司冬ワンライ・ボカロ曲(骸骨楽団とリリア)

多分オレは昔に恋をしたのだと思う


それはきっと魔法みたいな恋の音


「冬弥!」
「…!司先輩」
小さく手を振る冬弥が司を見つけふわりと微笑む。
今日は冬弥と待ち合わせ、ショッピングモールに来ていた。
俗に言うデート、というやつだ。
「すまん、待たせたか」
「いえ、大丈夫です」
ふわふわと微笑む彼に司もそうかと笑った。
それから本屋に行ったり、雑貨を見たりしていた…のだけれど。
「…」
「…それで、その時の客席の反応が…。…冬弥?」
何かを見つけたらしい冬弥が立ち止まる。
視線を辿れば、ピアノが一台置いてあった。
「…オレで良ければ、何か弾くが?」
「えっ」 
司のそれに冬弥が驚いた顔をする。
クラシックと嫌な決別をしてからというもの、彼は弾くどころか触れることも、聴くことすらダメになった時期があった。
今は聴くことは大丈夫になったようだが…弾くことはまだ難しいのだろう。
ピアノを見て寂しそうにするのはそれが原因なようだ。
「…。…昔、海岸のコテージでコンサートをした時も、先輩は俺のためにピアノを弾いて下さいましたね」
「ああ…あったなぁ…。咲希のために持って行っていたおもちゃのピアノだろう?」
優しい顔の冬弥がいう言葉に司はくすくすと笑う。
まだ幼い頃、冬弥がまだクラシックをやっていた頃、次の日がコンサートなのだという冬弥を海辺に連れ出し、おもちゃのピアノで演奏をしたのだ。
あの時は何の曲をしたのだったか。
それから小さなピアノで連弾をしたり、冬弥のピアノに合わせて歌ったりと自由に音を紡いだことだけは覚えている。
「…退屈で孤独で…死んだ世界にいた俺を、色付けてくださってありがとうございます」
「なぁに、オレはしたいことをしただけだ。それに、オレはあの時からずっと冬弥の音に恋をしているのだぞ?」
「…先輩」
「バイオリンもピアノも、勿論冬弥自身の歌声も。オレは冬弥の『音』が好きなのだから」
笑い、司は目を閉じた。
彼の心臓に手を当てる。
トクン、と聞こえる、彼の鼓動。
心の奥底から音楽が好きだという『魂の声』を、聞いた。
それは昔から途切れない想いと音のカケラだ。

何年経っても、きっと彼の紡ぐ音に司は恋をする。


(恐らくそれは冬弥も同じ)

無口な神様が音を捨てて傾いたって

『君』への恋は止められない!


