ナナミ誕

七夕は夏のバレンタイン、とは誰が言い出したのだろう。


「いいわねぇ、夏のバレンタイン。ロマンがあるじゃない?」
ナナミがほう、と言うと、隣にいたシンヤが柔らかく微笑んだ。
誰かが…そんなもの、誰かなんて分かりきっているけれど…「ナナミは織姫でも彦星でもねぇじゃん」と言う。
まあその人は後でどうにかするとして…ねぇ、とナナミはシンヤに問いかけた。
「駆堂クンは、七夕ってどう?」
「…そう、ですね。七夕は家族で行うイメージですが…。俺は、夏のバレンタインというのも良いと思います」
柔らかい笑顔でシンヤが言う。
「けれど、ナナミさんは七夕が誕生日ではない、というのも少し納得するんです」
「あら、どうして?」
思っても見なかった言葉に、シンヤは少しだけ困った顔をした。
その表情に、なんだか覚えがあって小さく笑う。
「ナナミさんは、思いや願いを、神に託すのではなく自分自身で叶える人かと、思うので」
「…!そうね」
考えながら答えてくれたシンヤにナナミは僅かに微笑んだ。


確か前にも言われたことがある気がして。



「七夕が夏のバレンタイン…?」
その時の彼は、その言葉を聞いた途端嫌そうな顔をしていた、が、それを教えた少女に強く否定するのは憚られたのだろう。
助けを求めるようにこちらを見たから、あら、と思わず笑ってしまった。
「アタシは良い考えだと思うわ。織姫と彦星みたいに、遠距離恋愛でも離れない二人でありますように、ってことでしょう」
「んなの、自分自身でどうにかしろって俺ァ思うがねェ…」
はぁ、と頬をつくカイコクに、ナナミはくすくす笑う。
ちなみに、少女の方はもう興味をなくしたらしかった。
なので、この話も終わりでよかった、はずなのだけれど。
「ナナミにーさんは、自分自身でどうにかするタイプだろ」
「あら、どうして?」
カイコクがナナミに笑いかける。
意外なそれにきょとんとして聞き返した。
「ロマンチストと乙女チックは違ェからな。…星に願うなら自分で引き寄せるってェ感じがする」
「それは…褒められてる?」
「勿論。にーさんの誕生日が七夕じゃなくて良かったと思うくらいにゃァな」
カイコクが楽しそうに笑う。
「俺ァ、にーさんのそういうトコが気に入ってんでェ」
「ま、光栄だわ」
存外素直な彼にナナミも笑った。


ふふ、とナナミは肩を揺らす。

似ていないようで、やはり二人は似ていると思った。

二人に、そんな風に言ってもらえるなら、七夕から少し外れたこの誕生日も…悪くないかもしれない。



「ところで、ヒロは今日の昼食は無しよ」
「っべ、バレてた!!」

しほはるワンドロワンライ・傘/雨上がり

今日は朝から雨だった。
放課後までには止むかと思ったが…仕方がない。
最近買ったばかりの傘を開いた。
ぱしゃりと雨降る中に足を踏み出す。
「…日野森さん!」
「…。…桐谷さん」
傘に当たる雨粒をかき消すように声が聞こえた。
振り返ると遥が傘片手に駆けてくるのが見える。
立ち止まり、追いつくのを待った。
「良かった、間に合って」
「そんなに必死にならなくても…」
傘越しで彼女がふわふわと笑うから、志歩も小さく肩を揺らす。
「でも、日野森さんとはクラスが違うから、帰り時間もなかなか合わないし…一緒に帰れるなら、帰りたいなって」
可愛いことを言う遥に、もう、と笑った。
「雨なのに?」
「雨だから、だよ」
無邪気に遥も微笑む。
「雨って、人によっては憂鬱じゃない?だから、少しでも…好きな人と一緒にいたいなぁって」
人差し指を自分の唇に当ててパチリとウインクをする彼女に、敵わないなぁと思った。
「…ま、雨だとこういうことしてもバレないしね」
「え…」
そう言って遥の手を握る。
目を見開く彼女に、キスされるかと思った?と意地悪く聞いてみた。
「まあ、ちょっと…だけ……」
傘越しに染まる、遥の耳。
意外な反応に、志歩も思わず目を見開く。
「なんでそんな反応なの…」
「だ、だって…」
呆然とする志歩に、遥が頬を膨らませた。
途端に、二人して吹き出す。

