ルカ誕
「…なんかさぁ」
「…はい?」
ルカちゃんの誕生日にお兄ちゃんが作った(それもどうかとは思う)シュークリームの余りを頬張りながら私は天井を見つめる。
ちなみにシュークリームはケーキの飾りになるらしいけど、お兄ちゃんは何を目指してるんだろうね?
にっこにこで「レンと良い曲が歌えたんだ」って言ってたからVOCALOIDだとは思うけど…お兄ちゃんの話は置いといて。
「私、ルカちゃんにプロポーズばっかししてない?」
「…それを、されている本人に言ってしまうんですのね…?」
気付いたとばかりに言えば横にいたルカちゃんが小さく首を傾げた。
可愛いなぁ、ルカちゃん。
またプロポーズしちゃおっかなぁ、さっきもしたけど。
でもなぁ。
「?どうかしましたの?ミク姉様。表情がいつもに増してくるくると変化されて…」
「だってさぁ、ルカちゃん慣れてきてない??」
「え??」
ごくんとシュークリームを飲み込んでから疑問をぶつければルカちゃんはきょとんとした顔で私を見た。
イマイチピンと来ていないらしいルカちゃんが「クリームついてますわ」と手を伸ばしてくる。
「え、あ、ありがと」
「どういたしまして。…それで、慣れている、とは…?」
「だからね、ルカちゃんが私からのプロポーズに慣れてきたんじゃないかって話!」
長い桜色の髪をふわりと揺らすルカちゃんに言えば、まあ、と笑った。
そんな笑顔も可愛いだなんて流石だなぁルカちゃん。
「ミク姉様は、プロポーズする度、私に惚れて下さっているんですよね?」
「もっちろんだよ!今この瞬間でさえも惚れてるよ!」
「ふふ。なら…私も同じですわ」
可愛らしくルカちゃんが、笑う。
花が咲くように、ふわふわと。
そんな笑顔を見て…私はまた恋をするんだ。
「プロポーズされる度、ドキドキします。ミク姉様の愛はいつも本気ですから」
「ルカちゃん…」
「誕生日くらい、手加減してくださいね?」
笑みを向けるルカちゃんにキスをする。
誕生日なんだから、手加減するわけ、ないじゃない。
だって、プロポーズじゃ足りないくらい、貴女を愛してるんだもの!!!
「生まれてきてくれてありがとう、ルカちゃん。永遠に、ルカちゃんを愛してる」
「…私もですわ。ミク姉様」
司冬ワンライ・いー肉の日/はらぺこ
くぅ、と小さな音が聞こえた。
ちなみに言うと司ではない。
練習後ではあるが…こんなに控えめな音ではないからだ。
…と、すれば。
「…すみません」
少し赤い顔をして冬弥が謝る。
珍しいな、と司は笑った。
「気にするな!珍しくはあるが…冬弥も練習を頑張った、ということだろう?」
そう言えば、冬弥は目を丸くしてからふやりと微笑む。
そうですね、と言った冬弥に司は頷き、ぽん、と手を打った。
「ならばコンビニに行こうではないか!夕食前だが…大丈夫だろう?」
「…そ、うですね。多分夕食も食べられると思いますが…」
「よし!では決定だな!何が食べたい?唐揚げか?肉まんか?ホットドッグも捨てがたいな…」
ブツブツとホットスナックのラインナップを思い返しながら呟いていた司だが、ふと気付けば隣の冬弥が肩を揺らしている。
「?どうかしたのか?」
「いえ。…先程から呟かれるそれが肉系ばかりだな、と思いまして…」
冬弥の指摘にそうだな、と思った。
お菓子やらおにぎり、パンでも良かったが何故だか出てくるのは肉系ばかりである。
「まあ、あれじゃあないか?」
「え?」
「今日はいー肉の日、だからなあ」
笑いながら司は冬弥の腰を抱く。
食べているらしいのに細い彼の腰に不安を覚えた。
冬弥ならば大丈夫だろうが…食べさせてやらなければ、という使命感が司を襲う。
それはそうだろう。
なんたって、司も冬弥も食べ盛り。
はらぺこ高校生なのだから!!
