司冬ワンライ・にゃんにゃんお/語呂合わせ
もう少しで猫の日だね、と最初に言ったのはえむだったか咲希だったか。
語呂合わせだと2人から教えられて、司は単純なものだなぁとそれだけを思った。
…そうだった、はずなのだけれど。
「…何故、こんな所に猫耳が…?」
楽屋に置いてあったそれに司は首を傾げた。
猫の日に因んで猫のショーがしたい!と張り切っていたえむだが、それにしては練習時間もないから、と諦めたのだ、それは覚えている。
じゃあ猫耳付けて子どもたちに風船を配るのはどうかと提案されてまあそれくらいなら、とは思ったが、わざわざ着ぐるみ達の仕事を取ることもあるまい、と猫の日は特別なことをするのはやめたのだ。
えむも咲希も残念がってはいたが、今やっているショーを中途半端にしてまでやることもなかろう。
役者が無理をせずその時できる最大級の力で、人々が笑顔になれるショーを作り上げることが目標なのだから。
そう、だから猫の日は何もしないことになった…はずなのだけれど。
「やあ、司くん」
「おわっ?!類!帰ったんじゃなかったのか?」
と、ひょこりと顔を出したのは類だった。
もう誰もいないと思っていたから思わず驚いてしまう。
「少し忘れ物をね。…それは?」
「見ての通り、猫耳だな。類の発明かと思ったのだが」
「流石の僕でも不用意に自分の発明品を置き忘れたりはしないよ。それに、見た所何の変哲もない猫耳のようだし…」
のぞき込んでいた類が小さく笑った。
あの類が言うなら猫耳は市販のものなのだろう。
「そういえば司くん。青柳くんと待ち合わせだと言っていたけれど、時間は良いのかい?」
「…しまった!!」
類の言葉に司はハッとした。
見れば時間が迫っている。
教えてくれた類に礼を言ってから駆け出した。
手に猫耳を掴んだまま。
「おおい、冬弥!」
「…司先輩」
ぼんやりと立っている冬弥に大声で呼びかける。
ふわ、と微笑んだ冬弥は、ふ、と首を傾げた。
「…。…先輩、それは?」
「え?ああ。…持ってきてしまったのか」
手にしたそれを指差した冬弥に説明をする前に少し好奇心が湧いて出る。
これを着けた冬弥は可愛いだろうな、と。
「…あの?」
「いや、語呂合わせで『猫の日』が近いらしくてな…」
「…ああ。…俺も暁山や白石から聞きました」
司の言い訳じみたそれに冬弥は小さく笑った。
そうして。
「…にゃん?」
手を招き猫の形にして、首を傾げる。
猫耳はついていないのに、頭上で揺れた…気がした。
にゃんにゃんにゃん。
本日、猫の日!
(可愛い冬弥が、より可愛くなってしまう日!)
「…あの、司先輩…?」
「…。…あまり可愛いことはしてはいけないぞ?男は狼なのだからな、分かったか、冬弥…!!」
KAITO誕
こんばんはー、初音ミクです!
あたしは今何してるかって?
えっとねぇ……。
「…ミク姉ぇ、ちょーっと顔貸してほしいんだけど…」
…実の弟機にカツアゲされるところかなっ☆
「えっ、お兄ちゃんの誕生日?」
レンくんのそれにあたしはきょとんとしてから笑ってしまった。
「なんだぁ、カツアゲされるかと思った」
「なんでだよ、しないよ」
「あははっ、だってレンくん必死な顔なんだもーん!」
けらけら笑っているとレンくんがちょっとムッとする。
「笑うなよ、おれは真剣なのに」
「ごめんごめん。っていうか、あたしで良いの?ルカちゃんとかのが確実だよ?」
「自分で言うなよな」
「だって事実だし」
「そうかもしんないけど、それはそれとしてミク姉ぇだって巻き込まレンカイしろよ!」
「巻き込まレンカイってなに?!!」
レンくんのセリフにびっくりしてしまった。
何その悪意しかない行為。
お兄ちゃんはともかくレンくんはなぁ。
「自分ばっか巻き込ミクルカしやがって」
「それは自覚ある」
「あるのかよ」
あたしの言葉にムスッとするレンくん…えへ♡
だって確かにあたしとルカちゃんのいちゃいちゃによく巻き込んでる覚えがあるもんなぁ。
「じゃあ巻き込まレンカイしてあげるけど…。うちじゃ、サプライズなしになったのに何を相談したいの?」
