類冬ワンドロ・水筒/水たまり

昨日は大雨が降った。
大抵雨の後は晴天と決まっていて、今日も御他聞に漏れず…これまた極端に雲一つない。
ふう、と息を吐き、空を見上げた。
雨の日の後は緑化委員の仕事も捗るというもので、類はせっせと雑草を抜いていたが…少し張りきりすぎたかもしれない。
「…神代先輩」
柔らかい声に類はふり仰いだ。
空とはまた違う青色が目の端に映る。
「おや、青柳くんじゃあないか」
こんにちは、と言えば彼は僅かに微笑んだ。
「こんにちは。…あの、もし良ければこれ」
「おや、水筒かい?」
「はい。中身はただの麦茶ですが」
「いただこうかな」
にこりと笑えば彼もはい、と表情を緩める。
渡されたそれの蓋を外し口をつけた。
喉を滑り落ちる麦茶は暑さに疲れた身体を癒やしていく。
よく冷えたそれは瞬く間に空になった。
「美味しかったよ。ありがとう」
「いえ。…すみません、俺の飲みかけで」
「全然構わな…ん??」
水筒を返しながら言えば彼は申し訳なさそうな顔をする。
それに笑顔を向けようとして…類は固まった。
今、彼はなんと?
「…青柳くん、これ…君の飲みかけ、なのかな?」
「は、はい。やはり嫌でしたか」
「そんなことはないよ!…嫌なはずないだろう?」
勢い良く立ち上がり、驚く彼に詰め寄る。
踏み出した足がパシャンと水たまりを踏んだ。
ミルククラウンが出来て一瞬で壊れる。
「え、でも」
「その、なんだ…君は僕との間接キスは嫌ではないんだな、と」 
「…。…?!」
類のしどろもどろなそれに冬弥は初めて気付いた、と言わんばかりに目を見開いた。
「い、嫌では…ないですよ?」
「…君はそういう子だったねぇ」
小さく首を傾げる冬弥に類は息を吐く。
え、と驚いたような灰色の瞳に金の瞳が写りこんだ。
水筒がゆっくりと傾く。

水たまりに2人の姿が反射し…一つになった。

類誕生日

「…神代先輩」
柔らかい声に類は振り向く。
そこにはすらりとした身長の彼がこちらを見つめていた。
「おや、青柳くんじゃないか。…どうしたんだい?」
にこりと笑って聞けば彼はほんの少し下を向く。
真面目な彼は見た目以上に分かりやすく、類はすぐに彼が何かを隠しているのだろうな、と気づいてしまった。
「…書庫の蔵書整理をするんです。今まで外に出ていない本を出すので、良ければ、と思ったんですが…」
「…へぇ、蔵書整理…ね」
こちらを伺うような冬弥に、類は笑う。
行かせて貰おうかな、と言えば彼はホッとした顔をした。
「では、放課後図書室でお待ちしています」
ぺこりとお辞儀をする冬弥に類は笑顔で手を振る。
彼の姿が見えなくなってから、さて、と類は先程とは違う笑みを浮かべた。
彼がどんな秘密を持ってくるのか、と思いながら。



