司冬ワンライ/ふわふわもこもこ・雪遊び
寒い。
毎週、いや、毎日言っている気がするが寒いものは寒いのだ。
特に寒いと言っていた次の日に寒さを更新している気がしてたまらない。
「…あ、天馬先輩おはよう御座いまーす!風紀委員でーす」
「…おお、白石か。寒いのに朝早くからご苦労なことだな!」
明るい声にそちらを向けば、寒さで鼻を赤くしながらバインダー片手にこちらに来る杏がいた。
本当ですよー!とブスくれながらも彼女は司を頭のてっぺんからつま先までじっくりと見る。
それから可愛らしく笑みを浮かべた。
「はいっ、オッケーです!…天馬先輩、ほーんと校則だけはきっちりしてますよねー」
「待て待て待て、校則だけとはなんだ、校則だけとは!」
「あはは!寧々ちゃんから聞きましたよ?良く爆破されてるーって」
「あれは爆破してくるやつがいるから結果としてそうなっているんだがな?」
けらけら笑いながら言う杏に司はほんの少しだけ嫌そうな顔をする。
安全ではあるし、スターになるためならば、と司自身が了承しているのもあるのだけれど。
「…まー、そんな天馬先輩だからこそ、うちの子を任せられるのはあるんですけどねー」
「む?何か言ったか?」
「いえ、別に。…あ、そうだ!」
小さな杏の声に司は首を傾げる。
へら、と笑った彼女が、何かを思いついたように声を上げた。
パチン、とウインクをした杏は少し向こうを指差して。
「うちの可愛い雪だるまがあっちにいると思うんで、そろそろ連れてってくれません?」
杏に言われた場所では見慣れたツートンカラーの髪をした可愛い恋人が、その髪に雪を乗せていた。
「…何をやっているんだ?冬弥」
「…!司先輩!おはよう御座います」
「ああ、おはよう」
髪に付いていた雪を払ってやりながら聞いてみれば彼はびっくりした顔をする。
それでも挨拶を忘れない辺り真面目だな、と思いつつ小さく笑った。
「…お、雪だるまか」
「はい。雪が降ったので…つい」
冬弥の足元には小さな雪だるまがある。
そういえば昔に雪だるまの作り方を教えたことがあったっけか。
「上手く作れるようになったなぁ、冬弥!」
「ありがとうございます。…先輩?」
「だが、このままでは冬弥が風邪を引いてしまうぞ?」
可愛らしく作られた雪だるまを褒め、彼の首に持っていたマフラーを巻いてやる。
ありがとうございます、と言った冬弥がもふ、とそれに顔を埋めた。
「…先輩の匂いがします」
「む、そうか、すまん」
「いえ。…安心、するんです」
嬉しそうな冬弥に、驚いて目を見開き、それから、ふは、と笑う。
まったく、なんて可愛らしいのだろう!
「わっ、司先輩?」
「そうかそうか、可愛いなぁ、冬弥は!」
くしゃり、と頭を撫でる。
雪がチラつく校庭で。
二人の周りだけが暖かかった。
「あ、天馬先輩、ありがとうござ…うわっ、冬弥ふわもこじゃん!!」
「…俺は、良いと言ったんだが…」
「何を言う!寒さは怖いんだぞ?!マフラーだけで乗り切れるわけがなかろう!」
「…あははっ、愛されてるねー!」
司冬ワンライ・幼少の夢/大人になったら
大人になったら何になりたい?
