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ワンドロ/おはよう・無防備
ぱあ、と眼前が白くなる。 と、と地に足を付け顔を前に向ければいつものセカイが広がった。 先に行っている、とメッセージを確認し、スマホをポケットに仕舞い込む。 今日はバイトが長引き、セカイに行くのが遅くなってしまった。 知らず、駆け足になる彰人に、声をかけたのはバーチャルシンガーの鏡音リンだ。 「やっほー、彰人くん!」 「…リン」 「今日は随分遅かったんだね!冬弥くん、待ちくたびれてたよー?」 無邪気に笑うリンがそんな事を言う。 言葉以上の意味を感じ、彰人は首を傾げた。 「…冬弥、なんかあったのか」 「ふっふー、行ってみてのお楽しみ!」 ブイサインを出すリンに疑問符を浮かべながら、彰人は駆け出す。 リンの言い方的には大変なことにはなっていなさそうだが。 「ちわっす、冬弥ぁ、待たせー…」 カフェのドアを開け、声をかければ中にいたMEIKOがしぃ、と指を口の前に立てる。 目線の先を見れば冬弥が机に突っ伏して眠っていた。 なるほど、待ちくたびれた、とは適切な言葉であったらしい。 「おーおー、無防備なこって」 すやすやと、少し幼い表情になった寝顔を晒す冬弥に彰人は複雑になりながら息を吐く。 随分疲れていたのか、この場所が安心出来るからなのか。 「ふふ、起きたら呼んでね。珈琲でも淹れるわ」 「あ、どうも」 手を振るMEIKOに軽く会釈し、彰人は冬弥に向き直る。 ぐっすり眠る冬弥は見惚れるほどに無防備だ。 MEIKOのカフェだから兎も角、他の場所ではこんな無防備な顔を晒すのは辞めてほしい。 無防備なのは顔だけではなく、日に照らされた白い首筋もさらりと揺らぐツートンカラーの髪も…今の彼全てだ。 まあ冬弥は普段から無防備ではあるが…それは置いといて。 見ているだけではつまらなくなり、指を伸ばしかけ…やめた。 起こすのはなかなか忍びない。 …と。 「…ん、ぅ……」 ぽやり、と灰鼠色の瞳がゆったりと開いた。 涙に濡れたそれがオレンジに染まる。 「…あき、と……?」 少し掠れた声に彰人は笑いかけた。 この顔が見れるのは相棒の特権なのだろう、なんて思いながら。 夢から醒めた彼に、かける言葉を。
「おはよう、冬弥」
カイコク誕生日
カイコクがブスくれている。 かれこれ3時間はこの仏頂面で、ザクロはそっと溜め息を吐いた。 ちなみに、今回に限ってだが、彼に対してザクロが何かした訳ではない。 寧ろ今からしたかったのだが…それは置いておいて。 さて、何故こんな仏頂面なのかといえば、今日は彼の誕生日なのだ。 …節分ではない、ただただそれだけの。 わくわくしながら「今日は節分だねェ」と仲間に振るカイコクに、「節分は昨日だった」と告げたのは誰だっただろう。 表情が削げ落とされ、そのまま部屋に帰っていってしまったから、慌てて追ってきたのだった。 「…鬼ヶ崎」 「…。…124年」 名前を呼ぶザクロに、小さく返される、それ。 そういえば2月3日ではない節分は124年ぶりなのだっけ、と思った。 「ああ、らしいな」 「…今日でなくても良かったのに」 「どちらにせよ、巡ってくるだろう。…来年は行えば良い」 「…」 また黙りこくってしまうカイコクにザクロは困った顔を向ける。 「…。…なあ、鬼ヶ崎。俺はお前の誕生日を祝いたいのだが」 「…」 「…そんなに、節分と同じ日でないと駄目なのか?」 そっと問い掛ければ彼は少しだけ目を伏せた。 「…ちょいと、自慢だったんでぇ」 「?