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第6回しほはるワンドロワンライ/猫・冬の終わり
先週に比べて随分と暖かくなった。 もう冬は終わるのだな、と志歩は小さく微笑む。 「…あっ、日野森さん…!」 「…って、桐谷さん?」 聞き覚えのある声にそちらを向けば、公園のベンチに困った表情の遥が座っていた。 慌てて駆け寄り彼女を見れば、その膝には茶色の猫が丸くなっている。 「…どうしたの、その子」 「ランニングの休憩中に会ったんだけど…。いつの間にかこうなってて」 志歩の短い問いに、眉を下げ遥はそう答えた。 「まあ…今日暖かいもんね……」 「そうなんだけど…。…どうしよう」 あー…と遠い目をすれば遥がこちらに助けを求めてくる。 好きな人からそう言われ、どうしようかと焦らすほど、志歩はまだ大人ではなかった。 困っているなら助けたいというのは当たり前ではないだろうか。 「…私がもらうよ。おいで」 寝ている猫に手を伸ばせば、少し嫌そうな顔をし、また丸くなる。 「あっ、こら」 「…あっ……。ふふ、気持ちいいのかな」 「言ってる場合じゃないでしょ。…君も。桐谷さんに迷惑かけちゃだめだよ」 肩を揺らす遥に呆れつつ、猫を抱き上げた。 うにゃあ、と鳴いた猫は志歩の腕の中から逃げる。 「…逃げちゃった」 「起こされたのが嫌だったのかな」 「かもね。…まあ猫って気まぐれだし」 「そうだね。…日野森さん、助けてくれてありがとう」 「別に大したことしてないよ」 にこりと微笑む遥に、肩を竦めた。 実際志歩は何もしていない…猫は逃げたわけだし。 「…」 「?どうかした?桐谷さん」 じぃっと見つめる遥に首を傾げれば彼女は曖昧に微笑んだ。 「ううん、別に大したことじゃ……」 「それなのに理由を言ってくれないんだ?…気になるんだけど」 「ええ…」 顔を近付ければ遥は困ったようにくすくすと笑う。 「本当に大したことないんだよ?」 「大したことないなら理由言えるでしょ」 志歩の言葉にふわふわと彼女は髪を揺らした。 春の香りを混ぜた風が吹く。 「うーんと…日野森さんは猫より犬かなぁって」 「…へ?」 「ね、大したことないでしょう?」 きょとんとする志歩に遥は今日の陽射しと同じ様な笑みを浮かべた。
冬の終わり、もうすぐ春が来る。
司冬ワンライ・セカイに響け!
今日はとても大きな会場でショーがあった。 非常に盛り上がり、舞台上から見える観客たちの顔はきらきらとしていて、こういうのが役者冥利に尽きる、というのだろうな、と思う。 皆がわくわくしていて一心に手を振ってくれる、この胸に湧き上がる想いを幸福と言わずなんと呼べば良いのか。 「…司先輩!」 「…おお、冬弥ではないか!」 ふと愛しい恋人の声が聞こえ、司は思い切り手を振った。 そういえば彼も同じ会場でライブをしているのだと言っていたっけ。 リハーサルだけ少し覗いたが本当に、ゾクゾクするくらい凄かった。 勿論、ショーとはまた違った種類の感動なのだが。 「お疲れ!今終わったのか?」 「はい。司先輩もお疲れ様です。最後の少しだけ見ることが出来て…。やはり司先輩のショーは素晴らしいと再認識しました」 「そうか!それは何よりだ。…オレも、冬弥たちのライブを少しだけ見ることが出来た。歌も勿論良かったが…冬弥もあんなに良い表情で歌えるようになったのだなぁ」 笑い、頭を撫でると嬉しそうな表情の冬弥が、「ありがとうございます」と言う。 「是非また、ゆっくり聴きに来て下さい。…最高のパフォーマンスで先輩をお出迎えします」 「それは楽しみだ。期待しているぞ?」 「…!はい」 キラキラした表情の冬弥が頷いた。 歌に、希望に満ちたその顔で。 彼のそれを見ていると何だか歌いたくてうずうずしてしまう。 本番は大成功で、でもまだ物足りなくて。 二人でこのセカイに歌を響かせる事が出来たら、幸せだろうなと、そう思った。 「なあ、冬弥。少し歌わないか?」 「え?」 「小さい頃はよく一緒に歌っただろう」 司の誘いに、良いですね、と彼は笑う。 俺も歌い足りませんでした、と、そう言って。
二人きりのセカイに歌が響く
観客は互いだけで、それでもとても幸せで
ずっとずっとこうしていたいと、その想いを音に乗せた
(貴方に、セカイに響け、恋の歌!)
