|
○○しないと出られない部屋、マキカイの場合(カイコク受け)
ドアのロックが解除されてから随分経つのに、来るはずの彼は一向に来ず、マキノはぽつんと置かれた大きめのベッドにその身を沈みこませた。 眠い、と思いながら目を瞑る。 脳裏に思い浮かぶのは先程首筋にキスを落とした時の彼の反応だった。 びっくりするだろうとは思っていたがまさかあんな声を出すとはマキノも想定外だったのである。 彼…カイコクはいつも飄々としているからもっと余裕があると思っていたのだけれど。 『…ちょっと、かわいかった』 ゆっくりと出た答えがそれだった。 そうして、マキノは今回の部屋の内容を思い出す。 今回は【鬼ヶ崎カイコクにキスした場所を責めないと出られない部屋】。 マキノがキスをしたのは彼の首筋だった。 首筋なんてどうやって責めれば良いのだろう。 確かにマキノの十八番は恋愛シュミレーションゲームだ。 しかし、内容としては女の子から告白される、またはこちらから告白してオーケーを貰えばエンディングになるものばかりで、勿論マキノはその先を知らなかった。 だから、どうすれば良いのか分からない。 もっと暗闇に行けば何か分かるだろうか、と意識を沈みこませようとしたその時。 「…かわ、逢河」 聞き覚えのある、柔らかい声が聞こえた。 「…寝てやがんのかい」 小さく笑うその声はどこか安堵を含んでいて。 ぽすりとベッドに腰掛ける彼を、ぐいっと引きずり込む。 「おぅわ?!!」 「…起きてるよ」 ちゅ、と首筋にまたキスをした。 小さく声を上げるカイコクの頭を撫でる。 「…お前さん…っ!ぅ、ひ…っ」 「大丈夫、すぐ、終わるから」 振り向き、焦った声を上げるカイコクにマキノは指を這わせながらそう言った。 それに恨めしそうな表情をするカイコクは絶対にマキノの目を見ない。 今だけではなく、それは前からだった。 何か嫌われるような事をしただろうか、と思っていたがどうやらそうではないらしく。 何故かと一度問うてみた所「…お前さんには悪ぃがな、俺が俺でなくなる気がして…怖ぇんだ」と弱々しげに微笑まれたから、マキノは何も言わない事にしていた。 確か、一度目をじぃっと見られた時、妙な気分になる、と言っていた気がする。 自分の心が自分でコントロール出来ないのは嫌なんだろうな、と思った。 それでなくても、未来しか見ていないカイコクの綺麗な瞳は、マキノには眩しすぎる。 過去を振り返ってばかりのマキノには、過去を捨て自由に生きるカイコクが途轍もなく輝いて見えた。 だからこそマキノはカイコクの首筋に触れたかったのだ、と思う。 彼自身も見えるものではないから。 人目に晒されないそれは、マキノしか見ることが出来ない、特権であるように思えた。 出来れば誰にも見せないで、とマキノは願いながらそこに触れる。 瞳を見る事が出来ないマキノが、彼の首筋に触れたい、他の人に触れさせたくないと思うのはもはや固執とさえ言えた。 「…んぅ、ん…ふ…っ」 …と、目の前のカイコクが声を抑えるように自分の腕を噛み締めているのに気付く。 「…だめだよ。カイコッくんが痛いのは、だめ」 そっと腕を外してやり、代わりに自分の指を口の中に入れてやった。 彼の体が傷付いてしまうのは本意ではない。 綺麗な声をしているのだから聞かせてくれても良いのに、とマキノは漫然と思った。 「…ぅ、あ…や…」 だが、カイコクはふるふると首を振る。 不思議に思い、首を傾げるとカイコクは何やらもごもごと口を動かした。 何度か聞き返したところ、要約すれば「お前さんが痛いのも駄目だろう」ということらしい。 大丈夫なのに、と思いつつ存外に優しい彼に小さく微笑んで、首筋を舐め上げた。 「…ぅうっ!!…ひ、は…はぃ…ひゃぁあっ!」 首を振り、何やら必死に訴えてくる。 「…きたなくない、よ。カイコッくんは、きれい、だから」 「ひゃ、ぁうっ!」 違う、とカイコクが叫ぶが、マキノには何が違うのかが全く分からなかった。 首筋に顔を埋め、いっぱいに息を吸い込む。 シャンプーだろうか、何だか懐かしい香りが広がった。 「…開いた」 無機質な音に、ふと顔を上げる。 ロックが解除されました、という機械音は確かにカイコクが望んでいたもののはずなのに、彼は一向に動こうとしなかった。 「…?」 起き上がり見下ろせば、くったりとしたカイコクがいて。 キャパシティが完全に超えてしまったのか、どうやら夢に逃げることにしたようだ。 静かな寝息を立てるカイコクは綺麗だ、と思う。 いつか、その瞳が見れたら良いな、と思いながらマキノも再び横になった。 背後から彼を抱きしめ、目を閉じる。 年上で、少し意地っ張りな所が…マキノの好きだった人に少し似ている、と思いながら。
「逢河、頼む…離してくんな…逢河ぁ…っ!」 数十分後、夢から覚めたカイコクの悲痛な叫びが響く事になろうとは…マキノはまだ、知らない。
○○しないと出られない部屋、アカカイの場合(カイコク受け)
カシャン、とドアのロックが開いた音を示してからしばらく経った。 別の仕掛けでもあったんだろうかと心配し始めた刹那、ドアの影から黒い服を纏ったその人の影を確認する。 「…今度は入出か」 「はい、入出ですよー」 ほんの少しだけ渋い顔をする彼、カイコクにアカツキはにこにこと答えた。 どういう原理なんでェ、と小さく言う彼に「部屋の原理はホラーゲームをよくやるカリンさんに聞くのが一番かと」と笑ってみせる。 「ところで、随分と遅かったですねぇ。何かありましたか?…カイコクさん」 ベッドから降り、とてて、と近づいて彼を見上げた。 「…別にィ」 ふい、と逸らされる頬はほんのり赤く、目蓋と目元が濡れている。 目蓋が濡れているのは、確か前の部屋にいたアンヤが、一番最初の部屋でキスしたのがそこだったからだ。 この部屋は、【キスした場所を責めないと出られない部屋】、である。 ちなみにアカツキがキスした場所は手首だった。 彼がこんな表情をすることがまずもって珍しく、アンヤ君もやりますね、とアカツキは密かに思う。 勝手にアンヤはそういうことに興味がないと思っていたから少し驚いてしまった。 しかも相手はこのカイコクである。 綺麗な顔立ちだが立派な男だ、アンヤも嫌がったろうに、どうやらカイコクは部屋が合格判定を下す程には責め立てられたようだ。 アカツキには、二人が何をしていたのかは全く知らされていない。 どういうやり取りをして、どうやって責められたのかも。 まあ、意外と絆されやすいのか、煽った手前引けなくなったかのどちらかだろうか、などと考えているアカツキの横をカイコクが通り過ぎた。 「え?あの」 「俺ァさっさと済ませてさっさと出てぇんだ。…とっとと頼むぜ」 きょとんとするアカツキを尻目にベッドに腰掛け、カイコクが着物の袖を捲り上げる。 ムードもくそもないそれに苦笑しつつ、アカツキは彼の足元に跪いた。 