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いちゃ甘彰冬
元気ない君に両手いっぱいの(冬弥総愛され)
灰色の空を見て類ははあ、と息を吐く。 白いそれが空気に舞い、消えた。 高い背を縮こませて通学路を歩いていたが…ふと目の前に見たことのあるツートンカラーを見つける。 確か、彼は。 「…やあ、おはよう。青柳冬弥くん?」 「…。…おはよう、御座います。…神代先輩」 類を認めた彼…冬弥が小さく会釈をした。 礼儀正しい子だな、と思う。 あの、司を慕い尊敬する後輩、だとは未だに思えなかった。 やはり反面教師だろうか。 …それよりも。 「…あの?」 「ん?ああ、すまない。君は冬、と名にあるだけあって寒さに強いのかと思ってね」 「え…」 驚いた顔で彼がこちらを見る。 冬弥は何故だか防寒具を身に着けていなかったのだ。 こんなにも寒い日なのに。 「…。…強くは、ないです」 小さな声の冬弥が視線を下に落とす。 どうやら朝から何かあったようだ。 表情変化は少ない冬弥だからこそ、小さなこれは手に取るように分かった。 あまり個人に入り込むことはしたくはないが…彼が元気がないのは少し気になる。 ふむ、と考え込んだ類はカバンを探り、衣装用にと持ってきたストールを巻いてやった。 「…え」 「なら、せめてそれを巻いておくと良い。…違反ではないはずだしね」 くす、と笑いそれからいつも持ち歩いているラムネを取り出す。 「あ、あの、ありがとう御座いま…」 「はい、あーん」 おずおずと礼を言おうとする冬弥を遮ってラムネを口に入れた。 驚いた表情で見上げる冬弥が可愛いな、と思う。 「ラムネは苦手だったかな?」 「…いえ」 「なら、もう一つどうぞ。…糖分は、大事だよ?」 白い粒が入ったビンを振りながら言えば彼は灰青の瞳を少し大きくさせた。 何故、と言外に問うから、そうだねぇ、と指を伸ばす。 「いつもピンと伸ばされている背が小さく見えた。それに表情が硬い。今更僕に緊張なんてしないだろう?なら何かあったのかと思ってね。何はなくても糖分摂取は効く、から」 そう説明してやれば、冬弥はややあってふわ、と笑んだ。 思わず類も笑顔になる。 ありがとう御座います、と言う冬弥の声が透き通った朝の通学路に消えた。
寒い、と司は空を見上げた。 昼食は外で食べる!と決めていたが…今日は室内でも良かったろうか。 粗方食べ終わった後で後悔しても仕方ないのだが…と。 「…あれは」 見たことあるシルエットに司は、おぅい!と声をかける。 「冬弥!こっちだ、こっち!」 「…司、先輩」 本を抱えた冬弥が司の声に振り向いた。 綺麗な髪が揺れる。 「昼休みも委員会か?大変だなぁ」 「…はい」 軽い気持ちで言ったが冬弥は力なく笑みを浮かべた。 おや、と思う。 「…もしや、とは思うが…冬弥、お前昼は…?」 「…持ってくるのを忘れてしまって」 「何?!」 冬弥の短い一言に目を見開いた。 「委員会で忙しかったし、丁度良かったんです」 「何が良いものか!ほら、座れ座れ!」 ポンポンと隣を叩く。 成長期の男子高校生が昼抜きは辛かろうに。 はあ、と隣に腰掛けた冬弥に食後にと取っておいたデザートのミニケーキを差し出した。 「…え」 「なんだ、甘味は嫌いか?」 「…いえ。でもそれは司先輩のでは…?」 「遠慮をするな!可愛いオレの後輩が午後中ずっと腹を空かせていると思う方が辛いに決まっているだろう」 何を当たり前なことを、と言えば冬弥は目を見開く。 「…ありがとう、ございます」 「礼は後だ。ほら、口を開けろ、冬弥」 ん、と促すと今度は素直に口を開いた。 彼の小さな口にケーキを入れる。 ほわ、と笑みを僅かに浮かべ、美味しいです、と冬弥が咀嚼しながら言った。 「そうだろう!!後…そうだ、クッキーも入っていたな。これは包んでやるから後で食べると良い」 「え、でも」 もごもごと何かを言いたそうにする冬弥の頭を撫でる。 「まったく、冬弥は。少し甘えてもくれないのか?」 「…!!」 目を見開く冬弥に司はニッと笑ってみせた。 気丈な後輩が、安心できるように。 「確かにオレは冬弥にとって頼りないかもしれないが。たまには先輩ヅラさせてくれ」 「…司、先輩」 「年下が年上に甘えるのは当然の権利だ。そうだろう?」 笑い、くしゃくしゃと彼の髪を撫で回す。 ようやっと柔らかいそれで、はい、と言った。 「…まあ、あれっぽっちの甘味では余計に腹も空こうが…」 「いえ。…司先輩の気持ちが嬉しいので」 「冬弥…!」 綺麗な笑みの冬弥に思わず崇めそうになる。 もう一人の後輩とは雲泥の差だ。 …まあ彼、の場合は冬弥が司に懐いているのが気に食わないのもあるのだろうが。 「よし!自販機に行くぞ、冬弥!せめて飲み物を奢ろう!」 「司先輩、それは…!」 さっさと弁当箱を片付け、冬弥の手を引っ張る。 慌てたような彼に司は笑った。 まったく、冬弥は真面目なのだから!! 「オレの可愛い冬弥に、オレがしてやりたいんだ!…昼の時間は少ない、急ぐぞ、冬弥!!」
