しほはるワンドロワンライ・パニック/普段はしない

学校の怖い話は知ってるかい?


「視聴覚室から啜り泣く声?!」
「本当だって!わたし、渡り廊下で聞いたんだもんー!」
廊下ですれ違った生徒がそんな会話をしていて、志歩は下らない、と思いながらカバンを持ち直した。
この後は少し図書室に寄って本を返してから練習に行く予定だ。
割といつも通りの、日常と評されるだろうそれ。
そうだと…思っていたのに。
「…え?」
図書室に行くまでの渡り廊下。
いつもはしない音に志歩は立ち止まる。
これは…啜り泣く…声?
「…嘘…?!」
顔を引きつらせながら、志歩は逃げる体制を取ろうとする。
…が。
「…ん?」
その声に覚えがあって志歩は恐る恐る近付いた。
渡り廊下に隣接する、視聴覚室。
その窓に、コンコンとノックをした。
「…きゃあ?!!」
「…。…やっぱり」
聞こえる悲鳴。
それに志歩は頷き、声を上げる。
「桐谷さんだよね?!私、日野森だよ!」
「…日野森さん?!」
くぐもった声がし、カーテンが揺れた。
「…あれ?開いた…?」
「桐谷さん!」
窓を開け呆ける彼女に、カバンを地面に置いてから両手を広げる。
慌てて遥が窓枠に足をかけて飛び降りてきた。
しっかりと抱きとめ、大丈夫?と問いかける。
「…ひ、日野森さん…?」
「うん、私だよ。桐谷さん」
珍しくパニックになっているのか涙目で尋ねる、彼女の頭を撫でた。
それに遥が、怖かった、と抱きついてくる。
「…何があったの」
「…閉じ込められちゃったの」
すん、と鼻を鳴らす遥。
ただ閉じ込められただけではこうはならないだろうと思いつつ、志歩は聞くことをやめる。
今は無理に聞き出すのも可哀想だろうから。
「でも珍しいね。桐谷さんが甘えるの」
だから代わりに抱き着く彼女の頭をなでた。
「…普段はしないもん……」
「うん、知ってるよ」
普段より子どもっぽいくすくすと笑って志歩が言う。
冷静沈着で、いつも取り乱さない彼女だからこそ。
なんだかこんな姿も愛おしい。
「…なんだか悔しいな。日野森さんが慌ててるところなんて見たことないから」
「そんなことないでしょ。…私、割と振り回されてるからね。結構慌ててると思うよ」
「…そう、なの?」
「桐谷さんが気にしてないだけじゃない?」
きょとりとする遥に志歩は笑った。
まあ、彼女が志歩の格好悪い姿を見ていないのはこれ幸いと思うけれど。
(…好きな人には、格好良い姿しか見てほしくないもんね?)

「ところで、なんでこんなところに閉じ込められちゃったの?視聴覚室に何か用事でも…?」
「…えっと…ベースの音が聴こえてきて…日野森さんが弾いてるのかと……」
「…。…待って、何をどこから突っ込んでいいのか分からないんだけど…?!」

しほはるワンドロワンライ 願い・夏のバレンタイン

「…ねぇ、志歩。今日って夏のバレンタインなんだって」
「…。…一歌がそういうの言うの、珍しいじゃん」
一緒にお昼ご飯を食べていた一歌が一口目の焼きそばパンを飲み込んでそう言った。
それに志歩は目を丸くして返す。
一歌の話題はバンドのことかミクのこと…少なくとも恋愛関係のそれを聞いたことがなかった。
「…みのりが教えてくれたんだ。今日の配信でちょっと変わった七夕企画をするんだって」
「ああ、なるほど」
彼女の情報源に納得し、志歩は「知ってるよ」と言う。
「七夕を夏のバレンタインって言うの、去年教えてもらった」
「そっか。…曲作りのためにもっと色んな言葉を知らなきゃ駄目だな…」
「…いや、Leo/needはそんな言葉使うようなバンドじゃないでしょ…」
真剣に悩む一歌に、志歩は苦笑した。
やはり彼女はこうでなくては。
「…あれ。一歌、日野森さん」
爽やかな空のような声に、志歩はそちらを見る。
ひらりと手を振るのは遥だった。
志歩も軽く手を振り返す。
「今日も仕事?お疲れ様」
「うん、ありがとう。…一歌はどうしたの?」
「…あー…ちょっと夏のバレンタインについて考えてる?」
首を傾げる遥に志歩は苦笑しながら答えた。
目を丸くした遥も楽しそうに肩を揺らす。
「真面目だね」
「可愛いでしょ、うちのギターボーカル」
「なんで日野森さんが自慢げなの…」
楽しそうな遥に、そうだ、とあるものを手渡した。
「はい、これ」
「え?」
「夏のバレンタイン、でしょ」
きょとんとした遥に、志歩はそう言う。
小さな手提げ袋に収められているのは星が詰まった、ラムネ瓶。
取っ手に短冊が付けられた、それ。
「神様にお願いするのは性に合わないからね」
軽く言いながら水筒の麦茶を煽る。
遥の頬が赤いのは、夏の暑さのせいかそれとも。
「…Leo/needのベース可愛くない…」
「それはどうも」
小さく頬をふくらませる遥にそう言い、志歩は笑う。


