イースター取り止め計画
「…なぁ、忍霧」
「?どうした、鬼ヶ崎」
そろそろカイコクが自分のベッドにいても違和感がなくなってきたある日のことだった。
何やら真剣な声音の彼女にザクロも首を傾げながら読んでいた本をぱたんと閉じる。
先程まで寝転んでいたカイコクがベッドの上で正座をしながら思い詰めたようにこちらを見つめていた。
彼女がそんな顔をするなんて珍しい。
「…あの、提案が…あんだけども」
「…何があった」
「…。…笑うなよ?」
「笑ったりはしない。…なんだ」
念を押してきたカイコクに頷けば彼女はすうと息を吸った。
「…イースターを、取りやめねぇか」
「……は?」
笑わないと言ったが思った以上に突飛もない話に、ザクロはぽかんとする。
何だってそんな急に。
「イースター…確か外国の、春を祝う行事だろう。うさぎがイースターエッグを隠す、とかいうあの」
「そうでぇ。…お前さんも何だかんだ託つけてやっていたよな?」
「…それは否めないが」
カイコクの探るようなそれに思わず素直に頷く。
確かに、ザクロもイースターに託つけて彼女にうさ耳を着けたりなんだりかんだりしていたが。
「…で、それを今年は廃止する、と」
「ああ」
「何故だ?」
こくりと頷くカイコクに素朴な疑問をぶつける。
別に行事は嫌いではなかったはずだが。
少し言い淀んだ彼女は枕を盾に何やらゴニョゴニョと言い訳した。
「…鬼ヶ崎、もっとはっきり…」
「…だからっ!いい加減、恥ずかしいだろぅ…」
「……はぁ??」
耳まで紅く染めて言い訳する彼女にザクロは呆けた顔をしてしまう。
まさか、カイコクから恥ずかしいが出るなんて。
笑わないと言った手前ニヤけることしか出来ず、ザクロはマスクを着けていて良かったと心底思った。
「…お前さん、笑ってんだろ…っ!」
「笑っていない、笑っていない…っ」
だがカイコクにはバレていたらしく、詰め寄ってくる。
思わず顔を背けた。
「わかった。イースターは俺達の間では廃止だ」
「!本当かい?!」
「ああ。…別にイースターをしなくても春は訪れるからな」
ぱあ、と表情を明るくするカイコクに頷いてやる。
そう、春は来るのだ。
別にイースターには関係なく。
季節は巡る。
一緒にいれば何度だって。
イースター以外にもうさぎに関係する日にうさぎになってもらえば良いし、というザクロの邪な思いをカイコクはまだ、知らない。
「…鬼ヶ崎はうさぎより猫の方が似ているからな」
「んー?なんか言ったか?」
「いや、何も」
司冬ワンライ/祝春ウサギ・幸福を君に
今日はイースターだ。
フェニックスワンダーランドでも今日限りのイベントが行われている。
そのため数日前から準備、当日はそれに掛かりきりで、休憩する暇もなかった。
「…何とか無事、今年も終えることが出来たな」
ふぅ、と息を吐き司は空を見る。
入念な準備のお陰でイベントは大成功、来てくれたお客は皆良い笑顔をしていた。
それを思い出して司は小さく笑う。
「…司先輩」
「おお、冬弥!すまない、待たせてしまったな」
待ち合わせをしていた冬弥に大きく手を振れば、小さく微笑んだ彼は首を傾げた。
「先輩、まだ着替えていないんですか?」
「む、準備万端で来たぞ!何かおかしい所があったか?」
「…いえ、おかしい所と言いますか…頭にうさ耳が」
「うさ耳?…あ」
言葉を濁す彼に己の頭上に手をやればまだうさ耳が揺れていて。
そう言えば外すのを忘れていたかもしれない。
今日のイベントはキャスト扮するうさぎにイースターエッグを渡すことでグッズ付きお菓子と交換出来る、というものだったのだ。
ショーキャストである司達も例外ではなく、また、ただ交換するのも面白くないので逃げ回っていたのだ。
そのせいで疲れ過ぎてそちらに気が回っていなかったのだろう。
