司冬ワンライ/運動・教えて
「司先輩。俺は半運動音痴らしいのですが」
可愛い後輩兼幼馴染兼恋人から唐突にそんなことを言われ、司は目を丸くした。
一体なんだってそんなことを。
「運動会の玉入れが散々だったのでこれは俗に言う運動音痴なのではないかと思い聞いてみたんです。そしたら、半運動音痴くらいなのでは、と」
「…誰が言ったんだ、そんなことを」
「草薙です」
頭を抱える司に彼はあっさりそう言った。
冬弥に無自覚に甘い相棒である彰人ではないとは思っていたが…まさか寧々とは。
「ダンスは踊れるし、球技は身体の使い方を覚えられれば出来るようになると考察されました」
「…いや、まあ…その…」
言葉を濁す司に、冬弥は真剣な目でこちらを見る。
きゅ、と司の手を握り、口を開いた。
「司先輩、俺に球技の手解きをしてはもらえませんでしょうか!」
球技と言っても様々に種類がある。
とりあえず、高く目標に向かって投げる、のは苦手だと分かっているから遠くに投げてみてはどうかと提案してみた。
「行きますね、先輩!」
「どんとこい!」
数メートル離れたところでぶんぶんと手を振れば冬弥もそれに応えてボールを投げる。
フォームは良かったが、ぽてんと音を立て、それは落ちた。
「…あれ?」
「…。…よし、まずは投げ方からだな!」
首を傾げる冬弥に駆け寄り、彼の背後から手を持つ。
「こうやって、少し後ろに引いてから…投げる!」
ぶん、と彼の腕ごと振れば、ボールは先程よりよく飛んだ。
「…!凄いです!」
「そうか?コツをつかめばできるぞ!ではもう一度…」
「はい!…あ、少し待ってください」
「む、どうした?」
やる気満々で頷いた冬弥がストップをかける。
どうかしたのかと聞けば、彼は少しはにかんで言った。
「…その…背後から抱きしめられる経験があまり無く…すみません」
「…へ?…ああ!」
困った顔で謝る冬弥にぽかんとしてから司も気づく。
なるほど、慣れない体制にドキドキしていたらしかった。
「しかし、このやり方が一番効率が良いからなぁ…」
「…そう、ですね」
「ではやるぞ。…冬弥」
曖昧に頷いた冬弥の腕を取り、耳元で囁く。
可愛らしい声が聞こえたが知らないふりをした。
教えてくれと言われたから教えたまで。
その教え方に指定はなかったのだから!
後日、飛距離は伸びたがボールを持つと司の声を思い出し真っ赤になる冬弥がいたとかどうとか。
あきとふゆの夏_巡
「っあー!終わったぁぁあ!!」
彰人が息を吐きながら伸びをする。
やれやれ、という表情をするのは冬弥だ。
本日8月31日。
夏休み最終日にもなって何をしているのか。
そんなこと、聞くまでもない。
「…もっと前からやっておけば良かったのに」
「…う…。悪かったって」
じとりと見つめられて彰人はホールドアップした。
冬弥が言うのはもっともで、彰人は今の今まで夏休みの宿題を放っておいたのである。
提出日までにはまだ時間もあるし、なんて流暢に構えていたが愛する相棒はそれを許さなかった。
ついうっかりバラしてしまい、彰人は朝から冬弥と宿題漬けをする羽目になってしまったのだ。
そのお陰で今年は夏休み中に無事終わったのだけれど。
「何でも言うこと聞いてやるからさ」
「…まったく」
「行きたかったトコでもしたかったことでも、何でも付き合うから許せって、な?」
ため息ですら美しい恋人に焦りつつ言えば、冬弥はふと何かを考え込んだ。
「…なんでも、良いのか?」
じぃっと見つめる冬弥に、男に二言はねぇよ、と笑う。
なら、と彼は綺麗な口を開いた。
「…花火を、してみたい」
「…こんなもんか」
夏の終わりで安くなっていた花火を買い漁り、彰人は息を吐く。
こんな夏終盤ともあって…100円ショップなどはすっかりハロウィンに取って代わっていた…随分と安く手に入ってしまった。
「…彰人」
「おう」
バケツや火を用意してくれていたらしい冬弥に手を挙げる。
「本当に手持ち花火で良かったのか?」
「ああ」
今時、小学生でもしないお願いに首を傾げるが、当の彼はわくわくしているようだった。
