はちみつの魔法

エキストラのバイトも終わり、さて帰るかと荷物をまとめていた司は騒がしい声に顔を上げる。
「寧々ちゃん、はーやくー!」
「はいはい。わかったから…あ、司」
「えっ?!あー!司くんだぁ!わんだほーい!!」
前から歩いてきたのは同じショーキャスト仲間の寧々とえむで、司も軽く手を挙げた。
「今日はバイトだったんだよねっ!お疲れ様ぁ!」
「ああ。…お前たちは何処かへ出かけるのか?」
「えへへっ!実は、今日一歌ちゃんのおうちで蜂蜜パーティーなんだぁ!」
「蜂蜜、パーティー??」
嬉しそうなえむが言うそれに思わず首を傾げる。
「…今日は蜂蜜の日なんだって」
すかさず寧々が補足し、ようやっとなるほど、と頷いた。
「色んな蜂蜜の食べ比べをするの!司くんも来る?!」
「いや、それどう考えても女子会だろう…」
「えー?咲希ちゃんも来るよ?」
「…いや、流石に、『そうか、ならばオレも行こう!』とはならんぞ?」
「そうなの?!」
「いや、そうでしょ」
司の言葉に驚くえむ、それに冷静に突っ込む寧々。
よく見慣れた光景だ。
「それに、今日はこれからオレの家で冬弥と勉強会なんだ」
「そうなんだね!…あっ、じゃあこれどうぞ!」
ゴソゴソと何か袋を漁っていたえむが小さな瓶を手渡してくる。
「さっき蜂蜜買いに行った時貰ったんだぁ!しきょーひん、だって!甘さ控えめだからコーヒーとかに入れても美味しいってお店の人言ってたよ!」
にこにことするえむから有難く受け取り司は礼を言った。
2人と別れ、はちみつの瓶を日に照らす。
キラキラと光るそれは冬弥には似ていないな、と思った。




「…と、いうことなんだ」
勉強が一段落し、休憩を入れようと提案したところでふと思い出し、小瓶を取り出す。
えむの話をすれば、なるほど、と冬弥が柔らかく笑みを浮かべた。
「普段はブラックですが…少し挑戦してみたいです」
「冬弥ならそう言ってくれると思っていた」
笑い、司は予め用意しておいたアイスコーヒーを出す。
瓶の蓋を開け、スプーンで掬ってアイスコーヒーに垂らした。
キラキラと光るそれは黒いコーヒーに溶けていく。
「…先輩みたいですね」
「ん?」
小さく呟かれた言葉に司は首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「いえ…。色が、先輩に似ているな、と」
「なるほど。ならば、冬弥は珈琲だな」
くす、と笑い、冬弥の髪を撫でる。
「…俺は、苦いですか?」
「いや?…オレに甘く溶かされていくところが、似ている」
不思議そうな冬弥に小さく笑い、司は触れるだけのキスをした。
それだけでふやりと蕩ける彼に、やはり彼は珈琲に似ているな、と笑う。
カラン、と氷が音を立てた。


深く大人びた見た目の、珈琲のような彼は…蜂蜜によって甘く甘く溶かされる。


(本日、はちみつの日でありまして!)

セカイの衣装バグが起こりまして バニー編

セカイにはバグがある…らしい。
想いの持ち主の体調不良だったり、音楽機器の不調だったり、その辺は曖昧だ。
だが、唐突に、意図せずに起こる。
それは、ほら、今回だって。


