ハロウィンしほはる
ハロウィンハロウィン、素敵なパーティ。
1年に1度の大騒ぎ!
「…桐谷さん」
「…!日野森さん!!」
ひょこ、と教室へ顔を覗かせれば遥が嬉しそうにこちらに来た。
「もしかして、文化祭に使う狼さんって、それ?」
「そう。意外と本格的でしょ」
小さく笑いながらそれを渡すと遥も嬉しそうに受け取る。
「うん。…みのりからは聞いてたけど…凄いなぁ。本物みたい」
「私も最初見た時びっくりした」
楽しそうな遥に志歩も苦笑しつつそう答えた。
制作チームが頑張った狼の被り物はなかなか本格的になっている。
中身は普通のヘルメットと段ボールだし作ったのは志歩ではないが、彼女から素直に褒められるともちろん嬉しいのだ。
「日野森さん、狼似合うね?」
「そう?…桐谷さんは猫なんだっけ」
「そうだけど…。…随分情報早いね」
志歩のそれに、遥が小さく首を傾げる。
まだ言ってなかったのに、という表情だ。
「…うちにはおしゃべりがたくさんいるから」
「…ああ、なるほど?」
含んだような言い方に遥が肩を揺らす。
おしゃべり、だけで誰と誰を指すのか分かったようだ。
「…情報ついでに」
遥から狼を返してもらい、志歩は自分で被る。
「そういえば桐谷さん、お菓子持ってないんだってね」
「…もしかして、みのりに聞いた?」
「まあね。…それで…」
ありゃ、という顔をする遥に志歩は近づいた。
くす、と笑い、トリックオアトリート、と囁く。
「いたずらは、私もして良いわけ??」
「…!」
驚いたように目を見開いた遥が、もう、と笑った。
「その聞き方はずるいよ…」
「ま、狼だからね」
柔らかく笑む遥に意味深に返して、志歩は遥の手を取りそこに口付ける。
「っ」
「童話の狼はずる賢いものでしょ」
「…ふふ」
遥の綺麗な髪が揺れた。
「…いたずらは程々にしてね?…狼さん」
「…さあ?…それは猫さん次第じゃない?」
二人で小さく笑い合い、触れるだけのキスをする。
人目に付かない秘密のそれは
甘い甘い、魔法の味。
今日はハッピーハロウィン!!
(これは、素直じゃない狼さんと猫さんの物語)
「あー!しほちゃんとはるかちゃんがまたイチャイチャしてるー!!」
「…えっ、どこどこ?!!」
「げっ、おしゃべりが来ちゃった」
「ふふ。…逃げよっか、日野森さん」
「…そうだね、桐谷さん」
司冬ワンライ・仮装/ハロウィンイブ
「…よし、こんなものだな!」
司は机の上を眺め、こくりと頷いた。
明日はハロウィンである。
司がショーキャストを勤めるフェニックスワンダーランドではキャストが仮装して子どもたちにお菓子を配る、というイベントがあるのだ。
せっかくのハロウィンだ、準備は万端にして当日は楽しんでほしいと最後まで確認していたのである。
「…司先輩」
「…ん、おお、冬弥!」
ひょこ、と顔を見せたのは後輩であり恋人でもある冬弥だった。
何故こんなところに、と駆け寄ると「…入り口近くにいたところを、鳳さんが入れてくれたんです」と少し困ったように笑む。
「ああ、なるほど…。…で、そのえむはどこに行ったんだ?」
「神代先輩と草薙に呼ばれてそちらに」
「そうだったのか、振り回してすまないな」
「いえ。俺の方こそお仕事中にすみません」
「何をいう!オレと一緒に帰りたかったのだろう?嬉しいぞ!」
高らかに笑い、司はそう言った。
実は少し前に『今日お時間ありますか?一緒に帰りたいのですが…』とメッセージが来たのである。
「着替えたらもう帰ることが出来るから、少し待っていてくれ」
「わかりました」
頷いた冬弥が少し目を細めた。
「…司先輩のそれは…」
「ん?ああ、騎士だ!格好良いだろう?!」
