|
ワンドロ/雪・マフラー
「名前に冬と入っているからと言って寒さに強いわけじゃない」 それが冬弥の、冬の口癖だった。 だから寒さには弱いんだろう…そう思っていたのに。 「…何やってんだ、お前」 呆れた声で思わず呟く。 彰人、と嬉しそうな声が凛とした空気に乗って届いた。 「…雪だ」 「見りゃわかる。…んで?何でこのクソ寒ぃのに指定のコートだけなんですかねー?」 道に座り込み鼻の頭を紅くして少し楽しそうに言うから、尋ねる言葉がついつい厭味ったらしくなってしまう。 冬弥もそれに気づいたのだろう、きょとんとしてから小さく笑い、すまない、と言った。 「父親が玄関に居たから、小言を言われる前に飛び出してきたんだ」 「そりゃ。…カバンに手袋くらい入れとけよ、入るだろ?」 「…今度からそうする」 素直な冬弥に、彰人はまあ良いかと息を吐く。 「ほら、これ巻いとけよ」 あまりに寒々しく見える冬弥に、自身が巻いていたマフラーを外してかけてやった。 「…しかし、それでは彰人が」 「オレはいーんだよ、パーカー着てるし」 「…。…風紀委員がいないと良いな」 くす、と笑い冬弥が立ち上がる。 「テメ、人の好意を」 「…ありがとう、彰人」 「…。…ん」 目を細めて笑う冬弥が可愛らしく、それだけで許してしまうからまあ自分も大概チョロいな、と思った。 「ふふ」 嬉しそうに冬弥が微笑む。 今日は随分機嫌が良いようだ。 「?どうした」 「いや。…彰人の匂いがする」 マフラーに顔を埋めへにゃりと笑む。 思わず天を仰いだ。 「…お前さぁ、そういうとこだぞ?!」 「…?すま、ない…?」 ふわりと冬弥が首を傾げる。 降る雪積もっていたそれがとさりと落ちた。
寒い冬でも暖かくなるのは、きっと彼と一緒だから。 いつまでも共にと願う、そんな冬。
「ところで、何作ってたんだよ」 「…ラビットユキネ…」
お前と奏でる協奏交響曲(サンフォニーコンチェルタンテ)司冬
綺麗な歌が聴こえたんだ。
「…冬弥!」 「…。…司先輩」 呼ぶオレに、ふわりと冬弥が笑む。 柔らかい微笑みを浮かべるようになったな、と思いながら近寄って隣に座る。 「珍しいなぁ、冬弥が。寒いのは苦手だろう?」 「たまには外で食べるのも良いかと思いまして」 首を傾げるオレに冬弥が小さく笑みを浮かべた。 冬弥はあまり表に気持ちは出さないタイプだが…今日に限ってはそれ以上の意図はないようだな。 「なら、今日はオレも此処で食べるとしよう!」 「…良いんですか?」 ニッと笑い、弁当箱を掲げれば冬弥が首を傾げる。 弁当を食べるのに良いも悪いもないんだがなぁ。 「勿論だとも!オレの可愛い冬弥とのランチタイム、最高に素晴らしいじゃあないか!」 「…。…そう、ですね」 「それに、誘われたからな」 格好良いポーズを決めてから言えば、冬弥はきょとんとした。 「…。…俺、今日は誘ってませんよ…?」 「いや、誘われたんだ。…冬弥の歌に」 さらりと髪を揺らす冬弥にパチンとウインクをする。 実はランチをする場所を探していた時、綺麗な歌声が聴こえたんだ。 シンフォニーとも、コンチェルトとも違う。 大体、オーケストラがいないのだから違うのは当たり前なのだが…如何にも、幼少の時に聴いた冬弥のピアノやバイオリンが重なって聴こえてしまったのだ。 言うならば、少し歪なサンフォニーコンチェルタンテ。 オレは、これが好きだった。 愛おしい、オレの冬弥が紡ぐ楽曲が。 冬弥自身があまり好きでなかったとて。 歌も、ピアノも、バイオリンも。 オレは、冬弥の全ての音が好きなんだ。 「…聞こえていましたか」 「勿論だ。…冬弥の歌、だからな」 少し恥ずかしそうな冬弥にオレは笑む。 「…なら、一緒に歌ってくれませんか?」 「む?」 「俺の歌は俺だけでは成り立ちませんから」 眉を下げて言う冬弥に、何を、と思った。 あれだけ周りに認められていて! だが…そうだな。 「オレが歌えば冬弥を喰ってしまうが…仕方ない、先輩として、今日はしっかり支えてやろう!」 「よろしくお願いします」 冬弥が笑む。
美しく微笑む冬弥から溢れるメロディは
オレにとって天使のそれと同位
(あの日、冬弥と初めて出会ってから今まで、冬弥はオレの天使なのだから!)
