エイプリルバースデイ!(アカカイ)

「カイコクさん!」
アカツキの声に、ふわりと髪を舞わせてカイコクが振り向く。
「…入出」
「カイコクさん、俺ね、今日誕生日なんですよ!」
にこにこと告げるアカツキに、カイコクは小さく目を見開いた。
意外だとでもいうようにアカツキを見つめてから小さな笑みを浮かべる。
「そうかい、そりゃあおめっとさん」
「ありがとうございます!」
それを聞き、上機嫌にアカツキは礼を言った。
「しかし、もっと前もって教えといてくれりゃあプレゼントくらいは用意したってェのに」
「えー?カイコクさん自身をくれても良いんですよ?」
「それは断る」
クスクスと笑っていたカイコクは、アカツキの言葉に花が舞うような笑顔を見せる。
ガードが固いなぁとアカツキは苦笑した。
…と。
ふに、と口唇に当たる、柔らかな感触。
意外なそれに固まっていればカイコクはすぐに離れる。
「…俺が与えてやれるのはこれくらいでぇ」
「…カイコクさん…!!」
本当に珍しい彼からのデレに、アカツキは思わず己の口を抑えた。
ほんの少し恥ずかしそうにそっぽを向くカイコクに、勢いで抱きつきそうになる。
「俺、幸せです!」
「…存外単純だねェ、入出は」
きょとんとしてみせた彼が肩を震わせた。
「大好きな恋人の貴重なデレですよ?嬉しいってもんです」
「…そうかい?」
「はい!」
首を傾げるカイコクに、アカツキは大きく頷く。
「でもやっぱりカイコクさんが欲しいですよー、俺、今日誕生日ですよー?」
尚も強請れば、やれやれと言わんばかりにカイコクが息を吐いた。
「仕方がないねェ…。…なら、一つゲームをしねぇか?」
「ゲーム、ですか」
「そ。制限時間1時間で俺を見つけられたらお前さんの勝ち、見つけられなかったら俺の勝ち。買った方が一日ご主人様でぇ」
どうだい、と笑う彼にアカツキはあまり乗り気ではない声を出す。
「カイコクさん、俺、体育2ですよ?」
「かくれんぼと鬼ごっこだろ?体育関係あるかい?」
「ありますよー!基礎体力の問題です」
「そりゃあ…まあ…頑張ってくんな?」
ふわりとカイコクが笑んだ。
その笑みは、どうしたって手に入れたく。
アカツキは思わず元気良く、「はい!」と返事をしてしまったのであった。
「…やる気は充分みたいじゃねぇか」
「…あ」
ふわふわと綻ぶ花のように笑う彼に、声を漏らす。
「カイコクさぁん、せめてお誕生日さまハンデを…」
「入出は、ハンデをつけて俺を手に入れて、嬉しいかい?」
「そりゃあまあそうですけど」
拗ねるアカツキにカイコクが己の指をアカツキの唇にそっと当てた。
綺麗に微笑む彼にはどう考えたって適わない。
カイコクのこの言葉に、アカツキは先程よりも元気に返事をするしかなかったのだった。
「男なら、自分の力で頑張んな」






(さて、ここで問題です

この会話に出てくる嘘はいくつあったでしょうか?)

誰が君を落とせるか?!

「駆堂、今日こそ貴様を泣かせてやる」
「そっくりそのまま返すぜ、マスク野郎!」
「マキノさん、俺、絶対に負けませんからね!」
「…僕も…アカツキくんに…負けない…!」

いつも平和なはずのゲノムタワーに、不穏な空気が流れる。
怪訝そうな顔で食堂に入ってきたのはカリンだ。
「…なんです?あれ」
「第一回カイさん争奪☆チキチキレース!だぜ」
「…誰が鬼ヶ崎さんを落とせるか、勝負しているそうです」
その疑問に答えたのはユズとヒミコである。
面白いことには全力で乗っかるユズはともかく、争いは止めるタイプのヒミコが傍観者に徹しているということは、押し切られたか見ていても問題ないと判断したのか。
「…女子を差し置いて?」
「女子を差し置いて」
カリンの尤もな疑問にニヤニヤと笑うユズ、その傍らで苦笑いを浮かべるヒミコ。
そして。
「…俺が一番不本意なんだがねェ、孃ちゃん」
不機嫌な様相を隠そうともしないのは件の当事者、カイコクだ。
普段は感情を隠すのが上手な方であるから、余程この状況は嫌らしかった。
「あら、愛されてるじゃないですか」
「そうだぜ、カイさん。もっと喜び給えよ」
「そっ、そうですよ!何にせよ好かれてるんですから」
「…嬉しくねぇ」
口々に言う女子に、カイコクはぶすくれる。
人をいじる癖に彼自身弄られるのは嫌なのだろう彼が、普段は飄々と隠す感情を顕にさせるのが彼女達は珍しいだけで、嫉妬をしているわけではなかった。
その少し先では、カイコクの想いをあまり汲まない男子達による睨み合いは続いていて。
「っし、こーなったら拳で決めようぜ」
「狡いですよ、アンヤくん!俺、体育2です!」
「…痛いの…良くない……」
「暴力は俺も反対だな。自分にだけ有利なものを持ち出すのも些か…」
「あ?!大体勝負っつーのは自分に有利にするもんだろーが!」
ギャーギャーと言い争い彼らにユズがふむ、と腕を組む。
「カリリンは、誰に賭ける?」
「そうね…逢河さん、かな…」
真剣な表情で聞くユズにカリンも小さく上を向いた。
「あっ、ズルいぞ?!ボクだってマキマキに賭けたい!」
「それじゃ賭けにならないでしょ!」
「…おい、路々さん、孃ちゃん」
嫌そうな表情でカイコクが突っ込みを入れる。
それに、あはは…と乾いた笑いを洩らすのはヒミコだ。
「…それにしても、あれ…終わるんでしょうか…」
ふわりと首を傾げる彼女に、ユズとカリンも顔を見合わせる。
勝負どころか、内容さえ決まってないらしい彼らのそれは、確かに埒が明かなかった。
「おうい、青少年たち。とりあえず口説いてみるのはどうだい?1番手っ取り早いし、何より言葉は想いが一番乗りやすい」
ユズのそれに顔を見合わせた彼らはそれもそうかとこちらにやって来る。
先手必勝とばかりにカイコクの手を取ったのはザクロだ。
「鬼ヶ崎。俺と、その…血判書を交わしては貰えないだろうか?!」
「断る」
あまりにもあっさりばっさり。
固まるザクロを押し退けたのはアンヤだ。
「鬼ヤロー、オレと付き合えや」
「嫌でェ」
「カイコクさん、俺と付き合うと良い事沢山ありますよ、あれとかそれとか」
「無理」
「…カイコッくん…だめ…?」
「だぁめ」
続くアカツキとマキノも秒殺したカイコクがにっこりと笑う。
「小手先だけの言葉で俺が落とせるとでも?…その考えが気に喰わねぇ」
彼が放つ言葉は確かにその通りでしかなくこっ酷く振られた彼らは言葉を飲み込んだ。
「本気なら頑張って俺を落としてみてくんな?」
くすりと不敵に笑うカイコクはあまりにも美しく。
振られたはずの彼らは再び頭をフル回転させる。
カイコクを、自由で気ままな美しい彼を…手に入れたい、その一心しかなく、同世代の仲間たちには負けてはいられないのだ。
「…けど、考えるにしたって随分かかるぜ?どうだろう、纏まるまでボクらとお茶しないかい?カイさん」
にっこりとユズが笑う。
「それ良いわね!私、日本茶の美味しい淹れ方を勉強している最中なんです!鬼ヶ崎さんに教えてもらえたら嬉しいなって」
「じゃあ私の部屋にどうぞ。丁度美味しいお魚のお煎餅があるんですよ」
カリンとヒミコのそれに、カイコクは嬉しそうに笑んだ。
「伊奈葉ちゃんが良いって言うなら…お邪魔させてもらうかねェ」
「はい、ぜひ!」
あれよあれよという間に約束が取り付けられていくそれに、ぽかんとするのは争っていた男子たちである。
「そんな訳で、カイさんはちょっと借りるぜ?」
ユズのそれに待ったをかけたのは果たして誰だったろうか。
くる、と振り返った彼女たちが浮かべる…悪い笑み。
「忍霧、駆堂、入出、逢河。…言葉が用意出来たら教えてくんなァ。待ってるぜ」
これから何をされるか分かっていないであろうカイコクが花が咲くように微笑った美しい微笑と彼女らの黒い笑みに固まっていれば、パタンと扉が閉まる。
「ひーみん、ボクらにはお茶請けないのかい?」
「大福がありますよ。…見た目からじゃ分からない…とびきり甘いやつです」
「私、大福好きなのよねぇ。分けっこしましょ、ユズ先輩、ヒミコちゃん」
「いいねぇ。…ボクらは仲良しだから、にゃあ?」
…勝者である彼女たちの、不穏な言葉を残して。

暫く硬直していた彼らだったが、アカツキがスッと手を挙げる。
「…反省会、しましょう」
確してその提案に反対する者は誰も居らず、勝負はお預けと相成ったのであった。
(今のままでは敵うこと等ありはしない。
手強いライバル達に勝つには手を組む事も必要だと、青少年は学びました!)(終)

今日はうれしい(ザクカイ)

