天使の日 ラセタバ

天使の日 ザクカイ

天使の日 司冬

「司くんは、天使を見た事があるかい?」

唐突なそれに思わずぽかんとする。
おや、と不思議そうに首を傾げるのは神代類だ。
「聞こえなかったかな?」
「…いや、聞こえている。聞こえているからこその反応なんだが…」
「それは良かった」
若干ぐったりとそう言えば、類はにこりと笑った。
何が良かったのだろうと思いながら、天馬司は、で?と聞き返す。
彼の突拍子もない発言は慣れっこだ。
「何故いきなり天使なんだ」
「ハロウィンも終わってしまったし、次のイベントといえばクリスマスだろう?だから、次のショーは騎士と天使のはちゃめちゃ譚を考えているのだけれど」
「ふむ、それで天使か」
「ちなみに、天使の日は10月4日らしいよ」
「大幅に過ぎたな!!…で、オレの天使イメージが聞きたいと?」
首を傾げれば類が機嫌良さそうに笑った。
「僕が書くと、どちらかと言えば悪魔寄りになってしまってねぇ。天使はイタズラ好きな子も居るから、それはそれで良いんだけど」
「…お前が悪魔寄りだからではないか?」
少し遠い目をすれば類が小さく肩を揺らす。
「失礼だなぁ。せめて、妖精と言ってもらえるかい?」
「自分で言うな!…しかし、そうだな」
類にツッコミを入れてからふと宙を見た。
脳内を回転させ…思い出す。
「…オレは、天使を見たことが、ある」
小さく呟いた、その記憶。
そう。
確か、あれは……。


「…迷った」
先程も見たことある景色に司は、ぼんやり呟いた。
ピアノの発表会の時間まであるからと探検に出たのは愚策だったかと天を仰ぐ。
まあ良いかと近くの塀によりかかった。
まだ自分の出番まで時間はある。
塀によじ登れば会場であるホールが見えるだろうか、なんて思っていた…その時。
「……っ!うわっ!」
「…へ??」
自分の身長よりもかなり高い位置から声がする。
見上げた司の目に映ったのは…天使だった。
スローモーションで落ちてくる天使から目が離せない。
きらきら光ってそれでいて。
「って、危ない!」
あと数秒でぶつかる!と慌てて手を伸ばす。
「…つー……」
「…う……」
幼い司に人1人を支える訳もなく、尻もちを着いてしまった。
だが、怪我をしたわけではない。
目の前の天使も無事なようでホッとした。
「…大丈夫か?」
「…ぅ、え…?」
灰色の瞳を涙に滲ませる天使に声をかける。
「…ご、ごめん、なさ…!」
「気にすることはない!オレは将来ヒーローになる男だからな!」
オロオロする天使に自信満々でそう言えば、ポカンとする表情を見せた。
それにしても、と思う。
ふわりと揺れる髪や白い肌、綺麗な瞳…それに透き通るような声。
やはり天使だったか、と司は考えながらニッと笑って手を差し出した。
「オレは天馬司だ!覚えておくと良い!」
それにおず、と手が出される。
ぐっと引いてその手を取り、ニコニコと笑いかけた。
天使の小さな口が開かれる。
ほんの少し、馴れない笑顔を…浮かべて。
「…青柳、冬弥…です」
天使が、名を…告げた。



