったらおれ永遠に酒飲めねぇじゃん」
「飲まなくていいよ…」
ぶすくれるおれにくすくすと兄さんが笑いながらグラスにシャンメリーを注いでくれた。
ちぇ、可愛い顔してさ。
「ふふ、誕生日おめでとう、レン」
「ん、ありがと」
チン、とグラス同士を軽く合わせる。
今年最後のシンフォニーコンサートがおれの(後、リンの)誕生日と重なったから、ちょっとだけ楽屋を貸してもらったんだ。
兄さんと二人きりでお祝いしたかったからさ。
「流石にケーキは怒られるかな…」
「え、あんの?」
「あるよ。小さいやつ。朝作ってきたんだ」
「…家にでかいのもなかった…??」
「あるけど…。あれは家族でお祝いする用だから」
一瞬迷った末にまた立ち上がって冷蔵庫から箱を取り出す。
「スタッフさんには一緒に怒られてくれる?」
「何でだよ、おれ、お誕生日様なのに」
「じゃあケーキはなしと言う事で…」
「…それとこれとは話が違うじゃん…!」
箱を仕舞いに行こうとする兄さんの服をギュッと掴んだ。
もー、と困ったように笑う兄さんがまた座り直す。
兄さんの手作りケーキ、みすみす逃す訳にはいかないもんな。
「うわ、すっげぇ!ケーキの上に小さいおれがいる!」
出てきたケーキの上にいる人形…マジパンだっけ?に思わず声が出た。
相変わらず器用だなぁ、うちの兄さん。
「…あれ?兄さんもいるじゃん。リボン付いてるし」
「…」
「あ、マフラーがリボンになってるのかこれ。凝ってるー」
「……」
「…あの。兄さん?これってつまり…」
「……言わせないでよ…」
耳を赤くする兄さん…。
えー、なにもー、うちの兄さんは天使だった…??
「愛してる!」
「え、うわっ、ちょっと、レン!」
抱きつきながらソファに押し倒す。
いやぁ、可愛い兄さんが悪いんだからな?
「待って、日付!日付変わってるから!」
「あー…。…ここまできたらちょっともだいぶも変わらんくね?」
「変わるよ!!大体、衣装汚したら怒られ…!」
「…へぇえ、衣装汚すようなことさせてくれんの?」
「……っ!この、酔っぱらい!」
顔真っ赤の兄さんがおれに向かってそう叫んだ。
ったく、シャンメリーじゃ酔わんっつーの。
「一緒に怒られよーな、兄さん♡」
にやりと笑って押し倒した兄さんに口付ける。
ちょっと遅れたけど…最高の誕生日になりそうだ。




「…流石の初音さんも楽屋ではしないよ、レンくん」
「…はーんせーしてまーす」
(スタッフさんには怒られなかったものの、兄さんにめちゃくちゃ拗ねられてしまったのは、また別の話)

ピピッと、何かアラームのようなものが鳴った。
何だろうかと首を傾げていれば、共にお茶を飲んでいた彼が唐突に引き出しを開ける。
「ん」
「…は?何…」
小さく、しかし丁寧にラッピングされた箱を手渡され、ザクロはぽかんとしてしまった。
プレゼントであろうことは見て分かる。
それは分かる、が、何かプレゼントを貰うような事など…。
「…お前さん、もしやと思うが忘れてんのかい?」
「いや…忘れてるも何も俺は鬼ヶ崎からプレゼントを貰うようなことなど何もないと思うが…?」
「…マジか」
首を傾げたまま言えば、カイコクは呆れたような驚いたような声を出す。
「…人のは覚えてるくせにな」
「何の話…。…あ」
小さなそれに眉を顰め…一つの解に思い当たった。
寒い寒いと彼がキレ始めるこの時期、去年はパカが浮かれた格好をしていたからギリギリ思い出したそれ。
「…誕生日か、俺の」
「ようやっと思い出したかい?」
絞り出した答えは正解だったようで、カイコクがふは、と笑う。
クリスマスだと言わなかったのは合格点だったようだ。
…彼は、クリスマスがあまり好きではないようだから。
「おめっとさん、忍霧」
「ああ。…ありがとう、鬼ヶ崎」
改めて差し出されたそれを受け取る。
小さな箱の中身はこれまた小さな…。
「ピアス…いや、ピンバッジ、か?」
「んや、ちげぇな。…マスクピアスだ」
紫と真紅の石飾りが施された、繊細なアクセサリー。
ザクロが普段からマスクを手放せない理由を、カイコクは知っているから。
「…そうか。大切にする」
「ん」
短い答えだが彼は満足したらしい。
目元を緩ませ、大役は終わったと湯呑みを持ち上げた。
きっと、彼の中の非日常はこれで終わりなのだろう。
いつもと変わらない…ゲノムタワーの中の日常へと戻るのだ。
彼も…自分も。