節分と誕生日が同じ日、だということが、か?」 「あァ。…忍霧も、クリスマスと同じ日だろう?…揃いだと、思って」 首を傾げるザクロに、ごにょごにょと言い訳するからぽかんとしてしまう。 つまり、拗ねていたのは節分を祝えなかったからでも、節分と同じ日でなかったということだからでもなく。 「俺の誕生日と同じ、行事被りではなくなるから、か…?」 思わず聞けば、ややあってからこくりと頷いた。 存外可愛いところがある年上の恋人に肩を揺らす。 「…笑うなぃ……!」 「…すまん、つい」 真っ赤な顔でブスくれるからそう言ってマスクを外した。 「自分の誕生日より節分を優先したいからだと思っていた」 「確かに節分の方が大事だけどねェ…。そんな子どもじみた理由で拗ねたりなんざ、しねぇさ」 肩を竦める彼に、その理由はよっぽど子どもっぽいのではないか、と突っ込みかけてやめる。 眠れるにゃんこを無理に起こす必要はどこにもなかった。 「貴様、クリスマスはそんなに好きでもないくせに」 「親戚連中が集まるのが、な。忍霧の誕生日は特別だと思ってるんだがねェ?」 「それは貴様と同意だ」 くすりと笑うカイコクにザクロも笑みを浮かべる。 引き寄せ、そっと囁いた。 「…俺は、揃いでなくてもこの日は特別に違いないし、何より鬼ヶ崎を愛していることには変わりがないのだが」 「…。…お前さん、年々照れが無くなってきたねぇ?」 「何とでも」 複雑な表情の彼に、ちゅ、と触れるだけのキスをする。 「…誕生日おめでとう、鬼ヶ崎」 「…ん」 ようやっと柔らかく微笑んだカイコクに、やはりこの顔が一番好きだな、と抱き寄せた。 二度目のキスは深く、甘く。 カイコクが居て幸せだと、改めて実感したのだった。
今日は彼の誕生日。
節分じゃなくたって、その日は素晴らしき記念日、なのだから!!
ルカ誕生日
「…あのぅ、カイト兄様」 リビングでくつろいでいる所におずおずとやってきたのは、ルカ姉ぇだった。 …珍しいな、ルカ姉ぇが。 兄さんもそう思ったのか読んでた本をぱたんと閉じて、どうしたの?と問う。 「…少し、あの…相談事がありまして…」 言いにくそうにルカ姉ぇが言いながらチラチラとこっちを見てくる。 …あー、なるほど、な? 「おれがいたら話しにくい?ルカ姉ぇ」 「えっと、あの、その」 「ふふ。じゃあ俺の部屋に来る?」 おれの質問にわたわたする素直なルカ姉ぇに兄さんが笑いながら誘った。 ホッとしたようにルカ姉ぇが笑みを見せる。 「お願いします、カイト兄様」 「はぁい。じゃあちょっと行ってくるね、レン」 「はいよ」 立ち上がる兄さんとひょこと頭を下げるルカ姉ぇにおれはひらひらと手を振った。 成人の、男性ボーカロイドと女性ボーカロイドの組み合わせなのに何も起こらないっていう絶対的な自信は何なんだろうな? おれと兄さんなら絶対ナニか起きるけど…。 「レンくん見てみて、☆4のルカちゃんが出た!!!」 …あ、もう一人確実的なのがいたわ。 バタバタ走って来てスマホを掲げるのはミク姉ぇだ。 一応電子の歌姫のはずなんだけど、うちの初音ミクはルカ姉ぇを盲信的に愛してんだよなぁ。 「いやぁ、可愛いよねぇ、アイドルのルカちゃん!」 ニコニコしながら部屋に入ってきたミク姉ぇはドアを閉めてから…真顔になる。 「…行った?」 「…行った」 短いやり取りの後、ふはっと息を吐き出して持ってた紙袋を置いた。 中には花飾りが大量に入っている。 「うわっ、めっちゃ作ったね?」 「ルカちゃんの為ですから!」 えっへん!と胸を張るミク姉ぇ…流石です。 