「おい、冬弥!帰るぞ!」 彼のクラスのホームルームが終わったと同時に彰人は声をかけた。 クラスメイトは、相も変わらずと気にする様子もない。 ああ、と冬弥が荷物を纏めて出てきたと同時に手を引いた。 「…彰人…?」 「うるせぇ」 不思議そうな彼にムスッとしたまま玄関ホールに向かう。 靴、と短めに指示をして履き替えるのを待った。 グラウンドを突っ切り、校門を出ていつもとは反対の道に進む。 「彰人、どこに…」 「いいから黙って付いて来いっつーんだよ」 不安げな冬弥に、ったく、と彰人はため息を吐いた。 立ち止まったのはよくあるコンビニだ。 「…?また新作のチーズケーキか?」 「違げぇ。…お前、朝からあんま食ってないだろ」 「…!なぜ、それを」 「見りゃ分かる。…なんで我慢してんだか」 驚く冬弥に息を吐き、コンビニに入る。 冬になったからだろう、ホットスナックが並んでいて。 これで良いかと中を見る。 「オレは肉まんにするけど。冬弥は?」 「…俺、は」 振り向くと冬弥は少し困った顔をしていた。 なんだ?と思えば、少しして食べたことないんだ、と告白してくる。 「マジか。…なら尚更食ってみたいもん食えよ」 「…だが」 「練習、保たねぇぞ」 彰人のそれにようやっと冬弥も頷いた。 彼が指差したのは紫芋のコロッケで。 その色味に、2年の変人…何か奇妙なものを作る方…がぼんやりと浮かび、慌てて打ち払う。 レジで肉まんやピザまん、飲み物と共に冬弥の選んだコロッケも注文した。 「…随分買ったな」 先に外で待っていた冬弥が意外そうに言う。 お前のだよ、と言い、隣に座った。 「…多過ぎないか?」 「足りねぇだろ。朝も昼も碌に食ってねぇくせに」 「…!だが」 「うだうだ言ってねーでまずは食えよ」 言い募る冬弥にほら、とコロッケを差し出す。 むう、とした表情のままそれを齧った冬弥のそれが、ぽわりと溶けた。 「美味いか?」 「…ああ」 「そりゃ良かったな」 「お前も食べるか?」 ん、と差し出してくる冬弥に、遠慮しても彼は引かないだろう、と素直に出されたそれを齧る。 「ん、案外いける」 「…そうか」 何故だがその言葉に嬉しそうに頬を緩める冬弥に、変なやつ、と彰人は笑った。 食べ終わった頃を見計らい、ピザまんを差し出す。 今度は素直に受け取り、小さな口で齧りついた冬弥が少し目を丸くさせる。 どうしたのかと思えば中に入っているチーズが切れなかったようで困った顔で見上げてきた。 思わずふは、と笑う。 「…わりぃ」 一頻り笑い、一応謝ってから伸びたチーズを切ってやる。 「…悪い顔していたぞ、彰人」 「そりゃなるだろ」 肩を揺らし、自分用にと買った肉まんを割った。 湯気が冷たい空気に触れ、白に変わる。 半分になったピザまんと交換し、齧りついた。 少し懐かしく感じる味が口いっぱいに広がる。 「…美味しかった。ありがとう、彰人」 「…おお。ちょっとはマシになったな」 礼を言う冬弥の頬に手を伸ばした。 ひやりとした感覚が指先に伝わる。 「冷てぇの」 「今日は寒いからな」 すり、と頬を擦り付けたかと思えば、冬弥はその手を持ってゆっくり微笑んだ。 「だが、代わりに心は暖かいぞ」 「…そーかよ」 無意識か、と脳内でツッコミながら、短く返す。 彼が幸せであればそれで良いか、と思った。 いつだって冬弥には、幸せで…いてほしいのだから。
ワンドロ/誕生日
ほろりと口の中でチーズケーキが溶ける。 純粋に美味い、と思った。 彰人の誕生日、冬弥がプレゼントとしてくれたのは手作りのチーズケーキだったのである。 料理も碌にやったこともないだろう彼が自分のために作ってくれたという事実は、自然に口角を上げさせた。 「…どう、だろうか」 心配そうに冬弥が聞く。 美味いよ、と言うと明らかにホッとした顔をした。 「…なあ…これ、誰に教わったんだよ」 咀嚼していたそれを飲み込み、ふとそう聞くと冬弥はああ、と何事もなく口を開く。 「小豆沢の友人…それと、司先輩の妹さんの、バンド仲間だ」 「…割と遠いな…」 教えられた情報は辿っていっても直接の関係ではなく、安堵したような何だか微妙な気分になった。 そういえば先程女子高生グループに囲まれていたっけか。 「つか、よく引き受けてくれたな?まさか冬弥が直接頼んだわけじゃないだろ」 「まさか。…最初はMEIKOさんに聞く予定だったんだが、セカイには彰人と鉢合わせする可能性もあったからな。小豆沢が気を利かせて聞いてくれると。相手も『お友だちの為に頑張りたいなんて素敵ですね』と了承してくれて、白石が開店準備を手伝うなら、と店のキッチンを貸してくれたんだ」 「…へえ?」 随分とまあ用意がいい、と頬杖をつく。 なるほど、このプレゼントは女子メンバーの全面バックアップがあったようだ。 「最初、向こうは俺が男だと知って驚いていたが、一つ一つ教えてくれてな」 ふわり、と冬弥が笑む。 何となしに面白くないな、と思った。 だが。 「…チーズケーキの作り方を教えてくれた彼女がな、このケーキを食べられる人は幸せですねと言ったんだ」 「…あ?」 冬弥の言葉に目をぱちくりと瞬かせる。 …何を、急に。 「…俺の…彰人への想いが存分に詰まっているからだと」 「…!」 表情を緩めて冬弥が言う。 …そんな顔で言うなんて…ずるいじゃあないか。 「なあ、食わせてくれよ」 「…え」 「お前の、オレへの想いが詰まった…オレの為に作ったチーズケーキを」 調子に乗ってみれば冬弥は仕方がないなと笑んだ。
今日は特別、の言葉と共に。 (だって今日はお誕生日様!!)
