司冬カレンダー

カランカラン、という軽い音がする。
真っ直ぐに伸ばされた彼の背が軽く曲がったのを見、司も同じ様に一礼をした。
二拍手の後、綺麗な目が伏せられる。
何を願っているのだろう、なんて聞くのも野暮な気がして司は新年の挨拶のみを済ませた。
願いは神に聞いてもらうばかりでなく自分で叶えるものだ。
「…司先輩」
「…うん、行くか」
お参りも済み、司は冬弥と共に境内を歩き出す。
風も通り抜けられないくらい、ぴったりと二人並んで。
新しい年が、始まる。


今宵はクリスマス。
人々がわくわくする、そんな夜。
けれど司がクリスマスを実感するのは、煌めくイルミネーションよりも、街に流れるクリスマスソングよりもなによりも。
「!冬弥、メリークリスマス!」
「…メリークリスマス、です。司先輩」
赤い頬に白い息で柔らかく微笑む冬弥の表情に、嗚呼、クリスマスが今年もやって来た、と思うのだ。

司冬ワンライ・鼻歌/ハーモニー

機嫌が良いと歌が出てくるのは当然の現象らしい。
何故か、なんてそんなものは分からないが…とにかく、図書室で本の整理をしているらしい彼の機嫌が良いのは明らかだ。
「…~♪」
彼の綺麗な高音がメロディだけ聞こえてくる。
そういえばまだ練習途中だと言っていたっけ。
歌詞はまだ曖昧なのかもしれないと思った。
何はともあれ、せっかく機嫌良く本の整理をしている彼の邪魔をするのもなぁ、と司は本棚に背を預ける。
待ち合わせをしていたわけではないから、しばらく待ってみることにした。
彼の歌詞のない歌が耳に心地良い。
何だか懐かしい気もして、司は無意識に口角を緩ませた。
司は、冬弥の歌が好きだ。
昔聴いた優しい歌声も、今の彼が仲間と歌っているそれも。
全てが彼の歌だし、唯一無二だと思う。
哀歌も、祝歌も、子守歌すらも。
司にとっては愛おしい冬弥の歌、だ。
「…~♪」
サビは聴いたことがある、と司はそっとメロディを風に乗せる。
流れる歌声は、冬弥のそれと相まって思ったより響いた。
「…っ、司先輩?!」
「しまった、バレてしまった」
驚いたような彼に苦笑しつつ司は手を小さく挙げる。
「作業が終わるまで待っているつもりだったんだが…冬弥の歌を聴いたら我慢できなくなってしまった」
「…司先輩…」
「共に歌って構わないだろうか」
「…ぜひ」
優しく微笑む冬弥に司も笑みを浮かべた。
冬弥の奏でるメロディに司も音を乗せる。
歌詞のないハーモニーは、秋の空に柔らかく響いた。


「…しかし…鼻歌を聴かれていたのは、少し恥ずかしいですね」
「そうか?冬弥の良い感情が手に取るように分かるから、オレは好きだぞ」

貴方と二人、愛の味。

「ケン兄、ラーメンの作り方教えて」
「?別にいいけど…」
可愛い弟が急にそんなことを言ってきて、ケンヤは頷きつつ首を傾げた。
ラーメンの作り方くらい、シンヤはお手の物だろうに。
「言っとくけど、普通のインスタントだぞ?チャーシューも出来合いだし」
「良いよ」
真面目に、エプロンとメモ帳を持って真剣に頷くからケンヤは可笑しくなってしまった。
何をそんなに真面目なのだか。
ケンヤも、それからアンヤだってそんなに真面目ではないのになぁ、と思いながらケンヤは立ち上がり、キッチンに行く。
「シンヤ、鍋出して」
「え?」
「え、じゃねぇよ。お前も手伝うの」
きょとんとするシンヤに、ケンヤは笑いかけた。
こういうのは実践が一番良い。
「…!うん!」
慌てたようにメモ帳を置き、こちらにやってきたシンヤは片手鍋を取り出した。
「まず、水を張って湯を沸かしてる間に袋麺を開けるだろ。…シンヤ、がっつり食う?」
「うん、食べる」
「おっけ、じゃあ2袋な。お湯が沸く前に野菜切っとくか」
「…俺、白菜が良い」
「んー」
サクサクと準備を済ませ、沸いたお湯に白菜と麺を入れる。
「解れたら麺は取り出す。シンヤ、お椀」
「はい、ケン兄」
端的な支持にもさっと応えるシンヤにケンヤはニッと笑った。
麺と白菜を茹でたお湯にスープの元、生卵、チャーシューを入れ、生卵がポーチドエッグ状になれば完成である。
「…ほい、お待ち」
「…!」
トン、とお椀を置いてやればシンヤは凄く嬉しそうな顔をした。
食べて良いかと表情で聞くから苦笑しつつ促す。
「いただきます…!」
「ん、どーぞ」
はふ、と小さな口で頬張る彼を見つつ、ケンヤも箸を持ち麺を啜った。
「…不思議」
「んあ?何が」
小さな声に首を傾げれば、シンヤも首を傾げる。
「同じように作ってるのにケン兄に作ってもらった方が美味しい、から」
心底不思議そうな彼に思わずふは、と笑った。
まったく、可愛いことを言うのだから!
「そりゃあ、まあ、お前」
チャーシューをシンヤのお椀に入れてやりながらケンヤは笑う。
愛しき、弟に向かって。


