司冬ワンライ・テスト勉強/頭を撫でる

「テスト勉強、か?」
図書室に来ていた司は恋人であり幼馴染、かつ後輩の冬弥から「一緒にテスト勉強をしたいのですが」言われ、司は首を傾げた。
はい、と頷く冬弥に司は少し疑問を擡げたが、まあ良いかと思う。
冬弥からそんなお願いがあるのは珍しいのだし。
「オレは構わないぞ!今日は咲希もバンド練習があるし、両親もいないからうちに来ると良い」
「…!ありがとうございます」
頷く司に冬弥はふにゃりと表情をくずす。
可愛らしいなぁ、と司も笑った。


その数時間後、司と冬弥は机を挟んで向かい合っていた。
「…うん、全問正解だ」
「本当ですか」
問題集を解き終わり、丸つけをしていた司は最後を丸し終わり、そう言う。
ホッとしたような冬弥に問題集を返した。
「流石だなぁ、冬弥は。特別テスト勉強をしなくても良いんじゃないか?」
「…実はそうなんです」
カラカラと笑う司に冬弥は曖昧に微笑む。
うん?と首を傾げれば彼はほんの少し困ったように口を開いた。
「む?」
「普段から復習と予習をしているので特別『テスト勉強』というのをしたことがなくて。少し苦手なところの勉強を増やすくらいなんですが、テストだからといって変わったりは…」
真面目な冬弥らしい悩みに、司は目を見開き、それからふは、と笑う。
「そうかそうか!冬弥は偉いんだな!!」
「わっ」
腕を伸ばし、わしゃわしゃと頭を撫ぜた。
彼は真面目だから、きっと気にしていたのだろう。
クラスの皆がテスト勉強をしている中、そんなことをしたことがない自分に。
テスト勉強をしたい、と思い、その相手に司を選んでくれたことが嬉しく思った。
「っと、すまん!年下扱いをしてしまったな」
「いえ。…先輩の手は大きくて…好きです」
ふわ、と笑う冬弥をちょいちょいと呼び寄せる。
不思議そうに来る冬弥を抱きしめ、それからその髪に指を通した。
頭は良いのに少し不器用な冬弥が愛らしい。
そんな彼が好きだと…そう思った。
「冬弥は冬弥らしくいれば良い。…勉強も、それ以外も、な」
「…はい」
司の囁きに冬弥の柔らかな返事が耳に届く。
夏の風が、司の部屋を吹き抜けた。


二人で共にいる、ただそれだけが嬉しくて

本来の目的を忘れそうになった、なんて


(ただいま『人生』勉強中!)


