司冬ワンライ・意地悪/我慢

「…司先輩は意地悪です」
「待ってくれ、冬弥!」
少し不貞腐れたかのような、それでいて泣きそうな冬弥を、司が止める。
「…俺は、我慢出来ると…そう…」
「…っ、だが、オレは冬弥に我慢してほしくはないんだ!!」
珍しく文句を言う冬弥の肩を司が掴んだ。
「初めての時も我慢しようとしていただろう!オレはあんな冬弥の顔は見たくない」
分かるだろう?と囁き、抱きしめる。
「なあ、冬弥。オレはお前が好きだ。だからお前の願いは叶えてやりたい。…だが、それとこれとは話が別だろう」
「…ですが、俺も先輩と同じものが見たいんです!そのためなら、俺の感情なんて…!」
「馬鹿を言うんじゃない!」
声を荒らげる冬弥を遮り、司が感情的な声を出した。
目を見開く冬弥に、司はすまない、と謝ってから優しく微笑んだ。
「何度も言うがオレはお前が好きなんだ。だからこそお前の感情を我慢してほしくない」
訥々と想いを聞かせる司に冬弥も困惑した顔を見せる。
どうしたら良いのか分からないのだろう。
そんな彼の手を司はそっと握った。
「…意地悪で言っている訳ではない。…分かってくれないか。オレの前では素直な冬弥でいてほしいんだ」
「…司先輩……」
「一緒に模索していこうではないか。なぁに、まだまだ時間はたっぷりある!」
「…はい」
司のそれに冬弥が笑みを浮かべる。
そんな彼を、司はぎゅっと抱きしめた。



「…なに、あれ」
「あれかい?高所が苦手な青柳くんが観覧車に乗りたいと言ったのをのらりくらりと躱していた司くんと揉めていた…けど、どうやら解決したらしいねぇ」
「わんだほーい!やっぱり仲良しが一番だよね!」

ワンドロ・かわいい人/はんぶんこ

いつものセカイ。
いつものカフェで。
「レンー!ドーナツもらったからはんぶんこしようー!」
「え、待っ、オレ今コーヒーゼリー食べて…!あー器持ってくるから座って待ってて!」
レンとカイトのいつものわちゃわちゃに、カウンターにいた冬弥が首を傾げた。
「…はんぶんこ」
「どした、冬弥」
小さく呟かれるそれに彰人が聞くと冬弥は、ふるふると首を振る。
「いや。…そういえば、羨ましいと思ったこともあったな、と思っただけだ」
「はぁ??」
くすりと笑う冬弥に、彰人は心底分からない、といった声を出した。
はんぶんこが羨ましいなんてどうかしてる。
…まあ、姉である絵名には半分、どころか全部持っていかれるからだけれど。
「そういうやり取りができるのも仲の良い証拠だろう。…うちはそうではなかった、から」
ほんの少しだけ寂しそうにする冬弥に、彰人ははぁとため息を吐き出す。
ただただはんぶんこが羨ましいというかわいいそれではないのだろう…勿論、それもあるだろうが。
「…これ、は」
「ほら」
「?彰人?」
「半分、な」
先程注文したパンケーキを半分にした。
彼はどうも無理をする衒いがある。
しかもそれを隠そうとするのだ。
嘘が下手なくせに。
少し顔を顰め、ぽかんとする彼に「オレにも寄越せよ」と言ってやった。
「お前に何があったかは知らねーけど。冬弥が全てを背負い込む必要はないだろ」
「…彰人」
「お前の辛さも、お前の背負っている物も全部…このパンケーキみたいにさ、半分に出来たらって、そう思うけどな、オレは」
半分にしたパンケーキを差し出しながら彰人は言う。
冬弥は驚いたように目を見開き、それからふわりと破顔した。
「…そういうところ、だな」
「は?何がだ」
「いや、何も」
くすくす笑って、それを受け取る。
「つーか、オレでいいのかよ、はんぶんこの相手」
「俺の辛さも、俺の背負っているものも…もちろん、良いことも全て…分けるなら彰人が良いと…俺は思うが」
頬杖をつきながら聞くと冬弥が自分の注文したクッキーを割り、こちらに差し出してきた。
…まったく本当に彼だけは!
その腕をぐっと掴み、彰人は冬弥に笑いかけた。
「可愛いよな、お前はさ」
え、という表情の彼に触れるだけの口付けを施す。
かわいい人だな、と…ただ何となくそう思った。



良い事は二人分



悪い事は半分


二人で共有しよう



(悪い事は全て背負い込んでしまうお前を




全てオレのモノにしたい、その思いの名前は?)

