世界で一番お姫様なあの子へ

『~♩』
音楽プレイヤーから初音ミクの声が響く。
大分初期の楽曲だが、やはり良いな、と思った。
…まあ自分の趣味ではないのだけれど。
「…日野森さん!」
明るい声にイヤホンを外して振り向けば、遥がいた。
「桐谷さん、おはよう」
「おはよう。…バンドの曲?」
それ、とイヤホンを指差す彼女に志歩は小さく笑って首を振り、「一歌が初期のミクの曲も良いってしみじみ言うから」と答える。
「ああ。確かに良い曲が多いよね。ストレートというか…」
「ね。……桐谷さん、そういえば髪型いつもと違うね」
「えっ、ああ、ちょっとだけ梳いてみたの。最近重くなってたから…」
「いいんじゃない。前のも良いけど今のも良いと思う。桐谷さんらしくて」
「ふふ、ありがとう」
「あと…靴が新しくなった」
「!よく分かったね。…前のはランニングで履きつぶしちゃったから…」
「ちょっとデザイン違うよね。桐谷さんぽいんじゃない?色味とか、爽やかで良いと思う」
「ありがとう、日野森さん」
にこっと笑った遥は、耐えきれなくなったのかくすくすと笑った。
流石に恥ずかしくなり、何、と言えば彼女は可愛らしい笑みを浮かべる。
「ううん。…私のことよく見てくれてるなって思って」
「嘘、それだけじゃないでしょ」
「ふふ、バレちゃった」
楽しそうな彼女に小さく息を吐き、遥に先程まで聞いていたイヤホンを差し出した。
それに耳を近づけた遥は楽曲が聞こえたのか目を丸くさせる。
「…そういう事」
「ま、私らしくないよね」
「そんな事ないよ。…『無口で無愛想な王子様』?」
肩を竦める志歩に、遥が笑った。
「でも、日野森さんは無口でも無愛想でもない気がするけれど…」
「そう?口数はあんまり多くないし、お姉ちゃんみたいに愛想良しでもないよ」
「雫は愛想良しというか……でも、日野森さんと一緒にいるの、私は好きだな」
へにゃりと彼女が目尻を下げる。
そんな遥を見、志歩もやはり好きだな、と思った。
「ありがとう。…っと、桐谷さんこっち」
「え?きゃっ」
ぐい、と手を引く。
後ろから来た自転車がチリンとベルの音だけを残していった。
「大丈夫?」
「うん、平気。ありがとう、日野森さん」
「別に。桐谷さんが大丈夫なら良かった」
ホッとして笑いかけ…そういえば歌詞通りだったと今更ながら気付く。
「…。…引かれる、危ないよ、とは言ってくれないのね?」
「…言わないよ、別に王子様じゃないし」
首を傾げる遥に言えば、彼女は楽しそうに笑った。
まったく、と志歩は息を吐く。
王子様、なんてガラではないが…隣で笑う楽しそうな遥は、確かにセカイで一番お姫様だな、と、そう思った。


彼女の笑顔のためなら、傅いて手も取ろう。


…きっとあの子は望まないけれど!


(笑顔の遥が望むのは対等に歩む人や時間なのだから)