外そうとして、ふとまだ回収出来ていなかったイースターエッグが目に入る。
明日には従業員によって回収されてしまうそれ。
「なぁ、冬弥!知っているか?イースターエッグを見つければ幸せになれるんだぞ」
「?そうですね」
「しかもだ!今年はこのオレ!春を告げる幸せのうさぎが隠したイースターエッグだぞ!見つけてみたいとは思わないか?」
「…それは素敵ですが…イベントは終わっていますし…俺は、こうして司先輩といられることが幸せですから」
「…冬弥……」
柔らかく微笑んだ冬弥に、思わずぽかんとしてしまった。
まさか冬弥からそんな幸せなことを言われてしまうなんて。
「オレも冬弥といられて幸せだ。だが、もっと幸せになってほしいと願うのは悪いことではないだろう?」
見つけたイースターエッグを手に取り、す、と跪いた。
イースターエッグを差し出され一瞬びっくりしたような顔をした冬弥がふわりと微笑む。
「…うさぎさんから直接イースターエッグを受け取った俺はすごく幸せ者ですね」
柔らかく微笑んだ冬弥に、司も幸せになる。
今日はイースター。
春を祝ううさぎが、大切な人に幸福を届ける日。
(うさぎさんは、そんな彼から幸せをたくさんもらっているのです!)
「…あ、えむ。司いた?」
「うん!うさぎさんの仕事をしてたから、そのままにしてきちゃった!!」
「…ああ、なるほど。…いやぁ、春だねぇ」
貴女がくれたファンサービスに
「…はぁ」
遥は小さく溜息を吐く。
それは少し前から悩んでいることについてだった。
こんなにも悩むのは久しぶりである。
だって、それは。
「…あれ?遥じゃん!久しぶり!」
「…杏?」
明るい声に顔を上げると幼なじみである杏がいた。
にこにことする杏は幼い頃から変わっていなくて、自然と笑顔になる。
「どうしたの?なんか悩んでる?」
ひょいと覗き込む杏にズバリを当てられて目を見開いた。
やはり幼馴染には隠せないらしい。
仕方がないので素直に打ち明けることにした。
…聞いてもらうことで別の視点からの気付きもあるかもしれないし。
「うん、ちょっと聞いてくれる?」
「もっちろん!じゃあ何処か座って話そ。あそこの店とかどう?」
杏に手を引っ張られ、連れて来られたのは有名なファーストフード店だった。
「いらっしゃいま…あれ?桐谷さん?白石さんも」
「…星乃さん?」
「わっ、一歌ちゃん!制服可愛いねー!」
カウンターにいたのは一歌である。
そういえば彼女はファーストフード店でバイトをしていると言っていたっけ。
「ありがとう。…ご注文は?」
「あ、えっとねー」
小さく笑った一歌に注文を伝え、席を選んで座る。
「それで?どうかしたの?」
「うん。…みのりの誕生日があるんだけど、プレゼントを何にしようか悩んでて」
首を傾げる杏にそう打ち明ければ、きょとんとした彼女は、何だそんな事、と笑った。
「…そんな事って」
「ふふ、ごめんごめん。んー、何もらっても喜びそうだけどなぁ」
ムス、とすれば軽く笑った後、ほんの少し上を向く。
「…そうなの。だから困ってるんだけど…」
ふう、と息を吐き、そう言った。
きっとみのりは何をあげたって喜んでくれるだろう。
でもそれでは駄目なのだ。
みのりは、特別だから。
一番喜んで貰えるものを渡したい、そう思う。
「まあ気持ちは分かるけどさぁ」
「…杏はこはねに何をあげたの?」
「私?私は、こはねからオリジナルカスタマイズの飲み物を考えてもらって凄く嬉しかったから、同じようにこはねイメージのオリジナルの飲み物を考えて出したんだ」
「へぇ。杏らしいね」
「でしょー??」
えへへ、と笑う杏に愛されてるんだなぁと遥も微笑んだ。
「おまたせしました」
一歌が注文したそれを持ってやってくる。
その姿はもう制服姿ではなかった。
「あれ?もう終わったの?」
「うん、ちょっと早いんだけど、お友だち来てるなら上がって良いって」
