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風邪/ワンドロ
朝から変だな、とは思っていた。 助っ人で入っている部活動の合間に見かけた冬弥の、登校時間がいつもより遅かっただとか。 歩く速度が遅かっただとか。 いつもなら気にも止めない事象だった…はずなのに。 「…」 気付いたら部活動を中断させて冬弥を探していた。 元々助っ人だし…終わりかけだったから構わないだろう。 それよりも、相棒の違和感の方が大切だ。 冬弥は…なかなか自分を表出しないのだから。 「…どこだよ」 だが、教室にその姿はなく、思わず舌打ちする。 図書室にもおらず、ならばどこにいるのかと駆け出そうとしたその時だった。 「…おや」 「おっ、彰人じゃあないか!」 角を曲がった瞬間、金目を緩めた類とよっと手を挙げる司がいて、顔を顰める。 この二人に会うのも面倒だが…他の意図があるとするならば。 「…彰人」 振り向いた冬弥が、ひどい顔をしていた所為。 「…っ、来い!」 「えっ、あ…」 ツカツカと歩み寄り、冬弥の手を引く。 先輩二人の間を無理矢理割った。 「…な、なんだぁ?」 「フフ、王子様の登場といったところじゃあないかい?」 「ああ、そういう…」 二人のそんな声を背後に聞きながら、彰人は保健室に向かう。 朝の保健室には生徒どころか養護教諭もいないのを知っていた。 ガラリと扉を開き、冬弥をベッドに投げる。 「…っ!彰人!」 「…お前さあ、風邪引いたろ」 されるがままだった冬弥が抗議の声を上げた瞬間、彰人はじろりと睨んでやった。 目を見開いた冬弥がふいとそれを静かにそらす。 図星かとため息を吐き出した。 「…なんで無理すんだよ」 「…休めば、父親から何を言われるか分からない」 「だからって…あーくそっ」 目をそらしたままの冬弥に彰人は頭を掻く。 こういうのはどうにも苦手だ。 「取り敢えず、寝てろ。ちゃんとした理由があれば担任は文句ねぇだろーし」 「…だが」 「真面目も行き過ぎると悪だぞ、冬弥」 何かを言いかける冬弥の頬を撫でてやり、ベッドに寝かせる。 目元が紅いのは熱のせいか別の何かか。 「…寝ないなら襲うからな」 「何故そうなるんだ…?」 首を傾げ、目を緩めた冬弥はそのままうとうとと微睡む。 冬弥がこういう場面で窘めないのは具合が悪い証拠だ。 「…おやすみ、冬弥」 良い夢を、とその髪にキスを落とす。 早く良くなりますようにと願いを、こめて。 授業開始の合図が何処か遠くで鳴った。
花緑青(アキカイ)
雨が降っていた。 窓からそれをぼんやりと眺める。 それから、ちらりとベッドで眠る彼を見やった。 生きているのか分からないほど綺麗な表情で眠る彼。 名は鬼ヶ崎カイコク、という。 白磁みたいな肌に、漆黒の髪。 それでいて同色の瞳はいつも強く前を見つめている。 …ただただ、それを欲しい、と思った。 「…ぅ…」 「おはようございます、カイコクさん」 小さく呻く彼に、にっこりと笑う。 「…。…お前さん、は」 「良く寝ていたので起こしませんでした。大丈夫ですか?」 「…っ。元凶がよく言う。お前さんだろ?俺をこんなトコに閉じ込めたのは」 睨むカイコクに、なんだ、と笑った。 …バレているなら、もう隠すことはない。 「閉じ込めた、だなんて人聞き悪いなぁ。…ただ、手に入れただけじゃないか」 くすりと笑えばカイコクは余計に表情を歪ませた。 「…ここから出せ」 「駄目。…雨降ってるし」 「…は…」 微笑んで見せれば彼はぽかんとした表情を見せる。 素に戻る、彼のその顔が好きだった。 ほんの少し、『彼女』に似ている気がするから。 「…。雨がどうしたんでェ。俺はこんなとこにはいられねぇからな」 「なら、ご自由に」 敵意を見せるカイコクに手を広げてみせる。 別に彼を縛り付けているわけではないのだ。 だのに、カイコクは驚いた顔をする。 「…意外?でも、早くした方が良いよ。俺、そんなに気は長くないし」 微笑むと呆けていた彼がハッとして入り口に走った。 