アンヤバースデー アンカイ
誕生日プレゼントは何が良い、と聞くカイコクに、「…オメーが良い」と答えるようになったのはいつからだったっけ。
最初は驚いていたカイコクも、やっぱり、と目を細めるようになった。
無欲の勝利ってやつかねェ、なんて笑う彼に、何言ってんだか、と息を吐く。
勝ち負けもクソもあるまいに。
「んで?今日は何すんでェ」
「…久々にゲームやるから付き合え」
首を傾げるカイコクにアンヤは言う。
自分で誘っておいてなんだが、風情も何もないなと思った。
「…いつもと変わんねェ気もするが?」
「いーんだよ。オレが良いっつってんだから」
「違いねェな」
憮然としたアンヤのそれに、くすくすとカイコクが笑う。
どうやらお誕生日様のお願いを聞いてくれるらしかった。
アンヤには睡眠障害がある。
普段は薬に頼っているが、この日ばかりは使用しないようにしているのだ。
眠れない時に始めたゲーム実況。
今は配信はしないけれど、代わりにそれを隣で見ていてくれる。
ただそれだけで存外心地良いのだと、隣にいるの男は知らないのだろう。
「オメーはつまんなくねーのかよ」
ふと疑問が湧いて聞いてみたことがあった。
だがカイコクはきょとんとし、カラカラと笑うばかりで。
「…笑うなっつー…」
「…ああ、すまん。お前さんもそんな事を思うんだな、と」
「…おい」
「冗談でェ。…ま、つまんねぇなら許可は出してねェよ。…お前さんが敵を薙ぎ倒していくのを見るのは案外面白いしな?」
ふわりと笑うカイコクに、そうかよ、と短く返す。
それから以降は特にそれについて言及していなかった。
きっとこの空間が心地良いのだろう…彼も、自分も。
手慣れた作業で準備をしていれば彼も何かを準備し出す。
珍しいなとも思ったがあまり気には止めなかった。
誕生日だからと何か考えがあるのかもしれない。
別に良いのに、と思ったが口には出さなかった。
「ん」
「おう。…何だこれ」
差し出されたマグカップを思わず受け取ってしまう。
スッキリした香りが仄かに鼻孔を擽るそれに首を傾げていればカイコクも同じようにマグカップを持ちながら隣に座った。
「ミントティーだと」
「へー。…オメーにしちゃ珍しいな…。…ん、美味ぇ」
「そりゃ良かった」
口に含むと香りと同じように爽やかな味が広がる。
柔らかく笑うカイコクが、「まあ、たまにはな」と言った。
ふーんと生返事をし、ゲームを始める。
部屋に響くのはゲーム音とアンヤの声だけだ。
カイコクはアドバイスをするでもなく野次を飛ばすでもなく、それを見ている。
穏やかな空間はどこかで【見た】ことがあった。
「?駆堂?」
「何でもねぇよ」
ゲームが僅かに止まったのに気づいたカイコクが首を傾げる。
それにそう返してアンヤは再びゲームを始めた。
ちゃんと誕生日プレゼントをもらってしまったと口角を上げる。
ずっと、羨ましいと思っていた時間がそこにはあった。
それは、一番上の兄と二番目の兄が、過ごしていた時間。
一番上の兄にも睡眠障害があり、たまに二番目の兄が付き合っていたのを知っていた。
ずっと羨ましいと…そう、思っていたのだ。
二番目の兄は優しいから頼めば同じようにいてくれただろう。
だが、アンヤが望んだのは。
「お、12時過ぎたな。…誕生日おめっとさん、駆堂」
ふわりとカイコクが笑う。
ミントティーと同じ、柔らかなそれで。
普段と変わらない穏やかな空間は、ずっとずっと手に入れたかったもの。
おう、と返したアンヤとそれを見つめるカイコクを柔らかな秋の月が照らしていた。
(朝が来るまでの僅かな時間、憧れた長兄のようにはなれなかったけれど、月のように次兄とは違う優しい貴方が隣でいてくれるならそれでも良いかと……そう思えるのです)
冬弥の日
その日、神代類は考え込んでいた。
「ふむ…僕はそんなつもりはなかったが…いやしかし…」
「類?聞こえてる?」
「どういうところが…もしや…」