そういえばそんな事もあったなぁと思う。
天使こと、青柳冬弥は当時ピアノの発表会が嫌で反射的に逃げ出してしまったらしく、高いところが苦手なのに塀に登り、降りられなくなっていたそうだ。
怒られる、と怯える冬弥が可哀想で、オレに振り回されたことにすれば良い!と言ったのは記憶に新しい。
それからなんやかんやあって仲良くなり、今では先輩と慕ってくれる、可愛い後輩だ。
「…司先輩」
「…冬弥」
小さく微笑む冬弥がこちらに歩いてくる。
どうしたのかと聞けば何やら本を差し出してきた。
「これは、オレが読みたいと言っていた本か!」
「はい。少し分かりにくい位置にあったので…見つかって良かったです」
ふわりと笑みを浮かべる冬弥に、やはり天使のようだな、と思う。
「…?司先輩?」
「うん、冬弥はオレの天使だな!」
「…?!!」
首を傾げていた目の前の冬弥が、分かりやすいほど真っ赤に染まった。
…何かまずいことを言ってしまったろうか。
「…司くん、存外ジゴロだよねぇ…」
「む、なんだ急に」
呆れたような類に眉を寄せる。
別に?と躱そうとする類を問い詰めようとした…その時。
「…なぁにしてんスか、司センパイ?」
悪魔のような声がする。
ぐぎぎ、と鈍い音が己の首から聞こえる…気がした。
「…彰人…」
「…彰人、先に行っていてくれて良かったのに」
耳をまだ赤く染めたままの冬弥が凄い顔の東雲彰人に言う。
「お前が遅いからだろ」
「…そんなことは」
困ったように言う冬弥とこちらを睨む彰人に、過保護なやつだなぁなど呑気に思っていれば、何故だか類が考えた素振りをし。
「…騎士は悪魔から天使を護るべく、抱え上げ、駆け出したのでした」
「ん?」
「は?」
「え?」
唐突な類のそれに3人ともポカンとしていたが、ほら、なんて言われてしまえば役者としては従うしかなくて。
「…すまん、冬弥!!」
「…っ?!司先輩?!」
ひょいと、抱え上げ、教室を出て廊下を走る。
数秒遅れて廊下に響く彰人の声。
何故こんなことに、なんて思いながら怯える冬弥が可愛いだなんて、不謹慎なことを思った。

後日、様々な噂になることを…全員まだ知らない。

(騎士は随分昔から無自覚に恋をしていた天使を、ただ護りたかっただけなんです!)

頭を撫でられる冬弥の話(冬弥総受け)

普段と変わらない、強いて言えば肌寒さが無い気がする…とある朝。
類は学校への道を一人、黙々と歩いていた。
あまり人がいない通学路に見たことがある後ろ姿を見つける。
「やあ、おはよう。青柳冬弥くん」
声をかけ、にこ、と笑えば振り向いた彼も僅かに頬を緩めた。
「…おはよう御座います、神代先輩」 
「今日は随分急いでいたのかな?寝癖が付いたままだよ」
「…え」
類の指摘に冬弥ははたと固まる。
どうやら気づいていなかったようだ。
小さく笑いながらぴょんと跳ねた濃い髪に手を伸ばす。
…びく、と震える彼を見なかったことにして、その髪を手で押さえつけながら弄び、スッと下へとおろした。
まるで頭を撫でるように。
青鼠色の目を見開く冬弥に笑みを作る。
「フフ、僕が直してあげよう」 
「…。…ありがとう、ございます」
ふわりと笑む彼に、無言の許可を得、類も表情を緩めた。
素直で可愛らしい子だと思う。
さらりとした髪は何度か撫で付ければ元に戻り、こんなものかな、と手を離そうとした…途端だった。
「こらぁ、類!!オレの冬弥に何をしている!!」
渾身の声に振り向けば眉を吊り上げた司が走ってきていて。
「…司せんぱ…?!」
「おや、司くんじゃあないか」
ぐいっと腕を引かれた冬弥が類から離れる。
司に抱き止められた彼は目を白黒させていた。
「…あ、の」
「冬弥、大丈夫か?類に変なことをされていないか?」
「フフ、司くんは存外失礼だよねぇ。僕がそんなことをすると思っているのかい?」
心配そうに冬弥の頭をなでている司に笑いながら言えば司がキッとこちらを見る。
「するだろうが、オレには!」
「だって、司くんだからね」
「理由になっとらんわ!…まったく、可愛い冬弥を類の毒牙に晒す訳にはいかん」
にこっとわざとらしく笑えば司は、そういうところだぞ!と言った。
類にとっては慣れたものだが、冬弥はそうではないようで。
「…司先輩。神代先輩は俺の髪を直してくれていたんです」
「なにっ?!」
「ほら、だからそう言っているだろう?」
困ったように言う彼に大袈裟に驚いてみせる司、そして肩を竦める類の構図が出来上がった。
「それはすまん。…いや、まあ類には前科がだなぁ…!」
「あ、酷いなぁ、司くん。ねぇ、冬弥くんもそう思うだろう?」
くす、と笑いまた彼の頭に手を伸ばす。
「こらっ、どさくさに紛れて冬弥を撫でようとするな!」
「えー、良いじゃないか。君自身はどうだい?」
文句を言う司に意を唱え、冬弥に振れば彼は柔らかく微笑んだ。
「…俺は…幼少期から頭は撫でられたことなかったので…少し、くすぐったいです」
「む、オレは撫でていたぞ?」
「そうですね。…周りの大人に、です」
寂しげに笑む冬弥に類と司は同時に手を伸ばす。
「ならばその分今たっぷりと撫でてやるからな…!」
撫でながら言う司に彼は小さく笑った。
「…ありがとう御座います、司先輩。先輩の手は優しくて…心が暖かくなります」
「僕はどうだい?」
「神代先輩の手は大きくて包み込んでくれて、とても…心地良いです」
類の問いにも素直に答える彼に、嬉しくなって撫で回していればどこからか殺気を感じる。
司も感じたようでキョロキョロと辺りを見回していた。
「…何やってんだよ…」
背後から低い声がする。
振り返れば、彰人がこちらを睨んでいた。
「おや。君は」
「彰人、…何故そんなに怒っているんだ…?」
司のそれに大股で歩いてきた彰人が冬弥の腰を抱く。
「冬弥は!オレの相棒なんスよねぇえ!」
凄みながらきっぱりと言う彰人に、類と司は顔を見合わせた。
さてどうしようかと思っていれば、腕の中の冬弥がこてりと首を傾げる。
「…彰人も、撫でてみたいのか?」
「…はっ?!」
思いもよらぬそれに、彰人が素っ頓狂な声を出した。
だが、彼はそれに気づいた様子もなくほんの少しだけ頭を前に出す。
所謂、撫でられ待ちのポーズに彰人ははぁ、とため息を吐いた。
「…いや、頭撫でるとかなんつーか…対等じゃないだろ…」
「…?」
「なら代わりにオレが…」
「いや、それとこれとは話が別ッスね」
手を伸ばす司にきっぱり言って彰人は躊躇しながらもそっと冬弥の頭に手を乗せる。
僅かに左右動かした手をすぐに下ろした。
だがそれだけでも嬉しかったようで、冬弥の表情は僅かに緩んでいて。
「…彰人の手、だな。安心する」
「…んだそれ」
気恥ずかしそうにふいとそっぽを向く彰人に、類は笑いながらまた冬弥に手を伸ばした。
「じゃあ次は僕の番かな」
「ズルいぞ、類!オレも冬弥を可愛がりたい!」
「アンタらなぁ…!!」
ぎゃーぎゃーと彼を囲んで揉めていれば、中心にいる冬弥が肩を揺らす。
幸せそうに笑う冬弥を見て、まあ良いかと思った。
他の二人もそうなのだろう、呆れてはいるが文句の一つも出てこない。
柔らかい冬弥の笑みが見られるならば…今はそれで!

