機械仕掛けの神様なんてクソくらえ(改)

…かんっぜんに選曲ミスった。
そう、ため息を吐いたのは彰人だった。
「…大丈夫か?彰人」
心配そうに覗き込む相棒…だけではないが…の、冬弥に突っ伏したまま手を振る。
一応大丈夫、というのが伝わったのか彼はホッとした表情を、した。
「飲み物、いるか?」
「…んじゃあブラック以外で」
「…分かった」
小さく笑った冬弥がパタパタとスタジオから出る。
それを見送りながら彰人は自分が持ってきたはずの楽譜を手に取った。

Anti the EuphoriaHOLiC

そう銘打たれた楽曲は、とにかく速いし曲調もコロコロ変わるしで歌うのがかなり難しいそれだった。
普段やらないジャンルを、と探してきたはいいが完全に間違ったな、と再び項垂れる。
ツインボーカルだし、これが歌いこなせればパフォーマンスも映えるだろう、なんて安易に思ったのが間違いだったのだ。
これは人間が歌えるものではない。
バーチャルシンガーたちだからこそ映える歌なのだろう。
…ちなみに前身であるAnti the ∞HOLiCはカラオケに入っているようだ、どうかしている、と汗を拭った。
(つか、作者は何を思ってこの曲を作ったんだ?)
ため息を吐きながら彰人はそう思う。
Фはセカイとは読まねぇだろ、普通…、と独りごちていれば、またパタパタと足音が聞こえてきた。
「…これで良いか?」
「…ん、サンキュ」
缶ジュースを持って戻ってきた冬弥からそれを受け取る。
彰人の好きなものを熟知しているのは流石相棒、といったところだろうか。
缶を煽れば甘く爽やかな味が喉を潤していく。
「冬弥は大丈夫か?」
「…俺、か?俺はまあ…」
「無茶すんなよ」
困った顔の冬弥にそう声をかけた。
彼は感情を表情に出さないからである。
まあそこが冬弥らしいといえばらしいのだが。
それに、前より分かりやすくなった。
特に、楽しい、という感情はより伝わってくるようになったのだ。
彰人はそれを嬉しい、と思う。
父親を吹っ切って、クラシックを受け入れて、冬弥はより豊かな歌声を響かせるようになった。
彰人と、それからこはねや杏と共に、伝説を超える、その為に。
それを、嬉しいと呼ばずに何というだろうか。
「彰人が選んだ曲だろう?…難しくても、やり遂げてみせるさ」
冬弥が小さく笑う。
「…オレは、こいつのこういうトコが好きなんだよなぁ…」
その言葉に彰人はそっと独りごちた。
彰人を、真っ直ぐに信じてくれる。
なんだかんだ言いながら着いてきてくれる。
だから自分ももっと高みへ行けるのだ。
あの、喧嘩で、再確認した。
彰人は…彼と、冬弥と歩いていきたい、と。
「辿るべき道標(ひかり)はその胸に――、か」
「彰人?」
きょとんとした顔で冬弥がこちらを向く。
何でもねぇよ、と彰人は答えて立ち上がった。
よく分からない歌詞の羅列で、唯一共感したそれ。
辿るべき目標(ゆめ)は、彰人の…彰人たちだけのもの。
自分たちは自分たちだ。
決めるのは他の誰かなんかではなかった。
カミサマなんていらない。
デクス・エクス・マキナなんてもっとごめんだ。
真実に興味はないし、そも、自分たちが掴んでいるものこそが真実だと、彰人は信じていた。
だが、不幸と思ったって決まってしまった結末を捻じ曲げることは絶対にしない。
へや(過去)の飛び出したマリー(人類)のように、夢を、伝説を掴むために進むのだ。
まっすぐ、希望だけを胸にして。
彰人たちの野望はまだ、始まったばかりなのだから。
絶望なんてそこにはない。
苦しいことがあったって、頼ってほしいと手を差し伸べてくれる彼がいる。
それだけで充分だ。
…ただ、歌と冬弥がいれば…それでいい、と。
「練習再開すっぞ!!」
「…ああ」
呼び掛ければ、ふわり、と冬弥が笑う。
中々見れない、柔らかなそれで。
その笑みを見て、彰人も強気に笑った。

難しい歌だってなんだって、冬弥がいるならやってやる。

…冬弥の笑顔のためなら、オレは…バッドエンドも書き換えてやるよ。



「ぜってぇ嫌だ。誰がんなふりっふりの服着るかよ、司センパイじゃあるまいし!」
「…フリルと言っても腰のところだけだろう。きちんとした男性用衣装だぞ?大体司先輩の衣装はステージ衣装だからで…」
「彰人はさあ、ワガママだと思うなあ」
「…レン」
「ここのレンを見てよ、まともな衣装が二割しかない」
「…。…オレが悪かった」

転生しない少年たち

「冬弥ー。またせ…何読んでんだ?」
「…彰人」
彰人の声にふわりと笑った冬弥が読んでいた本の表紙を見せた。
「『星ノ少女ト幻奏楽土』…珍しいな、ファンタジーか?」
「そうとも言えるし、違うとも言えるな」
曖昧な冬弥のそれに彰人は首を傾げる。
曰く、その本はいくつかの章で構成されているらしく、今は6番目の話を読んでいるらしかった。
普段なら興味もないのだが、曖昧に濁されたせいで妙にストーリーが気になってしまい、「どんな話なんだよ」と聞いてしまう。
冬弥も読んでいる本に興味を持たれるのは純粋に嬉しいのか、快く教えてくれた。
「ある少女が、友だちの少女を好きになってしまった。その事実に絶望した少女にそのセカイのステラシステムが囁く、『不幸ヲ、サヨナラ』と」
冬弥がきれいな声で語りだすそれはどこか淋しげで。
彰人は口を噤む。
「ステラシステムは少女を少年に転生させたんだ。最初は幸せだった彼女たちだが違和感を覚えるようになる。それは本当に幸せなのか、と」
「…くだんねぇな」
「…え?」
思わず呟いた彰人のそれに、冬弥は首を傾げた。
だから、と彰人は頭を掻く。
「その、少女…だっけ?転生した方。相手に想いを伝えたわけじゃなかったんだろ」
「…そうだな。尋常じゃない片思い、とあるから恐らくは」
「伝えてみりゃ良かったじゃねーか。口にしなきゃ伝わんねぇこともある」
「…!…そう、だな」
彰人の言葉に、冬弥は目を見開き、それからふわりと笑った。
やはり伝えて良かった、と思う。
冬弥が隣で笑ってくれる、その幸せを手に入れることが出来たのだから。
絵空事に恋する気はなかったし、友だちのままで、相棒のままでいる気もなかった。
平坦に単調に聴き飽きたポップスのように、ただただ流れていく偽りの日常なんかいらない。 
彰人が望むのは胸が高鳴って常に進化していく最高潮の音楽(ストリートミュージック)と素晴らしい仲間だ。
こはねと、杏と、それから。
「行くぞ、冬弥」
目の前の相棒に手を差し出す。
ああ、と迷い無く手を取ってくれたのが嬉しかった。
今は、相棒としてだけではなく、恋人としても隣に立ち続ける。
仲の良い友達、はもう脱したのだ。
だから、もう悲しませたりなんかしない。
転生少年みたいには、もう。

(誰かの幸せを願うなら、その隣にオレがいたって問題ないだろ!!)