……
無口な神様が 音を捨てて傾いた
泣き虫夜空 涙ぐんだ
月夜に聞かせるの 誰も知らない歌
灰色劇場 窓辺のオリオンと


何度だって聞こえる 一人きりの拙い声
錆び付いた楽器が 海原で幻想を奏でてた
夢の中覚えた 音色たちをただ集めて
芽吹くように紡いだ
星巡りの歌が届かない


ほら 歌ってたって 泣いた ひとり
浮かんで舞った音楽祭
君は聞こえる? ロミア ロミア
何年経って逢えた音に
魔法みたいな恋をしたり
気が付かないように


言葉を飲み干した 退屈な国の人が
失くしたモノを探してた
鏡を塞いでた 溶けたアンティークな日々
火星の廃墟 真昼のカシオペア


何度だって聞こえる 忘れていた音の雨に
絵に描いた骸骨は 孤独な想像を埋めるようで
遠くなって溺れて 霞む空は知らないまま
降りそそぐ世界へ連れて行って


ねえ 潤んで咲いた遠い国に
馳せる思い くすんだ瞳
星に願いを ロミア ロミア
門をくぐって霧を抜けて
奪い去ったって会いに行こう
囁きを頼りに


歩く街並み 硝子瓶の冬
何処かの映画のようね
細く長い線路の上でさ
私に色を付けて


触れてすぐ剥がれてしまう
儚く静かな朝に
見つけた音の欠片


ほら 歌ってたって 泣いた ひとり
浮かんで舞った音楽祭
君は聞こえる? ロミア ロミア
何年経って逢えた音に
魔法みたいな恋をしたり
眠るように冷める前に


目を閉じて手をあてて
奥底の鼓動を聞いた
途切れない旋律を
名もなき君へと

第9回しほはるワンドロワンライ/コネクトライブ・バトンを渡して

司冬ワンライ・夜ふかし/寝不足

「…ふあ……」
暖かな陽気に司は大きな欠伸をする。
昨日うっかり夜ふかししてしまって少し寝不足なのだ。
眠気の要因は昼食が終わったから、というのもある。
昼休み、昼食前は体育だったこともあり、欠伸が出るのも仕方の無いことだった。
「…少し寝るか……」
小さく呟き、司はスマホでアラームを設置してからごろりとベンチに寝転んだ。
多少行儀も悪いが致し方がない。 
眠気には勝てないのだ。
「…む?」
ぼんやりと行き交う人々を見ていると一人の人物が目に入った。
「…冬弥!」
身体を起こし、司は手を振る。
冬弥も気が付いたのか、驚いたようにこちらを見た。
司の元にやってきた目には涙が浮かんでいる。
それを見た司はニヤリと笑った。
「…冬弥も欠伸をするのだな」
「…やはり見られていましたか」
冬弥が恥ずかしそうに言う。
実は見つけた冬弥は口元を手で押さえていたのだ。
いつもよりぼんやりしていたから、恐らく眠いのだろう。
何だか悪いことをしたな、と思った。
…彼が寝不足なのは司のせいなのだから。
「すまんなぁ、オレのせいで夜ふかしをさせてしまって」
「いえ。俺もとても…良かったので」
少しはにかんで冬弥が答える。
そうか、と司は笑った。
「冬弥、良ければ一緒に昼寝をしないか?」
「え?」
「寝不足だと午後からのコストパフォーマンスにも関わるだろう」
「…なるほど。しかし、狭くありませんか?」
「オレは構わんぞ!」
「…わ」
首を傾げる冬弥の手を引き、腕の中におさめる。
そのままごろりと横になった。
途端に眠気が襲ってきてうとうとと微睡む。
春の陽気と冬弥の体温の心地良さに司は目を閉じた。


夜ふかしした次の日の、特別な時間


(たまには寝不足も良いかもしれないね?)



「…司センパイと…冬弥?あんなトコで何やってんだ?」
「ああ。司くんが青柳くんから借りた小説を読み終わって感想合戦で夜ふかししたと言っていたから…睡眠を取り返しているのかもしれないねぇ」

司冬ワンライ/春の祝賀・ピュアハート

今日はイースターなのだという。
あまり日本では馴染みがないが…フェニックスワンダーランドでは大切な行事の一つとなっていた。
「…8,9,10っと…。うむ、全て集めてきてくれて感謝するぞ!これはお礼の品だ」
「わぁ、うさぎのお兄ちゃんありがとう!」
少年からイースターエッグを預かり、代わりにチョコレートエッグを差し出す。
きらきらと目を輝かせた少年が笑顔で言った。
「こちらこそありがとう、少年よ!この後も心ゆくまでイースターショーを楽しんでくれ!」
手を振りながら言う司に少年も嬉しそうに駆け出す。
やはり笑顔は良いものだ。
…と。
「…司先輩」
「…む?」
聞き慣れた愛しい声に振り向けば冬弥がイースターエッグを持って立っていた。
…何故だかうさ耳を付けて。
「とっ、冬弥?!」
「はい…えっと…やはり変でしょうか…?」
目を丸くする司に冬弥が困ったように言う。
まさか、とぶんぶんと首を振った。
「とてもよく似合っている!…だが、何故そのような格好を?」
「神代先輩が教えて下さったんです、イースターの正式な格好なのだと」
「るっ、類のやつ…っ!」
あっさりした回答に司は思わず拳を握る。
あまり冬弥に適当なことを吹き込まないでほしかった。
可愛くて愛しい冬弥はピュアハートの持ち主なのだから。
「…それと…」
む?
おずおずと話しづらそうに口を開いた冬弥に司は首を傾げる。 
まだ何か言われたのだろうか?
「それと、どうかしたのか?」
「いえ。…司先輩が、喜んでくださると聞いたものですから」
少しはにかんで冬弥が言った。
こちらが恥ずかしくなってしまうような言葉を。
「…司、先輩?」
「…。…そうだな、たしかに嬉しい。…だが、あまり可愛い事を言わないでくれ」
「え?」 
きょとんとする冬弥を引き寄せ、耳に囁く。
イースターバニーが狼になってしまったらどうする、と。
冬弥の耳が桜の色に染まる。
髪と同色のうさぎ耳が風に揺れた。