「…うん、肉付きが良い方がやはり…」
「…?司先輩?」
「何もない!何もないぞ!さあ、コンビニに向かおうではないか!!」
司冬ワンライ・さあどっち?/ご褒美
「どーっちだ!!」
急に妹の咲希が握り込んだ両手を突き出してにこにこと笑う。
「…む、ではこちらだ!」
右を指差すと、じゃじゃーん!と言いながら手を開いた。
中からはピンク色のキャンディが姿を見せる。
「桃味のキャンディでしたー!ちょっと休憩どうぞっ!」
「おお、ありがとうな、咲希」
「えへへ、どういたしまして。じゃあアタシはお兄ちゃんが選ばなかった方の、マスカットキャンディ食べちゃおっと!」
楽しそうに笑った咲希はもう片方を開き、中にあったキャンディの包を開いて口に放り込んだ。
こういうゲームの場合、片方には何もないこともあるが、彼女はどちらにもキャンディを忍ばせていたらしい。
「…なるほど、これは使えるな…」
「?ほぉうかしはの?」
きょとんと咲希が首を傾げた。
何でもないぞ、と笑って司もキャンディを口に放り込む。
口いっぱいに甘酸っぱい味が広がった。
「冬弥!」
「…。…司先輩」
図書室にいた冬弥に声をかけるとふわりと微笑んだ彼がやってくる。
今日はあまり生徒もいないようだ。
「お疲れ様です。…今からフェニックスワンダーランドですか?」
「ああ。…その前に、いつも頑張っているお前に、ご褒美をやろうと思ってなぁ」
小首を傾げる冬弥に笑いかけ、先日の咲希と同じように手を突き出した。
「さあ、どちらが良い?」
一瞬驚いたように目を見開いた冬弥が「では、こちらで」と左を差す。
開くと中からは星型のキャンディが顔を見せた。
「お、レモンキャンディだな。ほら、口を開けると良い」
包を解き、指でつまんで彼の口元に持っていく。
少し恥ずかしそうにした冬弥が小さく口を開けた。
キャンディを口の中に入れてから…己の口で蓋をする。
舌で奥まで入れ、すぐに引き抜いた。
流石にこんなところでディープキスをするわけにはいかない。
「…っ?!」
顔を赤くする冬弥は確かに可愛いが、理性も大切だろう。
…大分その糸は切れそうになっているが。
「…図書委員、頑張れよ。冬弥」
代わりにそう囁いて、もう片方に入っていたコーヒーキャンディを握らせる。
では!と手を振り、司は教師に怒られないくらいの速さで廊下を駆けた。
ふう、と息を整えて冬弥にやったコーヒーキャンディと同じものを口に含む。
苦いはずのそれは、まるでレモンのように甘酸っぱい気がした。
甘い甘いキャンディのようなご褒美を貰ったのは、
さあどっち?
「…甘いのは良いけど、後で青柳くんに謝っといてよね…」
「おぅわ?!…いたのか、寧々」
司冬ワンライ/和服・見惚れる
「和服…なぁ」
紙袋の中身を見て司はうーんと上を向いた。
正月のショーで使った衣装を、いつもならば衣裳室に置いてくるのだが何故だか今日は貰って帰ってきてしまったのである。
何故そんなことをしたのかは自分でもよく分かっていなかった。
「衣装?全然良いよー!この衣装、どばーんってしてキラキラで格好良いもんね!」
「まあキラキラし過ぎてるから普段使いは出来ないだろうけど…」
「そもそも、和服は私生活では着る機会も少ないかもしれないけれどね。司くんが和装の生活に変えたいというのなら話は別だろうけれど」
えむに寧々、類が口々に言う。
確かに正月で使用した衣装は少々煌びやかが過ぎた。
それに和服というのもハードルは幾分高い。
…えむの、「そーかなぁ?司くんなら普段のお洋服にしてもだーいじょーぶだよ!」という無責任なあれそれは置いておくとして。
ならば何故、持って帰りたいと思ってしまったのだろう。
「…考えていても仕方がない」
息を吐き、司は正月ぶりに袖に手を通してみることにした。
着ることで何か分かるかも知れない。
幸いな事にショーで使うものであるため、着るのには苦労しないタイプのものだ。
「うむ。やはり素材が良いな!着心地は上々だ」
大きな姿見に全身を映し、司は満足とばかりに頷く。
流石は鳳財閥のオーダーメイド、詳しくは聞いていないが最高級品なのだろう。
…それをぽんとくれる辺り、司とは住む世外が違うと思った…それは置いておいて。
着心地はともかくとしてやはり自分が欲しいと思った理由がよく分からなかった。
確かにデザインは好きな形だし、着心地も抜群だ。
だが…。
「…む」
と、その時、ピンポーンと玄関チャイムの音がした。
今日は両親も妹もいないから自分が出なければいけない。
「はい、どちらさ…」
階段を駆け下り、扉を開けた。
「…え」
「おお、冬弥ではないか!!どうした?」
その前にいたのは何やら荷物を持った冬弥で。
司は表情を明るくさせたが彼はぽかんと司を見つめている。
「?冬弥?」
「…あっ、すみません。あの、母さんが、先輩のお母様から教えていただいたという料理がよく出来たので持って行ってほしい、と」
「そうだったのか!わざわざすまない!」
「…いえ」
冬弥がふいと目をそらした。
何か失礼なことでもしてしまったろうか?
