「ねぇ、こんなものを見つけたんだけど…」

「えー、何それー?!」
「…いや、どう見たって本じゃん」
「あら、日記かもしれないわ?」
「それ、何処にあったの?教室?」
「…あんまり触らない方が……」

「んー?日記というか…物語っぽい!」
「へぇ、どんな物語なんだろう?気になるね」
「ふふ、少し読んで見る?」
「良いわね、それ!楽しそうだわ!」
「…物語になぞったライブをする時の参考になるかも…?」

「物語かぁ、悲しいのはやだなー!」
「確かに!楽しい方が良いよな!」
「そうかなー?色々ある方がリアリティがあって良いじゃん!」
「まあ…リアリティはともかく、大団円の方が良いかもしれないわね」
「大団円の方がきっと読んでる方も楽しいよね!」

「わぁあ!にこにこわんだほいなショーになるかな?!」
「最後は笑顔が良いもんね!」
「あらぁ~……良い夢が見られるおはなしが良いわぁ~…」
「もー、良いお話しだからって寝ちゃだめよ?」
「あはは、素敵なショーになるお話だと嬉しいよね」

「……読むの難しそう」
「…そ、そうだね…」 
「みんなで読めば簡単かもしれないわ?…ね?」
「…どうして巻き込もうとするの?」
「ふん、興味ないな。…読むなら聞いてやっても良いが」


「…じゃあ、読むね。昔々の、ある時代ある場所……」


あれは、多分一目惚れなんかじゃなくて。


もっと、もっと薄汚いそれだった。

彼と会ったのは数年前。
父の仕事に嫌々王宮へと着いていった時だ。
絵描きなんて平和な国でしか需要ないだろ、と彰人は息を吐く。
まあだからこそ父はこうして働けているのだろうけれど。
齢5歳、年齢の割には達観していて可愛げが無い、とは姉からの評であった。
そんな姉は後学のためにと父と依頼を聞いているし、暇だな、と許された自由を楽しむことにする。
幼いと云えど男子、それをこうして自由にさせているのはこの国が平和故だろう。
…それが良いことかどうなのかはわからないけれど。
「…~♪」
「…ん?」
ふと、何かの音が聴こえた。
これは…歌声?
彰人はふらふらとそちらに足を向ける。
辿り着いたのは中庭だった。
そこで誰かが歌っている。
海より深い青の髪。
美しい灰の瞳。
そして何より。
声から、歌う姿から、目が離せなかった。
邪魔してはいけない、と思うほどに音を鳴らしてしまう。
「っ、誰?!」
「…あ」
鋭い声がする。
歌が止まってしまって、がっかりしながらも彰人は物陰から姿を現した。
「…っと、邪魔して悪い…じゃなかった、すんませんっした」
「……」
髪を掻く彰人を少年が睨む。
流石に警戒されてしまったようだ。
「ええと…冬弥王子、ッスよね。オレ、じゃない、僕は彰人。宮廷画家である父の…」
「え」
彰人のそれに少年は目を見開いた。
「…それは失礼した。私は冬弥。この国の第三王子だ」
ぺこり、と冬弥が綺麗なお辞儀をくれる。
慌てて彰人もお辞儀を返した。
「…。…彰人は何故ここに?」
「…あー…っと…歌声が、聴こえたんで」
「歌…?……あ」
首を傾げた冬弥が固まる。
自分が歌っていたせいだと気づいたようだ。
表情は変わらないが…僅かに耳たぶが染まっている…気がした。
「冬弥王子?」
「…。…彰人、これは二人だけの秘密にしてくれないか?」
「は?」
「…だから、その、さっきの…」

「わかった。…なら、俺も素の姿を見せよう。だから、彰人も…」
「いや、そういう訳には……」
目を逸らしかける彰人に、冬弥がじぃっと見つめてくる。
ぅ、と固まってそれから息を吐き出した。
どうにもこの目は…弱い。
「…分かった。宜しくな、冬弥」
「…!ああ、宜しく、彰人」
少しだけ嬉しそうに冬弥が微笑んだ。
それに…ドキリと胸が高鳴る。
その感情が何か分からぬまま。



「…彰人!」
ぱぁ、と冬弥が表情を綻ばせる。
「冬弥」
「ふふ、久しぶりだな」
以前会った時よりも表情が柔らかくなっていて彰人はドキドキした。
会わない内に胸の高鳴りは増すばかりだ。
もうこれは受け入れるしかないのだろう。
一時期は否定していたが、これはただの好意ではないことは事実でしかなかった。
ただの好意じゃない、「愛」を含んだ「好き」だ。
「お、彼が冬弥のお気に入りか?!」
「いって?!」
後ろから声が降ってくる。
その瞬間、パァン!と背を叩かれて彰人は勢い良く振り返った。
「…司さん」
「はっはっは!!息災か?冬弥!」
「はい、司さんもお元気そうで」
「…いや、誰だよ……」
声が大きい男に彰人はじろりと睨む。
せっかく冬弥と二人きりだったのに。
「オレは司!この国を守護する白騎士団の次期団長だ!ちなみにだな、オレは冬弥とは幼馴染なんだぞ!昔はよく共に遊んだものだ、なぁ?」
「…マジかよ…」
ええ、と司と名乗る男を見やる。
くすくすと冬弥が笑って頷いた。
「それで?オレは名乗ったが」
「…あー、オレは彰人。王宮絵描きである父の関係で、ここに」
「…なるほどな。彰人、オレが団長になった暁にはお前も白騎士団で冬弥を護らないか?」
軽く自己紹介をすれば、司はそう誘ってくる。
ただの友人、よりはいくらか親しいように思えた。
「…それもありだな…」
「彰人っ?!」
司のそれに彰人はふむ、と悩む。
冬弥の焦ったような声に彰人と司は顔を見合わせて笑った。
「ジョーダンだ、冬弥!」
「ま、オレも今が気に入ってっからな」
「…」
二人のそれに冬弥がホッとした表情をする。
「ほう、随分と安心した顔をするではないか?」
「…彰人とは、対等な関係が良いから」
司のそれに冬弥が微笑んだ。
「…冬弥…」
「まあ、冬弥がそこまで言うなら仕方がないなぁ!」
二人のセカイに入りかけたのに、司が邪魔をする。
だが。
「では、パートナーはどうだ?冬弥は第三王子だからなぁ、王位を継がないのであれば男性パートナーは珍しくないぞ?」
「えっ?!!」
「はぁ?!!」
思っても見ないそれに、冬弥と二人、驚いた。
確かに冬弥のことはそういう意味で愛しているが…。
そんな制度があるなんて。
「冬弥、結婚しよう!」
「あ、彰人!だが、しかし、俺は…!」
「んだよ、冬弥はオレのこと嫌いなのかよ」
「ち、ちがっ!そうじゃ、なくて…!」
「じゃあ、何」
少し睨むと冬弥は困ったように司を見る。
だが、楽しそうに笑うばかりで、どうやら彰人の味方をしてくれるらしかった。
「」