「まあ、確かに日野森さんが白馬に乗ってきたらびっくりしそうだし…」
「…やめてよ……それで喜ぶのはごく一部だからね…やるのも迎えるのも」

第7回しほはるワンドロワンライ/エイプリルフール前夜・白い嘘

そういえばもうすぐエイプリルフールだ。
「…桐谷さんは、エイプリルフール何かするの?」
「え?」
久しぶりに一緒に帰ろうと遥と二人で下駄箱に向かっていた志歩は、ふと周りから「エイプリルフール、明日じゃん!」という声に、擡げた疑問をぶつけてみる。
聞かれた遥は律儀にうーん、と少し上を向いた。
「個人的には何もしないかな…。配信は何かするかもしれないけど。…どうして?」
「ううん、気になっただけ。…桐谷さん、嘘とか吐かなそうだし」 
肩を竦める志歩に遥は驚いたように目を見張り、くすくすと笑う。
それから、そんなことないよ、と言った。
「小さな嘘はそれなりに吐くよ?私は聖人君子でもないし…」
「そんなこと言って良い訳?」
肩を揺らして志歩は聞く。
仮にもアイドルなのに、と言えば、「アイドルだからだよ」と彼女は笑った。
「皆の夢を守る嘘は必要だと思うし」
「まあ、それはそうかもね」
遥のそれに志歩もあっさりと頷く。
彼女たちの嘘は必要なものだ。
人を傷付けない小さな嘘。
白い嘘、というのだっけ、と志歩は思う。
「でも桐谷さんのそれはアイドルである為に必要なことでしょ。そうじゃなくて…何ていうのかな、エイプリルフールの時に吐く嘘、というか…」
「ふふ、何となく分かるよ。…うーん、確かに、そういう嘘は吐かないかもね」
言葉を選び倦ねていた志歩に小さく笑った遥がそう言った。
「でも、日野森さんもあまりそういう嘘は吐かないでしょう?」
「まあね。必要性を感じないし…嘘より正直に伝える方が大事だと思うからね」
こてりと首を傾げた遥に笑い、志歩はそんな訳で、と彼女の手を握る。
きょとんとする遥に志歩は笑いかけた。
「?日野森さん?」
「好きだよ、桐谷さん」
エイプリルフール前夜、志歩は正直な言葉を遥に伝える。



自分の気持ちは、きちんと伝えなければ。



(嘘を吐くなんて有り得ない、その気持ちを)


「…うん、私も好きだよ、日野森さん」
「…エイプリルフール向いてないかもね、私達」
「ふふ、確かにそうかも」

司冬ワンライ・お花見/手作り弁当

ここ数日、暖かい日が続いていた。
桜の花もぽつぽつと色づき始め、春なのだなぁと司は高い空を見上げる。
「少し早いが花見も良いかもしれんなぁ」
「…お花見、ですか?」
隣りに居た冬弥が首を傾げた。
考えが口に出ていたらしい。
「ああ。ここ数日、暖かかったからな。桜も咲いてきたし、新学期になれば忙しくなるだろう?」
「…そうですね。ゆっくりと、外で食べるのも良いかも知れません」
「そうだろう?!そうと決まればやはり、弁当をどうするか…」
ふむ、と悩み始める司に冬弥は小さく肩を揺らしていたが、あの、と声をかけてきた。
「?どうした」
「…お弁当、俺が作ってはいけないでしょうか?」
「何っ?!冬弥が?!!」
冬弥の申し出に司は目を丸くする。 
彼はあまり料理をしたことが無い。
確かにこないだのカップケーキは美味しかったが…。
きっと、花見をするなら、と冬弥なりに考えてくれたのだろう。
とても有り難いし嬉しいと思う。
だからこそ。
「そうだな…。ならば、一緒に作らないか?」
「え?」
司のそれに今度は冬弥がきょとんとする。
そんな彼に司は特別な笑みを向けた。
「オレも、冬弥と共に食べる弁当を作りたいんだ!」



「おお、よく来たな!」
「…お邪魔します」
出迎えた司に冬弥がぺこりとお辞儀をする。
具材を持ってきてくれた冬弥に礼を言い、キッチンへと向かった。
二人が作ろうとしているのはサンドイッチだ。
これならばすぐ出来るし簡単だからである。
作るのも、楽しそうだし。
「うちは卵にマヨネーズとマスタードをいれるんだ。これだけで風味がだいぶ変わるぞ」
「そうなんですね…!」
卵を茹でながら他の具材を用意する。
包丁の使い方も以前に教えてもらったんだと冬弥は嬉しそうに笑った。
彼が楽しそうで良かったと、司は思う。
「冬弥、少し味見をしてみるか?」
「!…では、少し」
口を開ける冬弥に、司は小さく笑いながら潰した卵を入れてやった。
表情を綻ばせる冬弥に司も思わず笑顔になる。
キッチンに、少し開けた窓から春風が吹き込んできた。


ほら、もうすぐ春が来る。


「ただいま、お兄ちゃん、とーやくん!お花見するんでしょ?飲み物買ってきたよー!」
「おかえりなさい、咲希さん。ありがとうございます」
「ナイスだ、咲希!ありがとうな!!!」

