天使の日と彰冬

「東雲くんは、天使を見たことはあるかい?」
「…はぁ?」
類の唐突なそれに彰人は嫌そうな顔をする。
大体彰人の場合、相棒以外に対しては大体こんな反応だが。
「おっ、それはオレも興味があるな!」
「興味って…。…天使なんざ、空想上の生き物だろ」
わくわくする司に渋い顔をしつつ…そも、1年の教室に何故2年の彼らがいるのがおかしいのだが…そう答えた。
「比喩、というのもあるよ?」
「そーだとしても…大体なんで天使なんスか」
類のそれに聞いてみれば、どうやら毎年行っている天使のショーが好評で、今年も行う予定らしい。
去年は魔法使いと天使のショー、その前は騎士と天使のショーを行った為、今年は悪魔と天使のショーをするのだという。
「それで、君が知っている天使の話を聞かせてもらおうと思ってね」
「なんだそれ。…つうか、シブフェスで悪魔のショーやってましたよね?」
笑う類に彰人は首を傾げた。
と、司が嬉しそうに身を乗り出してくる。
「おっ、覚えてくれていたのか!」
「嬉しいねぇ。…少し現実から離れた題材の方が、入り込みやすいこともあるのさ」
「…はあ。…そういう事なら、期待しても無駄ッスよ」
笑顔の司と得意げな類に、曖昧な返事をした彰人はそう言った。
不思議そうな先輩二人に彰人はにやりと笑って。
「…オレは、天使なんざ見たことねぇからな」



それは今から1年ほど前の話。
ストリート音楽に魅了されて暫く。
彰人はがむしゃらに歌を練習し、様々な場所で歌っていた。
RADWEEKENDを超えたい、いや、超えてみせると歌うが、1人ではなかなか結果も出せずにいた、そんな頃。
「~♪」 
美しい歌声が聞こえる。
ふらふらと足が勝手にそちらに向き、引き寄せられた。 
ビビッドストリートの真ん中、天使の羽が描かれたその場所で。
青い髪の少年が歌っていた。
歌っていた、と軽く言って良いものだろうか。
ブレのない歌声、正確な音程で紡がれるリリックは彰人の心を震わせる。
今まで聴いた中では群を抜いて素晴らしく、欲しい、と思った。
共に、あの夜を超えたい、と。
彼と一緒なら彰人の夢に大きく近付くと確信が持てた。
目を閉じればビジョンが見える。
歌が終わり、彰人は迷い無く近づいた。
にこり、と笑みを浮かべる。
その目の奥に熱いものを秘め、彰人は声をかけた。
彼が欲しい。
きっと素晴らしい世界が見えるに…違いないのだから。
「ねぇ、君…」


「…と、まあこんな感じで…。…なんスか」
話し終えれば司と類が目を合わせて苦笑いしていて思わず嫌な顔をする。
「…無自覚が一番怖いとよく分かったところだ」
「僕もだよ。リアリストは夢がないなんて誰が言い出したんだろうねぇ」
「はぁ?」
うんうんと頷く司と小難しい事を言い出す類に彰人は眉を顰めた。
全く意味がわからない。
「彰人。すまない、待たせ…。…司先輩?!神代先輩も」
「お、冬弥!!久しぶりだな!」
「やあ、青柳くん。お邪魔しているよ」 
「本当に邪魔だっつー…」
「彰人」
小さな声は冬弥に聞こえていたらしく、彼に窘められてしまった。
「へーへー」
「…。…悪魔は天使が欲しくて仕方がありませんでした。騎士が愛し、魔術師が恋した天使を」
適当な返事をする彰人に冬弥が口を開くその前に類が語り出す。
「は?」
「え?」
ぽかんとする二人に司も笑い、朗々と続きを紡ぎ出した。
「悪魔は天使に声をかけます。共に世界を見ないかと。…天使は頷き、二人は飛び出しました」
ほら、と言わんばかりと司にようやっと理解し、彰人は嫌な顔をしながら冬弥の手を取る。
「悪りぃッスけど、センパイ方の思い通りにゃならないつもりなんで」 
べ、と舌を出しつつ、行くぞ、と手を引いた。
「え、あ、待ってくれ、彰人!…すみません、司先輩、神代先輩!」
謝る冬弥の手をしっかりと握り、彰人は歩き出す。
「おや、随分堂々と連れ去られてしまったねぇ?」
「そうだな。…だが、そこからの奪還劇もまた乙なものだろう?」
不穏な事を言う先輩たちに、させねぇよ、と彰人は笑った。


今日は天使の日。

手を繋いだ相棒を巡る大騒動が巻き起こる、そんな日。

神高生にとっては恒例行事であるなんて、一体誰が想像できただろうね!


