バグハロウィン

セカイにはバグがある…らしい。
想いの持ち主の体調不良だったり、音楽機器の不調だったり、その辺は曖昧だ。
だが、唐突に、意図せずに起こる。
そうしてこのバグは、現実にも影響を及ぼすものだそうだ。

それは、ほら、今回だって。



「…またかよ…」
ショーウィンドウに映った姿を見て彰人はため息を吐く。
明らかにセカイに行く前とは服が違うのだ。
このバグは何度か体験したことがある。
それにいつもと違って焦らないのは今日がハロウィンだからだ。
少しくらい変わった格好でも怪しまれないだろう。
だが、これは。
「…騎士、か?」
しげしげと自分の姿を見つめた。
白を基調にした重い服。
青いマントに、腰にはご丁寧に剣が差してある。
剣自体に重さはないから、イミテーションなのだろう。
そういえばセカイで見たことがあった気がする。
…髪型まで変わっているのは不可思議で仕方がないが。
「…あれ、犬嫌いの人」
「あぁ?」
失礼な声に彰人は胡乱げに振り向いた。
そこには「冗談」と笑う女子の姿があって。
「…っと、こないだ杏と歌ってた」
「日野森志歩だよ、東雲くん」
くすくす笑う彼女の隣には少し困ったような青髪の少女がいた。
「日野森さんってば…」
「大丈夫、ちょっとは交流あるから」
「ったく。…アンタ、桃井さんとこの」
「そうだよ。…桐谷遥です。杏がお世話になってます」
にこりと青髪の少女が笑う。
少し意外な組み合わせだなと思った。
「…いや、そんなことないでしょ。チョコレートファクトリーでも会ったよ」
「…ああ、そういやいたな」
思ったことを言葉にすれば志歩がそう言う。
それに彰人も頷いた。
「で、アンタらもハロウィンか?」
「…まあ、そんなとこ。東雲くんも?青柳くんは一緒じゃないんだ」
曖昧な言い方をした志歩が首を傾げる。
それに、今度は彰人が「まあな」と言葉を濁した。
「ふふ、二人とも仲良しなんだね」
「ま、相棒だからな」
ふわふわと遥が笑う。
同じようにドレスが揺れた。
「…彰人」
「…おお、冬…弥?」
よく知る声に振り向けば冬弥が駆けてきていて。
…だが。
「…わ、すごい!」
「…本格的だね?」
遥も志歩も驚いた顔をする。
冬弥からも服が見たことないものになっている、とは連絡があったが…。
「ああ、ありがとう」
「これ…何の衣装だ…?」
「竜騎士、だな。…前にレンが教えてくれたんだ」
こっそりと彰人に囁く冬弥に、ああ、と彰人は頷いた。
黒を基調にしたそれに荘厳な金の鎧。
赤いマントに普段と違う髪型。
「ふぅん、騎士と竜騎士か。いいじゃん」
「うん、二人とも凄く似合ってる」
「そりゃどーも」
「彰人。…すまない。二人は…」
適当な返事をする彰人に冬弥が窘める。
それから首を傾げた。
「桐谷さんの王子かな」
「日野森さん!…これ、羽衣なんだって」
「羽衣ってか…羽根っぽいよな」
「そうだな…?…二人とも、とても似合っている」
「本当?ありがとう!」
柔らかく冬弥と遥が笑う。
ほわほわした柔らかい空気が周りを包んだ。
「…なんつーか…大変そうだな」
「それはそっちもでしょ」
乾いた笑いを向ければ志歩はしれっと言う。
「別に。…相棒だからな」
「へえ?」
「そっちはユニットも違うだろ」
「それこそ別に、でしょ。…全部引っくるめて桐谷さんだしね」
「…そーかよ」
笑う志歩に彰人は肩を竦めた。
…と。
「…二人は仲が良いのだな」
「そうだね。…私達ももっと話をしよっか?」
冬弥に、遥が笑いかける。
そうだな、と冬弥が笑う前に引き寄せた。
「とーやぁ?」
「…桐谷さん、そういうトリックはいらないからね?」
ぐいと手を引いた志歩がじんねりと言う。
ふは、と誰ともなしに笑いあった。


今日はハロウィン。


バグから始まった…いつもとはちょっぴり違う、非日常。

たまには、こんな日常もありかもしれないね?


