司冬ワンライ/寒い冬・熱々
「…寒い…」
司ははあ、と白い息を吐きながら、言っても仕方がないことを呟いて空を見上げた。
今日は一段と冷える。
マフラーと手袋、コートを着込んでいるがそれでも寒かった。
早く教室に行こう、と足を速めているとふと後ろから自分を呼ぶ声が聞こえる。
「…先輩、司先輩!」
「…おお、冬弥!」
頬を上気させた冬弥が駆けてきた。
おはようございます、と柔らかく笑う冬弥に司も「おはよう」と挨拶をする。
「今日は寒いな」
「そうですね」
冬弥の隣に並び、当たり障りない会話をしようとした…が。
「…?どうかしましたか?」
首を傾げる冬弥の肩をつかむ。
「?!司先輩?!」
「体を冷やしたらどうする!!!」
「え…?」
驚いた表情の冬弥に司は真剣な表情をし、自分がしていたマフラーを取った。
冬弥はコートくらいで何もつけていなかったのだ。
マフラーも、手袋も、何も。
昔、家族と仲があまり良くなかった時は父親と会いたくないからとコートしか持ってこない時もあったが今はそんなことはないはずである。
…もしや何かあったのだろうか?
「…ありがとうございます」
「まったく…。…で?何故コートだけなんだ?今日は寒いと言っていただろう」
「いえ…。…実は昨日新刊の小説を読んでいて就寝が遅くなってしまって…。母さんからも寒いからと言われたんですがバタバタしたので忘れてしまったようです」
冬弥が照れたように言った。
なんだ、と司も安心する。
「司先輩は寒くありませんか?」
「ん?なあに、冬弥が寒くないことのほうが大事だろう?…それに」
手袋を片方つけさせ、何もつけていない手を握ってから自分のポケットに入れた。
「こうしていれば寒い朝も暖かいからな!」
司は冬弥に笑いかける。
冬弥も頬を染めて、はい、と頷いた。
寒い冬も、二人でいれば暖かい!!!
「あははっ、相変わらず天馬先輩と冬弥は熱々だなあ!」
「司はともかく青柳君まで…。…あ、白石さん、マフラーずれてるよ」
しほはる
「…はぁ」
その少女は何度目かのため息を吐く。
今日は1月7日。
特に取り立てて重要な日ではない(七草粥を食べる日だよ!と言っていた気もするが)、はずなのだけれど。
「…何かしたかな」
少女、志歩は小さく言葉を零す。
考えるだけ無駄なのだろうかとまた息を吐きかけたその時だった。
「…あの、どうか…したの?」
誰かがおずおずと声をかけてくる。
振り向けば若草色の綺麗な髪を揺らした少女が困ったようにこちらを見つめていた。
「…あ…草薙さん」
「…こっ、こんにちは、日野森さん。何か…悩みごと?」
そこにいたのは寧々だ。
わざわざ声をかけてくれたということは、きっと思っている以上に志歩は深刻そうな顔をしていたのだろう。
「…ああ…。…ちょっと、ね」
「…。…悩みなら、聞くよ…?解決出来なくても、話すだけで気分が変わるかもしれないし」
「…!ありがとう、草薙さん」
あわあわとそう言ってくれる寧々に、志歩はそう礼を述べた。
それから、道の端に彼女を寄せる。
寧々なら大丈夫だろう、という信頼が何故かあった。
「じゃあ、ちょっと…聞いてくれる?」
「…えっ、桐谷さんに避けられてる?」
自販機から出てきたホットミルクティーを手渡しながら言えば、寧々は目を丸くして復唱した。
「…」
「…っ、あ、ごめん」
気まずくなってふいと目線を逸らせば彼女は慌てて謝る。
それから、うーんと上を向いた。
「日野森さんには心当たりないんだよね?なら…」
少し悩んでから彼女は、「サプライズかも」と言う。
「…サプライズ?」
「うん。前に白石さんにサプライズされた時、すっごく避けられたから」
「白石さんに?ちょっと意外かも」
「まあ…。…理由を聞いたらバレたら困るからって。えむも、そういうの計画してるとすぐ顔に出ちゃうからなるべく会わないようになるよ。だから逆にバレるんだけど」
