廃都しほはる

君たちは知っているかな

クラスメイトから聞いた?
昔馴染みから聞いた?
お姉さんから聞いた?
委員会の先輩から聞いた?

こんな不思議な噂話
…有り触れた世迷言
「誰もいない、Untitledに建つ時計台の上でry」

どこにでも転がってそうな幸せを運ぶジンクス

『廃都アトリエスタにて、永遠の愛を誓う』


「…何、それ」
きょとんとする志歩に、あのねー!と嬉しそうに話し出したのは咲希だ。
「実は、アタシたちのセカイ以外にもセカイがあるんだってー!でねでねっ、Untitledの中には、ミクちゃんがいないセカイもあるんだけど、そのセカイには代わりに時計台があってそこで愛を誓うと幸せになれるらしいの!」
「…へえ…」
「へえって、しほちゃんー!!」
咲希の説明に軽く返すが、彼女にはそれが不満だったらしい。
くるんっと後ろを振り返り、小さく笑っていた一歌や穂波に泣きついた。
「いっちゃん、ほなちゃん!!しほちゃんがー!」
「…ちょっと咲希」
「…ふふ」
窘める志歩に穂波が楽しそうに笑う。
割と日常茶飯事だ。
「…」
「…一歌ちゃん、どうかしたの?」
少し視線を落とした一歌に穂波が小さく首を傾げる。
それにハッとした一歌が、何でもないよ、と笑った。
「ただ、クラスでもそういう噂聞いたなって思って」
「…ああ。そういえばえむちゃんも言ってたかも。流石にUntitledとは言ってなかったけど」
一歌の言葉に穂波も小さく上を向く。
「うん。うちのクラス以外にもみんな言ってて…朝比奈先輩も知ってたんだ」
「へぇ…。そういえば、お姉ちゃんもそんな事言ってたな…。うちの学校から広まった噂なのかも?」
「そんなことないよー!アタシはとーやくんから聞いたもん!」
志歩の疑問に咲希が頬を膨らませた。
確か彼のグループにはこはねがいた気がするが…面倒になる、と志歩は口を噤んだ。
代わりにはいはい、と言って手を叩く。
「そろそろ休憩終わり。練習戻るよ」
「はぁい!」
少し不満そうだったが咲希はきちんと返事をし、持ち場に戻った。
そんな二人にくすくす笑っていた一歌と穂波も位置につく。
きっと、咲希の話も休憩時間を楽しくさせる噂程度だったのだろう。
眉唾に近い、退屈しのぎにしかならない話。
…そう、思っていたのだけれど。