「おーい、類くーん?」
「だが、そうなるとやはり……」
「るーいくーんっ!」
考えを口に出しながら整理していた類にえむが飛び込んでくる。
「!えむくん!」
「えっへへ!寧々ちゃんもいるよ!」
「もう、えむってば…。…それはそうとして、どうしたの?類。ずっと呼んでたのに」
驚く類に、無邪気に笑うえむと呆れながらも首を傾げる寧々。
二人とも心配をしてくれてるらしかった。
なるほど、一人で考え込むのは許されないらしい。
「いや…青柳くんに、甘やかすのは禁止だと言われてしまってね」
「ほえ?」
「え…青柳くんが?」
類の言葉に、首を傾げるえむとは対象的に寧々が意外そうな顔をした。
「まあ…青柳くん、真面目だしそんなこともあるか。…それで、類はなんでそんなに考え込んでる訳?」
「いや…。僕のどんな行動が彼を困らせているのかと思ってねぇ」
「ああ、なるほど…。…甘やかすなって言われて落ち込んでるんじゃなかったんだ」
「まあ言われた時は落ち込みもしたけれど、改善すれば良いだけだしね」
息を吐く寧々に類はあっけらかんと言う。
そんなことで落ち込むくらいなら原因分析をした方が遥かに有意義だ。
「!類くん、しょぼぼってしてるんじゃないんだね、良かった!」
ぱぁあっとえむが顔を輝かせる。
良かったね、と寧々が彼女の頭を撫でた。
「心配してくれてありがとう、えむくん。それに寧々も」
「えっへへ!どういたしまして!」
「わたしは何もしてないけどね…類?」
満面の笑みを類に向けるえむに、寧々が苦笑する。
その様子を見てまた類はふむ、と考え込んだ。
「?類くん、どうかしたの?」
「…ああ、いや、えむくんは寧々に頭を撫でられても良いのかと…」
「ほへ?うん、あたしは嬉しいよ!」
「まあそりゃあえむはね」
「寧々も、えむくんには頭を撫でるんだね?」
「えっ、うーん…えむだしね…?」
類の問いにえむを見ながらくすくす笑っていた寧々は首を傾げる。
どうやら無意識らしかった。
「っていうか、あんまり論理的に考えなくても良いんじゃない?」
「あ、直感が大事!ってやつだね!!」
寧々のそれに、えむがわかった!と手を挙げる。
直感が大事だというのは類にも理解できるが、懸念材料があった。
こうして考えてしまうのがいけないのかもしれないのだけれど。
「だが、もしそれが青柳くんにとって嫌なことであるなら…」
「じゃあじゃあ!直接聞いちゃうのはどうかな?!」
「…えっ?」
再び考える類に、元気にえむが言う。
それに寧々も頷いた。
「うん。嫌なことなんかは本人にしか分からないものだしね。それが一番良いんじゃない?」
「だよね!冬弥くんがうにゅにゅってなるのは冬弥くんにしか分からないもん!」
「…うにゅにゅって…。まあ、青柳くんにとっての【甘やかす】っていうのと類にとっての【甘やかす】っていうのは別かもしれないし。直接聞くほうが早いかもね」
「…一理あるね。ありがとう、寧々、えむくん!」
彼女たちに礼を言って類は駆け出す。
すぐに、冬弥に確認しなければ。
「…青柳くんは別に嫌がってるわけじゃない気がするけどね」
「ねー!にこにこふにゃふにゃわんだほいだよね!」
「…やあ、青柳くん」
「…神代先輩?」
走ってきたのを悟られないように類は顔に出さず微笑む。
不思議そうな冬弥が駆け寄ってきた。
「どうされたんですか?」
「いや、なに、青柳くんが甘やかすなと言った意味を知りたくてね」
首を傾げる冬弥に言う。
途端に彼は目を丸くした。
「それは…その」
「君のことだから、僕らが君を甘やかしていると思ったんだろう。だが、それは違う。僕は君を愛しているんだ」
「…っ、神代先輩…」
「だが、君が嫌なことは避けたいからね。何が嫌なのか教えてくれるかい?」
珍しく慌てる冬弥の頭を撫でる。
彼の白い頬が赤く染まり、類はおや、と笑った。
10月8日は冬弥の日。
(愛する彼を、きちんと確認してから愛する日!)
