司冬ワンドロ/流れ星・大きくなったら

何が出来るかな
何処へ行こうかな
誰に会おうかな
おおきくなったら


ふと、星空を眺めながらそんな歌を思い出した。
確かあれは教育テレビの…。
「司先輩」
「ん、おお、冬弥!」
かけられた声に振り向けば冬弥がスイカを乗せた盆を持って立っていた。
今日は流星群が見られるかもしれないということで、久しぶりに自宅に来てもらったのである。
テーブルにスイカを置いた冬弥が隣に座った。
「それにしても久しぶりだなぁ」
「そうですね。…星は、こうして司先輩と一緒に見るのが当たり前になっていたので…何だか懐かしい感じがします」
「…冬弥」
柔らかく微笑む冬弥が空を見上げる。
昔はよくこうやって星を見ていたものだ。
夜遅くなる冬弥の両親の代わりに司が側にいて星座について教えてやったのである。
お陰で遭難しかけた時に助かったと冬弥は言っていた。
そう、笑えるようになったのも司のお陰なのだと。
「…そういえば、最後に星を一緒に見たとき、流れ星に何を願ったのか、教えてくれませんでしたね」
「…む、まだ覚えていたのか」
「はい。大きくなったら教える、と言って下さったのも覚えています」
「全く、記憶力が良いんだなぁ、冬弥は」
「先輩の言葉ですから」
ふふ、と笑う冬弥に司は苦笑いを返す。
確かあの日、願ったそれは…。

『司さん、なにをおねがいしたんですか?』
『ん?んー、そうだなぁ…』
『わっ、わっ?!』
『まだヒミツだ!おおきくなったらおしえてやるぞ!』

冬弥の肩を抱いて、いたずらっぽく笑った先で、流れ星が煌めいた、その記憶が蘇り司は懐かしくなった。
あの頃からずっと好きだったのだ。
司は、冬弥の事が…ずっと。
「…まあ、願いは叶ったしなぁ」
「え?…わっ」
きょとんとする冬弥の肩を抱く。
そうしてあの時と同じ様に笑った。
「冬弥が、音楽を好きでいてくれますように、だ!」
「…?!」
目を見開く冬弥に、願いを伝えれば叶わなくなるだろう?と言えば冬弥も笑う。
「そうですね。…意味深な言い方をしていたので、何か別のことかと…」
「?何を言う。夢は掴み、叶えるものだ。願いは己の力が及ばないことを祈るもの。…オレは、冬弥との関係を願うほど、オレ自身ではどうにもならないと悲観してはいないからなぁ!」
「…司先輩」
「冬弥が隣で笑えるようにと流れ星に願うなら、オレはショーの一つでも披露しよう」
司は笑い、冬弥にキスをした。
視界の端で流れ星が光る。


大きくなったら冬弥と結婚したい、と願いかけてやめたことは秘密にしようと思いながら。

今日も二人で星を見る。


(大きくなったら、と夢を魅るなら

掴むよう手を伸ばすことが先決ではないか!)

梅雨の彰冬

「大変だ、彰人!」
「…どした?」
冬弥が慌ててやってくるものだから、彰人も眉を顰め、見ていた楽譜を置いた。
何かあったのだろうか。
いつになく真面目な顔で冬弥が口を開く。
「…梅雨が終わってしまうらしい」
「…。…良い事じゃねぇか」
綺麗な口から出てくるそれにぽかんとしながらも、彰人はそう返した。
彼の天然発言には慣れたと…思っていたのだけれど。
きょとんとする冬弥に、ああ、彼にとっては至極真面目な発言だったのだな、と思う。
「…良いこと、なのか?」
「いつもの公園で練習出来なくなるだろ。登下校だって雨じゃ面倒だし」
「…。…確かに、いつもの公園で練習は出来ないな。だが、俺は雨の登下校も嫌いではないぞ」
「…マジか」
小さく笑う冬弥に、まさかそんなことを言われるとは思わず呆けてしまった。
彰人にとっては面倒なことこの上ない雨の登下校だが、冬弥にとってはそうではないらしい。
「ああ。…梅雨が終わると知って、彰人が選んでくれたレイングッズが使えなくなるのかと思ってしまった。…俺にとっては初めてのことだったからな」
「…誰かにレイングッズ選んでもらうのが、か?」
「いや。雨の中、傘を差して帰ったり雨音を感じながら歩いたりすることだ」
楽しそうに冬弥が言った。
初めて、の言葉に一瞬驚いたが…きっと普通のことだったのだと思い直す。
「小学校時代は母さんが迎えに来てくれていた。体を冷やしてはいけなかったからな」
「…」
「別にそれ自体が嫌だったわけではないが…雨のときは殊更、雨音とピアノやヴァイオリンの音がよく響いていた気がする」
冬弥の言葉に頭を掻いた。
きっと、彼は皆が遊んでいる横を帰るのが辛かったのだろう。
だからこそ、冬弥にとって雨は嫌いなものではないのだ。
雨の日は外で遊ぶことが出来ないから。
室内でピアノやヴァイオリンの練習に明け暮れても、皆外に出ることが出来ないから。
周りと平等になれた気がしたのだろう、と。
そこまで考えて、彰人ははぁあと息を吐く。
「?彰人?」
「別に。…つか、梅雨じゃなくても使えば良いだろ、レイングッズ。雨はいつだって降るんだしよ」
「…!…ああ、そうだな」
彰人のそれに、冬弥が小さく微笑んだ。
雨の色をした冬弥の髪が揺れる。
きっと彼と一緒なら、どんな季節も楽しくなると、そう思った。


