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類冬ワンドロ・怪談話/きゅうり
「…怪談話…ですか?」 きょとんとする彼に類はにこりと頷いた。 「今度、お化け屋敷も絡めたショーをやるつもりなんだけど、文献は読みあさってしまってね。良ければ君が知っている話を教えてほしいのだけれど」 そう言えば冬弥は少し考えて困ったように微笑む。 「すみません。俺が詳しいのはミステリーなので…ホラーはちょっと」 「そう…それは残念」 「…逆に、神代先輩はそんな話はないんですか?」 首を傾げる冬弥に、今度は類が上を向いた。 「うーん…。…あ、そうだ。母の友達が話していた、オチも意味もない話なんだけれどね…」 そう、類は話し出す。 「その人がまだ実家に住んでいた頃、家の洗濯機が壊れてね。母親が車でコインランドリーに行ったんだが、かなりの量があったから家の中に運び入れるのに迎えに出たんだそうだ。その際少し早かったのかまだ母親は到着していなくてね。彼女は家の前をフラフラしていたんだそうだ」 どこにでもありそうな話に冬弥は少しきょとんとしていた。 まあそんな反応にもなろう。 「暇だなぁと思っていた時、カタン、と音がした。風か何かだろうと目を向けると斜め前の家の駐車場に人影が見えたそうだ。少し近づくと気のせいかシルエットが歪んで見える。顔もなんとなくぼやけて見えて、なんだろうなぁと思いつつ会釈したんだそうだ」 「…え」 「彼女は所謂社畜だったからね、久しぶりの連休で数時間前まで寝ていたし、脳がまだ疲れてたんだろうと思った。ホラーゲームも好きだったからそれの見過ぎかもしれない、とも思いつつね。その後すぐ母親が帰ってきたから荷物を受け取ったが…ものの数秒、次に見た時その人はいなくなっていたんだそうだよ」 にこ、と類は両腕を広げた。 これで終いだとポーズで示す。 「…その方はそれ以降何もなかったんですか?」 「さあ?特に何も聞かなかったけれど…大丈夫じゃないかな」 微笑むと冬弥はホッとした顔をした。 あまり表情には出ないが怖かったらしい。 …と、奥の方でカタン、と音がした。 振り向く冬弥の…肩にちょん、と指を置く。 その、瞬間だった。 「?!!」 「っ?!青柳くん、大丈夫かい?!」 びくっとした彼が数センチ跳び上がり怯えた顔を見せる。 まさかそんな反応だとも思わず、すぐに類は謝った。 「…すまない、青柳くん。まさか君がそんな、怖がるだなんて…」 「…いえ。俺も…自分がそんな驚くとは思ってなくて…」 謝罪する類に冬弥も曖昧に微笑んだ。 珍しいな、と類は彼の頭をなでた。 まるで、背後にきゅうりを置かれた猫みたいだな、なんて思ったりして。 へちょりと猫耳がへたれたように見えるのは気のせいだろうか。 驚かせた猫はアフターケアしてやらないと、と類は微笑んだのだった。
(怪談話も二人にかかれば何のその
ねぇ、知っていた?幽霊はリア充は苦手なんだって!)
祈りの誕生歌(ケンシン・ケンヤバースデー)
いなくなった弟を探す、という依頼を受けてからしばらく経ったある日のことだった。 「…すみません、席を…外します」 ぺこりと頭を下げる彼に、真面目だなぁと苦笑しながらひらひらと手を振る。 気にしなくて良いよ、と声をかければシンヤはふわりと微笑んだ。 …そうは言っても気にならないわけではなくて。 彼が出て行ったドアをそうっと開けた。 隣の部屋で佇むシンヤを見つめていれば彼はすぅ、と息を吸う。 そうして。 聞こえてきた音におや、とヒノキは僅かに目を見開いた。 聞いたことのある澄んだそれは、確かにバースデーソングだったから。 スマホを確認し、ああ、そうか、と思う。 今日は誕生日だ。 …彼、駆堂シンヤの『亡くなった』兄である…駆堂ケンヤの。 仲の良い兄弟だったとシンヤからは聞いていた。 弟であるアンヤと3人兄弟で、特にシンヤはケンヤに連れられてよく遊びに行っていた、と。 バイクの後ろに乗せられてラーメンを食べに行ったり、シンヤにはよく分からないアクセサリーショップやアパレルショップに行ったり。 思い出を語るシンヤは楽しそうで、ヒノキも嬉しくなったものだ。 きっとケンヤはシンヤにとって大切な人なのだろう。 決してシンヤは口にはしないが…ヒノキには分かった。 彼の歌を、表情を見ていれば自ずとわかる。 それは、兄弟を越え、愛しい人に向かう歌声だった。 誕生日を祝福し、感謝を伝えるその歌を聴いていて良いのは自分ではないな、とヒノキはそっと自室に戻る。 形見のピアスを大事に、愛しげに撫でるシンヤに。 早く日常に戻してあげたいな、とそれだけを願いヒノキはパソコンを開いた。