「…だーかーらー……!!」
彰人はイラッとした声を出す。
何度かこの現象には遭遇している。
だから少しは慣れたと…思っていたのに。
「なんだよ、これ!」
ビシッと指をさす。
それに困った顔をするのはバーチャルシンガーのレンだ。
「えー、それオレに言われてもなぁ」
「他に誰に言えって…?!」
「まあまあ、彰人くん」
ギリギリと睨むと横からのほほんとカイトが声をかけてくる。
笑う彼の頭にはうさぎの耳が揺れていた。
…そう、うさ耳。
もちろん彼はうさぎではない。
バーチャルシンガーなのだから当たり前だ。
それなのにうさ耳が着いている。
「気にしちゃ負けだよ?彰人くん」
「いや、アンタは気にしろよ」
「そうだぞ、彰人」
ふわふわとうさぎ耳を揺らすカイトに突っ込めば、横から相棒の声が聞こえていた。
振り向けば同じようにうさぎ耳を揺らした…彼はたれ耳だったけれど…冬弥が首を傾げていて。
「衣装バグはそんなものだから早めに慣れた方が良いとメイコさんも言っていただろう」
「それに納得するのはお前だけだよ、冬弥」
嫌そうな顔で返すと冬弥が不思議そうな顔をする。
「けど、今回はカイトと冬弥だけだったよねぇ、バグ」
「そういえばそうだな。飲んでいた珈琲が関係しているのだろうか」
「ヨモツへグイかよ」
レンに対する冬弥のそれに彰人は嫌そうな顔をした。
「あれ?彰人はうさぎも嫌いだった?」
「も、ってなんだよ、も、って」
首を傾げるレンに彰人は突っ込む。
そうしてうさ耳を揺らす2人を見ながら、レンにそっと耳打ちした。
それにレンがああ、と笑う。
「彰人ってば独占欲強めだよね」
「うっせ」
んべ、と小さく舌を出し、冬弥の肩を抱いた。
彰人?と首を傾げる冬弥のうさ耳が揺れる。

「…うさぎ冬弥なんて、他の誰にも見せたかねぇだろ」



ねぇ、知ってた?
今日は8月2日、バニーの日!!

「けどさぁ、冬弥がパンツだけにならなくて良かったよねぇ」
「…そうなったら二度とセカイには来ねぇよ」

パンツの日

そういえば知ってました?と声をかけてきたのはアカツキだった。
にこにこと微笑む彼の、この問いかけは大概ろくなものが無い。
画して今回もそれは当たっているようだった。
「今日はパンツの日なんですって!」
「…あまり大声で言うと路々森が大変なことになるぞ、入出」
唐突なそれに吹き出しかけたが何とか耐え、冷静を保ちながらそう言う。
「んー?ボクがどうしたんだい?ザッくん」
「…路々森」
よっ、とやって来たユズに、ザクロは嫌な顔をした。
それを意に返さず笑顔を振りまき、アカツキが口を開く。
「あっ、ユズ先輩!今日はパンツの日なんですよー!」
「うん、まさかあっきーからそれを聞くとは思わなかったな!」
あはは!と笑うユズにアカツキは胸を張った。
…何をそんなに威張ることがあるのかはよく分からなかったが。
「俺も健全な男の子ですので!」
「うんうん!そう言われちゃあ何も返せないな!」
楽しそうなユズが、そうだ、と思い出したような顔をする。
「そういやザッくん、カイさんが呼んでたぜ」
「…珍しいな、鬼ヶ崎から俺を呼ぶとは」
言われたそれにきょとんとし、ザクロは席を立った。
礼を言い、彼女の部屋に向かう。
そこで何が待っているかも知らずに。
「…あれ、カイコクさん、今お風呂じゃあ…」
「…それを言うのは野暮ってもんだぜ?あっきー」