「しかし、冬弥にはオレから教えられることはないかもしれんなぁ」
「…そんなことは…ないですよ…?」

ワンドロ・放課後/瑞希

「はぁ?放課後デートぉ?」
教室に彰人の素っ頓狂な声が響く。
そう!と力強く言うのは瑞希だ。
「弟くんなら、放課後デートの何たるかを知ってるかと思ってね!」
「…知らねーよ…。放課後に遊びに行くことじゃねぇの?」
「そんなの、友だちとでもできるじゃん!」
わかってないなぁ弟くんは!と言う瑞希に「弟くん言うな」と彰人が突っ込む。
「大体、女子は友だちと遊びに行く場合でもデートとか言うじゃねぇか」
「まあ…。…じゃあどこからどこまで放課後?」
「…あ?」
次なる瑞希の疑問に彰人は首を傾げた。
唐突に何を、といった顔である。
それに、説明しようと瑞希が口を開いた…その時。
「彰人、遅くなっ…暁山?」
カラリと教室の扉が開き、冬弥が顔を出した。
きょとんとした彼はカバンの他に分厚い本を持っている。
「あ、やっほー冬弥くん!委員会早かったね」
「ああ。今日は議題も少なかったからな。…それで…?」
「そうそう!弟くんと、放課後デートについて話してたんだけどさ。はぐらかすばっかりでなかなか教えてくれないんだよー!」
「いや、それはお前が放課後がどこからどこまで、とか良く分かんねぇこと言うから」
「えー?分かるよねぇ?」
文句を言う彰人に瑞希はけらけらと笑った。
「何故そんな話に?」
「実は、絵名から今度放課後デートしよって言われたんだけど二人とも学校終わりって時間がバラバラなんだよね」
「絵名…ああ、彰人のお姉さんか」
「そ。ほら、ボクは学校にたまに来るだけだけど、一応は夕方が放課後じゃん?でも絵名は夜間コースだからさぁ」
あっけらかんと説明する瑞希に、彰人は眉を顰める。
聞けば、「身内のデート事情聞くのは誰だってやだろ」らしかった。
まあ、そうだろうな、と瑞希は軽く謝る。
それだけで、まあ良いけど、と溜飲を下げる彰人は存外優しい男のようだ。
流石は絵名の弟、というべきだろうか。
「つぅか、別に無理に放課後に行かなくたっていいだろ。絵名なんか多分お前が授業終わるまで寝てるぞ」
「まあそれはそうなんだけどさ。放課後、に行くのがいいんじゃん!つっらーい勉強が終わってさ、ちょっとコンビニでお菓子買ったり最近出来たカフェ行こー、とか、カラオケ行ったりとか、ちょっと買うものあったーってアクセ見たり、ほら、今だったら夏祭り用の浴衣見たりとかさぁ!」
「…いやもうそこまで行くなら普通に休みの日に買いに行けよ」
呆れたような彰人に、瑞希はビシッと指を突きつける。
「分かってないなぁ、弟くんは!」
途端、彰人は嫌そうな顔をした。
だが瑞希は気にしない。
「はぁ?」
「放課後はちょっと見て目星をつける、その後改めて約束をして一緒に買いに行くのがいいんじゃん!」
力説すればするほど彰人は冷めるようで、頭を掻いた。
「…分かんねぇよ」
「もー、それでも絵名の弟くんなの?」
「…。…2人が放課後と思えば放課後なんじゃないか」
「おい、冬弥」
「…続けて?」
「例えば暁山の授業終わりも暁山にとっては放課後だろうし、二人の放課後にしても店は開いていないだろうがインターネットカフェで行きたい店を二人で調べる、というのも…デートにはならないのだろうか」
何やら2人に加わらず真剣に悩んでいた冬弥がそう言う。
真面目な放課後デート考察に瑞希も思わず唸ってしまった。
確かにその考えはなかったのだし。
「うん、ありがとね、冬弥くん!なんか分かった気がする」
「そうか、良かった」
礼を言う瑞希に、ふわり、と冬弥が表情を崩す。
「お礼に何か奢るよ!コンビニとかどう?」
「俺は自分の考えを述べただけだ、礼には及ばない。…それに…」
「それに?」
誘う瑞希を断った彼が何か含むように言うから瑞希は首を傾げた。
「これからデートなんだ。…すまない」
申し訳なさそうに冬弥が笑む。
その前では冬弥との『デート』、なわりに嫌そうな彰人がいた。
開かれているのは学期末テスト範囲の教科書と、真っ白なノート。
瞬時に、ああ、なるほど、と理解した。
「んじゃー、また今度、だね。ごゆっくりー」
ならばここにいることもない、と瑞希はひらりと手を振り教室を躍り出る。
…別に馬に蹴られる趣味もないわけだし。
「…まーでも、今度お祭りとかに誘って見よっかな」
くす、と笑い、瑞希は駆け出した。
教室を出る前の、恨めしそうな彰人を思い出しながら。

放課後、二人きりでお勉強デート、なんてボクは羨ましいと思うけどね!
(特権を取っちゃう気はないけどさ!)

類冬ワンドロ・水遊び/朝顔

最近特に暑い。
ホースを持ち、緑化委員が世話をする花壇に向かって水を撒きながら、類は息を吐いた。
水滴光る朝顔はキラキラしていてなんだか羨ましいほどだ。
そういえばえむが「ワンダーステージ☆夏のびしょぬれシャワーショーとかどうかな?!」と言っていたっけ。
司や寧々は嫌そうな顔をしていたがこんなに暑ければミストくらいなら何とかならないだろうか。
もう少し、水圧を上げてもっと水流を細かくすれば…あるいは…。
「…神代先輩」
もう少し軌道を柔らかいものにして…そうすれば…。
「神代先輩!!」
「…っ、え」
ぶつぶつ呟きながら考え込んでいた類は急に呼ばれて慌ててそちらを向いた。
…ホースを、持ったまま。
「…っ?!わっ…」
「?!青柳くん!」
案の定というか当然の結果というか類の持ったそれから噴射された水は目の前にいた冬弥を直撃した。
無防備な冬弥に容赦なく降り注ぐ。
すぐにホースを置き、水を止めた。
「すまない。少し考え事をしていてね。…大丈夫かい?」
「…はい。…教室に戻れば着替えもありますし…」
タオルを差し出せば冬弥は、すみません、と受け取る。
その姿は何だか嬉しそうだ。
「…水遊びのようで、楽しいです」
「君が楽しいなら良いけどね」
くすくす笑う冬弥の髪を拭いてやる。
「先輩は、緑化委員ですか?」
「ああ。朝顔の水やりをね」
「…朝顔」
冬弥が小さくつぶやき、表情を崩した。
お揃いだな、と呟く冬弥に類も笑う。
「そういえば、七夕近くに開花時期が来る朝顔は牽牛花から転じて織姫花とも呼ばれるらしいよ」
「…なら、神代先輩は彦星ですね」
楽しそうな冬弥に、類は「彦星は嫌だなぁ」と言った。
1年に一回しか冬弥に会えないのはごめんだ。
朝顔の花言葉のように、類は冬弥と共にいたいのだから。


