|
彰冬
「…彰人はすごいな」 突然冬弥に褒められて、彰人は眉をひそめながら振り向く。 褒められて嬉しくないわけではないが、理由がわからないからだ。 無論、彼の言葉に裏はないのだろうけど。 「なんだよ、急に」 「いや、この前の体育祭でも活躍していただろう?…俺には難しいからな」 「…ああ」 冬弥に言われて思い出す。 借り物競争で1位になった彰人とは違い、冬弥は玉入れで撃沈していたからだ。 杏が投げているのを見てイメージはしていたらしいが…アウトプットが難しかった、と悔しそうにしていた。 その後の「…青柳くんから運動音痴か聞かれたんだけど、半運動音痴って答えた」という寧々(が言っていたと司から聞いた)の発言から相当気にしていたのだろう。 彰人たちに聞きに来なかったのは冬弥らしい、と思った。 「…体力ねぇ訳じゃないんだけどな…」 「?彰人?」 「んや、別に」 小さな言葉は彼の耳には届かなかったようで、彰人は取り繕うように笑う。 ともすればこれはセクハラだ。 「ダンスは練習すりゃ出来んだから、球技も出来るだろ。実際、羽つきは出来んだから」 「あれは、彰人が教えてくれたからだ」 「なら、筋は良いってことだろ。…それに」 手に持っていた飲み物を煽る。 スッキリしたスポーツドリンクは喉の乾きを潤した。 「冬弥が得意なことはオレが苦手だったりするし。…だからこそフォローしあえりゃいいんだよ。相棒なんだから」 「…!」 笑みを向けると冬弥は驚いた顔をする。 ややあって冬弥は小さく笑った。 「…ああ、そうだな」 「だろ?…なぁ、そういや数学の抜き打ち小テストって…」 「…。…彰人」 「…わーったよ」 抜き打ちの小テストの範囲をこっそり教えてもらおうとしたのだが、それは駄目だったらしい。 先程の表情とは打って変わって眉を寄せるから彰人はホールドアップの態勢を取った。 怒れるにゃんこは何とやら、だ。 「一夜漬けをしなければ良い成績になるだろうに」 「そりゃ、そうだけどよ。…やる気がなぁ……」 空を仰ぐ彰人に、冬弥は首を傾げる。 「やる気が上がれば、良いのか?」 「ああ?…まあな」 彼の疑問に、それはまあそうだろう、と彰人は頷いた。 原動力があれば何でも良い…訳でも、ないのだけれど。 「なら、カイトさんからパンケーキの作り方を教わってくる」 「…は?」 「その間、彰人はしっかり勉強していてくれ」 「待てって、冬…!」 ふわ、と微笑んだ冬弥がセカイに『逃げる』。 「…期待しているぞ、ダーリン」と、囁いて。 「…やってやろうじゃねぇか」 彼を手を掴みそこねたそれを握りしめ、彰人は呟いた。 その背に見えない炎を背負って。
煽られたから、乗りました。
それってセカイの摂理だ、そうだろ?
(パンケーキも、作った本人も、本気になった彰人に美味しく頂かれるのはまた別のお話!)
SeeYouMyJK!
ホントにそれは「常識」?ホントにそれは「当然」、「当たり前」? 「正義」に偽装された「悪意」をかいくぐり、めざすは消失でも終焉でもなく新世界!!
「…なんだ、これ」 本屋の前、そんなポップを目にして彰人は思わず呟いていた。 表紙には黒いメガネに学校制服姿の、バーチャルシンガーの初音ミクによく似た少女が踊っていて。 帯には『新感覚、爽やか絶望系ミステリー!』とあり、盛りすぎでは、と彰人はぼんやりと思う。 「…すまない、待たせ…彰人?」 「ん、おお」 本屋から出てきた冬弥は買ったらしい本の袋を抱え、首を傾げた。 彰人が本に興味を示しているのが珍しいようだ。 「何か面白い本があったのか?」 「いや、面白い本っつうか…これなんだけどよ」 とてとてと近づいてくる冬弥にその本を見せる。 彼は知っていたようで表紙を見ただけでああ、と笑った。 「最近人気らしいな。俺も少し読んだが…普段読まない人がミステリー導入編にするには良いだろうな、と思う」 「へぇ、じゃあ冬弥には簡単だったってことだな」 「…そうだな。だが、ミステリーとしてではなく、ただの読み物としてならとても面白かった」 楽しそうな冬弥に少し興味は湧いたが、彰人はその本を棚に戻す。 実際に本を読むより、冬弥の感想を聞いている方がずっと楽しいからだ。 「なら、その話の感想を詳しく教えろよ」 「…自分で読んだほうが良いんじゃないか?」 「オレは読んですぐ眠くなる小説をわざわざ買うより、冬弥の感想を聞く方が有意義だと思ったんだよ」 「…物は言いようだな」 彰人の言葉に冬弥が肩を揺らした。 それから、強いて言うなら、と上を向く。 「…主人公が、俺に似ていると思った」 「あ?」 唐突なそれに彰人は少し眉を寄せる。 冬弥のとんでも発言は慣れてはいるが…さて、どういうことだろうか。 「もうちょいオレに分かるように話せよ」 「ああ、すまない。…実は、表紙の少女は主人公ではないんだ」 「…マジで?」 「ああ。もう1人少女がいる。その子は自分に自信がないんだ。ある時、世界が突然終幕を迎えると言われた。