司冬ワンライ・涙/笑って

涙を見せないやつだと思った。

笑顔を見せないやつだとも思った。



「…うぅむ…」
「?どうしたの、お兄ちゃん!また役で悩んでるの?」
悩みながら声を出した司に、妹の咲希が心配そうに聞いてくる。
そういえばリオをやるにあたって随分と心配させてしまったのだったか。
「いや、リオ役ではもう悩んではいないぞ!ありがとうな、咲希」
「なら良かったけど…どうかしたの?」
「ああ。…昔のアルバムを見ていてな、冬弥は本当に笑わないし泣かないやつだったな、と」
首を傾げる咲希に、司は見ていたそれを広げる。
覗き込んできた彼女は、確かに!と少し上を向いた。
「アタシはあんまりとーやくんと遊べなかったけど、昔は表情があんまりなかったよね」
「そうだなぁ。…だが、いつも怯えたような不安そうな、そんな感じだったな」
咲希と同じように司も上を向く。
昔の冬弥は、いつも怯えた目をしていたのだ

自信がなさ気で、けれど泣けないのか涙を見せることはなくて。
本当は笑っていて欲しいけれど、感情を素直に出すなら涙を見せても構わないと思ったものだ。
涙なら、隣で拭いてやることも出来るのだし。
「あ、でも、お兄ちゃんのショーを見るときは笑ってたんだよ、とーやくん!」
「…!そうか」
「うん!ほら、うさちゃんとペガサスと、他にもたっくさんのお人形を連れたわくわく百鬼夜行と星の魔王を倒しに行くショー!あれ、アタシもすっごく好きだけど、とーやくんも好きみたいでね、本を読むよりワクワクするって言ってたの!」
咲希がにこにこと教えてくれる。
バッドエンドは昔から好きではなかったから自然とハッピーエンドばかりやって来たが…それでよかったらしかった。
やはり、好きな人には笑っていて欲しい。
涙より笑顔を見せてほしい。
そのために、役者が涙を我慢したとて。
「…よし」
「?お兄ちゃん?」
「冬弥に会いに行ってくる!」
突然立ち上がる司に、咲希も笑顔を浮かべた。
「!うん、行ってらっしゃい!」


お前の笑顔を思い浮かべたら、急に会いたくなったんだ。

なんて。


(嗚呼、彼は今日も笑っているだろうか!)


「もしもし、冬弥?突然すまない!もし良ければ…」

第7回しほはるワンドロワンライ/桃の節句・メンバーカラー

春、パステルカラーが街に踊る、そんな季節。

可愛らしい歌が聞こえ、今年もこの時期がやってきたんだなぁと笑みを浮かべた…そんな日の朝。


「…おはよう、日野森さん!」
「…。…おはよう、桐谷さん」
柔らかな風が吹く道を歩いていた志歩は背後から声をかけられ、振り返って目を細めた。
そこにいたのは随分とご機嫌な遥だ。
「何だか楽しそうだね」
くすりと笑って聞けば、彼女はきょとりと目を瞬かせてから「そんなにバレバレだったかな」と照れるように言った。
「まあ、分かるよ。それで、何があったの?」
「特に特別な事じゃないんだけど…。…昨日ね、ひな祭り配信をしたんだ」
「ひな祭り配信?」
遥の言葉に今度は志歩がきょとりとする。
アイドルグループである彼女たちのプラットフォームは所謂動画サイトだ。
色んな配信をしているのもあり、今回のそれも企画の1種なのだろう。
「そうなの!自分たちで雛飾りを作ったり、ひな祭りにまつわる話をしたり、ひな祭りケーキを作ったりしたんだよ」
「へぇ、楽しそうだね。……って、ひな祭りにまつわる話って…お姉ちゃん、私の話をしたんじゃ…」
ふと、ある事に気付いて志歩は少し嫌そうな顔をした。
遥が曖昧な笑みを浮かべているところからしてそれは当たっているのだろう。
「あはは…。…そうだ、ファンの子がね、私達のカラーリングが春夏秋冬みたいだねって言ってくれたんだ。愛莉が桃色で、私が水色、みのりがオレンジで雫がミント色だから」
ぽん、と手を叩いた遥が話題を変えてきた。
それにへえ、と乗ることにする。
…あまり不毛な話を続けても仕方がないし。
「そう言われてみればそうだね。…ならうちは秋冬寄りって感じなのかな」
少し考えてそう肩をすくめてみせる。
一歌がマリンブルー、咲希が黄色、穂波が赤、そして、志歩は黄緑だ。
「…うーん、天馬さんは春の色してるんじゃないかな。お日様みたいな感じがする。日野森さんの黄緑は夏の爽やかな色だと思うんだけど…」
「ああ、確かにね。…なら、私と桐谷さんはおそろいだ」
小さく笑い、志歩は言う。
きょとりと目を瞬かせた遥が嬉しそうに破顔した。
「うん、そうだね。…日野森さんとおそろい、嬉しいな」
ふわふわと遥が笑う。
春の風を纏わせて。
「…私も桐谷さんとおそろいなの、嬉しいよ」