「…彰人も、ステラシステムに抗いそうだな」
「…。…そもそもステラシステムなんかに縋らねぇっつーの」

二人のセカイで の詩を

「…なんだこれ」
ぽかん、と彰人はイヤホンを外しながら呟いた。
その反応を見た冬弥も肩を揺らす。
勿論その反応は想定内であったようだが。
「…これ、次のイベントで歌うとか言い出さねぇよな?」
「…まさか。流石に小豆沢や白石に怒られてしまう」
「オレだけなら歌うつもりだったのかよ、怖ぇ奴」
くす、と笑う冬弥に、彰人は流石に呆れた。
彰人が歌うつもりであれば冬弥もノッたのだろうか。
「聴き取れるということは歌う事も出来そうだが」
「恐ろしいこと言うなよ。…口が回んねぇっつぅの」
ふむ、と考え込む冬弥に彰人は軽く笑った。
パフォーマンスで歌う事が出来れば格好も良いだろうが、それで歌詞を聞き取る事が出来なければなんの意味もない。
…存外、正確な音を紡ぎだす冬弥には出来るのかもしれないけれど。
「…もしかして、歌えたりすんのか…?」
「…。…流石の俺も無理だな。早口は向いていない」
「…だよな」
恐る恐る聞いてみれば、少し考えて出されたそれに彰人はホッとする。
「まあ、ドールも私だけで良いと言っているしな」
「…あ?」
くす、と微笑んで言われるそれに彰人は首を傾げた。
何を突然。
そう思っていれば少し楽しそうな冬弥が画面の中の少女を指差した。
バーチャルシンガーである初音ミクとも、自分たちのセカイの初音ミクとも違う姿の少女が悪い顔で歌っている。
「…こいつがドール?」
「ああ。…作者がそういう名前だと言っていたからそうなのだろう」
「ふぅん。なんか単純だな」
彰人のそれに冬弥が楽しそうに笑った。
「名前はどちらでも良いんじゃないか?彼女の意味は『君の詩』を歌うことなのだから」
「…あー、誰にも愛されなかった君の詩、か」 
何度か聞いている内に聴き取れたそれを言うと冬弥がコクリと頷く。
「きっと最初は言い付け通りに品行方正に、唄を紡いでいたんだろう」
「まあ、機械だしな」
「だが、君、は周りから愛されないと知る。君、と共に歩んできた彼女は君のためにこの詩を歌い続けているのではないだろうか」
「…あー…分かるような分かんねぇような」
冬弥の言葉に彰人は素直にギブアップを示した。
ミステリー小説好きの冬弥は兎も角、流石にそんなところまで読解出来るほど理解が及んでいるわけではないし、まして考察なんて出来っこない。
事実は、良い歌だが今の自分たちが歌うのは不可能だ、ということだ。
…認めるのは悔しいが。
「いつかドールだけじゃねぇ、オレたちも歌えることを証明しねぇとな。いい曲なのは事実だしよ」
「…!…ああ、そうだな」
冬弥が嬉しそうに微笑む。
その笑顔を見ると、やはり口の体操は毎日しておくか、という気分になった。
音楽プレイヤーを止めようとして…ふと止める。
「…?彰人?」
「いや、やっぱこの曲は歌えねぇなって思ってよ」
首を傾げた冬弥に頭を掻きながら言えばしばらく不思議そうにしていたが、該当の歌詞を見、理解したのか小さく笑った。
「…もしかして」
「…っ、そうだよ。…オレはぜってぇ言わないし、冬弥に歌わせる気もねぇし」 
答えを言いそうになる冬弥を遮って彰人は答える。
過激なだけでは別に構わないのだ。
だが、これは。
「俺は構わないんだが。…後生抱いてくれ、ダーリン?」
綺麗に微笑む彼に、何となく煽られている気がしてぐいっと手を引く。
「望み通りにしてやろうか?ハニー」
「…歌の練習が出来ないのは、困るな」
楽しそうな冬弥に黙れと言わんばかりに口付けた。
君には私だけでいいの、と笑うドールが脳裏にチラつく。
それは確かにそうかもな、なんて思いながら彰人は冬弥を抱きしめた。


彰人を求めるような歌は、誰にも聞かせたくない。

(さあさ、共に踊りましょう?

さあさ、共に唄いましょう?)


冬弥の相棒は、彼の様々な歌声を聴くことが出来るのは、彰人だけなのだから!
(それは、冬弥も同じこと)


狭いセカイに、響く二人の唄は、誰にも聞こえず互いの鼓膜を震わせ消えていった。



「…ちなみにこの曲だが、リズムゲーム用に作られたものらしい」
「…あー、それで指を粉砕…」

司誕生日

「…なぁ、咲希」
「んー?なぁに、お兄ちゃん!」
司の呼びかけに、スマホから目を離した咲希がひょいとこちらを覗き込んでくる。
首を傾げる彼女に、先程から悩んでいることについて聞いてみることにした。
「冬弥から誕生日プレゼントを渡したいと言われてな、何が良いかと迷っているんだ」
「えー?お兄ちゃんが欲しいもので良いんじゃないの?」
「今特別欲しいものは無いし、それに欲しいものは自分で手に入れてこそ、だろう?冬弥から貰うものは何でも嬉しいしなぁ…」
「あははっ、お兄ちゃんらしいよね!」
可愛らしく笑う彼女は、少し天井を見上げると、あ、と言う。
「とーやくんと一日デートは?」
「それも考えたは考えたが、普段と変わらんような気が…」
「確かにそうだよねぇ。うーん、そうだなぁ」
「オレは貰うより渡す方が好きだしなぁ」
「お兄ちゃん、生粋のエンターテイナー、未来のスター!だもんね」
咲希が明るく笑う。
その後、少し悪い顔になった。
「じゃあもういっそ、お前が欲しいー!くらい言っちゃえば?」
「まあそれはまた特別な日に言うが」
「あ、言う予定はあるんだね?」
さらっと返せば咲希も何かを納得したようだ。
司も冬弥も男同士だが彼女はそんなこと関係ないらしい。
好きなお兄ちゃん、が好きな友人、と一緒になって幸せ!くらいだろうか。
「お兄ちゃんは、とーやくんにあげた中で一番これだ!っていうのはないの?」
「ん?あぁ、そうだな…。…やはり、ショーだな!」
咲希の疑問にそう答える。
彼は司のショーが好きでいてくれていて、司も事あるごとにショーをしているのだ。
その答えにじゃあ!と彼女は表情を輝かせた。
「お兄ちゃんもとーやくんから歌を貰えば良いよ!」