雨、あめあめ梅雨の季節。



たまにはこんな雨の日も。



「あ、雨上がったね、日野森さん!」
「…うん、そうだね、桐谷さん」

司冬ワンライ/梅雨明け・旅行

旅行に行くならどこが良いだろう。
なんて、不毛なことを考えるくらいには、最近天気が悪かった。
雨の日の旅行も風情があって良いとは思うが、どちらかを選ぶなら晴れている方だろう。
「お待たせしてすみません」
「構わん!と、いうか、思ったより早かったな、冬弥!」
少し焦った様子で冬弥がやって来た。
司はそれを笑顔で受け止める。
久しぶりに一緒に帰る予定が、急遽冬弥の所属する委員会で会議が入ってしまったのだ。
だが、別に用事もないから、と司は自分の教室で宿題をしながら待っていたのである。
「はい。虫干しの日程を早く決めてしまいたかったようです」
「ああ。梅雨明け後に決めていたらすぐに夏休みになってしまうからなぁ」
冬弥のそれに笑いながら司は先程終わらせたばかりの宿題をカバンに入れた。
ネックの英語が終わったので少し気が楽になった、と笑みを浮かべる。
「…司先輩?」
「ん?ああ、いや、英語の宿題が終わったからホッとしたんだ」
「…なるほど」
クスクスと笑う冬弥に、そうだ、と司は先程思いを馳せていたそれを聞いてみることにした。
「…冬弥。冬弥は旅行に行くならどこが良い?」
「…旅行、ですか」
司の唐突なそれに彼は小さく首を上に向ける。
しばらく考えていた彼は、「司先輩と一緒ならどこでも楽しそうですが」と笑った。
そうして。
「日本国内でも良いですし、世界を見て回るのも楽しそうです。…日本と異なる季節の場所、というのも良いかもしれません」
「ふむ、なるほどなぁ」
「司先輩は、どこか行きたい場所はありますか?」
「オレか?そうだな……」
逆に冬弥から聞かれ、司は天井を見上げる。
行きたい場所も、行ってみたい場所も、沢山あるが…きっと冬弥と一緒ならどこでも楽しいだろう。
あれやこれや考えるのも旅行の醍醐味といえる…が。
…司はあまりそういう性分ではなかった。
だから。
「冬弥!」
彼に目を向け、その手を取る。
「オレは、考えるのに向いてない性格なんだ。だから」
驚いていた冬弥が、司の言葉に小さく笑って頷いた。



雨の匂いは、やがて太陽を連れてくる。



「梅雨明け、二人で旅行に行こう!」

類冬 類バースデー

冬弥が何か悩んでいるらしい。
らしい、というのは幼馴染でありショーキャスト仲間の寧々が練習に遅れて来たことがあったからだ。
その際彼女は「…青柳くんの相談に乗ってたの」というだけで。
それに一番反応しそうな司やえむが「そうなのか」「解決したら良いね!」くらいだったのは気になったが…類もその時はそうだね、と言うに留めた。
寧々が相談に乗ったのなら大丈夫だろう。
その後も、瑞希や杏が相談に乗っているのを見た。
余程何かに困っているのだろうか。
少し聞いてみようかとも思ったのだが、思い止まった。
彼にだって聞かれてほしくないこともあろう。
何かあれば相談にも来るだろうし。