柔らかな風が吹く道を二人。

春の弥生のそんな日に。



(桃の香りが鼻をくすぐった


あなたと一緒ならいつだって幸せ)



「あ、愛莉と天馬さんだ」
「本当だ。…たしかにあの二人、春の色してるかもね」

司冬ワンライ・特別な想いを/変わらない場所

「…よしっ、こんなものだろう!」
掃除機をかけ終わった司は汗を拭う。
今日は冬弥を招いてホームパーティをする日だ。
朝から念入りに掃除をしていたが…そろそろ飾り付けや料理の支度をしなければ間に合わないだろう。
「…そういえば」
ふとあることに気付いて司は目を細めた。
昔、冬弥が家に遊びに来る日は同じように掃除をしていたこと。
何処か怯えたような顔をしていた冬弥が笑顔になってくれた時、すごく嬉しかったこと。
その為にどうするべきか遅くまで考え親に怒られたこと。
…きっとあの時から冬弥が好きだったこと。
どうすれば冬弥が笑顔を見せてくれるか、そればかりを考え、本当に笑ってくれた時はとても嬉しかった。
その時に感じた胸の高鳴りは、ショーをしていても得られなかったものだ。
これはきっと特別な想いで…彼にしか抱かないもの、なのだろう。
冬弥は司の家を変わらないと言ってくれるが、それは司も同じだった。
この場所で、彼が笑みを見せてくれる。
いくつになったとしても高鳴る気持ちは変わらない。
小さな司が必死になって家を掃除した…あの日と同じ。
冬弥にとっても、安心できる場所であれば、と司は思うのだ。
夢を追い続ける場所とはまた違う、ホッと出来る場所であれば良いと。
「お兄ちゃーん!ランチョンマットどこだっけー?」
台所から咲希が呼ぶ。 
今行くぞ!と返し、司はコンセントを抜いた掃除機を持ち上げた。
今はただ、愛しい人を迎え入れる準備を、急がなければ。


「えっと、アタシがこっちでお兄ちゃんととーやくんが反対側、っと」
「そういえば、なぜこの配置なんだ?」
「??…だって、昔から二人とも隣にいるとすっごく幸せそうなんだもん!」

