第5回しほはるワンドロワンライ/バレンタイン・交換

甘い香りが街中に漂う。
本日バレンタインデー。
みんなが浮かれる…そんな日に。


「日野森さん!」
「…桐谷さん」
明るい遥の声がして、志歩は小さく微笑んだ。
「来てもらってごめんね、待たせちゃったかな?」
「ううん、さっき来たところ」
少し申し訳なさそうに言う遥に首を振れば、彼女は、良かった、と笑顔を見せた。
「じゃあ…はい、これ」
「ありがとう。…私からも」
「…!ありがとう!」
小さな袋を渡され、志歩も同じように手渡す。
「見るのは帰ってからにするね。…ふふ、楽しみ」
「桐谷さんがそうするなら私もそうしようかな」
袋を覗き込み、嬉しそうに言う遥に志歩は笑いながら肩を竦めた。
こんなに笑顔を見せてくれるなら選んだ甲斐があったというものである。
あまりガラではなかったのだが…こういうのも良いな、と思った。
「…ふふ」
「…。…なに」
何やらクスクスと笑う彼女に、志歩は少しムッとしながら聞いてみる。
楽しそうなのは良いが笑われるのはまた訳が違うからだ。
「ううん。…ただ…」
「ただ?」
首を傾げる志歩に遥は僅かに微笑みながら言葉を紡ぐ。
思わず目を見開いてしまった。
「…日野森さんが交換してくれるとは思わなくて」
「そりゃあまあ…ガラではないけど。…一応恋人なんだし、するでしょ」
「…!…そうだね」
何故だか彼女も綺麗な瞳を真ん丸にしてからふわぁと笑う。
素直に、可愛いな、と思った。
「ま、友だちでも交換はしたと思うけど」
志歩のそれに遥も頷く。
確かに、きっと友だち同士だって、周りが渡し合っていれば交換くらいはするだろう。
特に咲希やみのりなんかは行事が大好きな部類だ。
けれど。
「でも、込める想いは違うから」
彼女の綺麗な手を持ち上げて口付ける。
市販のチョコレートでも、想う気持ちが違うのだ。
この、愛しい気持ちは…遥にだけで。
「日野森さん」
「…好きだよ、桐谷さん」
「…うん、私も」
小さく笑い合い、触れるだけのキスをする。


今日はバレンタイン。
乙女たちが気持ちを交換する、そんな日。

ザクカイ♀バレンタイン

「…そろそろネタがねェ…」
ぽつり、と彼女が言うから、ザクロは思わず嫌な顔をしてしまった。
「…なぜ口に出してしまったんだ、鬼ヶ崎」
「ねェもんはねェし」
特に読んでもいなかった本を閉じながら息を吐けばカイコクはしれっとそう言う。
ネタというのはバレンタインのことだろう…もう少しやりようもあると思うのだが。
「お前さん、プレゼントは俺、っつうの、許さねぇタイプだろ?」
「破廉恥だからな」
「…いや、ハレンチって、ヤることヤッといて…まあ良いけど」
何故だかカイコクが楽しそうに笑う。
…何がそんなに面白いのだか。
「…普通に、手作りチョコレートに挑戦する、ではいけないのか?」
「…。…二度とお前さんの『妹』に会えなくなるとしても?」
「…。…俺が悪かった」
首を傾げたザクロにカイコクは真剣に言う。
甘いものが苦手なカイコク、しかも料理をしたことがないのに無茶だと言いたいようだ。
まあ彼女の性格からして料理は…どちらかといえば得意ではないほうだろう。
繊細なお菓子作りなら尚更だ。
…冒険はしないが、代わりに大雑把なのである。
それだけだから、サクラに会えなくなるようなことはないだろうが…嫌がることを無理に行わせることもない。
「なら、一緒に作るのはどうだ?」
「は?」
ザクロの提案にカイコクがぽかんとした。
「共に作るのならば失敗もすまい。失敗しそうになったら俺が止めてやることも出来るからな」
「…そりゃあ…。って、お前さんは良いのかい?」
「?何がだ」
彼女のそれにザクロは首を傾げる。
別にバレンタインだからといって男がもらうばかりだとは限らないと思うのだ。
外国では一様に気持ちを伝える日、であって、女性から男性へ気持ちを伝える日ではない。
気持ちがこもっていれば何だって嬉しいし、特にカイコクからの手作りだ。
嬉しい以外に何があるだろう?
「…ふはっ」
そう伝えれば彼女は吹き出してから楽しそうに笑った。
綺麗な黒髪がサラサラと揺れる。
「お、鬼ヶ崎?」
「いや、すまねぇ…。…うん、そうだな」
一頻り笑った後、彼女は目に溜まった涙を拭って頷いた。
「忍霧が手伝ってくれんなら…頑張ってみるかねぇ」
カイコクが綺麗に笑う。


