セカイの衣装バグが起こりましてケモミミしほはる

セカイにはバグがある…らしい。
想いの持ち主の体調不良だったり、音楽機器の不調だったり、その辺は曖昧だ。
だが、唐突に、意図せずに起こる。
そうして今回のバグは、現実にも影響を及ぼすものだそうだ。

それは、ほら、今回だって。


何故だか志歩に耳が生えた。
勿論志歩は人間だから、人間の耳ではない…オオカミの耳だ。
「…なんで……」
はあ、と息を吐く。
文化祭のお化け屋敷でオオカミ役なんかやったからだろうか。
まあ確かに文化祭は楽しかったが…まさかセカイにまで影響するとは。
ミク曰く、「多分すぐ戻ると思うけど…」とのことだった。
だが、現実世界に戻ってきたが一向に戻る気配がない。
前もそんなことがあったが、今回が前と違うのはセカイの中だけでなく、この現実世界にも影響しているようなのだ。
前もそんなことがあったし…どうやらラグがあるらしい。
誰にも会わなければ問題はないだろうけれど。
「…水でも取りに行こうかな」
現状に諦めた志歩は小さく息を吐いて自分の部屋を出る。
姉に見つかれば面倒だが、この時間ならば大丈夫だろう。
が、それは部屋を出た瞬間に打ち砕かれる事になった。
「…遥ちゃん、お手洗いは…」
「大丈夫だよ、雫の家には何度も来たことあるし……」
よく知った声がする。
え、と思った瞬間、遥が現れた。
「あれ?日野森さ…」
「ちょっと来て!!」
きょとんとする遥を自分の部屋に引き込む。
「…え、えと…」
「…。…なんでいるの…」
パタン、と扉を閉め、戸惑う遥に疲れた声で問うた。
「今日は新しいダンスを撮りたいねって話になって、集まっていたんだ。多分、雫も言っていたと思うんだけど…」
困ったように遥が言う。
そういえばそんな事を言っていた気がした。
…オオカミ耳の件で忘れたけれど。
「…えっと、日野森さんのそれは…?」
こてりと遥が首を傾げる。
「…。…気にしないで」
「でも」
「そんな事を言い出したら桐谷さんだってそうでしょ」
志歩は言いながら遥の頭上に手を伸ばした。
彼女の頭上には黒い猫耳が揺れている。
「…えっと、これは…」
「私は気にしない。だから桐谷さんも気にしないでほしい」
「…。…分かった、気にしないでおく」
「うん、宜しく」
神妙に頷く遥に志歩もホッとした。
やはり彼女は話が早い。
「気にはしないけど…その……」
おずおずと遥がこちらを見た。
どうかしたのだろうか、と見れば彼女は志歩の頭を凝視していて。
「…触ってみても、良いかな…?」
「え?ああ、いいけど…」
「!ありがとう!」
嬉しそうに遥が笑う。
彼女はペンギンが好きだったと思ったのだけれど。
「うわぁ…!ふかふかだ…!」
「自分じゃよくわからないけど…そう、なの?」
「うん!ワンちゃんにも似てるけど…これ、オオカミ?」
「よく分かったね」
正解を出してくる遥にそう言えば彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「うん!文化祭の被り物は見せてもらったし」
「いや、だからって…」
「ちょっと格好良いなって、思ったんだよね」
にこにこ、笑いながらそんな事を言う遥に目を見開き…志歩は小さく息を吐く。
それから。
「?日野森さ…わっ?!」
「そんなこと言ってたら食べちゃうよ?猫さん」
遥を押し倒しらしくもないことを言ってみる。
流石に驚いた遥は目を丸くするが肩を揺らしてから綺麗な笑みを浮かべた。
「…オオカミさんの好みじゃないかもだけど…良かったらどうぞ?」
ピコピコと黒い猫耳が揺れる。
遥によく似合う、黒の猫耳。
「…桐谷さんでもそんなこと言うんだ?」
「ふふ、日野森さんこそ」
小さく笑いあってそっと口を寄せる。
遥ちゃん大丈夫?なんて姉の声が僅かに聞こえた。
顔を見合わせ、ふは、と笑う。
何だか秘密を共有しているみたいだな、と…そう、思った。



お伽噺のオオカミは悪いやつで、猫はずる賢いやつだ。
なら、その二人の恋模様は?