水滴がキラキラと光る。
行こうか、と手を差し出す類に、はい、と冬弥が握り返した。



今日も熱く暑い1日が、始まる。

司冬ワンライ・コンビニ/スマイル

「新装開店しました!クーポンも付いているので良ければ…む、冬弥!」
チラシを配りながら笑顔を振りまいていた司は少し向こうに可愛い恋人の姿を見つけ、ぶんぶんと手を振った。
「司先輩…?!その格好は、一体」
「ああ、これか?」
駆け寄ってきた冬弥は、司の姿を見て驚いたらしい。
それはそうだろう、司は有名コンビニチェーンの制服を着ていたのだから。
だが、司は事も無げに笑う。
「知り合いがな、チラシ配りの人が足りないと言うので急遽手伝う事になったんだ!その分の給料は出ると言うし、何より困っている人は助けなければ、スターの名が廃るというものだろう?!」
「…司先輩らしいです」
どや、とキメ顔で言えば冬弥は小さく笑んだ。
優しい表情に司もふっと顔を緩める。
「そうだ、冬弥も来てみないか?丁度このチラシが最後だ」
「…良いんですか?」
「もちろんだとも!…ほら、コーヒーの割引クーポンも付いてるぞ!」
「ありがとう御座います」
小さく笑った冬弥が司の差し出すチラシを受け取った。
「コンビニコーヒー…初めて飲むかもしれません」
「何?!なら、オレが教えてやろう!」
「助かります」
お礼を言う冬弥はいつもよりも何だか嬉しそうで、司はふと首を傾げる。
「どうした?なにか良いことでも?」
「…いえ。司先輩がいつもと違うので」
「…?それは、良いことなのか?」
「はい。…とても、格好良いです」
ふわ、と笑う冬弥が眩しく、司は思わず目を細めた。
素直な冬弥にこちらの方がドキドキしてしまいそうだ。
「そうか、格好良いか!ありがとうな、冬弥!…そうだ、冬弥も着てみないか?」
「…え?」
笑って見せ、良いことを思い付いた!と司は提案する。
きょとんとする冬弥の手を引き、コンビニまで連れて行った。
仕事が終わったことを伝え、ささっと着替えるから、とバックヤードに冬弥を入れることに成功する。
「さ、オレが着た後だが」
「…ありがとう御座います」
私服に着替えながら制服を冬弥に手渡した。
少し戸惑いがちに受け取った彼は逡巡したものの素直に袖を通す。
「いかがでしょうか?」
こてん、と首を傾げ、聞く冬弥はたいそう可愛らしく、こんな店員なら毎日通ってしまうな、と思う。
だが。
「彰人には、俺はあまり笑わないから接客は向かないと…。…先輩?」
「…まあ、そうだな」
冬弥の言葉に司は頷く。
彼の、極上の『スマイル』を見るのは司だけで良いと。
可愛らしい冬弥の『スマイル』がコンビニ如きで買えるものか、と。
司は笑う。
自分の前で可愛らしく笑う恋人に。
(冬弥の向ける『スマイル』は自分だけのものと知っているのだけれど!)
「こんな可愛らしい店員は、オレが買い取ってやらんとな?」