冬弥のそれに司は胸を張り、衣装を見せる。
ひらりと揺れる白のケープとコートテール。
腰辺りの百合の花は流石にやり過ぎではと思うがこれが着てみればあまり気にならないから不思議だ。
「はい、とても」
「そうだろうそうだろう!…冬弥はこれなど似合うのではないか?」
柔らかい笑みの冬弥に頷いた司は箱の中に入れていた衣装から猫耳を取り出しつけてみる。
思ったより似合っていて少しどきりとしてしまった。
「…似合いますか?」
小さく微笑んだ冬弥に少し言葉が詰まる。
「あの、先輩?」
「…ああ、似合い過ぎて誰にも見せたくなくなってしまったな」
「…!」
冬弥が驚いたように目を丸くしてからふにゃりと笑った。
明日はハロウィン。
イブの今日は、可愛い彼を独り占めできる…そんな日。
「冬弥くん、一人にしてごめんねー!…あー!猫さんだぁ!凄く可愛いね!ねぇ、明日一緒にハロウィンやらない?」
「…え?」
「こら、えむ!!」
甘えたい貴女にアドバイスを!(しほはる)
「……やっぱり私には向いてないのかな…」
小さく息を吐く目の前の後輩に、「何がよ?」と愛莉は一応聞いてみる。
何でも完璧に出来てしまう後輩、遥がこんな風に弱音を吐くのは珍しいからだ。
「…ええと、何というか、ね…」
「あら、遥にしては歯切れが悪いじゃないの」
モゴモゴと言う遥に愛莉は笑う。
こんなに迷っているということは、アイドルに関する事ではないのだろう。
多分、それは…。
「相談したいことがあるなら聞くわよ。今日はみのりも雫もいないしね」
「…愛莉…」
からからと笑う愛莉に遥は少し目を細め、息を吐きだしてから「あのね」と切り出した。
「…愛莉は、甘えられるのってどう思う?」
「…うん?!」
思ったより直球なそれに愛莉は思わず裏返った声で返事をしてしまう。
遥のことだ、恋愛関係かとは思ったのだけれど…。
「…あ、愛莉?」
「っと、ごめんなさいね。まさかアンタがそんな直球に聞いてくるとは思わなかったのよ。…で?甘えられるのがどうかって?」
質問には驚いたが彼女にとっては深刻なのだ。
なら応えなければ。
小さく頷いた遥に、そうねぇ、と愛莉は上を向く。
「わたしは嬉しいと思うわよ。だって、それだけ心を許してくれてるってことじゃない?」
「そうだけど…。私が天馬さんや雫みたいに抱き着いたりしたらやっぱりびっくりしてしまうかなって」
「そりゃあ急にやれば誰だって驚くわよ。それに、アンタは咲希ちゃんや雫、それに杏ちゃんもそのタイプよね…まあその三人じゃないんだから、そこを無理する必要はないんじゃない?」
「…そう、かな」
首を小さく傾ける遥に、そうよ、と愛莉は笑った。
「ペンギンのぬいぐるみに『志歩チャン、ギュッテシテー』って喋らせるくらいなら自分の言葉でおねだりしてみなさいな」
「…!み、見てたの…」
顔を赤くする遥を可愛いわねぇ、と撫でてやろうとし…自分の仕事ではないなと愛莉はやめる。
代わりに、「そう思うでしょ?」と背後に語りかけた。
「…えっ」
「…やっぱり、バレてましたか」
「あら、バラしちゃ不味かったかしら?」
驚く遥に、気まずそうに出てくる志歩。
そんな彼女たちに愛莉は茶目っ気たっぷりにウインクした。
「ひ、日野森さん?!」
「盗み聞きするつもりはなかったんだけど…ごめん、桐谷さん」
素直に謝った志歩がこちらを見る。
「…いつから気付いてたんです?」
「ま、それは言わないでおくわね。…っと、わたしはそろそろ行くわ。ちょっと約束してるから」
怒りではなく純粋な疑問をぶつける志歩に愛莉は曖昧に返し、女子更衣室を出た。
それから、音楽プレーヤーを手に取り、くすりと笑う。