今日は3月3日。
世で言う桃の節句…ひな祭りである。
「っし、こんなもんだろ」
ぽん、と帯を軽く叩かれ、ザクロはほぅ、と息を吐いた。
「…見事なものだな」
「そうかい?慣れりゃ楽だぜ」
着物を着付けてくれたカイコクが笑う。
ひな祭りだからお雛様に擬えた格好を、と言い出したのは誰だったか。
結局、内裏雛を誰がやるかで散々揉め、ならば三人官女と五人囃子でと相成ったのだ。
普段から着物を着慣れているカイコクなら…十二単も似合っただろうに、と思いながらもその言葉を飲み込む。
怒らせるのはあまり得策ではなかった。
…ただでさえザクロは地雷を踏みやすいのに。
代わりに息を一つ吐き出し、ザクロはみんなの待つ部屋へと向かった。
「一番!駆堂アンヤ!歌います!」
「いーぞー!アン坊ー!」
わーわーと周りの声が騒がしい。
ほんの少しだけ輪から外れたザクロはようやっと安息を手に入れた。
以前の花見では甘酒で酔っ払い、散々な醜態を晒した…らしいのだ。
何故、らしい、かといえばザクロ自身がとんと覚えていないからである。
だから今日は甘酒攻撃を避け、素面を保っていた。
そう、ザクロ…は。
「…」
「…大丈夫か、鬼ヶ崎」
代わりに飲まされてしまったのかはたまた自分から飲んだのか、ぽやりとした表情のカイコクに声をかける。
目元が緩み、肌を桃のように染めた彼は明らかに酔っていることがわかった。
「…酔って、ねェ」
「…いや、酔っているだろう」
「…酔って…ねェもん…」
「普段の貴様はそんな口調じゃないと思うが…?」
拗ねた口調のカイコクに、ため息を吐く。
確かに少し幼くて可愛いけれども、心配でもあるのだ。
「…っ、忍霧っ、酒!!」
「…わかった」
ムッとしたように言うから諦めつつお猪口を手に取る。
中に入った液体を己の口に入れ、カイコクに口付けた。
「んっ、んぅ…ふ…ぁ……ぁんっ、んく…ぁう…」
とろんと溶けた彼は与えられるままにその液体を飲む。
全部飲んだのを確認してからザクロは離れた。
「…味が…しねぇ…」
「水だからな」
不思議そうな彼に言いながら零れた水を拭ってやれば途端にムッとする。
「酒って、言った」
「いや、貴様も未成年だろう?…甘酒だが」
だから止せ、と静止すると何故か泣きそうに表情を歪ませた。
カイコクは酒には強そうなのだが…何故ここまで酔ってしまったのだろう。
「どうしたんだ鬼ヶ崎、貴様らしくもない」
「…。お前さんが、名前で呼んでくんねぇ、から」
「…はぁ??」
カイコクの小さな告白に、ザクロはきょとんとした。
そういえば以前の花見で、酔っ払った際に彼の名を呼んだ…ような。
「…だからって何故貴様が酔うんだ。俺を酔わせるでなく」
「…っ!お前さんが!飲んでくんねぇから!!!」
「…あ」
声を荒らげるカイコクに、はたと気付く。
そういえば今回やたら飲めと誘ってきたのはカイコクだっけ。
俺も飲むから、と自分だけ大量に飲み、挙句酔ってしまったのだろう。
まったく…彼は可愛いのだから。
「…。…貴様が酔ってしまっては意味がないだろう?…カイコク」
そっと名を呼べば、へにゃりと心底幸せそうに笑った。
ふわりと、桃の花弁が空に舞う。
「…来いっ!」
これ以上無防備な姿を見せたくはない!とカイコクの手を引いた。
立ち上がらせ、タワーに向かって歩く。
「…おし、ぎりぃ…?」
「貴様が満足するまで名を呼んでやる。だから、あまりそういう顔を見せてくれるな…」
甘い声で首をかしげるカイコクに、ザクロの悲痛な願いが霧散した。

望み通り彼の名を呼んでやり、酔いが醒めた…酔った記憶のばっちり残るカイコクに嫌というほど名を呼ぶのは…また、別の話。
(春の弥生のこの良き今日日、何より嬉しい…本日ひな祭り!)

猫の日ですから!

朝起きて

目が覚めて

…俺の恋人は大変なことになっていた。


「おっ、ザッくんー!今日も朝から元気だにゃー!」
「…路々森…っ?!」
ランニングから帰り、部屋に帰る前に水でも、と食堂に寄ったザクロを待ち受けていたのはいつも以上にテンションが高いユズである。
きゃっほぅ!っと抱きつこうとするユズを躱しつつ、彼女に今までは付いてなかったモノを指差した。
「…それは、一体……?」
「ああ、これかい?」
指差した先でひょこひょこと揺れる、ユズの白い髪と同系色のネコ耳。
…髪と同系色のネコ耳!
「可愛いだろう?今日は猫の日だからにゃあ?」
「…なんだって?」
「…猫の日、ですよ忍霧さん」
知りません?とかけられた声はカリンで、彼女にも同系色のネコ耳が頭から生えている。
「2月22日、2が3つでにゃんにゃんにゃん」
「今年は、令和2年、西暦だと2020年だぜ?にゃおにゃおにゃんにゃんにゃん、だ!」
どやぁ!と胸を張るユズにザクロは、はぁ、と返事を返すしかなかった。
「まあ、なんだ。だから今日は女子全員猫の恰好なんだぜ?」
「…全員?」
「あっ、忍霧さん!」
ユズの言葉に引っかかりを見せたザクロに届く、ヒミコのそれに振り向けば彼女もまた同じ様な格好になっていて。
「…路々森…更屋敷はともかく、伊奈葉はやめてやれ…」
「待って忍霧さん、私はともかくってどーいう…!」
「わわっ、喧嘩はだめですー…!」
わーわーと騒いでいれば次第に皆が集まってくる。
「…ヒミコちゃん…可愛い……」
「えへへ…ありがとうございます」
マキノがヒミコを撫で、微笑ましい空間が錬成されているかと思えば。
「カリンさん、耳もふもふですね…」
「触ったら殺すわ」
「ずるいぞ、あっきー!ボクだってまだカリリンの猫耳触ってないのに!あっきーにはアン坊がいるだろう?!」
「なんでだよ、オレ猫耳じゃねぇだろーが!よしんば、猫耳だったとしても触らせねぇよ!」
「俺、パンダ耳がいいです!」
「猫の日かんけーねーだろーが!!」
何やら攻防戦も繰り広げられていてザクロは溜息を吐き出し、ペットボトルを手に離脱した。
ユズによれば人体に悪影響はないから彼女らを心配する必要もないのだろうが。
と、ふとポケットに違和感を感じた。
探ってみれば小さな小瓶が入っており、ラベルには猫の絵文字と矢印、その先には人の絵文字が書いてあり、ザクロは首を傾げる。
後で聞こうとポケットに戻し、自室の扉を開いた…刹那。
「来るんじゃねぇ!」
「…鬼ヶ崎?」
鋭い声に迎えられ、一瞬固まったもののあまり聞かない彼の声にザクロは慌てて部屋に入る。
「どうした…ん、だ…」
開いた扉の先、ザクロよりほんの少しだけ小さくなった、猫耳猫尻尾装備のカイコクが、そこにいた。
「…来んにゃって言ったのに」
「…すまん」
ぶすくれる彼はシタンっ、シタンっ、と尻尾を床に打ち付け不快感を全面的に表していた。
カイコクによれば、ザクロの部屋でうとうとしていた所を訪ねてきたユズから貰ったトローチを舐めた際にこうなったらしい。
あまりに無防備というか何というか。
先程の瓶はこの為か、と小さく嘆息した。
そも、ここはザクロの部屋なのだから来るなと言うのもおかしな話だとは思うが。
「…鬼ヶ崎、これに痛覚はあるのか?」
「みぎゃっ?!!」
むぎゅ、と黒い尻尾を引っつかめば、カイコクは目を見開き、耳を水平にさせた。
「にゃにしやがる!」
「…あ、ああ、すまない」
怒れるカイコクに謝罪し、ザクロはそれを撫で擦る。
ん、と甘ったるい声がザクロの耳を擽った。
まるで情事の時のようで思わず唾を飲み込む。
「…なあ、耳はどうなっているんだ」
「んぅ!……耳は、やめてくんなぁ…」
するりと擽ってやれば小さく首を振った。
だがそれでやめるザクロではない。
ころんとベッドに転がし、三角耳を唇で食んだ。
「ひっ?!お、しぎり…っ!それ、やだ…っ!」
「嫌なら抜け出してみせろ」
「こ、の…っ!」
いけしゃあしゃあと言うザクロにカイコクが涙目で睨む。
ただでさえいつもより小さいのに、直接的に快楽を与えられている…、カイコクに勝てるわけがないのだ。
「きの…さんざ、ん…やった、だろ……っ!」
「そうだったか?」
へにゃりと耳をへたらせるカイコクにすっとぼけて見せ、ザクロはそっと口付ける。
…解毒の瓶のことは暫く言わないで置こうと、思った。


だって、特別な猫の日だから。

いつも気ままで自由な、猫みたいな彼を…独り占めしたいじゃないか!


(ザクロの部屋に、カイコクの声が響き渡るまで……22秒)