ふわ、と微笑み、「お邪魔して良いかな?」と言う。
「もちろん!」
「ありがとう。…何の話してたの?」
席に着いた一歌が首を傾げた。
その内容を説明すれば、杏と同じように笑う。
「…星乃さんまで…」
「ごっ、ごめん!みのりなら何でも喜んでくれそうだなって思って…」
「だよねぇ!!」
謝る一歌に、杏がけらけらと笑った。
「…星乃さんは、日野森さんに何をあげた?」
「私?…えっと、志歩からオリジナルのピックをもらって、すごく特別感があったから、私もそうしたよ。持ちやすさとか、模様とか、拘れたから」
「へぇー!良いじゃん!やっぱり、自分がもらって嬉しかったものは相手にも渡したくなるよね!」
杏の言葉に、そうか、と思う。
みのりから、もらって嬉しかったもの。
それは…。
『今日はありがとう!みんな、まったねー!』
4人笑顔で手を振り、配信を終える。
今日はみのりのバースデー配信だった。
「…みのり」
「遥ちゃん!お疲れ様!今日は本当にありがとう!」
「うん。…あのね、みのりに渡したいものがあるの」
「え?皆からプレゼントはもうもらったよ?」
きょとんとするみのりに、遥は「あれは3人で、だよ」と笑う。
「これは私個人から。…受け取ってくれる?」
「えぇっ?!もっ、もちろんだよー!凄く嬉しい!!ありがとう、遥ちゃん!」
満天の笑顔で差し出したそれを受け取ったみのりは中をそっと見て固まってしまった。
「…あ、あの、遥ちゃん、これ…」
「…みのり、私の誕生日にファンサをくれたでしょう?だから、私も返したいな、と思って」
あわあわするみのりの手を両手でぎゅっと握る。
遥が贈ったのは、握手券付きのオリジナルCD。
「みのりのために歌った曲ばかりなんだ。後で聴いてね?」
「もちろん、絶対に聴くよ!それから家宝にする!」
「あはは、ありがとう。…あのね、みのり」
「はっはい!」
「一人で歌うと凄く寂しかったし、物足りなかったんだ。だから…これからも、一緒に歌ってくれる?」
にこ、と微笑む。
みのりに、大切な人に向けて。
一生傍にいるね!なんて、返されてしまうまで、あと数秒。
今日はみのりの誕生日!
「相変わらずプロポーズしてるわね、二人は…」
「あら、仲が良いって素敵じゃないー」
司冬ワンライ/デュエット・舞台(ステージ)
よく分からない夢をみた。
「…うーん、さっぱり分からん」
朝起きてから家を出るまで考えていたがついぞ答えが出ず、司は考えることをやめる。
夢とはそういうものだと言われてしまえばそれまでだ。
「何故、ストリート音楽だったんだろうなぁ」
疑問は言葉となって口から出る。
夢の中で司は可愛い幼馴染兼後輩であり恋人の冬弥とその相棒でもある彰人、それから同じショーキャストの類と共にストリート音楽でユニットを組んでいたのだ。
彰人や冬弥とは文化祭で共に歌ったこともあるしストリート音楽での実力があるのも知っている。
類は歌も上手いし、ユニットを組むのも分からないわけではなかった。
司が分からなかったのは自分が触れた事もないストリート音楽でユニットを組んでいたことである。
もちろん、冬弥の影響が色濃く出たのだろうけど。
「…司、先輩?」
「…ん、おお、おはよう冬弥!」
「…おはよう御座います。どうかされましたか?」
首を傾げる冬弥に、顔に出ていただろうかと、司は心配させないように笑う。
「いや、大したことではない!実はな、今日夢で冬弥とストリート音楽ユニットを組んでいたのだ!あと、彰人や類も一緒にな!」
「…!そうでしたか」
司のそれに、冬弥がホッとしたように微笑んだ。
「夢とはいえ、冬弥と共にステージに立つのは嬉しかったのだが…何故ストリート音楽だったのかが疑問でなぁ…」
「…。…俺が、ミュージカルのイメージがないからでしょうか」
