司冬ワンドロワンライ・蜜柑/分け合って

今年も寒い冬がやってきた。
寒さは別段得意なわけでも苦手なわけでもない司は寒がりの母の代わりに買い出しに来ていたスーパーの駐車場である光景を見つけて立ち止まる。
「みかん詰め放題…500円?!それは安いな!」
宣伝文句に司は早速その列に並んだ。
冬のこたつにはやはり蜜柑だろう。
詰め放題はやったことはないが…まあ何とかなる。
中が潰れなければどうということはないのだから。
「…いざっ」
袋を受け取った司はコンテナいっぱいの蜜柑を前に腕まくりをした。



「…流石に詰めすぎただろうか……」
破けそうな程詰めた袋に思わず司は苦笑する。
店の人も驚くくらいには司は詰め放題の才能があったようだ。
「…む、冬弥!」
「…!司先輩!」
練習帰りらしい冬弥を見つけて司は声を掛ける。
彼も嬉しそうにこちらに駆けてきてくれた。
「こんにちは。…すごい荷物ですね?」
「ああ。みかんの詰め放題をやっていたんだ。…少しもらってくれないか?」
「!良いんですか?」
「ああ。うちで分けよう」
「ありがとうございます、司先輩」
司の申し出に冬弥が嬉しそうに微笑んだ。
はて、彼はそんなに蜜柑が好きだったろうか。
「オレも詰めすぎたと思っていたから貰ってくれる方が有り難い。…しかし、冬弥が蜜柑好きとは驚いたな」
「そうですね…。特別好き、という訳でもないのですが…。…司先輩と分け合える、というのが嬉しくて」
ふふ、とはにかむ冬弥に、思わず荷物を落としそうになった。
全く、この可愛い恋人は!!
「…司先輩?」
「…冬弥にはいつまで経っても敵わんなぁ」
不思議そうに目を瞬かせる冬弥に司は笑いかけた。
今日も司は冬弥に恋をする。
蜜柑のように甘酸っぱい恋を。




「そういえば以前に蜜柑の皮アートというのを教えてもらったことがありまして…」
「何っ?!それは気になるな?!!」

司冬ワンライ/電車 ・秋の風景

「先輩!紅葉が見えます!」
「そうだなぁ」
わくわくした冬弥の声に司は小さく笑いながら同意する。
行楽シーズン、弁当でも持って少し遠出をしようかと持ちかけたのは司だがまさかこんなに喜んでくれるとは思わなかった。
「まだ行き道の電車内だが…そんなに楽しいか?」
「はい!…先輩と一緒なのできっとどこでも楽しいと思うのですが…美しい景色を、先輩と直接共有出来るのは嬉しいです」
ふわふわと笑う冬弥に、司は胸が高鳴るのを感じる。
やはり冬弥は可愛らしい、と思わず笑顔になった。
「わっ」
「…と、大丈夫か?」
電車がガタン、と揺れ、彼がたたらを踏む。
それを支えつつ聞けば冬弥はこくりと頷いた。
「はい。…大丈夫です。ありがとうございます」
「なぁに、冬弥が無事で何よりだ!」
笑い掛ければ彼は僅かにはにかんだ。
窓の外に秋の風景が広がる。
赤や黄色の葉っぱたち、橙の花や紫の果実。
見事なそれに司は目を細めた。
きっと目的地まで後少しなのだろう。
「美しい光景だな!」
「そうですね。…とても、綺麗です」
秋の光に冬弥の表情が照らされた。
「?司先輩?」
「いや。……美しいのは冬弥であったな、と」
「…!」
司の言葉に冬弥は目を丸くする。
何かを言いかけた彼の言葉は車内アナウンスにかき消された。
ゆっくりと電車は減速する。