実は誕生日なルカ姉ぇのためにサプライズパーティを企画したんだけどさ、全員部屋にいるからなかなか準備ができなくて。 それで、敢えてほんのちょっと不安を煽ってルカ姉ぇを離そうってなった訳。 最初は不安そうにしてるところを男子である兄さんかおれのどっちかが声をかけるって計画だったんだけど、ルカ姉ぇから声をかけてくるなんてな。 「つか、あんまルカ姉ぇ煽るなよ?めっちゃ不安そうだったんだけど」 「えっ、何それ見たかった」 部屋の壁に花を飾り付けながらそう言えばミク姉ぇが真顔で言う。 ミク姉ぇ…。 「レンくんだって、不安そうなお兄ちゃん見たいでしょぉ?!」 「そりゃあまあ否定はしないけど」 じっとり見つめるおれに、ミク姉ぇがむくれる。 思わずそう返せば、ほらぁ!と声を上げた。それは仕方ないと思いますぅー! 「何やってるの?そろそろケーキ出来るわよ」 「って言ってもフルーツ切って飾り付けしただけだけどね!」 呆れたようにメイ姉ぇが顔を出す。 その後ろからひょっこりとリンが楽しそうに言った。 見に行った先にはロールケーキの上にチョコでできたバラが乗ってて。 「…カイ兄ぃはどこに行くんだろうねぇ」 「それ、去年も言った」 しみじみと言うリンにおれは突っ込む。 「もう職人だよねぇ、お兄ちゃん」 「私も姉としてその辺は心配してるんだけど…。ほら、みんなが喜ぶならパティシエになろうかな?とか言いそうじゃない?」 感心するミク姉ぇにメイ姉ぇが言った。 確かに言いそうで怖いな…。 「そういやさぁ、あの作戦だけど、本当のとこは如何なわけ?」 話を変えるおれに三人ともキョトンとする。 あの作戦…プロジェクトセカイのバーチャルシンガー巡音ルカに夢中になる作戦のことだ。 巡音ルカに対抗するには巡音ルカしかいないもんな。 「どうもこうも。あたしの歌姫はルカちゃんだけだよ?」 「確かに、イラストは可愛いけどそれだけだもんねぇ」 「我が家に舞い降りた癒やしの天使…そんな特別な存在はうちのルカだけよね」 「兄さんもいますが」 「カイトは小悪魔でしょ、どっちかというと」 おれのツッコミにメイ姉ぇがぴしゃりと言った。 ごもっとも。 「美人だし可愛いし、一緒にいて自然に笑顔になっちゃう!リン、ルカたんがいるから毎日頑張れるんだよっ?」 「あたしだって!ルカちゃんがいてくれなかったら歌姫なんて辞めてたなぁ。歌ってて楽しいし!」 「マスター泣くわよ?…でもそうねぇ。私もルカがいるから歌も日々も楽しいのは、あるわね。愛おしいって感情はルカが教えてくれた気がするわ」 「そうそう!!愛の歌は全部ルカたんに気持ちを向けちゃうよね!」 「あたし、こないだウェディングソング歌っててね、そのまま告白しに行きそうになっちゃった。それくらいルカちゃんが好き!」 「あら、私も負けてないわよ?」 「リンだって!」 「…だって、良かったね」 くすくすと笑う声がする。 振り向くおれたちの前にいたのは、楽しそうに笑う兄さんと。 「ルカ?!」 「ルカたん?!」 「ルカちゃん!」 三人の声がハモる。 顔を真っ赤にしたルカ姉ぇが兄さんの後ろから覗いていた。 「…あの、皆様…ありがとうございま…きゃっ?!」 「ルカちゃん可愛い!大好き!!」 「ミク姉ぇずるーい!リンもルカたん大好きだからね!」 「あら、私を忘れてもらっちゃあ困るわ?ルカ、大好きよ?」 「ミク姉様、リン姉様、メイコ姉様…」 三人に抱きつかれ、ほわほわとルカ姉ぇが笑う。
ま、サプライズは成功ってやつかな。
今日は、幸せなルカ姉ぇの誕生日!!! (ちなみに幸せなのはルカ姉ぇだけじゃないんだぜ?)