「お兄様の愛情を舐めんなよ?」


(可愛い可愛いシンヤに、愛情という名のスパイスを!)

司冬ワンドロ/10回ゲーム・遊びの本気(本気の遊び)

10回ゲームとやらをご存知だろうか。
例えばピザと10回言わせ、「じゃあここは?」とひじを見せて「ひざ!」と言わせることができれば勝ちという、なんとも子どもらしいゲームだ。
最近なぜだか宮益坂女子学園で流行っているらしく、咲希やえむが教えてくれたのだ。
司も知ってはいたが、実際にやったことはないな、と思う。
単純な言葉遊びで、そこまで大盛り上がりするようなゲーム…でもないはず、なのだけれど。
「…司先輩、10回ゲームはご存知ですか?」
「…。…まさか神山高校でも流行っていたとは…」
冬弥のそれに思わずそう言えば、彼はきょとんとした。
何でもない、と返してから司はニッと笑う。
「ああ、知っているぞ!…そうだな、10回好きと言ってみてくれ」
「はい。…ええと、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き」
「オレのことは?」
「…!愛してます!」
「…!!オレも冬弥を愛しているぞ!!」
嬉しい言葉に思わず冬弥を抱きしめた。
まさか冬弥がそんな事を言ってくれるなんて!
「…。…司さん、公衆の面前で何やってるんです?」
「…おぅわっ?!志歩?!!」
嫌そうな声にバッと身体を離せば、じっとりと司をよく知る少女がこちらを見ていて。
「な、何故こんなところに…」
「友だちと限定フェニーくんを買いに。司さんこそ、こんなところでイチャついてたらまた草薙さんに怒られますよ」
さら、と志歩が言う。
以前、「別に司が青柳くんのこと好きなのは全ッ然構わないけど、公衆の面前でイチャイチャしないで。司だって、例えば他の知り合いだったら複雑な気持ちになるでしょ」と怒られたのだ。
確かにそうだな、とは思ったのだが…好きなものは好きなのだから、その気持ちを止めることは出来ないのである。
それはもはや仕方がないと言えよう。
「私は忠告しましたから」
「…あ、ああ」
それだけ言ってさっさと待ち合わせ場所なのだろうベンチに戻って行く志歩に頷く。
怒られてしまったな、と頭を掻けば冬弥がしゅんとしていた。
「すみません、俺のせいで…」
「何を言う!勝手にゲームを始めたオレのせいだろう!…ところで、オレにやってほしいのではなかったか?」
優しく聞けば、少しだけ目を逸らした。
「?冬弥?」
「…今言われたばかりですが…分かりました。俺のは暁山から教えてもらったものなんです。…先輩、好きと10回言ってください」
「分かった。好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き!」
10回言い終え冬弥を見る。
さて、何と言ってくるのだろう?
「では、好きの反対は?」
「…なっ」
首を傾げる冬弥に、思わず言葉を詰まらせる。
ゲームとは言え、そんな、とも思ったが。
「…先ぱ…っ?!」
ぐいっと引き寄せ、キスをする。
触れるだけの軽いものだが、冬弥にとっては充分だったようだ。
「遊びとはいえ本気にするぞ?」
「…すみません」
顔を近づけ囁やけば、彼はふにゃりと笑った。
…途端。
「…つーかーさー?!」
「げっ、この声は…寧々?!不味い、逃げるぞ、冬弥!」
「えっ、はい!」
「あっ、こら!逃げるなー!」
寧々の怒鳴り声が響き渡る。
しっかり手を繋ぎ、二人は逃避行へと駆け出した。


子どもの遊びでも、二人にとっては本気の愛言葉!