「…え?」
あの後少しセカイに行って、帰ろうと曲をタップした途端だった。
眩い光の先はいつもの光景ではなく。
「…どこ、ここ」
小さく呟いて志歩は辺りを見渡す。
見る限り真っ白で、何もなかった。
だが寂しいという感覚はなく…何だか懐かしい感じがして志歩は歩き出す。
…と。
「…桐谷さん?」
「…!日野森さん!」
目の前から歩いてきたのは桐谷遥だった。
志歩を見つけ、嬉しそうに手を振ってくる。
「どうして、こんな所に…」
「私は、ダンス練習の後スマホで音楽を聴こうと思ったら見たことない音楽データがあってね。押したらここに」
「そうなんだ。私もバンド練習の後スマホで音楽を聴こうとしたんだよね」
「日野森さんも?そっか、一緒なのね」
良かった、と遥が笑った。
詳しくは一緒ではないが…説明もし辛いので黙っておく。
「ねぇ、ここどこだと思う?」
代わりにそう聞けば彼女は小さく上を向いた。
「…うーん、噂を信じるなら時計台があるセカイ、かな…」
「噂って…時計台の上で愛を誓えば幸せになれるとかいう?」
「桐谷さんも知ってたんだ」
「うん。…ねえ、もし良ければ一緒に探してみない?」
「…えっ…」
「探してみるだけ!ね?」
驚く志歩にわくわくと遥が言う。
探してみるだけ、と言いながらも彼女は本気なようだ。
そんな姿も珍しく、志歩は小さく笑いながら良いよ、と答えた。
やった、と小さく喜ぶ彼女を可愛いと…思ったり思わなかったり。
「じゃあ行こうか」
「…!うん!」
手を差し出す志歩に遥は嬉しそうに笑いそれを取る。
しばらく歩いていると大きな塔が見えてきた。
本当にあるなんて、と思っていれば遥も目を輝かせる。
「凄いね、日野森さん!」
「…そうだね」
感動しているらしい遥の手を引いた。
え、という顔の彼女に、「行くよ」と笑みを向ける。
「ま、待って!」
「ほら、早く」
慌てる遥に小さく笑いつつ、志歩は塔の中に入った。
中は少しひんやりとしていて、吐く息も白い。
初雪を見る前にぎゅっと肩を寄せ合い抱き合った。
ふと、奥の方に階段を見つける。
「上があるよ、登ってみようか」
「…うん」
上を指を差す志歩に遥も嬉しそうに笑った。
階段を二人で登り始め、しばらくは無言で上を目指す。
「あ、見て。意外と高い」
「ふふ、前を見てないと足を踏み外しちゃうよ?」
「そんなドジするわけ無いでしょ。…お姉ちゃんじゃあるまいし」
楽しそうな遥に志歩も笑った。
ただ噂話を確かめに行くだけなのに何だか妙に楽しくて。
…彼女も同じ気持ちなら良いなと、そう思う。
「っ!」
唐突に視界が開けた。
目を眇め、ゆっくりとそちらを見ればちらちらと雪が舞っている。
現実で何度も見た光景のはずなのにどこか幻想的に見えた。
いつの間にか降り出したらしい雪は誰もいない街を覆っていく。
かつて誰かの思いで賑わったであろうセカイを覆う白銀は、確かに綺麗な景色だった。
「…すごい」
「…そう、だね」
感嘆の声にやっと志歩も同意する。
きっと誰かの世迷言(つくりばなし)だと思っていた、その風景に。
「…ねぇ、日野森さん」
「うん。…桐谷さん」
微笑む遥に志歩は小さく笑みを向ける。
おまじないなんて、興味がなかったはずなのに。
唐突に鐘の音が響いた。
錆びついて鳴らないだろうと思っていた、時刻を告げる時計台がセカイ中に音を紡ぐ。
その音はまるで、自分たちを祝福しているかのようで。
志歩と遥は自然と口を寄せる。



『廃都アトリエスタにて、永遠の愛を誓う』



それはきっと、どこにでも転がっている、幸せになるためのジンクスだ。

信用に足らない、いつもならば無視をするジンクスだけれど。

彼女が幸せになるなら、来て良かったな、と…そう思った。


(単なる噂話は、自分たちの力で本物に変わる

きっとそれはお互いの夢も)



積み重なる互いへの想いは、誰もいないセカイを劇場(シアタ)に、変える。

それは時を超え、次のミライへと。


「…ねえ、知ってる?誰もいない…」

しほはるワンドロワンライ/幼少期・イルミネーション

ここ数日、急に寒くなったな、と思う。
はぁ、と吐く息白い夜、志歩はバイト終わりの道を歩いていた。
見上げればイルミネーションが輝いていて、そういえばもうすぐクリスマスだったな、と少し頬が緩む。
行事ごとで騒ぐのはあまり得意ではないが、クリスマスは別だ。
プロのバンドを目指す身としてはあまり宜しくはないだろうが…きっとみんなはパーティーをしたいだろう。
特にリンや咲希は前から楽しみにしているし。
いつも練習を頑張ってくれているのだからたまには良いか、と見上げていた顔を元に戻した。
「…あれ、日野森さん?」
「…桐谷さん」
前から歩いてきたのは桐谷遥である。
こんばんは、と明るく声をかけてきた遥に志歩も挨拶を返した。
「今晩は。随分遅いけど、何の帰り?」
「実はクリスマス生配信の打ち合わせだったんだ。愛莉の家でやってたんだけど、すっかり遅くなっちゃったの」
「…ああ、そういえばお姉ちゃんもそんな事メッセージに送って来てたな。遅くなったけど心配しないでねって」
「そうなんだね。…日野森さんは、バンド練習?」
「ううん、今日はバイト」
そんな他愛もない会話をしながら、志歩はまたイルミネーションを見上げる。
「そっか、お疲れ様。…日野森さん?」
「…え?ああ、ありがとう」
「何か気になることあった?」
くすりと遥が笑った。
敵わないなあ、なんて思いながら、志歩は指を差す。
「…ほら、イルミネーションが飾ってあるでしょ?これ、昔から変わらないなって思って」
「ああ。そういえばそうだね。…ふふっ、懐かしいなぁ。昔ね、お母さんと見に来た事があったんだ」
楽しそうな遥に今度は志歩が笑ってみせた。
「桐谷さんも?じゃあ会ってるかもね」
「え?」
「私も、お姉ちゃんと仕事終わりのお母さんたちと見に来たことあるんだ。…まあ、その時お姉ちゃんとはぐれたんだけど…」
小さく息を吐き、志歩はその時のことを思い出す。
確か、そう、あれは…。