トントン、と彼女の部屋をノックするがうんともすんとも聞こえなかった。
何か悪いことに巻き込まれているのでは、と不安になったが…どうやら杞憂だったらしい。
…何故なら。
「…?忍霧?そこで何してんでぇ」
「鬼ヶ崎?」
キョトンとした声に振り向いた。
そこには長い髪から滴を落としながらも不思議そうに首を傾げるカイコクがいたのである。
「何をしている、はこちらのセリフだ。貴様が呼んだんだろう」
「はぁ?俺が?お前さんを??なんでまた」
心底不思議、と言った表情のカイコクに、ザクロはようやっとユズに騙されたと知る。
「…路々森…」
「……。…まあ、どんまい?」
呟かれた名前だけでザクロがユズに騙されたことが分かったのだろう、カイコクが曖昧な笑みを浮かべながらザクロの肩を叩いた。
「…ああ。…すまない、邪魔をした」
「んや、別に何も…ふゃあ?!」
「は?…うわっ?!!」
自室に帰ろうとしたザクロを、カイコクの聞いたこともない素っ頓狂な声が引き止める。
振り向いたザクロにカイコクが倒れかかってきたのは一瞬のことで。
「…いっ…」
「…う…いた…」
凄まじい音とともに2人は倒れ込む。
すい、と何かが通り過ぎる気配が…この感じはパカメラだろうか…した。
「…わりぃ…」
「…いや……」
素直な彼女には流石に怒れず、起き上がりながら視線を下げる。
着崩れた浴衣の隙間から見える黒いレースの…。
「鬼ヶ崎、裾!浴衣!!」
「へ?あ」
思わず声を上げて指摘する。
首を傾げた彼女も気づいたのだろう、にやりと笑った。
「…忍霧のえっち」
「…はぁあ?!!」
ちら、と浴衣を捲り、悪い顔をするカイコクに、ザクロはマスクの下を真っ赤にさせ、声を上げる。
「ま、お前さんがむっつりスケベなのは分かっちゃいたが…うわっ?!」
「…ほう?」
楽しそうに笑い、ザクロの上から退こうとする彼女の手を引いた。
そこまで煽られると男の名が廃るというもので。
「…あの、忍霧サン?」
「貴様が煽ったのだから、それなりの覚悟はあると理解して良いんだろう?鬼ヶ崎」
「待て待て悪かった、悪かったって…!」
ひく、と笑みを引きつらせるカイコクを自身の部屋に連れて行く。
パタン、と閉まったドアの先で、パンツが役に立たないくらい濡らされる未来は…後どれくらい?

(それは二人と、踏まれ残されたパカメラだけが知っている)

司冬ワンライ/夏休み・計画

『それでは、みなさん。しっかり計画を立て、良い夏休みに…』
教師の話を聞きながら司はふと窓の外を見る。
夏らしい入道雲が広がる景色に思わず表情を崩した。
今日は終業式。
所謂、明日から夏休み、である。


「…ん?」
帰ろうとし、司は少し前に見慣れた後ろ姿を発見し、目を留めた。
「おぅい、冬弥!」
「…。…司先輩」
ふわ、と振り向いた彼が柔らかく微笑む。
後輩であり恋人の冬弥は、カバンの他に何かを抱えていた。
「どうしたんだ?それ。随分な荷物だが」
「今から図書室で本の整理をするんです。夏休み前なので…そんなにかからないとは思いますが」
「そうか。冬弥はいつも真面目で偉いな!」
古い本を持ち上げる冬弥の頭を撫でる。
彼は、そんなことは、と謙遜するがやはり嬉しそうな表情を見せた。
少しくすぐったそうな冬弥が可愛らしい。
「手伝いたかったが…委員会の仕事を部外者が手伝うわけにもいかんからなぁ」
「その気持ちだけで十分です。…ありがとう御座います、司先輩」
微笑む冬弥は、では、と頭を下げようとした。
その表情がほんの少し寂しそうな気がして、司は、待て!と声をかける。
「…?どうかしましたか?」
「…冬弥は、夏休み中は何か予定はあるのか?」
「…え…」
司の言葉に冬弥はきょとんとしてみせた。
それから少し考えるように上を向く。
「…そう、ですね。ライブの予定が入っていたり、いつもの練習があったり…毎日、1日中、ということはないと思いますが」
「そうか!なら、どこかで遊びに行かないか?」
「…え?」
笑いかけた司に、冬弥は驚いたような顔をする。
何かおかしなことを言ったろうか。
「?どうした?やはり夏休み中は忙しいか」
「いえ!…あの、俺が先輩と遊びに行っても良いんでしょうか」
否定し、疑問を投げかけてくる冬弥に今度は司がキョトンとした。
「何を言う!良いに決まっているだろう?冬弥はオレの恋人なのだからな!」
「…司、先輩」
「…今まで遊びに行けなかった分、様々な所に行こうな、冬弥」
くしゃりと頭を撫でてやれば冬弥は、はい、と笑う。
「では、冬弥の委員会が終わるまでオレは教室で計画を立てておこう!終わったら来ると良い!」
「…良いんですか?今すぐでなくても…」
「なぁに、冬弥との楽しい夏休み計画を立てていれば時間なんてすぐだ!それに、夏休みは計画的に、というしな!」
ハッーハッハッハッ!と笑えば冬弥めた小さく笑んだ。
やはり、冬弥は笑っている方が良い。
「では、また後で」
「…ああ、また後で!」
頭を下げる冬弥に、司は手を上げた。
それから窓の外を見てにこりと笑う。

