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泣かないでマイハニー!(ザクカイ)
その日は朝から妙だとは思った。 カイコクがなかなか起きてこないのは普段通りだとして、起きてきてもいつも着けている鬼の面を忘れてくるし、どこかフラフラしているし、何でもない段差で躓いているし、大丈夫かとザクロが声をかけても生返事をするばかりで。 面を取りに行くと言ってからもう30分は過ぎているのに一向に帰ってくる様相を見せないカイコクに、流石にイライラした。 様子を見に行こうと立ち上がった直後、彼が姿を現す。 「遅い!また貴様は人に迷惑をかけて!今日は特にゲームがないからだなぁ…!」 思い切り叱りつけこのまま説教してやろうと思うも、ふといつものへらへらした様子や、煽ってくる言葉がないから不思議に思ってカイコクを見上げた。 普段なら「俺が何したって言うんでぇ?ん?何か証拠は?」くらいは煽られるのに。 だから、ただただ驚いたのだ。 カイコクが、ポロポロと涙を溢しているだなんて。 「?!!な、何も泣くことはないだろう!」 「…は、ぅ…ぇ…?」 目を見開き、思わず指を差すザクロに、カイコクはきょとんとした。 「あ、れ…なんで、俺ァ…」 「良いから泣き止め、鬼ヶ崎!!このままでは…!」 「…このままでは、何でしょうか」 流れる涙に、自身も混乱しているのだろう、助けを求めるように見るカイコクにザクロは焦ったように声をかける。 そんなザクロの背を、とん、と叩いたのはヒミコであった。 手にはいつもの閃光弾が握られている。 「い、伊奈葉…?!」 「忍霧さん。どうして鬼ヶ崎さんが泣いているか聞かせてもらっても良いかしら?」 「さ、更屋敷まで…」 にっこりと笑むカリンに、ザクロは引き攣った表情を見せた。 縋るように少し離れたところにいるユズへと目線を送る。 「諦めるにゃ、ザッくん。…ボクも今日はカイさんの味方だしね」 静かにユズが笑った。 ホワイトパズル以降、カイコクを庇護対象としているのはザクロだけではなかったらしい。 「忍霧さん、鬼ヶ崎さんを泣かせましたね……」 「どういうことか説明してください…?」 「ま、待て、落ち着け、伊奈葉!更屋敷!」 普段なら、またやってるーとザクロとカイコクのやり取りを見ているだけの女子たちが揃ってカイコクの味方になるとは、途方に暮れてしまった。 その腕がぐいと引かれる。 「テメー何したんだよ!」 「おっ、俺は何も!」 引っ張られた先にはアンヤがいて、ひそひそと焦った様子で聞いてくるから、ザクロも同じように答えた。 少し向こうではホロホロと未だに涙を流すカイコクの頭をマキノが撫で、アカツキが優しくもてなしている。 あちらは任せていて大丈夫だろうとアンヤに向き直った。 「何もしてねぇなら泣いたりしねぇんだよ!」 「そうだが!本当に俺は何もしていないんだ!」 「いいか?!相手が泣いたらこっちは悪くなくても取り敢えずごめんなさい、だ!ケン兄もそう言ってた!」 「受け売りか!」 「ケン兄は彼女持ちだったんだぞ?!方法としては有りだろうが!」 「な、なるほど…?」 普段の言い合いに発展しそうになったが、確信を突かれ、ザクロは思わず納得する。 「…あの、鬼ヶ崎。すまない、俺が悪かった」 「…べ、つに…お前さんは…悪く、ねぇ…だろ…」 謝るザクロに、ぐす、とカイコクが鼻をすすった。 「まあ、何が悪いか理解してないのに謝られても、というのはありますよね」 「ああ、それはシン兄も言ってた。反省しないのは腹立つって」 「おい、貴様!!」 しれっとアカツキに言うアンヤに思わず怒鳴る。 