「ああ…。…咲希もそうだな…。…でも、桐谷さんはあんまりそういうの顔に出ない感じあるんだけど…」
くすくす笑いながら、いつも余裕たっぷりな遥を思い浮かべた。
お正月配信の大富豪企画で、涼しい顔をして革命を起こしていたのは記憶に新しい。
「だからこそ、失敗するわけにはいかないって思って、避けてるとか」
「なるほど…?」
「日野森さんも、鋭そうだもんね」
「それは…どうかな…」
くすくす笑う寧々に志歩は曖昧な笑みを浮かべた。
「…ミルクティーありがとう、日野森さん。お礼に、はい」
「いや、話を聞いてもらうお礼だから…えっ、何これ」
何かを取り出した寧々は戸惑う志歩にそれを渡す。
小さな手紙にぽかんとしていれば、「ちゃんと、渡したからね」と彼女は言った。
封を開ければ見慣れた文字が出てくる。
やられた、と頭を掻いた。
恐らく、どこかで待っている遥を、掴まえるべく、志歩は駆け出す。
「…っ、うそ…っ?!」
「つかまえた!」
翻る青い髪の少女の腕を掴み、自分の方に引き込んだ。
「…ひ、日野森さ…っ!」
「逃さないからね、桐谷さん」
驚く彼女に笑いかける。
手紙から滑り落ち、志歩の手に収まっていたフェニーくんの記念日限定アクリルキーホルダーがきらりと光った。
「手紙じゃなくて目を見て言ってほしいんだけど」
「だって、まだ1日早いし…」
「いいじゃん。…何回言われても嬉しいよ」
志歩のそれに遥は目を見張る。
それから。
ふふ、と笑った彼女は、ぎゅっと抱きついてきた。
大切な、言葉を添えて。
「誕生日おめでとう、日野森さん!」
明日は志歩の誕生日!
大好きな人と迎える、素晴らしい日!
「いやぁ、ラブラブだなぁ…」
「!白石さん、いつからそこに……」
「んふふ、まあ親友が悩んでたから、ついねー…」
「もう…。…仲良しって、良いよね」
司冬ワンライ/七草粥・健康
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ
これぞ七草
「…よし、材料は揃ったな!」
「はい!」
「では、飛び切りの七草粥を作ろうではないか!!」
司が指揮を取れば、隣にいた冬弥が嬉しそうに頷いた。
「…粥、ということは水と米を共に炊けば良いと思うのだが…」
「恐らくは、そうですね…?」
「だが、味がせんのはなぁ…。咲希も粥はあまり好きではないし、せめて美味しく食べてほしいだろう?」
うぅん、と悩む司に冬弥が優しく微笑む。
妹である咲希は小さい頃から病弱で、そうなれば食事は粥がほぼだったのだ。
それを思い出すからだろう、あまり粥は好きではないようだった。
「…よし、冬弥は中華系か和風かどちらが良い?」
「…そう、ですね。七草に合うのは和風でしょうか」
「ふむ。では和風にするか」
そう言いながら、顆粒出汁とめんつゆを取り出す。
あまり入れ過ぎるのは失敗の元だが…少しなら良いだろう。
「冬弥、まな板を取ってくれ」
「はい」
粥を作る準備を二人で着々と揃えていく。
冬弥も去年色々とやってきたからだろう、楽しそうに調理を進めていった。
「…ん、冬弥。お前も味見してくれ」
「…!はい」
ほら、と少し掬ってからスプーンを冬弥の方に差し出す。
小さく口を開けた冬弥がそれを口に含もうとし…。
「っ!」
「どうした?!大丈夫か?」
びくっと体を跳ねさせる。
慌ててそう聞いて口を開けさせた。
「少し火傷をしたか…すまん」
「いっ、いえ…」
頬を染める冬弥に謝れば彼はパタパタと手を振る。
どうしたのかと問えば、小さな声で「…キス、されるかと思いました」と告げた。
目を丸くした司はふは、と笑う。
それから。
「流石に不意打ちではしないぞ?」
くしゃりと彼の頭を撫でる。
ますます顔を赤くする冬弥を、可愛いな、と思った。
きっとこの年も、健康で素晴らしい年になるだろう。
(愛おしい彼が、傍にいてくれるから!)