色んな意味で真面目な彼女は、少しでも甘え気を抜くことが出来たかしら、と。
その先の物語は彼女たちだけが知っている。
「…いらっしゃい、愛莉ちゃん。なんだか楽しそうだね」
「あら、レン。…ちょっと甘酸っぱい体験のお裾分けを貰ってきただけよ」
司冬ワンライ/衣装パロディ(エクラエトワール×ノーティス・ブレイシーズ)
「そういえば、トルペくんは何故楽団に入りたいと思ったんだい?」
「え?」
そう、いくつかの公演の後で聞いてきたのは団長だった。
トルペの才能を見出してくれたのは確かに彼だけれども、そう言えば楽団に入りたいと思ったきっかけが別にあったように思う。
生まれたときからピアノは身近にあったけれど…。
「…そう、ですね」
トルペは笑う。
昔出会って恋をした…彼を思い出しながら。
「星が、眩しかったからでしょうか」
初めまして、と言うそれは高音程の鍵盤から紡がれる音に似ていた。
「トルペ、と言います。ええと」
「…ノーティス、です」
おず、と彼はそう名乗る。
「よろしく、ノーティス。…君は、その…」
「…ごめんなさい」
「え?」
急に謝罪され、トルペは少し面食らった。
自分は何かされただろうか。
「…何かを謝られることは、されていませんよ」
「…僕は、その……」
優しく言うが彼は何かを言い淀んでいるようだった。
「…言いたくなければ大丈夫ですよ。僕も人前でピアノを弾けと言われると難しいですから」
「…!」
「難しいことを無理にやれ、とは言いません。…まあ僕は漠然と楽団に入りたいので、直さなければならないとは思っていますがね」
「…僕も、です」
力なく笑うトルペに、ノーティスが言う。
不思議に思い首を傾げれば彼は寂しそうに笑った。
「僕は、父からずっとピアノを教えられてきました。小さい時からずっとです。それが…最近苦しくなってしまって……」
「…そう、でしたか」
カタカタと震える彼の手をトルペは優しく握る。
「…トルペ、さん?」
「君がどんな感情でピアノを弾いているかは分からない。だからこそ、僕は君のためにピアノを弾こう」
「…!!」
「ピアノは、苦しいものではない。悲しいものでもない。美しかったり、楽しいだけのものでもない。…君の感情がどうあれ、ピアノは変わらない。それを、証明してみせます」
トルペは微笑んだ。
深い、夜空のようなノーティスの瞳に、トルペの星のような瞳が写り混む。
「僕は必ず楽団に入ります。そうして、君のために演奏してみせますよ」
「トルペさん…」
「時間はかかるかもしれないが…見ていてください」
「…はい、必ず」
ノーティスが涙を浮かべて頷いた。
その時からだ。
楽団に入りたいと強く思うようになったのは。
星降る綺麗な夜に
トルペは夢と恋を…旋律に乗せた
夕暮れのしほはる
夕暮れの教室
近くの小学校から下校を促す放送が小さく聞こえる
運動部が部活を頑張る声も少なくなってきた
少しノスタルジックに感じるシチュエーション
そんな、中で
天使が、寝ていた
「…びっくりした」
忘れ物をした、とセカイに行ってから気づいた志歩は、練習が一段落した後、一旦学校に戻った。
まだ部活の生徒も残っているし、教室にいたって大丈夫だろう…そう思っていたのだけれど。
忘れ物を取り、戻ろうとした志歩は通り過ぎようとした一歌たちの教室に人影を見つけた。
それはまあいるだろうな、と思いながら横目で見た確認すれば見たことある青髪が夕陽にキラキラと反射していて。
思わず教室に入ってしまった志歩は、窓際の席、壁にもたれ掛かるように座りうつらうつらしていたのが遥だとしっかり確認できたのである。
珍しいな、と思いながら志歩は座り込んだ。