「…俺の…単独パフォーマンス、ですか」
冬弥がぱちくりと目を瞬かせる。
ああ!と大きく頷く司に、少し悩んでから「分かりました」と言ってくれた。
「しかし、何故」
「いや、冬弥はよくオレのショーを見に来てくれるだろう?」
「はい。先輩のショーが好きなので」
「嬉しい事を言ってくれる。…だが、オレはあまり冬弥のイベントを見たことがない事に気づいてなぁ。仲間たちとのパフォーマンスも素晴らしいだろうとは思ったがやはり冬弥一人のパフォーマンスも見てみたいと思ったんだ」
そう言えば、冬弥は嬉しそうに微笑む。
やはり、得意分野である歌を届けるのは嬉しいのだろう。
「今からではライブイベントに申し込むと時間がかかるので…路上パフォーマンスでも良いでしょうか?」
「ああ!観客は大勢いる方が良い」
冬弥のそれに頷き、ぐいっと手を引いた。
それから彼に囁く。
頬を染める冬弥に笑って肩を叩き、楽しみにしている、と告げた。


きっと、素晴らしい誕生日に、彼はしてくれるだろう。
司の囁きの通りに。


「…今そこで歌っている冬弥の歌声も何もかもがオレだけに向けられたものだと、…オレは知っているからな」

(観客が大勢いる中、熱い冬弥の歌声と視線の先は


司だけが知っている)

司冬ワンライ/あわてんぼうプレゼンター・誕生日

さて、咲希の誕生日が終わったその日のことだ。
司はもう次の準備に取り掛かっていた。
その準備とは、何の事はない、冬弥の誕生日である。
「やはり冬弥が喜ぶことをしたいが…さて何が良いだろうか…」
ふむ、と考え込み、天井を見上げた。
冬弥なら何をしても喜びそうだが、やはりここは未来のスター、最高の笑顔を引き出したいと思うのは当然だろう。
「お兄ちゃーん、お風呂空いた…どうしたの?」
「…おお、咲希。実は、冬弥の誕生日プレゼントは何が良いかと思ってなぁ…」
首を傾げる妹にそう言えば目をぱちくりとさせた。
「とーやくん?え、でも、とーやくんの誕生日って25日じゃなかった?」
「?そうだが?」
「アタシの誕生日終わったばっかりだよ??お兄ちゃんの誕生日もまだなのに…」
「む、そうか?咲希だって、一歌や穂波、志歩の誕生日プレゼントは早々に用意していただろう?」
咲希の疑問に返してやれば、そっか!と彼女も納得したらしい。
「そっか!…じゃあお風呂でゆっくり考えるのはどうかな?」
「おお!それは良いな!」
「でしょ!あ、でも逆上せないでね?」
「ああ、分かった!」
手を振る咲希に司は明るく言う。
素敵なプレゼントが思い付くと信じて。


結論から言えば、逆上せそうになった。
しかも、これだ!というものは思い付かず、仕方がないので司はピアノの前に座り、弾きながら考えることにしたのである。
トルペのショーをしてから、以前よりもピアノの前に座る事が多くなった。
そういえば、冬弥も発表会に来てくれた時は喜んでいたっけか。
ピアノやバイオリンから離れ、弾くことは今は出来ないようだが、聴く分には楽しく聴けるようになったらしい。
良かったと思う。
…司との思い出まで辛くなっては、こちらも悲しいから。
と、ふと見上げれば咲希が誰かに電話しながらこちらを見ていた。
演奏を止めるとふわふわ笑った彼女が「電話、とーやくんだよ!」と言う。
「冬弥から?」
「ふふ、愛し愛され似た者同士って感じだよね!はい!」
階段を駆け下りて来た彼女は、スマホを手渡してからまた階段を上がり、自室に入っていく。
「もしもし?冬弥か?」
『…!司先輩、その…こんばんは』
「ああ。どうかしたのか?」
『いえ。その…』
少し口篭る冬弥に、何となく察しが付いて司は笑った。
愛し愛され似た者同士とはそういう事か、と。
「…いや、良い。その返事は後日聞くとしよう。今日は月が綺麗な夜だからな。どうだろう、オレの演奏を聴いていかないか?」
『…!…是非、お願いします』
電話の向こう、冬弥の声が甘くなる。


月が綺麗な夜、あわてんぼうなプレゼンターが彼に捧げる曲は「JE TE VEUX」。


彼の誕生日は、油断していればすぐそこ、だ。

司冬ワンライ/ダーリン・おねだり

スーパーに買い物をしに来ていた司は、しまった、と思う。
今日は冬弥が家に来てくれる日だ。
買い物はすぐだが、もし早めに来たらいけないな、と司は妹の咲希に電話をすることにした。
「…む、出んなぁ…」
スマホにかけたが咲希は一向に出ない。
カバンにでも入れっぱなしにしているのだろうか。
一旦電話を切り、司は家の番号をタップする。
数回のコールの後、カチャと通話になった。
『…もしもし、天馬です』
「…おー、咲…ん??」
喋りだそうとしたが、ふと違和感を感じてやめる。
声の主は明らかに男性だったからだ。
『…あ、司先輩ですか?』
「…その声は…冬弥か?!」
『…はい。すみません、今咲希さんはクッキーを作ってくださっていて…手が離せないから変わりに出て、と』
「ああ、なるほど、そういう事か」
冬弥のそれに司は笑う。
どうやら咲希はきちんと冬弥を家の中に招き入れてくれたらしい。
良かった、と安堵した司の耳に、『…とーやくん、誰だったぁ?』という声が入った。
『…司先輩です、代わりますか?』
『…うーうん!あ、チョコチップ買ってきてって伝えてほしいな!』
『…分かりました。…だ、そうです』
「了解した」
ほぼ全部聞こえていたそれに司は笑いながら製菓コーナーに向かう。
「冬弥は何か欲しいものはあるか?」
『俺、ですか?…いえ、特に何も』
冬弥の声は柔らかく耳に心地良い。
思わず笑みを浮かべつつ司はスマホを持ち替えた。
『…強いて言うなら…そうですね』
ふと聞こえる冬弥の声は、どこか、照れたようなそれで。
『…早く、帰って来て頂けると…嬉しいです』
耳にダイレクトに聞こえる、彼から漏れるおねだり。
一瞬ぽかんとしたが、慌てて「当たり前だ!」と強く言う。
だって、まさか、普段我儘も言わない冬弥からの言葉がこんな所で聞けるだなんて。
「今すぐ!今すぐ帰るからな!」
『…はい』
甘い声に、司はいつかアメリカで見た映画のそれを思い出す。
柄ではないが…たまには良いだろうか。
「良い子で待っていろよ?ハニー」
少し声のトーンを下げて言えば、息を呑む音が聞こえた。
…そうして。
『…さあ、それはどうでしょう』
「ん?え?冬弥??」
『…早く帰って来て下さらないと美味しいクッキーに浮気をしてしまうかもしれないです、ね』
…ダーリン、と切れる直前に聞こえた声は司の耳に甘く残っていて。
思わずズルズルとしゃがみ込む。
周りの人がぎょっとする程大きな溜め息が出た。
スマホからは、ツーツーという音だけが聞こえていて。
「…いつの間にこんな殺し文句を覚えたんだ…」
しばらく頭を抱えていたが、司は勢い良く立ち上がる。
可愛い可愛い恋人が待つ家に、はやく帰らなければ。


(何たって美味しいクッキーと可愛いハニーが待っている!)



