ミクルカの日
「あれ、ミク姉ぇじゃん。何してんの?」
ソファに座ってゲームをしていたらしいレンくんが私を見てきょとんとする。
何って…お仕事帰りですけども……。
「レンくんこそ。何してるの?」
「おれ?おれらが出てる音ゲーしてる」
「また?レンくんそれ好きだねぇ」
けらけらと笑うと「これも仕事だろ」とレンくんが言った。
はいはい、真面目ですこと。
「良いの出た?」
「ガチャは去年ステージのセカイの兄さんが出たからな。兄さんの記念日か次出るまでお預け」
「あー。あのお兄ちゃん格好良かったよね」
「俺がどうかした?」
不思議そうな声に振り向けばお兄ちゃんが洗濯物を抱えてこっちを見ていた。
やー、うちのお兄ちゃんも歌えば格好良いはずなんだけど、何でこんな所帯染みてんだろ。
「何でもない。…兄さんは癒し系小悪魔だからな」
「それ、矛盾してない??」
レンくんの言葉に突っ込む私を見てくすくす笑うお兄ちゃん…自分の事だけど分かってるかなぁ??
「…そういえばミク、こんな所にいて良いのかい?」
「へ?」
お兄ちゃんまで首を傾げてきたから私はぽかんとしてしまった。
な、何かあったっけ?
「…兄さん、多分ミク姉ぇ忘れてる」
「えっ。…忙しいのも考えものかもしれないなぁ…」
「え、まって、私何忘れてるの?ねぇ??」
レンくんとお兄ちゃんのひそひそ話に私は動揺する。
今日何かあったっけ?
えと、お正月から3日、三が日の最終…日……。
「あーっ!!!」
叫んだ私はバタバタと部屋を出る。
かんっぺきに忘れてた!
あんなに準備したのに!!
今年こそは!朝からいちゃいちゃ出来るって思ってた、のにぃい!
「ルカちゃん!!!」
「きゃっ!?」
ルカちゃんの部屋をノックもしないで駆け込めばルカちゃんはびっくりした声を上げた。
「み、ミク姉様?」
「ごめん、遅くなって!!」
目をぱちくりするルカちゃんの前に跪く。
それからポケットから取り出した小箱をパカリと開けた。
「ミクルカの日おめでとう。結婚してください」
「…まあ」
嬉しそうに笑うルカちゃんは、両手でそれを受け取る。
それから。
「喜んで」
ふわり、と花が咲くように笑うから私は胸が一杯になって。
「もう、大好きーっ!!!」
思いっきり、思いっきり抱きしめたのだった。
通算4261回目のプロポーズは
今回も無事成功を収めたのでしたとさ。
「ミク姉ぇさあ、一回おれらを巻き込ミクルカすんの止めね??」
「れ、レン兄様?!」
「いーじゃん。レンくんだって巻き込まレンカイするじゃん」
「み、ミク……」
司冬ワンライ・挨拶/初詣
さて、新年が明けた。
今日は冬弥と二人切で初詣である。
まあ、一度みんなで初詣には行ったのだが…。
挨拶、と考えれば、別に何度行っても構わないだろう。
仲間と共に行く初詣も良いが、こうして恋人と行く初詣も良いものだ。
「…司先輩」
「ん、おお!冬弥!」
駆け寄ってきた冬弥に司は手を振る。
「お待たせしてすみません」
「いや、そんなには待っていないぞ?しかし…悪かったな、忙しい時に」
「大丈夫です。俺も、先輩と初詣に行きたかったですから」
ふわ、と冬弥が微笑んだ。
やはり彼は可愛らしい。
「そうか!ならば行くか、初詣に!」
ぎゅ、と冬弥の手を握った。
「…はい」
柔らかい笑みを浮かべた冬弥がふと首を傾げる。
「?どうした?」
「いえ。…初詣、というのはその年初めて神に詣でること…であれば、初詣とは言わないのでは…」
「そうか?」
至極当たり前の疑問に、司は笑った。
「オレと冬弥、二人で詣でるのは初なのだから、初詣と言っても構わないと、オレは思うが」