長い夏休みも、楽しいものになりそうだ。

ワンドロ/お祭り・浴衣

「…」
「わりぃ、待たせた。…冬弥?」
バイト終わり、ぼんやりとする冬弥に駆け寄り、彰人は声をかける。
「…おい、冬弥!」
「…え?…ああ。バイト終わったのか」
「まーな。んで?どうしたんだよ」
ハッとしたような冬弥に、眉を潜めれば彼は別に、と小さく笑ってみせた。
だが、そうやって笑うときは大抵何かあることを彰人は知っている。
「何かなきゃんな顔はしないだろ」
「…。…そ、れは…」
「で?何があった」
言葉を詰まらせる冬弥に彰人は再度聞いた。
父親との確執は以前より穏やかになったものの、完全に関係が修復したわけではない。
何か音楽に関して言われたのかと…思ったのだけれど。
「…この前、夏祭りに行っただろう」
「あ?ああ、行ったな、そーいや」
唐突に言われたそれを思い出し、彰人は頷いた。
古い友人にイベントに出てくれと頼まれたのだが、その会場が夏祭りだったのだ。
お陰でライブ終わりに祭りを楽しんだのだが…それがどうかしたのだろうか。
「さっき、駅に向かう人たちが浴衣を着ていて…良いな、と思った」
「…は」
「俺も彰人もあの時は普通の服だったから…その、浴衣というのも特別感があるな、と…」
ぽわ、としながら言う冬弥に、そんなこと、と彰人は思わず笑ってしまう。
文化祭のときも思ったが…冬弥はお祭りというのを存外楽しむタイプらしい。
幼い頃行かせてもらえなかった反動、だろうか。
「…来年は着て行けば良いんじゃねぇの?」
「…え」
そうやって言ってやれば冬弥はキョトンとした。
不思議そうなそれに、「だーから」と笑ってやる。
「祭りは来年もあるだろ。この街のじゃなきゃ他にもあるしな」
「…彰人」
「まだやってる祭りを探して、浴衣着て行ってもいいしよ。流石に着付けみたいなのは出来ねぇけど…男の浴衣なんて合わせを間違えなきゃどうにかなんだろ」
「…一緒に行ってくれるのか」
首を傾げる冬弥に、当たり前だろ、と彰人は笑った。
「可愛い恋人のお誘いを無下に出来るわけないだろ、オレが」
「…彰人」
ふわ、と笑う冬弥の手を取る。
行こうぜ、と白いそれを引っ張った。