「竜騎士の衣装、歩きにくそうだね?」
「そちらの衣装もなかなか歩きにくそうだが…」
「…。…オレがいるんだから大丈夫だろ」
「何の為に私がいると思ってんの」

司冬ワンライ/ハロウィン準備/出来心

「さて、と」
司はショーで使うハロウィンの衣装を引っ張り出し、汗を拭った。
新しく用意しても良いが、古いものを作り直すのもまた趣がある衣装になるだろう。
「…む?こんなもの作ったか?」
袋に入っていたそれを取り上げ、司は首を捻った。
それは巨大なかぼちゃ頭で。
そんなものを作った覚えはなかったが…しばらく考え、あ、と思い出す。
「…そういえば作ったなぁ…」
苦笑しながら司はそれを被る。
作ったは良いが思った以上に視界が遮られて止めたのだ。
「ふむ、やはり視界が遮られるな。もう少し、こう…薄ければ…」
「…あ、あの…?」
戸惑った声が聞こえる。
「…む」
誰だろうと思ったがすぐに、冬弥が前のライブ映像を持ってきてくれると言っていたことを思い出した。
かぼちゃ頭を脱ごうとし…ふとその手を止める。
そうして黙ったままゆらりと立ち上がった。
「…え、えっと、司…先輩?」
戸惑ったような冬弥の声。
思ったより重いかぼちゃ頭が動く度にゆらゆら揺れる。
同じように視界がぶれた。
「…っ」
冬弥が息を飲むのを感じる。
無言で近付き、そうして。
「…トリック・オア・トリート!」
「……ぇ」
かぼちゃ頭を取って笑顔で言った。
眼前に広がる、涙目の愛しい人の顔。
「?!!冬弥?!」
「つかさ、せんぱ…」
「す、すまん!!出来心だったんだ!!」
ホッとした表情の彼を抱きしめる。
まさか冬弥を泣かせてしまうだなんて!
「…いえ、驚いただけで…」
「いや、しかし…」
「…ですが、トリックはもう許していただけると…」
「勿論だとも!!!!」
困ったような彼に強く頷く。



(ハロウィンにはまだ早く、けれどトリックはもう封印されて)



それから、冬弥には司からの甘い甘いトリートが贈られたのは、ニ人だけの秘密の話。

司冬ワンライ/距離感・ドキドキ

最近冬弥との距離が遠い気がする。
昔はもっと近かったのに、と司は体操着姿の冬弥を2階教室の窓からぼんやりと見つめた。
今は物理的に遠いが…なんと表現すれば良いだろう。
「…心の距離、か…?」
うーんと悩みかけ、今は授業中だと思考を戻す。
しかし何故そんなことを考えてしまったというのか。
最近お互いに忙しく会えていないからだろうか。
それとも…?
「…。…分からんものは聞きにいく方が良いな」
小さく呟いたと同時にチャイムが鳴る。
起立令の後、ありがとうございました!と一際大きな声で言い、教室を飛び出した。




「冬弥!」
「…!司先輩?!」
驚いたような冬弥に駆け寄る。
「久しいな、冬弥!」
「そうですね。…どうされたんですか?」
ふわりと冬弥が微笑んでくれた。
…だが。
「…なあ、冬弥。オレのこと避けていないか?」
「…え…?」
司の疑問に、冬弥はびくっと身体を震わせる。
やはり、と思いながら彼の手を握った。
「何故だ?オレのことが嫌いになったのか?」
「!違います!」
疑問をぶつければ冬弥は必死に首を振る。
どうやら嫌いになったわけではないらしい。
ならば良かったと思うのだが…では何故。
「…あの……司先輩が上級生になってから今までよりとても眩しく映り…その…ドキドキするので…少し離れようかと…」
「…は……」
小さな声に司はぽかんとする。
それから思わず笑ってしまった。
「そうか!そうなのか!」
嬉しくなってぎゅうと抱きつく。
「司先輩?!」
「いや、うん、冬弥をドキドキさせることが出来て嬉しいんだ!」