世界は大パニックに陥ったが表紙の少女は主人公の手を引き、旅に出る事にしたんだ」 「…あー。それで新世界、か」 あらすじを紹介してくれる冬弥に見たばかりのポップを思い出す。 彰人の言葉に冬弥もこくりと頷いた。 「世界を終幕に導いたのはたったひとつのラフな歌。少女たちはその歌を胸に新世界を目指して歩んでいく。固定された常識を捨てて、自分たちが当たり前に信じてきた当たり前を壊して。…自分たちが選んだ歌を胸に、常識空間にさよならを告げ、未来に手を伸ばすんだ」 「…確かにそれだけ聞きゃあミステリーっつうか冒険譚寄りだな」 彰人の感想に、冬弥が「確かにそうだな」と笑う。 「んで?冬弥はなんで主人公に似てるって?」 笑う冬弥は可愛いが、とんでも発言には触れておらず、彰人は首を傾げた。 ああ、と冬弥が微笑む。 彰人が大好きな、その微笑みで。 「主人公は、たったひとつのラフな歌によって表紙の少女と出会った。自分の常識が…自分を縛っていたものが一夜にして壊れてしまったんだ。…何だかそれが、彰人と出会った時のことを…思い出してしまって」 「…オレと?」 「ああ。…クラシックが嫌で一度全て捨て去った俺に、大事なものを思い出させてくれたのは彰人だ。…俺が歌っていたから、彰人が俺を見つけてくれたから、こうして出会えた」 一言一言を噛みしめる冬弥に、彰人は何も言えなかった。 彼が彰人との出会いを大切にしているのは知っていた。 だが、そこまで言ってくれるなんて。 「クラシックという『常識』は、セカイの常識ではないと知った。…彰人はいつも一緒に考えて選んでくれる。それが嬉しい」 「…ったく、お前は!」 「…わっ?!」 優しい笑みの冬弥を引き寄せてわしゃわしゃと頭を撫でる。 何だか妙に気恥ずかしかったのだ。 「オレは、冬弥とだから常識を壊そうと思えたんだよ」 「…!」 「限界を打ち破って伝説を超える、オレの夢に最初に賛同してくれたのはお前だろ。…冬弥」 「…ああ。その通りだ」 彰人の言葉に冬弥が頷く。 たったひとつのラフな歌から、二人は始まったのだ。 きっと、きっと伝説を超えるために。 ありきたりな世界なんかじゃない、目指すのは…壊れた常識の向こう側。 「きっと超えよう。伝説の夜を」 「当たり前だろ。…行くぞ、相棒」 2人はニッと笑い合う。
冬弥と一緒なら、どんな世界だって怖くないと、そう思えた。
「そういや、冬弥は何買ったんだよ?」 「ああ、夏が嫌いな少女が踊るたぬきと夏に関するあれこれに巻き込まれていくハチャメチャミステリーらしい。…今度ワンダーステージでショーをするそうだ」 「…へぇ……。…なんて???」
雨とさよならの向こう側で
「…なんでなんだよ……」 はぁあ、と息を吐き出す。 ソファに体を沈みこませて彰人は目を腕で隠した。 頭がぼんやりするのは低気圧のせいかそれとも。 現実逃避をしようとしても彼のあの顔が頭から離れない。 ソファから立ち上がれなかった。 いつだって彼が手を掴んでくれたのに。 …冬弥と、喧嘩をした。 今までそんなこと一度だってなかったのに。 雨も降っていなかったのに彼の頬は雫で濡れていた、気がした。 きっと、そうだったら楽だと…思ってしまったのだろう。 何か訳があったから。 だから冬弥は彰人にさよならを告げた。 耳にこびりついて離れない別れの言葉を無理に押し込んで、とっくに治ったはずの痺れた手のひらをぼんやり見つめる。 冬弥を、殴ってしまった。 だって、彼があんな。 「…くそっ」 思い出せば思い出すほどに疑問しか湧かず、彰人は寝返りを打った。 雨が降った時のグラウンドを思い出す。 酷い泥濘で前に進めない、そんなもどかしさを。 失って初めて気づいた感情に、彰人はまた息を吐く。 こんな感情、歌詞にしか出てこないと思っていたのに。 だが日々は進む。 伝説を超えると誓ったのは誰だった? パタパタと窓の外で音がした。 ついに降り出したらしい。 それはそれで良いと思った。 雨のせいにすれば、目元が濡れていたって気にならないだろう。 じわりと、暗闇に堕ちていく。 いっそ雨を爆破してしまえばこの感情も消えてくれるだろうか、なんて彰人は自嘲した。 「…雨なんて、いらねぇな」 ぽつりと呟く。 その言葉は降り出した雨の音にかき消された。