司がひらりと手を振る。
「ああ、そうだ。パートナー制度は、嘘だぞ?」
「…は、はぁあああ?!!!」

「それはそうだろう。王族なんざ、子孫を残さなければ世界を創造出来まい。まあ、だが…」

「二人が真に共にあるセカイを望むなら…出来るミライを探すのも、悪くないんじゃあないか?」


平和な世界は長く続かない。
司が呈示したミライは儚く散ることになる。
青の国が分裂し、水の国として独立国家を築き上げたのは彰人が7歳の時だった。
そうして青の国は碧の国と水の国になり、戦争が始まったのである。
第三王子である冬弥の王位継承権は低い。
だが、この時代にそんなことは関係なかった。
戦争が、内紛が、激化してしまえば王位継承権なんてものは塵と化す。
そうして、彰人と冬弥の関係も変わってしまった。
結果としていえば、司は白騎士団内に冬弥親衛隊を作って隊長になり、彰人はそこに入団した。
絵描きよりは向いていたのだろう、彰人はどんどん階級を駆け上がっていったのだ。
「…彰人」
「…だぁいじょうぶですって。ちゃんと帰ってきたじゃないスか」
初めて会った時よりずっと大人びた冬弥が、少しだけ子どもっぽいそれを見せる。
「…そういう問題ではない」
「冬弥王子」
「……」
「…分かったよ、冬弥」
はぁ、と息を吐いて彰人は口調を崩し、両手を広げた。
冬弥がおず、とそこに身を寄せてくる。
それを思い切り抱きしめた。
「大丈夫、オレはお前の元にちゃんと帰ってくる」
「…彰人」
「心配すんなって。オレは、冬弥を護る、そのためにいる」
「…分かっているんだ。彰人が俺を護ろうとしてくれているのは」

「…だが、不安になってしまって…」
「オレ、それなりに強ぇけど?」

ほら、と彰人は隣国の花を手渡す。
水の国でしか咲かない、花。
「オレは冬弥を愛してる」
「…ああ、俺もだ。彰人」
冬弥が微笑む。
この笑顔を護るためなら、なんでもしよう。
そう、心に決めた。

冬弥がいない。
またか、と思いながら彰人は扉を潜った。
最初は気が狂いそうになりながら探したものだが、ある時に教えてもらったのだ。
…第三王子の部屋には、森に続く隠し通路があるのだと。
「冬弥!!」
「…彰人」
誰もいない森の中。
綺麗な歌声が響く。
いつかの、中庭での出来事を思い出す間もなく、彰人は彼に駆け寄った。
無邪気に手を振る…冬弥を声で静止させる。
びっくりした表情の冬弥の腕を掴んだまま彰人は声を荒げた。
「歌なんて歌って、居場所がバレたらどうすんだ!城で大人しくして…っ!」
「…俺は」
「オレは!冬弥は失いたくねぇんだよ!!」何かを言いかけるぎゅっと彼の腕を掴み、彰人は訥々と訴える。
冬弥だけは、失いたくなかった、から。
これが愛なんて言わない。
これが恋なんて思わない。
これはそんな綺麗なものじゃあない。
これは、彰人のエゴだ。
「歌なんか歌って、敵にバレたらどうするつもりだ??」
「…彰人。俺は、歌でセカイが繋がってくれたら良いなと、そう思う」
問い詰める彰人に冬弥は僅かに笑う。
何を、と乾いた声で言う彰人に、冬弥は僅かに離れて白の燕尾を閃かせた。
「平和とか愛は永遠ではない。忘れてはすぐ失くしてしまうだろう?」
「…っ」
「だからな、彰人。俺は歌い続けるんだ」
ぎゅっと冬弥が手を握る。
温かい、手。
血を知らない手。
「…お前が、どんな時も迷わないように。俺は、歌うことしか出来ないから」
彰人が好きな笑みで。
「だから、必ず帰ってきてくれ。俺の…元に」

「当たり前だろ。愛は、永遠であると…証明してやるよ」


それから、いくつ年月が経っただろう。

「…は?」
話に聞いた、綺麗な泉の前。
洞穴から少し離れた場所で歌う少女に、彰人はぽかんと見つめた。
空より青い髪、吸い込まれそうな蒼の瞳、間違いない…水の歌姫だ。
彰人の…次のターゲット。
彼女の抹殺が、今日の任務だった。
…冬弥のために。
冬弥の幸せのため、ただそれだけのために。
「…。…こんにちは。観客なんて久しぶりだな」
彰人の存在に気づいたのだろう、少女がにこりと笑う。
「…アンタ、こんなトコで何してんだ」
「何って…歌っているんだ。ほら、ここって良く響くでしょう?」
微笑む彼女に彰人は呆れた。
随分と迂闊な人だと思う。
誰かも分からない人間に、警戒心もなく応えるだなんて。
「いや、そういうことじゃなくてよ…」
「私、歌姫だから。…こうして歌いたくなっちゃうんだ」
「…だからって」
言い淀む彰人に、歌姫は静かに微笑んだ。
…運命を、悟っているかのように。
そう、警戒心がないわけじゃない。
きっと、彼女は。
「…私は、歌でセカイが繋がってくれたら良いなって、思うの」
「…は」
「もちろん、簡単なことじゃない。でも、この世はチェス盤上でもないと思うの。人と人の間に線を引くのは人間だよ。…きっと、大地には線なんかはなくて、花が咲いているんだろうね」
遥が寂しく笑う。
…冬弥と同じ様なことを言って。
「…私は、この綺麗な花が咲く、大地を守るために歌を歌いたいんだ」