彼のドキドキが聞こえる。


司と冬弥の距離はゼロ。

司冬ワンドロ【身長差】 ・【成長期】

嬉しい。
これは喜ぶべき事実だ。
「はーっはっはっは!やはりオレは常に成長し続ける男!!中身も、外見までも成長してしまうとはなぁ!!!」
過去最高に格好良い格好をしながら司は皆に自慢する。
周りははいはい、みたいな反応だったが司には関係なかった。
「…司先輩?」
「ん、おお、冬弥か!!」
不思議そうな声に振り向けば体操着を着た冬弥がこちらに来ていて、司も笑顔になる。
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな!冬弥も身体測定だったのか?」
「はい。さっき視力検査を受けてきたところです」
ふわりと冬弥が微笑んだ。
彼も自分と同じ紙を持っている。
「そうか!ならば、身長も測ったということだなぁ!」
「そうですね。少し伸びていました」
冬弥の言葉に司は目を丸くする。
彼とて高校生男子の成長期、普通に考えればそうだと思うのだが…。
「?司先輩?」
「いや、すまん。冬弥も、中身も外見も成長していた、ということだな!」
「…そう、ですね」
司のそれに冬弥が微笑む。
それからふと首を傾げた。
「…俺も、ということは司先輩も…?」
「ああ。1cm伸びていたぞ!」
自慢気に言えば冬弥が嬉しそうに微笑む。
どうしたんだろうと思えば、「俺もです」と言った。
「俺も…1cm伸びていました」
「!そうか!」
「お揃い、ですね」
紙で口元を隠しながら冬弥が言う。
お揃い、の言葉に司も嬉しくなった。
そうだな、と笑い、急成長は来年に期待だな、と納得させる。
去年と変わらない身長差は、二人の関係性と同じで安心できるものだ。
しばらくこの位置を堪能するか、と司は息を吐いた。



6cmの差は

二人をつなぐ、大切な距離。



(まあ、でも、今日から牛乳は飲んでおこうと心に決めた)

しほはるワンドロ 【身長差】・【このままで】

志歩は何度か見てきた紙に目を落とし小さく息を吐く。
何度見たって結果は変わらなかった。
それはそうだろう。
…それは、そうなのだけれど。
「…伸びてない」
ムス、と志歩は言葉を零した。
この結果は不満でしかない。
まあ特別な努力をしたわけではないのだけれど…。
「あら、どうしたの?しぃちゃん」
「え?ああ、お姉ちゃん」
声に振り返れば姉である雫が首を傾げていた。
夕食だと呼びに来たのだろうか。
「…ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、良い?」
「まあ!勿論よ!どうかしたの?」
「…。…お姉ちゃんって、身長伸ばす為に何か特別にやってた事って、ある?」
嬉しそうな姉に志歩は意を決して聞く。
きょとんとした雫は悩みながら上を向いた。
「うーん…特にやっていたことはないわねぇ。…あ、遥ちゃんが、ストレッチをして身体を柔らかくすれば身長伸びるんじゃないかって言っていたわ!」
「…桐谷さんが?」
「ええ!教えてもらったみのりちゃんが、今年は1cm伸びていたって喜んでいたから、効果はあると思うの!」
にこにこした雫が聞き捨てならないことを言う。
そんなことを言われたらプライドを捨てるしかなかった。
「…。…お姉ちゃん、お願いがあるんだけど……」



「日野森さん!」
「…桐谷さん」
遥が明るく手を振ってこちらに駆けてくる。
そういえば収録をこなしてから来ると言っていたっけ。
何だか悪いことをしてしまったかもしれない。
「良かった、間に合って。…はい、これ。ストレッチのやり方を書いたノートだよ」
「忙しいのにありがとう」
「どういたしまして。…ふふ、直接聞いてくれたら良かったのに」
ノートを受け取れば遥がにこにこと笑った。
何だか楽しそうな彼女に、「…それはちょっと…」と言葉を濁す。