「…お姉ちゃんたら」
志歩は諦めたようにため息を吐き、きょろきょろと辺りを見回した。
姉とはぐれるのも慣れたもので(それもどうかとは思うけれど)志歩は一番イルミネーションが綺麗に見える噴水に向かって歩き出す。
イルミネーションを見ているから平気と母には言ったし、何より目立つ場所にいれば見つけてくれる、というのが志歩の持論だ。
「…っと」
噴水の縁に腰掛けようとした時、ふと同じ歳くらいの女の子が座っているのを見つける。
少し迷ったが志歩はトテトテと近づいた。
「…。…おとなり、いい?」
「…!…うん、いいよ」
話しかけるとそこにいた少女は綺麗な青い目を僅かに見開くがすぐこくりと頷く。
それにホッとし、志歩は隣に座った。
「…えと、あなたもまいご?」
「ううん。お母さんがトイレにいくから、ここでまってるねっていったの」
「ふぅん、そっか」
少女の答えに頷いていれば今度は彼女のほうが首を傾げる。
「…あなたは?」
「お姉ちゃんがどっかいっちゃったの。お母さんがさがしてくるあいだ、イルミネーション見てるって。だからいちばんめだつイルミネーションのところにきたんだ」
「そうなんだ」
志歩の説明に納得したらしい少女はそれきり何も言わなかった。
きらきらと輝くイルミネーションと、クリスマスソングのBGMが雑踏にかき消されまいと響いている。
「…きれいだね」
「うん、きれいだね」
少女は多くの言葉を発さなかったが、志歩はそれが心地良いなと思った。
柔らかな光を見上げる少女をちらりと見、綺麗だと今度は声を出さず思い、またイルミネーションを見上げる。
少し、もう少し長くこの時間が続きますようにとツリーの天辺で光る星に、そう願った。



「…日野森さん?」
遥の声にハッとする。
ごめん、と謝った志歩は僅かに笑みを浮かべた。
「…ちょっと昔のこと思い出してた」
「昔?それって…」
小さく首を傾げた遥に内緒、と笑い、志歩はその手を取る。
「ねぇ、ちょっと時間ある?今からデートしない?」
「…!…ふふ、ちょっとだけなら、良いよ?」
楽しそうに笑った遥が、取った手を握り返してきた。
イルミネーションに照らされた彼女は。

周りが霞むほどに綺麗だなと…そう、思った。



冬の夜を彩るイルミネーションは


笑う彼女には敵わない




「ねぇ、綺麗だね。日野森さん」
「そうだね。…桐谷さん」

司冬ワンライ/温かい飲み物(ホットドリンク)・選ぶ

寒い季節になった。
少し前まで暖かかったように思ったのだが…はあ、と吐く息は白く、すっかり冬なのだなぁと司は思う。
「…司先輩」
「…おお、冬弥!」
呼ばれた声に振り返れば冬弥が鼻の頭を赤くして立っていた。
「少し寒いのではないか?ん?」
「あ、いえ。俺は…」
「ほら、手も冷たくなっている!風邪を引いてしまうぞ?」
ぎゅっと冬弥の手を握る。
ひんやりした手に司は僅かに顔を顰めてそう言った。
辺りを見回し、ふと自販機を見つける。
「お、良い場所に!」
「司先輩?」 
きょとんという表情の冬弥に、良いから、と司は笑った。
彼の手を引き、司は自販機の前まで連れて行く。
「温かいものを飲めば少しは寒さも和らぐだろう…選んでくれ、冬弥!」
「いえ、そんな…!」
「オレが愛する冬弥に、寒い思いをさせて平気だと思うか?」
「…!」
司の言葉に冬弥は目を見開き、それからゆっくりと微笑んだ。
「…ありがとうございます」
嬉しそうな彼は自販機に向き直り、ふと何かを思いついたような顔をする。
「?どうしたんだ、冬弥」
「いえ。折角なので先輩に選んでいただきたくて」
「何っ、オレがか?!」
驚く司に冬弥は頷いた。
どうやら本気らしい彼にふむ、と司は自販機を見る。
愛しい人からの挑戦状だ、受けてやらねば男が廃るというものだろう。
冬弥は珈琲が好きだ。
だが練習場所でもある杏の父親の店で美味しい珈琲を飲んでいる…ならば今更缶コーヒーも選ばないだろう。
だからといって冷たいものも飲まないだろうし甘ったるいものは論外だ。
…ならば。
お金を入れ、ボタンを押す。
ガコン、と音がしてそれが出てきた。
「オレはこれを選んでみたが、どうだ?」
「…!流石です、司先輩」 
冬弥が嬉しそうな表情で缶のコーンスープを受け取る。
あまり自分では買おうとは思わないそれ。
多分触れたこともないだろうその缶に冬弥は柔らかい表情をしていた。
まるで、少し甘く温かなコーンスープのように。