「…彰人?」 「……おー…」 彼の柔らかい声に彰人は意識を浮上させる。 どうやら眠ってしまっていたらしかった。 「…わり。寝てた」 「どうした?寝不足か?」 「んや。…早かったな、委員会」 心配そうな彼にひらひらと手を振り、彰人は身を起こしながらそう言う。 今日は業務報告だけだった、と言葉を紡いでいた彼がきょとんとしてこちらに手を伸ばしてきた。 「あ?どうした?」 「いや。…彰人が悲しそうに見えたから、どうしたのかと」 頬にひたりと触れてくる冬弥に、驚きながらも彰人は笑う。 「流石、冬弥には隠し事出来ねぇな」 「…!何かあったのか?」 とても心配そうな冬弥に、彰人は心配するな、と言った。 「…お前と喧嘩した時の夢をみたんだよ」 彰人のそれに冬弥は目を見開く。 そうか、と言葉を詰まらせる彼に彰人は「心配すんなっつっただろ」と言ってやった。 「体育祭の練習とかで離れてる時間が多かったろ。…だから思い出したんだよ、きっとな」 「…トラウマか?」 「はぁ?…当たり前だろ。あの時は本気で冬弥が居なくなるかと思ったのに」 「…それは…すまない」 しゅんとする冬弥を引き寄せる。 ちゃんといるだろ、というように。 「謝るなよ。…冬弥だって同じ想いしたくせに」 「…それは…」 彰人の言葉に冬弥は珍しく歯切れの悪い言葉を返す。 「?なんだよ、言えよ」 それに違和感を覚えつつ促せば、困ったように彼は口を開いた。 「…この寂しさは、彰人を傷つけてしまった罰だと…思っていた」 「……はぁあ?!!」 紡ぎだされるそれに彰人は素っ頓狂な声を出す。 何を、そんな。 「…おまっ、ホント…」 「…すまない」 「…ったく、んな顔すんなよ」 落ち込む彼に何だか逆に清々しくなって彰人は笑った。 自分からさよならを告げてきた彼は、彰人を思ってずっとずっと苦しんでいたのだろう。 全く、やはり雨を爆破するべきだった。 冬弥にそんな顔をさせてしまうなんて。 「…あの喧嘩があったからこそ、オレたちは強くなったんだろ」 「…彰人」 「過去をなかった事にしようとはしねぇよ。…その代わり、二度と勝手には離れさせねぇけどな」 立ち上がり、彰人は冬弥に手を伸ばす。 ああ、と頷いた冬弥がその手を取った。 笑い、その奥の太陽の光に目を眇める。 雨が降らない、この世界で。 泥濘がない路を、冬弥と二人歩いていく。
取り戻した光を、バッドエンドにはさせやしない、と彰人は口角を上げた。
(悲しみをもう一度抱きしめたいなんて滑稽な叫びはしないから
お前からのさよならは、追憶の奥深くに!)
二人きりの真白なセカイより愛の音を(彰冬)
君たちは知っているかな
クラスメイトから聞いた? 中学の友だちから聞いた? お姉さんから聞いた? 先輩から聞いた?
こんな不思議な噂話 …有り触れた世迷言 「誰もいない、Untitledに建つ時計台の上でry」
どこにでも転がってそうな幸せを運ぶジンクス
『廃都アトリエスタにて、永遠の愛を誓う』
「…なんだよ、それ」 それを聞いた瞬間、彰人が嫌そうな顔をする。 だからー!と机を揺らしたのは杏だ。 「Untitledにはね、ミクがいないセカイもあるんだけど、そのセカイには時計台があってそこで愛を誓うと幸せになれるんだって!」 わくわくした目でそう言う杏に、興味なさそうに彰人は息を吐き出す。 「…くだんねー…」 「くだらないって何よー!」 「まあまあ、杏ちゃん」 頬を膨らませる杏を宥めるのはこはねだ。 「…彰人」 後ろから困った顔で声をかける冬弥に、なんだよ、と彰人が睨む。 「そういうのは女子だけでやれっつー…」 「はっはぁん、実は試す自信がないんでしょ?」 「…は?」 杏のそれに彰人が凄い目を向けた。 こはねが焦った声を出す。 「杏ちゃん!」 「要は、彰人はこのおまじないを試す勇気がないんだぁ?じゃあ二人で行こー、こはね!」 「…え、えぇ?!今から?!」 「膳は急げ、よ!」 わたわたするこはねを引っ張っていく杏と、驚きながら着いて行くこはねを見送りながら、冬弥はそっと彰人を見た。 ここまで言われて黙っている彰人ではないことを、冬弥は知っている。 「退屈しのぎには丁度良いんじゃねぇか?なあ、冬弥」 「…そうだな」 カタン、と音を立てて立ち上がる彰人に冬弥は頷いた。 長い一日になりそうだ、なんて思いながら。
「…マジか」 何も無い場所、なんて中々繋がらない。 二人で何度か試してみてようやっと繋がったのは吐く息白い朝のことだった。 雪の街、といったほうが良さそうなそれに彰人は辺りを見回す。 人っ子1人居ないセカイの中で、ぽつんとそびえ立つ建物があった。 ぞわぞわと背に泡立つ感覚は、興奮とかそういうものだろうか。 「おい、あったぞ、冬…」 弥、と繋げようとして、彼の表情が強張っているのをみた。 そういえば、冬弥は高いところが苦手だったかと思い出す。 「…別に、上まで付き合わなくていいぞ。あった事が分かっただけで杏は満足だろ」 ポリポリと頭を掻けば冬弥はふるふると首を振った。 「…ここまで来たんだ。おまじないを試さないのも…おかしいだろう」 「…けどよ」 「試してみるだけだ」 意外にも頑なな冬弥に息を吐く。 こうなった彼は頑固なのだ。 そういうところが…可愛いと思ったり思わなかったり。 「…無理になったら言えよ」 「…分かった」 肩を寄せ合って手をつなぎ、入り口に足を踏み入れる。 中はがらんとしていて、意外だな、とさえ思った。 「…まー、テンションは上がるわな」 「そう、だな」 強引に同意を得て天辺を目指す。 ぐるぐると螺旋階段を登るのは根気の要る作業で。 