お前と奏でる夜明曲(オーバート)彰冬
「冬弥ぁ、悪ぃ。遅くなっ…」 部活の助っ人に駆り出されたオレを、自分のクラスで待ってると言う冬弥を迎えに行ったときの事だった。 そっと教室に入り、珍しいな、としげしげとその顔を見つめる。 夕日に照らされた教室で。 天使が、寝ていた。
無防備なやつ、と誰かは知らない席に座りつつ、冬弥を見つめる。 寝息も立てないからまるで生きていないような…。 …生きてる、よな? 若干心配になりつつ、さらりとした髪に触ればふ、と冬弥が目を開けた。 涙に濡れた、灰色の瞳に思わずびくっとする。 …いや、起こしたのはオレなんだけどな…? 「…。…あき、と?」 「わり。起こした」 「…だい、じょうぶ…だ」 ぽやぽやした声で目を擦りながら言う冬弥に「暫く寝てろよ」と告げる。 「…だが」 「いいって。眠たいのに無理する方が後の練習に関わるだろ」 「…。…すまない」 「おう」 ふわ、と微笑んだ冬弥がまた目を閉じた。 数回頭を撫でていれば完全に寝入ったらしい。 目を瞑ると幼く見えるよなぁ、なんて思いながらオレは息を吐いた。 夕暮れ、遠くから何かの音楽が聴こえる。 柔らかく耳をくすぐるそれは、懐かしいオーバート。 なあ、冬弥。 オレはお前が好きだよ。 横に並ぶ、お前のことが。 実力もあって、努力もしていて、健気で一途で…挙げだしたらキリがない。 オレのことを一番に考えてくれる冬弥。 自分のことにはとんと無頓着な冬弥。 感情が表に出ないし、本人もよく分かってない冬弥。 …ノクターンから…夜の想いから抜け出せない冬弥。 父親が嫌いで、そんな父親に縛られて、でもオレとの夢を諦めないでいてくれた冬弥。 オレはさ、そんなお前が好きなんだ。 「なあ、知らないだろ?」 そっと囁く声が霧散してオーバートが渦巻く冬の教室に、溶けた。
次に目を開けた時は、きっと夜明けだから
「な、相棒」
夢の中にいる冬弥に囁く
…今はただ、穏やかな夢を…お前に
君と奏でる小戯曲(オペレッタ)類冬
いつからだろう。 君と逢うのが楽しみになったのは。
授業終わりのチャイムが鳴る。 今日はショーの練習に行く前に寄る場所があった。 「…や、冬弥くん」 図書室の扉を開けると僕を認めた彼がふわりと笑みを向ける。 「神代先輩。…言われていた本、ありましたよ」 「本当かい?助かるよ」 嬉しそうに言う彼に僕も笑みを浮かべた。 見てみて、と言わんばかりのそれには笑顔になるしかない、よねえ? まるで小さな子どもみたいで、つい頭を撫でてしまった。 「…あの、先輩?」 「ふふ。つい」 困惑した表情の彼から本を受け取り、表紙を見る。 世界のオペレッタ、と書かれたそれは少し前に彼に伝えたものと合致していた。 「うん、流石は図書委員だね。間違いなくこの本だ」 「…良かったです」 ふわ、と笑みを浮かべる彼の手を取る。 細くて、綺麗な手。 まるでお人形さんのような、そんな。 「…?あの…」 「ねぇ、冬弥くん。僕とオペレッタを歌ってみないかい?」 手指に口付け誘ってみれば彼はきょとんとした顔をしてみせる。 「オペレッタ…。…俺は喜歌劇は専門外ですよ?」 「ふふ。喜歌劇だけがオペレッタの全てじゃないさ」 困った顔の冬弥くんにそう言って彼を引き寄せた。 少し驚いた顔の彼に笑いかける。 「傲慢な錬金術師と図書室のお人形さん、なんてアンハッピーでしかないだろう?」 「…。…存外、本人たちはハッピーかもしれません」 「確かに、そうかもね」 そう言って、二人で小さく笑い合った。 物語はハッピーエンドとは限らない。 それはオペレッタも同じこと。 そりゃあ大衆はハッピーエンドを望むだろう。 僕だって見るならば悲劇よりも幸福終幕の方がずっと良い。 不穏な終わりはもやもやするだけだしね。 でも、ねぇ…ほら。 幸せの定義は誰が決めるんだい? 観客かな。 それとも周りの人間かな。 もちろん違う。 「俺にオペレッタを教えていただけますか?」 「勿論だとも」 柔らかく笑む冬弥くんに僕も笑う。 …周りからは如何見えたとしても。 僕らが幸せならそれで良いじゃないか!!