びくっと目の前の彼が震え、女子の怒りボルテージが更に上がった…ような気がした。 「……ザクロくん、カイコッくん………ぎゅって…したげて……」 「わ、分かった!!」 マキノのそれに頷き、ザクロはカイコクを抱き寄せる。 「…!」 「悪かった!…その、頼むから泣かないでくれないか…?」 「お、れだって…泣きたくて泣いてる、わけじゃ…!」 「…。…カイさん、今日は休み給え」 幼子のように声をつまらせるカイコクにほとほと困っていれば、ユズがそんなことを言った。 「体調が悪い時は、叱責されただけで心のバランスが崩壊するものさ。…何、半日休めば回復するだろう。ザッくん、カイさんを頼むぜ?」 「あ、あぁ」 笑顔のユズがまだ納得のいっていないメンバーを連れて外に出る。 「…鬼ヶ崎、体調が悪かったのか」 「…分かん、ねぇ。だが、何時もより身体が動かねぇんだ」 静かに涙を溢すカイコクは、どうやら自身が体調が悪い事に気がついていないらしかった。 「…。…茶でも飲むか?淹れてきてやるから、座って待って…鬼ヶ崎?」 ソファに座らせ、歩きだそうとしたザクロの袖がくん、と引っ張られる。 ふるふると首を振り、ここにいろと言外に伝えるカイコクに、小さく息を吐いた。 「…。…わかった。ここに居てやるから」 「…ん…」 涙を拭ってやり、優しくそう言えばカイコクはようやっと微かに頷く。 普段からこうなら可愛いのに、とザクロはそっとその黒髪を撫でた。
その数時間後、そのまま寝落ちてしまった二人が見つかるのは…部屋にいたパカメラだけが知っている。
行事に託つけていちゃいちゃしたい年下彼氏との攻防(ザクカイ)
「忍霧っ」 にこにことカイコクが嬉しそうにザクロの元へ寄ってきた。 彼はあまり感情を表に出す方ではないから、珍しいな、と思いながらも「どうした」と尋ねる。 「今日は節分でぇ」 「節分…そんなに喜ぶ行事だったか……?」 カイコクのそれに、ああ、とは思うもののやはり彼がご機嫌になる理由が分からなくてザクロは首を傾げた。 途端、キョトン、と黒曜石に似た瞳を瞬かせる。 「鰯が食えるんだぜ?後、巻き寿司だがあれも立派な寿司だ。それに、鬼を退治する伝統もある。バレンタインやクリスマスなんかより余程楽しい行事だと俺は思うがねぇ」 ふわふわと幸せそうに笑うカイコクに、ようやっと合点がいった。 甘い物が苦手で、親戚とのあれそれが煩わしいカイコクにとっては好物も食べることが出来て自分の名を存分に発揮できるそれは楽しいものなのだろう。 「…悪かったな、クリスマス生まれで」 「…。悪ぃとは言ってねぇだろ?俺ァ親戚に会うのが面倒なだけで忍霧が生まれた日を否定する気はねぇぜ」 少しばかり拗ねて見せれば綺麗な目を見開かせてからくすくすと笑い、頭を撫でてきた。 上機嫌なあまり、子ども扱いしてしまっているのに気づいていないらしい。 止めろ、と払いのけてもまだにこにことしていた。 「カイさんはー、節分生まれなんだよにゃー?」 「おっ、よく知ってるな、路々さん」 「…は…?」 通りすがりのユズがにこにこしながらそんな事を言っていて、思わず固まる。 「…誕生日プレゼント…あげる……」 「悪いねぇ、逢河」 「マキマキー、それ、節分用の豆じゃないのかい?」 「…違う……お魚ミックス……」 「あははっ、随分安上がりだなぁ!」 「俺は嬉しいから構わねぇぜ?」 夕飯にと起こされたのだろうマキノがカイコクの手に握らせ、その中身を見たユズが楽しそうに笑った。 「カイさんは魚が好きだなぁ。猫みたいだ」 「おぅ。…あ、伊奈葉ちゃんがな、鰯のフルコースを作ってくれるって…」 「貴様っ、今日が誕生日なのか?!」 嬉しそうに今日のメニューを二人に言うカイコクの手を握り、ザクロはそれを遮る。 