類冬ワンドロ・彼岸花/スケジュール

「…もうすぐ、お彼岸ですね」
「…ああ、そうだねぇ」
いつもよりほんの少しだけ遅くなった帰り道。
冬弥がふと前を見ながら言うから、類は同じ方を向き…肯定した。
目の前には彼岸花が揺れている。
「彼岸花には転生、また逢う日までという花言葉があるそうだよ」
「…そうですか」
類のそれに冬弥が微笑んだ。
そして、スケジュール帳を取り出す。
「…では、彼岸花も買いましょう。スケジュールに入れておきます」
「ああ、頼むよ」
にこりと笑い、類はふと空を見上げた。
彼岸花を写したような紅い空。
もうすぐ、夜がやってくる。
…そうして、朝は。
「それじゃあ青柳くん、また後でね」
「はい。また後で」
道で別れ、類は夕日に背を向けた。
目の端で揺れる白い曼珠沙華に類はクツクツと笑う。
思うは君1人、なんて。
(今生分つとしてもなおのこと!)

揺れる花を見つめ、類は目を閉じたのだった。



『次のニュースです。…昨夜未明男子高校生二人の遺体が……傍には大量の彼岸花が置かれ…二人は……』

memoryOfBirthday

「…あ、シンヤ君!」
「…?はい」
ヒノキがそうだ、と思いだしたように言う。
それに、きょとんと首を傾げたのはシンヤだった。
「お誕生日だよね、おめでとう!」
「…ありがとう、ございます」
目を見開いたシンヤがふわ、と微笑む。
かわいいなぁと思っていれば、うわ、と言う目線が一つ。
「…所長、いちいち誕生日とか覚えていらっしゃるんですか。…重いですね」
「シズハ君?!!」
ついでに辛辣なお言葉もいただき、思わず声を上げた。
まったく、心外である。
彼だって依頼者だけれどしょっちゅう探偵事務所にいるし、仲間みたいなものなのに。
そう言えばまたシズハは「…。…重いですね」とため息を一つ吐き出した。
「シンヤ君。嫌な時は嫌と言って良いんですよ?」
「ねぇ、ちょっとシズハ君??」
「いえ、俺は…」
シンヤには優しい目のシズハに、ヒノキは口を挟む。
だがそれをシンヤが遮った。
「…嬉しいですよ。祝ってもらえて」
「ほら、ほら!!」
「…重くは、ないですか?」
「いえ、そんなことは。…兄が、マメな人だったので」
小さな笑みに、あ、と思う。

それは、そう。
今から少し前の話。


「シンヤ!な、今から月見に行かね?」
笑うケンヤにシンヤは投げられたジャケットを受け止め首を傾げた。
「…お月見は、もう少し先じゃなかった?ケン兄」
「細かいことはいいんだって!ほら、行くぞ。アンヤが起きるだろ」
「…また…」
小さく笑い、シンヤはパジャマの上からジャケットを羽織る。
どの道、ケンヤの誘いは断れないのだから。
「どこに行くの?」
「ん?いつものトコ」
笑うケンヤからメットを被せられてからバイクの後ろに乗り込み、広い背中に抱き着く。
ブゥン、というエンジン音。
夜の風が心地良い。
流れる景色に少し上を見上げるが、月は見えなかった。
少し疑問に思いながら背中に頬を寄せる。
暖かいなぁとぼんやり思った。