図書室で奏でる秘密のオペレッタ
さて、物語の始まりの言葉は何にしようか
定石をいくなら、皆が知っているあの言葉
(昔々、ある所に……)
ワンドロ/成人、着物
「あ、弟くんじゃん!」 やっほー!と手を振ったのは瑞希、それに振り向いてこちらもひらりと手を挙げたのは杏であった。 「…弟くん言うな。…で?何してんだよ」 対して嫌そうな顔をしたのは彰人である。 疑問符を浮かべながら覗きこめば何やら雑誌を読んでいたようで、ごてごてした記事が目に飛び込んできた。 中には色とりどりの着物が並んでいて。 「『今からでも遅くない!大人可愛い成人式コーデ』ぇ…?」 「そ!もうすぐ成人式でしょ?だから、どんな衣装が良いか見てたんだよ、ね!」 「そうそう!見るだけはタダだもんねー!」 見出しを読み上げながら更に疑問符を増やした彰人に、瑞希と杏が楽しそうに言う。 「…まだオレら高1だろ」 「いーのいーの!…ほら、これとか可愛くない?!」 「あっ、いいじゃん!瑞希とかこれ似合いそう!」 「アホくさ…」 楽しそうな二人に彰人は呆れながらも立ち去ろうとした。 が。 「えー!じゃあさ、冬弥くんはどれ似合うと思う?」 「…は?」 「冬弥かー…ちょっと待って」 瑞希のそれを聞き咎め、振り向いた彰人を無視し、杏が何やら考え始める。 「大学生の冬弥って色気凄そうだからなぁ…やっぱりこれかな」 「あー、ボクも迷ったなぁ。でもこっちもなかなか…」 「待て待て待て!!!」 きゃっきゃと話す二人に盛大に突っ込んだ。 何よ、と杏が珍しく膨れ面を晒す。 「アホくさって言った癖に」 「あのなぁ。冬弥で妄想すんな」 「独占欲丸出しの男は嫌われるよ?弟くん」 「るっせ」 くすくすと笑う瑞希に、べ、と舌を出してやった。 自分たちはともかく、冬弥に妄想でも女物を着せないでほしい。 「つか、冬弥は男!これは女のだろ!」 「えー、可愛いに男も女もないよぅ!着物なんて男も女もないに等しいしさぁ」 「お前はそうでも構わねぇけど妄想に冬弥を使うなっつー…!」 ぎゃーぎゃーと言い合う二人に杏が口を開いた。 「でもさぁ、冬弥の4年後が色気凄そうなのは彰人だって思うでしょ?」 「…そりゃあ、まあ」 首を傾げる杏に歯切れ悪く返す。 今でさえ色気が凄いのだ、成人したらどうなるか、なんて想像に難くなかった。 「…随分と楽しそうだな」 不思議そうな声が聞こえて振り向けば委員会が終わったらしい冬弥がこちらを見つめていて。 「あ、冬弥じゃん!」 「ねぇねぇ、冬弥くん!成人式のさぁ…」 「帰るぞ、冬弥!!」 瑞希が呼び寄せる前に冬弥に駆け寄り手を引いた。 「??…すまない、また!」 混乱しきった顔の冬弥が二人に向かって手を挙げる。 どうしたんだ、という彼には言えなかった。 「…彰人?どうしたんだ」 「…いや、何も」 こてりと首を傾げる彼に、言えるはずもない。 …成人した冬弥を想像して良からぬことを思った、なんて! 「…今は今のお前が一番だよな」 「…??」 小さく独りごちる彰人に冬弥はきょとりとした顔をする。 それには答えず、彰人はニッと笑いかけたのだった。
成人しても、きっと隣を歩く関係は変わらない
けれど
(冬弥の色気が成人して変わってるかもしんねーだろ??)