「うん、なかなか興味深かったよ。ありがとう、青柳くん」
「いえ。お役に立てて良かったです」
図書室を出て類は笑む。
それを見た冬弥も表情を緩めた。
鍵をかけた彼が職員室に行くというので着いていくことにする。
結論から言えば類はまだ秘密を教えてもらってはいなかったのだ。
何か話でもあるのかと思ったのだけれど、彼からそんな話はなく、ならばと帰ろうとすれば引き止められたのである。
何をそんなに迷うことがあるのだろう。
「おまたせしました、神代先輩」
「ふふ、構わないよ。じゃあ、帰ろうか?青柳くん」
「はい」
頷く冬弥に、類は少なからず驚いた。
学校で会うということに意味があると思ったのだけれど。
学校を出てから他愛もない話をしながら歩く。
最近読んだ本の話、司の話、彰人の話、ショーの話、ライブの話…。
冬弥との話はいつもそれなりに楽しかったけれど、秘密の核心を突くものではなかった。
「…それじゃあ、僕はここで」
「…」
「青柳くん?」
「え、あ、はい!」
名前を呼べば冬弥が慌てたように返事をする。
普段はそんなこと無いのに、どうしたのだろう?
「ふふ、まだ僕と話したいのかな?なんて…」
「…そう、ですね」
「…え?」
冗談めかして言った類のそれは冬弥に肯定されてしまった。
思わずきょとんと彼を見る。
「…先輩さえ良ければ…」
「…。…いいよ。僕の家に来るかい?」
「…!はい」
誘う類に冬弥はほわ、と笑った。
「その前に、僕に何を隠しているか聞いても?」
「…!あ、の」
慌てる冬弥の手を逃さないように握る。
にっこりと笑い掛ければ彼は観念したように息を吐いた。
「…誕生日プレゼントです」
「うん?」
「神代先輩が誕生日だと…聞きましたので」
「…ああ。そういえばそうだったね」
すっかり忘れていた、と言えば冬弥はほんの少し表情を崩す。
「司先輩や、草薙、暁山から色々情報をもらって彰人からもアドバイスしてもらって。先輩が好きなものを用意したんです。ですので、良ければ…と」
「嬉しいねぇ。それは何なのか聞いても良いかい?」
「それは…後のお楽しみ、です」
そう言った冬弥が類の口の前で自身の人差し指を立てた。


爽やかな風が吹く



存外小悪魔な恋人に


類はショーで感じられなかったドキドキを感じていた


(それは恋人から贈られた、特別な誕生日プレゼント!)

ビビバスカイトと冬弥の話

メイコのカフェに来たカイトは、およ、と目を瞬かせる。
「こんにちは、冬弥くん!」
「…こんにちは、カイトさん」
手を振って話しかければ読んでいた雑誌から顔を上げた冬弥がゆわりと微笑んだ。
バーチャルシンガーであるカイトと、このセカイの想いの主である内の一人、冬弥とは仲が良かった。
歌の話は勿論、コーヒーの話や本の話等の趣味も良く合ったのである。
「今日は一人なんだねぇ」
「はい。全員用事があって。自主練習も終わったし気になるものをクラスメイトに貸してもらったので場所をお借りしていたんです」
「気になるもの?」
冬弥のそれにカイトが彼の前に座りながら首を傾げた。
これです、と見せてきたのは所謂ゴシップ雑誌、というもので。
「クラスメイトが楽しそうに教室で読んでいたので気になってしまったんです。…この夏オススメミステリーが気になるんだって、言い訳したらあっさり貸してくれました」
「へえ。じゃあ本当はそっちが気になったんじゃないんだよね?」
曖昧な笑みの冬弥にカイトがそう聞いた。
こくりと頷いた彼が見せてきたのは意外な見出しで。
「『気になる彼の、キュンな噂大検証』…?」
声に出してタイトルを読み上げるカイトに冬弥はまた頷いた。
きれいな指が一つの記事を指す。
「耳たぶって、柔らかい方がえっちなんだそうです」
「へぇ、面白いね」
「後、唇の硬さと同じ、と書いてあるのですが…本当でしょうか?」
雑誌を読みながら首を傾げる冬弥。
それに、カイトはうーん、と考え込む。
ツッコミ役はどこにもいなかった。
「自分のを触ってみてもよく分からないし…自分がえっちかどうかなんてもっと分からないよねぇ」
「…そうですね」
くすくすと楽しそうに笑うカイトに冬弥も柔らかく笑んだ。
「取り敢えず、ボクの唇と耳朶触ってみるかい?」
「カイトさんの…ですか?俺が触って何か分かるでしょうか」
こてりと首を傾げる冬弥。
確かに、とカイトが笑う。
「柔らかさがどうか、くらいは分かるかもね。でもえっちかどうかは実際…。…あ」
楽しそうにしていたカイトが、急に声を上げた。
不思議そうに冬弥は首を傾げる。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと、確かめてこようかと思ってね」
「確かめてって…何処に」
「そりゃー…恋人のところ?」
ウインクするカイトに、冬弥は、あ、と言った。
思いもつかなかったのだろう、確かにそうだ、といった顔である。
「…。…俺も、試してみます」
「じゃあ、終わったら報告会だね、冬弥くん」
「はい、カイトさん」
二人してふわふわ笑いあった。
もう一度言うがツッコミ役はいなかったのである。
だから。
「検討を祈るよ」
「はい。…お互いに」
こんな、無防備な計画が実行されたのであった。