「サプライズじゃなくてプレゼントなんだけどさ、今年はアイスに合うお菓子を作ろうと思ったはいいんだけど…」
「けど?」
「…兄さんがめっちゃ手伝いたそうにそわそわしてる」
「…あー…」
言葉を濁すレンくんにあたしは遠い目をした。
お兄ちゃん、お菓子作りが好き(最早プロレベル)だからなぁ…。
レンくんも別に下手じゃないから、純粋に一緒に作りたいんだろうな。
「いっそ一緒に作れば?」
「おれやることなくなるし」
「じゃあ別の場所で作るしかなくない?」
「別の場所ぉ?」
あたしのそれにレンくんはちょっと意外そうな、また突拍子もない、と思ってるような声を出す。
だからあたしは、えへん!と胸を張った。
「んな場所どこに…」
「初音さんに借りれば良いんだよ!」
「いや、初音さん一緒に住んでるだろ」
「初音さんは初音さんにあらずだよ、レンくん!」
「はぁ…?…あ」
首を傾げたレンくんも正解が分かったようで声を出す。
眉を寄せるレンくんにあたしはピースを出してみせた。
「なんで許されると思った?初音さん」
「そこを何とか!!」
腕を組む相手にあたしは手を合わせる。
嫌そうな顔はあたしの先天性男性型亜種、初音ミクオくん。
亜種なんだけどあたしとは全然似てないから不思議だよね!
「いーじゃん!ミクオくんも、カイコちゃんにプレゼントするでしょ?」
「……。今回だけな」
はぁ、とため息を吐くミクオくん…なんだかんだ優しいよね!
「…何かすまん」
「…ま、姉さんにプレゼントが増えるのは吝かじゃないし」
ヒソヒソと男子が話してるのを流しつつあたしは材料を取り出した。
「つーか何作んの?」
「ブラウニーだよ!ルカちゃんからアイスに合う美味しいブラウニーの作り方教えてもらってきたんだから!」
「マジで?初音さん優秀じゃん」
「でしょ!ちなみに、カイコちゃんとルカちゃんはお兄ちゃんと買い物行ってもらってから3人で来る手筈です!褒めて良いよ!!」
「それはおれも行きたいから褒められないかな」
レンくんがあっさり言う横でミクオくんが激しく頷く。
すーぐ上げて落とすー。
「買い物ってことはすぐ帰ってくるな。何からやるんだ?」
「まずは生クリームとチョコを湯煎で溶かすからー…」
「初音さんを無視しないで?!!」
男子が始めちゃって思わず声を上げた。
レシピ調達は初音さんなんだから!
そんなこんなで、ブラウニー作りが始まった。
甘い香りが漂う。
無事に完成したブラウニーは味も上々だった。
インスタントコーヒー入れたから多少バニラアイスが甘過ぎても大丈夫そう。
「ただいまぁ、ミクオくん!あ、いらっしゃい、ミクちゃん、レンくん」
「こんにちは、お邪魔いたしますわ、ミクオさん」
「おじゃまします…あれ、レン?それにミクも」
丁度良いタイミングでお兄ちゃん達が帰ってくる。
「おかえり、姉さん。いらっしゃい、ルカさん、カイトさん。買い物ありがとう」
「うん、それは良いけど…どうしてレンとミクが?」
ニコっと笑うミクオくんにお兄ちゃんが首を傾げた。
その手をレンくんが引く。
「兄さんの誕生日プレゼント用意してたの。上手く出来たから食べてみてよ」
「レンが?…ありがとう、嬉しいよ」
ちょっとびっくりしていたお兄ちゃんがへにゃっと笑った。
あんまりあたしたちには見せない顔だなあ、なんて。
あーあ、しっかり巻き込まレンカイしちゃったなぁ!
「姉さんにはオレが作ったから、後で食べような」
「本当?ありがとう、ミクオくん!嬉しいな」
ミクオくんのそれにカイコちゃんも嬉しそうに微笑む。
二組の様子を見ていたルカちゃんがふふっと笑って。
「…大成功ですわね、ミク姉様?」
そう、柔らかくあたしに囁いた。
大好きなお兄ちゃんと、カイコちゃんの16回目の記念の日。
やってることは毎年変わらなくても、幸せそうな顔が見られるだけで良かったなぁって思ったり。
「…ま、巻き込まレンカイもたまには有りだよね」
小さくつぶやいたあたしはルカちゃんににこっと笑いかけたのだった。
あ、この後はもちろん美味しくいただきましたよ、色んな意味でね!