ミクルカの日
「…セェエエフ!!!!」
ドタドタと走り込んできたミク姉ぇがおれ達の前でセーフポーズを作る。
「いや、アウトだろ」
「うーん、セーフ寄りのアウトかなぁ」
「兄さんは甘すぎるって。がっつりアウト」
困ったように笑う兄さんにおれは言う。
つーか巻き込ミクルカすんなっての。
「大丈夫大丈夫、本人がアウトじゃなければセーフセーフ」
「何その理論」
「あはは。なら、セーフかもしれないね」
ミク姉ぇの言葉に嫌な顔すれば兄さんがふわふわと笑った。
二人してきょとんとすれば兄さんはあっけらかんと言う。
「だって…ルカちゃん、今衣装の調整中だからね」
「マスターの嘘つきぃい…!」
ミク姉ぇがじたじたと足をばたつかせる。
それはマスターに言ってほしいし、衣装担当はマスターじゃない…まあ良いか。
おれが何言っても聞かんしな。
「ところで、何の衣装の調整してんの?」
「さぁ?…でも、今年っぽい衣装にしたって言ってたよ」
「今年っぽいって何。料理?」
「それは雪ミクの話じゃないかな…」
兄さんのそれにもミク姉ぇは見向きもしない。
「…カイト兄様、お待たせいたしました」
ふと柔らかな声に振り向けば衣装を着たままのルカ姉ぇが…。
…ルカ姉ぇ、だよな?
「はぁい、すぐ行くね」
「宜しくお願いします、カイト兄様」
「こちらこそ宜しく」
「いやいやいや待ってルカ姉ぇ!!ミク姉ぇもいつまでも拗ねてないでルカ姉ぇ見て!!」
穏やかに進行しそうになってた会話を必死で止める。
つぅか何、それ。
「もー、何レンくん、初音さんはテンションだだ下がり中なんで、す…けど…」
やる気なしモードでおれが指す方を見たミク姉ぇが止まった。
「…ルカ、ちゃん?」
「はい。ルカですわ」
「今年っぽいって言ってたけど、頑張ったんだねぇ」
「ええ。カイト兄様の衣装はまだ迷っておられましたわ」
「そっか、じゃあ早く行かないと…」
固まるミク姉ぇを置いてうちの癒し系たちはそんな話をし出す。
何??兄さんも着るの??
それを?!
「…ねぇ、それ…龍?」
「はい!今年は辰年ですから」
にこにことルカ姉ぇが言う。
ミク姉ぇは大きく息を吐きだしてからルカ姉ぇの肩をがしりと掴んだ。
「私が着る」
「…え?」
「私が、龍着る」
真剣な目をするミク姉ぇ…いや、まあ、気持ちは分かる。
だって、ほぼ肌だもんなぁ…。
角と、尻尾と…ミニ和服(よく分かんねぇけど)で後は何もなし。
何も、なし。
「け、けれど、私用に採寸してしまって…きゃあ?!」
「ルカちゃん、私ねぇ……ちょっとそろそろ限界なんだぁ…」
にっこりとミク姉ぇが笑って慌てるルカ姉ぇを抱き上げる。
やぁ、目が笑ってないですよー、ミク姉ぇ。
「お兄ちゃん、ちょっとルカちゃん借りるね」
「…ほ、程々にね…?」
兄さんが困ったように言う。
これは指図め生贄の人間に一目惚れされた挙句美味しく頂かれる美しい龍、って感じなんだろうか。
「んじゃまあ、おれ達も行くか」
ミク姉ぇとルカ姉ぇが消えた先を見送ってから立ち上がる。
きょとんとする兄さんにおれは笑みを向けた。
「ルカ姉ぇは龍狩りに合ったって、伝えにさ」
美しい龍は狩られる運命に合うのだそうです。
その後どうなったかは、ミクルカの日をとうに過ぎたニ人しか知らぬこと!