(いずれは自分が勝つと信じて止まない少年たちの、水面下の攻防はまだまだ続く!)



「あれっ、冬弥くん?類に司先輩に、弟くんも!何楽しそうなことしてんのさ。ボクも混ぜてよ!」
「俺の頭を撫でるだけだが…暁山がやりたいなら、別に」
「「「冬弥(くん)!!!!」」」

お月見ラビット(閑タバ)

うさぎうさぎ
何見て跳ねる?

「おっ、先生!」
ふわふわとした声に振り向くとタバサが何かを抱えて手を振っていた。
「流石の先生も昼も夜も寝っぱなしじゃないんだな」
「タバサはたまに失礼なことを言うのう」
「ふふ、ごめんって」
駆け寄ってきてそう言うタバサに笑顔で返せば、カラカラと機嫌良く笑う。
構わんよ、と言い、ふと彼の頭にある珍しいものが気になった。
「…タバサ。それは何じゃ?」
「ああ、これか?今日は十五夜だからお月見をしようってガーデニアが…」
「そっちではなく、こっちじゃよ」
それ、を手の中のそれと勘違いしたらしいタバサの説明に首を振り、つい、とフードから伸びる耳を引っ張る。
きょとん、としたタバサが、またへにゃりと笑った。
「前に赤の羅針盤で拾ったやつだよ。ガーデニアがさ、どっから聞いてきたのか『お月見にはうさぎだよね!』とか言ってさぁ。被せてくるから仕方なく」
「…断ればよかったのではないかのう…?」
「一緒に被せられたコーディに、『脱いだらタバサにプラントサプライズかけるわ』って脅されたら黙るしかないだろ?」
ふわりと首を傾げるタバサの、被せられたウサギ耳が揺れる。
二人とも脱げば良い話では、と思ったがその考えはないようだ。
…優しいな、と思う。
ラッセルの作り出した…タバサとコーディは。
「なあ、先生。なんでお月見にはうさぎなんだ?確か東の国の伝説だよな」 
首を傾げるタバサに、確か、と空を見上げる。
それは…そう。
昔々の言い伝え。
物語に近い、とある伝承。