握られたそれを見つめ、彼が不思議そうに首を傾げた。 「そうだが…?」 「何故言わないんだっ!!」 「…必要性ないだろ…??」 戸惑ったように言うカイコクは、去り行くユズの「早く終わらせ給えよ!」というそれにひらりと手を振る。 「鬼ヶ崎、貴様俺の誕生日は言ってくれれば良いとか言ったくせに」 「そりゃあまあ、あれだ、プレゼント…やりたかったし」 じっとりと見つめれば、彼はふいと顔を反らせた。 その耳が少し赤いから、ザクロはほんの少しだけ溜飲を下げる。 「俺も鬼ヶ崎にプレゼントやりたいんだが」 「そりゃあどうも。…と、言っても物欲は特にねぇし…俺ァいつも忍霧からは貰ってるしな」 「そうか…ん?!!」 カイコクのそれを一瞬スルーしそうになってがばっと顔を上げる。 …今、なんと? 「…だからっ、忍霧はいつも俺に…くれる、から!俺もだなぁ…!」 恥ずかしいことを言わせるなと言うカイコクの手をぎゅっと握った。 握っておかなければ彼は逃げてしまうから。 「…俺が、貴様に…何を渡したというんだ?」 「……聞くのかい、それを」 「…分からないからな」 「意地悪だねぇ…」 「何とでも」 くすくすと笑うと、カイコクも小さく笑った。 「…お前さんは、俺の欲しいものをくれる。…いつだってな」 「それが何かを聞いているんだが?」 「色々、ってことにしといてくんなァ」 「なんだそれは」 綺麗に微笑む彼が、それ以上は言わないと言外に伝えるから、まあ良いか、とザクロは手を離す。 …後で…じっくり聞けば良いのだし。 「あ」 「ん?」 ある事を思い出し、声を上げるザクロにカイコクが首を傾げた。 「鬼ヶ崎、少し良いか」 「構わねぇけど…?」 疑問符を浮かべながらもカイコクはザクロに付いてきてくれる。 信頼しているのは有り難いが…こんなにチョロくて大丈夫だろうか。 「…外?」 「すぐ済むから」 ゲノムタワーの玄関を出てすぐの生け垣に行き、ザクロはそこに置いていたものをそっと取り上げた。 「こりゃあ…」 「ヒイラギの冠だ。…ヒイラギは鬼から、魔の物から守ってくれる。貴様は鬼を斬るんだろう?だったら、俺に貴様を護らせてくれ」 「…!おし、ぎり」 驚いたように目を見開き、それから綺麗に笑う。 「…ああ、よろしく頼む」 「!ああ!!」 目をつぶり、少し屈んだカイコクに、ザクロはそっと冠を被せた。 まるで…戴冠式のようだ、なんて。 彼はきっと自分を犠牲にして鬼から皆を守るのだろう。 ヒイラギの冠を被ったカイコクは、圧倒的に美しく、気高くて。 そんな彼を護る事が出来るのは…幸福だな、と思った。 「誕生日おめでとう、鬼ヶ崎」 「…今かい?…ありがとな、忍霧」 綺麗で美しい彼が、いつまでも自分の隣で幸せで居てくれたら良い、とザクロは笑う。
「それで、プレゼントは夜で良いか?」 「?まだあんのかい?そりゃあ有り難てぇが…」 (小首を傾げたカイコクが、プレゼント、の意味を知るのは…数時間後のお話)
ハッピーバースデイ、愛しの可愛い妹様!(ルカ総受け、ちょっぴりレンカイ)
「「「さーいしょーはグー!」」」 部屋の中に声が響く。 それをくすくす笑ってみているのはルカだった。 「…何してんの?ルカ姉ぇ」 「…レン兄様」 怪訝そうな表情で声をかけるレンにルカは困った顔をする。 「お姉様たちが私のお誕生日をお祝いをしてくださるそうなのですけれど…誰が一番に祝うかで揉めていて…」 「あー…恒例行事になりつつあるよな……」 その返答に呆れつつレンがじゃんけんをしている、MEIKO、ミク、リンを見やった。 「つか、大変なのはルカ姉ぇじゃん」 良いのかよ、とレンが見上げれば、ルカはまた穏和に微笑む。 