「どうしたんだ?」
「…えっと、その」
「?」
彼がそわそわとこちらを見る。
ちらりと見える耳朶は赤く染まっていた。
「…すみません、先輩が格好良くて…見惚れてしまいそうでしたので」
小さな声に、なんだ、と司は笑う。
冬弥の反応も…自分が何故この服を持って帰りたかったのかも。
何故ならそれは。
「…もっとオレに見惚れても良いのだぞ?」
司は笑う。
きっと彼のこの顔が見たかったから。
(司だけを映す、そんな顔)
しほはるワンドロ・振袖/巫女さん
バイトからの帰り道、なんだか道で振り袖の人をよく見かけた。
何故だろうと思っていたが、そういえば姉から「今日は成人式ねぇ」とのほほんと言われたのを思い出す。
着物なんて着たのは七五三くらいしか記憶にないな、と思いつつ志歩は人々の群れに逆行するように足を向けた。
少し遠回りになるが…人混みに揉まれるよりは良いだろう。
…と。
「今晩は!成人式の帰りに温かい飲み物は如何ですか?」
ふわふわした声が聞こえる。
え、と思ってそちらに顔を向ければ遥が笑顔で道行く人たちに何かを配っていた。
「桐谷さん?!」
「日野森さん!今晩は、もしかして練習帰り?」
「いや、今日はバイト…。…っていうか、何してんの」
「うーんと…ボランティア?」
困ったように遥が笑う。
彼女がいうに、この神社に知り合いがいるようで、また手伝っているらしかった。
そういえば以前も手伝っていた気がする。
その時はMOREMOREJUMP!ではなく個人としての手伝いのようだが。
「それにしても何で…」
「…巫女服が見たいって頼まれちゃったの」
「…あー、そういう……」
へにゃりと笑う遥に志歩は納得する。
遥は以前と同じで巫女服を着ていたからだ。
正月でもないのに、と思ったがどうやらその知り合いが頼み込んだようである。
今日は成人式、ついでに仕事も、と言われれば遥には断る義理もなかったのだろう。
「…日野森さん?」
「…。…あんまり他の人に桐谷さんの可愛い姿見せたくないから、程々にね」
そう言えば遥は目を丸くしてから嬉しそうに笑った。
「うん、分かった」
独占欲が強いかな、と思ったが彼女は気にならなかったらしい。
少しホッとしながら、遥から紙コップを受け取った。
「そういえば今日成人式だね」
「そうだね。…桐谷さんは、振り袖着たい、とかある?」
「私?うーん、憧れはあるけど…。日野森さんは?」
「私は…別に良いかな……両親がどうしてもっていうならまあ、考えるかも…?」
遥に問いかけたが逆に質問されてしまい、志歩はそう答える。
「…ご両親だけ?」
「え?」
「…私のワガママは、聞いてくれない?」
珍しい彼女のそれに目を丸くしてから、ふは、と笑った。
どうやらしてやられてしまったらしい。
「良いよ。…桐谷さんが着てくれるならね」
「…ふふ、じゃあ成人式の約束ね」
お互いに言い、くすくすと笑った。
きっと、成人しても。
この幸せな関係が続いていますように。
「…ところで桐谷さん、これ、なに?」
「それ?ホットアップルジュース、だよ」
http://handcrafts-for-kids.com/ohinasama-fingerpapets/
https://www.lego.com/ja-jp/service/buildinginstructions/10696
司冬ワンライ/成人・酔ってしまいそう
そういえば袴姿や振り袖を着ている人たちをよく見るな、と思っていた。
「そうか、成人式か…」
「今気付いたの?!お兄ちゃん!」
ぼんやりと呟けば妹である咲希が驚いたようにこちらを向く。
「いや、休みだとは思っていたんだがな…?」
「あははっ、そういうトコ気にしないもんね、お兄ちゃん!」