今日は大切な春の祝賀。


春の訪れを祝うイースター。


(イースターバニーがどうなったか、なんて野暮な話でしょう!)



「ほら、あのニ人なら大丈夫だったろう?レン君」
『大丈夫だったけど…うーん、一応謝った方が良いと思う…。類くん、司くんに怒られちゃうと思うなぁ……』

司冬ワンライ・嘘が吐けない/プロポーズ

さて、今日はエイプリルフールである。
「…むむ……」
司はといえば、スマートフォンを前に眉を寄せ悩んでいた。
仮にも笑顔を重んじるスターが嘘を吐いても良いものだろうか。
笑顔になれる嘘ならば、とは思うが騙すという行為自体に罪悪感があった。
「…。…やめるか…」
はぁ、と息を吐き出し、司は背伸びをする。
無理に嘘を吐く必要もあるまい。
…と。
「?…冬弥?」
スマートフォンが恋人からの電話だと音を立てた。
「…もしもし?冬弥か?」
『司先輩!…今、大丈夫でしょうか?』
「ああ。問題ないぞ!」
冬弥からの電話に声を弾ませる。
すると彼は少し沈黙してから、こう告げた。
『…あの、シブヤ公園に来ていただけないでしょうか…?』 



「待たせたな、冬弥!」
「…いえ」
待ち合わせ場所に行くと何故だか冬弥は緊張しているように見えた。
それにいつもよりきっちりした服装である気がする。
何かあったろうか、と思うがそれについて聞く前に冬弥がバラの花束を差し出した。
8本の赤いバラの中に白いバラが1輪。
これは…エイプリルフールなのだろうか?
しかし何の嘘なのかが分からなかった。
「んんん?」
「…あのっ、俺からの気持ちです!」
「ありがとう、冬弥!しかし何故…?」
バラを受け取り首を傾げる司に冬弥はえ、という顔をしてみせる。
何やら少し寂しげにも見えた。
「冬弥?」
「…いえ、やはり俺達には早すぎますよね…」
「よーし、何か勘違いをしているようだ!」
しゅんとする冬弥をベンチに座らせる。
すると冬弥が徐に口を開いた。
「…暁山から、今日はプロポーズの日だと教わったんです」
「…ほう?」
「俺は、学生のうちからプロポーズは早いと言ったんですが、プロポーズの日はそう、何度もある訳ではない、と……」
「…あー…なるほど、な」
くすくすと司は笑う。
やはり冬弥も嘘を吐けないようだ。
何だかそれに安心してしまう。
「…司先輩?」
「いや、すまん。プロポーズの日は6月の第1日曜日だぞ?」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。それに、だ」
驚く冬弥に司はそっと囁いた。
今日はエイプリルフールだ、と。
「…?!」
「まあ、なんだ。冬弥のまっすぐな気持ちは伝わったぞ?…だから」
小さく笑い、頬を赤らめる冬弥に口付ける。
彼に告げるは嘘なんかじゃない、愛の言葉。
「今度はオレから、プロポーズの日にプロポーズをさせてはくれんか?」



今日はエイプリルフール。


嘘が吐けない二人には、関係のない日!!