おねだり類冬続き
唇を離すと彼は熱っぽい目で見つめていた。 そんな彼が綺麗だと思う。
雨はまだ、やまない。
「…ぅ、ふ…」 「…」 冬弥の手がぎゅっと類の服を掴む。 目元は真っ赤に染まり、今にも泣き出しそうだ。 するりと手を彼の太腿に滑らせればひくりと喉が戦慄く。 はて、これをどう見るべきだろうか。 「…先輩?」 綺麗な冬弥の声が降ってくる。 作業台に上げられた彼は、やはり、どう見たとて…怯えた様相を、していた。 「あの、類…先輩?」 「…実験はここまでにしよう。良いね?」 ちゅ、と持ち上げた太腿に口付け、類はそう囁く。 目を見開くのは冬弥の方だ。 なんで、と小さな声が響く。 「…待ってください。俺は、平気です。だから…」 「君は今、自分が思っているより酷い顔をしているよ。…おいで」 縋ろうとする冬弥に手を伸ばした。 それを取ろうか迷う彼に、類は笑って手を引っ込める。 飲み物を取ってくる、と踵を返した途端だった。 慌てて作業台から降りたのだろう冬弥が類の背にぶつかる。 思わず蹈鞴を踏みかけ、なんとか踏み止まった。 「…冬弥くん?」 「…。…先輩は…俺を」 「好きだよ。だからこそ、そんな顔はして欲しくない」 「…え……」 振り向けば彼が悲しそうな顔をしていたからくすりと笑う。 その瞬間、冬弥がバッと顔を上げた。 「フフ、君も、僕を非道な錬金術師だと思っていたのかな?」 「…!ちがっ…います…!」 「なら良かった」 くるりと振り向き、酷く怯えた様子の彼を抱きしめる。 「僕はね、存外君を大切にしたいんだよ。…君に、あの人形を貰った日から」 優しく笑いかけると冬弥も何か気付いた顔をした。 視線がスイと違う方にずれる。 そこには、場違いのぬいぐるみが…置いてあった。
「…まぁた冬弥はんなもんを…」 「…取ってしまったものは仕方ない」 昼休み、自教室に戻ろうとしていた類は二人の2年生を認め、おや、と思った。 呆れた顔をするのは彰人、それに困った顔で答えたのは冬弥だ。 腕には何やら大きなぬいぐるみが抱かれている。 「やあ、君たち」 「…げっ」 「…。…神代先輩」 少し気になったのもあり、類は笑顔で近付いた。 嫌な顔をする彰人は置いておいて、冬弥の持つ青色の猫のぬいぐるみに目をやる。 「青柳くん、だったかな。それは如何したんだい?」 「…。…ゲームセンターで取ったんです。家に置き場がないので、彰人か司先輩に受け取ってもらおうかと」 「…おい」 彼の協力ありきで考える冬弥に、彰人が小さくツッコミを入れた。 「ほう。君にはそんな趣味が…?」 「…んな訳ないっしょ。姉がいるんスよ」 「…司先輩にも妹さんがいるのでどちらかに引取ってもらえたらと…」 大変嫌そうに言う彰人と、それを補完するように言葉を添える冬弥になるほど、と思う。 ひょいとそれを取り上げた。 「…あの…?」 「この子、僕にくれないかな?」 「…良い、ですけど」 「フフ、ありがとう。青柳くん」 にこっと笑って見せれば冬弥も柔らかく目を細める。 こんな顔をするのだと、思った。 「…大切に、してやってください」
「あれからとても大切にしているんだよ。…ねぇ、ユキ?」 笑って持ち上げたぬいぐるみにキスをしてみせる。 冬弥を思い出させる、青い猫。 「この子を引き取った日に決めたんだ。僕は君を…ユキよりも大切に、大切に愛すると、ね」 「…先輩」 「実験なんて言葉で誤魔化さないで、君が晴れて図書室のお人形さんを辞める日…つまり、君が卒業したら、その時は」 小さく笑って冬弥の濡れそぼった髪を持ち上げた。 「君を愛してあげよう」 「…」 「まずは、僕を名前で呼ぶ事に慣れてもらわないと、ね」 パチリとウインクをすれば彼は慌てた様子を見せる。 まさか、名前で呼ぶことに戸惑っていると、バレているとは思っていなかったようだ。 「…!あの」 「フフ。まだ無理をしなくて良いさ」 「…すみません。…神代先輩」 「二人きりの時には、呼んでほしいけれどね」 にこりと笑って、ユキと名付けたぬいぐるみを窓辺に戻す。 ぬいぐるみの頭を撫で、さて、と冬弥に向き直った。 「何か温かいものを淹れようか。何が良いかな」 「…あの」 もじ、と冬弥が類を見上げる。 何だろうと思っていれば彼はゆっくり首を傾げた。 「…俺には、してくれないんですか?」 「うん?」 「…ちゅー…してくれないんですか…?」 冬弥がそう言う。 ああ、と類は金の目を細めた。
決めたのだ。 冬弥を、大切にする、と。 大切に…【愛する】、と。
「お望みならしてあげよう。…存外欲しがりな、図書室のお人形さん?」 ちゅ、と軽く口付ける。 雨粒のように溶けた瞳が、深くなる口付けと共に閉じられた。