ガチャリ、とドアノブを回す音が部屋に響く。 「…は?」 ザァっと雨が降る音が、響いた。 カイコクの髪が雨に濡れる。 これぞまさに、翠雨だな、と思った。 「…嘘、か…」 「何が?」 小さく呟かれる声に、くすくすと笑う。 後ろから呆然とする彼を抱きしめて。 …アキラは、笑う。 「好きにしても良いと言ったけど、逃げられる、とは言ってないよ。…ねぇ、カイコクさん?」 「…っ!!なっ、ぁ、ぅ…!!」 笑って、睨む彼に口付けた。 雨の匂いが立ち込める。 …止むことの無いそれは、カイコクの自由を…自由に生きる権利を、奪った。
(だって、君が欲しかったんです。
猫のように自由な彼を…雨の中閉じ込めてまで。
自由を与えて仲間を与えて、希望を見せて。
…絶望に染まった…君を)
花緑青がカイコクの瞳に映る。
それは、逃れる事ができない…愛の色。
人はそれを狂気と…そう、呼んだ。
青藍(類冬)
少しショーの練習が長引いてしまった。 吐く息白い、もう夜に近くなった街並みを類は歩く。 日が落ちるのが早くなったなぁと思いながら空を見上げた。 藍に飲み込まれる青色はまごう事無き冬の色だ。 寒いのは得意かと言われればそんなこともないけれど、嫌いではなかった。 寧ろ…と。 「ー♪ー♪」 聴こえてきた歌声に類の足が止まる。 ふらりとそちらへ、方向転換し歩を進めた。 程なくして見つけた人物に目を見開く。 「…君は」 「…。…神代、先輩?」 誰も居ない公園、美しい歌声を響かせていたのは一つ下の後輩、青柳冬弥だった。 響き渡るそれは冬の空に吸い込まれていく。 不思議そうに首を傾げる冬弥から歌声が消えたのを勿体無いな、と思った。 …それを止めたのは類自身なのだけれど。 「…やあ。こんな遅い時間まで練習かい?」 にこ、と笑みを浮かべ聞いてみる。 確か彼はストリートミュージックで仲間たちと何やら目標を立てているらしく、良くその話をしているのを見かけたことがあったのだ。 「…練習は少し前に終わったんですけど。…神代先輩はショーの練習ですか?」 「うん。もうすぐクリスマス公演の初日だからねぇ。皆張り切ってて。…まあ僕も例外ではないのだけれどね」 くす、と笑うと、そうですか、と冬弥も小さく微笑んだ。 それがほんの少しだけ寂しそうに見えて類は冬弥の前にしゃがみこむ。 「…仲間と喧嘩でもしたかい?」 「いえ、彰人たちとの関係は良好です。…ただ…」 「…ただ?」 「…。…少し、帰りたくないなぁ、と」 ほう、と息を吐く、冬弥のそれが白く空気に溶けた。 「…なら、僕もお付き合いしようかな」 立ち上がって微笑み、彼の手を引く。 驚いた表情を見せた冬弥が蹈鞴を踏み、類の傍に引き寄せられる。 「…えと、先輩?」 「フフ、素敵な歌を聴かせてくれたお礼に。君の、缶コーヒー1杯分の時間を僕にくれないかい?」 笑いかけると目を見開き、それから小さく微笑んだ冬弥が、はい、と頷いた。 「それは良かった」 類も笑って見せ、待っていて、と告げてから自販機に向かう。 確か彼はブラック派だったと…座長であり冬弥が尊敬している司が言っていたようないなかったような。 少し迷ってから甘いそれも購入し、冬弥の元へ戻った。 「お待たせ。甘いのとブラックとどっちが良いかな」 「…では、ブラックを」 彼の返答にやっぱり、と思いながら類はそれを手渡す。 「ありがとう御座います。…あの、お金は…」 「可愛い後輩がそんなもの気にする必要はない!…彼ならそう言いそうじゃないかい?君にお金を払わせた、なんて聞いたら僕が怒られそうだ」 「…そう、ですね。…ありがとう御座います」 「どういたしまして。ちなみに、君の相棒くんにも黙っておいてくれよ?遅くまで寒空の下付き合わせたとなれば黙ってはいないだろうからねぇ」 「…分かりました」 類の茶目っ気たっぷりなそれに、くす、と冬弥が笑った。 意外と悪いところもあるのだなぁと微笑み、缶コーヒーを開け、口を付ける。 