咲希がにこにこと笑い、そうだ!と楽しそうに手を叩いた。
「ねえねえ!成人したら何がしたい?」
「成人したら?…そうだな…」
彼女のわくわくしたそれに司は考える。
「…酒を、嗜んでみたいかもしれないな」
「!そーなんだぁ」
思った答えと違ったらしい咲希が驚いたように言う。
「?どうした?何か意外だったか?」
「ううん。お兄ちゃんなら、とーやくんと結婚する!って言うかと思って」
「それは、してみたいこと、ではなく、必ずすること、だろう?」
「あ、なるほど!それもそうだね!」
司のそれに咲希はあっけらかんと笑った。
「そうだ!これからとーやくんとデートでしょ?アタシがコーディネートしてあげる!」
「む?そうか?」
「うん!題して…!」
きゃっきゃと咲希が楽しそうに何やら櫛などを取り出す。
まあ楽しそうなら良いかと司は身を任せることにした。
「冬弥!すまない、待たせた!」
「…っ?!」
手を振り駆ける司を見止めたはずの冬弥の目が真ん丸に見開いた。
どうかしたのだろうか?
「?冬弥?どうかしたのか?」
「…えっ、あっ、いえ。とても素敵でしたので、その…見惚れてしまいました」
「はーっはっはっはっ!そうだろうそうだろう!これは咲希がやってくれたんだ。ずばり、テーマタイトルは『成人したオレ!』」
少し照れたように笑う冬弥に司は胸を張る。
咲希が、緩いパーマをかけ左右に分けて作った髪型は冬弥も気に入ったようだ。
「大人の魅力溢れる、素晴らしいコーディネートだろう?」
「はい。…先輩の魅力が素晴らしく、その…」
自信満々に聞く司に冬弥は少しはにかむ。
そうして。
「…少し、酔ってしまいそうです」
耳元で告げられるそれに司も目を見開いた。
顔が紅くなるのを止められない。
…本当の『大人』ならば、照れたりはしないのだろうか、なんて、頭の隅でそう思った。
(大人にはまだ一歩
まだまだ、思春期真っ只中らしい!!)
「…まあ、ゆっくり進んでいけば良い。なぁ?冬弥」
「…そう、ですね」
しほはる 志歩バースデー
「…ふう」
朝から現実でもセカイでも皆にお祝いされ続けてほんの少し疲れてしまった。
勿論、お祝いされるのは嬉しい。
嬉しいが何だか気が張り詰めてしまうのだ。
ここ最近、こんなにお祝いされるのもなかったからかもしれない。
「…随分賑やかになっちゃったなぁ…」
小さく笑って志歩は空を見上げた。
きっとこれが当たり前になっていくのだろう。
「…日野森さん!」
「…え…」
ふと後ろから明るい声が聞こえて志歩は振り返った。
「…桐谷さん?!」
「今晩は!」
微笑んだ遥は随分とラフな格好をしている。
そういえば毎日走っていると言っていたから今もその帰りなのかもしれないな、と思った。
「今晩は。…もしかして、ランニングの帰り?」
「うん、まあ…そんなところかな?…日野森さん、お夕飯まで時間ある?」
「えっ、ああ、まあ…」
曖昧に答えを濁した遥は志歩を見てにこりと笑う。
その圧に押され、思わず頷くと「良かった!」と彼女は微笑んだ。
そうして。
「ちょっと私に付き合ってくれない?」
無邪気に笑った遥に連れられてやってきたのは星がよく見える公園だった。
「えっと…?」
「日野森さん、こっちこっち!」
手招く遥にまあ良いかとついて行き、ベンチに腰掛ける。
「…じゃんっ」
「…って、カップラーメン?」
持っていた袋から出てきたのは魔法瓶とよく見るカップラーメンであった。
確かに志歩はラーメンが好きだけれど。
「お湯は熱々だから、ちゃんと作れるよ?」
「そう、なんだ?」
自慢気に言う遥に少し戸惑いつつ頷く。
「…えっと、何でカップラーメン?」
「?日野森さん、ラーメン好きでしょう?」