「ごめんねー?まさかほっんとうに信じちゃうとは思わなくて!」
「別に構わんぞ!!可愛らしい冬弥も見れたことだし、な」

アキカイバースデー

「…嘘つき」
ひそりと囁かれる、悪意のある声。
その言葉の意味を『俺』は知っている。
「…。…酷いなぁ、カイコクさん」
「事実を言ったまででェ」
にこりと笑う俺にカイコクさんも綺麗な笑みを見せた。
いつかと同じように囁いてくれると…思ったんだけどな?
「誕生日なのは本当なのに」
「お前さんが真実を告げたことがあったかい?」
「割とほとんどが真実だよ。…その中に語られないことがあるだけ」
肩を竦める俺にカイコクさんがそう言って睨む。
だから、そうしれっと言ってやった。
途端に嫌そうに表情を歪める。
カイコクさんのその顔に俺は思わず笑顔になった。
端正なそれが歪むのはいつ見たってゾクゾクする。
ただ、それはカイコクさんの癇に障ったらしかった。
「…不愉快な顔すんな」
「随分遠慮がなくなったよね、カイコクさん」
「そりゃ。元々でェ」
顔を背けるカイコクさんに俺はまた笑う。
昔っから猫みたいだったけど、今は飼い主を亡くしたそれの様相をしていて。
ちゃんと『アカツキを好き』でいてくれたんだと思う。
俺だってアカツキなんだけどな?
「…お前さんは」
「え?」
「お前さんは、どうなんでェ」
カイコクさんのそれに俺は目を見開く。
まさかそんなこと言われるなんて、思っても見なかった。
「俺のことなんざどうでも良いくせに」
「…どうでも良い人を一人生かして閉じ込める、なんてことすると思う?」
「普通はどんな人間であれ自分の都合で閉じ込めたりはしねェんだがな」
カイコクさんが息を吐く。
それに俺は今日何度目かの笑みを見せた。
「…ちゃんと好きだよ。アカツキがそうだったように」
「…っ!」
目を見開いたカイコクさんの手を取る。
拒絶されなかったからそのまま手のひらにキスをしてみた。
「テメェ…っ!!」
「愛してる。…アカツキは言ってくれなかったろ?」


くすくすと、俺は笑う。
愛してる。
そんな、ちっぽけな愛の言葉を囁いて。


(今日は何の日?)


(今日はね……)

アカカイバースデー

「カイコクさんって、好きって言ってくれませんよね」
俺の言葉にカイコクさんは綺麗に整った眉を僅かに寄せた。
何だかそれが近所にいた黒猫にも見えて思わず笑顔になる。
こういう素の表情が可愛いんですよねぇ、カイコクさん。
いつもの飄々としてるのも好きですけど。
「なんでェ、急に」
「いえいえ。俺、誕生日だなぁって」
「ああ。おめっとさん」
「ありがとうございます!…じゃなくて!」
サラッとした祝いの言葉に浮かれそうになって我に返る。
危ない危ない。
騙されるところでした。
「チッ」
「今舌打ちしました??」
「気のせいだろ」
「えー、確かに聞いたんですけどねー?」
疑るように言う俺に、ひらひらと手を振りながら「気のせいでェ」と躱してくる。
ところで、何の話でしたっけ?
「あ、誕生日!カイコクさんに好きって言ってほしいって話でした!!」
「チッッ」
俺の言葉に、カイコクさんが今度こそ盛大な舌打ちをした。
そんなことあります?
俺、今日誕生日なんですけどね?
「カイコクさん!俺、誕生日なんです!!好きって言ってください!!」
「断る」
「誕生日なのに?!」
あっさりした言葉に思わず大きな声が出てしまった。
そんな事あります?
俺、誕生日なのに…!
「酷いですよ、俺はただ大好きなカイコクさんから好きだって言ってほしいだけなのに!」
わぁっ!と泣く振りをすれば、カイコクさんは僅かに顔を顰めた。
わざとなのは分かるけれど、誕生日なのに、という言葉はほんの少し刺さったらしい。
そういう所、律儀なんですよねぇ、カイコクさん!
「…入出」
はぁ、と息を吐いたカイコクさんがちょいちょいと手招きをした。
わくわくしながら近づいた俺の耳にカイコクさんが口を寄せてくる。
ひそりとした彼の声。
息遣いが聞こえて、それから……。