バースデーソングは空に溶ける。
それは、愛しい人への鎮魂歌。
司冬ワンライ・世界猫の日/甘える
今日は世界猫の日、なのだという。 セカイもみんな猫ちゃんなんだよー!とミクが楽しそうに行っていたっけ。 日本の猫の日は語呂合わせだが…これも何か意味があるのだろうか。 そう思いつつ、目の先にいる黒の猫を見つめた。 黒猫というのが不吉の象徴、というのは偏った風習のそれで、別の地域では黒猫は幸せを運ぶと言われているらしい。 …それは、司も肌で感じていた。 「…司先輩」 少し困ったように見上げる冬弥。 その膝には黒い猫が乗っている。 「…冬弥、どうしたんだ?その猫」 「いえ、あの…普通に座っていただけなんですが…乗ってきてしまって」 「ほう」 「最初は良かったんですが、俺もそろそろ帰らなければいけないというか…」 言葉を濁す冬弥に、隣に座りながら、ああ、と笑った。 人の良い彼は、きっと膝に乗ってきてしまった猫を無碍には出来なかったのだろう。 「猫よ、冬弥の膝が良いのはわかるが、そろそろオレに返してくれまいか?」 ちょん、と司は笑いながら猫の鼻に指を乗せる。 寝ぼけ眼を晒した黒猫はくは、と欠伸をした。 「すまんなぁ、冬弥はオレのものなんだ」 「?!司先輩?」 「猫とて、冬弥の膝を渡すわけにはいかんな」 笑い、猫をよいしょ、と持ち上げる。 意外と簡単に持ち上がり、そのまま自分の膝に移した。 「よしよし。オレの膝で我慢してくれ」 頭を撫でながら言うと黒猫は小さく鳴き、くるりと丸くなる。 野良猫の割に随分と人懐こいようだ。 「…。…司先輩は…」 「ん?どうした、冬弥」 小さく呟かれた己の名前に、司は首を傾げる。 すぐ、ハッとしたように、冬弥が「いえ」と誤魔化した。 だがチラチラと猫を見つめる彼を不思議に思っていたが、それは一瞬だけで。 冬弥を引き寄せ、わしゃわしゃと撫でる。 「?!司先輩?!」 「甘え下手だな、冬弥は!」 「…っ!!!」 「少しはこの黒猫のように甘えても良いのだぞ?」 にこにこと笑う司に、冬弥は戸惑っていたようだが、撫でていた司の袖を引っ張った。 そして。 「…にゃ、あ…?」 こてん、と首を傾げる冬弥。 揺れる猫耳はきっと幻覚。
甘え下手の可愛らしい恋人が、囁かに甘えてくれたこの日と、膝からそっと降りた黒猫に
司は最大級の感謝を、した
(本日、セカイ猫の日!!!)
ワンドロ/部屋・宿題
「なぁんでおれだけしゅくだい多いのー?!」 「あんたが毎日しないからでしょー?!」 少し向こうからぎゃーぎゃーと親子の会話が聞こえて、彰人はふと顔を上げた。 よくある親子のそれに彰人も、隣にいた冬弥も柔らかい笑みを浮かべる。 「小学校の時は宿題ギリギリまで溜めてたな、オレも」 「…彰人らしいな」 くす、と笑う冬弥に彰人はムッとした。 「冬弥はどうなんだよ」 「?俺か?俺は初日には全て終わらせていた。ピアノやバイオリンの練習に支障が出るからな」 「…は…?」 予想外のそれに彰人はぽかんとする。 大量にある宿題を初日に終わらせるとは…。 流石冬弥だ、出来が違う。 「その時の癖で今も初日に終わらせてしまうんだが…彰人はどうなんだ?」 「…あ?」 こてんと首を傾げた冬弥に思わず動揺してしまった。 「もう8月に入った。計画通りに行けば宿題は終わっているはずだが…彰人?」 「…やぁ、今日もあちぃなぁ……」 あはは、と笑う彰人に、冬弥の表情が冷めていく。 やっべ、と思ったのも後の祭りで。 「…彰人、逃げるな」 絶対零度のそれに、彰人は、はい、と言うしかなかった。
