司冬ワンライ・涙/笑って
涙を見せないやつだと思った。
笑顔を見せないやつだとも思った。
「…うぅむ…」
「?どうしたの、お兄ちゃん!また役で悩んでるの?」
悩みながら声を出した司に、妹の咲希が心配そうに聞いてくる。
そういえばリオをやるにあたって随分と心配させてしまったのだったか。
「いや、リオ役ではもう悩んではいないぞ!ありがとうな、咲希」
「なら良かったけど…どうかしたの?」
「ああ。…昔のアルバムを見ていてな、冬弥は本当に笑わないし泣かないやつだったな、と」
首を傾げる咲希に、司は見ていたそれを広げる。
覗き込んできた彼女は、確かに!と少し上を向いた。
「アタシはあんまりとーやくんと遊べなかったけど、昔は表情があんまりなかったよね」
「そうだなぁ。…だが、いつも怯えたような不安そうな、そんな感じだったな」
咲希と同じように司も上を向く。
昔の冬弥は、いつも怯えた目をしていたのだ
。
自信がなさ気で、けれど泣けないのか涙を見せることはなくて。
本当は笑っていて欲しいけれど、感情を素直に出すなら涙を見せても構わないと思ったものだ。
涙なら、隣で拭いてやることも出来るのだし。
「あ、でも、お兄ちゃんのショーを見るときは笑ってたんだよ、とーやくん!」
「…!そうか」
「うん!ほら、うさちゃんとペガサスと、他にもたっくさんのお人形を連れたわくわく百鬼夜行と星の魔王を倒しに行くショー!あれ、アタシもすっごく好きだけど、とーやくんも好きみたいでね、本を読むよりワクワクするって言ってたの!」
咲希がにこにこと教えてくれる。
バッドエンドは昔から好きではなかったから自然とハッピーエンドばかりやって来たが…それでよかったらしかった。
やはり、好きな人には笑っていて欲しい。
涙より笑顔を見せてほしい。
そのために、役者が涙を我慢したとて。
「…よし」
「?お兄ちゃん?」
「冬弥に会いに行ってくる!」
突然立ち上がる司に、咲希も笑顔を浮かべた。
「!うん、行ってらっしゃい!」
お前の笑顔を思い浮かべたら、急に会いたくなったんだ。
なんて。
(嗚呼、彼は今日も笑っているだろうか!)
「もしもし、冬弥?突然すまない!もし良ければ…」
第7回しほはるワンドロワンライ/桃の節句・メンバーカラー
春、パステルカラーが街に踊る、そんな季節。
可愛らしい歌が聞こえ、今年もこの時期がやってきたんだなぁと笑みを浮かべた…そんな日の朝。
「…おはよう、日野森さん!」
「…。…おはよう、桐谷さん」
柔らかな風が吹く道を歩いていた志歩は背後から声をかけられ、振り返って目を細めた。
そこにいたのは随分とご機嫌な遥だ。
「何だか楽しそうだね」
くすりと笑って聞けば、彼女はきょとりと目を瞬かせてから「そんなにバレバレだったかな」と照れるように言った。
「まあ、分かるよ。それで、何があったの?」
「特に特別な事じゃないんだけど…。…昨日ね、ひな祭り配信をしたんだ」
「ひな祭り配信?」
遥の言葉に今度は志歩がきょとりとする。
アイドルグループである彼女たちのプラットフォームは所謂動画サイトだ。
色んな配信をしているのもあり、今回のそれも企画の1種なのだろう。
「そうなの!自分たちで雛飾りを作ったり、ひな祭りにまつわる話をしたり、ひな祭りケーキを作ったりしたんだよ」
「へぇ、楽しそうだね。……って、ひな祭りにまつわる話って…お姉ちゃん、私の話をしたんじゃ…」
ふと、ある事に気付いて志歩は少し嫌そうな顔をした。
遥が曖昧な笑みを浮かべているところからしてそれは当たっているのだろう。
「あはは…。…そうだ、ファンの子がね、私達のカラーリングが春夏秋冬みたいだねって言ってくれたんだ。愛莉が桃色で、私が水色、みのりがオレンジで雫がミント色だから」
ぽん、と手を叩いた遥が話題を変えてきた。
それにへえ、と乗ることにする。
…あまり不毛な話を続けても仕方がないし。
「そう言われてみればそうだね。…ならうちは秋冬寄りって感じなのかな」