目的地まで、もうすぐ。

昨日は誕生日だった。
仲間たちや先輩たちから盛大に祝ってもらったから今日は冬弥と二人きりで、と行きつけのカフェに来ていた彰人は、目の前にいる冬弥が小さく笑うのを見て首を傾げる。
「どうした?冬弥」
「…いや。彰人がたくさんの人から祝ってもらっているのを見ると嬉しいものだな、と思ってな」
「…なんだそれ」
柔らかい表情の冬弥に彰人は苦笑した。
奥さんでもあるまいに。
「……流石にまだ早ぇよな…」
「彰人?」
「あ、いや、何も」
小さく呟いたそれは冬弥には聞こえていなかったようで、彰人は曖昧に笑う。
今はまだ十分な関係だ。
隣で彼が歌ってくれる。
その先は伝説を超えてからでも遅くはなかろう。
「お待たせいたしました」
と、ウェイトレスが何かを運んできた。
冬弥が予約してくれていたらしいチーズケーキの上に何かオレンジ色のジャムか何かがかかっている。
柑橘系の果物だとばかり思っていれば何やら花びらが見えた。
小さな花は通学路でもよく見たことがある形で。
「…これ、花…か?」
「ああ。…金木犀だ。エディブルフラワーと言ってきちんと食べられるから安心してほしい」
彰人の疑問に冬弥が答えてくれる。
やはり花だった、と納得したが新たな疑問が擡げた。
「いや、その心配はしてねぇけど。なんで金木犀なんだ?」
首を傾げる彰人に、冬弥は小さく笑う。
内緒だ、なんて微笑んだ冬弥に眉を顰めた。
「…なんだ、それ」
楽しそうな彼にそう言うしかなくて、彰人は息を吐く。
嘘がつけない代わりに彼はこうやって気持ちを隠してしまうのだ。
無理やり聞いたって教えてくれないだろう。
だが、今回は悪い方ではなく彼の表情から良い隠し事な気がした。
…それを証拠に。
「…彰人」
「あ?」
「…誕生日おめでとう」
「…。…おぅ」
そう、祝ってくれる冬弥が幸せそうで。
だからまあ良いか、と思った。


一口大に切り、そのまま含んだ金木犀のジャムがかかったチーズケーキは。


普段より幸せの味が、した。


(彼が隠した金木犀の花言葉


初恋は彼によって食べられ、誘惑へと変わる)

しほはるワンライ

司冬ワンライ・教室/夕暮れ

夕暮れ刻の教室で

有り体に言おう


司は天使を見た




風紀委員の仕事で少し遅くなってしまった。
今日はショーの練習もなくて助かった、と怒られない程度に足を早める。
急がなければ。
「お、天馬!」
「む」
新しいクラスメイトが司を呼び止めた。
司の用事のせいで彼を邪険にするのは違う、と立ち止まる。
「どうかしたか?」
「ああ。2年のお前の後輩さ、教室の前で待ってたから中入って待っとけって言っといた。最初は遠慮してたけど委員会なんて何時に終わるか分かんないだろ?」
あっけらかんと彼は笑った。
その手をぎゅっと握って「助かる!ありがとう!」と礼を言う。
大した事してねぇだろ、と笑う彼に手を振り、司は先程より急ぎ足になった。
「…すまん、待たせー…!」
ガラッと教室のドアを開ける。
秋風がカーテンを揺らす部屋の中。
司の机に、彼が…冬弥がいた。
イヤホンを着け、スマホに目を落とす冬弥は、とても美しく見えて。
嗚呼、彼は司にとっての天使だ、と暫く惚けてしまった。
「!司先輩!」
ふ、と彼の声に我に返る。
いつの間にか冬弥はイヤホンを取って立ち上がろうとした。
「…すまん、遅くなってしまった」
「いえ。…司先輩、夕日に輝いて少し見惚れてしまいました」
「何、それはオレの方だぞ?!」
「…え」
小さく笑う冬弥の手を取る。
驚いた表情の彼に口付けて笑いかけた。
「夕暮れに佇む冬弥を見て、オレは天使がいたのかと思ってしまった」
「…司先輩」
ふわりと彼が微笑む。
金木犀色が教室の中を包んだ。
さあ帰ろうか、と司は冬弥の手を引いた。



