セカイの衣装バグが起こりましてしほはる
セカイにはバグがある…らしい。
想いの持ち主の体調不良だったり、音楽機器の不調だったり、その辺は曖昧だ。
だが、唐突に、意図せずに起こる。
それは、ほら、今回だって。
「うわー、皆格好良いね!」
咲希がはしゃいだ声を出す。
いつも通りセカイで練習しようとやって来たのは良いが、リンから「ねぇねぇ、知ってる?!このセカイ、更衣室があるんだよ!」と言われ、まあ見るくらいならと着いてきてしまった。
その際、一つロッカーを開けた途端衣装バグに巻き込まれてしまったのである。
今、メイコやレンが原因を調べてくれているようだ。
「ほっんとーにごめんね?!」
「…俺からも…ごめんね」
「そ、そんな、気にしないで?」
「うん。珍しい衣装着ることが出来て嬉しいし…。ね、志歩ちゃん」
「…まあね。…と、いうかこのセカイに軍服なんてあったんだ?」
必死に謝るリンと何故だか一緒に謝るカイト、それに言葉を返すのは一歌、穂波、志歩の三人で。
怒っていないと分かり、謝っていた二人もホッと顔を上げた。
衣装バグは厄介だが、今回はまだマシかな、と志歩はぼんやり思う。
ヒラヒラした服よりこういうかっちりした服の方が得意だ。
そう、今回の衣装バグで出てきたのは軍服、だったのである。
「衣装も誰かの想い、だから…誰かの影響を受けてるんじゃないかな」
志歩のそれにはミクが答えてくれた。
皆で見たフェニックスワンダーランドのショーが軍人と森の少女の話だったからそこに影響されたのかもしれない。
「多分、一旦帰れば元に戻ると思うのだけれど…」
困ったようにルカが言った。
普段は頼れるお姉さんである彼女の、この表情は珍しい。
それほど稀な出来事なのだろう。
別に練習に支障はなかったが、何かあっても大変なので元の世界に戻ることにした。
「…おっじゃましまーす!」
「はいはい、いらっしゃい」
咲希の元気な声に志歩は苦笑する。
両親は仕事が忙しいし、姉の雫も今日は配信準備があると言っていたからこちらまでは来ないだろう、と志歩の部屋で様子を見ることにしたのだ。
「お兄ちゃんが着たがってる私に貸してくれたんだよ、はるかちゃん!」
「っ、咲希」
「…天馬さん?」
「うわぁ!!それ、新しい衣装?!水のお姫様みたい!」
「あ、えっとこれは…」
「…衣装作りの参考になるかと思って、借りてきたのよ!」
「愛莉」
「愛莉先輩!」
まほうをかけたい話(しほはる)
みのりがアイドル活動の中で、自分たちで衣装を作るのだと楽しそうにしていた。
姉である雫もそれについて随分悩んでいたが思い描くものが出来たらしい。
アドバイスをした分、良いものになりそうで、志歩もホッとしていた。
「…アイドル衣装、か」
自分の部屋に帰り、ふと呟く。
アイドルとバンド、音楽の方向性は違うし、衣装なんてまさに最たる例だ。
志歩にアイドルのことは分からない。
分からない、けれど。
「…」
志歩は机に向かい、紙を取り出す。
姉は言っていた、衣装は魔法なのだと。
フェニーくん好きという共通点から仲良くなった彼女にはどんなものが似合うか、どんな魔法をかけたいか、少し描いてみたくなったのだ。
「…しまった」
次の日、カバンを開いて志歩は少し嫌な顔をした。
バンドスコアと一緒に、どうやら昨日描いた衣装のラフを持ってきてしまったらしい。
まあ見られたところで特に如何ということはないのだが…咲希は目を輝かせるだろうが残念ながら別クラスだ…何となくプライベートを持ち込んでしまったようで気恥ずかしかったのだ。
誰に見せるわけでもないし、と演奏の最終確認するためにバンドスコアを取り出す。
今日から新しい曲が始まるのだ、気合を入れなければ。
「…日野森さん!」
「…。…桐谷さん」
と、ふわっとした声が聞こえて志歩は振り向く。
手を振っていたのは桐谷遥だ。
「どうかした?」
「あのね、星乃さんと天馬さんが提出物を出してくるから先に行っててって」