(例え誰かに怒られたのだとしても、なんてね!)


「…あーあ、忠告したのに」
「おまたせ、日野森さん!…どうかした?」
「…何でもないよ、桐谷さん」

つきうさぎは巫女に恋をする

「しぃちゃん、気をつけてね?」
「分かってるよ。…お姉ちゃんじゃあるまいし」
心配そうな姉に小さくため息を吐きながら志歩は手を振った。
ぴょん、と長いうさ耳が揺れる。
日野森家は日本でも稀な兎耳人種だ。
昨今いろんな人種がいるため、そこまでの危険はない…はずなのだけれど。
心配症なこの姉がすぐに道に迷うため、今年から神社に奉納する団子を志歩が持っていくことになったのだ。
ぴょん、と外に出て深呼吸をする。
今日は中秋の名月。
普段も良いがやはり月が輝く夜は心が踊った。
足取りは軽く、すぐに目的に着いてしまう。
約束の時間まで間があった為、志歩はきょろりと辺りを見渡した。
「…ちょっと歌いたくなっちゃうな」
小さく笑い、誰もいないのを確認してから神社の境内に座る。
「〜♪」
好きな歌を口ずさみながら志歩は月を見上げた。
ベースもあれば良かったな、なんて思うがこれは姉も好きなアイドルの曲である。
ロックは合わないだろう。
「…〜♪」
「?!誰?!」
と、ふいに志歩の歌に誰かの歌声が重なった。
思わず歌をやめ鋭い声で問う。
「…っ、ごめんなさい!きれいな声が聞こえてきたからつい…」
歌声の方を見れば青い髪の少女がこちらを見ていた。
巫女服を着ていることからどうやら団子を取りに来てくれたらしい。
「えっと、志歩、さん?」
「そう。…ってことは、じゃあ貴女が遥さん」
「ええ、初めまして」
にこ、と笑う巫女服の少女。
「改めまして、桐谷遥、といいます」
「日野森志歩。…いつもお姉ちゃんがお世話になってます」
「こちらこそ」
頭を下げると彼女は楽しそうに笑った。
毎年毎年、姉が迷子になるせいで近くまで迎えに行ったり探したりしているのだという。
それは、志歩がお役目に選ばれるわけだな、と嘆息した。
「私は気にしてないのに…」
「まあ、奉納に間に合わなかったら困るからでしょ。月はいつまでも待ってはくれないんだし」 
「…それもそうね」
困ったような遥にそう言えば彼女は小さく肩を揺らす。
それに呼応するかのように長い髪がふわふわと揺れた。
「あ、もし良かったら奉納の儀を見ていかない?」
「え、でも…良いの?」
「もちろん!」
首を傾げる志歩に遥は笑う。
じゃあお言葉に甘えて、といえば遥は嬉しそうに頷いた。
「こっちが特等席なの」
「へえ…。こんなに大きなスペースあったんだ」
「普段は立入禁止だからね」
辺りを見渡す志歩に遥は優しく笑む。
待ってて、と言われた彼女がいなくなって数分。
シャラン、と音がする。
人工的な光はないはずなのに、真ん中で踊る彼女は幻想的で。
柔らかな月の光に照らされて巫女服を舞わせる彼女から目が離せなかった。 
靭やかな手足が宙に舞う。
鳴り響くは鐘の音だけ。
歌ではないのにメロディが聴こえた気が、した。
「…どうだった?」
駆け寄ってきた遥にハッとする。
どうやら奉納の儀は無事に終わったようだ。
「…うん、凄く…良かった」
「本当?ふふ、嬉しいな」
呆然とそう言えば遥は嬉しそうに笑う。
無邪気なそれと先程の踊りとのギャップにドキドキした。
柔らかな夜風が志歩の兎耳を揺らす。


「月は…まだそばに居てくれるかな」

小さく呟いた志歩の声は、残響を残さず消えた。


うさぎうさぎ、何見て跳ねる?