「…!」
「それに、神にもきちんと挨拶しておかねばな」
時折吹く冷たい風にも負けない、明るい笑みを司は冬弥に見せる。
その言葉を聞いた彼がふわりと頬を染めた。
きっと今年も、良い年になりそうだ。
「神よ、横に立つのはオレの可愛らしい恋人だ、と!」
しほはるワンドロワンライ/冬休み・良いお年を
「冬休みは夏休みより短いですから。今年を振り返り次の目標を探す、良い休みにしてくださいね」
担任の言葉がリフレインする。
普段はあまり気にすることないのだが、何故だか頭に残った。
「…あれ、日野森さん」
「…。…桐谷さん」
帰ろうとしていたのだろう、遥が志歩を見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる。
「日野森さんも今帰り?」
「うん。桐谷さんも?」
「そうなの。今日はみのりも愛莉も雫も用があるみたいで…。年末の生放送の打ち合わせは夜からになったんだ」
遥の言葉に、そういえば姉がそんな事を言っていたな、と思った。
生配信を見ていると楽しそうだなと思うのできっと嫌な大変さではないのだろうなと思う。
「…何だか楽しそうだね」
「そうかな。…そう見えてたら嬉しいな」
ふわふわと遥が笑った。
心底アイドルが好きなのだろうなと志歩は目を細める。
勿論志歩もバンドが好きだし練習は大変だがプロになるという夢のためにすべきことだと思うので、きっと遥もそうなのだろう。
「そういえば、うちの担任が良い休みにしてくださいって言ったんだけど。普段とあんまり変わりないよね」
「確かに。日野森さんたちは冬休みにまた強化合宿するの?」
「流石に冬休みはやらないかな…。まあ普段の練習より長くはするけどね。スタジオも年末年始は閉まっちゃうし」
「そうなんだ。…でも、学校がないと日野森さんと会う機会なくなっちゃうから、ちょっと寂しいな」
ほんの少しだけ遥が寂しそうにする。
その言葉に志歩は目を見張り、それからふっと笑った。
「なら、一緒に遊びに行けば良いんじゃない?」
「…!良いの?」
遥がわくわくしたように聞いてくる。
かわいいな、と思いながら「勿論」と言った。
「せっかくの冬休みだしね。それに、桐谷さんとはそれなりに仲良くなったと思ってるんだけど?」
「日野森さん…」
嬉しそうに遥が笑む。
「…っと、そろそろ行かなきゃ。また連絡するね」
「うん。…あ、えっと!」
スマホを見、練習時間に遅れる、と志歩は軽く手を振った。
そんな志歩に、遥が何かを言いたげに声を上げる。
「?どうかした?」
「学校で会うのは今年最後だから。…良いお年を。日野森さん」
「…!桐谷さんも、良いお年を」
微笑む遥に志歩も笑みを浮かべた。
何だか本当に良い年になりそうだと笑う。
来年はもっと彼女と仲良くなれたら、と思った。
(好きな人と良いお年を、と交わす
きっと今年は素晴らしい冬休みに!)
「…志歩、何だか嬉しそう」
「KAITOさん。…ちょっと、良い冬休みになりそうだな、と…思って」
レンカイ
鏡音レン、本日15回目14歳の誕生日である。
「…おれさぁ、年齢変わらないシステムはどうかと思うんだよね」
「…どうしたの?レン。いきなり」
おれの傍でスマホを見ていた兄さんがきょとんとした。
あー、その表情好きだわー…って、いかんいかん、ミク姉ぇみたいになってる。
「だってさぁ、実年齢で行けば29歳じゃん。大人じゃん」
「…。…稼動年でいえば15歳だよ?まだまだ子ども」
不満を漏らすおれに兄さんはくすりと笑った。
あー!またそうやって子ども扱いする!!