(悪魔は、ただ愛だの恋だのを超えた天使と共に永久に歌っていたかっただけなんです!)

司冬ワンライ/2周年・この先も手を

「冬弥!!!」
自分の教室の窓から愛しの彼が見えて司はぶんぶんと手を振った。
それに気づいたらしい冬弥が振り返り、少し探すような素振りをした後手を振り返してくれる。
「ふふっ、愛されているねぇ、司くん」
「おわっ、いたのか、類!」
「いた、というか司くんの声が聞こえたから寄った、という方が近いかな」
驚く司にくすくす笑った類が肩を竦めた。
特に用はなかったらしい。
「…なぁ、類」
「?どうかしたかな」
未だ手を振る可愛い恋人を見ながら隣に立つ類に司は問うた。
類が首を傾げる。
「…ここから飛び降りるのは理論上可能か?」
司のそれに類が目を丸くした。
ちなみにここ、とは2階の教室である。
「…。…まあ、可能ではない、と言い切るのは嘘になるね。そのまま飛び降りるのは危ないけれど、君の身体能力と昔作ったシューズがあれば、或いは…」 
「そうか!大丈夫なんだな!」
その言葉に司は大きく頷き、窓枠に足をかけた。
勿論その足には以前作ってもらったシューズを装着済みだ。
「では、後はよろしく頼む!」
「…?!司くん?!」
珍しく焦った様子の彼をおいて司は窓の外に飛び出した。
「はーっ、はっはっは!」
「つ、司先輩…?!」
それは冬弥も同じだったらしく綺麗な目を真ん丸くしてこちらを見ていて。
「…っと、着地成功だな」
「な、何故…」
すたん、と降りる司に冬弥は驚いたように聞いてくる。
愚問だなぁ、と司は笑い、胸を張った。
「冬弥の姿を見て、共に帰りたくなった。たったそれだけだが?」
「…!」
「それに、少し寂しそうにしていたからな。愛する冬弥に1秒だってそんな顔もさせられんだろう?」
「…司先輩…」
ぽかんとしていた冬弥がややあって微笑む。
「…。…司先輩は、変わりませんね」
「む?」
「いえ、2年程前でしょうか。あの時も司先輩は同じことを言ってくださったので」
柔らかい表情の冬弥に司はそんなこともあったなぁと笑った。
「もう2年か、早いものだ」
「そうですね」


「なあ、冬弥」
「…はい」
「今までも、この先も、この手を繋いで共に歩んでくれるか?」



司は手を差し出す。

真っ直ぐに、2周年なんて通り越したその先のミライを見据えるように伸ばして。


はい、と冬弥がその手を取った。



二人の関係は、これまでもこのときもこれからも、ゆるゆる続く!