「とーやくん、お兄ちゃんなんだって…どうかしたの?」
「…いえ、何でもないです…」

でろでろに甘く依存系の洗脳なざっくんと恐怖含むDV洗脳精神ぐちゃ系なあきらくんとロリショタカイさんの話

「…ねー、カイコクさぁん、こっち向いてよー」
「…」
アカツキ…いや、アキラに呼ばれたカイコクが無視してこちらに抱き着いてきた。
本を読んでいたザクロは小さく息を吐き、「…鬼ヶ崎」と呼びかける。
「…なんでェ、おしぎり」
「…そろそろ相手をしてやれ」
「いやでェ」
見上げてくる彼にそう言ってやればカイコクははっきりそう言った。
まあそうだろうな、と思いつつちらりとアキラを見やる。
アカツキと表情は同じなのにぞくりとしたものを感じ、ザクロの背後に隠れるカイコクの頭を撫でた。
彼はザクロよりも年上だし、タッパも大きいのだが…何故こうなっているのか。
それは勿論、アキラがカイコクに対して幼児化の薬を使ったからだ。
こどもの日だからとかなんとか言って。
騙す方も騙す方だが、騙される方も騙される方ではなかろうか。
「ねぇ、忍霧さん?ちょっと甘やかし過ぎじゃないかな」
「…俺は甘やかしているつもり事はない。ただ、貴様のやり方では鬼ヶ崎は懐かん、とは思うが」
「えー、そうかな?これでも俺なりに可愛がってるんだけどなぁ」
「…それが良くないと…」
はぁ、と息を吐いてそう言う。
この生活にも慣れてしまった。
アキラはザクロたちの敵だ。
突然分断されたセカイに取り残され、最初こそ警戒したが、彼が何もしてこないからザクロはこの生活に甘んじてしまった。
とっくに狂ってしまったのかもしれない。
何時まで経っても日常生活に戻れないから。
自分を護る為に、無意識下で防衛しているのかもしれない、と思った。
…カイコクは無駄に足掻いて抵抗しているけれど。
「ねぇ、カイコクさん。俺と遊びましょ?」
「…っ」
アキラの誘いにカイコクはぎゅっとザクロの服を掴んだ。
「鬼ヶ崎、折角のこどもの日だ、遊んでやれ」
「っ!!おしぎ…っ!」
ザクロの言葉にカイコクは潤んだ目を向ける。
パタン、と特に読んでもいなかった本を閉じて、大丈夫だと頭を撫でた。
(その目が濁っているのはカイコクだけが知っている)
「良い子に出来たら、後で遊んでやるから」

今日はこどもの日。

遊んでもらう子どもは…果たしてどちら?


……

「あーあ、売られちゃったね、カイコクさん」
アキラがにこっと笑う。
カイコクがびくりと肩を震わせ、目を揺らした。
「…ゃ…」
「相変わらず学習しないよねぇ。逃げても無駄だって知ってるのに」
「…っ!!」
その言葉にギロリと睨んだカイコクがベッドから飛び降りようとする。
寸前、首根っこを掴み、ベッドに押さえつけた。
「なにすんでェ!!」
「何する、はこっちのセリフ。…そう思わない?カイコクさん」
声を荒らげる彼にそう笑いかけ、手を振りかぶる。
バチンっ!!と鈍い音が響きわたった。
「…っ?!!あぁァアっ?!!」
「悪いことをしたらお仕置き、そうだろ?」
「ゃっ、あ"、ぅあ"ぁっ!!」
汚い声を上げるカイコクの尻をアキラは打ち据える。
ひゅっと器官が鳴る音がした。
暫くスパンキングを続け、ぐったりとし始めた頃にそれをやめる。
「…反省した?カイコクさん」
「…」
荒い息の彼に笑いながら問い掛ければ怯えた目でこちらを見た。
暫く逡巡し、こくりと頷く。
良い子、と頭を撫でた。
「なら、気持ち良くしてあげる」
「…ん、ぅ!ふ、ぅ、ゃ…!」
そう囁いてアキラは彼の小さな口に口付ける。
口内を貪り、弱い所をくすぐった。
びく、と躰を震わせたカイコクが思い切りその舌に歯を立てる。
「…っ!つ…」
「…っ、はっ、はぁっ、っ…」
思わず体を引けば、彼は己の体を抱き締めて睨んできた。
この期に及んで抵抗するとは。
無言で小さな躰をひっくり返し、無防備な下半身に手を伸ばす。
「っ?!ゃ、ぎ、ぅうう?!!」
カイコクが声を上げた。
その、濡れてもいない菊紋に巨大なバイブを突き刺す。
途端、ポロポロとこらえ切れなかった涙が溢れた。
それを無視して動作をオンにする。
鈍い音が響き、小さなカイコクから声無き悲鳴が漏れた。
「ぁあ"あっ!!、ゃぁ、ひっ、ぐ、ごわれ、るっ!ふぁ"あ、あぁあああっ!!」
「カイコクさんが悪いんだよ?抵抗したりするから」
「…ひっ…ゃ、…ぅ…」
「大人しくしていたら気持ちよくしてあげる。抵抗したら…わかるよね?」
バイブを掴み、グッと押し込む。
どうやら結腸を開いてしまったようで、カイコクは綺麗な目を見開いた。
「…ご、め…ごめ、んなさ……っ!!いたぃこと、しなぃで、くんなぁ…っ!!!」
「良い子に出来る?」
「ん、ん…!するっ、する…からぁ…!」
コクコクと頷き、美しい黒髪を揺らす。
良い子、と頭を撫で、体を仰向けにさせて小さな彼の性器をそっと握った。
「…っ、なん、なに、を……」
「尿道バイブ。聞いたことあるだろ?」
「…っ!!ゃ、そ、んなの…はいんねぇ…っ!」
「良い子に、するんですよね?【カイコクさん】」
アキラは、【アカツキ】の笑みを見せる。
恐怖に躰を震わせたカイコクはぎゅっとシーツを握り締めた。
「…っ!!…たすけ、たすけ…て……っ!」
アキラのそれに大人しくなったカイコクが小さく助けを求める。
あら、とアキラは声をもらした。
どうやら恐怖で精神年齢まで幼くなってしまったらしい。
「ま、止めないんだけど、ね」
ずく、と差し込み、ズプズプと尿道バイブを押し込んでいった。
悪いことは悪だと、躰に覚えさせなければ。
ちっぽけなプライドは悪だと、理解させ(洗脳し)なければ。
「ぃぐっ、ひっ、や"ぁあっ!…す、けて、たすけ…っ!!」
「あはは、可愛いなぁ。もっと聴かせてよ、カイコクさん」
「…もう、良いだろう」
と、ザクロがこちらに来る。
軽々と抱えられたカイコクは涙を流しながらザクロにしがみついた。
「…何、もう終わり?」
「…。…やり過ぎだ。怯えているだろう」
「お仕置きだよ。俺の舌を噛んだんだから」
「…恐怖では何もならない」
静かに言ったザクロは小さくカイコクの頭をなでる。
「怖かったな、鬼ヶ崎」
「…お、しぎ…」
「だが、お前も悪いだろう?噛むのは駄目だ」
「…ご、めんなさ…」
「もうしてはいけないぞ?」
ザクロに優しい言葉をかけられ、頭を撫でられる度にとろんとした顔をした。
やり過ぎなのはどちらだ、とアキラは自嘲する。
あのプライドが高いカイコクが、依存し切ってしまうほどに堕ちるなんて。
何日も何日もかけて甘い言葉を吐き、躰を溶かしていったのだろう。
彼には自分がいなければならないと、そう言って。
甘くしてやれるのは自分だけだと、そう言い聞かせ(洗脳し)て。
「鬼ヶ崎には俺がいる。安心しろ」
「…おし、ぎり…」
ちゅ、ちゅ、とカイコクの躰にキスを落とすザクロに、小さな彼は嬉しそうに微笑んだ。
アキラはそれを見つめていたがふと思い立ち、カイコクの腕をぐいっと引っ張る。
「ふぁっ?!…っ?!がっ、ぅ…!」
「…っ、おい!」
無防備な彼の小さな口に自分の性器を突っ込んだ。
喉奥を容赦なく犯す。
声を荒らげるザクロに、「助けてみたらどうですか?…助けられるなら、だけど」なんて煽ってやった。
しばらく睨んでいたザクロは、結腸まで入り込んでいたバイブを一気に抜き取る。
「…っ!んんんぅーっ!!」
悲鳴を漏らし、ビクッビクッと躰を震わせたカイコクの背に口付けながらザクロがぽっかり開いたそこに自身をゆっくりと埋め込んだ。
先程とは違い、甘く甘く開かれていく躰に、彼はホロホロと涙を零す。
きっと、どうしたら良いのか分からないのだろう。
アキラからは激しく攻め立てられて、ザクロからは甘く暴かれて。
「良い子だな、鬼ヶ崎」
「悪い子だね、カイコクさん」
両耳に囁かれた彼はいやいやと首を振った。
子どもの躰には耐え難いほどの苦痛と快楽で。
カイコクはおかしくなっていく。