全部聞いたレンが小さく息を吐く。
まったく、この師匠は。
「…後で謝んなよ」
「はぁい。…ん??誰に?」
素直に返事をするカイトが小さく首を傾げた。
「そりゃあ、まあ」
レンが苦笑いしながら言う、それは。


「巻き込まれた人たちに!」

ビビバスレンカイ

「レン、何聞いてるの?」
「あ、カイト」
声にふと顔を見上げて「ただいま」と言う。
それに、「お帰り」って微笑むカイトに今日もオレは癒される訳で…。
このやり取りもなんだか日常化しちゃったよな。
今まですーぐふらふらどっか行ってたカイトからお帰り、なんてさ。
嬉しいようなむず痒いような。
「レン?」
「えっ、あっ、何でもない何でもない!」
カイトが首を傾げるのにオレは取り繕うようににへらっと笑った。
流石にこれを言うのは恥ずかしいし!
「そう?ならいいけど。…で、何聞いてるんだい?」
「ああ、これ?彰人たちから貰ったんだ。今度ライブで歌う歌なんだって。聞く?」
イヤホンを片方外してカイトの方に差し出す。
すると嬉しそうな表情をしたカイトが「いいの?」と近づいてきた。
ソファ席に腰掛けたカイトにイヤホンを手渡す。
「有り難う」
にこっと笑ったカイトがオレとは違う耳にそれを嵌める。
「音大きくない?」
「うん、大丈夫。…結構激しいねぇ」
「その前が割とゆったりした感じだから緩急つけるって言ってたよ。ほら、カイトも一緒に歌ってた曲」
苦笑するカイトに笑ってそう返すとカイトも「うん、それだと良い流れだね」と笑った。
それからこういう曲にはどんなDJが合うかも教えてくれる。
やっぱりこういうセットリストとかDJとか考えてる時は真面目なんだよなぁ。
普段はちゃらんぽらんなのに。
…って。
「…カイト?」
「ん?」
見上げると、カイトが悪戯っぽく微笑んだ。
「何してるの」
「何って…。うーん、レンの耳たぶ触ってる?」
オレの質問に首を傾げながら言うカイト。
くそっ、可愛いけど!可愛いけどさぁ!!
「なんで耳たぶ触ってるのさ」
「気になっちゃって」
「は?何が?」
不審に思って聞くと、ちょっと顎に指を当てて上を見たカイトがにこっと微笑む。
「耳たぶって、柔らかい方がえっちなんだって」
「…へぇ、そう」
「後、唇の硬さと同じって言うのも聞いたことあるよ」
「…誰に聞いたの、それ」
にこにこと笑うカイトにオレは引きつりながら聞いた。
どうせ彰人とか杏とかあの辺がうっかり話してたんだろうけど!
まさかカイトからオレにそういう話題振られるとは思ってなかった…っつか…。
…話が頭に入らねぇ…。
「ふふー、内緒」
「なんだよ、それ!」
上機嫌のカイトに怒って見せるけど…。
何今日のカイト。
めっちゃ可愛いんだけど!
え、これ襲っていいのかなダメだよね?!!
耳たぶの硬さがどうこうは知らないし、バーチャルシンガーは人間とはまた違うとは思うけどさ!!
…あー、うん、曲に集中しよ…。
楽譜を見ながリズムを取ってると、ふとカイトの視線を感じた。
もしかしてカイト暇なんじゃ…。
「レン」
皆の曲が流れる耳とは違う方の耳に、カイトの声がダイレクトに聞こえたと思った次の瞬間、その唇が触れる。
「…っ、ちょ、カイト?!!」
ばっと耳を押さえて見上げると、カイトは妙に勝ち誇った顔してた。
「何?」
にこにこと微笑むカイトには何も言えない。
…くそー…そろそろ限界なんですけど?!!
「…レンの鈍感」
「…へ?」
「何でもないよ」
ぽかん、とするオレを置いて、カイトがイヤホンを外して立ち上がろうとした。
…へえ、鈍感?オレが??
ああ、なんか、うん。
抑えてた理性が、切れる音が聞こえた…気がした。
「…え、うわぁ?!!」
ぐ、と腕を引いてソファに押し倒す。
「…随分言ってくれるじゃん?」
「…レン?」
引きつった笑顔を見せるカイトににっこりと笑いかけた。
「誘ったんだから最後まで責任とって貰わないとー」
「は?ちょ、ここでかい?!!待ってメイコに怒られ…!」
あ、珍しくカイトが焦ってる。
可愛いけど逃がさないよ?
本気になったオレをあんまり見くびらないで貰いたいね。
ね、カイト。