アンヤバースデー アンカイ

誕生日プレゼントは何が良い、と聞くカイコクに、「…オメーが良い」と答えるようになったのはいつからだったっけ。
最初は驚いていたカイコクも、やっぱり、と目を細めるようになった。
無欲の勝利ってやつかねェ、なんて笑う彼に、何言ってんだか、と息を吐く。
勝ち負けもクソもあるまいに。
「んで?今日は何すんでェ」
「…久々にゲームやるから付き合え」
首を傾げるカイコクにアンヤは言う。
自分で誘っておいてなんだが、風情も何もないなと思った。
「…いつもと変わんねェ気もするが?」
「いーんだよ。オレが良いっつってんだから」
「違いねェな」
憮然としたアンヤのそれに、くすくすとカイコクが笑う。
どうやらお誕生日様のお願いを聞いてくれるらしかった。
アンヤには睡眠障害がある。
普段は薬に頼っているが、この日ばかりは使用しないようにしているのだ。
眠れない時に始めたゲーム実況。
今は配信はしないけれど、代わりにそれを隣で見ていてくれる。
ただそれだけで存外心地良いのだと、隣にいるの男は知らないのだろう。
「オメーはつまんなくねーのかよ」
ふと疑問が湧いて聞いてみたことがあった。
だがカイコクはきょとんとし、カラカラと笑うばかりで。
「…笑うなっつー…」
「…ああ、すまん。お前さんもそんな事を思うんだな、と」
「…おい」
「冗談でェ。…ま、つまんねぇなら許可は出してねェよ。…お前さんが敵を薙ぎ倒していくのを見るのは案外面白いしな?」
ふわりと笑うカイコクに、そうかよ、と短く返す。
それから以降は特にそれについて言及していなかった。
きっとこの空間が心地良いのだろう…彼も、自分も。
手慣れた作業で準備をしていれば彼も何かを準備し出す。
珍しいなとも思ったがあまり気には止めなかった。
誕生日だからと何か考えがあるのかもしれない。
別に良いのに、と思ったが口には出さなかった。
「ん」
「おう。…何だこれ」
差し出されたマグカップを思わず受け取ってしまう。
スッキリした香りが仄かに鼻孔を擽るそれに首を傾げていればカイコクも同じようにマグカップを持ちながら隣に座った。
「ミントティーだと」
「へー。…オメーにしちゃ珍しいな…。…ん、美味ぇ」
「そりゃ良かった」
口に含むと香りと同じように爽やかな味が広がる。
柔らかく笑うカイコクが、「まあ、たまにはな」と言った。
ふーんと生返事をし、ゲームを始める。
部屋に響くのはゲーム音とアンヤの声だけだ。
カイコクはアドバイスをするでもなく野次を飛ばすでもなく、それを見ている。
穏やかな空間はどこかで【見た】ことがあった。
「?駆堂?」
「何でもねぇよ」
ゲームが僅かに止まったのに気づいたカイコクが首を傾げる。
それにそう返してアンヤは再びゲームを始めた。
ちゃんと誕生日プレゼントをもらってしまったと口角を上げる。
ずっと、羨ましいと思っていた時間がそこにはあった。
それは、一番上の兄と二番目の兄が、過ごしていた時間。
一番上の兄にも睡眠障害があり、たまに二番目の兄が付き合っていたのを知っていた。
ずっと羨ましいと…そう、思っていたのだ。
二番目の兄は優しいから頼めば同じようにいてくれただろう。
だが、アンヤが望んだのは。
「お、12時過ぎたな。…誕生日おめっとさん、駆堂」
ふわりとカイコクが笑う。
ミントティーと同じ、柔らかなそれで。


普段と変わらない穏やかな空間は、ずっとずっと手に入れたかったもの。
おう、と返したアンヤとそれを見つめるカイコクを柔らかな秋の月が照らしていた。


(朝が来るまでの僅かな時間、憧れた長兄のようにはなれなかったけれど、月のように次兄とは違う優しい貴方が隣でいてくれるならそれでも良いかと……そう思えるのです)