猫の日マキカイ
今日は猫の日なんだって
うとうとしていた意識の外で
誰かがそう言っていた
随分暖かい日だな、と思った。 もうすぐ2月も終わるのだからそういうもの、なのだろう。 …まあ、この場所に『季節』なんかは関係ないのかもしれないが。 どちらにせよマキノにはあまり関係なかった。 ただ、いつも通りの日常…であれば良いと思うから。 「…逢河?」 声をかけられ、マキノはゆっくりとそちらを向く。 ゲノムタワーの一番日当たりが良い場所に陣取ってひらひらと手を振る男。 鬼ヶ崎カイコクがそこにはいた。 「…カイコッくん」 「珍しいねェ。…逢河も日向ぼっこかい?」 彼が笑う。 機嫌が良いと思ったら先程からこの良い場所を独占していたらしかった。 「逢河なら入れてやってもいいぜ」 ほら、とカイコクが座っていた場所を少しずらす。 わざわざ逢河なら、と言ったということは他の人ならテリトリーに入れる気はなかったのだろう。 そも、声をかけるかも怪しい。 まあ彼の場合は、カイコクが声をかけなくても他の人から声をかけられそうだな、とは思うが。 「…。…おじゃま、します」 「ん、どーぞ」 一応声を掛ければ彼は短く言ってまた窓の外に目をやった。 外の景色に特別何かがあるわけではない。 いつもの風景が、カイコクの綺麗な瞳に映っていた。 何だかそれが「良いな」と、漠然と頭に浮かぶ。 ふと、マキノはある光景を思い出した。 窓からじぃっと外を見つめていた…愛猫のことを。 「…モシカちゃん」 「?どした、逢河」 きょとん、と彼がこちらを向く。 風に揺れる彼の黒い髪。 ゆわりと、赤い紐がしっぽのようにゆらめいた。 「…。…カイコッくん、似てる…ね」 「は?何でェ…ちょ、逢河?!!」 眉を顰める彼の肩口に顔を埋める。 慌てたようなカイコクの声がどこか心地良くて。
彼は何だか猫に似ているな、なんて思いながらマキノは夢に沈んだ。
カイコクは猫に似ている。
ツンデレなところ? 自由なところ? …どれでもない。
彼が猫に似ている、そう思うのは。
(マキノのことを包み込んでくれるところ)
「おい、こら、逢河!起きてくんなァ!」 「……ぐう」
司冬ワンライ・文字/声
「おお??」 下駄箱を開けると手紙が残されていた。 ラブレターか果たし状か。 なんて馬鹿なことを考えながら司はそれを手に取る。 画してそれは前者であったらしかった。 封筒の中からは『先日はありがとうございました』とキレイな字で書かれたメモと、冬弥が最近気に入っていると言っていたのど飴が入っている。 まあ律儀なものだと司は苦笑しながらカバンに仕舞った。 ついでにスマホを取り出す。 押し慣れた名前をタップし、耳に当てた。 数回のコールの後、『はい』という声が耳に届く。 「冬弥!今大丈夫だろうか?」 『今は白石のカフェでチームメンバーを待っていたところです』 「おお、そうか!では手短に」 カラカラと笑い、司はスマホを持ち替えた。 「手紙、ありがとうな。それからのど飴も。ショーの練習が終わったら頂くとしよう」 『…はい、ぜひ』 スマホからは冬弥の柔らかい声と、小さく笑う声が聞こえ、司は首を傾げる。 「?どうした?」 『…いえ…些細な事でも電話してくださる司先輩は、やはり優しいのだな、と』 ふわふわとした彼の声。 ああ、なんだ、と司も笑った。 「特に優しいわけではないぞ?」 『え?』 きょとんとする冬弥の声。 先程の文字を思い出しながら司は目を閉じた。
優しい彼の文字を見て
何だか彼の声が無性に聴きたくなった、なんて言ったら…冬弥はどんな声をしてくれるのだろう!!