今日は子どもの日。


子どもになってしまった彼が、精神も子どもに戻ってしまう、そんな日。


(ゲーム、ゲーム、これはゲーム)


(カイコクの心を壊す、洗脳ゲーム)

(子どもの彼に、狂った愛してるを囁いたのは果たしてどちら?)

司冬ワンライ/ボカロ曲(アイノウタ/墨汁P)

司は走り出す。
高鳴る鼓動に、息を弾ませて。

「冬弥!」
「…司先輩」
ぶんぶんと手を振れば彼はふわりと目を細めた。
やはり、彼は笑っている方が良い。
その方がずっと似合っている。
「すまない、遅くなってしまった」
「いえ、大丈夫です。…あの、それは…?」
「え?…あ」
冬弥の指摘に司は手元を見た。
小道具で使ったナイフを持ってきてしまったらしい。
よくまあ通報されなかったものだと苦笑した。
「今度のショーの小道具だな。…ちゃんと、偽物だぞ?」
「そこは信じていますが…。…よく、通報されませんでしたね」
「それはオレも同意だな」
顔を見合わせてふは、と笑う。
まあ笑顔で駆けている青年が、ナイフを持っているとは人々も思うまい。
ふと彼がどんな表情をするのか見てみたくて、す、とナイフを突きつけて見せた。
冬弥は一瞬驚いた顔をしたが、柔らかく微笑んで見せる。
「どうかしましたか?先輩」
「…いや…驚かないんだな」
「そうですね。…先輩だから、でしょうか」
予想外の反応にこちらが驚いていれば冬弥がそんな事を言った。
「オレ、だから?」
「はい。…先輩ならば、例え本物のナイフを突きつけられても首を絞められても、何か理由があるんだろうな、と思います」
「それは…オレを過信しすぎじゃないか?」
冬弥の言葉に思わず呆れてしまう。
いくら好きな人とはいえ、殺されかけても理由がある、なんて。
「そんなことはないですよ。…きっと、俺にとっても良い世界に連れて行って下さる気がするので」
「例え良い世界だったとしても、今の生活から切り離すような行為だ、お前の仲間たちが許すとは思えん。それに、オレが良いと思う世界が冬弥にとっても良い訳ではないからなぁ」
「…!」
司のそれに冬弥は目を見開いた。
どうかしたのだろうか?
「先輩は何故、そう…?」
「当たり前だろう?オレにとっての愛の歌が、冬弥にとって呪い歌になるやもしれん。幸あれと願うのは一種の呪いなのだぞ?幸福的価値観を押し付けるんだからな」
「…押し付けられた人にとっても幸せかもしれません」
「それはそう思い込もうとしているだけに過ぎん。まあ、オレのこの考えも押し付けといえばそうだが…」
何故だか泣きそうな冬弥に司は優しく笑いかける。
きっと冬弥は父親のことを思い出しているのだろう。
少し聞いただけだが、自分の【幸せ】を提示するのは決して悪いことではないのだ。
だから、大丈夫だ、というように司は笑う。
「人には人それぞれの意見や考えがある。それをどう取捨選択していくかはお前が決めると良い。正解は、自分しか分からんのだから」
「…はい」
「もし迷ったなら、オレの愛の歌で良ければ歌ってやるぞ!いつだって、どんな時だって、な」
そう言ってやれば、涙を浮かべたまま彼は微笑んだ。
「…ねぇ、あれ修羅場かなぁ…」
聞こえてきた声に司はふと我に返る。
そう言えばナイフを持ったままだった。
「まずい!逃げるぞ、冬弥!」
「え、あ、はい!」
ナイフを慌ててカバンに突っ込み、司は冬弥の手を引き走り出す。
まるで騒がしいパレードのように、景色は目まぐるしく移り変わった。
「ふふ、…」
「あ、笑っているな?!お前、割と大変な時にー!」
「すみません、でも…何だか楽しくて…」
彼の笑う声が空に還る。
きっと、きっと幸せだけではない日々だとしても。
それでも、こんなドタバタで騒がしい歌を、それを幸福とする冬弥を、司は一番に愛してる。


(お前とオレの音を連れて、さてどこに行こう?)