着いた、と言われて降り立ったのはよく行くラーメン屋だった。
首を傾げながら付いていけばよく頼むそれに今日は違う具材が乗っていて。
「…半熟卵」
「おう。今日誕生日だろ。…おめでとう、シンヤ」
「…ありがとう、ケン兄」
頭を撫でられ、笑みをこぼすがふと兄の言っていた事に疑問が湧いた。
「…お月見は?」
「え?あるだろ、月」
笑いながら指し示される、卵。
ああ月見うどんならぬ月見ラーメンか、と思っていればケンヤはニッと笑う。
それにまたシンヤは髪を揺らすことになったのだった。
「月にうさぎは付き物だもんな」



どういう意味だったんでしょう?と言うシンヤにシズハがぽん、と彼の肩を叩く。
ヒノキは真実を言おうとして口をつぐんだ。
無理に暴く必要もあるまい。
「…ま、今日はシンヤ君の好きなものを食べに行こうか!ご馳走するよ」
代わりにそう言って立ち上がる。
「え、いや、そんな…」
「更屋敷先輩、ご馳走様です」
「待ってシズハ君、ご馳走はシンヤ君に…!」
わちゃわちゃと、賑やかしい事務所内を、月がそっと、照らして…いた。


(日常にほんのちょっと優しい色を!)

司冬ワンライ・新学期/図書室・生徒会室

新学期。
夏の蒸し暑さはまだ残るものの、何となく涼やかさも肌に感じ、司は伸びをする。
「…司先輩?」
「ん?おぉ、冬弥か!おはよう!」
後ろから声をかけられ、司は振り向いた。
そこには後輩であり幼馴染、そして恋人の冬弥がいて司は笑顔を振りまく。
「おはよう御座います。なんだか、久しぶりな気がしますね」
「そうか?つい2日前にも会った気がするが…」
微笑む冬弥に司は首を傾げた。
練習帰りという冬弥を引き止め、司の家でスイカを食べたのだ。
大きなスイカを頬張る冬弥は可愛らしく…司も、妹である咲希も思わず笑顔になってしまった。
閑話休題。
その件が数日前だったから久しぶりかと言われると疑問符を浮かべてしまうのだが…冬弥は柔らかく微笑んだままだ。
「いえ、その…制服姿の先輩が、です」
「ああ、なるほど、な」
その言葉に司も笑う。
確かに制服姿は久しぶりだ。
「どちらのオレも、格好良いだろう?!」
「はい。…司先輩は私服も制服も素敵です」
「そうだろうそうだろう!冬弥も、どちらもお前らしくて格好良いぞ!」
「…ありがとうございます」
ほわ、と微笑む冬弥に司も満足そうに頷いた。
そのまま2人並んで歩く。
こうして一緒に登校するのも久しぶりだ。
「今日は始業式と宿題提出だけだったな?」
「はい。後は各委員会があるみたいで」
「おお、そうだった。冬弥は委員会は図書室でするのか?」
「はい。…司先輩は…」
冬弥がはた、と止まる。
司の学級委員会はどこでやっているのだろう、という顔だ。
「学級委員会は教室を一つ借りていてな。生徒会室、みたいなものはあまり聞いたことがないが…もしかしたら存在するかもしれん」
「そうなんですか?」
「ああ。…その内一緒に探してみるか」
「…楽しそうです」
笑う司に、冬弥も微笑む。
なんだか、小さい頃の宝探しみたいだな、と思った。
「…まあ、冬弥と2人きりになれる教室が増えるのは悪くないかもしれんなぁ…」
「…え?」
きょとん、とする冬弥に、司は何も!と言いその肩を抱く。
秋の風が2人の間を吹き抜けた。



さあさあ、今日から新学期!

(二人の思い出もまた、新たに!)