「先輩、凄いです!コンビニで本格的なコーヒーが!」
「…お前は本当に可愛らしいなぁ……」

ワンドロ・パーカー/試着

彰人に私服を見繕ってほしい。
冬弥からそう言われて馴染みの店ではなく大型のショッピングモールにしたのはあまりに己の好みに全振りするのはどうかと思ったからだ。
着て欲しい服と好みのファッションはまた別だ、というのもある。
…冬弥の好みもあるだろうし。
「んで?どんなんをご所望なんだよ」
「…今あるジーンズと合わせやすいものが良い。後は夏でも無理なく着こなせるもの、だな」
「んじゃま、トップスと…薄手のパーカーとか良いんじゃねぇの?」
少し考えて言う冬弥に彰人は言う。
色や形など細かく聞き、いくつか見繕った。
そのまま購入はせず、試着室に向かう。
「着替えたら呼べよ」
「ああ、分かった」
カーテンが閉じられ、小さく息を吐いた。
ライブに出る時の服は彰人が選ぶ事が多い。
舞台上で冬弥をより良く魅せるためだ。
冬弥の、歌やパフォーマンスを輝かせるように。
だがこれは私服だ。
彼が普段遣いで着るための。
「…彰人」
「…ん、着替え終わったか?」
と、カーテンが開けられ、冬弥が顔を出した。
ワンポイントが入った白いTシャツと7部袖の落ち着いた色をしたパーカー。
Tシャツの襟が少し大きめに開いているのは…冬弥が無意識に選んだものだった。
息苦しさから逃げたい表れなのだろうか。
「?何かおかしいか」
「んや。よく似合ってるぜ。着づらい感じとかはねぇ?」
「ああ。大丈夫だ」
頷いた冬弥がくすりと笑う。
なんだろうかと思えば彼はパーカーを少し肌けさせた。
「…裏地、彰人の色なんだ」
「…はっ?!」
「なんだか彰人に包まれているみたいだろう?」
綺麗な笑みで言う彼が試着室に引っ込む。
その場にはぽかんとした彰人だけが残された。



揺れる、試着室のカーテン。

開けた後の冬弥の表情は…。


(彰人だけは、知っている)

類冬ワンドロ・カレー/短冊

さて、突然だが、神山高校で校内キャンプが行われることになった。
スポーツでも有名な神山高校では宿泊施設が併設されている。
そこを特別に借りることが出来たのだ…理由は後ほど語るとして。
「ねー!お肉まだ切れないのー?」
「あー??今やってるっつーの!!」
「おぅい!笹を貰ってきたぞ!!」
ぎゃーぎゃーと言い合いながら調理をする1年生組のところに来たのは司と類だ。
肩には巨大な笹が抱えられている。
「うわぁ、凄いですねこれ!!」
「よくこんなおっきい笹あったよねぇ」
「…ちょっと二人とも、笹持ったまま入ってこないでよね」
持ってきた笹を目の前に楽しそうなのは杏と瑞希、少し眉を顰めるのは寧々だ。
「わかっている!彰人!冬弥!少し手伝ってくれ!」
「あぁ?なんでオレが」
「…彰人。わかりました、すぐに行きます」
嫌そうな彰人を窘めた冬弥が頷き、駆け寄った。
「ふふ。手伝ってくれたお礼に、君には最初に短冊を書く権利を与えてあげようかな」
にこにこと笑うのは類である。
「お、いいな、それ。冬弥!好きなものを書いて良いぞ!」
「あぁ??冬弥をそっちに引き込むんじゃねぇっつー…」
それに司が便乗し彰人が嫌そうな顔をした。
冬弥が楽しそうに肩を揺らす。
エントランスホールの柱に笹を括り付け根本に水を含ませたティッシュを巻いて口を切ったペットボトルに刺した。
字で書けば簡単だがこれがなかなか難しい。
この作業をするから、と彼らは宿泊施設の利用が許可されたのである。
もちろんこの後の飾り付けも込みだ。
「いよっし!設置はできたな。短冊はどうする?見られたくないなら今書くのも有りだが」
「…オレはみんなと一緒でいいッスよ。今書いてもうるせーし」
「確かにな。類と冬弥はどうする?」
「僕も後で良いよ。青柳くんは?」
「俺も、みんなと一緒に書きます」
「なら調理室に戻るとするか!」
「そうですね。彰人、この後の工程だが…」
司の言葉に頷いた冬弥が彰人に何か確認し、また類の傍に戻ってくる。
「どうしたんだい?青柳くん」
首を傾げると冬弥はほんの少し声を潜めてみせた。
「いえ。先輩がどんなお願いをするのか…気になりまして」
「そうだねぇ。まだ考えられてはいないけれど…。そういう青柳くんは何か決まっているのかな」
にこっと笑うと冬弥は少し上を向く。
それから僅かに微笑んだ。
「今の俺は色々恵まれているし、これ以上は特にないんですが…強いて言えば」
そう言った冬弥が綺麗な笑みを浮かべる。
それを見て、嗚呼やはり彼には敵わないと…そう、思った。