(美しい巫女さんの、きれいな踊りを見て胸を跳ねさせる)

ケンシンバースデー

財布を探っていた彼が何かを見つけ、目を丸くした。
それから、ふうわりと表情を綻ばせる。
彼が…シンヤがそんな顔を見せるのは家族関連だけだ。
自分の先輩であり職場の上司であるヒノキなら話しかけに行くだろうか、なんて思いながらシズハは少し微笑んだ。
「…シズハさん?」
「…!…すみません」
小さな声にハッとして彼の元に行けばシンヤは僅かに眉を下げる。
「いえ」
「…何を見ていたか伺っても?」
そっと聞いてみればシンヤは大したものでは、と紙切れを見せてくれた。
「…これは、兄から貰った…誕生日プレゼント、です」 



それは、遠いとある日の夜。



「…ケン兄」
シンヤの声にケンヤが振り向く。
「どうした?」
優しく聞くケンヤに差し出される、覚えがある紙切れ。
「…お前、これ」
「…ラーメン券。誕生日だから…」
おずおずと言うシンヤを引き寄せてわしゃわしゃと髪を撫でる。
「…わ!…もう、ケン兄」
「あははっ!!お前なぁ、誕生日なんだから遠慮すんなよ!」
可愛い弟にそう言えば彼は小さく頷いた。
ケンヤも忘れていたそれは、去年の誕生日に作って渡した、これを見せればラーメンを食べに連れて行く券だ。
なんともまあ安上がりだが、シンヤはこれが良いらしい。
可愛いやつ、と去年と同様笑ってしまった。
ただ今日は生憎の雨である。
連れて行くのは問題ないが、大切な彼が雨に濡れてしまうのは忍びなかった。
「…あ、そうだ!」
「え?」
「ちょっと待ってろよ、シンヤ」
きょとんとするシンヤの髪を撫でる。
それから彼の手を掴んでキッチンに行って座らせた。
「…えっと、ケン兄?」
「シンヤの誕生日に、世界一美味いラーメン、作ってやるよ」
に、と笑ってみせる。
そうは言ってもインスタントの袋麺に、出来合いのチャーシュー、切っただけの白菜や人参だ。
こだわりと言えば、煮卵くらいで。
ただそれだけなのに待っているシンヤの目が輝いていく。
「…!」
「ほい、お待ち!」
トン、と机にラーメンを置くと彼は嬉しそうに顔をほころばせた。
その表情にケンヤも嬉しくなる。
きっとそれは彼も同じ。
「…いただきます、ケン兄」