『昔、あるところにウサギとキツネとサルがおりました。ある日、疲れ果てて食べ物を乞う老人に出会い、3匹は老人のために食べ物を集めます。サルは木の実を、キツネは魚をとってきましたが、ウサギは一生懸命頑張っても、何も持ってくることができませんでした。そこで悩んだウサギは、「私を食べてください」といって火の中にとびこみ、自分の身を老人に捧げたのです。実は、その老人とは、3匹の行いを試そうとした帝釈天という神様。帝釈天は、そんなウサギを哀れみ、月の中に甦らせて、皆の手本にしたのです。』


「…と、まあ、そういう具合じゃな」
「…へぇ……」
指を立てれば、タバサの口元がひくりと動いた。
飼育員、という立場からすれば創作とはいえあまり良いものでもないのだろう。
「…しかし、なんじゃ、タバサはうさぎに似ておるのう」
「え、今の話してからそれ言う?」
困惑したような表情の彼に笑ってみせる。
「今の話をしたからこそ言うんじゃよ」
「えー…。俺そこまで自分を犠牲にしないぜ?」
「しかし、もし、誰かが困っていれば自分を差し出すじゃろ?」
「うん??」
うさぎ耳を揺らして不思議そうな顔をするタバサに笑って続けた。
「仲間の命か自分の命か。天秤にかけた場合、仲間の方を取るじゃろ。…それに、タバサは美味しそうじゃしのう」
「…うん…??」
混乱しきり、といった様子のタバサの、手に持っていたそれから団子を一つ取り上げた。
「あっ、こら、先生!!」
焦って声を荒らげるタバサの口にそれを放り込む。
綺麗な海色の目がいっぱいに見開かれた。
「…ふっ…」
口付け、中の団子を半分こちらの口に入れ込む。
「ほうら、これで共犯じゃよ、タバサ」
「…。…ちゃっかりしてんなぁ、もう」
そう、悪い顔をして見せればタバサは頬を赤らめながらも特に起こることもなく呆れたように言った。
やはり彼は美味しいな、と思う。
…こうやってすぐ隙を見せてしまうから。
この世界は…ラッセルが作り出したものなのだと言う。
ラッセルが殺した人たちをもとに作り出された世界。
…ラッセルが罪悪感を覚えるよう作り出された世界。
終わりにしたい、とラッセルは言っていた。
だが、それを止めたのは…閑照の方。
(おじいさまを殺せなかったわしに、そんな事出来るはずもなかろうて)
必ず殺すと嘯いて、この世界を維持させている。
何も知らない、哀れな仔うさぎにも似ているタバサを…好きになってしまったから。


月のラビットよ、居るなら如何か叶えておくれ

…わしはの、まだ夢を魅ていたいんじゃよ

ラッセルが創り出した、都合の良い夢とやらを

「先生?」
タバサが首を傾げる。
秋風にうさぎの耳が揺れた。
「タバサ、足元に毛虫が…」
「うわっ?!」
ぴょん、と跳ねる彼の手から団子が零れ落ちそうになる。
慌てるタバサの、くるくる変わる表情が…いつまでも傍にありますように、と…願った。

 
うさぎうさぎ
何見て跳ねる?

(ラッセルが作り出した、赤い月を見て跳ねる)

中秋の黒猫(ザクカイ)