「そうかもしれんが…いや、結婚式でショーキャストを務め上げたのだろう?なら、夢の中のオレはオレがやったことのない音楽に触れてみたかったのかもしれんな!」
「…司先輩」
「実際、ストリート音楽は冬弥が触れてくれるまで知らなかった。新たな世界に触れる事が出来たのは冬弥のお陰だな!」
司はそう言ってぴょいとコンクリートブロックの上に飛び乗る。
それから冬弥に向かって手を差し出した。
「これからも、共に色んな音楽に触れていってくれないか?」
「…!はい!」
冬弥が嬉しそうに微笑み、その手を取る。
「実は、俺も司先輩と同じ夢をみたんです」
「何ぃ?!そうなのか?!」
「はい。…夢の中とはいえ、司先輩と共に歌える自分は羨ましいと思いました。なので」
冬弥が美しい笑みを浮かべた。
桜の花びらがふわりと舞う。
「…現実の俺とも、歌ってくれますか?」
キラキラ光る微笑みは、いつか魅た夢と同じ。
「もちろんだ!さあ歌うぞ、冬弥!」
「…っ!」
歌声が響く。
司の声と冬弥の声が溶け合って、春の空に染み渡る。
(君がいれば、どんな場所だってステージに早変わり!)
司と冬弥の即席舞台は大勢の観客を呼び、流石に注意されてしまった(主に彰人に)のはまた別の話。
夢で逢えたら(しほはる、エイプリルフールネタ)
よく分からない夢をみた。
怒涛のような展開に、志歩は目覚めてからも暫く呆然としていて。
姉の声にようやっと体を起こす。
「おはよう、しぃちゃん!…あら?何だか疲れてない?大丈夫?」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
出会い頭、心配そうにする雫に志歩はそう返して食卓についた。
まさかよく分からない夢のせいで疲れたのだ、とも言い辛い。
美化委員があるから、と先に出た姉にひらひらと手を振り、志歩は夢の内容を思い出していた。
「…なんで私がアイドル…?」
朝食を食べ終わり、身支度を済ませ、家を出てからも志歩は疑問が止まらず、遂に首を傾げる。
雫に、クラスメイトのみのり、姉の友人である愛莉…と現役アイドルである彼女たちと最近よく話をするからだろうか、夢の中の志歩は何故だかアイドルをやっていた。
それも、雫はともかく、バンドメンバーの一歌や咲希、穂波、それからクラスメイトのこはねではなく、こはねの相棒である杏と、顔は覚えていないが銀髪の綺麗な人(一歌や穂波が話していた宵崎さん、かもしれないと思った)がメンバーだったのも不可解なことの一つだ。
まあ夢というのはそういうものなのかもしれないけれど。
「…あれ」
「……どうして…」
少し前を歩く、青い髪の少女に志歩は首を傾げる。
何か悩んでいそうな彼女に、志歩はとん、と肩を叩いた。
「どうかしたの、桐谷さん」
「…!日野森さん!おはよう」
驚いた顔の遥がややあって微笑む。
相変わらず綺麗に笑う人だな、と思いつつ志歩はおはようを返した。
「それで?何か悩み?」
「…あ…悩み、というか…大したことじゃないんだけど…」
「…。…まあ、いいけど。そんな顔してたら、一歌や咲希、みのりがすごく聞いてくるよ。後、お姉ちゃんも」
「…!そっか、そうだよね」
志歩の言葉に、遥は目を見開いた後、僅かに笑う。
それから、聞いてくれる?と首を傾げた。
別に問題もなかったから躊躇いもなく頷く。
「ありがとう。…えっと、今日みた夢の話なんだけどね、アイドルを辞めた後、ショーキャストをしてたんだ」
「…え…」
「鳳さんやこはねが一緒なのはわかるんだけど、何故かその夢に朝比奈先輩もいてね、イメージがなさ過ぎて凄く不思議になっちゃって…」
照れたように言う遥に、一緒だと思わず声が出てしまった。
「え?」
「あー…。…私も、アイドルになる夢をみたんだ。お姉ちゃんや、白石さん、後多分穂波の知り合いの人と一緒に」
