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ワンドロ/成人、着物
「あ、弟くんじゃん!」 やっほー!と手を振ったのは瑞希、それに振り向いてこちらもひらりと手を挙げたのは杏であった。 「…弟くん言うな。…で?何してんだよ」 対して嫌そうな顔をしたのは彰人である。 疑問符を浮かべながら覗きこめば何やら雑誌を読んでいたようで、ごてごてした記事が目に飛び込んできた。 中には色とりどりの着物が並んでいて。 「『今からでも遅くない!大人可愛い成人式コーデ』ぇ…?」 「そ!もうすぐ成人式でしょ?だから、どんな衣装が良いか見てたんだよ、ね!」 「そうそう!見るだけはタダだもんねー!」 見出しを読み上げながら更に疑問符を増やした彰人に、瑞希と杏が楽しそうに言う。 「…まだオレら高1だろ」 「いーのいーの!…ほら、これとか可愛くない?!」 「あっ、いいじゃん!瑞希とかこれ似合いそう!」 「アホくさ…」 楽しそうな二人に彰人は呆れながらも立ち去ろうとした。 が。 「えー!じゃあさ、冬弥くんはどれ似合うと思う?」 「…は?」 「冬弥かー…ちょっと待って」 瑞希のそれを聞き咎め、振り向いた彰人を無視し、杏が何やら考え始める。 「大学生の冬弥って色気凄そうだからなぁ…やっぱりこれかな」 「あー、ボクも迷ったなぁ。でもこっちもなかなか…」 「待て待て待て!!!」 きゃっきゃと話す二人に盛大に突っ込んだ。 何よ、と杏が珍しく膨れ面を晒す。 「アホくさって言った癖に」 「あのなぁ。冬弥で妄想すんな」 「独占欲丸出しの男は嫌われるよ?弟くん」 「るっせ」 くすくすと笑う瑞希に、べ、と舌を出してやった。 自分たちはともかく、冬弥に妄想でも女物を着せないでほしい。 「つか、冬弥は男!これは女のだろ!」 「えー、可愛いに男も女もないよぅ!着物なんて男も女もないに等しいしさぁ」 「お前はそうでも構わねぇけど妄想に冬弥を使うなっつー…!」 ぎゃーぎゃーと言い合う二人に杏が口を開いた。 「でもさぁ、冬弥の4年後が色気凄そうなのは彰人だって思うでしょ?」 「…そりゃあ、まあ」 首を傾げる杏に歯切れ悪く返す。 今でさえ色気が凄いのだ、成人したらどうなるか、なんて想像に難くなかった。 「…随分と楽しそうだな」 不思議そうな声が聞こえて振り向けば委員会が終わったらしい冬弥がこちらを見つめていて。 「あ、冬弥じゃん!」 「ねぇねぇ、冬弥くん!成人式のさぁ…」 「帰るぞ、冬弥!!」 瑞希が呼び寄せる前に冬弥に駆け寄り手を引いた。 「??…すまない、また!」 混乱しきった顔の冬弥が二人に向かって手を挙げる。 どうしたんだ、という彼には言えなかった。 「…彰人?どうしたんだ」 「…いや、何も」 こてりと首を傾げる彼に、言えるはずもない。 …成人した冬弥を想像して良からぬことを思った、なんて! 「…今は今のお前が一番だよな」 「…??」 小さく独りごちる彰人に冬弥はきょとりとした顔をする。 それには答えず、彰人はニッと笑いかけたのだった。
成人しても、きっと隣を歩く関係は変わらない
けれど
(冬弥の色気が成人して変わってるかもしんねーだろ??)