「ああ、二人とも遅いと思ったら。わざわざありがとう」
「ううん。今から練習?」
「うん。…そっちもでしょ、頑張って」
「ふふ、ありがとう。日野森さんも頑張ってね」
「ありがと…うわっ?!」
いつも通り他愛もない会話で終わるはずだったそれは、突風により変化を遂げた。
志歩が持っていたバンドスコアが数枚、飛ばされたのだ。
幸いなことにすぐ近くに落ちたため、苦労なく回収することが出来た。
「びっくりしたね。大丈夫だった?」
「うん。…バンドスコアスコアも全部あるし」
「なら良かった。…あれ?あの紙…」
遥がふと首を傾げ、何かを拾い上げる。
少しびっくりしたような遥は、すぐ楽しそうに笑った。
「…これ、日野森さんの?」
「…え?あ」
ひら、と彼女の手の中でひらめくそれは、志歩が昨日描いていた衣装のそれだ。
「珍しいね、日野森さんもデザインとか描くんだ?」
「まあね。…お姉ちゃんが、衣装には魔法がある、なんていうから」
「雫らしいよね。…ねえ、じっくり見ても良い?」
「…。…お姉ちゃんやみのり、後、咲希には内緒にしてくれる?」
「天馬さんにも?…わかった」
流石に本人にバレては仕方ない、と諦め、志歩はそう言う。
許可が下りたと嬉しそうな遥はその紙を見た。
「面白い形だね。フィッシュテールドレス、だっけ。…あ、後ろのリボンがスワローテールになってる。それに裾が蒼で白とのグラデーションになってるんだね。可愛いな」
「それはどうも。…踊ったら綺麗に見えるんじゃないかと思って」
「踊った時のことも考えてくれたんだ。凄く嬉しい」
本当に幸せそうに遥は笑う。
「袖はベルスリーブ。ペンギンみたいに見えると思ったんだけど…」
「本当だ。ペンギンの羽みたい。…ねえ、この胸元の宝石は何ていうの?」
「ああ、ムーンライト?純白なんだけど、黄緑にも水色にも見えるんだって。石言葉は幸福」
「そうなんだね。…ふふ」
説明を聞いていた遥が可愛らしく肩を揺らす。
さらさらした髪が揺れた。
「…何?」
「ううん。…何だかアイドル衣装というより、ウエディングドレスみたいだな、と思って」
幸せそうな彼女に、志歩も笑う。
そうして。
「…。…だったら、どうする?」
遥から紙を取り上げてそう言ってみせる。
ほんの少しだけ驚いた顔をした遥は、すぐ小さく笑った。
「日野森さんのお嫁さんか。…毎日楽しそう」
「…お姉ちゃんいるよ?」
「え?駄目なの?」
きょとんとした遥に、ああ彼女はそういう子だったなと思う。
何だか純粋で、自分が素敵だと思うことには真っ直ぐで。
「駄目ではないけど…毎日五月蝿いよ」
「ふふ。賑やかで楽しいよ、きっと」
「…まあ、そうかもね。…っと」
苦笑してから、向こうから一歌たちがやって来たのを見て随分話していたんだなぁと紙をカバンに入れた。
「そろそろ練習に行かなきゃ。…またね、桐谷さん」
「またね、日野森さん。引き止めてごめんね?」
「ううん、こっちこそ」
遥に手を振り、志歩は歩き出す。
宝石は、誰かに魔法をもたらす。
幸せであれとかけた魔法は志歩にもかかっていた。
ムーンライトの宝石言葉は健康、幸福、そうして恋の予感。
柔らかな風が二人の髪を揺らした。
きっと春は、すぐそこだ。
「でも、ふわふわしたドレスって、アイドルとしての私のイメージじゃないのかな…」
「別に、着たいものを着れば良いと思うけど」
「…日野森さんのそういうところ、好きだな」
「?ありがとう、私も好きだよ、桐谷さん」
司冬ワンライ・春の便り/花束
吹く風が暖かい季節になった。
今日は公演も一段落し、休みをもらったので久しぶりに散歩をしていたところだ。
「…ほう」
道端をよく見てみれば、春の花がたくさん咲いている。
最近忙しくて見落としていたが…たんぽぽ、シロツメクサ、オオイヌノフグリ、ホトケノザ、カラスノエンドウ…花屋に売っているそれには負けるが、これはこれでキレイだ。
そういえば昔、冬弥に花束を作ってあげたことがあったな、と思い出す。
あれは確か彼のピアノの発表会の後。