「…兄さん、改めて小悪魔だよなぁ」 「えー…パティシエになってもレンにはケーキ焼かないからね?」 「なあ待ってそういうトコだかんな?!!」
ワンドロ・こたつ/ケモ耳
セカイにはバグがあるらしい。 何度か巻き込まれているのですっかり慣れてしまったが…それもどうかとは思うけれども…普通じゃない、とは思う。 だが。 「彰人!大変だよ!」 「何だよ、急…に?!」 パタパタといぬのしっぽを振った…ちなみに比喩ではなく現実である…バーチャルシンガー、鏡音レンが抱きついてきた。 犬が苦手な彰人ではあるが、これはレンだと言い聞かせながら引き剥がす。 そも、バグのお陰で彰人にも同じような耳がついているのだ。 それでも嫌なものはやはり嫌なのだけれども。 引き剥がされたレンはいつものような元気いっぱいな少年然としたそれではない、真面目な顔で彰人に告げた。 「冬弥とKAITOが悪魔に取り憑かれた!」
14歳、中二病真っ盛りか、と突っ込んだ彰人は怒れるレンに引っ張られ、とある場所まで来ていた。 セカイでは今まで見たことのない場所で、彰人は首を傾げる。 「なんだよ、ここ」 「良いから!」 「…って、だから引っ張んなっつー…!」 声を上げ、レンを静止しようとしたが彼は止まらなかった。 ほら!と連れて来られたのは随分と和風の部屋で。 と、いうか。 「あ、レン。それに彰人くんも。いらっしゃい」 ほわ、と猫耳が着いたバーチャルシンガーのKAITOが笑んだ。 相変わらず綺麗に笑う人だなぁなんて思いながら彰人は首を振る。 「どーなってんだよ…!」 「いやぁ、寒いから最近実装されたんだよね。MEIKOのカフェには合わないからここになったんだけど」 「せめてバグ直してからにしろや!」 ふわりと笑むKAITOに彰人は渾身のツッコミを入れた。 「彰人ー!なんとかしてよ。こたつが実装されてからKAITOも冬弥も動かなくて!」 「それ、オレに言われてもどうにもなんねー…。…冬弥?」 レンの訴えにそう言いながら言われた名前に首を傾げる。 …と。 「…。…あき、と?」 いつもより熱を帯びた声がした。 そちらを見れば髪と同色の耳をピコピコさせた冬弥がこたつの中からこちらを見ていて。 「…何やってんだよ、冬弥」 「…すまない。寒くて…」 「こたつから出られないんだよ、ね」 呆れたように声を掛ければ冬弥は申し訳無さそうな顔をした。 KAITOのそれに、冬弥がこくんと頷く。 なるほど、悪魔に取り憑かれたとはこの事だったようだ。 ほわほわと幸せそうな冬弥に複雑な感情が芽生える。 蕩けた彼が色っぽいだとか、幸せそうな顔に良かったなと思ったりだとか、彰人よりもこたつを選んだのかという苛立ちだとか。 それらを引っくるめて思わず手を伸ばす。 くしゃりと髪を撫でれば冬弥は幸せそうな顔をした。
なるほど、猫にこたつは真理、らしい。
(幸せそうな顔はそれだけでもないけれど!)
ワンドロ・体調不良/同棲
「彰人!彰人来てくれ!」 いつものでかい声を更に大きくした、先輩である司が教室に飛び込んできた。 この人は迷惑とか言うのを考えないのか、なんて思いながら彰人は露骨に嫌そうな顔を作る。 「…なんスか、いきなり…」 そんな彰人の肩を掴み、司は真剣な声で…驚愕のそれをこちらに、告げた。
「冬弥が!倒れたんだ!!」
「…冬弥!!」 「…彰人?」 保健室の扉を勢い良く開ければきょとりとこちらを見る冬弥がいた。 ベッドに横になってはいるものの存外に元気そうな姿にホッとする。 「…倒れたって、聞いたから…。…良かった、無事で」 「…。…大袈裟だ」 「ちょっとした立ち眩みだよねぇ?」 困った顔の冬弥に、くすくすと目の前にいた…正直、いたのか、と思った…類が笑った。 「…立ち眩み?!」 「たっ、倒れたのは本当だぞ?!顔がいつもより白いなと思って声をかけたらだなぁ…!」 素っ頓狂な声を出す彰人に、司が焦ったように言う。 見かけた冬弥の顔が普段以上に白いのを気になった司が冬弥に話しかけた途端、倒れ込んできた、というのが事の真相なようで。 一緒にいた類が保健室まで運び、その間に司が彰人を呼びに来た、らしい。 現に、彰人たちが飛び込んでくる少し前に目を覚ましたんだよ、と類が言っていた。 「…冬弥」 先輩二人が帰って行った後、じろりと睨みつけると彼は少し罰の悪そうな顔をする。 「…。…朝から体調が少し悪かったんだ」 「少しってツラか?」 「…」 「冬弥」 口籠る冬弥の名を呼べば少し視線を彷徨わせた後、小さく息を吐いた。 「…頭痛がするくらいだったから迷ったんだが、父親がいて。慌てて飛び出したせいで朝食を食べ損ねてしまって…」 「…お前なぁ」 冬弥のそれにため息を吐き、抱きしめる。 「…彰人?」 「無理するなっつってんだろ」 「…。…すまない」 申し訳なさそうに謝るから、謝るな、と言って少し離れ、彼の額に己の額をつけた。 「…父親のせいで無理するなら、オレと暮らそうぜ」 「…っ」 「そしたら、朝から無理する必要もないだろ?」 ニッと笑う彰人に、冬弥がふやりと笑む。 そのキレイな目に涙が浮かんでいるように、見えた。
「…ふふ」 「どした?」 その数年後。 約束通り冬弥と同棲し始めた彰人は彼が小さく笑っているのを見、首を傾げた。 「…いや。…あまり体調が悪くなることがなくなったな、と思ってな」 「…なんだ、そりゃ」 機嫌が良い冬弥に苦笑する。 それはそうだろう。 だって、体調不良になる暇がないくらい、幸せなのだから。
(これは二人だけの健康法、なのかもしれないね?)