ミクの日

どうも今晩は、鏡音レンで……。

「レンくぅうん!!!聞いてよ、酷いんだよ、マスターが!!!!」

…どうやらおれは今日も巻き込ミクルカされるようです。


「…。…で?どうしたのさ、ミク姉ぇ」
「明日はミクの日じゃない?」
「…ああ、ミクの日だな」
ミク姉ぇが真剣に言う。
他の人からすれば何を言ってるのかと思うが、この姉に至ってはそんなこともなく。
3月9日、語呂合わせでミクの日。
誕生日と並んで、世界中がこの電子の歌姫を祝う日になっている。
「ミクの日ならミクをお祝いして然るべきじゃない?」
「腹立つけど、まあ一般的にはそうだな」
「マスターが、24時間ミク番組をやるとか言い出した」
「…おう……」
真剣なそれに、おれは言葉を失った。
相変わらず突拍子ねぇな……。
まあ、それを許されるってのがミク姉ぇの存在、なんだろうけど。
「24時間っておかしくない?!」
「別に、色んな『初音ミク』がいるんだから、出るのはミク姉ぇだけじゃないんだろ?」
「そうなんだけどぉお…!」
うがぁあ!とミク姉ぇが頭を抱える。
…多分世界中を探してもこんな初音ミクはうちだけだろうな…。
「ミクの日なんだからミクのお願い叶えてくれても良くない?!」 
「割と叶えられてんじゃん」
「何を見てそう思ったの?!レンくんは!」
ミク姉ぇがおれを睨んできた。
わぁい、ミク姉ぇ怖ーい!
それなりに恵まれてんのに何言ってんだか、って感じなんだけどな、おれからしたら。
「兄さんがお弁当作ってたけど、あれ、ミク姉ぇのだろ?」
「え?お兄ちゃんのお弁当?!」
おれの言葉にミク姉ぇがころっと態度を変えた。
ったく、現金なんだからさ?
「楽しみだなぁ!お兄ちゃん、最近お菓子以外もプロってきたし」
「なー。兄さんはどこに向かってんだか」
「歌って踊って料理が出来るボーカロイドかぁ…って、お兄ちゃんの話は良くてね?!」
ニコニコしていたミク姉ぇがバンっと机を叩く。
あ、気付いた。
「レンくんが好きなゲームに出てくる子も言ってたでしょ?好きな人には笑っていてほしいって」
「好きな人とは言ってねぇけど…っ?!」
「私は!!!ファンのみんなだけじゃなくてルカちゃんにも笑っていてほしいの!!!」
勢い良くミク姉ぇが言う。
「ミクの日に一緒にいれないって知った時、ルカちゃんが一瞬寂しそうな顔したんだよ?!そんなのってないじゃん!」
「…いや…」
「ルカちゃんはそんなこと言わないけどさぁ…!出来るだけ一緒にいたいでしょ?!好きなんだもん!いつ、どんな時でも一緒にいたいの!」
真剣なミク姉ぇのそれはもはやプロポーズだ。
それ、そのまま本人に言えば良いのにな?
「じゃあ一緒にいれば良いじゃん」
「だからぁ…!」
「ミクの日だからって、ルカ姉ぇが一緒にいちゃいけないとか、言われてなくね?」
おれの言葉にミク姉ぇがその手があったか!といった顔をする。
「…そっか、そうだよね」
うん、とミク姉ぇが頷いた。
ありがとう!と笑ったミク姉ぇがバタバタと部屋を出る。
その様子は恋に一途な16歳、って感じだ。
ったく、騒がしいんだからさ?


本日ミクの日。


世界的な電子の歌姫、初音ミクは。



(どうやら巡音ルカに恋してる!)



「…レンでしょ?ミクにルカと一緒に番組行けばって言ったの。俺に二人分のお弁当頼みに来たよ」
「兄さん。……さて、何のことやら」

司冬ワンライ・寝言/うとうと

春の日差し差し込む、穏やかな放課後。
柔らかな蜜柑色に照らされた、図書室のカウンターの片隅に。
ごちゃごちゃ野暮だろう。
簡潔に言えば、そう。
天使が寝ていた。



ショーに関する資料が見たくて図書室に行った。
その日の当番だったらしい冬弥が嬉しそうに場所を案内してくれ、「カウンターにいるので、終わったら声をかけてください」と言われてから数十分。
随分と真剣に読み耽ってしまった、と一番重い本を抱えて、カウンターへと向かった。
うっかり待たせてしまったと司は声をかけようとし…固まる。
そこには柔らかに見つめる灰の瞳を無くし規則正しく息を吐く…つまりはうたた寝をしている冬弥が、いた。
そんな彼の姿は珍しく、司はカウンターに肘を付いて彼を見る。
伏せられた眉、うつらうつらと舟を漕ぐ首。
クラシックをやっていた頃は眠れない日もあったようだが…これは最近読んでいるミステリー小説が面白くてついつい夜ふかしをすると言っていたせいだろう。
まあ確かにうとうとするには心地の良い時間だものなぁとぼんやり思った。
冬弥の珍しい姿が見られ、何だか得した気分だと司が笑みを浮かべた、その時。
「…さ、せんぱ……」
「む?」
「…司、せんぱ……」
小さな寝言が、冬弥の口から漏れた。
己の名を呼ぶ、ということは夢でも共にいるのだろう。
それはきっと冬弥にとって幸せなこと。
「オレはここにいるぞ、冬弥」
小さな声で告げ、司は彼を起こさないよう、さらりと春風に揺れる彼の髪に口付けた。