ロマンス未満の掌と

目の端で赤色がちらちらと踊っている。しゃんと背筋を伸ばして歩いている冬弥の足元、スカーレットの靴紐。ほどけそうだ、とぼんやり思っているうちに、それはやがてはらりとほどけ、コンクリートに広がった。

「冬弥、靴紐」
「……? ああ、本当だ。ありがとう」

 どうせコンクリートに擦れる音で冬弥自身がすぐ気がついただろう。それでも伝えるべきだと思う。冬弥は自分のことに遠慮しがちだから。
 彰人が人の波から抜けガードレールに腰掛けると、大人しく着いてきた冬弥はすっとしゃがみ込む。靴紐がほどけるなんてなんだか縁起が悪いなと思い、彰人は視線を落とした。
 真っ赤な靴紐と真っ白な両の手。くるり、紐を丸め、もう片方を巻き付ける。もうひとつ輪っかをつくり、きゅ、と結ぶ。形を整え、今度はしっかりと。ふと、自身の靴紐と見比べる。すらりと伸びた生白い指先から形作られる蝶は、彰人が作るものより随分と美しかった。

「彰人は何にでもすぐ気がつくな」
「……そうか?」
「ああ。俺はいつか……お前無しでは駄目になってしまうかもしれないと、時々考える」

 冬弥は立ち上がるとけろりとそう言ってのけて、両手をポケットの中に仕舞い込んだ。立ち上がった拍子にホットミルクのような柔い匂いが彰人の鼻腔をくすぐった。同時に心をくすぐった冬弥の言葉に「そうかよ」となんとなく笑うと、スマホが2度、ポケットの中で震える。
 本当に自分無しじゃあダメになってしまえばいいのに。もう何度思ったか知れないそんな残酷な想いを瞳の奥に潜め、メッセージを開く。杏からだった。

「アイツらもう着いたってよ。ちょっと急ぐか」
「そうだな。あまり待たせては申し訳ない」

 冬弥の無防備な腰をぽん、と押して人の流れに紛れる。今日はなんだか人が多く感じる。
 目的地のライブハウスまではほとんどまっすぐ。ここからであればあと10分程度だ。今回のハコはもう何度も訪れた馴染みのところ。出番も中盤と、なかなか良い時間を押さえられたと思う。早めに着いて軽く声出しでも出来たらいい。杏とこはねは既に二人でやっているだろう。
 ちら、と隣を見遣った。今日はどこか落ち込んでいるように見えたが、今はすっかり平気そうだ。朝に聞いた時は「悪い夢を見た」と言っていただけだし、嘘をついているようには見えなかった。とにかく本当にどうしようもない時は言ってくれると分かっている。彰人は密かに安心して、5月の湿った風の匂いを吸い込んだ。
 着いた後はどうしようか、と適当に言葉を交わしながら足を進める。辺りは暗くなり始めていた。あそこの角を曲がって、道路を渡って、路地に入って少し。
 とうに頭に入ったルートを思い描き角を曲がる。

「……なんだ? あれ」

 しかし、そこには見慣れない規制が張られていた。
 薄暗い中で目を刺す回転灯と、蛍光の規制線。事故でも起きたのか、普段通っている横断歩道が通れなくなっている。大勢の人はその辺りで滞留し、歩道橋までがざわざわと混み合っていた。思わず「うわ」と声が零れる。

「事故……だろうか」
「みたいだな。向こうから回って行くか」
「それではだいぶ遠回りになってしまわないか?」
「かもしんねえけど……ま、出番には間に合うだろ」

 おおよその時間を概算して、くるり、踵を返す。
 練習の時間は取れないかもしれない。本番の前にどうにか声を合わせられたら良いが。

「彰人」

 少しばかり早足になる彰人を止めたのは、冬弥の声だった。振り返った彰人の腕をぎゅう、と掴み、目の前の歩道橋を指差す。道幅の狭い歩道橋。冬弥がよく見上げては顔を顰めていたところだ。

「あの歩道橋を渡った方がかなり早いだろう」
「……まあ、な」

 まさか冬弥からその提案がされるとは。木の上に登って顔を真っ青にしたあのキャンプを思い出す。歩道橋なんて、あれよりもっとずっと高いのだ。
 彰人が歯切れの悪い返事をすれば、反して冬弥は微笑んだ。

