司冬ワンライ・三周年/新学年

今日から新学年だ。
何だか気分まで違ってくる気がして司は空を見る。
いや、学生生活最後の年になったのだ、気分が変わるのは当然だろう。
「…司先輩!」
と、聞こえてきた愛しい声に司は振り返った。
ふわりと微笑んだ冬弥がこちらにかけてくる。
「おお、冬弥!おはよう!今日から新学年だな!!」
「おはようございます。…俺も二年生になったのだな、と実感していたところです」
「そうだなぁ。…ふむ、冬弥も今年は先輩と呼ばれる学年になったのだな!」
「…そう、ですね」
明るく笑い掛ければ彼は若干眉を下げた。
何か困らせるようなことを言ってしまったろうか。
「どうしたんだ?」
「いえ。…皆にとって…司先輩のように良い先輩でいられるかと少し不安で…」
そんな事を言う冬弥に目を丸くしてから、冬弥は真面目だなぁと頷く。
それから、そうだな、と少し上を見た。
「冬弥なら大丈夫じゃないか?…図書委員をしている友人たちがしっかりしているからつい頼ってしまうと言っていたぞ。後輩が出来ても大丈夫だろう」
「先輩方が…。そうでしたか」
司のそれに冬弥がホッとしたように笑う。
そういえば、中学の時もそんな悩みを口にしていたか。
「冬弥の、先輩になれるかどうかの悩みも三周年だなぁ」
「三周年…。言われてみればそうですね」
くすりと冬弥が微笑む。
きっと彼も思い出したのだろう。
確かその時は冬弥には冬弥の良さがあるのだから、それを見た後輩がきちんと判断して付いてきてくれる、と言った気がする。
だが今は。
「まあ冬弥なら大丈夫だろう。冬弥にも目標が出来た。目標に向かって直向きな先輩を、後輩はきっと見ていてくれるだろうからな。…それに」
「…!」
「オレも、良い先輩、とは限らないだろう?」
綺麗な指に口付けて司は笑った。
後輩を誑かすなんて先輩としては悪い方に入るだろうが何せ司のそれは純愛だ。
それくらいは赦してほしい。
「…司先輩は、俺にとっては最高の先輩で…」


最高の恋人です、なんて言う、冬弥の声。




溶けた空は青く突き抜けていて、新学年が始まるに相応しい色を、していた。

司冬ワンライ/月夜の晩に・十五夜

そういえばそろそろ十五夜だった。
思い出したのは、お月見子供会のお知らせを近所の掲示板で見かけたからだ。
確か、小学校の体育館で団子を作ったり折り紙でうさぎを作ったりするのだっけ。
もうすぐ十五夜、月がきれいに見えるんだと楽しそうに言っていたのは誰だったろう。
「…そうだ」
ふと思いつき、司は自宅に帰る為に向けていた足をスーパーに変えた。
忘れない内にスマホを取り出し、メッセージアプリで素早く文章を打ち込んで送信する。
楽しみだと司は笑みを浮かべた。



「…すみません、遅くなってしまって…」
「大丈夫だ!…こっちこそ、急に呼び立ててしまってすまないな」
「いえ。…実は楽しみにしてきました」
ふわりと冬弥が笑う。
それに、そうか!と司も笑い返した。
あまりやった事がないことでも今年は挑戦していきたい、と言う冬弥に、司は団子づくりを提案してみたのである。
「オレも団子づくりは久しぶりだな!上手く出来るかは分からんが…まあやってみることに価値があるな」
「そうですね」
冬弥にエプロンを渡し、キッチンへと案内した。
ちなみに母には了承を得ていて…寧ろ母は司がやることには肯定的だ…何でも好きに使って良いと言われている。
「そうだ、今日はもう遅いから泊まっていくと良い」
「…しかし、それはご迷惑では…」
「なぁに、月見は満月の晩と相場が決まっているだろう?」
少し焦ったような冬弥に司は笑った。
「月見は、月が綺麗な日に行わなくてはな」
「…それは……」
「オレはな、冬弥。月が綺麗ですね、なんて当たり前の事を言いたいのではなく…ただ…そうだな、お前と見るから綺麗なのだと…そう思うんだ」
だから団子を作って共に月を見たいと言うと、冬弥は目を丸くしてふわりと笑んだ。
月並みな言葉だが…この瞬間がとても愛おしいと…司は目を細める。
月に住むうさぎのように、心が弾むのを感じた。