「杏も?ふふ、イメージないなぁ」
驚いた遥がくすくすと笑う。
確かにストリート音楽をやっているらしい杏にアイドルのイメージはないかもしれないけれど。
「逆にこはねはショーのイメージ出来るかもね。ほら、臨海学校で劇してたし」
「あ、確かに。そのイメージだったのかな?だったら朝比奈先輩じゃなくて、天馬さんか望月さんになりそうだけど…」
「二人とも演奏担当だったからじゃない?」
「それもそっか。…聞いてくれてありがとう、日野森さん」
遥がふわりと微笑んだ。
大したことはしてないよ、と言う志歩にまた微笑んだ遥は、ほんの少し上を向く。
「でも、アイドルの日野森さんも見てみたかったな」
「…絶対に無理。咲希や鳳さんならともかく、私は向いてない。…お姉ちゃんを傍で見ててそう思うよ」
「…」
「アイドルは全身を使ってファンに希望を届けるでしょう。私は無理。演奏でしか表現できない」
「…それも凄いと思うけどな」
お世辞ではないそれに、志歩も素顔に礼を言った。
遥の言葉は適当に流せなくて何ともむず痒い。
「私は、ショーキャストの桐谷さんの方が気になるけどね」
「そう?…アイドルもショーキャストも根幹は似てるかもしれないけど、やっぱり違うもの」
「…そういうものなんだ?」
「そういうものだよ」
ふふ、と遥が嬉しそうに笑った。
楽しそうだな、と思いながらも志歩は、でも、と言葉を続ける。
「実際にやるやらないは置いといて、ショーキャストの衣装着る桐谷さんは見てみたいかも」
「え?」
きょとんとする遥に、ほら、と以前行った時に撮ったマリンルックのキャストを見せる。
「これとか、桐谷さんに似合いそう」
「あ、私も知ってる!可愛いよね」
「うん、桐谷さんってなんだか海とか水のイメージあるんだよね。だからこういう系統似合いそうだなって」
「そうかな。でもありがとう。今度の配信で似たような服探して着てみようかな?」
「いいんじゃない?」
そう頷いてから、やはり少し違うかも、と思った。
これを着る遥は見てみたいが、みんなに見せるのは違う気がして。
これは、何というか。
「…あ、やっぱり待って」
「え?」
「配信では着ないで欲しい…と、いうか、何というか…」
首を傾げる遥に志歩はゴニョゴニョとそう言う。
暫く首を傾げていた遥はにこ、と笑い「分かった」と言った。
「え」
「その代わり、日野森さんにもアイドルの衣装を着てほしいな。…ほら、これなんだけど、さっきの衣装と合わない?」
「…まあ、合うとは思うけど…」
「じゃあ決まり。今度の配信の時に持っていくね。配信終わったら声かけるから、その時…」
画面を見せられ(割とボーイッシュなそれだった)曖昧に頷けば遥は嬉しそうに計画を話し始める。
慌てて待ったをかけた。
「…?日野森さん、どうしたの?」
「いや、どうしたのって…その服、着るのは良いけどそれだけだよ?着てダンスしたりしないし、出かけるのもしない」
「うん、そのつもりだけど…」
きょとんとする遥に志歩は意外で。
てっきり何処かに出かけたりライブ映像にあわせて踊ったりしてほしいと言うのかと思っていた。
素直に言えば遥は楽しそうに笑う。
「日野森さんに踊ってもらうなら私もショーをやらなきゃ。それにお出かけは楽しそうだけど出来れば最初は着慣れた服が良いかな」
「…そっか、なら良かった」
ホッとして少し空を見上げた。
衣装によく似たマリンブルー。
「じゃあ、夢でみたショーキャストの桐谷さんに逢えるんだ」
「ふふ。私は、アイドルの日野森さんに、だね」
二人して顔を見合わせ、思わず笑い合った。
夢でみた、夢の彼女と現実の彼女が重なる
夢で逢う事はなかったけれど、きっと今みたいに楽しいだろう
今みたいに共通の友人を通して知り合って
好きなものが一緒だからこうやって話したりして
…ねぇ、夢で逢えたら何がしたい?