ザクカイ♀️バレンタイン
2月14日。
恋する乙女なら…いや、恋しない男もだろう…そわそわしてしまう日。
だと、ザクロは思っていたのだが…。
「なァ、忍霧ぃ」
「…なんだ?」
「これとこれ、どっちが良いと思う?」
彼女が持っているのは煮干しの袋だった。
どっちでも良くないか、という言葉をザクロは頑張って飲み込む。
今日は煮干しの日だ。
ゲノムタワーに来てから、カイコクに教えてもらった。
…別に知らなくても良かったのだけれど…。
まあ彼女が好きなものを知ることができたのは正直嬉しい。
嬉しいが、今日でなくても良かったのに。
「忍霧ー?」
呼びかけられ、ザクロはハッとする。
それからすぐ、「何が違うんだ?」と聞いてやった。
途端、目を輝かせ、これはな、と教えてくれる。
歳相応な様子の彼女に、まあ良いかとザクロは思った。
朝から一緒に出かけてくれないか、なんて誘われた時にはバレンタインデートかとドキドキしたのだが…そうは上手く行かないらしい。
思っていたのとは違うが、カイコクが楽しそうならばそれはそれでありなのでは、と思うようにした。
彼女が好きなものを一緒に選ぶ、なんてデート以外の何物でもない…中身はチョコではなく煮干しだが。
つれて来られたのはゲノムタワーの1階、お土産フロア、なんて書かれた場所で何でもあるな、とザクロはそんな場合でもないのに感心してしまった。
「好きならばどちらも買えば良いのではないか?」
「…いや、せっかくの煮干しの日なんだ。一番良いものを食いてぇだろ?」
へにゃ、と笑うカイコクにそういうものか、と思う。
ならば、とザクロは1つを指差した。
「俺は、こちらのほうが良いと思う。値段の割にたくさん入っているし、あっさりしているとたくさん食べてしまうだろう。…長く楽しみたいなら味が濃いほうが良いのではないか?貴様が好きな緑茶とも合いそうだ」
「…なるほど、一理あるな」
ザクロのそれにふむ、と考えた彼女が笑い、指差した方ではないものを棚に戻す。
買ってくる、と笑うカイコクを見送り、ザクロは「プレゼントした方が良かったのでは」とふと思いついてしまった。
否定した方をプレゼントするのもどうかとは思うが…と悩んでいれば、すぐに戻ってきた彼女が首を傾げる。
「待たせー…何やってんだ?」
「いや、別に」
「はっはーん、忍霧も食いてぇんだろ!」
さら、と長い髪を靡かせ、カイコクがザクロの手を握った。
「え、いや、ちが」
「遠慮すんな!…しゃーなし、一緒に食わせてやる」
イタズラっぽい顔で笑う彼女は、それとも、と何かを差し出す。
ザクロの目の前にあるのは紫色の可愛らしい箱。
…まさか、と目を丸くすればカイコクは勝ったとばかりに笑った。
…嗚呼、今年もやられてしまったなんて。
「こっちがお目当てかい?…なぁ、ザクロくん」
素直じゃないカイコクがくれる、チョコレート。
煮干しの日に、隠れた…
本日、バレンタインデー!!
マキノ誕生日
そういえば今日は誕生日だ。
誰の?