大人になったらね…
「オレは大人になったら皆を笑顔にするスターになるぞ!」
えへん!と胸を張る司に冬弥がぱちぱちと拍手する。
割といつもの光景だが、今日はその後が違っていた。
今日は何せ成人式なのである。
「冬弥はどうだ?」
「え?」
わくわくしながら問いかける司に冬弥がきょとんとした。
「大人になったら何になりたい?」
「…。…分かりません」
司のそれに冬弥は少しだけ悩んでからそう答える。
まさか、分からない、が返ってくるとは思わなくて今度は司がきょとんとしてしまった。
「分からない?」
「はい。父さんや兄さんたちと同じようにクラシックの道に進むと思ってはいるのですが…」
「ふぅん。真面目だなぁ、冬弥は」
「…え?」
思わず呟いてしまったそれに、冬弥が首を傾げる。
彼は真面目だ。
親や兄と同じ道に進まなければ、と思っている。
…別にそんなことはないのに。
「冬弥自身がクラシックをやりたいと思うならそうすれば良い。だが、可能性は自分で狭めてはいけないぞ!」
「…!」
お手製の小さな舞台に登り、冬弥に向かって笑いながら手を伸ばす。
「夢は諦めるものではなく叶えるものだ。やりたいなら挑戦すれば良い。それに、オレはいつだって、冬弥に笑っていてほしいと思っているんだぞ?なにせ、オレは冬弥が大好きだからな!!」
「…あったなぁ……」
「…ありましたね」
何故だが母親に「ハーフ成人式の動画がある」と家に遊びに来ていた冬弥と共に見せられた司は少し遠い目をした。
またこれは熱烈な愛の告白だと笑ってしまう。
幼少期から自分はちっとも変わらなかったようだ。
「まあ、今も幼少よりその夢は変わらないがな」
「皆を笑顔にするスターになりたい、ですか?」
「もちろんそれもだが…」
こてりと首を傾げる冬弥の手を持ち上げる。
その手にキスを落とし司は笑った。
「オレは冬弥に笑っていてほしいと思っている。なぜなら」
珍しく顔が赤い可愛らしい恋人に、司は囁く。
幼少から変わらない、…いや、もっと大きくなった愛の言葉を。
「お前を、愛しているからな。…なぁ、オレの可愛らしいお嫁さん?」
大人になったら何になりたい?
大人になったら…
『…なら、ぼくは、司さんのお嫁さんになりたい』
ミクルカの日
「いぃなぁああ」
ミク姉ぇがスマホを見ながらため息を吐き出している。
そんなミク姉ぇをおれは…スルーした。
「ちょっと待ってちょっと待ってレンくん!」
「うわっ、なに、せっかくスルーしたのに」
「お姉様をスルーしないで?!」
ぐんっと手を引っ張られてよろけそうになるのを必死に堪える。
んなめんどくさいことになってるのに首突っ込むやつなんていないんですよ、初音さん。
「とりあえずこれ見て」
「はぁ…。何……プロセカのミク姉ぇとルカ姉ぇ?」
見せられたスマホの中には制服を着た…Leo/need、だっけ…のミク姉ぇとルカ姉ぇが手を振っていた。
あ、制服の兄さんもいる、可愛い。
「レンくん、ちゃんと見てる?」
「…見てるけど。アフターライブの映像だっけ?それがどうかした?」
ミク姉ぇにジトっと見られて慌てて言った。
何故だか息を吐き出したミク姉ぇがスマホを置く。
「レオニのミクもモモジャンのミクもビビバスのミクもワンダショのミクもニーゴのミクも、ルカちゃんとイチャイチャしててズルい!!!」
渾身の叫びにおれは呆れてしまった。
マジで何言って…。
「…いや、イチャイチャはしてないだろ」
「マジミラのミクもシンフォニーのミクもイチャイチャしてるしさぁ、なんかさぁ」
「なぁ、聞いて??」
ブツブツして言うミク姉ぇに、おれは一応突っ込んでみる。
聞くなら自分の世界に入んなっつーの。
「レオニはともかく、他はイチャイチャはしてないと思うけど」
「二人がセカイにいたらそれはイチャイチャしてるの」
「わぁ、暴論ありがとう」
「どういたしまして」
にこっとミク姉ぇが笑う。
良い意味じゃねぇんだけどな?
「ミク姉ぇもイチャイチャすりゃいいじゃん」
「そのルカちゃんがいないのー」
そう言えばあっさりと返ってきた。
あー…なー…。
「今日はミクルカの日なのに……」
「去年も言ってなかった?」
「言ってた。そしてその時は私が仕事だった」
「お気の毒さまでーす」
悔しそうなミク姉ぇに、軽くそう言う。
だって大分めんどくさいやつじゃん。
「とりあえずダブルラリアットかけて良い?」
「良いって言うと思った??」
ジリジリ距離を詰めてくるミク姉ぇから距離を取りながら逃げ道を探す。
大体、ダブルラリアットってルカ姉ぇの曲じゃんか!!
