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ラーメンの日のしほはる
「…ねぇっ、日野森さん!」 「……桐谷さん?」 遥に突然呼ばれ、志歩は不思議に思いながらも振り向いた。 さっき、クラスメイトであるみのりと「今日は生配信の打ち合わせなんだ!」と別れたばかりだ。 志歩もバンドの練習があるから、そこに関しては日常の話…だったのだけれど。 焦ってきたのか、綺麗な髪を乱して息を吐いた遥が、「良かった」と呟く。 「どうしたの?そんなに慌てて」 「うん、あのね。もし良ければ一緒にラーメン屋さんに行きたいな、と思ったんだけど…どうかな?」 「…え?」 遥のそれに志歩は目を見開いてしまった。 まさか遥からそんな誘いが来るとは思っていなかったから。 …アイドルもラーメン食べるんだなぁ、なんて突拍子もないことを考えてしまった。 「…えっと、日野森さん?」 「え、あ、ごめん。…私は大丈夫だけど、練習の後になるからちょっと遅くなるかも。それでも良い?」 「…!うん、大丈夫だよ!じゃあ詳しいことはまたあとで連絡するね!」 ふわ、と笑った遥が手を振って元来た道を駆けていく。 珍しいものをたくさん見たな、と思いつつ、志歩も仲間が待つ教室へと向かった。
それから暫くして。 「…桐谷さん」 「日野森さん!」 待ち合わせである駅前に着くと遥が嬉しそうに手を振る。 「待たせてごめん」 「ううん!私も今来たところなんだ。…ふふ、ラーメン屋さんって初めて」 ニコニコと楽しそうな遥に、やっぱり、と思いつつなら何故、と首を傾げた。 「…ねぇ、どうしてラーメン屋さんに誘ってくれたの?」 「え?」 志歩のそれに遥はきょとんとしてから、少し恥ずかしそうに、あのね、と言う。 「…今日、ラーメンの日なんだって。それで、天馬さん達から日野森さんはラーメンが好きって聞いたのを思い出して。…一緒に行ってみたいなぁって思ったの」 「…!」 照れたように笑う遥に、志歩は目を丸くしてしまった。 まさかそんな風に思ってくれていたなんて。 「…そっか。じゃあ私のオススメのラーメン屋さんに連れて行ってあげる。ちょっと量が多いから覚悟してね」 「…!うん!すごく楽しみ!」 志歩の挑戦的な言葉に遥は無邪気に笑う。 こんな日があるのも、たまには良いなぁと思った。
小さな記念日を、嬉しそうな貴女と共に
(ペンギンの日はあるのかな、なんて隣で笑う遥を見て志歩は目を細めた)
「…そういえば、桐谷さんって糖質制限してるんじゃなかったっけ?大丈夫?」 「うん、平気。…日野森さんが連れて行ってくれるんだもの。ちゃんと美味しく食べられるように調整してるよ」 「…。…そっか」
司冬ワンライ/汗・アイスクリーム
暑い。 梅雨が終わったばかりなのに、ただただ暑かった。 「…司先輩、大丈夫ですか…?」 「……おお、冬弥か…」 冬弥が心配そうに聞いてくれたのに、司はぐったりと返事をするしかなくて。 それでも何とか先輩としての面子を保とうとひらひらと手を振った。 それでも暑いものは暑いのだけれど。 「…冬弥は暑くないのか?」 「…そうですね、暑い、とは思うのですが…あまり汗をかかない質のようで…」 少し困ったように冬弥が言う。 発汗が良い司にとっては羨ましい話だった。 「まあ冬弥は、歌っている時の方が汗をかいているかもしれないな」 「そうでしょうか?」 「ああ!努力が詰まった、とても爽やかな汗だと思うぞ!」 笑う司に冬弥は驚いたように目を見開き、それから「ありがとうございます」と嬉しそうに言う。 彼が嬉しそうにしているのは司も嬉しかった。 やはり冬弥は笑っている方が良い。 いつもならそれで良かった…のだが。 「…冬弥の笑顔を見たところで、暑いのは変わらんな…」 司は小さく息を吐く。 心は満たされたがやはり暑いものは暑かった。 こればかりはどうしようもない。 「先輩、あそこにアイスクリーム屋さんがあります」 「何っ?!」 冬弥が教えてくれて司は目を見張った。 有名なチェーン店が新店舗を構えたというのは知っていたがまさか近くだったとは。 「よし、一緒に行かないか、冬弥!」 「…はい、是非」 くすくすと冬弥が笑う。 俄然元気になった司は、冬弥の手を取り、アイスクリーム屋を目指した。 「先輩、あの…手…」 「?ああ、熱かったか?すまない。だが、オレは出来るだけ冬弥と手を繋ぎたいんだが…」 「…!…俺も、同じです、先輩」 手をつなぐのを断られてしまったとしゅんとする司に冬弥が微笑む。 それを聞いた司は太陽より眩しい笑みを冬弥に向けた。
アイスクリームなんて溶かしてしまいそうな暑い日だって何時だって、二人は太陽より熱いのだから!