賞を貰ったのに嬉しそうではなかった冬弥に、司は考えて考えて野花で花束を作ったのだ。
目を見開いた冬弥はぎこち無く「…ありがとう…ございます」と微笑んでくれたのである。
その時、妙に嬉しかったのを思い出した。
あの時は分からなかったが、あれは単純、冬弥に恋をしていたのだ。
両想いになった今なら分かる。
「…そうだ」
司はしゃがみこみ、花を摘み始めた。
バイトを始めた今なら花屋でもっと良い花束を買うことができるだろう。
けれど。
「よし、出来たぞ!」
司は満足げに笑う。
そうしてそのまま、彼がいるであろう公園に向かった。
「おぅい、冬弥!」
「…司先輩?!」
手を振ると、冬弥が驚いた顔をする。
この時間は自主練習の時間だと言っていたからちょうど良かった。
「どうしたんですか?」
「いや、この前のイベントで優勝したと言っていただろう!ほら、これ」
司は作ったばかりの花束を手渡す。
ふわ、と破顔させた冬弥は、ありがとうございます、と言った。
その笑顔に、やはり好きだな、と思う。
小さな春の便りと共に、再びキミに恋をしよう。
「あれ、冬弥くん、可愛い花束だね?どうしたんだい」
「カイトさん。…好きな人から、頂いた大切な贈り物なんです」
ホワイトデー
さて、本日ホワイトデーである。
一応チョコレートをもらったのだから、とザクロはぼんやりと店を眺めていた。
「よっ、忍霧」
「うわっ、鬼ヶ崎?!」
とん、と肩を叩かれ、思わず驚いてしまう。
きょとんとした彼女は可愛らしく、クスクスと笑った。
ふわふわとカイコクの長いポニーテールが揺れる。
「うわっ、ってなんでぇ、うわっ、って」
「す、すまない。しかし、何故ここに?」
「ん?あぁ、面白ぇもんが見れるから行ってみろって、路々さんが」
「…路々森…」
ピースする姿が容易に想像出来た年上の彼女に思わず拳を握った。
最初に会ったのがユズなものだから、常に揶揄われてしまうのだ。
「んで?お前さんは何してんでぇ」
こてりと首を傾げるカイコクに、ザクロは息を吐く。
サプライズにしたかったが…素直に言うことにした。
どちらにせよ、彼女に隠し事は出来ないのだし。
「貴様がくれたバレンタインのお返しを考えていた」
「…へ、ぇ…?」
「今日はホワイトデーだろう」
ぽかんとするカイコクにそう言えば、ややあって彼女はクスクスと楽しそうに笑った。
「お前さんは…相変わらず律儀だねぇ」
「好いた者からの贈り物に誠意を表すのは当然ではないか?」
「…そういうとこだな」
至極当然、と言えばカイコクは柔らかく微笑む。
良くは分からなかったが、悪い言葉ではないようだ。
「んで?何をプレゼントしてくれんだ?」
「そうだな…貴様は甘いものは好かんだろう?かと言ってアクセサリーは…」
「…戦うのに邪魔になるからいらねぇな」
「言うと思った。女子なのだから少し大人しくしていてほしいものだが」
「そりゃ、まあ考えるだけは考えててやるよ」
軽く笑う彼女に、考える気はないな、と息を吐く。
カイコクは意外と好戦的だ。
好きな人には傷つかないでほしいだけなのだが…と。
「?鬼ヶ崎?」
「…へ?」
何かを見つめていたカイコクに話しかけると、彼女は驚いた目でこちらを見た。
すぐに、何でもない、とへらりと笑ったが、そんなものでは誤魔化されない。
視線の先を辿れば、バスソルトの文字があった。
「バスソルト…入浴剤か」
手に取ったのはよくあるバスソルトだ。
藤の香り、とあるそれは見た目は可愛らしい形をしている。
「鬼ヶ崎もバスソルトなどに興味があるのだな」
「いや、あの、まあ…」
珍しくごにょごにょと言うカイコクをじぃっと見つめていれば少したじろぎ、諦めたように息を吐いた。
「…色が、お前さんに似てたから」
「ん?」
「だからっ!その色がお前さんの目の色に似てるって…!」
随分可愛らしいことを言ってくれるカイコクの手を取りザクロは笑む。
自分の瞳と同じ色のバスソルトがほしい、なんて誘い文句でしかないのだから!