「昔は手にやけどでもしたら、と花火は許してくれなかったんだ。だから、彰人と花火が出来るのは嬉しい」
「…そーかよ」
小さく笑う冬弥に、彰人は頭を掻く。
そんな顔をされては敵わないではないか、と。
袋から花火を1本取り出し、冬弥に渡す。
ライターから火をつけるとシュー!という音と閃光が飛び、彼はびくっと肩を揺らした。
「大丈夫かよ」
「あ、ああ。…これは、どうすれば良いのだろうか?」
「そのまま持っとけ。落とすなよ」
「分かった」
おっかなびっくりな冬弥に笑いながら彰人も自分の花火に火をつける。
激しい光が、冬弥の花火と絡まった。
「…っ」
「おまっ、ビビりすぎ」
「…しかし」
思わず笑う彰人に冬弥はオロオロとこちらを見る。
最初にしては激しかったかもしれないな、と思った。
火が消えたのを見計らい、彰人は水の入ったバケツに入れる。
「流石に多いし、セカイに持ってってやるか」
「…そうだな。リンやレンは喜びそうだ」
「ルカさんやカイトさんも、好きそうだよな、こーいうの」
くすくすと笑い、彰人は2本だけ抜き取った。
「セカイに行く前に、これだけやんね?」
「…これは」
「線香花火」
首を傾げる冬弥にそう言って彰人は火をつける。
冬弥に渡して同じように火をつけた。
ぱちぱちと弾ける、柔らかな光。
オレンジと青が混じり合う。
自然と二人口を合わせ、離れる頃にぽとりと光の玉が落ちた。
夏の終わり、線香花火の光が消える。
闇の中二人切り。
「…行くか」
「…ああ」
そう言って立ち上がる。
リリと啼くは秋の訪れ。
今年も、夏が終わる。
ミクルカクオイコ
どうも、初音ミクでっす☆
さて、毎年忘れがちな私の誕生日、今年はちゃぁんと覚えてた…覚えてたんだけど。
「…ねぇ、初音さん?」
「…。…なんでしょうか、初音さん」
恐る恐る聞く私に小さな声が返ってきてほんのちょっとホッとした。
いやまあ、ホッとしてる場合じゃないんだけども。
「今日は私の誕生日だし、ミクオくんの誕生日だよね?」
「…そうだな」
「毎年忘れちゃって、ルカちゃんがいないってミクオくんに愚痴りに行くよね?」
「…そうだな」
「今年はちゃんと覚えてたしうちサプライズ禁止になったから待てが出来る初音さんなんだけどもね?」
「…そうだな」
上の空なミクオくんに、どうしよっかなぁと息を吐く。
端的に言うと、ルカちゃんと一緒にカイコちゃんがMVの撮影会に行っちゃって。
あ、カイコちゃんっていうのはKAITO型の女体化亜種ね!
お兄ちゃんに似ておっとり癒し系なんだぁ。
…って、それは置いといて。
そのカイコちゃんが大好きな初音ミクオくんは、私こと初音ミク型の男体化亜種…割と暴走パワー系な私と違って、どっちかっていうとちょっとレンくんみたいなダウナーさがある…どーうやら撮影会を知らなかったみたいなんだよね!
二人で誕生日会をする予定だったらしくて落ち込んじゃったんだけど、もー、落ち込み方が私そっくり。
そんなところ、似なくて良かったのにねぇ?
「…なんか失礼なこと考えてるだろ、初音さん」
「やだなぁ、何のことかさっぱりですわよ、初音さん!」
じろっと睨まれて私は誤魔化すように笑った。
やっぱり亜種だけあって分かっちゃうのかな。
「…。…オレ、別にカイコ姉さんが祝ってくれないから落ち込んでるわけじゃないからな?」
「…そーなの?!!」
ミクオくんの言葉に私はびっくりしてしまった。
てっきりそうなのかと…。
「ミクじゃあるまいし」
「それは否定しないけども。じゃーなんで落ち込んでるの?」
「…そりゃ…」
首を傾げる私にミクオくんは言い訳がましく口を開く。
出てくるのはミクオくんらしくない弱音。
「…オレよりルカさんの方が良いのかなって、思うだろ…」
「…へ?」
思わず、きょとんとしてしまう。
だって、ねぇ?
「誕生日に毎年毎年ルカさんとどっか行ってたら気になるじゃんか」
「けど、あれは私達の誕生日プレゼントを用意してくれてるんだよ?」
「そうは分かってるけどさぁ…」
ため息なんて吐かれてしまって私は思わず笑ってしまった。
まさか、あのミクオくんがねぇ?