「…なぁ、冬弥。お前成人式何着る?」 「…本当にどうしたんだ?彰人」
ペロペロキャンディを舐めながら待つ、冬弥とこはねの話
ワンドロ隔週/新年・旅行
カランコロン、とベルが鳴る。 コーヒーカップを拭いていた手を止め、あら、とMEIKOは笑う。 「いらっしゃい、彰人くん、冬弥くん」 「どもッス」 「こんばんは、MEIKOさん」 微笑むMEIKOの前にいるのはいつもの二人、彰人と冬弥だ。 練習の帰りだろうか、さして珍しくもない二人の来訪に、「コーヒー淹れるわ」と告げる。 「ありがとうございます。…やはりここが落ち着くな」 「だなー。こんなに遅いと謙さんも良い顔しねぇし」 「あら。今日は随分遅くまで練習だったのね」 MEIKOのそれに二人は顔を見合わせ、違う、と笑った。 その答えにきょとんとしていれば、冬弥が「少し、旅行に行ってきたんです」と言う。 「旅行!良いわね!」 「年も明けたし、学校始まったらそんな時間取れなくなるって、1日かけて行ってきたんスよ」 「日帰り旅行ね。素敵じゃない」 彰人の言葉に素直に言えば二人とも嬉しそうに笑った。 若いわねぇ、とにこにこしてしまう。 「どこに行ったの?」 「隣町の純喫茶に。後は彰人が行きたがっていたミュージックカフェにも行きました」 「冬弥が行きたがってたトコにも行ったろ。電車で1時間」 「…あれは途中で迷ったからだろう?」 首を傾げる冬弥に、彰人が「そうだけどよ」と苦笑した。 あらあら、と微笑み、MEIKOはコーヒーを淹れながら…ふと思う。 これは果たして旅行なのか?と。 だがまあ二人がそうだというならこれは旅行なのだろう。 二人で電車に乗り、迷いながら目的地に向かう…これだって立派な旅だ。 彼ら二人の、水入らずの小旅行。 その終わりに、ここを選んでくれたのが嬉しいと思う。 「写真も撮ったんです。見てもらえますか?」 「あら、良いの?」 「冬弥、意外と写真下手で…」 「…。これは良い出来だと思うのだが」 「…あー、これな。…あ、こっちのは純喫茶のやつか。パンケーキ美味かった」 「そうだな。…これは迷った末に猫喫茶に辿り着いたやつです」 「あそこは喫茶店に猫がいただけだろ。…犬じゃなくて良かったけどよ」 スマホを見せてもらいながらMEIKOは二人の楽しそうな様子にまた笑った。 思い出話はまだまだ尽きそうにない。
ミクルカの日
「…はぁああ」 スタジオの壁に向かって今日何度目か分からない溜め息を吐き出す。 「…うわっ、何あれどうしたの」 「あ、ミクオじゃん。あけおめー」 スタジオの扉が開いた途端、大変に引いた、私によく似た声が降りかかった。 それにひらっと手を振ってみせたのはレンくんだ。 「おう、あけおめ。…んで、何?あれ一応世界的に有名な電子の歌姫でしょ」 「…ミクはミクだもーん……」 「ミク姉ぇ、まだ拗ねてんの?」 レンくんが呆れた声を出す。 不思議そうな顔をするのは私の先天性男体亜種のミクオくん。 「…初音さん、問題があります」 「何でしょうか、初音さん」 「今日は何の日でしょう」 「…は??」 ますます分からない、といった顔のミクオくんは取り敢えず、と少し上を向く。 意外と付き合いは良いんだよね。 「三が日の最終日」 「それから?」 「えー…連休が終わる日」 「後は?」 「…いや、何」 「正解はぁ……ミクルカの日、でしたぁああ!!!!」 渾身の叫びを出して私は地に伏せる。 …何、と混乱しきった声が降ってきた。 「ほら1月3日でさ、ミク姉ぇのシリアルナンバーが1でルカ姉ぇのシリアルナンバーが3とかいう」 「…あぁ…。…それとこの状況に何の関係が?」 レンくんが説明してくれてもよく分からなかったらしいミクオくんが首を傾げる。 「収録でミクルカ出来ないから拗ねてる」 「…。…お前らの姉だろ、何とかしろよ」 「どっちかってとお前のが弟じゃん」 「うちにはカイコ姉さんで間に合ってますぅ」 「うちだってカイト兄さんとルカ姉ぇがいるからぁ。