(錬金術師は、恋を知る
綺麗な人形は、愛を識る
…これは、恋愛をシラナイ、錬金術師と綺麗な人形の物語)
おねだり類冬
ざぁ、と雨の音が響く世界で。 「…俺にも実験してください」 彼の小さな声が、した。
ことの始まりは数時間前。 神代類は、帰り支度をしながら小さくため息を吐き出した。 今日は先程から降り出した雨のせい…ではなく、定期点検日でショーの練習がなくなり、委員会もない、司は今日は妹と用事があるらしいとことからまっすぐ家に帰るしかなくなったのである。 雨なのにご苦労なことだと類は思いながらも空を見上げた。 久しぶりに家でゆっくり実験でもするかと持ってきた傘を差そうとした…その時である。 少し向こうに雨の中歩く、ツートンカラーの髪を揺らす彼を見つけた。 おや、と思わず漏れた声が玄関ホールに響く。 取り敢えず傘を差し、水溜りを蹴った。 「…やあ、冬弥くん。傘も差さずにイギリス人の真似事かな?」 「…!!神代、先輩」 すぐに追い付き、傘を差し出しながら言えば彼、青柳冬弥は驚いた顔をする。 「日本人でいたいなら入っていくといい。風邪をひいてしまうよ?」 「…すみません」 僅かに顔を伏せた冬弥は小さな声でそう言った。 「相棒くんはどうしたのかな。君が濡れ鼠になるなんて許さなさそうだけど」 「…彰人は、今日はお姉さんと用事があるそうなんです」 「そう」 簡潔な言葉に、喧嘩したわけではないのだろうな、と思う。 どちらかといえば、もっと別の。 「まあそのままにしておくほど僕も非道ではないからねぇ。良ければうちで服を乾かしていくかい?」 「…え?」 軽い気持ちで聞いたそれは、冬弥にとって驚きでしかなかったらしい。 灰青の瞳を丸くして、冬弥が類を見上げた。 「…でも、ご迷惑じゃあ」 「迷惑ならこんな提案はしない。それとも君は、僕が人の心がない悪魔じみた先輩だと思っているのかな?」 「いえ、あの、そんな…ことは」 わたわたと冬弥は言い訳するように言葉を紡ぐ。 面白い子だな、と類は笑った。 「冗談だよ。でも、濡れたままは良くないからね。…ほら」 くす、と微笑み、類は手を差し出す。 宜しくお願いします、とややあって小さな声で言った冬弥が、冷たく白い手を、乗せた。
「…あの、お風呂までありがとう御座いました」 十分に温まってきたらしい冬弥がひょこりと顔を出す。 類の家に着いた後、取り敢えず風呂場に放り込み、温まっておいでと声をかけたのだ。 その間濡れた制服を乾かしていたが、間に合わず、仕方なく類のYシャツを置いておいたのだが…何も思わず着てきたらしい。 スラリと伸びた白い足から滴がポタポタと落ち、白い肌は桜色に染まっていた。 一応類も男子高校生だし…気にならないといえばそれは嘘なのだが…真面目な冬弥に下手に手出しは出来ないと笑みを作る。 ただでさえ類は怪しい、と言われるのだ、気をつけなくては。 「すまない、まだ制服が乾いていないんだ」 「いえ。寧ろそこまでやって頂いてすみません、神代先輩」 申し訳なさそうに冬弥が言う。 ただそれより彼は類の部屋が珍しいのか先程からきょろきょろしていた。 「フフ、珍しいかい?」 「…えっ、あ…」 「部屋に人を入れたことはあまりないから…見せられるものじゃあないんだよ?」 「…!そう、なんですか?」 冬弥が意外だ、とでも言うような声を出す。 不思議に思っていれば「…司先輩は、来たことあると思っていたから」と小さなそれが耳に届いた。 「司くん?…彼は教室かファミレスか…ワンダーステージの舞台裏で会うことが多いかな。互いの家には行っていないよ、今のところはね」 「…そう、ですか」 何故かホッとしたように彼が言う。 「…あの」 「どうしたんだい?冬弥くん」 「神代先輩は、司先輩に…その、実験をしているんですよね?」 唐突なそれに類は金の瞳を丸くした。 確かに司にはショーに使う、という目的で体をふっ飛ばしたり穴に落としたりヘリウムガスで声を変えてみたりなんだりかんだりやってはいるが。 「まあ…あくまでショーの為に、ね。僕は色んな演出が使えるから楽しいといえば楽しいけれど…何か引っかかるかい?」 「いえ。…あの」 小さく首を振った後、冬弥が、くん、と類の服を引いた。 そうして。 「…俺にも実験してください」 小さな、けれどはっきりした声で…そう、言ったのだ。 驚いたのは類である。 何かを考えているのだろうとは思っていたがまさか、そんな。 「…。…君は、司くんみたいに空を跳んでみたいと思っているのかな?それとも…何か別の…」 跪き、冬弥の白い手を取って…その少し上、ほっそりした手首に口付ける。 「…君だけの、特別な実験をしてほしい?」 