温かいそれが全身に染み渡り、ほう、と息を吐いた。 「…先輩、クリスマス公演のショーはどんな話なんですか?」 「んー?お楽しみ、かな。まあ一つヒントを与えるとするなら…」 首を傾げた冬弥に笑って見せ、少し考えてから空を指差す。 既に青はなくなり、星が瞬いていた。 「君は、星言葉、というのを知っているかな。誕生日にも割り振られたそれは一つ一つ意味があるものなんだよ」 「…花言葉、みたいなものでしょうか」 「うん、そうだね。ちなみにあの星…」 長い類の指が一つ、星を指差す。 「…ミラク」 「え?」 「知っているかな?アンドロメダ座β星とも呼ばれる星の…その言葉を」 類の問いかけに冬弥は…。
「…いえ、知りません」 静かに、そして困ったようにそう答えた。 なるほど、流石の冬弥も知らなかったらしい。 「フフ、君なら知っているかと思ったのだけれどねぇ?」 「…すみません」 楽しそうに笑う類に、冬弥は困り顔だ。 …別段、そんな顔をさせたいわけではなかったのだけれど。 「今度のショーのテーマなのだけれどね。まあ、答えは自分で調べてもらおうかな」 「…わかりました」 類の言葉にようやっと冬弥も微笑む。 可愛らしい子だな、と思った。 あの司が可愛がるのも、彰人が休み時間の度に教室に出向いているのも納得がいく。 「先輩がお忙しくなければ今度答え合わせをしてもらえませんか?」 「いいとも。お安い御用さ」 冬弥のお願い、に類は微笑んで答えた。 可愛い後輩のお願いだ、叶えてやらない理由はない。 「…ありがとう御座います」 ふわりと微笑む冬弥に、響き渡る前にこの想いを仕舞い込んだ。 きっと彼には必要のないものだから。 強い想いは毒だ。 それはセカイでよく分かっているじゃあないか。 「…神代先輩?」 首を傾げた冬弥に何でもないよ、と笑う。 投げた空き缶は宙を舞い、ゴミ箱へと吸い込まれた。 「それじゃあまた明日」 「はい。また明日」 冬弥が言葉を紡ぐ。 今はそれで良いと…そう思った。
また放課後、あの図書室で
「…知っています」 小さく、冬弥が答える。 金の目を丸くしていれば彼は小さく微笑んだ。 「…本で読んだことがあるんです」 「…そう。なら、僕がそれを君に贈る、と言ったならどうするんだい?…青柳冬弥くん」 冬弥の綺麗な手を持ち上げて口付ける。 ぱちくりと空の色と同じ目を瞬かせた彼は静かに口を開いた。 「…先輩は、その想いを俺に向けてくれるんですか?」 「うん?」 「…俺は、自分の感情がよく分からなくなる時があるんです。だから、先輩が強い感情を向けてくれたら…何か分かる気がして」 冬弥が寂しそうに笑う。 その微笑みは恐らく司も彰人も見たことがないものだろう…ゾクゾクとした。 嗚呼、自分が彼にこんな表情をさせているなんて! 類はきれいで星月夜の如く儚い彼に、瞬くような恋をした。 それは自分が思うより強いそれで。 寒空に響き渡る、この想いに名をつけるならば…。 「君が思う程、綺麗ではないよ?それでも良いかい?」 「…はい」 綺麗に微笑む冬弥の手を引く。 今度は素直に抱かれた彼の頭をなでた。 愛なんて美しいものじゃない。 それでも彼らは夢を魅た。 この想いがなんと呼ばれるかも知らず。 「…神代先輩。俺を連れて…『素敵なセカイにゆきますか』」 「…仰せのままに」
…この日、プロプスはラムダ・ペルセイを連れて姿を消した。
執着心と情熱的な恋
類に懐き出す冬弥を精神的に追い詰める司、の司冬