「…私は…MEIKO姉様もミク姉様もリン姉様も大好きです。そんな大好きな方たちから愛を受けることに負担も不満もありませんわ。寧ろ、嬉しいんです」 「そ?なら良いんだけど」 レンのそれに、ルカは、はい、と笑んだ。 じゃんけんはとうに終わり、「年下に譲ってよぅ!」「そーだよ!私、電子の歌姫だよ?!」「公平にじゃんけんで決めたんだから文句言わないでよ!大体、私は今年15周年なのよ?!」「それ持ち出すのずるーい!リンだってねぇー…!」という口論に取って代わっている。 「…あれ、終わんの?」 「…さあ……?」 呆れ返ったレンにルカが首を傾げた。 ちなみに彼女らのあのやり取りは今ので3回めである。 「まー、いいや。ほい、ルカ姉ぇ、誕生日おめでと」 「まあ、ありがとうございます、レン兄様」 差し出される白い袋に、ルカは笑みを浮かべて受け取った。 可愛らしい袋の中には所謂バスボールが入っている。 「良い匂い…」 「イチゴ、グリーンアップル、オレンジだって」 「ふふ、美味しそうですわね」 「…じゃあ俺からは本当に食べられるやつを」 キッチンから出てきてニコニコと言うのはKAITOだった。 手にはピンクの薔薇…チョコレートだろうか…が乗ったホールケーキがあり、市販品とも見紛うそれはKAITOが丹精込めて焼き上げたもので。 「…KAITO兄様、年々上達しますわね…?」 「兄さんは寧ろ何を目指してるんだよ…もうプロじゃん」 「ふふ、褒め言葉として受け取っておくね?」 二人のそれにニコニコとKAITOが笑い、ケーキを置く。 「そうだ、はい、これ」 「ありがとうございます、KAITO兄様。私のはKAITO兄様のお誕生日に」 「うん、楽しみにしてる」 大きめの袋を受け取ったルカと渡したKAITOがにこりと二人して微笑み合う癒やされるはずの光景はどこか嫌な予感がした。 「あー!レンがルカたんとカイ兄ぃとイチャイチャしてるぅう!」 と、リンの鋭い声に言い争いをしていたミクとMEIKOがバッとこちらを見る。 「ずるい!ミクもルカちゃんとお兄ちゃんのハーレムする!」 「私だってしたいわよ!ルカ!KAITO!」 「喧嘩してる方が悪いんだろー!」 ははん、と、レンがルカとKAITOの腰を抱いた。 文句を言いながら三人が向かってくる。 「やっぱり、賑やかなのが一番だよね」 「…ですわね」 ルカとKAITOは顔を見合わせ、くすくすと笑いあったのだった。
(皆から貰う愛が、何よりのプレゼント!)
「…ところで、兄さんは何上げたの?つかルカ姉ぇから何貰うの」 「んー?…脱がせにくいパジャマ、だよ?」
リクエストのザクカイ/マキカイ
カイコッくんが眠そうに目を擦っていた。 僕はともかく、彼が眠そうなのは珍しいなと思いながらそっと近づく。 「…カイコッくん」 「…。…逢河…?」 ぼんやりと僕の呼びかけにカイコッくんは見上げてへらりと笑った。 「…どうした、逢河。お前さんが珍しいじゃねェか」 何でもない顔でカイコッくんは僕に笑みを向ける。 でも、僕は知っていた。 カイコッくんが眠たい理由を。 部屋で寝ていれば良いのに、それをしない理由も。 …出てくれば余計皆が心配するのに。 だからって人前では寝顔を見せないのも僕は知ってる。 だから。 「…」 「?なんでぇ」 僕が差し出したそれに、カイコッくんはきょとんとした。 受け取って少し目を見開く。 「お前さんのアイマスク。…良いのかい?逢河も使うだろうに」 こてりと、首を傾げるから、持ってる、と頭の上を指差した。 そして。 「…お揃い、いや?」 「…!…そうじゃねェよ。…わりぃな…」 驚いた、と言わんばかりに綺麗な目を大きく開き、それからくすくす笑う。 アイマスクを着けて、ちょっと借りるな、と言うカイコッくんに、こくんと頷いた。 暫く後、規則正しい寝息が聞こえてくるから余程眠かったんだろうなと思う。 目元を覆っている僕のアイマスクに、彼の役に立って良かったという気持ちと、寝顔を見れないのは少し残念だと言う気持ちが入り混じった。 傍に人がいるのは嫌がるだろうから僕はその場を立ち去る。