「ならば、このバスソルトを持って今晩お前の部屋に向かおう。…後悔するなよ?」
なあ、鬼ヶ崎?
そう笑ってザクロは取った手に口付ける。
本日ホワイトデー。
好きな人に想いを返す、そんな日!
風呂で逆上せたカイコクを看病し、第二戦が始まったのは、また別のお話。
司冬ワンライ・ホワイトデー前夜/お菓子言葉
さて、天馬司は悩んでいた。
仲間たちへのお返しは思いついたものの、冬弥へのお返しは思いついていなかったのだ。
冬弥は特別だ。
幼馴染で可愛い後輩で、それから恋人で。
だからこそ特別なものを送りたかったのである。
「…うぅむ……」
スマホを眺めながら司は唸った。
冬弥は甘いものが苦手だ。
彼の好物であるクッキーは、あまり良い意味ではないらしい。
甘くないもので、尚且つお返しとして成り立つもの…。
と、一つの記事が目に止まった。
ハッとして読みすすめていく。
「…こ、これだぁあ!!!」
思わず大きな声を上げてしまった。
…まあ日常茶飯事なので家族は気にしないだろうが。
司は慌てて財布を握り締め外に出る。
目指すはショッピングセンター、一択だ。
「冬弥!」
司は、待ち合わせをした人物に大きく手を振る。
それに気づいたらしい冬弥も小さく手を振った。
「すまない、待たせた!」
「いえ、俺も早く着いたので。…それより、どうかしたんですか?」
「なぁに、今日はホワイトデーだろう!」
首を傾げた冬弥に、買ってきたそれを手渡す。
「ハッピーホワイトデー、冬弥!」
「…ありがとうございます」
少し驚いていたらしい冬弥がふわりと笑みを溢した。
掴みは上々だろう。
「これは…」
「ぜひ、開けてみてくれ」
何故だが司がワクワクしつつ冬弥に言う。
小さく笑った彼はそっとそのラッピングを開いた。
「キャンディ、ですか。たくさん色がありますね」
「そうだろう!この飴は喉にも良いらしい!たくさん舐めて、素敵な歌を響かせてくれ」
司は笑いながら瓶をひょいと取り上げる。
蓋を開け、一つつまみ上げてから彼の口の中に入れた。
「なぁ、冬弥。お菓子言葉を知っているか?」
驚く冬弥の口の中に消えたのは司と同じ、綺麗な黄色をしたそれ。
キャンディーのお菓子言葉は「貴方が好きです」。
そして、レモン味のキャンディーは。
「…オレはいつだって冬弥に与えてやるからな」
司は笑い、柔らかい笑顔の彼にそっと口付ける。
仄かに、レモンの味が…した。
レモンは初恋の味だという。
そうしてそれから。
(司が冬弥に渡すのは、いつも変わらない真実の愛!)