(それが分かるのは、後数秒)
「…何、実は…」
KAITO誕
どうも、鏡音レンです。 本日は…。 「あ、レンくん、こんにちは!」 「…って、カイコさん」 ふわふわと手を振るのは兄さんこと始音KAITOの先天性女性型亜種、始音KAIKOさんだ。 兄さんとよく似ていて、特に笑った顔がそっくりだったりする。 「どうかした?ルカ姉ぇならミク姉ぇと買い物という名のデートに行ったけど」 「ふふ。相変わらずミクちゃんとルカちゃんは仲良しだね」 「まあ……な…?」 にこにこと笑うカイコさんに曖昧な返事をした。 あれは仲良いってのを超えてる気がするんだけども。 「あ、じゃあ私達もデートしない?」 ぱあっと表情を輝かせてカイコさんが言う。 頷きそうになって…思わず固まった。 デート? デートっつった?! 「なっ、なんで…!」 「?だって今日は私の誕生日だから」 きょとんとするカイコさん…いや、無理あるだろ! 「流石にミクオに怒られんの、おれ、やだよ」 「ミクオくん、そんなことじゃ怒らないよ?」 「カイコさんはミクオの怖さ知らないからだって…」 首を傾げるカイコさんに思わず呆れた。 ミク姉ぇこと初音ミクの先天性男性型亜種、初音ミクオはこのカイコさんが大好きなんだよなぁ。 まあ気持ちは分からんでもないけど。 「…それに、ミクオが何も言わなくてもおれはカイコさんとはデートしないよ」 「そうなの?」 笑いながら言えばカイコさんはちょっと意外そうな顔をした。 「レンくん、優しいからデートしてくれると思ったのにな」 「それは優しさじゃないじゃん。本当の優しさはさ、自分の好きな人を傷つけないように断る勇気だと思うから」 楽しそうなカイコさんにそう言って改めて向き直る。 「なので、おれは兄さんを裏切ることは出来ないので、ごめんなさい」 「ふふ、分かりました」 頭を下げるとカイコさんはにこにこと言った。 一応おれに振られたはずなのに、何だか機嫌が良くて。 「…ほら、だから言ったでしょう?」 「……へ?」 にこ、と笑ったカイコさんが後ろを振り返る。 …え、なに。 「レンくんは私よりカイトさんを取るって」 「あはは。まさかこんなに愛されてるなんて思わなかったなぁ」 「は?え?なに??」 明るい声で出てきたのは…上機嫌な兄さんで。 「ふふ、ありがとうね、レン」 「どう…いたしまして…?」 「姉さん!!帰るよ!?」 「はぁい!…じゃあ、良い誕生日を、カイトさん!」 「うん、カイコさんもね」 ミクオの鋭い声にカイコさんがスカートをひらめかせて手を振り、部屋を出る。 それに兄さんがひらひらと振り返した。 「…わっ、レン?」 「…。…そーいうの、やめろよな」 そんな兄さんに抱きつく。 思ったより子どもっぽい声になったけど、もー気にしていられなかった。 「ごめんね?…でも、レンに愛されてるって分かって嬉しかったよ」 「んなことしなくても、愛してるっつってんじゃん」 楽しそうな兄さんに言えば、そうなんだけど、とまた笑う。
17年目の誕生日。
存外愛されたがりの兄さんに、生まれてきてくれてありがとうと、持てるだけの愛を伝える日!