そうして、数日が経った。


その日は類の誕生日だった。
練習日に突然お祝いされて大層驚いたが、やはり良いな、と思った…そんな帰り道。
冬弥に呼び出され、共に帰路を歩いていた。
「…それで、どうしたんだい?」
他愛ない話をしていたが、いつまで経っても冬弥が話を切り出さないから、代わりに類から話し出す。
あまり遅くなっても彼の両親が心配するだろうし。
「…。…神代先輩」
「うん、何かな?」
改まって冬弥が類を見る。
同じように彼を見ると、少し迷っていた冬弥が抱きついてきた。
「?!青柳く…?!」
「…お誕生日、おめでとうございます。神代先輩」
「…え?」
耳元で聞こえる、お祝いの言葉。
そうして。
好きです、と小さな声が…届いた。
「…青柳くん」
「俺は、何か形に残るものが、と思ったんですが…そっちの方が良いとアドバイスを受けまして」
少し困ったように冬弥が言う。
してやったりと笑う彼女たちの顔が浮かんだ。
…全く、とんだサプライズだ。
「…?神代先輩?…わっ」
「嬉しいよ。…最高のプレゼントだ」
抱きしめ返し、類は告げる。
ストレートな彼の愛の言葉は、一生のプレゼント。



「もう一回言ってくれるかい?」
「…もちろん。今日は神代先輩の誕生日ですから」


(綺麗に微笑む可愛い後輩兼恋人が、誕生日以外でもそう言ってくれるようになるのは、また何れかの話)

司冬ワンライ・おにぎりの日/こだわり

今日は誰が言い出したかおにぎりの日だという。
そんなことを思い出しながら廊下でたまたま出会った冬弥に話していたら、彼の目がきらきらと輝き出した。
「…おにぎりの日、ですか」
「ああ、そうらしい。ニュースのバラエティーコーナーの一場面で言っていただけだから、詳しいことは分からんが…」
「…そう、なんですね…」
なるほど、と考え込む冬弥に、どうしたんだろうかと思いつつ…もしかして、と思い当たったことを口に出す。
「…もしかして…作ってみたいのか?」
「…!な、何故…!」
驚いた顔の冬弥に、やはりか!と司は笑った。
最近は色んな経験をしてみたいと意気込んでいるから、もしやと思ったのである。
画してそれは当たっていたようだ。
「よし、ならば今日の放課後に一緒に作ってみるか!」
「よ、良いんですか??」
「ああ!冬弥が作ってみたい、最高のおにぎりを作ろうではないか!」
再び目を輝かす冬弥に、司は笑う。
なんだか、司までわくわくしてしまって、すぐにでも駆け出したくなった。
…流石にそれをするのはまだ授業があるから憚られるけれど。
だから、ぐっと我慢して、では、と手を挙げた。
「また、放課後にな!」


今日は司も冬弥も練習はなかったからすぐに落ち合い、そのまま買い物に出かけた。
材料にもこだわり、二人で吟味しながら揃えたから、準備は満タンである。
「では、作っていくか!」
「…はい!」
エプロンを着け、冬弥と気合を入れた。
米を炊き、中身を作っていく。
「ふむ。包丁捌きが上手いな」
「…いえ、以前教えてもらったことがあって…まだまだです」 
小さく笑う冬弥は何だか嬉しそうだ。
そうこうしている内に米が炊け、いよいよ握る番になる。
「…む…これは…なかなか……」
冬弥が綺麗な眉を寄せた。
どうやら少し思っていたのとは違ったらしい。
司から見れば綺麗だと思うのだが…きっとこだわりがあるんだろう。
「少し良いか?」
「!」
背後から手を添え、共に握る。
「…どうだろう」
「とても綺麗です!流石司先輩ですね!」
きらきらと、とても嬉しそうな冬弥に、司も心が温かくなった。