雨を知らない彼は

誰より雨の色を、している





「紫陽花の色をじっくり見たのも初めてだな」
「…んなもん、オレだってじっくり見た事ねぇよ」

司冬ワンライ/ハグ・おあずけ

「司先輩。夏の間はハグはなしにしましょう」
冬弥からそう言われて司は固まってしまった。
一体何故だ。
頭の中がぐるぐるして考えがまとまらない。
確かに司はスキンシップは多い方だが、冬弥だってそれを嫌がらなかった。
今までそんなこと言わなかったのに…!
「…冬弥、理由…そうだ、理由はなんだ?」
慌てつつも努めて冷静に問う。
冬弥は言葉が少ない方だ。
だからきっと理由があるはずだと…思ったのだけれど。
「…理由…ですか。…そうですね…」
司のそれに冬弥は少し考えてから口を開く。
「…暑いから、です」
「…ん?!」
予想外の答えに司は驚いた。
単純明快、少し考えればわかるそれ。
「そ、それだけか?」
「はい。…いえ、この答えは少し違いますね。暑くないか、と問われたからです」
「誰にだ?!」
「暁山達に。…仲が良いのは構わないが、暑くないのか、と」
冬弥の答えに思わずぽかんとする。
そういえば、少し前に学校で冬弥に抱きついたことがあったっけか。
どうやらそれを見られていたらしい。
暑くないかと聞かれたのは善意でしかないのだろう。
…もっとも、面白半分もあるだろうが。
「白石も小豆沢に抱きつくのは夏場は躊躇すると言っていたし、草薙もショーキャスト仲間が抱きつくのを迷っていると言っていました。俺は暑くはなかったのですが、先輩が暑いかもしれないと思いまして…」
「…えむのやつ、あれで迷っていたのか…。…ってそうではなく!」
意外な事実に少し驚いたが今気にすべきはそこではなかった。
「冬弥は暑くなかったのだろう?!オレも暑くはない!むしろ大歓迎だ!」
「…司先輩」
「それに、暑さよりも冬弥とのハグをおあずけされる方がオレはツライ。…撤回してくれないか?」
「…。…分かりました」
冬弥がふわりと微笑む。
撤回宣言とも言えるそれに嬉しくなって抱きつこうとした司を、細い指が止めた。
「では、外ではなしにしましょう」
「む?!…ちなみに学校は…」
「外の範疇になりますね。…では」
「待て、待て待て冬弥!それは実質ハグおあずけに当たる…冬弥ー?!」
叫ぶ司に冬弥が足早に去っていく。
司は知らない。
冬弥がほんの少しだけ意地悪な顔をしていたのを。
司は知らない。
冬弥が、ハグを見られて恥ずかしかったということを。
 
冬弥は知らない。

おあずけを食らった司は大層面倒くさいということを!!


(暑さなんて関係なく熱いのを見せつけてやれば良い、なんて言われて絆されるまであと何日?)