「お月見をしよう」
さて誰が言い出したのか分からないそれは、珍しく全員を巻き込んだ行事となった。
花見もやったのだから、と言われてしまえばまあそうかとも思わなくもなかったが。
「…十五夜はもう少し先ではなかったか…??」
先程伝えそびれたそれを呟いたザクロは小さく溜息を吐く。
確か、十五夜は年に寄って日付が変わるらしいのだ。
今年は10月1日だったような、と思いながらもまあ皆が楽しそうなら良いか、とも思う。
しかし彼はどこに行ったのだろうかと上を見た。
先程からカイコクを探しているのだがまったく見当たらない。
全員で月見を、と言われているのに一体どこへ、と息を吐いた…その時。
「ひっ、うわぁあっ?!」
「…は?!!」
短い悲鳴と共にカイコクが月から降ってくる。
目を見開き、無意識に手を広げた。
「…つー…。…あ、忍霧」
「…重いんだが…?!」
「…お前さんが勝手に俺の下にいんだろうが…っと」
自分より背も高く体重もそれなりにある彼を支えようなんて方が無理で、重く鈍い痛みに文句を言ってやればカイコクはあっさりそう言う。 
よっと、なんて軽くしなやかに立ち上がる彼をブスくれた目で見つめた。
「んで?お前さんは何しに来たんでぇ」
「月見をやると言うから、逃げた貴様を探しに来てやったんだが?」
「…わざわざご苦労なこって」
嫌そうにカイコクが言う。
ザクロを認め、木の上にでもいた彼は逃げようとして足を滑らせたのだろう。
運動神経は良いくせに、と呆れながら…ふと思う。
追いかけられるのは嫌いではある彼だが…はて月見もあまり好きではないのだろうか。
そう思ったのはカイコクはなんだかんだ律儀だからである。
花見もキャンプもイベントも、何のかんの言いそうな割には毎回きちんと出ているのだ。
ザクロが嫌だからと言って逃げたりはしなかったのに。
「…鬼ヶ崎。月見は嫌いか?」
「嫌いつーかまあ…」
言葉を濁す彼をじぃっと見つめれば最初は嫌そうにしていたカイコクがホールドアップの姿勢を取った。
「わーった。…月見にゃ団子だろう」
「…?まあ、定説はそうだな」
「大体は味がねぇ。だから餡子をつける。俺はそれが嫌なんでぇ」
本当に嫌そうな表情の彼に、そんなことで、と言いかけてやめる。
カイコクは甘いものが苦手なのだ。
ザクロとて辛いものは苦手だから、味覚如き、と言えないのである。
代わりに持ってきた魔法瓶を差し出した。
「…?何でぇ」
「開けてみろ」
首を傾げる彼にそう言えば素直に受け取り蓋を開ける。
「…!こりゃあ」
「…。伊奈葉に感謝するんだな。貴様が甘いものは苦手だと知ってわざわざ作ってくれたのだから」
目を見開くカイコクに言ってやり、瓶を取り返してコップ部分にそれを注いだ。
中に入っていたのは白玉入りの豚汁で。
これなら皆さん食べられますよね、と笑っていた彼女は想像に難くなかったのだろう、カイコクも小さく笑う。
「…ここまでされちゃあな」
コップを受け取り、それを口に含んだ。
途端にびくりと肩を震わせる。
「っ」
「どうした?」
「…いや、熱かっただけでぇ。味は美味い」
「そうか」
「伊奈葉ちゃんに礼を言いに行かねぇと…忍霧?」
ふわり、と首を傾げるカイコクをぐい、と引っ張り、マスクを外して口付けた。
「…っ!ふ、ぁ、ん…」
甘いものが嫌いなくせに、いとも簡単に甘くとろける彼が、可愛いな、と思う。
「…は…。…何すんでぇ!」
口を離した途端、キッと睨むカイコクにザクロはマスクを押し上げた。
「火傷をしたようだからな、舐めてやろうかと」
「…お前さん、何処でそんな…」
「さあ、何処だろうな」
呆れた顔のカイコクに含み笑いをしながら言えば彼はムッとした顔をし。
「おわっ!だから重いと…!」
「まだ口の中が熱いんだが?…責任取ってくれるよなぁ?忍霧??」
ザクロを押し倒し、蠱惑的に笑うカイコクに最初は睨んでいたが諦め、再びマスクを下げた。 
こうなれば意地でも退かないだろう。
この可愛らしい黒猫は。

月にはうさぎが定説だが、カイコクはどう見ても猫だ。
自由で優雅で、それでいて甘えべたの。
夜に映える黒猫は、秋の綺麗な月に照らされ…やがて暗闇に解けた。

(その後はどうなったかって?