世界で一番お姫様なあの子へ

『~♩』
音楽プレイヤーから初音ミクの声が響く。
大分初期の楽曲だが、やはり良いな、と思った。
…まあ自分の趣味ではないのだけれど。
「…日野森さん!」
明るい声にイヤホンを外して振り向けば、遥がいた。
「桐谷さん、おはよう」
「おはよう。…バンドの曲?」
それ、とイヤホンを指差す彼女に志歩は小さく笑って首を振り、「一歌が初期のミクの曲も良いってしみじみ言うから」と答える。
「ああ。確かに良い曲が多いよね。ストレートというか…」
「ね。……桐谷さん、そういえば髪型いつもと違うね」
「えっ、ああ、ちょっとだけ梳いてみたの。最近重くなってたから…」
「いいんじゃない。前のも良いけど今のも良いと思う。桐谷さんらしくて」
「ふふ、ありがとう」
「あと…靴が新しくなった」
「!よく分かったね。…前のはランニングで履きつぶしちゃったから…」
「ちょっとデザイン違うよね。桐谷さんぽいんじゃない?色味とか、爽やかで良いと思う」
「ありがとう、日野森さん」
にこっと笑った遥は、耐えきれなくなったのかくすくすと笑った。
流石に恥ずかしくなり、何、と言えば彼女は可愛らしい笑みを浮かべる。
「ううん。…私のことよく見てくれてるなって思って」
「嘘、それだけじゃないでしょ」
「ふふ、バレちゃった」
楽しそうな彼女に小さく息を吐き、遥に先程まで聞いていたイヤホンを差し出した。
それに耳を近づけた遥は楽曲が聞こえたのか目を丸くさせる。
「…そういう事」
「ま、私らしくないよね」
「そんな事ないよ。…『無口で無愛想な王子様』?」
肩を竦める志歩に、遥が笑った。
「でも、日野森さんは無口でも無愛想でもない気がするけれど…」
「そう?口数はあんまり多くないし、お姉ちゃんみたいに愛想良しでもないよ」
「雫は愛想良しというか……でも、日野森さんと一緒にいるの、私は好きだな」
へにゃりと彼女が目尻を下げる。
そんな遥を見、志歩もやはり好きだな、と思った。
「ありがとう。…っと、桐谷さんこっち」
「え?きゃっ」
ぐい、と手を引く。
後ろから来た自転車がチリンとベルの音だけを残していった。
「大丈夫?」
「うん、平気。ありがとう、日野森さん」
「別に。桐谷さんが大丈夫なら良かった」
ホッとして笑いかけ…そういえば歌詞通りだったと今更ながら気付く。
「…。…引かれる、危ないよ、とは言ってくれないのね?」
「…言わないよ、別に王子様じゃないし」
首を傾げる遥に言えば、彼女は楽しそうに笑った。
まったく、と志歩は息を吐く。
王子様、なんてガラではないが…隣で笑う楽しそうな遥は、確かにセカイで一番お姫様だな、と、そう思った。


彼女の笑顔のためなら、傅いて手も取ろう。


…きっとあの子は望まないけれど!


(笑顔の遥が望むのは対等に歩む人や時間なのだから)