「…こんにちは、お邪魔します」 「あ、冬弥くんだ!いらっしゃい。うちのバカがごめんねー?」 ケラケラと笑う絵名を彰人は睨む。 だが絵名は気にも止めず、「今日は親もいないし、私も作業するから全然気にしないでね」と、手を振って階段を上がって行った。 「…良いお姉さんだな」 「……」 にこ、と微笑む冬弥に彰人は嫌そうな顔をする。 色々言いたいことがあったが全て飲み込んだ。 「さ、やろう、彰人」 部屋に招き入れるや否や、冬弥はバサバサと参考書を取り出す。 「お前…」 「?なんだ??」 「…何でもねぇよ」 はぁ、とため息を吐き、彰人はあまり手を付けていない宿題を机に置いた。 こうなった冬弥は本気だからである。 ふと、傍らに置かれた小さなバックが気になった。 まだ勉強モードになれていないのも大きい。 「なぁ、あれ何が入ってんだよ」 「ああ、あれは泊まりセットだ」 「へえ…泊まり…。…は??」 何でもないことのように言う冬弥に彰人はぽかんと見つめてしまった。 それに、冬弥はきょとんとする。 「なんだ?今日中に終わると??」 「…いや……」 「父さんになら既に報告済みだ。…友だちの家で勉強してくる、と」 「…お前、それ…」 淡々と言う彼に、彰人は息を吐き出した。 どう聞いても彼氏の家に初めて泊まる彼女の言い訳ではないだろうか。 「問題があるか?お姉さんは別に泊まっても大丈夫と言ってくれたが」 「問題しかねぇだろ…!」 深い息を吐き出し、頭を抱えた。 何故絵名と連絡を取り合っているのだとか、部屋の家主には断りなしか、とか、言いたいことは山ほどあったが全て飲み込む。 その代わりににやりと笑った。 「…なぁ、終わったらご褒美くれよ」 「…分かった。…終わったら何でもお前の言う事を聞いてやる」 「…言ったからな?」 「男に二言はない」 きっぱりと言う冬弥は、こうなったらガンと譲らない。 それを知っていて彰人は言質を取った。 やるか、とシャーペンを握る。
この夏、彰人は生まれて初めて5時間で全ての宿題を終わらせる経験を、した。
「あっ、彰人!冬弥くん良い子よね。持ってきてくれたチーズケーキも美味しいし。いいなぁ、私も冬弥くんみたいな弟が欲しかったなぁ」 「……。…冬弥はオレのだぞ」
類冬ワンドロ・わたあめ/お祭り
どこか彼がしょんぼりしている気がして、類はおや、と首を傾げた。 感情が表情に出ない冬弥だけれど、今日はなんだか分かりやすく落ち込んでいる気がする。 「やあ、青柳くん。どうかしたかな」 「…神代先輩」 ひらりと手を振ると彼は曖昧に微笑んだ。 「もしかして夏バテかい?随分元気がなさそうに見えるけれど」 「…そう、ですか?」 類の指摘に冬弥はきょとんとする。 どうやら自覚はないらしかった。 「一応元気なつもりなんですが…」 「そうかい?僕にはしょんぼりしているように見えたからね。勘違いならすまない」 にこりと笑うと冬弥は何かを思い出したのだろう、ああ、と言う。 「この前、彰人と一緒に夏祭り会場に設置されたステージに出たんです。その時初めてお祭り、というものに行ったんですが…」 「?楽しくなかったのかい?」 あまり脈絡が見えず、そう首を傾げた。 「いえ、とても楽しかったんですが、その…わたあめ屋さんが思ったものと違ったというか…」 困ったような冬弥に、今度は類がああ、と笑う。 実は冬弥は文化祭の出し物でわたあめ屋をやったようなのだが、形がウサギだったりクマだったりととても凝った形だったのだ。 彼は夏祭りにも文化祭と同じクオリティを望んだらしい。 「うーん、飴細工ならともかく、あまり綿飴では見かけないかもね」 「…そう、ですか…」 「…でも」 にこ、と笑い類は自身のスマホを見せた。 覗き混んだ冬弥は目を見開く。 そこには、類自作のわたあめ機が、あった。 「もし君が良ければ、だが、2人きりの夏祭りをしないかい?他にも色々あるんだ」 「…!良いんですか?」 「もちろんだとも!」 嬉しそうな冬弥に類は頷く。 彼のために、2人きりのお祭りを。
(それは、綿あめのように甘く儚い、時間)
浴衣デートをしませんか