「さて、手を取ったということはオレと逃げてくれるな?」
「…え?わ、先生方が、あんなに…!」
「走るぞ、冬弥!」

司冬ワンライ/秋の味覚・両手いっぱい

収穫の秋という言葉がある。
ぶどうや梨、栗、さつまいも、もう少しすれば林檎に蜜柑も採れる、そんな季節。



「なぁ、冬弥。果物で好き嫌いはあるか?」
「…いえ、特には。あまり甘過ぎるものでなければ食べられると思いますが…」
「…!そうか!なら良かった!」 
不思議そうな冬弥に、司は大きく頷いた。
苦手なものがあるならば聞いておこうと思ったが…それならば良かったと読んでいた記事を冬弥にも見せる。
「…『秋の、味覚狩りツアー』、ですか」
「ああ!せっかくだから、共に行かないか?!」
「はい、是非ご一緒したいです」
誘う司にふわふわと冬弥が同意を示した。
良かった、と笑えばその彼がこてりと首を傾げる。
「?どうした、冬弥」
「いえ…何故司先輩が俺を味覚狩りツアーに誘ってくださったのか不思議になって…」
素直に疑問を口にする冬弥に、司は明後日を向きながら頭を掻いた。
こんな恥ずかしい理由は内緒にしておこうと思ったが…まあ良いかと口を開く。
「…以前、冬弥はチームの皆でキャンプに行ったと話していただろう?」
「はい、共通のイメージを持つために、と」
「それだ」
「…それ、とは…」
まだピンと来ていない冬弥に司は苦笑いを浮かべた。
「チームの皆とは共通イメージを持つことが出来ているのに、恋人であるオレだけが思い出を聞くだけだなんて悔しいだろう?」
「…!」
「まあ、そんな小っ恥ずかしい理由だ。冬弥と共に、オレと冬弥、二人初めての思い出を作りたい」
司の言葉に冬弥が綺麗な目を見開く。
それからややあってふわりと笑った。
「…俺もです、先輩」
ぎゅ、と手を握ってきてくれる冬弥に司はそうか!とそのまま引っ張って抱きしめる。
「わ!」
「二人で良い思い出を作ろう!秋の味覚を沢山沢山採ろう!なぁ、冬弥!」
「はい」
嬉しそうな冬弥の声が腕の中で聞こえた。
季節は秋。
美味しいものがたくさんたくさん採れる季節!


「あははっ、おにーちゃんってば、もう秋の味覚が持てないくらい両手いっぱいに溢れてるよ?」
「…!咲希さん!」
「何を言う。両手いっぱいの愛、も、両手いっぱいの秋の味覚も、全て持ってみせるぞ!!」

司冬カレンダー

カランカラン、という軽い音がする。
真っ直ぐに伸ばされた彼の背が軽く曲がったのを見、司も同じ様に一礼をした。
二拍手の後、綺麗な目が伏せられる。
何を願っているのだろう、なんて聞くのも野暮な気がして司は新年の挨拶のみを済ませた。
願いは神に聞いてもらうばかりでなく自分で叶えるものだ。
「…司先輩」
「…うん、行くか」
お参りも済み、司は冬弥と共に境内を歩き出す。
風も通り抜けられないくらい、ぴったりと二人並んで。
新しい年が、始まる。


今宵はクリスマス。
人々がわくわくする、そんな夜。
けれど司がクリスマスを実感するのは、煌めくイルミネーションよりも、街に流れるクリスマスソングよりもなによりも。
「!冬弥、メリークリスマス!」
「…メリークリスマス、です。司先輩」
赤い頬に白い息で柔らかく微笑む冬弥の表情に、嗚呼、クリスマスが今年もやって来た、と思うのだ。

司冬ワンライ・鼻歌/ハーモニー

機嫌が良いと歌が出てくるのは当然の現象らしい。
何故か、なんてそんなものは分からないが…とにかく、図書室で本の整理をしているらしい彼の機嫌が良いのは明らかだ。
「…~♪」
彼の綺麗な高音がメロディだけ聞こえてくる。
そういえばまだ練習途中だと言っていたっけ。
歌詞はまだ曖昧なのかもしれないと思った。
何はともあれ、せっかく機嫌良く本の整理をしている彼の邪魔をするのもなぁ、と司は本棚に背を預ける。
待ち合わせをしていたわけではないから、しばらく待ってみることにした。
彼の歌詞のない歌が耳に心地良い。
何だか懐かしい気もして、司は無意識に口角を緩ませた。
司は、冬弥の歌が好きだ。
昔聴いた優しい歌声も、今の彼が仲間と歌っているそれも。
全てが彼の歌だし、唯一無二だと思う。
哀歌も、祝歌も、子守歌すらも。
司にとっては愛おしい冬弥の歌、だ。
「…~♪」
サビは聴いたことがある、と司はそっとメロディを風に乗せる。
流れる歌声は、冬弥のそれと相まって思ったより響いた。
「…っ、司先輩?!」
「しまった、バレてしまった」
驚いたような彼に苦笑しつつ司は手を小さく挙げる。
「作業が終わるまで待っているつもりだったんだが…冬弥の歌を聴いたら我慢できなくなってしまった」
「…司先輩…」
「共に歌って構わないだろうか」
「…ぜひ」
優しく微笑む冬弥に司も笑みを浮かべた。
冬弥の奏でるメロディに司も音を乗せる。
歌詞のないハーモニーは、秋の空に柔らかく響いた。