ワンドロ隔週/リング・涙
バイトしている雑貨屋に置いてあったそれに目を奪われた。 特に珍しいわけでもない。 そういえば女子が一時期騒いでいたような気がしないでもないな、と思った。 「…」 少し考えてからそれを手に取る。 これは、彼の細い指に似合うだろうな、と…それだけを思った。
「…彰人」 「おぅ」 バイトが終わった、と連絡をすると冬弥も、今委員会が終わったからそちらに行く、と返してきた。 少し待っていればいつもの冬弥がこちらに歩いてくる。 「お疲れ様、彰人」 「お前もな」 ふや、と笑う冬弥に彰人も微笑んだ。 軽い表情が出来るようになったな、と思う。 この所色んな人に囲まれているからだろう。 …良い事だ。 その一要因が自分にもあれば良いと。 「…?彰人?」 冬弥が首を傾げる。 わりぃ、とすぐ謝ってから練習に向かおうと言いかけ…止まった。 「…なぁ、冬弥」 「?…どうしたんだ」 「手」 「…手?」 綺麗な手を差し出し不思議そうな表情をする冬弥のそれを掴む。 驚きに目を見開く冬弥の、左小指に小さなリングを一つ、嵌め込んだ。 「…これ、は」 「…。…ピンキーリング。バイト先で見つけてな。お前に似合うだろうなと思ったから…」 照れ隠しに言葉を紡ぐ。 流石に指輪は重すぎただろうか。 ちらりと横目で彼を見れば、ポロポロと涙を溢していて。 思わずぎょっとしてしまった。 「泣く事ねぇだろ?!」 「…あ、すまない」 涙を拭ってやれば冬弥は今気づいたようで曖昧な笑みを浮かべる。 「…嬉しかったんだ。…大切にする」 「…ん」 ふわ、と花が咲くように笑む冬弥に彰人も笑いかけた。
知っていたかい? ピンキーリングにも意味があるってことを。 知っていたかい? 左右で持つ意味が変わることを。
…知っていたかい? 冬弥は彰人の何気ない行動に救われているということを!