「では、失礼して」 意外とほっそりした手を持ち上げ、キスを落とす。 途端に、ぴくんっとカイコクの体が跳ねた。 手全体をもみこむようにやわやわと触り、ちぅ、と吸い付く。 「ん、ぅ」 鼻にかかったような甘い声。 それを必死に押し殺しているカイコクに、何かがふつりと湧き上がった。 舌を出し、その先で突くようにして責める。 そういえば、皺を作れば唇と感触が似ているというのはどの部位だったか。 「…な、なァ…入出…っ?!」 「なんですかー?」 ぼんやり考えながら責め立てていたら上からカイコクの声が降ってきた。 見上げるアカツキに向ける瞳は潤み、どこか余裕がないようにも見える。 「カシャンって…言った……んだが…んっ!」 「えー?そうですか?」 ぽやりとした声に、アカツキははぐらかす答えを寄越した。 「俺には聞こえませんでしたよ?」 「…そ…うか」 それに納得したように再び声を噛み殺すカイコクに、余裕はそれ程残されてはいないらしい。 ふ、と気になってアカツキは一旦責めるのを止めた。 「…?入、出…?」 「ねぇ、カイコクさん。責めたって判断される基準ラインはどこなんでしょうか」 「…どこ、って…」 アカツキのそれに、カイコクが混乱しきった声を出す。 「一定の時間でしょうか。カイコクさんの見た目でしょうか。俺が満足するまで、なんて気持ちはきっと部屋には見えないと思うんです。何か、具体的な…例えば、カイコクさんがイくまで、とか」 「…っ!冗談も大概にしてくんな!!」 アカツキのそれに、カイコクが声を荒らげた。 感情を顕にすることなんかあまりない彼だから、少し驚く。 「…すまねぇ、ちっと…気が動転した」 「いえ。俺も変な事言いました」 アカツキが驚いているのに気付いたのだろう、カイコクが罰が悪そうに言った。 それににこりと笑顔で返し、彼の肩を押す。 「…っ、おいっ…?」 「でも、試してみる価値は…ありますよね?」 不安そうに見上げるカイコクの手首を掴み上げ、見せ付けるようにキスをした。 ゾッとした表情をする彼は…見ていて少し興味が湧く。 カイコクはこの後どうするだろうか。 突き飛ばして出ていこうとするのか諦めて享受をするのか。 はたまた弱々しい抵抗を示すだろうか。 「取り敢えず一定時間、責めてみます」 「…まだ、やんのかい…?」 「ドアが開かないですから。仕方ないです」 カイコクに笑いかけ、アカツキは再び舌を這わせた。 小さく喘ぎ、無意識なのだろう足をバタつかせるカイコク。 彼は知らない。 部屋の扉はとっくに次の部屋へと繋がっていることを。 「カイコクさん」 「…ふ、ぅ…ぁ…っ」 甘ったるい声を押し殺す、彼は知らない。 アカツキが…己に向ける欲望が…いかなるものか、など。
だって、それはアカツキ自身にも分からないのだから。 (ただ、知っているのはカイコクの余裕の笑みを崩してみたい…ただそれだけ)
○○しないと出られない部屋、アンカイの場合(カイコク受け)
カシャン、と扉が開き、誰かが入ってきた気配にアンヤは振り向きもせず、遅え、とだけ言った。 「…は?え?」 困惑しきり、といったその声にミントガムを風船のように膨らませる。 それはそうだろう。 先程の、キスしないと出られない部屋、はクリアしたのだから。 また新たな部屋に通されるなど…不思議極まりないし、他の3人がいないのも部屋の仕組みを知らないカイコクにとっては不思議でしかないはずだ。 「…駆堂、だけか?他の奴らは…」 「…んだよ、不満か?」 近づいてきた彼、カイコクにそう言ってやれば「そうじゃねぇ」と小さく笑った。 その笑みは普段の彼のそれで、アンヤは小さく息を吐き出す。 「ったく。オメーが来んの遅えからヘンタイ家畜野郎の説明終わっちまったじゃねぇかよ」 「…パカの?」 「そーだよ」 ほら、と顎で扉の上を示せば、カイコクが釣られて上を見上げた。 「…ん、な……っ」 そうしてそのまま固まる。 扉の上には【鬼ヶ崎カイコクにキスした場所を責めないと出られない部屋】とあった。 「…悪趣味にも程があらァ……」 「オレもそれは同意する」 はぁあ、と深い溜息を吐き出すカイコクにアンヤも頷く。 全く本当に趣味が悪い。 「どーいう原理かは知んねーけど、アカツキもマキノもマスク野郎も別の部屋にいるんだってよ。オレらがクリアしたら、オメーだけ次の部屋に行ける。全員分クリアしたら今度こそ部屋の外だ」 「…信用出来んのかい、それは…」 「グズグズ言ってたって終わんねーだろーが」 嫌そうなカイコクにそう言ってやった。 何度もゲームを行ってきたから分かる。 これは、やらねば終わらないのだ。 「…そりゃァそうだけど…っと…」 カイコクもその言葉に諦めたのか部屋の真ん中に置かれていたベッドにぽすりと腰を掛けた。 「あ?」 「駆堂は目蓋だったか。早くしてくんな」 不可解なそれに疑問で返せば、カイコクがにこりと笑う。 潔が良いとも言えるその態度にアンヤは自身の頭をガシガシ掻きながら近づいた。 カイコクは恐らく、アンヤが性的なあれこれに疎いと舐めきっている。 目を瞑るカイコクからは「駆堂だし、大丈夫だろ」という安堵が見て取れた。 何となくムカつく、と思いながらギシリ、と音を立てベッドに乗り上げる。 目潰しにならないようにとそっと触れた。 責めろ、なんてどうやれば良いか分からないから指の背で撫ぜたり優しくくるくると擦ったりする。 「…ふふ、っ」 「んだよ、笑ってんじゃねー…」 クスクス笑うカイコクに、顔が赤くなるのを感じた。 「すまねぇ。…お前さんが意外と優しく触るから、つい」 「…っ」 「もうちょい大胆に責めてくれてもいいんだぜ?駆堂」 「テメ、鬼ヤロー」 「なんなら、おにーさんが教えてやろーか?ん?」 楽しそうなカイコクに、思わず、目ェ開けろ!と怒鳴る。 随分とまあ余裕なそれに腹が立った。 アンヤとて一端の男子高校生である。 あまり性的なそれに興味がないことを差し引いたってカイコクはアンヤを子ども扱いし過ぎなのだ。 「?なんでェ」 もう終わりかと言わんばかりのきょとりとした声と共に開かれたそれは、黒曜石の如く煌めいていて。 意外と睫毛長えんだな、などとどうでも良いことを思った。 「くど…。…っ?!」 綺麗な瞳は食べたらどんな味がするんだろうとか馬鹿なことを考えていたらつい口を開けてしまっていて、カイコクがびくりと体を揺らす。 「ひ、ぅ」 食わねぇよ、と代わりにその上をべろりと舐め上げた。 小さく息を漏らすいつもの彼とは違っていて何かがアンヤの背をぞくんっと駆け抜ける。 …途端、カシャンという音と共にロックが解除されました、という無機質な声が響いた。 「…開いたな」 カイコクはそれを聞き、アンヤを押しのけてベッドを降りようとする。 が、それをアンヤが押し留めた。 「…おいっ、なにすんでェ…!」 「…もう一回、やらせろ」 声を荒らげるカイコクにそう言う。 怯んだその隙にペロリと舐め上げた。 「んぅ…っ!」 鼻にかかったような甘ったるい声と嫌そうな…恥ずかしそうな表情にもやもやした感情が拡がる。 これが何なのかさっぱり分からなかった。 カイコクに抱く、初めての感情にアンヤは苛立つ。 ただ、もっとそれが見たいと…他の奴には見せたくないとだけ、思った。
