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ケンシン ケンヤバースデー
今日は世界猫の日なんだと。 そう言えば横で本を読んでいたすぐ下の弟が首を傾げた。 「…なんで?」 「さあ?外国の方の協会で決まってるらしくて…」 「…じゃなくて」 「ん?」 ふるふるとシンヤが首を振る。 黒い髪がさらりと揺れた。 「なんでそんな話を急に?」 「…なんでって、思い出したから?」 不思議そうなシンヤにそう返せば彼はふぅん、と納得したのかしていないのか分からない返事をしてくる。 単純に、最近知った知識を思い出したから教えてやろう、くらいだったのだけれども。 「…。ケン兄のことだから、てっきり…」 「あ?」 小さな彼の声はばっちり耳に届き、ケンヤはニヤニヤしつつ肩を組んだ。 少し重そうに眉を顰めるシンヤに、ケンヤは、「てっきり、なんだよー!」と笑った。 「なぁ、シンヤー!」 「…。…笑わない?」 小さく息を吐いたシンヤが小さく首を傾げる。 兄である自分にしか見せない、弟の顔。 可愛いよなぁ、なんて思いながらわしゃりと髪を撫でた。 「笑うわけ無いだろー。可愛い弟の話なのに」 「…ケン兄のことだから、誕生日だし猫の真似してとか言うのかと」 「よーし、待て。シンヤはお兄ちゃんの事なんだと思ってんだ?」 「ケン兄はケン兄だけど」 揶揄っている訳ではないのだろうそれに、ケンヤは大きく溜息を吐く。 まさかそんな風に思われているなんて。 「ケン兄は実の弟を猫扱いなんてしねぇっつー…」 「…そう、なんだ?」 「逆になんでそんな意外そうなんだ…??」 驚いたようなシンヤに首を傾げれば彼は小さく笑い、手をグーにした。 そうして。 「…にゃあ」 そう、小さく鳴く。 「?!!」 「…一応、ケン兄の好きな話は覚えてるつもりだけど」 「待て待て待て!それどこで聞いた?!なぁ、シンヤ?!!」 焦るケンヤに、シンヤは、内緒、と笑ってするりと逃げた。 まるで、猫のように。 「あ、誕生日おめでとう、ケン兄」 「おう、ありがとう…いや、違くて!」 なかったかの様に祝われるそれに、当たり前の如く返したがまだ話は終わっていないと手を伸ばす。 いつもより楽しそうなシンヤがステップを踏んだ。
月夜の晩。
猫が祝う彼の誕生日。
ふわりと笑ったそれは静寂に溶けて消えた。
(たまにはこんなバースデーも良いかな、とか)
司冬ワンライ・水遊び/透ける
暑い。 毎日それしか思えないほどに暑かった。 「…何故、毎日こんなにも暑いんだ…」 ぐったりしてしまいそうな暑さの中、司はそう呟く。 言葉にしたところで、暑いものは簡単には変わらないのだけれど。 「いけー!ゴールドスプラーッシュ!!」 「のわっ?!」 元気な声と共に司の髪に何かが当たった。 ぽたりと落ちるのは水滴だろうか。 「あっ、お兄さんごめんなさーい!」 「コントロール悪すぎ!兄ちゃん、大丈夫ー?」 「あ、ああ!問題ないぞ!」 パタパタとかけてくる子どもは手に水鉄砲を持っていた。 どうやら水遊びをしていたらしい。 暑いのに元気だなぁと思いつつ、司は笑った。 「オレは大丈夫だったが、あまり人が通るところでやると危ないぞ?次は本当にかけてしまうかもしれないしな!」 「うん、分かったよ」 「でもこの辺にいい場所ないんだよなぁ。公園は水遊び禁止だし!」 「…。…なるほどなぁ…」 子どもたちのそれに司は考え込む。 せっかくの夏休みなのだから全力で遊びたいだろう。 「ならば、その道の突き当りでやればどうだ?少し貸してみてくれ」 水鉄砲を少年たちから借り、司は1人を突き当たり側、もう一人を家の敷地内に立たせた。 「壁に向かってと家の敷地内となら例えばこちらから人が来ても…」 「…司先輩…。…?!」 水鉄砲を敷地内にいる少年に向けた途端、誰かに話しかけられ、そちらを向く。 …だけなら良かったのだが、思わず手を動かしてしまった。 「あ」 「あ」 「…?!すまない、少年たち!!楽しく遊ぶんだぞ!!」 