「…しかし…鼻歌を聴かれていたのは、少し恥ずかしいですね」
「そうか?冬弥の良い感情が手に取るように分かるから、オレは好きだぞ」

貴方と二人、愛の味。

「ケン兄、ラーメンの作り方教えて」
「?別にいいけど…」
可愛い弟が急にそんなことを言ってきて、ケンヤは頷きつつ首を傾げた。
ラーメンの作り方くらい、シンヤはお手の物だろうに。
「言っとくけど、普通のインスタントだぞ?チャーシューも出来合いだし」
「良いよ」
真面目に、エプロンとメモ帳を持って真剣に頷くからケンヤは可笑しくなってしまった。
何をそんなに真面目なのだか。
ケンヤも、それからアンヤだってそんなに真面目ではないのになぁ、と思いながらケンヤは立ち上がり、キッチンに行く。
「シンヤ、鍋出して」
「え?」
「え、じゃねぇよ。お前も手伝うの」
きょとんとするシンヤに、ケンヤは笑いかけた。
こういうのは実践が一番良い。
「…!うん!」
慌てたようにメモ帳を置き、こちらにやってきたシンヤは片手鍋を取り出した。
「まず、水を張って湯を沸かしてる間に袋麺を開けるだろ。…シンヤ、がっつり食う?」
「うん、食べる」
「おっけ、じゃあ2袋な。お湯が沸く前に野菜切っとくか」
「…俺、白菜が良い」
「んー」
サクサクと準備を済ませ、沸いたお湯に白菜と麺を入れる。
「解れたら麺は取り出す。シンヤ、お椀」
「はい、ケン兄」
端的な支持にもさっと応えるシンヤにケンヤはニッと笑った。
麺と白菜を茹でたお湯にスープの元、生卵、チャーシューを入れ、生卵がポーチドエッグ状になれば完成である。
「…ほい、お待ち」
「…!」
トン、とお椀を置いてやればシンヤは凄く嬉しそうな顔をした。
食べて良いかと表情で聞くから苦笑しつつ促す。
「いただきます…!」
「ん、どーぞ」
はふ、と小さな口で頬張る彼を見つつ、ケンヤも箸を持ち麺を啜った。
「…不思議」
「んあ?何が」
小さな声に首を傾げれば、シンヤも首を傾げる。
「同じように作ってるのにケン兄に作ってもらった方が美味しい、から」
心底不思議そうな彼に思わずふは、と笑った。
まったく、可愛いことを言うのだから!
「そりゃあ、まあ、お前」
チャーシューをシンヤのお椀に入れてやりながらケンヤは笑う。
愛しき、弟に向かって。


「お兄様の愛情を舐めんなよ?」


(可愛い可愛いシンヤに、愛情という名のスパイスを!)

司冬ワンドロ/10回ゲーム・遊びの本気(本気の遊び)