FishtailValentine

今日はバレンタインだ。
「待て鬼ヶ崎!!」
「いーやーでえ!」
…バレンタインのはずなのだが。
朝から壮絶な追いかけっこが行われていた。
終止符を打ったのはザクロの部屋の前、追い詰められたカイコクを急に扉を開けて雪崩込んだことによるもので。
「さあ、追い詰めたぞ、鬼ヶ崎!観念しろ!」
「…っ」
ふい、とそっぽを向くカイコクに無理矢理目を合わせる。
「…今日は、バレンタインだ」
「…。…だからなんでぇ」
「…だから、だな……」
ゼェゼェと息を切らしながらザクロは何かを出そうとした。
が、それをカイコクが押し留める。
「待て!今日がバレンタインだけだと思ってねぇだろうな?」
「…は?」
いきなりそんな事を言い出すカイコクにザクロはきょとんとした。
「今日は、煮干しの日でぇ」
ドヤ顔でカイコクが言う。
流石は頭が良いと自負するだけある、と小さく溜息を吐いた。
もちろんそれを言われるのも想定済みな訳で。
「…だから、最初からこれを渡そうとしているのだが」
「…へ?」
ぽかんとするカイコクにザクロはある紙袋を渡す。
それを見た彼の目が輝いた。
「…これっ、煮干しや乾燥昆布、小エビが入ったオサ○ーナ、シーフードミックスじゃねぇか!」
「ああ、貴様はこういう方が好きだろう?」
「…忍霧…!ああ、好きでぇ!」
ぱぁあ!と嬉しそうに笑うカイコクにザクロはどきりとする。
好きだと言ったのはザクロではなく、オ○カーナだというのは分かっているのだけれど。
「忍霧っ、忍霧っ」
「…なんだ」
ニコニコと服を引っ張るカイコクはかぱりと口を開けた。
「…ん?」
「食べさせて?」
首を傾げるカイコクに、はぁあ、とため息を吐く。
確かに馬乗りになっているのはザクロだし、食べられないのも分かるの…だが。
この前、アカツキが「この曲良いですよね」と聴かせてくれたそれが脳内にリフレインした。
「…この…世界で一番お姫様め……!」
「…なんでぇ、そりゃ」
きょとりとするカイコクに、別に、と言って封を開ける。
指でつまんで早く、と急かすカイコクの口に放り込んだ。
幸せそうなカイコクにザクロもまあいいか、と思う。
次の分を、と手を引こうとしたそれを…カイコクが掴んだ。
ザクロの指を口に含み、舐める。
「…おい、鬼ヶ崎っ!」
「…鈍感」
思わず声を荒らげるザクロにカイコクがブスくれたように告げた。
は、と目を丸くしていれば、少し体を起こしたカイコクは着物の袖からあるものを手渡してくる。
「…こ、れは…」
「……わりぃな、手作りじゃなくて」
小さな声で言うカイコクの手には可愛らしいピンクの包みが乗っていた。
恐る恐る受け取って封を開ければ、トリュフ型の…。
「チョコレート」
「…食うのは苦手だが…渡さねぇたぁ言ってねぇだろう?」
ふわりとカイコクが笑う。
まさか貰えるとは思っておらず、ザクロは理解するのに時間がかかってしまった。
「忍霧?あの」
「ああ、いや、すまない。…すごく、嬉しい。ありがとうな、鬼ヶ崎」
「いや、喜んでもらえるなら…あ?」
「え?」
包みを見たカイコクの表情がサッと変わる。
「ちょっと待て、一回それを返しな、忍霧!」
「はぁ?!貰ったものはもう俺のものだろう!」
手を伸ばすカイコクにそう返し、ザクロはマスクをずらして一つ口に入れた。
「あっ、こらっ」
「ん?!」
チョコレートを取り返そうとカイコクが胸倉を掴み、キスをしてくる。
取り返されまいとチョコを噛み、カイコクの舌を舐め上げた。
「んぅ、んんー!」
苦しいのか背中をタップしてくるカイコクに仕方がなく口を離す。
「はぁ…甘ぇ…」
「…何なんだ、急…に…?」
嫌そうな顔をするカイコクに首を傾げた途端だった。
ぐわりと景色が歪む。
目の前のカイコクをめちゃくちゃに犯したくて仕方がなかった。
そういえば以前にもこんな事があった…ような。
「カイさん、すまない!そっちにボクがカリリンに用意した媚薬入りチョコが…!…あー、遅かったみたいだね?」
「…なんつーもんを作ってくれたんでぇ、路々さん…!」
バタバタと慌ただしい足音と共に現れたユズがへらりと笑う。
カイコクの焦った声が響いた。
「…路々森、扉を閉めてもらえるか」
「りょーかい♡」
「おい、無慈悲だぜ、路々さん!」
「ボクは馬に蹴られに行く趣味はないんだよ、カイさん。ま、ごゆっくり~」
パタン、と閉められる扉にザクロは口角を釣り上がらせる。
カイコクの引き攣った声が喉から聞こえた。
「忍霧、せめて布団にな…?」
「据膳食わぬは男の恥と言うだろう?それに、誘ってきたのはそちらだ」
「誘ってねぇ…ん、ぅうっ!」
笑って文句を言いかけるカイコクに再び口付ける。
甘い物が苦手なはずの彼の口内は、特別甘ったるかった。

誘われたから乗りました



後で文句を言っても遅い、そんな事案





(それは所謂、不可抗力って、呼ばないか?)

Valentine×Birthday(マキカイ)

ぼんやりしながら僕は廊下を歩く。
今日はバレンタイン。
ユズちゃんやヒミコちゃん、カリンちゃんがチョコをくれた。
だから僕も皆が好きそうなチョコを渡す。
「流石はマキマキだにゃー」と笑うユズちゃん、「いいんですか?!ありがとうございます…!」と驚いた様子のヒミコちゃん、「ホワイトデーの時で良かったのに…」とはにかむカリンちゃん…三者三様の反応だったけれど、みんな喜んでくれたのが嬉しかった。
アカツキくんとアンヤくんにはエッグチョコ…の中に食堂のおかわり自由の焼肉券(あんまりもらえないんだって)を入れておいたらとび上がっていたし、ザクロくんにはキノコ型の渡したら大切にするって言ってた…僕は美味しい内に食べて欲しいと思うけど…皆が嬉しいのは僕も嬉しい。
…あと、は。
「…カイコッくん」
「逢川?」
部屋の前の廊下に探していたその人がいて、声をかけた。
振り向いたカイコッくんが首を傾げる。
「どうしたんでぇ」
「…これ…バレンタイン」
甘い物が苦手なカイコッくんに、甘くないチョコを差し出した。
びっくりしたように目を見開いたカイコッくんがふわりと笑う。
「…いつも悪ぃな、逢川。俺にまで気ぃ使わせて」
「…。…僕、カイコッくん…好き、だから」
「そりゃあ…」
「…本命…」
いつもみたいに躱そうとするカイコッくんを壁に追い詰めた。
分かったから!と観念したように声を上げる。
「気ぃ使わせたなんて言って悪かった。ありがとな、逢川」
くす、と笑ったカイコッくんに離れようとした…その時だった。
くん、と袖を引かれて僕は首を傾げる。
「…?」
「…いつも、逢川にゃあ貰ってばかりだからなぁ…柄でもねぇんだが」
小さく笑いながら差し出されたのは、可愛らしいラッピングの包み。
「…カイコッくんが……?」
「まさか。チョコ作りは遊びじゃねぇって嬢ちゃんと伊奈葉ちゃんから止められた。…飾り付けだけだな、やったのは」
そう言いながらカイコッくんの耳元は真っ赤だった。
「…開けて、良い?」
「どーぞ」
許可を得て開いた包みの中にはちょっと不格好なチョコが入っていて。
「…上手く出来たと思うんだが…」
ほんの少し心配そうなカイコッくんに僕は可愛い、と言う。
そうかい!と嬉しそうなカイコッくんはやっぱり可愛かった。
「バレンタインだし、聞きゃあ今日誕生日なんだって?お前さん。チョコを作ってやれれば良かったんだが…すまねぇな」
「…たん、じょうび」
カイコッくんのそれにそういえばそうだったと思い出す。
あまり興味がないから忘れてた。
「なんでぇ、忘れてたのかい?」
楽しそうに肩を揺らすカイコッくん。
「何が欲しい?逢川」
こてん、と首を傾げるカイコッくんが可愛くて可愛くて、僕は思わずキスをする。
「…んっ!ふ…」
少しびっくりした顔のカイコッくんは、チョコを食べたわけでもないのにとても甘かった。
「ぁ…あい、かわ…?」
「…カイコッくんが、欲しい」
ぽや、と僕を見るカイコッくんの肩に僕は顔を埋める。
可愛らしい笑い声が僕の耳をくすぐった。
ぽんぽんと頭を撫でられる。
「…しゃーねぇなあ……誕生日サービスでぇ」
特別な、と笑うカイコッくんは…やっぱりとびきり可愛くて…好きだな、と…そう思った。


甘い甘い、チョコレートが苦手なのに、チョコレートよりも甘いカイコッくん。

あまり好きではない僕の誕生日は…今年は特別なものになりそうだ。

「あい、かわ?なぁ、逢川?!このまま寝ないでくれねぇか、なあ?!!」
「…ぐぅ」

(珍しく響く彼の焦った声も…特別だ、なんて)

行事に託つけていちゃいちゃしたい年下彼氏との攻防(レンカイ)

どうも今晩は、鏡音レンです 

ところでおれは今非常に困っている状況にあるわけで…

「にいさん、にーいさぁあん!!」
部屋におれの声が響く。
只今2月13日午後11時30分、風呂から上がった兄さんをTVの前まで連れて来たのは良かった。
「出来上がったPV見よう!」の一言に何の疑問を抱かなかったのも予想の範囲内…っていうかここは疑問を持たれちゃ困る。
マスターは今までの睡眠不足を取り返すように寝てるし優亜さんとリンとメイ姉ぇは女子会って言ってたし、ミク姉ぇとルカ姉ぇは…うん、考えないでおこう…バレンタイン直前だしな。
兎に角この場にはおれと兄さんの二人きり。
ここまでは計画通り…だったはずなのに、はずなのに!!
つか前もこんなことあったな?!
「ん…」
肩越しに伝わる重み、耳にダイレクトに入ってくる静かな寝息…そう、今兄さんはおれの肩に寄っかかって寝てんだ。
…今回は寝させないように頑張ったんだけどぉお!
「…相変わらずエロい」
思わずごくりと喉が鳴る。
開いたパジャマからチラチラ覗く白い鎖骨とか、微妙に紅い顔とか、そりゃまあ反応するよね!みたいな…おれたちがプログラムだからどうこうの話でもなく…なんつーかマスターの言葉を借りるなら『シチュエーション萌え』…?
「…ん、ぅ…」
「…って、そんな事はどうでも良くて。兄さん、兄さんってば!」
頭を振って、おれは兄さんを起こす作業に戻った。
つかコーヒー飲ませたしめちゃくちゃ喋ってたのに何で寝れんだ、兄さんは!
「兄さーん、起きてくださーい!」
「…んぁ…れ、ん…?」
必死の揺さぶりで兄さんは漸く目を開けた。
ぽやんとした顔で見上げる兄さんはめっっっちゃ可愛い…っていうか顔近い顔近いっ!!
思わずそらした目に映った時計の針は11時53分を指してた。
今回もギリギリじゃん…あっぶね。
っていうか23分も兄さんを起こし続けてたのか、おれ…。
「…?レン?」
「あ、いや、こんなトコで寝てたら風邪引くよ」
「…あー、そうだね。何か安心しちゃって、つい」
おれのそれに、にこっと笑う兄さん…。
それっておれの横が安心するって捉えて良い?!
「今回の曲、揺籃歌だし」
「…ソウダネー」
兄さんの答えにおれは棒読みになった。
今回の楽曲のテーマが揺籃歌…つまるところ子守唄で(癒やしが欲しかったってマスター言ってた)今画面に映ってるのはパジャマ姿のルカ姉ぇだ。
ミク姉ぇが「うちのルカがマジ聖母」って崇めたっけ。
ちぇ、どうせおれはルカ姉ぇみたいに癒やしもない、油断ならない狼ですよー。
「…レンの声、安心するし」
「…んっ?!!」
小さな声で言う兄さんをばっと見上げると、照れたように笑った。
そういえば兄さんが寝始めた頃流れてたのっておれの曲だっけ…。
もー、相変わらずほんと可愛いなぁあ!
「…ありがと、兄さん」
素直に礼を言うと兄さんもにこって笑った。
…あー、ホント兄さん癒し系。
「…あ」
「?どうしたの?レン」
慌てて時計を見上げるおれに兄さんがこてんと首を傾げる。
うっわ、59分…後10秒で日付変わるじゃん!
兄さんの笑顔に見惚れて本来の目的忘れるトコだった。
「…なあ、兄さん?」
「ん?何?レン」
後、7…6…5…。
「あのさ…」
4、3…。
ふわりと笑う兄さんに小さくキスをする。
ほんのちょっと驚いた顔の兄さんに笑いかける。
…2、1。 
「誕生日おめでとう、兄さん」 
耳元で囁くと兄さんは目を真ん丸にした後ふやぁあって笑って「有難う」って言った。 
あー、もうこの顔大好き!
「もしかしてそれを言いたくてこれ見てたの?」
「え?」 
TVのスイッチを切ってDVDを定位置に戻してると兄さんがくすくす笑ってそう言ってきた。
「あーうん、まあそんな感じ?」
にへらっと笑うと、兄さんはしょうがないなぁって感じで笑う。
「別に朝起きた時で良かったのに」
「誰よりも早く兄さんを祝いたかったのー」
おれの返答にきょとんとした兄さんがくすくすと肩を揺らした。
「相変わらずだねぇ」
「いーだろ、別に」
ぶすくれると、悪いなんて言ってないだろ、とまた笑う。
「じゃあ俺も」
「あ?」
はい、と差し出されるそれに首を傾げると「バレンタイン」と言った。
そーいやぁ昼間ルカ姉ぇとなんかやってたな…。
「これで俺からのチョコが一番最初だ」
上機嫌な兄さんにそういうトコ、と思いながら俺は渡すチョコ事その手を引いた。
「レ、レン?」
「おれ、風呂行くんだけど」
「…。俺はお風呂入ったんだけどな?」
とたんに兄さんが逃げ腰になる。
流石に同じ手には引っかからないか。
「レン…ッ?!ちょっと、待って…!バレンタインチョコあげただろ!」
「待たないしそれはそれー」
あっさり捕まえた兄さんを抱きかかえておれはにっこりと笑った。
「誕生日な兄さんにおれをプレゼント☆」
「何それおっさんくさい!!っていうかレンそれ前もやった…っ!!!」
往生際の悪い兄さんを黙らせるようにキスをする。 
そういうメタいこと言うのは嫌われるんだぜ、なんて!
(たまの記念日くらいいちゃいちゃしたいんですー!)