「…む…どれにするかな…。…冬弥は?決まったのか?」 「はい。レモンシャーベットにしました。…司先輩に似ているので」
七夕と髪型変更しほはる
いつも通りの昼休み…だったはず、なのだけれど。 「あっ、志歩ちゃんだぁ!わんだほーい!」 「…っ!鳳さん。今どこから…」 ぴょんっ、と飛び出してきたえむに驚きながら聞けば彼女はえへへ、と笑う。 そうして、志歩の手をぎゅっと握り。 「ねぇねぇ!1-Bの出張ヘアサロンに来てみない?!」
「二人とも何やってんの」 えむに連れられて…彼女の教室に行くのかと思えば更衣室だった…行けばよく知る二人がいて、志歩は呆れたように聞く。 まったく、二人して何をしているのだか。 「あ、志歩ちゃん!来てくれたんだんだね」 「こんにちは、日野森さん」 にこにこと穂波と遥に手を振られ、志歩は小さく息を吐いた。 穂波のお父さんが美容師なのは知っている。 だからといってこれは。 「どうしたの、その髪」 すい、と遥の長くなった髪に手をやった。 穂波が何か言い訳する前に遥が「望月さんがやってくれたの」と嬉しそうに言う。 「実は、七夕配信で浴衣を着ることになってね。その話を鳳さんにしたら髪型も変えたら素敵だねって提案してくれて」 「穂波ちゃんが色んなエクステあるよーって教えてくれたんだよ!それで、エクステの付け方も知ってるって出張ヘアサロンを開くことになったの!」 遥とえむが口々にそう言い、ねー、と笑顔で声を合わせた。 なるほど、いつもと違う髪型をする、ということなら見慣れないロングの髪も納得である。 「ね、遥ちゃん可愛いよね!」 「まあ、桐谷さんはどんな髪型でも似合うよ」 「ふふ、ありがとう、日野森さん」 嬉しそうな遥に目を細めていれば、それを見守っていた穂波が、そうだ!と声を上げた。 「ねぇ、志歩ちゃんも髪を長くしてみない?丁度同じ髪色のエクステがあるの」 「…え、いや、私は…」 「えー!志歩ちゃんの長い髪見てみたいなぁ!」 「私も。日野森さん…ダメ、かな」 断る前に元気なえむと控えめな遥のお願いされてしまい、志歩は諦めたように息を吐く。 そもそも、穂波がやる気なのに断れる訳がないのだ。 「…。分かった。この時間だけね」 「やったぁ!」 「ありがとう、日野森さん!」 「ふふ、じゃあ頑張るね。志歩ちゃん、座って!」 ほら、と促され先程まで遥が座っていた場所に腰掛ける。 その間に、遥は持ってきたらしい浴衣に袖を通していた。 「うわぁ、すっごく可愛いよ、遥ちゃん!」 「…そう、かな。ありがとう、鳳さん」 「へぇ、似合ってるね」 練習着の上から軽く羽織っているだけだが、淡い青と黄緑の金魚が揺蕩う浴衣は彼女によく似合っていて、志歩は素直にそう言う。 「ふふ、ありがとう、日野森さん。…ちょっとそわそわしちゃうな」 「まあ気持ちは分かるけどね」 「…よし、出来たよ、志歩ちゃん!」 「ん、ありがと、穂波」 はい、と手鏡を渡され、それを覗き見た。 サラリと靡く長い髪。 鏡の中の自分はあまり見慣れず、そわそわするという遥の気持ちがよく分かった。 「日野森さんも似合ってる。何だか格好良いね」 「そう?可愛いよりは嬉しいかな。…ありがとう、桐谷さん」 「わぁあ、長い髪でもとってもとっても格好良いねー!」 「ありがとう、鳳さん。そう言われるとちょっと照れるな」 「でも長い髪の志歩ちゃんも良いと思うな。…桐谷さんの浴衣も素敵だね」 「本当?ありがとう、望月さん。望月さんが素敵な髪型にしてくれたからだよ」 きゃっきゃとそんなやり取りをしながら、咲希がいればもっと色々言われただろうな、と苦笑する。 これはこれで良い体験だけれど、あまり褒められるのは慣れていなかった。 「じゃあ私、そろそろ着替えに…あれ?」 「?どうかしたの、桐谷さん」 笑ってカバンを探っていた遥が首を傾げる。 制服を持ってくるの忘れちゃったみたい、と苦笑いする遥に、珍しいな、と思った。 