「稼動年でいえば兄さんも変わんないだろ」
「変わるよ。俺、2006年生まれだよ?」
「1年違いじゃん!!!」
「1年でも先輩は先輩」
くすくす笑った兄さんがおれの頭を撫でてきた。
その扱いはまるきり子どものそれ。
確かに実年齢+稼動年でも全然敵わないけどさぁ!!
「…兄さん、実年齢公表されてないよね?」
「されてないというか…作られてないというか…?大体20代前半くらいって感じかな」
「なら、おれより年下の可能性が!」
「20代前半って言ったよね?」
兄さんが笑う。
ちぇ、なんだよー。
「で、何で年齢の話?」
「え?ああ、スマホゲームのおれらがさぁ、結婚式とかやってるじゃん」
「…別に結婚式をやってる訳じゃないよね?」
「そこ掘り下げないでよ。で、結婚って良いのかなぁってさ」
おれの説明に兄さんはうーん、と首を傾げた。
え、なんでそこで首を傾げんの。
「兄さん?!」
「あ、ごめんね。家族と夫婦の違いって何かなって思っちゃって」
「…ん?」
へら、と笑った兄さんに今度はおれが首を傾げる。
何言って…。
「結婚ってことは家族になるってことでしょう。それって今と変わらないかなぁ、と」
「えー、あー…」
兄さんのそれに何故か納得してしまった。
いやでもそれとこれとはさ?
「それに」
考え込むおれに兄さんがくすりと笑う。
え、と思っていれば柔らかいものが唇を掠めた。
「…レンとは、今でも『こういう事』、してるもんね?」
柔らかく微笑む兄さんの耳が赤い。
ホントもー、兄さんはさぁ!!
「…襲われてもしんねーからな?」
「ふふ。まあお誕生日様には逆らえないってことで」
「なんだよ、それ…」
押し倒すおれに兄さんが楽しそうに笑った。
それに、結婚だの年の差だのなんだの考えていたのが馬鹿らしくなる。
誕生日おめでとう、と柔らかく微笑む兄さんは
きっと形が違ってもおれの一番愛しい人!
「…誕生日になんつー話してんの…」
「あ、ミク。お帰り」
「…ミク姉ぇだってルカ姉ぇとすりゃ良いじゃん」
司冬ワンライ/聖夜の夢・もういくつ寝ると
今日はクリスマス。
「…冬弥!」
「…!司先輩!」
フェニックスワンダーランドの大きなツリーの下、僅かに微笑んだ冬弥の元に駆け寄る。
「すまん!待たせた!」
「いえ。…クリスマスショー、お疲れ様でした」
「ありがとう!今年は去年とは違った演出にしてみたんだが、どうだ?」
「はい、とても素晴らしかったです。特にプロジェクションマッピングでサンタが10人に増えたのは驚きました」
「うむ、そうだろうそうだろう!」
寒さか興奮か、頬を紅く染めて感想を伝えてくれる冬弥に、司は高らかに笑った。
今年のショーも自信しかない。
だが、冬弥から改めて伝えられると中々に嬉しいものがあった。
「っと、ずっとここにいては身体が冷えてしまうな。何か飲み物でも飲まないか?フェニックスワンダーランドのグリューワインは未成年者でも飲めるようにしているらしい」
「…それは、気になりますね」
司の言葉に冬弥が小さく考え込む。
少し逡巡していた彼が「飲んでみたいです」と笑った。
決まりだな、とその手を取る。
「…!」
光の中、手を繋ぎ指を絡めれば冬弥は僅かに目を見張り、それから優しい笑みを浮かべた。
「?どうした?冬弥」
「いえ。…何だか夢のようだな、と」
「夢?」
首を傾げると冬弥はこくりと頷く。
「聖夜の夢、というのでしょうか。イルミネーションの光の中、司先輩と手を繋いで歩く事が出来るというのは幸せだと思いまして」
「…冬弥」
「先程までショーの中で輝いていた先輩が、今は俺と共にいてくれるのが、嬉しく思います」
「…。…何を言う」
心底幸せそうな冬弥の手を、司はぎゅっと握った。
それは今だけの幸福などではなく、これからも続いていくのだと伝えるために。
「その幸せは、当たり前のものだ。…オレは冬弥の恋人なのだからな」
「…!司先輩」
「クリスマスも、年末年始も、行事など関係なく、共にいる。だから冬弥もオレと共にいてくれないだろうか?」
握った手に口付ける。
冬弥が頬を染めながら、はい、と頷いた。
もういくつ寝ると何がある?