行こう、今度は2人きりのお祭りに。


冬弥には何色の浴衣が似合うだろうか、と彰人は考え始めた。



「…なぁ、浴衣ってエロく見えねぇ?」
「…。…彰人…?」

類冬ワンドロ/遠足・虫刺され

「えっ、その話本当かい?!」
びっくりする類に、冬弥はきょとんとしながらも、はい、と頷いた。
「…まさか遠足に一度も行ったことがないなんて、ねぇ…」
「ずっと幼少期からピアノやバイオリンで忙しくて」
「その話は前に司くんからも聞いていたけれど。でも、触れない日が出来てしまう修学旅行なんかとは違って1日だけの運動会や遠足もだろう?」
尋ねる類に、冬弥は困ったように笑む。
「運動系は、手を怪我してはいけない、という理由だと思います。遠足も同じ理由かと」
「…なるほど。まあ転ぶ可能性もあるからねぇ」
ふむ、と頷き、冬弥のきれいな手を取った。
そうやって守られてきたのは有り難いことだな、とそれだけは感謝する。
「…いつか、遠足にも行ってみたいです」
「遠足、か。秋の山にお弁当を持って行くのは良いかもしれないね」
「神代先輩は、山は得意なんですよね。草薙や暁山が言ってました」
にこりと笑う類に、冬弥がキラキラした目を向けてきた。
この純粋な目には敵わない。
「別に得意なわけではないけれど…。もう少し涼しくなったら行ってみようか」
「…!はい、是非」
嬉しそうな冬弥に類はくすくすと笑った。
純粋無垢な性格も、ピアノやバイオリンばかりやらされてきた故、だろうか。
「夏の山はあまり、なんですか?」
「まあね。夏は虫が多いから…。青柳くん、虫に刺されたら赤くなるタイプだろう?」
「…あ…確かにそうかもしれません」
首を傾げる冬弥に類は言う。
こくりと頷いた彼に類は笑いかけた。
「対策をしていってもどうしたって刺されてしまうからね。あとは、山に登るのは結構な重労働だったりするから、熱中症の危険性がある時に行くのはあまり良くないかな」
「なるほど。勉強になります」
真剣な顔で頷いた冬弥の手を引く。
わ、と小さな声を上げる冬弥が己の胸に飛び込んできた。
「…あの、神代先輩…?んっ」
「それに、虫とはいえ、君の肌を許したくないからね」
ちゅ、と白い首筋に吸い付く。
くっきりと浮かぶ紅い痕に類は口角を上げたのだった。

それからしばらく類が冬弥に口を聞いてもらえなくなる未来の訪れまで…あと数分。

「わっ、青柳くんどうしたの?首のところ、すごく紅くなってるけど…」
「…っ!少し、悪い虫がな…」
「(神代先輩…かな~…)」
「(神代センパイ、だな)」

司冬ワンライ・夏祭り/浴衣

風車を片手に誰かの呼ぶ声がする。
それに答えようとして…目が覚めた。


「…夏祭り?」
司のそれに、目の前にいた冬弥がこくりと頷いた。
「この前、初めて彰人と行ったんです。実際は夏祭りの特設ステージに歌いに行ったのですが、その帰りに少し」
「ほう、それは良かったな!楽しかったか?」
「はい。輪投げの景品が見たこともないものばかりで…」
頷いた冬弥はその時のことを思い出しているのか、表情が緩んでいる。
楽しそうな冬弥を見るのは司も嬉しかった。
「…ですので、司先輩と一緒に行けるともっと楽しいと思ったのですが…」
しばらく冬弥の思い出話を聞いていた司は、その言葉に、ん?と首を傾げる。
そうして。
「…それは…デートの誘いと取っても…良いのか?」
冬弥に近づき、彼の耳元にそっと囁く。
ほんの少し頬を染めた冬弥がこくりと頷いた。