「ただい…何してるの?ミク、レン」
「あ、お兄ちゃん、お帰りー」
「助けて兄さん!ミク姉ぇが!!」
きょとんとした顔で兄さんがおれたちを見る。
それに、やっほーと手を振るミク姉ぇを振り切っておれは兄さんのもとに逃げた。
「ただいま帰りました。…あら?」
と、ルカ姉ぇの声がする。
振り仰ぐおれが見たルカ姉ぇは、今まで見たことない姿で。
「どうかしましたの?」
「何でもないよ。それより、綺麗だね、ルカ姉ぇ」
「ありがとうございます。プロジェクトセカイのルカの、☆4衣装からインスピレーションをうけたらしいです。服の形はアイドルのルカから、模様は教室のルカから、髪飾りは誰もいないセカイのルカから。ショーキャストとストリートのルカはなかったので、色とアクセサリーをモチーフにしたんだそうですわ」
ふわふわとルカ姉ぇが笑う。
揺れるレースの髪飾りと桃の髪。
「良いよね。俺は軍服着てきたよ。教室のカイトが着てたやつ」
「は?!言ってよ!おれ、郵便屋さんしたのに!!」
「…郵便屋さんなんですのね…?」
おれの言葉にルカ姉ぇが首を傾げた。
その、時。
「…ルカちゃん」
「はい。ミク姉様…きゃっ?!」
ミク姉ぇが突然抱きつく。
驚きながらもルカ姉ぇがそれを抱きとめた。
「ど、どうか…?」
「結婚しよ???」
オロオロするルカ姉ぇに、ミク姉ぇが突然プロポーズ、する。
「け、結婚…?!」
「うん、良い家庭築くよ、約束する。だから、私の嫁に来て?一生私の隣で歌っててくれないかな?」
驚くルカ姉ぇに、真剣なミク姉ぇ。
ったく、よくやるよなぁ。
ミク姉ぇの通算3561回目のプロポーズ。
それにルカ姉ぇがふわりと微笑んで。
「…喜んで」
大体茶番でしかないよな。
毎回オッケー貰うんだから、さ!
一月三日、今年もいつも通りな、良い年になりそうだ。
(ミクルカの日のプロポーズは、毎年の恒例行事!)
「毎年毎年やってて飽きないのかね…兄さん?どしたの、楽しそうに笑って」
「ふふ、内緒」
(ルカもプロポーズされるように色々画策してるんだよ、なんてまだ知らなくて良いよね?)
司冬ワンライ・初夢/参拝
セカイにも神社ができたんだよ、と言ったのは誰だっけか。
とりあえず足を運んでみるか、と歩いていった所で思いもよらない人物を見かけた。
「…司先輩!」
「…は??」
ふわ、と笑うのは青柳冬弥。
おみくじの箱を携えて立つ冬弥は、巫女…男の場合は禰宜、というのだったか…を着ていた。
「冬弥?!一体ここで何を…」
「手伝いを頼まれましたので」
あんぐりと口を開け、そう尋ねてみれば、彼は楽しそうに笑う。
誰に頼まれたんだ、とか、何故彼が司のセカイに、だとか思うことは沢山あったが、それだけで、なるほどなぁと納得してしまった。
「その格好も似合うな、冬弥!」
「ありがとうございます。なかなか着ないものですので…少し、気恥ずかしさもありますね」
柔らかく目を細める冬弥に、司もにこにこと笑う。
何を着ても似合うのだから、照れることはないのに。
「司先輩、おみくじはいかがですか?」
「うむ、冬弥がそう言うならば一つ」
はい、と箱を差し出され、司は何の迷いもなく箱に手を突っ込んだ。
一つおみくじを取り、手を引き抜く。
「…これは…」
「…空白?」
紙を開き、二人でのぞき込んだ。
その中身は何も書いていない。
「…どういうことでしょうか」
「…そうだなぁ…」
首を傾げる冬弥の手を取った。
え、と目を丸くする冬弥に笑いかける。
「運命は自分で切り開くものだ、なぁ、冬弥!!」
高い電子音が鳴り響く。
お兄ちゃーん!と呼ぶ声が聞こえた。
「…夢、か…」
ぼんやりと呟き、起き上がる。
初夢なのだから、もう少し大胆なことでも魅せてくれたら良いのに、と思わなくはなかったが。
「…夢は現実に、運命は自分で切り開く、だな」
小さく笑い、スマホを開いて文章を打つ。
今行くぞ!と妹に言い、部屋を出た。
ベッドに置き去りにされたスマホに踊る文字。
返信のそれが来るまで…あと数分。
『おはよう、冬弥!初詣は終わってしまったかもしれないが、一緒に神社で参拝をしないか?』
『おはよう御座います。ぜひ、一緒に行かせてください。…先輩に、お会いしたいです』
サプライズプレゼント
「ねぇ、レン!召使のレンくん二人目来たよ!」
「良かったね、兄さん」
「裁判長の俺も二人いるんだよ。仲良しだよね」
「…それ、リンに言うなよ?明日のおはようガチャで仕立て屋のルカ姉ぇが仮天井だって嘆いてんのに」
嬉しそうな兄さんに、おれは呆れつつ言う。
ったく、嬉しそうなんだから。
ちょっと見た目が変わってるだけで、おれはおれなんだけどな。
きょとんとした兄さんは小さく首を傾げた。
「え、でも仮天井まで来なかったらルカに仕立て屋さんのコスしてもらうんだって息巻いてたよ?」
「はぁ?!ルカ姉ぇにんなことお願いしてんのかよ!」
「…え、そんな…??」
兄さんの言葉におれは思わず声を上げた。
目を丸くする兄さんに、謝る。
いや、でも、仕方ないだろ?