一体何をしているのだろうと我に返りそうになった。 ここで正気になれば、頑張っている冬弥があまりに可哀想だ。 …まあ彼が登ると言い出したのだけれど。 「…前だけしっかり見てろよ」 「…分かっ、た」 ぎゅうと左手に込める力が強くなったのを感じて苦笑しつつ、ふと白いものが視界を掠める。 「…雪、だ」 「…!」 ついに降り出したそれに、彰人は登ることを諦めた。 強くなる雪は下手をすれば足を踏み外し、滑り落ちる可能性もある。 何より冬弥が限界そうだ。 …それに。 かつて誰かの思いで賑わったであろうセカイを覆う白銀は、確かに綺麗な景色だった。 天辺ではないかもしれない。 それでも、冬弥と共に見られるのなら、白いキャンパスに描くものが同じと知っているそれが彰人にとっては一等綺麗だと言えた。 …それは、きっと冬弥も同じ。 唐突に鐘の音が響いた。 錆びついて鳴らないだろうと思っていた時刻を告げる時計台がセカイ中に音を紡ぐ。 その音はまるで、自分たちを祝福しているかのようで。 「…彰人」 「…ああ」 珍しく積極的な彼の、すっかり冷たくなった頬に手を添える。 誰かの世迷言だって本物に変えてやると。 未来は、自分たちの手で掴むんだと。 …幸せは、次の幸せへと紡ぎ、大きな愛になるようにと。 重なる唇でそっと呟く、その言葉は。
『廃都アトリエスタにて、永遠の愛を誓う』
R18を超えていけ!(彰冬)
「…なあ、ミク。この歌詞なんだが…」 「はいはーい。えっとねー」 いつものセカイ、いつものMEIKOの店で、割と珍しい光景が繰り広げられていた。 ミクと冬弥がこちらに気付くこと無く話し込んでいる。 普段はどちらかが気付くものだが…。 ここでイタズラ心がむくむくと湧いた。 少し、ほんの少しだけ脅かせば彼はどんな顔をするのだろう。 そぅっと背後に回り…冬弥が持っている楽譜のタイトル部分が目に入った。 それに目を見開く。 「…冬弥っ!」 「っ?!彰人?!」 思わず大声で呼び、目を見開いて振り仰ぐ冬弥に、ああそんな顔をするのかと思う暇もなかった。 だって、そのタイトルは。 「R-18ってなんだよ!!」 「…は?」 彰人の渾身の叫びに、冬弥がぽかんとした。 R-18、匂わせるなんてこともない、モロにそのままなタイトル。 どこで歌うつもりだったかは知らないがそんなことは許さない。 そんな、誰が、オレの冬弥にそんな歌詞を紡がせてやるものか…! そう息巻く彰人とは正反対に冬弥は呆れ顔だ。 ミクがくすくす笑い、彰人の袖を引っ張る。 「…あのね、これ…『ルート18』って読むんだよ?」
「…タイトル詐欺じゃねぇかよ…」 はぁあ、と彰人がため息を吐く。 まさかの、国道18号線を自転車で走る歌、だとは誰が思うのだろう。 「…反省したか」 と、冬弥が呆れ顔でやってきた。 歌詞の件はもう良いらしい。 流石に暴走しすぎだと珍しく冬弥から怒られ、反省しろと言われたのだ。 普段は勉強以外でそんなに厳しくなることもないから余程のことなのだろう。 あのミクが「私は気にしてないし、誰にも言わないから」と言う始末である。 傍から見ていて相当哀れだったに違いない。 「はいはい、反省しましたー。…んで?今日は終わりか?」 「…それなんだが」 軽く返し、冬弥に振ってみれば彼は少し困った顔をした。 「…彰人、自転車は持っているか?」 「…そりゃあ、まあな」 唐突なそれに疑問符を浮かべながら答える。 そうか、と少し寂しそうな冬弥曰く、今回の歌が自転車こいでひたすら走る、という爽やかな歌詞なのに、自転車自体にロクに乗ったことがないらしいのだ。 昔からクラシック一筋で、厳しく教えこまれてきた冬弥は手を怪我してはいけないと禁じられてきたようで。 「あまり、感情移入出来ないんだ」 目を伏せる冬弥に、なるほど、と思う。 彼は完璧を目指すタイプだ。 彰人と並べる様にと頑張っている冬弥が努力を惜しんでいないのは知っている。 …だったら。 「…乗れば、いいんじゃねぇの?」 「え?」 「なんならオレの後ろ、乗せてやるけど」 驚く冬弥にそう言って笑った。 「流石に国道18号線までは行けないけどさ、好きなトコ連れてってやるよ」 「…!…すまない」 「おー」 ふわ、と表情を緩める冬弥に彰人はひらひらと手を振った。 自転車に乗るように、彼の思いが軽くなれば良いと思う。
「…彰人、速くないか…?!」 「んなことねぇよ。つかくっつき過ぎ。曲がれねぇだろー?」 「そんな、こと言われても…!」
焦る冬弥の声をBGMに、風をきった。 背中から伝わる温もりと、とくとくと聴こえる心音が心地良い。 「坂来るぞー、落ちるなよ!」 「えっ、まっ、まて、彰人!」 「待てるかっての!」 ふは、と笑い、坂を下る。 ひっと引き攣る声に背に掴まる力強い手。 …彰人の手を取ってくれた、手。 それだけで良い。 引っ張って、横に並んで、二人で走れば良いのだから。
『自転車こいで、ひたすら走る!』
(その先に二人の未来があると信じて!!)