小さな嫉妬をする君が可愛いお年頃!(ザクカイ)

「お待ちください皆様!何故私が一人廊下で就寝せねばならないのでしょうか!」
わざとらしい、芝居がかった口調で言うのはパカである。
「「変態だからに決まってる」」
それに、嫌な表情、言い方、どれを取っても全て完全に一致した返事をしたのはカリンとアンヤだ。
仲良しさんですね、と無邪気にアカツキが言った。
今回の発端は、エンジントラブルでゲノムタワーに帰れなくなり、この建物に泊まることになった、という、よくあるそれだ。
狭い部屋で全員寝る場所を決めた直後、パカが自分も一緒に寝たいと言い出したのである。
満場一致で却下が出るのも当然と言えた。
「まあ…君の普段の行い、というものを考慮するにこの決断は当然と言って然るべきだと思うぜ?」
「路々森様!」
「問答無用で締め出しても良かったんだが?きちんと話し合いをした結果だ、諦めろ」
「忍霧様まで!」
ユズとザクロのそれにパカがぶりっ子ポーズを取る。
そういうトコ、と全員が思った。
「俺は、パカさんが一人で寝るの寂しいだろうって言ったんですけどね?」
「…なんと、入出様…!」
「でもパカさんと一緒に寝たらパン太郎が泣くってアンヤくんが言うので」
「入出様?!」
にっこりと言うアカツキにパカが素っ頓狂な声を上げる。
アンヤがふい、とそっぽを向いた。
「わっ、私も、エンジン直すの頑張ってくれてましたし、良いかなって、思うんですけど!」
「…流石は伊奈葉様…!」
「でっ、でも逢河さんがソファを貸してあげたら良いんじゃないかって!」
「伊奈葉様…?!」
「ソファ…廊下出すの……がんばる…」
ヒミコのそれに大袈裟なリアクションをするパカ。
そんな彼にグッと指を立てるのはマキノだ。
「私だけ除け者なんて寂しいじゃありませんか!!」
「…。…なら、俺と忍霧の間に来るかい?」
不服を申し立てるパカに、にっこりと笑顔を見せたのはカイコクである。
「?!おい、鬼ヶ崎?!」
「意外と大胆だにゃあ、カイさん」
「正気か、鬼ヤロー!」
それぞれ違った反応を見せる中、パカが「嫌でございます」と言った。
「なんでぇ、俺じゃあ不満かい?」
くす、と笑い、両手を広げるカイコクにパカは「鬼ヶ崎様が可憐な女性であれば熟考の余地はありましたが」と答える。
そうして。
「…私の寝首でも掻くおつもりでしたか、鬼ヶ崎様」
静かな声でそう告げた。
「…。…なんでぇ、バレてやがったか」
「貴方様も懲りませんねぇ」
肩を竦め、腕を下ろすカイコクに飄々とパカが言う。
「私を籠絡したいなら伊奈葉様の様に可愛らしくなってから出直すべきかと。…まあ、頂かれたいならいつでもお待ちしておりますよ」
「アンタのそういうトコよ、この変態!革ジャンにされたいの?!」
カイコクの手を取るパカにカリンがはたき落とし、一喝した。
「カイさんも、あんまり煽らない方がいいぜぇ?いつか痛い目を見る」
「そいつァ勘弁願いてぇな」
ユズのそれにカイコクが可愛らしく笑う。 
…と。
「?!忍霧?!おい、なあ、待てって!」
パシっとカイコクの手を取り、歩き出したのはザクロだ。
カイコクの静止も聞かず部屋を出る。
廊下を進み、突き当りのトイレに引っ張りこんだザクロは壁にカイコクを押し付けギロリと睨んだ。
「…どういうつもりだ」
「…。…言ったはずだぜ?あいつの化けの皮が剥がせるんじゃないかって…」
「それだけじゃないだろう!」
嫌そうにするカイコクに声を荒げれば、彼は綺麗な目を丸くする。
「…。そんなに俺の隣は不満か?女子の隣にならなかったのはそんなに嫌だったのか」
「…そりゃあ、お前さんの方だろう……」
詰問すれば、追い詰められたカイコクが小さな声で告白するから、今度はザクロが目を丸くする番だった。
「いや、俺は女性は苦手だと…。…あ」
そこまで言ってザクロは思い出す。
先程ユズによって無理矢理カリンやヒミコの間にされた事を。
その時のカイコクは心底不服そうだった事を。
羨ましいという感情からかと思えばどうやらそれは違ったらしい。
「まさか、貴様…嫉妬、か…?」
「ちがっ!そうじゃねぇ!」
恐る恐る聞けばカイコクはぶんぶんと首を振った。
こんなに顔を真っ赤にさせて、何を根拠に違うというのだろう。
「あれは不可抗力だ。…すまない、鬼ヶ崎」
「…満更でもねぇくせに」
「そんなわけあるか。…俺はお前の隣が良い」
「…。…寝言が五月蝿えんじゃなかったかい?」
「言葉の綾だ。…そう拗ねるな」
小さく頬を膨らせる年上の恋人にくすくすと笑って軽く口づけをした。
本当に可愛らしいと思う。
思う、が、嫉妬でパカに擦り寄るなんて危険な真似はしないでほしいと嘆息した。
ぎゅっとパカに取られた方の手を握る。
「?忍霧?」
「…消毒。次はないからな」
首を傾げるカイコクに言えば、黒曜石が落ちそうなほど見開いたそれがふにゃりと嬉しそうに崩れた。
「お前は、俺の隣だ。背後も寝顔も俺が護る。わかったな、鬼ヶ崎」
「…そりゃあ…頼もしいねぇ?」
くすくすと可愛らしく笑ってカイコクを引き寄せる。
マスクを外し…この可愛らしい恋人にそっと口づけを、した。

「だーから心配しなくていいっつったろ?大体、バレバレなんだよアイツら」
「…ザクロくんと…カイコッくん……仲良し…みんな知ってる…」
「言っちゃ駄目ですよ、アンヤくん、マキノさん。あれでもお二人ともバレてないつもりなんですから」
(仲良いのは素晴らしいけど巻き込まれた方は溜まったもんじゃないから、仕返しに恋バナアゲインのネタにするくらいは許されますよね、なんて!)

君に飽くまで好きって言いたいお年頃!(ザクカイ)