「ってかあの衣装、本来はどういうコンセプトなん?」
「龍と人間の曲か、龍騎士と龍の曲か迷ってとりあえず龍を作ってみたんだって」
「…とりあえず作るにしてはおかしいけどな…」
司冬ワンライ/大晦日・来年も笑顔で
今日は大晦日だ。
年末に人々は忙しそうに道を歩いている。
それを見て司は、やはり年末だなぁと思うのだ。
司はと言えばもうショーの稽古も終わり、のんびりと家路についていた。
部屋の掃除は前日までに済ませてあるし、後は年を越すだけである。
「…っと、大事なことを忘れていた」
スマホを取り出し、ある人のアドレスをタップした。
だが、文章よりは電話の方が早いか、と電話帳アプリを開き直す。
『…もしもし?』
少しのコール音の後、聞き慣れた声が耳に入って来た。
「もしもし、忙しい時間にすまん。今少し良いか…?」
「司先輩!」
数分後、息を切らして電話の主、冬弥がやってくる。
「冬弥!…すまん、呼び出してしまって」
「いえ、俺も先輩に会いたかったので…」
「そうか!嬉しいことを言ってくれる」
ふわりと表情を緩める冬弥に、司も笑った。
「…それで、どうしたんですか?」
「いや、何、大晦日だからな。今年の内に直接言葉を交わしたかったんだ」
「…!」
目を見開いた冬弥が嬉しそうに表情を綻ばせた。
とても嬉しいです、と、そう言って。
「今年もありがとう。来年もよろしくな、冬弥」
「こちらこそよろしくお願いします。司先輩」
挨拶を交わす。
いつも通りの、だが特別なそれ。
どちらからともなくキスをする。
触れるだけの軽いものだが、やはり幸せだった。
冬弥もそう思ってくれているだろうか。
「…ふふ」
「冬弥?」
「…いえ。やはり司先輩は俺を笑顔にさせてくれる、と」
彼が目尻を下げる。
それを聞いて嬉しくなった。
ぎゅっと冬弥の手を握る。
「もちろんだ!来年も、再来年も、ずっとずっと冬弥を笑顔にすると約束しよう!!!」
寒空に響く司の声。
もうすぐ、年が変わる…。
レン誕生日
「…え?大人のデートがしたい?」
きょとりとするカイトにレンはこくこくと頷いた。
今日はレンの誕生日だ。
カイトが何でも叶えてあげる、なんて言うものだから、思わずそう言ったのだ。
「デートじゃなくて?」
「大人の、ってのが大事だろ」
「…うーん、それがよく分からないんだけど…大人のって…?」
「言っとくけど、おれ、大人だからな」
首を傾げる可愛い兄にレンは真面目な顔で告げる。
「設定年齢は14歳でしょう?」
「設定年齢はな。稼働年齢も入れたら大人」
「…それ言っちゃうと俺は…」
「言っちゃわなくて良いから!おれはそういう話をしたい訳じゃないから!」
くすくすと笑うカイトに慌てて遮った。
そうやってはぐらかされるのは分かりきっている。
今年はきちんと約束をしてもらわなければ。
「…分かった分かった。でもすぐは難しいから…うーん、大晦日で良いかな?」
「えっ、逆に良いの?大晦日」
カイトの提案に思わず目を丸くしてしまった。
大晦日といえば家族で過ごすことが定説だ。
レンたちもご他聞にもれず今まではマスターたち家族と過ごしてきた。
「今年最後は女子の曲を録るから年越せるまでに帰れるか分からないって言ってたよ」
「…相変わらずだな」
兄の言葉にレンは呆れる。
ボーカロイドなのだから歌えることは喜びだがこんな年末まで作業していると不満が出そうな気がするが…。
「その分お正月休みが長めなんだって。…あ、三が日終わったら男子の曲録るから準備しとけって言ってたよ」
「…三が日は休みな事に喜ぶべきなのか…?」
引き気味のレンにカイトがくすくすと笑う。
青い髪がさらりと揺れた。