「今すぐ愛してやろうか?」 「それはまた夜に…ね?」
第5回しほはるワンドロワンライ/バレンタイン・交換
甘い香りが街中に漂う。 本日バレンタインデー。 みんなが浮かれる…そんな日に。
「日野森さん!」 「…桐谷さん」 明るい遥の声がして、志歩は小さく微笑んだ。 「来てもらってごめんね、待たせちゃったかな?」 「ううん、さっき来たところ」 少し申し訳なさそうに言う遥に首を振れば、彼女は、良かった、と笑顔を見せた。 「じゃあ…はい、これ」 「ありがとう。…私からも」 「…!ありがとう!」 小さな袋を渡され、志歩も同じように手渡す。 「見るのは帰ってからにするね。…ふふ、楽しみ」 「桐谷さんがそうするなら私もそうしようかな」 袋を覗き込み、嬉しそうに言う遥に志歩は笑いながら肩を竦めた。 こんなに笑顔を見せてくれるなら選んだ甲斐があったというものである。 あまりガラではなかったのだが…こういうのも良いな、と思った。 「…ふふ」 「…。…なに」 何やらクスクスと笑う彼女に、志歩は少しムッとしながら聞いてみる。 楽しそうなのは良いが笑われるのはまた訳が違うからだ。 「ううん。…ただ…」 「ただ?」 首を傾げる志歩に遥は僅かに微笑みながら言葉を紡ぐ。 思わず目を見開いてしまった。 「…日野森さんが交換してくれるとは思わなくて」 「そりゃあまあ…ガラではないけど。…一応恋人なんだし、するでしょ」 「…!…そうだね」 何故だか彼女も綺麗な瞳を真ん丸にしてからふわぁと笑う。 素直に、可愛いな、と思った。 「ま、友だちでも交換はしたと思うけど」 志歩のそれに遥も頷く。 確かに、きっと友だち同士だって、周りが渡し合っていれば交換くらいはするだろう。 特に咲希やみのりなんかは行事が大好きな部類だ。 けれど。 「でも、込める想いは違うから」 彼女の綺麗な手を持ち上げて口付ける。 市販のチョコレートでも、想う気持ちが違うのだ。 この、愛しい気持ちは…遥にだけで。 「日野森さん」 「…好きだよ、桐谷さん」 「…うん、私も」 小さく笑い合い、触れるだけのキスをする。
今日はバレンタイン。 乙女たちが気持ちを交換する、そんな日。
ザクカイ♀バレンタイン
「…そろそろネタがねェ…」 ぽつり、と彼女が言うから、ザクロは思わず嫌な顔をしてしまった。 「…なぜ口に出してしまったんだ、鬼ヶ崎」 「ねェもんはねェし」 特に読んでもいなかった本を閉じながら息を吐けばカイコクはしれっとそう言う。 ネタというのはバレンタインのことだろう…もう少しやりようもあると思うのだが。 「お前さん、プレゼントは俺、っつうの、許さねぇタイプだろ?」 「破廉恥だからな」 「…いや、ハレンチって、ヤることヤッといて…まあ良いけど」 何故だかカイコクが楽しそうに笑う。 …何がそんなに面白いのだか。 「…普通に、手作りチョコレートに挑戦する、ではいけないのか?」 「…。…二度とお前さんの『妹』に会えなくなるとしても?」 「…。…俺が悪かった」 首を傾げたザクロにカイコクは真剣に言う。 甘いものが苦手なカイコク、しかも料理をしたことがないのに無茶だと言いたいようだ。 まあ彼女の性格からして料理は…どちらかといえば得意ではないほうだろう。 繊細なお菓子作りなら尚更だ。 …冒険はしないが、代わりに大雑把なのである。 それだけだから、サクラに会えなくなるようなことはないだろうが…嫌がることを無理に行わせることもない。 「なら、一緒に作るのはどうだ?」 「は?」 