冬弥の日

その日、神代類は考え込んでいた。
「ふむ…僕はそんなつもりはなかったが…いやしかし…」
「類?聞こえてる?」
「どういうところが…もしや…」
「おーい、類くーん?」
「だが、そうなるとやはり……」
「るーいくーんっ!」
考えを口に出しながら整理していた類にえむが飛び込んでくる。
「!えむくん!」
「えっへへ!寧々ちゃんもいるよ!」
「もう、えむってば…。…それはそうとして、どうしたの?類。ずっと呼んでたのに」
驚く類に、無邪気に笑うえむと呆れながらも首を傾げる寧々。
二人とも心配をしてくれてるらしかった。
なるほど、一人で考え込むのは許されないらしい。
「いや…青柳くんに、甘やかすのは禁止だと言われてしまってね」
「ほえ?」
「え…青柳くんが?」
類の言葉に、首を傾げるえむとは対象的に寧々が意外そうな顔をした。
「まあ…青柳くん、真面目だしそんなこともあるか。…それで、類はなんでそんなに考え込んでる訳?」
「いや…。僕のどんな行動が彼を困らせているのかと思ってねぇ」
「ああ、なるほど…。…甘やかすなって言われて落ち込んでるんじゃなかったんだ」
「まあ言われた時は落ち込みもしたけれど、改善すれば良いだけだしね」
息を吐く寧々に類はあっけらかんと言う。
そんなことで落ち込むくらいなら原因分析をした方が遥かに有意義だ。
「!類くん、しょぼぼってしてるんじゃないんだね、良かった!」
ぱぁあっとえむが顔を輝かせる。
良かったね、と寧々が彼女の頭を撫でた。
「心配してくれてありがとう、えむくん。それに寧々も」
「えっへへ!どういたしまして!」
「わたしは何もしてないけどね…類?」
満面の笑みを類に向けるえむに、寧々が苦笑する。
その様子を見てまた類はふむ、と考え込んだ。
「?類くん、どうかしたの?」
「…ああ、いや、えむくんは寧々に頭を撫でられても良いのかと…」
「ほへ?うん、あたしは嬉しいよ!」
「まあそりゃあえむはね」
「寧々も、えむくんには頭を撫でるんだね?」
「えっ、うーん…えむだしね…?」
類の問いにえむを見ながらくすくす笑っていた寧々は首を傾げる。
どうやら無意識らしかった。
「っていうか、あんまり論理的に考えなくても良いんじゃない?」
「あ、直感が大事!ってやつだね!!」
寧々のそれに、えむがわかった!と手を挙げる。
直感が大事だというのは類にも理解できるが、懸念材料があった。
こうして考えてしまうのがいけないのかもしれないのだけれど。
「だが、もしそれが青柳くんにとって嫌なことであるなら…」
「じゃあじゃあ!直接聞いちゃうのはどうかな?!」
「…えっ?」
再び考える類に、元気にえむが言う。
それに寧々も頷いた。
「うん。嫌なことなんかは本人にしか分からないものだしね。それが一番良いんじゃない?」
「だよね!冬弥くんがうにゅにゅってなるのは冬弥くんにしか分からないもん!」
「…うにゅにゅって…。まあ、青柳くんにとっての【甘やかす】っていうのと類にとっての【甘やかす】っていうのは別かもしれないし。直接聞くほうが早いかもね」
「…一理あるね。ありがとう、寧々、えむくん!」
彼女たちに礼を言って類は駆け出す。
すぐに、冬弥に確認しなければ。
「…青柳くんは別に嫌がってるわけじゃない気がするけどね」
「ねー!にこにこふにゃふにゃわんだほいだよね!」



「…やあ、青柳くん」
「…神代先輩?」
走ってきたのを悟られないように類は顔に出さず微笑む。
不思議そうな冬弥が駆け寄ってきた。
「どうされたんですか?」
「いや、なに、青柳くんが甘やかすなと言った意味を知りたくてね」
首を傾げる冬弥に言う。
途端に彼は目を丸くした。
「それは…その」
「君のことだから、僕らが君を甘やかしていると思ったんだろう。だが、それは違う。僕は君を愛しているんだ」
「…っ、神代先輩…」
「だが、君が嫌なことは避けたいからね。何が嫌なのか教えてくれるかい?」
珍しく慌てる冬弥の頭を撫でる。
彼の白い頬が赤く染まり、類はおや、と笑った。


10月8日は冬弥の日。


(愛する彼を、きちんと確認してから愛する日!)


「ちなみに、僕は青柳くんの言葉が嫌だったねぇ。とても驚いたよ」
「…すみません。…俺は、神代先輩のやることで嫌だったことはありませんよ?」
「おや、そうなのかい?」
「はい。…頭を撫でられることは少ないので、その…嬉しいです」