「…なぁ、冬弥。お前成人式何着る?」 「…本当にどうしたんだ?彰人」
ペロペロキャンディを舐めながら待つ、冬弥とこはねの話
ワンドロ隔週/新年・旅行
カランコロン、とベルが鳴る。 コーヒーカップを拭いていた手を止め、あら、とMEIKOは笑う。 「いらっしゃい、彰人くん、冬弥くん」 「どもッス」 「こんばんは、MEIKOさん」 微笑むMEIKOの前にいるのはいつもの二人、彰人と冬弥だ。 練習の帰りだろうか、さして珍しくもない二人の来訪に、「コーヒー淹れるわ」と告げる。 「ありがとうございます。…やはりここが落ち着くな」 「だなー。こんなに遅いと謙さんも良い顔しねぇし」 「あら。今日は随分遅くまで練習だったのね」 MEIKOのそれに二人は顔を見合わせ、違う、と笑った。 その答えにきょとんとしていれば、冬弥が「少し、旅行に行ってきたんです」と言う。 「旅行!良いわね!」 「年も明けたし、学校始まったらそんな時間取れなくなるって、1日かけて行ってきたんスよ」 「日帰り旅行ね。素敵じゃない」 彰人の言葉に素直に言えば二人とも嬉しそうに笑った。 若いわねぇ、とにこにこしてしまう。 「どこに行ったの?」 「隣町の純喫茶に。後は彰人が行きたがっていたミュージックカフェにも行きました」 「冬弥が行きたがってたトコにも行ったろ。電車で1時間」 「…あれは途中で迷ったからだろう?」 首を傾げる冬弥に、彰人が「そうだけどよ」と苦笑した。 あらあら、と微笑み、MEIKOはコーヒーを淹れながら…ふと思う。 これは果たして旅行なのか?と。 だがまあ二人がそうだというならこれは旅行なのだろう。 二人で電車に乗り、迷いながら目的地に向かう…これだって立派な旅だ。 彼ら二人の、水入らずの小旅行。 その終わりに、ここを選んでくれたのが嬉しいと思う。 「写真も撮ったんです。見てもらえますか?」 「あら、良いの?」 「冬弥、意外と写真下手で…」 「…。これは良い出来だと思うのだが」 「…あー、これな。…あ、こっちのは純喫茶のやつか。パンケーキ美味かった」 「そうだな。…これは迷った末に猫喫茶に辿り着いたやつです」 「あそこは喫茶店に猫がいただけだろ。…犬じゃなくて良かったけどよ」 スマホを見せてもらいながらMEIKOは二人の楽しそうな様子にまた笑った。 思い出話はまだまだ尽きそうにない。
ミクルカの日
「…はぁああ」 スタジオの壁に向かって今日何度目か分からない溜め息を吐き出す。 「…うわっ、何あれどうしたの」 「あ、ミクオじゃん。あけおめー」 スタジオの扉が開いた途端、大変に引いた、私によく似た声が降りかかった。 それにひらっと手を振ってみせたのはレンくんだ。 「おう、あけおめ。…んで、何?あれ一応世界的に有名な電子の歌姫でしょ」 「…ミクはミクだもーん……」 「ミク姉ぇ、まだ拗ねてんの?」 レンくんが呆れた声を出す。 不思議そうな顔をするのは私の先天性男体亜種のミクオくん。 「…初音さん、問題があります」 「何でしょうか、初音さん」 「今日は何の日でしょう」 「…は??」 