10回ゲームとやらをご存知だろうか。
例えばピザと10回言わせ、「じゃあここは?」とひじを見せて「ひざ!」と言わせることができれば勝ちという、なんとも子どもらしいゲームだ。
最近なぜだか宮益坂女子学園で流行っているらしく、咲希やえむが教えてくれたのだ。
司も知ってはいたが、実際にやったことはないな、と思う。
単純な言葉遊びで、そこまで大盛り上がりするようなゲーム…でもないはず、なのだけれど。
「…司先輩、10回ゲームはご存知ですか?」
「…。…まさか神山高校でも流行っていたとは…」
冬弥のそれに思わずそう言えば、彼はきょとんとした。
何でもない、と返してから司はニッと笑う。
「ああ、知っているぞ!…そうだな、10回好きと言ってみてくれ」
「はい。…ええと、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き」
「オレのことは?」
「…!愛してます!」
「…!!オレも冬弥を愛しているぞ!!」
嬉しい言葉に思わず冬弥を抱きしめた。
まさか冬弥がそんな事を言ってくれるなんて!
「…。…司さん、公衆の面前で何やってるんです?」
「…おぅわっ?!志歩?!!」
嫌そうな声にバッと身体を離せば、じっとりと司をよく知る少女がこちらを見ていて。
「な、何故こんなところに…」
「友だちと限定フェニーくんを買いに。司さんこそ、こんなところでイチャついてたらまた草薙さんに怒られますよ」
さら、と志歩が言う。
以前、「別に司が青柳くんのこと好きなのは全ッ然構わないけど、公衆の面前でイチャイチャしないで。司だって、例えば他の知り合いだったら複雑な気持ちになるでしょ」と怒られたのだ。
確かにそうだな、とは思ったのだが…好きなものは好きなのだから、その気持ちを止めることは出来ないのである。
それはもはや仕方がないと言えよう。
「私は忠告しましたから」
「…あ、ああ」
それだけ言ってさっさと待ち合わせ場所なのだろうベンチに戻って行く志歩に頷く。
怒られてしまったな、と頭を掻けば冬弥がしゅんとしていた。
「すみません、俺のせいで…」
「何を言う!勝手にゲームを始めたオレのせいだろう!…ところで、オレにやってほしいのではなかったか?」
優しく聞けば、少しだけ目を逸らした。
「?冬弥?」
「…今言われたばかりですが…分かりました。俺のは暁山から教えてもらったものなんです。…先輩、好きと10回言ってください」
「分かった。好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き!」
10回言い終え冬弥を見る。
さて、何と言ってくるのだろう?
「では、好きの反対は?」
「…なっ」
首を傾げる冬弥に、思わず言葉を詰まらせる。
ゲームとは言え、そんな、とも思ったが。
「…先ぱ…っ?!」
ぐいっと引き寄せ、キスをする。
触れるだけの軽いものだが、冬弥にとっては充分だったようだ。
「遊びとはいえ本気にするぞ?」
「…すみません」
顔を近づけ囁やけば、彼はふにゃりと笑った。
…途端。
「…つーかーさー?!」
「げっ、この声は…寧々?!不味い、逃げるぞ、冬弥!」
「えっ、はい!」
「あっ、こら!逃げるなー!」
寧々の怒鳴り声が響き渡る。
しっかり手を繋ぎ、二人は逃避行へと駆け出した。


子どもの遊びでも、二人にとっては本気の愛言葉!


(例え誰かに怒られたのだとしても、なんてね!)