少し困った顔の冬弥が、あの、と声を出す。
「どうした?冬弥」
「…えっと、何故ショッピングモールに…」
首を傾げる冬弥に、司は何を言う!とビシリと指を差した。
「冬弥からのデートの誘いだぞ?!正装で行かなければ失礼というものだろう!」
「…正装、ですか?」
色々言いたいことはあったろうがそれを飲み込んだような顔をした彼がそれだけを聞いてくる。
「ああ、夏祭りの正装といえば浴衣だろう?」
「…浴衣…」
「そうだ!今まで行ったことがなかったのならば浴衣は着たことがないだろう?先日はステージメインだというし」
「…そう、ですね。浴衣は今まで一度も…」
司の言葉に冬弥が俯きかけ、それをさせまいとニッと笑いかけた。
「ならば話は早い!実は浴衣をレンタル出来るショップがオープンしたらしくてな。買うと高いがレンタルなら気軽に出来るだろう?」
「…汚すと思うとそれはそれで緊張しそうですが…」
「慣れない服は緊張するものだ。…おっ、ここだな」
くすくす笑う冬弥にそう言い、司は店に入る。
中には色とりどりの浴衣が並んでいた。
女子のものとは違い、男性のものは数こそ少なかったが、色味や模様が違うものがいくつも見受けられる。
「…風車」
「え?」
ふと、一着の浴衣に目が止まった。
決して派手ではない藍鼠色と、裾の方に散られた芥子色の風車が目を引く浴衣。
まるで夢に出てきた風車のようで司はふっと笑う。
冬弥に似合うだろうな、と…思った。
「…いや。この浴衣を着た冬弥と、祭りに行きたい、と…思っただけだ」
笑う司に、冬弥は目を見開く。
そうして。
「…では、その想い、叶えますね」
浴衣を手に取り、冬弥が優しく微笑む。
まだ昼間なのに、花火が挙がる音が…聞こえた、気がした。


司が選んだ浴衣を着た冬弥と、冬弥が選んだ浴衣を着た司との夏祭りデートまで、あと数日の話である。

ワンドロ/海・水着

こはねが臨海学校に行くことになった。
「…臨海学校……」
その話を聞き、羨ましそうな声を出した冬弥に彰人はまさか、と眉を顰めた。
「…行ったことねぇのか」
「…ああ。ピアノやバイオリンの練習ができなくなる、と参加は許されていなかった。だから、臨海学校も林間学校も、体験したことはないな」
少し、ほんの少し寂しそうな顔をする冬弥に彰人ははぁあとため息を吐く。
そうして。
「これから一緒に体験すりゃいいだろ」
ぼそりと言った言葉は冬弥にも届いたらしかった。
ふわり、と冬弥が笑う。
「…ありがとう、彰人」
「…おう」
礼を言ってくる冬弥に彰人は目線を逸らした。
何だか少し照れくさい。
「つか、お前、泳げるのかよ」
それを隠すように彰人は笑ってみせた。
きょとりとした冬弥が口を開く。
「親に言われてプールは見学ばかりだったが泳げる。…多分」
「なんだよ、それ」
小さく付け足された言葉に、思わず吹き出した。
彼のこういうところが可愛らしいと思うのだ…口には出さないが。
「…なあ、海行ったことって…」
「…。流石に海には行ったことある。昔、海が見えるコンサートホールに…」
「いやそれ海メインじゃねぇだろ」
その言葉に呆れつつ、小さく息を吐く。
冬弥の天然発言は慣れっこだ。
「んじゃあ、まずは水着を買いに行くところからだな」
「…一緒に行ってくれるのか?」
彰人の提案に冬弥が首を傾げる。
当たり前だろ、とさも当然のように言えば冬弥は柔らかな顔をして、「…そうか」と言ったのだった。

海へ行こう


彼のイメージカラーに似た、海へ



「…冬弥、お前はラッシュガード買えよ。上着のと、足首まであるスパッツタイプのやつ」
「…??海には必需品なのか」
「当たり前だろ。…虫は端から排除するに限るからな」

とうかのえん

「…夏だなぁ」
「…夏だねぇ」
長谷部のそれにくすくすと笑いながら光忠がからん、と、氷の入った麦茶を差し出してくる。
礼を言って受取り、一気に煽った。
遠くの空で花火が上がる。
光忠の、品の良い軽装の、裾が夜風にはためいた。
「…お前の軽装、良いな」
「本当かい?ありがとう。長谷部くんの軽装も格好良いよ」
素直な長谷部の言葉に光忠がにこりと笑う。
どちらともなく口を寄せた。
花火の音だけが響く、世界。
僅かに離れ、ふは、と笑い合う。

夏だなぁ、と…そう、思った。

愛し刀と夕涼み



夏といえば水着か浴衣かどちらだと思う?