(駆け引き渦巻くラストシーンへの展開は、オオカミさんと黒猫さんだけが知っている)

司冬ワンライ/いいニーナの日(アイ/AI)

特別な君と 特別な日を


「司先輩」
「…ん?おお、冬弥」
声をかけてきた愛しい人にニッと笑って司は「ちょうど良かった」と呼び寄せる。
「?どうかされましたか?」
「これを見てくれ」
誘われるがままに寄ってきた冬弥に、司は開いていたそれを見せた。
覗きこんだ彼も優しい笑みを浮かべる。
「…アルバム、ですか」
「ああ!昨日掃除をしていたら見つけたんだ。冬弥にも見せようと思ってなぁ」
「ありがとうございます。…懐かしいですね」
「そうだろう、そうだろう!…それで、少しこれまでを思い返していたんだ」
ふわふわと笑む冬弥にそう言えば彼はキョトンとした。
「と、いうと?」
「これまでの十数年、長いような短いような軌跡だ。その中に幾つもの奇跡のような出会いがあった。…お前との出会いのようにな、冬弥」
司は笑う。
「冬弥と出会えた事がオレの人生を素晴らしいものにしてくれた。感謝せねばな」
彼は驚いたように目を丸くしてから僅かに微笑んでみせた。
「ありがとうございます。…ですが、俺からすれば司先輩に出会えたことがすべてで…いつもそれ以上をいただいてばかりだと思っています。俺には司先輩に何も出来ないのに」
「何を言う!オレも冬弥からたくさんの想い、アイを貰っているぞ?」
少し俯く冬弥の手をぎゅっと握る。
たくさんのものをくれた、冬弥の手を。
「…先輩」
「何が出来るとかではない。今そこにいてくれるだけで良いんだ。だから、何も出来ないなどと言ってはならんぞ?」
「…。…はい」
「それに、オレから受け取っているからと何もいらないと言うのもなしだ。きちんとわがままを言ってほしい。いいな?」
頷く冬弥に、司は先手を打った。
冬弥はきっと何が欲しいか聞いても素直には言わないだろう。
自分が、もう既に貰っていると『思い込んでいる』から。
司からすれば、冬弥からも沢山貰っている。
どちらかが多いということもないのだ。
大体、アイは貰ったからといって困るものでもなかろう。

彼が司に救われたと思うと同時に司も彼に救われているのだから。



不思議な魔法でお前に会えたんだ。
奇跡のような軌跡の中で。
だから、手を取り合って歩いていこう。

互いへの想いアイを両手いっぱいに抱えて!

さあ今日は
どこへいこうか 
何をしようか

(綺麗な彼の目に浮かんだ涙を拭って、司は笑う

頷いた冬弥を抱き締め、アルバムが風で捲れた

二人ならどこへでも行けると、何でも出来ると信じているのです)

「これまでもこれからも愛しているぞ。なあ、オレの “お姫様”!」

Lonly Shit

きっと、何度もチャンスはあった。
「冬弥」
司はそっと手を伸ばす。
クラシックに戻れない彼が、ストリートに夢を見出してしまった。
幼い頃は司のショーを見て喜んでくれていたのに!
司だけを見てくれる冬弥はいない。
今だって親愛は向けてくれるけれど、それだけでは足りなくなってしまった。
止めてくれ。
他に笑いかけないでくれ。
オレ以外に歌わないでくれ。
切なる願いは、想いは、セカイを生んだ。
ワンダーランドのセカイによく似て非なるもの。
壊れかけのメリーゴーランド、屋根が落ちたサーカス小屋。
調律の狂ったピアノのBGMが流れるセカイはミクがいなかった。
ワンダーランドのセカイにはミクもカイトもいたのに。
ミクがいなくてもセカイは生まれるのだなぁなんて思いながら司には違和感がなかった。
だって、司が一番いてほしかった冬弥がいる。
ストリートに出会っていない。
クラシックにも戻れない。
そんな冬弥が。


冬弥が笑いかける相手なんて司だけでよかったのに。
だからこそ他の人を遠ざけた。
セカイまで生み出して。
一つ二つと揃わなくなる『ピース』を哀しげな眼で見つめる冬弥に大丈夫と微笑むのは司の役目だ。
冬弥が辛い夢も哀しいユメもみないで済む様その綺麗な目を覆い隠してきた。
きっとそれは今までも…これからも。
幼い頃はそれが出来ないと思っていた。
出来ないからこそ夢を見る。
好きな人と二人きりのユメを魅る。
それは何らおかしい事じゃない筈だろう?
「なあ、冬弥」
「…?」
「今、幸せか?」
壊れてしまった瞳に笑いかける。
きっと無意味な質問だ。
この冬弥は幸せを『知らない』。
「…幸せ?」
「そうだ。冬弥は幸せか?」
「…。…逆に、司先輩はどうですか?」
「え?」
驚いた。
この冬弥から質問が出るなんて。
「…オレ、は」
「俺といて、幸せでしょうか」
冬弥がこてりと首を傾げる。
壊れてしまっているからこその純真たるそれ。
思わず涙がこぼれる。
嗚呼、オレは。
小さく呟いた司は無理矢理に笑った。
「幸せだぞ、冬弥」
「そうですか」
冬弥が微笑む。
純粋な瞳で。
『幸せ』を知らない瞳で。
「先輩が幸せなら、俺も幸せなのでしょうね」
冬弥の発言に司は涙をこぼす。
司が望んでいたはずなのに。