これは

秋の日の、よくある話

バグハロウィン

セカイにはバグがある…らしい。
想いの持ち主の体調不良だったり、音楽機器の不調だったり、その辺は曖昧だ。
だが、唐突に、意図せずに起こる。
そうしてこのバグは、現実にも影響を及ぼすものだそうだ。

それは、ほら、今回だって。



「…またかよ…」
ショーウィンドウに映った姿を見て彰人はため息を吐く。
明らかにセカイに行く前とは服が違うのだ。
このバグは何度か体験したことがある。
それにいつもと違って焦らないのは今日がハロウィンだからだ。
少しくらい変わった格好でも怪しまれないだろう。
だが、これは。
「…騎士、か?」
しげしげと自分の姿を見つめた。
白を基調にした重い服。
青いマントに、腰にはご丁寧に剣が差してある。
剣自体に重さはないから、イミテーションなのだろう。
そういえばセカイで見たことがあった気がする。
…髪型まで変わっているのは不可思議で仕方がないが。
「…あれ、犬嫌いの人」
「あぁ?」
失礼な声に彰人は胡乱げに振り向いた。
そこには「冗談」と笑う女子の姿があって。
「…っと、こないだ杏と歌ってた」
「日野森志歩だよ、東雲くん」
くすくす笑う彼女の隣には少し困ったような青髪の少女がいた。
「日野森さんってば…」
「大丈夫、ちょっとは交流あるから」
「ったく。…アンタ、桃井さんとこの」
「そうだよ。…桐谷遥です。杏がお世話になってます」
にこりと青髪の少女が笑う。
少し意外な組み合わせだなと思った。
「…いや、そんなことないでしょ。チョコレートファクトリーでも会ったよ」
「…ああ、そういやいたな」
思ったことを言葉にすれば志歩がそう言う。
それに彰人も頷いた。
「で、アンタらもハロウィンか?」
「…まあ、そんなとこ。東雲くんも?青柳くんは一緒じゃないんだ」
曖昧な言い方をした志歩が首を傾げる。
それに、今度は彰人が「まあな」と言葉を濁した。
「ふふ、二人とも仲良しなんだね」
「ま、相棒だからな」
ふわふわと遥が笑う。
同じようにドレスが揺れた。
「…彰人」
「…おお、冬…弥?」
よく知る声に振り向けば冬弥が駆けてきていて。
…だが。
「…わ、すごい!」
「…本格的だね?」
遥も志歩も驚いた顔をする。
冬弥からも服が見たことないものになっている、とは連絡があったが…。
「ああ、ありがとう」
「これ…何の衣装だ…?」
「竜騎士、だな。…前にレンが教えてくれたんだ」
こっそりと彰人に囁く冬弥に、ああ、と彰人は頷いた。
黒を基調にしたそれに荘厳な金の鎧。
赤いマントに普段と違う髪型。
「ふぅん、騎士と竜騎士か。いいじゃん」
「うん、二人とも凄く似合ってる」
「そりゃどーも」
「彰人。…すまない。二人は…」
適当な返事をする彰人に冬弥が窘める。
それから首を傾げた。
「桐谷さんの王子かな」
「日野森さん!…これ、羽衣なんだって」
「羽衣ってか…羽根っぽいよな」
「そうだな…?…二人とも、とても似合っている」
「本当?ありがとう!」
柔らかく冬弥と遥が笑う。
ほわほわした柔らかい空気が周りを包んだ。
「…なんつーか…大変そうだな」
「それはそっちもでしょ」
乾いた笑いを向ければ志歩はしれっと言う。
「別に。…相棒だからな」
「へえ?」
「そっちはユニットも違うだろ」
「それこそ別に、でしょ。…全部引っくるめて桐谷さんだしね」
「…そーかよ」
笑う志歩に彰人は肩を竦めた。
…と。
「…二人は仲が良いのだな」
「そうだね。…私達ももっと話をしよっか?」
冬弥に、遥が笑いかける。
そうだな、と冬弥が笑う前に引き寄せた。
「とーやぁ?」
「…桐谷さん、そういうトリックはいらないからね?」
ぐいと手を引いた志歩がじんねりと言う。
ふは、と誰ともなしに笑いあった。


今日はハロウィン。


バグから始まった…いつもとはちょっぴり違う、非日常。

たまには、こんな日常もありかもしれないね?