「…お?」 クラスから出て、さてショーの練習に向かうかと思っていた司の目に飛び込んできたのは思いもかけない組み合わせであった。 「類…と、冬弥?」 類のクラスの前にいたのは類と冬弥である。 自分の教室前なのだから類がいるのは分かる…が、冬弥はどうしたのだろう。 声をかけようとし…司はそれを止めた。 あの冬弥が存外楽しそうな顔をしていたから。 冬弥は感情があまり外に出ない。 本人もそれは気付いているようで、「如何すれば良いでしょうか」と聞いてきた時もあった程だ。 だが、今は如何だろう。 「…あんな顔も出来るのか」 思わず小さく呟いてしまうほど、冬弥の表情は軟らかかった。 いい事じゃあないか、と思うのに如何にももやもやした思いが止まらない。 冬弥が笑いかけるのは、あんな優しい顔を見せるのは自分だけだと思っていたから。 何かあれば司を頼っていた少年は色んな人に色んな顔を見せるようになっていた。 それを、シンプルに嫌だ、と思う。 よりによってそれが類だなんて。 同じ先輩という存在、加えて類は最近冬弥と知り合ったはずなのだ。 彼が幼い頃から一緒にいた自分とは訳が違う。 …それなのに。 「…司、先輩?」 冬弥の柔らかい声が聞こえる。 振り向いた先にいたのは…どうやら類とは別れたようで、冬弥一人だけであった。 好都合だ、と思う。 笑みを作り、冬弥じゃあないか!と態とらしく声をかけた。 「どうしたんだ、冬弥!まさかオレに会いに来たのか?!」 「…いえ。今日は神代先輩に会いに来ました」 はい、と言ってほしかった思いは打ち砕かれ、一番望んでいないそれを引き出す。 「…類、に」 「はい。頼まれていた本が入ったので届けに」 「ほう…。…随分、その…類と仲良くなったのだな」 笑いながら聞けば彼は僅かに微笑んでみせた。 …嗚呼、自分は彼が望んだように笑えているだろうか。 「神代先輩が、芝居関係の本を探していたみたいで…。学校の図書室にはなかったから、図書館に案内したんです」 「図書館に案内?冬弥が、か?」 「はい。その休日は何もなかったので。神代先輩は最近越してきたと聞きましたので…」 はにかむ彼に、そんな顔をするなと言いかけて唇を噛む。 そんな事を言って、何になるだろう? 「…?先輩?」 「…ああ。冬弥は、優しいな」 首を傾げる彼に冬弥は困ったように眉を下げた。 そんな事は、と言うのは謙遜かそれとも。 「…だがな、類には気をつけろ」 「…え?」 口をついて出たのはそんな言葉で、目を見開く冬弥にこちらも驚いてしまった。 何故、自分はそんなことを、なんて思う隙もない。 「類は、必ずお前を傷つける。ショー仲間であるオレですら何度も危ない目に合わされた。死にかけた事だってある。類の噂を聞いただろう?あいつは人に興味がないんだ」 「…そ、んな」 「…なぁ、オレにしないか?」 動揺した表情の冬弥の手を握った。 綺麗な瞳が真ん丸くなり、司を見つめる。 「…先輩?」 「オレなら冬弥を傷つけたりしない。…昔みたいに、オレが護ってやる」 切々と想いを伝えながら司は握った手に力を込めた。 「…」 「…オレのものになれ、冬弥」 「…つか、さ…先輩…?」 「ファンクラブ名誉会長から、恋人にしてやると言っているんだ。悪い話ではないと思うが」 少し怯えた表情の冬弥に司は優しく笑う。 「それとも、何か?父親のように酷くするかもしれない類の元に行くと?」 「…父さん、と…同じ?」 「そうとも!!縛り付け、心も体も壊すかもしれない。そんな男を、良いと思うか?」 「…ぁ…」 ひゅ、と冬弥の喉から音が鳴った。 それは、確かに司が勝利した…音。 パァッと辺りが光に包まれる。 現れたのは、暗い中に佇むサーカス小屋だった。 手を引き、抱きしめる。 そのまま優しく口付けた。 「…ぅ、あ、せ、んぱ…つか、させんぱ、ぃ…!」 「…大丈夫だ。ここに居れば怖いことは何も無い」 縋る冬弥に司は嗤う。
錆びた舞台に観客はもう、冬弥独りだけ。
望んだセカイを逃さぬよう…ヒーローは偽りの優しさで塗り込められた愛を…囁いた。
彰人に嫉妬して冬弥をお人形みたいにする類、の類冬