ますます分からない、といった顔のミクオくんは取り敢えず、と少し上を向く。 意外と付き合いは良いんだよね。 「三が日の最終日」 「それから?」 「えー…連休が終わる日」 「後は?」 「…いや、何」 「正解はぁ……ミクルカの日、でしたぁああ!!!!」 渾身の叫びを出して私は地に伏せる。 …何、と混乱しきった声が降ってきた。 「ほら1月3日でさ、ミク姉ぇのシリアルナンバーが1でルカ姉ぇのシリアルナンバーが3とかいう」 「…あぁ…。…それとこの状況に何の関係が?」 レンくんが説明してくれてもよく分からなかったらしいミクオくんが首を傾げる。 「収録でミクルカ出来ないから拗ねてる」 「…。…お前らの姉だろ、何とかしろよ」 「どっちかってとお前のが弟じゃん」 「うちにはカイコ姉さんで間に合ってますぅ」 「うちだってカイト兄さんとルカ姉ぇがいるからぁ。メイ姉ぇもリンもいるし、手ぇいっぱいなんでー」 「ねぇ、初音さんの押し付け合いしないで???」 なかなかに失礼な男子ズに私は顔を上げた。 電子の歌姫だって傷付くココロはあるんだからね? ちなみに、家出る前に本人に思いっきりゴネたのは内緒の話だ。 ま、レンくんは知ってるけど! 「ねー!ミクオくん、私の亜種じゃんー!ちょっとジェンダー上げてよー!」 「え、ぜってぇやだ」 「先天性男性亜種のジェンダー上げってもう意味分かんないじゃん」 「それはそうだけど譲れないものはあります」 「オレの性別のが譲れないんですけどね、初音さんね」 「知らんな!!」 「…仲良しさんですわね」 くすくすと笑う声に振り向く。 そこには、私の女神が立っていた。 「ルカちゃぁあん!!」 「お疲れ様です、ミク姉様。レン兄様に、ミクオさんも」 「や、ルカさん。明けましておめでとう」 「はい。明けましておめでとう御座います」 「んで、どーしたの?ルカ姉ぇ」 抱きつく私の頭を撫でながらミクオくんと時候の挨拶を交わすルカちゃん…やっぱり女神では…?? 首を傾げるレンくんに、ルカちゃんは何かを差し出す。 「お弁当です。みんなで作ってきましたの」 「皆って…リンとメイ姉ぇはジャケ写じゃなかった?」 「はい。なのでカイト兄様と、カイコさんにも手伝っていただいて3人で」 「…ルカさんマジ女神…」 「…それな…」 にっこり微笑むルカちゃんに男子ズが拝みだした。 気持ちは分かるけどルカちゃん戸惑ってるからね?? 「では、私はこれで」 「もう帰るの?」 「はい。片付けをカイト兄様にお任せしてきましたので」 微笑むルカちゃんが離れていく。 うぅう、寂しいよぅ…! 「…ミク姉様」 「んえ?」 出る間際、ルカちゃんがトン、とポケットを叩いた。 それから。 「…早く帰って来てくださいね?」 ふわ、と微笑んで出て行く。 …えぇー? あんなの反則では…? 「…ルカさん、小悪魔?」 「…んや、無自覚」 ひそひそとミクオくんとレンくんが囁き合う。 「…。…今から初音さんは本気を出します」 立ち上がって私はスタジオの扉を開けた。 だって、あんな。 あんな可愛い顔で可愛いこと言われたら本気を出すしかなくない?!! 絶対に、絶対に早く帰ってやるんだから!