もちろん、自分の。
いつもは忘れがちだし、そも、自分のことにあまり興味はないマキノだが、このゲノムタワーに来てから毎年きちんと思い出すのはこの男のお陰だった。
「…逢河ァ」
ふわ、と笑って部屋にやってきたのはその男、鬼ヶ崎カイコクだ。
美味しいというお茶と茶菓子…彼が苦手だから甘いものはほぼないが…を持参して部屋にやってくる彼は、部屋では特に何もしない。
マキノの部屋にある本を読んだり、少し話したり、いろいろだ。
日付が変わる少し前にやってきて、日付が変わった少し後に「おめっとさん」と笑みを見せ頭をなでてくれる。
誕生日プレゼントと呼ばれるだろうものはそれくらいで、朝になれば彼は自室に帰ってしまうのだ。
なんだか猫みたいだなぁ、と思う。
朝が来ればいつも通りで、マキノの誕生日を一番に祝ってくれたなんてお首にも出さないのだ。
「…ねぇ、カイコッくん」
「んー?なんでェ」
「好きだよ」
「…っ、そりゃ、どうも」
今日もお茶を淹れてくれてからマキノの部屋にある本を読もうとしていた彼にそう言えば、一瞬固まったがすぐにへらりと笑った。
カイコクはそういうところがある。
本心を見せないというかなんというか。
そういう所も猫らしいと、マキノは思う。
「カイコッくんは?」
「んー?」
「カイコッくんは、僕の事、好き?」
彼のことを見て、こてりと首を傾げた。
マキノは言葉より目で語る方が得意だ…あまり自覚はないけれど。
カイコクの方は目で訴えられるのが苦手なようで、ふいとすぐ目をそらす。
今日は本で顔を隠してしまった。
いつもならばそれで諦めてしまうが今日はカイコクの口から聞きたかったのだ。
じぃっと見つめていれば、彼は小さく息を吐いた。
「…嫌いなら、こんな風に一緒にいたりはしねぇだろ」
珍しくごにょごにょと口篭るが、今日はそれで終わらせたくない。
言葉を待っていればふっとカイコクが近づいてきた。
頬に軽く触れるそれ。
「…とりあえず勘弁してくんなァ」
許してくれ、と言わんばかりの言葉にマキノは頷いた。
望んだ言葉は聞けなかったが、それでも嬉しかったのだ。
それに。
「…お祝い、してくれるだけで嬉しいよ」
「…おう」
目を細めるマキノに、カイコクも笑った。
いつもの言葉がマキノに囁かれる。
「おめっとさん」なんて、素っ気ない彼の、優しい言葉が。
マキノにとってそれは…最高の…プレゼント。
(素直でない彼からの、愛のメッセージ!)
司冬ワンライ/バレンタイン前夜・好きな人
明日はバレンタインだ。
つまりは本日バレンタイン前夜。
まあ司にとってはあまり関係のない日ではあるのだが。
確かに去年は咲希が家族に、と作ってくれた。
学校でも義理チョコだといってもらうにはもらうけれどそんな大層気持ちを込めた、所謂本命チョコ、はもらったことがない。
…と、咲希に言えば「…お兄ちゃん、案外鈍感だもんねー」と笑われてしまったが。
「?そんな、気合いが入ったチョコもらったか?」
「気付いてなかったの?もう付き合ってるから教えてあげるけど、とーやくんのは多分本命チョコだったよ??」
きょとん、とする咲希に司は目を丸くする。
昔からの付き合いで、最近になってようやっと恋人同士になった冬弥は、たしかに毎年お世話になっているから、とチョコレートをくれていた。
言葉の意味そのままを捉えていたのだが…まさか。
「とーやくん、ピアノとバイオリンの練習で忙しかったんだけど、お兄ちゃんに渡すチョコだけは自分で買いに行かせて貰っていたんだって」
「…しかし、咲希も貰っていただろう?」
「あれはしょーしんしょーめーの義理チョコだよ!前に、病院にチョコを届けに来てくれた時あったでしょ?」
「ああ、あったな!」
咲希のそれに、司は大きく頷いた。
自宅にチョコレートを届けに来てくれた冬弥が咲希の分も持ってきてくれ、渡しておいてください、なんて言うものだから「直接渡してやってくれ!その方が喜ぶ!」と病院に連れて行ったのだ。
「お兄ちゃんは自分の分のチョコ忘れちゃって取りに戻ったじゃない?その日ね、とーやくん、チョコを渡すだけですぐ帰るつもりだったんだって」
「む、そうだったのか」
笑う妹のそれに司は初めて知った、と小さく声を出す。
もし早く帰る用事があったなら悪いことをしてしまった。
「ちょっと時間もらってたから大丈夫、だって言ってたよ。で、ね。その時、お兄ちゃん宛のチョコも持ってたから預かろうかって言ったら、自分で渡したいって」
ふふ、と楽しそうに咲希が笑う。