「竜騎士の衣装、歩きにくそうだね?」
「そちらの衣装もなかなか歩きにくそうだが…」
「…。…オレがいるんだから大丈夫だろ」
「何の為に私がいると思ってんの」

司冬ワンライ/ハロウィン準備/出来心

「さて、と」
司はショーで使うハロウィンの衣装を引っ張り出し、汗を拭った。
新しく用意しても良いが、古いものを作り直すのもまた趣がある衣装になるだろう。
「…む?こんなもの作ったか?」
袋に入っていたそれを取り上げ、司は首を捻った。
それは巨大なかぼちゃ頭で。
そんなものを作った覚えはなかったが…しばらく考え、あ、と思い出す。
「…そういえば作ったなぁ…」
苦笑しながら司はそれを被る。
作ったは良いが思った以上に視界が遮られて止めたのだ。
「ふむ、やはり視界が遮られるな。もう少し、こう…薄ければ…」
「…あ、あの…?」
戸惑った声が聞こえる。
「…む」
誰だろうと思ったがすぐに、冬弥が前のライブ映像を持ってきてくれると言っていたことを思い出した。
かぼちゃ頭を脱ごうとし…ふとその手を止める。
そうして黙ったままゆらりと立ち上がった。
「…え、えっと、司…先輩?」
戸惑ったような冬弥の声。
思ったより重いかぼちゃ頭が動く度にゆらゆら揺れる。
同じように視界がぶれた。
「…っ」
冬弥が息を飲むのを感じる。
無言で近付き、そうして。
「…トリック・オア・トリート!」
「……ぇ」
かぼちゃ頭を取って笑顔で言った。
眼前に広がる、涙目の愛しい人の顔。
「?!!冬弥?!」
「つかさ、せんぱ…」
「す、すまん!!出来心だったんだ!!」
ホッとした表情の彼を抱きしめる。
まさか冬弥を泣かせてしまうだなんて!
「…いえ、驚いただけで…」
「いや、しかし…」
「…ですが、トリックはもう許していただけると…」
「勿論だとも!!!!」
困ったような彼に強く頷く。



(ハロウィンにはまだ早く、けれどトリックはもう封印されて)



それから、冬弥には司からの甘い甘いトリートが贈られたのは、ニ人だけの秘密の話。

司冬ワンライ/距離感・ドキドキ

最近冬弥との距離が遠い気がする。
昔はもっと近かったのに、と司は体操着姿の冬弥を2階教室の窓からぼんやりと見つめた。
今は物理的に遠いが…なんと表現すれば良いだろう。
「…心の距離、か…?」
うーんと悩みかけ、今は授業中だと思考を戻す。
しかし何故そんなことを考えてしまったというのか。
最近お互いに忙しく会えていないからだろうか。
それとも…?
「…。…分からんものは聞きにいく方が良いな」
小さく呟いたと同時にチャイムが鳴る。
起立令の後、ありがとうございました!と一際大きな声で言い、教室を飛び出した。




「冬弥!」
「…!司先輩?!」
驚いたような冬弥に駆け寄る。
「久しいな、冬弥!」
「そうですね。…どうされたんですか?」
ふわりと冬弥が微笑んでくれた。
…だが。
「…なあ、冬弥。オレのこと避けていないか?」
「…え…?」
司の疑問に、冬弥はびくっと身体を震わせる。
やはり、と思いながら彼の手を握った。
「何故だ?オレのことが嫌いになったのか?」
「!違います!」
疑問をぶつければ冬弥は必死に首を振る。
どうやら嫌いになったわけではないらしい。
ならば良かったと思うのだが…では何故。
「…あの……司先輩が上級生になってから今までよりとても眩しく映り…その…ドキドキするので…少し離れようかと…」
「…は……」
小さな声に司はぽかんとする。
それから思わず笑ってしまった。
「そうか!そうなのか!」
嬉しくなってぎゅうと抱きつく。
「司先輩?!」
「いや、うん、冬弥をドキドキさせることが出来て嬉しいんだ!」