少し考えてそう肩をすくめてみせる。
一歌がマリンブルー、咲希が黄色、穂波が赤、そして、志歩は黄緑だ。
「…うーん、天馬さんは春の色してるんじゃないかな。お日様みたいな感じがする。日野森さんの黄緑は夏の爽やかな色だと思うんだけど…」
「ああ、確かにね。…なら、私と桐谷さんはおそろいだ」
小さく笑い、志歩は言う。
きょとりと目を瞬かせた遥が嬉しそうに破顔した。
「うん、そうだね。…日野森さんとおそろい、嬉しいな」
ふわふわと遥が笑う。
春の風を纏わせて。
「…私も桐谷さんとおそろいなの、嬉しいよ」
柔らかな風が吹く道を二人。
春の弥生のそんな日に。
(桃の香りが鼻をくすぐった
あなたと一緒ならいつだって幸せ)
「あ、愛莉と天馬さんだ」
「本当だ。…たしかにあの二人、春の色してるかもね」
司冬ワンライ・特別な想いを/変わらない場所
「…よしっ、こんなものだろう!」
掃除機をかけ終わった司は汗を拭う。
今日は冬弥を招いてホームパーティをする日だ。
朝から念入りに掃除をしていたが…そろそろ飾り付けや料理の支度をしなければ間に合わないだろう。
「…そういえば」
ふとあることに気付いて司は目を細めた。
昔、冬弥が家に遊びに来る日は同じように掃除をしていたこと。
何処か怯えたような顔をしていた冬弥が笑顔になってくれた時、すごく嬉しかったこと。
その為にどうするべきか遅くまで考え親に怒られたこと。
…きっとあの時から冬弥が好きだったこと。
どうすれば冬弥が笑顔を見せてくれるか、そればかりを考え、本当に笑ってくれた時はとても嬉しかった。
その時に感じた胸の高鳴りは、ショーをしていても得られなかったものだ。
これはきっと特別な想いで…彼にしか抱かないもの、なのだろう。
冬弥は司の家を変わらないと言ってくれるが、それは司も同じだった。
この場所で、彼が笑みを見せてくれる。
いくつになったとしても高鳴る気持ちは変わらない。
小さな司が必死になって家を掃除した…あの日と同じ。
冬弥にとっても、安心できる場所であれば、と司は思うのだ。
夢を追い続ける場所とはまた違う、ホッと出来る場所であれば良いと。
「お兄ちゃーん!ランチョンマットどこだっけー?」
台所から咲希が呼ぶ。
今行くぞ!と返し、司はコンセントを抜いた掃除機を持ち上げた。
今はただ、愛しい人を迎え入れる準備を、急がなければ。
「えっと、アタシがこっちでお兄ちゃんととーやくんが反対側、っと」
「そういえば、なぜこの配置なんだ?」
「??…だって、昔から二人とも隣にいるとすっごく幸せそうなんだもん!」
ミクの日
どうも今晩は、鏡音レンで……。
「レンくぅうん!!!聞いてよ、酷いんだよ、マスターが!!!!」
…どうやらおれは今日も巻き込ミクルカされるようです。
「…。…で?どうしたのさ、ミク姉ぇ」
「明日はミクの日じゃない?」
「…ああ、ミクの日だな」
ミク姉ぇが真剣に言う。
他の人からすれば何を言ってるのかと思うが、この姉に至ってはそんなこともなく。
3月9日、語呂合わせでミクの日。
誕生日と並んで、世界中がこの電子の歌姫を祝う日になっている。
「ミクの日ならミクをお祝いして然るべきじゃない?」
「腹立つけど、まあ一般的にはそうだな」
「マスターが、24時間ミク番組をやるとか言い出した」
「…おう……」
真剣なそれに、おれは言葉を失った。
相変わらず突拍子ねぇな……。
まあ、それを許されるってのがミク姉ぇの存在、なんだろうけど。
「24時間っておかしくない?!」
「別に、色んな『初音ミク』がいるんだから、出るのはミク姉ぇだけじゃないんだろ?」
「そうなんだけどぉお…!」
うがぁあ!とミク姉ぇが頭を抱える。
…多分世界中を探してもこんな初音ミクはうちだけだろうな…。
「ミクの日なんだからミクのお願い叶えてくれても良くない?!」
「割と叶えられてんじゃん」
「何を見てそう思ったの?!レンくんは!」
ミク姉ぇがおれを睨んできた。
わぁい、ミク姉ぇ怖ーい!