…願わくば、彼が悪夢に苛まれませんように。
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鬼ヶ崎が寝ている。 人がいる場所で寝るとは珍しいな、と思いながらよくよく見れば、目元はマキノくんがいつも着けているアイマスクで覆われていた。 寝顔は見れず、規則正しい寝息だけが聞こえてくる。 俺は隣に腰を掛け、鬼ヶ崎を見つめた。 俺は知っている。 …人前では寝顔を見せない鬼ヶ崎が、見られるリスクを犯してまで眠気に勝てなかった理由を。 「…鬼ヶ崎」 俺は知っている。 …俺が囁いても起きない、その理由が…俺だと言うことも。 それは…マキノくんも、多分。 俺は鬼ヶ崎の綺麗な手を取り、するりと甲当てを取った。 そして。 「いっ?!…ふぇ?え?忍、霧??」 痛みに飛び起きた鬼ヶ崎がアイマスクを外し、涙目で俺を見る。 「おはよう、鬼ヶ崎」 「ああ、ウン、おはようさん…??」 混乱しきり、と言った鬼ヶ崎にひらりと手を振った。 …鬼ヶ崎の薬指に付けた跡と同じ、歯型がある指の手を見せつけるように。 「茶でも飲むか」 「あぁ…」 立ち上がって言う俺に未だクエスチョンマークを頭に貼り付けた鬼ヶ崎は…どうやらまだ気付いていないらしい。 俺が付けた印に。
秘密の、お揃いに。
恐らく、席に戻れば目元を真っ赤に染めた鬼ヶ崎に怒られる気配がするから、ご機嫌取りに好物でも付けてやろうと…俺は足を進めたのだった。
うちのへし燭*へし燭ワンドロ
それが起こるまでの経緯について(へし燭)
へし燭ハロウィン
収穫祭。 万聖節の前日、元々はその年の豊作を願う祭りだった…と聞いていたのに。 「…は…?」 目の前に広がる光景にぽかんとする。 「長谷部か、どうした」 かけられる声に振り向くと、黒い布を被った山姥切国広がいた。 黒い、布。 極前の彼が被っていたのは白じゃなかったか、とどうにかそれだけが浮かぶ。 「お前、それ……」 」 「…これか。これは死神というらしい。死を連れてくる神だそうだ」 「で、俺が吸血鬼」 その後ろからそんな言葉をかけたのは山姥切長義であった。 普段と変わらなくも見えるが、小さな角と牙、そしてひらひらはためく肩布は黒い色をしている。 「死神?吸血鬼…?」 「邪魔なんけどね、へし切くん」 そんな所に突っ立ってるならお使いを頼めるかな、と長義が笑った。 「は?おい!」 「じゃあ宜しくね。行くよ、偽物くん」 「待て、本科。俺は偽物なんかじゃ…!」 いつものやり取りをする二人に長谷部は呆けながら受け取った荷物を持ち直す。 確かにこうしてても仕方がなく、溜め息を吐き出してから長谷部はその部屋に向かった。
「あ、長谷部さん」 「え?へし切?」 「…長谷部君!」 「…。…何をしてるんだ、お前らは」 三種三様の反応を返す彼らに長谷部は思わず呆れた声で問いかける。 振り仰いだ大和守安定は白い羽に白い衣装…所謂天使というやつ…の恰好、眉を顰める加州清光は黒い羽根に黒い衣装…所謂悪魔というやつ…の恰好、ぱあ、と表情を輝かせ、座り込んで二人を着つけている光忠は黒い三角耳に燕尾服の間から覗く同色の尻尾、というそれだった。 「何だそれは」 「へし切見て分かんない?…仮装だよ。