(もういくつ寝なくても、彼との幸せはいつも傍に!)
「先輩、グリューワインを飲んだ後のマグカップは貰えるそうです」
「ほう!ツートンの夜空の色に煌めく星か。まるでオレたちのようだな!」
「はい。…いつか本物のグリューワインをこのマグカップで飲んでみたいです」
「そうだな。…その時はオレが作ってやろう。愛を込めて、な」
ザクカイ誕生日
今日はクリスマスだ。
ゲームも休みの日で、クリスマスパーティだと何故だかパカが騒いでいて、変わらないなぁとユズは苦笑する。
「…ん?」
と、少し向こうに人影を見つけた。
何をしているのだろう、とわくわくしながら手を振ろうとし、止める。
「…忍霧、誕生日おめっとさん」
「ああ。ありがとう」
小さな笑みと僅かな言葉。
たったそれだけのやり取りに、ユズは目を見張る。
「いやいやいや!もっと何かあったと思うけども?!」
「っ、何でェ。路々さんかい」
「何か用か?路々森」
思わず大きな声を出すユズに、少し驚いた表情をしつつもホッと笑うカイコクと、小さく首を傾げるザクロ。
二人にとっては当たり前のやり取りなのだろうが…それではあまりに面白くない。
主にユズが。
「用はないけど。…ねぇ、今日はザッくんの誕生日なんだろ?それに、クリスマスでもある」
「ああ。それが…?」
「たまには二人で出かけてみたりしたらどうだい?」
ユズの提案にカイコクが顔をしかめた。
「寒ぃならやだ」
子どもっぽいそれにえーと言いかけ、ザクロが小さく笑うのが目の端に映る。
「まあ、鬼ヶ崎が嫌なのならば仕方がないだろう」
「ザッくん、相変わらずカイさんに甘々だよねぇ」
「?甘いかい?」
はぁと溜息を吐くユズに何故かカイコクが首を傾げた。
どうやら甘やかされている自覚はないらしい。
「えー、甘いよねぇ」
「甘やかしているつもりはないのだがな」
当のザクロに言ってみても彼は何処吹く風だ。
それはそうだろう。
ザクロにカイコクを甘やかしている自覚はないのだから。
「でもさぁ、今日はザッくんの誕生日なのにさぁ?」
「だが、特別な事をしない方が良い場合もあるぞ?」
「ん?」
それが不満なユズにザクロが僅かに笑う。
カイコクだけが一人蚊帳の外できょとんとしていた。
「それって…」
「その方が、『特別な事』が際立つだろう?」
僅かに目を細めるザクロにああそういう事、とユズも笑う。
どうやらここぞとばかりに惚気られてしまったようだ。
誕生日だからって特別感に拘ることもない。
だって、愛する人がいてくれるだけで毎日が幸せなのだから。
(そう、誕生日を迎えた彼が笑った)
「しかしまあもう二人とも夫婦みたいだよねぇ」
「路々さん、流石にそれは…」
「夫婦は早すぎるだろう。婚約もまだだからな。…今のところは」
司冬ワンライ・指先から伝わる/紅潮
そういえばもうすぐクリスマスだ。
イルミネーションきらびやかな街並みを見ていると笑みが溢れてくる。
賑やかなのは嫌いじゃあなかった。
寧ろ好きな方である。
「…む」
ふ、と、カバンからスマホのバイブ音が聞こえた。
何だろうかと取り出すとメッセージが1件目に飛び込んでくる。
「…これは」
目を見張り、司は来た道を走った。
吐く息も白く、切る風も冷たい。
だが構わなかった。
「…冬弥!」
「…?!司先輩?!」
驚いた様子の彼の手を取る。