それなりに恵まれてんのに何言ってんだか、って感じなんだけどな、おれからしたら。
「兄さんがお弁当作ってたけど、あれ、ミク姉ぇのだろ?」
「え?お兄ちゃんのお弁当?!」
おれの言葉にミク姉ぇがころっと態度を変えた。
ったく、現金なんだからさ?
「楽しみだなぁ!お兄ちゃん、最近お菓子以外もプロってきたし」
「なー。兄さんはどこに向かってんだか」
「歌って踊って料理が出来るボーカロイドかぁ…って、お兄ちゃんの話は良くてね?!」
ニコニコしていたミク姉ぇがバンっと机を叩く。
あ、気付いた。
「レンくんが好きなゲームに出てくる子も言ってたでしょ?好きな人には笑っていてほしいって」
「好きな人とは言ってねぇけど…っ?!」
「私は!!!ファンのみんなだけじゃなくてルカちゃんにも笑っていてほしいの!!!」
勢い良くミク姉ぇが言う。
「ミクの日に一緒にいれないって知った時、ルカちゃんが一瞬寂しそうな顔したんだよ?!そんなのってないじゃん!」
「…いや…」
「ルカちゃんはそんなこと言わないけどさぁ…!出来るだけ一緒にいたいでしょ?!好きなんだもん!いつ、どんな時でも一緒にいたいの!」
真剣なミク姉ぇのそれはもはやプロポーズだ。
それ、そのまま本人に言えば良いのにな?
「じゃあ一緒にいれば良いじゃん」
「だからぁ…!」
「ミクの日だからって、ルカ姉ぇが一緒にいちゃいけないとか、言われてなくね?」
おれの言葉にミク姉ぇがその手があったか!といった顔をする。
「…そっか、そうだよね」
うん、とミク姉ぇが頷いた。
ありがとう!と笑ったミク姉ぇがバタバタと部屋を出る。
その様子は恋に一途な16歳、って感じだ。
ったく、騒がしいんだからさ?
本日ミクの日。
世界的な電子の歌姫、初音ミクは。
(どうやら巡音ルカに恋してる!)
「…レンでしょ?ミクにルカと一緒に番組行けばって言ったの。俺に二人分のお弁当頼みに来たよ」
「兄さん。……さて、何のことやら」
司冬ワンライ・寝言/うとうと
春の日差し差し込む、穏やかな放課後。
柔らかな蜜柑色に照らされた、図書室のカウンターの片隅に。
ごちゃごちゃ野暮だろう。
簡潔に言えば、そう。
天使が寝ていた。
ショーに関する資料が見たくて図書室に行った。
その日の当番だったらしい冬弥が嬉しそうに場所を案内してくれ、「カウンターにいるので、終わったら声をかけてください」と言われてから数十分。
随分と真剣に読み耽ってしまった、と一番重い本を抱えて、カウンターへと向かった。
うっかり待たせてしまったと司は声をかけようとし…固まる。
そこには柔らかに見つめる灰の瞳を無くし規則正しく息を吐く…つまりはうたた寝をしている冬弥が、いた。
そんな彼の姿は珍しく、司はカウンターに肘を付いて彼を見る。
伏せられた眉、うつらうつらと舟を漕ぐ首。
クラシックをやっていた頃は眠れない日もあったようだが…これは最近読んでいるミステリー小説が面白くてついつい夜ふかしをすると言っていたせいだろう。
まあ確かにうとうとするには心地の良い時間だものなぁとぼんやり思った。
冬弥の珍しい姿が見られ、何だか得した気分だと司が笑みを浮かべた、その時。
「…さ、せんぱ……」
「む?」
「…司、せんぱ……」
小さな寝言が、冬弥の口から漏れた。
己の名を呼ぶ、ということは夢でも共にいるのだろう。
それはきっと冬弥にとって幸せなこと。
「オレはここにいるぞ、冬弥」
小さな声で告げ、司は彼を起こさないよう、さらりと春風に揺れる彼の髪に口付けた。
願わくば、この春に溢れた彼の夢が、幸せなものでありますように。
「…司先輩……空も飛べるんですね……」
「…ちょっと待て、冬弥。どんな夢を見ているんだ?!」
第6回しほはるワンドロワンライ/猫・冬の終わり
先週に比べて随分と暖かくなった。
もう冬は終わるのだな、と志歩は小さく微笑む。
「…あっ、日野森さん…!」
「…って、桐谷さん?」