類冬

本日は類の誕生日である。
特に楽しみなこともなかったのだが。
「…お誕生日おめでとうございます、神代先輩」
にこ、と冬弥が微笑む。
わざわざ教室に来てまで祝ってくれた冬弥に、少し驚きながらも「ありがとう」と告げた。
「そうだ、青柳くん。放課後少し時間をもらえるかな?」
「…今日は図書委員なので…終わってからになりますが」
「ああ、構わないよ」
小さく首を傾げる冬弥に笑いかけ、類は彼の手を取る。
神代先輩?と不思議そうな冬弥の綺麗なその手を持ち上げた。
「僕は、君の大切なものを…誕生日に独り占めしたいだけなのだからねぇ」




さて、その数時間後。
「ふふ、待ちきれなかったよ、青柳くん」
「…神代先輩。やはり、その…図書室でそういうことをするのは、なんと言いますか…」
にこにこする類に冬弥が困った顔をする。
「おや、鍵はかけたよ?僕らに気づく人はいないと思うけれどねぇ」
「…それは……そうなんですが」
「なら構わないよねぇ?青柳くん」
小さく言葉を濁す冬弥に、類は「今日は僕の誕生日なのだけれどな?」と言ってみせた。
目を見開く冬弥が、その言葉に弱いのを知っていて。
逡巡してから後、冬弥は小さく息を吐き出し、分かりました、と言う。
「…その代わり、先生に怒られたら先輩が何とかしてください」
「もちろん。君の為に最高の言い訳を考えてあげようじゃあないか」
上機嫌な類に冬弥も柔らかく微笑んだ。
…そうして。
「~♪」
綺麗な高音が彼の喉を震わせる。
類もよく知る曲だ。
冬弥の高音を支えるように下のパートに入った。
ユニゾンが閉め切られた部屋に響く。
最後の一小節を歌い終え、ほう、と息を吐いた。
「いやぁ、素晴らしかったよ、青柳くん!どうもありがとう」
「いえ。…俺も、楽しかったです」
微笑む冬弥に、類も目を細める。
類が彼に、誕生日だからとお願いをしたのは「一緒に歌ってほしい」ということであった。
「まさか、神代先輩から一緒に歌ってほしいと言われるなんて思いませんでした」
「おや、そうかい?僕はずっと羨ましく思っていたんだよ」
意外そうに言う冬弥に向かって類は笑みを向ける。
首を傾げる彼の髪をすくい上げて口付けた。
そう、ずっと羨ましく思っていたのだ。
彼の相棒である東雲彰人や、彼の幼馴染である天馬司のことが。
一緒に歌ったことがあると知って、何だか凄く羨ましくなったのである。
「…!…そう、でしたか」
小さく笑った冬弥がするりとその手から逃げ出した。
「…俺は、神代先輩と一緒に歌ったこと、ありますよ」
「…ん?!それは、どういう…?!青柳くん?!」
「…ふふ」
楽しそうな冬弥が焦る類から距離を取る。
なるほど、捕まえて聞き出してみろということのようだ。
「ふぅん、プレゼントは自分で捕まえてみろ、ということかな。良い演出だねぇ。…青柳くん?」
「神代先輩には負けますよ」
珍しく挑戦的な冬弥は、どうやら図書室を無理やり音楽室代わりにしたことを根に持っているらしかった。
真相というプレゼントを自らの手に掴むため、類は手を伸ばす。
爆発も落下も特別な演出はないけれど、これはこれで楽しい誕生日だな、なんて類は思った。

(可愛い恋人から歌のプレゼントをもらって、軽い追いかけっこなんて、有り触れた誕生日、だろう?)


何と言っても、今日は類の誕生日!

司冬ワンライ・あじさい(ハイドランジア)/色が変わる

通学路に紫陽花が咲いていて、司はもうそんな時期なのだなぁと思う。
濃い青と薄い青のツートンは何だか隣にいる彼のようで思わず笑ってしまった。
「…?司先輩?」
「ああ、いや、すまん」
不思議そうな彼に謝って司はほら、と指をさす。
「…紫陽花、ですね」
「ああ。あの花が冬弥のようだな、と思ってなぁ」
「紫陽花が、俺、ですか?」
再びきょとんとするから、司は笑いながら頷いた。
「集真藍、藍色が集まるという意味から昔はそう呼んだらしい。雨に濡れてなお美しい花は冬弥に似ていると思わないか?」
「…そうでしょうか…」
司のそれに、冬弥自身はあまりピンときていないらしい。
謙虚だと思っていたが、彼が悩んだのは違う理由のようだった。
「…青の紫陽花の花言葉は、あなたは美しいが冷淡だ、という意味があるそうです。…俺は、冷淡であるつもりはないのですが…」
「何だ、そんなこと!」
少し目を伏せる冬弥のそれに司は笑い飛ばす。
大方、誰かにそう言われでもしたのだろう。
まったく、真面目で可愛らしいのだから!
「確かに、青の紫陽花にはそういう意味もある。青は冷たいイメージもあるから、冷淡だ、などと言われてしまうのだろう。…だが、紫陽花はそれだけではない」
司は、冬弥の手を握った。
そうして、なあ、と囁く。
「…冬弥、愛している」
「…!司、先輩?」
「他人からは冷淡に見えてしまうほど美しいお前も、中身は熱いものがあることを、オレは知っている。知っているからこそ敢えて言おう。…オレはお前の、青柳冬弥の全てを愛している、と」
「…っ!!」
「もちろん、可愛らしいところも、柔らかい部分も含めて全てだ。…愛しているぞ、冬弥」
司は微笑し、ピンク色に染まった彼の耳をすり、と触った。
「…、せん、ぱ…」
「…色が、変わったな」
小さく囁き、司は言う。
ぽたり、と水滴が地に落ちて跳ね返った。