(夢で逢えたらいつかきっと)
「…桐谷さん、ごめん。衣装について聞いてたらうっかり鳳さんに話しちゃって…。サンプル残ってるから貸してあげるって本物を借りた…」
「日野森さん、私も…その、衣装について聞いてたら愛莉に話さざるを得なくて…。ツテから当時のものを借りちゃった…」
司冬ワンライ・ファッションショー/クローゼット
隣の部屋から己を呼ぶ声がする。
「お兄ちゃーん!」
「どうした、咲希ー!」
「お母さんがね、クローゼットの中片付けてってー!」
「…クローゼット?」
妹のそれに司は首を傾げた。
何か散らかしてしまっていただろうか。
疑問はあるが、言われるがままにクローゼットに向かう。
そこにはぺたんと座った咲希がいた。
「ほら、昔お兄ちゃんがとーやくんとここで遊んだって言ってたでしょ?その時に、そのままにしててーって言われてお母さんもそのままにしてたんだって」
「…母さん、本当にそのままにしていたのか」
笑いながらの言葉に、司はようやっと思い出す。
まさか本当にそのままにしていてくれていたなんて。
「ねぇねぇ!アタシ、クローゼットのある部屋で遊んだことしか知らないんだけど、どんなことをしたの?」
わくわくする咲希に、司はそうだなぁと上を向く。
あれはそう、桜が咲く季節のことだった。
「ファッションショー、ですか」
「ああ!!みらいのスターたるもの、きらびやかでなくても、かんきゃくをみりょうせねばならない!そうだろう?!」
自信たっぷりに司が言う。
首を傾げていた冬弥も小さく頷いた。
「…司、さんなら、できるとおもいます」
「はーっはっはっはっは!そうだろうとも!…たとえば…そうだな、この白のスカーフを…こうして…」
少し大きいスカーフを首に巻き、マントのようにする。
ブローチを付け、髪をサイドに分けておもちゃの剣を持てば、騎士の完成だ。
「どうだ?!かっこうよいだろう!」
「…!はい、かっこうよいです!ほんもののきしさんみたいですね」
「そうだろうとも!…さて、冬弥にはなにがにあうか…」
キラキラと目を輝かせる冬弥に、司は当然とばかりに頷いた後、ふむ、と考える。
冬弥は騎士というより王子の方が似合うのではないだろうか、なんて思いながらクローゼットを探った。
いや、王子ともまた違うかもしれない。
彼は、そう…。
「…あっ、あの!僕は、その…」
「?なぁに、えんりょすることはないぞ!」
慌てる冬弥に司は笑い、引っ張り出してきたレースのハンカチーフを、広げた。
髪を左右に分け、それを被せる。
咲希が持っていた小さな髪飾りで留めた。
「おお、にあっているぞ、冬弥!」
「え?え??」
「さぁ、ファッションショーのはじまりだ!」
困惑する冬弥の手を掴む。
先に歩いていってターンし、ニッと笑った。
「いまのオレはきしだからな、冬弥のことをまもってやる」
「…!司、さん」
「だが、冬弥もおとこだ、まもられたくはないかもしれん。…だからな」
掴んだ手をぎゅっと握り直して司ははっきり宣言する。
ふわりと冬弥のレースが、揺れた。
「オレは、このランウェイで冬弥としあわせをつかむぞ!」
「…そんなことしてたんだぁ」
「……していたんだなぁ、これが」
咲希のそれに、司は息を吐きながらハンカチーフを畳む。
次に来たときにまたやりたいから、と置いていてもらったのだが、それ以来やった記憶がないから、他に夢中になっていたのか、来なくなっていたのか。
「そういえば、とーやくんはなんて返事したの?」
「ん?」
咲希の疑問に司も首を傾げた。
何故返事が重要なのだろう。
「だって…」
彼女が笑う。