黄緑の短冊に書かれた、願い。
…いや、願いというよりそれは…。


【桐谷さんと、幸せになります】

(彦星と織姫になるつもりは、ないからね!)




「…あれっ、えっ、遥?え、なんで顔が赤く…?」
「…可愛いでしょ、一歌ちゃん。うちのプロデューサー兼アイドル!!」
「み、みのり?!!」

「ねぇ、日野森さん!脇腹が弱点って本当?」
放課後、偶然中庭で会った遥が嬉しそうに笑って駆けてきたと思ったら思っても見なかったことを言われて思わず固まってしまった。
「?日野森さん?」
「…あ、ごめん。…って、誰からその情報…!」
「ふふ、内緒」
詰め寄る志歩に、遥はにこにこと微笑む。
本当にこのアイドル様は。
「で?本当?」
「…。…内緒」
わくわくと聞いてくる彼女に、志歩はそっぽを向いた。
あ、ズルい、と遥が頬をふくらませる。
「当たり前でしょ。…好きな人にわざわざ自分の弱点晒すわけないし」
「…!」
志歩の発言に遥が目を見開いた。
綺麗なそれに吸い込まれそうになる。
「…何」
「…。…ううん、何でもない」
くすくすと笑う遥に、何それと眉を寄せつつ、ふと志歩は悪い笑みを浮かべた。
「私の弱点を知りたかったら桐谷さんの弱点を教えてもらわなきゃね」
「え?私?」
きょとんとした遥が少し上を向き…綺麗な笑みを見せる。
「ないよ。だってアイドルだもん」
「…何その理屈…」
何故かドヤ顔の遥に、志歩は思わず笑ってしまった。
存外子どもっぽいのだ…この国民的アイドル様は。
「いいよ、身体に聞いちゃうから」
「…もう、日野森さんってば…」
とん、と壁に押し付けても彼女はくすくすと笑うだけで。
何だか悔しくなった。
自分ばかりが焦れている気がして。
「…好きだよ、桐谷さん」
「私も好きだよ、日野森さん」
微笑む彼女に、こっちは本気なのにな、と息を吐いた。
どうやらまだまだ敵わないらしい。
「桐谷さんの弱点、見つけたかったのにな」
離れながら言う志歩に、遥が綺麗に笑む。
それだけで、まあ良いかと思った。

どうやら、志歩はこの微笑みも、弱点らしい!




「…もう、敵わないな……」
「?何か言った?桐谷さん」
「…ううん、何でもないよ、日野森さん」

確かにあの時の私は


『オハナシ』が好きだったの



いつからだったろうか。

ワタシは私になり、オハナシを創るのが億劫になった。
忙しさに感けて、オハナシに向き合うこともなくなった。
だって、エネルギーがいるじゃない。
そんな言い訳だけはつらつらと吐き出される。
そうして紡ぐことを、オハナシを忘れる未来が出来るんだ。
…それ、が本心でないなんて誰が知るだろう?