『帰って来たらミクルカ、しましょうね?』
なんて、多分よく分かってないルカちゃんからのメモを握り締める。 …私がそのメモを有言実行するまで、残り3時間、だ。
ワンドロ/正月・羽根つき
「…いっくよー!リン!」 「どーんと来い!!」 カコン、という小気味良い音がセカイに響く。 正月定番の遊び道具である羽根つきを、バーチャルシンガーであるリンやレンがいたく気に入ったようで。 「…あいつら、良く飽きないな?」 「そうねぇ。まあお正月なんてそんなものでしょ?」 呆れる彰人に、MEIKOがクスクスと笑う。 確かに、と思うが返事はせず、入れてもらったカフェオレに口を付けた。 「ねーねー、彰人くんと冬弥くんだったらどっちが強いの?」 ひょこりと顔を出した…どうやら彼女の勝ちで終わったらしい…リンが無邪気に聞く。 「…は?」 「羽根つき!こないだはダブルスだったでしょ?1対1だとどっちなのかなって!」 「…それは、彰人だろう」 口を開く前に冬弥が答えた。 「そうなの?」 「ああ。スポーツはあまり得意では無いからな」 「ふぅん。冬弥くん、ダンスは上手なのにね!」 カラカラとリンが笑う。 そうだな、とそれに対し冬弥が微笑んだ。 「じゃあさじゃあさ、オレと組もうよ!」 顔を拭いていたらしいレンが冬弥の腕をつかむ。 「…レン?」 「あー!ずるーい!じゃあわたしは彰人くんと組むー!」 「はぁ?おまっ、勝手に…!」 「あら。じゃあ勝った方に新作のデザートを進呈するわ」 文句を言おうとする彰人にMEIKOが笑んだ。 こうなっては勝負する他ない。 はぁ、とため息を吐き、冬弥を見やった。 「…お前は?良いのかよ」 「…。…せっかくだからな。彰人と戦うなんて、今後もあるかは分からないだろう?」 「まーな。やるからには本気で行くぜ」 「…分かった」 ニッと笑うと冬弥も頷く。 存外負けず嫌いだよなぁ、と小さく笑った。
「…やったね!!」 ぴょん、とリンが跳ねる。 とり損ねたレンが悔しそうに地団駄を踏んでいた。 ちなみにリンの顔にはもう墨が塗られていて、1勝1敗といった感じである。 「やっぱセンスあるな、リン」 「えっへへー、ありがと!」 「…すまない、レン」 「冬弥のせいじゃないよー!大丈夫、次頑張ろ!」 各々相方に声をかけてから向き直った。 「次はオレからだ。油断してっとすぐ負けるぞ」 「む。油断とかしないし!」 「そうか、よっ!」 カコン、という音が響く。 慌てたようにレンが打ち返し、リンがぴょんっと跳んだ。 が、打ちそこねそうになったのを彰人が代わりに打ち返す。 「…しまっ…!」 「っしゃっ!!」 焦った顔の冬弥が羽子板を振るが、間に合わず羽根が地に落ちた。 「すっごぉい!」 「まあな」 キラキラした目のリンに息を吐きながら答える。 墨を持ち…はたと気づいた。 …これは冬弥に落描きをしなければならないのでは、と。 「…彰人」 覚悟を決めたようにこちらにやってきた冬弥が目を瞑る。 それはまるでキスを待っているようで。 「?!ん、んぅ?!」 思わずキスをする。 「リンー!ジュース飲みに行こうぜ」 「はぁい!」 リンとレンが立ち去る音が遠くでした。 「…ぁ…彰人…!」 「…わり」 曖昧に笑って少し声を荒らげる冬弥の顔に墨をつける。 たまに、本当にたまにはこういうのも悪くないかもしれない、と思いながら。
「新年も変わらず仲良しだよねー!」 「仲良しってか…まあいいんじゃねぇかな」 (冬弥の顔に書かれた彰人の名
それは仲良しっていうかなんというか!)