セカイを、抜け出さなければ。
『オレ』がこれ以上狂ってしまう前に。
冬弥が好いてくれた『オレ』が壊れてしまう前に。

彼が笑ってくれるだけで良かった。
彼が笑うから司は壊れてしまった。
夢を追いかける彼が、それでもまだどうしようもなく好きで。
…きっと何度もチャンスはあった。
冬弥が壊れるまで。
司が、壊れるまで。


彼の笑った顔が好きだった。
ストリートを知った後の静かだが確かに幸せそうな笑顔も、幼い頃の無邪気な微笑みも。
どうしようもなく好きだった。
狂ってしまう程に。
世界なんていらない程に。
セカイを作り出してしまうほどに。
お願い、なあ。
オレだけを見てくれ。
だって、好きで好きで堪らないんだ。
司は冬弥を鳥籠に囚えようと躍起になる。
司が起こして冬弥が笑って司が愛を囁いて冬弥が眠る。
そんな日常に甘えてしまった。
理想的なセカイに依存してしまった。
これはまるで縛り合いゲームだ。
どうしようもない程に途方もなく誰が幸せに成る訳でもない。
…なあ、オレは誰に嫉妬してしまったんだろうな。
そう、司は自問自答を繰り返した。
それに返答があるわけではないと知っていて。


お前が好きで好きで、どうしようもなくて。
独りよがりの嫉妬は繰り返す。
(それは本当に彼が望んだ事だった?)
お願いだからオレを見ろと嫉妬で狂いそうになりながら掴んだ手を誰かが払い落とす。
それは嫉妬じゃない、君の、アンタのエゴだ、と。
そう誰かが言う。
…そんなことを言う相手はここにはいないけれど。
抜け出さなければと足掻いたところで、沼の心地よさを知ってしまった。
だってそうだろう?
ここに冬弥との仲を邪魔するものはいないのだから。
司は愛を歌う。
深い蒼は何も映さない。
嗚呼お前は壊れてしまったんだな、と少し寂しくなった。
(それを望んだのは司で、そうしたのも司だ)
ただ一緒にいたかった。
ただそれだけ。
「愛している」
司はそっと囁く。
なあ、一緒に壊れてしまおう?
閉鎖された空間で、永遠に。
ろんりーしっとは繰り返す。
ただただ、クリア済のゲームの様に、ゆっくり壊れる日々を。 

司冬ワンライ・背徳/ピザの日

冬弥はピザを食べたことがないのだという。
まあ育ちが良い方だとは思っていたが…。
「…よし」
「?司先輩?」
久しぶりに冬弥が泊まりに来た日、夕飯は何にしようかと考えていた矢先の話だ。
何か適当に作る気でいたが…ピザを食べたことがないなんて聞いたら黙ってはいられなかった。
「宅配ピザを頼むぞ、冬弥!」
「え?」
「なぁに、たまには良いだろう!…確か冬弥はイカが苦手だったな。ならばシーフード系はなしにして…」
「あ、あの!先輩!」
スマホでメニューを検索し出す司に冬弥が慌てたように口を挟んでくる。
どうしたのかとそちらを向けば彼は困った顔をしていた。
「どうかしたのか?」
「いえ、あの…良いのでしょうか…」
「?何がだ」
「少し…はしたないのではないかと…」
小さな声で言う冬弥に目を丸くする。
きっと彼は幼少から大切な手で食べるものははしたないと言われてきたのだろう。
「…。…気にすることはない。…それに」
司はニッと笑ってみせる。
冬弥が心置きなくピザを楽しめるように。


(せっかく美味しいのに、そんな気持ちで食べてはつまらないじゃないか!)

「このオレと悪いことをする、そんな背徳も良いものだろう?」


今日はピザの日、密の味。

(二人で食べるピザの味は)

ヤミナベ!!!