「先輩、俺からもこれを」
「おお、ありがとうな、冬弥!…これは、マカロンか!」
しほはるホワイトデー
「…さて、と」
小さなラッピングをし、志歩は息を吐いた。
明日はホワイトデーだ。
チョコレートファクトリーで作ったうさぎ型のチョコレートは我ながら上手く出来たし、喜んでもらえる自信がある。
「…。…桐谷さんには、どうしようかな」
ふと呟き、スマホを取り出した。
チョコレートファクトリーに一緒に行った桐谷遥は、姉の雫やクラスメイトのみのり達とアイドル活動をしていて、少なからず自分も世話になっているのだ。
志歩には縁遠いと思っていたが、同じキャラクターが好きだったり、なかなか話も合う。
彼女にも何か渡したいが、同じチョコレートにしては芸がないな、と思った。
…一緒に行ったのだ、手の内は知られている。
「…あ」
ネットサーフィンをしていた志歩は一つの記事に目を留めた。
それから、そのお菓子について調べ始める。
存外簡単に出来るらしいそれに、挑戦してみるか、と志歩は戸棚を開いた。
次の日、クラスメイトであるみのりやこはね、それから隣のクラスのえむ(別の学校である寧々にはなかなか会えないので渡してもらうことにした)、姉と姉が色々世話になっている愛莉、バンドメンバーの一歌、咲希、穂波、そうしてバーチャルシンガーのミクやルカ、リン、メイコ、レン、カイトには無事に渡すことができた。
後は…。
「桐谷さん」
「…!日野森さん!」
呼びかけると遥がパッと表情を明るくさせる。
流石アイドルだな、とぼんやりそんなことを思ってしまった。
「こんにちは。チョコレート、無事に渡せた?」
「うん、渡せたよ。桐谷さんは?」
「私も。みのりには、暫く神棚に飾るって言われて焦っちゃった」
「教室でも同じこと言ってた。こんなに一緒にいるのに全然慣れないよね、みのり」
くすくすと笑う遥に、志歩は肩を竦める。
そうだね、と笑みを浮かべた遥がふと首を傾けた。
「そういえば、用事って?」
「ああ。…これ」
はい、と渡すと遥は目を丸くしてからふわ、と表情を和らげる。
「ありがとう、日野森さん。嬉しいな」
「大したものじゃないよ。この前一緒に作ったものとは違うけど」
「そうなの?ふふ、楽しみだなぁ」
嬉しそうに笑った遥が、そうだ、と自分のカバンを探り、何かを差し出してきた。
「じゃあ私からも。ハッピーホワイトデー、日野森さん」
「…!ありがとう。別に良かったのに」
「ううん。チョコレートファクトリーのお礼も、してなかったし」
はにかむ遥は可愛らしくて、何となくみのりが推している理由が分かるような気がし、少し目をそらす。
「開けても、良い?」
「え?うん、良いよ」
遥に了承を得てから志歩は包みを開いた。
可愛らしいうさぎが描かれた箱に思わず、可愛い、と言葉が漏れる。
「中身をうさぎさんの形にしようと思ったんだけど…可愛すぎたら食べられなくなるかもしれないから」
照れたように笑う彼女に促されるよう箱を開けると、星型のチョコレートが並んでいた。
無意識に手を伸ばし、口に放り込む。
「…あ、キャラメル」
「うん。…私の気持ちも伝えたいな、と思って」
「そっか。…なら、私達両思いだね」
そう笑う志歩に遥はきょとんとした。
それから渡した箱に目を落とす。
ラッピングを開き、ようやっと分かったと彼女は笑った。
箱の中にあるのはマドレーヌ。
…その意味は。
「これからもずっと宜しく、…桐谷さん」
「…こちらこそよろしくね。日野森さん」
二人して微笑み合う。
春は、もうすぐそこ。
(風の噂か、スーパーアイドルの桐谷遥が、あの日野森志歩と付き合っていると噂が立つまで、そう時間はかからない)
「ところで、キャラメルも作ったの?」
「?うん、そうだよ。折角だし、私の気持ちもたくさん込めたいなと思って」