「…あーあ、忠告したのに」
「おまたせ、日野森さん!…どうかした?」
「…何でもないよ、桐谷さん」

つきうさぎは巫女に恋をする

「しぃちゃん、気をつけてね?」
「分かってるよ。…お姉ちゃんじゃあるまいし」
心配そうな姉に小さくため息を吐きながら志歩は手を振った。
ぴょん、と長いうさ耳が揺れる。
日野森家は日本でも稀な兎耳人種だ。
昨今いろんな人種がいるため、そこまでの危険はない…はずなのだけれど。
心配症なこの姉がすぐに道に迷うため、今年から神社に奉納する団子を志歩が持っていくことになったのだ。
ぴょん、と外に出て深呼吸をする。
今日は中秋の名月。
普段も良いがやはり月が輝く夜は心が踊った。
足取りは軽く、すぐに目的に着いてしまう。
約束の時間まで間があった為、志歩はきょろりと辺りを見渡した。
「…ちょっと歌いたくなっちゃうな」
小さく笑い、誰もいないのを確認してから神社の境内に座る。
「〜♪」
好きな歌を口ずさみながら志歩は月を見上げた。
ベースもあれば良かったな、なんて思うがこれは姉も好きなアイドルの曲である。
ロックは合わないだろう。
「…〜♪」
「?!誰?!」
と、ふいに志歩の歌に誰かの歌声が重なった。
思わず歌をやめ鋭い声で問う。
「…っ、ごめんなさい!きれいな声が聞こえてきたからつい…」
歌声の方を見れば青い髪の少女がこちらを見ていた。
巫女服を着ていることからどうやら団子を取りに来てくれたらしい。
「えっと、志歩、さん?」
「そう。…ってことは、じゃあ貴女が遥さん」
「ええ、初めまして」
にこ、と笑う巫女服の少女。
「改めまして、桐谷遥、といいます」
「日野森志歩。…いつもお姉ちゃんがお世話になってます」
「こちらこそ」
頭を下げると彼女は楽しそうに笑った。
毎年毎年、姉が迷子になるせいで近くまで迎えに行ったり探したりしているのだという。
それは、志歩がお役目に選ばれるわけだな、と嘆息した。
「私は気にしてないのに…」
「まあ、奉納に間に合わなかったら困るからでしょ。月はいつまでも待ってはくれないんだし」 
「…それもそうね」
困ったような遥にそう言えば彼女は小さく肩を揺らす。
それに呼応するかのように長い髪がふわふわと揺れた。
「あ、もし良かったら奉納の儀を見ていかない?」
「え、でも…良いの?」
「もちろん!」
首を傾げる志歩に遥は笑う。
じゃあお言葉に甘えて、といえば遥は嬉しそうに頷いた。
「こっちが特等席なの」
「へえ…。こんなに大きなスペースあったんだ」
「普段は立入禁止だからね」
辺りを見渡す志歩に遥は優しく笑む。
待ってて、と言われた彼女がいなくなって数分。
シャラン、と音がする。
人工的な光はないはずなのに、真ん中で踊る彼女は幻想的で。
柔らかな月の光に照らされて巫女服を舞わせる彼女から目が離せなかった。 
靭やかな手足が宙に舞う。
鳴り響くは鐘の音だけ。
歌ではないのにメロディが聴こえた気が、した。
「…どうだった?」
駆け寄ってきた遥にハッとする。
どうやら奉納の儀は無事に終わったようだ。
「…うん、凄く…良かった」
「本当?ふふ、嬉しいな」
呆然とそう言えば遥は嬉しそうに笑う。
無邪気なそれと先程の踊りとのギャップにドキドキした。
柔らかな夜風が志歩の兎耳を揺らす。


「月は…まだそばに居てくれるかな」

小さく呟いた志歩の声は、残響を残さず消えた。


うさぎうさぎ、何見て跳ねる?

(美しい巫女さんの、きれいな踊りを見て胸を跳ねさせる)

ケンシンバースデー

財布を探っていた彼が何かを見つけ、目を丸くした。
それから、ふうわりと表情を綻ばせる。
彼が…シンヤがそんな顔を見せるのは家族関連だけだ。
自分の先輩であり職場の上司であるヒノキなら話しかけに行くだろうか、なんて思いながらシズハは少し微笑んだ。
「…シズハさん?」
「…!…すみません」
小さな声にハッとして彼の元に行けばシンヤは僅かに眉を下げる。
「いえ」
「…何を見ていたか伺っても?」
そっと聞いてみればシンヤは大したものでは、と紙切れを見せてくれた。
「…これは、兄から貰った…誕生日プレゼント、です」 



それは、遠いとある日の夜。



「…ケン兄」
シンヤの声にケンヤが振り向く。
「どうした?」
優しく聞くケンヤに差し出される、覚えがある紙切れ。
「…お前、これ」
「…ラーメン券。誕生日だから…」
おずおずと言うシンヤを引き寄せてわしゃわしゃと髪を撫でる。
「…わ!…もう、ケン兄」
「あははっ!!お前なぁ、誕生日なんだから遠慮すんなよ!」
可愛い弟にそう言えば彼は小さく頷いた。
ケンヤも忘れていたそれは、去年の誕生日に作って渡した、これを見せればラーメンを食べに連れて行く券だ。
なんともまあ安上がりだが、シンヤはこれが良いらしい。
可愛いやつ、と去年と同様笑ってしまった。
ただ今日は生憎の雨である。
連れて行くのは問題ないが、大切な彼が雨に濡れてしまうのは忍びなかった。
「…あ、そうだ!」
「え?」
「ちょっと待ってろよ、シンヤ」
きょとんとするシンヤの髪を撫でる。
それから彼の手を掴んでキッチンに行って座らせた。
「…えっと、ケン兄?」
「シンヤの誕生日に、世界一美味いラーメン、作ってやるよ」
に、と笑ってみせる。
そうは言ってもインスタントの袋麺に、出来合いのチャーシュー、切っただけの白菜や人参だ。
こだわりと言えば、煮卵くらいで。
ただそれだけなのに待っているシンヤの目が輝いていく。
「…!」
「ほい、お待ち!」
トン、と机にラーメンを置くと彼は嬉しそうに顔をほころばせた。
その表情にケンヤも嬉しくなる。
きっとそれは彼も同じ。
「…いただきます、ケン兄」