「なあ、彰人。闇鍋って知っているか?」
ワクワクした顔の冬弥がそう言うから一瞬ぽかんとしてしまった。
また何を教わってきたのだろうか、相棒兼可愛い恋人は。
あれだろ、と彰人は色んな思考を巡らせながら言葉を探す。
「自分の好きな具材を持ち寄って見られないように鍋に入れて食うってやつだろ」
「そうだ。…俺達もやってみないか?」
「…はあ…?」
楽しそうな冬弥に彰人は眉を寄せた。
目を輝かせる彼には申し訳ないが流石に闇鍋はいただけない。
鍋の具材を持ってくるならともかく、違うかもしれないのだ。
それこそ鍋に合わない具材を持って来られてしまえば悲惨だろう。
「つーか、何で闇鍋なんだよ。普通の鍋で良いだろ」
「それはそうなんだが…。…楽しそうだな、と」 
「オレは楽しそう、より美味いもん食いてぇけどな」
息を吐き、彰人はずいっと冬弥の方に顔を近づける。
驚く冬弥にあのな、と忠告してやった。
「…クッキーやらケーキやら、オレらが一番好きなものを鍋に入れたら悲惨だろ」
「…。…確かに。それでは鍋ではなくなってしまうな」
くす、と笑った冬弥は「リンなら、甘くても良いじゃん!と喜びそうだが」と言う。
「リンはな。…お前は違うだろ」
「まあ…そうだが。それが闇鍋の醍醐味なら…?」
「別に闇鍋に拘る必要もねぇし。…まずは普通の鍋でいいんじゃねぇの?」
笑いながら彰人は冬弥の頬に手を添えた。
「それに、本当に好きなものをぶち込むならお前を入れなきゃなんねぇだろ」
「…!…ふっ、その発想はなかったな」
目を見開いた後、くすくすと冬弥が笑う。
「彰人に食べてもらえるなら、鍋の具材にもなるが」
「馬鹿言え。…オレはそのままのお前が好きだよ」

二人で笑い合い、どちらともなくキスをする。


甘い甘い鍋パーリィは、二人だけの味!

(さあ、覚悟を決めて召し上がれ?)


「つか、どっから闇鍋が出たんだ?」
「ああ。ミクが、好きなものだけ詰め込めるなんていいじゃん、と」
「っし、すぐ止めに行くぞ!!」

司冬ワンライ・88☆彡

きっとどこかで 気づいてたんだ


何でもない子供騙しだって 

これは

子どもなりに【幸せ】を届けようとした、ちっちゃいスターの物語




「…冬弥!」
ひょい、と顔を出すと冬弥はゆっくり微笑んだ。
「…司さん、こんにちは」
「全く、固いなぁ冬弥は!呼び捨てでも構わないんだぞ?」
「…そんな訳には…」
少し困った顔をする冬弥に司は笑う。
めげない、まるで道化師のように。
「さて、今日は何をする?!前回のように無茶苦茶エチュードをするか?それとも久しぶりに人探しの本を見るか?」
明るい笑顔で司は提案した。
彼が、ピアノを弾くのが辛いだと思うなら楽しいものにすれば良い。
それも出来ないなら少し離れれば良い。
無理にしがみついて嫌になってしまうよりずっと良いのだから。
「…今日は、小さくて欲張りな夢見るねずみが、セカイに飛び出すショーが見たいです」
「!!前に練習をしていると言ったのを覚えてくれていたのか!」
「…はい。司さんのショーはいつも心が暖かくなるので、とても…好き、なんです」
ゆっくりと冬弥が微笑む。
そんなことを言われたら期待に応えるしかないだろう。
「ならば、冬弥のためにも素晴らしいショーをしなければなぁ!」
高らかに笑い、司は自身のクローゼットを開けた。
冬弥を笑顔にしたい、セカイに通用するスターになりたい。
司の夢や希望は1つしか叶えられないものだろうか。
そんなことはない。
夢も希望も欲張っちゃえばいい、のだ。
…夢か希望か、なんて誰が言ったのだろう。
「酸いも甘いもなんもない、と仲良しのうさぎが嘆きます。けれど小さくて欲張りな道化師ネズミは笑うのでした。…『そんな君に幸せが降るといい』と」
司は楽しくショーをする。
なんもない、と言うから世界は色付かないのだ。
だってほら、幸せはすぐ傍に!
「幸せの流れ星が2人に降り注ぎます。…ほら、それは見ている君にも」
「…え?」
ショーを見ていた冬弥に言えば彼はキョトンとした。
部屋を暗くし、壁中に貼られた蓄光の星を輝かせる。
天井の装置を作動させて冬弥の手に星を乗せた。
「…!!」
「…冬弥、幸せは自分でつかむものだぞ」
司は笑う。
あの、ネズミのように。