その時のことを思い出しているようだ。
随分幸せな記憶らしい。
「咲希?」
「うーうん!お兄ちゃんは愛されてるなぁって思っただけだよ!」
にこっと笑った咲希に疑問をぶつけようとしたその時、電話が鳴った。
「?すまん、…冬弥?」
「ふふー、愛されてるね、お兄ちゃん!」
電話主は話題に出していた冬弥で。
明るく笑った咲希が、そう言って階段を上がっていく。
「…もしもし?」
それを見送り、電話に出た。
『もしもし。司先輩、今少し宜しいですか?』
「ああ、大丈夫だ!どうかしたのか?」
『いえ。先輩はビターチョコレートとミルクチョコレートだったらどちらがお好きかと思いまして…』
「?オレはどちらも好きだぞ!強いて言うならミルクの方が好みだろうか。何故そんなことを?」
『…好きな人の、好きな味のチョコレートを、作りたいですから』
冬弥の小さな声は、耳にダイレクトに届く。
聞き返そうとする司に、冬弥はありがとうございます、と電話を切ってしまった。
残されたのは彼の言葉と妹の言葉を重ね合わせてようやっと理解した司で。
本日、バレンタイン前夜。
こんなにそわそわするのは…生まれて初めてだ、と空を仰いだ。
「とーやくんがあんな可愛い顔するなんて、まだしばらくアタシだけのヒミツでいいよね!!」
司冬ワンライ・お土産/待ち時間
先日アメリカに行ったからお土産を、と冬弥に電話すると「丁度練習が終わったので取りに伺いますね」と嬉しそうな声に、司も思わず笑顔になった。
冬弥が嬉しそうなのはお土産をもらえるから、ではない。
本人が「久し振りに司先輩にお会い出来るのが嬉しいです」と言っていたのだ。
「先輩、アメリカのお話、たくさん聞かせてくださいね」とも。
だから、外にいる冬弥に司が届けに行くのではなく、冬弥から来てもらうことにしたのだ。
家の中なら、気兼ねなくたくさん話ができるから。
何の話をしよう、と司はわくわくする。
やはり、本場のショーを見た話だろうか。
それとも迷子の少女を助けた話か、ライリー氏の話か。
彼の遊園地が本物志向で素晴らしかった話もしたい。
飛行機に乗った話はあまりしないでおこう…冬弥は高所恐怖症なのだし。
代わりに、類の英語が堪能で驚いた話をしよう、と決めたところで時計を見上げる。
司が冬弥に電話してからまだ5分と経っていなかった。
まだ来ないのだろうか。
早く会いたい。
早く会って話がしたい。
そういえば最後に会ったのはいつだったか。
「咲希!少し冬弥を迎えに行ってくる!」
「あれ?とーやくん、来てくれるんじゃなかったの?」
「いや、やはり来てくれるのを待つばかりでは、スターとしてのメンツが立たんというものだろう!」
「そっか、幸せは歩いてこない、だから歩いて行くんだねっていうもんね!」
「うむ、その通り!」
楽しそうな妹に頷き、司は外に出た。
待ち時間は苦手だ。
そわそわして、早く行動したいと思ってしまうから。
(愛しい人に早く会いたいのは、当然のことだろう?!)
「お、冬弥!久し振りだな!!」
「司先輩?!迎えに来てくださったんですか?」
「ああ!スターとして、お土産を早く渡したいのは当然…いや、違うな。オレが、愛している冬弥に早く会いたかったから迎えに来た!…会いたかったぞ、冬弥」
「…!俺も、早く会いたかった、です」
バースデーザクカイ
ゲノムタワーの上の方で音がする。
日付を超えた合図だろう、とザクロは身を起こした。
「…鬼ヶ崎」
「…。…ん」
「鬼ヶ崎」
「…なんで、ぇ…」
隣でうとうとと微睡んでいたカイコクを揺り起こす。
少々迷惑そうな顔でこちらを向いた彼の唇に、軽く口付けた。
「…誕生日、おめでとう」
「…。…ああ」
ザクロのそれにカイコクはややあってからふにゃりと笑う。
彼の誕生日にこうして祝うことは、もはや当たり前になりつつあった。
「お前さんも、毎年律儀だねぇ」
「貴様が言うのか、それを」
くすくすと笑いながら互いに言う。
確かに毎年祝っているが、それはカイコクが先に祝ってくれるからだ。
「クリスマスは盛大に祝っといて、お前さんの誕生日はやらねぇってわけにゃいかねぇだろ」
彼がそう言って軽く笑う。
そういう、何でもないことを当たり前にしてくれるカイコクが好きなのだ。
…本人には伝える気は毛頭ないが。
それを隠してザクロも笑みを浮かべてみせる。
「それは俺も同じだな。…節分は行うのに貴様の誕生日を祝うことはしないのもおかしな話だろう」
「…。…今年の節分何すんだ?」