「…好きだ!…いや、違うな……俺は好きなんだが貴様はどうだ……これも違う…」
「なぁにやってるんだい、ザッくん?」
ブツブツと部屋の真ん中で呟くザクロに声をかけたのはユズだった。
「おわっ?!…路々森、更屋敷に伊奈葉まで」
驚くザクロの背後には声をかけてきたユズの他に不思議そうなカリンとヒミコがいる。
「あぁっ、驚かせてしまってすみません……」
「いや、こちらも集中していた。すまない」
申し訳なさそうにするヒミコにザクロも謝った。
そも、驚かせたのはユズなので、ヒミコが謝る筋合いもないのだが。
「…ところで、何をそんなに一生懸命になっていたんですか?忍霧さん」
「何やら、好き、とかいう言葉が聞こえたようだが…」
こてりと首を傾げるカリンと、にやにや笑うユズの対比に、ザクロはほんの少しだけ嫌な顔をした。
ヒミコやカリンはともかく、ユズは面白がるに違いない。
「…。…何でもない」
「何でもないことないだろう、ザッくーん!ボクらに教えたまえよ!」
固い声で答えるザクロに無邪気にユズが問いただそうとする…そんなやり取りを止めたのはカリンとヒミコだ。
「ちょっとユズ先輩?!!無理矢理聞き出すのは良くないです!」
「そっ、そうですよ、ユズさん!忍霧さん、嫌がってますし!」
「なんだぁい、二人だって気になるくせにー」
必死な二人に悪い笑顔のユズが言う。
途端、そりゃあ、まあ…と口籠るカリンとヒミコに、女子はコイバナ好きだな、とザクロはここに来てから何度目かの思考を巡らせた。
「…別に大した話ではない。…この前、イベントがあっただろう」
「ん?あぁ、あったねぇ。随分メタい話を持ち出すな、ザッくん」
「そこ突っ込まなくていいですから!…それで?」
くすくす笑うユズに突っ込んでカリンが続きを促す。
「それで、鬼ヶ崎が告白していただろう」
「あぁ、してたわね、ゲームで」
「してましたねー。サラッと言ってて格好良かったです、鬼ヶ崎さん」
カリンの言葉にヒミコがほわりと笑った。
「まあそれで、だ。鬼ヶ崎が出来るなら俺にも出来るだろうと…な」
「ああ、それで好きだのなんだのを繰り返していたのだな?」
「そうだ」
ザクロのそれに、ユズがなるほど、と笑みを見せる。
頷けば他の二人もああ、と言った。
「でも、そういうのって相手がいないと上手くイメージ出来ないんじゃないかしら?」
「そうですね。誰かを思うと考えなくても出てくるものですし」
カリンとヒミコが口々に言う。
なるほどな、と思っていればユズが二人に抱きついた。
「じゃあ二人はあの時誰を思っていたんだい?!なあ!」
「わっ、ユズさん!!」
「ユズ先輩、くっつかないで下さいってば!」
「…何やってんでぇ?」
元気だな、と思っていれば頭上から声がする。
見上げればきょとんとした顔のカイコクがいた。
「…いや、少し。…鬼ヶ崎、寝癖付いてるぞ」
まさか愛の告白どうこうを本人に言うわけにもいかず、ふと目をやった先で揺れる黒曜石色のそれがぴょこんと跳ねているからそう指摘する。
手を伸ばそうとすれば彼も身を屈め、目を瞑った。
まるでそれが当たり前のように。
髪に手をやり…ふとキスを強請っているようにも見えるそれに小さく笑い、そのまま引き寄せる。
「…?!!っはぁぅ、なにっしやが…!」
「…すまん、愛おしくなって、つい」
「なっ、な…??!」
口を離せば、顔を真っ赤にして文句を言うカイコクがいて、思わず笑ってしまった。
年上の、いつも少し離れた場所にいる彼がとても身近に思えて。
「可愛いな、鬼ヶ崎」
「…っ!あのなァ…!」
「そういうのも含めて好きだと言っているんだが?お前が飽くまで好きだと言ってやろうか」
「…飽きねぇのはお前さんだろうに…」
口をついて出たそれは紛うこと無き本音なのにカイコクは呆れたような、それでいて嬉しそうな顔をする。
それを見たザクロは、やはり彼は可愛らしいな、と再びカイコクを引き寄せたのだった。

「あれ、かんっぺきに私達の事忘れてますね。忍霧さんもまあ大胆というかストレートというか…ちょっと意外だわ」
「ボクやカリリンはともかく、ひーみんがいるのも忘れているな?カイさんも満更じゃあなさそうだし…人前は嫌がると思っていたがねぇ…」
「あはは…。でもいいんじゃないでしょうか。仲が良いのは素敵だと思います」

(さて巻き込まれた仕返しに、何を聞き出してやろうかな、なんてね!!)

いっぱい食べる君が好き!

ザクロ
朝食(ツナトーストときのこのスープ、ホッケと茶碗蒸し/茶碗蒸しを差し出すカイコクの手首を掴んで引き寄せキス)
「…遅いじゃねぇか」
日課であるランニングが終わって、シャワーを済ませてから食堂に向かったところで…かけられたのがこれである。
「…普段と変わらん」
「俺より遅えくせに?」
思わず顰めそうになるそれを抑え、カタン、と持ってきた食事をテーブルに置くザクロにそう言うのはカイコクだった。
普段この時間は、まだ寝ている彼を起こしに行くから…その事を言っているのだろう。
カイコクは朝はあまり得意ではないらしかった。
「…。…少し…トーストに手を加えていたんだ」
「へぇ?」
そう言いながら彼の横に座る。
何を食べているんだ、と聞けば「ホッケ」と短い答えが返ってきた。
相変わらず綺麗に食べるな、とぼんやり見ていれば「そっちは?」とカイコクが聞く。
「キノコスープがあったからそれとサラダと…後はツナトーストを」
「ツナ、トースト?」
きょとん、と彼が箸を咥えたまま首を傾げた。
知らないのか、と驚くが、カイコクは普段から和食を食べているのだ、知らない事もあるだろうと思い直す。
「マヨネーズとツナ、炒めた玉ねぎとしめじを乗せて焼いたんだ」
「…ほぅ……」
ザクロのそれにわくわくとした表情を、カイコクは見せた。
あまりこういうものを食べたことがないらしい彼が食べてみたいと思っているのだろうという事はその顔からも明らかで。
年相応のそれにザクロは小さく笑う。
「お前さん、そんなものも作れんのかい」
「これくらいは…。…両親が不在の時サクラに作ってやっていたからな。サクラは料理が苦手なんだ」
「…あー……」
 至極当たり前のように言うザクロに、カイコクは複雑そうな声を出した。
 何やら思い出したことがあるらしい。
「貴様は料理が苦手だったな」
「…。…苦手なんじゃねぇ。作ってたら焦げるんだ」
 どうやら地雷だった彼のそれに、料理は勝手に焦げない、と言いたくなりつつ、怒れる猫の尾を更に引っ張ることもなかろうと曖昧な返事をしておいた。
それで治まる彼ではないのを知っていたから、ザクロは温かいトーストを手に取る。
「少し食べるか?」
「いいのかい?!」
ザクロのそれにぱあ、と顔を輝かせるカイコク。
不機嫌な様子は何処へやら、だ。
その可愛い表情に仕方がないなと千切ろうとした…ザクロの瞳に彼の顔が映りこむ。
え、と思った刹那、トーストが齧りとられる音がした。
「おお、意外に美味えな」
彼は本当に幸せそうに食べるな、とぼんやり思うが、考えるべきはそこではなくて。
「鬼ヶ崎!!!!」
 一瞬の間をおいてザクロの声が響いた。
「?なんでェ。食べて良いって言ったろう?」
「…確かにそう言ったが」
 不思議そうなカイコクにザクロは苦虫を噛み潰したような表情をする。
 何故分かっていないのだろうと頭を抱えるが当の本人はどこ吹く風で。
「お前さん、料理上手いんだな。これを簡単に作るなんて大したもんでェ」
「それは…どうも」
「ん。…ごっそさん、忍霧」
「ああ。…ではなくてだな!!」
 にこっと笑うカイコクに一瞬流されそうになって慌てて引き戻した。
「?違うのかい?」
「俺は!行儀が悪いと言っているんだ!」
 きょとりと目を瞬かせて可愛らしく小首を傾げるカイコクに声を荒らげる。
 それに目を丸くした彼は口元を押さえ、可笑しそうに肩を揺らした。
「…何がおかしい」
「いや?…ったく、真面目だねぇ」
 睨むザクロに花が綻ぶようにカイコクは笑う。
「トーストは齧るもんだろう?」
「そうだが、これは俺のだぞ?…鬼ヶ崎が食べる分はきちんと分けてやるから」
「…別にそんなことしなくても、俺の一口はそんなにでかくないと思うがねえ?」
 可愛らしく笑っていた彼が何かに思い当たったかのように悪い顔になった。
 嫌な予感がする、とザクロは身構える。
「ははぁん。お前さん、さては間接キスになると思ったんだろう。…このむっつりスケベ」
「なっ…?!違う!俺はただ…!!」
「お互い初めてでもあるめぇに」
 真っ赤になって否定したところでカイコクはただただ楽しそうに笑うだけだった。
「ま、お前さんはいつまで経ってもチェリーみたいだよな」
「…は?」
くすくすと笑った彼がとんでもない爆弾発言をし、ザクロは思わず固まった。
…今、なんと?
理解が追い付かず、思わずフリーズするザクロに、カイコクがほら、と何かを差し出してくる。
「…なんだ」
「松茸。お前さん、好きだろう?」
 …トーストのお礼のつもりだろうか、彼が差し出す箸の先にあるのは茶碗蒸しに入っていた松茸だ。
「?忍霧?」
 こてりと首を傾げるカイコクの…箸を持っている手首を掴む。
 そうして。
「んんぅ?!!」
 油断している彼を引き寄せてキスをした。
 驚いたように目を見開くカイコクの、薄く開いた口から舌を入れ、弱いところを擽る。
「んぅ、ふ…っぁ…」
 鼻にかかった甘い声に多少の嗜虐心も沸くもののあまりやると怒られるから彼の力が抜けた所で離れた。
 呆けている彼が落しそうになった松茸を手で受け止めそのまま口に放り込む。
 松茸独特の芳醇な香りが口いっぱいに広がった。
「…お、お前さん…!」
「やはり松茸は美味いな」
 ようやっと戻ってきたらしいカイコクが真っ赤になりながらこちらを睨む。
 しれっとそう返せば「可愛くねぇ」と拗ねられてしまった。
「煽ったのは貴様だろう?」
「…。…俺は煽ったつもりはねぇぜ」
「どうだか」
 トーストを齧りながらザクロは睨む彼にそう返す。
「…ああ、そうだ、鬼ヶ崎」
「あ?なんでぇ」
 諦めて茶碗蒸しを食べ進めるカイコクにザクロはこともなげに言った。
「俺は出されたものは残さない主義なんだ」
「…?それが…?」
「熱いうちに食べてしまいたいんだが、構わないだろうか」
「?好きにしたらいいじゃねぇか」
 何を言っているんだ、と言わんばかりの彼の…腰を抱く。
「?!忍霧?!」
「…好きにして、良いんだったな」
「…え、あ」
 ザクロの思惑に気付いたらしいカイコクが待て!と声を荒げる。
「お前さん、今何時だと思って…!」
「前言を撤回するつもりか?」
 引き攣った表情の彼を無視し、トーストの最後を口に押し込んだ。
「美味しく『頂いて』やるから覚悟しろ…な、鬼ヶ崎?」
 ふに、とカイコクの唇に自身の指を押し当てる。
「…忍、ぎ…」
「…チェリーではない事を証明してやる。今日は離してやらないからな」
 