「ちなみに、僕は青柳くんの言葉が嫌だったねぇ。とても驚いたよ」
「…すみません。…俺は、神代先輩のやることで嫌だったことはありませんよ?」
「おや、そうなのかい?」
「はい。…頭を撫でられることは少ないので、その…嬉しいです」
冬弥の日
その日、東雲彰人は落ち込んでいた。
「ちょっと彰人ー?」
「…うそだろ…オレが…?」
「ねぇ、彰人、きーてんの?」
「オレが…まさか……」
「彰人ったら!!返事しなさいよ!」
落ち込む彰人に、絵名の手刀が炸裂する。
「…ってぇなぁ!んだよ、絵名!」
「呼んでるんだから返事する!!…んで?どうしたのよ」
怒鳴りながら振り向く彰人に絵名はどこ吹く風だ。
それでもこうして聞いてくるのだから何だかんだ心配しているのかもしれない。
…いや、絵名のことだから面白がっているのだろう、きっと。
「チーズケーキ一個で相談に乗ってあげてもいーけど?」
「…んなこったろうと思った」
ワクワクしながらこちらを見る絵名に彰人は息を吐きながらひらひらと手を振った。
「何よ。どうせアンタが悩むのなんて相棒くんか歌かでしょ」
ふん、と絵名に図星を付かれ、彰人はまた机に突っ伏す。
それに、何故だか絵名が動揺した。
「え、うそ、本当に?」
「…うるせぇよ」
「もしかして相棒くんと喧嘩でもした?」
「…。…ケンカじゃねぇ」
「じゃあ何よ」
ポツポツ答える彰人に絵名は首を傾げる。
どうやら、ユニット結成時とは違うと感じたようだ。
「…。…冬弥に甘やかすなって言われたんだよ」
「えっ、相棒くんに??」
はぁあと息を吐く彰人に、絵名は意外そうな声を出す。
「…あぁ?」
「まあ…冬弥くん真面目だもんね……。それも仕方ないか…」
睨む彰人を無視して絵名はうんうんと何故か納得したように頷いた。
彰人に分からなかったことをこの姉はすぐにわかってしまったらしい。
何だかそれが妙に腹が立った。
「んだよ、何か分かったって…」
「自分で考えたら?って言いたいけど、冬弥くんが可哀想だしね。…ねぇ、彰人。アンタが冬弥くんにやってる行動って自覚はあんの?」
絵名がお菓子をつまみながら聞いてくる。
どうやらこのまま相談に乗ってくれるらしかった。
素直に有り難いとは思わないがただ落ち込んでいるよりマシだろうと彰人も座り直す。
「まあ…そうだな…?」
自分の行動を思い返しながら、心当たりがあると答えた。
一応あるんだ、と絵名が苦笑する。
「じゃあアンタ、冬弥くんにすること私にする?」
「するわけねぇだろ」
「…即答されると腹立つわね…。じゃあ、同じチームの子は?白石さんとか」
「あぁ?しねぇよ」
今度はきっぱりはっきり即答すれば絵名は少し嫌な顔をしながらもピッと人差し指を立てた。
「じゃあ別に甘やかしてるんじゃないでしょ」
「何でだよ」
眉を顰める彰人に絵名は呆れたように言う。
「いーい?甘やかしてるっていうのは物理的な要求や金銭的な要求を満たすことを指すの。彰人がやってるのはそうじゃないでしょ」
「ああ…。どっちかってと絵名がそれに近ぇよな」
「るっさいなぁ。甘やかしてくれたことないくせに」
「強要してくるやつが何言ってんだか」
物凄く嫌そうな絵名にハッと笑えばこの姉は意地悪な笑みを浮かべた。
「…白石さんにこの事話ちゃうもんね」
「ああ?!んで杏と仲良くなってんだよ!」
「ふふん、ちょっとねー。…ま、冬弥くんも甘えるの下手そうだし。今のままで良いんじゃないの?」
「いやだから、それを冬弥に止められて…」
「だから、アンタがやってるのは甘やかしてるんじゃなくて甘えさせてるんだってば!」
言葉を詰まらせる彰人に、分かってない!と絵名が声を出す。
そう言われてハッとした。
「甘えさせてる、なんて相棒くんにしかしないでしょ、アンタ」
笑う絵名に、「どこのチーズケーキだ」と問う。
「じゃ、最近のアンタのオススメにしようかな。不味かったら怒るからね」
「分かった。楽しみに待ってろ」
ひらりと手を振る絵名に指差して彰人は家を飛び出した。
「…ま、逆にあれが特別じゃなかったらびっくりするっての」
「冬弥!!!」
街を走り回り、見つけた後ろ姿に声を飛ばす。
振り返る前に手を伸ばして抱きしめた。
「?!彰人?!」
「…悪ぃ。やっぱオレ無理だわ」
驚く冬弥の肩口に顔を埋める。
やっぱり好きだ。
好きだからこそ良い歌を歌う彼に触れたいし、愛したい。
感情表現が下手な彼に甘えてもらいたい。
それは恐らく彰人自身も気づいていない感情で。
「オレ、冬弥が好きだ。だから甘やかしてるわけじゃなくて…」
「…そうか、すまない」
吐露する彰人に冬弥が小さく笑う。
「…冬弥?」
「いや。俺は思った以上に愛されているのだと思ってな」
何だか楽しそうな声の冬弥に脱力した。
この数時間落ち込んでいたのは何だったのか。
「…お前なぁ」
「すまない」
肩を揺らす冬弥に、まあ良いか、と思う。
楽しそうな彼を見るだけでも充分だ。
「まあ良いか。…冬弥」
「?どうした、彰人」
首を傾げこちらを振り仰ぐ冬弥に軽くキスをする。
「オレは考えるより行動派だからな。…覚悟しとけ」
10月8日は冬弥の日。
(愛している彼に、言外に愛を切々と伝える日!)