いつからだったろうか。

かつてのワタシはオハナシを創るのが、純粋に大好きだった。
物語の行間を作って、こうだったら良いなをかき連ねた。
主人公たちはオハナシの中で幸福と、それからちょっぴりの不幸を謳歌していった。
そのオハナシが少しずつ評価されて。
感想と言う名のお手紙が届いて。
多分『ワタシ』は、嬉しかったんだと思う。
評価なんて関係ないなんて言いながら私は。
きっと気にしていた。

その後、あなたにあった。
ワタシのオハナシに愛をくれるあなた。
最初は嬉しかった。
多分きっとそう。
…もう誰にも見られることがない感情だけれど。
あなたへの愛はいつしか憎悪に変わってしまって。
いつからだったろうね、覚えてないな。
オハナシに思想を練り込んで出したこともあったっけ。
嫌いなものに『嫌い!』を叩きつけた。
コレがワタシに出来る唯一だと思っていたから。
主人公には悪いことしちゃった、ね。


地に落ちた水は器に還らないように。
壊れたオモチャに継ぎ接ぎが出来てしまうように。
折れてしまったペンはもうコンテニュー出来ないように。
手から溢れて吐き出した御怪文書は、元には戻らない。
自覚した途端、それはなかったことには出来なくなる。
それでも私にはそうするしか他なかったの。
私には創ることしか出来ないから。
今にして思えば依存していたのね。
オハナシを創ることに。
あなたからの愛を受け取ることに。
…創るにあたってそんなもの、何の意味もなかったって、分かっていたのだけれど。


あなたからの愛を受け取れなくなって、私は憎悪を、嫉妬を、悪意を、虚栄心を伝えようと未来に残そうとした。
だってわたしはカミサマだったから。
ワタシはいつだって正しかったのに。
だって、あなたに向けた…忘れてしまった感情は、誰にも知られることなく消えてしまうの?
そんなの耐えられなくて、でも未来に残すには赦せなくて。
分かっていたのにどうしたら良いか分からなくなって。


だから足掻くのはやめたの。
本物のワタシにも、模造品の私にもできなかったやり方。

わたしはワタシのオハナシが好き。
例えどんなに見難かったとしても。
だってオハナシはわたしの一部だから。
私がデータの海に叫んで吸い込まれたものも、全て。
そんなぐちゃぐちゃの感情を押し込んだオハナシが、誰かに届いていたら嬉しいなって。
そう思うよ。


依存を辞めなかった空想庭園(ほんもの)のワタシ。
空想庭園(イマジナリィ)にさよならを告げた模造品の私。
それから。
空想庭園への想いを抱きしめてオハナシを、感情(おきもち)を誰かに遺したわたし。


一応ね、愛していたんだよ。
…これでもね。



ありがとう、私のオハナシを愛してくれる未来の誰か。
ありがとう、ワタシのオハナシを愛してくれた過去のあなた。
そして、ありがとう。
…オハナシを愛していたいつかの私/ワタシ。

ねぇ。

これからも宜しくね。
オハナシを愛しているいつものわたし。



空想庭園(ファンタジア)には負けるけれど、模造品(レプリカ)だって、海賊版(ブートレグ)だって、それなりに幸せだったのよ。

類冬

今日は類の誕生日である。

可愛い後輩兼恋人の冬弥からも祝ってもらって幸せだった。

…のだけれど。



「…青柳くん、今なんて…?」
「…ええと」
キョトンとした類に冬弥は少し困った顔をした。
そうして。
「…俺と、逃避行していただけませんか?」
手を差し出して冬弥は言う。
…何故いきなりそんな事を。
「うーん…。理由を聞いても良いかい?」
首を傾げる類に冬弥はこくりと頷く。
「今日は先輩のお誕生日ですよね?」
「そうだね。青柳くんも祝ってくれたじゃないか」
「はい。…おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう。何回言われても嬉しいものだねぇ」
にこにこと微笑む類に冬弥も目を細めた。
「それで?何故逃避行なんだい?」
「今現在、先輩も、俺も、夢を追うことが何よりも大切ですよね」
「うん?まあそうだね」
類は演出家の夢を、冬弥は伝説のイベントを開催するために、日々を邁進している。
何よりも大切にしているといっても過言ではなかろう。
「ですが、今日は先輩のお誕生日ですので…その、」