「すまない、待たせてしまったな!ああ、こんなに冷たくなってしまって…」
「そんな…こちらこそすみません。急がせてしまいましたか?」
「気にするな!寒空に大切な恋人を待たせる訳にはいかんだろう?」
心配そうな冬弥に司は笑った。
彼の頬が紅く染まる。
そんな冬弥の紅潮にそっと指先を滑らせた。
冬の夜、そんな日常が愛おしい。
…改めて、好きだな、と噛み締めた。
「ところで、直接伝えたい用事とはなんだ?」
「ええと。…クリスマス、もし予定が宜しければ…デートを…しませんか?」
廃都しほはる
君たちは知っているかな
クラスメイトから聞いた?
昔馴染みから聞いた?
お姉さんから聞いた?
委員会の先輩から聞いた?
こんな不思議な噂話
…有り触れた世迷言
「誰もいない、Untitledに建つ時計台の上でry」
どこにでも転がってそうな幸せを運ぶジンクス
『廃都アトリエスタにて、永遠の愛を誓う』
「…何、それ」
きょとんとする志歩に、あのねー!と嬉しそうに話し出したのは咲希だ。
「実は、アタシたちのセカイ以外にもセカイがあるんだってー!でねでねっ、Untitledの中には、ミクちゃんがいないセカイもあるんだけど、そのセカイには代わりに時計台があってそこで愛を誓うと幸せになれるらしいの!」
「…へえ…」
「へえって、しほちゃんー!!」
咲希の説明に軽く返すが、彼女にはそれが不満だったらしい。
くるんっと後ろを振り返り、小さく笑っていた一歌や穂波に泣きついた。
「いっちゃん、ほなちゃん!!しほちゃんがー!」
「…ちょっと咲希」
「…ふふ」
窘める志歩に穂波が楽しそうに笑う。
割と日常茶飯事だ。
「…」
「…一歌ちゃん、どうかしたの?」
少し視線を落とした一歌に穂波が小さく首を傾げる。
それにハッとした一歌が、何でもないよ、と笑った。
「ただ、クラスでもそういう噂聞いたなって思って」
「…ああ。そういえばえむちゃんも言ってたかも。流石にUntitledとは言ってなかったけど」
一歌の言葉に穂波も小さく上を向く。
「うん。うちのクラス以外にもみんな言ってて…朝比奈先輩も知ってたんだ」
「へぇ…。そういえば、お姉ちゃんもそんな事言ってたな…。うちの学校から広まった噂なのかも?」
「そんなことないよー!アタシはとーやくんから聞いたもん!」
志歩の疑問に咲希が頬を膨らませた。
確か彼のグループにはこはねがいた気がするが…面倒になる、と志歩は口を噤んだ。
代わりにはいはい、と言って手を叩く。
「そろそろ休憩終わり。練習戻るよ」
「はぁい!」
少し不満そうだったが咲希はきちんと返事をし、持ち場に戻った。
そんな二人にくすくす笑っていた一歌と穂波も位置につく。
きっと、咲希の話も休憩時間を楽しくさせる噂程度だったのだろう。
眉唾に近い、退屈しのぎにしかならない話。
…そう、思っていたのだけれど。
「…え?」
あの後少しセカイに行って、帰ろうと曲をタップした途端だった。
眩い光の先はいつもの光景ではなく。
「…どこ、ここ」
小さく呟いて志歩は辺りを見渡す。
見る限り真っ白で、何もなかった。
だが寂しいという感覚はなく…何だか懐かしい感じがして志歩は歩き出す。
…と。
「…桐谷さん?」
「…!日野森さん!」
目の前から歩いてきたのは桐谷遥だった。
志歩を見つけ、嬉しそうに手を振ってくる。
「どうして、こんな所に…」