月夜の晩に、

いや、そうでなくても

お前と共にいたいんだ。


「…俺は、月も綺麗ですが星も綺麗だとずっと昔から知っていましたよ」

しほはるワンドロワンライ、絆/思い出を重ねて

こんにちは!と言ったのはよく知っているようで良く知らない【存在】。
「…え、え?初音ミク??」
「うん!!そうだよ。私は初音ミク!」
にこ、と笑う彼女は確かによく知った存在ではあったけれど、志歩はよく知らなかった。
…一歌なら喜んだかも知れない、と息を吐く。
志歩たちのセカイにいるミクとは違う、一般的な初音ミク。
その彼女がにこにこと微笑んでいる。
「あっ、ごめんね?!驚かせちゃって!」
「…いや、いいよ。…それで、君は何をしに来たの?」
慌てる初音ミクに志歩は首を振って聞いた。
セカイのミクとは違う彼女がいるということは、何か重要なことがあるのだろう。
それこそ、セカイが変わるような…。
「そうそう!えっとね、キズナランクが追加されたよって教えに来たんだ!」
「…は、え、なんて??」
思い出した、と手を叩く初音ミクに志歩はぽかんとしてしまった。
何を言っているのだろうか、このバーチャルシンガー様は。
「キズナランクは仲良く歌ったり踊ったりすると増えていくんだよ。今回追加されたのはこの子で…」
ふわ、と彼女の手の中に何かが生まれる。
もうそれだけでパニックなのに、何を聞けば良いのだろうか。
「いや、ちょっとまっ…」
「これからもたくさん歌ったり踊ったりして、キズナランクを上げていってね!」
「いや、だから…っ!!」
ロクな説明がないまま初音ミクは話を終わらそうとする。
そんな理不尽があって溜まるか、と思わず手を伸ばした。
「キズナランクって何…っ?!!!」



「…日野森さん?」
「…っ…え?」
きょとりと首を傾げるのはバーチャルシンガーの初音ミクではなく、大切な恋人でもある桐谷遥だった。
どうやら夢を見ていたらしい。
「…ごめん、寝ぼけてた」
「ふふ、珍しいね」
疲れてる?と聞く遥の、青い髪が揺れる。
「そうかもね」
何の言い訳もせず、志歩は座り直した。
遥には小手先のウソは通じないと重々承知している。
だったら甘えてしまおうと開き直った。
「ねぇ、桐谷さん。眠気覚ましに一緒に歌わない?」
「…!…ふふ、いいよ」
目を丸くした彼女はふわりと笑う。
ああ、可愛いなぁと思いながら大切なベースを取り出した。
遥の柔らかな声が音に乗る。
秋風に舞う二人の歌声は、とても穏やかで愛しいそれをしていた。