「…つーか、めちゃくちゃびっくりしたんだからな」
「だから、すまないと…。…だが、俺も驚いたぞ」
「は?お前が?なんで」
「…いや、それは秘密にしておこう」
冬弥の日
その日、天馬司は落ち込んでいた。
「おにーちゃーん?」
「…何故…オレは……」
「お兄ちゃんってばー!」
「オレはどうすれば…」
「もー!おーにーいーちゃぁあん!」
ぶつぶつと悩んでいれば咲希が突撃してくる。
「どわっ?!…咲希?!」
「ずっと呼んでたんだよ?どうかしたの、お兄ちゃん?」
突然のことに驚くが彼女はずっと呼んでいたと心配そうに首を傾げた。
「…実は…冬弥から甘やかすなと言われたんだ」
「えっ、とーやくんが??」
「ああ」
少し前に言われたそれを告げれば咲希も目を丸くする。
うーんと上を向いた彼女は、「とーやくん、ストイックだもんね!」と笑った。
「冬弥がストイックなのは分かるが…何故オレが甘やかしていることになるんだ?」
「えっとぉ…甘やかしてるっていうか、お兄ちゃんはお兄ちゃんが上手過ぎるんだよ!」
「…うん??」
疑問符を浮かべる司に、咲希は良い例えが見つかった!と目をキラキラさせながら言う。
まあそれは司には伝わらず、再び首を傾げたのだけれど。
「あれ?伝わらない?」
「そうだな、すまん」
こてりと首を傾ける咲希に素直に謝れば彼女も明るく笑ってみせた。
「うーうん!えっとね、例えば、お兄ちゃんはアタシが遅くまで曲作ってたらどうする?」
「そうだな…あまり根を詰めるなよ、と言ってホットミルクでも淹れてくるな!」
「だよね!!アタシはすっごぉく嬉しいけど、とーやくんはそれを甘やかしてるって思っちゃったんじゃないかな?」
自信満々に言えば咲希が嬉しそうに言う。
その言葉にハッとした。
「…なるほど…??」
「でしょ!とーやくん、ストイックだもん。ちょっとはるかちゃんに似てるんだぁ」
「遥…ああ、MORE MORE JUMP!の桐谷遥か!確か去年咲希と同じクラスだったな」
「うん!はるかちゃんも怠けたりとか甘えたりするの苦手なんだって。だから意識してお休み取ったりしてるって言ってたよ」
「ほう」
「とーやくんも昔から真面目だったし、きっとお兄ちゃんのやることが自分を甘やかしてるって思っちゃったんだと思う!」
熱弁する咲希に、なるほどなぁと考え込んだ。
それならばあの言い分も理解できるかも知れない。
「甘やかしているつもりはないんだがなぁ」
「お兄ちゃんにとっては普通だもんね!…あ、なら、もっともっと甘やかしちゃえば良いんじゃない?!」
「…何っ?!」
ポンッと咲希が手を叩いた。
良い考えが思いついた!とキラキラしている。
驚いて目を丸くする司に、咲希は楽しそうだ。
「お兄ちゃんのいつもが普通だよーって分かるように!」
「だが、甘やかすなと言われたしなぁ…」
「そっかぁ。ダメだって言われたことやっちゃダメだよね」
悩んでいれば咲希もしゅんとする。
「…まあしかし、これがオレの普通だと伝えるのは良いかもしれん」
「!うん!」
よし、と司は立ち上がった。
悩んでいたって仕方がない。
応援してくれる妹に手を振り返し、司は部屋を出た。
「…。でも、お兄ちゃんのふつうはとーやくんだけのトクベツなんだけどねー」
「冬弥!!」
「…!司先輩!」
呼び掛ければ冬弥が驚いたようにこちらを見る。
珍しく慌てているなと思ったがそんな事を気にしている場合ではなかった。
駆け出しそのまま抱きしめた。
「?!あ、あの…?」
「すまん!オレは冬弥を甘やかしているつもりはないんだ!」
「…!」
きっぱりとそう告げる。
甘やかしているつもりはないのだ。
だってこれが司にとっては普通なのだから。
愛しいものに対しての、普通。
だが、咲希にこんなことをするかと言われればしないだろう。
咲希への行動と冬弥への行動も違うのだ、きっと、多分。
だから、これは。
「冬弥が嫌ならもう甘やかさない。…だが、愛するのは止められない」
「せ、先輩?」
「オレは冬弥を愛している。愛しているが故の行動だと理解してほしいんだ」
抱き締めていた冬弥から離れ、司は冬弥の綺麗な手に口付けた。
そうだ、別に冬弥を甘やかしてはいない、愛しているのだ。
「別に冬弥の日だからではないぞ?いついかなる時でもオレは冬弥を愛している!」
司は顔を上げて白い頬を淡く染める彼に笑いかける。
10月8日は冬弥の日。
(愛している彼に、愛していると声高々に伝える日!)