「馬鹿言うなよ。青の国は分裂した。だから戦争してんだろ」
「そうだね。でも…戦争なんて誰も望んでない」
「…そ、れは」
言葉に詰まる彰人に、くるりと少女がスカートを舞わす。
百合の花のようなそれは彼女に良く似合って。
「貴方も、護りたい人がいるから戦っているんでしょう?」
少女が笑む。
「でもその理由を知ってる?」
「は?」
こてりと歌姫は疑問を投げかけてきた。
それにぽかんとしていれば少女は柔らかく微笑む。
「…青の国は王権派と聖女派に二分していたの。私達と王子たち自体は仲が悪かった訳じゃなくて、周りの大人の意見が合わなかったのね。それが水の国と碧の国が別れてしまった理由の一つ」
「…聖女派?」
「聖女なんて名ばかりだけどね。花の歌姫、風の歌姫、日の歌姫、そして水の歌姫…4人纏めて聖女派。歌で国を守護してきたからそう呼ばれるようになったの。その歌姫を護るのが黒騎士団」
「…」
「…王権派は…貴方の方がよく知ってるよね」
「そうだな」
静かに微笑む少女に彰人は頷く。
冬弥を含む王族、それを護る白騎士団。
そこに身を置くのが彰人だ。
「…けど、どっちも国を護ってたんだろ?なら内部分裂なんて…」
「私達が力を持つのが怖かったんじゃないかな?…別れる理由なんてそんなもの」
紛争の理由まで知らない、興味もなかった、その真実に、疑問をぶつければ少女は悲しそうに微笑む。
「私達には攻撃する力はない。代わりに攻撃してくれるのが黒騎士団なの。…白騎士団と敵対する存在、だね」
「…けど」
尚も言い募ろうとした彰人に、彼女は笑みを向けた。
内部情報を話すのは、自分の最期を悟っているから、と。
「私は……もう覚悟してる。内部分裂したときから、ずっと」
「…アンタ」
「…。…遥。私は、水の歌姫、遥。水の国を…青の国を守護した者」

「…えっと」
「次はねぇぞ。アンタは死んだ。オレに殺された」
「…あり、がとう」

「…別に。…冬弥ならそうしたってだけだよ」
そっか、と少女が笑う。
「…ふふ」
「んだよ」
「ううん。…冬弥王子、愛されてるなって」

「当たり前だろ。オレは冬弥を愛してる」
「そっか。…少し、羨ましいな」


パァン、と響く軽い音。
は、と後ろを振り向けば彼女が岩の上に倒れていた。
神なんて、いなかったんだ。
歌で繋がるセカイを望む、神なんざ。
彼女は武器を持っていなかった。
そもそも攻撃は出来ないはずだ。
銃は黒騎士団が使用する武器で。
だがそんなことどうだって良い。
彰人に出来るのはただ一つ。
…せめてもの手向けに、…水の歌姫、遥が…安らかに眠ることが出来ますように、と…剣を引き抜いた。




彰人は、また一つ階級を登った。
【水の国の歌姫を葬った】からだ。
このまま攻め込んでしまえばきっと内紛は終わる。
だが隊長は…あんなに朗らかだった彼は笑みをなくした彼は…何故だか侵攻に待ったをかけているようだった。
彼の妹が行方不明でそれを探しているだとか噂の域を出ないそれが飛び交う。
馬鹿馬鹿しい、と思いつつ勲章を光に当てた。
反射したそれはまっすぐ廊下に向かって伸びる。
聖女を殺した報酬が聖騎士なんて、皮肉なものだ。


「やっほー!弟くん!」 
「…オレぁ、てめえの弟になったつもりはねぇよ」 
「んもー、釣れないなぁ。大活躍だったっていうから、ちょっとお祝いしてあげようと思ったのに」 
ケラケラと瑞希が笑う。
いらん、と手で払ってからふと手に持っているそれが気になった。
「何持ってんだ、それ」
「あ、これ?じゃーん!極秘事項ー!」
テッテレー!と瑞希が見せつけてくる。
ちなみに瑞希はこんな調子だが彰人より強いのだからよく分からないものだ。
何故弟くん、なのと問えば「え?だってボクより後から入ってきたでしょ?それに、誕生日もボクより後!だから弟くん!」だそうだ。
下だというのなら後輩くん、でも良さそうな気がするが何故だか弟くん、なのである。
まあ別に気にもならないが。
…陰口を言われるよりずっと良い。
「極秘事項を堂々と掲げてんじゃねぇよ。…んで?中身は?」
「うわぁ、下っ端なのに偉そー…」
少しだけ嫌そうにしてみせた瑞希はえっとね、とそれを見せてくれる。
「赤の国と緑の国が協力関係を結んだって」
「…マジかよ」
その報告に彰人は眉を潜めた。
ね、と瑞希が目線だけで語りかけてくる。
写真にはふわふわした緑の髪の少女と藍の髪の少女が手を取り合っていた。
小国同士だが、協力するなら話は違う。
内部分裂中の青の国なんてひとたまりもないだろう。
だから、早くこの内紛を終わらせなくては。
冬弥の為に。
ただ、それだけの為に。

最近、冬弥が自室にいない日が増えた。
小さく息を吐いて彰人はいつもの場所へと向かう。
あれだけ言っても彼は森へ行くのを止めなかった。
王宮の中は窮屈なのかもしれないけれど…危ないことはしてほしくないのに。
「…おや」
「っ、アンタ」
紫髪の胡散臭い男…名前は類、だったか…が彰人を見て目を細める。
彰人は彼が苦手だった。
理由は特にないのだけれど。
確か地位は大臣だったか宰相だったか…あまり興味もないから足早に通り過ぎようとする。
冬弥に早く会うほうが大事だ。
「…第三王子を頼むよ」
「…は…?」
すれ違いざまに囁かれたそれに彰人は思わず振り返る。
もうその時には類はいなくて。
当たり前だろ、という声だけが静かに響いた。