「それで、良いかな?大晦日に大人のデート」
「もちろん!!」
その言葉にレンはすぐに頷く。
こんなチャンスはめったにないのだ。
「約束だからな、大人のデート!!」
そして、当日。
「大人の、デート…?」
カイトが首を傾げる。
しょうがないじゃん!とレンが吠えた。
最初は高級レストランを予約しようと思った…のだけれど。
「めっっちゃ弊害あった」
「ああ…まあ…」
ため息を吐き出して机に突っ伏すレンに苦笑しながらカイトが頭をなでてくれる。
ここはよく行くファミリーレストランだ。
…大晦日でもやっている。
逆に大晦日なのに営業しているんだなぁと感心しきりだ。
…そう、レンの見た目の年齢で拒否される前に大晦日だからどこもそんなに遅くまで営業していないのである。
「高級レストランでご飯食べて観覧車乗って年越しする街を一緒に見ようと思ったのにぃい…!」
「レンの大人のイメージがちょっと分からなくなってきたかも…?」
頭を抱えるレンにカイトが少し首を傾けた。
「…大人とか言うからホテルにでも行くのかと思ったのに」
「……ん?!」
小さな声にレンはがばっと顔を上げる。
今、この兄はなんと??
「良いの?!」
「まあ、誕生日プレゼントだからねぇ」
勢い良く聞くレンに、へにゃりと笑うカイトの耳が赤い。
まさか、そんな事を許してくれるだなんて。
「…毎日が誕生日なら良いのに…」
「調子乗らないの」
くすくすと笑うカイトの手にキスをする。
いつもならするりと逃げてしまうのに今日は逃げなかった。
期間限定の誕生日プレゼント。
大切に、大切にゆっくり暴いていこうと、思った。
「起きたらそのまま初詣行こうか、レン」
「そうだな…。…兄さんが起きれたら、な」
しほはるワンライ・いたずらっ子/意地悪
思えば遥はサプライズすることが多かった。
そう思ったのは飼育委員での一件の後で。
1年の終わりだって何やら楽しそうに企画していたし、こういうのは好きなのだろう。
…案外いたずら好きと言った時だって否定はしなかったし。
「…まあ、やられてばっかりって訳にもいかないけどね」
志歩は小さく笑みを浮かべる。
「…日野森さんの意地悪」
少し不服そうに彼女が頬を膨らませる。
可愛いな、と思いながら「ごめん」と告げた。
「でも、珍しい桐谷さんが見れて、私は嬉しかったよ」
ザクロ誕生日
「…何をやっているんだ?貴様は」
膝を付いていたカイコクを見つけたザクロはきょとんとしながら彼に手を差し出した。
「…いや、別に」
言葉少なにザクロのそれを取ったカイコクは立ち上がる。
「…お前さんの手は、冷たくねェな」
小さな声にザクロは何を言っているんだかと呆れてしまった。
「当たり前だろう。…俺は生きているのだから」
「…そういう事じゃねェんだが」
くすくすとカイコクが笑う。
赤い飾り紐が耳の横でふわりと揺れた。
「…それで?」
「?」
「こんな所で何をしていたんだ」
「…え」
ザクロの質問に彼が心底意外そうな顔をする。
何かそんなおかしな質問をしただろうか。
「月が…見えて……それから」
「?それから?」
ゆっくりと何かを思い出すようなそれにザクロも手伝ってやる。
「…。…忍霧を思い出した」
「…俺を?」
「ああ。…正確にはお前さんの誕生日、だな。去年祝った時も同じような淡い月をしていた、ただそれだけでェ」
カイコクが目を細めた。
優しい表情に、ザクロは、そうか、とだけ言った。
彼の方が余程淡い月と同じような存在のくせに。
「忍霧は冬生まれだろう?」
「そうだな。鬼ヶ崎も冬生まれだ」
「…ああ。…この世界に夏は来るのかねェ」
独り言とも、ザクロに語りかけるとも違う言葉に、ザクロはその手を引いた。