いつもの放課後、いつもの図書室で。 「やあ、冬弥くん」 「…神代先輩」 声を掛ければ、冬弥は驚いたように本から目を離した。 彼が委員会の日に図書室に通うのは既に日課のようなもので、類はにこりと笑う。 「相変わらず真面目だねぇ。こんな遅くまで委員会だろう?」 「…いえ。実はもう委員会の仕事は終わっているんです」 類のそれに冬弥も僅かに微笑んだ。 その様子に、おや、と思う。 「…なら…待ち人かな?」 「…はい」 「…相棒くんだ?」 「…正解、です」 その言葉に冬弥はふわ、と笑みを浮かべた。 余程好きなのだろう…相棒である彰人を。 彰人は、彼にとって居場所をくれた恩人なのだという。 今の冬弥がこうしているのも彼が誘ってくれたからだと。 「…ねぇ、冬弥くん。居場所なら僕も与えてあげられるよ?」 「…先輩?」 「…僕と、来ないかい?」 手を差し出す類に、冬弥は曖昧に笑う。 「…すみません。俺には…俺達には夢があるので」 「…夢、ねぇ」 「はい。彰人は夢に直向きです。俺も、隣で同じ夢を追いかけていたいんです」 困ったように眉を下げる冬弥に笑って手を引っ込めた。 彼はこう見えて強情だ。 そんなことは知っていた。 知っていてなお…欲しくなる。 希望に溢れている彼を。 図書室のお人形さんと呼ばれている彼を。 …お人形さんの割に存外意志がある彼を。 その意志を植え付けたのは彰人だ。 綺麗な彼に希望を見せているのは彰人なのだ。 それが無性に腹が立つ。 何故彰人が冬弥の隣にいることが出来たのだろうか。 もう少し早ければ、彼は『こっち』側だった…はずなのに。 この思いが嫉妬だというのは知っていた。 だから何だというのだろう。 「…じゃあ、代わりに餞別を受け取ってくれるかい?」 引っ込めた手を己のカバンに入れ、ある物を取り出す。 手渡したのは先程買ったばかりの缶コーヒーだ。 「…でも」 「それくらいはさせておくれよ」 「…ありがとう御座います」 僅かに笑みを浮かべた冬弥がそれを受け取る。 カバンにしまおうと逡巡し…カシュ、と小気味良い音を立ててプルタブを開けた。 「おや、悪いね…君も」 「せっかく先輩から頂いたので」 眉を下げたまま冬弥が缶コーヒーを持ち上げる。 小さな口が傾けた缶コーヒーに付けられた。 「…しかし、彼も悪いねぇ」 「…?」 「君の相棒くんさ。君をこんなに待たせている」 首を傾げる冬弥に言えばこくん、とコーヒーを嚥下し、口を開く。 「…今日は、サッカー部の助っ人なんです。それに、俺が勝手に待っているだけなので」 「そう。でも待っている間に何か起こるかもしれないよ」 くす、と笑う類に冬弥は首を傾げた。 なるほど、彼は随分危機管理能力が乏しいらしい。 「ほら、図書室なんか絶好じゃあないか。襲われたら如何するんだい?」 「俺は男です。そんな、襲われることなんて」 「…分からないよ」 きっぱりと言う冬弥に、目を細めた。 え、と声を出す彼の…華奢な躰がぐらり、と揺れる。 倒れ込む前に抱き止め、類は微笑んだ。 「…ぅ、ぁ…かみ、しろ…せん、ぱ…?」 「…君はいつまで経っても僕を名前で呼ばないね」 辿々しく言葉を紡ぐ小さく笑って眉間を突く。 途端、ふわ、と眠りに堕ちる冬弥を抱き上げた。 落ちたコーヒーは黒いそれを垂れ流し、カーペットにシミを作る。 そうしてそれが冬弥が日を見た最後に…なった。
「…ぅ、あ、や…せん、ぱぃ…類、先輩…!」 冬弥が喘ぐ。 暗い部屋、冬弥は類の…お人形さんになった。 出してくださいと懇願していた冬弥はもういない。 彼は類の人形と化していた。 「僕が愛してあげる。…ねぇ?冬弥くん」 「…は、ぃ…類…先輩…」 冬弥が微笑む。 その笑みは、何処か歪。 素直な彼に口付ける。 言葉は甘い悲鳴に取って代わった。 きっとこれは彼の本心じゃあない。 …それでも良かったのだ。 隣にいるのが彰人ではないと思わせる事が…出来たのだから。
錬金術師は人形を創る。 愛を知らぬ錬金術師が、愛を捧げる為に。
…捧げた『アイ』は…ハイライトを失くした【人形】の瞳に蕩けて堕ちた。
司との仲を疑って酷くする彰人、の彰冬
冬弥の隣は自分だと思い込んでいた。 だって自分は…相棒、なのだから。