「神代先輩が俺の作ったカレーを食べてくれますように、でしょうか」



笹の葉さらさら、揺れる願いは類の努力で叶うそれ。

可愛い可愛い恋人のお願いを、聴いてあげられる彦星になるべく類は覚悟を決めたのだった。


「…東雲くん、今日の夕飯なのだけれどね…」
「今日の野菜は冬弥がサラダ分含めて全部切ってましたよ、覚悟決めてください」
「…そうだそ、類。冬弥を悲しませるわけにはいかないからな………」

七夕ザクカイ♀️

「じゃー、今年の織姫はカイさんってことで!」
ユズのそれに、はぁい!と元気に手を上げるのはカリンとヒミコである。
当の本人はなんだか渋い顔だ。
「…なぁ、やっぱ嬢ちゃん方がやるべきなんじゃ…」
「だ、ダメですよぅ!」
「そうですよ!!だってじゃんけんで決まったでしょう?」
おずおずと言うカイコクに不満の声を上げるヒミコとカリン。
どこか楽しそうなのはいつもは猫のように逃げてしまう彼女を合法的に着飾れるからだろう。
「どんな柄がいいかしら」
「色も…少し明るめの方が良いですよねっ!」
「…」
きゃいきゃいと話すカリンとヒミコを横目にカイコクは小さく息を吐いた。
「なんだぁい、カイさん!織姫より憂鬱そうな顔して!」
「…ったく、他人事だと思って」
にこにこと肩を叩くユズに、カイコクはブスくれた表情をする。
「おや、そんなに織姫になるのが嫌なのかい?そんな変わった衣装でもないし、変わったことをするわけでもないのに」
カイコクの表情に、ユズは意外そうにしてみせた。
ゲノムタワーの七夕まつりは至ってシンプル、じゃんけんにて選出された織姫と彦星に自分の書いた短冊をつけてもらうのだ。
短冊は自分で付けなければ意味がないような気もするのだが…そこはそれ、何かしらのイベントが無ければつまらない。
「べぇつに織姫になるのは問題無いぜ?格好だっていつもと変わんねぇし。ただなぁ…相手が……」
「相手ぇ?…あー、なるほどにゃ」
少しどもるカイコクに素っ頓狂な声を上げながらもすぐに理由に思い当たったのだろう、悪い顔をした。
「ザッくんが彦星じゃないか心配してるんだろー!ニ人は仲良しだからにゃー!」
「あぁ?…寧ろ逆だ」
「ん?」
ふわ、と髪を揺らして言うカイコクにユズは首を傾げる。
「忍霧が彦星なんてたまったもんじゃねぇ。織姫なのだから真面目にしろ、とか言われかねねぇからな」
「そりゃあ…」
「残念だったな、鬼ヶ崎。俺はその役目にはなれなかったようだ」
はぁ、と息を吐くカイコクに何か返そうとしたユズを遮ったのは当の本人であるザクロだ。
「…忍霧」
「おや、そっちも彦星が決まったのかにゃ?」
「ああ。うちはマキノくんが彦星になった」
「…あー…一番マシなトコだな」
ザクロのそれにカイコクは少し上を向き苦笑いを浮かべる。
アカツキやアンヤに比べ、マキノはカイコクのいつもと違う格好を見てもやいのやいの言わないし、きちんと彦星の役目を果たすに違いなかった。
その辺りはユズも同意見だったのだろう。
「あはは。あっきーはグイグイくるし、アン坊はカイさんをイジり倒すだろうから、ま、無難ちゃあ無難かな。マキマキはストレート褒め殺しだけど、それだけだし」
「それも問題ではあるんだけどな…」
笑うユズにカイコクはそう言う。
ただ、すぐ気持ちを切り替えたようでザクロに対して首を傾げた。
「んで?お前さんは何しにここへ?」
「彦星の役を伝えに。後は、仕事を果たして貰いに、な」
綺麗な髪を揺らすカイコクに、ザクロは何かを押し付け、元来たところに足を向ける。
意外そうにユズが立ち去るザクロを見送った。
「へぇ、ザッくんのことだから、カイさんの相手役は譲らないと…おりょ?カイさん?」
笑いながら言うユズは彼女を見上げ、返事がないことに疑問符を浮かべる。
…だが。
耳を紅く染めるカイコクに、小さく笑い、行こうぜ!と今宵の織姫の腕を引っ張った。


笹の葉に吊るされない、誰かの願いは織姫にしか届かない。

織姫を奪いたいのは、彦星だけじゃあなかったってね!!!