「知らん…が、パカが手巻き寿司砲を作ると張り切ってはいたな」
「…なん、なんでぇそりゃ」
ザクロのそれにカイコクは怪訝な顔をした。
それに首を振って、知らないことを伝える。
「それは明日になれば分かるだろう。…で?」
「ん?」
「貴様はプレゼント、何が欲しいんだ」
首を傾げるカイコクにそっと囁いた。
目を見開いた彼はふは、と笑う。
「去年までとは違うじゃねぇか」
「まあな。貴様はサプライズは嫌いだろう。ならば、直接聞いたほうが早いからな」
「違いねェ」
くすくすと肩を揺らすカイコク。
別に贈ってきた物を喜ばなかったわけではない。
だが、どうせなら彼が一番欲しいものを贈りたくなったのだ。
さんざ迷ってはいたが、そういうものは聞いてみたほうが早いと開き直った。
「それで、何が良いんだ?何でも、とはいかないがそれなりに…鬼ヶ崎?」
「…ん」
聞くザクロに、カイコクが両手を広げる。
不思議に思いながらその腕の中に体を沈めれば彼は満足そうに微笑んだ。
「は?え?おい、鬼ヶ崎?!」
「…」
焦るのはザクロだけで、カイコクはそのまま眠ってしまう。
体の良いだきまくらが欲しかったのかそれとも。
「…勘弁してくれ」
可愛らしい寝顔をザクロに見せるカイコクに、思わずそう呟く。
彼の安眠と引き換えに、今日は眠れそうもないな、と思った。
(警戒心の強い猫みたいなカイコクに
誕生日くらい、穏やかな安眠を)
「…ぅ、ん…ん?は、え?忍霧??」
「おはよう、鬼ヶ崎。…プレゼントは気に入ったようだな」
司冬ワンライ・ライブの後で/高揚感
珍しく冬弥がライブに誘ってくれた。
今までは司もショーがあるからなかなか行けなかったのだが、今回はばっちり時間を合わせることができたのである。
司も楽しみにしていたし、冬弥も嬉しそうに小さく手を振ってくれた(隣りに居た彰人は嫌そうだったが)
そして、端的に、簡素に言おう。
凄いライブだった。
まだ身体が高揚している。
自分も何かやりたいと、歌って踊ってみんなを笑顔にしたいと。
自分がショーをやった後とはまた違う高揚感が身体を包んでいた。
歌がうまいのは知っていたし一緒に歌ったこともあるが、まさかあんなパフォーマンスまで覚えているとは。
見たことがなかった冬弥の一面にゾクゾクした。
一刻も早く冬弥に会いたい。
会って、会って…それから?
「…司先輩!」
「冬弥!」
ぐるぐると考えていればトーンの高い冬弥の声が司の耳に届いた。
振り返れば頬を紅潮させた冬弥がいて。
「来てくださってありがとうこざいま…うわっ?!」
「凄いライブだったな!いつもあんなパフォーマンスをしているのか?!」
ぐいっと手を掴み、人気のないところに引き込む。
感想とは呼べない、熱量だけは篭ったそれをぶつければ驚いた顔をしていた冬弥が、ふは、と笑った。
「…先輩からそう言ってもらえて、良かったです」
「む?」
「俺としても、最高のパフォーマンスが出来たと思っていますので。…それが伝わって、良かった」
「…冬弥」
柔らかく微笑む冬弥は、普段より儚く、可愛らしくて。
彼を引っ張って、キスをした。
生まれた高揚感を分け与えるように。
冬弥が持つ、ライブが終わった後の高揚感を奪い取るように。
「…ん、はぁ、ぅ……」
「…冬弥?」
ぎゅう、と掴まれる服に口を離せば、冬弥は目を潤ませぽやりとこちらを見ていた。
少し向こうでは他の人のライブが始まっていて。
熱気と、背徳感とがごちゃまぜになったそれが司を蝕む。
「流石にこのまま帰すのは不味いな」
言い訳するように小さく呟き、再び口付けた。
ライブの後で、なんて言ってやれない自分もまだまだだな、と自嘲した。
(あんな可愛い顔の冬弥を、放り出せるわけがなかろう!)
ルカ誕生日
あ、どうも、鏡音レンで…。
「あっ、レンくんだぁ!ちょっと来て…」
「ボクハ鏡音レンデハアリマセン」
「さっきまで流暢に喋ってたでしょ?!」
もー!というのは電子の歌姫初音ミクことミク姉ぇだ。
普通にしてりゃ世間一般の初音ミクと変わらないのに、あることが絡むと面倒くせぇんだよな。
「ほらー、早く早く!」
「何、もー…」
引っ張られるままミク姉ぇの部屋に連れて行かれる。
そこには。
「あら?レンじゃない」
「アドバイザーってレンのこと?」
「…お邪魔しました!」
「レンくん待って!!!」
キョトンとしたメイ姉ぇと首を傾げるリンがいて、おれはすぐさま部屋を出ようとした。
ぜぇったい面倒くせぇ気しかしない!!!