「彰人」 柔らかい声が空気を伝って、耳に届く。 おお、と軽い返事をし、振り向いた先に冬弥がいた。 とたた、と音がつきそうな足取りで駆けて来た彼は「…すまない、待たせた」と僅かに微笑んだ。 「別に待ってねぇよ。行こうぜ」 「…ああ」 手を差し出し、イヤホンを自分の耳に突っ込む。 その手を取り、冬弥も同じ様にイヤホンを耳に刺した。 光に包まれ、次に目を開けたその先は、いつものセカイ。 「…今日は何処で練習する…彰人?」 歩き出そうとする冬弥がこちらを振り向き首を傾げる。 「…。…なあ、その指輪、何?」 彰人が指摘したのは、冬弥が左手に着けていた指輪だ。 …今朝まで、そんなもの着けていなかったのに! 「…!あぁ、これか。…司先輩がな、ショーの練習をするからと付き合っていたんだ。…劇の小道具を持ってきてしまったようだな」 右手でそっと隠しながら冬弥が言う。 その表情は見たことない程軟らかく。 …嗚呼、いつまでたってもあの『司先輩』には敵わないのだな、と思った。 彼の隣は自分だと…そう思っていたのに。 冬弥の笑みを見ることが出来るのは自分だと。 「…?彰人?」 「…ああ、わりぃ。行こうぜ」 頭を傾ける冬弥に無理やり笑みを作って手を差し出す。 だが、今度は冬弥がそれを取ることはなかった。 「…すまない。先に返してこようと思う」 「…は?」 彼の言葉に思わずぽかんとする。 …今、何と? 「小道具が無ければ先輩も困るだろう。すぐに戻るから先に始めていて…」 「…いつもそうだよな、お前は」 音楽プレイヤーに手を伸ばす冬弥に、思わず呟く。 いつもそうだ。 一緒にやってきたのは自分なのに、何かあれば司を頼る。 彰人と揉めた時だってそうだ。 …自分は、一人で悩んでいたのに。 「…彰人?」 「なぁ、お前は司センパイをどう思ってんの?」 「…。…司先輩は、俺にとって尊敬に値する人だ。辛い事から逃げても良いと言ってくれた。好きだったものを嫌いにならなくて良いと言ってくれた」 だから、と言葉を紡ごうとする冬弥の手を引く。 蹈鞴を踏んだ冬弥が飛び込んでくるからそのまま口を塞いだ。 「んぅ?!ん、んぅう!!」 口付けられた彼は驚きに目を見開き、離れようとする。 だが彰人はそれを許さなかった。 余計に深く口付け、弱いところを擽る。 その途端、カクンっと彼の力が抜けた。 「…ぅあ、は……あき、と…?」 数分、咥内を貪り続け、ようやっと口を離す。 トロンとした顔でこちらを見上げる冬弥から、音楽プレイヤーを取り上げた。 「…んなもんがあるから、お前は遠くに行くんだよな」 「…彰人?何、を」 蕩けた表情が引き攣るから、思わず口角を上げる。 嗚呼、この表情はあのセンパイ、も見たことないだろうなと…思った。 「永遠にこのセカイに縛り付けてやる。…司センパイのトコなんかに行かせてたまるかよ」 「彰人!司先輩はそんな…!」 「るっせぇなぁ!!」 言い募る冬弥を怒鳴りつける。 びく、と彼の体が震えた。 路地裏に引き込んで再び口付ける。 大人しく受け入れる冬弥に…イライラした。 まるで耐えていれば解放して貰えると思っているようで。 「…ふぁ、ぅ…ゃ…っ!!」 「…センパイとこんなことしたいと思った?」 「…おも、って…な…!!」 首を振る冬弥の、綺麗な目から涙が零れ落ちた。 むしゃくしゃして彼の服に手をかける。 滅茶苦茶にしてやりたかった。 彼の躰も、自分の気持ちも…何もかも。 「あき、と…こんなこと、やめ…!!」 「なんで?…センパイが好きだからか?」 「違う、違うんだ…ぅ、ゃ…あ…!!」 綺麗な声が否定を紡ぐ。 左手の指輪がキラリと光った。
セカイの片隅、光の届かない路地裏で二人切り。
『出来るなら痛くしないで』と謳う… 彼の声が響いて消えた。
仄暗い類冬
ほのぼの司冬
いちゃ甘彰冬
元気ない君に両手いっぱいの(冬弥総愛され)