(お星様キラキラ、堕ちる相手は誰の元?)

七夕/一番星

笹の葉さらさら、軒端に揺れる
お星さま きらきら
金銀砂子


「…は?」
唐突に言われたそれに、司は目を丸くする。
「だーかーらー、七夕物語だよ、司くん!ほら、もうすぐ七夕でしょ?」
「いや、それは知っているが」
レンが足をバタバタさせながら言うそれに、司はそう答えた。
そう、もうすぐ七夕である。
セカイには笹はなかったから買ってきた笹にみんなで飾り付けをしていた。
高校生にもなって七夕も何もないと思うが…皆が楽しそうだからまあ良いか、と思っていたところに飾り付けが一段落したレンが来て…これだ。
元々行事事は好きな部類だったし。
七夕物語、そう言われてどんな話だったかと思い出す。
確か、真面目な彦星と織姫が結婚したものの、遊び呆けていた為に人々が困り、遂には神から天罰を食らって天の川を挟んで引き離される話と記憶しているが。
あまりに二人が嘆き悲しむから7/7の夜だけ鵲が橋をかけてやり邂逅を赦すのだ。
下らない、と思う。
川なんぞ飛び越えて会いにいけば良いのに、と。
「オレならば、まず悲しむ前に会いに行くがな」
「あははっ、司くんらしいや」
持論まで展開すればレンが楽しそうに笑う。
「じゃあさじゃあさ、もう一つの七夕物語は知ってる?」
「…もう…一つ?」
レンから予想外のことを言われ、司は呆けてしまった。
七夕の話はこれだけだと思っていたが、違うのだろうか。
「やっぱり司くんも知らないんだ!じゃあ教えてあげる!」
何故だか得意げにレンが言う。
そうして話してくれたそれはなかなか信じがたいものだった。
「…それは…本当に七夕物語、か?」
「あれ?信じてないの?まあ、ボクも類くんから教えてもらったんだけどね…」
「情報源は類か!」
小首を傾げるレンに司は思わずツッコむ。
まあ類は無闇矢鱈に嘘をついたりはしないのだけれども。
「おや、僕をお呼びかな?」
「呼んどらん」
ひょこりと顔を出した類に司は言う。
ぱあ、とレンが表情を輝かせた。
「あ、類くん!この間の七夕物語、本当だよね?!」
「本当だとも!まあ、一般的には羽衣伝説、の方が名としては通っているかも知れないけれどね」
にこ、と類が笑う。
名としてはどちらでも良いのでは、と突っ込みたくなった。
「その…何というか……、最低ではないか…?」
色々オブラートに包んだ感想を、類が笑い飛ばす。
「昔話なんてそんなもんだよ、司くん。つるの恩返しだって、ひいては天岩戸隠れの話だって、最低といえば最低だろう?」
「それはそうかもしれないが」
「流石に、ショーには使えないけれどねぇ」
「やるなら一般的な方だな!」
くすくす笑う類に司は言った。
「そう言えば、カイトさんが呼んでいたよ、司くん」
「む、そうか」
類のそれに司は立ち上がる。
目線の先で笹に飾られた短冊が、揺れた。