…面白半分で誘うとオレを痛い目に遭うよ?
もう子どもじゃないんだしさ!




誘われたから乗りました




後で文句を言っても遅いんだよ



だってそれは、不可抗力って言わない?






「そいやさー、結局誰に教えて貰ったの」
「え?あぁ、冬弥くんだよ?」
「へー…。…マジで?!!!!」

司冬ワンライ・電話/空

「はぁ…」
清々しい空を見上げて司はため息を吐く。
今日は汗ばむような陽気で、雲一つない快晴だ。
夜は星もきれいに見えるだろう、と休憩中にちらりと見たスマホには流れていた。
それなのに司の心中は晴れなくて。
『司くーん、そんなに浮かない顔してどうしたのー?』
「…うん?…おお、レンか」
スマホからひょこりと顔を出したのはバーチャルシンガーの鏡音レンだ。
まだ少年らしく、無邪気で愛らしい姿も目立つ。
『ショーは成功したんだよね?なのに…』
「…成功したからこそ、だ」
首を傾げるレンに司は息を吐き出した。
司たちはフェニックスワンダーランドの存続をかけ、大規模なショーを行ったのである。
カクカク云々は省くが、それは大成功も大成功、物語なら大満足の大団円で終わったのだ。
それは良い。
宣伝大使として各地でショーを行うことになったのもスターとしては当然のことだ。
ならば何故こんなにも元気がないのか、といえば。
「…冬弥に会えない…」
小さく零したそれは忙しいからこそ、だった。
学校以外は前以上にショーに費やすことになり、可愛い恋人に会えない日々が続いているのである。
冬弥もライブやイベントで忙しくしており、前よりすれ違うことが増えていたのだ。
会えなければ逢いたい気持ちは増すばかりで。
どうしたものかと考えに耽っていたのだった。
『なぁんだ、司くんらしくない』
「…レン?」
『直接会えないなら会いに行けば良いじゃない』
「いや、だからな…?」
『きっと、セカイに来るより簡単だよ!!』
レンが笑う。
ああ、そうか、と司はセカイと繋ぐスマホを手に取った。

「あれ?司くんの声がした気がしたんだけど…」
「カイト!…えへへ、青柳くん、良い子だったからさ、ボクも笑顔になってほしくて!」




小さな電子音の後に、はい、という冬弥の柔らかい声が耳に届いた。
「もしもし、冬弥か?!久しぶりだな!」
『司先輩。お久しぶりです。お元気でしたか?』
「ああ!もちろんだとも!冬弥は?体調を崩したりしていないか?」
『はい。お陰様で。…それで、どうされたんですか?』
優しい声に、司はスマホを持ち変える。
ああ、と笑ってみせた。
「冬弥の声が聴きたくなったんだ!」
素直に答えれば、そうですか、と言う声が聞こえる。
『…俺も、聴きたかったです。先輩の声』
「冬弥?」
『知り合いにも、手段があるなら連絡しても良いんじゃ、って言われて。でも、迷惑になるかと思って、取り敢えずメッセージを送ったんですが…既読になる前に電話がかかってきたので、驚きました』
「メッセージ?」
冬弥の言葉に首を傾げ、通話にしたまま司はメッセージアプリを開いた。
そこに現れたのは『司先輩を思い出しました』という文字と1枚の画像。
慌てて空を見上げ、写真を撮った。
「…オレも、冬弥と同じものを共有しているぞ!!傍に居なくとも、な」
司の声に、笑みを含んだ『はい』という声が耳に届く。
何となく、幸せだなぁと思った。


画像欄に並ぶ、空の写真。
それは

(一番星が煌めく、夏の特別な1ページ!)