「…桐谷さんのそういうトコ、私は好きだよ」
「ありがとう。…私も日野森さん好きだよ」
キャラメルはあなたは安心できる人
マドレーヌはもっと仲良くなりたい
司冬ワンライ・公園/幼少に戻って
久しぶりに冬弥と共に図書館に向かった、その帰り道。
「それで、そのタイムマシンに…冬弥?」
「…え?ああ、すみません」
話をにこにこしながら聞いていた冬弥が、ふと立ち止まり、司は首を傾げる。
彼の見ている方向には、幼少期によく遊んだ公園があった。
「おお!あのときの公園か、懐かしいな!」
「そうですね」
「少し寄ってみるか」
冬弥の手を引き、公園の中に入る。
昔と変わらない…遊具が小さくなった気もするが、それは自分たちが大きくなったからだろう…それに司は少し嬉しくなった。
「まだどの遊具も残っているのだなぁ」
「ええ。…司先輩があの滑り台でショーをしてくれたんですよね」
「そうだった!その後一番良いクライマックスシーンで滑り落ちてしまって、冬弥を驚かせてしまったな」
「そうでしたね。…先輩に怪我がなくて良かったです」
小さく冬弥が笑う。
確かあの時はオリジナルのヒーロー冒険譚をやったのだ。
物語のラスト、ヒーローであるところの騎士が姫に告白するシーンで足を踏み外し、滑り台から滑り落ちてしまったのである。
結果として怪我はなかったが…物語が終わることもなかった。
キィ、とブランコが揺れる。
あの時と同じ夕焼けが広がっていた。
「冬弥!あの時と同じショーを今行っても良いだろうか!」
「…!はい、ぜひ」
冬弥が微笑む。
司は頷いて滑り台を駆けのぼった。
さあ、幼少に戻って、また始めよう。
騎士が姫を護り告白する、そんな王道ストーリーを。
いつだって、その目線の先にいるのは彼1人。
「姫!オレは君を隣で護っていきたいんだ!…共に、来てくれないだろうか!!」
「…騎士様がそう仰るなら、喜んで」
騎士の告白に、姫が微笑む…幸福終幕まで、ともに!
「!!冬弥ーっ!!」
「わっ、司先輩?!」
ひな祭り
今日は何の日かと問えば彼女はとたんに嫌そうな顔をした。
同じ行事でも節分はあんなに楽しそうなのに何が違うのだろう。
「…ひな祭り、だろ?…七夕とやるこたぁ変わらねぇじゃねぇか」
「内容が全然違うだろう」
「着物着てワイワイ騒ぐって点じゃ、同じだろ」
「…元も子もないことを言うな、鬼ヶ崎…!」
ブスくれる彼女に、ザクロはそう息を吐きつつ言った。
確かに似たようなもの、かもしれないが…それはそれ、これはこれ、である。
大体、うちに秘められた願いが全く違うではないか。
「俺ァお人形になるのはごめんなんだよ」
ツン、とカイコクがそっぽを向く。
こんなにもお人形さん然としている割に、彼女は着せ替え人形になるのは嫌がった。
自由奔放な彼女らしいといえばらしいのだが。
「そう言うな。更屋敷も伊奈葉も、路々森も楽しみにしているんだぞ」
「…そうかも、しんねぇけど」
他の女性陣の名前を出せば彼女はブスくれたまま黙ってしまった。
楽しみにされているのは肌で感じるらしい。
だからこそ嫌なのだろう。
「ひな祭りはまあともかく。…今日はひな祭りだけではないのだぞ、鬼ヶ崎」
「…あ?」
ザクロのそれにカイコクがきょとんとする。
何を急に、と言った顔だ。
そんな彼女の頭上にあるものを乗せる。
「まて、お前さん今何を…!」
「三月三日、耳の日でありうさぎの日でもある」
座っていた彼女はいとも簡単にザクロのベッドの上に倒れ込んだ。
げ、という顔をするカイコクにザクロは微笑んで見せる。
悪ぃ顔、と小さな声の彼女のそれを塞ぐように、ザクロはそっと口付けた。
うさ耳が揺れる。
今日はなんの日?
(日本人は、語呂合わせが大好きで、便乗商法も大好き、なんて言い訳を!)