自転車こいでひたすら走る 初めて出会う街 目指して
夏の終わり すずしくなった朝が けだるい日常を運んでくる 退屈な場所へ向かうコース 逸れて いつもは使わない国道(ルート)を通る
夢もあった 理想(きぼう)もあった だけど声に出すのがとても怖かった 眼の前に立ちはだかる茨の道を 乗り越える勇気を... 「この手にください!」
自転車こいでひたすら走る その先に未来がある気がした 自己満足(ひとりよがり)でもいい 正直なんだっていい わずかでも何か変わるなら・・・ 明日に続くと信じて走る 国道18号(ルート18)
見たこと無い道は 背景変えながら 普段と違う想いを届ける すれ違う人の全員にきっと それぞれの生き方が・・・とか思った 一般人A(モブ)でしかなかった自分は それ相応の道だけ進むはずだった 突然の急な坂を上りきったら もっと高く高く... 「陽のあたる場所へ!」
自転車こいでひたすら走る 今だけは自分が主役な気がした 自己満足(ひとりよがり)でもいい 正直なんだっていい わずかでもイマが変わるなら・・・ 明日に続くと信じて走る 国道18号(ルート18)
傷つくこと恐れた心は カラッポでひび割れそうだった 暗闇で孤独に震えるくらいなら 傷だらけになってもいいや
自転車こいでひたすら走る 名前を呼ぶ声にやっと気がついた かっこ悪くてもいい イマはガランドウでいい 少しずつ埋めてゆくよ だから... 明日に続くと信じて走る 国道18号(ルート18)
機械仕掛けの神様なんてクソくらえ(改)
…かんっぜんに選曲ミスった。 そう、ため息を吐いたのは彰人だった。 「…大丈夫か?彰人」 心配そうに覗き込む相棒…だけではないが…の、冬弥に突っ伏したまま手を振る。 一応大丈夫、というのが伝わったのか彼はホッとした表情を、した。 「飲み物、いるか?」 「…んじゃあブラック以外で」 「…分かった」 小さく笑った冬弥がパタパタとスタジオから出る。 それを見送りながら彰人は自分が持ってきたはずの楽譜を手に取った。
Anti the EuphoriaHOLiC
そう銘打たれた楽曲は、とにかく速いし曲調もコロコロ変わるしで歌うのがかなり難しいそれだった。 普段やらないジャンルを、と探してきたはいいが完全に間違ったな、と再び項垂れる。 ツインボーカルだし、これが歌いこなせればパフォーマンスも映えるだろう、なんて安易に思ったのが間違いだったのだ。 これは人間が歌えるものではない。 バーチャルシンガーたちだからこそ映える歌なのだろう。 …ちなみに前身であるAnti the ∞HOLiCはカラオケに入っているようだ、どうかしている、と汗を拭った。 (つか、作者は何を思ってこの曲を作ったんだ?) ため息を吐きながら彰人はそう思う。 Фはセカイとは読まねぇだろ、普通…、と独りごちていれば、またパタパタと足音が聞こえてきた。 「…これで良いか?」 「…ん、サンキュ」 缶ジュースを持って戻ってきた冬弥からそれを受け取る。 彰人の好きなものを熟知しているのは流石相棒、といったところだろうか。 缶を煽れば甘く爽やかな味が喉を潤していく。 「冬弥は大丈夫か?」 「…俺、か?俺はまあ…」 「無茶すんなよ」 困った顔の冬弥にそう声をかけた。 彼は感情を表情に出さないからである。 まあそこが冬弥らしいといえばらしいのだが。 それに、前より分かりやすくなった。 特に、楽しい、という感情はより伝わってくるようになったのだ。 彰人はそれを嬉しい、と思う。 父親を吹っ切って、クラシックを受け入れて、冬弥はより豊かな歌声を響かせるようになった。 彰人と、それからこはねや杏と共に、伝説を超える、その為に。 それを、嬉しいと呼ばずに何というだろうか。 「彰人が選んだ曲だろう?…難しくても、やり遂げてみせるさ」 冬弥が小さく笑う。 「…オレは、こいつのこういうトコが好きなんだよなぁ…」 その言葉に彰人はそっと独りごちた。 彰人を、真っ直ぐに信じてくれる。 なんだかんだ言いながら着いてきてくれる。 だから自分ももっと高みへ行けるのだ。 あの、喧嘩で、再確認した。 