今日は聖バレンタインデー。

好きだという気持ちを……彼女に伝える日。



「お前さんは…お菓子くらいが丁度良いかもしんねぇな」
「?どういう意味だ?鬼ヶ崎」
「ふふ、なぁんにも?」



(彼からの愛を具現化したならば、きっとそれは甘い甘いチョコレートよりずっと…)

ほなしほはる

きょろ、と隣の教室を覗く。
すると先に彼女のほうが気付いたようでふわりと笑った彼女が、「望月さん!」と声をかけてくれた。
「!桐谷さん」
「どうかしたの?天馬さんや星乃さんならさっき…」
「ううん!今日は桐谷さんに用事があって」
「?私に?」
きょとりと遥が目を瞬かせる。
それはそうだろう、今まで穂波と遥はあまり接点がなかったのだから。
「えっと、この前ワンマンライブについて相談に乗ってくれたでしょう?その時のお礼をちゃんとしてないな、って」
「…ああ。…あの後改めて来てくれたから、それで十分だったのに」
くすくすと遥が笑う。
一つ一つの所作が綺麗で見惚れてしまいそうだった。
みのりがずっとファンだという理由も何だか分かる気がする。
…それに。
「…?どうかした?」
「あ、ごめんね!…えっと、バレンタインも近いからもし良ければ、と思って…」
はい、と穂波は小さな袋を遥に手渡した。
「!良いの?」
「もちろん。使ってくれたら嬉しいな」
「ありがとう、望月さん。…開けてみても良い?」
何だか彼女がワクワクしているような気がして思わず笑ってしまう。
是非、と促すと遥は嬉しそうに中身を取り出した。
「わぁ、ペンギンのアロマキャンドルだね。可愛い…っ!」
「うん。桐谷さんは糖質制限をしてるって一歌ちゃんや咲希ちゃんから聞いたの。だから、日常で使えるものが良いかなって…。キャンドルを使い切ったら小物入れとしても使えるんだよ」
「凄い…!それに、とても良い香り。望月さんが作ったの?」
無邪気に言う遥に穂波は微笑みながら頷く。
「…でも、大したことじゃないんだよ?とっても簡単に出来るし…」
「簡単でも、私の為に作ろうって思ってくれたんだよね?…ありがとう、望月さん」
ふわ、と彼女が笑った。
アロマキャンドルの香りが鼻をくすぐる。
素敵な人だなぁと穂波は笑みを浮かべた。
きっと、だから、好きになったのだろう。
…穂波の、一番近いところにいる人は。
「…わたしも、好きになっちゃいそうだな」
「?私は、とっくに望月さんのこと好きだよ?」
にこ、と遥が笑う。
「ありがとう、桐谷さん。わたしも、桐谷さんのこと好きだよ」
「ふふ。…あ、そうだ!望月さんは苦手なお菓子とかある?」
「ううん、大丈夫だけど…」
「じゃあ今年は望月さんのためにも頑張っちゃおうかな?…あのね、その日はチートデーにしてあるの」
こそ、と彼女が言い、穂波は思わず笑ってしまった。
「じゃあわたしも美味しいお菓子作ってくるね」
「本当?!楽しみだな」
にこにこと遥が笑う。
何だか可愛くて手を伸ばしかけた…その時。
「…穂波?そんな所で何やって…」
「!志歩ちゃん!」
後ろ扉から声がかけられる。
そこにはベースを持った志歩が、いた。
「日野森さん!」
「こんにちは、桐谷さん」
「こんにちは!あ、見て。これ、望月さんから貰って…」
嬉しそうに遥が志歩を呼び寄せ話し出す。
柔らかい表情に、本当の『好き』を見せつけられた気がして穂波はそっと息を吐いた。
志歩も、遥も、幸せそうで。
叶わなくて良いから願わせて、なんて口の中で呟いてみせる。
「へえ、流石穂波。器用だね」
「凄いでしょう?特にこの顔が可愛くてね…」
「…何で桐谷さんが自慢気なの」
楽しそうに志歩が笑った。
きっと、かなわない、けれど。
「だって、望月さん、凄いから」
彼女がそんな風に笑うから、もう少し欲ばってみようかな、なんて思ってしまう。
ほんの少し、ほんの少しだけ。
そのキラキラした笑顔を、『わたし』に。