だが、それは打ち砕かれることになる。

最悪の…形によって。


静かな森に銃声が響く。
…碧い花が、揺れた。
「…冬弥?」
渇いた声が漏れ出る。
嘘だ、まさか。
そんな、意味もない言葉が零れ落ちた。
違う、冬弥じゃない。
冬弥である、はずが……ない、のに。
目の前で冬弥の身体が倒れる。
花が赤く染まった。
「…冬弥!!!」
倒れる碧の王子に、駆け寄る。
「……あき、と?」


ふわ、と微笑んだ彼の…力が抜けた。
呼吸が止まる。
血は、止まらないのに。
ポタポタと冬弥の白い肌に涙が零れ落ちた。
なんで、どうして。
あんなに…約束したのに。

冬弥を地面に寝かせる。
ふらりと立ち上がった。
敵は、目の前の……少女。
冬弥を殺した榛色の髪の……。
「テメェえええ!!!!」
彰人は咆哮を上げ、緩慢に振り返る少女に向かって剣を突き刺した。
抵抗もしない少女は呆気なく殺されてくれる。
「…は、…る………か……」
小さく声を溢した少女は笑みを浮かべようとし…地面に崩れ落ちた。
最近入ってきたばかりと新人兵士だった気もするが…どうだって良い。
…冬弥がいないセカイなんて。
「オレは…何のために…?」

「…ハハッ」
渇いた笑いが漏れる。
お前の仇を取ったぞ、と笑みを浮かべようとして…セカイは、暗転、した。





「彰人!」
「…ああ、冬弥か。はよ」
「おはよう。…大丈夫か?」
ぼうっとしているところに冬弥から声をかけられ、彰人は慌てて返事をする。
何だか妙な夢を見た気がしたのだ。
…何も覚えていないから、良い夢かも悪い夢かも分からないけれど。
「何もねぇよ。ちょっと目覚めがスッキリしなくてな…」
首を傾げる冬弥にそう言いかけたところで明るい声が聞こえた。
「やっほー!彰人、冬弥!」
「ああ、白石か。おはよう」
「…朝から元気だな、お前……」

「当然!…ってか、彰人は眠そうじゃん。もしかして、夜ふかし?」
「ちげぇよ。…そう言う杏は夜ふかししなかったんだな。数学、当たる日だろ」
「あー!そうだったぁ!…あっ、草薙さぁあん!おはよう!!!勉強教えてぇ…!」
「わっ。…おはよう、白石さん。わたしで良ければ、良いよ」
「本当?!助かるー!草薙さん、大好き!」

「あははっ、賑やかだねぇ!」
「…暁山。今日は朝から学校に来たんだな」
「はよ。つぅかあれどうにかしろよ。お前の親友だろ」
「いやぁ、クラスが違っちゃうとやっぱりねぇ」

「あ、とーやくん!みずきちゃん!おはよー!」

「…ええっと…とーやくんの相棒さん!」
「…おお」
「えへへ、アタシ、天馬咲希でっす!天馬司の妹やってます!」
「…あー…司センパイの」

「咲希さん、何か用があったのでは?」
「そうだよ。大事な用事だったんじゃないの?」

「うん、宜しくねー!…あ、しほちゃーん!はるかちゃーん!」
「うわっ!…咲希、急に抱きついてきたら危ないってば」
「ふふ。おはよう、咲希。今日もすっごく元気だね…」
パタパタと彼女が走っていった先で、榛色の髪と青の髪が揺れる。
視界の端で挨拶をする彼女らに賑やかだなと思いながら前を向いた。
「なぁ、冬弥」
「?なんだ、彰人」
隣にいる冬弥が首を傾げる。
青い花が揺れた。
「良い、朝だな」



「あ。おはよう、志歩ちゃん!」
「…こはね。おはよう」
「ふふっ、朝から賑やかだね。…なにか嬉しそうだけど、良いことでもあった?」
「別に。…ただ」
(不思議そうなこはねに対して志歩は笑う

楽しそうな彼女を見つめながら)

「良い朝だなと思っただけだよ」



………
☆4ホワイトデー彰人と☆4ウェディング冬弥の話。
ミクオが志歩で、ミクが遥で、リンが冬弥で、レンが彰人。
敵国の遥を殺し、スパイとして潜り込んだ志歩に冬弥を殺される彰人の話。
最終的に彰人が志歩を殺すから救いがない(原作遵守)
両想いの彰冬と両片想いのしほはる。


花の歌姫みのりを守護するのが一歌、風の歌姫愛莉を守護するのが咲希、日の歌姫雫を守護するのが穂波になります。
志歩が殺して成り代わったのがこはね、本当に遥を殺したのは咲希、類は黒幕に見えて実は司が黒幕の、悪役天馬兄妹でも面白いなー!
まあ類は黒騎士団のトップなんだが。
後は司も咲希も圧倒的光だからなぁと思いつつ思いつつ。
ちなみにKAITOはモモ、MEIKOはレオニ…と思ってたんだけど死んだ友KAITOだったんですよね…あれ…?
書いていた当初は3回目ホワイトデー来ると思わなくて、しかも一歌とみのりが赤い騎士衣装、愛莉は……青…?の騎士衣装だったので、まあ、あの、姫2人は別世界線では亡命して騎士になったんじゃないかなって!思ってますね!!…何の話だったっけ。
まあそんな事言えばとやちゃん龍騎士なんだけど…それはそれとして……そんなん言うたら彰人もウェディング☆3でおったわ!!