笑い飛ばすことも出来ない疑問に、答えるために。
「?忍霧?」
「夏が来ると言い切ることは難しい。此処はエリア毎に四季があるからな。…だが、朝は来るだろう」
「…!」
カイコクが目を見開く。
その、黒い瞳にザクロは自身を映した。
「朝が来ないままで息はできない。…そう思うなら、息をしている俺に朝が来てからおめでとうを伝えてくれないか」
「…お前さん、ちゃっかり俺から祝いの言葉を引き出そうとしてんな?」
「そっ、んな…まあ、考えがなかった訳ではなかったが」
「正直モンだねェ、忍霧は」
しどろもどろになるザクロに、可笑しそうに黒髪を揺らすカイコクは綺麗な目尻に浮かんだそれを拭いまあ良いかと笑う。
「お前さんが生まれてきてくれたことに対して、何かしらの言葉は必要だわな」
「…っ、鬼ヶ崎!」
「朝焼けを、見せてくんなァ」
ふふ、と意地悪く笑う彼の、素直ではないハッピーバースデーに。
ザクロはああ、と頷いた。
窓から見えるクリスマスツリー。
そこに飾られるイルミネーションは滲んだ星のようにも、淡い蛍のようにも見えた。
繋いだ手に口付ける。
一等綺麗な朝焼けの約束を込めて。
(ザクロへの誕生日プレゼントは、普段隙がない彼が、弱みを見せてくれる事)
淡い月に見とれてしまうから
暗い足元も見えずに
転んだことに気がつけないまま
遠い夜の星が滲む
したいことが見つけられないから
急いだ振り 俯くまま
転んだ後に笑われてるのも
気づかない振りをするのだ
形のない歌で朝を描いたまま
浅い浅い夏の向こうに
冷たくない君の手のひらが見えた
淡い空 明けの蛍
自分がただの染みに見えるほど
嫌いなものが増えたので
地球の裏側へ飛びたいのだ
無人の駅に届くまで
昨日の僕に出会うまで
胸が痛いから下を向くたびに
君がまた遠くを征くんだ
夢を見たい僕らを汚せ
さらば 昨日夜に咲く火の花
水に映る花を見ていた
水に霞む月を見ていたから
夏が来ないままの空を描いたなら
君は僕を笑うだろうか
明け方の夢 浮かぶ月が見えた空
朝が来ないままで息が出来たなら
遠い遠い夏の向こうへ
冷たくない君の手のひらが見えた
淡い朝焼けの夜空
夏がこないままの街を今
あぁ 藍の色 夜明けと蛍
司冬ワンライ・聖なる夜/プレゼント
今日はクリスマスイブだ。
「急がねば…!」
そんな中、慌てたように駆けて行く人物が一人。
人混みをかき分け、司は焦っていた。
プレゼント選びに時間をかけ過ぎて冬弥との待ち合わせ時間まで迫っていたのである。
普段ならばもっと前から選んでいるのだが、それをすると当日までにもっと良いものが出てきてしまいプレゼントが山のように増えてしまうという悩みがあったのだ。
別にそれでも良いが流石に三つも四つも貰っては困るだろう。
冬弥も、気持ちはわかる、と言っていたので今年はお互い当日に決めようということになった訳だ。
だが、時間をかけすぎたかもしれない。
「冬弥!」
「…!司先輩!」
案の定既に待っていた冬弥がふわ、と表情を和らげた。
「すまん、随分待たせてしまった」
「そんなこと…」
「…ほら、頬が冷たい」
笑みを浮かべて否定しようとする冬弥の頬を手袋を外したそれで挟む。
驚いた顔をした冬弥が嬉しそうに笑った。
「…先輩に隠し事は出来ないですね」
「当たり前だろう!…オレは冬弥の先輩であり恋人なのだからな」
優しく頭を撫で、そのまま手をつなぐ。
聖なる夜に、こうして二人で笑い合えることこそが、一番のクリスマスプレゼントだなぁ、と思った。
雪も溶かすほどに、熱い聖なる夜を貴方と。
プレゼントの中身は…貰った本人だけが知っている。