ありふれた毎日を超えて、聞こえる音はアイノウタ!
……


高鳴る鼓動に 息弾ませて
進め足音 行く先知れず


好き・嫌い 君と僕あいこ
ナイフ突きつけ 泣き笑ったら
壊れた音で耳ふさいで
空にこぼせ愛の歌



今日もありがと 明日はさよなら
語れ言の葉 聞く人知れず


今・昔 始まりと最後
首に手をかけ ほほ笑んだら
祝福の音で口ふさいで
空にまいた愛の歌



偽りと本当のパレード
終わりない終末のループに
飽いた 飽いたなら
何処に行こうかな



夢・現 おぼろげな回路
幸あれと 呪いをかけたら
誓いの音で目をふさいで
空にとかせ愛の歌


いつか君と僕のパレード
ありふれた 毎日越えたら
始まりの音で身を包んで
空にとんだ愛の歌

司冬ワンライ・きらきらひかる/ピアノ

久しぶりにピアノを人前で弾いた。
手のひらを見つめてグッと握り込む。
息を吐いた瞬間、色んな思いが流れ込んできた。
別に大層緊張したというわけでもない(そも、司は緊張も楽しむタイプだ)
ただ、誘ったとはいえ冬弥がピアノメインのショーを見に来てくれるとは思わなかった。
一時期は、ピアノを見るのすら嫌がっていたほどなのに。
良い仲間に恵まれたのだなぁと思う。
「…司先輩」
「冬弥!すまんなぁ、呼び立ててしまって」
「いえ。…それで、何かあったんですか?」
こてりと首を傾げる冬弥に、実は、と切り出した。
「この前、トルペのショーをやっただろう。久しぶりにピアノを弾いたのだが楽しくてなぁ。それで、咲希と共に家で発表会をしようと思うのだが…どうだろう、聴きに来ないか?」
恐る恐るそう言えば冬弥は、ぱあっと表情を輝かせる。
その顔に、ほんの少しだけホッとした。
「是非!先輩と咲希さんのピアノ、とても楽しみです」
「そうか!冬弥が来るならきっと咲希も喜ぶぞ!」
心底嬉しそうな彼に、司もそう言う。
無理をしているなら止めようかとも思うがどうもそういう感じでもないようだ。
「…あの、司先輩」
「ん?どうした?」
「…。…その発表会には他の人たちも呼ぶんですよね?」
そっと聞いてくる冬弥に、司は素直に答えた。
咲希も一歌たちバンドメンバーを呼ぶようだし、司もえむや寧々、類を呼ぶつもりでいる。
そう言えば、「そう、ですか…」と冬弥は曖昧に言った。
「?どうかしたのか?」
「…あ…いえ、大したことでは…」
「何か言いたいことがあるなら言ったほうが良い。…溜め込んでいても良いことはないからな!」
自信満々にそう言えば、冬弥は少し目を見開いた後柔らかく微笑む。
「…司先輩のピアノは、俺にとってきらきらと輝いていて…聴いていてとても心地が良いので、他の人にも聞いてもらえるととても嬉しいです。…だからこそ、少し寂しいと思いました」
「…ほう?」
「昔、俺の為にリサイタルを開いてくださったのが嬉しかったんです。あの頃からピアノは苦痛でしたが、先輩のピアノはいつでも蜂蜜のように甘くて星のように煌めいていましたから」
「…。…なるほど」
冬弥のそれに司は頷き、ニッと笑った。
「よし。冬弥、今から時間はあるか?」
「え?あ、はい」
「そうと決まれば音楽室だ!一曲、可愛い冬弥のために演奏しよう!!」
笑いかけ、司は冬弥の手を引く。
彼がそこまで好いてくれるなら、彼の為だけに演奏しよう。


夜の星より煌めく演奏を、冬弥に!


きらきらひかる

おそらのほしよ

まばたきしては

(お前だけを見ている)

Peacemekar

忘れない。
きっと、何時までも覚えている。
あの日…小さな墓の前で抱いた悲しみを。
散った戦友の願いも護れなかった大切な人も、その彼女が歌に込めた祈りも…全て。


小さな洞穴の前で志歩はそっと息を吐く。
隣国との戦争が始まってから幾日。
もう何日こうしているだろう。
いつまでこんなことをしなければならないのだろう。
考えたって分からないから気分転換に泉へと足を向けた。
と、ビクッとして歩みを止める。
そんな、なんで、どうして。
彼女は洞穴の中にいるはずなのに。
慌てて駆け寄ると、彼女は歌をやめてふわ、と笑った。
「…!志歩!」
「…っ!遥!」
無邪気に手を振る彼女…遥を静止する。
びっくりした表情の遥の腕を掴んだまま志歩は声を荒げた。
「わかってる?!遥は、水の歌姫で、だから……」
「…大丈夫。分かってる」
言葉を詰まらせる志歩に、遥が頷く。
…水の歌姫。
隣国から狙われる、この国最後の砦。
この国には4人の歌姫がいる。
いや、正確には4人の歌姫が【いた】。
花の歌姫、みのり。
風の歌姫、愛莉。
日の歌姫、雫。
そして水の歌姫、遥。
4人の歌姫により、この国は護られてきたのだ。
みのりを守護する一歌、愛莉を守護する咲希、雫を守護する穂波と、遥を守護する志歩は友人同士だった。
平和な頃は街に出て一歌たちと買い物をしたり、姉である雫やみのりに愛莉とも食事をしたりしていたのだ。
…それが、突如として始まった戦争によって全てが奪い尽くされた。
志歩も戦いに身を投じるしかなく、何時の間にか手は血で汚れていて。
誰のものかもわからないそれで汚れた手で遥に触りたくなくて掴んでいた手を離す。
「…お姉ちゃんも!みのりも、愛莉さんも…殺されたんだよ?一歌も穂波も咲希だって、必死に護ってた、でも駄目だった!」
「…」
「咲希は遺体すら見つかってないの。こんな思いもう二度としたくない。…お願い、命を投げ捨てたりしないで」
拳を握り締めて志歩は訥々と訴えた。
遥だけは、失いたくなかった、から。
それがどういう感情かも知らないで。
「歌なんか歌って、敵にバレたらどうするつもり??」
「…私は、歌でセカイが繋がってくれたら良いなって、思うの」
問い詰める志歩に遥は僅かにそう笑う。
何を、と乾いた声で言う志歩に、遥は水の色をしたユリによく似たスカートを閃かせた。
「平和とか愛は永遠じゃない。忘れてはすぐ失くしてしまうでしょう?」
「…っ」
「だからね、志歩。私は歌い続けるの」
ぎゅっと遥が手を握る。
温かい、手。
「…貴方が、どんな時も迷わないように。私は、歌うことしか出来ないから」
志歩が好きな笑みで。
そう、言ってくれたのに。
遥は死んだ。
誰かに殺されたのだ。
彼女を小さな穴に閉じ込めてまで守っていたはずなのに。
気づいた時には失くしていた。
もう、何が正しいかなんてわからない。
そんな感覚も麻痺していた…ある日のこと。

「こんにちは、お姉ちゃん!」
「…っ!」
その、穴の近くで少女に話しかけられた。
「あたしはえむ!今ねぇ、探検ごっこをしてるんだぁ!」
「…そう」
素っ気ない返事にもにこっと少女が笑う。
愛莉に似た髪、咲希に似た笑顔。
何も知らない、無垢な少女。
…この場所を誰かに知られるのは嫌だな、と思った。
「あのね!あたし、夢があるの!…でも、絶対に叶わないってお兄ちゃんには言われてて…」
「…そんなことないと思うよ」
しゅんとする少女にそう言えば、ホント?!と顔を輝かせる。
表情がくるくる変わる子だなと笑んだ。
「…その夢、もっと近くで聞かせて?」
「…!うん!」
嬉しそうに近付いてきた少女に手を伸ばし…小さなその首を絞める。
「…お、ねぇ……ちゃん?」
「…ごめんね、この場所を誰かに知られると困るの」
目を見開く少女に志歩は無感情にそう言った。
…命の灯火が消える。
あの子の夢は、もう二度と分からない。