ザクロの提案にカイコクがぽかんとした。 「共に作るのならば失敗もすまい。失敗しそうになったら俺が止めてやることも出来るからな」 「…そりゃあ…。って、お前さんは良いのかい?」 「?何がだ」 彼女のそれにザクロは首を傾げる。 別にバレンタインだからといって男がもらうばかりだとは限らないと思うのだ。 外国では一様に気持ちを伝える日、であって、女性から男性へ気持ちを伝える日ではない。 気持ちがこもっていれば何だって嬉しいし、特にカイコクからの手作りだ。 嬉しい以外に何があるだろう? 「…ふはっ」 そう伝えれば彼女は吹き出してから楽しそうに笑った。 綺麗な黒髪がサラサラと揺れる。 「お、鬼ヶ崎?」 「いや、すまねぇ…。…うん、そうだな」 一頻り笑った後、彼女は目に溜まった涙を拭って頷いた。 「忍霧が手伝ってくれんなら…頑張ってみるかねぇ」 カイコクが綺麗に笑う。
今日は聖バレンタインデー。
好きだという気持ちを……彼女に伝える日。
「お前さんは…お菓子くらいが丁度良いかもしんねぇな」 「?どういう意味だ?鬼ヶ崎」 「ふふ、なぁんにも?」
(彼からの愛を具現化したならば、きっとそれは甘い甘いチョコレートよりずっと…)
ほなしほはる
きょろ、と隣の教室を覗く。 すると先に彼女のほうが気付いたようでふわりと笑った彼女が、「望月さん!」と声をかけてくれた。 「!桐谷さん」 「どうかしたの?天馬さんや星乃さんならさっき…」 「ううん!今日は桐谷さんに用事があって」 「?私に?」 きょとりと遥が目を瞬かせる。 それはそうだろう、今まで穂波と遥はあまり接点がなかったのだから。 「えっと、この前ワンマンライブについて相談に乗ってくれたでしょう?その時のお礼をちゃんとしてないな、って」 「…ああ。…あの後改めて来てくれたから、それで十分だったのに」 くすくすと遥が笑う。 一つ一つの所作が綺麗で見惚れてしまいそうだった。 みのりがずっとファンだという理由も何だか分かる気がする。 …それに。 「…?どうかした?」 「あ、ごめんね!…えっと、バレンタインも近いからもし良ければ、と思って…」 はい、と穂波は小さな袋を遥に手渡した。 「!良いの?」 「もちろん。使ってくれたら嬉しいな」 「ありがとう、望月さん。…開けてみても良い?」 何だか彼女がワクワクしているような気がして思わず笑ってしまう。 是非、と促すと遥は嬉しそうに中身を取り出した。 「わぁ、ペンギンのアロマキャンドルだね。可愛い…っ!」 「うん。桐谷さんは糖質制限をしてるって一歌ちゃんや咲希ちゃんから聞いたの。だから、日常で使えるものが良いかなって…。キャンドルを使い切ったら小物入れとしても使えるんだよ」 「凄い…!それに、とても良い香り。望月さんが作ったの?」 無邪気に言う遥に穂波は微笑みながら頷く。 「…でも、大したことじゃないんだよ?とっても簡単に出来るし…」 「簡単でも、私の為に作ろうって思ってくれたんだよね?…ありがとう、望月さん」 ふわ、と彼女が笑った。 アロマキャンドルの香りが鼻をくすぐる。 素敵な人だなぁと穂波は笑みを浮かべた。 きっと、だから、好きになったのだろう。 …穂波の、一番近いところにいる人は。 「…わたしも、好きになっちゃいそうだな」 「?私は、とっくに望月さんのこと好きだよ?」 にこ、と遥が笑う。 「ありがとう、桐谷さん。わたしも、桐谷さんのこと好きだよ」 「ふふ。…あ、そうだ!望月さんは苦手なお菓子とかある?」 