彼女がそんなミスをするなんて。 「なんだか、七夕様のお話に出てくる天女様みたいだね、遥ちゃんっ!」 楽しそうなえむに三人で首を傾げる。 「え?真面目な牛飼いの彦星と機織りの織姫が結婚したら二人とも遊び呆けちゃってそれを怒った神様がニ人を引き裂いちゃうやつ?」 「ああ、あまりに泣き暮らすから可哀想になった星の子が何とか頼み込んで七月七日に鵲の橋を天の川にかけてもらうんだっけ」 「うーん、それもあるんだけどね。水浴びに来てた天女様が綺麗過ぎて結婚したくなった男の人が羽衣を隠しちゃうんだって!それで、天に帰れなくなった天女様を丸め込んで結婚しちゃうって話があるんだよ!」 「…何その最低な話…」 えむの説明に思わず嫌そうな顔になれば穂波と遥も苦笑いを返した。 まさかよく知る七夕の話以外にもそんな話があるなんて。 「あはは…。…桐谷さんの制服は教室なんだよね。わたし、取ってくるね」 「ごめんね、望月さん。ありがとう」 申し訳なさそうな遥に、気にしないで、と穂波が手を振って更衣室を出る。 「髪はどうするの?」 「うーん、午後の授業このまま出るわけにいかないし、1回外し…」 志歩の質問に答えていた遥がふと止まる。 不思議に思ってそちらを見れば、からりと扉が開いた。 もう戻ってきたのか、なんて思う隙もなく大声が部屋に響く。 「「あぁあー!!」」 「げっ、よりによって…」 「みのり?それに天馬さんも」 指を差していたのはみのりと咲希だった。 みのりはともかく、咲希に捕まると面倒なことこの上ない。 「逃げるよっ、桐谷さん!」 「え?!待って、日野森さん!!」 むずっと遥の手を掴み、志歩は駆け出し、更衣室を出る。 呆気に取られた咲希やみのり、えむを置き去りに廊下を走った。 えむはともかく、あの二人には追いつけないだろう。 さらさらと志歩と遥の長くなった髪が風に靡く。 暫く走り、人目につかない場所まで行って立ち止まる。 「…っと、大丈夫?桐谷さん」 「うん、大丈夫。…ふふ、日野森さん足速いのね。びっくりしちゃった」 「桐谷さんも。浴衣でここまで走れるんだね。…ああ、浴衣、乱れてる」 くすくす笑う遥に志歩も笑った。 窓枠に座らせ、志歩は跪き彼女の浴衣の裾を直す。 「…はい、出来た」 「ありがとう。…日野森さん、王子様みたい」 「王子はこんなことしないでしょ」 「ふふ、それもそうね」 立ち上がり、遥に手を差し伸べた。 彼女も僅かに微笑み、その綺麗な手を志歩の手に乗せる。 とん、と窓枠から降りた遥が嬉しそうに笑みを浮かべた。 「ほら、髪も乱れてる」 「日野森さんも、ね?」 二人で互いの長い髪に手を伸ばし、ふは、と笑い合う。 こうやって何気ない事で彼女と笑い合えるのは幸せだな、と思った。
志歩は彦星でもないし、遥は織姫でもない。 だから、だからこそ互いの夢を諦めないし、互いの存在だけで弱くなることもない。 互いの夢を知っているから。 たくさんの人に自分達のバンドを知ってもらうこと。 たくさんの人にアイドルとして希望を届けること。 そんな夢がある遥が志歩は好きで、遥もそんな夢がある志歩が好きなのだから。 「…私は、彦星みたいに一年に一度、なんて耐えられないし、ね」 「?日野森さん?」 遥が首を傾げる。 さら、と長い髪が揺れた。 何でもないよ、と笑い髪を撫でる。 「長い髪も良いけど、やっぱりいつもの桐谷さんの方が良いな、と思って」 「…!…私もね、長い髪も格好良いけど、いつもの日野森さんが良いなって思ってたの」 驚いた表情の遥が、嬉しそうに言った。 「…そっか、じゃあ両想いだね」 「うん。…日野森さんと両想いなんだ、嬉しいな」 志歩のそれに柔らかく遥が笑う。 そんな彼女に、本当の想いをきちんと言葉で告げるのは、もう少し先でも良いかな、と思った。
(織姫や彦星と比べて、二人は時間があるのだから!)