いつもの綺麗な青い瞳は伏せられ、胸が小さく上下している。
夕陽に照らされた彼女は有り体に言うなら、綺麗だなと思った。
体感にして何分経ったのだろう、しばらく眺めていたが、流石に戻らなければと立ち上がろうとし…遥を起こした方が良いだろうかと止まる。
彼女にも練習があるだろう。
遅くなればメンバーの誰かが迎えに来るだろうが…疲れているかもしれないのにわざわざ起こすのは忍びないな、とも思う。
さてどうしようかと少し上を向き、志歩は改めて立ち上がった。
窓を開けると秋風がふわりと志歩の髪を撫でる。
夕陽は僅かに夜に溶け、その静かで柔らかい青は彼女の瞳によく似ていた。
「…ん…」
「…。…あ、起きた」
小さな声に振り向けば遥が僅かに目を開けこちらをぼんやり見つめていて。
「おはよ、桐谷さん」
「…。…日野森、さん…?」
ぽや、とした声はいつもの完璧な彼女からは想像が出来なくて少し笑ってしまう。
「うん、日野森さんだよ」
「…うん?え、あれ…?」
答えてあげたのに遥は困惑したように志歩を見つめ…数秒も経たぬうちに驚いた様に目を丸くさせた。
「…日野森さん!」
「だからそうだってば」
くすくす笑いながら志歩は夕陽に照らされていた髪を一房手に取る。
「流石に起きた?桐谷さん」
「…うん、ばっちり」
恥ずかしそうに笑う遥に、それは良かったと志歩も笑った。
「今日練習ないの?」
「…みんな部活や委員会があるから、少し練習時間を遅らせたの。宿題は終わらせちゃったし…まだ時間があると思っていたら、つい…」
「…なるほどね。珍しい所を見ちゃった訳だ」
「そうなるかな。…みのり達には内緒にしてくれる?」
微笑む彼女を見、そうだなぁ、と志歩は考える振りをする。
何だか遥と秘密が出来たようで嬉しかった。
「…じゃあ、今度の放課後、限定フェニーくんのキーホルダーを一緒に買いに行ってくれるなら」
「…!…分かった。約束ね」
夕陽が見劣りするくらいの柔らかい笑みで遥が微笑む。
放課後、昼と夜が交差する教室で
志歩は天使と秘密の約束を交した
「じゃあ私はそろそろ行くね。…また次の放課後に」
「うん。…また次の放課後に」
司冬ワンライ・だんじり/鐘の音
朝から聞こえる笛太鼓
村の鎮守の神様の
「…今日は休日だったか?」
楽しそうな子どもたちを見かけ、司は首を傾げる。
今は登校の時間帯、普段ならばランドセルを背負った子どもたちがいるはずだ。
だが、今日はランドセルの代わりに法被を着て駆けていく様子が多く見られたのである。
ああ、と答えてくれたのは久しぶりに登校時間が重なった冬弥だった。
「今日は秋祭りなのだそうです。3年ぶりのお祭りなので…近隣の小学校が休みなのだとか」
「そう言えば咲希も今日は祭りだと言っていたが…休校だったのか」
冬弥のそれにふむ、と司は目線を落とす。
祭りに力を入れているのは知っていたが…まさか休みにしてしまうとは。
きっと3年ぶりの祭りを思う存分楽しんでほしいのだろう。
「と、いうことは授業中に神輿を引っ張る姿が見られるかもしれんなぁ!」
「そうですね。…俺は、今まで見たことがないのでとても楽しみです」
ふわ、と冬弥が微笑んだ。
土日はピアノかヴァイオリンの練習に明け暮れていた冬弥である。
遠くから聞こえる鐘の音は、幼い心にどう響いていたのだろうか。
「…なぁ、冬弥」
「はい」
「学校が終わったら見に行ってみないか?」
司は笑う。
思い出を、憧れで終わらせたりはしない、と。
目を丸くしていた冬弥が嬉しそうに頷いた。
「…是非」
秋風が吹く。
二人の間に、わくわくする鐘の音を乗せて。
今日はめでたいお祭り日!