「作戦14 水の歌姫の報復に、碧の王子の抹殺」
「…っ」
淡々と告げられる作戦名。
上司が告げる。
「スパイとして君を送り込む。失敗は許されない。良いね?」
「Yes, sir」
志歩は義務のように敬礼をした。
きっと、これが最後の作戦だと信じて。
…これが、最期だと、信じて。
「私はっ!遥の仇を獲るんだ、絶対に!!」

敵国に入り込むなんて無茶だと思っていたのに拍子抜けするほどあっさり入り込めてしまった。
それだけ、人の入れ替わりが激しいのだろう。
同じ身長くらいの少女を殺して騎士服を奪った。
城の中を歩くのも堂々としていればバレないものだ。
だが。
「…あっれぇ?見ない顔だね?」
「…っ!!」
突然そう声を掛けられて志歩はびくりと肩を揺らす。
薄いピンクのポニーテールを揺らし、ジロジロとこちらを見つめていたその人は、まあいっか!と笑った。
「ボクは瑞希!君は?」
「…。…志歩」
「志歩ちゃんだね!よろしく。…お互い、死なないように頑張ろうね」
にっこりとその人、瑞希が手を差し出す。
戸惑っていれば瑞希はへにゃりと笑いながら手を下ろした。
怪しまれてはいないだろうか。
「あ、えっと…ごめん」
「あはは、大丈夫だよ!…ま、仕方ないよね。二度と会えないかもだし」
「…そんなに、兵は入れ替わるの?」
「まあねー。でも、しょうがないかな。戦争ってそんなもんじゃん?」
「…」
「これでも司隊長は頑張って犠牲者を出さないようにはしてるみたいなんだけど。…けど、相手も必死だし。あ、後噂だと相手国の歌姫が死んだって話でさ。これを機に一気に攻め込むって話があったんだけど、それに待ったをかけてるみたいだね」
「…。…それは何故?」
志歩の問いに瑞希は肩を竦めた。
「さあ?一介の騎士に分かるわけないよー。…冬弥王子が生きてる間に攻め込んじゃえば良いのにね」
「冬弥、王子」
「そう。…うちの切り札。碧の王子」
瑞希がポニーテールの先を指でくるくる弄びながら言う。
「ココだけの話、司隊長には妹さんがいたらしいんだけど、行方不明になっちゃってね。代わりに、と言ったらあれなんだけど幼馴染の冬弥王子を弟みたいに可愛がってるんだって。…そんな冬弥王子に何かあったらって思うんじゃないかな」
「…。…冬弥王子はこの現状を…」
「…流石に知ってるんじゃないかな。騎士団や兵士を動かしてるのは王子じゃないけどね。そうそう、最近新しい子が入ってきたんだけどさぁ!その子がすごく強くて!…その子も冬弥王子を護るって…」
瑞希が話し続けるのを志歩はぼんやり聞いていた。
冬弥王子には彼を護る騎士団がいること。
瑞希もその騎士団の一人であること。
司隊長が率いる団に、最近強い新人が入ってきたこと。
色んな話の中で。
…志歩はある情報を、知った。

話に聞いた、誰もいない森の中。
綺麗な歌声が響く。
シン、とした空間に、彼の歌だけが。
しばらく聞いていたが、ふとその音が止んだ。
きっと、バレているのだろう。
志歩は彼の前に姿を現した。
特に驚きもしない王子に、口を開く。
「…何を」
「…。…歌を、歌っているんだ」
「…呑気ですね。敵に狙われても知りませんよ」
志歩のそれに王子…冬弥が僅かに微笑んだ。
随分と迂闊な人だと思う。
誰かも分からない人間に、警戒心もなく応えるだなんて。
「…敵」
「そうです。歌なんて歌って、居場所がバレてしまう。城で大人しくしておけば良いのに」
「…君は、彰人と同じことを言うんだな」
肩を揺らしながら冬弥が言う。
彰人…確か瑞希から紹介された騎士の中にいたような。
「そりゃあ、普通の考えでは…」
「俺は、歌でセカイが繋がってくれたら良いと思う」
「…っ!」
「もちろん、簡単なことではない。だが、この世はチェス盤上でもない。人と人の間に線を引くのは人間だ。…きっと、大地には線なんかはなくて、花が咲いているんだろうな」
冬弥が寂しく笑う。
…遥と同じ様なことを言って。
「…俺は、この綺麗な花が咲く、大地を守るために歌を歌いたいんだ」
ふわりと冬弥の髪が風に揺れる。
彼を抹殺することが正義だと、ずっと思っていた。
遥を、水の歌姫を殺された報復だと。
けれど。
志歩は思う。
気付いてはいけなかった思いに、気付いてしまったから。
どうした、と優しい声が耳に届く。
ああ、なんで、どうして。
擡げてしまった疑問は引っ込めることは出来なくて。
「…本当に…」
志歩は呟く。
…本当にそれは正義だった?
殺されたと一方的に被害者ぶって、正義だと銃を撃つ。
…相手だって、自らの正義のためにそうしたのに。
冬弥は大地には線がなくて花が咲いていると言った。
花が咲く、美しい大地のために歌うのだと。
遥は平和や愛は永遠ではなく、すぐ忘れては失くしてしまうと言った。
だから歌い続けるのだと。
歌で、セカイを繋ぎたいと。
二人は…そう言った。
セカイの、平和のために。
この争いは無意味だ。
そんなのはとっくに気付いていた。
だが、それを認めて何になる?
認めてしまったら、志歩の正義は?
正義だと、言い聞かせて行っていた殺人は?
多くの夢を、命を奪った自分はどうなる?
…彼女を守りたい、ただそれだけだった。
振り向けば骨の山が出来ていた。
殺した人の骨、殺された人の骨。
もう、誤魔化されるものじゃない。
どうしたって戻れない。
…戻ることは、出来なかった。
「…ごめんなさい」
「…」
「…私は、こうするしか、方法を知らない」
小さく謝り、志歩は銃を向ける。
僅かに目を見開いた冬弥は、「そうか」と綺麗なそれを閉じた。
遥もこんな風に殺されたのだろうか。
抵抗もせずに、ただ淡々と。
そうであれば良いと思う。
大切な人に苦しんで欲しくは、ないから。
「…彰人に、怒られてしまうな」
自嘲したような声は抜けるような青空に溶けて消えた。
これは正義の鉄槌なんかじゃない。
エゴと欲で塗れた自己満足の復讐劇。
碧の王子はきっと関係ない。
水の歌姫もきっと望んでない。
銃声が響く。
…碧い花が、揺れた。

冬弥の身体が倒れる。
花が赤く染まった。
これで終わったんだ。
ホッとして力が抜けそうになる。
自国に帰らなければ。
遥が、待っている。
「…冬弥!!!」
倒れる碧の王子に、駆け寄るオレンジ髪の少年。
確か、彰人とか言ったろうか。
一介の兵士と一国の王子、というだけの関係ではないように思った。
まるで、愛し合った恋人のような。
そういえば、冬弥王子を護る騎士団があるのだっけ。
きっと彼は噂の新人なのだろう。
そうして、彼を護るために…。
少し、羨ましいなと思う。
…志歩にはもう、どうだって良いことだけれど。
「テメェえええ!!!!」
少年の咆哮が聞こえる。
緩慢に振り返る志歩に突き刺さるは冬弥の亡骸を抱いていたはずの、涙に濡れた彰人の剣。
強い衝撃に蹈鞴を踏んだ。
痛みはない。
温かい赤が流れた。
目の前が霞む。
…遥の歌が、聞こえた気が、した。
……