「しかし、冬弥の発言は驚いたぞ…?心臓に悪い」
「…すみません…。しかし、先輩の愛の言葉も驚きました」
「何っ?!嫌だったか?!」
「…いえ、嬉しかったですよ…とても」
遥誕生日
「えっ、志歩ってばまだ遥の誕生日プレゼント用意してなかったの?!」
「…ちょっと、声が大きいってば」
びっくりした一歌のそれに志歩は慌てて制した。
ごめんと謝る彼女の両隣で、こはねと穂波がくすくす笑う。
今日は同じクラスの咲希とえむがそれぞれ部活と委員会があるとかで、お昼ゴハンを隣のクラスにお邪魔したのだ。
その際、「そう言えばもうすぐ遥の誕生日だよね」と一歌が思い出し、この会話に至ったのである。
「でも、志歩ちゃんが悩むの珍しいよね」
「うん!私も、志歩ちゃんは早く決めちゃうと思ってた」
不思議そうな穂波にこはねが頷いた。
その隣で一歌が首を縦にぶんぶんと振っている。
「まあ…目星は付けてるんだけど…」
そう苦笑しながら、ほら、とスマホの画面を見せた。
のぞき込んできた3人の反応にまあ上々かな、と笑う。
これで彼女が喜んでくれれば良いのだけれど。
そして当日。
「日野森さん!」
「…桐谷さん」
明るく走ってくる彼女に志歩は軽く手を挙げる。
「遅れてごめんね!待たせちゃった?」
「ちょっとだけね。でも仕事だったんでしょ?なら仕方ないよ。お疲れ様」
「ありがとう。…日野森さんもこの後バイトだっけ?」
「夜からだけどね。だからまあ後5時間くらいかな」
「そっか。…お互い忙しいよね」
くすくすと笑う遥に志歩も同意した。
遥たちのアイドル業は今が乗りに乗っているし、志歩たちのバンドも今が一番大切な時なのだ。
「日野森さんたちも事務所に所属したばかりだし、これからどんどん忙しくなって、会う時間も減っちゃうんだろうな。…もしそうなったら寂しいよね」
「…まあ、その時は一緒に暮せば良いんじゃない?」
少し寂しげな遥に、志歩はさらりと言う。
驚いたように目を丸くする遥に、志歩は笑ってしまった。
「それって…」
「ま、それはまたもう少し経ったらね。今日はデートでしょ、桐谷さん」
手をつなぎ、志歩は笑いかける。
嬉しそうに頷いた遥の、つないだ手を引いた。
しばらく話しながら歩き、目的の店に着く。
「…!ここ、フェニックスワンダーランドのポップアップストア…?!」
「そう。フェニランに行く時間はないけどここなら時間いっぱいまで楽しめるでしょ」
「…うん、ありがとう、日野森さん!!」
笑顔の遥に、良かった、と志歩も息を吐いた。
きっとどこでも喜んでくれたろうけれど、出来るなら笑顔でいてほしかったのだ。
「…見て、秋モデルのフェニーくんだって!可愛い…!」
「…!うん、可愛い…!」
幸せそうな遥にも、新モデルのフェニーくんにもときめいてしまい、志歩も純粋に楽しんでしまう。
しばらく店内を見て回り、ふとある商品の前で止まった。
「…ねぇ、これどう思う?」
「…ブレスレット…じゃなくてアンクレットだね。すごくシンプルで良いね。フェニーくんも可愛いし、ダンスにも支障なさそう。…でも色がちょっと惜しいな…青とか黄緑なら欲しかったかも…」
「…じゃあ、これは?」
真剣に悩んでくれる遥に、志歩は小さな包みを差し出す。
「え?これ…」
「開けてみて」
きょとんとする遥に促せば彼女はそれを受け取って開けた。
綺麗な手に滑り落ちる、濃い青の紐に黄緑の石がついたアンクレット。
「……!!すごい、理想の色…!」
「良かった。…誕生日おめでとう、桐谷さん」
この日一番の笑顔でありがとうと言う遥に志歩は目を細めた。
アンクレットには、災いを弾くという意味があるらしい。
彼女にはいつも幸せでいてほしいから。
貸して、と志歩は遥の左足にそれを着ける。
志歩の瞳と同じ色の石がきらりと光った。
「実は私も桐谷さんと色違いで買ったんだ」
「そうなんだ!ふふ、嬉しいな」
「…そう思ってもらえるなら私も嬉し…。…桐谷さん、アニマルドーナツだって…!」
「えっ、本当だ!可愛い……!!!」
天使の日としほはる
「ねーねー、志歩ちゃん!天使って見たことある?」
「…。…なんて??」
わくわくしたえむ…ニ年生になって同じクラスになった…が突然にそんなことを聞いてきて志歩は思わず面食らってしまった。
何だってまた急に。
「あ、アタシも聞きたーい!」
「…咲希まで」
はいはぁい!と元気に手を挙げる幼馴染兼バンドメンバーの咲希に志歩は少し眉をひそめる。
咲希が楽しそうなことに全力で乗っかってくるのはいつものことだけれど…何か事情がありそうな気がした。
「天使は物語の中だけの存在でしょ」
「えー、そんなことないよっ!天使さんは外国ではすっごくふつーなんだよ??」