目元を緩め見上げると冬弥は顔を赤くしながら、こくんと頷いた。 そう、と笑い、類は冬弥を抱き上げて作業台に乗せる。 「僕は変わり者の錬金術師、っていう役なんだ。…君はどうだい?」 「…」 「…僕に演出されたいなら、役が欲しいところだね」 「…そう、ですね」 唐突な質問だが、冬弥そっと考え、暫く後、ふわりと笑った。 「…神代先輩が最初に呼んでくれた名前が良いです」 「…図書室のお人形さん、だったかな」 「ええ。不本意ではありますが…それが自分に一番合っているような気もして」 「ふうん?」 「それに、錬金術師は対価と引き換えに物質を変化させると聞きました。…神代先輩になら、変えられても良いかな、と」 穏やかに笑う冬弥の、類のものだからか少し大きめのYシャツ…そこから伸びる足に手を伸ばす。 そこには何も身につけておらず…おや、と類は笑った。 まさか、冬弥も同じ気持ちだったのか、と。 「…何も知らない、綺麗なお人形さんに戻れなくなっても知らないよ、青柳冬弥、くん?」 「…元々、綺麗では…ないです。…類、先輩」 冬弥が笑む。 初めて類の名を、紡いで。 綺麗な…お人形のような表情を崩して。 嗚呼彼はやはり素晴らしいと類は笑い、薄い唇をそっと封じた。
雨が降る。
錬金術師は、綺麗なお人形との実験に溺れていった。
(これは、孤独だった錬金術師と綺麗なお人形との恋の話)
ポッキーの日!(類冬)
少しからかってみたくなったのさ
【図書室のお人形さん】を
「やあ、冬弥くん」 「…神代先輩」 本を数冊持ち、そろそろ委員の仕事が終わる、彼の元へ行く。 名を呼べば彼はふわりと顔を上げて、綺麗な口を類の名の形に作った。 最初に会ったのは、随分前だったような…そうでもないような。 どうかしましたか?と聞く冬弥に「何でもないよ」と笑いかけてから貸し出しするために本をカウンターに乗せる。 「…お菓子の本、ですか」 「少し、演出に加えてみようかと思ってね。直接は関係ないのだけれど」 貸し出し作業をしながら目を留める彼にそういうと、そうですか、と冬弥は小さく笑みを見せた。 「…。…そうだ、冬弥くんは今日が何の日か知っているかい?」 お菓子と言えば、と今日自慢気に披露された知識を、冬弥にも聞いてみる。 だが、彼は知らなかったようで首を傾げた。 綺麗な、ツートンカラーの髪が揺れる。 「…今日…ですか、すみません、分からないです」 「フフ、今日はポッキーの日だよ。ほら、11月11日、棒が並んでいるように見えるだろう?まあ、企業戦略、というやつだね」 素直な冬弥に答えを教えてやり、そういう訳で、とカバンに入っていたポッキーの箱を取り出した。 「…。…図書室は飲食禁止ですよ?神代先輩」 「まあまあ。バレなければ大丈夫さ。それより、ポッキーゲームをしないかい?」 「…ポッキーゲーム、ですか」 きょとんとする彼は何も知らないようで。 …ふと、からかってみたくなった。 「ルールはかんたん。君は箱の中に入っているポッキーを何本か取る。僕はその数を当てる。せーので取り出した数が僕の言った数字より多かったり少なかったりしたら君の勝ち。ピタリ当たったら僕の勝ちだ。簡単だろう?」 にこっと笑ってみせると、冬弥は小さく考えるそぶりをする。 まさか、あの冬弥がポッキーゲームを知っていると思わないのだが…と。 「…それ、神代先輩が圧倒的に不利なのでは?」 「…!…確かに、確率論でいえば難しいかもね。だから、1~5本と制限を付けようじゃないか」 「…」 「負けた方は勝った方のお願いを一つ、聞くんだよ」 シンプルで明解なルールだ、と笑みを浮かべれば、冬弥は小さく息を吐き出し、分かりました、と言った。 司の様、とまでは言わないが意外と彼もチョロいのだなぁとポッキーの箱を差し出す。 白い指が箱の中に吸い込まれた。 「取ったかい?ではいくよ。せーの」 類の掛け声に合わせ手が引き抜かれる。 「2だ」という類の声と二本のポッキーが箱から出るのはほぼ同時だった。 「…!」 「フフフ、僕の勝ちだね」 驚きに目を見開く冬弥に笑ってみせる。 確率論からして大体を導き出しただけだったが、まさか当たるとは思わなかった。 彼もそうだったらしいが諦めたように類に向き直る。 「…神代先輩の、お願いは…」 「…。…そうだねぇ。…目を、瞑ってもらえるかな」 「…こう、ですか?」 素直に目を瞑る彼に小さく笑った。 無防備だねぇと肩を揺らし…ちゅ、と小さな口にキスを落とす。 ポッキーは食べていないのに、甘ったるい気が、した。 「…っ」 「ごちそうさま、冬弥くん。それじゃあ僕はこれで…っと?」 にこりと笑い、貸し出し処理された本を持って部屋を出ようとしたその時である。 くん、と上着の裾を引かれ、類は振り向いた。 そこには耳を真っ赤にさせた冬弥がいて。 「…冬弥くん?」 「…。…俺の、番はまだです」 「…!」 冬弥のそれに、今度は類が目を見開く番だった。