それは月だけが知っている)

星降る夜に良い事/悪い事(ケンシン・ヒノシン/シン兄バースデー

そういえば、と思い出す。
「?シンヤくーん」
「えっ、あっ、はい」
唐突に止まったシンヤに、不思議に思ったのだろう…更屋敷ヒノキがひらひらと顔の前で手を振った。
そういえばまだ仕事中だったと、はっと我に返り謝ると、ヒノキはいつもの如くへらりと笑う。
「まあね、歩き通しは疲れるよね」
「…いえ、そうではなく」
「?じゃなくて?」
否定するシンヤにヒノキが首を傾げた。
えっと、と前置きをしてからヒノキを見上げた。
「今日、誕生日なんです、俺の」
「へぇ、それはおめでとう」
にこにこと笑いながら頭を撫でてくるヒノキに、兄を感じながら、ありがとう御座います、と言う。
「家では祝ってくれたり?」
「うーん…兄が亡くなる前は…弟も小さかったから盛大にやってくれましたけど、今は…ケーキ食べるくらいですかね…。昔は似顔絵とかくれたんですけど、アンヤ」
「写真あるの?」
「ありますよ、ドヤ顔のやつ」
見せようとした手をぐっと引かれ、シンヤはきょとんとヒノキを見上げた。
「まあそれは後で見せてもらうとして…シンヤくん、お兄さんと悪いことしないかい?」
にっこりとヒノキが笑う。
はあ、と曖昧に頷けば、楽しそうにヒノキが何やら電話をし出した。
自分も親に連絡すべきかと迷っていれば、こっちで上手くやるから大丈夫、とブイサインを送られてしまう。
まあ、良いかと引かれるままに着いていくシンヤはふと、亡くなった兄のことを思い出した。

あれはそう、アンヤが似顔絵をくれた誕生日のこと。

「誕生日おめでとう、シンヤ。…なあ、兄ちゃんと良い事しねぇ?」
「…ケン兄」
真夜中に帰ってきたかと思えば開口一番何を言い出すんだろうかと思いながら差し出された手を困惑した目で見つめる。
「アンヤに怒られるよ…」
「その時はその時だろ」
あっけらかんと言う兄は、何やら大きなバックを持っていた。
それが気にならないと言えば嘘になるが、こんな真夜中に何処か行くのも怒られそうだし、何より弟が泣いてしまうとおろおろしていれば、痺れを切らしたケンヤがぐいと引っ張る。
「…ケン兄!」
「いーからいーから」
ニッと笑う兄には敵わないな、と思いながら渡されたメットを被った。
走るバイクから受ける秋になりたての夜の風は心地良く、思わず目をつぶる。
何処に連れて行かれるのだろうと珍しくわくわくした。
「ほい、到着」
連れて行かれたのは近所の山で。
何をするのだろうと思っていればケンヤはなんとバックからカセットコンロと鍋を取り出した。
「シンヤ、水取って」
「うん」
バックから言われたものを取り出し、ケンヤがそれを鍋に入れる。
あれよあれよと言う間に完成したのは、シンヤの好物、ラーメンであった。
「…ラーメン」
「たまには外で食うのも美味いだろ…素ラーメンだけど」
笑う、ケンヤにこくりと頷く。
珍しく星が見えたその日に、二人きりで食べたラーメンは…特別な味が、した。


懐かしいな、と小さくシンヤは笑う。
あの後帰った二人をアンヤの怒号が出迎え、宥めるのに随分時間がかかったっけ、とほわりと表情を緩めた。
「シンヤくん、どう?」
隣のヒノキが言う。
彼が連れてきたのもラーメン屋だった。
それもよくあるチェーン店ではなく、所謂チャルメラというやつで。
「美味しいです」
「そ、良かった」
微笑むシンヤに、笑いながらヒノキがチャーシューを差し出す。
…まるであの日の兄のように。
「…お誕生日おめでとう、シンヤ君」
へらりと笑う彼にケンヤがちらつき、シンヤは目を細めた。
あの日と同じ、星降る夜に。
秋の夜風がシンヤの黒い髪を撫でた。






「…似てねぇよなぁ……」
「…なんでェ」
ぼそりと言ったそれは目の前の男に聞こえていたようでこてりと首を傾げるから、アンヤは別に、と返した。
同じ大学1年生なのにこうも違うのかと思いながらアンヤは空を見上げる。
そういえば誕生日の実の兄が、どうか幸せでありますようにと…祈りながら。

あわあわ、ふわふわ、とろっとろ(ザクカイ)