それが、恋だということなんて…アンヤはまだ知らない。
○○しないと出られない部屋(カイコク受け)
ピーンポーンパーンフェー♪ 『ただいまより、エクストラステージ○○しないと出られない部屋、開始でございます』
「ふっざけんな!」 間抜けな擬音とパカの無感情な声にブチ切れたのはアンヤである。 大概こういう時最初にキレるのは彼だ。 …尤も、彼が怒りっぽいだけかもしれないが。 「なっんだよ○○しないと出られない部屋って!意味分かんねぇ!大体なんだこの」 「…『鬼ヶ崎カイコクにキスしないと出られない部屋』、ですか」 アンヤのそれを引き継ぐのはアカツキだった。 看板を読み上げ、実に楽しそうである。 「…地獄でしかねぇだろ、ヤローばっかでよ」 「女性陣がいてもそれはそれで地獄じゃありませんか?」 嫌そうに言うアンヤにアカツキが首を傾げた。 そう、ここにいるのは男子メンバーのみ、女子はいないのである。 キスをするのもされるのも男子、という果たしてここは地獄なのだろうかという空間が広がっていた。 「…鬼ヶ崎」 「……かっんべんしてくんな……」 ザクロが部屋の隅に隠れるカイコクに呼びかける。 特に、当事者であるカイコクは、あのザクロが憐れんでしまう程に拒否をしていた。 自分はやる方だが、やられる方は溜まったものではないだろう、とザクロやアンヤは内心手を合わせる。 「…つか、女子は?シアター待機か?」 『いえいえまさか。女性陣は別の部屋を攻略していただいております』 アンヤのそれにパカが答えた。 その返答に今度はザクロが首を傾げる。 「…大丈夫なのか、それ」 同じようなゲームである場合、カリンやユズは問題なさそうだが…中学生のヒミコがいるのだ。 倫理的に問題になりそうだが。 …と。 『ご心配には及びません。女性陣は…』 「女性陣は?」 『蟹を食べて頂いております』 「厚遇じゃねぇか!!!」 アンヤのツッコミが響く。 カイコクの、「俺も女子になる…」という弱々しい声にザクロは、やめろ、と言った。 「貴様が女性になった所で現状は打破されないんだぞ」 「そうですよ、カイコクさん!腹括ってください!」 「…他人事だと思って」 ザクロとアカツキの言葉にカイコクがブスくれる。 いつも飄々としているから、彼のこういう一面は非常に珍しかった。 『ワタクシも参戦したいところを監視役の役目を果たすべく我慢しているのですよ?何たる、この、CVつだけんの無駄遣い』 「メタい話ししてんじゃねぇよ!!!」 『…ルール説明と参りましょうか』 鋭く突っ込まれるアンヤのそれを軽くスルーし、パカが言う。 曰く、扉には4つのロックがかかっており、一人がカイコクにキスをする度に外れる仕掛けなのだそうだ。 キスする場所はどこでも良く、4人がカイコクにキスをし、ロックをすべて解除出来ればゲームクリアなのだという。 それでは、ご武運を、という言葉を最後にパカのそれがぶつんと切れた。 「…ったく、悪趣味だな…」 「まあ、グチグチ言っても終わりませんから」 文句を言うアンヤにアカツキが言う。 「ね、カイコクさん」 「…う……」 にっこりと笑いかけられ、カイコクがたじろいた。 嫌なものは嫌という彼だが正論を突きつけられ、言葉にならないらしい。 「…あーもー、覚悟決めろ、鬼ヤロー!」 「いや、そうは言っても…おわっ?!」 「こっち来い!」 珍しくグズグズするカイコクの手を引っ張ったのは、痺れを切らしたアンヤだった。 ぐいと手を掴んで引き寄せ、驚きに目を見開くカイコクの…目蓋にキスを落とす。 と、同時にカシャンとロックが開き、赤いランプが点った。 「おお、開きましたね!」 「…何で目蓋だったんだ?」 テンションの高いアカツキと、冷静に聞くザクロ。 「あ?…昔、俺が泣いてたらシン兄ぃがやってくれたんだよ」 簡素なそれに、全員が「額の間違いじゃあ…」という言葉を飲み込む。 藪は突くものではなかった。 「おら、オレは済んだぞ」 文句あっか、とメンチを切るアンヤに苦笑しながら、はい、と手を挙げたのはアカツキである。 「次は俺の番ですね」 ニコニコと笑みを浮かべ、アカツキは、失礼しますとカイコクの手を持った。 「っ!」 ちゅ、と手首に落とされるキスは合格を判定したらしく、カシャンという音と水色のランプの点灯で知らせる。 「大丈夫みたいですね」 「オメー、それ、手の甲とかじゃねぇの?」 無邪気な笑顔でカイコクを見上げるアカツキに言うアンヤ。 「えー、そうでしたっけ?忘れてしまいました」 笑いながらあっさり言うから、アンヤもそれ以上は言わなかった。 時々、アカツキの目が笑っていても怖くなる時がある。 そこに突っ込むべきでないと本能が告げていた。 「…あー、次は?」 代わりに、他のメンバーを見渡す。 スッ、っと後ろの方から手が挙がった。 「……次は僕」 のそり、と動くのはマキノである。 いたのか、と全員が思った…その刹那。 「ひゃ、ぁ?!」 カイコクの口から聞いたこともないような素っ頓狂な声が出た。 首筋を押さえて真っ赤な表情で振り返っているから、首筋にキスをされたのだろう。 「な、ななな……!!」 「…開いたよ、カイコッくん」 言葉を失い珍しく動揺を隠せない彼に淡々とマキノが告げた。 いつの間にかロックのランプは紫を点滅している。 「…やるな、マキノ」 「…流石はマキノさんです…!」 ヒソヒソとアンヤとアカツキが言い合う隣にマキノが腰掛けた。 「…次はザクロ君。…頑張ってね」 「…あ、あぁ」 マキノの予想外のそれに固まっていたザクロがハッとしたように動き出す。 そういえば自分がラストだった。 「早よしろ、マスク野郎」 「頑張ってください、忍霧さん!」 「わ、分かっている!」 二人のそれに返事をし、カイコクの前に立つ。 普段なら絶対揶揄ってくる彼が固まっていた。 はぁあ、と溜息を吐き出し、マスクをぐいとずり下げる。 「…おお」 「ゲームクリア、ですね!」 「…頑張った」 白いランプが点滅し、ドアが開いた。 三人が出ていった後で、二人だけが残る。 「…意味は、分かるだろう。鬼ヶ崎」 「…っ!」 「…今晩、部屋で待っていろ」 カイコクの着物の合わせから手を離し、ザクロはマスクを戻して部屋を出た。 扉の開いたそこに、顔を真っ赤にし、肩口を…自身に入った入れ墨を手で押さえたカイコクだけがぽつんと立ち竦んでいて。 …カイコクは知っていた。 身体の場所に遺されるキスにどんな意味があるのかを。 カイコクは知ってしまった。 …彼らがどんな風に自分を見ているのかを。 「…勘弁してくんな……」 彼の小さな本音は、誰にも聞かれず、部屋の中に霧散した。