灰色の空を見て類ははあ、と息を吐く。 白いそれが空気に舞い、消えた。 高い背を縮こませて通学路を歩いていたが…ふと目の前に見たことのあるツートンカラーを見つける。 確か、彼は。 「…やあ、おはよう。青柳冬弥くん?」 「…。…おはよう、御座います。…神代先輩」 類を認めた彼…冬弥が小さく会釈をした。 礼儀正しい子だな、と思う。 あの、司を慕い尊敬する後輩、だとは未だに思えなかった。 やはり反面教師だろうか。 …それよりも。 「…あの?」 「ん?ああ、すまない。君は冬、と名にあるだけあって寒さに強いのかと思ってね」 「え…」 驚いた顔で彼がこちらを見る。 冬弥は何故だか防寒具を身に着けていなかったのだ。 こんなにも寒い日なのに。 「…。…強くは、ないです」 小さな声の冬弥が視線を下に落とす。 どうやら朝から何かあったようだ。 表情変化は少ない冬弥だからこそ、小さなこれは手に取るように分かった。 あまり個人に入り込むことはしたくはないが…彼が元気がないのは少し気になる。 ふむ、と考え込んだ類はカバンを探り、衣装用にと持ってきたストールを巻いてやった。 「…え」 「なら、せめてそれを巻いておくと良い。…違反ではないはずだしね」 くす、と笑いそれからいつも持ち歩いているラムネを取り出す。 「あ、あの、ありがとう御座いま…」 「はい、あーん」 おずおずと礼を言おうとする冬弥を遮ってラムネを口に入れた。 驚いた表情で見上げる冬弥が可愛いな、と思う。 「ラムネは苦手だったかな?」 「…いえ」 「なら、もう一つどうぞ。…糖分は、大事だよ?」 白い粒が入ったビンを振りながら言えば彼は灰青の瞳を少し大きくさせた。 何故、と言外に問うから、そうだねぇ、と指を伸ばす。 「いつもピンと伸ばされている背が小さく見えた。それに表情が硬い。今更僕に緊張なんてしないだろう?なら何かあったのかと思ってね。何はなくても糖分摂取は効く、から」 そう説明してやれば、冬弥はややあってふわ、と笑んだ。 思わず類も笑顔になる。 ありがとう御座います、と言う冬弥の声が透き通った朝の通学路に消えた。
寒い、と司は空を見上げた。 昼食は外で食べる!と決めていたが…今日は室内でも良かったろうか。 粗方食べ終わった後で後悔しても仕方ないのだが…と。 「…あれは」 見たことあるシルエットに司は、おぅい!と声をかける。 「冬弥!こっちだ、こっち!」 「…司、先輩」 本を抱えた冬弥が司の声に振り向いた。 綺麗な髪が揺れる。 「昼休みも委員会か?大変だなぁ」 「…はい」 軽い気持ちで言ったが冬弥は力なく笑みを浮かべた。 おや、と思う。 「…もしや、とは思うが…冬弥、お前昼は…?」 「…持ってくるのを忘れてしまって」 「何?!」 冬弥の短い一言に目を見開いた。 「委員会で忙しかったし、丁度良かったんです」 「何が良いものか!ほら、座れ座れ!」 ポンポンと隣を叩く。 成長期の男子高校生が昼抜きは辛かろうに。 はあ、と隣に腰掛けた冬弥に食後にと取っておいたデザートのミニケーキを差し出した。 「…え」 「なんだ、甘味は嫌いか?」 「…いえ。でもそれは司先輩のでは…?」 「遠慮をするな!可愛いオレの後輩が午後中ずっと腹を空かせていると思う方が辛いに決まっているだろう」 何を当たり前なことを、と言えば冬弥は目を見開く。 「…ありがとう、ございます」 「礼は後だ。ほら、口を開けろ、冬弥」 ん、と促すと今度は素直に口を開いた。 彼の小さな口にケーキを入れる。 ほわ、と笑みを僅かに浮かべ、美味しいです、と冬弥が咀嚼しながら言った。 「そうだろう!!後…そうだ、クッキーも入っていたな。これは包んでやるから後で食べると良い」 「え、でも」 もごもごと何かを言いたそうにする冬弥の頭を撫でる。 「まったく、冬弥は。少し甘えてもくれないのか?」 「…!!」 目を見開く冬弥に司はニッと笑ってみせた。 気丈な後輩が、安心できるように。 「確かにオレは冬弥にとって頼りないかもしれないが。たまには先輩ヅラさせてくれ」 「…司、先輩」 「年下が年上に甘えるのは当然の権利だ。そうだろう?」 笑い、くしゃくしゃと彼の髪を撫で回す。 ようやっと柔らかいそれで、はい、と言った。 「…まあ、あれっぽっちの甘味では余計に腹も空こうが…」 「いえ。…司先輩の気持ちが嬉しいので」 「冬弥…!」 綺麗な笑みの冬弥に思わず崇めそうになる。 もう一人の後輩とは雲泥の差だ。 …まあ彼、の場合は冬弥が司に懐いているのが気に食わないのもあるのだろうが。 「よし!自販機に行くぞ、冬弥!せめて飲み物を奢ろう!」 「司先輩、それは…!」 さっさと弁当箱を片付け、冬弥の手を引っ張る。 慌てたような彼に司は笑った。 まったく、冬弥は真面目なのだから!! 「オレの可愛い冬弥に、オレがしてやりたいんだ!…昼の時間は少ない、急ぐぞ、冬弥!!」