少年に水鉄砲を返し、司は呆然とする冬弥の手を引っ掴んで走る。 「…あの兄ちゃん、的確に服に当てたな」 「…うん。お兄さん、びしょびしょになってたねぇ…」 少年たちの呟きも聞こえぬまま、司は全速力で走った。 「あ、あの…司先輩…?!」 「…っ、すまんっ!!!責任は取るからな…!」 「いえ、あの…大丈夫…ですよ?」 人気が少ないところまで走り、取り出したタオルで拭いてやりながら司は謝る。 冬弥はといえば困った顔で微笑むばかりだ。 「そうはいかんだろう!こんなに、その…肌が透けてしまっているのに」 「?俺は別に…この暑さならすぐ乾くでしょうし」 「オレが!嫌なんだ!!!」 不思議そうな冬弥の肩をガシっと掴んで司は言う。
セミが鳴く暑い夏。
水遊びで濡れた透けた服と白い肌。
青少年の夏は、これからだ。
バニーの日しほはる
「しほちゃーん!知ってた?!今日、バニーの日なんだって!」 「えー!何それ何それ?!!」 いつものようにテンションが高い咲希のそれにわくわくと聞くのは志歩…ではなく、バーチャル・シンガーである鏡音リンだった。 当の志歩は眉を顰め、またそんなことを…といった表情である。 「ほら、今日は8月2日でしょ?だから語呂合わせでバニー!」 「おおー!なるほどー!」 「…いや、だから何って話だけど…」 きゃっきゃと楽しそうな咲希とリンに志歩は呆れたように返した。 こんな時上手く躱してくれる一歌や穂波はルカやカイトと片付けに行ってしまった…正直逃げられたなと思うが仕方がない…故にしばらく聞いてみることにする。 「えー?しほちゃん、うさぎさん好きでしょ?」 「まあ…うさぎはね。でもバニーとは違うから」 「えー??」 不満そうな咲希に、リンがどう違うの?なんて聞いていて。 「…そう言えば、どう違うんだろ…」 「うさぎさんも、バニーも同じだよね??」 「…じゃ、私帰る」 二人して悩み出した隙に志歩は音楽プレイヤーに手を伸ばした。 この疑問に巻き込まれては堪らない。 「あぁっ、待ってー…!」 咲希が止める声が途中で消えた。 彼女には悪いがここで離脱させてもらおうと志歩は音楽プレイヤーを仕舞い込む。 「…ただいま」 自宅の玄関で声を掛ければ、おかえりなさい!と元気な『クラスメイト』の声が聞こえた。 「…みのり。今日は生配信の日だったんだ」 「えへへ、お邪魔してますっ!志歩ちゃんも、練習だったんだよね」 「まあね」 パタパタとやって来たのはクラスメイトであり、姉のアイドルグループメンバーであるみのりだ。 頭の上には見慣れない大きなリボンが揺れている。 まるで鏡音リンみたいだ、と思いつつ、それ何?と聞いてみた。 「あ、これ?今日はバニーの日だから、うさぎさんになって人参スイーツを作ろう!って企画なんだー!流石にうさ耳はやりすぎって愛莉ちゃんが言ってくれて、リボンになったんだよ」 「あぁ、なるほどね。…じゃあお姉ちゃんも…」 「あら、しぃちゃん!おかえりなさい!!」 「こら、雫!!途中なのに動かない!!」 リボンを揺らして笑うみのりに頷いたその時、嬉しそうな姉とそれを諌める愛莉の声が耳に届く。 「…っと、志歩ちゃん!おかえりなさい。キッチンお借りしているわ」 「私は別に。…今日は桃井先輩が料理担当じゃないんですね」 笑みを浮かべる愛莉にそう聞けば、何故だか雫が、そうなのよ!と嬉しそうに言った。 「今日の挑戦者は私とみのりちゃんなんだけど、見本は遥ちゃんなの!」 「…桐谷さんが?」 「そうなんだ!今、見本作ってるところ!」 首を傾げる志歩に、みのりも楽しそうに言う。 衣装合わせをしてくる、と言う三人と別れ、志歩はキッチンへと向かった。 「…桐谷さん」 「…!日野森さん!」 そっと声をかけると今終わったところなのだろう、手を休めていた遥が表情を耀かせる。 頭上の大きく青いリボンが揺れた。 「いい匂いする」 「本当?今回は自信作なんだ」 すん、と匂いを嗅いでそう言えば遥は嬉しそうに笑う。 「人参スイーツなんでしょ?何作ったの?」 「キャロットケーキだよ。人参はすり潰して砂糖を混ぜて煮てあるの。