あのルカ姉ぇに仕立て屋さんのコスしてもらうなんて羨ましいじゃん?
うちのルカ姉ぇなんて優しいから仕立て屋さんみたいな表情見たことないし。
いいなぁ、爆速で裁判長の兄さん出しちゃったけどおれも我慢すればよかったなぁ…。
「そんなに羨ましい?」
「普段と違う格好してもらえるのは、正直」
「でも、俺もそこそこ色んな格好してるけど…」
「マスター、結局優しいもん。根本的に優しさが滲んでるんだよなぁ」
「そんなもんかなぁ」
「そんなもんなの」
くすくす笑う兄さんにおれは言う。
兄さんもマスターも優しいから、あの悪い感じはなかなか仕事でも見れないんだよなぁ。
「ふぅん」
楽しそうに笑った兄さんが立ち上がる。
風呂にでも行くんだろうとおれは気にも止めなかった。
兄さんの場合だと、リビングの片付けに行く場合もあるし。
実はクリスマス用の曲が終わったから、さっきまで遅めのクリスマスパーティーやってたんだよな。
おれたちの誕生日も近い割に今年は一緒くたにしなかったらしい。
ま、ただただ騒ぎたかったのもあるだろうけど。
「レン」
「ん?どーしたの、兄さ…」
呼びかけられて、風呂にしては早かったな、と見上げたおれは固まってしまった。
「…どうした?レン…いや、『召使クン』?」
にや、と笑う兄さんに、そんな顔も出来るんじゃん、なんて頭の隅で思う。
いや、なんで、もー…。
「…ガレリアン=マーロンのコスとかズルくね…?」
はぁあ、と息を吐いた。
兄さんが身を包んでいたのはおれのスマホ画面に映るそれと全く同じもので。
「ズルくないよ、レンが見たいって言うから」
「はぁ…?」
いつもの口調に戻った兄さんが笑う。
裁判長も幸せだった頃はこんな顔してたんかな、なんて思ったりして。
「…お誕生日おめでとう、レン」
不意に近づいてくる綺麗な顔。
ちゅ、と軽い音にキスされたのを知った。
…本当に!もう!兄さんは!!
「ありがと、兄さん」
微笑む兄さんを引き寄せて深いキスをする。
やっぱり兄さんは、悪い顔より『こっち』の方が好きだな、と思った。
おれの兄さんは、小悪魔だけど優しくて可愛い、最高の兄さん!!
(そんな兄さんをプレゼントに貰えるって、世界一嬉しいサプライズプレゼントだろ?!)