梅雨彰冬、しほはる

「…んげ」
コンビニから出た途端、ザァと降り出した雨に彰人は嫌な顔をした。
先程までは晴れていたのに。
だが、通り雨だろうとしばらく待つことにした。
この様子では、傘を買うほどでもないだろう。
練習に早く合流したかったが…致し方ない。
スマホを開き、少し悩んでから冬弥宛にとメッセージアプリを起動した。
『わりぃ、急に雨に降られた。雨宿りしてから行くから練習遅れる』
タタとメッセージを送信すればすぐに返信が来る。
『大丈夫か?迎えに行くか?』
『いや、待ってりゃ止むだろ』
『だが』
『心配すんな、小降りになったらすぐ行く』
そこまで打って彰人はメッセージアプリから顔を上げた。
そういえば今朝のニュースで、梅雨入りしたと言っていたっけ。
こんな天気も増えるのか、とため息が出る。
雨の様相を見るのは嫌いではないが…こう予定を狂わせられると眉間にシワが寄ってしまった。
どれくらいで止むだろうかと天気予報アプリを開こうとした時である。
「…ん?」
何かメッセージが来ていて彰人はいつものようにタップした。
冬弥からのメッセージは『彰人』とだけ表示されていて。
何だこりゃ、と思うより前に「彰人」と声が降ってくる。
「え」
「良かった、まだ雨宿りしていたんだな」
目を丸くする彰人に、冬弥がふにゃりと笑う。
手には2本の傘。
「いや、お前、なんで」
「…何故……ああ、ええと」
ぽかんとする彰人に冬弥は少し悩んだ素振りをしてからこてりと首を傾げる。
それから。
「来ちゃった?」
「…お前なぁ……」
揺れるキレイな髪に彰人ははぁあとため息を吐き出した。
まったく、誰に何を教わったのだか。
「…やはり駄目だったか?」
「いや、驚いただけだ。…ありがとな、冬弥」
心配そうな冬弥の表情に、彰人は礼を言ってからくしゃりと彼の髪を撫でる。
可愛い恋人がこうやって迎えに来てくれるなら梅雨も悪くないかもしれないな、と思った。


雨雨降れ降れ、可愛い可愛い恋人が


蛇の目でお迎え嬉しいな!

(灰色の空、落ちる雨粒、唯一の醍醐味)



「あ、青柳くん。…成功したんだね。良かった」
「桐谷さん。…ありがとう。そちらも成功したんだな」
「いや、マジで誰に何教わってんだよ…」
「何ていうか…大変だね?東雲くん」
「おう、そっちもな」

本日、5月25日。
冬弥の誕生日である。
「…この半年だけは彰人よりお兄さんだな」
プレゼントを抱えた冬弥が嬉しそうに言うから、何かと思えば。
「…半年だけだろ」
「たかが半年、されど半年だ。…俺の周りは年上が多かったから、嬉しい」
「…ああ……」
機嫌が良い冬弥に、彰人も思い浮かべる。
確か冬弥には兄が二人、それから先輩と慕う司も自分たちより歳が上だ。
「司センパイ、妹がいるんじゃなかったか?」
「咲希さんか?…咲希さんは誕生日がオレより早いんだ」
「…なるほどな」
冬弥の言葉に彰人は頷く。
同級生とはいえ、一時的にでも年上になる、というのは何か特別なものでもあるのだろう、彰人には分からないが。
「んで?おニーチャンとでも呼んでやろうか?」
「…いや。遠慮しておこう」
彰人の提案にくすくすと冬弥が笑う。
楽しそうな彼の、綺麗な髪がさらさらと揺れた。
「彰人の誕生日が来た時にやりかえされてしまう可能性もあるからな」
「ねぇよ」
あっさりと冬弥の言葉を否定する。
別に、兄になりたい願望があるわけではなし。
「あくまで、対等でいたいからな。…お前とは」
「…彰人」
「相棒としても、恋人としても。冬弥とは隣で歩いていけるような関係で有りたいと思うけど?」
美しい灰の瞳が見開かれる。
そこに写り込むオレンジ色。
爽やかな風が二人の間を通り抜けた。
「…その返事は、来週でも良いだろうか…?」
「は?来週?なんで…」
うっすらと耳朶が赤い彼に、首を傾げてから慌ててスマホを探る。
誰かが言っていた。
6月の第一週日曜日。
それは……。
「…あー!…そん時はもっとちゃんとした言葉をやるから、覚悟しとけ」
「今以上にきちんとした言葉を貰えるのか」
「そーだよ。…なんなら指輪でも買いにいくか?」
「ふふ、彰人はセンスが良いから楽しみだ」
冬弥が微笑む。
その表情に、ドキリと胸が高鳴った。
蒼を溶かす蜂蜜色。
もうすぐ、夜がくる…。