(余談) Q「アルパカ君なら、カイさんのどこにキスをするんだい?」 A「ワタクシでしたら、そうですねぇ、逆に鬼ヶ崎様からワタクシの足の甲にキスをして頂きますかね」
生クリームプレイはご存知ですか出来たらやってみませんか(ザクカイ)
「ユズ先輩、ほっぺたにクリーム付いてますけど」 「んえ、何処にだい?カリリン」 夕食後、ふとそんな会話が聞こえてきてザクロは顔をあげた。 見れば少し向こうでカリンとユズが話している。 「違う、反対…そこじゃなくて…ああ、もう、私がやりますからじっとして」 最初は指示を出そうとしてたようだがじれったくなったのだろう、ハンカチを取り出してふき取っていた。 「んふふー、舐め取ってくれても構わないんだぜ?」 「右ストレートお見舞しても構わないなら」 「怖いにゃー、カリリンはー!」 けらけらと笑うユズに早く片付けてくださいね、とカリンが去る。 「…生クリームプレイ……」 ぼそりとそう言ったのは珍しく隣にいたアカツキであった。 「…なんだ、それは」 「あれ、知らないんですか、忍霧さん」 眉を寄せるザクロにアカツキがきょとんとする。 「何の話だい?」 「ユズ先輩。…忍霧さんが生クリームプレイを知らない、と言うので」 「…楽しそうな話だな」 食器を手に持ちながらこちらに来たユズがにやりと笑った。 「…で、なんだその生クリームプレイとやらは」 「うん、ザッくんは女体盛りを知っているかな。裸の女性の上に刺し身を盛り付けるあれだ。まあ、それのスイーツ版、といったところかにゃ」 「な、ぁ…?!」 あっさりと語られるそれにザクロは顔を紅くさせる。 元々そういう話は得意ではなかった。 「その名の通り、生クリームを行為に使うんですよー」 「…それは…何というか……多方面から怒られそうな気もするが…」 笑顔で言うアカツキにザクロは困惑の表情を浮かべる。 どう考えても衛生的にも宜しくないだろうし、後が大変そうだ。 「だからこそプレイ、なんだぜ、ザッくん。ほんのちょっとのスパイス、いつもと違うことが良いのさ」 「…いや、しかしだな……」 「…何の話してんだよ?」 ふふん、と何故かドヤ顔のユズに反論しようとしたザクロの間を割って入ったのは不思議そうな表情のアンヤであった。 「生クリームプレイの話ですよ」 「ザッくんが知らないと言うからね。教えてあげていたのさ」 にこにこと言う二人にアンヤが、はっ!と馬鹿にしたように笑う。 「そんなんも知らねぇのかよ、ダッセェ!」 「…は?」 煽りの言葉をかけられ理性的でいられるほど、ザクロは温和でも大人でもなかった。 元来アンヤとザクロは相性が最悪なのである。 「もう理解した。貴様に馬鹿にされる筋合いは…」 「実践しなきゃ意味ねぇだろーが!」 「…っ、良いだろう!今すぐ実践してきてやる!」 売り言葉に買い言葉。 勢い良く立ち上がり、食器を片付けがてら厨房に向かう。 目的は勿論ホイップクリームだ。 「…あーあー」 知らないぜ、ボクは、とそんなザクロを見送りながらユズが笑う。 「ところでアンヤくんは生クリームプレイ、知ってるんですか?」 首を傾げるアカツキにアンヤがこちらも不思議そうに言った。 「あ?生クリームでホットケーキに絵を描くやつだろ?シン兄がケン兄をダブルラリアットしながら言ってたけど」 きょとんとするアンヤにアカツキとユズが苦い笑みを浮かべる。 当の本人だけが頭にクエスチョンマークを浮かべていた。 「…アンヤくん…」 「…アン坊、無闇矢鱈にザッくんを煽るの、やめたまえよ…」
「絶っっ対嫌でぇ!!!!」 「そう言わずに!頼む鬼ヶ崎!」 ピタリと閉められた押し入れに向かってザクロは懇願していた。 中で籠城しているのは恋人でもあるカイコクで。 ザクロが彼の部屋に入って告げた第一声、「生クリームプレイは知っているか」のそれだけで顔を引きつらせ、押し入れに閉じこもってしまったのである。 「少しだけで良いんだ!」 「甘いのは苦手だと再三言ってるよなァ?!!」 「舐めるのは俺だぞ、鬼ヶ崎!」 「匂いも無理だ吐く!!」 「すぐ換気する!風呂にすぐ行ってその後何もしない!約束するから!!…頼む、鬼ヶ崎!恋人の頼みを聞いてはくれないだろうか?!」 そんなやり取りを1時間近く続け、ようやっと押入れの戸が開いた。 「………いいか、15分でェ。それ以上は絶対にしない」 「わかった、約束する」 硬い表情のそれにザクロも頷く。 何だかんだ言ってカイコクはザクロに大変甘いのだ。 それこそ、生クリームのように。 渋々、といった様子で出てきたカイコクの手を引き、ザクロは優しく口付けた。
それから、15分を150分と間違え身体の隅々までデコレーションされトロトロに溶かされ食べられてしまうのは…カイコクが知る由もなかった、近い未来の話。 ーー ちなみに、生クリームの日は9月6日なので、入れ替え。
純情少年と悪いお姉さん、ノーマルエンド/ザクカイ♀
純情少年と悪いお姉さん、ハッピーエンド/ザクカイ♀
「お前さんなら優しくしてくれるんだろう?…忍霧」 笑うカイコクの肩を掴み、ザクロは勢い良く仰向けにする。 「なにす…っ!」 「貴様は!俺が好いた相手に煽られて!何も思わないと思ったのか?!!」 表情を歪めるカイコクに思わず大声を出した。 途端に漆黒の瞳が見開かれる。 ザクロだってずぅっと我慢してきたのだ。 「なん…っ」 「確かに俺は女性が苦手だ!女性に触ったり、近づいたりするのは抵抗がある。だがな!それより以前に俺は貴様を好いているんだ!女性の身体になったとて、好いた相手に迫られて煽られて平然でいられるほど俺は出来ていないんだぞ?!」 呆然とするカイコクに言葉が止まらない。 止める気なんて、毛頭なかった。 「男だから俺が貴様を好きになったとでも?俺が、友情の上が愛情だと錯覚するような阿呆とでも思ったか、鬼ヶ崎」 「おし、ぎり」 おろおろとする様子は大変可愛らしいそれだけれども、はっきりと伝えなくてはならない。 きっと、伝えなければまた逃げてしまうだろうから。 正面切って言わなくてはならないのだ。 好きだという己の気持ちを。 愛しているという、言葉そのものを。 言わなくては伝わらない。 こと、この鬼ヶ崎カイコクという人物に於いては顕著だ。 飄々として、自分の気持ちも見せなければ相手の気持ちを見ようともしない。 それに腹はたつが、ならばこちらとてやりようがあった。 「友情と愛情は別物だ。それは、貴様が女体化してはっきりした。俺は貴様が男だろうが女だろうが関係なく好きだ」 「も、ぅ…止してくんな」 腕で顔を隠そうとするカイコクのそれを取り上げる。 