彰人は…彼と、冬弥と歩いていきたい、と。 「辿るべき道標(ひかり)はその胸に――、か」 「彰人?」 きょとんとした顔で冬弥がこちらを向く。 何でもねぇよ、と彰人は答えて立ち上がった。 よく分からない歌詞の羅列で、唯一共感したそれ。 辿るべき目標(ゆめ)は、彰人の…彰人たちだけのもの。 自分たちは自分たちだ。 決めるのは他の誰かなんかではなかった。 カミサマなんていらない。 デクス・エクス・マキナなんてもっとごめんだ。 真実に興味はないし、そも、自分たちが掴んでいるものこそが真実だと、彰人は信じていた。 だが、不幸と思ったって決まってしまった結末を捻じ曲げることは絶対にしない。 へや(過去)の飛び出したマリー(人類)のように、夢を、伝説を掴むために進むのだ。 まっすぐ、希望だけを胸にして。 彰人たちの野望はまだ、始まったばかりなのだから。 絶望なんてそこにはない。 苦しいことがあったって、頼ってほしいと手を差し伸べてくれる彼がいる。 それだけで充分だ。 …ただ、歌と冬弥がいれば…それでいい、と。 「練習再開すっぞ!!」 「…ああ」 呼び掛ければ、ふわり、と冬弥が笑う。 中々見れない、柔らかなそれで。 その笑みを見て、彰人も強気に笑った。
難しい歌だってなんだって、冬弥がいるならやってやる。
…冬弥の笑顔のためなら、オレは…バッドエンドも書き換えてやるよ。
「ぜってぇ嫌だ。誰がんなふりっふりの服着るかよ、司センパイじゃあるまいし!」 「…フリルと言っても腰のところだけだろう。きちんとした男性用衣装だぞ?大体司先輩の衣装はステージ衣装だからで…」 「彰人はさあ、ワガママだと思うなあ」 「…レン」 「ここのレンを見てよ、まともな衣装が二割しかない」 「…。…オレが悪かった」
転生しない少年たち
「冬弥ー。またせ…何読んでんだ?」 「…彰人」 彰人の声にふわりと笑った冬弥が読んでいた本の表紙を見せた。 「『星ノ少女ト幻奏楽土』…珍しいな、ファンタジーか?」 「そうとも言えるし、違うとも言えるな」 曖昧な冬弥のそれに彰人は首を傾げる。 曰く、その本はいくつかの章で構成されているらしく、今は6番目の話を読んでいるらしかった。 普段なら興味もないのだが、曖昧に濁されたせいで妙にストーリーが気になってしまい、「どんな話なんだよ」と聞いてしまう。 冬弥も読んでいる本に興味を持たれるのは純粋に嬉しいのか、快く教えてくれた。 「ある少女が、友だちの少女を好きになってしまった。その事実に絶望した少女にそのセカイのステラシステムが囁く、『不幸ヲ、サヨナラ』と」 冬弥がきれいな声で語りだすそれはどこか淋しげで。 彰人は口を噤む。 「ステラシステムは少女を少年に転生させたんだ。最初は幸せだった彼女たちだが違和感を覚えるようになる。それは本当に幸せなのか、と」 「…くだんねぇな」 「…え?」 思わず呟いた彰人のそれに、冬弥は首を傾げた。 だから、と彰人は頭を掻く。 「その、少女…だっけ?転生した方。相手に想いを伝えたわけじゃなかったんだろ」 「…そうだな。尋常じゃない片思い、とあるから恐らくは」 「伝えてみりゃ良かったじゃねーか。口にしなきゃ伝わんねぇこともある」 「…!…そう、だな」 彰人の言葉に、冬弥は目を見開き、それからふわりと笑った。 やはり伝えて良かった、と思う。 冬弥が隣で笑ってくれる、その幸せを手に入れることが出来たのだから。 絵空事に恋する気はなかったし、友だちのままで、相棒のままでいる気もなかった。 平坦に単調に聴き飽きたポップスのように、ただただ流れていく偽りの日常なんかいらない。 彰人が望むのは胸が高鳴って常に進化していく最高潮の音楽(ストリートミュージック)と素晴らしい仲間だ。 こはねと、杏と、それから。 「行くぞ、冬弥」 目の前の相棒に手を差し出す。 ああ、と迷い無く手を取ってくれたのが嬉しかった。 今は、相棒としてだけではなく、恋人としても隣に立ち続ける。 仲の良い友達、はもう脱したのだ。 だから、もう悲しませたりなんかしない。 転生少年みたいには、もう。
(誰かの幸せを願うなら、その隣にオレがいたって問題ないだろ!!)