冬弥の日

その日、東雲彰人は落ち込んでいた。
「ちょっと彰人ー?」
「…うそだろ…オレが…?」
「ねぇ、彰人、きーてんの?」
「オレが…まさか……」
「彰人ったら!!返事しなさいよ!」
落ち込む彰人に、絵名の手刀が炸裂する。
「…ってぇなぁ!んだよ、絵名!」
「呼んでるんだから返事する!!…んで?どうしたのよ」
怒鳴りながら振り向く彰人に絵名はどこ吹く風だ。
それでもこうして聞いてくるのだから何だかんだ心配しているのかもしれない。
…いや、絵名のことだから面白がっているのだろう、きっと。
「チーズケーキ一個で相談に乗ってあげてもいーけど?」
「…んなこったろうと思った」
ワクワクしながらこちらを見る絵名に彰人は息を吐きながらひらひらと手を振った。
「何よ。どうせアンタが悩むのなんて相棒くんか歌かでしょ」 
ふん、と絵名に図星を付かれ、彰人はまた机に突っ伏す。
それに、何故だか絵名が動揺した。
「え、うそ、本当に?」
「…うるせぇよ」
「もしかして相棒くんと喧嘩でもした?」
「…。…ケンカじゃねぇ」
「じゃあ何よ」
ポツポツ答える彰人に絵名は首を傾げる。
どうやら、ユニット結成時とは違うと感じたようだ。
「…。…冬弥に甘やかすなって言われたんだよ」
「えっ、相棒くんに??」
はぁあと息を吐く彰人に、絵名は意外そうな声を出す。
「…あぁ?」
「まあ…冬弥くん真面目だもんね……。それも仕方ないか…」
睨む彰人を無視して絵名はうんうんと何故か納得したように頷いた。
彰人に分からなかったことをこの姉はすぐにわかってしまったらしい。
何だかそれが妙に腹が立った。
「んだよ、何か分かったって…」
「自分で考えたら?って言いたいけど、冬弥くんが可哀想だしね。…ねぇ、彰人。アンタが冬弥くんにやってる行動って自覚はあんの?」
絵名がお菓子をつまみながら聞いてくる。
どうやらこのまま相談に乗ってくれるらしかった。
素直に有り難いとは思わないがただ落ち込んでいるよりマシだろうと彰人も座り直す。
「まあ…そうだな…?」
自分の行動を思い返しながら、心当たりがあると答えた。
一応あるんだ、と絵名が苦笑する。
「じゃあアンタ、冬弥くんにすること私にする?」
「するわけねぇだろ」
「…即答されると腹立つわね…。じゃあ、同じチームの子は?白石さんとか」
「あぁ?しねぇよ」
今度はきっぱりはっきり即答すれば絵名は少し嫌な顔をしながらもピッと人差し指を立てた。
「じゃあ別に甘やかしてるんじゃないでしょ」
「何でだよ」
眉を顰める彰人に絵名は呆れたように言う。
「いーい?甘やかしてるっていうのは物理的な要求や金銭的な要求を満たすことを指すの。彰人がやってるのはそうじゃないでしょ」
「ああ…。どっちかってと絵名がそれに近ぇよな」
「るっさいなぁ。甘やかしてくれたことないくせに」
「強要してくるやつが何言ってんだか」
物凄く嫌そうな絵名にハッと笑えばこの姉は意地悪な笑みを浮かべた。
「…白石さんにこの事話ちゃうもんね」
「ああ?!んで杏と仲良くなってんだよ!」
「ふふん、ちょっとねー。…ま、冬弥くんも甘えるの下手そうだし。今のままで良いんじゃないの?」 
「いやだから、それを冬弥に止められて…」
「だから、アンタがやってるのは甘やかしてるんじゃなくて甘えさせてるんだってば!」
言葉を詰まらせる彰人に、分かってない!と絵名が声を出す。
そう言われてハッとした。
「甘えさせてる、なんて相棒くんにしかしないでしょ、アンタ」
笑う絵名に、「どこのチーズケーキだ」と問う。
「じゃ、最近のアンタのオススメにしようかな。不味かったら怒るからね」
「分かった。楽しみに待ってろ」
ひらりと手を振る絵名に指差して彰人は家を飛び出した。
「…ま、逆にあれが特別じゃなかったらびっくりするっての」



「冬弥!!!」
街を走り回り、見つけた後ろ姿に声を飛ばす。
振り返る前に手を伸ばして抱きしめた。
「?!彰人?!」
「…悪ぃ。やっぱオレ無理だわ」
驚く冬弥の肩口に顔を埋める。
やっぱり好きだ。
好きだからこそ良い歌を歌う彼に触れたいし、愛したい。
感情表現が下手な彼に甘えてもらいたい。
それは恐らく彰人自身も気づいていない感情で。
「オレ、冬弥が好きだ。だから甘やかしてるわけじゃなくて…」
「…そうか、すまない」
吐露する彰人に冬弥が小さく笑う。
「…冬弥?」
「いや。俺は思った以上に愛されているのだと思ってな」
何だか楽しそうな声の冬弥に脱力した。
この数時間落ち込んでいたのは何だったのか。
「…お前なぁ」
「すまない」
肩を揺らす冬弥に、まあ良いか、と思う。
楽しそうな彼を見るだけでも充分だ。
「まあ良いか。…冬弥」
「?どうした、彰人」
首を傾げこちらを振り仰ぐ冬弥に軽くキスをする。
「オレは考えるより行動派だからな。…覚悟しとけ」



10月8日は冬弥の日。


(愛している彼に、言外に愛を切々と伝える日!)