司冬ワンライ・ハンドクリーム/大切
「司先輩」
「む。おお、冬弥!」
息を切らせて走ってきた可愛い恋人に、こちらもぶんぶんと手を振った。
久しぶりにお互い放課後何もなかったので一緒に帰ろうということになったのである。
気になっていた新刊があったので、一緒に本屋に行くのも良いなぁというのもあった。
所謂、放課後デート、だ。
「お待たせしてすみません」
「なぁに、構わないぞ!それに、待つのもデートの内、だろう」
はっはっは!と笑えば冬弥も小さく肩を揺らした。
本当に楽しそうな表情をするようになったな、と思う。
「では、帰るか!…そうだ、今度ある舞台の原作小説が…」
「…あの」
冬弥がおずおずと何かを言いたそうにこちらを見た。
どうかしたのかと聞けば、ハンドクリームが、と言う。
「ハンドクリーム?」
「はい。普段から使っているハンドクリームがそろそろ無くなりそうで…。買いにいこうかと思っていたんです」
「おお、そうか!ならば、一緒に買いにいこう」
「ありがとうございます。…楽器を触らなくなって久しいのですが、小さい頃からしていた習慣はなかなか抜けなくて…」
申し訳なさそうに言う冬弥に、司は「何を言っているんだ!」と笑った。
綺麗な手をそっと握る。
幼い頃から変わらない、綺麗な手だ。
音を紡ぐ、冬弥にとって大切な手。
「冬弥が大切にしてきた手だ。それに、今は夢を掴む為の手だろう。オレは、そんな冬弥の手を愛おしく思うよ」
握った手に口付ける。
綺麗で、彼自身が嫌いになったかもしれなくても、司はこの手が好きだ。
大切な、音楽を求める手だから。
「…司先輩」
「さあ、冬弥の大切な手を守る、ハンドクリームを買いに行くぞ!」
「はい」
冬弥の手を握る。
司の手で守るように。
(大切な人の、大切なものを守りたいのは、恋人として当然だろう!)
「先輩の手は大きいですね」
「む、そうか?」
「はい。暖かくて大きくて…俺は、好きです」
スーパーネコの日
本日はスーパーネコの日でございますよ、とパカが言った。
もちろん、言われた二人がはぁ?という反応をしたのはいうまでもなく。
ザクロは兎も角、カイコクは本当にそういう行事事、に興味がなかった。
だからそういう反応になるのも仕方がないと言えよう。
しかも、だ。
こちらは進入禁止区域に入ろうとしていた。
見ていただけだとカイコクは言い訳をしたが…そんな子どもじみた言い訳が通ると思うのかと呆れたが…普通ならば何か『以前と同じ』ペナルティを課されても仕方がないといえよう。
だが、パカはそう言ったのだ。
スーパーネコの日、だと。
一体どういう意味なのだろう。
何かの隠語なのか…ふざけているだけなのか。
「…。何なんでェ、その…スーパー?ネコの日、つうのは」
彼女は眉を寄せつつ警戒態勢を崩さなかった。
猫みたいだな、と思いながら、ザクロも彼女を護る様に立ちはだかる。
確かにカイコクは強いけれども、これでも一応彼氏なのだ。
好きな人を守りたいのは当然だろう。
「2022年2月22日」
「…それが…」
「このように2が並ぶのは非常に珍しいことなのでございます」
パカがそう言って近付いてきた。
二人揃って臨戦態勢を取る。
が。
「…鬼ヶ崎様は猫そっくりでございますね」
声が、耳元で聞こえた。
驚いて振り向いたザクロの真後ろで、カイコクが音も無く倒れる。
手を伸ばすザクロの視界も暗転し、そして。
セカイは闇に包まれた。
ザクロのセカイに、光が戻ったのはしばらく経ってからであった。
途端に襲う鈍い痛みに殴られたのか、なんて思いながらぼんやり目を開ける。
「…ぅ、ゃ…だっ…!や、め…!」
「しかし、躰は正直でございましょう?ねぇ、鬼ヶ崎様」
「ゃだ…っつってる…!ふぅ、ぃや…っ!!」
「…は?」
飛び込んできたのは信じられない光景だった。
カイコクが、嬲られている。
誰に?