「…彰人も、ステラシステムに抗いそうだな」 「…。…そもそもステラシステムなんかに縋らねぇっつーの」
二人のセカイで の詩を
「…なんだこれ」 ぽかん、と彰人はイヤホンを外しながら呟いた。 その反応を見た冬弥も肩を揺らす。 勿論その反応は想定内であったようだが。 「…これ、次のイベントで歌うとか言い出さねぇよな?」 「…まさか。流石に小豆沢や白石に怒られてしまう」 「オレだけなら歌うつもりだったのかよ、怖ぇ奴」 くす、と笑う冬弥に、彰人は流石に呆れた。 彰人が歌うつもりであれば冬弥もノッたのだろうか。 「聴き取れるということは歌う事も出来そうだが」 「恐ろしいこと言うなよ。…口が回んねぇっつぅの」 ふむ、と考え込む冬弥に彰人は軽く笑った。 パフォーマンスで歌う事が出来れば格好も良いだろうが、それで歌詞を聞き取る事が出来なければなんの意味もない。 …存外、正確な音を紡ぎだす冬弥には出来るのかもしれないけれど。 「…もしかして、歌えたりすんのか…?」 「…。…流石の俺も無理だな。早口は向いていない」 「…だよな」 恐る恐る聞いてみれば、少し考えて出されたそれに彰人はホッとする。 「まあ、ドールも私だけで良いと言っているしな」 「…あ?」 くす、と微笑んで言われるそれに彰人は首を傾げた。 何を突然。 そう思っていれば少し楽しそうな冬弥が画面の中の少女を指差した。 バーチャルシンガーである初音ミクとも、自分たちのセカイの初音ミクとも違う姿の少女が悪い顔で歌っている。 「…こいつがドール?」 「ああ。…作者がそういう名前だと言っていたからそうなのだろう」 「ふぅん。なんか単純だな」 彰人のそれに冬弥が楽しそうに笑った。 「名前はどちらでも良いんじゃないか?彼女の意味は『君の詩』を歌うことなのだから」 「…あー、誰にも愛されなかった君の詩、か」 何度か聞いている内に聴き取れたそれを言うと冬弥がコクリと頷く。 「きっと最初は言い付け通りに品行方正に、唄を紡いでいたんだろう」 「まあ、機械だしな」 「だが、君、は周りから愛されないと知る。君、と共に歩んできた彼女は君のためにこの詩を歌い続けているのではないだろうか」 「…あー…分かるような分かんねぇような」 冬弥の言葉に彰人は素直にギブアップを示した。 ミステリー小説好きの冬弥は兎も角、流石にそんなところまで読解出来るほど理解が及んでいるわけではないし、まして考察なんて出来っこない。 事実は、良い歌だが今の自分たちが歌うのは不可能だ、ということだ。 …認めるのは悔しいが。 「いつかドールだけじゃねぇ、オレたちも歌えることを証明しねぇとな。いい曲なのは事実だしよ」 「…!…ああ、そうだな」 冬弥が嬉しそうに微笑む。 その笑顔を見ると、やはり口の体操は毎日しておくか、という気分になった。 音楽プレイヤーを止めようとして…ふと止める。 「…?彰人?」 「いや、やっぱこの曲は歌えねぇなって思ってよ」 首を傾げた冬弥に頭を掻きながら言えばしばらく不思議そうにしていたが、該当の歌詞を見、理解したのか小さく笑った。 「…もしかして」 「…っ、そうだよ。…オレはぜってぇ言わないし、冬弥に歌わせる気もねぇし」 答えを言いそうになる冬弥を遮って彰人は答える。 過激なだけでは別に構わないのだ。 だが、これは。 「俺は構わないんだが。…後生抱いてくれ、ダーリン?」 綺麗に微笑む彼に、何となく煽られている気がしてぐいっと手を引く。 「望み通りにしてやろうか?ハニー」 「…歌の練習が出来ないのは、困るな」 楽しそうな冬弥に黙れと言わんばかりに口付けた。 君には私だけでいいの、と笑うドールが脳裏にチラつく。 それは確かにそうかもな、なんて思いながら彰人は冬弥を抱きしめた。
彰人を求めるような歌は、誰にも聞かせたくない。
(さあさ、共に踊りましょう?
さあさ、共に唄いましょう?)