きっとこんなのは何の解決にもならない、子供騙し。

それでも、司は愛する彼に幸せになってほしかったのだ。


「希望と夢と愛を、冬弥に。…何せ、オレは欲張りなものでなぁ!」

司は笑う。
いつか君が本当の笑顔を見せてくれますように、と星に願いを…かけた。

彰人誕生日

「…彰人」
冬弥の声がして顔を上げる。
図書委員である彼を待つのにも慣れた。
幸せな日常、とでもいうのだろうか。
別に苦でもない、逆に冬弥を想う幸せな時間の終わりに、彰人は笑みを浮かべる。
やはり、本物に限る、と。 
「おう」
「すまない、少し遅くなってしまった」
「いや、別に待ってはねぇけど…」
少し困った顔でこちらに来た冬弥に、彰人は首を傾げた。
何だかいつもと違う、と考え、すぐそれに気づく。
「…それ、どうした?」
「…!やはり、気づいてくれるんだな」
彰人の指摘に冬弥はふわ、と笑った。
昔より感情変化が分かりやすくなった冬弥に、そりゃあな、と言いかけ…やめる。
まあ別にこれは言わなくても良いだろう。
「つうか、なんだよそれ」
「…似合って、いないだろうか」
「似合ってるとか似合ってねぇとかそんな話じゃなくて…」
こて、と首を傾げた冬弥の、『オレンジのリボンが結ばれた』髪が揺れた。
編み込みになっているから不自然ではないし、似合っていないかと聞かれればそんなことは無いと全力で首を振るだろう。
だが問題はその意図だ。
「プレゼントは俺だと言えば喜ぶのでは、とアドバイスを貰ってな。…今日この後の時間は彰人に全て捧げよう」
「…お前な…」
「…やはり、駄目だったろうか」
しゅんとする冬弥を抱きしめる。
誰のアドバイスかは知らないが、存外間違っていないのが腹が立った。
「…彰人?」
「…。…誰か知らねぇけど、その通りだよ…くそっ」
「…!…そうか」
ふふ、と耳元で微笑む気配がする。
まあ彼が笑顔なら良いかと思った。
「…じゃあ歌の練習すっぞ。その後カフェ」
「…いつもと変わらなくないか?」
「いいんだよ、それで」
首を傾げる冬弥に、彰人は笑う。

いつもと変わらない幸せが、彰人は一等大切なのだから!




(彼が彰人のことを考えて、隣りに居てくれる今が一番のプレゼントなのです!)




「…で?こんなこと言うのは杏か?暁山か?」
「いや?編み込みをしてくれたのはその二人だが、案をくれたのは草薙だ」
「…へぇ……。…は?」

アカカイ

「カイコクさん、おはよう御座います!」
「…」
にこにこと近づく俺にカイコクさんはじろりと睨んだ。
あら、随分ご挨拶ですねぇ?
そんな睨まれるような生活を提供しているわけではないんですけど…やっぱり、この生活も3日目ともなってくると飽きてくるんでしょうか。
「朝ご飯にしましょう!その前に着替えを…」
「…。…良い。一人で出来るから放っといてくんなァ」
手を伸ばす俺からカイコクさんはするりと逃げる。
つれないなぁと笑って、俺は近くに座った。
…実は今、カイコクさんは俺に『監禁されて』いる。
俺が頼んで、彼が許可を出した。
だから無理矢理でもないし、期限も決まっている。
…そう、思っていたんですけど。
どうやら彼はそうではなかったようです。
「一人で出来るんですか?」
「あァ。そう言って…」
「…そんな重い手枷が着いてるのに?」
「…っ!!」
カイコクさんが俺の言葉にまた睨んできた。
一応監禁なのだからと着けた、彼を傷つけない仕様の手枷。
ジャラリと重い音を鳴らす鎖はカイコクさんが逃げられないことを示していて。
「…早く着替えて朝ごはんにしましょう?カイコクさん」
にこり、と俺は笑う。
無邪気に、笑う。
彼にとっては恐ろしい笑みで。
「…今日は朝ごはん、食べてくれますよね?」
そう言えばカイコクさんはびくりと僅かに体を震わせた。
「…わ、かっ…た…」
「なら早く着替えてしまいましょう!手伝いますね」
そう言って彼の手枷を外す。
ガシャン、と重い音が響いた、その時だった。
「…っ!」
「わっ」
カイコクさんがパッと走り出す。
…あーあー、まだ監禁期間は終わってないのに。
「…嘘、だろぅ、なんで…開かねぇんでェ…?!」
「…そりゃあ、監禁ですから。逃げられても困りますし」
扉の前で呆然とするカイコクさんの腕を引いた。
「それより、逃げるのは契約違反じゃないですか?」
「…逃げるな、なんて契約をした覚えはないねぇ?」
「普通は監禁したら逃げないものですよ?カイコクさん」
「…入出」
睨むカイコクさんに俺は笑いかける。
持ってきていたお茶碗いっぱいのご飯を見せた。
「先にご飯にしましょうか」
「…」
「…ああ、昨日みたいな食事が良ければそっちにしますよ?」
その提案にカイコクさんは僅かながら目を見開いてからすぐ普段通りの表情を見せる。
彼は敏い人だ。
何が有益で何が不利かをちゃあんと知っている。
…だからこそ。
「…分かった。食やぁいいんだろう?」
「はい!」
諦めたようなカイコクさんに笑顔を見せて、俺はご飯をお箸で掬った。
「はい、どうぞ!」
「…。…流石に一人で食えらァ」
「勿論知っていますよ?…ただ、食べてるフリをされると困ってしまうので」
ね、と笑いかけるとカイコクさんは驚きの表情を見せる。
警戒心の強い彼だ、きっと後で吐き出すつもりだったのだろう。
…媚薬入りの食事、なんて…ね。
「食べさせてあげます。一口残らず、全部!」
優しいですよね、なんて嘯いて俺は無言の圧力をかけた。
「…」
カイコクさんが小さく口を開ける。
何かを諦めたように。
彼の目からハイライトが、消えた。