「うんうん!日本で言う座敷わらし?と同じだってお兄ちゃんも言ってたし!」
「はいはい。…それで、なんで天使なわけ?」
力説する二人にそう返せば、えむがあのね!と訳を話しだした。
どうやら毎年行っている天使の日限定ショーが好評で、今年も行う予定らしい。
去年は悪魔と天使のショー、一昨年は魔法使いと天使のショー、そしてその前は天使の日合わせではなかったが騎士と天使のショーを行った為、今年は誰と天使のショーにしようか迷っているようだ。
その為、色々と情報収集をしているのだ、とえむは教えてくれた。
「…ああ。あのショーまたやってくれるんだ。実は楽しみにしてたんだよね」
「本当っ?!ありがとう!!…天使さんだから、妖精さんとか、お姫様とかかなぁって思ったんだけど、司くんはしっくりこないんだって!」
「えー?アタシは見てみたいけどなぁ、天使と妖精!」
「…そういうことなら、私は役に立たないと思うよ」
そう言えばきゃっきゃと元気だった咲希とえむは急にきょとんとする。
「えー?どうして?」
「どうしてなの、しほちゃん!」
そんな二人に、だって、と志歩は笑った。
「私は、天使、見たことないからね」
「…もう、お姉ちゃんったら」
ふう、と志歩はため息を吐く。
母と姉とで出かけに来ていたのだが、姉である雫が迷子になったのだ。
それは割と志歩にとっても母にとっても日常茶飯事で、探してくるから、と言った母を志歩は手を振って見送った。
それからベンチにちょこんと腰掛ける。
買ってもらったばかりの絵本を取り出して思わず笑みを浮かべた。
「…かわいいな」
嬉しくなってそれを開こうとした時である。
「…あのっ」
「…!!何」
急に声をかけられ、志歩はびっくりして絵本を隠した。
「ごっ、ごめんなさい!…しってるえほんだったからうれしくなっちゃったの」
「…!これ、しってるの?」
おどおどと目を伏せる少女に、どこかで見たかもしれない、と思ったがそれよりその発言に驚いて聞き返してしまう。
「うん!ほしのしょうじょとペンギンおうじ!てんしの女の子といっしょにたびにでるんだよ。そこにでてくるペンギンおうじがかっこうよくて…!」
ワクワクしながら話す彼女に、志歩は可愛いな、と目を細めた。
それと同時に、この子と一緒にこの本を読んだらもっと楽しいだろうなと思う。
「…ごめんね?ネタバレしちゃって…」
そんな事を思っていたら少女が申し訳なさそうに謝ってきた。
どうやら怒っていると思ったらしい。
「ううん。…ねえ、いっしょによまない?」
「…!いいの?!」
「もちろん。…おとなりどうぞ」
「…ありがとう…!…ふふ、ペンギンおうじみたいね」
僅かに、本当に僅かに笑った少女に胸が高鳴った。
それが何かも分からないままに志歩は買ってもらったばかりの絵本を開く。
彼女に感じたドキドキを、物語に向かうわくわくに、置き換えて。
話し終わり、志歩はぽかんとする二人を見る。
「だから言ったでしょ、天使は見たことな…何その顔」
「…うーうん。しほちゃんって案外ロマンチストだったなぁって」
「えへへ、わくわくにこにこわんだほいって感じだね!」
「…何それ……」
少し眉をひそめる志歩に咲希もえむも嬉しそうだ。
何だってそんな顔をしているのだか。
「…おはよう。ずいぶん楽しそうだね?」
「…桐谷さん」
くすくす笑う声にそちらを見れば遥が手を振っていた。
手には志歩が貸したノートがある。
忙しい中わざわざ返しに来てくれたようだ。
「遥ちゃん!おはようわんだほーい!!」
「おはよう!今ね今ね!しほちゃんが……」
「…桐谷さん、ちょっと来てくれる?」
「え?え??」
手を取った瞬間だった。
「王子様は小さな頃に出会った天使さんに再び出会いました。ですが、天使さんの周りには楽しいことが大好きな妖精さんがたくさんいます。天使さんにも話を聞こうとする妖精さんたちに、王子様は天使さんの手を取って逃げてしまいました」
すらすらとえむが言う。
「お、鳳さん?」
目を白黒させる遥は可哀想だが志歩だって根掘り葉掘り聞き出されるわけにはいかないのだ。
幸い足には…咲希よりは、だが……自信がある。
「あー!逃げたぞー!」
「出合え出合えー!!」
「…妖精さんだって言ったのに何で時代劇風になっちゃうの…。…ごめん、走るよ、桐谷さん!」
「え、あ、待って、日野森さん!!」
教室を出て二人、パタパタと廊下を走った。
聞こえてくる声を耳に感じながら、志歩は可笑しくなって笑う。
いつか読んだ絵本のようだな、と思った。
その後、様々な噂になるのを二人はまだ知らない。
(王子様は、笑顔が上手になった天使と共に冒険譚に想い巡らせながら穏やかな時間を過ごしたかっただけなのです!!)