こうやって、一つ一つ思い出を重ねていこう。


二人にとって、未来に於いても忘れがたく大切なものになりますように。





「…ところで日野森さん、キズナランクってなぁに?」
「…。…それは私が一番聞きたいかな……」

シンヤ誕生日

こんな月の日は思い出す


大切な人の、大切な日を




「シンヤ」
「…ケン兄」
よ、とケンヤは窓の外を見ていたシンヤに笑いかける。
夏の終わった夜、少し涼しくなった日。
…今日は、シンヤの誕生日、だ。
「誕生日おめでとう、シンヤ」
「…ありがとう」
ふわりと彼が笑う。
優しい時間だ。
ケンヤにとっても…シンヤにとっても。
「プレゼントは朝にな」
言いながらシンヤのおでこにキスを落とす。
くすぐったそうに目を細めた彼は不思議そうな顔をした。
「んっ…。別に良いけど…。…なんで?」
「…アンヤが怒るだろ……」
きょとりと首を傾げるシンヤに言い訳がましくそう言う。
途端に目を丸くしてからクスクスと笑った。
「ならこんな秘密ごっこやめたら良いのに」
揺れる肩をぐいと引き寄せる。
わ、という彼の小さな声が届いた。
「それは、出来ねぇな」
「…。…どうして?」
あっさりと告げるケンヤに、シンヤは小さく微笑みながら聞いてくる。
分かっているくせに、とケンヤは笑った。
どうも最近意地悪なところがケンヤに似てきている気がする。
そんなところ、似なくて良かったのになぁ、なんて思いながら、ケンヤは彼の綺麗な瞳にとびきりの笑みを向けた。
きっと、彼が大好きだと自負する笑顔を。
「特権だからに決まってるだろ」
そう言って、そっとキスをする。
シンヤが、愛しい弟が、そうして…愛する彼が、いつまでも幸せでいられますように、と。
「…知らないよ、アンヤに怒られても」
「同罪だろ?一緒に怒られてくれよ」
「嫌。俺、お誕生日様だし」
「なんだそれ」
ふは、と笑えばシンヤも小さく笑う。
深夜の風に乗り、星の瞬きのように響き溶けていった。



「愛してるよ、シンヤ」
「…俺もだよ、ケン兄」


(夜がふける


騒がしい朝はもうすぐ)

しほはるワンドロワンライ・夏の終わり/始業式

夏の終わり、ふと彼女に会いたくなった。


「…桐谷さん」
「!日野森さん!」
軽く手を上げる志歩を見止めた遥が嬉しそうに微笑んで駆け寄ってくる。
「急にメッセージ送ってごめん、大丈夫だった?」
「うん、平気だよ。明日から学校だから、早めに配信も切り上げたの」
「そっか、なら良かった」
ふわりと笑う彼女に志歩もホッとした。
せっかく夢に向かって頑張っているのに、邪魔をしたくない。
「ふふ。でも日野森さんが誘ってくれるの珍しいね。何かあった?」
「…何か、ではないんだけど…」
首を傾げる遥。
キレイな髪が揺れて、夕日に光った。
「…強いて言えば…そうだな」
そんな彼女を見て目を細めながら志歩は言う。
遥に遠回りな言葉を伝えるのは無意味だ。
隠した言葉は伝わらない、ということを志歩はよく知っていたから。
「…桐谷さんに、会いたくなったんだ」
「…!!」
素直な気持ちを伝えれば彼女は目を丸くさせる。
それから楽しそうに笑った。
「明日は始業式なのに」
「だからこそでしょ。…二人きりでゆっくり話せるのは今日しかないかもしれないし」
「…そうだね」
微笑む遥に、志歩は手を伸ばす。
夏の、最後のデートに誘うために。


風が吹く。

夏が、終わりに近づいていた。



(明日は始業式!)