北風が吹く季節、心は単純に暖かくなるものだな、と司は目を細めた。



「よく振ってお飲みください…初めて見ました…!」
「うむ、しっかり振ると良いぞ!後、熱いから気をつけてな」
「はい!」

セカイの衣装バグが起こりましてケモミミしほはる

セカイにはバグがある…らしい。
想いの持ち主の体調不良だったり、音楽機器の不調だったり、その辺は曖昧だ。
だが、唐突に、意図せずに起こる。
そうして今回のバグは、現実にも影響を及ぼすものだそうだ。

それは、ほら、今回だって。


何故だか志歩に耳が生えた。
勿論志歩は人間だから、人間の耳ではない…オオカミの耳だ。
「…なんで……」
はあ、と息を吐く。
文化祭のお化け屋敷でオオカミ役なんかやったからだろうか。
まあ確かに文化祭は楽しかったが…まさかセカイにまで影響するとは。
ミク曰く、「多分すぐ戻ると思うけど…」とのことだった。
だが、現実世界に戻ってきたが一向に戻る気配がない。
前もそんなことがあったが、今回が前と違うのはセカイの中だけでなく、この現実世界にも影響しているようなのだ。
前もそんなことがあったし…どうやらラグがあるらしい。
誰にも会わなければ問題はないだろうけれど。
「…水でも取りに行こうかな」
現状に諦めた志歩は小さく息を吐いて自分の部屋を出る。
姉に見つかれば面倒だが、この時間ならば大丈夫だろう。
が、それは部屋を出た瞬間に打ち砕かれる事になった。
「…遥ちゃん、お手洗いは…」
「大丈夫だよ、雫の家には何度も来たことあるし……」
よく知った声がする。
え、と思った瞬間、遥が現れた。
「あれ?日野森さ…」
「ちょっと来て!!」
きょとんとする遥を自分の部屋に引き込む。
「…え、えと…」
「…。…なんでいるの…」
パタン、と扉を閉め、戸惑う遥に疲れた声で問うた。
「今日は新しいダンスを撮りたいねって話になって、集まっていたんだ。多分、雫も言っていたと思うんだけど…」
困ったように遥が言う。
そういえばそんな事を言っていた気がした。
…オオカミ耳の件で忘れたけれど。
「…えっと、日野森さんのそれは…?」
こてりと遥が首を傾げる。
「…。…気にしないで」
「でも」
「そんな事を言い出したら桐谷さんだってそうでしょ」
志歩は言いながら遥の頭上に手を伸ばした。
彼女の頭上には黒い猫耳が揺れている。
「…えっと、これは…」
「私は気にしない。だから桐谷さんも気にしないでほしい」
「…。…分かった、気にしないでおく」
「うん、宜しく」
神妙に頷く遥に志歩もホッとした。
やはり彼女は話が早い。
「気にはしないけど…その……」
おずおずと遥がこちらを見た。
どうかしたのだろうか、と見れば彼女は志歩の頭を凝視していて。
「…触ってみても、良いかな…?」
「え?ああ、いいけど…」
「!ありがとう!」
嬉しそうに遥が笑う。
彼女はペンギンが好きだったと思ったのだけれど。
「うわぁ…!ふかふかだ…!」
「自分じゃよくわからないけど…そう、なの?」
「うん!ワンちゃんにも似てるけど…これ、オオカミ?」
「よく分かったね」
正解を出してくる遥にそう言えば彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「うん!文化祭の被り物は見せてもらったし」
「いや、だからって…」
「ちょっと格好良いなって、思ったんだよね」
にこにこ、笑いながらそんな事を言う遥に目を見開き…志歩は小さく息を吐く。
それから。
「?日野森さ…わっ?!」
「そんなこと言ってたら食べちゃうよ?猫さん」
遥を押し倒しらしくもないことを言ってみる。
流石に驚いた遥は目を丸くするが肩を揺らしてから綺麗な笑みを浮かべた。
「…オオカミさんの好みじゃないかもだけど…良かったらどうぞ?」
ピコピコと黒い猫耳が揺れる。
遥によく似合う、黒の猫耳。
「…桐谷さんでもそんなこと言うんだ?」
「ふふ、日野森さんこそ」
小さく笑いあってそっと口を寄せる。
遥ちゃん大丈夫?なんて姉の声が僅かに聞こえた。
顔を見合わせ、ふは、と笑う。
何だか秘密を共有しているみたいだな、と…そう、思った。