「ううん、大丈夫だけど…」 「じゃあ今年は望月さんのためにも頑張っちゃおうかな?…あのね、その日はチートデーにしてあるの」 こそ、と彼女が言い、穂波は思わず笑ってしまった。 「じゃあわたしも美味しいお菓子作ってくるね」 「本当?!楽しみだな」 にこにこと遥が笑う。 何だか可愛くて手を伸ばしかけた…その時。 「…穂波?そんな所で何やって…」 「!志歩ちゃん!」 後ろ扉から声がかけられる。 そこにはベースを持った志歩が、いた。 「日野森さん!」 「こんにちは、桐谷さん」 「こんにちは!あ、見て。これ、望月さんから貰って…」 嬉しそうに遥が志歩を呼び寄せ話し出す。 柔らかい表情に、本当の『好き』を見せつけられた気がして穂波はそっと息を吐いた。 志歩も、遥も、幸せそうで。 叶わなくて良いから願わせて、なんて口の中で呟いてみせる。 「へえ、流石穂波。器用だね」 「凄いでしょう?特にこの顔が可愛くてね…」 「…何で桐谷さんが自慢気なの」 楽しそうに志歩が笑った。 きっと、かなわない、けれど。 「だって、望月さん、凄いから」 彼女がそんな風に笑うから、もう少し欲ばってみようかな、なんて思ってしまう。 ほんの少し、ほんの少しだけ。 そのキラキラした笑顔を、『わたし』に。
「今度はもっと頑張るね、桐谷さん!」 「!わぁ、楽しみ!」 「…ちょっと、もう…」 呆れた様な志歩に、穂波は笑う。 「…負けないよ、志歩ちゃん」 「!!ああ、そういう……」 「え?」 きょとんと遥が目を瞬かせた。 志歩が悪い顔をする。
もうすぐバレンタイン。
…私だって負けないよ、なんて笑う彼女との間に…柔らかな香りがふわりと通り抜けた。
マキカイバースデー
「…よっ」 ひらりとカイコクが手を振る。 毎年律儀に欠かさずやってくる彼はやはり優しい人だなぁと思った。 「誕生日、おめっとさん。逢河」 「…。…ありがとう、カイコッくん」 ふわ、と笑う彼はいつもの表情とは違う。 勿論いつも見ている表情も好き、なのだが。 「…カイコッくん」 「?なんでェ」 きょとんと彼がこちらを見る。 普段よりも幼く見えるそれに、マキノも微笑んだ。 やはり彼が好きだなぁと思う。 強くて、優しくて。 「…好きだよ」 「?!いっ、いきなり、何を…っ!」 彼の髪を持ち上げてキスをすると途端に狼狽え出した。 そういえばカイコクはストレートに弱かった…気がする。 「?今日は、バレンタインでも…ある、から」 「え?ああ、そういやァそうだったか」 「だから、伝えたくて」 「ああ…なるほ…とはならねェ…こら、逢河!!」 カイコクが怒鳴る。 マキノがぎゅうと抱きしめたからだ。 愛を伝える日に、普通の想いすら伝えられない自分が、誕生日を迎えるだなんて何とも皮肉だと思っていたけれど。 「…ったく、お前さんは本当ストレートだよなァ…」 何かを諦めたらしいカイコクがへにゃりと笑う。 それから髪に手を伸ばしてきた。 「…カイコッくん?」 「俺ァ逢河のそーいうトコが気に入ってんだ」 柔らかい笑みで、彼が言う。 愛を伝えるそれなんてない、だが心からの言葉。
ただそれを受け取れるだけで…良いと、そう思った。
「…もう一回…」 「はいはい。…誕生日おめっとさんな、逢河」
司冬ワンライ/器用不器用・心配