そんなことを聞かれて長谷部はきょとんとしてしまった。
「は…?」
「だーから、夏といえば水着か浴衣か、だよ、長谷部くん!」
ぴっと人差し指を上げるのは燭台切光忠である。
ちなみにこの光忠、他と大きく違うのは女体であった。
「…選べば見せてくれるのか?」
「…?…見たいのかい?」
首を傾げる光忠の、大きな胸がたゆんと揺れる。
そういうところだぞ、なんて思いながら長谷部は「そうだなぁ」と上を向いた。

「へし切は年がら年中ホラーだよね」とはその後の惨状を見た誰かの言葉である。

水着でも浴衣でもお前を食いたい

類冬ワンドロ・カゲロウ/怪談(ホラー)

「…怪談話?」
類の声に冬弥はこくりと頷いた。
図書室での逢瀬も日常になってきた、ある日。
利用する生徒もいない時間、冬弥はそんな話を持ち出した。
「夏だからという理由で先日、ライブの打ち上げ中に話をしていたんですが」
「それは…また打ち上げには盛り上がらない話題だねぇ?」
冬弥のそれに類がクスクスと笑う。
「そんなことないですよ。怪談が苦手なメンバーもいるので…それなりには」
「そうなのかい?ふふ、楽しそうで良いね」
類が楽しそうに笑うから、冬弥も僅かに表情を崩した。
「どんな話をしたんだい?」
「えっと…。俺が怖いと思ったのは陽炎の話ですかね」
「?陽炎?」
話し出した冬弥に、類が首を傾げる。
「陽炎って…春の天気のよい穏やかな日に、地面から炎のような揺らめきが立ちのぼる現象、である陽炎かな?」
「はい。噂話では陽炎はその人の想い人を写し出し、潜んでいた魔が違う世界に連れ去ってしまうとか」
類の言うそれに冬弥が答えた。
なんでも、連れ去りやすくするため、相手の想い人に化けるのだという。
それを聞いた全員が困惑していたのが忘れられない。
そういえばあれを教えてくれたのは誰だったか。
「…けれど、魔はどうやって連れて行くんだい?」
「ああ、それは名前を教えるんだそうです。会話でも何でも、想い人の名を教えてしまうと陽炎がゆらめき、引っ張られてしまうと」
「想い人?自分のではなく、かな」
「はい。想い人の名前を教え、陽炎が化けたその姿を強固なものにしてしまうと魔の方を本物と勘違いしてしまうのだとか。そうすると目の前のものを信じてしまい『こちら側』の姿を保っていられず、『あちら側』に引っ張られてしまうそうです」
類の質問に、冬弥は暑いな、と思いながら応えていく。
…そういえば、クーラーはいつ切ったのだっけ。
ちりん、と音がする。
それはいつか聞いた鈴の音。
不意に、類から貰ったお守りが地に落ちた。
ぼんやりと見れば小さな石が粉々に崩れていて。
…ゾッとしたものが背を駆け抜ける。
この類は…いつ部屋に入ってきた?
「…どうか、したのかな」
「…ぁ……」
柔らかく『類』が微笑んだ。
名前を呼ぼうとして音が出ないこと気付く。
呼んではいけないと警鐘が…なった。
…と。
「うわ、なんだいこの暑さは…青柳くん?」
「…せ、んぱ…?」
ガラ、と図書室の扉が開いて、嫌そうな顔の類が顔を出す。
ふわりと冷たい風が頬をなでた。
「冷房も入れてもらえないなんて、可哀想に!…それとも、今から入れるところかな」
「…ぇ?」
「?だから窓を閉めようとしているんだろう?」
きょとんとする類に、漸く冬弥は自分がどこに行こうとしているかに気づく。
覗き混んだ、その先は。
ひ、と小さな声を出して冬弥は気を失ったのだった。

危ない!と言ったのは…どちらだったのだろうか……。



「…今俺の傍にいるのはどちらですか…」
「うん、そんな抱きついていて分からないものかな?…君の愛しい神代類だよ、青柳冬弥くん」