青の紫陽花には、あなたは美しいが冷淡だ、という意味がある。
だが、色が変われば意味も変わるのだ。
緑はひたむきな愛。
紫は神秘的。
白は寛容。
そうして、ピンクは。


「…どんな色も綺麗だが、この色を持つ冬弥は特別に愛おしく思うぞ」

司は笑う。

強い愛情を与えられた、紫陽花は、それはそれは美しいと、そう、思うのだった。

司冬ワンライ・雨上がり/虹をかけて

今日は朝のニュースで雨が降ると言っていた。
だから帰る間際になって降り出しても、そんなに落胆はしなかった。
そも、司は別に雨が嫌いなわけではない。
新しいレイングッズが下ろせる、と咲希も喜んでいたし、雨模様もそれはそれで風情がある。
それに、雨が上がった後の空の美しさを、司は知っていた。
その為ならばまあ、と思いながら司は持ってきた傘を開ける。
しばらく歩いたところで、見覚えがあるツートンカラーの後ろ姿を見かけて司はぎょっとした。
慌てて駆け出し、「冬弥!」と呼びかける。
「…っ!司先輩!」
「傘も刺さずにどうしたんだ!風邪をひいてしまうぞ?」
驚いた様子の彼に言えば、へにょりと困ったように笑った。
「…すみません。…クラスの女子が困っていたので…」
「まったく、優しいな、冬弥は。だが、それで自分が濡れてしまってはその女子も心配するだろう?」
「そう、ですね」
少し眉を下げる冬弥に、司は息を吐き、いつものような笑みを浮かべる。
別に冬弥を叱っているわけではないからだ。
「まあ、この天馬司が来たからにはもう安心だ!!良ければ、家まで送るぞ?」
「…!そんな」
「なぁに、遠慮するな!それに、前にも同じシチュエーションがあっただろう?」
そう言うと冬弥はきょとんとする。
やがて思い至ったのかくすくすと笑った。
「そう、でしたね」
「あの時も傘がなかったな、冬弥は」
「はい。それから、先輩が傘を差し出してくださいました」
「そうだった。それからうちで雨宿りをしたんだったな」
「…帰ってきた咲希さんに驚かれてしまいました」
二人でくすくす笑いながら思い出話に花を咲かせる。
あの時はああだったとか、今日はこうだとか言いながら歩いていると次第に傘に当たる雨粒が少なくなっているのに気づいた。
「…おお、止んでいたのか」
「…。…気付きませんでしたね」
傘から手を出し、滴が落ちてこないのを確認すると司は傘を閉じる。
いつの間にか灰色の空からは光が一筋降り注いでいた。
「天使のはしご、ですね」
それを見た冬弥がニコリと笑う。
柔らかで美しい笑みの彼はまさに天使。
「ならば、冬弥はオレの天使だな!」
思っているだけでは伝わらない、と司は言葉にして冬弥の手を握った。
目を見開いた冬弥は再び笑みを浮かべる。
そうして。
「…それなら、司先輩は俺の虹、ですね」
「うん?虹?」
「はい。虹です」
くすくす笑う冬弥を不思議に思いつつ振り返る。
そこには大きな虹がかかっていたのだった。


雨上がりの後、柔らかな日差しと共に現れる虹のふもとには、大切な宝物が!!