(きらりと光る左のピンキーリング
その意味は)
ワンドロ/雪・マフラー
「名前に冬と入っているからと言って寒さに強いわけじゃない」 それが冬弥の、冬の口癖だった。 だから寒さには弱いんだろう…そう思っていたのに。 「…何やってんだ、お前」 呆れた声で思わず呟く。 彰人、と嬉しそうな声が凛とした空気に乗って届いた。 「…雪だ」 「見りゃわかる。…んで?何でこのクソ寒ぃのに指定のコートだけなんですかねー?」 道に座り込み鼻の頭を紅くして少し楽しそうに言うから、尋ねる言葉がついつい厭味ったらしくなってしまう。 冬弥もそれに気づいたのだろう、きょとんとしてから小さく笑い、すまない、と言った。 「父親が玄関に居たから、小言を言われる前に飛び出してきたんだ」 「そりゃ。…カバンに手袋くらい入れとけよ、入るだろ?」 「…今度からそうする」 素直な冬弥に、彰人はまあ良いかと息を吐く。 「ほら、これ巻いとけよ」 あまりに寒々しく見える冬弥に、自身が巻いていたマフラーを外してかけてやった。 「…しかし、それでは彰人が」 「オレはいーんだよ、パーカー着てるし」 「…。…風紀委員がいないと良いな」 くす、と笑い冬弥が立ち上がる。 「テメ、人の好意を」 「…ありがとう、彰人」 「…。…ん」 目を細めて笑う冬弥が可愛らしく、それだけで許してしまうからまあ自分も大概チョロいな、と思った。 「ふふ」 嬉しそうに冬弥が微笑む。 今日は随分機嫌が良いようだ。 「?どうした」 「いや。…彰人の匂いがする」 マフラーに顔を埋めへにゃりと笑む。 思わず天を仰いだ。 「…お前さぁ、そういうとこだぞ?!」 「…?すま、ない…?」 ふわりと冬弥が首を傾げる。 降る雪積もっていたそれがとさりと落ちた。
寒い冬でも暖かくなるのは、きっと彼と一緒だから。 いつまでも共にと願う、そんな冬。
「ところで、何作ってたんだよ」 「…ラビットユキネ…」
お前と奏でる協奏交響曲(サンフォニーコンチェルタンテ)司冬
綺麗な歌が聴こえたんだ。
「…冬弥!」 「…。…司先輩」 呼ぶオレに、ふわりと冬弥が笑む。 柔らかい微笑みを浮かべるようになったな、と思いながら近寄って隣に座る。 「珍しいなぁ、冬弥が。寒いのは苦手だろう?」 「たまには外で食べるのも良いかと思いまして」 首を傾げるオレに冬弥が小さく笑みを浮かべた。 冬弥はあまり表に気持ちは出さないタイプだが…今日に限ってはそれ以上の意図はないようだな。 「なら、今日はオレも此処で食べるとしよう!」 「…良いんですか?」 ニッと笑い、弁当箱を掲げれば冬弥が首を傾げる。 弁当を食べるのに良いも悪いもないんだがなぁ。 「勿論だとも!オレの可愛い冬弥とのランチタイム、最高に素晴らしいじゃあないか!」 「…。…そう、ですね」 「それに、誘われたからな」 格好良いポーズを決めてから言えば、冬弥はきょとんとした。 「…。…俺、今日は誘ってませんよ…?」 「いや、誘われたんだ。…冬弥の歌に」 さらりと髪を揺らす冬弥にパチンとウインクをする。 実はランチをする場所を探していた時、綺麗な歌声が聴こえたんだ。 シンフォニーとも、コンチェルトとも違う。 大体、オーケストラがいないのだから違うのは当たり前なのだが…如何にも、幼少の時に聴いた冬弥のピアノやバイオリンが重なって聴こえてしまったのだ。 言うならば、少し歪なサンフォニーコンチェルタンテ。 オレは、これが好きだった。 愛おしい、オレの冬弥が紡ぐ楽曲が。 冬弥自身があまり好きでなかったとて。 歌も、ピアノも、バイオリンも。 オレは、冬弥の全ての音が好きなんだ。 「…聞こえていましたか」 「勿論だ。…冬弥の歌、だからな」 少し恥ずかしそうな冬弥にオレは笑む。 「…なら、一緒に歌ってくれませんか?」 「む?」 「俺の歌は俺だけでは成り立ちませんから」 眉を下げて言う冬弥に、何を、と思った。 あれだけ周りに認められていて! だが…そうだな。 「オレが歌えば冬弥を喰ってしまうが…仕方ない、先輩として、今日はしっかり支えてやろう!」 「よろしくお願いします」 冬弥が笑む。
美しく微笑む冬弥から溢れるメロディは
オレにとって天使のそれと同位
(あの日、冬弥と初めて出会ってから今まで、冬弥はオレの天使なのだから!)