アンカイ アンヤバースデー
誕生日プレゼントは何が良い、なんて。
思ってもいないことを言われてアンヤは眉を顰めた。
どうせいつもの気まぐれだ。
黒猫みたいだと彼を評したのは誰だったろう。
「んじゃーオメーが良い」
「へーへー俺な…。…へ?」
軽く言えばいつもの感じで適当に返事したらしいカイコクがきょとんとした。
なるほど彼もそんな顔をするのか、なんて思いながらその手を引っ張る。
「…ちょ?!駆堂?!」
「あ?オメーをくれんだろ」
いつも飄々としている彼はすっかりいなくなっていて、これはこれで面白いなと思った。
だが、そんな表情だけでは満足できない。
人間、欲望には貪欲であれというのは亡くなった兄の教えだ。
混乱しているらしい彼に、アンヤはニッと笑う。
「プレゼントはプレゼントらしく…。…いいから黙って着いてこいや」
「…展望デッキ?」
二人で登ったそれは、今行ける範囲で1番高い場所だった。
ゲノムタワーの49階。
パカからは別に面白みはないですよ、と言われたが別に面白みを求めているわけではないから何でも良かった。
「おう。…月がよく見えんだろ」
デッキの手すりに手をかけ、アンヤは言う。
月が綺麗ですね、なんて言うつもりはさらさらないし、そんな関係ではないのだ。
ただ、隣にいれば良いと思う。
「…月、ねぇ」
くすくすとカイコクが笑った。
ふわりと彼の綺麗な黒髪が揺れる。
「まあいいんじゃねェか?月光の誕生日会ってのも乙だろうしねェ」
楽しそうにカイコクが言った。
どうやらお気に召したらしい。
「んじゃ、改めて。…誕生日おめっとさん、駆堂」
「…ん、どーも」
優しい彼の笑みが月光に照らされる。
悪くない誕生日だな、と、そう…思った。
醒めぬ夢を追っていったその先に、貴方が今みたいに微笑んでいてくれたら、幸いだと…そう、思うのです。
司冬ワンライ・魂のつながり/最高潮
毎回妙な場所に飛ばされ、歌を披露しているな、とは思っていた。
何故だか今日に限って初音ミクも誰もいないが、まあそんなものは誤差の範囲なのだろう。
セカイとはまた違う空間、その中で。
「…ふむ」
司は少し考えた後に、すぅ、と息を吸った。
セカイで生まれた歌を歌えば誰かが来るだろうと踏んだのだが、誰も現れない。
ならば想いが違う、ということだろうか。
少し座って触れてみれば何だか暖かい気がした。
その感覚はもっともっと昔、司が幼少期に感じたことがあった気がして。
自然に口が開く。
紡ぐのはよく歌っていた童謡。
よくピアノで弾いていたメロディ。
音数も歌詞も簡単なものだけれど司にとっては大切な曲。
「…!司先輩?」
歌の途中で聞きなれた声がする。
驚くだろうと思っていたのに、まるでそれが当たり前かのように司は微笑んだ。
「冬弥!!…やはり、来てくれたんだな」
「…ええと、此処は…」
「なぁに、気にするな!夢の中だとでも思えば良い!…きっと、魂が惹かれ合ったが故の夢、だとな」
「…。…そう、ですね」
ふわ、と冬弥が笑む。
彼は隣に座り、先程まで司が歌っていた歌を奏で出した。
司も重ねるように歌を紡ぐ。
ライブのような、ショーのような、最高潮の盛り上がりはないけれど、ただゆっくり過ぎるそれは暖かく幸せなものだなと、そう思った。
(きっとそれは、魂のつながりが生み出す奇跡の場所)