自分の記念日にもらうプレゼントより、『一緒にいてほしい』を願うなんて!
「言えばいーのに」
「今更恥ずかしくて言えるかよ」
「…言わなきゃ伝わらないのに」
「伝わらなくていいんだよ、そんな醜い嫉妬じみた…」
ミクオくんが言いながらこっちを見る。
私はぶんぶんと首を振った。
私が言ったのは、「言えばいーのに」って言葉だけ。
そう、だから。
「…カイ、姉ぇ?」
「私は、醜いなんて思わないけどな」
にこっとカイコちゃんが笑う。
「一緒にいたいのは私も同じなんだけど。でもクオくんにプレゼントも渡したいの。…欲張りかな?」
こてんと首を傾げるカイコちゃんに、今度はミクオくんがぶんぶんと首を振った。
全く、人騒がせなんだからー!
「ルカちゃーん!」
「あら、ミク姉様」
そっと部屋から出ると案の定ルカちゃんがいて、微笑んでくれた。
んー、やっぱりルカちゃんはマイエンジェル!
「お誕生日おめでとうございます」
「わぁい、ありがとう!今年は何をくれるの?」
「ふふ、見てのお楽しみですわ」
楽しそうなルカちゃんの隣に並ぶ。
可愛いなぁと思いながら私はするりと手を繋いだ。
欲張りだろうがなんだろうが、私はルカちゃんからのプレゼントももらうし、ルカちゃんの時間もルカちゃん自身もたぁっぷりいただきたいの!
(だって今日は私のお誕生日様!)
「ルカちゃん、だぁいすき!」
「私もですわ、ミク姉様」
司冬ワンライ/夏休みの宿題・夏の思い出
さて、本日は8月28日である。
「…うん、今年もバッチリ終わったな」
司は机の上にノートを並べて満足そうに頷いた。
咲希と二人、宿題の確認をしていたのだ。
もちろん、二人ともお盆の前には終わらせている。
「良かったぁ。抜けとかなくて!」
「だな。しかし、自由課題で工作とは…」
ホッとしたように笑う咲希を見ながら、彼女が作ったそれを手に取った。
自由課題は本来やってもやらなくても良い課題のことだ。
司は夏休みに見た舞台の感想をしたためたが、彼女は写真立てを作ったらしい。
臨海合宿で拾って作ったというシーグラスのそれには、幼馴染でありバンドメンバーとの写真が飾られている。
良い写真だなと思っていれば咲希は照れたように笑った。
「えへへ、今までやってなかった事がやりたくって!」
「…そうか」
「うん!…あ、お兄ちゃん、そろそろ時間は良いの?」
咲希が小さく首を傾げる。
目線を時計に向ければ約束の時間が迫っていた。
「おお、教えてくれてありがとう、咲希!」
「どーいたしまして!とーやくんに宜しくね!」
「任せろ!」
手を振る咲希にそう言って、司はカバンを手に取る。
遅れるわけにはいかないな、と司は笑みを浮かべて家を出た。
「冬弥!」
「…司先輩!」
待ち合わせ場所にいた彼に手を振ると冬弥も嬉しそうに微笑んだ。
「すまない、待たせてしまったか」
「いえ。俺もさっき来たところです」
柔らかく微笑む冬弥に司は息を吐き、隣に並ぶ。
今日は久しぶりにショッピングモールに行く予定だったのだ。
道中、他愛のない話をしながらも、ふとあることが気になり、司は聞いてみることにする。
「なあ、冬弥は宿題はもう終わったのか?」
「はい。ワーク系は7月中には終わらせました」
「ほう、やはり早いな…ん?」
頷いた冬弥にそう返したがふとある言葉が気になった。
彼は、ワーク系『は』と言ったのである。
「ワーク系は、ということは、まだ終わっていない宿題でも?」
「…実は、自由課題を日記にしたので…」
照れたように笑う冬弥に、なるほど、と司も笑った。
毎日コツコツ付ける日記にするとは、全く真面目な彼らしい。
「初めてのことが多い夏ですので、思い出を見返すためにも、と」
「ふむ、実に冬弥らしい自由課題だな!」
「そうでしょうか」
司の言葉に可愛らしく笑った。
「…俺は…司先輩との夏の思い出を忘れないようにしたかっただけですので」
ふわり、と笑みを浮かべる彼に、司は何の感想を抱く間もなく、冬弥の手を引いた。
驚く彼に笑いかけて、司は駆ける。
目的地であるショッピングモールに向かって。
「オレも、冬弥との夏の思い出を残しておきたい!…手伝ってくれないか?!」
「…はい、喜んで!」
夏の日差しが眩しく光る。
彼らの思い出を、太陽に乗せて!