司は言っていた、「冬弥は存外頑固だぞ?」と。 彰人は言っていた、「冬弥は見た目以上に負けず嫌いだよな」と。
口角はゆわりと三日月を作り、本は再びカウンターに置かれる。 「…そうだね。勝ち逃げ、という言葉もあるけれど…フェアじゃないのは僕もあまり好きじゃないから」 どうぞ、と先程仕舞ったポッキーの箱を取り出して冬弥に渡した。 勝負の行方は、ハラリと捲られた物語の一ページだけが知っている。
(気ままな錬金術師は存じなかったのです。 図書室のお人形さんが、綺麗なだけではないということを)
チヒシン/チヒカイ(チヒロバースデー)
「へぇ、11月11日なのかい」 ほんの少し驚いた声でカイコクが言う。 そーだけど、と答えたのはチヒロだ。 さて、何が11月11日かといえば、答えは簡単明快、チヒロの誕生日である。 その少し前に年齢の話になり、そこから互いの誕生日の話になったのであった。 祝ってもらえるような歳でなし、と渋っていたカイコクが、「お前さんはどうなんでェ」なんて聞くから答えただけだ。 それなのにこちらを見てにやにやしている。 何だろうかと見上げればカイコクはきれいな笑みを浮かべた。 何だか嫌な予感がして後退る。 野生の勘だけは鋭いチヒロのそれは、画して今回も当たっているようで。 「ピッタリの誕生日だねぇ、…ヒロ君?」 「はぁ?」 にこりと微笑まれるそれに、嫌な顔をしてみせる。 大体、カイコクのそんな含んだ言葉に良い意味なんてないのだ…絶対に。 「子犬みてェだもんな」 「なっ…!!なにぉお?!!」 ふ、と笑うカイコクのそれに数秒だけ理解が遅れた。 だがバカにされているのだけは分かったから噛み付いてみる。 しかし、子犬みたいとはなんだろうか。 落ち着きがない、脳直で反応する、可愛いおバカさん…とまあ自身に対する散々な評価が頭の中を巡る。 それを総じて子犬、だと言っているのだとは…思うのだけれど。 「ヒロはワンちゃんの日が誕生日なんだよねっ」 以前、サクラが言ったそれを思い出す。 はぁ?と返したチヒロに彼女は言ったのだ。 「11月11日、わんわんわんわんの日!ね?」 明るく笑ったサクラの言葉がリフレインする。 まさかそれか、と見上げればカイコクは少し悪い顔をしていて。 「お前にそれ言われるのはムカつくー!!!」 「うわっ、そういう所が子犬なんでェ…!」 きぃー!と怒れるチヒロにカイコクは嫌そうな顔をする。 「せっかく誕生日には祝ってやろうと思ったってぇのに」 「いらないに決まってるだろー!」 騒ぐ二人の声が地下に響きわたった。
「…やなこと思い出した」 うっかり思い出したそれにチヒロは嫌そうな顔をした。 「?」 不思議そうな表情をするのはシンヤである。 どうかした?と聞く彼から、誕生日を聞かれた際、一緒に記憶が蘇ったのだ。 別に蘇らなくても良かったのだが。 「…あの」 「あ!えっと、オレの誕生日は11月11日だ!」 「…。…じゃあ、少し前に誕生日…だったんだね」 不安そうなシンヤにブイサインを出す。 ニコ、と彼が微笑みながら言ったそれに、マジか、と思った。 この地下では日付がわからない。 日付が、というよりもそもそも一日の始まりと終わりが分からないのだ。 これが一人であれば発狂もしそうなものだが、自分にはサクラもナナミもいる。 それなりの生活も出来ているからそこまで苦ではなかった。 だが、自分の誕生日も過ぎていたとは。 「実感沸かないなー」 「…まあ、ゲームみたいな効果音とか、鳴らないし…」 グッパと手を握ったり開いたりしているとシンヤが笑む。 面白い表現をする人だなぁと思った。 「誕生日。…俺も、ゾロ目だよ」 「…え」 「お揃いだね」 ふわ、とシンヤが笑む。 その笑顔に一瞬ドキッとしていれば、彼は何かをチヒロに手渡してきた。 「…俺のおやつだったから申し訳ないけど…どうぞ」 「…ポッキー?」 「うん。…嫌い?」 こてりと首を傾げるシンヤの、綺麗な髪がさらりと揺れる。 「ううん!スキ!ありがとな」 笑うチヒロに、シンヤも僅かに微笑んだ。 良い人だなぁ、と思う。 そして、それ以上に。 「…全然、違うんだなぁ」 「え?」 ぽつりと呟いたそれは彼にも届いていたようで、不思議そうな顔をするから首を振る。 何でもない!と返し、駆け出した。
同じ大学生で、同じ黒髪で、同じように笑うのに。 カイコクとシンヤは全く違う。 そうして、そのどちらもにドキドキするのだ。
(さて、そのドキドキは何とやら?