誕生日に出される特別なラーメンは


雨の月夜に優しく滲みる、特別な味。

逃避行しほはる

遥が何やら真剣な目でスマホを見つめていた。
ふと通りかかっただけの志歩は、邪魔をしては悪いなと声をかけないつもりだったのだが…何を見ているか気になり、それをそっと覗き込む。
「…お姉ちゃんの動画?」
「…ひゃっ?!日野森さん!」
思わず呟いてしまった志歩に、遥が驚きの声を上げた。
それにこちらも驚いてしまい、反射的に謝る。
「ごめん!驚かせる気はなくて…」
「ううん、こっちこそごめん」
にこりと笑った遥はもういつもの通りだ。
それにホッとしつつ、改めて彼女のスマホを見る。
「…えと、お姉ちゃんが見えたから、つい」
「ああ、これ?そうなの。最近撮ったんだけど、いつもとは違う雰囲気でしょう?」
志歩の言葉に、遥は嬉しそうに言った。
ほら、と見せてくれるから志歩は遠慮なく隣に座る。
小さな画面の中では雫と、それから愛莉が踊っていた。
珍しい、と思ったのは彼女たちが踊っていたのが所謂アイドルソング、ではなく、初音ミクが奏でる歌は悲愛めいた物語調のそれだったからである。
二人ともドレスを着て優雅に踊っており、手を差し出す愛莉とその手を取らずそっと目を伏せる雫は引き込まれるものがあった。
あんなに家ではおっとりしているのに、やはりプロなのだなぁと思う。
「良いね、この雰囲気も好きだな」
「でしょう!曲も好きなんだ。随分後になって続編も出たけど、あれも良いよね」
「ああ、私も好き。歌詞は物語調だけど使ってるのは割とギターとかベースとかそっち方面だし…」
「そういえば、珍しいよね。でもそれが合ってるっていうか」
「うん、バンドサウンドだから良いのかも。私も良く聴いてベースを真似したことあるよ」
「本当?!聴いてみたいな」
遥は楽しげに聞いてくれるからつい話し込んでしまった。
そういえば、ぬいぐるみの価値観もそうだったし、考え方が似ているのかもしれない。
「桐谷さん」
「?なぁに、日野森さん」
「桐谷さんは、この歌詞どう思う?」
「どうって…素敵だとは思うけど…」
唐突なそれに遥は首を傾げた。
どうしたんだろう、という表情が見て取れて志歩は思わず笑う。
「そうじゃなくて、共感出来るかってこと」
その言葉に遥は、ああそういう、と笑ってから少し上を向いた。
「うーん、曲は素敵だけど、歌詞に共感は出来ないかなぁ。両親とも仲は良いし、別に逃げる必要もないし。自分のことも嫌いではないしね…。…あ、でも」
「?でも?」
「逃避行はちょっと気になるかも」
思いもよらない言葉に志歩は驚いた。
まさか逃避行に興味があるなんて。
「駆け落ちっていうのかな。自分が持ってる全てを捨てて恋人と二人で生きるってどんな感じなんだろうって」
全てを捨てる気はないけどね、なんて笑う遥に志歩は目を細める。
彼女はきっとこれからも全てを、夢を捨てる気はない。
それは志歩も同じ、だから。
「…なら、やってみる?」
「…え?」
きょとんとする遥の手を取った。
彼女のスマホから歌が流れる。
『…♪連れ出してよ、私の   叱られるほど遠くへ…』
「私も興味あるんだ、逃避行」