お伽噺のオオカミは悪いやつで、猫はずる賢いやつだ。
なら、その二人の恋模様は?

(駆け引き渦巻くラストシーンへの展開は、オオカミさんと黒猫さんだけが知っている)

司冬ワンライ/いいニーナの日(アイ/AI)

特別な君と 特別な日を


「司先輩」
「…ん?おお、冬弥」
声をかけてきた愛しい人にニッと笑って司は「ちょうど良かった」と呼び寄せる。
「?どうかされましたか?」
「これを見てくれ」
誘われるがままに寄ってきた冬弥に、司は開いていたそれを見せた。
覗きこんだ彼も優しい笑みを浮かべる。
「…アルバム、ですか」
「ああ!昨日掃除をしていたら見つけたんだ。冬弥にも見せようと思ってなぁ」
「ありがとうございます。…懐かしいですね」
「そうだろう、そうだろう!…それで、少しこれまでを思い返していたんだ」
ふわふわと笑む冬弥にそう言えば彼はキョトンとした。
「と、いうと?」
「これまでの十数年、長いような短いような軌跡だ。その中に幾つもの奇跡のような出会いがあった。…お前との出会いのようにな、冬弥」
司は笑う。
「冬弥と出会えた事がオレの人生を素晴らしいものにしてくれた。感謝せねばな」
彼は驚いたように目を丸くしてから僅かに微笑んでみせた。
「ありがとうございます。…ですが、俺からすれば司先輩に出会えたことがすべてで…いつもそれ以上をいただいてばかりだと思っています。俺には司先輩に何も出来ないのに」
「何を言う!オレも冬弥からたくさんの想い、アイを貰っているぞ?」
少し俯く冬弥の手をぎゅっと握る。
たくさんのものをくれた、冬弥の手を。
「…先輩」
「何が出来るとかではない。今そこにいてくれるだけで良いんだ。だから、何も出来ないなどと言ってはならんぞ?」
「…。…はい」
「それに、オレから受け取っているからと何もいらないと言うのもなしだ。きちんとわがままを言ってほしい。いいな?」
頷く冬弥に、司は先手を打った。
冬弥はきっと何が欲しいか聞いても素直には言わないだろう。
自分が、もう既に貰っていると『思い込んでいる』から。
司からすれば、冬弥からも沢山貰っている。
どちらかが多いということもないのだ。
大体、アイは貰ったからといって困るものでもなかろう。

彼が司に救われたと思うと同時に司も彼に救われているのだから。



不思議な魔法でお前に会えたんだ。
奇跡のような軌跡の中で。
だから、手を取り合って歩いていこう。

互いへの想いアイを両手いっぱいに抱えて!

さあ今日は
どこへいこうか 
何をしようか

(綺麗な彼の目に浮かんだ涙を拭って、司は笑う

頷いた冬弥を抱き締め、アルバムが風で捲れた

二人ならどこへでも行けると、何でも出来ると信じているのです)

「これまでもこれからも愛しているぞ。なあ、オレの “お姫様”!」

Lonly Shit

きっと、何度もチャンスはあった。
「冬弥」
司はそっと手を伸ばす。
クラシックに戻れない彼が、ストリートに夢を見出してしまった。
幼い頃は司のショーを見て喜んでくれていたのに!
司だけを見てくれる冬弥はいない。
今だって親愛は向けてくれるけれど、それだけでは足りなくなってしまった。
止めてくれ。
他に笑いかけないでくれ。
オレ以外に歌わないでくれ。
切なる願いは、想いは、セカイを生んだ。
ワンダーランドのセカイによく似て非なるもの。
壊れかけのメリーゴーランド、屋根が落ちたサーカス小屋。
調律の狂ったピアノのBGMが流れるセカイはミクがいなかった。
ワンダーランドのセカイにはミクもカイトもいたのに。
ミクがいなくてもセカイは生まれるのだなぁなんて思いながら司には違和感がなかった。
だって、司が一番いてほしかった冬弥がいる。
ストリートに出会っていない。
クラシックにも戻れない。
そんな冬弥が。