メイ姉ぇもリンもいるし、手ぇいっぱいなんでー」 「ねぇ、初音さんの押し付け合いしないで???」 なかなかに失礼な男子ズに私は顔を上げた。 電子の歌姫だって傷付くココロはあるんだからね? ちなみに、家出る前に本人に思いっきりゴネたのは内緒の話だ。 ま、レンくんは知ってるけど! 「ねー!ミクオくん、私の亜種じゃんー!ちょっとジェンダー上げてよー!」 「え、ぜってぇやだ」 「先天性男性亜種のジェンダー上げってもう意味分かんないじゃん」 「それはそうだけど譲れないものはあります」 「オレの性別のが譲れないんですけどね、初音さんね」 「知らんな!!」 「…仲良しさんですわね」 くすくすと笑う声に振り向く。 そこには、私の女神が立っていた。 「ルカちゃぁあん!!」 「お疲れ様です、ミク姉様。レン兄様に、ミクオさんも」 「や、ルカさん。明けましておめでとう」 「はい。明けましておめでとう御座います」 「んで、どーしたの?ルカ姉ぇ」 抱きつく私の頭を撫でながらミクオくんと時候の挨拶を交わすルカちゃん…やっぱり女神では…?? 首を傾げるレンくんに、ルカちゃんは何かを差し出す。 「お弁当です。みんなで作ってきましたの」 「皆って…リンとメイ姉ぇはジャケ写じゃなかった?」 「はい。なのでカイト兄様と、カイコさんにも手伝っていただいて3人で」 「…ルカさんマジ女神…」 「…それな…」 にっこり微笑むルカちゃんに男子ズが拝みだした。 気持ちは分かるけどルカちゃん戸惑ってるからね?? 「では、私はこれで」 「もう帰るの?」 「はい。片付けをカイト兄様にお任せしてきましたので」 微笑むルカちゃんが離れていく。 うぅう、寂しいよぅ…! 「…ミク姉様」 「んえ?」 出る間際、ルカちゃんがトン、とポケットを叩いた。 それから。 「…早く帰って来てくださいね?」 ふわ、と微笑んで出て行く。 …えぇー? あんなの反則では…? 「…ルカさん、小悪魔?」 「…んや、無自覚」 ひそひそとミクオくんとレンくんが囁き合う。 「…。…今から初音さんは本気を出します」 立ち上がって私はスタジオの扉を開けた。 だって、あんな。 あんな可愛い顔で可愛いこと言われたら本気を出すしかなくない?!! 絶対に、絶対に早く帰ってやるんだから!
『帰って来たらミクルカ、しましょうね?』
なんて、多分よく分かってないルカちゃんからのメモを握り締める。 …私がそのメモを有言実行するまで、残り3時間、だ。
ワンドロ/正月・羽根つき
「…いっくよー!リン!」 「どーんと来い!!」 カコン、という小気味良い音がセカイに響く。 正月定番の遊び道具である羽根つきを、バーチャルシンガーであるリンやレンがいたく気に入ったようで。 「…あいつら、良く飽きないな?」 「そうねぇ。まあお正月なんてそんなものでしょ?」 呆れる彰人に、MEIKOがクスクスと笑う。 確かに、と思うが返事はせず、入れてもらったカフェオレに口を付けた。 「ねーねー、彰人くんと冬弥くんだったらどっちが強いの?」 ひょこりと顔を出した…どうやら彼女の勝ちで終わったらしい…リンが無邪気に聞く。 「…は?」 「羽根つき!こないだはダブルスだったでしょ?1対1だとどっちなのかなって!」 「…それは、彰人だろう」 口を開く前に冬弥が答えた。 「そうなの?」 「ああ。スポーツはあまり得意では無いからな」 「ふぅん。冬弥くん、ダンスは上手なのにね!」 カラカラとリンが笑う。 そうだな、とそれに対し冬弥が微笑んだ。 「じゃあさじゃあさ、オレと組もうよ!」 顔を拭いていたらしいレンが冬弥の腕をつかむ。 「…レン?」 「あー!ずるーい!じゃあわたしは彰人くんと組むー!」 「はぁ?おまっ、勝手に…!」 「あら。じゃあ勝った方に新作のデザートを進呈するわ」 文句を言おうとする彰人にMEIKOが笑んだ。 こうなっては勝負する他ない。 はぁ、とため息を吐き、冬弥を見やった。 「…お前は?良いのかよ」 「…。…せっかくだからな。彰人と戦うなんて、今後もあるかは分からないだろう?」 「まーな。やるからには本気で行くぜ」 「…分かった」 ニッと笑うと冬弥も頷く。 存外負けず嫌いだよなぁ、と小さく笑った。