ワンドロ・雨/相合い傘

天気予報が嘘を吐いた。
大粒の滴を降らせるそれは、今日いっぱいは保つだろうと伝えていたのに、と彰人は空を睨みつける。
ため息を吐き、仕方がないから小雨になるまで待つか、と思ったその時である。
「…彰人…?」
小さな声がした。
振り仰げばチームを組んだばかりである相方の冬弥が首を傾げていて。
「おう。雨だぞ」
「……そうか」
短い言葉に返ってきたのは更に短文だった。
そのまますぐに帰るかと思ったのに隣に来た冬弥がチラチラとこちらを見てくる。
「…んだよ」
「…いや」
何か言いたいことがあるのかと見れば、彼は首を振った。
冬弥は思っていることが顔にも出ないし言葉にもならないのだ。
歌のときはあんなに雄弁なのに。
ちらりと見れば彼は傘を1本持っていた。
それで帰ろうとしないのは、恐らく彰人に入らないかと言いたいのだろう。
迷っているのは彰人が迷惑だったらどうしようと思っているからだ。
自分の傘と彰人を見比べて小さく息を吐いているのが証拠である。
…まったく…言葉にしなければ伝わらないのに。
「…なあ、傘」
「え?」
「しょうがないから入ってやるよ」
そう、彰人は笑いかける。
その途端、普段は表情を変えない冬弥が目を丸くした。
何か変なことを言っただろうか。
「…おい、冬弥?」
「…いや」
首を傾げれば冬弥は小さく笑う。
変なやつ、と彰人は広げられた傘に入ったのだった。


「…んなことあったな」
初音ミクの…普段セカイにいるミクではない、大衆向けの方だ…歌声を聞きながら彰人はぼんやり呟く。
目の前では冬弥が目を細めてこちらを見ていた。
雨が降ってきていて、そう言えば、と冬弥が話題に出したからである。
正直忘れかけていたが、冬弥に言われて思い出したのだ。
懐かしいな、と思う。
今でも彼は雄弁ではないが表情は大分豊かになった。

【メルト、溶けてしまいそう!】

「…どうした?」
初音ミクの可愛らしい歌声と外の雨音をBGMに到着したパンケーキを食べていれば冬弥が穏やかに微笑んでいて、彰人は首を傾げる。
「…いや、何も」
「…。…お前は、恋に恋しないタイプだもんな」
「…。…何もない、と言ったが」
「わぁるかったよ」
むっとする冬弥に彰人は笑った。
雨の音が響き渡る。
ぴしゃん、と窓を叩く音に、最後の一口を食べようと彰人は大きな口を開けた。


パンケーキを食べ終わり、会計を済ませてから店を出る。
当たり前のように冬弥が傘を差し、彰人がその中に入った。
雨景色に揺れる、1本の傘。
相合い傘、なんて誰が名付けたんだろうな、と彰人は笑った。


(二人に一つの雨傘を叩くは柔らかい恋の音)

類冬ワンドロ・麦茶/畳

今年の夏も暑い。

小さく息を吐きごろりと寝転べば、畳が目に入る。
新しくしたばかりだからだろうか、ふわりと井草の良い匂いが鼻孔をくすぐった。
「…類さん」
と、柔らかい声が降り注ぐ。
目を向ければ困った顔の冬弥が類を見ていた。
「おや、冬弥くん」
「そんなところで寝ていたら風邪を引きますよ?」
「こんなに暑いのにかい?」
傍に座りながら冬弥が言う。
類はそう笑い、起き上がった。
「暑くても肌を見せていれば風邪は引きます」
「ふふ、そうだね。気をつけるとしよう」
きっぱりと言う可愛い恋人に類はにこりと笑う。
代わりに、と冬弥が何かを差し出してきた。
「冷えた麦茶です。…どうぞ」
カラン、と中の氷が音を立てる。
受け取ったそれは飲まれずお盆の上に戻されたのだった…。