「今度はもっと頑張るね、桐谷さん!」
「!わぁ、楽しみ!」 
「…ちょっと、もう…」
呆れた様な志歩に、穂波は笑う。
「…負けないよ、志歩ちゃん」
「!!ああ、そういう……」
「え?」
きょとんと遥が目を瞬かせた。
志歩が悪い顔をする。


もうすぐバレンタイン。

…私だって負けないよ、なんて笑う彼女との間に…柔らかな香りがふわりと通り抜けた。

マキカイバースデー

「…よっ」
ひらりとカイコクが手を振る。
毎年律儀に欠かさずやってくる彼はやはり優しい人だなぁと思った。
「誕生日、おめっとさん。逢河」
「…。…ありがとう、カイコッくん」
ふわ、と笑う彼はいつもの表情とは違う。
勿論いつも見ている表情も好き、なのだが。
「…カイコッくん」
「?なんでェ」
きょとんと彼がこちらを見る。
普段よりも幼く見えるそれに、マキノも微笑んだ。
やはり彼が好きだなぁと思う。
強くて、優しくて。
「…好きだよ」
「?!いっ、いきなり、何を…っ!」
彼の髪を持ち上げてキスをすると途端に狼狽え出した。
そういえばカイコクはストレートに弱かった…気がする。
「?今日は、バレンタインでも…ある、から」
「え?ああ、そういやァそうだったか」
「だから、伝えたくて」
「ああ…なるほ…とはならねェ…こら、逢河!!」
カイコクが怒鳴る。
マキノがぎゅうと抱きしめたからだ。
愛を伝える日に、普通の想いすら伝えられない自分が、誕生日を迎えるだなんて何とも皮肉だと思っていたけれど。
「…ったく、お前さんは本当ストレートだよなァ…」
何かを諦めたらしいカイコクがへにゃりと笑う。
それから髪に手を伸ばしてきた。
「…カイコッくん?」
「俺ァ逢河のそーいうトコが気に入ってんだ」
柔らかい笑みで、彼が言う。
愛を伝えるそれなんてない、だが心からの言葉。