本日はおにぎりの日


二人で作るおにぎりは、きっと幸せの味


「よし、どんどん作って行くぞ!」
「!はい!!」

第13回しほはるワンドロ・ワンライ【ジューンブライド】・【秘密】

「…ふふっ」
なんだか楽しそうな遥が目に入り、志歩は不思議に思いながら近付いた。
「…何だか楽しそうだね、桐谷さん」
「!日野森さん!」
ひょいと顔を覗き込ませると、驚きと嬉しさを綯い交ぜにしたような表情で遥が志歩の名を呼ぶ。
「見て、ほら」
「…って、これ」
「ふふ。鳳さんから貸してもらったんだ。…良い写真だよね」
にこにこしながら見せてきたのは、確か穂波がブライダルフェアで撮ったとかいう写真だった。
ショーに参加するとウェディングフォトを撮って貰えたらしい。
写真の中の穂波は何だか幸せそうな顔をしていて、志歩も表情が緩んだ。
「まあね。…というか、私の周りウェディング関係のイベントに参加する率凄い高いんだけど…」
そう言えば最初こそきょとんとしていた遥がすぐにクスクスと笑う。
「確かに。杏と結婚式したの、雫だったもんね」
「杏…って、あの時の花嫁、白石さんだったんだ」
遥のそれに思い返しながら言った。
どこかで見た顔だと思ったら。
「…ねぇ、日野森さんはブライダルとか憧れない?」
遥が無邪気に聞いてくる。
それにすぐ首を振った。
「私は特に。ひらひらのドレスも、そういう式にも興味ないしね。…まあ、お姉ちゃんみたいなタキシードならちょっと気になりはするけど…」
「ふふ、日野森さんらしいね」
「…そういう桐谷さんはどうなの?」
楽しそうに髪を揺らす遥に志歩は聞く。
アイドルである遥は、ブライダルについてどう思うのだろう。
「うーん…。人並みに憧れはあるけど…アイドル活動で似たような衣装は着れるし…。…好きな人に選んで貰えたらまた違うのかも?」
首を傾げた遥がふにゃりと笑ってそんなことを言うから。
志歩は持っていたタオルを彼女の頭に被せてキスをする。
花嫁のヴェールの如く。
…初夏の風に吹かれたそれは二人を隠した。
まるで秘密の儀式のようで、口を離した瞬間ふは、と笑う。
「いつか選んであげる。…桐谷さんに似合う、最高のドレスを」
「うん。…それまでは秘密の結婚式で我慢しておこうかな」
志歩のそれにいたずらっぽく笑う遥が可愛くて。
そういうトコかな、なんて肩を揺らし、志歩はまた顔を近づけた。