 童貞だなんて揶揄ったザクロに…とろとろにされ、カイコクが美味しく頂かれてしまうまで30分。


 …今日はまだまだ始まったばかり、だ。



マキノ
昼食(おにぎりと焼き芋/口端に付いたものを舌で取る、「期待した?」って聞いて2回目キス)
ぽてぽてと廊下を歩きながら、マキノはどうしよう、とぼんやり思った。
腕の中にはユズに貰った焼き芋の袋がある。
落ち葉を掃除し、丁度余っていた芋を焼いたから女子達で焼き芋パーティをするのだと言った彼女が「特別だ」と言って分けてくれたのだ。
まだお昼食べてないのになぁ、と思いつつ、食堂に行けば秘密がバレてしまうと悩みあぐねている内に自室が充てがわれているフロアに来てしまっていた。
「逢河?」
ふと、自分を呼ぶ声が聞こえてマキノは振り返る。
「…カイコッくん」
「何やってんでぇ」
可愛らしく傾げられた首がひょいとマキノの腕の中を覗き混んだ。
「…焼き芋?」
「…ユズちゃんに貰った…」
「…へぇ」
マキノの返答にカイコクが口角を上げる。
ちょっと待ってな、と言ってそのまま立ち去る彼に、再び、どうしよう、と立ちすくんだ。
待っていろ、と彼が言うならそんなに悪い事でもないのだろうけれど。
十数分後、「待たせた!」と上機嫌な様子でやってきたカイコクは手に何やら皿を持っていた。
「…おにぎり」
「おお。伊奈葉ちゃんに作ってもらったんでぇ。逢河、飯まだだろ」
ふわりと笑った彼が持っていたのは、梅とおかかのおにぎりと、鮭と高菜のおにぎりだ。
「…いいにおい」
温かいご飯の香りに少し笑みを零す。
「逢河、逢河っ」
 楽しそうに彼がちょいちょいと手招きした。
 疑問符を浮かべつつ着いて行けば自室へと案内される。
「…入って、いいの?」
「?入らねぇと食えねぇだろう?」
 首を傾げれば何を言っているんだと言わんばかりにカイコクがそう言った。
 …彼はプライベート空間に人を入れないとばかり思っていたから少し驚く。
「茶ァ淹れてくるから適当に座ってな」
「…あり、がと」
 奥の部屋に消えるカイコクに礼を言い、取り敢えずどうしようかと辺りを見渡した。
 今時珍しい和室の部屋で、落ち着くな、とマキノは思う。
 自室のようにベッドとフローリングの部屋よりもこちらの方が断然落ち着いた。
 畳とちゃぶ台と、それから格子窓。
 良くカイコクに似合っている部屋だな、とぼんやり思った。
「…なんでぇ、まだ突っ立ってたのかい?」
 黒曜石のような瞳を丸くした彼は、二人分のお茶を持ちながらくすくすと笑う。
 ちゃぶ台にお茶を置き、座布団を勧められた。
 そこに座れば、カイコクは唐突に窓を開け、何やら押し入れの方でごそごそと探り始める。
「おっ、やっぱり。あるもんだねェ」
「…?」
 何を抱えてきたのだろうかと見れば、小さな七輪と炭が抱えられていて。
「…っと。これに火を起こして、醤油を塗ったおにぎりを乗せて焼いて食うと美味いんだ」
「…焼きおにぎり」
「ご明察。…伊奈葉ちゃんに2つずつ握ってもらったから半分こにしねぇか」
 七輪で火を起こしながらカイコクが言う。
 年相応の無邪気さを見せる彼にマキノも笑んだ。
「…いいよ」
「ならまずは醤油だな」
 何だかいつもより楽しそうなカイコクにマキノは可愛いな、と思う。
 一応年上で、戦闘能力も仲間内ではトップクラスの男なのだけれど。
 普段は飄々としているがこういう可愛らしいところもあって、マキノは目を離せないのだ。
 パチパチと火の粉がはじける音がする。
「ん、まずは普通のやつ」
 渡されたおにぎりを受け取り、それを頬張った。
 口いっぱいに米の味と梅の酸っぱさ、醤油のきいたおかかの味が広がる。
「…美味しい」
「やっぱり流石だな。握り方が絶妙だ」
 にこにことカイコクがそれを頬張りながら言った。
「…モシカちゃん…」
「?誰でぇ、そりゃ」
 こてんと首を傾げる彼に、よもや飼い猫に似ているとは言えず、マキノは無言で二口目を口に入れる。
 食べ終わる事には焼きおにぎりも出来ていて、何だか至れり尽くせりだな、と思った。
 同じおにぎりの筈なのにとても香ばしいそれに、自然に笑みが零れる。
「…美味いか」
 嬉しそうに聞くカイコクにこくりと頷いた。
 ぱあ、と表情を輝かせる彼も、自分のおにぎりを頬張る。
 穏やかな時間が流れている、と…思った。
「…意外に腹いっぱいになるもんだな」
 はー…と満足そうに腹を擦るカイコクが、少し冷めたお茶を啜る。
 食事に合わせたと言っていたそれは昆布茶で、ほんの少ししょっぱかった。
 焼き芋が甘かったから丁度良かったのかもしれない、とマキノは思う。
「…」
 ふ、と目の前の彼の、口端に黄色いものが見えて、マキノは身を乗り出した。
「?逢河?どうし…。…?!!」
 きょとんとしたカイコクが驚いたように目を見開く。
 ぺろりと舌で舐め取り、自身の口の中に入れた。
 どうやら先程の芋だったようで微かな甘さが口に広がる。
「…んっ」
「…取れた、よ」
「…へ…?」
 鼻にかかった甘い声を出した彼にそう言って離れれば呆けたようにこちらを見つめた。
「…お芋、付いてた」
「っ!…普通に、取ってくれりゃあ…」
 短く告げれば顔を真っ赤にし、ふいと顔を背ける。
恥ずかしそうに口元に手をやるカイコクに、もしかして、と思った。
「…カイコッくん」
「…なんでェ」
 目線を逸らすわりに律儀に返事をしてくれる彼にマキノは嬉しくなる。
「…期待、した?」
「ん、なっ…?!!!」
 ばっ!!!!とこちらを振り向くカイコクの口に、今度こそ口付けた。
 ユズと下世話な話をするわりには意外と初心なところもある彼は、まるで秋の景色みたいだな、と思う。
 移り変わる表情に、言葉…感情、その全て。
 自分には持ち合わせていなくて、例え持っていたとしても、稀薄で、そも、自分には必要のないもので。
 代わりにカイコクが持っているからマキノはそれでいいと思った。
 可愛くて、美しくて、…そしてほんの少し危うくて。
 そういうところも愛おしい。
 この感情は彼が教えてくれたのだ。
 …愛は、ほわりと香る焼き芋のように、甘く暖かいものなのだと。
 ぎゅっとマキノの服を掴むカイコクの手をそっと撫でる。
「ふ、ぅ、んぅ…、ぁ…」
 とろりと熔けるカイコクの甘い声が、開け放った窓の外に消えた。




(ないしょ、ないしょ。

ないしょのはなしはあのねのね?


…彼のくれる時間がとびきり甘いものだというのは

マキノだけが知っている、ないしょのはなし)

アカツキ
夕食(天丼とエビフライ/エビフライをあーんしてもらおうと口を開けるカイさんにそのままキス)
さて今日の夕食は何にしようと、アカツキはうーんと悩んだ。
特に好き嫌いもない性分なものだからこの時間はいつも悩んでしまう。
 …と。
「あ、カイコクさん!」
「?入出?」
 席に着こうとしていた彼が、アカツキの声に止まり首を傾げた。
「カイコクさんも今からご飯ですか?」
「おお。…お前さん、駆堂はどうしたんでぇ」
 そう聞いた彼のトレーには天丼とみそ汁が乗っている。
 和食も良いな、と思いながらもアカツキは笑った。
「アンヤくんなら忍霧さんと決闘をすると言っていたからカリンさんに任せてきちゃいました」
「…大丈夫なのかい?それ」
「カリンさんなら、レフェリーをしてあげるわ、って張り切ってましたよ」
 複雑そうな表情の彼に言えば、「そういう意味じゃねぇんだが…」と小さく言う。
 何が違うのだろうと思いながらもアカツキは漸く決めた本日の夕飯を厨房に告げ、彼の隣に座った。
「カイコクさんは天丼なんですね!」
「まあな。…少し食うかい?」
「わああ、良いんですか?!」
 はい、と丼を差し出され、アカツキは素直に喜ぶ。
 和食か洋食か、悩んでいたところだ。
「では、遠慮なく」
「はいよ」
 自分用に、と取ってきた箸で丼からたれがかかった掬い取る。
途端、目を丸くする彼にアカツキもきょとんとした。
「?どうかしました?」
「…いや…。海老は、食わねぇんだな、と」
 心底からの言葉に、ああ、と笑う。
 存外この男は優しいのだ。
「カイコクさんの、一番のメインじゃないですかぁ。それに、俺はたれが染み染みのご飯、好きですよ」
「欲がないねェ、入出は」
 くすくすとカイコクが笑う。
 綺麗に箸を使い、半分に切った海老を持ち上げた。
「ほれ」
「あはは、すみません」
 差し出してくるそれに苦笑し、一旦自分の箸を置いてからアカツキは、口を開ける。
 優しい顔で差し出す彼の、海老を頬張った。
 口いっぱいに広がる、たれと甘い海老の味。
「おいひいれふ!」
「入出は幸せそうに食うねェ…」
 肩を揺らすカイコクに、彼がそれを言うのだろうか、とアカツキは思いつつにこにこと笑って見せる。
「俺、今日はミックスフライ定食にしたんですよ!!カイコクさんにもあげますね」
「そりゃあ有難ぇな」
 綺麗に笑う彼に、ちょっと待っててくださいと告げ、頼んだそれを取りに行った。
「お待たせしました!」
「おお」
 ひらりと手を振るカイコクの隣に再び座る。
「では、約束通り…」
「ん」
 丼の中に入れようとしたアカツキの目の前で、彼の口が小さく開いた。
 …入れてくれということだろうか。
口元まで持っていき、閉じようとした所でひょいと取り上げる。
「…?」
 不思議そうな表情でこちらを見る彼は可愛らしく、つい意地悪したくなった。
「…入出」
「あはは、すみません、つい」
 二度ほど続ければ、遂にぶすくれた表情で睨まれ、アカツキは苦笑いを浮かべて謝る。
「…ったく…」
 はあ、と小さく溜め息を吐く割、あ、と口を開ける彼に、信用されているんだなあ、と思った。
 流石に何度もやればその信用も失くしてしまう、と、エビフライを彼の口に入れる。
 漸く食べる事が出来たそれに、カイコクは満足そうに笑んだ。
「…エビフライもいいな」
「それは良かったです」
 食べるときの彼は心底幸せそうでアカツキも嬉しくなる。
 さて自分も食べようとエビフライを持ち上げたところで彼の口が再び開いていることに気付いた。
 どうやらおかわりを所望しているらしい。
 餌付けみたいだ、と思いつつ無防備に口を開く彼があまりにも可愛らしくて。
「んんぅ?!」
目の前の彼が目を見開く。
腕を引き寄せられ、唐突に口づけをされたら驚きもするだろうか、なんて他人事のように思った。
「…んぅ、ふ…ぁ…は…ん…」
 鼻にかかった甘い声でカイコクが小さく喘ぐ。
 もっと、か、離せ、か。
 今回に限っては後者だろうかとアカツキはそっと離れた。
「…っ、入出!!!」
「すみません、カイコクさんが可愛いもので、つい」
「…可愛いって、お前さんなぁ…」
 声を荒げるカイコクに悪びれる事なくそう言えば、彼はあからさまに呆れた表情を浮かべる。
 そんな彼の目の前で、先程食べかけたエビフライを振って見せた。
「…食べたいんですか、タルタルソースたぁっぷりの俺のエビフライ」
「…入出?」
「はい」
 にっこりとカイコクが笑う。
 目が笑っていないそれは、カイコクが怒っていることを示していて。
「…すみませんでした」
「謝るくれぇならやらないでくんねぇか?」
 小首を傾げ、カイコクが念を押すように言った。
美人が怒ると怖い…嫌と言うくらい知っている。
…主に、この彼が教えてくれた。
「分かりました、分かりましたから」
怒れるカイコクの、いつの間にやら空になった丼の中にそれを入れる。
「…俺は物には釣られねぇ」
「…それが牡蠣フライ、だとしても?」
「なにっ?!」
 ぷいっとそっぽを向いていた彼がすぐに戻った。
 表情がきらきらと輝いていて実に分かりやすい。
「…。…牡蠣フライだけじゃあな」
「…イカフライも付けますよ?」
 物には釣られない、と言った手前だろう、再び目を逸らそうとするカイコクににこりと笑った。
「…イカフライ…?」
「イカフライです」
 どうぞ、と彼の口の中に放り込む。
もぐもぐと咀嚼をする内、幸せそうに表情が蕩けていった。
 …カイコクを陶磁器のお人形さんだと誰が言ったのだろうか。
こんなにも分かりやすいのに。
「…今回だけ、な」
「はいっ」
 ごくん、とそれを飲み込み、牡蠣フライに箸を付けながら言う彼に、アカツキは元気に返事をした。
 存外に、今回だけ、が多いカイコクは、多分絆されやすいんだろうなあと頬杖を付く。
 言ったらまた不機嫌になるから言わないけれど。
「ところで、カイコクさん。俺、お腹がすきました」
「はあ?…今食べてたじゃねぇか」
 丁寧に手を合わせて食事を終えたカイコクにそう言えば、彼は眉間に皺を寄せた。
「俺ねぇ、メインをあんまり食べてないんですよ」
にこにこと笑うと、彼は真意に気付いたのだろう、嫌そうな顔をする。
「カイコクさん…食べましたよね?俺の牡蠣フライとイカフライ」
「…っ、そりゃあお前さんがくれるって…!」
「無償であげるなんて言ってないですよ、俺!」
 にっこりと笑うアカツキに、彼は「聞いてねェ」とぶすくれる。
「言ってませんから」
「…そういうのは卑怯っていうんだぜ、入出?」
 笑みを浮かべながらも何とか逃げようとする彼を引き寄せる。
 憶えておきますね、と笑顔で言い、アカツキは更にカイコクの笑みが引き攣るような事を言ってのけた。
 だって、夜は…今からが長いのだから。
 