願わくば、この春に溢れた彼の夢が、幸せなものでありますように。



「…司先輩……空も飛べるんですね……」 
「…ちょっと待て、冬弥。どんな夢を見ているんだ?!」

第6回しほはるワンドロワンライ/猫・冬の終わり

先週に比べて随分と暖かくなった。
もう冬は終わるのだな、と志歩は小さく微笑む。
「…あっ、日野森さん…!」
「…って、桐谷さん?」
聞き覚えのある声にそちらを向けば、公園のベンチに困った表情の遥が座っていた。
慌てて駆け寄り彼女を見れば、その膝には茶色の猫が丸くなっている。
「…どうしたの、その子」
「ランニングの休憩中に会ったんだけど…。いつの間にかこうなってて」
志歩の短い問いに、眉を下げ遥はそう答えた。
「まあ…今日暖かいもんね……」
「そうなんだけど…。…どうしよう」
あー…と遠い目をすれば遥がこちらに助けを求めてくる。
好きな人からそう言われ、どうしようかと焦らすほど、志歩はまだ大人ではなかった。
困っているなら助けたいというのは当たり前ではないだろうか。
「…私がもらうよ。おいで」
寝ている猫に手を伸ばせば、少し嫌そうな顔をし、また丸くなる。
「あっ、こら」
「…あっ……。ふふ、気持ちいいのかな」
「言ってる場合じゃないでしょ。…君も。桐谷さんに迷惑かけちゃだめだよ」
肩を揺らす遥に呆れつつ、猫を抱き上げた。
うにゃあ、と鳴いた猫は志歩の腕の中から逃げる。
「…逃げちゃった」
「起こされたのが嫌だったのかな」
「かもね。…まあ猫って気まぐれだし」
「そうだね。…日野森さん、助けてくれてありがとう」
「別に大したことしてないよ」
にこりと微笑む遥に、肩を竦めた。
実際志歩は何もしていない…猫は逃げたわけだし。
「…」
「?どうかした?桐谷さん」
じぃっと見つめる遥に首を傾げれば彼女は曖昧に微笑んだ。
「ううん、別に大したことじゃ……」
「それなのに理由を言ってくれないんだ?…気になるんだけど」
「ええ…」
顔を近付ければ遥は困ったようにくすくすと笑う。
「本当に大したことないんだよ?」
「大したことないなら理由言えるでしょ」
志歩の言葉にふわふわと彼女は髪を揺らした。
春の香りを混ぜた風が吹く。
「うーんと…日野森さんは猫より犬かなぁって」
「…へ?」
「ね、大したことないでしょう?」
きょとんとする志歩に遥は今日の陽射しと同じ様な笑みを浮かべた。

冬の終わり、もうすぐ春が来る。

司冬ワンライ・セカイに響け!

今日はとても大きな会場でショーがあった。
非常に盛り上がり、舞台上から見える観客たちの顔はきらきらとしていて、こういうのが役者冥利に尽きる、というのだろうな、と思う。
皆がわくわくしていて一心に手を振ってくれる、この胸に湧き上がる想いを幸福と言わずなんと呼べば良いのか。
「…司先輩!」
「…おお、冬弥ではないか!」
ふと愛しい恋人の声が聞こえ、司は思い切り手を振った。
そういえば彼も同じ会場でライブをしているのだと言っていたっけ。
リハーサルだけ少し覗いたが本当に、ゾクゾクするくらい凄かった。
勿論、ショーとはまた違った種類の感動なのだが。
「お疲れ!今終わったのか?」
「はい。司先輩もお疲れ様です。最後の少しだけ見ることが出来て…。やはり司先輩のショーは素晴らしいと再認識しました」
「そうか!それは何よりだ。…オレも、冬弥たちのライブを少しだけ見ることが出来た。歌も勿論良かったが…冬弥もあんなに良い表情で歌えるようになったのだなぁ」
笑い、頭を撫でると嬉しそうな表情の冬弥が、「ありがとうございます」と言う。
「是非また、ゆっくり聴きに来て下さい。…最高のパフォーマンスで先輩をお出迎えします」
「それは楽しみだ。期待しているぞ?」
「…!はい」
キラキラした表情の冬弥が頷いた。
歌に、希望に満ちたその顔で。
彼のそれを見ていると何だか歌いたくてうずうずしてしまう。
本番は大成功で、でもまだ物足りなくて。
二人でこのセカイに歌を響かせる事が出来たら、幸せだろうなと、そう思った。
「なあ、冬弥。少し歌わないか?」
「え?」
「小さい頃はよく一緒に歌っただろう」
司の誘いに、良いですね、と彼は笑う。
俺も歌い足りませんでした、と、そう言って。



二人きりのセカイに歌が響く


観客は互いだけで、それでもとても幸せで


ずっとずっとこうしていたいと、その想いを音に乗せた

(貴方に、セカイに響け、恋の歌!)