ミクルカ ミク誕生日

こんばんはー、初音ミクです☆
実は今日、私は16回目の16歳のお誕生日様なんだよねー!
今年は特別な年だからってすっごぉく忙しかったんだけど、当日はレンくんの計らいで(巻き込ミクルカされなくないって言ってた。しつれーしちゃう!)ルカちゃんと過ごしてるんだ!
私の先天性男体亜種、初音ミクオくんもお兄ちゃんことKAITO型の先天性女体亜種KAIKOちゃんと二人っきりでデートだし。
どうも、今年はプレゼントより思い出が良いってゴネたらしい…あんまりバラすとあとが怖いからやめよ。
そんなこんなで私はルカちゃんの膝枕で、ルカちゃんが入れてくれた紅茶を飲んでるんだけど…。
「?どうかされましたか?ミク姉様」
「ううんー、なんだか平和だなぁって思って!!」
首を傾げるルカちゃんに、私はにこっと笑ってみせる。
ここ最近の忙しさに比べたら、随分とのんびりしていた。
まあこれが、普通なんだけど…16歳の誕生日なんだよね……16回目の。
なんかちょっと変な感じ。
「…ミクさぁ、16回目の16歳なんだよねー…?足したら32だよ??ルカちゃんより年上になっちゃうよ?」
「…そんなことを言えば私は20歳に稼働年の14を足すのでまだ少しお姉さんですが…。それより、歳の話をしたらメイコ姉様に怒られてしまいますわよ…?」
「よしっ、この話やめよっか!!」
くすくす笑うルカちゃんに、私は言う。
せっかくの誕生日にお姉ちゃんの怒りを買うことないもんね!!
「それに、16歳が16回目だとしても、この年は1回きりで、特別ですわ」
「……!!」
「ミク姉様には、1年1年を幸せで生きてほしいと、そう思っていますのよ?」
ルカちゃんが笑う。
私の大好きな微笑みを浮かべて。
「確かに、私は年上の設定で稼働年はミク姉様より短いですが…妹として、後輩として…そして、その、恋人としても、ミク姉様には幸福でいてほしいんです」
「ルカちゃん…」
微笑むルカちゃんが眩しくて。
嗚呼、なんて素敵な誕生日なんだろう!!
「私が幸福でいるために、隣でずっと一緒に歌ってくれる?」
「勿論。いままでも、このときも、そして…これからも――ずっと」
ピンクの綺麗な髪に口付ける私に、ルカちゃんが優しく笑んだ。
それだけで、最高の誕生日だ、なんて思いながらルカちゃんを引き寄せる。


年齢なんて関係ない。




私が一番好きな貴女が隣で歌を共に紡いでくれるだけで、私は最高に幸せ!

しほはるワンドロワンライ/もしものセカイ・祈り

「…っ、遥!」
「あ、志歩!おかえ…っ」
明るく笑う水の歌姫、遥に志歩は大きく息を吐いてから抱きしめた。
「…わっ」
「…外で歌うのはやめて。…何度も言ってるのに」
「…うん」
志歩のそれに腕の中で小さく笑う彼女の声。
少し離して、本当にわかってる?と志歩は改めて問うた。
「遥は水の歌姫なんだからね?…この国の、切り札でもあるし…」
「…。…大丈夫、ちゃんとわかってるよ、志歩」
遥が少し悲しそうな顔で笑う。
そんな顔をしてほしいわけではないのにな、と思った。
平和だったこの国で、外で歌を歌えなくなったのは、隣国との戦争のせいだ。
誰が始めたかなんて知らない。
志歩には何の興味もなかったが、遥が危険に晒されるなら話は別だった。
彼女は、志歩が守護をする歌姫なのだから。
「…でも、皆に会えないのは辛いな」
「…遥」 
「あっ、ちゃんと、分かってるよ!私達が一同に会せば切り札である歌姫たちが一気にやられてしまうリスクが高くなる。それは…理解してるの」
遥が慌てて言う。
だからこそ、なのだろう。
彼女が、危険を犯してまで外で歌を歌うのは。
かつての仲間たちに届いてほしいのだと…。
「…。…大丈夫。遥の気持ちは理解してる。…だから、今は我慢してほしい」
「…志歩」
「平和になったら、いつだって歌えるでしょ。…私は遥のために、この国の平和のために引き金を引くよ」
志歩は抱きしめる。
大切な、歌姫を。
彼女を喪うなんて考えられない。
お願い、と乞うそれは祈りにも似ていた。