(それは雨上がり後の、二人きりの秘密の話)

エイプリルフール彰冬

これまで上手くやっていた、つもりだった。
変人と名高い(歌の技術もずば抜けて高いが如何せん行動がそれを上回るのだ)先輩たちとのセッションも勉強になった、これは今後の糧になるだろう。
二人できっと、RADWEEKENDを超えるのだと、信じていた。
そう、今日この日までは。
「…今、何つったよ」
「…。…終わりにしよう、彰人」
冬弥の声が淡々と、練習終わりの部屋に響く。
こんなにも反響しているのに、一向に耳に入って来なかった。
…いつもはあんなにも聴こえてくる相棒の声が。
「…はっ、冗談だろ?」
「…俺が、冗談を言えないのは彰人が一番良く知っていると思ったが」
無表情の冬弥は、確かにこんな冗談は言わない質だった。
純粋で、真っ直ぐで、…音楽にも真摯で。
だからこそ二人で夢に向かって突き進んできたのに。
「先輩方に教えてもらっても夢の一端すら見えてこない。もう、潮時なんだ。…俺は、降りる」
「…テメェ!!!」
感情のない声に彰人はカッとなり冬弥の頬を殴る。
荒い息遣いはどちらのものだったろう?
もう、分からない。
この状況も、冬弥の言葉も、何もかも。
「…。…彰人は、ここに居れば良い。…夢が、消えないように」
「…うるせぇ。二度とその面見せんじゃねぇぞ」
低く言葉を吐き出して彰人は部屋を出る。
乱暴に扉を閉め、しばらく歩いた後ズルズルとその場に崩れ落ちた。
「…なんなんだよ、クソッ……」
彰人の言葉だけが虚しく響く。
…これからだったのに。
曇天から雨が降る。
彰人の周りだけに。
街の喧騒だけが遠く、喧しく響いていた。


それから数日。
ライブハウスでは彰人しか見ないと実しやかに囁かれるようになった。
まあ事実だしな、と思いながら彰人はカバンを持ち上げる。
「…あの噂は…なのか」
「…って」
聞き覚えのある声にそちらを見れば司と冬弥が何やら話しているところだった。
興味ないな、と足早に通り過ぎようとした時である。
「…彰人に捧げた心臓はいつか返して貰わなければいけなかったんです。それが、今になっただけで」
「…しかしなぁ」
「…。…すみません」
何か言いたげな司に冬弥が頭を下げた。
それを一瞥し、彰人は止めていた足を踏み出す。
「…なんだよ、それ」
喉の奥から絞り出した声は誰にも届かなかった。
届きさえすれば変わったかもしれないのに。
足を踏み出す方向が違えば、未来は変わっていたかもしれないのに。
「…オレは冬弥の考えを止める気はない。だが、それで良いのか?お前の、お前だけの気持ちはどうなる。…一緒に歌った時の冬弥は楽しそうだったぞ」
「……俺、は…っ!」
冬弥の答えを聞くことがなかった彰人には、もう彼の『返事』を知る術は、ない。


「やあ、東雲くん」
「…なんスか」
ひらりと手を振る人物に彰人は胡乱げな目を向ける。
対してその人物は気にした様子もなかった。
「少し、練習前に聞きたいことがあってねぇ」
「…オレに答えられることなんてないッスよ」
「おや、そうかな?」
簡素な彰人のそれに類が笑う。
何なんだ、と睨めば、彼は笑みを浮かべたまま口を開いた。
「…青柳くんとこのまま別れてしまって良いのかい?」
「…。…オレには、関係ないんで」
「…本当に?」
切り上げようとした彰人に類が問うた。
反論しようとして言葉が詰まる。
本当は。
…本当は、如何したいんだっけ。
RADWEEKENDを超える。
その為に、如何したかったんだろう。
冬弥の歌声が聴こえてくる。
彼の歌が好きだった。
ずっと、ずっと、初めて聴いた時から…ずっと。
ずっとこれからだったのに。
これから、『だった』のに。
彰人が吼える。
ぐにゃりと、視界が歪んだ。
違う、だって、このセカイは。
「…っ、オレは二度もあいつからさよならなんて言わせねぇんだよ!!!」