お前と奏でる夜明曲(オーバート)彰冬
「冬弥ぁ、悪ぃ。遅くなっ…」 部活の助っ人に駆り出されたオレを、自分のクラスで待ってると言う冬弥を迎えに行ったときの事だった。 そっと教室に入り、珍しいな、としげしげとその顔を見つめる。 夕日に照らされた教室で。 天使が、寝ていた。
無防備なやつ、と誰かは知らない席に座りつつ、冬弥を見つめる。 寝息も立てないからまるで生きていないような…。 …生きてる、よな? 若干心配になりつつ、さらりとした髪に触ればふ、と冬弥が目を開けた。 涙に濡れた、灰色の瞳に思わずびくっとする。 …いや、起こしたのはオレなんだけどな…? 「…。…あき、と?」 「わり。起こした」 「…だい、じょうぶ…だ」 ぽやぽやした声で目を擦りながら言う冬弥に「暫く寝てろよ」と告げる。 「…だが」 「いいって。眠たいのに無理する方が後の練習に関わるだろ」 「…。…すまない」 「おう」 ふわ、と微笑んだ冬弥がまた目を閉じた。 数回頭を撫でていれば完全に寝入ったらしい。 目を瞑ると幼く見えるよなぁ、なんて思いながらオレは息を吐いた。 夕暮れ、遠くから何かの音楽が聴こえる。 柔らかく耳をくすぐるそれは、懐かしいオーバート。 なあ、冬弥。 オレはお前が好きだよ。 横に並ぶ、お前のことが。 実力もあって、努力もしていて、健気で一途で…挙げだしたらキリがない。 オレのことを一番に考えてくれる冬弥。 自分のことにはとんと無頓着な冬弥。 感情が表に出ないし、本人もよく分かってない冬弥。 …ノクターンから…夜の想いから抜け出せない冬弥。 父親が嫌いで、そんな父親に縛られて、でもオレとの夢を諦めないでいてくれた冬弥。 オレはさ、そんなお前が好きなんだ。 「なあ、知らないだろ?」 そっと囁く声が霧散してオーバートが渦巻く冬の教室に、溶けた。
次に目を開けた時は、きっと夜明けだから
「な、相棒」
夢の中にいる冬弥に囁く
…今はただ、穏やかな夢を…お前に
君と奏でる小戯曲(オペレッタ)類冬
いつからだろう。 君と逢うのが楽しみになったのは。
授業終わりのチャイムが鳴る。 今日はショーの練習に行く前に寄る場所があった。 「…や、冬弥くん」 図書室の扉を開けると僕を認めた彼がふわりと笑みを向ける。 「神代先輩。…言われていた本、ありましたよ」 「本当かい?助かるよ」 嬉しそうに言う彼に僕も笑みを浮かべた。 見てみて、と言わんばかりのそれには笑顔になるしかない、よねえ? まるで小さな子どもみたいで、つい頭を撫でてしまった。 「…あの、先輩?」 「ふふ。つい」 困惑した表情の彼から本を受け取り、表紙を見る。 世界のオペレッタ、と書かれたそれは少し前に彼に伝えたものと合致していた。 「うん、流石は図書委員だね。間違いなくこの本だ」 「…良かったです」 ふわ、と笑みを浮かべる彼の手を取る。 細くて、綺麗な手。 まるでお人形さんのような、そんな。 「…?あの…」 「ねぇ、冬弥くん。僕とオペレッタを歌ってみないかい?」 手指に口付け誘ってみれば彼はきょとんとした顔をしてみせる。 「オペレッタ…。…俺は喜歌劇は専門外ですよ?」 「ふふ。喜歌劇だけがオペレッタの全てじゃないさ」 困った顔の冬弥くんにそう言って彼を引き寄せた。 少し驚いた顔の彼に笑いかける。 「傲慢な錬金術師と図書室のお人形さん、なんてアンハッピーでしかないだろう?」 「…。…存外、本人たちはハッピーかもしれません」 「確かに、そうかもね」 そう言って、二人で小さく笑い合った。 物語はハッピーエンドとは限らない。 それはオペレッタも同じこと。 そりゃあ大衆はハッピーエンドを望むだろう。 僕だって見るならば悲劇よりも幸福終幕の方がずっと良い。 不穏な終わりはもやもやするだけだしね。 でも、ねぇ…ほら。 幸せの定義は誰が決めるんだい? 観客かな。 それとも周りの人間かな。 もちろん違う。 「俺にオペレッタを教えていただけますか?」 「勿論だとも」 柔らかく笑む冬弥くんに僕も笑う。 …周りからは如何見えたとしても。 僕らが幸せならそれで良いじゃないか!!
図書室で奏でる秘密のオペレッタ
さて、物語の始まりの言葉は何にしようか
定石をいくなら、皆が知っているあの言葉
(昔々、ある所に……)
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