「…頼む!知恵を貸してくれんか!」
パンっ!と司が眼前で拝む。
その隣で類と彰人が何やら困った顔をしていた。
「…いや、だからってなんで私…」
頼み込まれた方、志歩が少し表情を歪める。
ちょっと、と寧々が司を窘めた。
「…日野森さん困ってるでしょ、やめなよ」
「うっ…そうなのだが…」
司が目線をそらす。
普段自信たっぷりな司にしては珍しいな、と思った。
「…まあ、司さんにはお世話になってるし…神代さんにも、東雲くんにもうちのメンバーが助けてもらったしね」
「本当か、志歩?!!!」
「助かる、ありがとうな」
「ああ、とても有り難いよ」
「…ごめんね、日野森さん」
男子3人が各々ホッとした顔をし、寧々がすまなそうにこちらを見る。
「別に…役に立たないかもしれないし…。それで?相談って?」
首を傾げれば3人が顔を見合わせた。
「それが…冬弥の誕生日のことでな…」
「?司さんの家でパーティーじゃなかったんですか?咲希、張り切ってましたよ」
「えむが、咲希ちゃんにアドバイスしたんだぁって嬉しそうに言ってたけど…それじゃなくて?」
寧々と2人、きょとんとする。
どうやら寧々も内容までは聞いてなかったようだ。
いやぁ、と司が頭を掻く。
「月曜にショーをすると約束をしただろう?」
「…ああ、してたね」
司のそれに寧々が頷く。
「誕生日当日は土曜だろ」
「25日だっけ。今年は土曜日だね」
引き継いだ彰人の言葉に志歩も同意した。
「…1日空いてしまうから、そこも何かしたい…そう考えてねぇ…」
類の困ったような言葉に、あぁ……と曖昧なそれが漏れる。
「誕生日は25日なんだから、お祝いは1日だけでも良い気がするけど…」
「私も。…まあ、何かしてあげたいって思うのも分かるけどね」
くす、と笑う志歩に、寧々が少し意外そうな顔をした。
それは男子勢も同じだったようで目を丸くしている。
「…なんですか、その顔」
「…いや……なんつーか…意外だな、と」
「志歩はどちらかというと遠慮するタイプだと思っていたのだが」
「僕もだよ。まさか賛同を得られるとは…」
嫌そうな志歩に男子勢が口々に言った。
「…。…草薙さん、行こう。白石さんと桐谷さんが待ってる」
「わぁあ!待て待て待て!!!」
「わぁるかったって!!!」
踵を返す志歩に、司と彰人が必死に止める。
「まったく……」
「フフ。二人とも必死だねぇ」
「…いや、類も当事者でしょ」
何故だか傍観者の類に寧々が呆れたように言った。
「僕はゲリラライブをして驚かせる、という案を持っているからね」
「あ、卑怯ッスよ!」
「そうだぞ、類!抜け駆けは良くない!」
「抜け駆けなんて、酷いなぁ…」
ギャーギャー言い出す彰人と司に、類が泣き真似をする。
何やってるんだか、と呆れ顔の志歩に、寧々が「ゲリラライブか」と呟いた。
「草薙さん?」
「あ、なんかそういうの、白石さんは好きそうだなって」
「ゲリラライブ?」
「うん。…サプライズとか前に喜んでくれたし、楽しんでくれるかなって」
「ああ…。…桐谷さんも、突発フェニーくんグリーディングとか凄く嬉しそうだったし、意外とそういうの、需要あるのかも?」
「…なるほど、その手があったか…!」
寧々と志歩の会話に司が手を叩く。
「司くん?」
「…なんか嫌な予感しかしないんスけど…」
首を傾げる類と嫌な顔をする彰人に、司がワクワクとそれを話しだした。
「つまりだな、彰人たちが練習が終わった後に参加型のゲリラライブを……」
「なら、結婚式のショーのようにプロポーズを…」
「はぁ?!そんなん……!!」


わいわいと声が響く。
今年も愛しの人に楽しんでもらえるようにと、お誕生日会議は続く!