パラジュンが派生で一番好きです。
逃避行も考えたけど今回は悲哀に全振りしました。
まあ、今世がいちゃラブだから…良いんじゃないかなって…。
この話を書くに当たってめちゃくちゃ整理し直しました…大変だった……;
元の話も含めて、全キャラで…出た…出たかな……?奏とまふゆが出せなかったかな…?
奏は白騎士団団長、まふゆは黒騎士団団長の設定です。
今回バチャはノーカウントで。
…入れるとぉ…ややこしくなるからぁ……;;;
でも、ガンナービビ兄さんは!性癖です!!(何の話)


今回一番動かしやすいのが瑞希でしたね…ありがとね……。




「忘れない・・・ あの日小さな墓の前で 
 抱いた悲しみを・・・
 キミが歌に込めた あの祈りを
 散った 戦友の願いを・・・」
閉じこめた 小さな穴の中で
何が正しいか 分からず
この場所が 知られると困るから
小さな その首を絞めた・・・
大切なものを 守るはずなのに
気づいたときには 失くしてた
この手は 汚れてしまった
キミの手を 握った手は
真っ赤に 染まってしまった
誰のかも 分からない血で・・・
本当は 誰もが知っていた
チェスの盤上じゃないこと
大地には 線は引かれてなくて
そこに 花が咲いてると・・・
キミを守りたい ただそれだけだった
振り向けば 骨の山があった
正義と 言い聞かせてきた
もう ごまかせなくなってた
多くの 夢を奪ってた
どんな夢かも 知らないで・・・
「作戦14 緑の歌姫の報復に、
 黄色の歌姫の抹殺」
「Yes, sir」
(平和とか愛は永遠じゃない
忘れてはすぐ失くすでしょう
だから私は歌い続ける
貴方が迷わないように)
「僕は、キミの仇をとるんだ・・・」
僕らは 気づいていたんだ
無意味に争ってると
生まれた 土地が違っても
血は 同じ色をしてると・・・
少女の 亡骸を抱いた
涙に濡れる 少年の
剣が 僕に突き刺さり
温かい 赤が流れた
キミの歌が 聞こえるんだ・・・

しほはるワンドロワンライ・ホラー/夏だから

「…あれ?」
ある夏の暑い日。
珍しく仕事が早く終わり、授業に参加できた遥は、ふと聞こえてきた音に引き寄せられるよう、そこに近づいた。
…聞こえてきたのは、よく知った音だったから。
「…。…日野森さんの、ベース…だよね?」
首を傾げ、遥は音のする方を見つめる。
中庭や、教室、音楽室ならまだ分かるのだが、聞こえてきたのはあまり普段使わない視聴覚室だったからだ。
変わった場所で練習しているのだなぁ、と遥は小さく笑って「日野森さん」と、視聴覚室の扉を開ける。
「…あれ?」
薄暗い部屋の中、そこには誰もおらず、遥は再度首を傾げた。
確かに聞こえたはずなのに。
おかしいな、と視聴覚室内に足を踏み入れたその時である。
「…きゃっ?!」
ドン、と後ろから突き飛ばされた。
そのまま視聴覚室に入ってしまった遥はたたらを踏み、振り返る。
だが、突き飛ばした人物は見えず、無情にも閉まってしまった扉だけが見えた。
慌てて開けようとするが、やはりというか何というか、扉はびくともしない。
閉まった音はしなかったのに、と息を吐きながら遥は窓に近付いた。
確か、渡り廊下があるはずだ。
窓からなら外に出られるかもしれない。
行儀は悪かろうがとやかく言っている場合でもなかった。
平静を装ってはいるが、遥だって怖いのだ。
「…え?」
重いカーテンを開こうとした刹那、遥は固まる。
開かないのだ。
何が? 
カーテンが。
何度も挑戦しようとしたが開かない。
動かない。
光が、届かない。
「…う、そ……」
小さく呟いた遥はその場にへたり込んだ。
いつの間にかベースの音は聞こえなくなっていて、遥は耳をふさぐ。
「…日野森さん……っ!」

しほはるワンドロワンライ・パニック/普段はしない

学校の怖い話は知ってるかい?


「視聴覚室から啜り泣く声?!」
「本当だって!わたし、渡り廊下で聞いたんだもんー!」
廊下ですれ違った生徒がそんな会話をしていて、志歩は下らない、と思いながらカバンを持ち直した。
この後は少し図書室に寄って本を返してから練習に行く予定だ。
割といつも通りの、日常と評されるだろうそれ。
そうだと…思っていたのに。
「…え?」
図書室に行くまでの渡り廊下。
いつもはしない音に志歩は立ち止まる。
これは…啜り泣く…声?
「…嘘…?!」
顔を引きつらせながら、志歩は逃げる体制を取ろうとする。
…が。
「…ん?」
その声に覚えがあって志歩は恐る恐る近付いた。
渡り廊下に隣接する、視聴覚室。
その窓に、コンコンとノックをした。
「…きゃあ?!!」
「…。…やっぱり」
聞こえる悲鳴。
それに志歩は頷き、声を上げる。
「桐谷さんだよね?!私、日野森だよ!」
「…日野森さん?!」
くぐもった声がし、カーテンが揺れた。
「…あれ?開いた…?」
「桐谷さん!」
窓を開け呆ける彼女に、カバンを地面に置いてから両手を広げる。
慌てて遥が窓枠に足をかけて飛び降りてきた。
しっかりと抱きとめ、大丈夫?と問いかける。
「…ひ、日野森さん…?」
「うん、私だよ。桐谷さん」
珍しくパニックになっているのか涙目で尋ねる、彼女の頭を撫でた。
それに遥が、怖かった、と抱きついてくる。
「…何があったの」
「…閉じ込められちゃったの」
すん、と鼻を鳴らす遥。
ただ閉じ込められただけではこうはならないだろうと思いつつ、志歩は聞くことをやめる。
今は無理に聞き出すのも可哀想だろうから。
「でも珍しいね。桐谷さんが甘えるの」
だから代わりに抱き着く彼女の頭をなでた。
「…普段はしないもん……」
「うん、知ってるよ」
普段より子どもっぽいくすくすと笑って志歩が言う。
冷静沈着で、いつも取り乱さない彼女だからこそ。
なんだかこんな姿も愛おしい。
「…なんだか悔しいな。日野森さんが慌ててるところなんて見たことないから」
「そんなことないでしょ。…私、割と振り回されてるからね。結構慌ててると思うよ」
「…そう、なの?」
「桐谷さんが気にしてないだけじゃない?」
きょとりとする遥に志歩は笑った。
まあ、彼女が志歩の格好悪い姿を見ていないのはこれ幸いと思うけれど。
(…好きな人には、格好良い姿しか見てほしくないもんね?)