「…ごめんね、一歌ちゃんやこはねちゃんと話してたら遅くなっちゃって…あれ?みのりちゃんと咲希ちゃん?えむちゃん、桐谷さんと志歩ちゃんは…」 「えっとねぇ…織姫と彦星になっちゃった…かなぁ……」
七夕
七夕は夏のバレンタイン、とは誰が言い出したのだろうか。 「…くだらねェ…」 頬杖をつきながら彼女がそう言う。 行儀が悪いと窘めながらも発言自体は否定しなかった。 ちなみにザクロも同意見である。 「そんなら、ハロウィンは秋のバレンタインかい?」 「…どちらかと言えば、ポッキーの日じゃないか?」 馬鹿にしたようなそれにザクロは真面目に返した。 確かに恋人たちが楽しくしているのはハロウィンもそうだろうが、ポッキーの日の方がチョコレートも使っているしバレンタインに近しいだろう。 そう思った発言だったのだがカイコクが余計に嫌そうな顔をした。 女子、である割にそういう行事をあまり好ましく思っていない彼女らしい反応といえばそうなのだろうけど。 「別に構わないだろう、貴様には関係ないのだし」 「…関係ない、ならな」 はぁ、とカイコクが息を吐く。 不思議に思って首を傾げれば、ん、と短冊を渡された。 「は?おい、鬼ヶ崎!」 「関係ねェとは言わせねェぞ、なぁ…ザクロくん?」 ひら、と手を振る彼女はポニーテールを揺らして立ち去る。 慌てて短冊を見ればそこには「忍霧の願いが叶いますように」の文字があった。 ザクロの願いはただ一つ、鬼ヶ崎カイコクといつまでも共にいられますように、だ。 彼女がその願いを知っていてこれを渡したのだとしたら。 マスクの下の口角が上がる。 まったく…彼女は素直ではないのだから! 「待て、鬼ヶ崎!!」 彼女が去った先を追いかける。 ザクロたちの七夕は、これからだ。
いつもより彼女が素直になる日。
今日は夏のバレンタイン!
(年がら年中イチャイチャしてるなんて、野暮なことは言わないお約束だよ?)
リンレン1
「ねぇねぇレンー!これで大丈夫かなぁあ?!」 「…大丈夫だって…。…っつかこの質問何回目だよ…」 ぶんぶんとおれの服を振り回すリンに息を吐きながらそう返す。 つうか、ライブ衣装なんだからやめてくんないですかね? 「だってだって!14周年ライブだよ?!ニ人きりだよ?!!」 「けど、リハもしたじゃん」 「しーたーけーどー!!」 わぁあん!と騒ぐリン…気持ちは分かるけどさぁ。 まさかの14周年ライブをする、と発表からグッズが出てテーマソングも決まってまあ怒涛だった。 おれもリンも練習に撮影に物凄く忙しかったし。 ちょっとでも良い物にしたかったしな。 「あたしでも不安になるもん…」 「…あの、鏡音リンが?」 「レンは鏡音リンをなんだと思ってるの???」 ブスくれるリンを揶揄ればジャーマンスープレックスをかけようとしてくる。 ライブ前に無駄な体力使うなよな!! 「あら、賑やかねぇ」 「やほー、初音さん参上!」 楽しそうな声に振り向けばひらひらと手を振るメイ姉ぇとミク姉ぇがいた。 良かった、助かった! 「メイ姉ぇ!ミク姉ぇ!」 ぱあっとリンの表情が明るくなる。 「二人が来てくれて良かったよー!」 「…本当に、良かった…」 「リンはともかく…レンはなんでそんなに疲れているの?」 嬉しそうに駆け寄るリンを抱き止めながらメイ姉ぇが聞いてきた。 そこについては触れないでいてくれると有り難いかなぁ…! 「いや、まあ…ちょっと色々」 言葉を濁せば、そう?と笑ったメイ姉ぇはそのままその話題を引っ込めてくれた。 流石は我が家の長女。 よくわかっていらっしゃる! 「…ちゃんと謝らないとだめだよ?レンくん」 こっそり囁いてくるミク姉ぇとは格が違いますよね!なんて思いながら曖昧に頷く。 まあ事実だしな。 「悪かったよ、リン」 「あははっ、別に怒ってないよー。あたしも、自分がライブ前に不安になるなんて知らなかったし!」 からからと笑うリンにホッとしていれば、あら、とメイ姉ぇが笑った。 「ちゃんと不安になるのは良いことよ。それだけ素敵なライブにしたいってことだし!」 「そうそう!あたしも未だに不安になるしー」 ミク姉ぇにそう言われて二人して目を丸くする。 