「ちなみにねぇ、他にも用意してたんだよ。団長さんとか、学校の俺の衣装とかアイドルとか、あとストリートとか」
「マジで?!後で着て?!」
「んー…。アニバーサリーのレンが来てくれたら、ね」
司冬ワンライ/降誕祭・初雪
街が浮かれている。
それは、街だけではなかった。
「…!司先輩!」
「おお、冬弥!」
白い息を吐き、冬弥が嬉しそうにこちらに手を振っているのを見、司も大きく手を振る。
今日は冬弥とのデートの日だ。
本来であればクリスマス・イブ、もしくはクリスマスにデートが出来れば良かったのだが…司も冬弥もイベントで忙しかったのである。
既にクリスマスツリーは撤去されていたが、何となくその余韻は残っていた。
「すまん、待たせたか?」
「いえ。俺も今来たところです」
ほわ、とした表情で笑う冬弥に司も軽く笑いかける。
柔らかなそれは司の心を暖かくさせた。
「では行こう。あまり寒空の下にいてはオレの大切な冬弥に風邪を引かせてしまうからなぁ」
「…先輩も、ですよ」
ふふ、と笑う冬弥の手を握る。
少し驚いたようだったが冬弥も握り返してくれた。
それだけで嬉しくなる。
「さて、まずはどこへ行く?」
「そうですね。本屋が多いので、たまにはあまり行ったことのない店、に…」
ふ、と冬弥の言葉が途切れた。
どうかしたのかと彼を見れば何か一点を見つめていて。
「…ホットワイン…?」
「え、あ、いえ!…どんなものなのだろうと気になってしまって…」
その店の看板を読めば、珍しくも冬弥が慌てたような声を出した。
別に遠慮することなんかないのに。
「ふむ、未成年用にノンアルコールのものもあるようだな。…すまない!未成年用のホットワインを二つ貰えるだろうか?」
店の主人に声をかけ、司はホットワインを注文する。
司自身もどんなものか気になったのだ。
「…ほら」
「…ありがとう、ございます」
ワインを渡すと冬弥が嬉しそうに微笑む。
そんなに飲んでみたかったのかと思えば、「それもありますが…マグカップが、司先輩と俺みたいで、良いな、と」と、柔らかく言われた。
「うん?」
へにゃりと微笑む冬弥に、自分の持つそれを見る。
表が白、裏が赤の陶器のそれには星と雪の結晶が散りばめられていた。
「なるほど、これは良いな」
小さく笑って司は一口ホットワインを飲む。
ノンアルコールなだけあって温かいぶどうジュースにしか思えなかったが、今まで飲んだ中で一番美味しかった。
「…うん、美味い」
「美味しい、ですね」
二人で同時に呟き、顔を見合わせ、ふは、と笑う。
…と。
「…む、これは…」
「…!雪…」
司の持っているマグカップに白いそれが落ちた。
空を見上げれば雪がチラついていて。
「初雪、ですね」
「そうだな」
白い息を吐き、目を細める冬弥に頷く。
雪が降った。
今年最初の雪が。
それは、どんな景色よりも美しく。
「…好きだぞ、冬弥」
「…?!せんぱ、」
「雪が運ぶ幸せに、星も負けるわけには行かないからな」
驚く冬弥に軽く口づけ、司は軽く笑った。
降誕祭の余韻浸る街で
永遠の愛を誓おう!!
美味いコーヒーがあるんだが、と珍しくも部屋にやって来たカイコクに、多少驚きつつザクロはその扉を開けた。
何か裏があるのかと思えばそんなこともないらしい。
ケトル借りるぜ、とひらりと手を振ったカイコクが手慣れたようにお湯を沸かし始めた。
本人はコーヒーよりお茶の方が好きな割に、彼が淹れるそれは美味しいのである。
ザクロの好みを熟知している、といえば良いだろうか。
…恥ずかしいようなむず痒いような。
「…なんでぇ、珍しい顔して」
「…いや、何でもない」
しばらくして両手にマグカップを持ったカイコクが戻ってくるなりきょとんとする。
首を振るとそこまで興味もなかったのだろう、特に言及することなく、それを差し出してきた。
礼を言ってから受け取り、口をつける。
少し甘目に淹れられたコーヒーに、ザクロはほう、と息を吐いた。