目元が紅く、どうしたら良いのか分からない、といった顔だった。 「っ、忍霧!!」 「駄目だ、俺の気持ちを聞くまでは赦さない」 声を荒らげるカイコクにきっぱりと言う。 普段のザクロとは違う様子にびくりと怯んだその隙を突いてザクロは優しく囁いた。 「俺は、鬼ヶ崎カイコクという人物を好きになったんだ。…男だからどうとか、女だからどうとか関係ない」 「っ」 「友人は作るものではなく出来るものだ。…そして、恋人は出来るものではなく、なるものだ」 真摯に言葉を紡ぎ、カイコクにそっと触れる。 こんなにもドキドキしているのを、目の前のカイコクは知っているのだろうか。 「俺は、貴様とは恋人になれているつもりだった。…貴様はどうなんだ、鬼ヶ崎」 「…ここで聞くのは卑怯なんじゃねぇのか……」 問いかけるザクロにカイコクは小さな声で言った。 そして。 「?!」 ふいに触れる、マスク越しの口唇の感触。 目を見開くザクロを、カイコクがぶすくれた様に見つめる。 「…お前さんだから」 「へ」 「お前さんだからこんな行動を取るんだろが。俺が、好きでも何でもねぇ相手に、躰を許すとでも?男の時だって、今だって、忍霧だから良いんだ」 鈍い、と言われてしまえばザクロもそれまでで。 「…鬼ヶ崎」 「もう、いいだろう?さっさと解放してくんな」 ふい、と目線を逸らすカイコク。 そのさらりと揺れる黒髪から覗く耳は真っ赤に染まっていた。 「貴様は、躰を許す相手を好きになるのか?」 「っ、違う!!心から、その……想い、合うから、躰も許すに決まってる、だろ……」 ザクロの意地悪なそれに、勢い良く答えていたカイコクの声が、段々と小さくなる。 元々、ストレートな言葉は苦手なカイコクだ。 今だって相当恥ずかしいに違いない。 だからこそもっと言わせたくなる。 いじめたくなる。 今まで散々遊ばれてきたのだ。 少し意地悪したくらいではバチは当たるまい。 「…ったく、何を言わせて…」 「想い合うとは?…俺は貴様の気持ちが知りたいんだが」 「ぅ、ぇ?!」 びくんっとカイコクが震えた。 まさかこれ以上来るとは思ってなかったらしい。 「忍霧…?」 「俺は、好きだと貴様に伝えた。貴様はどうなんだ」 「…俺だって、同じ…気持ち、でェ」 カイコクが絞り出したのは、恐らく最大の好意の気持ち。 だが、それで終わらせたくはなかった。 「俺は鬼ヶ崎自身の言葉が聞きたいんだが」 「……っ!…この、ムッツリドS」 「なんだ、その悪口は」 カイコクの渾身の悪口であろうそれに思わず笑う。 こんなにもカイコクが振り回されているのは珍しかった。 「少しは自覚しろ。貴様は俺に愛されていると。貴様の行動一つ一つが心配だし、ハラハラする。その理由は何のことはない、好いているからだ」 「…」 「心配する、こちらの身にもなれ。いいな」 ぽふりとカイコクの髪を撫でる。 少し驚いたようにこちらを見上げるから、思わず首を傾げた。 「…なんだ?」 「…いや、女なのに触るの平気なんだな、ってな」 「好きな相手に触れなくてどうするんだ」 何を今更、とザクロは呆れたように言う。 だが、それを聞いたカイコクはぱちくりと目を瞬かせ、花が咲くように笑った。 「…おい?」 「…ったく、お前さんにゃ敵わねぇな」 くすくすとカイコクが笑う。 「はぁ?」 その返答にザクロは困惑するしかなかった。 だが。 「…ちょっ……?!」 驚くザクロの首にするりと白い腕が伸びる。 「鬼ヶ崎?!」 「俺にここまで言わせた責任は取ってくんねぇのかい?…忍霧?」 蠱惑的に微笑み、抱きついてきた。 「お、おい!だから、煽るなと…!」 「…俺をこんなにも想ってくれる相手に、全てを捧げたいと思うのは…悪い事かねぇ?」 慌て、身を離そうとすればカイコクは少しぶすくれる。 それは幼い子どものようで。 「俺にだって意地はあらァ。…男の身体でだって女の身体だって、お前さんを受け止めたい。…お前さんの、一番になりてぇんだ」 ふわりと微笑むカイコクは若干震えていた。 カイコクだって怖いのだろう。 女性の身体で致してしまったら、どうなるのかなんて、誰も分からないのだから。 「…自分が一等可愛いんじゃなかったのか」 「なんでェ、引き摺ってんのかい?」 意地の悪い表情をするカイコクの、頬に手を添えた。 乱暴にマスクを外す。 「…。…どうなっても知らないからな」 「こちとら、一日そのつもりでェ」 挑発的とも取れる言葉を吐く綺麗な口唇を、喋るなと意味を込めて塞いでやった。 「…んんぅ、ふ……」 鼻から抜ける、甘い声。 唇を舌でなぞり、薄く開いたそこから捩じ込む。 カイコクは、上の歯の裏を擽られるのが一番弱かった。 今だってそこばかり責め立ててやれば、息も絶え絶えに縋りついてくる。 まったく、先程の勢いは何処へ行ったのやら。 「…鬼ヶ崎?」 「…ふぁ…は……」 唇を離し、とろんとするカイコクを呼ぶ。 ぽやぽやとこちらを見るカイコクはまるで寝起きの様だ。 あれだけ大口を叩きながら、意外と快楽には弱いのである。 そこは女体化したとて変わらないらしかった。 「可愛いな、鬼ヶ崎」 「…っ!」 くす、と笑えば顔を真っ赤にさせる。 普段があまり感情を見せないから、何とも珍しかった。 自分だけが知る秘密だと思えば、何だか嬉しくなる。 「そういうの、やめてくんねぇ…んぁっ!」 ブスくれるカイコクの、服の間から見える入れ墨に舌を這わせた。 途端に可愛らしい声を出す。 いつもなら黒い着流しを崩し、さんざ虐めてやるのだが、今日はザクロの服だ。 ちらりとしか見えないから仕方がなくがばりとTシャツを捲り上げる。 「?!!貴様…っ!」 ぷるん、と飛び出すおっぱいに耐性がなく、ビクついたのはまあ想定内だ。 だが、これは。 「な、んで…こんな……」 「…聞いたじゃねぇか。ピンクのブラはお前さんの趣味かい、ってな」 顔を紅くさせるザクロに今度はカイコクが悪い顔をする番だった。 カイコクの大きな胸を包んでいたのは可愛らしいピンクとレースのふんだんに付いたブラジャーだ。 ただそれは、ブラジャーというには明らか布面積が足らなかった。 「…ちなみに下も、揃いだ」 ちらり、とカイコクがズボンを少しだけ下ろす。 見えたのはピンクとレースの紐パンで。 …持ってきたユズにどんな感情を向けたら良いのか分からなかった。 「だからっ、煽るなと……」 「わざとだ、って言ったら?」 カイコクが笑う。 華やかに、艶やかに。 可愛らしく、無邪気に。 …全く、本当に敵わない。 「…優しくしてやれないぞ」 「何時だってお前さんは優しいさ」 微笑むカイコクは何かを確信しているようだった。 「全く、貴様は……」 「…ふふ。…なぁ、忍霧」 はぁ、と溜息を吐き出すザクロにカイコクが笑み。 ザクロに向かって両腕を…広げた。 「…きて?」 こてん、と首を傾げられたらもう止めるものも何もなくて。 「…鬼ヶ崎…っ!」 「ひゃんっ、ゃ、あ…!」 響く甘い声は脳天に染み渡るようだった。 「おし、ぎりぃ…も、もぅ…ぃや…!」 「優しくしてほしいんだろう?」 「あ、あぁあ……っ!!だって、やぁ…っ!ひゃぁあ…っ!」 「我慢しろ。とことん、甘くしてやるからな…!」 甘いのは苦手って知ってるくせに、とグズグズと泣くまで前戯を施し、ぐったりとした躰を声が嗄れるまで散々貪り尽くして…次の日ほんの少し不機嫌なカイコクにあやまり倒したのは…また別のお話。