彼のドキドキが聞こえる。


司と冬弥の距離はゼロ。

司冬ワンドロ【身長差】 ・【成長期】

嬉しい。
これは喜ぶべき事実だ。
「はーっはっはっは!やはりオレは常に成長し続ける男!!中身も、外見までも成長してしまうとはなぁ!!!」
過去最高に格好良い格好をしながら司は皆に自慢する。
周りははいはい、みたいな反応だったが司には関係なかった。
「…司先輩?」
「ん、おお、冬弥か!!」
不思議そうな声に振り向けば体操着を着た冬弥がこちらに来ていて、司も笑顔になる。
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな!冬弥も身体測定だったのか?」
「はい。さっき視力検査を受けてきたところです」
ふわりと冬弥が微笑んだ。
彼も自分と同じ紙を持っている。
「そうか!ならば、身長も測ったということだなぁ!」
「そうですね。少し伸びていました」
冬弥の言葉に司は目を丸くする。
彼とて高校生男子の成長期、普通に考えればそうだと思うのだが…。
「?司先輩?」
「いや、すまん。冬弥も、中身も外見も成長していた、ということだな!」
「…そう、ですね」
司のそれに冬弥が微笑む。
それからふと首を傾げた。
「…俺も、ということは司先輩も…?」
「ああ。1cm伸びていたぞ!」
自慢気に言えば冬弥が嬉しそうに微笑む。
どうしたんだろうと思えば、「俺もです」と言った。
「俺も…1cm伸びていました」
「!そうか!」
「お揃い、ですね」
紙で口元を隠しながら冬弥が言う。
お揃い、の言葉に司も嬉しくなった。
そうだな、と笑い、急成長は来年に期待だな、と納得させる。
去年と変わらない身長差は、二人の関係性と同じで安心できるものだ。
しばらくこの位置を堪能するか、と司は息を吐いた。



6cmの差は

二人をつなぐ、大切な距離。



(まあ、でも、今日から牛乳は飲んでおこうと心に決めた)

しほはるワンドロ 【身長差】・【このままで】

志歩は何度か見てきた紙に目を落とし小さく息を吐く。
何度見たって結果は変わらなかった。
それはそうだろう。
…それは、そうなのだけれど。
「…伸びてない」
ムス、と志歩は言葉を零した。
この結果は不満でしかない。
まあ特別な努力をしたわけではないのだけれど…。
「あら、どうしたの?しぃちゃん」
「え?ああ、お姉ちゃん」
声に振り返れば姉である雫が首を傾げていた。
夕食だと呼びに来たのだろうか。
「…ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、良い?」
「まあ!勿論よ!どうかしたの?」
「…。…お姉ちゃんって、身長伸ばす為に何か特別にやってた事って、ある?」
嬉しそうな姉に志歩は意を決して聞く。
きょとんとした雫は悩みながら上を向いた。
「うーん…特にやっていたことはないわねぇ。…あ、遥ちゃんが、ストレッチをして身体を柔らかくすれば身長伸びるんじゃないかって言っていたわ!」
「…桐谷さんが?」
「ええ!教えてもらったみのりちゃんが、今年は1cm伸びていたって喜んでいたから、効果はあると思うの!」
にこにこした雫が聞き捨てならないことを言う。
そんなことを言われたらプライドを捨てるしかなかった。
「…。…お姉ちゃん、お願いがあるんだけど……」



「日野森さん!」
「…桐谷さん」
遥が明るく手を振ってこちらに駆けてくる。
そういえば収録をこなしてから来ると言っていたっけ。
何だか悪いことをしてしまったかもしれない。
「良かった、間に合って。…はい、これ。ストレッチのやり方を書いたノートだよ」
「忙しいのにありがとう」
「どういたしまして。…ふふ、直接聞いてくれたら良かったのに」
ノートを受け取れば遥がにこにこと笑った。
何だか楽しそうな彼女に、「…それはちょっと…」と言葉を濁す。