「…はぁ、ぁぅ…」
ぽや、とカイコクさんの口から熱い吐息が聞こえる。
ご飯を食べ終わって数時間。
きっと彼の中では快楽が燻っているのにも関わらず、カイコクさんは首を振って耐えていた。
楽になれば気持ちよくなれると思うんですけどね?
まあ逃げようとしたお仕置きもあるので、そう簡単に気持ちよくなられても困るんですが…。
「…あ、そうだ」
「…い、りで…?」
熱を帯びた声に俺はにこっと笑って押し倒した。
普通サイズのバイブを手に取ってつぷりと割り開く。
「ひっ、や゛、まっ…!」
「沢山、気持ちよくなりましょうね?…『カイ』」
「…?!!や゛ぁああっ?!!」
ごちゅんっ!と突き入れた瞬間、嬌声を上げてカイコクさんはイッた。
本人も何が何だかよくわからない顔をして目を白黒させている。
「…なん、で…?」
「どんどんいきますよ?」
「…まっ…やぁっ!!イった、ばっか…だか…ふぁあ゛?!ぃぎっ、ひっ、ぅぁあ゛ぁあっ!?」
嬌声を上げ続けながら彼はぎゅぅうとシーツを掴んだ。
躰を丸めようとして失敗し、無意識に逃げようとする躰を抑え込む。
「…イッてください、『カイ』」
「~っ!!!イ、…っ!」
「ちゃぁんとイけたんですね、良い子」
強制的に絶頂に導かれて、自分の意志を振り切った躰にカイコクさんはきっと困惑しているんだろう。
「…ひっ、…ふ、ぅう…!」
「ありゃ、泣いちゃいました?」
ポロポロと涙を流すカイコクさんは幼い子どものようで。
元々精神的に達観しているような人だ、自分の思い通りにならない躰は不安でしかないんでしょう。
「大丈夫ですよ。カイはとても良い子です」
「…っ」
頭を撫で俺は言う。
大丈夫だ、と。
「だから、次もいきますよ!」
「?!や、だ…入んない、入んないか、らぁあァ…?!」
「おっと、まだイッちゃだめですよ?」
二本目の少し太いバイブを追加してスイッチを入れた。
ぎゅっと彼の陰茎を握り込む。
「ぁあ゛ぅ?!やめ、ぃやだっ、気ぃ、狂う…っ!!!」
ぐちゃぐちゃと二本のバイブで掻き回せば彼はいやいやと首を振りながら泣きじゃくった。
「…イきたくね、ぁや、だぁああああっ!!」
「カイ」
「…~~っ!!!」
びくんっ!と大きく躰を震わせ、ぎゅっと躰を縮こませる度に『カイ』と囁く。
この名で読んだ時は気持ち良いことが起きると洗脳するために。
媚薬と洗脳で、彼は快楽に堕ちてくる…その日のために。
「ぅぁぁあ゛ああぁっ!ぃ、たい…ぃだい…っ!!」
「大丈夫ですよ」
「も、やめてくんなぁ…っ!」
三本目を追加した途端、カイコクさんは痛いと泣いた。
「まだ、イけますよね?…カイ?」
「イ…っ!!」
ガシャガシャと響く機械音。
ぷしゅ、と潮のようなものを吹き出し、荒い息を吐きながらカイコクさんは布団に身を沈ませる。
そろそろ媚薬の効果も切れてきたでしょうか。
虚ろな目の彼からバイブを引き抜く。
ぽっかり空いた場所に自身を埋め込んだ。
「一緒に気持ちよくなりましょうね…カイ」
囁いて俺は口付ける。
何度目かも分からない絶頂を無理やり迎えさせられたカイコクさんの躰は。
もう戻れないところまできてしまった。