純情少年と悪いお姉さん、デプレーションエンド/ザクカイ♀
「お前さんなら優しくしてくれるんだろう?…忍霧」 笑うカイコクからザクロはそっと身を離し、ベッドから降りる。 「…?忍霧?」 「……。…もう、寝ろ」 ザクロの言葉に妖しく笑うカイコクが途端に表情を戻し、不思議そうに首を傾げた。 「…なんで」 「貴様、疲れているんだろう。普段の貴様ならそんな事は言わない。…大体、俺が女性が苦手だというのは貴様も知っている筈だ。優しくも何もあったもんじゃない。必ず、どちらかは傷付くに決まっている。俺は、後悔をさせたくはないんだ。それに、何も冷静な判断が出来ない時に無理に事を推し進めなくても…」 「…もう、いい」 ザクロの言葉を遮る様にカイコクが大きな声を出した。 え、と振り向くザクロの目に映ったのはベッドから降り、扉へと向かおうとする姿で。 「おい、待て!何処へ…」 「帰る」 短いそれに、思わず動きが止まる。 近づくことも赦さない、拒絶のそれだった。 「帰るって…」 「服は着てる。部屋だって隣だ。…お前さんが言う、危ないことは無い筈だぜ、忍霧」 「…」 「迷惑、かけたな」 戸惑うザクロに、カイコクは静かに微笑み、おやすみとだけ告げる。 バタン、と扉が閉まる前に聞こえた小さな声は、何を言ってるのかさえ判別が付かなかった。 「…くそっ」 思わず悪態を付いてベッドに腰を掛ける。 カイコクは、何を望んでいたのだろう…本当にこのまま抱いてほしかったのだろうか。 他に意味があったのではないのか。 女体化して、心底怖かったのはカイコク本人に違いない。 戻れるか分からない恐怖と、周りからの僅かな視線の差。 今いる仲間たちは特異な目では見ていないだろうが、実況を見ている外部がどうかなんて、ザクロにだって分からないのだ。 だが、パカメラの量と廻る腕のカウンターのスピードは意図がどうであれ圧倒的に増えた。 それを恐怖と言わずに何だというのか。 「…取り敢えず、謝らないと」 小さく息を吐き出し、ザクロは立ち上がる。 少し考えれば分かるはずなのに。 カイコクにかける言葉はまだ見つかっていないが、謝罪だけはしておきたかった。 自分の部屋を出て、隣へと向かう。 「鬼ヶ崎、すまなかった。俺が無神経…。……ぇ?」 ノックしようとした手が止まった。 ほんの少しだけ開かれた部屋の中は真っ暗闇で、主の不在を伝える。 「…鬼ヶ崎?」 中に入り、一通り見て回るがやはり何処にも居なかった。 その事実を理解し、ザクロは走り出す。 食堂も、露天風呂付近も、食糧庫も見て回った。 だが何処にも居ない。 深夜にはタワーも閉まってしまうから恐らく外にはいないだろう、そも、そんな短時間で外には行けないはずだった。 「…何処にいるんだ、鬼ヶ崎!」 ガン、と壁を殴る。 痛みが、これを夢ではないと伝えた。 51階以上に拉致られたか、はたまた白の部屋か。 どちらにせよゾッとする。 …と。 『…ぃやだっ、やめろ!!』 『…無駄ですよ、鬼ヶ崎様。ワタクシがじっくりと遊んであげましょう』 「…!この、声……」 よく聞いた、胡散臭い声にハッと顔をあげた。 第四研究室、と書かれた小さな扉を鍵ごと抉じ開ける。 「…ぅぐ…あ……!」 「鬼ヶ崎!!!」 「…おや、お早い御到着でしたね、忍霧様」 目に飛び込んできた光景は、無機質な台に縛り付けられ、苦しそうなカイコクとこちらを振り向くパカだ。 「良かったですね、鬼ヶ崎様。王子様の御到着の様です」 「…貴様…っ!」 さらりと揺れる黒髪に触れるパカに怒りが沸き立って仕方がない。 ナイフの刃を出そうとした…刹那。 「…悪い子の忍霧様には一つ助言を差し上げましょう」 パカがこちらを向く。 臨戦態勢のザクロにパカが近づいてきて囁いた。 「心を壊してしまえば、躰は何時だって手に入るのですよ」 …と。 「ふざけるなっ!!!!」 それを聞き、頭に血が上って攻撃をしかけるザクロを止めたのは…他でもない。 「…おし、ぎり?」 …ゆわりと夢から醒めたカイコクの声だった。 「…鬼ヶ崎」 慌ててそちらへと向かう。 その隙に何処かへ行ったようだったが…もう、用はなかった。 「大丈夫か?怪我はないか?」 「…ああ。…助けに…来てくれたんだな」 心配するザクロにへにゃ、とカイコクが笑う。 良かった、と笑うから、良くない!と思わず大声を上げた。 「おし、ぎり?」 「…心配、したんだぞ」 「…うん」 「…貴様に、何かあったら…」 「…悪かった」 目を見開くカイコクを抱きしめて息を吐き出す。 震えが、止まらなかった。 涙で前が歪む。 良かった、と心底思った。 「…忍霧、痛い」 「…へっ?…あぁっ、すまない!!」 その声に慌てて体を離す。 どうやら強く抱きしめ過ぎていたらしかった。 「…帰ろう、鬼ヶ崎」 「…あぁ」 縛られていたそれを解き、立ち上がらせる。 多少ふらついたもののしっかりとした足取りで、恐怖で腰が抜けた、なんてことはどうやらなさそうだった。 「…お前さんが、そう言ってくれたのは3度目だな」 「…そうだったか」 「…」 ふふ、とカイコクが笑う。 その表情は何処か嬉しそうで。 「…先程は、すまなかった」 「何の事だったかな」 ザクロの謝罪もあっさりとはぐらかす。 いつもの、鬼ヶ崎カイコクだった。 それに少しホッとする。 「じゃあ、また明日な」 部屋の前まで送り届け、軽く微笑むカイコクに、ああ、と頷きかけ…ふと入れ墨の辺りに紅い跡を見つけた。 「…貴様、それ」 「…ああ。さっきやられたんだ」 指摘した途端にカイコクがそれを手で庇う。 押さえつけられたかの様な鬱血痕。 それはよく見れば白い手首や柔らかな太腿にも付けられていて。 …ザクロの中で何かがぶつりと…キレた。 「…いっ…何すんでェ、忍霧!!…っ?!」 カイコクを無理矢理部屋に押し込め、ロックをかける。 痛みに呻き、睨むカイコクに…深く口付けた。 「んぐっ、はっ、ふ…んーっ!!!」 意外と快楽には弱いカイコクの、一番弱いところを擽ってやれば一発で堕ちる。 女体化してもそこは変わらないようだ。 「…は、ぅ……おし、ぎりぃ…?」 「貴様、言ったよな?俺になら構わない、と。…それは、何をされても構わない、ということなんだろう?」 何をされているのか、と見上げるカイコクをずるりと引っ張り、布団の上に突き飛ばす。 「…いっ、ぐ……!」 