あの、世界的な電子の歌姫であるミク姉ぇが? 「ミク姉ぇでも不安になるの?」 「そりゃあなるよー。初音さんをなんだと思ってるの」 「初音さん、ライブめっっっちゃやってんのに?」 「めっっっちゃやってるからこそ不安になるんだよ?新しい人はどうかなぁとか、昔から聴きに来てくれる人は今回も楽しんでくれたかなぁとか!完璧なものをお届けしたいけどもっとこうすれば良かった、とかは必ずあるし。だから、ベストは尽くすけど改善点は必ずあるんだよ。なかったらそれはそれで止まっちゃうからね」 えっへん!と胸を張るミク姉ぇ…やっぱりこういうトコ、世界の、電子の歌姫なんだなって思う。 「ミク姉ぇが先輩みたいなこと言ってるぅ…」 「本当ねぇ…」 「リンちゃんもお姉ちゃんも初音さんをなんだと思ってるの???」 「こういう時は真面目だよな、ミク姉ぇは」 「レンくんまで!!」 もー!と怒るミク姉ぇに、みんなで笑った。 「ふふ。…でも、これは二人にしか出来ないことなのよ?二人なら出来るってみんなが思ってくれているんだから、きっと大丈夫」 メイ姉ぇがパチン、とウインクする。 うん、何か大丈夫な気がしてきたな。 気にしてないつもりでも、おれも緊張してたらしい。 「まあ、パワフル元気が二人の持ち味なんだから、思いっきり楽しんでらっしゃい」 「リンちゃんもレンくんも、頑張って!会場のみんなが待ってるよ!」 トン、とそれぞれから背中を押される。 先輩が、こんなに頼もしい先輩が見守ってくれるんだから、きっと大丈夫だ。 隣のリンを見てニッと笑う。 リンもおれを見て笑いながら手を繋いできた。 「楽しもうね、レン!」 「おう、思いっきりやろうな、リン!」
カウントダウンが始まる。
さぁ、ライブはもうすぐ!!
ナナミ誕
今日はナナミの誕生日なんだ!とチヒロが言い出し、それを聞いた彼はきょとんとした。 「えっと…おめでとう御座います」 「あら、ありがとう」 ぺこりと頭を下げる彼、駆堂シンヤにナナミはくすくす笑いながらお礼を告げる。 なかなか如何して彼は素直らしかった。 同じ大学1年生なのにこの違いは何なのだろう。 「でも…歳は取りたくないって思っちゃうわよねぇ。こう考えちゃうのも歳かしら」 「…。…そこまで…思うほどではないと…思いますけど」 少し考えながらシンヤが言う。 社交辞令というわけでもなく、素直な言葉なようだが、如何言えば良いのか分からなかったようだ。 確かによく知らない相手に返す言葉としては最適解かもしれない。 「そう?アタシ綺麗?」 「…何かそう言う妖怪いたよな」 笑ってみせるナナミに誰かがぼそっと言う。 勿論犯人は分かっているので後でどうにかするとして、と物騒な思考をするナナミに、シンヤは柔らかく笑った。 「…綺麗、という言葉が最適かどうかは分かりませんが、見た目だけではなく中身も素敵な人だというのは伝わります」 「…完璧な回答ね…」 ナナミのそれにシンヤが首を傾げる。 それに、ありがとう、と笑い、ふともう一人の彼を思い出した。
「ねぇ、鬼ヶ崎クン。アタシきれい?」 地下探索をしながらそう聞けば彼ははぁ?と言う顔でこちらを向いた。 忙しいのに何を、という表情を隠さない彼、鬼ヶ崎カイコクは少し考えるように上を向く。 彼の性格上、適当に発言を流すようなことは出来ないのだろう。 流すフリをして、きちんと考えている。 そういう人なのだ、彼は。 「そうさなぁ。確かに兄さんは綺麗だが…。…そりゃあ中身が伴ってるからじゃねぇか?見た目は別嬪さんでも中身が最悪じゃあ話になんねェからな」 彼がお面の紐を揺らして軽く笑う。 ナナミの真意を分かっていて。 地下生活で少し疲れたナナミの真意を。 「ま、俺が綺麗だって言うより自分の方がよく分かってんだろ?」 兄さん、とへらりと笑うカイコクに、ナナミはそうね、と笑ったのだった。
「…やっぱり似てるのかしら」 「え?」 ナナミのそれにシンヤは首を傾げる。 何でもないわ、と笑い、誕生日も意外と良いかもしれないと思った。
(カイコクの優しさと、シンヤの優しさが似ていることに気付けた、それだって素敵な誕生日プレゼント!)