「…冬弥、嬉しそうだね?」
「ふふ、何か良い事あったんですか?」
「そうですね。…これから、良い事が起こるかもしれない、そんな期待にワクワクしています」
(杏と遥の疑問に冬弥が笑う)


(誕生日、それはいつだってワクワクさせて、とても幸せな気持ちをくれる日)

しほはる

「志歩ちゃん、どうしよう!遥ちゃんが消えちゃう!!」
「…は?」
バタバタと教室に駆け込んできたのは花里みのりである。
2年になってクラスが別れたはずなのだが…どうしたのだろう。
「あっ、みのりちゃんだぁ!わんだほーい!」
「わんだほーい、えむちゃん!…じゃなくて!遥ちゃんが!!」
隣で一緒に弁当を食べていたえむに挨拶をし…みのりはすぐ我に返った。
「…いや、桐谷さんが何だって……」
「あーっ!みのりちゃん!生配信見てたよー!はるかちゃん、大丈夫だった??!」
と、バタバタと慌ただしく教室に駆け込んできたのは咲希である。
…彼女は職員室へ行ったのではなかっただろうか。
「…待って、どういうこと?」
「訳は聞かないでぇえ!お願い、志歩ちゃんん!」
眉をひそめる志歩にみのりがぐいぐいとドアの方に押していく。
お昼ご飯途中なんだけどな、と思いつつ志歩は駆け出した。
たまには乗ってあげるのも悪くないだろう。
…何が何やら良く分からないけれど。
生配信、というからにはそこにヒントがあるのかな、とそっとスマホを取り出した。
「…え?」
画面には横たわる遥が映っている。
シークバーを戻して確かめると、最初はメンバーと談笑していたのだが何かを食べたすぐ後に、ぐらりと彼女の身体が揺れ、崩れ落ちた。
『ちょっと、遥?!』
『遥ちゃん!!!』
悲鳴のようなメンバーの声が画面から響く。
コメントが目眩く速さで流れた。
『…待って。…遥ちゃん、寝てるみたいだわ』
『…へ?』
『ね、寝てるの??嘘でしょ?』
姉の声に二人が困惑したように言う。
どうやら本当に寝ているだけらしい。
『よ、良かったぁ!』
『もー!皆も心配かけてごめんねー?』
ホッとしたようなみのりの声に愛莉が明るく言った。
そのまま配信は終わりへと向かう。
スマホをポケットに戻し、志歩は再び駆け出した。
きっと何か訳がある。
何かなければ、みのりがあんなに慌てるはずがないからだ。
「…ねぇ、モモジャンの配信見た?」
「見た!桐谷さん大丈夫かな?」
「心配だよね」
「え?でも寝てるだけでしょ?」
「…あんな寝落ちしないでしょ。その後もみのりちゃんたちバタバタしてたし…」
「いや、ああいう演出なんだって…」
ヒソヒソと囁く声がする。
こういうのはあまり好きではなかった。
純粋に心配している声ばかりでないのを、志歩は知っているから。
「最近テレビに出て調子乗ってるからじゃん?」
「前のグループの元ファンがなんかしたんじゃない?」
悪意のある、誰かの声。
何も知らないくせに、と思いながら志歩はその横を駆け抜けた。
…何も、知らないくせに。
彼女が、彼女たちがどんな努力をしているかも知らないで。
「桐谷さん!」
屋上に続く階段を駆け上がり、ドアを開け大声で呼ぶ。
は、と息を一つ吐き出した志歩はそっと彼女に近づいた。
静かな寝息を立てる遥に少しホッとして志歩は彼女の傍に膝をつく。
「…起きて、桐谷さん。迎えに来たよ」
さらりとした髪を持ち上げた。
何だかそんな物語を読んだことがあったな、と思いながら志歩は遥の頬に顔を寄せる。
起きて、と再び囁いた。
いつかの夢を思い出す。
あの時みたいに、彼女を消させたりなんかしない。
ドラマ的な事情なんて…こちらの知ったことではないのだから。
「ストップ、志歩ちゃん!!」
「邪魔しちゃってごめんなさいね」
「?!先輩?!それに、お姉ちゃんまで」
慌てて駆け込んできた愛莉と雫に志歩は目を丸くする。
少し気まずそうな彼女たちはそそくさとカメラを回収し「じゃあ後はごゆっくり!」と去っていった。
そういえば咲希が「MOREMOREJUMP!の生配信が大変なことになってる!」と騒いでいたっけか。
志歩が見ていたところまでなら遥が「寝ていただけ」と分かっているのだから大変だと言わない気がする。
寝た原因が分からないのだから大変だと言っていたと思っていたのだが…。
…もしかして配信が切れてなかったんじゃないだろうか…今までずっと。
それならあの慌ただしさも納得出来る。
出来るが、嵐のような二人に、後でファンの人にとやかく言われたりしないだろうかと志歩は息を吐く。
まあ何とかなるか、と膝枕の彼女に微笑みかけた。
夢現のプリンセスの目を覚まさせる方が先決だ。
「桐谷さんそろそろ時間だよ」
「…日野、森……さん?」
「やっと起きた。…おはよう、桐谷さん」
ふわりと開く瞳に志歩はそう言う。
「…私、寝てたの?」
「そうだよ。…何があったの」
身体を起こす彼女を支えながら志歩は聞いた。
遥曰く、林檎のお菓子を食べていたらふと意識が遠のいたらしい。
前日は早く寝たはずなのに、と思いながらどうしたって抗えず、そのまま崩れ落ちたようだ。
「じゃあ、桐谷さんが眠った理由はわからないんだ?」
「うん…色々重なっただけだと思うんだけど…」
困ったように遥が微笑む。
「無理しないでよ?ファンが心配するし」
「そうだね、ありがとう」
笑みを浮かべた彼女は小さく、楽しそうに肩を揺らした。
「ふふ、日野森さんって王子様みたいだよね」
「何言ってんの。…アイドルに王子様なんていたら不味いでしょ」
立てる?と彼女に手を伸ばす。
そう、遥はアイドルだ。
だから、毒りんごを食した少女のように、白馬に乗った王子が現れることはない。
そんなことをすれば何であったって憎まれてしまうから。
「…私は、桐谷さんの王子様じゃなくて、ちゃんと対等に隣を歩ける人になりたいからね」
志歩は微笑む。