痛みに表情を歪ませるカイコクに馬乗りになった。 「なあ。鬼ヶ崎?」 「…。…言った…が、それは、お前さんが……」 「俺が、なんだ?何も出来ない意気地なしとでも?」 言い淀むカイコクの、入れ墨に手を伸ばした。 付いた跡をなぞればびくりと躰が跳ねる。 「…ぃ、やだ」 「今更逃げるのか」 「ちが…!」 ザクロの言葉にカイコクは勢い良く顔を上げた。 「パカには触れさせておいて、俺からは逃げるんだな、鬼ヶ崎」 「違うって言ってんだろう!いい加減頭を冷やせ、忍霧!」 カイコクが大声を出す。 それに思わず笑ってしまった。 「俺は極めて冷静だが」 「…それのどこが冷静だって…!」 声を荒げながらカイコクはザクロから距離を取ろうとする。 カリ、と細い指が畳を引っ掻いた。 藁が毛羽立ち、傷がついたことを知らせる。 「逃げるな」 それを許すはずもなく、ザクロは無理やり引っ張ってもとの位置に戻した。 ずい、と、顔を近づける。 「優しくはしない。俺を煽ったこと、後悔させてやる」 「…忍霧」 怯えたように己を見るカイコクにマスクを取り、笑みを見せた。 …絶対に、赦さない。 綺麗な躰を誰かに触れさせた事も、ザクロが見たことない表情をよりによってパカに見せた事も。 「逃げるなら縛っておかなくては、な」 「っ!何しやがる!やめろ、よせ!!!」 青ざめるカイコクの両手を無理矢理取り上げ、紅い麻縄で縛り上げる。 ダンッと自分のナイフを杭代わりにした。 「忍霧……ひっ、ぅぐ…いだ、ぃ…っ!」 入れ墨に重なるよう残った鬱血痕を上書きするよう力を込める。 「ふぁあっ?!!ひぃぐ…ゃ…やめ…!」 嬌声を上げ、いやいやと首を振るカイコクの首を舐め上げた。 途端にひっと短い悲鳴を上げカイコクが逃げ腰になる。 それをさせてなるものかとすぐに引き寄せた。 逃さないと、決めたのだから。 「…忍霧ぃ、もうやめ…ふぁあっ?!」 可愛らしい声を上げるカイコクが懇願しか言わなくなったのはいつからだったろうか。 「誰の手にも触れさせない。誰の目にも触れさせない。…鬼ヶ崎は俺のものだ」 ザクロの目が淡く光った。 その瞳に映るカイコクは…どんな顔をしていたのか。 「愛している、鬼ヶ崎」 微笑むザクロが…知る由はなかった。 赤い月の夜はまだ…明けない。
純情少年と悪いお姉さん、後日談/ザクカイ♀
部屋に着いている簡易シャワー室から水を出す音がする。 それを聞きながらザクロは本日何度目かの深い溜め息を吐き出した。 自室のシャワー室から水音が聞こえるのにザクロは部屋にいる。 つまり、誰かが使っているのだった。 果たしてそれは誰かといえば。 コンコン、と戸を叩く音がしてザクロは緩慢にそれを開けた。 「やあ、ザッくん。遅い時間にすまないね。…カイさんはいるかい?」 「…奴ならシャワー室だ」 にこりと笑うのは風呂上がりだろうか、髪型の違うユズで、ザクロはふいと視線を逸らす。 そう、今ザクロの部屋のシャワー室にいるのはカイコクであった。 しかもなんやかんやあって女体化したカイコクである。 詳しく言い出すとキリがないし、頭痛がするのであまり思い出したくはなかった。 そのせいで今日散々だったのだから。 何はともあれ、下着が一人では外せないと部屋に来たカイコクを下着一枚で帰せないととりあえずシャワー室に突っ込んだのだった。 「んふー、やっぱりここだったかー。自室に居なかったからね、もしかしたらと思ったんだが…」 にまにまと楽しそうにユズが笑う。 …こういう表情をする彼女は大体悪い事しか考えていない。 「とりあえずー……明日はお赤飯かにゃ?」 「いらんっ!!!巨大なお世話だ!!」 ザクロの渾身たるそれにユズがにゃははー!と笑った。 「…で?路々森は何をしに来たんだ。俺を揶揄いに来たわけではないんだろう?」 「半分はそうさ。もう半分は…これだ」 小さく溜息を吐き出したザクロにユズが何か布の入った袋を差し出す。 「なんだ、これは」 「パンツだよ、カイさんの」 「パッんつぅぁ?!」 余りにもあっさり言うものだから普通に返しそうになり、思いっきり動揺してしまった。 「ザッくん、面白い声が出たな」 「やめろ!」 けたけたと笑うユズに顔を赤らめながら返す。 最初に出会ってしまったものだから何時までもこうして揶揄われてしまうのだ。 「あはは、いや、うん、すまない。まあ着け方の紙も中に入れてあるから、渡すだけで良いよ」 「…今回は着けてやらないのか」 笑うユズにそう聞く。 最初の時は女子が寄ってたかってカイコクを着替えさせていたのだ。 …まあだから一人では脱げない仕様になってしまったのだろうが。 「まさか。…君達がいちゃいちゃしている中に入っていくような無粋な真似はしないさ」 「路々森っ!」 茶化すようなそれに思わず大きな声を出す。 「真面目だにゃー、ザッくんは!じゃあまた明日」 笑い、ひらひらと手を振るユズを見送り、ザクロは扉を閉めた。 「忍霧?」 と、シャワー室の扉が開く。 「鬼ヶ崎……貴様、それ…っ!」 振り返ったザクロが見たのは…余りにも刺激が強いそれだった。 漆黒の髪からはポタポタと雫が落ち、VネックのTシャツからはたわわに揺れる胸の谷間が見える。 下はまだ履いていないのか白い足がスラリと伸びていた。 「ん?…あぁ。忍霧、見てくんな。ちっと小さい気もするが…彼シャツだ」 へにゃりと笑い、嬉しそうに言うカイコク。 …こんなにも幼かっただろうか。 「とりあえず髪を乾かして、下着を着けてこい貴様は!」 ユズから貰った袋をカイコクに押し付け、ザクロはベッドに向かう。 「およ、路々さん来てたのかい」 「それを届けに来たんだ」 ザクロのそれにふぅん、と言い、ガサゴソと袋を漁り始めた。 「…こりゃあ…お前さんの趣味かぃ?忍霧」 「…何がだ」 「フリフリ可愛いピンクの」 「違うっっっ!!!!」 真っ赤になって投げた枕はカイコクに当たることなく落ちる。 楽しそうに笑ったカイコクがまた洗面所へと戻った。 暫く後、タオルでガシガシと髪を髪を拭きながら出てくる。 今度はきちんとズボンを履いているようで、少しホッとした。 「…髪、痛むぞ」 「女子じゃあるめぇし、俺は気にしないんだが」 「今の貴様は女子だろう」 はぁ、と溜息を吐き出してザクロはドライヤーを手に取った。 「…乾かしてやるから来い」 「ほぉう?髪は平気なんだな」 「うるさいっ、いいから座れっ」 「へいへい」 クスクスと笑いながらカイコクがザクロの前に座る。 漆黒の髪がさらりと揺れた。 「忍霧ぃ?」 「…なんだ」 揺れる髪は男の時と大差がない。 …意識をすれば触れないからしていないだけだが。 「もう、いいんじゃねぇか?」 ふるふると揺れる髪は熱を帯びてはいるがまだ乾ききってはいなかった。 「まだだ。風邪を引いても知らない…」 「?忍霧?」 きょとんとして振り仰ぐカイコクにドライヤーを押し付ける。 