「お兄ちゃんの、激レアショットあげるから!」
「はあ?!何勝手に撮ってんのさ何の写真?!」
「レンくんの曲聴きながらもだもだしてるお兄ちゃん」
「あ、あたしもあるよー!最近出たレンのぬいぐるみにキスしてるやつ!」
「あら、私もあるわよ。レンの服抱きしめて寝てるの」
「兄さんガバガバ過ぎないかなぁあもぉお何なりとお申し付けくださいませ!!!」
差し出される賄賂におれは膝をつく。
こうなりゃおれは女性陣の言いなりでしかないもんな。
「そういえばルカたんは?」
「さっき兄さんの誕生日ケーキ作り手伝ってた。なんか、今年はルカ姉ぇの好きなものをアイシングクッキーで飾るらしくて、デザイン一緒に考えてたよ」
きょろきょろと周りを見回すリンに言えばメイ姉ぇが首を傾げた。
「…。…毎年毎回思うけど、カイトもボーカロイドよねぇ…?」
「お姉ちゃん自信持って。お兄ちゃんもちゃんとボーカロイドだよ!」
「ちゃんとって何さ」
グッと拳を握るミク姉ぇに、冷静に突っ込む。
ちゃんとも何も兄さんはボーカロイドだろ。
「まあ、カイ兄ぃのパティシエぷりは置いといて」
「置いとくなよ」
「置いとかないと先に進まないのよ?レン」
「わぁ、正論ありがとうメイ姉ぇ」
そんなド正論におれは棒読みの感謝を述べる。
ま、今日の議題はそれじゃないだろうし。
「で?何アドバイスすりゃいいわけ。今年はサプライズしないんだろ?」
とりあえずぐるりと三人を見回した。
そう、今日はルカ姉ぇの誕生日。
毎年毎年サプライズを決行してきたけどそろそろネタがなくなってきたのと確実にバレるからってんので、なしになったんだよな。
まあ、ひとつ屋根の下でバレない方がおかしいけどさ(ミク姉ぇみたいに忘れてるのは置いといて)
「ええ、サプライズはしないわ」
「んじゃあ何…」
「スケジュールを立てたから見てほしいんだよねー!」
「ねー!」
頷くメイ姉ぇに嫌な顔をして見せれば、リンとミク姉ぇが楽しそうに言った。
はぁ、スケジュールねぇ?
受け取った髪を広げてみる。
なになに?えぇと…。
「『日付が変わった瞬間、三人で部屋に入ってバースデーソングを歌う、その後はプレゼントタイム』。まあいいんじゃね?後は『仮眠を取ってから朝ごはん兼昼ごはん』。兄さんはどうか分からないけどおれは許容範囲だな。『食事が済んだらデート、1時間につき1人、計3ヶ所を巡る』。うん、良いんじゃね?1時間って割と短いけどな。『最後に家に帰ってみんなでお祝い、ケーキを食べる』。悪くないと思うけど」
「でっしょー!じゃあこれで…」
「待て待て待て、おかしいところが一つある」
ひゃっほう!とテンションが上がるリンをおれは止める。
なぁに?と首を傾げるリンに、おれは紙の一番上を指差した。
「ここ、『1人2時間のいちゃいちゃタイム』って何」
「え、そりゃあいちゃいちゃタイムだけど」
「めくるめくオトナの時間ってやつだよね」
「愛を語り合う夜時間、とも言うかしら?」
「仮にも青少年設定のボーカロイド相手に何言ってんの?!」
不思議そうな三人におれはツッコむ。
まあ直球で来られるよりマシだけどさぁ?!!
「レンくんだってお兄ちゃんとするのに?」
「それとこれとは話が別だし一対一じゃん。一対三とは訳が違うじゃん」
「一緒だよぅ」
「ルカ姉ぇが可哀想だろ!!」
「三人同時ってわけじゃないんだし…待って、それも有りね…」
「メイ姉ぇは自重して?!」
ふむ、と考えるメイ姉ぇ。
そこが暴走されたら困るんだけど!