苦手な人も美味しく食べてくれたら良いなって思って」 「へぇ、いいんじゃない?…それに、リボンも似合ってる」 ニコニコと楽しげな遥に、苦笑しつつ、志歩はリボンに手を伸ばした。 「…!ありがとう、日野森さん。私には可愛過ぎるかなって思ったんだけど…」 「そんなことないよ。…っていうか…」 照れたように笑う遥に、志歩は笑い、リボンに伸ばした手をそのままおろして彼女の頭を抱き寄せる。 「?!日野森さん?!」 「…誰にも見せたくないって思うくらい、可愛いと思う」 「…!」 耳元で囁やけば彼女は青い目をまんまるに見開いた。 「…ふふ。ありがとう、日野森さん」 「…もう。…恥ずかしいからこれっきりね」 ふやぁと表情を和らげる遥に、途端に恥ずかしくなって手を離す。 らしくないな、とは思った。 けれど。 「うん、分かった」 至極嬉しそうに笑う遥に、まあ良いかと志歩は息を吐く。 頭上のリボンがふわふわと揺れた。
今日はバニーの日。
可愛い彼女のうさぎの姿に、らしくない言葉を告げてしまうくらいには、志歩も浮かれているらしい。
「あ、そうだ!今日はおやつの日でもあるんだって。だから、焼き立てお味見どうぞ?」 「その語呂合わせには疑問もあるけど…桐谷さんの自信作は貰おうかな」
司冬ワンライ/ゲームセンター・ぬいぐるみ
商店街を抜けた脇にある小さなゲームセンター、そこに見覚えのあるシルエットを見つけ、司は駆け出した。 「冬弥!」 「…っ!…司先輩」 びく、と肩を震わせた冬弥がこちらを振り向き、ホッとしたように表情を崩す。 どうやら驚かせてしまったようだ。 「驚かせてすまない!…今日は何のゲームをしているんだ?」 笑いかけ、ひょいと彼の手元を覗き込む。 いえ、と小さく返してきた冬弥はどうやらもう戦利品をゲットしたようで、小さなぬいぐるみのキーホルダーを2つ手に持っていた。 見た目に寄らず、冬弥はクレーンゲームが得意なのである。 「…キーホルダーのクレーンゲームか。大きいぬいぐるみともまた違ってまた難しそうだな…」 「そうでも、ないですよ」 むむ、と眉を顰める司に冬弥が小さく笑んだ。 彼はゲームが得意で…それこそゲーム大会で準優勝するくらいには…きっとこれくらいなんてことはないのだろう。 「で?戦利品は持ち帰るのか?困るなら持ち帰っても良いが」 「いえ。…今日は俺が欲しかったので」 微笑む冬弥に司は首を傾げた。 彼はクレーンゲームは得意だが、商品そのものに興味があるわけではない。 特に大きなぬいぐるみは置き場所に困るようで、妹がいる司や、姉がいる冬弥の友人で相棒の彰人に貰ってもらっているのだ。 だから今回もそうなのかと思いきや…珍しいな、と思う。 筐体の中身はごく普通のぬいぐるみキーホルダーで。 マイクを持ったレモン色の犬やステッキを持った青色の猫、本を持った水色のうさぎ等、随分カラフルで豊富なデザインのそれが詰め込まれている。 確かに可愛いし目を引くが…何故これが欲しいのだろうか。 じぃっと見ていると、水色のうさぎがなんだか冬弥に思えて、司は小さく笑う。 「…?あ、の」 「いやぁ、あのうさぎが冬弥に見えてきてなぁ」 「…っ!そう、ですか」 「?冬弥?」 目を見開く彼に思わず首を傾げた。 何か変な事を言ってしまっただろうか。 「…いえ、あの実は…俺も同じことを思っていて…」 「む?」 「…この子が、司先輩に似ていたので…思わず」 そっと見せてきたのは星を抱く黄色の犬である。 少し頬を染める冬弥の手に乗ったそれはどこか誇らしげに見えた。 ぶわりと何とも言えない感情が湧き出る。 「…。…冬弥、取り方を教えてくれ」 「…えっ」 それを悟られないように筐体の方に向き直った。 「水色のうさぎだ、あれを取るぞ」 「司、先輩?」 「…オレも、冬弥が欲しいからな」 「…っ!」 「それに…一人だと寂しかろう?なぁ、オレ」 ちょい、と冬弥の手の中にいる犬を突く。 花が咲くような笑みを見せる冬弥が、そうですね、と小さく言った。
大好きなお前だけが、『オレ』を持っているなんて、不公平じゃあないか!