ただそれを受け取れるだけで…良いと、そう思った。


「…もう一回…」
「はいはい。…誕生日おめっとさんな、逢河」

司冬ワンライ/器用不器用・心配

「久しぶりのお休みだぁあ!…でも何しようかなぁ」
休日を謳歌していた咲希は伸びをしながらも少し首を傾げた。
今日は午後からのバンド練習もなく、バイトも入っていない。
何もない降って湧いた休日、に咲希は色んな選択肢を思い浮かべた。
ショッピングは良いが一人で行くのもつまらないし、かといってバンドメンバーは全員予定があったのである。
「やっぱり外に行こうかなぁ…って、あれ?」
スマホにメッセージが来ていたようで慌ててそれを開いた。
あ、と咲希は顔を輝かせる。
「…とーやくんだぁ!」
珍しい彼からの連絡に咲希はにこりと笑った。
青柳冬弥、昔から家族ぐるみの付き合いがあり…兄である司が大切に想っている人、だ。
「…もしもし?とーやくん?連絡遅くなってごめんねー!」
文章で送るより電話のほうが早い!と咲希は番号をタップする。
電話口の彼は大丈夫です、と告げてから申し訳なさそうな声で、あの、と切り出した。
「?どうかした?」
『実は咲希さんにお願いがありまして…』



「それで、砂糖をー……」
「…なるほど」
咲希がレシピを読み上げ、冬弥が材料をボウルに入れていく。
「…えへへっ」
「?どうかしたんですか?咲希さん」
にこにこする咲希に冬弥が首を傾げた。
「ううんっ!まさか、とーやくんのお願い、がお兄ちゃんに渡すクッキー作りに協力してほしい、だとは思わなかったから!」
咲希の言葉に冬弥が頬を紅く染める。
本当に【お兄ちゃん】のことが好きなんだなぁと咲希は嬉しくなった。
きっとこの二人はいつまでも仲良しでいるんだろうな、と思う。
心配の余地もないのだろう…司は常に心配しているようだが。
『オレは冬弥を愛しているし幸せにする自信がある。だが、その愛は冬弥にとって重いものかもしれんからなぁ。幸せの定義だって、人それぞれだろう?』
そう言っていた兄を思い出し、咲希はにこりと笑う。
「…きっと、お兄ちゃんの幸せはとーやくんにとっても幸せだよねっ」
「?どうかしましたか?」
「何でもないよ!…それにしてもとーやくんって器用だよねぇ。アタシも見習わなくちゃ!」
首を傾げた冬弥に首を振ってから咲希は天板に並べられた、焼く前のクッキーを見て、ほう、と息を吐いた。
可愛らしい形が沢山並んでいて、見るだけでも楽しい。
「あっ、これ、フォレスタンベアー1号だよね?!かわいー!」
「…ありがとうございます。咲希さんのクッキーも可愛らしいです」
「ホントっ?!明日練習に持っていこうと思って!いっちゃんたち、喜んでくれたら良いな!」
「きっと、喜んでもらえると思います」
「えへへっ、そうだったら良いなぁ!」
ふわりと笑う冬弥に咲希もにこにこと笑った。
「そう言えば、どーしてクッキーだったの?」
天板をオーブンに入れながら咲希は首を傾げる。
電話口でのお願い、は『バレンタインに司先輩へクッキーを渡したいが作り方を教えてもらえないか』だったのだ。
「…俺は不器用ですから、気持ちを上手く伝えられない気がして…。けれど、手作りのものなら気持ちが伝わるかと思ったんです。クッキーは、俺が好きなものですから」
「…好きなものを渡して、好きを伝えるってことだね!」
「はい」
手を叩くと冬弥は照れたように笑った。
そういう不器用さは咲希の大好きなバンドボーカルに通ずるものがあるなぁ、なんて思いながらオーブンの戸を閉める。
「…そこがかわいーんだけどっ」
「?咲希さん?」
「…ね、とーやくん!焼けるのを待つ間、ラッピングを決めようよ!」
さらりと髪を揺らす冬弥に咲希は笑顔を向けた。