「私は、ダンス練習の後スマホで音楽を聴こうと思ったら見たことない音楽データがあってね。押したらここに」
「そうなんだ。私もバンド練習の後スマホで音楽を聴こうとしたんだよね」
「日野森さんも?そっか、一緒なのね」
良かった、と遥が笑った。
詳しくは一緒ではないが…説明もし辛いので黙っておく。
「ねぇ、ここどこだと思う?」
代わりにそう聞けば彼女は小さく上を向いた。
「…うーん、噂を信じるなら時計台があるセカイ、かな…」
「噂って…時計台の上で愛を誓えば幸せになれるとかいう?」
「桐谷さんも知ってたんだ」
「うん。…ねえ、もし良ければ一緒に探してみない?」
「…えっ…」
「探してみるだけ!ね?」
驚く志歩にわくわくと遥が言う。
探してみるだけ、と言いながらも彼女は本気なようだ。
そんな姿も珍しく、志歩は小さく笑いながら良いよ、と答えた。
やった、と小さく喜ぶ彼女を可愛いと…思ったり思わなかったり。
「じゃあ行こうか」
「…!うん!」
手を差し出す志歩に遥は嬉しそうに笑いそれを取る。
しばらく歩いていると大きな塔が見えてきた。
本当にあるなんて、と思っていれば遥も目を輝かせる。
「凄いね、日野森さん!」
「…そうだね」
感動しているらしい遥の手を引いた。
え、という顔の彼女に、「行くよ」と笑みを向ける。
「ま、待って!」
「ほら、早く」
慌てる遥に小さく笑いつつ、志歩は塔の中に入った。
中は少しひんやりとしていて、吐く息も白い。
初雪を見る前にぎゅっと肩を寄せ合い抱き合った。
ふと、奥の方に階段を見つける。
「上があるよ、登ってみようか」
「…うん」
上を指を差す志歩に遥も嬉しそうに笑った。
階段を二人で登り始め、しばらくは無言で上を目指す。
「あ、見て。意外と高い」
「ふふ、前を見てないと足を踏み外しちゃうよ?」
「そんなドジするわけ無いでしょ。…お姉ちゃんじゃあるまいし」
楽しそうな遥に志歩も笑った。
ただ噂話を確かめに行くだけなのに何だか妙に楽しくて。
…彼女も同じ気持ちなら良いなと、そう思う。
「っ!」
唐突に視界が開けた。
目を眇め、ゆっくりとそちらを見ればちらちらと雪が舞っている。
現実で何度も見た光景のはずなのにどこか幻想的に見えた。
いつの間にか降り出したらしい雪は誰もいない街を覆っていく。
かつて誰かの思いで賑わったであろうセカイを覆う白銀は、確かに綺麗な景色だった。
「…すごい」
「…そう、だね」
感嘆の声にやっと志歩も同意する。
きっと誰かの世迷言(つくりばなし)だと思っていた、その風景に。
「…ねぇ、日野森さん」
「うん。…桐谷さん」
微笑む遥に志歩は小さく笑みを向ける。
おまじないなんて、興味がなかったはずなのに。
唐突に鐘の音が響いた。
錆びついて鳴らないだろうと思っていた、時刻を告げる時計台がセカイ中に音を紡ぐ。
その音はまるで、自分たちを祝福しているかのようで。
志歩と遥は自然と口を寄せる。
『廃都アトリエスタにて、永遠の愛を誓う』
それはきっと、どこにでも転がっている、幸せになるためのジンクスだ。
信用に足らない、いつもならば無視をするジンクスだけれど。
彼女が幸せになるなら、来て良かったな、と…そう思った。
(単なる噂話は、自分たちの力で本物に変わる
きっとそれはお互いの夢も)
積み重なる互いへの想いは、誰もいないセカイを劇場(シアタ)に、変える。