「後は自分でやれ!俺もシャワーを浴びてくる!」 つっけんどんに言ってから大きな音を立ててシャワー室に入った。 荒っぽく服を脱ぎ捨て、お湯を出す。 …あんな顔、反則だ。 ザクロは、はぁあ、と溜息を掃き出して髪を洗い始めた。 赤らんだ肌はドライヤーの熱であると思うのにどうしてもそうは思えない。 忍霧、と笑う表情もいつもと大差はないはずなのに。 この気持ちは何なのだろう。 「…」 悶々としながらシャワーを浴び、身体を拭いて再び服を身につけて部屋に行くまで普段よりも時間がかかってしまった。 カイコクはといえば待ちくたびれたのか単に疲れたのかすっかり寝落ちていて。 人の気も知らないで、とまた小さく溜息を吐く。 「寝顔は…変わらないんだが…な」 すり、とその頬に指を触れさせた。 起きている時より幼い表情はザクロが好きなそれである。 「…鬼ヶ崎」 するりと触れた指を滑らせ、小さくその名を呼んだ…刹那。 「…えっち」 触れさせた指を掴まれ、抱き寄せられる。 見ればいたずらっぽく笑うカイコクがいた。 「きっ、貴様!起きて…?!」 「うとうとしてただけでェ」 楽しそうなカイコクの胸が当たる。 思考が全く回らなくなった。 「だからっ、煽るなと言ってるだろう!!先程も言ったが次はないと…!!」 「…構わねぇよ」 「…ぇ」 パニックが止まらないザクロにカイコクが微笑む。 「お前さんになら、構わねぇって…言ってるんだが」 「…貴様っ…!」 鈍い、と笑われて理性が崩壊しない男がいるのだろうか。 「知らない事は調べたくなる質なんでェ」 「…俺は実験道具か」 「…まさか」 優しく笑むカイコクは全てを包み込むようで。 「いくらの俺でもそんなリスク高いこたぁしない。自分の身は一等可愛いからな」 「…」 「お前さんなら優しくしてくれるんだろう?…忍霧」 笑うカイコクをザクロは…
肩を掴み勢い良く仰向けにする。→ハッピーエンド そっと身を離し、ベッドから降りる。→デプレーションエンド
純情少年と悪いお姉さん、後日談/ザクカイ♀
「忍霧、とって」 ふにゃりとカイコクが笑う。 ザクロの目の前には普段よりほっそりとした身体に烏羽色の下着を身に着けたカイコクが…いた。 なぜこんな事になったのだろう。 全く、頭が痛い。 「?忍霧?」 中々アクションを起こさないザクロを不思議に思ったのかカイコクが振り仰いだ。 大きな胸がふるりと揺れる。 「~~っ!!!」 かあっと顔が真っ赤になるのを止められない。 急いで洗面所へ行き、バスタオルを取って戻った。 「巻いていろ!!」 「っと」 投げ付けたそれはカイコクの腕にすぽりと収まった。 「…何で」 「かっ、風邪をひいたらどうする……」 顔を赤らめ、目線を外しながら言う。 そんなのは方便だ。 風邪をひかないように、なら室温を上げれば良い。 それをせずにタオルを寄越したのは、単純に目のやり場に困るからだ。 「…むっつりスケベ」 くす、とカイコクがいたずらっぽく笑う。 「…なっ、ちがっ、貴様…っ!」 「はぁい、はい」 しどろもどろになるザクロに、楽しそうにカイコクが言った。 そのまま素直にタオルを身体に巻き付ける。 「これで良いかい?」 「あ、あぁ」 「なら、さっさとやってくんな」 「分かっ、ている…!」 こくりと唾を飲み込んでザクロは前を見た。 幾分かほっそりとはしているが、これだけでは男子か女子かは分からない。 「…い、いざ…っ!」 気合を入れ、手を伸ばした。 「…ぁ…っ」 下着に触れるか触れないかの瀬戸際で、目の前のカイコクが小さく声を出す。 「なっぅ、ぉ変な声を出すな!」 「…ふふっ、だって、くすぐった…んくっ」 くすくす笑い、身体を揺らすカイコク…目の毒だ。 タオルに隠れてはいるがふるふると揺れる胸、触れそうになる度びくりと跳ねる白い腰、甘い声…その何もかも。 「…な、なぁっ、おし…ぎり…っ?」 「な、何だ!!!」 「…はぁっ…ふふ…誰か他の人、頼もうか?」 「…ぇ?」 涙目で振り仰ぐカイコクの言葉に思わず固まる。 …今、何と? 「さっきはいなかったが…路々さんに頼んでも良いし、女子がダメなら入出でも…」 「だっ、駄目だ!!!」 カイコクのそれを食い気味に拒否した。 「けど、お前さん、これ以上無理だろう?」 「やる、から…ここにいろ」 首を傾げるカイコクに何とかそう返す。 別に二人が悪い訳ではない、が、カイコクは裸同然だ。 部屋を出ればパカメラがいるかもしれない。 いや、パカメラなら兎も角パカ本人がいたらどうするのか。 カイコクは何故か自分の身に関しては少々うっかりしてることがある。 「そうかい?ならさっさとしてくんな」 「分かっている…っ!」 黒髪を揺らし、再び前を向くカイコク。 すぅ、と息を吸い込んで…勢い良く手を伸ばした。 「んっ、ぅ」 鼻にかかった声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。 大体、裸など妹であるサクラで慣れている、はず…だ。 …まあ慣れていればこんなに苦労することもないのだけれど。 「と、取れ、た!!!」 なるべく薄目で試行錯誤していたが何とか取ることが出来た。 外す事が出来れば呆気ないもので。 「37分40秒。まあお前さんにしちゃ上出来だな」 「数えていたのか」 「まあまあ。…えっくしゅっ」 ムッとするザクロに笑ったカイコクが小さなくしゃみをした。 可愛らしいとも言えようそれは少し物珍しい。 「寒いか」 「…そりゃ。…邪魔したな、忍霧。ありがとさん」 柔らかく微笑むカイコクにザクロは目を見開いた。 「待て、貴様何処へ行く」 「何処って…自分の部屋に帰るんでェ」 「駄目だ、ここにいろ!!!」 ガシッとカイコクの肩を掴む。 途端にびくっと震えた。 「あぁっ、すまないっ!」 「それはいいんだが…何で自室に帰っちゃいけないんだ?」 理由を聞かせてくんな、とカイコクが不思議そうに首を傾げる。 「…。…貴様は、その格好で帰るのか」 「服がねぇからな」 「それが危ないと言っている。…シャワーなら貸してやるから」 「寝間着もないんだが」 「俺の服があるだろう!」 ザクロのそれにカイコクは目を見開き、小さく吹き出した。 「ふふっ…ははっ……!」 「…な、なんだ」 「…お前さん、意外と大胆なんだな」 「…はぁ?」 楽しそうなカイコクにザクロは混乱しきりである。 「…忍霧で、良かった」 「…何がだ」 「何でもねぇよ」 へにゃ、と幼く笑うカイコクに今度はザクロが首を傾げる番で。 まあカイコクが楽しそうなら良いか、とそれだけ思った。
シャワーの音を聞きながら悶々と数十分過ごした後、出てきたカイコクが髪からポタポタと雫を滴らせながら「忍霧、見てくんな。ちっと小さい気もするが…彼シャツだ」と嬉しそうに言う未来を…ザクロはまだ知らない。
|