セカイから戻り、司は息を吐く。
向こうでは気づかなかったが…随分遅くなってしまったようだ。
「…司先輩」
「…?おお、冬弥ではないか!」
後ろから声をかけられ、振り返ればライブ帰りなのであろう冬弥がいた。
「今晩は。今帰りですか?」
「ああ。冬弥も、か?」
「はい。今日は小さな箱だったんですけど…反省会に時間がかかってしまって」
「なるほど」
表情を緩める冬弥に司も頷く。
ふと薄い格好をしている冬弥が気になり、持ってきていたパーカーをかけてやった。
「…あの?」
「夕方は少し冷えるだろう。虫除けにもなるし、な」
「…ありがとう御座います」
冬弥がふわりと笑む。
「…お前は、織姫のようにどこかへ行ったりしないだろうからな」
「…先輩?」
小さな声の司に、冬弥が首を傾げた。
「いや、なんでもない!…見ろ、冬弥!一番星だぞ!!」
それを誤魔化し、漆黒に染まりつつある空に光る星を指差した。
「…本当ですね。…俺にとっての先輩のようです」
「?何か言ったか?」
微笑んだ冬弥の小さな言葉に今度は司が首を傾げる。
冬弥が、いえ、何も、と笑みを浮かべた。
「そうだ、お前にも短冊をやろう!今日ショーの合間に七夕飾りを作ってきてなぁ」
「…!ありがとう御座います。司先輩は、何を願ったんですか?」
短冊を手渡し、さらりと髪を揺らす冬弥に、司はとびきりの笑みを向ける。
一番星が、一層美しく輝いた、気がした。
「愛するものが、笑顔でありますように、だ!!」


…もうひとつの七夕物語。

それは、天女である織姫の羽衣含む衣服を隠し、天界に帰れなくした彦星は途方にくれる織姫をだまくらかしてそのまま結婚する、という話。

嗚呼、なんて下らないんだろう!

笹の葉がさらさら揺れる。

そこまで愛しているのなら、羽衣なんて隠さずに手を伸ばせば良いと、司は笑った。

(お星様キラキラ、二人の行く末、空から見てる?)

ワンドロ・お風呂/泡

「?!!彰人!彰人!!」
「?どうした、冬弥!」
風呂場から聞こえる、珍しく焦った声に彰人は慌ててそちらに向かった。
さて何故こんな事になっているかと言えば、事の起こりは数十分前。
誕生日に入浴剤を貰ったから試してみたい、という冬弥に「セカイに行けば良いんじゃね?」と軽く言ったのが良くなかった。
そもそも入浴剤なんて家で使えば、とも思うが、歩み寄ったとはいえ完全に関係が修復したわけではない家族がいる浴槽で入浴剤も…しかも男子高校生が…使いにくいのだろう。
流石に彰人の家で、ともいえず、ホテルなんて思いもつかなかった二人はセカイにやっていたのだった。
まさかあるとは思わなかったが…路地裏を抜けた先、見たこともない古いホテルに入ってみればお誂え向きのバスルームがあったのである。
水道も通っていたし、もはやそういうものと割り切るしかなかった。
「大変な事になったんだが、来てくれないか…?!」
返される声は切羽詰まっており、ゆっくり考えられないな、と風呂場に向かう。
「一体何があっ…」
「…悪い…」
しゅんとした冬弥は、普段より表情が出ていて可愛らしいな、と思うがそれよりも周りの光景に驚いてしまった。
色付いた水を想像していた浴槽の水が泡だらけだったからである。
「…何を入れたんだ…?」
「…これ、なんだが…」
純粋な疑問に冬弥が手渡してきたそれ。
「…泡風呂の入浴剤じゃないか?これ」
「…へ?」
「泡風呂。知らないか?泡を浮かせた風呂のことでさ…専用の入浴剤があってよ。ちなみに普通の入浴剤と効能に差はない」
きょとんとする冬弥の服を脱がせてやりながら彰人は説明する。
ついでに、自分も服を脱ぎ、シャワーでさっと身を清めた。
「まあ、そうだな。体験してみた方が早いんじゃねぇの」
先に湯船に入り、手招きする。
ぽかんとしていた冬弥がおずおずと立ち上がった。
「…ひっ!」
「うわっ!」
片足を入れたままで躊躇する冬弥を引っ張り込む。
雪崩込んだ冬弥とともにどぷんと湯に浸かった。
思ったよりも浅く湯を張っていたらしい。
「何するん、だ…!」
「お前が遅いのが悪ぃんだろ」
振り仰いでむぅ、という顔をする彼にいけしゃあしゃあとそう言い後ろから抱きしめた。
「…で?どうだ?初の泡風呂は」
「…。…まあ…悪くはない」
「それは良かった」
ブスくれながらも風呂自体は気に入ったようで、次第にその表情が蕩けてくる。
「彰人っ、彰人っ」
「なんだよ、冬弥」
上機嫌で手に掬った泡を見せてくる彼に首を傾げた。
「これ、なんだ」
「…泡にしか見えねぇけど…?」
「…意外と頭が硬いんだな」
へにゃりと笑う、珍しい程に機嫌の良い冬弥に彰人も思わず小さく笑う。
頭が硬いなんて冬弥に言われるなんて思いもしなかったのだけれど。
「で?何なんだよ、それ」
「分からないか?…マイクだ」
「…うん??」
にこにことそう言う冬弥に思わず固まった。
突拍子もない発言は珍しくもないが、今日はいつにも増して上機嫌なのである。
「…そうか。…その…頑張った、な…?」
戸惑いながらもそう言えば、彼は嬉しそうに笑った。
まるで小さな子どものように。
無邪気に、愛らしく。
「次はパンケーキにする。…彰人?」
「あ、あぁ。パンケーキな、パンケーキ」
酔っ払ったとてこうはなるまい、と思いながらふとこの入浴剤の香りは何なのかが気になった。
あまり強い香りではないようだが…と思いながら空袋に手を伸ばす。
…と。
「彰人…?」
「うわっ!…冬弥?!」
くるん、と振り向いた彼がそのまま抱きついてきた。
シャボンがいくらか舞い上がり、消える。
「…なぁ、今日はシないのか?」
「…。…お前、ベッド以外は嫌がるじゃねーか」
こてりと可愛らしく首を傾げる冬弥にそう言ってやれば、彼はムッとした表情になった。
「俺が良いって言っているのに」
「…わーった。後悔しても知らないからな?」
はぁ、と溜息を吐き出し、ゆっくりと口付ける。
パシャリと跳ねた水泡が、溶けて消えた。