しほはるワンドロワンライ・お揃い/コーディネート
「…あ」
バイト帰り、ふと見かけたセレクトショップで惹かれる服を見つけた。
ただ、自分が着るならばこれではないと思う。
自分には似合わない気もするし、それ以前に誰かが着ているのを見たい、と言ったほうが気持ち的には正しいだろうか。
誰か、というか…志歩的には…。
「あれ?日野森さん?」
よく聞き慣れた声に志歩は振り返る。
そこには首を傾げた遥がいた。
「…桐谷さん」
「こんばんは。もしかして今練習帰り?」
「今日はバイト。そっちは仕事?」
「うん。今日は雑誌の仕事だったんだ」
ニコニコと遥が笑む。
仕事は大変だと思うのだが彼女自身が楽しそうなので大丈夫なのだろう。
そこは志歩が口を出すところではない。
「ところで、こんなところで何を…?」
「えっ、あっ」
不思議そうな遥に少しだけ動揺した。
別に悪いことをしていた訳ではないのだけれど。
「?日野森さん?」
「別に何でもないよ。…ただ、この服…桐谷さんに似合いそうだなって」
そう、志歩は素直に告げた。
志歩が見ていた服はきっと遥に似合うと思ったのだ。
「え?あ、この服?」
目線の先を見た遥は、にこりと笑った。
「うん、良いね。もうすぐ新学期になるし、丁度良いから買おうかな」
「え、良いの?」
「だって日野森さんが選んでくれたし。私も好きなタイプの服だしね」
にこにこと遥が言う。
実に楽しそうで嬉しそうで…その顔を見ているだけでまあ良いかと思うのだ。
「なら折角だし全身コーディネートしてあげる。だから桐谷さんも私を全身コーディネートしてよ」
「えっ、私も?」
「嫌なら良いけど…」
びっくりしていたが、ううん、と嬉しそうに笑った。
「日野森さんがそう言ってくれるなら、やりたいな」
「…じゃあ、宜しくね」
「任せて。…あ、お揃いっぽくするのはどうかな?」
「お揃いか…。うん、良いね」
わくわくしている遥に志歩も頷く。
咲希やみのり、雫が羨ましがりそうだと頭を過ぎったが首を振って打ち消した。
後から何か言われるのを悩むより、今この時を楽しむ方が先決だ。
「じゃあお揃いコーディネート、しようか」
「うん!ふふ、何だか嬉しいな」
遥が笑う。
それに志歩もそうだねと同意し、遥の手を取る。
「じゃ、行こうか」
軽く微笑み、店の扉に手をかけた。
司冬ワンライ・三周年/新学年
今日から新学年だ。
何だか気分まで違ってくる気がして司は空を見る。
いや、学生生活最後の年になったのだ、気分が変わるのは当然だろう。
「…司先輩!」
と、聞こえてきた愛しい声に司は振り返った。
ふわりと微笑んだ冬弥がこちらにかけてくる。
「おお、冬弥!おはよう!今日から新学年だな!!」
「おはようございます。…俺も二年生になったのだな、と実感していたところです」
「そうだなぁ。…ふむ、冬弥も今年は先輩と呼ばれる学年になったのだな!」
「…そう、ですね」
明るく笑い掛ければ彼は若干眉を下げた。
何か困らせるようなことを言ってしまったろうか。
「どうしたんだ?」
「いえ。…皆にとって…司先輩のように良い先輩でいられるかと少し不安で…」
そんな事を言う冬弥に目を丸くしてから、冬弥は真面目だなぁと頷く。
それから、そうだな、と少し上を見た。
「冬弥なら大丈夫じゃないか?…図書委員をしている友人たちがしっかりしているからつい頼ってしまうと言っていたぞ。後輩が出来ても大丈夫だろう」
「先輩方が…。そうでしたか」
司のそれに冬弥がホッとしたように笑う。
そういえば、中学の時もそんな悩みを口にしていたか。
「冬弥の、先輩になれるかどうかの悩みも三周年だなぁ」
「三周年…。言われてみればそうですね」
くすりと冬弥が微笑む。
きっと彼も思い出したのだろう。
確かその時は冬弥には冬弥の良さがあるのだから、それを見た後輩がきちんと判断して付いてきてくれる、と言った気がする。
だが今は。
「まあ冬弥なら大丈夫だろう。冬弥にも目標が出来た。目標に向かって直向きな先輩を、後輩はきっと見ていてくれるだろうからな。…それに」
「…!」
「オレも、良い先輩、とは限らないだろう?」
綺麗な指に口付けて司は笑った。
後輩を誑かすなんて先輩としては悪い方に入るだろうが何せ司のそれは純愛だ。
それくらいは赦してほしい。
「…司先輩は、俺にとっては最高の先輩で…」
最高の恋人です、なんて言う、冬弥の声。
溶けた空は青く突き抜けていて、新学年が始まるに相応しい色を、していた。
司冬ワンライ/月夜の晩に・十五夜
そういえばそろそろ十五夜だった。