ちなみに、いい泡の日は11月8日なので、入れ替え。

「?!!忍霧!忍霧!!」
「?どうした、鬼ヶ崎!」
風呂場から聞こえる、珍しく焦った声にザクロは読んでいた本から顔を上げた。
入浴剤を貰ったから試してみたい、というカイコクを「自分の部屋で試せば良いだろう!」と止めるも一向に聞かず…まあザクロも本気で止める気などは毛頭無く、あわよくば済し崩しにイチャイチャ出来るかも知れないと考えたのが良くなかったのだが…一体どうしたのか。
「大変な事になった!来てくんなぁ!」
「はぁ…?」
返される声は切羽詰まっており、揶揄われている訳ではなさそうだと風呂場に向かう。
「一体何があっ…」
「…悪ぃ…」
しゅんとしたカイコクは、年相応で可愛らしいな、とは思うが、それよりも周りの光景に驚いてしまった。
色付いた水を想像していた浴槽の水が泡だらけだったからである。
「…何を入れたんだ、貴様は…」
「…これ、でぇ…」
はぁ、とあからさまに溜息を吐くザクロにカイコクがそっと手渡してきたそれ。
「…泡風呂の入浴剤じゃないか?これ」
「…へ?」
「泡風呂。知らないのか?泡を浮かせた風呂のことだが…専用の入浴剤があってな。普通の入浴剤と効能に差はない」
きょとんとするカイコクの服を脱がせてやりながらザクロは説明する。
ついでに、自分も服を脱ぎ、シャワーでさっと身を清めた。
「まあ、そうだな。体験してみた方が早いのではないか?」
先に湯船に入り、手招きする。
ぽかんとしていたカイコクがおずおずと立ち上がった。
「…ひっ!」
「うわっ!」
片足を入れたままで躊躇するカイコクを引っ張り込む。
雪崩込んだカイコクとともにどぷんと湯に浸かった。
思ったよりも浅く湯を張っていたらしい。
「何すんでぇ!」
「貴様が遅いのが悪い」
振り仰いで頬を膨らす彼にいけしゃあしゃあとそう言い後ろから抱きしめた。
「…で?どうだ?初の泡風呂は」
「…。…まあ…悪くはねぇ、な」
「それは良かった」
ブスくれながらも風呂自体は気に入ったようで、次第にその表情が蕩けてくる。
「忍霧っ、忍霧っ」
「なんだ、鬼ヶ崎」
上機嫌で手に掬った泡を見せてくる彼に首を傾げた。
「これ、なんだ」
「…泡にしか見えないが…?」
「頭が硬いねぇ、お前さんは」
へにゃりと笑う、珍しい程に機嫌の良いカイコクにザクロも思わず小さく笑う。
「で?何なんだ、それは」
「分かんねぇかい?…キノコでぇ」
「…うん??」
にこにことそう言うカイコクに思わず固まった。
いつもならば「相変わらず芸術センス皆無だな、貴様は!」とでも言ってやるが、今日はいつにも増して上機嫌なのである。
「…そうか。…その…頑張った、な…?」
戸惑いながらもそう言えば、彼は嬉しそうに笑った。
まるで子どものように。
無邪気に、愛らしく。
「次は魚でぇ。…忍霧?」
「あ、あぁ。魚な、魚」
酔っ払ったとてこうはなるまい、と思いながらふとこの入浴剤の香りは何なのかが気になった。
あまり強い香りではないようだが…と思いながら空袋に手を伸ばす。
…と。
「おーしーぎーり!」
「うわっ!…鬼ヶ崎!」
くるん、と振り向いた彼がそのまま抱きついてきた。
シャボンがいくらか舞い上がり、消える。
「…なぁ、今日はシてくんねぇの?」
「…。…風呂ではしない、という約束では?」
こてりと可愛らしく首を傾げるカイコクにそう言ってやれば、彼はムッとした表情になった。
「俺が良いっつったら良いんでぇ!」
「…分かった。後悔しても知らないからな?」
はぁ、と溜息を吐き出し、ゆっくりと口付ける。
パシャリと跳ねた水泡が、溶けて消えた。


「…うー…。忍霧ぃ…水……」
「だから言っただろう。…少し待っていろ」
案の定逆上せたカイコクをベッドに寝かせ、ペットボトルを手に戻ろうとしたザクロは…ゴミ箱から入浴剤の入っていた袋を見つけ香りを確認してからすぐに戻す。
ぐったりした可愛らしい彼に水を持っていってやらねば、とザクロは見えないように笑った。

…猫はマタタビで酔うと言うのは真理だなぁ、等と思いながら。

(風呂好きにゃんこも稀にいるものだ、なんて、言えるはずもないけれど!!)