「だから、私のためにどうか……」




「…さん、日野森さん!」
「…。…桐谷、さん?」
呼びかけに目を開けると彼女はホッとした表情をしていた。
「大丈夫?日野森さん。なんだか魘されてたから」
「…。そう、なんだ。大丈夫だよ、ありがとう」
そう言ってふとスマホを見る。
少し目を瞑っただけのつもりが軽く仮眠を取ってしまったようだ。
「…もしかして、寝れてない?」
「…そんな事ないけど…」
心配そうな遥に苦笑しながら、先程の夢はどんな夢だっけ、と思いを馳せた。
あまり良い夢ではなかった気がするのだけれど。
「…えいっ」
「うわっ、桐谷さん?!」
と、彼女が急に抱きついてくる。
驚いたがその体温は心地良かった。
「どうしたの、急に…」
「…ハグは、気持ちが落ち着くって聞いたことがあるの」
「…!」
遥のそれに、目を見開き、思わず笑ってしまう。
「え、えっと…日野森さん?」
「…ううん、大丈夫だよ。ありがとう、桐谷さん。少し、楽になったから」
「…そっか、なら良かった」
ふわふわと笑う彼女をもっと、と引き寄せた。
夢で見た二人が叶わなかった…セカイ。
今はちゃんと平和だよ、なんて思ってみたりして。


穏やかな祈りが届いたセカイを、貴女と。



「…そろそろ行かないと、平和じゃなくなっちゃうかな」
「…?何の話?」
「ううん。…こっちの話」

ケン兄バースデー

夏が来れば思い出す

あの、温かく柔らかな彼の味を



「…ケン兄」
「?どした、シンヤ」
ひょこりと顔を出した弟に、ケンヤは首を傾げる。
もうとっくに寝ていても良い時間なのに、彼は何故か黒いエプロンをしていたからだ。
「今良い?」
「おう。可愛い弟の頼みなら、何でもするぜ?」
「…いや、何もしなくて良いんだけど…」
くすくすとシンヤは笑う。
何だかとても楽しそうだ。
それだけでもなんだか嬉しくて、ケンヤはシンヤが向かった方に足を向ける。
何だか良い匂いが、した。
「…って、ラーメン?」
「あ、もう来ちゃったの」
「今良い?って聞いたのはシンヤだろー。で?なんでラーメン?」
笑いながら椅子を引いて座る。
冷たい麦茶を出してくれた可愛い弟は、だって、と微笑んだ。
「今日はケン兄の誕生日だし」
シンヤの言葉に、そういえばそうだった、とケンヤは思い出す。
流石に誕生日を楽しみにする年齢はとうに超えてしまった。
だとしても、祝ってもらえるのは素直に嬉しい。
「誕生日おめでとう、ケン兄」
「…ありがとな、シンヤ」
彼の言葉に、ケンヤはニッと笑ってみせた。
シンヤが一番に祝ってくれる、その事実が嬉しくて。
「…なあ、作るトコ見てて良いか?」
「いいけど…そんな面白いものでもないよ」
「いんだよ」
不思議そうなシンヤにケンヤはそう言って目を閉じる。
静かな夜にラーメンを作る、柔らかな音は。
何だかバースデーソングのようにも思えた。


(この幸せが、何年でも続きますように)


「ケン兄、チャーシュー何枚にする?」
「え、チャーシューあんの?」
「あるよ、作ったし」
「チャーシュー作れんの?!シンヤが?!!」
「…何歳だと思ってんの…。…作れるよ、ケン兄が好きなものだし」

しほはるワンドロワンライ・夏祭り/勝負

「志歩ちゃーん!一緒にお祭り行こー!!」
きゃっほう!と咲希が志歩に声を掛ける。
もー、と言いながら後ろから駆けてくるのは一歌、そのまた後ろから穂波が着いてくる。
「お祭り…って」
「商店街のやつだよ!ほら、小さい頃は一緒に行ってたでしょ?だから練習終わってから…」 
「…あー…。それ、日曜の方じゃ駄目?」
楽しそうな咲希に、志歩は少し困ったように声を掛けた。
実は、この時期祭りはたくさん行われていて、今日から行われる商店街の祭りは週末にある神社の祭りの謂わば前座なのだ。
「?アタシは良いけど…もしかして、バイト?」
「いや、そうじゃなくてね…」
「ふふ、邪魔しちゃだめだよ、咲希ちゃん」
「そうだよ、咲希」
言葉を濁していれば小さく笑う穂波と一歌が、首を傾げる咲希にそう言う。
「え?…あっ、もしかして…!」
「…ま、そういうことだからさ。お祭りは日曜の練習後に行くってことで」
「はぁい、りょーかいしました!」
それだけで悟ったらしい咲希が楽しそうに敬礼した。
理解がある友人たちで助かる、と思いながら志歩はカバンとベースが入ったケースを手に取る。
さて、お嬢さんをお迎えに行かなければ。