姫始め類冬
新年、新しい年。 そういうに相応しい青空の下、類は歩いていた。 ショーの練習は三が日を過ぎてからということで、仲間たちは皆家族と過ごすらしい。 ならばと久しぶりに路上パフォーマンスでも、と街に繰り出したのだ。 …ショーで試したいこともあるし。 「…おや?」 スクランブル交差点のすぐ近く、ベンチに腰掛けているその人に目を留めた。 「…やぁ、冬弥くん。明けましておめでとう」 「…。…神代先輩。…明けましておめでとう御座います」 声を掛ければ彼も見上げ、僅かに微笑み挨拶を返してくれる。 「如何したんだい?こんな所で」 「課題の息抜きに図書館でも、と思ったんですが…三が日なので閉まっていて。今は偶然見つけた古本屋で買った本を読んでいました」 「へぇ」 類の質問にもきちんと答えてくれる冬弥に笑みを浮かべた。 本当に彼は律儀で真面目だ。 「どんな本だい?」 「ミステリーです。踏切の向こうに消えた少年を追う、迷子少女の話で」 「…面白そうだね」 冬弥の言葉に類はにこりと笑う。 どこにでもある話に思えるのに、彼が言うと面白そうに聞こえるのは何故だろうか。 …と。 「…あの、神代先輩。お聞きしたいことがあります」 「?僕が分かることなら何でもどうぞ」 突然真剣な目をするから、不思議に思いながらも類は促す。 ほ、と息を吐き…冬弥が口を開いた。 「…姫始めってなんですか?」 「…ん??」 「姫始めです。この本ではないんですが…別の本にその単語があって。調べたくてもスマホを置いてきてしまったので、もし良ければ教えてもらえませんか?」 あまりに不釣り合いなそれに聞き返すが、どうやら過ちではなかったらしい。 真剣な目で聞く冬弥に、類は息を吐いた。 まったく、彼は純粋なのだから! 「…いいかい、冬弥くん。まず、スマホは絶対に忘れてはいけないよ」 「?…分かりました」 「分からない言葉は信頼する人にしか聞いてはいけない。これも覚えておいてもらえると嬉しいな」 「…覚えておきます」 こくん、と頷く冬弥によし、と言って…類はそっと彼の耳元に囁いた。 姫始めの…その意味を。 「…新しい年になって初めて行う性行為のことだよ」と。 「?!!」 「まあ諸説あるらしいけれどねぇ。初めて馬に乗る事だったり、赤子が初めてご飯を食べたり、年初めに洗濯をしたりと色々あるが、詳しくは分かっていないそうだよ」 「…そ、うなんですか」 「姫、は秘めるから来てるとも言われているかな。…さて、冬弥くん」 「…は、い…?!」 ぐい、と彼の手を引き、類はにこりと笑う。 「聞いたからには、させてくれるのかな?姫始め」 「…あ、の」 「男同士だから正確には菊始めかもしれないのだけれどね。で、どうする?」 「…え、えと、神代先輩…?」 おろおろとこちらを見る冬弥が可愛らしく、類は微笑んでみせた。 頬が紅いのは寒さだけではないのだろう彼に低い声で囁く。 「…僕を煽った責任は、取ってくれるのかな?」 なんてね、と軽く笑い、離れる類に、冬弥は小さく服を引っ張った。 「ふふ、いくら僕でも身勝手な欲を君のせいにしたりしない…冬弥くん?」 「…お、れの…欲は…どうしたら良いですか…?」 恥ずかしそうに、小さな声で問いかけられるそれに類は一瞬だけ理解が遅れる。 …何を言っているのか分かっているのだろうか? 「…良いのかい?」 尋ねる類に冬弥はこくんと頷く。 それ以上は恥ずかしがって類の服に顔を埋める彼に、類も空を見上げた。 爽やかな風が吹く。 新年の、訪れを連れて。
一昨日消し去ったはずの煩悩が類に襲いかかるまで、あと数秒。
(煩悩が理性に打ち勝ったかって? …それは『姫』だけが知っている)
|