誕生日に出される特別なラーメンは


雨の月夜に優しく滲みる、特別な味。

逃避行しほはる

遥が何やら真剣な目でスマホを見つめていた。
ふと通りかかっただけの志歩は、邪魔をしては悪いなと声をかけないつもりだったのだが…何を見ているか気になり、それをそっと覗き込む。
「…お姉ちゃんの動画?」
「…ひゃっ?!日野森さん!」
思わず呟いてしまった志歩に、遥が驚きの声を上げた。
それにこちらも驚いてしまい、反射的に謝る。
「ごめん!驚かせる気はなくて…」
「ううん、こっちこそごめん」
にこりと笑った遥はもういつもの通りだ。
それにホッとしつつ、改めて彼女のスマホを見る。
「…えと、お姉ちゃんが見えたから、つい」
「ああ、これ?そうなの。最近撮ったんだけど、いつもとは違う雰囲気でしょう?」
志歩の言葉に、遥は嬉しそうに言った。
ほら、と見せてくれるから志歩は遠慮なく隣に座る。
小さな画面の中では雫と、それから愛莉が踊っていた。
珍しい、と思ったのは彼女たちが踊っていたのが所謂アイドルソング、ではなく、初音ミクが奏でる歌は悲愛めいた物語調のそれだったからである。
二人ともドレスを着て優雅に踊っており、手を差し出す愛莉とその手を取らずそっと目を伏せる雫は引き込まれるものがあった。
あんなに家ではおっとりしているのに、やはりプロなのだなぁと思う。
「良いね、この雰囲気も好きだな」
「でしょう!曲も好きなんだ。随分後になって続編も出たけど、あれも良いよね」
「ああ、私も好き。歌詞は物語調だけど使ってるのは割とギターとかベースとかそっち方面だし…」
「そういえば、珍しいよね。でもそれが合ってるっていうか」
「うん、バンドサウンドだから良いのかも。私も良く聴いてベースを真似したことあるよ」
「本当?!聴いてみたいな」
遥は楽しげに聞いてくれるからつい話し込んでしまった。
そういえば、ぬいぐるみの価値観もそうだったし、考え方が似ているのかもしれない。
「桐谷さん」
「?なぁに、日野森さん」
「桐谷さんは、この歌詞どう思う?」
「どうって…素敵だとは思うけど…」
唐突なそれに遥は首を傾げた。
どうしたんだろう、という表情が見て取れて志歩は思わず笑う。
「そうじゃなくて、共感出来るかってこと」
その言葉に遥は、ああそういう、と笑ってから少し上を向いた。
「うーん、曲は素敵だけど、歌詞に共感は出来ないかなぁ。両親とも仲は良いし、別に逃げる必要もないし。自分のことも嫌いではないしね…。…あ、でも」
「?でも?」
「逃避行はちょっと気になるかも」
思いもよらない言葉に志歩は驚いた。
まさか逃避行に興味があるなんて。
「駆け落ちっていうのかな。自分が持ってる全てを捨てて恋人と二人で生きるってどんな感じなんだろうって」
全てを捨てる気はないけどね、なんて笑う遥に志歩は目を細める。
彼女はきっとこれからも全てを、夢を捨てる気はない。
それは志歩も同じ、だから。
「…なら、やってみる?」
「…え?」
きょとんとする遥の手を取った。
彼女のスマホから歌が流れる。
『…♪連れ出してよ、私の   叱られるほど遠くへ…』
「私も興味あるんだ、逃避行」


「日野森さん!」
「…桐谷さん。…どうしたの、その荷物」
手を振る彼女はなぜだかスポーツバッグを持っていて、志歩は首を傾げる。
「ああこれ?帰りにちょっとランニングしていこうと思って」
ニコニコと遥が笑む。
彼女の今の格好は白いワンピースに水色の短いボレロだ。
どうやら逃避行感を演出したらしいが、これはランニングには向かない。
だからこそランニングウェアやシューズをバッグに詰めてきたのだろう。
「ああ、なるほど。桐谷さんが重くないなら良いけど」
「大丈夫だよ。日野森さんのは、もしかして…」
「…正解は後でね。じゃ、行こっか」
目を輝かせる遥にそう躱して志歩は促した。
時刻は午前4時を少し過ぎたところ。
まだ電車も走っていない。
終電で行っても良かったが、真っ暗闇を歩いて帰るのはごっこ遊びにしては危険だと、歩いて行って始発で帰ることにしたのだ。
どうせ今日は休みである。
線路脇を二人でただひたすら歩いた。
「そういえば、雫は何も言わなかったの?」
「言ったら心配するし、何も言わずに来た。…帰ったら早朝練習してたとでも言うよ」
「そっか。…嘘ではないものね?」
「まあね。桐谷さんは?ご両親心配しない?」
「私のところは…。…トレーニングで走りに行くのは知ってるし…」
話しながらまだ薄暗い街を歩く。
夜風とはまた違ったそれが心地よかった。
「…!日野森さん、見て、海!」
パッと遥の声にそちらを向く。
さっきまで広がっていた街並みからは考えられないほど、綺麗な景色が広がっていた。
時計を見れば6時に近づきそうな時間で、そりゃあ景色も変わるな、と志歩は苦笑する。
それでも疲れた、とは思わないのは遥と共にいるからだろうか。
「行ってみよう」
「ええ」
線路を逸れて浜辺に向かう。
丁度昇ってきた朝日がきらきらと飛沫に反射していて、志歩は目を細めた。
「ふふ、もう帰れないね?」
「…楽しそうだね、桐谷さん」
いつの間にそんなところまで行っていたのか、足に水をつけ、長いスカートをたくし上げる遥に志歩は思わず笑う。
すると彼女も恥ずかしそうに目を伏せた。
「ちょっとやってみたかったんだ。早朝の海ってなかなか触れること出来ないし」
「あれ、強化合宿は海でやったんじゃなかったの?」
首を傾げる志歩に、ああ、と遥は説明してくれる。
「起きてはいたけど、流石にこんな事は出来ないよ。…そういえば、日野森さんたちも合宿やったんだよね?」
「まあね。合宿っていうか、練習場を貸し切って特訓しただけだけど」
「それも凄いよ。…またライブ見に行きたいな」
「ありがとう。次ある時は教えるから時間あったら来てよ。待ってる」
「…もちろん!」
遥が凄く嬉しそうに頷いた。
本当に楽しみにしてくれてるんだろうな、と思う。
彼女の言葉に嘘はないと分かるから。
「…?日野森さん?」
きょとりと遥が振り向く。
夜から朝に変わった、緩やかな海風に吹かれた、彼女の髪が揺れた。
「…ううん、私もあの歌は好きだけど、歌詞の共感は出来ないなぁって」
その言葉に遥がコロコロと笑う。
傍のテトラポッドに座り、ベースを取り出した。
音を紡ぐ志歩に合わせ、彼女が歌を奏でる。
そういえば、遥と仲良くなったのも臨海学校の時だったか。
お互い挨拶を交わすだけだったのに、フェニーくんの話をしたり、誕生日を祝い合ったり、チョコレートファクトリーに行ったり。
遥に接していく内にもっと知りたいと思うようになった。
しっかりしている彼女の笑顔が可愛かったりだとか、志歩も驚くほど甘いものが好きだったりとか、クールに見えるのにとても熱かったりだとか。
「♪たぶん私あなたが 好き だった…」
綺麗な遥の声が海に溶ける。
ベーシストとアイドルの歌なんてかなり異色だろう。
けれど、今はそれが心地良くて。
遥も同じ気持ちなら良いな、と思った。