司冬ワンライ・ひまわり/眩しい
キラキラ、太陽が降り注ぐ。
今日は絶好の出立日和だ。
実は、ショーをする場所が少し遠いのもあり、えむの家が所有するクルーザーを使って行くことになったのである。
「…司先輩!」
「…おお、冬弥!」
手を小さく振る冬弥に司も手を振り返した。
朝早いから別に良いと行ったのだが、せっかくだからと彼は見送りに来てくれたのだ。
律儀だなぁと口角が上がってしまう。
「すまんなぁ、わざわざ来てもらって」
「…いえ。俺が来たかったんです」
へにゃ、と笑う冬弥に、司は嬉しくなって「ありがとうな、冬弥」とその頭をなでた。
「…先輩」
「お、どうした?」
しばらくそうしていたが、顔を上げた冬弥に、司は首を傾げる。
これを、と出してきたのは小さなひまわりの花が7つ集まったブローチだ。
「…これは」
「…司先輩たちのショーが無事に終わることを願って」
微笑む冬弥にそれを手渡される。
太陽にきらきらと光るそれはとても綺麗で。
「ひまわりの色には愛する人の無事を願う色、という意味があるのだそうです」
「…そうなのか!」
「はい。…遠くからお祈りしますね、先輩」
柔らかい彼の笑みと、眩しいひまわりの色。
それだけで、司のやる気はますます上がり、ああ!と太陽に負けないくらいの笑顔で頷いたのだった。
「無論、ショーを大成功させて、無事に愛する冬弥の元へ帰ってくるぞ!」
きらきら眩しいひまわりのブローチが光る。
冬弥が込めた花言葉をたくさん添えて。
(さあさあ、いざ出向!)
マジカルミライ
ネクストネスト
ヴァンパイア
ブレスユアブレス
おこちゃま戦争/スーパーぬこになれんかった/おこちゃま戦争
私の恋はヘルファイア
FLASH
心がどっか寂しがってるんだ
天才ロック
39みゅーじっく!
砂の惑星
初音天地開闢神話
shake it!/Amazing Dolce/どりーみんチュチュ
Jump for JOY/大江戸ジュリアナイト/ドクターファンクビート
on the rocks/愛Dee/なりすましゲンガー
Someday'z Coming
Loading Memories
グリーンライツセレナーデ
39/アンノウンマザーグース/みんなみくみくにしてあげる
odds ends/メルト/odds ends
ハジメテノオト/歌に形はないけれど/星のカケラ
愛されなくても君がいる
フューチャーイヴ
hand in hand
decorator
blessing
ケンシン ケンヤバースデー
今日は世界猫の日なんだと。
そう言えば横で本を読んでいたすぐ下の弟が首を傾げた。
「…なんで?」
「さあ?外国の方の協会で決まってるらしくて…」
「…じゃなくて」
「ん?」
ふるふるとシンヤが首を振る。
黒い髪がさらりと揺れた。
「なんでそんな話を急に?」
「…なんでって、思い出したから?」
不思議そうなシンヤにそう返せば彼はふぅん、と納得したのかしていないのか分からない返事をしてくる。
単純に、最近知った知識を思い出したから教えてやろう、くらいだったのだけれども。
「…。ケン兄のことだから、てっきり…」
「あ?」
小さな彼の声はばっちり耳に届き、ケンヤはニヤニヤしつつ肩を組んだ。
少し重そうに眉を顰めるシンヤに、ケンヤは、「てっきり、なんだよー!」と笑った。
「なぁ、シンヤー!」
「…。…笑わない?」
小さく息を吐いたシンヤが小さく首を傾げる。
兄である自分にしか見せない、弟の顔。
可愛いよなぁ、なんて思いながらわしゃりと髪を撫でた。
「笑うわけ無いだろー。可愛い弟の話なのに」
「…ケン兄のことだから、誕生日だし猫の真似してとか言うのかと」
「よーし、待て。シンヤはお兄ちゃんの事なんだと思ってんだ?」
「ケン兄はケン兄だけど」
揶揄っている訳ではないのだろうそれに、ケンヤは大きく溜息を吐く。
まさかそんな風に思われているなんて。