「おい、冬弥!帰るぞ!」 彼のクラスのホームルームが終わったと同時に彰人は声をかけた。 クラスメイトは、相も変わらずと気にする様子もない。 ああ、と冬弥が荷物を纏めて出てきたと同時に手を引いた。 「…彰人…?」 「うるせぇ」 不思議そうな彼にムスッとしたまま玄関ホールに向かう。 靴、と短めに指示をして履き替えるのを待った。 グラウンドを突っ切り、校門を出ていつもとは反対の道に進む。 「彰人、どこに…」 「いいから黙って付いて来いっつーんだよ」 不安げな冬弥に、ったく、と彰人はため息を吐いた。 立ち止まったのはよくあるコンビニだ。 「…?また新作のチーズケーキか?」 「違げぇ。…お前、朝からあんま食ってないだろ」 「…!なぜ、それを」 「見りゃ分かる。…なんで我慢してんだか」 驚く冬弥に息を吐き、コンビニに入る。 冬になったからだろう、ホットスナックが並んでいて。 これで良いかと中を見る。 「オレは肉まんにするけど。冬弥は?」 「…俺、は」 振り向くと冬弥は少し困った顔をしていた。 なんだ?と思えば、少しして食べたことないんだ、と告白してくる。 「マジか。…なら尚更食ってみたいもん食えよ」 「…だが」 「練習、保たねぇぞ」 彰人のそれにようやっと冬弥も頷いた。 彼が指差したのは紫芋のコロッケで。 その色味に、2年の変人…何か奇妙なものを作る方…がぼんやりと浮かび、慌てて打ち払う。 レジで肉まんやピザまん、飲み物と共に冬弥の選んだコロッケも注文した。 「…随分買ったな」 先に外で待っていた冬弥が意外そうに言う。 お前のだよ、と言い、隣に座った。 「…多過ぎないか?」 「足りねぇだろ。朝も昼も碌に食ってねぇくせに」 「…!だが」 「うだうだ言ってねーでまずは食えよ」 言い募る冬弥にほら、とコロッケを差し出す。 むう、とした表情のままそれを齧った冬弥のそれが、ぽわりと溶けた。 「美味いか?」 「…ああ」 「そりゃ良かったな」 「お前も食べるか?」 ん、と差し出してくる冬弥に、遠慮しても彼は引かないだろう、と素直に出されたそれを齧る。 「ん、案外いける」 「…そうか」 何故だがその言葉に嬉しそうに頬を緩める冬弥に、変なやつ、と彰人は笑った。 食べ終わった頃を見計らい、ピザまんを差し出す。 今度は素直に受け取り、小さな口で齧りついた冬弥が少し目を丸くさせる。 どうしたのかと思えば中に入っているチーズが切れなかったようで困った顔で見上げてきた。 思わずふは、と笑う。 「…わりぃ」 一頻り笑い、一応謝ってから伸びたチーズを切ってやる。 「…悪い顔していたぞ、彰人」 「そりゃなるだろ」 肩を揺らし、自分用にと買った肉まんを割った。 湯気が冷たい空気に触れ、白に変わる。 半分になったピザまんと交換し、齧りついた。 少し懐かしく感じる味が口いっぱいに広がる。 「…美味しかった。ありがとう、彰人」 「…おお。ちょっとはマシになったな」 礼を言う冬弥の頬に手を伸ばした。 ひやりとした感覚が指先に伝わる。 「冷てぇの」 「今日は寒いからな」 すり、と頬を擦り付けたかと思えば、冬弥はその手を持ってゆっくり微笑んだ。 「だが、代わりに心は暖かいぞ」 「…そーかよ」 無意識か、と脳内でツッコミながら、短く返す。 彼が幸せであればそれで良いか、と思った。 いつだって冬弥には、幸せで…いてほしいのだから。
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