ブライダルなんて大それた名目がなくたって


二人でいればいつも幸せ

司冬ワンライ・ブライダル/満ち足りて

「ブライダルフェア…ですか」
きょとんと冬弥が目を瞬かせる。
まあそれはそんな反応をするだろうなと司は苦笑した。
「ああ。そこでショーをやるらしいんでな。…とは言ってもオレたちは出ないんだが、その脚本を皆で考えたんだ」
「…!それは…とても楽しいショーなのでしょうね」
冬弥が優しい表情で笑む。
彼は司たちのショーをとても楽しみにしてくれているようのだ。
いつもその話をする時は嬉しそうに聞いてくれる。
司にはそれが嬉しくて堪らなかった。
「そうだな。花嫁たち、花婿たち、皆が楽しんで幸せになってくれるショーだ!少なくとも、オレはそう思っているぞ」
冬弥に笑いかけ、そういえば、と思い返す。
「冬弥は、オレの代わりにショーに出てもらったなぁ。あの時はとても助かった!ありがとうな、冬弥」
「いえ!…俺も、とても勉強になりました。ありがとうございます」
「そう言ってもらえると助かる!…あの時は…花嫁の為に戦いを挑む青年の役、だったか」
見せてもらったビデオを思い出しながら言えば彼は頷いた。
「…司先輩なら、花嫁にどのようなアピールをしますか?」
「ん?そうだな…」
冬弥の問いに少し考える。
花嫁のために、花嫁にこちらを振り向いてもらうように何をするか。
司のアピールポイントと言えばショーだろう。
例えば王子になりきって花嫁が喜びそうな言葉を考える、なんてありきたりか。
けれど、アピールポイントというにはなんだか違う気がする。
とすれば…それは…。
「…オレは、お前が好きだ。アピール出来るような特技は持ち合わせていない。だが、愛している気持ちは誰にも負けない。…オレと共に来ないか?」
「…!!」
綺麗な手を持ち上げ、冬弥を見ながら真剣に言う。
これは、冬弥に向けた言葉だ。
ブライダルフェアに向けたショーではない。
それに、今日は二人とも普段着だ。
ウェディングドレスでもなければタキシードでもない、何も特別ではない。
だからこそ。
「やはりダメだな。花嫁というより、お前に贈る言葉になってしまう」
「…。…司先輩は凄いです」
「む?」
反省していた司に、はにかんだ冬弥が言う。
「…ブライダルフェアに行かなくても、こんなにも満ち足りた気分になりました」
「そうか!ならば、返事は聞くまでもないな?」
幸せそうに言う冬弥に司も笑った。
「…はい」


彼が微笑んでくれるだけで。

ほら、司の心もこんなに満ち足りて。

司冬ワンライ・魔法/クリエイティブ

冬弥が、みかんの皮アートとやらを見せてくれた。
「…ほう」
綺麗な手から紡がれる、様々な細工に司は見惚れた。
「まるで魔法のようだなぁ」
感心して言えば冬弥はわずかに微笑む。
「ありがとうございます。ですが、先輩の手も俺にとっては魔法のようです」
「む?そうなのか?」
冬弥のそれに首を傾げれば彼は微笑んで頷いた。
「いや、冬弥からそう言ってもらえると嬉しいものだな」
「…司先輩の生み出すショーは昔から俺に元気をくれます、から」
幸せそうに言う冬弥に、司も嬉しくなる。
幼い頃はあんなに怯えていた彼が、自分のショーで元気になってくれていたなんて。
ファンでいてくれているのは知っていたが、改めて面と向かって言われるとやはり嬉しかった。
「と、いうことはオレは魔法使いか?」
「…どう、でしょう」
司のそれに冬弥は首を傾げる。
ショーは魔法のようだが、司自身は魔法使いではないようだ。
「司先輩は、俺にとってスターですから…魔法使いかと言われると…」
「ふむ、なるほどなぁ…」
悩みながら言う冬弥に、司も納得する。
物語の魔法使いは後衛が多い…まあ魔法使いが主人公であるものも多いのだが…冬弥は司をそうではないと感じたのだろう。