「まあ好きだけど」
「ふふ、実は私も食べてみたかったんだ」
機嫌良く笑う遥に志歩は首を傾げた。
誕生日祝いかとも思ったが遥は学校でも誕生日を祝ってくれたのである。
「…もしかして、誕生日祝い?」
「うーん、それもあるけど…」
何のつもりかと思い聞いてみれば遥はへにゃりと笑った。
「私が、日野森さんと二人で話したかったんだ」
「え…」
「誕生日祝いっていうと気を引き締めちゃうでしょう?だから普通通りに出来るように、と思ったんだけど…」
そこまで言って遥は困ったように口を噤んだ。
ああ、そういうこと、と志歩は笑う。
彼女は凄く気遣いが出来る人だ。
だからこそ人に甘えられない。
きっとこれは志歩の誕生日に託けた彼女なりの甘えなのだろう。
二人で話したい、という紛うこと無き本音。
「…ありがとう。嬉しいよ」
「本当?!」
「私もちょっとゆっくりしたかったし。…それに…」
顔を輝かせる遥の指先に口付ける。
驚いた表情の彼女に志歩は笑いかけた。
「…桐谷さんと二人きりになりたかったしね」
きらきら、星が輝くいつもの公園で
祝ってくれる貴女の優しさが一番のプレゼント
(特別ではないけれど、暖かいそれはじんわりと志歩を包むのだ)
「ねぇ、ラーメンが出来るまで歌ってくれない?」
「…!…勿論」
タバサ受け
「えー!絶対ねこだよぉ!」
「…うさぎ…」
天気が良い日、珍しくガーデニアとラッセルが何やら言い争いをしているのが見えて、タバサは首を傾げた。
隣ではコーディが物凄く呆れた目を向けている。
何かあったのだろうか。
「コーディ、何かあったのか?」
「あら、タバサ」
モメている二人よりは教えてくれるだろうかと近付いて訊ねれば、彼女はこちらを見上げ、やれやれと息を吐く。
「実にくだらない意見の、主張のし合いよ」
「ん…?」
「あ、タバサ!!」
的を得ない答えに疑問符を浮かべれば言い争いをしていたガーデニアがこちらを向き、嬉しそうに近寄ってきた。
大体こういう時は嫌な予感しかしない、とタバサは蹈鞴を踏む。
「逃げなくてもー!」
「だって、こういう時のお前、面倒くさいことしかないし」
「そんなことないよっ、ねえ、ラッセル?」
頬を膨らませたガーデニアは先程まで言い争いをしていたはずのラッセルに同意を求めた。
「…それは…どうかな…」
「あーっ!ラッセルまでー!」
「何でも良いけど、決まったの?」
少し考え込むラッセルにガーデニアはもー!と怒り出す。
それに慌てるでもなく言ったのはコーディだ。
「ううん、まだ!」
「明るく言ってる場合じゃないでしょ…」
ガーデニアの答えにコーディがため息を吐き、タバサは軽く苦笑いを浮かべる。
コーディは妹属性のはずだが…5つの年の差は大きいのか並んでいれば姉妹のようだ。
…そんな事を言えばコーディの本当の兄であるドグマがどんな顔をするか想像に固くないけれど。
「ところで、何をモメてるんだ?」
「えっ、聞いちゃう?」
タバサの疑問に、ガーデニアが何故だか動揺した。
え、とラッセルを見れば彼も微妙そうな顔をしていて。
何だろう、聞いてはいけなかっただろうか。
不安に思っていれば「もう、本人に聞いちゃえば?」とコーディに言われる。
「んー、それもそっかぁ」
「…一理ある、かも…?」
「え、何の話…」
頷く二人にたじろぐと、コーディがツインテールを揺らし、息を吐いた。
「自分で聞いたんだからね」
「ええ…」
そう言う彼女に困った顔をする。
何やら面倒なことに首を突っ込んでしまったらしかった。
「あのねあのね!この前ニャン族のカクレミノでネコ耳のポンチョもらったでしょ!」
「ああ、閑照先生が調合した漢方のお礼ってもらった?」
「そーそー!」