「日野森さん!」
「…桐谷さん。…どうしたの、その荷物」
手を振る彼女はなぜだかスポーツバッグを持っていて、志歩は首を傾げる。
「ああこれ?帰りにちょっとランニングしていこうと思って」
ニコニコと遥が笑む。
彼女の今の格好は白いワンピースに水色の短いボレロだ。
どうやら逃避行感を演出したらしいが、これはランニングには向かない。
だからこそランニングウェアやシューズをバッグに詰めてきたのだろう。
「ああ、なるほど。桐谷さんが重くないなら良いけど」
「大丈夫だよ。日野森さんのは、もしかして…」
「…正解は後でね。じゃ、行こっか」
目を輝かせる遥にそう躱して志歩は促した。
時刻は午前4時を少し過ぎたところ。
まだ電車も走っていない。
終電で行っても良かったが、真っ暗闇を歩いて帰るのはごっこ遊びにしては危険だと、歩いて行って始発で帰ることにしたのだ。
どうせ今日は休みである。
線路脇を二人でただひたすら歩いた。
「そういえば、雫は何も言わなかったの?」
「言ったら心配するし、何も言わずに来た。…帰ったら早朝練習してたとでも言うよ」
「そっか。…嘘ではないものね?」
「まあね。桐谷さんは?ご両親心配しない?」
「私のところは…。…トレーニングで走りに行くのは知ってるし…」
話しながらまだ薄暗い街を歩く。
夜風とはまた違ったそれが心地よかった。
「…!日野森さん、見て、海!」
パッと遥の声にそちらを向く。
さっきまで広がっていた街並みからは考えられないほど、綺麗な景色が広がっていた。
時計を見れば6時に近づきそうな時間で、そりゃあ景色も変わるな、と志歩は苦笑する。
それでも疲れた、とは思わないのは遥と共にいるからだろうか。
「行ってみよう」
「ええ」
線路を逸れて浜辺に向かう。
丁度昇ってきた朝日がきらきらと飛沫に反射していて、志歩は目を細めた。
「ふふ、もう帰れないね?」
「…楽しそうだね、桐谷さん」
いつの間にそんなところまで行っていたのか、足に水をつけ、長いスカートをたくし上げる遥に志歩は思わず笑う。
すると彼女も恥ずかしそうに目を伏せた。
「ちょっとやってみたかったんだ。早朝の海ってなかなか触れること出来ないし」
「あれ、強化合宿は海でやったんじゃなかったの?」
首を傾げる志歩に、ああ、と遥は説明してくれる。
「起きてはいたけど、流石にこんな事は出来ないよ。…そういえば、日野森さんたちも合宿やったんだよね?」
「まあね。合宿っていうか、練習場を貸し切って特訓しただけだけど」
「それも凄いよ。…またライブ見に行きたいな」
「ありがとう。次ある時は教えるから時間あったら来てよ。待ってる」
「…もちろん!」
遥が凄く嬉しそうに頷いた。
本当に楽しみにしてくれてるんだろうな、と思う。
彼女の言葉に嘘はないと分かるから。
「…?日野森さん?」
きょとりと遥が振り向く。
夜から朝に変わった、緩やかな海風に吹かれた、彼女の髪が揺れた。
「…ううん、私もあの歌は好きだけど、歌詞の共感は出来ないなぁって」
その言葉に遥がコロコロと笑う。
傍のテトラポッドに座り、ベースを取り出した。
音を紡ぐ志歩に合わせ、彼女が歌を奏でる。
そういえば、遥と仲良くなったのも臨海学校の時だったか。
お互い挨拶を交わすだけだったのに、フェニーくんの話をしたり、誕生日を祝い合ったり、チョコレートファクトリーに行ったり。
遥に接していく内にもっと知りたいと思うようになった。
しっかりしている彼女の笑顔が可愛かったりだとか、志歩も驚くほど甘いものが好きだったりとか、クールに見えるのにとても熱かったりだとか。
「♪たぶん私あなたが 好き だった…」
綺麗な遥の声が海に溶ける。
ベーシストとアイドルの歌なんてかなり異色だろう。
けれど、今はそれが心地良くて。
遥も同じ気持ちなら良いな、と思った。

(自分のチームに戻る、その時までは


出来れば隣で歌っていて)


「ふふ、何だか楽しいな。あ、日野森さん、この曲知ってる?」
「…ああ、知ってる。…ちょっと待って…」


夜と朝の境目、時間限定の逃避行


二人の歌を乗せて、セカイに朝が来るー…