誕生日を迎えても尚、彼が知るのはまだ早い!)
いいおっぱいの日!(彰冬♀)
え、と思った。 「おはよう、彰人」 柔らかな笑顔で笑いかける…ツートンカラーの髪の…相棒。 青柳冬弥は…まごうこと無き『男』だったはずなのに。 「…?彰人?」 不思議そうに首を傾げる冬弥。 どうした、と言う『彼女』の胸が…『揺れた』。 「…待て、これはなんだこれは!」 がしりと肩を掴んで思わず恫喝する。 顔が近い、と冬弥が顔を歪ませた。 「…。…セカイに行った時、丁度音楽プレーヤーの調子が悪くて。想いの歌に音飛びが生じてこうなった。…MEIKOさんはよくあると言っていたが…」 「…よくあるで済まされて溜まるかよ…」 冬弥の説明に思わずはあ、とため息を吐く。 それにしても冷静だな、と女になってしまった彼を見つめた。 そう、冬弥は女になってしまっていたのである。 学校が休みで助かった、と心底思った。 いつもの髪は肩まで伸ばされ、切れ長の灰青の目は少し柔らかい。 何より、普段の服から見える谷間は思春期の男子高校生にはかなり、キツかった。 可愛いとか可愛くないとか、そう言う問題ではない。 単純に、本能を理性で抑え込むのがいっぱいいっぱいなのだ。 「つか、よくバレなかったな」 「ああ。少し早く出たから」 「…ってことは、オレが来るまで一人でここに居たのかよ?!」 「…?…そうだが」 不思議そうに冬弥が、その発言に驚く彰人を見る。 周りを見れば男たちが遠巻きにこちらを窺っていた。 よくまあ彰人が来ない内にナンパをされなかったものである。 「…っ、彰人?」 「いーから、くっついてろ」 ぐいっと腰を抱き、引き寄せた。 腕に、見ただけで豊満と分かる胸が当たる。 何とか平常心を保ちながら周りの男たちを牽制していれば、腕の中の冬弥が小さく笑った。 軽く、その胸も揺れる。 「…なんだよ」 「…いや。何も」 柔らかく微笑む彼女は彰人を見上げ。 「…彰人なら、気にしないんだが」 「…は??」 目を見開く彰人の手を取り冬弥は笑む。 …そうして。 「…確かめてみるか?」
「…っつー夢を見たんだけど…」 「…彰人、セカイは想いを形にする場所だけど何を願っても良い訳じゃないんだよ?」 「わーかってるって」 「…後、冬弥にそれ言わない方が良いよ…。オレはまあ彰人の気持ち、分からなくはないけど、本人は引くと思う」 「…あったり前だろ…」 呆れ顔のレンに彰人は答えながらアイスコーヒーを啜る。 大体あの冬弥は解釈違いだ。 「…冬弥は、あんな事言わねーし」 呟いたそれは、カラン、と音を立てる涼やかな氷に溶けて消えた。
(それでもまあ、触っておけば良かったかな、と思ってしまうのは男の性じゃないか?
だってオレら、健全たる思春期男子!)
「ところで、その冬弥ちゃん?は何カップあったの?」 「…あー、見た感じはDとか…Eとか…?分かんねぇけど」 「へー。ちなみにKAITOのジェンダーチェンジ個体はCだよ」 「ふーん…。…今なんて???」
セカイ(彰冬ワンドロ)
「…不思議だよな、セカイって」 ぼんやりとイヤホンコードを手で弄びながら彰人が呟いた。 小さな声だったから聞こえていないと思ったのに隣の冬弥にはばっちりと聞こえていたようで。 「…?何が不思議なんだ?」 首を傾げた、冬弥の髪がさらりと揺れる。 綺麗なツートンカラーのそれは触り心地が良く、彰人は何の気なしに手を伸ばした。 「…彰人」 「…いや。想いで出来たセカイっつーのがまだ信じらんねぇって話」 「あんなに出向いているのに、か?」 「だからだよ」 軽く笑いながら、彰人は秋風に揺れる冬弥の髪をそっと撫でる。 馴染みの感覚が手に伝わった。 「ミクもレンもリンもMEIKOさんも、この目でしっかり見てるし、声も聞いてる。セカイで飲んだ珈琲は美味いしな。だからこそ、夢じゃねぇんだな、ってさ」 「…だから」 「セカイを受け入れてないわけじゃねぇよ」 何かを言おうとする冬弥に、彰人は先回りする。 彼はまたロジックがどうとかこうとか難しい話をする気だろうから。 「…なら」 「セカイどうこうより、冬弥と想いが一緒っていうのが改めて嬉しい」 「…!」 素直に口にすれば冬弥は冬空のような瞳を丸くさせた。 ややあってそれがやんわり溶ける。 「…俺もだ」 他には見せない柔らかなそれで言うから、彰人は何だか照れくさくなった。 変に隠したりしない冬弥の言葉は、彰人の心にもよく染み込む。 あの夜を超えるライブを、という想いは同じなのだと…思うから。 「行こうぜ」 「…ああ」 短い言葉を交わし、彰人が伸ばした手を冬弥が掴んだ。 白い光が二人を包む。 見慣れたストリートが姿を表して、彰人は冬弥の顔を見合わせ、駆け出した。 まだ信じられないけれども、このセカイは二人の想いを改めて実感させてくれる場所。 それだけで良いと、思った。