「ところで、なんでこんなところに閉じ込められちゃったの?視聴覚室に何か用事でも…?」
「…えっと…ベースの音が聴こえてきて…日野森さんが弾いてるのかと……」
「…。…待って、何をどこから突っ込んでいいのか分からないんだけど…?!」

しほはるワンドロワンライ 願い・夏のバレンタイン

「…ねぇ、志歩。今日って夏のバレンタインなんだって」
「…。…一歌がそういうの言うの、珍しいじゃん」
一緒にお昼ご飯を食べていた一歌が一口目の焼きそばパンを飲み込んでそう言った。
それに志歩は目を丸くして返す。
一歌の話題はバンドのことかミクのこと…少なくとも恋愛関係のそれを聞いたことがなかった。
「…みのりが教えてくれたんだ。今日の配信でちょっと変わった七夕企画をするんだって」
「ああ、なるほど」
彼女の情報源に納得し、志歩は「知ってるよ」と言う。
「七夕を夏のバレンタインって言うの、去年教えてもらった」
「そっか。…曲作りのためにもっと色んな言葉を知らなきゃ駄目だな…」
「…いや、Leo/needはそんな言葉使うようなバンドじゃないでしょ…」
真剣に悩む一歌に、志歩は苦笑した。
やはり彼女はこうでなくては。
「…あれ。一歌、日野森さん」
爽やかな空のような声に、志歩はそちらを見る。
ひらりと手を振るのは遥だった。
志歩も軽く手を振り返す。
「今日も仕事?お疲れ様」
「うん、ありがとう。…一歌はどうしたの?」
「…あー…ちょっと夏のバレンタインについて考えてる?」
首を傾げる遥に志歩は苦笑しながら答えた。
目を丸くした遥も楽しそうに肩を揺らす。
「真面目だね」
「可愛いでしょ、うちのギターボーカル」
「なんで日野森さんが自慢げなの…」
楽しそうな遥に、そうだ、とあるものを手渡した。
「はい、これ」
「え?」
「夏のバレンタイン、でしょ」
きょとんとした遥に、志歩はそう言う。
小さな手提げ袋に収められているのは星が詰まった、ラムネ瓶。
取っ手に短冊が付けられた、それ。
「神様にお願いするのは性に合わないからね」
軽く言いながら水筒の麦茶を煽る。
遥の頬が赤いのは、夏の暑さのせいかそれとも。
「…Leo/needのベース可愛くない…」
「それはどうも」
小さく頬をふくらませる遥にそう言い、志歩は笑う。


黄緑の短冊に書かれた、願い。
…いや、願いというよりそれは…。


【桐谷さんと、幸せになります】

(彦星と織姫になるつもりは、ないからね!)




「…あれっ、えっ、遥?え、なんで顔が赤く…?」
「…可愛いでしょ、一歌ちゃん。うちのプロデューサー兼アイドル!!」
「み、みのり?!!」

「ねぇ、日野森さん!脇腹が弱点って本当?」
放課後、偶然中庭で会った遥が嬉しそうに笑って駆けてきたと思ったら思っても見なかったことを言われて思わず固まってしまった。
「?日野森さん?」
「…あ、ごめん。…って、誰からその情報…!」
「ふふ、内緒」
詰め寄る志歩に、遥はにこにこと微笑む。
本当にこのアイドル様は。
「で?本当?」
「…。…内緒」
わくわくと聞いてくる彼女に、志歩はそっぽを向いた。
あ、ズルい、と遥が頬をふくらませる。
「当たり前でしょ。…好きな人にわざわざ自分の弱点晒すわけないし」
「…!」
志歩の発言に遥が目を見開いた。
綺麗なそれに吸い込まれそうになる。
「…何」
「…。…ううん、何でもない」
くすくすと笑う遥に、何それと眉を寄せつつ、ふと志歩は悪い笑みを浮かべた。
「私の弱点を知りたかったら桐谷さんの弱点を教えてもらわなきゃね」
「え?私?」
きょとんとした遥が少し上を向き…綺麗な笑みを見せる。
「ないよ。だってアイドルだもん」
「…何その理屈…」
何故かドヤ顔の遥に、志歩は思わず笑ってしまった。
存外子どもっぽいのだ…この国民的アイドル様は。
「いいよ、身体に聞いちゃうから」
「…もう、日野森さんってば…」
とん、と壁に押し付けても彼女はくすくすと笑うだけで。
何だか悔しくなった。
自分ばかりが焦れている気がして。
「…好きだよ、桐谷さん」
「私も好きだよ、日野森さん」
微笑む彼女に、こっちは本気なのにな、と息を吐いた。
どうやらまだまだ敵わないらしい。
「桐谷さんの弱点、見つけたかったのにな」
離れながら言う志歩に、遥が綺麗に笑む。
それだけで、まあ良いかと思った。

どうやら、志歩はこの微笑みも、弱点らしい!




「…もう、敵わないな……」
「?何か言った?桐谷さん」
「…ううん、何でもないよ、日野森さん」

確かにあの時の私は


『オハナシ』が好きだったの



いつからだったろうか。

ワタシは私になり、オハナシを創るのが億劫になった。
忙しさに感けて、オハナシに向き合うこともなくなった。
だって、エネルギーがいるじゃない。
そんな言い訳だけはつらつらと吐き出される。
そうして紡ぐことを、オハナシを忘れる未来が出来るんだ。
…それ、が本心でないなんて誰が知るだろう?


いつからだったろうか。

かつてのワタシはオハナシを創るのが、純粋に大好きだった。
物語の行間を作って、こうだったら良いなをかき連ねた。
主人公たちはオハナシの中で幸福と、それからちょっぴりの不幸を謳歌していった。
そのオハナシが少しずつ評価されて。
感想と言う名のお手紙が届いて。
多分『ワタシ』は、嬉しかったんだと思う。
評価なんて関係ないなんて言いながら私は。
きっと気にしていた。

その後、あなたにあった。
ワタシのオハナシに愛をくれるあなた。
最初は嬉しかった。
多分きっとそう。
…もう誰にも見られることがない感情だけれど。
あなたへの愛はいつしか憎悪に変わってしまって。
いつからだったろうね、覚えてないな。
オハナシに思想を練り込んで出したこともあったっけ。
嫌いなものに『嫌い!』を叩きつけた。
コレがワタシに出来る唯一だと思っていたから。
主人公には悪いことしちゃった、ね。