「司先輩、もう少し左です」 「…ぐぬ…こうか?!!」 (それから、犬『司』の相方が来るまで…数十分かかったのは、秘密の話)
しずしほはる
「ねぇ、遥ちゃん。この歌詞なのだけれど…」 「ん?なぁに、雫」 姉がひょこ、と顔を出す。 志歩の前で本を読んでいた遥がそちらに向き、微笑んだ。 いつものことだ、と思いながら志歩は課題に思考を戻す。 MOREMOREJUMPというアイドルグループで一緒の遥と雫は以前から仲が良かった。 それこそ、志歩よりずっとずっと前から。 フェニーくんが好きで、仲良くなっただけの志歩とは違う。 勿論、彼女が好きだという気持ちは誰にも負けてはいないのだけれど。 「溺れてく其の手にそっと口吻をした、ってあるじゃない?…それって手のどこなのかしら?」 「…え?」 雫のそれに、遥がきょとん、とする。 驚いてそちらを見れば、姉は静かに微笑んでいて。 その表情を見、志歩は目を見開く。 姉は、昔から好きなものは志歩にも分け与えてくれた人だった。 『美味しいものや綺麗なものはしぃちゃんにもお裾分けしたいの。しぃちゃんが嬉しいなら私も嬉しいのよ』 そう言って柔らかく笑った雫が、それを唯一許してくれなかったのは何だったっけ。 「ほら、口付けによって意味が変わるって言うじゃない?」 「…ああ…。髪の毛は思慕、とか、おでこは祝福、とか?」 「そう!遥ちゃんも知っていたのねぇ!」 「ふふ、昔特集してもらった雑誌の別記事に載ってたの。面白いねって皆で話してたからよく覚えてるんだ」 「そうだったのね。…じゃあ、手にもいくつか意味があるの知ってる?」 くすくすと笑う遥に、雫が微笑みながらその手を取った。 「…雫?」 「手の甲という場所へのキスは敬愛、手のひらだと懇願、指先だと賞賛、手首だと…欲望」 「…ちょっとっ」 「ねぇ、遥ちゃん。『彼女』はどこに口吻したのかしら?」 少し驚いた顔の彼女の手に、雫がキスを落とす前に志歩はその肩を引き寄せる。 ムッとして姉を見ると、雫の方もびっくりしていた。 「…日野森さん?」 「しぃちゃん?」 「…え、あ、ごめん」 パッと手を離し謝れば、遥が肩を揺らす。 「雫が本気でキスすると思ったの?」 「…いや…」 「まあ、そんな事しないわ!あのね、しぃちゃん。こうやって手を持つじゃない?そうして上に来た自分の親指にキスするのよ」 ニコニコと雫が微笑んだ。 楽しそうな彼女はいつも通りの姉だ。 「…そ、うなんだ」 「でも、日野森さんがびっくりしたのも分かるなぁ。私も雫が本当にキスするかと思って驚いちゃったもん」 「あら、遥ちゃんまで!そうねぇ、私から遥ちゃんにするなら手の甲かしら?指先かもしれないわね」 「敬愛と賞賛?ふふ、なんだかくすぐったいなぁ」 遥が綺麗な髪を揺らす。 嬉しそうな遥と…それを眩しそうに見る雫。 敵わないのだな、と思う。 けれど、志歩だって、遥を好きなことには変わりないのだ。 いくら姉であったって、簡単に手放すわけにはいかない。 「…なら、私は手のひらにする」 「日野森さん?」 綺麗な彼女の手を取り、そっと近づけた。 その意味は懇願。 こんなに近い彼女との距離が離れません様に、と。 「しぃちゃんばかりズルいわ!」 「最初にやり始めたのはお姉ちゃんでしょ」 「ち、ちょっと雫!日野森さんも落ち着いて!」 二人に挟まれた遥が慌てたように言う。 こんな遥は珍しい、と思っていれば姉と目があった。 思わず笑い、畳に二人して遥を押し倒す。 「えっ、きゃあっ?!」 「大好きよ、遥ちゃん!」 「ずっと傍にいてね、桐谷さん」 「…もー、二人とも…」 口々に言えば最初は驚いていた遥がふわふわと笑った。
夏。
蝉の声が遠くに聞こえる。
今はこれで良いか、と志歩は人知れずその綺麗な にキスをした。
(白い肌の少女に囚われているのは、はたして?)