「あら、冗談よぉ」
「ったく…。…つーか、ルカ姉ぇに聞いたら良いじゃん」
カラカラと笑ったメイ姉ぇに、息を吐きだしてからそう言う。
これ以上巻き込まれるのはごめんだし。
「何聞くの?三人でやって良いか?」
「なんでだよ。このスケジュールで良いか聞くの。どうせサプライズじゃないんだろ」
「まあそうだけど」
首を傾げるミク姉ぇに言えばちょっと悩み出した。
え、そこ悩む?
…と。
「失礼します。ミク姉様、カイト兄様が…あら、全員いらしたんですのね」
コンコン、と響くノックの後ほんの少し開かれた扉の先には本日の主役、ルカ姉ぇがいた。
「ちょうど良かった。ルカ姉ぇ、これ見て」
「…?はい」
「あぁあ?!待って待って!」
「まだ良いとは言ってないわよ?!」
「ルカちゃんもストーップ!」
紙を受け取るルカ姉ぇと、響く三人の声。
あら、とルカ姉ぇが笑う。
「ふふ、素敵なバースデーにしてくださってありがとうございます。けれど、カイト兄様の朝ごはんと昼ごはんはしっかり食べたいですわ。それに、デートも1人につき2時間は一緒にいたいですし、余韻にも浸りたいです。ですから…」
キュ、キュ、と赤いペンで訂正を入れていたルカ姉ぇが何かを書き足した。
にこりと笑うルカ姉ぇに、あー、あの三人に愛されてるだけあるなぁ、と思う。
「最初に3時間、夜にまた3時間で…どうでしょうか?」
本日、ルカ姉ぇの誕生日。
存外愛されたがりだよなぁ、なんて思いながらおれはそっと部屋を出る。
ま、メイ姉ぇもミク姉ぇもリンも、愛したがりだから丁度良いと思うけどな!
(所謂、お似合いってやつ!)
「…兄さん、んな所でしゃがみこんで何やってんの?」
「…ううん、なんでも。レンが何を持ってるのかちょっと気になっただけだよ?」
司冬ワンライ/ゲーム・お菓子
お菓子を作るゲームがあるんだよ!と言ったのは咲希だったかえむだったか。
もしかしたら両方だったかもしれない。
楽しそうだな、と言う司に、「じゃあアプリ入れてあげる!」と入れてくれたのだ。
最初は暇つぶしに、と思っていたのだが、なかなかどうして難しいのである。
本当のお菓子作りと引けを取らないくらいには様々なバランスが必要だ。
少しでも材料が多かったり少なかったりすればすぐに失敗してしまう。
「…司先輩?」
「ん、おお、冬弥か!」
疑問符を含んだ声が振ってきて見上げれば、可愛い恋人である冬弥がこちらを見ていた。
どうやら委員会が終わったらしい。
「お待たせしました。…ゲーム、ですか?」
「ああ。咲希たちが薦めてくれたんだがなかなか難しくてなぁ。…そういえば冬弥はゲームが得意だったか」
「クレーンゲームは得意ですが、こういったゲームは…」
少し眉を下げるが、そわそわしていた。
やってみたいのだろう。
とてもわかりやすくなったな、と笑顔になった。
「どうだ、時間があるならやってみないか?」
「…!良いんですか?」
「ああ。ここからレシピを選んでだな…」
隣に座った冬弥に画面を見せ、操作方法を説明する。
一度説明をしただけでコツを掴んだのか、完璧なお菓子を作り上げた。
「流石は冬弥だなぁ!完璧だ!」
「ありがとうございます」
頭を撫でてやれば少し嬉しそうにしている。
こういう顔はやはり年下なのだなぁと、そう思った。
「ゲームでは簡単ですが本当は難しいですよね…」
「なら、今度一緒に作ってみるか?」
「…え?」
「オレも、冬弥が作ったお菓子を食べてみたい」
目を細めると、冬弥は逆に目を見開く。
…そうして。
「…是非、一緒に作ってみたいです」
「ああ!では、冬弥が好きなクッキーでも作るか?」
「そうですね…。…せっかくなので、司先輩が好きなものを、作りたいです」
そう言って、冬弥が微笑んだ。
随分と可愛らしいことを言ってくれるなと、そう思った。
「大好きな先輩と一緒に作るものですので…司先輩の好きなものを作りたいんです。駄目でしょうか?」
ゲームと同じようにはいかないかもしれない。
それでも。
「駄目なわけがないだろう!愛しの冬弥がオレの好きなものを作ってくれるんだ、そんな幸せ、他にはないからな!」