オーブンから幸せな香り漂うまで後もう少し。

司冬ワンライ/100回目の・記念日

「おめでとうございまーす!!!」
店の人に笑顔で言われて、二人でえ、と固まってしまった。
なんだろうと隣りに居た冬弥と顔を見合わせれば、どうやらこの店100人目の記念だったらしい。
出来たばかりという店だから、そういうこともあるだろうとは思ったが…まさか自分たちが選ばれるとは。
「こちら、記念の品になります」
渡されたのはキーホルダーだ。
小瓶に入ったビーズの星が踊っている。
お連れ様もどうぞ、と冬弥も渡されていた。
「ありがとうございます」
ふわ、と笑った冬弥がそれを見てにこにこしている。
それを見て、珍しいな、と司も笑った。
「そんなに100人目の記念が嬉しかったのか?」
「それもありますが…」
「?が?」
冬弥の言葉に司は首を傾げる。
柔らかい表情で小瓶を見つめた冬弥は司に向かって微笑んだ。
「司先輩と、二人で100人目を迎えられたことが嬉しくて」
「…冬弥」
「記念品も星で、司先輩を連想させてくれますので…きっと記念品を見る度に今日のことを思い出しますね」
嬉しそうに冬弥が言う。
思わずギュッと抱きしめた。
「わっ、司先輩?」
「…記念品を見て思い出すより先に、何度でも来よう。二人で、何度でも出かけようではないか!100回でも、200回目でも!」
少し離れてから司は真剣に言葉を紡ぐ。
それは、100回目もとうに超えた、愛の告白。
「愛する冬弥のためなら、どこへでも連れて行ってやるからな」
「…ありがとうございます、先輩。俺も、先輩とならどこへでも行けそうです」
目を細め、冬弥が髪を揺らす。
そんな冬弥に愛おしさが込み上げ、再び彼を抱きしめた。


100回目、なんて忘れるくらい二人で共に出かけよう

だって、彼といれば毎日が記念日なのだから!

カイコク誕生日

さて、今日は鬼ヶ崎カイコクの誕生日である。
「鬼ヶ崎、誕生日おめでとう」
「おお、ありがとな、忍霧」
さらっとした祝いの言葉に、カイコクがにこっと微笑んだ。
もっとサプライズや盛大なお祝いをしたいが…彼が普通通りが一番だ、なんて言うから仕方がない。
祝いの形なんて人それぞれだ…幸せの形も、また。
こんな、閉じ込められている中での『普通』は逆に特別なのかもな、と思う。
「…俺の誕生日ってこたァ今日は節分なのか」
「…。…相変わらず貴様は節分が好きだな」
ふと彼がそんな事を言うからザクロは呆れてしまった。
何故だかカイコクは節分という行事が好きらしい。
鬼、と付く割に変な奴だと息を吐いた。
「まあな。誕生日や…クリスマスなんかよりは、好きだねェ」
「俺はクリスマス生まれなんだが?」
「…わぁるかったよ」
幾度か重ねたやり取りをまた繰り返す。
これもまた日常になりつつあった。
…と。
「…おや、忍霧様、鬼ヶ崎様」
目の前から歩いてくるアルパカの被り物をした男に思わず眉を顰める。
カイコク等は明らかに嫌そうな顔で刀に手をかけた。
「…鬼ヶ崎」
「…」
その行為を窘め、ザクロはパカを見上げる。
相変わらずですねぇ、なんて表情が見えない顔でパカは笑った。
「何の用だ。…今日はゲームはなかったはずだが」
「ええ。…ですが、何も無いというのもまた味気ない。今日は節分ですから」
そう言ったパカが指を鳴らす。
ぽん、なんて軽い音が隣で聞こえた。
「…は、なん、え…?」
「鬼っ…!ヶ崎…?」
ぽかん、とした彼の声。
慌てて名前を呼ぶが目線の先にはカイコクはおらず、反射的に下を見る。
「こ、子ども…?」
「ええ。…忍霧様、こちらを」
「っ」
パカが何かを投げてきた。
慌てて受け取ればそれは豆で。
もう何が何やらわからない。
それはカイコクも同じなようで目を白黒させていた。
「本日は節分です。ですので、鬼に向かって豆を投げて下さい。鬼は6体、全てに豆を当てればお二人の勝ちにございます」
「…鬼ヶ崎が子どもになった意味は?!」
「子どもは鬼を怖がるものでしょう。…と、いうのは建前で普段の鬼ヶ崎様のスペックですと、勝負がすぐ付いてしまいそうですからね」
「…っ、おしぎりだけ子どもじゃねェのはひきょーじゃねぇのかい?!」
「お二人とも鬼にしては収拾が付かなくなってしまった時に困りますでしょう?」
パカのあっさりした説明に何故だか納得してしまう…それもどうかとは思うけれど。
「では、ゲーム開始と参りましょうか」
「っ、逃げるぞ、鬼ヶ崎!」
「?!ま、まってくんな、おしぎり!」
そのセリフが聞こえたと同時にザクロはカイコクの手を引っ掴んで走り出す。
鬼が6体、普通で考えればここにはいない他の仲間が鬼である確率が高いからだ。
「…おれ、たんじょーびなんだか?!」
「節分の方が好きだとか言うからだ!」
喚きながら二人して廊下を駆ける。
嗚呼、普通ではなくなってしまったな、なんて思いながら…存外このゲームを楽しんでいた。