今度収穫祭あるじゃん、その準備」 荷物を机に置いた長谷部の疑問に答えたのは清光だ。 彼は『可愛い恰好ができる』というだけで機嫌が良いのだろう。 「長谷部さんは狼男とか似合いそうですよね」 「やらん」 安定が笑うのに長谷部は嫌そうな表情を隠さずに言った。 「ふふ。長谷部君嫌いそうだもんね。…はい、出来た」 にこ、と光忠が笑む。 「ありがと、燭台切さん!」 「光忠さんありがとうございます!…行こう!清光!」 「わ、ちょ、待ってよ!!安定?!」 珍しく二人とも楽しそうで、思わず長谷部も光忠と微笑ましく見送った。 まあこういうのもたまにはいいだろう。 …巻き込まれるなら全力で拒否するが。 「…。…ね、長谷部君」 「あ?」 同じように見送っていた光忠が座り込んだ状態でこちらを見る。 長谷部にとって自分より目線の低い光忠は新鮮で、尚且つ懐かしかった。 「収穫祭では色んな家にお菓子を貰いに行くんだって」 「ほう」 「それで、貰う時にある台詞を言うらしいんだけど…」 そこまで言った光忠は悪戯っぽく笑い、両手を差し出す。 「悪戯かお菓子か!」 上目使いでにこっと笑う光忠。 …煽っているのだろうか。 「ほら」 「…あれ?」 その手に飴玉を一つ置いてやると光忠が首を傾げた。 「なんだ、悪戯したかったのか?」 「え、いや、そうじゃないけど」 不思議そうな光忠に小さく笑って言えば彼は飴を見つめて困ったように言う。 「長谷部君が甘いものを持ってたのは意外だなって」 「持ってなかったらどうするつもりだったんだ?」 可愛らしい笑みを見せる光忠に疑問をぶつけると彼はうーんと考えるように上を向いた。 「悪戯…。…えいっ」 「うわっ」 「え、うわああ!!」 座り込んだままの光忠が長谷部の服をぐん、と掴み、急な事に踏鞴を踏んだ長谷部は光忠に覆い被さる様に倒れ込む。 すさまじい音が辺りに響いた。 「…ごめん…」 「この、馬鹿力が…!」 「うぅ、ごめんってば…」 じろりと睨むと長谷部の下の光忠が小さく謝る。 黒い耳がぴくりと動いた。 「…燭台切、お前、これ…」 「…え?ああ。本物だよ。なんでも主の悪戯?みたい」 「…主…」 光忠のそれに長谷部は頭を抱えた。 …今の主は悪い人ではない…のだけれど。 「長谷部君?」 「…燭台切、お前菓子は?」 「え?あ、はい」 こてんの首を傾げる光忠に聞けば彼は差し出した手に甘食を一つ乗せた。 「さっき作ったんだ」 「そうか」 機嫌の良い光忠ににやりと笑って甘食を齧る。 「長谷…んんぅ?!!」 きょとんとする光忠の口に齧り取ったそれを舌で入れた。 そのまま口腔を貪る。 「んふ、ふぁ、ぁうん、や、はしぇべくん…?ひっ」 とろんとする光忠の黒い尻尾を握り、うにうにと手を動かした。 「やぅ、や、ぁ、ひぃう!!」 「ほう、感覚があるんだな」 いやいやと首を振る光忠に長谷部はくすくすと笑う。 「な、んで…?ぼく、お菓子渡し…ぁあう!!!」 「ああ、俺はその台詞とやらを言っていなかったな?」 涙目の光忠に笑い…長谷部は黒い耳に息を吹き込んだ。 「ふ、ぇ・・・?」 「覚悟しろ。…光忠」 ひぃ!と躰を大袈裟にびくつかせる光忠にくつくつと笑い…長谷部は囁く。
「trick but treat」
吸血鬼ルカちゃんとミクさんと!()ミクルカ