ぼんやりと目を覚ます。
「む、起きたな、彰人!」
「おはよう、東雲くん」
「…。…何でいんだよ…」
元気な司と隣で笑みを浮かべる類に、彰人は心底うんざりした顔をした。
あまり夢見が良くなかったのに、勘弁してほしい。
「冬弥が心配していたからなぁ、無碍には出来んだろう。まあ大切な相棒の元気がなければ心配もするのではないか?」
「ああ。青柳くんが最近君がオーバーワーク気味だからと気にしていたからねぇ、様子を見てくるように提案したのさ」
「そりゃ、どーも」
口々に言う司と類に形式だけのお礼を告げた。
確か冬弥は図書委員の活動中のはずである。
それなのに心配してくれたのだろうか。
「愛されているなぁ、彰人は」
「大切にしなよ、東雲くん」
「んなもん、言われなくても」
大声で笑う司と何かを含んだような類に彰人はあっさりと言った。
そんなこと、言われなくてもわかっている。
あんな思いは一度だけで充分だ。
戻りたい、と願って再度手に入れた位置である。
夢であったって、彼からのさよならなんてもうごめんだ。
二度と、離してなんかやらない。
雨ごときに、冬弥を渡してはやらない、と。
「オレたちは、ずっとこれからなんでね」
彰人は挑戦的に笑った。
ずっとこれからだったのに、なんて後悔はしない。
冬弥の、綺麗な歌声と相棒の位置はずっとずっと自分だけのものだ。
渡せと言われたって、渡しはしない。
だって、雨は上がっているのだから。
愛していたいのはどうして?
愛されたいのはどうして?
そんなの、知らない。
曖昧な答えは直して、一つの解に導いていく。
それは、きっと。
(オレが、そうしたいんだから、仕方ねぇだろ!)



「…なぁ、アンタら今放課後って何してる?」
「?何を今更。ワンダーステージのショーキャストだが?」
「まだ寝ぼけているのかい?それとも、リアル過ぎる夢だったのかな」

ウェディングしほはる

「…ただいま。…って」
「あ、志歩ちゃん!おかえりなさい!」
「みのりってば…アンタの家じゃないでしょ」
玄関を開けた途端、元気なみのりと呆れたような愛莉の声が出迎える。
「えー、でもでもっ!ただいまって言われたらおかえりって返さなきゃ!」
「まあ、それもそうね。…おかえりなさい」
みのりの言葉に考えを変えにこりと微笑む愛莉を見、今日も賑やかだな、と思いながら志歩はもう一度ただいま、と告げた。
「今日も練習だったの?」
「まあね。みのりたちは?配信?」
「ううん!今日は配信の打ち合わせだよ!すっごーく楽しい企画だから、期待しててね!」
「分かった分かった。…って、お姉ちゃんは?」
やる気充分のみのりに苦笑しつつ、そういえばとはたと気付く。
いつも見送りをしているはずの雫がいなかった。
何か二人に渡すものでも取りに行っているのかと首を傾げていれば、愛莉が小さく笑う。
「ああ、雫はね…」