しほはるワンドロワンライ・びしょ濡れ/予定外

「…予定外だったな…」
志歩はぼんやりと空を見上げる。
別に雨が降っているわけではない、むしろ快晴だ。
何が予定外だったかといえば、幼馴染でありバンドメンバーでもある穂波が急に先生に呼ばれたと言うから代わりに美化委員の仕事を手伝っているのだ。
ゴミ拾いをした後の道具の洗浄。
別にそれくらいなんてことない仕事だ。
委員会には所属していない志歩からすれば珍しい体験でもある。
「…」
ホースを持ちながらふと、こないだのライブは良かったなと思いを馳せた。
本当に序章も序章だったけれど、みんな一つになって。
特にあの曲のサビは…とホースをベースのように振った。
振ってしまった、途端。
「…日野森さ…きゃっ?!」
「?!!うそっ、桐谷さん?!」
驚いたような声に、志歩も目を見開く。
慌ててホースの水を止めて駆け寄った。
「大丈夫?!…じゃないね、ごめん」
よく見なくても彼女はびしょ濡れで。
謝りながらも志歩はスポーツタオルを取り出す。
「ううん。大したことないよ。私こそ、急に話しかけちゃってごめんね?」
「それは良いけど…大したことあるでしょ。風邪引いたらどうすんの」
「大丈夫だよ。私、ほら、鍛えてるし。日野森さんがこうして拭いてくれたし。だから気にしないで」
「…あのねぇ」
微笑む遥に、志歩は息を吐く。
全く、彼女は分かっていないのだから。
「気にしないでったって、桐谷さんは…その、…アイドルでしょ。私のせいで風邪なんか引いちゃったら…」
「…。…じゃあ気にしてもらっちゃおうかな」
「…え?」
いたずらっぽく笑う遥に、志歩はぽかんとしてしまう。
彼女は一体、何を。
「日野森さんに水かけられたって、みのりや雫に言っちゃおう。咲希や一歌にも報告して…」
「…みのりやお姉ちゃんはともかくなんで咲希と一歌まで…。…あ」
遥の発言に眉を顰める志歩はあることに気付いて、ため息を吐く。
ああ、なんだ、そういう事。
何だか嬉しそうな遥を見るのが悔しくて、志歩は綺麗な髪にタオルを被せたまま引き寄せ、そっと口付けた。
「…気にするのは、桐谷さんが大切だからに決まってる。アイドルだからじゃなく、一人の人間として…恋人として、ね」
「…!…もう」
遥が恥ずかしそうに笑う。
こんなことを伝えることになるなんて、予定外だな、と志歩は思った。


たまにこうやって想いを伝えるのも…大切かもしれないね?


(キラキラと、水のように美しい愛の言葉を)


「まったく、外でいちゃいちゃするのも大概にしなさいよ?二人とも」
「ご、ごめんね、志歩ちゃん!桐谷さん!」
「望月さん?!愛莉まで…!」
「…別に、どこでいちゃいちゃしても良いでしょ」

司冬ワンライ・ファーストフード/試行錯誤

笑ってはいけないと思う時ほど笑ってしまうのは、人間の性だろうか。
「こ、これはなかなか…難しいですね……」
真剣な顔の冬弥が言う。 
司は、そうだな、と返すがどうにも顔が緩むのを止められなかった。
よくあるファーストフード店の前で、冬弥が興味深そうにしていたから、声をかけたのである。
丁度おやつどきだったし、司も冬弥も男子高校生だ、おやつがハンバーガーであっても何の問題もなかった。
…そう、問題はそこではない。
「いやぁ、まさか冬弥がこういうものが苦手だとはなぁ」
「…すみません。味は大丈夫なのですが…どうにも食べ辛くて」
司のそれに冬弥も困り顔だ。
彼のひとくちは司より小さいせいだろう、食べる場所を迷っているうちに色々と零れそうになるのである。
小さく切ればとも思うがそれは冬弥のプライドが許さないのか「…最後まで挑戦させてください」ときっぱり断られてしまった。
思ったより頑固なのは彼の良いところであるから司もそれ以上は言わない。
「…!」
少し考えている間に冬弥が嬉しそうな顔で咀嚼していた。
いつの間にやら手に持っていたハンバーガーはなくなっている。
どうやら無事食べきったようだ。
「司先輩!」
ごくん、と飲み込んだ冬弥がキラキラした目で司を見る。
「無事食べ切れたな!」
「はい!」
褒めてやると冬弥はふわりと笑った。
本当に彼は可愛らしい。
「…だが」
表情が緩んだ彼を引き寄せ、口元のソースを舐めとった。
冬弥の耳が赤く染まった。
「…あ、ありがとうございます、司先輩。次こそはもっと上手く食べてみせます!」
「ああ、期待しているぞ!」
やる気になる冬弥に司は言う。
そうしてポテトを口に放り込んだ。
…抱いた思いと共に。


(もう少し、下手なままでも良いのになぁ、なんて)