「ところで司先輩は何故ここで歌を?」
「ああ。花里や一歌たちと会うときは歌を歌っていたからな。きっと、歌を歌えば出会えると思ったんだ。…オレの、暖かい場所にいる…お前に」
とーやの日
「おはよう、冬弥!!良い朝だな!!!」
司は登校途中に、冬弥を見かけて大声で呼びかけた。
くるりと振り返った冬弥が柔らかく笑む。
「おはよう御座います、司先輩。良い朝ですね」
その表情に司はうんうんと頷き、そっと彼の頭に手を伸ばした。
意外に柔らかい髪に指を絡ませる。
「…司先輩?」
「いや?…その言葉には嘘がなさそうだと安心した」
「…え……」
「昔は少し無理をしていただろう?だから、本音の言葉が聞けて、オレは嬉しいぞ」
「…!」
司の言葉に目を見開いた冬弥がふにゃりと笑った。
嬉しそうなそれに司の心は跳ね上がる。
「ありがとうございます。…でも、今日良い朝になったのは…司先輩に出会えたからです」
「…冬弥…!」
嬉しい言葉に思わずわしゃわしゃとその髪を撫でた。
全く、いつだって彼は可愛いのだから!
「オレも、冬弥に出会えて最高の朝だぞ、冬弥!!」
「相変わらず愛されてるよねー?」
「?!白石?!!」
「ああ、何せオレの大切な冬弥だからな!愛さずにはいられないというものだろう?!」
「はいはぁい、イチャイチャするのは良いけど、さっさと入ってくださーい?」
「…よお、冬弥」
「…彰人?」
彼の教室に行くと本を読んでいたらしい冬弥がキョトンとした顔をしてからすぐ駆け寄ってきた。
「今日の昼はサッカー部の助っ人だと…」
「あー、後は部内のミーティングだけっつーから抜けてきた」
言いながらタオルを差し出して来る冬弥からそれを受け取り答える。
そうか、なんて笑う冬弥の頭に彰人は手を伸ばした。
「…彰人?」
「…後、お前に早く会いたかったしな」
「…!」
くしゃりと髪を撫でると冬弥は目を丸くしてくすくすと笑う。
「んだよ」
「…いや……」
「誤魔化すなっつー…」
楽しそうな冬弥に詰め寄りながら、可愛い顔しやがって、と彰人は心の中で毒づいた。
それでもまあ良いかなんて思ってしまうのは絆されすぎなのだろうか。
「…練習で毎日会っているのに、まだ会いたいと思ってくれているんだな」
「はぁ?当たり前だろ」
笑う彼に彰人は頭を撫でてやりながら言った。
「オレは、いつだって冬弥の隣にいたいって思ってるよ」
「…相変わらず愛されてるよね」
「?!草薙?!」
「おお、オレの大切な相棒だからな。これくらいフツーだろ」
「…まあ普通かどうかは置いといて。…授業、始まるよ」
「やあ、青柳くん」
「…神代先輩」
放課後。
図書室の扉を開け、挨拶をすれば、ふわ、と冬弥が微笑む。
「また来てくださったんですね」
「ああ。…この間君が教えてくれた本が面白くてねぇ。特に踊るたぬきが良い所良い所に出てくるのが不意を突かれてとても良かったよ。続きはあるかい?」
「はい。確かこっちの棚に…」
嬉しそうな冬弥がカウンターの中から出て棚に案内してくれた。
数冊手に取って類に渡してくれた。
「ありがとう、青柳くん」
「いえ。…また読んだら感想教えてくださいね」
「勿論だとも」
柔らかく微笑む冬弥が可愛らしく見えて類は小さく笑いながら彼の頭に手を伸ばす。
「…えっと、神代先輩…?」
「いや。君のことが愛おしくなってしまった。すまない」