「俺は平気だ。確かに少し緊張はするが……渡れないわけではない。それに、いざという時には彰人がいる」

 こう言われてしまえば、彰人はそれに頷く他無かった。歩道橋の方につま先を向ける。

「……分かった。無理だけはすんなよ」
「ああ」

 甘いだとか過保護だとか、そう揶揄われることも増えたが、あながち間違いではないと思う。この世のすべての悪から守ってやりたいなんてヒーローじみた考えにまではいかずとも、ただ、冬弥のことは大切にしたかった。大切に思う人がいることを、分かってほしかった。
 例えば色を知らない無地のキャンバスがあったとしたならば。そこに増えてゆく絵の具を、色を混ぜ合わせる姿を、塗りの作法を、すぐ側で見ていてやるべきは自分だと思う。そしてそれが許された唯一だとも思っていた。
 恋にも似た想いが混ざってしまったのはいつ頃か、よく思い出せないけれど。

 階段を登り終え、振り返る。この狭さでは橋の真ん中を歩かせることはできないだろう。強がっているようには見えなかったから本当に平気だと思ったのだろうが、これでは無理だと言ってもおかしくない。
 「冬弥」と名前を呼ぶと、小さな唇をきゅっと結んで頷いた。

「だい、じょうぶだ。……緊張はしてしまうが」
「あんま下の方見るなよ。前歩くから、オレの頭とかこのフードとか……そこらへん見てろ。そしたら歩道橋渡るのなんてすぐだ」

 彰人が笑って見せると冬弥は強張った顔を僅かに緩めた。人の波に押されるように一歩、また一歩と進む。
 それにしても酷い人混みだ。もともと人の往来が多い場所ではあったが、予想外のルート変更が強いられるとここまでになるとは。牛の歩みで進むのは、冬弥にとっても苦痛だろう。
 どうにか気を紛らわせてやろうと、声を掛ける。

「なあ、今度行きたい店があるんだけどさ」
「……行きたい店?」
「おう。古着屋なんだが、パッと見た感じお前に似合いそうな服がけっこうあったんだよな」
「俺に……」
「そんでさ、もうすぐ夏になるだろ。オレも服買いてえし、来週行かねえか?」
「…………」
「とう……っ、うお、」

 歩道橋は残り半分を過ぎたところ。いよいよ返事がなくなったなと振り返ろうとした時、体がぐ、と前につんのめった。冬弥が彰人のパーカーを掴んでいる。真っ白な指は更に血の気を失い、その顔は酷く青ざめ、唇は震えていた。

「冬弥」
「……っ、すまない、……」
「謝んなくていい。一旦座れ」
「しかし、……ほかの、人たちが」
「大丈夫。避けて通るくらいは出来るだろ」

 すると冬弥はその長身をぎゅっと丸め、空から逃げるように顔を埋めた。行き場を失くした手を握ってやれば、異常に冷えた指先が力無く握り返す。
 しかし困った。ここではないが歩道橋を渡ったことは実際にある。ショッピングモールの吹き抜けだって近くにいても問題は無かったのだ。それがあるから冬弥だって平気だと思ったのだろうし、実際彰人も平気だと感じた。今日はいつもと違うのか、それともこの場所が特別良くなかったのか。
 とにかく考えるのは後だ。どちらにせよ残りは半分、進むも戻るも同じ。

「落ち着くまでこうしてていいから」
「……ありがとう」
「ん。気にすんな」

 自身の体温を分け与えるようにぎゅうと手を握る。こんな状況なのに、冬弥に触れていることが彰人の心臓を叩いて止まない。手のひらだけがおかしいくらい熱くなっているように感じて仕方がなかった。

「…………手、を」
「あ、ああ、悪い、いらなかったよな」

 やらかした、と思った。別に彰人の体温なんて求めちゃいないはずだったのだ。ぱっと手を離し、不自然に頬を掻く。彰人は冬弥に何か与えることに慣れすぎていた。無意識に恋を混ぜてしまうほどには。
 すると冬弥はいくらか血色を取り戻した顔を上げ、遠慮がちに、彰人の手へ自身の指先を引っ掛ける。