はてさて、これはどういう状況だろうか。 サーモンピンクの長いふわふわした髪、たゆんとゆれる胸はタキシードに詰め込まれてる。 サファイヤみたいな綺麗な目が私を困った様に見つめていて…後は、そう。 私は、この綺麗なヒトに押し倒されて、いた。 「えっと…サキュバスさん?」 「きゅっ、吸血鬼、ですっ!!」 …吸血鬼だったみたい。 気が弱いのかめちゃくちゃおどおどしている彼女は、開け放った窓から入ってきた…かと思ったら馬乗りになってあろう事か「すみません、血を分けてくださいませんか?!」って言ったのだ。 いやぁ、私なら問答無用で戴いちゃうけどなぁ。 それとも人間と吸血鬼の違いってやつだろうか。 「…や、やっぱり頂けないでしょうか…」 …や、性格の差、かな。 だって、血液が貰えそうにないからってしゅんとしちゃう吸血鬼なんて、聞いたこと無いもん。 「ねえ」 「は、はいっ!」 私の呼びかけにびくん、と跳ねた。 「貴女、名前は?」 「…る、ルカですわ。巡音ルカ」 「そ。私は初音ミク、宜しくね」 にっこり笑うと途端に困った表情になる。 どうかしたのかな? …ああ、どういう意味のよろしく、か分からなかったのか。 「血、飲んで良いよ」 「?!良いんですか?」 「え、必要だから来たんでしょ?」 「…はい、はい!ありがとう御座います!実はお腹が減って仕方がなかったんですの!」 ぱぁあ、と嬉しそうに笑う吸血鬼、ルカ。 失礼します、と長い私の髪の毛を払って、かぷりと首筋に噛み付いた。 痛いのかなって思ったけど、そうでもなくて。 なんならこないだ受けた血液検査のそれのが痛かったくらい。 「ご馳走、様でした」 なーんて考えていたら小さく言ったルカがそっと離れた。 「おいしかった?」 「はい、とても!」 にこにこ笑うルカに、それは良かったと笑って…今度は私がルカを押し倒す。 「きゃっ。…ええと、ミクさん?」 「知ってる?商売の基本はギブアンドテイク。私ばっかり渡すんじゃ損になるでしょ?」 吃驚した顔をするルカに私はにこにこ笑いながら馬乗りになった。 「…そ、そうです、わね…?」 「だから、私の血をあげる代わりにルカちゃんを頂戴?」 「え?え??」 わたわたするルカに私はちゅ、と口付ける。 「?!ふぇ?あ、あの…??」 「えへへー。実はひと目見た時からタイプだったんだー♡じぃっくり味わって食べてあげるね、ルカ♡♡」 「ひぃい?!!や、やめてくださいぃい!や、ぁ、んー!!」 途端に怯えるルカに今度は深く口付けた。 その後、宣言通りじっくりたっぷり食べられてしまったルカは、疲れきった躰を癒やす為に私の血を飲んでその代償にまた食べられるというループを繰り返す羽目になるなんて…まだ知らない。
吸血鬼ミクさんとルカちゃんと!()ミクルカ
彼女を見たとき、天使はこの世にいるんだなぁ、と、思った。 まあ、吸血鬼の私がいるくらいなんだからそりゃあいるでしょうけど…なんて馬鹿なことを考えてしまったのも、きっと、お腹が空いているせいで。 この所、栄養源である血を全く飲んでない。 夢魔ならもうちょっと楽に獲物狩り出来たのかなーなんて思いを馳せた。 例えば、この綺麗な人の夢ならとても美味しそう。 コラールピンクのふわふわした髪、白い肌、ラピスラズリよりももっともっと青空に近い色の瞳。 フィッシュテイルの黒いドレスに赤いリボン、黄色い髪留め。 「どうか、したの」 少女っぽさを残したハスキーな声が降ってきた。 …誰に? 私に。 …私に?!! 「ご、ごごごめんなさい?!まさか認識されてるなんて思わなくて!」 「…別に。こんなところで何をしているの」 焦る私に表情一つ変えず、彼女はもう一度言う。 「私は初音ミク!こう見えて吸血鬼なの!」 「…そう」 「驚かないの?」 淡々と答える彼女に拍子抜けしていると、ふわりと首を傾げた。 「別に…どんな人類がいたって驚かないわ」 「へぇ…変わってる」 「そうかしら。それに、本にはいくらでも記述があるわ。本物は、初めて見たのだけれど」 「まああんまり吸血鬼は外に出ないかもね。その辺、インキュバス達のが盛んか…も?」 