「ケン兄は実の弟を猫扱いなんてしねぇっつー…」
「…そう、なんだ?」
「逆になんでそんな意外そうなんだ…??」
驚いたようなシンヤに首を傾げれば彼は小さく笑い、手をグーにした。
そうして。
「…にゃあ」
そう、小さく鳴く。
「?!!」
「…一応、ケン兄の好きな話は覚えてるつもりだけど」
「待て待て待て!それどこで聞いた?!なぁ、シンヤ?!!」
焦るケンヤに、シンヤは、内緒、と笑ってするりと逃げた。
まるで、猫のように。
「あ、誕生日おめでとう、ケン兄」
「おう、ありがとう…いや、違くて!」
なかったかの様に祝われるそれに、当たり前の如く返したがまだ話は終わっていないと手を伸ばす。
いつもより楽しそうなシンヤがステップを踏んだ。
月夜の晩。
猫が祝う彼の誕生日。
ふわりと笑ったそれは静寂に溶けて消えた。
(たまにはこんなバースデーも良いかな、とか)
司冬ワンライ・水遊び/透ける
暑い。
毎日それしか思えないほどに暑かった。
「…何故、毎日こんなにも暑いんだ…」
ぐったりしてしまいそうな暑さの中、司はそう呟く。
言葉にしたところで、暑いものは簡単には変わらないのだけれど。
「いけー!ゴールドスプラーッシュ!!」
「のわっ?!」
元気な声と共に司の髪に何かが当たった。
ぽたりと落ちるのは水滴だろうか。
「あっ、お兄さんごめんなさーい!」
「コントロール悪すぎ!兄ちゃん、大丈夫ー?」
「あ、ああ!問題ないぞ!」
パタパタとかけてくる子どもは手に水鉄砲を持っていた。
どうやら水遊びをしていたらしい。
暑いのに元気だなぁと思いつつ、司は笑った。
「オレは大丈夫だったが、あまり人が通るところでやると危ないぞ?次は本当にかけてしまうかもしれないしな!」
「うん、分かったよ」
「でもこの辺にいい場所ないんだよなぁ。公園は水遊び禁止だし!」
「…。…なるほどなぁ…」
子どもたちのそれに司は考え込む。
せっかくの夏休みなのだから全力で遊びたいだろう。
「ならば、その道の突き当りでやればどうだ?少し貸してみてくれ」
水鉄砲を少年たちから借り、司は1人を突き当たり側、もう一人を家の敷地内に立たせた。
「壁に向かってと家の敷地内となら例えばこちらから人が来ても…」
「…司先輩…。…?!」
水鉄砲を敷地内にいる少年に向けた途端、誰かに話しかけられ、そちらを向く。
…だけなら良かったのだが、思わず手を動かしてしまった。
「あ」
「あ」
「…?!すまない、少年たち!!楽しく遊ぶんだぞ!!」
少年に水鉄砲を返し、司は呆然とする冬弥の手を引っ掴んで走る。
「…あの兄ちゃん、的確に服に当てたな」
「…うん。お兄さん、びしょびしょになってたねぇ…」
少年たちの呟きも聞こえぬまま、司は全速力で走った。
「あ、あの…司先輩…?!」
「…っ、すまんっ!!!責任は取るからな…!」
「いえ、あの…大丈夫…ですよ?」
人気が少ないところまで走り、取り出したタオルで拭いてやりながら司は謝る。
冬弥はといえば困った顔で微笑むばかりだ。
「そうはいかんだろう!こんなに、その…肌が透けてしまっているのに」
「?俺は別に…この暑さならすぐ乾くでしょうし」
「オレが!嫌なんだ!!!」
不思議そうな冬弥の肩をガシっと掴んで司は言う。
セミが鳴く暑い夏。
水遊びで濡れた透けた服と白い肌。
青少年の夏は、これからだ。
バニーの日しほはる
「しほちゃーん!知ってた?!今日、バニーの日なんだって!」
「えー!何それ何それ?!!」
いつものようにテンションが高い咲希のそれにわくわくと聞くのは志歩…ではなく、バーチャル・シンガーである鏡音リンだった。
当の志歩は眉を顰め、またそんなことを…といった表情である。
「ほら、今日は8月2日でしょ?だから語呂合わせでバニー!」
「おおー!なるほどー!」
「…いや、だから何って話だけど…」
きゃっきゃと楽しそうな咲希とリンに志歩は呆れたように返した。