「…やったね!!」 ぴょん、とリンが跳ねる。 とり損ねたレンが悔しそうに地団駄を踏んでいた。 ちなみにリンの顔にはもう墨が塗られていて、1勝1敗といった感じである。 「やっぱセンスあるな、リン」 「えっへへー、ありがと!」 「…すまない、レン」 「冬弥のせいじゃないよー!大丈夫、次頑張ろ!」 各々相方に声をかけてから向き直った。 「次はオレからだ。油断してっとすぐ負けるぞ」 「む。油断とかしないし!」 「そうか、よっ!」 カコン、という音が響く。 慌てたようにレンが打ち返し、リンがぴょんっと跳んだ。 が、打ちそこねそうになったのを彰人が代わりに打ち返す。 「…しまっ…!」 「っしゃっ!!」 焦った顔の冬弥が羽子板を振るが、間に合わず羽根が地に落ちた。 「すっごぉい!」 「まあな」 キラキラした目のリンに息を吐きながら答える。 墨を持ち…はたと気づいた。 …これは冬弥に落描きをしなければならないのでは、と。 「…彰人」 覚悟を決めたようにこちらにやってきた冬弥が目を瞑る。 それはまるでキスを待っているようで。 「?!ん、んぅ?!」 思わずキスをする。 「リンー!ジュース飲みに行こうぜ」 「はぁい!」 リンとレンが立ち去る音が遠くでした。 「…ぁ…彰人…!」 「…わり」 曖昧に笑って少し声を荒らげる冬弥の顔に墨をつける。 たまに、本当にたまにはこういうのも悪くないかもしれない、と思いながら。
「新年も変わらず仲良しだよねー!」 「仲良しってか…まあいいんじゃねぇかな」 (冬弥の顔に書かれた彰人の名
それは仲良しっていうかなんというか!)
姫始め類冬
新年、新しい年。 そういうに相応しい青空の下、類は歩いていた。 ショーの練習は三が日を過ぎてからということで、仲間たちは皆家族と過ごすらしい。 ならばと久しぶりに路上パフォーマンスでも、と街に繰り出したのだ。 …ショーで試したいこともあるし。 「…おや?」 スクランブル交差点のすぐ近く、ベンチに腰掛けているその人に目を留めた。 「…やぁ、冬弥くん。明けましておめでとう」 「…。…神代先輩。…明けましておめでとう御座います」 声を掛ければ彼も見上げ、僅かに微笑み挨拶を返してくれる。 「如何したんだい?こんな所で」 「課題の息抜きに図書館でも、と思ったんですが…三が日なので閉まっていて。今は偶然見つけた古本屋で買った本を読んでいました」 「へぇ」 類の質問にもきちんと答えてくれる冬弥に笑みを浮かべた。 本当に彼は律儀で真面目だ。 「どんな本だい?」 「ミステリーです。踏切の向こうに消えた少年を追う、迷子少女の話で」 「…面白そうだね」 冬弥の言葉に類はにこりと笑う。 どこにでもある話に思えるのに、彼が言うと面白そうに聞こえるのは何故だろうか。 …と。 「…あの、神代先輩。お聞きしたいことがあります」 「?僕が分かることなら何でもどうぞ」 突然真剣な目をするから、不思議に思いながらも類は促す。 ほ、と息を吐き…冬弥が口を開いた。 「…姫始めってなんですか?」 「…ん??」 「姫始めです。この本ではないんですが…別の本にその単語があって。調べたくてもスマホを置いてきてしまったので、もし良ければ教えてもらえませんか?」 あまりに不釣り合いなそれに聞き返すが、どうやら過ちではなかったらしい。 真剣な目で聞く冬弥に、類は息を吐いた。 まったく、彼は純粋なのだから! 「…いいかい、冬弥くん。まず、スマホは絶対に忘れてはいけないよ」 「?