「…桐谷さん」
「日野森さん!」
待ち合わせ場所に行くと嬉しそうに遥が駆け寄って来る。
カラコロと下駄を鳴らせた遥は、綺麗な水色の浴衣を着ていた。
裾に散ったクローバーが目に鮮やかで、思わず目を細める。
「いいね。浴衣似合ってる」
「ありがとう。日野森さんは浴衣じゃないと思ったから、私も普段着にしようかと思ったんだけど…折角だし、良いかなって」 
少し照れたような遥が可愛くて、志歩もそっか、とだけ言った。
「じゃあ行こうか」
「そうだね。…日野森さんは、何か目当てある?」
「…そうだな…別にこれ、と言ったものはないけど…お祭りといえば、なものは食べたいよね。わたあめとかかき氷とか」
「確かに…。…そういえば、10円焼きっていうのが屋台にあるって鳳さんが教えてくれて…」
話しながら商店街に向かうと、もうすっかり人で賑わっていて。
「あっ、見て!日野森さん!射的やってる!」
「え?いきなり射的?」
嬉しそうに遥が駆け出す。
驚いて少し遅れた志歩に、誰かが声をかけた。
「あれ?日野森さんじゃん!」
「…えっと…白石さん」
「やっほー!レオニの皆と?」
ひらひらと手を振る彼女は、どうやら練習終わりらしい。
曰く、りんご飴を買いにいったこはねを待っているようだ。
そんな杏の手には唐揚げのカップが2つ持たれている。
「ううん。今日はデート」
「デートって…あ、あー。なるほど。楽しそうだと思ったら」
肩を竦める志歩に、少し不思議そうにしていたが目線の先を確認し、くすくすと杏が笑った。
「ま、あー見えて負けず嫌いだからさ。宜しくね」
「任せて。…手加減はしないけどね」
ひら、と手を振って遥の元に向かう。
「ごめんごめん」
「ううん、大丈夫だよ。それより、見て!」
ニコニコと笑う遥が志歩の手を引いた。
そこには景品である大きな浴衣フェニーくんが鎮座していて。
「…!可愛い…!」
「でしょう?!ねぇ、日野森さん、勝負しない?」
目を輝かせる遥が既に買っていたらしい銃を手渡してくる。
「…いいね、乗った」
ニッと笑ってそれを受け取り、志歩も銃弾を買った。
勝負なのだから、自分も買わないとフェアではない。
「…じゃあ、行くよ」
「うん。…尋常に…勝負!」


パン、と最後の銃が鳴る。
ぐらりと揺れはしたが下に落ちることはなく(店主がホッとした顔をしていた…メインが早々になくなっては元も子もないからだろう)、ただ全弾何かに命中はしていたので景品を受け取った。
「あーあ、残念」
「ま、そんなもんでしょ。…私は、フェニーくんのお祭り手のひらぬいぐるみ可愛いと思うけど…桐谷さんとペアだし」
「…日野森さん。…ふふ、そうだね」
にこりと遥が笑う。
「何か食べようか。流石にお腹空いたし」
「うん。…!スーパーボウル掬いがある…!」
「後で勝負付き合ってあげるから」
わくわくした表情の遥に、もう、と笑いながら志歩は手を引いた。
こんなに子どもっぽいところもあるんだな、と思いながら。
「…本当?」
「もちろん。引き分けじゃ終われないし」
「…!ありがとう、日野森さん!」
キラキラと輝く、彼女の笑顔に。
負けは確定かもしれないな、と志歩は肩を揺らす。