喋ってる途中にぐらりと世界が回る。 やばい、そろそろ空腹が限界みたいだ。 ああ、最期にこの娘の血が飲みたかったなぁ…。 「…私の血で良いの?」 上から微かな声が聞こえる。 朦朧とした頭でこくんと頷けば、何か温かいものが口の中に落ちてきた。 それは喉を通り過ぎて空腹を訴えるお腹に染み渡る。 与えられるまま飲み干して、朦朧とした意識がはっきりしてきた頃、私はゆっくり起き上がった。 「満たされた?」 「…血を、分けてくれたの?」 「…欲しいと、言うから」 不思議そうに彼女が言う。 「ありがとう。ええと」 「…ルカ。巡音ルカ」 「ルカちゃんね!本当にありがとう!助かったわ。何かお礼をしなきゃ」 ルカにそう言うと彼女はほんの少し首を傾げた。 「私が勝手にやっただけなのだけれど」 「助かったのは事実だし!」 「…。…じゃあ、色んな話を聞かせて欲しいわ。ここは、退屈だから」 力を込める私にルカはそう言う。 高い塔、そういえばルカはここで何をしてるんだろうと思ったけど聞くのをやめた。 代わりに、任せて!と答える。 「吸血鬼のミクさんから見た、とっておきの話をしてあげる!」 それは、昔々から始まるお話。 (腹ぺこ吸血鬼は星降る夜に、お人形さんみたいな女の子に恋をする)
風邪(へし燭)
光忠が倒れた。
それを聞いたのは遠征途中の道すがらだった。 倒れた。 光忠が。 …いつ? …なぜ? 戦闘中か、遠征中か、それとも。 逸る気持ちを抑えきれず、それでも一人だけで帰るわけにもいかず、結局本丸に辿り着いたのは夜も更けた頃だった。 「…光忠!」 「…しーずーかーに」 勢い良く襖を開けた長谷部に言ったのは口に人差し指を当てた長義である。 隣には船を漕ぐ安定の膝枕で寝息を立てている清光、奥には穏やかな顔で寝ている光忠がいた。 ほっとへたりこむ長谷部に長義が小さく笑う。 「風邪だよ。ちょっと前から調子悪かったみたいで。さっきまでこの二人が看病してたんだけど…もう大丈夫だね」 「…そうか。すまない」 長義に礼を言い、そっと光忠の髪を撫でた。 風邪、といってもどうせ限界まで無茶をしていたのだろう。 まったく。 風邪の如きが一番危険だと彼も分かっているだろうに。 「…さて、じゃあ俺は行こうかな。この二人も運ばないと」 「…ああ、そうだな。手伝おう」 立ち上がる長義に続こうとするとそれを制された。 不思議に思い見上げれば、長義は「何の為に帰ってきたのかな?」と言う。 「傍に居てあげなよ。二人を運ぶのなんて、偽物くんがいれば充分だから」 「…俺は写しであって偽物ではないんだがな」 はぁ、と溜め息を吐き、入ってきたのは国広だ。 ひょいと長義が清光を、国広が安定を抱き上げ出て行く。 お大事に、という言葉を残して。 ぱたん、と襖が閉まると、長谷部はほぅ、と小さく息を吐き出した。 「…ん……せべ、く…?」 と。 ぼんやりと目を開き、とろんとした表情で光忠がこちらを見る。 「…光忠」 「…はせべ、くんだぁ……」 へにゃりと笑う光忠はまだ夢見心地なのだろう、どことなくふわふわしていた。 「無茶し過ぎだ、馬鹿」 「…うん……。ふふ、長谷部くんの手、冷たい……」 彼の頬に手を触れさせると、光忠はそれに擦り寄りそのまま再び眠ってしまう。 普段は絶対に見せない様子にふは、と笑った。 可愛らしいが、やはり何時もの光忠が一番好ましい。 格好つけで、誰よりも優しく誰よりも無茶をする…光忠が。 「…早く、治せ」 そっと持ち上げた髪に口付ける。 暫くそうした後、起きた彼に粥でも、と立ち上がった。
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