冬弥が笑いかける相手なんて司だけでよかったのに。
だからこそ他の人を遠ざけた。
セカイまで生み出して。
一つ二つと揃わなくなる『ピース』を哀しげな眼で見つめる冬弥に大丈夫と微笑むのは司の役目だ。
冬弥が辛い夢も哀しいユメもみないで済む様その綺麗な目を覆い隠してきた。
きっとそれは今までも…これからも。
幼い頃はそれが出来ないと思っていた。
出来ないからこそ夢を見る。
好きな人と二人きりのユメを魅る。
それは何らおかしい事じゃない筈だろう?
「なあ、冬弥」
「…?」
「今、幸せか?」
壊れてしまった瞳に笑いかける。
きっと無意味な質問だ。
この冬弥は幸せを『知らない』。
「…幸せ?」
「そうだ。冬弥は幸せか?」
「…。…逆に、司先輩はどうですか?」
「え?」
驚いた。
この冬弥から質問が出るなんて。
「…オレ、は」
「俺といて、幸せでしょうか」
冬弥がこてりと首を傾げる。
壊れてしまっているからこその純真たるそれ。
思わず涙がこぼれる。
嗚呼、オレは。
小さく呟いた司は無理矢理に笑った。
「幸せだぞ、冬弥」
「そうですか」
冬弥が微笑む。
純粋な瞳で。
『幸せ』を知らない瞳で。
「先輩が幸せなら、俺も幸せなのでしょうね」
冬弥の発言に司は涙をこぼす。
司が望んでいたはずなのに。

セカイを、抜け出さなければ。
『オレ』がこれ以上狂ってしまう前に。
冬弥が好いてくれた『オレ』が壊れてしまう前に。

彼が笑ってくれるだけで良かった。
彼が笑うから司は壊れてしまった。
夢を追いかける彼が、それでもまだどうしようもなく好きで。
…きっと何度もチャンスはあった。
冬弥が壊れるまで。
司が、壊れるまで。


彼の笑った顔が好きだった。
ストリートを知った後の静かだが確かに幸せそうな笑顔も、幼い頃の無邪気な微笑みも。
どうしようもなく好きだった。
狂ってしまう程に。
世界なんていらない程に。
セカイを作り出してしまうほどに。
お願い、なあ。
オレだけを見てくれ。
だって、好きで好きで堪らないんだ。
司は冬弥を鳥籠に囚えようと躍起になる。
司が起こして冬弥が笑って司が愛を囁いて冬弥が眠る。
そんな日常に甘えてしまった。
理想的なセカイに依存してしまった。
これはまるで縛り合いゲームだ。
どうしようもない程に途方もなく誰が幸せに成る訳でもない。
…なあ、オレは誰に嫉妬してしまったんだろうな。
そう、司は自問自答を繰り返した。
それに返答があるわけではないと知っていて。


お前が好きで好きで、どうしようもなくて。
独りよがりの嫉妬は繰り返す。
(それは本当に彼が望んだ事だった?)
お願いだからオレを見ろと嫉妬で狂いそうになりながら掴んだ手を誰かが払い落とす。
それは嫉妬じゃない、君の、アンタのエゴだ、と。
そう誰かが言う。
…そんなことを言う相手はここにはいないけれど。
抜け出さなければと足掻いたところで、沼の心地よさを知ってしまった。
だってそうだろう?
ここに冬弥との仲を邪魔するものはいないのだから。
司は愛を歌う。
深い蒼は何も映さない。
嗚呼お前は壊れてしまったんだな、と少し寂しくなった。
(それを望んだのは司で、そうしたのも司だ)
ただ一緒にいたかった。
ただそれだけ。
「愛している」
司はそっと囁く。
なあ、一緒に壊れてしまおう?
閉鎖された空間で、永遠に。
ろんりーしっとは繰り返す。
ただただ、クリア済のゲームの様に、ゆっくり壊れる日々を。 