(自分のチームに戻る、その時までは


出来れば隣で歌っていて)


「ふふ、何だか楽しいな。あ、日野森さん、この曲知ってる?」
「…ああ、知ってる。…ちょっと待って…」


夜と朝の境目、時間限定の逃避行


二人の歌を乗せて、セカイに朝が来るー…

司冬ワンライ/運動・教えて

「司先輩。俺は半運動音痴らしいのですが」
可愛い後輩兼幼馴染兼恋人から唐突にそんなことを言われ、司は目を丸くした。
一体なんだってそんなことを。
「運動会の玉入れが散々だったのでこれは俗に言う運動音痴なのではないかと思い聞いてみたんです。そしたら、半運動音痴くらいなのでは、と」
「…誰が言ったんだ、そんなことを」
「草薙です」
頭を抱える司に彼はあっさりそう言った。
冬弥に無自覚に甘い相棒である彰人ではないとは思っていたが…まさか寧々とは。
「ダンスは踊れるし、球技は身体の使い方を覚えられれば出来るようになると考察されました」
「…いや、まあ…その…」
言葉を濁す司に、冬弥は真剣な目でこちらを見る。
きゅ、と司の手を握り、口を開いた。
「司先輩、俺に球技の手解きをしてはもらえませんでしょうか!」


球技と言っても様々に種類がある。
とりあえず、高く目標に向かって投げる、のは苦手だと分かっているから遠くに投げてみてはどうかと提案してみた。
「行きますね、先輩!」
「どんとこい!」
数メートル離れたところでぶんぶんと手を振れば冬弥もそれに応えてボールを投げる。
フォームは良かったが、ぽてんと音を立て、それは落ちた。
「…あれ?」
「…。…よし、まずは投げ方からだな!」
首を傾げる冬弥に駆け寄り、彼の背後から手を持つ。
「こうやって、少し後ろに引いてから…投げる!」
ぶん、と彼の腕ごと振れば、ボールは先程よりよく飛んだ。
「…!凄いです!」
「そうか?コツをつかめばできるぞ!ではもう一度…」
「はい!…あ、少し待ってください」
「む、どうした?」
やる気満々で頷いた冬弥がストップをかける。
どうかしたのかと聞けば、彼は少しはにかんで言った。
「…その…背後から抱きしめられる経験があまり無く…すみません」
「…へ?…ああ!」
困った顔で謝る冬弥にぽかんとしてから司も気づく。
なるほど、慣れない体制にドキドキしていたらしかった。
「しかし、このやり方が一番効率が良いからなぁ…」
「…そう、ですね」
「ではやるぞ。…冬弥」
曖昧に頷いた冬弥の腕を取り、耳元で囁く。
可愛らしい声が聞こえたが知らないふりをした。

教えてくれと言われたから教えたまで。

その教え方に指定はなかったのだから!