「……いる。安心するんだ」

 今度は冬弥から手をぎゅっと握る。彰人ばかりが熱くなっていると思ったが、冬弥の手もあたたかさを取り戻しているようだった。

「手を、握っていてほしい。……渡りきるまで」
「かまわねえけど……もう平気なのか?」
「ああ。あと半分くらいなら平気だと思う」

 冬弥は表情を和らげ、小さく頷いた。こんなことを言われて手を握って、彰人の方がよっぽど平気ではないが、どうにか取り繕う。
 一緒になって立ち上がり、再び足を前に進めてゆく。実際彰人の方が余裕はなくて、言葉は何も出てこなかった。ただ身体ごと揺れてしまうような心音を悟られぬよう、深く息を吐く。下を通る車の音が遠く聞こえた。人のざわめきが他人事のようだった。
 冬弥が再び無理だと思わないかどうか、手の握り方はこんな風だったか、彰人の中にはそれだけしか無かった。
 姫でもエスコートするみたいに礼儀正しく手を握って、いよいよ階段を降り切った時、彰人はふう、と一際大きく息を吐いた。冬弥を振り返り、インディゴとペールブルーをぐしゃりと混ぜる。

「しんどかったろ。もう大丈夫だからな」
「……迷惑を、掛けた」
「だから気にすんなって。あそこでちょっと休むか」

 名残惜しい気持ち半分に手はするりと解いて、すぐ近くにあったベンチに腰掛ける。顔色はもう青ざめていないが、表情はまだ本調子ではなさそうだった。
 ライブハウスまではあと5分ほど。練習は出来るかどうか微妙なところだ。何より、こんな状態ではいいパフォーマンスができないだろう。

「水とかなんか、飲んどけよ。オレちょっと電話かけてくるから」

 冬弥が頷いたのを確認して、彰人はその場を立った。杏からの「何かあった?」というメッセージを読んで、彰人はスマホを耳に当てる。ワンコールも経たず、待ってましたとばかりに電話は取られた。

『もしもし彰人? 大丈夫?』
「あー、悪い。冬弥が調子悪くなっちまった。今休ませてるんだが」
『んー、そっか、なるほどね。調子は戻りそう?』
「しばらく休ませたら戻るとは思う」
『オッケー。私たちの出番、後に出来るように交渉してくるね! 冬弥のことよろしく!』
「おう。サンキュ」

 1分にも満たないうちに話はまとまり、彰人はスマホを仕舞った。杏のことだ、きっと上手いこと出番を遅くしてくれるだろう。
 冬弥に目を向ければ、ペットボトル片手に表情を暗くしている。それさえも美しいと思ってしまうのだから、この頭はどうしようもないみたいだ。隣に腰掛け、名前を呼ぶ。

「杏が出番遅くしてくれるってさ。落ち着くまでこうしてようぜ」
「……すまない、俺は……」
「いいんだよ、こういうのってお互いさまだろ。オレがキツくなった時は冬弥に頼るから、な」

 大切にしたいのだ。大切にしていると、伝えたい。直接言葉にするのは野暮だけど。
 冬弥はふっと目を細めると、もう何度目か、「ありがとう」と言ってペットボトルの水を口に含んだ。結露が手を濡らす。雫が腕を伝ってゆくのを彰人はなんとなく目で追った。あの手のひらの柔らかさがまだ感覚に残っている。
 大切にしたいのならこんな想いを抱くべきでないことは、彰人がいっとう分かっていた。しかし、それでも望んでしまうのだ。恋とはそういうものだった。

「今朝、悪い夢を見たと言っただろう」
「あー、そうだったな」
「ビルのような……何か高い建物から落ちてしまう夢だったんだ。……それを、思い出してしまった。今もまだ少し、恐ろしい」

 冬弥は眉根をきゅっと寄せ、困ったように微笑んだ。どうにかしてやりたくて、けれど上手い言葉も何も浮かばずにいれば、冬弥は「だから」と言葉を続けた。長い睫毛が瞳に影を作り、月色の虹彩が隠れる。

「だから……もう少し、手を繋いでいてもいいだろうか?」
「……え、」
「そうしていると、なんだかとても安心する。安心したんだ。……駄目だろうか」

 ああ、本当にこいつは。
 申し訳なさそうに彰人を見つめるその表情に、彰人は観念して手を差し出す。こんなの惚れた方が負けなのだ。
 冬弥こそ早く、彰人に惚れてしまえばいい。投げやりな考えを手のひらに込め、重ねた手をぎゅ、と握った。