聞き覚えのある声にそちらを向けば、公園のベンチに困った表情の遥が座っていた。
慌てて駆け寄り彼女を見れば、その膝には茶色の猫が丸くなっている。
「…どうしたの、その子」
「ランニングの休憩中に会ったんだけど…。いつの間にかこうなってて」
志歩の短い問いに、眉を下げ遥はそう答えた。
「まあ…今日暖かいもんね……」
「そうなんだけど…。…どうしよう」
あー…と遠い目をすれば遥がこちらに助けを求めてくる。
好きな人からそう言われ、どうしようかと焦らすほど、志歩はまだ大人ではなかった。
困っているなら助けたいというのは当たり前ではないだろうか。
「…私がもらうよ。おいで」
寝ている猫に手を伸ばせば、少し嫌そうな顔をし、また丸くなる。
「あっ、こら」
「…あっ……。ふふ、気持ちいいのかな」
「言ってる場合じゃないでしょ。…君も。桐谷さんに迷惑かけちゃだめだよ」
肩を揺らす遥に呆れつつ、猫を抱き上げた。
うにゃあ、と鳴いた猫は志歩の腕の中から逃げる。
「…逃げちゃった」
「起こされたのが嫌だったのかな」
「かもね。…まあ猫って気まぐれだし」
「そうだね。…日野森さん、助けてくれてありがとう」
「別に大したことしてないよ」
にこりと微笑む遥に、肩を竦めた。
実際志歩は何もしていない…猫は逃げたわけだし。
「…」
「?どうかした?桐谷さん」
じぃっと見つめる遥に首を傾げれば彼女は曖昧に微笑んだ。
「ううん、別に大したことじゃ……」
「それなのに理由を言ってくれないんだ?…気になるんだけど」
「ええ…」
顔を近付ければ遥は困ったようにくすくすと笑う。
「本当に大したことないんだよ?」
「大したことないなら理由言えるでしょ」
志歩の言葉にふわふわと彼女は髪を揺らした。
春の香りを混ぜた風が吹く。
「うーんと…日野森さんは猫より犬かなぁって」
「…へ?」
「ね、大したことないでしょう?」
きょとんとする志歩に遥は今日の陽射しと同じ様な笑みを浮かべた。
冬の終わり、もうすぐ春が来る。
司冬ワンライ・セカイに響け!
今日はとても大きな会場でショーがあった。
非常に盛り上がり、舞台上から見える観客たちの顔はきらきらとしていて、こういうのが役者冥利に尽きる、というのだろうな、と思う。
皆がわくわくしていて一心に手を振ってくれる、この胸に湧き上がる想いを幸福と言わずなんと呼べば良いのか。
「…司先輩!」
「…おお、冬弥ではないか!」
ふと愛しい恋人の声が聞こえ、司は思い切り手を振った。
そういえば彼も同じ会場でライブをしているのだと言っていたっけ。
リハーサルだけ少し覗いたが本当に、ゾクゾクするくらい凄かった。
勿論、ショーとはまた違った種類の感動なのだが。
「お疲れ!今終わったのか?」
「はい。司先輩もお疲れ様です。最後の少しだけ見ることが出来て…。やはり司先輩のショーは素晴らしいと再認識しました」
「そうか!それは何よりだ。…オレも、冬弥たちのライブを少しだけ見ることが出来た。歌も勿論良かったが…冬弥もあんなに良い表情で歌えるようになったのだなぁ」
笑い、頭を撫でると嬉しそうな表情の冬弥が、「ありがとうございます」と言う。
「是非また、ゆっくり聴きに来て下さい。…最高のパフォーマンスで先輩をお出迎えします」
「それは楽しみだ。期待しているぞ?」
「…!はい」
キラキラした表情の冬弥が頷いた。
歌に、希望に満ちたその顔で。
彼のそれを見ていると何だか歌いたくてうずうずしてしまう。
本番は大成功で、でもまだ物足りなくて。
二人でこのセカイに歌を響かせる事が出来たら、幸せだろうなと、そう思った。
「なあ、冬弥。少し歌わないか?」
「え?」
「小さい頃はよく一緒に歌っただろう」
司の誘いに、良いですね、と彼は笑う。
俺も歌い足りませんでした、と、そう言って。
二人きりのセカイに歌が響く
観客は互いだけで、それでもとても幸せで
ずっとずっとこうしていたいと、その想いを音に乗せた
(貴方に、セカイに響け、恋の歌!)