「…うん。美味いな」
「そりゃあ良かった」
ほわ、と笑うカイコクはマグカップを持ったまま何やらそわそわしている。
いつもよりほんの少し上の空で、ザクロは気にしながらも特に聞くことはなかった。
…真正面から聞いても答えてはくれないだろうから。
「鬼ヶ崎」
「…ん?どうした?忍霧」
「どうした、は俺の方なのだがな…」
余裕の笑みはいつも通りなのだが…さてどうしたものだろうか。
小さく息を吐き、顔を上げた途端である。
「…忍霧」
「は?…な、に……」
急に悩みを呼ばれたかと思えば、カイコクの綺麗な顔が近付いてきた。
え、と思った瞬間、マスク越しにちゅ、と口付けられる感触がする。
そうして。
「…誕生日おめでとうさん、忍霧」
柔らかい声で囁かれた。
理解が追いつかない頭で彼を見ればザクロが好きな笑みで微笑んでいて。
ああ、自分はまた誕生日を忘れていたのだな、と、そう思った。
あんなに周りはクリスマスと盛り上がっていたのに。
「んじゃ、用はそれだけでぇ。また明日な」
「ま、待て!!」
そそくさと離れ、立ち上がろうとするカイコクの手を握り無意識に引き止める。
日付が変わった途端プレゼントを贈る、なんて可愛いことをするくせに照れ隠しで逃げようとするなんて。
逃したくないと、思った。
ぐらりと蹈鞴を踏んだ彼がこちらに倒れ込んでくる。
「おわっ?!!」
「…まだ、俺から貴様にプレゼントを渡していない」
「俺の誕生日はまだだぜ?忍霧」
「クリスマスもあるだろう?」
「俺ァ、誕生日プレゼントしか渡してないぜ」
「ならクリスマスプレゼントもくれれば良いだろう?」
「…この欲張り」
「知っているくせに」
「ま、違いねぇな」
くすくす笑いながらザクロはカイコクのお面を外し髪を乱した。
カイコクもへにゃ、と笑いザクロのマスクをずらす。
たまにはお互いに素直でも良いだろう。
だって今日は聖なる日。
(未来ある青少年が産まれた日!)
「…なぁ、毎年思うんだが…最終的に俺が甘やかされてねぇか?」
「それがプレゼントなのだが?…たまには素直に甘やかされていろ」
司冬ワンライ/イルミネーション・コート
急に寒くなった。
はぁ、と息を吐く度に白いそれが霧散する。
普段より街がきらびやかなのは、イルミネーションが輝いているからだ。
世間はもうすぐクリスマス。
フェニックスワンダーランドでもクリスマスショーが繰り広げられていた。
見に来てくれる人が皆楽しそうで、司も嬉しくなる。
今日は特に。
「…司先輩!」
「おお、冬弥ではないか!」
駆け寄ってくるのは恋人の青柳冬弥。
ぶんぶんと手を振る司に息を切らせて駆け寄ってくる。
彼にはチケットを渡していたのだ。
「お疲れ様です、先輩」
「おぉ!見に来てくれてありがとうなぁ、冬弥!!」
「いえ。先輩の素晴らしいショーを見る事が出来て嬉しいです」
にこにこと微笑む冬弥に、昔より表情が豊かになってきたなぁと思う。
「そうだ、この後何か用事は…」
「あー!雪の精のお兄ちゃんだぁ!」
聞く司を遮ってキラキラした声が響いた。
声がした方を見れば少女がこちらを見ていて。
そう言えばまだ衣装であるフワフワしたコートを着たままだった。
「…前もこんなことがあった気がするな…」
「司先輩?」
思わず苦笑いをし、きょとんとする冬弥の手を引く。
「そうだ!今から彼とこの街に幸せの雪を降らさねばならないからな!では!」
ショーのセリフと同じ事を少女に告げ、冬弥の手を取り走り出した。
キラキラと煌めくイルミネーションの中を、ニ人で。
ふわりとコートの裾が揺れる。
「…せ、先輩!」
「なぁ、冬弥!このままデートしないか!!」
振り返り、司は笑いかけた。
驚いた顔をした彼がふわりと笑う。
その表情に。
雪の精は冬の名をした彼に、何度めかの恋をした。
(キラキラ、イルミネーションが輝く光の下で
特別なデートをしようではないか!)