子どものカイコクと、節分ゲームで鬼ごっこ。
普通ではないからこそ普段の『普通』が愛おしい。


(ザクロが好きなのは、いつもの、普段通りの彼と普段通りのやり取りなのだ


それは誕生日であったとて変わらない事実!)



「おわったら…っ、ふつうにおいわいしてくんなァ…っ!」
「…それは、死亡フラグとかいうやつではなかったか…?」

にゃんしほはる

本日は2月2日である。
ただそれだけの…はずだったのだけれども。


「どうしよう、志歩ちゃん!!」
「しほちゃん、大変だよー!!」
「…。…朝から何」
クラスメイトであるみのりと、幼馴染である咲希が大声を上げて教室に飛び込んでくる。
それに若干眉を顰めた。
同じクラスのみのりはともかく、咲希は違うクラスなのだが…何かあったのだろうか。
「はっ、はる、遥ちゃんが!」
「?桐谷さんがどうかしたの?」
「はるかちゃんが猫さんになっちゃったんだよー!!」
「…。…は??」


咲希とみのりに連れられて、咲希のクラスに向かう。
そこにいたのは、猫耳が生えた遥…ではなく、いつも通りの彼女だ。
「あれ?志歩」
きょとんとした一歌と…少し驚いた顔の遥が出迎える。
「日野森さん?どうかした?」
「…いや、あの…。…桐谷さんが大変だって聞いたから」
誤魔化すように言えば、顔を見合わせた二人が困ったように笑った。
「…もー、言っちゃ駄目って言ったのに」
「ご、ごめんね、遥ちゃん…っ!」
「だってぇー!はるかちゃんが猫さんになるなんてびっくりしたんだもん!」
「ふふ、私は大丈夫だよ?」
「…どういうことなの?」
4人のやり取りを見守っていたが、何が何やらで納得がいかない。
『猫になった』のは間違いなさそうなのだが。
すると彼女はちょいちょいと手招いて志歩を呼ぶ。
素直に行けば遥は志歩の耳元に口を寄せてきた。
そうして。
「…言えにゃいの」
「…?!!」
何に驚いたら良いか分からないくらいには吃驚して目を見張る。
恥ずかしそうな遥に、あのね、と一歌が補足した。
「桐谷さん、今ナ行が猫みたいににゃって言っちゃうんだって」
「理由は分からにゃいんだけど…今は困ってにゃいし、まあ良いかにゃって」
「…いや、困るでしょ……」
軽く笑みを浮かべる遥に、志歩ははぁ、と息を吐く。
そんなの、困るに決まっているのに「文化祭でもはるかちゃんは猫さんだったもんね!」だの「そう言えば歌にもにゃんってあるもんね」だのフォローが入った。
「うん。だから大丈夫…日野森さん?」
「…私が、大丈夫じゃないんだけど」
志歩のそれに遥が目を見開く。
それからふにゃりと笑った。


2月2日に起こった、猫の魔法は


志歩にとっては頭を抱える困りごと!