小さくノックをし、志歩はそっと雫の自室の扉を開く。 
あら、と雫が嬉しそうに笑った。
「おかえりなさい、しぃちゃん!」
「ただいま、お姉ちゃん」
小声で手を振る雫に、志歩も小さく返す。
なるほど、2人が言葉を濁していたのはこういうことかと思った。
『…まあ、見てもらった方がきっと早いわね』
『あっ、でも静かに、だよ!』
そう言って帰っていった2人を思い出しつつ志歩は部屋に入る。
「これ、こないだの写真。直接返せなくてごめんって、咲希たちからクッキーと一緒に預かってきた」
「まあ。気を使わせちゃったわね」
「大丈夫。クッキーは今日の調理実習で作ったんだ。私も作ったよ。…みんなで1枚ずつ入れてある」
「あら、そうだったのねぇ!嬉しいわ。…そうだ、今日の配信リハーサルでお菓子を作ったの。しぃちゃんの分もあるのよ」
にこにこと雫が言い、こちらに呼び寄せてきた。
「私は味見で食べちゃったけれど…良かったらお茶にしない?晩御飯、今日は遅い日でしょう?」
「…それは嬉しいけど…」
「準備してくるわ。…だから、遥ちゃんをお願いね?」
志歩を先に座らせてから雫が立ち上がる。
部屋には志歩と…遥だけが残された。
きっと気を遣ってくれたのだろうとそっと息を吐き出し、肩に寄りかかる遥の髪をそっと撫でる。
静かな寝息に、本当に寝ているのだろうかと心配になった。
彼女の無防備な姿が珍しすぎたのもある。
そう、遥は雫の肩に寄りかかって寝ていたのだ。
それを座った志歩が抱き寄せ、今の体制になっている。
僅かに上下する肩と、伏せられた瞳に、お人形さんみたいだなぁなんて思いながら志歩は先程雫に返した写真を思い出していた。
幸福の瞬間を切り取った、という彼女の写真はタキシード姿で、隣にはこはねの相棒であるという杏がウェディングドレス姿で写っているそれ。
撮影の経緯は色々あったようだが、志歩は素直に良い写真だと、そう思った。
本当に結婚をする訳ではないからだろうが…それでも、そこに映る彼女たちは幸せに笑っていて、何だか良いなぁと思ったのである。
「…私なら何を撮るかな」
ふとそんなことを思い、志歩は小さく笑った。
バンドのメンバーと練習しているところやクラスメイトの二人とフェニックスワンダーランドに行っているところも、確かに幸せなのだけれど。
「…。…うん、いい写真」
指をファインダーのように構え、志歩は満足するように頷く。
普段は完璧な彼女の、無防備な寝顔。
少し背が高い遥が、志歩の肩に頭を寄せて寝息を立てている、なんていう構図。
何でもない日常が、一番幸せだな、と苦笑していればファインダー越しの彼女と目があった。
「…桐谷さん?」
慌てて手を下ろせばぼんやりした遥が、「…あれ…?」と首を傾げる。
「…私、いつの間に…。…日野森さん?!」
「…おはよ、桐谷さん」
離れる温かさを少し残念に思いながら言えば彼女は綺麗な目をまんまるにしてこちらを見た。
「え、うそ、だって…」
「もしかして、まだ寝惚けてる?」
くすくす笑いながら遥の髪に手を伸ばす。
さら、とした髪に触れれば彼女は恥ずかしそうに笑った。
「…まさか、日野森さんに会えるなんて思ってなくて」
「?私の家なんだから、会えるでしょ」
「そうなんだけど…会いたいなぁって思ってたから、本当に会えてびっくりしちゃって。ちょっと夢を疑っちゃった」
可愛らしく笑う遥は、完璧なアイドルというより寧ろ、ごく普通の可愛らしい少女だ。
彼女がウェディングドレスを着ていなくても、己がタキシードに見を包んでいなくても、幸せの瞬間はすぐそこにあるのだなぁなんて思いながら志歩は笑った。
「私としては、桐谷さんがこんな所で寝てる方がびっくりしたんだけど?」
「…ああ、昨日少し企画を詰めてて寝るのが遅くなっちゃって…。雫が、『もうすぐしぃちゃんも帰ってくると思うからゆっくりして行って?』って言ってくれたから、気が抜けちゃったんだと思う」
「…もー…」
苦笑する遥に、驚いてから志歩は頭を掻く。
「?日野森さん?」
首を傾げる遥に、志歩はどうしようかな、なんて思いながら、小さく息を吐いた。
まだ言わなくて良いか、と思いながら、「何でもないよ」と笑ってみせる。
奥のキッチンからと同じものだろうか、彼女から甘い匂いが、した。


幸せの瞬間はすぐそこに。


瞬きをし、志歩はゆっくりとシャッターを切った。




「不思議だよねー。志歩ちゃんも遥ちゃんもお互いあんなに好きなのに付き合ってないんだから!」
「まあ、それも時間の問題でしょ。っていうか、みのりはそれで良いの?」
「えっ、だって志歩ちゃんも遥ちゃんも大好きだもん!大好きな人には幸せになってほしいのは当然かなぁって!」
「…アンタって本当、ファンの鑑よねぇ…」