名前を呼ばれただけで発情する躰へと変貌するまで後少し。

それまでたくさん遊んであげます。

食事をしっかり取らせて、快楽を躰に叩き込んであげます。


ねぇ、俺の愛しい『カイ』。


「…カイ。愛してます」

俺は囁く。

痛い程の快楽に抗えない、彼に向かって。

…今日はまだ始まったばかりだ。

ザクカイ

「なあ、鬼ヶ崎」
「…なんでェ……」
「トリック・オア・トリート」
ザクロの声に胡乱げに振り向いたカイコクが、その言葉を聞き、ものすごく嫌そうな顔をした。
「…。…お前さん、今何月か知ってるかい?」
「11月だな」
「ハロウィンがあるのは?」
「10月だろう」
「…じゃあなんで今なんでェ…」
幼児がするようなやり取りに、はぁあ、とカイコクが大きく息を吐き出す。
「今年はハロウィンをやっている暇がなかっただろう?」
「あ?ああ、まあなァ…?」
「ならば遅れてでも行うべきではないか?鬼ヶ崎」
「…。…遅れたらもうやらない、っつうのが普通じゃねぇかと、俺は思うが…?」
ザクロのそれにずっと疑問符を浮かべていたカイコクがついにこてりと首を傾げた。
「季節行事なのだから行うべきだろう」
「…忍霧、お前さん、存外行事好きだろ」
「好きとかではなく…」
呆れたようなカイコクにザクロは否定しようとし、埒が明かないので諦める。
そも、そんな話をしたいわけではなかった。
「…いや、良い。それで、トリック・オア・トリートと俺は言ったのだが」
「トリック・オア・トリートはいいが、お前さん、仮装してなくねェか?」
迫るザクロにカイコクは逃げもせず疑問をぶつけて来る。
「そんな事はない」
「ん?」
「…マスクが、変わっているだろう?」
「……は…」
ちょい、といつもとは違う白いマスクを指差し、「地味ハロウィンというやつだな」と言った。
「…ふ、ふふ…」
ぽかんとしていたカイコクがくすくすと笑う。
いつものような胡散臭いようなそれではなく心底楽しそうな彼に少しどきりとした。
「うんまあ…いいぜ?」
散々笑っておいて何故だか上から目線のカイコクが、それで?と目を細める。
「『ザクロくん』はどっちがお望みでェ?」
「…そうだな」
振り回す気満々な…普段は呼ばない名前で呼ぶのが良い例だろう…カイコクが首に手を回してきた。
しかし、ザクロだって振り回されるばかりではない。
「ならば、両方貰おうか?」



「…ん、ふ…」
鼻から抜ける甘い声が部屋に響く。
ぷは、と口を離せば彼もとろんとした顔をしていた。
カイコクは存外キスに弱いのである。
…指摘すればすぐ不機嫌になるから言わないが。
「…なんでェ」
「いや、何でもない」
少しブスくれたような彼にそう言って軽くキスを落とした。
不機嫌になるだけならともかく、やっぱり止めるなんて言われては堪らない。
「…ふ、ん…ぁ……」 
「可愛いな、鬼ヶ崎」
「…る、せ…」
ザクロの愛撫を具に感じているカイコクにそう言えば彼はふいと横に向いた。
素直で良いと言っているのに、と残念に思いながら、宝物に触れるみたいに指や唇を滑らせていく。
躰中にキスの雨を降らせ、弱い快楽から身を捩って逃げようとする彼を抑えつけた。
「まだ愛撫の途中だ。逃げないでくれ」
「んぁ、そんな、トコ…舐め……!ひ、ぅっ!」
足を持ち上げながら彼の足の裏に舌を這わせる。
幼子のように首を振るカイコクに、「まずは
TRICKからだな」とザクロは涼しげに告げた。
「…良い趣味して、る……ぅく…んぁ…!」
「良い趣味、にしっかり感じてくれているのは誰だ?」
少し意地悪く言いながらザクロはローションで濡らした指を彼の後孔につぷりと埋め込む。
くるりと中で円を描き、ゆっくりゆっくり解していった。
その間も胸や腹、太ももを舐め、キスをし、昂ぶらせていく。
「忍、霧ぃ…!も、良いから…!!」
「駄目だ。…痛いのは貴様も本意ではないだろう?」
「ぅううっ!!…ゃ、だ…おかし、くなる…!」
顔を自身の腕で隠しながらカイコクは喉を戦慄かせた。
それを退ければ彼は快楽を瞳に滲ませ、「甘いのは苦手なのに」と泣きじゃくる。
「…お前が好きだから優しくしたいんだ。…分かってくれ、鬼ヶ崎」
「…ん…」
頬に手をやればカイコクは無意識に擦り寄ってこくりと頷いた。 
ふかふかになったアナルには既に指が3本、バラバラで動かしても大丈夫そうで、ザクロは一旦引き抜く。
「…挿れても、良いか?」
「…良いって、さっきから言って…!ふぁ、あ…~~っ!!」
少し目尻を釣り上げながら言うカイコクにゆっくり挿入すれば、彼は途端に喉を詰まらせた。
「や、ァ…っ、待て、まっ……!忍霧ぃ!!」
「挿入れろと言ったのはお前の方、だろう!」
「ちが、ぃや、だ…イ……っ!!」
制す彼を無視してごちゅん、と突き上げた途端、カイコクは喉を反らしてびくんっ!と大きく跳ねる。
ホロホロと涙を零す彼は何が起きたか分かっていない様子だ。
「今日は随分速いな?」
「…っ!だからっ!待てって言った…!!」
怒鳴るカイコクに、口づけし、ザクロは腰を動かす。
余裕ぶっているだけでザクロの方もそろそろ限界が近いのだ。
年上の可愛い恋人に振り回されたくない、立派な青少年である。
「?!ゃ、今、イった、ばっか…!!」
「残念だが俺の方も余裕がない。…だから」
必死に止めようとするカイコクを無視し、ザクロは動かすスピードを増した。
「ゃ、あ゛、まっで、やだぁ!忍霧、忍霧ぃ!!」 
「待てと言われて待てるわけがない、だろう?!」
「は、ぅ…ん゛んぅ…!!」
口づけをしながらザクロはカイコクのナカで果てる。
同時に彼もイったらしく、大きく揺れたカイコクの躰が一瞬にして溶けた。
だが、余韻に浸らせる隙は与えられない。
緩まった瞬間にごつ、と突き上げ、結腸を開いた。
「ぉ、ゔ?!」 
「…すまないな、鬼ヶ崎」
目をチカチカさせるカイコクにザクロは少し、ほんの少しだけ申し訳ない顔を浮かべた。
「もう少し、俺のハロウィンに付き合ってくれ」
そう告げ、ザクロは彼に口づける。
抗議の声は甘いキスに溶けて消えた。