その言葉に、司は大きな過ちを、知った。
それはファッションショーというより、結婚式。
クローゼットに仕舞いこまれた思い出は、ひらめくレースのハンカチーフと共に蘇った。
「…あ、その時の写真ないか、お母さんに聞いてみよーっと!お母さーん!」
「待て待て待て、咲希!!」
アキカイバースデー
「…ぅ……」
隣で気を失っていたカイコクが苦しそうに手を伸ばす。
「?カイコクさん?」
「…ぁ…?」
伸ばされたそれを握って声を掛ければ、彼は綺麗な瞳を開いた。
涙に濡れた瞳がこちらを映す。
「…っ、離せ」
姿を捉え、認識した瞬間、カイコクは顔を顰め、その手を振り払った。
釣れないなぁと笑う。
「カイコクさんが手を伸ばしてきたから握ってあげたのに」
「…。…頼んでねぇんだが」
「はは、まだ救いを求めてるんだ?」
睨むカイコクに、思わず笑ってみせた。
顰めた眉間のそれがより一層深くなる。
カイコクを閉じ込めて何日が経っただろう。
別にどうでも良いことなのだが。
「別に救いなんか求めてねぇんだがな。…求めたところで裏切られるのがオチでェ」
「ふぅん?」
「それに、救われるのを待つだけの、大人しいお姫様じゃねェんで」
「ふふ。カイコクさんはそうだよね」
強気な発言に肩を揺らす。
煽っても得策はないと思うのだが…確かに大人しいカイコクはつまらないし。
「じゃあ、何で手を伸ばしてたの?」
「…。…夢をみた」
「?夢?」
ひと呼吸置いて、カイコクが言う。
素直に教えてくれたことに驚きつつ、首を傾げた。
「誰か、大切な人を祝う日だった。だから、おめっとさん、って言って、頭を…」
ぼんやりとした言葉に、少し眉を寄せる。
すぐに、そう、と笑ってまたその手のひらを掴んで口付けた。
「っ!何しやが…!!」
「…別に、何も」
怒鳴ろうとするカイコクが、押し黙る。
何かを察したらしい彼に向かって、アキラ、は目を細めた。
おめでとうは誰に向けて言う言葉だった??
(祝ってほしいのに、忘れていて欲しかったなんて、我侭を通り越したエゴイズム)
(本日、 の誕生日)
アカカイバースデー
「…ぅ……」
眠っていたカイコクが目覚め、アカツキは「おはよう御座います!」と明るく声をかけた。
「…いり、で?」
「はい!入出ですよー!」
ぽや、とした表情で首を傾げるから、アカツキはにこにこと笑ってみせる。
彼がこんなに気を抜いているのは珍しかった。
普段は馴れていない猫のように警戒しきっているのに。
「大丈夫ですか?カイコクさん。随分ぐっすり眠っていたようですけど」
「…まだ頭がボーッとしてる」
「それは…大丈夫ではないですね」
顔を顰めるカイコクに、アカツキは笑う。
そうして水の入ったペットボトルを差し出した。
「ん、どうもな」
「いえいえ!」
素直に受け取ったカイコクが蓋を開け、口元に運ぶ。
こくん、と音を立てて飲まれる、それ。
「カイコクさん」
「…ん、なんでぇ」
名を呼ぶと、カイコクはきょとんとする。
軽く首を傾げる彼の、キレイな髪がふわりと揺れた。
「今日は何の日でしょう!」
「…今日?」
よくあるような質問を投げ掛ければ、カイコクは目をぱちくりと瞬かせる。
普通ならば非常に簡単な質問だ。
だが、ゲノムタワーには時計もカレンダーもない。
ただ、提供されるままに食事を取り、区切りのアナウンスでゲームに参加したり、自由時間を過ごしたりするのだ。
日々を過ごすことに支障はないが、自覚してしまえば発狂する恐れだって孕んでいる。
それでも敢えて聞いてみたのは、純粋に気になったからだ。
「あー…俺や逢河の誕生日は終わったんだよな。ひな祭りもやったし…んー…?」