猫の日マキカイ
今日は猫の日なんだって
うとうとしていた意識の外で
誰かがそう言っていた
随分暖かい日だな、と思った。
もうすぐ2月も終わるのだからそういうもの、なのだろう。
…まあ、この場所に『季節』なんかは関係ないのかもしれないが。
どちらにせよマキノにはあまり関係なかった。
ただ、いつも通りの日常…であれば良いと思うから。
「…逢河?」
声をかけられ、マキノはゆっくりとそちらを向く。
ゲノムタワーの一番日当たりが良い場所に陣取ってひらひらと手を振る男。
鬼ヶ崎カイコクがそこにはいた。
「…カイコッくん」
「珍しいねェ。…逢河も日向ぼっこかい?」
彼が笑う。
機嫌が良いと思ったら先程からこの良い場所を独占していたらしかった。
「逢河なら入れてやってもいいぜ」
ほら、とカイコクが座っていた場所を少しずらす。
わざわざ逢河なら、と言ったということは他の人ならテリトリーに入れる気はなかったのだろう。
そも、声をかけるかも怪しい。
まあ彼の場合は、カイコクが声をかけなくても他の人から声をかけられそうだな、とは思うが。
「…。…おじゃま、します」
「ん、どーぞ」
一応声を掛ければ彼は短く言ってまた窓の外に目をやった。
外の景色に特別何かがあるわけではない。
いつもの風景が、カイコクの綺麗な瞳に映っていた。
何だかそれが「良いな」と、漠然と頭に浮かぶ。
ふと、マキノはある光景を思い出した。
窓からじぃっと外を見つめていた…愛猫のことを。
「…モシカちゃん」
「?どした、逢河」
きょとん、と彼がこちらを向く。
風に揺れる彼の黒い髪。
ゆわりと、赤い紐がしっぽのようにゆらめいた。
「…。…カイコッくん、似てる…ね」
「は?何でェ…ちょ、逢河?!!」
眉を顰める彼の肩口に顔を埋める。
慌てたようなカイコクの声がどこか心地良くて。
彼は何だか猫に似ているな、なんて思いながらマキノは夢に沈んだ。
カイコクは猫に似ている。
ツンデレなところ?
自由なところ?
…どれでもない。
彼が猫に似ている、そう思うのは。
(マキノのことを包み込んでくれるところ)
「おい、こら、逢河!起きてくんなァ!」
「……ぐう」
司冬ワンライ・文字/声
「おお??」
下駄箱を開けると手紙が残されていた。
ラブレターか果たし状か。
なんて馬鹿なことを考えながら司はそれを手に取る。
画してそれは前者であったらしかった。
封筒の中からは『先日はありがとうございました』とキレイな字で書かれたメモと、冬弥が最近気に入っていると言っていたのど飴が入っている。
まあ律儀なものだと司は苦笑しながらカバンに仕舞った。
ついでにスマホを取り出す。
押し慣れた名前をタップし、耳に当てた。
数回のコールの後、『はい』という声が耳に届く。
「冬弥!今大丈夫だろうか?」
『今は白石のカフェでチームメンバーを待っていたところです』
「おお、そうか!では手短に」
カラカラと笑い、司はスマホを持ち替えた。
「手紙、ありがとうな。それからのど飴も。ショーの練習が終わったら頂くとしよう」
『…はい、ぜひ』
スマホからは冬弥の柔らかい声と、小さく笑う声が聞こえ、司は首を傾げる。
「?どうした?」
『…いえ…些細な事でも電話してくださる司先輩は、やはり優しいのだな、と』
ふわふわとした彼の声。
ああ、なんだ、と司も笑った。
「特に優しいわけではないぞ?」
『え?』
きょとんとする冬弥の声。
先程の文字を思い出しながら司は目を閉じた。
優しい彼の文字を見て
何だか彼の声が無性に聴きたくなった、なんて言ったら…冬弥はどんな声をしてくれるのだろう!!