ハロウィンハロウィン。
さて、今宵のお菓子はどんな味?

(ちょっぴりビターで、甘い甘い蜜の味!)

司冬ワンライ/文化祭・浮きたつ気持ち

日差しが気持ち良い季節。

みんなの笑顔がきらきらと輝く。


今日は待ちに待った文化祭、だ。



「…司先輩!」
「ん?おお!冬弥!」
劇の最終確認をしていた司はふと窓際から呼ばれ顔を上げる。
嬉しそうな顔をしてこちらを見ていたのは冬弥だ。
クラスで作ったらしいTシャツを身にまとう様子はいつもとは違うのに何だかとてもしっくりきた。
「クラスTシャツか?似合うな」
「ありがとうございます。司先輩は…」
「ああ、オレの方は劇の衣装だ!格好良いだろう?!」
「はい、とても」
冬弥がにこにこと褒めてくれる。
いつも素直に言葉をくれるが、どうも今日は特に浮き足立っているらしい。
きっと中学などでは経験してこなかったのだろう。
みんなで作り上げる行事の楽しさ、の前に冬弥は普段より感情が分かりやすかった。
「冬弥のところは綿飴屋だったか?」
「はい。くまさんがうまく作れるようになったんです」
「そうか!!冬弥は器用だからなぁ」
優しく笑う冬弥は、何だか綿飴よりふわふわしていて、司も嬉しくなる。
きっと、この瞬間がとても楽しいのだろうと。
学校生活を楽しめなかった冬弥だからこそ、沢山楽しんでほしいと、純粋にそう思った。
「そうでしょうか…」
「もちろんだとも!そういうのも才能だぞ?」
「…!ありがとうございます」
「劇が始まるまで時間があるから、後で買いに行くな」
「はい、お待ちしています」
頷いた冬弥を引き寄せ、周りにバレないようにキスをする。
少し驚いた表情をした冬弥がほんのり頬を赤く染めた。
「…青柳ー!ちょっとー!」
「っ!あ、ああ!…では、司先輩。また後程」
「ああ、またな!」
クラスメイトから呼ばれた冬弥が慌てたようにパタパタと去っていく。
それを手を振って見送っていた司は小さく息を吐いた。
楽しみにしてます、と言ってくれた冬弥の為にも頑張らなくては、と。
(…それにしても)
独りごち、司は思わず笑ってしまった。
あんなことをしてしまうくらいには、司も文化祭に浮き立っているらしい!!


(文化祭マジックは本当にあるのかもしれないね?)



「…司、これ青柳くんから…」
「こっ、これは…!フォレスタンベアー1世ではないか!!とてつもない愛を感じるぞ、冬弥!!」