さらりとした髪に指を通し、類は微笑んだ。
「俺のことが、ですか?」
「ああ」
首を傾げる冬弥に迷い無く頷けば、彼は可笑しそうに肩を揺らす。
同時にきれいな髪がさらさら揺れた。
「どうしたんだい?青柳くん」
「…いえ。神代先輩にそう思っていただけるのは少し嬉しいな、と…」
へにゃ、と笑う冬弥に、やはり可愛いな、と類は頭を撫でる。
何だか心が暖かくなった気がして、類は目を細めた。
「…相変わらず愛されてるよねぇ」
「?!!暁山?!」
「やあ、僕も青柳くんのことは大切だからねぇ。愛したって構わないだろう?」
「ボクは別に良いけどさぁ。先生が早く帰れってー」
「お、冬弥!やっときたか!」
「…うわ、神代センパイもいんのかよ」
「おや、いてはいけなかったかな?東雲くん」
「…べぇつにぃ?司センパイだけでも面倒だと思っただけッスよ」
「よし。彰人と類は置いて先に行くか!」
「ふふ、抜け駆けする気かな?司くん」
微笑む冬弥を囲んでわちゃわちゃと過ごす放課後の通学路。
だって今日は10月8日。
本人も気がついていない、彼を甘やかして良い日。
(本日、10月8日とうやの日!!)
遥バースデー
「えっ、私の誕生日?」
「そう。桐谷さんは何がしたい?」
きょとんと言う遥に、志歩は頷く。
もうすぐ遥の誕生日だ。
サプライズよりも、直接聞いたほうが良いのでは、と何故だか本人よりも楽しみにしているらしい咲希から言われ、放課後たまたま予定がなかった志歩が聞いておくことになったのだ。
「咲希がどうしても桐谷さんの誕生日パーティーをしたいんだって」
「そうなんだ。ふふ、嬉しいな」
「まあそんな訳で、何がしたいか教えてくれる?」
心底嬉しそうな遥に目を細めつつ、志歩は聞く。
少し上を向いた遥が、にこりと笑った。
「うーん、そうだなぁ。…あ、私、お菓子パーティーとかしてみたいかも」
「…お菓子パーティー?」
「うん!天馬さんたちが言っててちょっと気になったんだ。私、普段は糖質制限をしているからって、みんなも気を遣ってくれててね。所謂、スナック菓子っていう類いのお菓子をたくさん食べることなくて…。今からならチートデーに合わせられると思うから、やってみたいの」
照れたように笑う遥に、彼女が良いなら、と頷く。
「じゃあ、お菓子パーティーって、咲希たちに伝えておくね」
「…!ありがとう、日野森さん!」
ぱあ、と表情を明るくさせる遥に、可愛いな、と思いながら志歩は、あ、と一つ良い考えを思い付いた。
「?どうかしたの?」
「ああ、えっと…」
首を傾げる遥に、志歩は手を差し出す。
びっくりしたような彼女に向かって微笑んだ。
「…良ければ、一緒に買いに行かない?」
「…ふふ、たくさん買っちゃった」
誕生日当日、遥と共に買い物に来た志歩は、嬉しそうな彼女を見ながら、そうだね、と頷いた。
初めてのことにテンションが上がったらしい遥に、志歩も嬉しくなる。
存外甘いものが大好きな彼女は、チートデーだと際限がなくなるようで止めるのに必死だったが…まあこれも一興だろう。
そも、遥の誕生日なのだし。
「塩っぱい系が少なくなっちゃった…何だか申し訳ないな」
「別にいいんじゃない?桐谷さんの誕生日なんだし。…ポリポリチップスがあるから主催は満足でしょ」
「…そっか」
志歩の言葉に遥はまた笑う。