「ところで、アタシを口裂けババア呼ばわりしたのは誰かしら?」 「ババア呼ばわりはしてな…あ」
司冬ワンドロ/流れ星・大きくなったら
何が出来るかな 何処へ行こうかな 誰に会おうかな おおきくなったら
ふと、星空を眺めながらそんな歌を思い出した。 確かあれは教育テレビの…。 「司先輩」 「ん、おお、冬弥!」 かけられた声に振り向けば冬弥がスイカを乗せた盆を持って立っていた。 今日は流星群が見られるかもしれないということで、久しぶりに自宅に来てもらったのである。 テーブルにスイカを置いた冬弥が隣に座った。 「それにしても久しぶりだなぁ」 「そうですね。…星は、こうして司先輩と一緒に見るのが当たり前になっていたので…何だか懐かしい感じがします」 「…冬弥」 柔らかく微笑む冬弥が空を見上げる。 昔はよくこうやって星を見ていたものだ。 夜遅くなる冬弥の両親の代わりに司が側にいて星座について教えてやったのである。 お陰で遭難しかけた時に助かったと冬弥は言っていた。 そう、笑えるようになったのも司のお陰なのだと。 「…そういえば、最後に星を一緒に見たとき、流れ星に何を願ったのか、教えてくれませんでしたね」 「…む、まだ覚えていたのか」 「はい。大きくなったら教える、と言って下さったのも覚えています」 「全く、記憶力が良いんだなぁ、冬弥は」 「先輩の言葉ですから」 ふふ、と笑う冬弥に司は苦笑いを返す。 確かあの日、願ったそれは…。
『司さん、なにをおねがいしたんですか?』 『ん?んー、そうだなぁ…』 『わっ、わっ?!』 『まだヒミツだ!おおきくなったらおしえてやるぞ!』
冬弥の肩を抱いて、いたずらっぽく笑った先で、流れ星が煌めいた、その記憶が蘇り司は懐かしくなった。 あの頃からずっと好きだったのだ。 司は、冬弥の事が…ずっと。 「…まあ、願いは叶ったしなぁ」 「え?…わっ」 きょとんとする冬弥の肩を抱く。 そうしてあの時と同じ様に笑った。 「冬弥が、音楽を好きでいてくれますように、だ!」 「…?!」 目を見開く冬弥に、願いを伝えれば叶わなくなるだろう?と言えば冬弥も笑う。 「そうですね。…意味深な言い方をしていたので、何か別のことかと…」 「?何を言う。夢は掴み、叶えるものだ。願いは己の力が及ばないことを祈るもの。…オレは、冬弥との関係を願うほど、オレ自身ではどうにもならないと悲観してはいないからなぁ!」 「…司先輩」 「冬弥が隣で笑えるようにと流れ星に願うなら、オレはショーの一つでも披露しよう」 司は笑い、冬弥にキスをした。 視界の端で流れ星が光る。
大きくなったら冬弥と結婚したい、と願いかけてやめたことは秘密にしようと思いながら。
今日も二人で星を見る。
(大きくなったら、と夢を魅るなら
掴むよう手を伸ばすことが先決ではないか!)