…分かりました」 「分からない言葉は信頼する人にしか聞いてはいけない。これも覚えておいてもらえると嬉しいな」 「…覚えておきます」 こくん、と頷く冬弥によし、と言って…類はそっと彼の耳元に囁いた。 姫始めの…その意味を。 「…新しい年になって初めて行う性行為のことだよ」と。 「?!!」 「まあ諸説あるらしいけれどねぇ。初めて馬に乗る事だったり、赤子が初めてご飯を食べたり、年初めに洗濯をしたりと色々あるが、詳しくは分かっていないそうだよ」 「…そ、うなんですか」 「姫、は秘めるから来てるとも言われているかな。…さて、冬弥くん」 「…は、い…?!」 ぐい、と彼の手を引き、類はにこりと笑う。 「聞いたからには、させてくれるのかな?姫始め」 「…あ、の」 「男同士だから正確には菊始めかもしれないのだけれどね。で、どうする?」 「…え、えと、神代先輩…?」 おろおろとこちらを見る冬弥が可愛らしく、類は微笑んでみせた。 頬が紅いのは寒さだけではないのだろう彼に低い声で囁く。 「…僕を煽った責任は、取ってくれるのかな?」 なんてね、と軽く笑い、離れる類に、冬弥は小さく服を引っ張った。 「ふふ、いくら僕でも身勝手な欲を君のせいにしたりしない…冬弥くん?」 「…お、れの…欲は…どうしたら良いですか…?」 恥ずかしそうに、小さな声で問いかけられるそれに類は一瞬だけ理解が遅れる。 …何を言っているのか分かっているのだろうか? 「…良いのかい?」 尋ねる類に冬弥はこくんと頷く。 それ以上は恥ずかしがって類の服に顔を埋める彼に、類も空を見上げた。 爽やかな風が吹く。 新年の、訪れを連れて。
一昨日消し去ったはずの煩悩が類に襲いかかるまで、あと数秒。
(煩悩が理性に打ち勝ったかって? …それは『姫』だけが知っている)
初夢ラセタバ
ラッセルは部屋の中ぼんやりと目を開けた。 これは夢なんだと言い聞かせる。 けれど、ねぇ、これは。 起き上がってひたりと窓に触れた。 (どちらが夢の世界?)
「ラッセル」 外に出た途端、嬉しそうな声が自分の名を呼んだ。 振り向くとニコニコと手を振る青年がいる。 名をタバサ・マクニール、享年23歳。 ラッセルが『殴り殺した』、HAPPYDREAMの住人だ。 「…タバサ」 「なあなあ、ラッセル。ラッセルは夢とかって見る方か?」 「…え?」 世間話程度のそれなのだろう、無邪気な話題にラッセルは思わず固まった。 何と答えれば良いのだろう。 これが夢だ、とでも? 悩んでいれば、タバサは「いきなり言われても困るよな!」と笑った。 「閑照先生がさ、東の国では年が変わった次の日に見る夢を初夢って呼ぶって教えてくれて。縁起が良い夢とかあったりするらしいんだ」 「…そう、なんだ」 「不思議だよなぁ。見た夢一つで良かったり悪かったりするんだから」 ふふ、とタバサは機嫌が良さそうに言う。 そもそも彼が怒ったところなんて見たことないのだけれど。 (だって彼は殺されて尚疑問しかぶつけて来なかったのだから!) 「…ラッセル?」 「え、あ」 顔を上げればタバサが心配そうな目をしていた。 何でもないよ、と首を振り、ラッセルは口を開く。 「…夢、見るよ」 「へぇ!どんな?」 「…皆と笑って暮らす夢」 淡々とした答えにきょとんとしたタバサが笑った。 「なんだ、今と変わらないなぁ」 「…そうだね」 「もうちょっと、空を飛んだりする夢かと思ったのに」 楽しそうに笑うタバサに、それが良いのだけど、とラッセルは目を伏せる。 だって本当のタバサはこんな風にもう笑ったりはしないのだから。 「…あ、後タバサと兄弟になった夢、とか」 「…俺と、か?」 うっかり言ってしまったそれは気付いた時にはタバサに聞かれていて、しまった、と思う。 不思議そうな彼に、如何しよう、と見上げた。 そんな、願望。 言った所で何もならないのに。 「…俺も、ラッセルが弟なら毎日楽しいだろうな」 可愛らしく、タバサが笑う。 夢なのに。 いや、違う。 夢だから。 これは自分が作った夢のタバサだ。 現実の彼がどう言うか、なんてラッセルは知らない。 だって、そんな話をする前にタバサは死んだのだから!! 「タバサと一緒なら、良い夢が魅れる…気がする」 「なんだそりゃ」 ふは、とタバサが笑う。 髪飾りがふわふわと揺れた。 「なら、初夢リベンジと行くか?」 タバサが手を差し出す。 共に眠ることができたら幸せだろうな、とラッセルは僅かに笑みを浮かべて…その手を取った。