地に落ちた水は器に還らないように。
壊れたオモチャに継ぎ接ぎが出来てしまうように。
折れてしまったペンはもうコンテニュー出来ないように。
手から溢れて吐き出した御怪文書は、元には戻らない。
自覚した途端、それはなかったことには出来なくなる。
それでも私にはそうするしか他なかったの。
私には創ることしか出来ないから。
今にして思えば依存していたのね。
オハナシを創ることに。
あなたからの愛を受け取ることに。
…創るにあたってそんなもの、何の意味もなかったって、分かっていたのだけれど。


あなたからの愛を受け取れなくなって、私は憎悪を、嫉妬を、悪意を、虚栄心を伝えようと未来に残そうとした。
だってわたしはカミサマだったから。
ワタシはいつだって正しかったのに。
だって、あなたに向けた…忘れてしまった感情は、誰にも知られることなく消えてしまうの?
そんなの耐えられなくて、でも未来に残すには赦せなくて。
分かっていたのにどうしたら良いか分からなくなって。


だから足掻くのはやめたの。
本物のワタシにも、模造品の私にもできなかったやり方。

わたしはワタシのオハナシが好き。
例えどんなに見難かったとしても。
だってオハナシはわたしの一部だから。
私がデータの海に叫んで吸い込まれたものも、全て。
そんなぐちゃぐちゃの感情を押し込んだオハナシが、誰かに届いていたら嬉しいなって。
そう思うよ。


依存を辞めなかった空想庭園(ほんもの)のワタシ。
空想庭園(イマジナリィ)にさよならを告げた模造品の私。
それから。
空想庭園への想いを抱きしめてオハナシを、感情(おきもち)を誰かに遺したわたし。


一応ね、愛していたんだよ。
…これでもね。



ありがとう、私のオハナシを愛してくれる未来の誰か。
ありがとう、ワタシのオハナシを愛してくれた過去のあなた。
そして、ありがとう。
…オハナシを愛していたいつかの私/ワタシ。

ねぇ。

これからも宜しくね。
オハナシを愛しているいつものわたし。



空想庭園(ファンタジア)には負けるけれど、模造品(レプリカ)だって、海賊版(ブートレグ)だって、それなりに幸せだったのよ。

類冬

今日は類の誕生日である。

可愛い後輩兼恋人の冬弥からも祝ってもらって幸せだった。

…のだけれど。



「…青柳くん、今なんて…?」
「…ええと」
キョトンとした類に冬弥は少し困った顔をした。
そうして。
「…俺と、逃避行していただけませんか?」
手を差し出して冬弥は言う。
…何故いきなりそんな事を。
「うーん…。理由を聞いても良いかい?」
首を傾げる類に冬弥はこくりと頷く。
「今日は先輩のお誕生日ですよね?」
「そうだね。青柳くんも祝ってくれたじゃないか」
「はい。…おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう。何回言われても嬉しいものだねぇ」
にこにこと微笑む類に冬弥も目を細めた。
「それで?何故逃避行なんだい?」
「今現在、先輩も、俺も、夢を追うことが何よりも大切ですよね」
「うん?まあそうだね」
類は演出家の夢を、冬弥は伝説のイベントを開催するために、日々を邁進している。
何よりも大切にしているといっても過言ではなかろう。
「ですが、今日は先輩のお誕生日ですので…その、」

梅雨彰冬、しほはる

「…んげ」
コンビニから出た途端、ザァと降り出した雨に彰人は嫌な顔をした。
先程までは晴れていたのに。
だが、通り雨だろうとしばらく待つことにした。
この様子では、傘を買うほどでもないだろう。
練習に早く合流したかったが…致し方ない。
スマホを開き、少し悩んでから冬弥宛にとメッセージアプリを起動した。
『わりぃ、急に雨に降られた。雨宿りしてから行くから練習遅れる』
タタとメッセージを送信すればすぐに返信が来る。
『大丈夫か?迎えに行くか?』
『いや、待ってりゃ止むだろ』
『だが』
『心配すんな、小降りになったらすぐ行く』
そこまで打って彰人はメッセージアプリから顔を上げた。
そういえば今朝のニュースで、梅雨入りしたと言っていたっけ。
こんな天気も増えるのか、とため息が出る。
雨の様相を見るのは嫌いではないが…こう予定を狂わせられると眉間にシワが寄ってしまった。
どれくらいで止むだろうかと天気予報アプリを開こうとした時である。
「…ん?」
何かメッセージが来ていて彰人はいつものようにタップした。
冬弥からのメッセージは『彰人』とだけ表示されていて。
何だこりゃ、と思うより前に「彰人」と声が降ってくる。
「え」
「良かった、まだ雨宿りしていたんだな」
目を丸くする彰人に、冬弥がふにゃりと笑う。
手には2本の傘。
「いや、お前、なんで」
「…何故……ああ、ええと」
ぽかんとする彰人に冬弥は少し悩んだ素振りをしてからこてりと首を傾げる。
それから。
「来ちゃった?」
「…お前なぁ……」
揺れるキレイな髪に彰人ははぁあとため息を吐き出した。
まったく、誰に何を教わったのだか。
「…やはり駄目だったか?」
「いや、驚いただけだ。…ありがとな、冬弥」
心配そうな冬弥の表情に、彰人は礼を言ってからくしゃりと彼の髪を撫でる。
可愛い恋人がこうやって迎えに来てくれるなら梅雨も悪くないかもしれないな、と思った。


雨雨降れ降れ、可愛い可愛い恋人が


蛇の目でお迎え嬉しいな!