遥は確かに、意識が薄れゆく中、青い海の中で、王子(きみ)を祈った。


そうして、君は、来てくれた。



視界が失せる前に、目を醒まさせてくれた。


「…日野森さん」
「何?桐谷さん」
「…何でもない」


遥は微笑む。
何それと苦笑する志歩に向かって。

…おとぎ話の少女より遥かに幸せだと、二人はそう思った。


「あっ、志歩!遥!」
「志歩ちゃん、遥ちゃん、大丈夫?」
「桐谷さんはともかく、私は大丈夫だけど…え、何」
「ど、どうかしたの?」
「…ええと…ほら、桐谷さんが寝てるところに志歩ちゃんが颯爽と現れたから…王子様みたいだねって……」

戦慄的なデビューを飾ったロックバンドLeo/needの日野森志歩が、国民的アイドルになりつつあるMOREMOREJUMPの桐谷遥の王子様だと噂になるのは…そう遠くないミライの話。

Voi che sapete

恋心


何やら冬弥が悩んでいるらしい。
本人から聞いたわけではない、ただ見ていれば分かる、といったところだ。
冬弥は表情変化も乏しく、何を考えているか分からない事もあったが…最近はめっきりよく分かるようになってきた。
これも相棒として歌を重ねてきたからだろうか。
「…?彰人?」
「おう、どうした?」
ふわりと彼の綺麗な髪が揺れる。
灰の目の奥には僅かな疑問が浮かんでいた。
「…。…いや、何でもない」
「別に、気になることがあれば何でも言やぁいいだろ」
「…!」
冬弥が驚いた顔をする。
何故分かるのか、とでも言いたげだ。
大体分かる、と肩を竦めれば、そんなものか、と彼は目線を落とした。
「…彰人は、誰かを見ているとぎゅっと心を鷲掴みにされたり、その人のことを考えると長い小説を読んだ後のように眠れなくなったりすることはあるだろうか?」
「…。…は?」
唐突に繰り出される疑問に思わずぽかんとしてしまう。
「…お前、それ…」
「…。…俺は、彰人を見ているとその様な気持ちになる。ざわざわするというか…確かに高揚もするがそれだけでもないし、言語化するのは難しいのだが…」
「…。…それを本人に聞くのかよ…」
「あまりにも行き詰まってしまったからな。先輩方やミクたちにも聞いたのだが、特に解決策はなく、オススメの曲を教えてくれるばかりで…」
困った顔の冬弥がiPodのプレイリストを見せてきた。
クラシック畑一筋で、ストリート音楽に身を置くようになった冬弥にはあまり縁がないのでは、と思えるラインナップが並ぶ。
「それで、彰人はどうだろうか?」
ちらりと冬弥を見れば、彼は珍しく眉を顰めて彰人を見ていた。
困惑しているような、縋るような、そんな。
だから思わず苦笑して、彰人は数少ない引き出しからピックアップした曲を冬弥に共有する。
彼を想う時に聴いている、なんて教えてやる気はないが…きっとこの気持ちに気付けば何れ分かるだろう、なんて希望観測も乗せて。
「…彰人?」
「…あー…。…オレもオススメ教えてやるよ。後、それいっぱいなるまで色んな奴に聞いて曲聴くのがいいんじゃねぇか?」