後日、飛距離は伸びたがボールを持つと司の声を思い出し真っ赤になる冬弥がいたとかどうとか。

あきとふゆの夏_巡

「っあー!終わったぁぁあ!!」
彰人が息を吐きながら伸びをする。
やれやれ、という表情をするのは冬弥だ。
本日8月31日。
夏休み最終日にもなって何をしているのか。
そんなこと、聞くまでもない。
「…もっと前からやっておけば良かったのに」
「…う…。悪かったって」
じとりと見つめられて彰人はホールドアップした。
冬弥が言うのはもっともで、彰人は今の今まで夏休みの宿題を放っておいたのである。
提出日までにはまだ時間もあるし、なんて流暢に構えていたが愛する相棒はそれを許さなかった。
ついうっかりバラしてしまい、彰人は朝から冬弥と宿題漬けをする羽目になってしまったのだ。
そのお陰で今年は夏休み中に無事終わったのだけれど。
「何でも言うこと聞いてやるからさ」
「…まったく」
「行きたかったトコでもしたかったことでも、何でも付き合うから許せって、な?」
ため息ですら美しい恋人に焦りつつ言えば、冬弥はふと何かを考え込んだ。
「…なんでも、良いのか?」
じぃっと見つめる冬弥に、男に二言はねぇよ、と笑う。
なら、と彼は綺麗な口を開いた。
「…花火を、してみたい」



「…こんなもんか」
夏の終わりで安くなっていた花火を買い漁り、彰人は息を吐く。
こんな夏終盤ともあって…100円ショップなどはすっかりハロウィンに取って代わっていた…随分と安く手に入ってしまった。
「…彰人」
「おう」
バケツや火を用意してくれていたらしい冬弥に手を挙げる。
「本当に手持ち花火で良かったのか?」
「ああ」
今時、小学生でもしないお願いに首を傾げるが、当の彼はわくわくしているようだった。
「昔は手にやけどでもしたら、と花火は許してくれなかったんだ。だから、彰人と花火が出来るのは嬉しい」
「…そーかよ」
小さく笑う冬弥に、彰人は頭を掻く。
そんな顔をされては敵わないではないか、と。
袋から花火を1本取り出し、冬弥に渡す。
ライターから火をつけるとシュー!という音と閃光が飛び、彼はびくっと肩を揺らした。
「大丈夫かよ」
「あ、ああ。…これは、どうすれば良いのだろうか?」
「そのまま持っとけ。落とすなよ」
「分かった」
おっかなびっくりな冬弥に笑いながら彰人も自分の花火に火をつける。
激しい光が、冬弥の花火と絡まった。
「…っ」
「おまっ、ビビりすぎ」
「…しかし」
思わず笑う彰人に冬弥はオロオロとこちらを見る。
最初にしては激しかったかもしれないな、と思った。
火が消えたのを見計らい、彰人は水の入ったバケツに入れる。
「流石に多いし、セカイに持ってってやるか」
「…そうだな。リンやレンは喜びそうだ」
「ルカさんやカイトさんも、好きそうだよな、こーいうの」 
くすくすと笑い、彰人は2本だけ抜き取った。
「セカイに行く前に、これだけやんね?」
「…これは」
「線香花火」
首を傾げる冬弥にそう言って彰人は火をつける。
冬弥に渡して同じように火をつけた。
ぱちぱちと弾ける、柔らかな光。
オレンジと青が混じり合う。
自然と二人口を合わせ、離れる頃にぽとりと光の玉が落ちた。