(灰色の空、落ちる雨粒、唯一の醍醐味)



「あ、青柳くん。…成功したんだね。良かった」
「桐谷さん。…ありがとう。そちらも成功したんだな」
「いや、マジで誰に何教わってんだよ…」
「何ていうか…大変だね?東雲くん」
「おう、そっちもな」

本日、5月25日。
冬弥の誕生日である。
「…この半年だけは彰人よりお兄さんだな」
プレゼントを抱えた冬弥が嬉しそうに言うから、何かと思えば。
「…半年だけだろ」
「たかが半年、されど半年だ。…俺の周りは年上が多かったから、嬉しい」
「…ああ……」
機嫌が良い冬弥に、彰人も思い浮かべる。
確か冬弥には兄が二人、それから先輩と慕う司も自分たちより歳が上だ。
「司センパイ、妹がいるんじゃなかったか?」
「咲希さんか?…咲希さんは誕生日がオレより早いんだ」
「…なるほどな」
冬弥の言葉に彰人は頷く。
同級生とはいえ、一時的にでも年上になる、というのは何か特別なものでもあるのだろう、彰人には分からないが。
「んで?おニーチャンとでも呼んでやろうか?」
「…いや。遠慮しておこう」
彰人の提案にくすくすと冬弥が笑う。
楽しそうな彼の、綺麗な髪がさらさらと揺れた。
「彰人の誕生日が来た時にやりかえされてしまう可能性もあるからな」
「ねぇよ」
あっさりと冬弥の言葉を否定する。
別に、兄になりたい願望があるわけではなし。
「あくまで、対等でいたいからな。…お前とは」
「…彰人」
「相棒としても、恋人としても。冬弥とは隣で歩いていけるような関係で有りたいと思うけど?」
美しい灰の瞳が見開かれる。
そこに写り込むオレンジ色。
爽やかな風が二人の間を通り抜けた。
「…その返事は、来週でも良いだろうか…?」
「は?来週?なんで…」
うっすらと耳朶が赤い彼に、首を傾げてから慌ててスマホを探る。
誰かが言っていた。
6月の第一週日曜日。
それは……。
「…あー!…そん時はもっとちゃんとした言葉をやるから、覚悟しとけ」
「今以上にきちんとした言葉を貰えるのか」
「そーだよ。…なんなら指輪でも買いにいくか?」
「ふふ、彰人はセンスが良いから楽しみだ」
冬弥が微笑む。
その表情に、ドキリと胸が高鳴った。
蒼を溶かす蜂蜜色。
もうすぐ、夜がくる…。

「…頼む!知恵を貸してくれんか!」
パンっ!と司が眼前で拝む。
その隣で類と彰人が何やら困った顔をしていた。
「…いや、だからってなんで私…」
頼み込まれた方、志歩が少し表情を歪める。
ちょっと、と寧々が司を窘めた。
「…日野森さん困ってるでしょ、やめなよ」
「うっ…そうなのだが…」
司が目線をそらす。
普段自信たっぷりな司にしては珍しいな、と思った。
「…まあ、司さんにはお世話になってるし…神代さんにも、東雲くんにもうちのメンバーが助けてもらったしね」
「本当か、志歩?!!!」
「助かる、ありがとうな」
「ああ、とても有り難いよ」
「…ごめんね、日野森さん」
男子3人が各々ホッとした顔をし、寧々がすまなそうにこちらを見る。
「別に…役に立たないかもしれないし…。それで?相談って?」
首を傾げれば3人が顔を見合わせた。
「それが…冬弥の誕生日のことでな…」
「?司さんの家でパーティーじゃなかったんですか?咲希、張り切ってましたよ」
「えむが、咲希ちゃんにアドバイスしたんだぁって嬉しそうに言ってたけど…それじゃなくて?」
寧々と2人、きょとんとする。
どうやら寧々も内容までは聞いてなかったようだ。
いやぁ、と司が頭を掻く。
「月曜にショーをすると約束をしただろう?」
「…ああ、してたね」
司のそれに寧々が頷く。
「誕生日当日は土曜だろ」
「25日だっけ。今年は土曜日だね」
引き継いだ彰人の言葉に志歩も同意した。
「…1日空いてしまうから、そこも何かしたい…そう考えてねぇ…」
類の困ったような言葉に、あぁ……と曖昧なそれが漏れる。
「誕生日は25日なんだから、お祝いは1日だけでも良い気がするけど…」
「私も。…まあ、何かしてあげたいって思うのも分かるけどね」
くす、と笑う志歩に、寧々が少し意外そうな顔をした。
それは男子勢も同じだったようで目を丸くしている。
「…なんですか、その顔」
「…いや……なんつーか…意外だな、と」
「志歩はどちらかというと遠慮するタイプだと思っていたのだが」
「僕もだよ。まさか賛同を得られるとは…」
嫌そうな志歩に男子勢が口々に言った。
「…。…草薙さん、行こう。白石さんと桐谷さんが待ってる」
「わぁあ!待て待て待て!!!」
「わぁるかったって!!!」
踵を返す志歩に、司と彰人が必死に止める。
「まったく……」
「フフ。二人とも必死だねぇ」
「…いや、類も当事者でしょ」
何故だか傍観者の類に寧々が呆れたように言った。
「僕はゲリラライブをして驚かせる、という案を持っているからね」
「あ、卑怯ッスよ!」
「そうだぞ、類!抜け駆けは良くない!」
「抜け駆けなんて、酷いなぁ…」
ギャーギャー言い出す彰人と司に、類が泣き真似をする。
何やってるんだか、と呆れ顔の志歩に、寧々が「ゲリラライブか」と呟いた。
「草薙さん?」
「あ、なんかそういうの、白石さんは好きそうだなって」
「ゲリラライブ?」
「うん。…サプライズとか前に喜んでくれたし、楽しんでくれるかなって」
「ああ…。…桐谷さんも、突発フェニーくんグリーディングとか凄く嬉しそうだったし、意外とそういうの、需要あるのかも?」
「…なるほど、その手があったか…!」
寧々と志歩の会話に司が手を叩く。
「司くん?」
「…なんか嫌な予感しかしないんスけど…」
首を傾げる類と嫌な顔をする彰人に、司がワクワクとそれを話しだした。
「つまりだな、彰人たちが練習が終わった後に参加型のゲリラライブを……」
「なら、結婚式のショーのようにプロポーズを…」
「はぁ?!そんなん……!!」


わいわいと声が響く。
今年も愛しの人に楽しんでもらえるようにと、お誕生日会議は続く!



「…冬弥、嬉しそうだね?」
「ふふ、何か良い事あったんですか?」
「そうですね。…これから、良い事が起こるかもしれない、そんな期待にワクワクしています」
(杏と遥の疑問に冬弥が笑う)


(誕生日、それはいつだってワクワクさせて、とても幸せな気持ちをくれる日)