「一応俺も男なんで。欲はありますよ?」

アンヤ
夜食(ギョーザピザ/口に咥えるカイさんのギョーザピザを食べ、不意にキス)
とある、真夜中。
「…腹、減った」
いつもの如く眠れなくなったアンヤは空腹感に身体を起こした。
満腹になれば眠れるかもしれないと、充てがわれた自分の部屋を出る。
ペタペタと廊下を歩き、少し考え食堂に入った。
何か飲むものでも…と思ったところで、人影に眉を顰める。
「…何やってんだ、鬼ヤロー」
「…。…駆堂じゃねぇか」
きょとんとした表情でこちらを見るのはカイコクだ。
「お前さんも腹が減ったってトコかい?」
「…まあな。オメーもか」
「おお」
小さく笑って頷く彼の手にはペットボトルがある。
水でも飲んで腹を満たそうという魂胆だろう。
あまりに侘しいそれに、アンヤは頭を掻いた。
「…あー…なんか作ってやろうか?」
「へ?」
カイコクはと言えば、予想外の言葉に目を丸くしていて、それが何となく腹が立った。
「んだよ、その面」
「…いや、お前さん…料理するんだな、と…」
「オレだって作れるわ!つーか、テメーよりマシ!」
びしっと指を差せば、はいはい、とカイコクが笑った。
こうやって笑う割に、彼は料理は不得意らしい。
何でも出来る癖に意外と隙のあるカイコクの、そういう所が可愛いと思うんだろうな、と他人事のように思った。
「何作ってくれるんだ?」
「…あー……。ギョーザピザ」
「…ぎょーざ……??」
期待した目のカイコクにそう答えれば彼は耳馴染みが無かったのか、きょとんとした顔をする。
「ギョーザの皮をピザ生地代わりにして…。…見た方が早ぇ」
説明をしようとして面倒くさくなり、アンヤは冷蔵庫を開けた。
目当てのギョーザの皮と、自分の分に、とウインナーやケチャップ、さけるチーズと缶詰のコーンを出したところで彼は肉より魚が好きだったと思い出す。
再び冷蔵庫を漁りだすアンヤが見つけたのは、ツナと、小ネギに味噌、マヨネーズ。
さけるチーズよりは粉チーズのほうが良いだろうかと考えていれば、ふと頭上からくすくすと可愛らしい笑いが降ってきた。
「…んだよ。笑ってんじゃねー…」
「…いや。お前さん、案外凝り性なんだな、と」
「はぁ?」
胡乱気に見上げるアンヤにそう言って笑うカイコクに、よくわからない、という表情を返す。
それに、何も、と笑った彼は「何か手伝うかい?」と小首を傾げた。
「いらねー。大人しく座ってろ」
「じゃあそうさせてもらうかね」
アンヤの言葉にカイコクは素直に椅子を持ってきた。
調理台のすぐ隣にそれを置き、ちょこんと腰掛ける。

鉄のトレーに片栗粉を振り、わずかに水で湿らせたギョーザの皮を並べた。
ウインナーを切って皮にケチャップを塗る。
コーン缶を開け、その上にチーズと共に乗せた。
「あ、っとは…」
自分用は終わったと、次の作業に取り掛かる。
 ツナ缶を開け、ボウルに味噌とマヨネーズを入れて混ぜた。
 切った小ネギも入れ、ほんの少しだけ醤油を垂らし、ギョーザの皮の上に乗せる。

 彼に見守られながらてきぱきと準備をし、後は焼くだけになった。
「っし、準備終わり」
「…これだけ、かい?」
「おう。こんだけあったら十分だろーが」
 不思議そうなカイコクにそう言ってやり、アンヤはフライパンに火をつける。
「手際がいいねぇ」
「あーまあな」
 感心したような彼の声に、曖昧に返事をしアンヤはそれをフライパンに並べた。
 洗い物を済ませている間に焼き上がったピザをいくつか皿に乗せる。
「ん」
「…」
 差し出しても困惑した様子で手を付けないカイコクに苛立ち、「口開けろ」と言った。
「…けど」
「いいから食え、ほら!」
 躊躇する彼の口に無理矢理押し込めば驚いた様に目を見開く。
 咀嚼を繰り返し、こくんと嚥下する頃にはカイコクの表情は別の驚きに変わっていた。
「…どうよ」
「…美味い…」
「だろ?」
 ぽつりと漏らした感想は彼の紛う事無き本音で、アンヤも思わずどや顔をしてしまう。
「駆堂、すげぇじゃねぇか!」
「いや、まあ大したことじゃねぇけど」
 素直に褒めてくれるのは良いがどうにもむず痒く、少し顔を逸らした。
「何処で覚えたんでぇ」
「あー…忘れた。…けど」
「けど?」
 言いよどむアンヤにカイコクが首を傾げる。
 まあ別に隠す話でもなしと口を開いた。
「…昔な、シン兄…オレの兄貴に初めて作ったのがこれなんだよ。美味しいっつってくれたから、作るのが上手くなったってだけ」
「…へえ?」
 カイコクがふわりと笑む。
 そう言えば彼も、兄と同じ大学1年生だっけと密かに思った。
 あまり似ていないと思ったが…こうやって褒めてくれるところと、優しい微笑みは少し似ているかもしれない。
「?駆堂?」
「なんもねぇよ」
 不思議そうに呼ぶカイコクに軽くそう言ってアンヤは自分用のそれを口に運んだ。
「…他の奴らには内緒にしとけよ。後がうるせぇから」
「へえ、秘密の共有、ってやつかい?」
「なんだそりゃ」
 楽しそうに笑う彼に思わず呆れた目を向ける。
「俺たちは共犯者ってとこだな」
 ふわふわと笑う彼は可愛らしく、「いいから黙って食え」と二枚目を口に押し込んでやった。
「…駆堂、こっちは食べねぇのかい?」
「あ?あー…」
 カイコクに言われ、そういえばツナの方は食べていないと気付く。
 目の前で揺れる、彼が食べているピザに齧り付いた。
「?!!!」
「…おお、うめーな」
意外と魚もいけるな、と咀嚼を繰り返したところで目の前のカイコクが呆けているのに気付く。
「何アホ面晒してんだ、オメー…は……」
そこまで言ってはたと止まった。
…そういえば口唇に柔らかいそれが当たった…ような。
「…っ、普段はもっとすげーことやってんだろーが!」
「…不意打ちは…訳が違ェ、だろう…」
 もごもごと彼が答える。
 普段の様子は何処へやら、だ。
「鬼ヤロー、こっち向け」
「…嫌でぇ」
「おい」
「…」
 呼んでもこちらをちらとも見ようとしないカイコクに、アンヤは苛立った。
 元々短気な性格でもある。
「鬼ヤロー」
「…しつこ…」
「…。…カイコク」
「?!!!」
 普段は呼んだこともない彼の名を呼べば、信じられない、といった風に勢い良くこちらを向いた。
「隙だらけだな、オメー」
「なっ…んんぅ?!」
 軽く笑い、真っ赤な顔をするカイコクにキスをする。
「…ふ、は…ぁ…。…っ、駆堂?!」
 声を荒げる彼に、ギラリとした目線を送った。
「言っとっけどな、オレだって一端の高校生なんだよ」
「…駆堂…あの、な…?」
 ひくっとカイコクの表情が引き攣る。
 だが止めてやるつもりは毛頭なかった。
「オレさあ、まだ腹減ってんだけど?」
「…ぅ、ぐ…っ…ん」
 アンヤの言葉に詰まる彼に、三度目のキスをする。
 片付けが大変だろうな、とぼんやり思いながらも、調理台に押し倒した。