転生しない少年たち

「冬弥ー。またせ…何読んでんだ?」
「…彰人」
彰人の声にふわりと笑った冬弥が読んでいた本の表紙を見せた。
「『星ノ少女ト幻奏楽土』…珍しいな、ファンタジーか?」
「そうとも言えるし、違うとも言えるな」
曖昧な冬弥のそれに彰人は首を傾げる。
曰く、その本はいくつかの章で構成されているらしく、今は6番目の話を読んでいるらしかった。
普段なら興味もないのだが、曖昧に濁されたせいで妙にストーリーが気になってしまい、「どんな話なんだよ」と聞いてしまう。
冬弥も読んでいる本に興味を持たれるのは純粋に嬉しいのか、快く教えてくれた。
「ある少女が、友だちの少女を好きになってしまった。その事実に絶望した少女にそのセカイのステラシステムが囁く、『不幸ヲ、サヨナラ』と」
冬弥がきれいな声で語りだすそれはどこか淋しげで。
彰人は口を噤む。
「ステラシステムは少女を少年に転生させたんだ。最初は幸せだった彼女たちだが違和感を覚えるようになる。それは本当に幸せなのか、と」
「…くだんねぇな」
「…え?」
思わず呟いた彰人のそれに、冬弥は首を傾げた。
だから、と彰人は頭を掻く。
「その、少女…だっけ?転生した方。相手に想いを伝えたわけじゃなかったんだろ」
「…そうだな。尋常じゃない片思い、とあるから恐らくは」
「伝えてみりゃ良かったじゃねーか。口にしなきゃ伝わんねぇこともある」
「…!…そう、だな」
彰人の言葉に、冬弥は目を見開き、それからふわりと笑った。
やはり伝えて良かった、と思う。
冬弥が隣で笑ってくれる、その幸せを手に入れることが出来たのだから。
絵空事に恋する気はなかったし、友だちのままで、相棒のままでいる気もなかった。
平坦に単調に聴き飽きたポップスのように、ただただ流れていく偽りの日常なんかいらない。 
彰人が望むのは胸が高鳴って常に進化していく最高潮の音楽(ストリートミュージック)と素晴らしい仲間だ。
こはねと、杏と、それから。
「行くぞ、冬弥」
目の前の相棒に手を差し出す。
ああ、と迷い無く手を取ってくれたのが嬉しかった。
今は、相棒としてだけではなく、恋人としても隣に立ち続ける。
仲の良い友達、はもう脱したのだ。
だから、もう悲しませたりなんかしない。
転生少年みたいには、もう。

(誰かの幸せを願うなら、その隣にオレがいたって問題ないだろ!!)