「久しぶりのお休みだぁあ!…でも何しようかなぁ」 休日を謳歌していた咲希は伸びをしながらも少し首を傾げた。 今日は午後からのバンド練習もなく、バイトも入っていない。 何もない降って湧いた休日、に咲希は色んな選択肢を思い浮かべた。 ショッピングは良いが一人で行くのもつまらないし、かといってバンドメンバーは全員予定があったのである。 「やっぱり外に行こうかなぁ…って、あれ?」 スマホにメッセージが来ていたようで慌ててそれを開いた。 あ、と咲希は顔を輝かせる。 「…とーやくんだぁ!」 珍しい彼からの連絡に咲希はにこりと笑った。 青柳冬弥、昔から家族ぐるみの付き合いがあり…兄である司が大切に想っている人、だ。 「…もしもし?とーやくん?連絡遅くなってごめんねー!」 文章で送るより電話のほうが早い!と咲希は番号をタップする。 電話口の彼は大丈夫です、と告げてから申し訳なさそうな声で、あの、と切り出した。 「?どうかした?」 『実は咲希さんにお願いがありまして…』
「それで、砂糖をー……」 「…なるほど」 咲希がレシピを読み上げ、冬弥が材料をボウルに入れていく。 「…えへへっ」 「?どうかしたんですか?咲希さん」 にこにこする咲希に冬弥が首を傾げた。 「ううんっ!まさか、とーやくんのお願い、がお兄ちゃんに渡すクッキー作りに協力してほしい、だとは思わなかったから!」 咲希の言葉に冬弥が頬を紅く染める。 本当に【お兄ちゃん】のことが好きなんだなぁと咲希は嬉しくなった。 きっとこの二人はいつまでも仲良しでいるんだろうな、と思う。 心配の余地もないのだろう…司は常に心配しているようだが。 『オレは冬弥を愛しているし幸せにする自信がある。だが、その愛は冬弥にとって重いものかもしれんからなぁ。幸せの定義だって、人それぞれだろう?』 そう言っていた兄を思い出し、咲希はにこりと笑う。 「…きっと、お兄ちゃんの幸せはとーやくんにとっても幸せだよねっ」 「?どうかしましたか?」 「何でもないよ!…それにしてもとーやくんって器用だよねぇ。アタシも見習わなくちゃ!」 首を傾げた冬弥に首を振ってから咲希は天板に並べられた、焼く前のクッキーを見て、ほう、と息を吐いた。 可愛らしい形が沢山並んでいて、見るだけでも楽しい。 「あっ、これ、フォレスタンベアー1号だよね?!かわいー!」 「…ありがとうございます。咲希さんのクッキーも可愛らしいです」 「ホントっ?!明日練習に持っていこうと思って!いっちゃんたち、喜んでくれたら良いな!」 「きっと、喜んでもらえると思います」 「えへへっ、そうだったら良いなぁ!」 ふわりと笑う冬弥に咲希もにこにこと笑った。 「そう言えば、どーしてクッキーだったの?」 天板をオーブンに入れながら咲希は首を傾げる。 電話口でのお願い、は『バレンタインに司先輩へクッキーを渡したいが作り方を教えてもらえないか』だったのだ。 「…俺は不器用ですから、気持ちを上手く伝えられない気がして…。けれど、手作りのものなら気持ちが伝わるかと思ったんです。クッキーは、俺が好きなものですから」 「…好きなものを渡して、好きを伝えるってことだね!」 「はい」 手を叩くと冬弥は照れたように笑った。 そういう不器用さは咲希の大好きなバンドボーカルに通ずるものがあるなぁ、なんて思いながらオーブンの戸を閉める。 「…そこがかわいーんだけどっ」 「?咲希さん?」 「…ね、とーやくん!焼けるのを待つ間、ラッピングを決めようよ!」 さらりと髪を揺らす冬弥に咲希は笑顔を向けた。
オーブンから幸せな香り漂うまで後もう少し。
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