梅雨の彰冬
「大変だ、彰人!」 「…どした?」 冬弥が慌ててやってくるものだから、彰人も眉を顰め、見ていた楽譜を置いた。 何かあったのだろうか。 いつになく真面目な顔で冬弥が口を開く。 「…梅雨が終わってしまうらしい」 「…。…良い事じゃねぇか」 綺麗な口から出てくるそれにぽかんとしながらも、彰人はそう返した。 彼の天然発言には慣れたと…思っていたのだけれど。 きょとんとする冬弥に、ああ、彼にとっては至極真面目な発言だったのだな、と思う。 「…良いこと、なのか?」 「いつもの公園で練習出来なくなるだろ。登下校だって雨じゃ面倒だし」 「…。…確かに、いつもの公園で練習は出来ないな。だが、俺は雨の登下校も嫌いではないぞ」 「…マジか」 小さく笑う冬弥に、まさかそんなことを言われるとは思わず呆けてしまった。 彰人にとっては面倒なことこの上ない雨の登下校だが、冬弥にとってはそうではないらしい。 「ああ。…梅雨が終わると知って、彰人が選んでくれたレイングッズが使えなくなるのかと思ってしまった。…俺にとっては初めてのことだったからな」 「…誰かにレイングッズ選んでもらうのが、か?」 「いや。雨の中、傘を差して帰ったり雨音を感じながら歩いたりすることだ」 楽しそうに冬弥が言った。 初めて、の言葉に一瞬驚いたが…きっと普通のことだったのだと思い直す。 「小学校時代は母さんが迎えに来てくれていた。体を冷やしてはいけなかったからな」 「…」 「別にそれ自体が嫌だったわけではないが…雨のときは殊更、雨音とピアノやヴァイオリンの音がよく響いていた気がする」 冬弥の言葉に頭を掻いた。 きっと、彼は皆が遊んでいる横を帰るのが辛かったのだろう。 だからこそ、冬弥にとって雨は嫌いなものではないのだ。 雨の日は外で遊ぶことが出来ないから。 室内でピアノやヴァイオリンの練習に明け暮れても、皆外に出ることが出来ないから。 周りと平等になれた気がしたのだろう、と。 そこまで考えて、彰人ははぁあと息を吐く。 「?彰人?」 「別に。…つか、梅雨じゃなくても使えば良いだろ、レイングッズ。雨はいつだって降るんだしよ」 「…!…ああ、そうだな」 彰人のそれに、冬弥が小さく微笑んだ。 雨の色をした冬弥の髪が揺れる。 きっと彼と一緒なら、どんな季節も楽しくなると、そう思った。
雨を知らない彼は
誰より雨の色を、している
「紫陽花の色をじっくり見たのも初めてだな」 「…んなもん、オレだってじっくり見た事ねぇよ」
司冬ワンライ/ハグ・おあずけ
「司先輩。夏の間はハグはなしにしましょう」 冬弥からそう言われて司は固まってしまった。 一体何故だ。 頭の中がぐるぐるして考えがまとまらない。 確かに司はスキンシップは多い方だが、冬弥だってそれを嫌がらなかった。 今までそんなこと言わなかったのに…! 「…冬弥、理由…そうだ、理由はなんだ?」 慌てつつも努めて冷静に問う。 冬弥は言葉が少ない方だ。 だからきっと理由があるはずだと…思ったのだけれど。 「…理由…ですか。…そうですね…」 司のそれに冬弥は少し考えてから口を開く。 「…暑いから、です」 「…ん?!」 予想外の答えに司は驚いた。 単純明快、少し考えればわかるそれ。 「そ、それだけか?」 「はい。…いえ、この答えは少し違いますね。暑くないか、と問われたからです」 「誰にだ?!」 「暁山達に。…仲が良いのは構わないが、暑くないのか、と」 冬弥の答えに思わずぽかんとする。 そういえば、少し前に学校で冬弥に抱きついたことがあったっけか。 どうやらそれを見られていたらしい。 暑くないかと聞かれたのは善意でしかないのだろう。 …もっとも、面白半分もあるだろうが。 「白石も小豆沢に抱きつくのは夏場は躊躇すると言っていたし、草薙もショーキャスト仲間が抱きつくのを迷っていると言っていました。俺は暑くはなかったのですが、先輩が暑いかもしれないと思いまして…」 「…えむのやつ、あれで迷っていたのか…。…ってそうではなく!」 意外な事実に少し驚いたが今気にすべきはそこではなかった。 「冬弥は暑くなかったのだろう?!オレも暑くはない!むしろ大歓迎だ!」 「…司先輩」 「それに、暑さよりも冬弥とのハグをおあずけされる方がオレはツライ。…撤回してくれないか?」 「…。…分かりました」 冬弥がふわりと微笑む。 撤回宣言とも言えるそれに嬉しくなって抱きつこうとした司を、細い指が止めた。 「では、外ではなしにしましょう」 「む?!…ちなみに学校は…」 「外の範疇になりますね。…では」 「待て、待て待て冬弥!それは実質ハグおあずけに当たる…冬弥ー?!」 叫ぶ司に冬弥が足早に去っていく。 司は知らない。 冬弥がほんの少しだけ意地悪な顔をしていたのを。 司は知らない。 冬弥が、ハグを見られて恥ずかしかったということを。 冬弥は知らない。
おあずけを食らった司は大層面倒くさいということを!!