司冬ワンライ/遊園地・着ぐるみ
ひょんなことから、フェニーくんの中に入ることになった。 「司さん、いいですか?フェニーくんはあんなにアクロバティックには動かないです。後、声も抑えてください」 「わ、分かった」 「それから、私達の時みたいにくれぐれも喋っちゃ駄目ですよ」 フェニーくんのファンだという志歩から釘を刺され、司は勢いに圧されつつ頷く。 ちなみに、私達の時、というのは志歩たちに会った時に思わず声をかけてしまった時の話だ。 アクロバティックなフェニーくんは子ども相手では人気なのだが、志歩のようにフェニーくんの純粋なファンには許されなかったのだろう…世間的にはあれはあれで有り、と言われているらしいが。 「…フェニーくん?」 と、聞いたことのある声が聞こえる。 (…冬弥か?!) 小さく首を傾げる、目の前にいる愛しの人。 「フェニー!」 パタパタと手を振ってみると彼はふわりと微笑んだ。 全力で声をかけたくなったが、志歩からのそれを思い出し、グッと耐える。 「以前見たものとは違う…。…服に星がついているのか、可愛いな」 「フェニフェニー!」 「俺の好きな人も星がよく似合う人なんだ。お前と一緒だな」 小さく笑い、冬弥が手を握ってきた。 え、と思っていればしぃ、と指を口元に立ててくる。 「天馬司、という人なんだが…お前も知っているだろう?この遊園地のショーキャストを勤めている。たくさんの人を笑顔にする、という夢を持っている、素晴らしい人だ」 「フェニー?!」 「人としてもとても尊敬しているが…そうだな、有り体な言葉で言うが『愛している』んだ。ふふ、内緒にしておいてくれるか?」 柔らかく笑う冬弥に、司は身体を動かして肯定を示した。 ありがとう、と笑った冬弥が少し向こうを見る。 どうやら時計を見ているらしかった。 「…っと、そろそろショーが始まってしまう。聞いてくれてありがとう、フェニーくん」 「っ、フェニー!」 手を振り、ステージの方へと冬弥が歩いて行く。 そういえば、彼にショーチケットを渡していたっけか。 交代の時間を無線から告げられ、控室へと戻った。 「…あ、いた!何してんの、司。そろそろショーが始まる…どうかした?」 パタパタと走ってきた寧々が首を傾げる。 「…はっ、えっ?!何がだ?!」 「うるさ…。…いや、顔真っ赤だから。何かあったのかと思って」 眉を顰めた寧々がペットボトルを手渡し、「早くしないと出番だから」とまた駆けて行った。 それをぼんやり見送りながら、司は冷えたペットボトルを顔に当てる。 熱は冷めることなく、大きな溜め息だけが霧散した。
(まさか、彼からあんなストレート愛の言葉を聞けるだなんて思わないだろうに!)
(着ぐるみだからこそ伝えられる、真っ直ぐな愛言葉)
電話しほはる
「…あら、大変」 雫の、それほど困っていなさそうな声が台所から届き、志歩はひょこりと覗き込む。 「…どうかしたの?お姉ちゃん」 「しぃちゃん!今、お菓子を作っているのだけれど、材料が切れてしまったの。買いに行きたいのだけれどもうすぐ遥ちゃんが来てしまうし…」 悩む雫に、志歩はああ、と笑った。 甘い物が好きだという遥の為に作り始めたのに、ということだろう。 「なら、私買ってくるよ。今は用事もないしね」 「本当?!ありがとう、しぃちゃん!助かるわぁ!」 「はいはい。じゃあ行ってくるね」 嬉しそうな雫に苦笑し、志歩は身支度を済ませて家を出た。 …大事なことを聞かずに。
「…しまった」 そのことを思い出したのはスーパーに着いてからで。 姉が気付いてメッセージに入れてくれていないかと期待したが無駄だった。 そもそも彼女は機械音痴である。 「…仕方ない」 はぁ、と息を吐き出した志歩は少し迷ってから家に電話をすることにした。 スマホでも良かったが音を消していた場合二度手間だからだ。 『…はい、日野森です』 「…あ、もしもし?お姉ちゃ…ん?」 数回のコール後出た声にそう言うが違和感に気付き、志歩は言葉を切った。 代わりに電話の向こうの人物が嬉しそうな声を出す。 『あ、日野森さん!良かった、知らない人じゃなくて』 「…もしかして…桐谷さん?」 『うん…あ、雫だよね?