司冬ワンライ・背徳/ピザの日

冬弥はピザを食べたことがないのだという。
まあ育ちが良い方だとは思っていたが…。
「…よし」
「?司先輩?」
久しぶりに冬弥が泊まりに来た日、夕飯は何にしようかと考えていた矢先の話だ。
何か適当に作る気でいたが…ピザを食べたことがないなんて聞いたら黙ってはいられなかった。
「宅配ピザを頼むぞ、冬弥!」
「え?」
「なぁに、たまには良いだろう!…確か冬弥はイカが苦手だったな。ならばシーフード系はなしにして…」
「あ、あの!先輩!」
スマホでメニューを検索し出す司に冬弥が慌てたように口を挟んでくる。
どうしたのかとそちらを向けば彼は困った顔をしていた。
「どうかしたのか?」
「いえ、あの…良いのでしょうか…」
「?何がだ」
「少し…はしたないのではないかと…」
小さな声で言う冬弥に目を丸くする。
きっと彼は幼少から大切な手で食べるものははしたないと言われてきたのだろう。
「…。…気にすることはない。…それに」
司はニッと笑ってみせる。
冬弥が心置きなくピザを楽しめるように。


(せっかく美味しいのに、そんな気持ちで食べてはつまらないじゃないか!)

「このオレと悪いことをする、そんな背徳も良いものだろう?」


今日はピザの日、密の味。

(二人で食べるピザの味は)

ヤミナベ!!!

「なあ、彰人。闇鍋って知っているか?」
ワクワクした顔の冬弥がそう言うから一瞬ぽかんとしてしまった。
また何を教わってきたのだろうか、相棒兼可愛い恋人は。
あれだろ、と彰人は色んな思考を巡らせながら言葉を探す。
「自分の好きな具材を持ち寄って見られないように鍋に入れて食うってやつだろ」
「そうだ。…俺達もやってみないか?」
「…はあ…?」
楽しそうな冬弥に彰人は眉を寄せた。
目を輝かせる彼には申し訳ないが流石に闇鍋はいただけない。
鍋の具材を持ってくるならともかく、違うかもしれないのだ。
それこそ鍋に合わない具材を持って来られてしまえば悲惨だろう。
「つーか、何で闇鍋なんだよ。普通の鍋で良いだろ」
「それはそうなんだが…。…楽しそうだな、と」 
「オレは楽しそう、より美味いもん食いてぇけどな」
息を吐き、彰人はずいっと冬弥の方に顔を近づける。
驚く冬弥にあのな、と忠告してやった。
「…クッキーやらケーキやら、オレらが一番好きなものを鍋に入れたら悲惨だろ」
「…。…確かに。それでは鍋ではなくなってしまうな」
くす、と笑った冬弥は「リンなら、甘くても良いじゃん!と喜びそうだが」と言う。
「リンはな。…お前は違うだろ」
「まあ…そうだが。それが闇鍋の醍醐味なら…?」
「別に闇鍋に拘る必要もねぇし。…まずは普通の鍋でいいんじゃねぇの?」
笑いながら彰人は冬弥の頬に手を添えた。
「それに、本当に好きなものをぶち込むならお前を入れなきゃなんねぇだろ」
「…!…ふっ、その発想はなかったな」
目を見開いた後、くすくすと冬弥が笑う。
「彰人に食べてもらえるなら、鍋の具材にもなるが」
「馬鹿言え。…オレはそのままのお前が好きだよ」

二人で笑い合い、どちらともなくキスをする。


甘い甘い鍋パーリィは、二人だけの味!

(さあ、覚悟を決めて召し上がれ?)