ラッセルは夢を見る。 優しい人と共に眠る…夢を魅る。 それは、有り触れた、有り得ない夢の話。
「…ねぇ、初夢って新しい年に見る最初の夢って…」 「街に変化が起きてるならそれはもう新しい年なんだよ!!」 (タバサが笑う。
無茶苦茶で、ただただ幸せなユメだな、とラッセルは目を綴じた)
姫始めザクカイ♀
「…鬼ヶ崎」 「…い、や、でぇ!!」 名前を呼んだだけで頑なな返事が寄越される。 思わずため息を吐いた。 …事の始まりはつい2時間ほど前の話。
「…鬼ヶ崎」 「…んー?」 こたつに入りながら本を読んでいたカイコクに声をかけると、彼女は生返事を寄越す。 無視はされないらしいとホッとしながら、ザクロは口を開いた。 「…年が明けたな」 「…。…そういやそうだな」 少し考え、明けましておめでとう、と微笑む彼女が可愛らしい。 だがそうも言っていられなくて。 「ああ、明けましておめでとう。…知っているか?今年は丑年らしい」 「?それがどうしたんでェ」 きょとりとするカイコクの…何故だがこういう表情は幼い彼女に罪悪感を覚えながら紙袋を手渡す。 疑問符を浮かべながらそれを受け取ったカイコクは中身を見てさぁっと表情を変えた。 逃げようとする彼女の手を掴み、ザクロは精一杯真面目な顔をして告げる。 これが、カイコクを籠城させる一言とは知らず。 「…頼む、鬼ヶ崎!これを着て俺と姫始めをしてくれないか?!」
嫌なことがあるとすぐに押入れに籠城してしまう…一人かくれんぼは間違いだったのではないだろうか…カイコクに、ザクロはため息を吐いた。 まさか彼女がこんなにも嫌がるとは思っていなかったのである。 そんなにもザクロとの姫始めが嫌なのだろうか。 「…なぁ、鬼ヶ崎。せめて理由を聞かせてくれないか」 「…。…うし」 「…は?」 小さな声で告げられるそれに、ザクロはきょとんとする。 今、何と? 「…衣装、うし…じゃねぇか」 「…丑年だからな…?」 「…それがやだ」 実に子どもっぽい口調で告げられたその訳を理解するのに暫くかかった。 つまりはザクロとの姫始めが嫌なわけではなく、袋に入っていた牛の衣装が嫌な訳で…。 「…はぁあ?!!」 「…っ!理由を言えっつった!」 素っ頓狂な声を出すザクロに、カイコクが押入れを開き、抗議してきた。 それを逃す訳もなく、がしっと彼女の手をつかむ。 「…俺が嫌な訳ではないんだな?」 「…。…忍霧は嫌じゃあ、ねぇよ?」 「…そうか」 観念したように言うカイコクに、ザクロはほぅと息を吐いた。 新年早々嫌われているわけではなかったらしい。 「なら別に着なくても良い」 「…本当かい?」 「ああ」 きっぱりと言えば今度は彼女がホッとした顔をした。 マスクを下げ、ちゅっちゅと口付けを落とす。 「ん、ぁ、やっ!おし、ぎりぃ!」 「…なぁ、何でそんなにうしが嫌なんだ?そういう…なんだ、季節の衣装、が嫌いな訳じゃないだろう」 甘い声で喘ぐ彼女を可愛らしいな、と思いながらふと擡げた疑問に首を傾げた。 はふはふと荒い息を吐きながらカイコクはとろんとした目をする。 彼女は別に…所謂露出があるコスプレ、が嫌いなわけではない気がするのだ。 ハロウィンやクリスマスは寧ろ楽しそうだったし(女性陣に乗せられていたのもある)、普段の服だって、それこそザクロが注意するほどに露出がある。 