今手が離せないみたいなんだけど、どうかした?』 柔らかい遥の声に、お菓子作りをしている姉の代わりに出てくれたのか、と苦笑し、志歩は「ごめん、買ってくるものを聞き忘れたから聞いてくれない?」と言った。 『分かった、ちょっと待ってね』 彼女の声の後、保留中に流れる音楽が耳に響く。 数秒してから、音楽が途切れ、もしもし?と声がした。 『えっと、小麦粉と牛乳が足りないみたい』 「ありがとう。…っていうか主要のもの足りなさすぎない?大丈夫かな、お姉ちゃん」 『ふふ。見切り発車で作り始めちゃうなんて、雫にしたら珍しいよね』 くすくすと笑う遥に志歩は、まあ彼女が楽しそうなら良いかと思いながらふと、一番最初に出た遥のそれを思い出す。 「そういえば桐谷さん、最初に日野森ですって出てくれたよね」 『え?ああ。だってここは日野森さんのお家だもの。桐谷ですって出たら変でしょう?』 「まあそうだけど。…桐谷さんって誕生日10月だよね」 『?ええ、そうだけど…』 不思議そうな声にそっか、と言い、志歩はスマホを持ち変えた。 「…お姉ちゃんが二人はちょっとなぁって思って」 『…!…ああ。雫は嬉しそうだったけどね』 楽しそうな遥に、雫も彼女に同じ事を言っていたらしいことを知り、志歩は眉を顰める。 別に嫌なわけではないのだが…何だか複雑な気分だ。 「私は、桐谷さんなら姉妹より…」 『?日野森さん?』 姉妹よりもっと違う形が良いと言いかけて志歩はやめる。 電話で言うことでもないだろう。 「ううん、何も」 『そう?…。…日野森遥、か』 小さな声に、え?と聞き返せば、何でもない、と返されてしまった。 「そ?…じゃあそろそろ切るね。早く帰らないといつまで経ってもお菓子作り進まないし」 『確かにそうだね。…じゃあまた後で』 「うん、また後でね」 後で、と約束をし、志歩は電話を切る。 こういうやり取りが出来るのも何か良いなぁと思ったのだった。
好きな人が自宅にいてくれるなんて幸せなこと、でしょ?
「…ただい…」 「あ、しぃちゃん!お帰りなさい!酷いのよ、遥ちゃんが!」 「日野森さん!…だからね、雫、抱きしめられてたら話出来ないってば…」 「ちょっと、何やってるのお姉ちゃん!ほら、離れる!…大丈夫?桐谷さん」 「…うん、大丈夫。ありがとう、日野森さん」 「だって、二人ばっかり楽しそうでずるいわ!私だって日野森よ??」 「それはそうなんだけどね…?」 「いや、だからってあんなぎゅうぎゅう抱きつかなくたって良いでしょ…」
リンレン3
「終わっちゃったね…」 「…終わっちゃったな」 あたしの言葉にレンがぼんやりと返す。 珍しいなぁ、なんて思いながらあたしはレンの背中を押した。 ちょっと迷惑そうな顔をしたレンがあたしの出した拳に目をぱちくりする。 それからすぐ笑顔になって同じ様に拳を合わせてきた。 「…お疲れ、リン!」 「お疲れっ、レン!」 グータッチをして互いを労う。 やっぱりやりたいことをすぐ分かってくれる存在って良いよね! うちは双子設定だけど、他の『鏡音リン』『鏡音レン』もそんな感覚あるのかな? 「っていうか、ちょっとボーッとしすぎじゃない?レン、大丈夫??」 「大丈夫…だけど、なんていうか…終わったなって、思って」 「えー?あたしには余韻に浸らせてくれなかったのにー」 「リンの場合は次の日があっただろ」 ブスくれるあたしにレンがさらっと言う。 もー、そういうとこドライなんだからぁ。 「…来年も見れたら良いな、この景色」 レンが小さく笑ってあたしの顔を覗き込んできた。 あたしは嬉しくなって、うん!と大きく頷く。 オレンジと黄色の光の海、最高だったもん! レンも同じことを思ってる、ってことでしょ? そんなの、嬉しくない事なんてあり得ないし! 「絶対、次も見ようね!」 「そうだな、絶対、な」 笑うレンにあたしも笑い返したその時だった。 「…ずいぶん楽しそうだね?リン、レン」 「ライブお疲れ様でした、レン兄様、リン姉様」 くすくす笑う柔らかくて大好きな声がする。 そっちを見るとひらひらと手を振った…。 「カイ兄ぃ!」 「ルカ姉ぇ?!」 「わっ、リンはライブ後なのに元気だねぇ」 「ふふ。