「…つーか、めちゃくちゃびっくりしたんだからな」
「だから、すまないと…。…だが、俺も驚いたぞ」
「は?お前が?なんで」
「…いや、それは秘密にしておこう」

冬弥の日

その日、天馬司は落ち込んでいた。
「おにーちゃーん?」
「…何故…オレは……」
「お兄ちゃんってばー!」
「オレはどうすれば…」
「もー!おーにーいーちゃぁあん!」
ぶつぶつと悩んでいれば咲希が突撃してくる。
「どわっ?!…咲希?!」
「ずっと呼んでたんだよ?どうかしたの、お兄ちゃん?」
突然のことに驚くが彼女はずっと呼んでいたと心配そうに首を傾げた。
「…実は…冬弥から甘やかすなと言われたんだ」
「えっ、とーやくんが??」
「ああ」 
少し前に言われたそれを告げれば咲希も目を丸くする。
うーんと上を向いた彼女は、「とーやくん、ストイックだもんね!」と笑った。
「冬弥がストイックなのは分かるが…何故オレが甘やかしていることになるんだ?」
「えっとぉ…甘やかしてるっていうか、お兄ちゃんはお兄ちゃんが上手過ぎるんだよ!」
「…うん??」
疑問符を浮かべる司に、咲希は良い例えが見つかった!と目をキラキラさせながら言う。
まあそれは司には伝わらず、再び首を傾げたのだけれど。
「あれ?伝わらない?」
「そうだな、すまん」
こてりと首を傾ける咲希に素直に謝れば彼女も明るく笑ってみせた。
「うーうん!えっとね、例えば、お兄ちゃんはアタシが遅くまで曲作ってたらどうする?」
「そうだな…あまり根を詰めるなよ、と言ってホットミルクでも淹れてくるな!」
「だよね!!アタシはすっごぉく嬉しいけど、とーやくんはそれを甘やかしてるって思っちゃったんじゃないかな?」
自信満々に言えば咲希が嬉しそうに言う。
その言葉にハッとした。
「…なるほど…??」
「でしょ!とーやくん、ストイックだもん。ちょっとはるかちゃんに似てるんだぁ」
「遥…ああ、MORE MORE JUMP!の桐谷遥か!確か去年咲希と同じクラスだったな」
「うん!はるかちゃんも怠けたりとか甘えたりするの苦手なんだって。だから意識してお休み取ったりしてるって言ってたよ」
「ほう」
「とーやくんも昔から真面目だったし、きっとお兄ちゃんのやることが自分を甘やかしてるって思っちゃったんだと思う!」
熱弁する咲希に、なるほどなぁと考え込んだ。
それならばあの言い分も理解できるかも知れない。
「甘やかしているつもりはないんだがなぁ」
「お兄ちゃんにとっては普通だもんね!…あ、なら、もっともっと甘やかしちゃえば良いんじゃない?!」
「…何っ?!」
ポンッと咲希が手を叩いた。
良い考えが思いついた!とキラキラしている。
驚いて目を丸くする司に、咲希は楽しそうだ。
「お兄ちゃんのいつもが普通だよーって分かるように!」
「だが、甘やかすなと言われたしなぁ…」
「そっかぁ。ダメだって言われたことやっちゃダメだよね」 
悩んでいれば咲希もしゅんとする。
「…まあしかし、これがオレの普通だと伝えるのは良いかもしれん」 
「!うん!」
よし、と司は立ち上がった。
悩んでいたって仕方がない。
応援してくれる妹に手を振り返し、司は部屋を出た。
「…。でも、お兄ちゃんのふつうはとーやくんだけのトクベツなんだけどねー」



「冬弥!!」
「…!司先輩!」
呼び掛ければ冬弥が驚いたようにこちらを見る。
珍しく慌てているなと思ったがそんな事を気にしている場合ではなかった。
駆け出しそのまま抱きしめた。
「?!あ、あの…?」
「すまん!オレは冬弥を甘やかしているつもりはないんだ!」
「…!」
きっぱりとそう告げる。
甘やかしているつもりはないのだ。
だってこれが司にとっては普通なのだから。
愛しいものに対しての、普通。
だが、咲希にこんなことをするかと言われればしないだろう。
咲希への行動と冬弥への行動も違うのだ、きっと、多分。
だから、これは。
「冬弥が嫌ならもう甘やかさない。…だが、愛するのは止められない」
「せ、先輩?」
「オレは冬弥を愛している。愛しているが故の行動だと理解してほしいんだ」
抱き締めていた冬弥から離れ、司は冬弥の綺麗な手に口付けた。
そうだ、別に冬弥を甘やかしてはいない、愛しているのだ。
「別に冬弥の日だからではないぞ?いついかなる時でもオレは冬弥を愛している!」
司は顔を上げて白い頬を淡く染める彼に笑いかける。

10月8日は冬弥の日。


(愛している彼に、愛していると声高々に伝える日!)