「…っていうシチュエーションのためには和室は必須だと思うんだ」
「…青柳くんとは、一緒に暮らす前提なんだね…」
「そもそも類も冬弥も互いにそんな呼び方はしていなかったと思うが」
熱く語る類と、ほんの少し呆れ顔の寧々、首を傾げる司。
ショー休憩の間に、和を取り入れたショーはどうかという話になり、いつの間にかそんな話になっていたのだ。
もしかしたら全員疲れていたのかもしれない。
「わんだほーい!!ねぇねぇ、皆で何の話してるの?」
「…あ、えむ」
「気にするな。類の妄想話だ」
「酷いなぁ、司くん。せめて幸せ人生プランって言っておくれよ」
「それを聞かされる身にもなってくれないか?なぁ寧々」
「そうだね、まあ同意。…えむ、アイス買いに行かない?司が奢ってくれるって」
「えー?!司くん、良いのー?!」
「待て待て!そんなこと言っていないぞ?!」
「ふふ。司くん、僕の話を聞いてくれるなら半分持ってあげても…」
「よーし、えむ、寧々!行くぞ!!」
司の声に女子二人はわぁっと声を上げた。
おや、と類は笑う。

出来れば全員に聞いてほしかったのに。
類と冬弥の、夏の幸せ人生プランを!

(他人にとってそれはただの惚気だったとしても!)

司冬ワンライ・キス/身長差

突然だが、青柳冬弥は身長が高い。
…それは、恋人である司よりも、だ。
冬弥は高校1年生、対して司は高校2年生である。
「…何故だ」
ぶすっとしながら司は呟く。
遺伝、と言ってしまえばそれまでだけれど、それはそれとしてなんだか悔しかった。
「…あれ?どーしたの、お兄ちゃん」
「ん、おお、咲希か」
キョトンとした声に振り向けば妹の咲希が何やら雑誌を持ってこちらを見ていた。
「何か悩みごと?」
「いや、まあ…。…咲希、その雑誌は?」
「あ、これ?実は友だちがアイドルやっててね!」
咲希の持っているそれについて聞けば彼女はぱぁっと顔を明るくさせた。
楽しそうにする妹を見るのは司も嬉しいが…今回はそれよりも。
「…この雑誌は昔の時の…。…お兄ちゃん?!」
「…そうか、これだ!!」


咲希に雑誌を見せてもらい、司は作戦を練りに練った。
…つもりだったのに。
「…はぁ」
司はため息を吐く。
雑誌には【モデル女子もキュンしたい!身長差彼とドキドキキスシチュエーション♡】とあった。
それを見て冬弥とのキスシチュエーションをいくつか考えてきたのに…だ。
シチュエーションを作るどころかなかなか彼と会わないのである。
普段はもう少しエンカウント率はあるのだが。
「会いたい時には会えないものだな…。…ん?」
小さく呟いた時、少し向こうの階段で冬弥を見つけた。
やっと会えた!という想いから思わず「冬弥!」と大声を出す。
「…え、司せんぱ…?!!」
「っ?!危ないっ!」
振り向いた冬弥が足を踏み外したのか視界から消えそうになった。
思わず駆け出し、既で腕を掴んだ。
バサバサと彼が持っていた本が落ちる。
「危なかった…。大丈夫か?冬弥」
「…は、はい…。ありがとうございます」
掴んでいた腕を離し、司はほっと息を吐いた。
「あー、本が落ちてしまった。傷んだりしなければ良いのだが」
「すぐに拾えば大丈夫かと…。…司、先輩?」
二人して階段を降り、屈み込む。
顔を上げた瞬間、彼の顔が目の前にあった。
思わず引き寄せ口を寄せる。
本の影に隠れてちゅ、と響くリップ音。
「…ふむ、なるほど」
「え」
ほんの少し耳を赤くさせた冬弥を見、司は笑う。


身長差なんて関係ない。
だって。
(座ってしまえば関係なくなるのだから!!)