思い出したのは、お月見子供会のお知らせを近所の掲示板で見かけたからだ。
確か、小学校の体育館で団子を作ったり折り紙でうさぎを作ったりするのだっけ。
もうすぐ十五夜、月がきれいに見えるんだと楽しそうに言っていたのは誰だったろう。
「…そうだ」
ふと思いつき、司は自宅に帰る為に向けていた足をスーパーに変えた。
忘れない内にスマホを取り出し、メッセージアプリで素早く文章を打ち込んで送信する。
楽しみだと司は笑みを浮かべた。
「…すみません、遅くなってしまって…」
「大丈夫だ!…こっちこそ、急に呼び立ててしまってすまないな」
「いえ。…実は楽しみにしてきました」
ふわりと冬弥が笑う。
それに、そうか!と司も笑い返した。
あまりやった事がないことでも今年は挑戦していきたい、と言う冬弥に、司は団子づくりを提案してみたのである。
「オレも団子づくりは久しぶりだな!上手く出来るかは分からんが…まあやってみることに価値があるな」
「そうですね」
冬弥にエプロンを渡し、キッチンへと案内した。
ちなみに母には了承を得ていて…寧ろ母は司がやることには肯定的だ…何でも好きに使って良いと言われている。
「そうだ、今日はもう遅いから泊まっていくと良い」
「…しかし、それはご迷惑では…」
「なぁに、月見は満月の晩と相場が決まっているだろう?」
少し焦ったような冬弥に司は笑った。
「月見は、月が綺麗な日に行わなくてはな」
「…それは……」
「オレはな、冬弥。月が綺麗ですね、なんて当たり前の事を言いたいのではなく…ただ…そうだな、お前と見るから綺麗なのだと…そう思うんだ」
だから団子を作って共に月を見たいと言うと、冬弥は目を丸くしてふわりと笑んだ。
月並みな言葉だが…この瞬間がとても愛おしいと…司は目を細める。
月に住むうさぎのように、心が弾むのを感じた。
月夜の晩に、
いや、そうでなくても
お前と共にいたいんだ。
「…俺は、月も綺麗ですが星も綺麗だとずっと昔から知っていましたよ」
しほはるワンドロワンライ、絆/思い出を重ねて
こんにちは!と言ったのはよく知っているようで良く知らない【存在】。
「…え、え?初音ミク??」
「うん!!そうだよ。私は初音ミク!」
にこ、と笑う彼女は確かによく知った存在ではあったけれど、志歩はよく知らなかった。
…一歌なら喜んだかも知れない、と息を吐く。
志歩たちのセカイにいるミクとは違う、一般的な初音ミク。
その彼女がにこにこと微笑んでいる。
「あっ、ごめんね?!驚かせちゃって!」
「…いや、いいよ。…それで、君は何をしに来たの?」
慌てる初音ミクに志歩は首を振って聞いた。
セカイのミクとは違う彼女がいるということは、何か重要なことがあるのだろう。
それこそ、セカイが変わるような…。
「そうそう!えっとね、キズナランクが追加されたよって教えに来たんだ!」
「…は、え、なんて??」
思い出した、と手を叩く初音ミクに志歩はぽかんとしてしまった。
何を言っているのだろうか、このバーチャルシンガー様は。
「キズナランクは仲良く歌ったり踊ったりすると増えていくんだよ。今回追加されたのはこの子で…」
ふわ、と彼女の手の中に何かが生まれる。
もうそれだけでパニックなのに、何を聞けば良いのだろうか。
「いや、ちょっとまっ…」
「これからもたくさん歌ったり踊ったりして、キズナランクを上げていってね!」
「いや、だから…っ!!」
ロクな説明がないまま初音ミクは話を終わらそうとする。
そんな理不尽があって溜まるか、と思わず手を伸ばした。
「キズナランクって何…っ?!!!」
「…日野森さん?」
「…っ…え?」
きょとりと首を傾げるのはバーチャルシンガーの初音ミクではなく、大切な恋人でもある桐谷遥だった。
どうやら夢を見ていたらしい。
「…ごめん、寝ぼけてた」
「ふふ、珍しいね」
疲れてる?と聞く遥の、青い髪が揺れる。
「そうかもね」
何の言い訳もせず、志歩は座り直した。
遥には小手先のウソは通じないと重々承知している。
だったら甘えてしまおうと開き直った。
「ねぇ、桐谷さん。眠気覚ましに一緒に歌わない?」
「…!…ふふ、いいよ」
目を丸くした彼女はふわりと笑う。
ああ、可愛いなぁと思いながら大切なベースを取り出した。
遥の柔らかな声が音に乗る。
秋風に舞う二人の歌声は、とても穏やかで愛しいそれをしていた。
こうやって、一つ一つ思い出を重ねていこう。
二人にとって、未来に於いても忘れがたく大切なものになりますように。
「…ところで日野森さん、キズナランクってなぁに?」
「…。…それは私が一番聞きたいかな……」