(それが分かるのは、後数秒)
「…何、実は…」
KAITO誕
どうも、鏡音レンです。
本日は…。
「あ、レンくん、こんにちは!」
「…って、カイコさん」
ふわふわと手を振るのは兄さんこと始音KAITOの先天性女性型亜種、始音KAIKOさんだ。
兄さんとよく似ていて、特に笑った顔がそっくりだったりする。
「どうかした?ルカ姉ぇならミク姉ぇと買い物という名のデートに行ったけど」
「ふふ。相変わらずミクちゃんとルカちゃんは仲良しだね」
「まあ……な…?」
にこにこと笑うカイコさんに曖昧な返事をした。
あれは仲良いってのを超えてる気がするんだけども。
「あ、じゃあ私達もデートしない?」
ぱあっと表情を輝かせてカイコさんが言う。
頷きそうになって…思わず固まった。
デート?
デートっつった?!
「なっ、なんで…!」
「?だって今日は私の誕生日だから」
きょとんとするカイコさん…いや、無理あるだろ!
「流石にミクオに怒られんの、おれ、やだよ」
「ミクオくん、そんなことじゃ怒らないよ?」
「カイコさんはミクオの怖さ知らないからだって…」
首を傾げるカイコさんに思わず呆れた。
ミク姉ぇこと初音ミクの先天性男性型亜種、初音ミクオはこのカイコさんが大好きなんだよなぁ。
まあ気持ちは分からんでもないけど。
「…それに、ミクオが何も言わなくてもおれはカイコさんとはデートしないよ」
「そうなの?」
笑いながら言えばカイコさんはちょっと意外そうな顔をした。
「レンくん、優しいからデートしてくれると思ったのにな」
「それは優しさじゃないじゃん。本当の優しさはさ、自分の好きな人を傷つけないように断る勇気だと思うから」
楽しそうなカイコさんにそう言って改めて向き直る。
「なので、おれは兄さんを裏切ることは出来ないので、ごめんなさい」
「ふふ、分かりました」
頭を下げるとカイコさんはにこにこと言った。
一応おれに振られたはずなのに、何だか機嫌が良くて。
「…ほら、だから言ったでしょう?」
「……へ?」
にこ、と笑ったカイコさんが後ろを振り返る。
…え、なに。
「レンくんは私よりカイトさんを取るって」
「あはは。まさかこんなに愛されてるなんて思わなかったなぁ」
「は?え?なに??」
明るい声で出てきたのは…上機嫌な兄さんで。
「ふふ、ありがとうね、レン」
「どう…いたしまして…?」
「姉さん!!帰るよ!?」
「はぁい!…じゃあ、良い誕生日を、カイトさん!」
「うん、カイコさんもね」
ミクオの鋭い声にカイコさんがスカートをひらめかせて手を振り、部屋を出る。
それに兄さんがひらひらと振り返した。
「…わっ、レン?」
「…。…そーいうの、やめろよな」
そんな兄さんに抱きつく。
思ったより子どもっぽい声になったけど、もー気にしていられなかった。
「ごめんね?…でも、レンに愛されてるって分かって嬉しかったよ」
「んなことしなくても、愛してるっつってんじゃん」
楽しそうな兄さんに言えば、そうなんだけど、とまた笑う。
17年目の誕生日。
存外愛されたがりの兄さんに、生まれてきてくれてありがとうと、持てるだけの愛を伝える日!
「今すぐ愛してやろうか?」
「それはまた夜に…ね?」