司冬ワンライ/○○しないと出られない部屋

「…ん…」
ぼんやりと目を開き、司は身体を起こそうと目をこする。
次第に意識がはっきりしてくると同時に、部屋の中の様子がおかしいことに気が付いた。
「…ん??」
明らかに自分の部屋ではない。
寧ろ見たこともない部屋で、司は勢い良く身体を起こした。
「…なー?!!どこなんだ、ここは!!」
「…司先輩?!」
叫ぶ司に、呼応する声がある。
振り向けば愛しい恋人である冬弥が心配そうにこちらに駆け寄ってきた。
「冬弥?!何故ここに!」
「分かりません。俺も目覚めたらこの場所にいて」
「む、冬弥もそうだったのか。して、この部屋はなんなんだ…」
困った様子の冬弥に司は考え込む。
見たところ、何の変哲もない部屋だ。
ベッドが一つ、他には何もなく、壁から天井から全て真っ白である。
不思議なのは扉もないことで、誰がどうやって閉じ込めたんだ、と首を傾げた。
急にこんな場所に飛ばされるなんて、セカイでもあるまいに。
「見たところ扉もなさそうだし…。…冬弥?」
「っ、え?」
壁を見つめながら話しかければ冬弥がびくっと肩を揺らした。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「…いえ。……何も」
「そうか?なら良いんだが…。無理はするんじゃないぞ」
「はい、ありがとうございます。司先輩」
冬弥がふわりと微笑む。
相変わらず可愛いなぁと司も笑った。
「よし、ではもう少し調べてみるか」
「…そう、ですね」
よっとベッドから降りて壁を触る。
特に何の変哲もない壁だった。
何の変哲もない、ということは扉もない、ということである。
「…司先輩!」
「うぉっ?!どうした、冬弥?!」
急に冬弥が大きな声で呼んでくるから何かあったのかと大急ぎで彼のそばに向かった。
見たところ何もなさそうで安心する。
「何かあったのか?」
「いえ、違うんです。その…歩き回るのは危ないかもしれないと、思って」
「ふぅむ、確かに一理あるかもなぁ」
冬弥のそれに頷けば彼はホッとしたように微笑んだ。
その表情に一瞬首を傾げたが気のせいか、とベッドに腰掛ける。
「ならば、今後の対策でもするか!…時間経過でどうにかなるかもしれんしな!」
「…はい」
明るく笑う司に、冬弥も柔らかい笑みを浮かべた。

司は知っている。
扉はとうに開いていることに。

司は知っている。
冬弥がわざと壁から遠ざけたことに。


ポケットにいつの間にか入っていた紙の内容を思い出し、さていつ言うかなぁと司は小さく笑みを浮かべたのだった。

(真面目で可愛い恋人の、嘘と迷いと言えない本音で揺れている様をもっと見ていたいだなんて、部屋から出る条件を満たしてはいないだろうか?)


(だってここは、『愛されている』と感じないと出られない部屋!)

司冬ワンライ・体育祭後夜/冷めやらぬ熱

無事に体育祭も終わり、司はごろりとベッドに横たわった。
襲うのは気持ちの良い疲労感。
ショーをするのとはまた違った熱量で臨んだそれはこれからの糧となるだろう。
「…良い、経験だったな」
自然と微笑み、司はスマホを見た。
…と。
「…電話…冬弥か」
急に鳴り出した愛しい人からの着信に身を起こし、通話ボタンをタップする。
「もしもし?冬弥か?」
『はい。遅い時間にすみません。今、大丈夫でしょうか?』
「ああ、構わないぞ!どうかしたのか?」
『いえ。…今日の応援合戦は、素晴らしいものだったと…思いまして』
柔らかい声が耳に響いた。
どこか、熱を帯びたそれに司も笑う。
「先程直接、たくさん感想をくれたのにまだ言ってくれるのか?」
『はい。伝えても、伝えきれていない気がするんです。言いたいことが次から次へと湧いてきて…。…クラスメイトからは敵チームだと何度か釘を刺されてしまいました』
「そうか。…冬弥のことも応援出来ていたなら、良かった」
司の声に冬弥が不思議そうな声を出した。
どうかしたのかと問えば彼は『先輩からはいつも応援の気持ちを頂いていますが…』と答える。
「うん?」
『ああ、でも、特別な応援、という感じはしましたね。やはり、体育祭だからでしょうか』
何やら嬉しそうな冬弥に、司も肩を揺らした。
バフン、とベッドに横たわり、思わず笑ってしまう。
なるほど、彼もまだ熱が冷めていないようだ。
『…?司先輩?』
「いや!冬弥も、体育祭を楽しめていたなら良かったと、思っただけだ」
不思議そうな彼に司はそう返す。
考えてみれば冬弥にとっては初めての体育祭なのだ。
きっと楽しくて楽しくて、眠れないのだろう。
なら、今夜はとことんまで付き合おうと思った。
何せ、司の熱も、冷めていないのだから。
「なあ冬弥。今日の楽しかったことを沢山聞かせてくれ。お前が楽しいと思ったその感情を、オレも共有したい」
『…!…はい、是非』
嬉しそうな冬弥の声が耳に響く。

文化祭には後夜祭があるというのに、体育祭にはないなんて、そんなこともないだろう?

年に一度の体育祭はまだまだこれからだ。



『ところで、玉入れがあんなに難しいとは思わず…。…やはり俺は』
「玉入れは案外難しいぞ?!それに、冬弥は初めてだからな!!」