(暑さなんて関係なく熱いのを見せつけてやれば良い、なんて言われて絆されるまであと何日?)
類冬
本日は類の誕生日である。 特に楽しみなこともなかったのだが。 「…お誕生日おめでとうございます、神代先輩」 にこ、と冬弥が微笑む。 わざわざ教室に来てまで祝ってくれた冬弥に、少し驚きながらも「ありがとう」と告げた。 「そうだ、青柳くん。放課後少し時間をもらえるかな?」 「…今日は図書委員なので…終わってからになりますが」 「ああ、構わないよ」 小さく首を傾げる冬弥に笑いかけ、類は彼の手を取る。 神代先輩?と不思議そうな冬弥の綺麗なその手を持ち上げた。 「僕は、君の大切なものを…誕生日に独り占めしたいだけなのだからねぇ」
さて、その数時間後。 「ふふ、待ちきれなかったよ、青柳くん」 「…神代先輩。やはり、その…図書室でそういうことをするのは、なんと言いますか…」 にこにこする類に冬弥が困った顔をする。 「おや、鍵はかけたよ?僕らに気づく人はいないと思うけれどねぇ」 「…それは……そうなんですが」 「なら構わないよねぇ?青柳くん」 小さく言葉を濁す冬弥に、類は「今日は僕の誕生日なのだけれどな?」と言ってみせた。 目を見開く冬弥が、その言葉に弱いのを知っていて。 逡巡してから後、冬弥は小さく息を吐き出し、分かりました、と言う。 「…その代わり、先生に怒られたら先輩が何とかしてください」 「もちろん。君の為に最高の言い訳を考えてあげようじゃあないか」 上機嫌な類に冬弥も柔らかく微笑んだ。 …そうして。 「~♪」 綺麗な高音が彼の喉を震わせる。 類もよく知る曲だ。 冬弥の高音を支えるように下のパートに入った。 ユニゾンが閉め切られた部屋に響く。 最後の一小節を歌い終え、ほう、と息を吐いた。 「いやぁ、素晴らしかったよ、青柳くん!どうもありがとう」 「いえ。…俺も、楽しかったです」 微笑む冬弥に、類も目を細める。 類が彼に、誕生日だからとお願いをしたのは「一緒に歌ってほしい」ということであった。 「まさか、神代先輩から一緒に歌ってほしいと言われるなんて思いませんでした」 「おや、そうかい?僕はずっと羨ましく思っていたんだよ」 意外そうに言う冬弥に向かって類は笑みを向ける。 首を傾げる彼の髪をすくい上げて口付けた。 そう、ずっと羨ましく思っていたのだ。 彼の相棒である東雲彰人や、彼の幼馴染である天馬司のことが。 一緒に歌ったことがあると知って、何だか凄く羨ましくなったのである。 「…!…そう、でしたか」 小さく笑った冬弥がするりとその手から逃げ出した。 「…俺は、神代先輩と一緒に歌ったこと、ありますよ」 「…ん?!それは、どういう…?!青柳くん?!」 「…ふふ」 楽しそうな冬弥が焦る類から距離を取る。 なるほど、捕まえて聞き出してみろということのようだ。 「ふぅん、プレゼントは自分で捕まえてみろ、ということかな。良い演出だねぇ。…青柳くん?」 「神代先輩には負けますよ」 珍しく挑戦的な冬弥は、どうやら図書室を無理やり音楽室代わりにしたことを根に持っているらしかった。 真相というプレゼントを自らの手に掴むため、類は手を伸ばす。 爆発も落下も特別な演出はないけれど、これはこれで楽しい誕生日だな、なんて類は思った。
(可愛い恋人から歌のプレゼントをもらって、軽い追いかけっこなんて、有り触れた誕生日、だろう?)
何と言っても、今日は類の誕生日!
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