「…赤の羅針盤から行ける洞窟で、ウサ耳のポンチョ手に入れたよね」
「…あー、ヨツバ病院で拾った羅針盤を見たら突然出てきた場所だっけか」
「うん」
頷く二人はずい、とタバサに顔を近づけてくる。
そうして。
「タバサはウサ耳ポンチョと」
「ネコ耳ポンチョ、どっちが着たい?!」
「…は??」
思っても見なかった問いにタバサは目をぱちくりとさせた。
後ろでコーディがやれやれと息を吐く。
「え、もしかして二人がモメてたのってこれか…?」
「そうよ」
後ろを振り返ればコーディが神妙に頷いた。
「ええー…」
あっさりと頷いた彼女に、タバサは困惑の声を上げる。
「コーディが着れば良いのに」
「着ないわよ」
「えー?!誰かが着れば着てくれるって言ったのに!」
「…いや、まあ、あれは…」
抗議の声を上げるガーデニアにコーディは目をそらした。
「酷いよー!コーディにはウサギさんのポンチョ、似合うと思ったのに!」
「だから、私にはそういうのは…」
ガーデニアの勢いにコーディはたじたじな様子である。
タバサはそんな二人に乾いた笑いを向け、ふと疑問符を浮かべた。
「あれ?でもガーデニア、俺にもポンチョ着させたがってなかったか?」
「タバサには猫さんだよ!だって、似てるでしょ?」
「えっ、俺が?ニャン族に?」
明るく言うガーデニアに、少し複雑な気分になる。
そんなに、似ていただろうか。
「…タバサは、ウサギに似てる」
「ら、ラッセル?」
いつの間にか近くにいたらしいラッセルがぎゅうと抱き着いてきた。
弟のようで可愛いなぁと思うがその発言には首を傾げる。
「ウサギって、あの洞窟にいたやつだろ?うーん、似てるかなぁ…」
「あれはバケモノでしょ。本物はもっと小さくてふわふわして可愛いよ」
「…その評価は余計におかしくないか?俺、成人男性だけど」
「大丈夫、タバサ、可愛いから」
「えー…???」
何故だか自信満々に言うラッセルに何も言い返せなくなり、ガーデニアとコーディの方に目をやった。
「コーディも可愛いからねっ?!」
「はいはい、ありがとう」
ふんすっ、と息巻くガーデニアに、コーディはさらりとあしらっている。
前はもうちょっと照れていた気がしたから…慣れたのだろうか。
「で、結局どうするのよ。早くしないと日が暮れちゃうわよ?」
「あっ、そうだった」
話題を変えるようにコーディが言う。
はっとしたガーデニアはまた悩みだした。
「でも私もラッセルも譲れないんだよねぇ。じゃあ第三者の意見を聞くのはどうかなっ?」
「…?ドグマとか?」
「…いや、ドグマはやめてやれよ…」
「…兄さんにそんなこと聞いたら2日は悩んじゃうわ…」
「じゃあ駄目だねー」
タバサとコーディの反応に、ガーデニアが明るく笑う。
「うーん、じゃあ夢先案内人の人たちにしよ!良い意見くれそうじゃない?」
「…情報屋に聞くよりは、まあ」
「まあ、じゃないわよ、どっちもやめなさいよ」
「流石に巻き込むのは、なぁ…」
眉を顰めるコーディに、タバサも苦笑いを浮かべるしかなかった。
町の住人ならばともかく、夢先案内人の彼らは(戦闘を手伝ってもらったりはするが)ほぼ無関係だ、巻き込むのも可哀想だろう。
…情報屋は存外ノリノリで答えてくれそうだが。
「えー、じゃあねぇじゃあねぇ!」
「…ガーデニア、ちょっと楽しくなってない…?」
代案を挙げるガーデニアをじっとりとコーディが見つめる。
まだまだ決まる様子もなく、タバサは眉を下げて笑いながら少し空を見上げた。
青い空には雲一つなくて、タバサは目を細める。
何だか平和だなぁ、と漠然と思ったのだった。
(タバサも、ガーデニアも、コーディも知らない)
(この平和は、仮初の、作られたものだってことを!)