「まあ、確かに日野森さんが白馬に乗ってきたらびっくりしそうだし…」
「…やめてよ……それで喜ぶのはごく一部だからね…やるのも迎えるのも」

第7回しほはるワンドロワンライ/エイプリルフール前夜・白い嘘

そういえばもうすぐエイプリルフールだ。
「…桐谷さんは、エイプリルフール何かするの?」
「え?」
久しぶりに一緒に帰ろうと遥と二人で下駄箱に向かっていた志歩は、ふと周りから「エイプリルフール、明日じゃん!」という声に、擡げた疑問をぶつけてみる。
聞かれた遥は律儀にうーん、と少し上を向いた。
「個人的には何もしないかな…。配信は何かするかもしれないけど。…どうして?」
「ううん、気になっただけ。…桐谷さん、嘘とか吐かなそうだし」 
肩を竦める志歩に遥は驚いたように目を見張り、くすくすと笑う。
それから、そんなことないよ、と言った。
「小さな嘘はそれなりに吐くよ?私は聖人君子でもないし…」
「そんなこと言って良い訳?」
肩を揺らして志歩は聞く。
仮にもアイドルなのに、と言えば、「アイドルだからだよ」と彼女は笑った。
「皆の夢を守る嘘は必要だと思うし」
「まあ、それはそうかもね」
遥のそれに志歩もあっさりと頷く。
彼女たちの嘘は必要なものだ。
人を傷付けない小さな嘘。
白い嘘、というのだっけ、と志歩は思う。
「でも桐谷さんのそれはアイドルである為に必要なことでしょ。そうじゃなくて…何ていうのかな、エイプリルフールの時に吐く嘘、というか…」
「ふふ、何となく分かるよ。…うーん、確かに、そういう嘘は吐かないかもね」
言葉を選び倦ねていた志歩に小さく笑った遥がそう言った。
「でも、日野森さんもあまりそういう嘘は吐かないでしょう?」
「まあね。必要性を感じないし…嘘より正直に伝える方が大事だと思うからね」
こてりと首を傾げた遥に笑い、志歩はそんな訳で、と彼女の手を握る。
きょとんとする遥に志歩は笑いかけた。
「?日野森さん?」
「好きだよ、桐谷さん」
エイプリルフール前夜、志歩は正直な言葉を遥に伝える。



自分の気持ちは、きちんと伝えなければ。



(嘘を吐くなんて有り得ない、その気持ちを)


「…うん、私も好きだよ、日野森さん」
「…エイプリルフール向いてないかもね、私達」
「ふふ、確かにそうかも」

司冬ワンライ・お花見/手作り弁当

ここ数日、暖かい日が続いていた。
桜の花もぽつぽつと色づき始め、春なのだなぁと司は高い空を見上げる。
「少し早いが花見も良いかもしれんなぁ」
「…お花見、ですか?」
隣りに居た冬弥が首を傾げた。
考えが口に出ていたらしい。
「ああ。ここ数日、暖かかったからな。桜も咲いてきたし、新学期になれば忙しくなるだろう?」
「…そうですね。ゆっくりと、外で食べるのも良いかも知れません」
「そうだろう?!そうと決まればやはり、弁当をどうするか…」
ふむ、と悩み始める司に冬弥は小さく肩を揺らしていたが、あの、と声をかけてきた。
「?どうした」
「…お弁当、俺が作ってはいけないでしょうか?」
「何っ?!冬弥が?!!」
冬弥の申し出に司は目を丸くする。 
彼はあまり料理をしたことが無い。
確かにこないだのカップケーキは美味しかったが…。
きっと、花見をするなら、と冬弥なりに考えてくれたのだろう。
とても有り難いし嬉しいと思う。
だからこそ。
「そうだな…。ならば、一緒に作らないか?」
「え?」
司のそれに今度は冬弥がきょとんとする。
そんな彼に司は特別な笑みを向けた。
「オレも、冬弥と共に食べる弁当を作りたいんだ!」



「おお、よく来たな!」
「…お邪魔します」
出迎えた司に冬弥がぺこりとお辞儀をする。
具材を持ってきてくれた冬弥に礼を言い、キッチンへと向かった。
二人が作ろうとしているのはサンドイッチだ。
これならばすぐ出来るし簡単だからである。
作るのも、楽しそうだし。
「うちは卵にマヨネーズとマスタードをいれるんだ。これだけで風味がだいぶ変わるぞ」
「そうなんですね…!」
卵を茹でながら他の具材を用意する。
包丁の使い方も以前に教えてもらったんだと冬弥は嬉しそうに笑った。
彼が楽しそうで良かったと、司は思う。
「冬弥、少し味見をしてみるか?」
「!…では、少し」
口を開ける冬弥に、司は小さく笑いながら潰した卵を入れてやった。
表情を綻ばせる冬弥に司も思わず笑顔になる。
キッチンに、少し開けた窓から春風が吹き込んできた。


ほら、もうすぐ春が来る。


「ただいま、お兄ちゃん、とーやくん!お花見するんでしょ?飲み物買ってきたよー!」
「おかえりなさい、咲希さん。ありがとうございます」
「ナイスだ、咲希!ありがとうな!!!」