それは時を超え、次のミライへと。
「…ねえ、知ってる?誰もいない…」
しほはるワンドロワンライ/幼少期・イルミネーション
ここ数日、急に寒くなったな、と思う。
はぁ、と吐く息白い夜、志歩はバイト終わりの道を歩いていた。
見上げればイルミネーションが輝いていて、そういえばもうすぐクリスマスだったな、と少し頬が緩む。
行事ごとで騒ぐのはあまり得意ではないが、クリスマスは別だ。
プロのバンドを目指す身としてはあまり宜しくはないだろうが…きっとみんなはパーティーをしたいだろう。
特にリンや咲希は前から楽しみにしているし。
いつも練習を頑張ってくれているのだからたまには良いか、と見上げていた顔を元に戻した。
「…あれ、日野森さん?」
「…桐谷さん」
前から歩いてきたのは桐谷遥である。
こんばんは、と明るく声をかけてきた遥に志歩も挨拶を返した。
「今晩は。随分遅いけど、何の帰り?」
「実はクリスマス生配信の打ち合わせだったんだ。愛莉の家でやってたんだけど、すっかり遅くなっちゃったの」
「…ああ、そういえばお姉ちゃんもそんな事メッセージに送って来てたな。遅くなったけど心配しないでねって」
「そうなんだね。…日野森さんは、バンド練習?」
「ううん、今日はバイト」
そんな他愛もない会話をしながら、志歩はまたイルミネーションを見上げる。
「そっか、お疲れ様。…日野森さん?」
「…え?ああ、ありがとう」
「何か気になることあった?」
くすりと遥が笑った。
敵わないなあ、なんて思いながら、志歩は指を差す。
「…ほら、イルミネーションが飾ってあるでしょ?これ、昔から変わらないなって思って」
「ああ。そういえばそうだね。…ふふっ、懐かしいなぁ。昔ね、お母さんと見に来た事があったんだ」
楽しそうな遥に今度は志歩が笑ってみせた。
「桐谷さんも?じゃあ会ってるかもね」
「え?」
「私も、お姉ちゃんと仕事終わりのお母さんたちと見に来たことあるんだ。…まあ、その時お姉ちゃんとはぐれたんだけど…」
小さく息を吐き、志歩はその時のことを思い出す。
確か、そう、あれは…。
「…お姉ちゃんたら」
志歩は諦めたようにため息を吐き、きょろきょろと辺りを見回した。
姉とはぐれるのも慣れたもので(それもどうかとは思うけれど)志歩は一番イルミネーションが綺麗に見える噴水に向かって歩き出す。
イルミネーションを見ているから平気と母には言ったし、何より目立つ場所にいれば見つけてくれる、というのが志歩の持論だ。
「…っと」
噴水の縁に腰掛けようとした時、ふと同じ歳くらいの女の子が座っているのを見つける。
少し迷ったが志歩はトテトテと近づいた。
「…。…おとなり、いい?」
「…!…うん、いいよ」
話しかけるとそこにいた少女は綺麗な青い目を僅かに見開くがすぐこくりと頷く。
それにホッとし、志歩は隣に座った。
「…えと、あなたもまいご?」
「ううん。お母さんがトイレにいくから、ここでまってるねっていったの」
「ふぅん、そっか」
少女の答えに頷いていれば今度は彼女のほうが首を傾げる。
「…あなたは?」
「お姉ちゃんがどっかいっちゃったの。お母さんがさがしてくるあいだ、イルミネーション見てるって。だからいちばんめだつイルミネーションのところにきたんだ」
「そうなんだ」
志歩の説明に納得したらしい少女はそれきり何も言わなかった。