「…なあ、想いってさ、邪な感じも有りなのか?例えば、エロいこととか」 「…彰人、まだ昼だしレン相手にそんな…」 「…流石に音楽に関係してなきゃ駄目じゃないかなぁ…まあ、催淫作用を付与させた曲を作るって想いを持った人たちがいるセカイがあったようななかったような」 「…」 「…いや、オレでもそれは流石に引くけどな……?」
彰人誕生祭
冬弥が何か隠している。
そう感づいたのは数週間前のことだった。 恐らく、彰人の誕生日について何か計画しているのだろう…杏やこはねとそんな話をしたのは記憶に新しい。 「後一日早かったらゾロ目だったのにねー!」と笑う杏や、「忘れずにちゃんと、おめでとうって言うね」と力いっぱい言うこはねを他所に何か考えていたから、その時からの計画に違いなかった。 だが、隠し方が露骨なのである。 元々冬弥は、嘘は下手な方だから隠していたとてすぐに分かるのだ。 それでも内緒にして何かをやってくれているのは嬉しいし、有り難くはあるのだけれど。 「…クソッ、また逃げられた…!」 放課後、クラスに迎えに行った彰人はギリッと奥歯を噛み締めた。 これで3日連続である。 冬弥が…彰人と一緒に帰らなくなって3日。 最初は良かったが今はイライラの方が勝っていた。 こんなに顔を合わせないのはあの喧嘩、以来である。 あの時と違うのは練習では姿を見ることくらいで。 だが話そうとすれば杏やこはねに邪魔されるし、セカイではリンやレンが妨害してくる。 明らかな作為が見えているのは明らかだ。 「おっ、彰人じゃあないか」 話しかけてきたのは二人の先輩でもある、司であった。 彰人にとっては何となくイラッとするので揶揄う対象だが…冬弥はその司を尊敬しているらしいのだ。 何がそんなに良いのだか、とジロリと司を睨む。 「…なんスか」 「機嫌が悪いな…。…冬弥からだ、受け取ると良い」 ほら、と差し出されたのは綺麗な手紙であった。 何故、と胡乱げに司を見れば、ニマーと悪い顔を浮かべていて。 「…愛されているな、彰人は」 「はぁ?」 「では、オレは行くとしよう!」 意味深な言葉を残し、司が高笑いで去っていく。 止める暇もなかった。 受け取った手紙を開けば見慣れた綺麗な字で【WEEKENDGARAGEで待っている】と書かれてあって。 さて何を用意しているのやら、と彰人はカバンを持ち直した。 ここまで避けられていたのだ…徹底的に説明してもらわなければ。
「…は?」 さて、彰人が見たのは信じられない光景だった。 冬弥が女子に囲まれている。 確か、こはねと同じ女子校の制服だったか…随分と仲良さげだ。 店の前で別れた後、冬弥は店の中に、彼女たちはこちらに向かって歩いてくる。 「とーやくん、上手く行くと良いね!」 「そうねぇ。沢山練習したもの、大丈夫なんじゃないかしら」 「最初はどうなるかと思ったけどね」 「まあ…咲希に比べたら…」 「あー!ひどーい!…」 きゃあきゃあと話す彼女たちから何となく距離を取り、彰人は店に入った。 「…」 「…!彰人」 ふわ、と小さな笑みを浮かべる冬弥は、黒いエプロンを着けていて。 奥から香るそれとリフレインする彼女らの会話、それに司の言葉全てに全てが繋がった。 …何故冬弥が彰人を避けていたのかも。 だが、それとこれとは話が別である。 「…んで?オレを避けてた訳を聞こうじゃん?」 「彰人のことだ。もうバレているんだろう?」 「お前の口から聞きたいんだよ、オレは」 困ったように言う彼にそう言えば、また悪い顔をして、とほんの少し拗ねたように言った。 これは、専売特許みたいなものだから諦めてほしいのだけれど。 「冬弥」 「…分かった。…彰人に、食べて欲しくて…ここのキッチンを借りて、小豆沢の友だちの…バンド仲間?が家事全般が得意だと言うから、教わったんだ。その…チーズケーキ、なんだが」 好きだろう?と首を傾げる冬弥に、ああ、と笑ってみせる。 会えなくても、冬弥は彰人のことでいっぱいだったのだ。 ただそれだけで…嬉しい。 「…ありがとな」 「…いや」 微笑む冬弥を引き寄せた。 どちらともなく口付ける。
可愛い彼が自分のことだけを想ってくれる、今日は特別な誕生日。
おめでとう、と言う小さな彼の声は、深いキスにとって消えた。
(手作りチーズケーキとその作り手は、主役が美味しく頂きました!)
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