…レン兄様は少しお疲れですわね?」 抱きつくあたしをカイ兄ぃが抱きとめてくれる。 その後から付いてきたレンにルカたんが小さく首を傾げた。 「いや、リンがおかしいんだよ」 「えー?アドレナリンが出てるだけだもんー」 「いつもそんな感じじゃん」 「何よぅ!」 失礼なレンに言い返せばレンはさらっとそう言ってくる。 さっきまでのレンはどこ行っちゃったんだか! 「まあまあ。…二人とも、ライブ良かったよ!」 「ええ。最後のテーマソング素敵でしたわ!…コール・アンド・レスポンスが出来なかったのは残念ですわね」 執り成すように言ったカイ兄ぃとにこにこと楽しそうなルカたんがそう言ってくれた。 大好きな二人がそう言ってくれるなんてすごく嬉しい! 「ありがとー!やっぱり、コーレスなかったのは残念だよねぇ」 「でも、その分ペンライトで応えてくれていたよね。俺もたくさん振ったよ」 「私もです。…舞台から見るペンライトの光は綺麗だったでしょうね」 カイ兄ぃがペンライトを振る真似をして、ルカたんがほぅ、と息を吐いた。 二人して顔を見合わせて、うん!とほぼ同時に頷く。 「すごく綺麗だったんだよ!見える景色ぜーんぶ黄色とオレンジ!」 「光の海ってマジなんだと思った!すげー感動した!!」 興奮して話すあたしとレンに、カイ兄ぃとルカたんは楽しそうに聞いてくれた。 最初のオープニングからテンションがブチ上がるほどだったとか、衣装が可愛かったとか、ダンスが難しかったとか、バンドがすっごくすっごく良かったとか、アンコールが嬉しかったとか! 「そういう話を聞くと、俺達も頑張らなきゃって思うよね」 「そうですわね。…私達も早くライブしたいですわ」 カイ兄ぃとルカたんがそう言う。 「二人だけのライブも良かったけど、皆でやるライブも楽しみ!」 「そうだな。…やっぱり、全員揃うのもワクワクするよな!」 あたしのそれに、レンも頷いた。
黄色とオレンジの光の海も素敵だけど、やっぱりみんなの色が混じった光の海もすっごく素敵、だもんね!
よーしっ、次のライブも頑張るぞー!!!
「ふふ。私もリン姉様と一緒に歌いたいですわ」 「!あたしもルカたんと歌いたい!!」 「本当ですか?では、ANTI THE∞HOLiCとか…」 「ごめんね、ルカたん。それライブでやるの大丈夫かな??」 「なぁ、兄さん。おれも兄さんと歌いたいんだけど」 「えー?去年一緒に歌ったのに?」 「去年は日替わりだったじゃん!しかも1曲はコーラスだったじゃん!っていうか今年は今年じゃない?!」 「それはレン次第かなぁ…」
司冬ワンライ/早起き・朝顔
「…む」 目覚ましも鳴っていない時間帯。 いつもより早めに起床した司はそれを鳴り出さないようにオフにして、ベッドを抜け出した。 朝ご飯までに帰ってこようと軽い身支度を済ませて家を出る。 まだ暑くなっていないこの時間、夏の爽やかな風が吹く朝の一時が司は好きだった。 郵便配達員や、早朝バイトに向かう学生などはいるが、日常が始まる前の時間を歩くのが何となく心地良い。 勿論、いつもの喧騒も好きなのだけれど。 「…ほう、こんなところに朝顔が咲いていたのか」 普段とはまた違う道をゆっくりと歩いていれば、石垣に朝顔が咲いていた。 今朝咲いたばかりなのだろう。 その花には朝露が光っており、司は目を細めた。 きらきらと光るラッパ状花には誰かを思わせる爽やかさがあって。 司は屈めていた身体を起こしてまた歩き出す。 この朝顔が見られただけでも朝の散歩は収穫あり、といったところだろうか。 「…ー♪」 「…この声は」 公園の通りに差し掛かると先程思い出した彼の歌声が聞こえて来て司は目を瞑った。 朝の爽やかな風に乗って、彼の…冬弥の歌声が耳をくすぐる。 すぐに彼のところに行っても良かったが、暫く聴いている事にした。 練習曲(エチュード)を聴かれるのは冬弥も嫌かろうが、それでも聴いていたかったのである。 「…やはり、早起きは良いものだな」 小さく笑い、司は彼から見えない位置に腰を下ろした。 そういえば、と思い出す。 彼に似た花、朝顔の花言葉。
(嗚呼、なんて安らぎに満ち足りた気分!)