「…うー…。彰人…水……」
「だから言ったっつー…。…ちょい待ってろ」
案の定逆上せた冬弥をこれまたお誂え向きにベッドに寝かせ、ペットボトルを手に戻ろうとした彰人は…ゴミ箱から入浴剤の入っていた袋を見つけ、香りを確認してからすぐに戻す。
ぐったりした可愛らしい彼に水を持っていってやらねば、と彰人は見えないように笑った。

…猫はマタタビで酔うと言うのは真理だなぁ、等と思いながら。

(風呂好きにゃんこも稀にいるものだ、なんて、言えるはずもないけれど!!)




「へぇ。セカイにはお風呂はないはずなんだけど…随分強い想いだったんだねぇ」
「いや…まあ……な…」

ナナミ誕

「ねえ、鬼ヶ崎クン」
「?なんでェ」
相変わらず情報交換を済ませた後、ナナミが帰り間際にそうだ、と振り向いた。
きょとん、とした彼が小さく首を傾げる。
「アタシ、今日誕生日なのよ」
ウインクして言ってみればカイコクはまだ不思議そうな顔をしていた。
「…カレンダーもねぇのに、よく分かったな…?」
「あら、大体は分かるわ。ヒロやサクラが来た時から計算したりして」
「…ああ、なるほど?」
ふわりと髪を揺らす彼にそう言えば納得したように笑う。
「そりゃあ…おめっとさん」
「ふふ、ありがとう」
柔らかく笑うカイコクに、ナナミも笑みを浮かべて礼を言った。
彼はそういう所は素直なのである。
この、優しい笑みと声をする彼が好きだなと、思った。
「それじゃあ、またね」
「…?そんだけ、かい?」
ひら、と手を振るナナミにカイコクはまた小さく首を傾げる。
今度はナナミもきょとんと目を瞬かせた。
「…?他に何かあるの?」
「いや。…兄さんは欲がないねぇ」
小さく笑ったカイコクはなんだか無邪気に見える。
どこかイタズラっ子のようで、ナナミも笑ってみせた。
「まあ、欲を見せても良いの?」
「さあ?どうだかな」
笑うカイコクは猫のように逃げてしまう。
煽っておいて、それはないと思うのだけれど。
「…?」
と、小さなカードを見つけた。
確かに前に来た時にはなかったから…今カイコクが落としたのだろうか。
呼びかけようとして中を見たナナミは目を丸くした。
それから、あらあら、と表情を緩める。
カードには『鬼ヶ崎カイコク使用券』と綺麗な字で書いてあって。
「使用券、なんて色気がないんだから、鬼ヶ崎クンも」
小さく笑ってナナミはカードにそっと口づけた。
素直じゃない彼からの、素直ではない誕生日プレゼント。
存外律儀な彼に笑い、さてこのカードはいつ使おうかと考え始めた。


(愛しい彼がくれたものだもの、大事に取っておきたいココロもあるのよ?)