司冬ワンライ/おうちデート・休日
「冬弥!今週末遊びにこないか?両親も咲希も不在でなぁ。ちょうど、お前と一緒に見たい映画がいくつかあるんだ」
「…!是非お願いします!」
嬉しそうな冬弥に司もニコリと笑う。
昔から表情変化に乏しい彼だが、最近はよく笑うようになっていた。
とても良いことだと思う。
こうしていると、彼もきちんと高校生だなぁ、などと思うのだ…自分も高校生なのはおいておくとして。
「では、土曜日と日曜日、どちらが良い?オレは土曜日にショーがあるが日曜は無くてなぁ」
「…珍しいですね。休日はかき入れ時の気もするのですが」
冬弥が小さく首を傾げる。
ああ、と笑ってみせた。
「ショースケジュールの都合だな。ステージによって休みが決まっているんだ。そうでもしないと毎日が出演日になってしまうし、次公演の練習期間も取れないだろう?」
「…なるほど。…俺の方は土曜日にイベントがあります。日曜は特に練習もなかったので…」
「?イベントの次の日なのに練習なしなのか?」
今度は司が首を傾げる番である。
彼らはストイックで、イベントの次の日だろうが何だろうが厳しい練習をしているはずなのに。
「はい。日曜は小豆沢も白石も、彰人も用事があるんだそうです」
「なるほどなぁ。なら、日曜にするか」
冬弥の答えにそう言えば、彼はほんの少しだけ眉を寄せて頷いた。
きっと、彼自身も気がついていないほど小さなそれ。
「…もしや、何か用事があったか?」
「…いえ。…あの…」
心配になって聞いてみれば冬弥がおずおずとこちらを見る。
言ってみろ、と促してやると彼は小さく口を開いた。
「…ご迷惑でなければ…その、土曜日の…夜にお邪魔したいな、と…」
「オレは構わんが…そちらは大丈夫なのか?」
「はい。父さんも、司先輩のところであれば文句はないと思いますので」
頷いた冬弥に、それならまあ、と思いつつふと気になることがあった。
何故、土曜日の夜から来たいと言ったのだろう。
イベントの後であれば疲れていそうなものなのに。
「それに…イベントの後すぐ、良い歌を歌った状態のまま、先輩にイベントの話を直接したかったんです」
「…!なるほど」
はにかんだ冬弥に司も小さく笑った。
なら、と彼を引き寄せる。
「たくさん、たくさん話をしよう。何せ、次の日は休み。しかも家で映画を観るという素晴らしい予定があるだけだ。これぞ、おうちデートの醍醐味だとは思わないか?なぁ、冬弥!」
囁いてにこりと笑う。
ふたりきりで過ごす素敵な休日。
好きな映画を見てたくさんたくさん話をして。
ほら、おうちデートをしよう。
(たまにはこんな休日もありだよな!)
司冬ワンライ・ホッと一息/お気に入り
なかなか忙しい日々だった。
学校が終わった後はワンダーステージでショーをしていたし、そんな週に限って不意打ちの小テストが立て続けだったのである。
もうすぐ合唱祭だからクラスの決めごとも多かったし、息つく暇もなかったのだ。
…そう、例えば。
「…!司先輩、こんにちは」
ショーで使った資料を図書室に戻しに来た司は、かけられた声にホッと息を吐き出す。
青柳冬弥。
司が最近一番会いたくて会えていなかった愛しの…恋人だ。
「久しぶりだな、冬弥!」
「はい。…最近お忙しそうにしていたので…会えて良かったです」
「うむ、オレもだ!」
へにゃ、と笑う冬弥に司も笑いかける。
やはり彼の笑みは癒やされるなぁとこちらも笑顔になった。
忙しかったそれが瞬く間に解けていく。
冬弥は本当に可愛らしく笑うなぁ、とぼんやり思っていた…その時だ。
あの、と冬弥が何かを差し出してくる。
彼の綺麗な手のひらに乗っていたのは小さなキャンディで。
「もし宜しければ。俺のお気に入りなんです」
「そうなのか!では遠慮なく貰うとしよう」
キャンディを摘み上げ、嬉しそうな冬弥を見ながら口に放り込む。
口いっぱいに甘いミルクが広がった。
「…美味い、が、甘いものは苦手ではなかったのか?」
「そうですね。これは一番司先輩を思い…出すので……」
首を傾げる司に冬弥が言いかけ、止まる。
耳元が見事に紅く染まった。
「…冬弥?何を思い出すんだ?」
「…ええと、あの……」
可愛い、と思いつつ聞けば彼は小さな声で「…キスです」と告げる。
「…一息つくどころではなくなったな」
「…す、すみませ…んぅ?!」
小さく笑い、司は冬弥を引き寄せた。
ホッと一息、お気に入りの場所で可愛い彼と二人きり。
(別の意味でホッと出来ないなんて、お約束もイイとこでしょ!)