「しかし、冬弥の発言は驚いたぞ…?心臓に悪い」
「…すみません…。しかし、先輩の愛の言葉も驚きました」
「何っ?!嫌だったか?!」
「…いえ、嬉しかったですよ…とても」

遥誕生日

「えっ、志歩ってばまだ遥の誕生日プレゼント用意してなかったの?!」
「…ちょっと、声が大きいってば」
びっくりした一歌のそれに志歩は慌てて制した。
ごめんと謝る彼女の両隣で、こはねと穂波がくすくす笑う。
今日は同じクラスの咲希とえむがそれぞれ部活と委員会があるとかで、お昼ゴハンを隣のクラスにお邪魔したのだ。
その際、「そう言えばもうすぐ遥の誕生日だよね」と一歌が思い出し、この会話に至ったのである。
「でも、志歩ちゃんが悩むの珍しいよね」
「うん!私も、志歩ちゃんは早く決めちゃうと思ってた」
不思議そうな穂波にこはねが頷いた。
その隣で一歌が首を縦にぶんぶんと振っている。
「まあ…目星は付けてるんだけど…」
そう苦笑しながら、ほら、とスマホの画面を見せた。
のぞき込んできた3人の反応にまあ上々かな、と笑う。
これで彼女が喜んでくれれば良いのだけれど。


そして当日。
「日野森さん!」
「…桐谷さん」
明るく走ってくる彼女に志歩は軽く手を挙げる。
「遅れてごめんね!待たせちゃった?」
「ちょっとだけね。でも仕事だったんでしょ?なら仕方ないよ。お疲れ様」
「ありがとう。…日野森さんもこの後バイトだっけ?」
「夜からだけどね。だからまあ後5時間くらいかな」
「そっか。…お互い忙しいよね」
くすくすと笑う遥に志歩も同意した。
遥たちのアイドル業は今が乗りに乗っているし、志歩たちのバンドも今が一番大切な時なのだ。
「日野森さんたちも事務所に所属したばかりだし、これからどんどん忙しくなって、会う時間も減っちゃうんだろうな。…もしそうなったら寂しいよね」
「…まあ、その時は一緒に暮せば良いんじゃない?」
少し寂しげな遥に、志歩はさらりと言う。
驚いたように目を丸くする遥に、志歩は笑ってしまった。
「それって…」
「ま、それはまたもう少し経ったらね。今日はデートでしょ、桐谷さん」
手をつなぎ、志歩は笑いかける。
嬉しそうに頷いた遥の、つないだ手を引いた。
しばらく話しながら歩き、目的の店に着く。
「…!ここ、フェニックスワンダーランドのポップアップストア…?!」
「そう。フェニランに行く時間はないけどここなら時間いっぱいまで楽しめるでしょ」
「…うん、ありがとう、日野森さん!!」
笑顔の遥に、良かった、と志歩も息を吐いた。
きっとどこでも喜んでくれたろうけれど、出来るなら笑顔でいてほしかったのだ。
「…見て、秋モデルのフェニーくんだって!可愛い…!」
「…!うん、可愛い…!」
幸せそうな遥にも、新モデルのフェニーくんにもときめいてしまい、志歩も純粋に楽しんでしまう。
しばらく店内を見て回り、ふとある商品の前で止まった。
「…ねぇ、これどう思う?」
「…ブレスレット…じゃなくてアンクレットだね。すごくシンプルで良いね。フェニーくんも可愛いし、ダンスにも支障なさそう。…でも色がちょっと惜しいな…青とか黄緑なら欲しかったかも…」
「…じゃあ、これは?」
真剣に悩んでくれる遥に、志歩は小さな包みを差し出す。
「え?これ…」
「開けてみて」
きょとんとする遥に促せば彼女はそれを受け取って開けた。
綺麗な手に滑り落ちる、濃い青の紐に黄緑の石がついたアンクレット。
「……!!すごい、理想の色…!」
「良かった。…誕生日おめでとう、桐谷さん」
この日一番の笑顔でありがとうと言う遥に志歩は目を細めた。
アンクレットには、災いを弾くという意味があるらしい。
彼女にはいつも幸せでいてほしいから。
貸して、と志歩は遥の左足にそれを着ける。


志歩の瞳と同じ色の石がきらりと光った。



「実は私も桐谷さんと色違いで買ったんだ」
「そうなんだ!ふふ、嬉しいな」
「…そう思ってもらえるなら私も嬉し…。…桐谷さん、アニマルドーナツだって…!」
「えっ、本当だ!可愛い……!!!」