それなのに、何故。 「…笑わねぇかい?」 「ああ」 潤んだ目で聞くカイコクにザクロは頷いた。 それから少し躊躇する彼女はしばらく後「…胸が」と言った。 「…うん?」 「…俺は、人より胸がでかいだろう?それで…うしみてぇだと……」 「…誰だ、そんな失礼な事を言うのは」 「パカ」 あっさり告げられるそれに、あいつ…!とザクロは拳を握る。 しかしまあ普段はパカにそんなことを言われても意に返さないはずであるから、幼い頃から色々な人に言われていたのだろう。 「…忍霧だって、胸のでけぇ女は嫌だろう?」 「そんな事はない!…あ、いや、俺はそもそも女性は苦手だから、避けているように見えるかもしれないが、その、鬼ヶ崎は別だ」 「…」 ザクロの答えに目を見開き、それからぽや、と微笑んだ。 「…忍霧で良かった」 「…は……」 突然に告げられる告白にぽかんとし、思わず天を仰ぐ。 …本当に、彼女は。 「…そんな事を言われると優しくしてやれなくなるが」 「ふふ。ならせめて布団に連れて行って貰いたいねぇ?」 可愛らしく微笑むカイコクに、仰せのままに、と口付けた。
カイコクが姫始めの名の如く、姫の様に甘やかされ蕩けされられるまで…数秒もない。
姫始めザクカイ
「…鬼ヶ崎」 「…しつこい」 カイコクを押し倒し、はて何分経ったろうか。 彼は先程からブスくれた表情でザクロを見上げていて。 「…そんなに嫌か?」 「今日は気分じゃねぇ」 きっぱり言われるそれに、ザクロはムッとする。 「いつもは言わないだろう、そんな事」 「言っても聞かねぇだろう?」 ツン、とそっぽを向くカイコクに、ザクロは静かに彼の名を呼んだ。 「…鬼ヶ崎」 「…。…去年やったろう?」 「いや、去年は去年。今年は今年だろう。貴様、節分は毎年行わないつもりか?」 僅かに逸らされた目をこちらに戻して言う彼にザクロは思わず呆れる。 違うけどよ、となかなかに歯切れが悪い彼をじぃっと見つめた。 それでもカイコクは折れてはくれないようで。 「なぁ、俺が嫌いなのか?」 「嫌いじゃない。する気分じゃねぇってだけだ」 「…俺は、鬼ヶ崎を抱きたいんだが」 少し顔を赤らめながらもしっかり伝えれば彼は呆れたようにこちらを見た。 「…。…お前さんも強情だねェ」 「貴様が言うのか、それを」 こんなに拒んでおきながら何を、と言えばカイコクは小さく言葉を吐く。 …そうして。 「…。…去年の姫始めは媚薬まで使ったくせに」 ぼそりと本当に小さく告げられたそれにザクロはぽかんとした。 何を言っているのだろう、この男は。 「…は…。…あれは鬼ヶ崎が煽るからだろう?!」 思わず声を荒げてしまった。 丁度一年前、ユズが「作った」という媚薬を(それもどうかと思うが)煽ってザクロに飲ませたのはカイコクの方なのだ。 ユズが作ったそれは確かに本物で、躰が熱くなったザクロを、縛って翻弄したのもカイコクだった。 …まあ、その後拘束を取り、彼の躰を散々貪り好き勝手したのはザクロの方なのだけれど。 「…っ、あんなにするこたぁねぇだろう!あの後暫く躰辛かったし!」 「…いや、それは自業自得…。…悪かった」 それをまだ根に持っているというカイコクが怒鳴るから、呆れながらも確かに酷くした自覚もあるので素直に謝る。 「…忍霧じゃねぇみたいだったし」 小さく紡がれる言葉に少し嬉しくなった。 だって、それは。 「なら、今年は『俺が』溺れさせてやるから」 ぎゅ、と彼の手を握る。 駄目だろうか、と縋って見せれば彼は悔しそうに言葉を無くし、ああくそっ!と吐き捨てた。 「一回だけ、な!」 「ああ」 頷いて口付ける。 可愛らしい彼に一回だけ、なんて健全たる男子高校生が護ることが出来ようもなく。 カイコクの甘ったるい声は一晩中響き、次の日起きた不機嫌な彼の為に翻弄する羽目になったのであった。
(これもまた姫始めの一連の流れ、だったりするけれど、ね!)