ワンドロ・打ち上げ/ライブ後

お疲れー、という声が飛び交う。
いつもとは違い、今日はBADDOGSとしてライブステージに立っていたのもあってか珍しく気分が高揚した。
普段なら謙さんやセカイのカフェに行くが、今日はそんな気分ではない。
だからといってどこに行こうというわけではないのだが…。
近くの自販機で買った炭酸水と冬弥用の缶コーヒーを手に彼の元に戻る。
「…ほら」
「…。…ああ」
缶コーヒーを差し出すと冬弥はいつものように受け取った。
だが、普段ならばすぐにプルタブを上げる彼が缶コーヒーを両手で包む。
「?どうした?」
「…いや。…少し、セカイに行かないか」
首を傾げる彰人に冬弥が言った。
やはり冬弥はセカイで飲むコーヒーの方が良いのだろう。
了承し、スマホから音楽を流した。
目の前が真っ白になり、世界がセカイに変わる。
行こうぜ、と言う彰人に、冬弥が少し首を振った。
「冬弥?」
「…実は、KAITOさんから誰も来ない場所、というのを教えてもらったんだ」
「誰も来ない場所…?」
「ああ。みんなが来るカフェも良いんだが、今日は彰人と2人きりになりたくて…」
駄目だったか?と首を傾げる冬弥に、彰人は思わず口角を上げる。
やはり彼は最高の相棒だと。
「奇遇だな、オレもそう思ってた」
手を差し出し、彰人は笑う。



路地裏を抜けて、誰もいない映画館へ行こう


(今日の打ち上げは二人だけの秘密!)

類冬ワンドロ・結婚式/かみきり

彼がいると、日常が特別なものになる


「…神代先輩」
綺麗な声に呼びかけられ、類は振り向く。
相手の姿を認め、ふわりと微笑んだ。
「おや、青柳くんじゃないか。どうしたんだい?」
「先輩に受け取ってもらいたいものがあって来ました」
「…僕に?」
いつもと同じ様子で言う冬弥に、類は首を傾げる。
彼からのプレゼントなんて珍しい。
「ふふっ、嬉しいよ。何を…」
笑顔を向けようとした類ははたと止まった。
差し出されていたのは1枚の紙切れで。
「…これは?」
思わず喜びよりも戸惑いのほうが勝ってしまった。
尋ねる類に冬弥が曖昧な笑みで答える。
「…婚姻届けです」
「…ん???」
少し困ったようなそれが可愛いなぁと見ていた類は一瞬反応が遅れてしまった。
「…婚姻届け、と言ったかな」
「はい。流石に自作ですが」
「…。…何故今日渡そうと?」
「…先輩のお誕生日は6月24日なんですよね。俺の誕生日は5月26日です。…それで、その間の日はハーフバースデーと呼ぶそうです」
「?うん、そうだねぇ…?」
要領を得ない冬弥のそれに首を傾げる。
それが一体この婚姻届けとなんの関係があるのだろうか。 
すると彼も何かおかしいと思ったのだろう…元々頭は良い方だ…差し出した紙を引っ込めようとする。
「…ハーフバースデーに婚姻届けを作成すれば、2人は末永く幸せになれると聞いた…のですが」
「…。…誰から聞いたかは聞かないでおくよ。…それで、君は僕と幸せになりたい、と?」
引っ込めようとするその手を握り、類はにこりと笑った。
「…」
冬弥はほんの少し逡巡した後こくりと頷く。
まったく彼は可愛いのだから!
「こんな1枚の紙切りで幸せを確約出来るとは思わないけれどねぇ…」
「…う…」
ふぅん、とそれを見ながら類は言う。
自作という婚姻届けの、妻の欄には彼の名前があった。
それを見ていると確かに口角は自然と上がる。
なるほど、人はこれを幸せと呼ぶのだろう。
けれど。
「僕なら、紙なんか必要ないくらい、君を幸せにしてみせるよ」
「…え?」
「どうだろう、僕に青柳くんの人生を任せてもらえないだろうか」
目を見開く彼の前に類は跪く。
王子様みたいですね、とふわりと笑った彼がその手を取った。

さあ、二人で結婚式をしよう。
見たこともない幸福を。
こんな紙切りではない、幸せを…君に!