「おはよう、冬弥!とても良い歌だったな!」 「…!司先輩!!聴いていてくださったんですね!」
リンレン2
「終わったぁ、疲れたぁ…!」 リンがパフン、とベッドに横たわる。 途端に髪を乾かしていたレンが「おい、そこおれの!」と声を荒げた。 「いーじゃん、レンのけちぃ」 「けちじゃねぇよ。ちゃんと決めたじゃん」 ブスくれたリンにレンが言う。 そーうだけどぉ、と言いながらリンは隣のベッドに移った。 「つーかまだ終わってないだろ」 「リンパーティーは終わったもん」 「レンパーティーは終わってないんだよなぁ」 はぁ、と息を吐くレンを、リンは気にも止めずスマホの電源を入れる。 それを見止めたレンが嫌そうな顔をした。 「エゴサはなしって言われたろ」 「だぁって気になるしー!」 バタバタと足を動かすリンはネットを開こうとし…突然鳴り出した着信音に驚いたように飛び起きた。 「ひゃっ、わっわっ!」 『こんばんは、リンちゃん!レンくん!』 『よっ、元気?』 慌てながら通話ボタンを押したリンの声をかき消すように、ビデオ通話が始まる。 その相手は。 「カイコさん?それにミクオも」 画面の向こうで手を振っていたのはKAITOの先天性女体亜種KAIKOと初音ミクの先天性男体亜種初音ミクオである。 「カイコたん!クオくん、こんばんは!」 『…ライブ後なのに元気だな…』 ぱぁあと表情を耀かせるリンにミクオはうわぁという顔をした。 その横でカイコがくすくすと笑う。 『そうそう!私もライブ行ったんだよ、ね、クオ君』 「えー、本当?!!」 『ああ、まあ。…姉さんが行くって言ったからな』 「…なんだそれ」 嬉しそうなリンとミクオの言葉に呆れたようなレンにまたカイコが笑った。 『もー。…リンちゃんのパフォーマンスすごく良かったよ!メランコリック可愛かった!衣装もたくさん変わってたね』 「えへへ、嬉しい!ありがとう、カイコたん!」 『レンくんのパフォーマンスも凄かったなぁ。レンくん、足を上げるダンス多かったね?凄いなぁ』 「そ、そうスか?そりゃどうも…」 楽しそうに感想を語るカイコにレンは照れたようにそう言う。 カイコはカイトとよく似ているので、なんだかむず痒かったのだ。 それを知っているミクオが画面の向こうでニヤニヤする。 「…んだよ?」 『別にぃ?』 『ふふ。クオ君だってロキ凄かったって言ってたのに』 楽しそうなカイコに、ミクオが焦った表情になった。 『ちょ、カイコ姉さん?!』 「そうなの?!クオくん!」 『クオ君、リンちゃんの孤独の果てとレンくんのメインキャラクターですごく感動しててね…』 『…っ、カイ姉ぇ!』 身を乗り出すリンにカイコが言う。 それをミクオが遮った。 『…んだよ』 「別にぃ?」 今度はレンがにやにやとしてみせる。 そんな二人を見ながらリンとカイコが笑った。 『…っと、明日もライブなのにたくさん話しちゃった、ごめんね?』 「ううん!感想すごく嬉しかった!ありがとう!!」 『ま、明日も行くから頑張れよな』 「言われなくても」 画面越しにミクオが拳を突き出し、レンも同じように拳を突き出す。 『レンパーティー、楽しみにしてるね!リンレンパーティーは配信で見るんだ』 「そうなの?!配信もすっごく良いものにするから、楽しみにしてて!」 笑顔のカイコに、リンもグッと気合を入れるように言った。 バイバイ、と二人が手を振り、ぶつんと切れる。 「相変わらず、クオくんはカイコたんのこと大好きだよね!」 「大好きっていうか、もう過保護だよな、あれ」 笑うリンに、レンは言いながらベッドに入った。 「…楽しみだって」 「…だな」 「…頑張ろうね、レン!」 「…当たり前だろ、リン」 言い合って二人は目を閉じる。
楽しみにしてくれる人がいるから
明日のライブも頑張ることができるんだ
…瞼の裏で、今日のペンライトがきらきらと光った
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