冬弥の相棒は、彼の様々な歌声を聴くことが出来るのは、彰人だけなのだから! (それは、冬弥も同じこと)
狭いセカイに、響く二人の唄は、誰にも聞こえず互いの鼓膜を震わせ消えていった。
「…ちなみにこの曲だが、リズムゲーム用に作られたものらしい」 「…あー、それで指を粉砕…」
司誕生日
「…なぁ、咲希」 「んー?なぁに、お兄ちゃん!」 司の呼びかけに、スマホから目を離した咲希がひょいとこちらを覗き込んでくる。 首を傾げる彼女に、先程から悩んでいることについて聞いてみることにした。 「冬弥から誕生日プレゼントを渡したいと言われてな、何が良いかと迷っているんだ」 「えー?お兄ちゃんが欲しいもので良いんじゃないの?」 「今特別欲しいものは無いし、それに欲しいものは自分で手に入れてこそ、だろう?冬弥から貰うものは何でも嬉しいしなぁ…」 「あははっ、お兄ちゃんらしいよね!」 可愛らしく笑う彼女は、少し天井を見上げると、あ、と言う。 「とーやくんと一日デートは?」 「それも考えたは考えたが、普段と変わらんような気が…」 「確かにそうだよねぇ。うーん、そうだなぁ」 「オレは貰うより渡す方が好きだしなぁ」 「お兄ちゃん、生粋のエンターテイナー、未来のスター!だもんね」 咲希が明るく笑う。 その後、少し悪い顔になった。 「じゃあもういっそ、お前が欲しいー!くらい言っちゃえば?」 「まあそれはまた特別な日に言うが」 「あ、言う予定はあるんだね?」 さらっと返せば咲希も何かを納得したようだ。 司も冬弥も男同士だが彼女はそんなこと関係ないらしい。 好きなお兄ちゃん、が好きな友人、と一緒になって幸せ!くらいだろうか。 「お兄ちゃんは、とーやくんにあげた中で一番これだ!っていうのはないの?」 「ん?あぁ、そうだな…。…やはり、ショーだな!」 咲希の疑問にそう答える。 彼は司のショーが好きでいてくれていて、司も事あるごとにショーをしているのだ。 その答えにじゃあ!と彼女は表情を輝かせた。 「お兄ちゃんもとーやくんから歌を貰えば良いよ!」
「…俺の…単独パフォーマンス、ですか」 冬弥がぱちくりと目を瞬かせる。 ああ!と大きく頷く司に、少し悩んでから「分かりました」と言ってくれた。 「しかし、何故」 「いや、冬弥はよくオレのショーを見に来てくれるだろう?」 「はい。先輩のショーが好きなので」 「嬉しい事を言ってくれる。…だが、オレはあまり冬弥のイベントを見たことがない事に気づいてなぁ。仲間たちとのパフォーマンスも素晴らしいだろうとは思ったがやはり冬弥一人のパフォーマンスも見てみたいと思ったんだ」 そう言えば、冬弥は嬉しそうに微笑む。 やはり、得意分野である歌を届けるのは嬉しいのだろう。 「今からではライブイベントに申し込むと時間がかかるので…路上パフォーマンスでも良いでしょうか?」 「ああ!観客は大勢いる方が良い」 冬弥のそれに頷き、ぐいっと手を引いた。 それから彼に囁く。 頬を染める冬弥に笑って肩を叩き、楽しみにしている、と告げた。
きっと、素晴らしい誕生日に、彼はしてくれるだろう。 司の囁きの通りに。
「…今そこで歌っている冬弥の歌声も何もかもがオレだけに向けられたものだと、…オレは知っているからな」
(観客が大勢いる中、熱い冬弥の歌声と視線の先は
司だけが知っている)
司冬ワンライ/あわてんぼうプレゼンター・誕生日
さて、咲希の誕生日が終わったその日のことだ。 司はもう次の準備に取り掛かっていた。 その準備とは、何の事はない、冬弥の誕生日である。 「やはり冬弥が喜ぶことをしたいが…さて何が良いだろうか…」 ふむ、と考え込み、天井を見上げた。 冬弥なら何をしても喜びそうだが、やはりここは未来のスター、最高の笑顔を引き出したいと思うのは当然だろう。 「お兄ちゃーん、お風呂空いた…どうしたの?」 「…おお、咲希。実は、冬弥の誕生日プレゼントは何が良いかと思ってなぁ…」 首を傾げる妹にそう言えば目をぱちくりとさせた。 「とーやくん?え、でも、とーやくんの誕生日って25日じゃなかった?」 「?そうだが?」 「アタシの誕生日終わったばっかりだよ??お兄ちゃんの誕生日もまだなのに…」 「む、そうか?咲希だって、一歌や穂波、志歩の誕生日プレゼントは早々に用意していただろう?」 咲希の疑問に返してやれば、そっか!と彼女も納得したらしい。 「そっか!…じゃあお風呂でゆっくり考えるのはどうかな?」 「おお!それは良いな!」 「でしょ!あ、でも逆上せないでね?」 「ああ、分かった!」 手を振る咲希に司は明るく言う。 素敵なプレゼントが思い付くと信じて。
結論から言えば、逆上せそうになった。 しかも、これだ!というものは思い付かず、仕方がないので司はピアノの前に座り、弾きながら考えることにしたのである。 トルペのショーをしてから、以前よりもピアノの前に座る事が多くなった。 そういえば、冬弥も発表会に来てくれた時は喜んでいたっけか。 ピアノやバイオリンから離れ、弾くことは今は出来ないようだが、聴く分には楽しく聴けるようになったらしい。 良かったと思う。 …司との思い出まで辛くなっては、こちらも悲しいから。 と、ふと見上げれば咲希が誰かに電話しながらこちらを見ていた。 演奏を止めるとふわふわ笑った彼女が「電話、とーやくんだよ!」と言う。 「冬弥から?」 「ふふ、愛し愛され似た者同士って感じだよね!はい!」 階段を駆け下りて来た彼女は、スマホを手渡してからまた階段を上がり、自室に入っていく。 「もしもし?冬弥か?」 『…!司先輩、その…こんばんは』 「ああ。どうかしたのか?」 『いえ。その…』 少し口篭る冬弥に、何となく察しが付いて司は笑った。 愛し愛され似た者同士とはそういう事か、と。 「…いや、良い。その返事は後日聞くとしよう。今日は月が綺麗な夜だからな。どうだろう、オレの演奏を聴いていかないか?」 『…!…是非、お願いします』 電話の向こう、冬弥の声が甘くなる。
月が綺麗な夜、あわてんぼうなプレゼンターが彼に捧げる曲は「JE TE VEUX」。
彼の誕生日は、油断していればすぐそこ、だ。
|