「うーん…。あっ、そうだ!この前教えてもらったこの曲、すごく良いんだ。良かったら聴いてみて?」

「えー、いいじゃーん!えっと、待ってね…確かこの曲がオススメでぇ…」

「あー…。じゃあ、この曲を聴くと良いんじゃない?ミュージカルの曲なんだけど、オススメ」

「ボクにも紹介させてよー!うちのサークルとはジャンルは違うけど、このアニメの主題歌がめちゃんこ良くてさぁ!」

「とーやくん、曲探してるの?!アタシ、オススメの曲いっっぱいあるんだぁ!」



「…増えたな」
「……そうだな?」
呆れる彰人に冬弥が小さく笑う。
あれから数週間しか経っていないが、と頭を掻いた。
確かに色んな人に聞いて曲を聴くと良いとは言ったが…想像以上に増えている気がする。
心なしか嬉しそうで、彰人は彼が良いならまあいいか、と息を吐いた。
…色んな人にバレている気がするが、まあ今更ではあるし…別にこの関係が壊れるわけではないし。
「んで?分かったのか?」
「…ぼちぼち、と言ったところだ」
尋ねる彰人に、冬弥は目を細めた。
それに、そうかよ、と軽く答える。
教えられた曲たちは冬弥の気持ちに名前を付けた。
恐らく彰人の気持ちにも。
口に出すことはない、そのメロディは二人の耳に入って消えた。




「…冬弥」
「…!彰人」
ベンチに座って何やら聞いていた彼に影を落とせば、見上げた冬弥がふわ、と微笑む。
「…用事、終わったのか」
「おう、待たせたな。…ってか、それ」
イヤホンを外し、カバンにしまいかけるそれを、彰人は指差した。
僅かに首を傾げた冬弥が、ああ、と微笑む。
あの時より格段に柔らかく、分かりやすくなったそれで。
「あの時より増えたぞ。…一緒に聴くか?」
ふふ、と楽しそうな笑みになんだか悔しくなる。
ただ、別に良い、と答えるのも悔しいから手を差し出した。
再び取り出したiPodにはたくさんの曲名が並んでいる。
「なんつーか…すげぇな」
「ああ。たくさんのジャンルの曲を聴くことが出来て俺も嬉しい。…オススメは…そうだな、最近フォトコンテストで協力してくれた人から教えてもらった曲がとても良かった」
「…まあ、あの人本業みたいなもんだしな……」
言われた曲を紹介したのは、彰人も良く知ったグループの彼女で。
「そうだな。…後は…ああ、そうだ。これも…」
彼の指がスイスイとiPodを辿る。
ベースが強めの、バンドサウンドが耳を擽った。
確かに良いな、と思っていれば楽しそうに肩を揺らす彼が目の端に映る。
「?んだよ」
「いや?」
「はぁ?気になるだろーが」
イヤホンを外してがしりと肩を組めば、わ、と声を漏らした冬弥は笑みを作った。
「…当時分からなかった、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの歌曲(アリア)も、今なら分かる気がしただけだ」
何やら機嫌が良いらしい彼に、何だか心を揺さぶられ、触れるだけのキスを落とす。


長く共にいればいるほど、この曲名のない強い想いは輝きを増していくのだろう。

彰人たちの想いは名を越えてセカイを作った。

なら、この気持ちに、名前が付くなら、…セカイを作るのなら……きっと。