…パカに。
理解するより早く、ザクロは体が動いていた。
ナイフに手をかけ、確実にパカを殺そうとして…止まる。
「…っ!!やめろ!!!」
「…おや、遅いお目覚めでしたねぇ、忍霧様」
鋭いカイコクの声に、パカがぐりんとこちらを向いた。
「…鬼ヶ崎を離せ」
感情を押し殺してザクロは言う。
彼女がやめろと言ったから。
そう言い訳をしなければ殺してしまいそうだった。
「…。…本日はスーパーネコの日でございますよ、忍霧様」
「…。…何の、話だ」
またその話を持ち出したパカにザクロは睨む。
「いえ。…悪い子猫にはお仕置きを、と思いましてね」
「…っ!」
「っぅ、ふ…んぅ…っ!!」
パカが彼女の秘部に手を伸ばした。
必死に声を上げないように堪えているカイコクを、パカは責め立てる。
「進入禁止だと、私は申し上げました。それを何度も何度も破るのは貴方方では?」
「…そ、れは…」
「忍霧様。貴方は鬼ヶ崎様を一度は止めた。その事実はこちらも周知しております。それ故、執行猶予を与えましょう」
何の感情もない声でパカが言った。
執行猶予、と乾いたそれで繰り返す。
「いかにも。鬼ヶ崎様には、今猫耳がついております。この猫耳は脳波を操作して猫の鳴き声しか出せないようになっておりましてね。しかしながらこれだけではまだ作動しないのでございます。…こちらを、装着しなければ」
そう言って、パカが差し出したのは猫の尻尾だった。
先に目を背けたくなるくらいエグい大きさのバイブが着いている。
「それを、俺に付けさせる、と?」
「…選ぶのは忍霧様で御座いますよ。まあ、罰はそれなりに受けて頂くことになるかと存じますが」
「…っ、ふざけ…っ!!」
「…大事な人を見殺しにするほど…貴方は強くはないはずだ」
激昂するザクロにパカが言った。
それに大きく目を見開く。
被り物のせいで表情は見えないが…笑っているように、見えた。
パカはこう言っているのだ。
やらなければ、カイコクを犯し、嬲り殺す、と。
それがザクロにとってどれだけ大きな傷になるか知っていて。
震える手でバイブを掴む。
すまない、と小さな声で謝るザクロに、カイコクは無理矢理笑みを作った。
「…お前さんなら、大丈夫…だから」
へにゃ、と笑うカイコクを抱きしめる。
「ぁうっ、ふ、ぐ、んんぅ!!」
「…すまない、鬼ヶ崎…っ!」
奥に奥に突き刺し、ポロポロと涙を零すカイコクに囁き続けた。
コツン、と結腸に押し当たった所で手を離す。
「…鬼ヶ崎?」
「…にゃ、あ……」
熱い息を吐きながらカイコクが鳴いた。
へたりと今まで動いていなかった猫耳がへたっていて、無事に作動したのだな、とホッとする。
「お疲れ様でした、忍霧様。もう結構でございますよ」
「…は?」
パカのそれにザクロは呆けた顔をした。
だって、ここで彼女を手放すということは、それは。
「…。…鬼ヶ崎は俺のものだ」
「…おや」
ザクロは彼女を抱きしめながらマスクをずらし、口付ける。
「ぁふ、にゃ、ぁん、にぃ、ん、ぅあ…」
「…鬼ヶ崎様」
「…?!にゃ、に"ぁああっ?!!」
パカがバイブのスイッチを作動させた。
キスを止めたカイコクが泣きじゃくり、嫌々と首を振る。
いつの間に付けられたのだろう首輪の鈴がチリチリ鳴った。
喧しくてたまらない。
「…貴様!」
「鬼ヶ崎様へのお仕置きはまだ終わっておりません故」
騒音をかき消すよう怒鳴り睨むザクロにパカがしれっとそう言った。
ふざけるな、と思いながらザクロは自身を取り出す。
にゃあ、とか細い声が彼女の白い喉から震え出た。
今日は猫の日だ。
それも、スーパー猫の日。
おかしな行為をしていると気づかないのはその言葉と強すぎる脳波に充てられているのかそれとも。
可哀想な猫の行く末は、チリンと鳴った鈴だけが知っている。