真面目に考えてくれるらしいカイコクに、アカツキは律儀だなぁと思う。
軽く流したって良かったのに。
「…あ、エイプリルフールか?」
「あ、それもあります!…知ってました?エイプリルフールって嘘吐いて良いのは午前中だけらしいですよ!」
わくわくして言うアカツキに、カイコクは笑う。
楽しそうだな、なんて思っていれば、ずい、とそのキレイな顔が近付いてきた。
「カイコクさん?」
「…なーんてな」
「へ?」
にや、と笑った彼が言葉を紡ぐ。
「お前さん、誕生日だろ」
「…覚えててくれたんですか」
「まあな。…あー」
驚くアカツキに、カイコクは少し目をそらしてから柔らかく笑った。
手を伸ばす、彼の言葉が耳に入る。
綺麗で温かな手が頭に触れ…。
「入出。…誕生日……」
フェニーくんのペアぬいぐるみをわけっこするしほはる
「鳳さんに聞いたら、再販は受注にするって」
「そうなの?!」
「うん、転売がいくつかあって、お兄さんたちが怒りと使命に燃えてるって、鳳さんが。だから、時間はかかるけど絶対に再販するから、待ってて欲しいって言ってた」
「…そっか」
「だから、この子は再販があるまでは家では1人だけど、ずっと1人って訳じゃない」
「…!日野森さん」
「それに、私達が会えばこの子達だって会えるしね」
「じゃあ、再販されたら、今度は私が日野森さんに渡すね」
「うん、待ってる」
「ふふ、この子日野森さんに似てて可愛いな」
「そう?桐谷さんも可愛いよ」
「えっと…それは、その子に似てるって意味で?」
「えっ、あっ、いや…」
司冬ワンライ・桜/怪盗
ふと上を見ると、もう桜が咲いていた。
まだ満開とまでは行かないが…今年も春がやってきたのだなぁと思う。
「…司先輩」
「ん、おお、冬弥!」
少し向こうから駆けてきたのは待ち合わせ相手の冬弥であった。
司も思い切り手を振る。
「お待たせしてすみません」
「いや、オレも今来たところだぞ!それに、桜を見ていたからな」
「桜?…あ」
その言葉に首を傾げた冬弥が同じように見上げ、柔らかな表情を浮かべた。
「…綺麗ですね」
「そうだなぁ。満開になればもっと綺麗だろうが、今の時期の桜も素晴らしいな!」
「はい、俺もそう思います」
司の感嘆を込めたそれに同意する冬弥は、優しくて何だか儚く見えて、司はその手を引く。
「…っ、司先輩?」
「…あ、いや、すまん」
きょとんとした冬弥に謝るが手は離せなかった。
…何だか、桜に彼が攫われてしまう気がして。
「そういえば、司先輩はホワイトデーの際にチョコレートファクトリーでショーをされたんですよね」
「ん?ああ、そうだな」
冬弥から突然と振られた話題に、司は疑問符を浮かべつつも頷いた。
何故その時の話題を今になって出してきたのだろう。
「あの時は怪盗チョコマニアといって、皆が作ったチョコレートを奪う怪盗でなぁ…」
話し出した司はハッとした。
そういえば怪盗役をやったことがあったのだ、桜なんかには負けていられない。
「…今はチョコレートよりも甘美で素晴らしいものを見つけてしまった故、怪盗チョコマニアは辞めてしまった」
「…はい」
「なぁ、冬弥。オレに、奪われてくれるか?」
まだ五分咲きの桜の下、司は冬弥の手のひらにキスをした。
手のひらへのキスは求愛の証。
そして、もう一つは。
「…司先輩なら、喜んで」
冬弥が微笑む。
柔らかな、桜色を頬に乗せて。
学生服姿の怪盗は、素晴らしいお宝を抱き上げ、花びらの舞わない桜並木を駆け出した。
(ねぇ、知ってる?
手のひらへのキスはプロポーズになるんだって!)