きらきらと輝くイルミネーションと、クリスマスソングのBGMが雑踏にかき消されまいと響いている。
「…きれいだね」
「うん、きれいだね」
少女は多くの言葉を発さなかったが、志歩はそれが心地良いなと思った。
柔らかな光を見上げる少女をちらりと見、綺麗だと今度は声を出さず思い、またイルミネーションを見上げる。
少し、もう少し長くこの時間が続きますようにとツリーの天辺で光る星に、そう願った。
「…日野森さん?」
遥の声にハッとする。
ごめん、と謝った志歩は僅かに笑みを浮かべた。
「…ちょっと昔のこと思い出してた」
「昔?それって…」
小さく首を傾げた遥に内緒、と笑い、志歩はその手を取る。
「ねぇ、ちょっと時間ある?今からデートしない?」
「…!…ふふ、ちょっとだけなら、良いよ?」
楽しそうに笑った遥が、取った手を握り返してきた。
イルミネーションに照らされた彼女は。
周りが霞むほどに綺麗だなと…そう、思った。
冬の夜を彩るイルミネーションは
笑う彼女には敵わない
「ねぇ、綺麗だね。日野森さん」
「そうだね。…桐谷さん」
司冬ワンライ/温かい飲み物(ホットドリンク)・選ぶ
寒い季節になった。
少し前まで暖かかったように思ったのだが…はあ、と吐く息は白く、すっかり冬なのだなぁと司は思う。
「…司先輩」
「…おお、冬弥!」
呼ばれた声に振り返れば冬弥が鼻の頭を赤くして立っていた。
「少し寒いのではないか?ん?」
「あ、いえ。俺は…」
「ほら、手も冷たくなっている!風邪を引いてしまうぞ?」
ぎゅっと冬弥の手を握る。
ひんやりした手に司は僅かに顔を顰めてそう言った。
辺りを見回し、ふと自販機を見つける。
「お、良い場所に!」
「司先輩?」
きょとんという表情の冬弥に、良いから、と司は笑った。
彼の手を引き、司は自販機の前まで連れて行く。
「温かいものを飲めば少しは寒さも和らぐだろう…選んでくれ、冬弥!」
「いえ、そんな…!」
「オレが愛する冬弥に、寒い思いをさせて平気だと思うか?」
「…!」
司の言葉に冬弥は目を見開き、それからゆっくりと微笑んだ。
「…ありがとうございます」
嬉しそうな彼は自販機に向き直り、ふと何かを思いついたような顔をする。
「?どうしたんだ、冬弥」
「いえ。折角なので先輩に選んでいただきたくて」
「何っ、オレがか?!」
驚く司に冬弥は頷いた。
どうやら本気らしい彼にふむ、と司は自販機を見る。
愛しい人からの挑戦状だ、受けてやらねば男が廃るというものだろう。
冬弥は珈琲が好きだ。
だが練習場所でもある杏の父親の店で美味しい珈琲を飲んでいる…ならば今更缶コーヒーも選ばないだろう。
だからといって冷たいものも飲まないだろうし甘ったるいものは論外だ。
…ならば。
お金を入れ、ボタンを押す。
ガコン、と音がしてそれが出てきた。
「オレはこれを選んでみたが、どうだ?」
「…!流石です、司先輩」
冬弥が嬉しそうな表情で缶のコーンスープを受け取る。
あまり自分では買おうとは思わないそれ。
多分触れたこともないだろうその缶に冬弥は柔らかい表情をしていた。
まるで、少し甘く温かなコーンスープのように。
北風が吹く季節、心は単純に暖かくなるものだな、と司は目を細めた。
「よく振ってお飲みください…初めて見ました…!」
「うむ、しっかり振ると良いぞ!後、熱いから気をつけてな」
「はい!」