「つか、どっから闇鍋が出たんだ?」
「ああ。ミクが、好きなものだけ詰め込めるなんていいじゃん、と」
「っし、すぐ止めに行くぞ!!」

司冬ワンライ・88☆彡

きっとどこかで 気づいてたんだ


何でもない子供騙しだって 

これは

子どもなりに【幸せ】を届けようとした、ちっちゃいスターの物語




「…冬弥!」
ひょい、と顔を出すと冬弥はゆっくり微笑んだ。
「…司さん、こんにちは」
「全く、固いなぁ冬弥は!呼び捨てでも構わないんだぞ?」
「…そんな訳には…」
少し困った顔をする冬弥に司は笑う。
めげない、まるで道化師のように。
「さて、今日は何をする?!前回のように無茶苦茶エチュードをするか?それとも久しぶりに人探しの本を見るか?」
明るい笑顔で司は提案した。
彼が、ピアノを弾くのが辛いだと思うなら楽しいものにすれば良い。
それも出来ないなら少し離れれば良い。
無理にしがみついて嫌になってしまうよりずっと良いのだから。
「…今日は、小さくて欲張りな夢見るねずみが、セカイに飛び出すショーが見たいです」
「!!前に練習をしていると言ったのを覚えてくれていたのか!」
「…はい。司さんのショーはいつも心が暖かくなるので、とても…好き、なんです」
ゆっくりと冬弥が微笑む。
そんなことを言われたら期待に応えるしかないだろう。
「ならば、冬弥のためにも素晴らしいショーをしなければなぁ!」
高らかに笑い、司は自身のクローゼットを開けた。
冬弥を笑顔にしたい、セカイに通用するスターになりたい。
司の夢や希望は1つしか叶えられないものだろうか。
そんなことはない。
夢も希望も欲張っちゃえばいい、のだ。
…夢か希望か、なんて誰が言ったのだろう。
「酸いも甘いもなんもない、と仲良しのうさぎが嘆きます。けれど小さくて欲張りな道化師ネズミは笑うのでした。…『そんな君に幸せが降るといい』と」
司は楽しくショーをする。
なんもない、と言うから世界は色付かないのだ。
だってほら、幸せはすぐ傍に!
「幸せの流れ星が2人に降り注ぎます。…ほら、それは見ている君にも」
「…え?」
ショーを見ていた冬弥に言えば彼はキョトンとした。
部屋を暗くし、壁中に貼られた蓄光の星を輝かせる。
天井の装置を作動させて冬弥の手に星を乗せた。
「…!!」
「…冬弥、幸せは自分でつかむものだぞ」
司は笑う。
あの、ネズミのように。


きっとこんなのは何の解決にもならない、子供騙し。

それでも、司は愛する彼に幸せになってほしかったのだ。


「希望と夢と愛を、冬弥に。…何せ、オレは欲張りなものでなぁ!」

司は笑う。
いつか君が本当の笑顔を見せてくれますように、と星に願いを…かけた。

彰人誕生日

「…彰人」
冬弥の声がして顔を上げる。
図書委員である彼を待つのにも慣れた。
幸せな日常、とでもいうのだろうか。
別に苦でもない、逆に冬弥を想う幸せな時間の終わりに、彰人は笑みを浮かべる。
やはり、本物に限る、と。 
「おう」
「すまない、少し遅くなってしまった」
「いや、別に待ってはねぇけど…」
少し困った顔でこちらに来た冬弥に、彰人は首を傾げた。
何だかいつもと違う、と考え、すぐそれに気づく。
「…それ、どうした?」
「…!やはり、気づいてくれるんだな」
彰人の指摘に冬弥はふわ、と笑った。
昔より感情変化が分かりやすくなった冬弥に、そりゃあな、と言いかけ…やめる。
まあ別にこれは言わなくても良いだろう。
「つうか、なんだよそれ」
「…似合って、いないだろうか」
「似合ってるとか似合ってねぇとかそんな話じゃなくて…」
こて、と首を傾げた冬弥の、『オレンジのリボンが結ばれた』髪が揺れた。
編み込みになっているから不自然ではないし、似合っていないかと聞かれればそんなことは無いと全力で首を振るだろう。
だが問題はその意図だ。
「プレゼントは俺だと言えば喜ぶのでは、とアドバイスを貰ってな。…今日この後の時間は彰人に全て捧げよう」
「…お前な…」
「…やはり、駄目だったろうか」
しゅんとする冬弥を抱きしめる。
誰のアドバイスかは知らないが、存外間違っていないのが腹が立った。
「…彰人?」
「…。…誰か知らねぇけど、その通りだよ…くそっ」
「…!…そうか」
ふふ、と耳元で微笑む気配がする。
まあ彼が笑顔なら良いかと思った。
「…じゃあ歌の練習すっぞ。その後カフェ」
「…いつもと変わらなくないか?」
「いいんだよ、それで」
首を傾げる冬弥に、彰人は笑う。

いつもと変わらない幸せが、彰人は一等大切なのだから!




(彼が彰人のことを考えて、隣りに居てくれる今が一番のプレゼントなのです!)




「…で?こんなこと言うのは杏か?暁山か?」
「いや?編み込みをしてくれたのはその二人だが、案をくれたのは草薙だ」
「…へぇ……。…は?」