お祭りの夜は始まったばかりだ。


「いっちゃん、ほなちゃん!聞いた?!商店街のお祭りに、屋台を無双する美少女たちが現れたんだって!!射的もスーパーボウル掬いも輪投げも!」
「えっと、もしかしてそれ…」
「し、志歩ちゃん…?」
「…。…ノーコメントで」

「…起きてください、ギルティさん」
「…うる、さい…。…っ?!!」
うっとうしそうに私の手を払おうとするギルティさんのドッグタグを引っ張った。
目を見開くギルティさんに顔を近づける。
「何故『あれ』について行ったのですか?」
「…にゃ、に…?」
困惑しきったように私を見上げるギルティさん。
黒い耳が不安そうに寝てしまっている。
…なるほど、分からないんですね?
なら分からせてあげましょう。
…勿論、貴方の、身体で…ね。
「私が知らないとでも?貴方が『あれ』について行った事を」
「…あ、れ…?」
「そう、あれ」
「…。にゃにをいっているのか、りかいできにゃい。あたまがおかしくにゃったのか?このやぶいしゃ」
馬鹿にしたように…まるで強がるようにギルティさんがせせら笑う。
…そうですか。
そんな態度、取るんですね。
まあギルティさんが素直に謝るとも思っていませんが。
ですが…そうですね。
貴方がそんな態度を取るのであれば私にも考えがありますよ。
「…おろせ、にゃにする!!!!」
ドッグタグから手を離して抱き上げる。
「何が欲しかったんですか?ねえ、ギルティさん」
優しく囁きながら私はギルティさんの服を捲りあげ、手を振りかぶった。
「…にゃ、んの…はにゃ…あ、ぁああああっ?!!!!!」
しらばくれようとするギルティさんのお尻に向かって手を振り下ろす。
パァン、と激しい音と共にギルティさんの悲鳴が響いた。
「今なら許してあげますよ。さあ…言って」
「し、らな…。…っ、は、ぁああっ!!!」
「嘘は吐いちゃいけない。…そう言いましたよね?」
「…あ…きいて、にゃ…うあぁあ!」
パン、とギルティさんが否定する度に叩く。
長い尻尾の毛が逆立った。
振り返って、ギッと鋭い目で私を睨むギルティさん。
「…くず、こ、の…しね…っ!!」
「…どの口が言ってるんですか、ね!」
相変らずだと笑いながら私は手を振るった。
小気味いい音が部屋に響く。
数度叩いたところでギルティさんの小さな身体から力が抜けた。
ベッドの上に下ろして潤んだ瞳で悔しそうに見るギルティさんの顎を持ち上げて目線を合わせる。
「…う…は…っ」
ギルティさんの薄い肩がびくりと揺れた。
「食べ物に釣られたんですか?ギルティさん」
「…ひっ!」
黒い耳を噛む。
体を大きく揺らしたギルティさんは止めろ嫌だとうわ言の様に呟いた。
「アイスが食べたいならそう言えばいいでしょう」
「…っ、き…さま、にゃにす…っ!!」
腰を上げさせるとぞっとしたようにギルティさんが私を見上げる。
力が抜けきったギルティさんはもう抵抗する余裕もないみたいだ。
それでも虚勢で私を罵倒し続けていましたが。
ねぇ、ギルティさん。
私が誰だか、まだ理解していないんですか?
貴方の完全なる味方だとでも?
ギルティさんは私のモノです。
それが分からないんなら…どうなるか、教えてあげなくちゃいけない。

そうでしょう?

ねぇ、私の可愛い飼い猫さん。

「『アイス』、たくさん食べさせてあげますね」
私は笑いながら悲痛な声を上げるギルティさんの口に1本、ひくりと戦慄くそこを指で押し開いて『冷えたバイブ』を2本押し当てた。

Rose Menuett  桜井えさと