夏の終わり、線香花火の光が消える。
闇の中二人切り。

「…行くか」
「…ああ」

そう言って立ち上がる。

リリと啼くは秋の訪れ。

今年も、夏が終わる。

ミクルカクオイコ

どうも、初音ミクでっす☆
さて、毎年忘れがちな私の誕生日、今年はちゃぁんと覚えてた…覚えてたんだけど。
「…ねぇ、初音さん?」
「…。…なんでしょうか、初音さん」
恐る恐る聞く私に小さな声が返ってきてほんのちょっとホッとした。
いやまあ、ホッとしてる場合じゃないんだけども。
「今日は私の誕生日だし、ミクオくんの誕生日だよね?」
「…そうだな」
「毎年忘れちゃって、ルカちゃんがいないってミクオくんに愚痴りに行くよね?」
「…そうだな」
「今年はちゃんと覚えてたしうちサプライズ禁止になったから待てが出来る初音さんなんだけどもね?」
「…そうだな」
上の空なミクオくんに、どうしよっかなぁと息を吐く。
端的に言うと、ルカちゃんと一緒にカイコちゃんがMVの撮影会に行っちゃって。
あ、カイコちゃんっていうのはKAITO型の女体化亜種ね!
お兄ちゃんに似ておっとり癒し系なんだぁ。
…って、それは置いといて。
そのカイコちゃんが大好きな初音ミクオくんは、私こと初音ミク型の男体化亜種…割と暴走パワー系な私と違って、どっちかっていうとちょっとレンくんみたいなダウナーさがある…どーうやら撮影会を知らなかったみたいなんだよね!
二人で誕生日会をする予定だったらしくて落ち込んじゃったんだけど、もー、落ち込み方が私そっくり。
そんなところ、似なくて良かったのにねぇ?
「…なんか失礼なこと考えてるだろ、初音さん」
「やだなぁ、何のことかさっぱりですわよ、初音さん!」
じろっと睨まれて私は誤魔化すように笑った。
やっぱり亜種だけあって分かっちゃうのかな。
「…。…オレ、別にカイコ姉さんが祝ってくれないから落ち込んでるわけじゃないからな?」
「…そーなの?!!」
ミクオくんの言葉に私はびっくりしてしまった。
てっきりそうなのかと…。
「ミクじゃあるまいし」
「それは否定しないけども。じゃーなんで落ち込んでるの?」
「…そりゃ…」
首を傾げる私にミクオくんは言い訳がましく口を開く。
出てくるのはミクオくんらしくない弱音。
「…オレよりルカさんの方が良いのかなって、思うだろ…」
「…へ?」 
思わず、きょとんとしてしまう。
だって、ねぇ?
「誕生日に毎年毎年ルカさんとどっか行ってたら気になるじゃんか」
「けど、あれは私達の誕生日プレゼントを用意してくれてるんだよ?」
「そうは分かってるけどさぁ…」
ため息なんて吐かれてしまって私は思わず笑ってしまった。
まさか、あのミクオくんがねぇ?
自分の記念日にもらうプレゼントより、『一緒にいてほしい』を願うなんて!
「言えばいーのに」
「今更恥ずかしくて言えるかよ」
「…言わなきゃ伝わらないのに」
「伝わらなくていいんだよ、そんな醜い嫉妬じみた…」
ミクオくんが言いながらこっちを見る。
私はぶんぶんと首を振った。
私が言ったのは、「言えばいーのに」って言葉だけ。
そう、だから。
「…カイ、姉ぇ?」
「私は、醜いなんて思わないけどな」
にこっとカイコちゃんが笑う。
「一緒にいたいのは私も同じなんだけど。でもクオくんにプレゼントも渡したいの。…欲張りかな?」
こてんと首を傾げるカイコちゃんに、今度はミクオくんがぶんぶんと首を振った。
全く、人騒がせなんだからー!
「ルカちゃーん!」
「あら、ミク姉様」
そっと部屋から出ると案の定ルカちゃんがいて、微笑んでくれた。
んー、やっぱりルカちゃんはマイエンジェル!
「お誕生日おめでとうございます」
「わぁい、ありがとう!今年は何をくれるの?」
「ふふ、見てのお楽しみですわ」
楽しそうなルカちゃんの隣に並ぶ。
可愛いなぁと思いながら私はするりと手を繋いだ。

欲張りだろうがなんだろうが、私はルカちゃんからのプレゼントももらうし、ルカちゃんの時間もルカちゃん自身もたぁっぷりいただきたいの!

(だって今日は私のお誕生日様!)

「ルカちゃん、だぁいすき!」
「私もですわ、ミク姉様」