初詣彰冬
少し早く着き過ぎたか、と彰人は空を見上げる。 東雲色のそれは新しい年を輝かせていて、思わずグッと背伸びをした。 「…彰人」 「…おぅ、来たか」 駆けてきた冬弥に手を挙げる。 「すまない、遅れてしまって」 「オレも、こんな早朝に呼び出して悪かったな。…つーか、それより言う事、あんだろ」 マフラーを巻いていても寒そうな彼に笑いかけた。 きょとりとした冬弥は暫く考え、ああ、と笑みを浮かべる。 「…明けましておめでとう…彰人」 綺麗なそれは昇ってきた朝日よりも眩しく、彰人は、おぅ、と満足そうに頷いたのだった。
それより少し前。 すっかり年が明け、テレビも一旦落ち着いた時間帯。 何故だが早くに目が覚めた彰人はスマホをぼんやりと見つめていた。 二度寝をしても良いのだが…目が覚めた後、姉である絵名が正月早々不機嫌であることは長年の経験からわかりきっている。 そもそも、家族と正月を過ごす、という歳でもないし、何より完全に眠気はとんでしまっていた。 ヒヤリとした、冬特有の冷気が漂う部屋で身を起こす。 スマホをタップし、短い文章を作った。 「…ガラじゃねぇなぁ…」 独りごちてスマホを置く。 着替えるか、とそっと音を立てないようにベッドから抜け出したのだった。
「…珍しいな、彰人が誘ってくるのは」 「…オレが一番思ってる」 小さく笑みを浮かべる冬弥から、メッセージの返信があったのは着替えている最中で。 起きたのか起こしたのか、と心配していれば『起きていた』と短い返信が来た。 どうやら眠れなかったらしい冬弥は彰人の誘いに二つ返事で乗ってくれたのである。 「…お前ん家、厳しいだろ。良くこんな朝早くに出られたな?」 「…。…朝早くだから出られたんだ」 彰人のそれに短く答える冬弥に、へぇ、と返した。 あまり触れてほしくはないのだろう、彰人もそれきりで話題を終える。 「そういや、屋台出てるらしいぜ。金とか持ってきたか?」 「…。…一応は」 「っし。んじゃあ参拝終わったら朝飯代わりになんか食おうぜ」 「…あぁ」 笑いかけると冬弥も笑みを見せた。 最初の頃に比べれば彼は柔らかいそれを浮かべるようになっていて。 これからも、冬弥の色んな表情を隣で見ていたいと彰人は思う。 神はあまり信じないタイプなのだけれど。 「…。…なぁ、彰人」 「あ?」 「…俺はまだ彰人に挨拶をされていないのだが」 ちょい、と服を引っ張る冬弥に彰人は笑った。 意外とそういう所は気にするタイプなのだ…彼は。 「…明けましておめでとう、冬弥」 囁いてやれば優しく微笑む。 少し遠くで鈴緒が揺れていた。
初詣なんかはガラではないけれど、たまにはこういうのも悪くない。 (だって、カミサマに願わなくたって自力で掴みとれるのだから!!)
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