「…彰人も、ステラシステムに抗いそうだな」
「…。…そもそもステラシステムなんかに縋らねぇっつーの」

類冬ワンドロ・じゃがいも/挑戦

「…ねぇ、青柳くん。少し良いかな」
「はい。なんでしょうか」
こてり、と黒いエプロンをつけた冬弥が首を傾げる。
今日返却された本の中にお菓子作りの本が混じっていたんです、と放課後に話しかけてきたのは冬弥の方だった。
作ってみたいけれど流石に家では作れないし、学校の家庭科室を借りるのも気が引ける、と言う彼に「なら、うちのキッチンを貸そうか?」と類が提案したのはごく自然のことで。
冬弥も遠慮気味にだが、その提案を飲んだので類も楽しみにしていたのだ。
彼がお菓子作り、なんて珍しいにも程がある。
その相手に類を選んでくれるとは!
…そう、喜んだのもつかの間だった。
「…ここにある大量のじゃがいもは何かな」
「…材料ですが」
「まあそうだろうね。流石の僕もお菓子の材料にしないのに持ってくるとは思わないよ」
「…?では、何故…」
心底不思議そうな冬弥に類はそれを冬弥の前に押し出す。
キッチンを追い出された時に「つるの恩返しみたいだねぇ」とのほほんとしていたのは間違いだったのだ。
「青柳くん。僕の野菜嫌いは知っているね?」
「はい。草薙と、暁山…後、司先輩からも聞きました」
「それなのにじゃがいもを?」
「…ポテトチップスならいけるかと…思ったのですが…」
「何故いけると思ったのかは知りたくはあるけれどね」
しゅんとする冬弥に類は笑みを浮かべた。
ここで絆されてはならない。
…だが。
「俺が、あーんするのは、どうですか?」
「…ん?」
「挑戦、してみませんか?神代先輩」
微笑み、冬弥は先程揚がったばかりの自作のポテトチップスを箸で摘み上げた。
「挑戦、って…」
「先輩。あーん、です」
可愛らしい様子に思わず口を開けてしまいそうになる。
ぐっと耐え、類は冬弥の手を引いた。
「ん?!!ぅ、ん…!」
そのまま口づけ、ついでに火を切り有耶無耶にする。
「ふ、ぁ…せん、ぱい…!」
「ふふ。僕は嫌いな野菜より、大好きな君を食べたいのだけれどね?」
珍しく睨む彼に笑いかけ、ひょいひょいと油の中にあったポテトチップスを網に上げた。
鍋の中に油しかないのを確認し、類は冬弥を抱き上げる。
「ま、待ってくださ…!」
「君がお菓子を作ってくれるというから期待したのに。意地悪だなんて酷いなぁ」
「…俺は、そんなつもりでは…!」
「ポテトチップスとはいえ、僕に野菜を食べさせよう、だなんてちょっとお仕置きが必要じゃないかな。…ねぇ、青柳冬弥くん?」



にっこりと笑う類によって、冬弥の挑戦は敗北に終わる。


勝者は浮かれた足取りで自室に向かったのだった。


(野菜なんて食べなくても僕は好きなものだけで生きていけるのさ!)



「…瑞希?青柳くんのことでちょっと話が」
「げぇっ、なんでボクが言ったってバレてるのさ!」

ワンドロ/布団・密着

あきとふゆの夏

カラン、と音を立て、メイコのカフェに入る。
いらっしゃい、という朗らかな声に「どーも」と返した。
「今年の夏は楽しかったのねぇ」
「は…まあそうッスね」
楽しそうなメイコに首を傾げれば彼女はくすくす笑いながら視線を向ける。
その方向を辿れば見慣れたツートンカラーの彼がカウンターに居た。
「…冬弥?」
「彰人。…バイト、終わったのか」
「まーな。…んで?何見てんだよ」
見上げる冬弥の隣に座り、彰人はひょいとそれを覗き込む。
その手にあったのは小さなアルバムのようなものだった。
「小豆沢がこの夏の思い出に、と写真をくれたんだ。これは白石の誕生日の時だな。こっちは皆で花火をした時」
「…夏祭りの時のはなんであんだよ…」
「…ああ。暁山が彰人のお姉さん経由で渡してくれた。良い写真だったから、と」
「…ったく…」
げんなりとため息を吐く彰人に、冬弥は楽しそうに笑う。
まあ彼が楽しいならばそれでも良いか、と、そう思った。
「…今年の夏は、楽しかったな」
「…あ?」
「今まで行けなかったところに行くことが出来て、彰人と今まで以上に歌えて。…楽しかった」
噛みしめるように言う冬弥に、彰人は目を見開く。
何だかまるで、この夏だけで全てが終わってしまうみたいに言う冬弥に、何を言ってるんだと大袈裟な息を吐き出した。
「…彰人?」
「…夏が終われば秋が来て、冬が来るだろ」
「…?そうだな」
「その後春が来て…また夏が来る。そん時、今年以上に思い出を作りゃいいんじゃねぇの?…一緒にさ」
「…!…ああ」
ふわ、と冬弥が笑む。
なんだかその顔がこの夏一番幸せそうで。
彰人も目を細めて運ばれてきたアイスカフェ・オ・レを口に含んだのだった。



夏も、秋も冬も…来年もその先だって。

お前とずっと、隣で共に。



「来年の夏こそ、彰人の宿題が早く終わっていることを願っていよう」
「…蒸し返すんじゃねぇよ……」