「日野森さん!」
「…桐谷さん」
「おはよう、良い朝だね」
ぼうっとしているところに遥から声をかけられ、志歩は曖昧に返事をする。
何だか妙な夢を見た気がしたのだ。
…何も覚えていないから、良い夢かも悪い夢かも分からないけれど。
「?どうかしたの?」
「ああ、何もないよ。ちょっと目覚めがスッキリしなくて…」
首を傾げる遥にそう言いかけたところで明るい声が聞こえた。
「志歩ちゃん、遥ちゃんっ、おはようわんだほーい!」
「っと、鳳さん。…おはよ」
「おはよう、鳳さん。今日も元気だね」
「うんっ!元気があたしの取り柄でっす!!」
えへん!と挨拶をしてきたえむが胸を張る。
そうだね、と二人で笑顔になった。
「あっ、しほちゃん、はるかちゃん、えむちゃん!おっはよー!」
「おはよ、咲希」
「おはよう、天馬さん」
「咲希ちゃん!おはようわんだほーい!」
元気な咲希に挨拶を返せば他の二人も続く。
志歩と違って何だか嬉しそうだ。
それは遥にも分かったようで小さく笑いながら問いかける。
「天馬さん、何だか嬉しそうだね」
「あ、わかる?!実は、今日の星占いで1位だったの!」
遥のそれに目を輝かせながら言うから、思わず笑ってしまった。
「えー…なんか単純…」
「もー、しほちゃんは分かってないんだから!そういう単純なのが一番嬉しくって…」
ちっちっち、と人差し指を振り解説しようとした咲希の声をそれより大きな声のえむが遮る。
「あー!愛莉ちゃんセンパイだぁ!」
「えっ?!あっホントだ!…あいり先輩ー!」
「ちょ、ちょっと、咲希?!」
「…ふふっ、二人とも元気だね」
慌てて声をかけるも二人とも走って行ってしまった。
くすくすと遥が笑う。
その向こうでは愛莉が対応してくれていて、まあ良いかと伸ばした手を下ろした。
愛莉になら任せていても何とかなるだろう。
「…本当、朝から元気なんだから」
「でも、そこが天馬さんと鳳さんの良いところだよね」
「まあね。…ん?」
遥のそれに同意し…ふと聞こえた声に首を傾げた。
「咲希ぃい!!!」
「げっ、この声…」
よく知った声に志歩は思わず顔を顰める。
…本当に朝から元気なのだから。
妹も…兄も。
「…司さん」
大きな声の司に声をかけると彼はこちらを見止め、手を振ってこちらにやってきた。
「…おお、志歩ではないか!…と…」
「お久しぶりです。チョコレートファクトリーでは素敵なショーをありがとうございました」
「やはり君か!こちらこそ、見てくれて感謝するぞ!!」
「…それで、どうしたんですか?司さん」
綺麗なお辞儀をする遥に明るく笑う司。
それに何か用事があったんだろうと聞けば彼は、思い出したように小さなバッグを持ち上げる。
「おお、そうだった!咲希が弁当を忘れたから届けようと思ったんだ」
「…ああ、なるほど」
司の言葉に志歩は納得した。
大凡、占いの結果にテンションが上がってそのまま弁当を忘れたのだろう。
全く持って咲希らしい。
「良ければ渡しておきますよ。私、クラスメイトなんです」
「本当か!」
同じことを思ったらしい遥が微笑みながら手を差し出した。
司もホッとしたようにバッグを手渡す。
「いえ。…では、天馬さんに渡しておきますね」
「すまない、助かる!この礼は、いつか必ずするからな!!」
「そんな!私は…」
「そうだ、フェニックスワンダーランドにも来てくれ!最高のショーをご覧にいれよう!もちろん、志歩もな!!」
「いや、私は別に…」
司の勢いに飲まれ、では!と手を振られるまで二人はぽかんとしてしまった。
元気な人だね、とようやっと戻ってきたらしい遥の言葉に頷くしかなくて。
司に比べれば咲希は落ち着いているのかも、なんて思ってしまった。
…全然全く、そんなことはないのだけれど。
「…おお!おはよう、彰人に冬弥!!」
「…げぇっ…」
「…彰人。…おはよう御座います、司先輩。良い朝ですね」
視界の端で挨拶をする彼らに賑やかだなぁと思いながら前を向いた。
「ねぇ、桐谷さん」
「?なぁに、日野森さん」
隣にいる遥が首を傾げる。
青い花が揺れた。
「良い、朝だね」



「やあ。おはよう、東雲くん」
「…うわ、神代センパイ」
「ふふっ、ごあいさつだねぇ。…なにか嬉しそうだけど、良いことでもあったのかな?」
「別に。…ただ」
(不思議そうな類に対して彰人は笑う

楽しそうな相棒を見つめながら)

「良い朝だと思っただけッスよ」


………
☆3衣装志歩(一歌イベの)と遥(雫イベの)の話。
ミクオが志歩で、ミクが遥で、リンが冬弥で、レンが彰人。
KAITOが雫でMEIKOが一歌。
がくぽ(と、いうか小さい子)はえむ。
上司は類かな…。
敵国(司や彰人、瑞希がいる騎士団、冬弥はその国の王子)に遥を殺され、スパイとして潜り込み、冬弥を殺す志歩の話。
最終的に彰人に殺されるから救いがない(原作遵守)
両想いの彰冬と両片想いのしほはる。

「忘れない・・・ あの日小さな墓の前で 
 抱いた悲しみを・・・
 キミが歌に込めた あの祈りを
 散った 戦友の願いを・・・」
閉じこめた 小さな穴の中で
何が正しいか 分からず
この場所が 知られると困るから
小さな その首を絞めた・・・
大切なものを 守るはずなのに
気づいたときには 失くしてた
この手は 汚れてしまった
キミの手を 握った手は
真っ赤に 染まってしまった
誰のかも 分からない血で・・・
本当は 誰もが知っていた
チェスの盤上じゃないこと
大地には 線は引かれてなくて
そこに 花が咲いてると・・・
キミを守りたい ただそれだけだった
振り向けば 骨の山があった
正義と 言い聞かせてきた
もう ごまかせなくなってた
多くの 夢を奪ってた
どんな夢かも 知らないで・・・
「作戦14 緑の歌姫の報復に、
 黄色の歌姫の抹殺」
「Yes, sir」
(平和とか愛は永遠じゃない
忘れてはすぐ失くすでしょう
だから私は歌い続ける
貴方が迷わないように)
「僕は、キミの仇をとるんだ・・・」
僕らは 気づいていたんだ
無意味に争ってると
生まれた 土地が違っても
血は 同じ色をしてると・・・
少女の 亡骸を抱いた
涙に濡れる 少年の
剣が 僕に突き刺さり
温かい 赤が流れた
キミの歌が 聞こえるんだ・・・