夜が更ける。

…眠れないのもたまには良いな、と思った。




おまけの袋とじ
アキラ
間食(あかつきカルピスとシェルチョコレート、ボンボン・ア・ラ・リキュール/キスなし・アキラ様が手ずからチョコを食べさせ、カイさんの口内でチョコを潰して塗りたくる。汚れた指は舐めとらせる)

「あかつきカルピスですよ、カイコクさん!」
 にっこりと笑ってそれを差し出す。
 差し出された彼の方は苦笑いでそれを見つめていた。
「…いや、だからな…?」
「珍しくないですか?!期間限定なんです、是非カイコクさんに飲んでほしくて!」
「分かった、分かった」
勢い良く迫れば、カイコクはへにゃりと笑ってその白濁色が含まれたコップを受け取る。
「…匂いは…あんまり桃の感じはしないねぇ…」
 すん、と彼がコップの中身の匂いを嗅いだ。
「そういうものですよー」とニコニコ笑ってそれを見守る。
 自室にいるカイコクを訪ね、「お腹空いてません?間食しませんか?」と言い押し入っても特に追い返しもしなかったから彼は優しいんだろうな、と思った。
「…カイコクさん、お昼は食べたでしょう?晩ご飯はまだですよね。ならこの時間は間食タイムです!俺と一緒に間食、しましょう!」
そう言ってにっこりと笑えば「構わねぇけど?」と微笑む…意外と自分の危機管理にうっかりしている彼に小さく笑みを零す。
甘いのが苦手だからか躊躇していたらしいがようやっとコップに口を付けた彼の…背後に周り後頭部とコップの底を押さえつけた。
「んぐ?!!んぅ、ん、んーー!」
「ちゃんと飲まなきゃ…だろ?『カイコクさん』」
くすりと笑う。
 抵抗する彼の、肌に飲みきれないカルピスが零れた。
 呼吸が出来ない!と暴れていた彼の抵抗が弱まり、こくん、と徐々に嚥下し始める。
 飲まずに口の中に溜めておいて、吐き出すと言うのもありなのに、彼はどこまでも律儀だなあと思った。
 まあ吐き出させもしないのだけれど。
「…はあっ、はあ…は…」
「全部飲んだんですね、偉い偉い!」
 にこにこと笑って、頭を撫でようと手を伸ばす。
 それはぱしりと、カイコク本人によって弾かれた。
「…。…なんの、つもり…でぇ…」
荒い息を吐きながら、ギロリと彼が睨みつけてくる。「何って…飲ませてあげたんじゃないですか」
「ふざけるな!一歩間違えりゃ死んで…ぇ…?」
 声を荒げようとした彼の身体が、ぐらりと揺れた。
 それでも床に倒れ込まず、身体を支えたのは強靭的な精神力か、プライドかそれとも。
 …そんなもの失くしてしまえば苦しまずに済んだのに、と笑いながら無理矢理その肩を押す。
「っ!ぐ…」
「カイコクさん、強情ですよね」
 言いながら笑みを見せた。
 対するカイコクはぞっとしたようにこちらを見る。「まあ…そういうところが好きなんですけど。俺も『あいつ』も」
「…な、んの…は、なし…」
「…いえ、こっちの話です」
 とろりと熔けて堕ちそうになる漆黒の瞳に笑みを見せ、すっと手でそれを隠した。
暗闇に包まれた視界は、脳が夜を知らせ…否応なしに眠りに堕ちる。
 嫌だ、と呟かれた小さなそれに笑い、そっと囁いてやった。
「…おやすみ、『カイコクさん』。次に会うのは…地獄だ」
 ぼんやりと彼が目を開く。
 おはようございます、と告げれば、カイコクは警戒するようにこちらを睨んだ。
 まるで猫みたいだ、とぼんやり思う。
…まあ起きてすぐ身体が縛られていれば誰だって警戒はするだろうけれど。
「…お前さん、誰でぇ…」
「誰って…入出ですよ。入出アカツキ」
にこっと笑えば、カイコクは睨んだまま言葉を吐き出した。
「はっ…嘘だな」
「…嘘?」
 予想外のそれに首を傾げてみせる。
 わざとらしい、と眉間に皺が寄った。
「…入出は俺を縛ったりしねェ。あんな…あんな事しねェんだよ」
「…あんなこと、とは」
「とぼける気かい?…俺に、何を飲ませた」
ギリ、と睨みつける彼に軽く笑う。
「あかつきカルピスですよ、説明しましたよね?」
「その中に何が入っているかは説明されていないんだが?」
 綺麗な笑みを、カイコクは見せた。
 それが仲間内に見せるものとは全く違うものだということを知っていて、こちらも笑みを崩さない。
「ちょっとした睡眠薬ですよ。違法的なものは何も」
「勝手に人様に睡眠薬飲ませるのは合法だとでも?この偽者さんが」
挑発的に笑うカイコクに、思わず笑ってしまった。
「…それ、本当に『入出アカツキ』だと思いますか?」
「…は?」
「無害で誰にでも笑顔を振りまいて。それは本当に俺でしょうか。…こっちの」
 言いながらぐい、と彼の顎を持ち上げる。
 嫌そうに表情が歪められた。
「飲み物に睡眠薬を入れて眠らせ『カイコクさん』を縛りあげる、こちらが本物かも?」
「…」
「『カイコクさん』が今まで見ていたのは果たしてどちらでしょうね」
 くすりと笑って見せる。
「…ゲームを、しようか」
「…っ、ゲーム?」
 少し、ほんの少し口調を『戻し』カイコクに言った。
変わったのを敏感に感じ取ったのだろう彼が挑戦的な笑みを浮かべる。
 少しでも怯えた表情を見せないのは流石彼らしいな、と思った。
 …怯えてでも見せれば少しは結末も変わったかもしれないのに。
「で?そのゲームってぇのは?」
「ここに3つ、チョコレートを用意した。どれか好きなのを一つ選んで食べるだけ。簡単なゲームだろ?」
「…俺ァ、甘いのは苦手でな。やるなら他のゲームにしてくんねぇか」
互いににこりと笑い合う。
「…他の仲間がどうなっても?」
「…は?」
 その言葉に、彼が挑戦的な表情を崩した。
 絶望的なその表情たるや!
 ぞくりと快楽のようなものが走る。
「お前さん…まさか」
「…ああ、安心してよ。殺したりはしてない。…ただ眠っているだけ…今のところは、だけど」
助けを求めるようなそれに笑むと、カイコクはほっとした顔をした。
随分と今の仲間に入れ込んでいるのだな、と笑う。
「じゃあ改めてルールを」
 チョコレートを出してきて、彼に見せた。
「一つは普通のシェルチョコレート…中身はアプリコットのジャム。もう一つは、ボンボン・ア・ラ・リキュール…度数は高くないから安心しなよ。最後は…媚薬入りだ。さあ、『カイコクさんはどれを選びます』?」
「…っ!…あく、しゅみ」
悪態を吐くものの、言わないと終わらないと悟っているのだろう…なまじ頭が良いと大変だな、と他人事のように思った。
震える声が場所を示す。
告げられたその場所にあるチョコレートを取った。
「口、開けて」
そう言われて嫌そうながら彼が素直に、小さく口を開けたのは、ただただ仲間を守りたいからだ。
「ん、ぐぅ!!…ぅあ、…ん…」
 チョコレートを指ごと突っ込まれ、苦しそうに眉を顰めるも噛みついてこないのは…彼が一心に仲間を想っているから。
 自分が反抗すれば仲間が傷ついてしまうかもしれないから。
 だから自分がリスクを冒してまで守ろうとする。
 自分だってどうなるか分からないのに、可愛いなあと小さく笑った。
 それを知っていてわざと指で口内を犯す。
「んぅ、ふ…ァ、ん、ぅ…ぐ…!」
 上顎でチョコレートを潰し、ぶちゅりと飛び出た液体を口内に塗りたくった。
 …甘い物が苦手なのを知っているからこそ。
歯の裏、頬の内側、舌の先…その全てにチョコレートを染み込ませていく。
 飲みきれない唾液が口の端からだらだらと零れ落ちた。
「…ぁ…は、ぁ…っぅ…」
「汚れたんだけど」
 指を引き抜きにこりと笑う。
 差し出したそれに、カイコクはほんの少し躊躇した後舌を出した。
「んぅ、は…んく、ぁう…」
 甘いものが嫌いな筈の彼が、嫌そうに表情を歪めて指を舐めている。
 ちゅ、とリップ音が響き、もういいだろうと言わんばかりにカイコクがこちらを睨んだ。
 指が離れていく前に奥に突っ込み、上顎を擽る。
「っ!!ぅ、や…」
 カイコクがそこが弱いのを知っていてさんざ責め立ててから指を引き抜く。
 熱い息を吐き出してから、彼は普段通りの挑発的なそれを浮かべた。
「…チョコは食ったぜ。早くこれを解いてくんなァ」
その彼に、こちらも笑みを浮かべる。
「それ、媚薬だったらどうするつもり?…その溶けた躰で仲間の元に戻るんだ?」
綺麗な瞳を大きく見開く彼に手を伸ばした。
「効果が出るのは1時間後。…それまで俺ともお話ししてよ。『カイコクさん?』」
 にっこりと音が付きそうな笑顔を見せる。
 小さく悪態をつく彼の…頭を今度こそ撫でた。

この箱庭に閉じ込められた彼はどうなるのだろう。
 まるでシュレディンガーの猫みたいだな、と思った。
 自由気ままでプライドが高く、うっかりしている…黒い猫。
 彼の行く末は天国か地獄かはたまたそれとも。
それを知る、間食時間の終わりは…約一時間後、運命の秒針は今刻み始めた。

(黒猫の運命が決まっていたのは、さていつから?)