こんな時上手く躱してくれる一歌や穂波はルカやカイトと片付けに行ってしまった…正直逃げられたなと思うが仕方がない…故にしばらく聞いてみることにする。
「えー?しほちゃん、うさぎさん好きでしょ?」
「まあ…うさぎはね。でもバニーとは違うから」
「えー??」
不満そうな咲希に、リンがどう違うの?なんて聞いていて。
「…そう言えば、どう違うんだろ…」
「うさぎさんも、バニーも同じだよね??」
「…じゃ、私帰る」
二人して悩み出した隙に志歩は音楽プレイヤーに手を伸ばした。
この疑問に巻き込まれては堪らない。
「あぁっ、待ってー…!」
咲希が止める声が途中で消えた。
彼女には悪いがここで離脱させてもらおうと志歩は音楽プレイヤーを仕舞い込む。
「…ただいま」
自宅の玄関で声を掛ければ、おかえりなさい!と元気な『クラスメイト』の声が聞こえた。
「…みのり。今日は生配信の日だったんだ」
「えへへ、お邪魔してますっ!志歩ちゃんも、練習だったんだよね」
「まあね」
パタパタとやって来たのはクラスメイトであり、姉のアイドルグループメンバーであるみのりだ。
頭の上には見慣れない大きなリボンが揺れている。
まるで鏡音リンみたいだ、と思いつつ、それ何?と聞いてみた。
「あ、これ?今日はバニーの日だから、うさぎさんになって人参スイーツを作ろう!って企画なんだー!流石にうさ耳はやりすぎって愛莉ちゃんが言ってくれて、リボンになったんだよ」
「あぁ、なるほどね。…じゃあお姉ちゃんも…」
「あら、しぃちゃん!おかえりなさい!!」
「こら、雫!!途中なのに動かない!!」
リボンを揺らして笑うみのりに頷いたその時、嬉しそうな姉とそれを諌める愛莉の声が耳に届く。
「…っと、志歩ちゃん!おかえりなさい。キッチンお借りしているわ」
「私は別に。…今日は桃井先輩が料理担当じゃないんですね」
笑みを浮かべる愛莉にそう聞けば、何故だか雫が、そうなのよ!と嬉しそうに言った。
「今日の挑戦者は私とみのりちゃんなんだけど、見本は遥ちゃんなの!」
「…桐谷さんが?」
「そうなんだ!今、見本作ってるところ!」
首を傾げる志歩に、みのりも楽しそうに言う。
衣装合わせをしてくる、と言う三人と別れ、志歩はキッチンへと向かった。
「…桐谷さん」
「…!日野森さん!」
そっと声をかけると今終わったところなのだろう、手を休めていた遥が表情を耀かせる。
頭上の大きく青いリボンが揺れた。
「いい匂いする」
「本当?今回は自信作なんだ」
すん、と匂いを嗅いでそう言えば遥は嬉しそうに笑う。
「人参スイーツなんでしょ?何作ったの?」
「キャロットケーキだよ。人参はすり潰して砂糖を混ぜて煮てあるの。苦手な人も美味しく食べてくれたら良いなって思って」
「へぇ、いいんじゃない?…それに、リボンも似合ってる」
ニコニコと楽しげな遥に、苦笑しつつ、志歩はリボンに手を伸ばした。
「…!ありがとう、日野森さん。私には可愛過ぎるかなって思ったんだけど…」
「そんなことないよ。…っていうか…」
照れたように笑う遥に、志歩は笑い、リボンに伸ばした手をそのままおろして彼女の頭を抱き寄せる。
「?!日野森さん?!」
「…誰にも見せたくないって思うくらい、可愛いと思う」
「…!」
耳元で囁やけば彼女は青い目をまんまるに見開いた。
「…ふふ。ありがとう、日野森さん」
「…もう。…恥ずかしいからこれっきりね」
ふやぁと表情を和らげる遥に、途端に恥ずかしくなって手を離す。
らしくないな、とは思った。
けれど。
「うん、分かった」
至極嬉しそうに笑う遥に、まあ良いかと志歩は息を吐く。
頭上のリボンがふわふわと揺れた。
今日はバニーの日。
可愛い彼女のうさぎの姿に、らしくない言葉を告げてしまうくらいには、志歩も浮かれているらしい。
「あ、そうだ!今日はおやつの日でもあるんだって。だから、焼き立てお味見どうぞ?」
「その語呂合わせには疑問もあるけど…桐谷さんの自信作は貰おうかな」