どうやら、浮かれているようで普段よりニコニコしていた。
普段は志歩の姉よりしっかりしているがこうして見れば志歩たちと何ら変わりがないのだな、と思う。
「…あ、紙コップ買うの忘れた」
「大丈夫だよ。確かその辺りに百均が…」
はたと思い出した志歩に遥が言うが、志歩は首を振った。
「私、ささっと行ってくるから待ってて」
「え、でも」
「良いから。主役にそこまでついて来させる訳にはいかないでしょ」
何か言いたげな遥を置き、志歩は近くの百均に走る。
すぐに商品は見つかり、短時間で店を出た…つもりだったのだけど。
「…あれって…」
彼女の元に戻ろうとした矢先に見つけた光景に思わず顔を顰めた。
遥の近くに男が群がっていて、志歩は息を吐く。
ファンや友人なら良いかと思ったのだけれど。
「ねぇ君何してるの?可愛いね。もしかして、元ASRUNの桐谷遥だったりする?」
「あ、えっと、その…」
「ちょっと」
珍しくしどろもどろな遥に手が伸ばされる刹那、志歩が割って入った。
「…えっ」
「私の大切な人に何してるんですか?」
「…な、何だよ」
睨み、行こう、と手を引くが怯んだかと思った男は志歩が女と知るや調子を取り戻したように話しかけてくる。
「っていうか君もよく見たら可愛いじゃん、ねぇ、一緒に…」
「…一緒に、なんだろうか?」
低い声に、え、と遥と共に振り仰いだ。
そこには咲希と同じ髪色の…。
「…つ、司さん?!」
「え、あ、フェニックスワンダーランドの…」
「ああ、すまん!随分と楽しそうだったからつい話しかけてしまった!」
「おや、楽しいことなら僕も混ぜてほしいものだねぇ」
「センパイ方は遠慮っつーのを知らないんスか?…タイマンのが良いって奴もいるでしょ」
高らかに笑う司に、奥から出てきた同じフェニックスワンダーランドのキャストである類と、オレンジ髪の…確かこはねが東雲くん、と呼んでいた彼がにやにやと笑いつつ男に詰め寄る。
ぽかんとする志歩と遥を、「こっちだ」と呼ぶ声がした。
「…桐谷さん、こっち」
「…え、あ、うん」
小さな声に我に返った志歩は遥を呼び手を引く。
青い髪の…咲希が「とーやくん」、こはねが「青柳くん」と呼んでいた彼がそっと路地を抜け大通りまで案内してくれた。
「…ここまで来れば大丈夫だと思います。怪我はありませんでしたか?」
「はい。ありがとうございます」
「迷惑かけてしまってすみません。本当にありがとうございます」
「いえ、俺は何も。…それでは」
ぺこ、と会釈をし、彼は元の道を引き返す。
おそらく、司達のもとに帰るのだろう。
改めてお礼を言わなければな、と思った。
「…日野森さんもありがとう。ごめんね」
「桐谷さんが謝ることじゃないよ。大丈夫だった?」
「私は何もされてないよ。…あのね、日野森さんが来てくれて、すごく、嬉しかった」
ふわ、と遥が笑う。
その顔がとても美しくて。
「…そっか、良かった」
それだけを伝え、志歩はきゅっと手をつないだ。
少し目を丸くした遥が微笑む。
今はまあ、それだけで良いかと思った。
大切な人の誕生日だから、嫌な日で終わってほしくなくて。
幸せでいてほしいな、と志歩は手のひらに想いを込めた。
「ああ、そうそう。週末はお菓子パーティーじゃ終わらないから。覚悟してて」
「えっ、なんだろう。…楽しみだな」