(だって、可愛い恋人の可愛い姿を誰にも見せたくないし、だなんて)



「しほちゃん、はるかちゃん大好きだもんねっ!」
「ふふ、確かに、桐谷さんのそんな姿見られたくはないか」
「てっ、天馬さん、星乃さん…」
「分かるよ志歩ちゃん!猫さんの遥ちゃん、いつも可愛いけど更に可愛いもんね!」
「もう、皆うるさい…」

ワンドロお題候補

パジャマ
同棲
特別
日常
魔性
歌声
おはよう
おやすみ
待ち伏せ
待ち合わせ
幼馴染
恋人






夢で逢えたら
朝露きらり

第4回しほはるワンドロワンライ/キャラメル・特別

「…ただいま」
バンドの練習も順調に終わり、いつもよりほんの少し早く帰ってきた日の事。
「…おかえり!みのり、愛莉。早かっ…」
「…。…桐谷さん?」
「日野森さん!」
軽い足取りと明るい声に顔を上げれば、驚いた遥と鉢合わせした。
「ごめんね、みのりと愛莉かと思って…」
「別にそれは構わないけど。…もしかして生配信の?」
恥ずかしそうな遥にそう答え首を傾げる。
彼女はエプロン姿で、何やら鉄のバットを持っていたからだ。
「うん、そうなの。でもアーモンドプードルを買うのを忘れたみたいで、みのりと愛莉が慌てて買いに行ったんだ」
「ああ。…で、お姉ちゃんは?」
「雫なら電話がかかってきて今話してるよ」
ふわりと彼女が笑う。
今の時間なら…両親だろうか。
「日野森さんは、今日は練習?」
「うん。もうすぐワンマンだからね。気合入れて練習しないと」
「そっか、頑張ってね」
「ありがとう、桐谷さん」
何気ない会話に、志歩はほっと息を吐く。
こういう、シンプルなやり取りも良いな、と思った。
「あ、そうだ。日野森さん、キャラメルは食べられる?」
「別に、苦手ではないよ」
「本当?!良かった。…良ければお味見一つどうぞ」
今出来上がったばかりなの、と笑顔を浮かべる彼女の手元にあるのは、生キャラメルだ。
もうすぐバレンタインだから、と選ばれたらしい。
「ありがとう。…まだ手を洗ってないから、出来れば食べさせて欲しいんだけど」
少し冗談ぽく言えば彼女はきょとんとした。
それからクスクスと笑う。
「…日野森さんでもそんな事言うのね」
「私をなんだと思ってるの。別に冗談くらい言う…」
遥のそれに呆れながら返そうとする志歩に彼女は一つキャラメルをつまみ上げた。
「え」
「はい、どうぞ」
にこ、と笑い、それを口元に持ってくる彼女はどこまで本気なのだろう。
みのりや雫ならば天然も拭えないが…。
まあ彼女からやってきたのだし、と志歩も素直に口を開ける。
キャラメルを放り込もうとする手を掴み、指ごと口に含んだ。
「ひゃっ?!」
驚いた声を出す彼女を無視してキャラメルを舌で舐め取る。
甘い味が口いっぱいに広がった。
「…うん、美味しいよ」
「…もう」
率直に感想を言えば遥は目元を赤らめながらクスクスと笑う。
ちゅ、と指にキスをし、ご馳走様、と離した。
甘い味は後を引き、志歩は無意識に口を開ける。
驚いたような遥が柔らかい髪を揺らした。
「特別、だからね?」
遥が微笑む。
キャラメルのような甘い笑みで。


特別、なんて言われたら離せなくなるのに



きっと遥も分かっていて、2つめを志歩に向かって差し出した



(噎せ返る魅惑のキャラメルのような甘い甘い時間は、ほんのひと時だけだから)



(今だけ、この特別な二人きりを)