ふぅ、と類は舞台から降りて空を見上げる。 今日のショーも大成功、と言って良いだろう。 お疲れ様ぁ!と声が飛んだと思ったら、スマホからバーチャルシンガーの鏡音レンがひょこりと顔を出した。 「やあ、レンくん。見ていてくれたのかい?」 『もっちろん!ほら、類くんが用意してたドローンにモニターが付いてたでしょ?あそこから見えるんだよー!』 えっへん!と胸を張っていたレンが、そうだ!と声を上げる。 『お客さんの中に、あの子がいたよ!ほら、結婚式の時の…!』 「…結婚式…って」 何故だが嬉しそうなレンに類が聞き返そうとしたその時だった。 「…あ、類。青柳くん、来てたけど…」 『そうそう!青柳くん!!』 「…レン、見てたんだ?」 顔を出した寧々にレンが言う。 特に驚きもせず微笑む寧々にレンと自分のスマホを託し、類は外に出た。 あたりを見回すとツートンカラーの髪が道の先を曲がろうとしているのに気付く。 「…っと、危ない危ない」 せっかく来てくれたのに会えないところだった、と類は微笑み、とん、と塀を超えた。 少し道幅が狭いそこを通り抜け、穴をくぐる。 「よっ…っと。…やあ、青柳くん」 「?!神代先輩?!」 「酷いじゃないか。声もかけてくれないなんて」 出た先で冬弥と出くわし、にこりと笑えば冬弥は驚いた顔をした。 「…すみません。お着替え中かと」 「まあ、せっかくだし、今日はこのままでいるつもりだよ」 謝る冬弥に笑みを浮かべ、類は腕を持ち上げる。 風に袖が揺れた。 「…似合ってます、先輩」 「ありがとう、青柳くん」 素直に褒めてくれる冬弥に類は微笑む。 今日の演目は和物だったので、類も浴衣を着ていたのだ。 フェニックスワンダーランド自体がサマーフェスティバル期間で、キャストは皆浴衣を着用しているせいもある。 「青柳くんもどうだい?」 「俺も、ですか?」 「ああ。君さえ良ければ、だけどね。まだ予備の浴衣もあるし」 類は笑い、手を差し出した。 まるで、プロポーズするが如く。 「せっかくだし、君とこのまま浴衣デートをしたいのだけれど。…どうだろう、青柳くんの時間を少し僕にくれないかい?」 パチン、と、ウインクする類に、冬弥は驚いたようだったがすぐ小さく微笑んだ。 そうして差し出した手にそっと自分の手を乗せてくる。 まるで、逃避行するみたいだなと類は笑った。 「…俺の時間…先輩にお渡しします」
さあ、行こう。
いつもと違う服で、いつもと違うワンダーランドに!!
「…あの、先輩…?」 「ちょっと待ってくれ、青柳くんに似合う浴衣はまだあるはず…!」 (プランナーの血が騒いだ類による、浴衣ファッションショーが1時間ほど開催されたのは…また別の話)
はちみつの魔法
エキストラのバイトも終わり、さて帰るかと荷物をまとめていた司は騒がしい声に顔を上げる。 「寧々ちゃん、はーやくー!」 「はいはい。わかったから…あ、司」 「えっ?!あー!司くんだぁ!わんだほーい!!」 前から歩いてきたのは同じショーキャスト仲間の寧々とえむで、司も軽く手を挙げた。 「今日はバイトだったんだよねっ!お疲れ様ぁ!」 「ああ。…お前たちは何処かへ出かけるのか?」 「えへへっ!実は、今日一歌ちゃんのおうちで蜂蜜パーティーなんだぁ!」 「蜂蜜、パーティー??」 嬉しそうなえむが言うそれに思わず首を傾げる。 「…今日は蜂蜜の日なんだって」 すかさず寧々が補足し、ようやっとなるほど、と頷いた。 「色んな蜂蜜の食べ比べをするの!司くんも来る?!」 「いや、それどう考えても女子会だろう…」 「えー?咲希ちゃんも来るよ?」 「…いや、流石に、『そうか、ならばオレも行こう!』とはならんぞ?」 「そうなの?!」 「いや、そうでしょ」 司の言葉に驚くえむ、それに冷静に突っ込む寧々。 よく見慣れた光景だ。 「それに、今日はこれからオレの家で冬弥と勉強会なんだ」 「そうなんだね!…あっ、じゃあこれどうぞ!」 ゴソゴソと何か袋を漁っていたえむが小さな瓶を手渡してくる。 「さっき蜂蜜買いに行った時貰ったんだぁ!しきょーひん、だって!甘さ控えめだからコーヒーとかに入れても美味しいってお店の人言ってたよ!」 にこにことするえむから有難く受け取り司は礼を言った。 2人と別れ、はちみつの瓶を日に照らす。 キラキラと光るそれは冬弥には似ていないな、と思った。
「…と、いうことなんだ」 勉強が一段落し、休憩を入れようと提案したところでふと思い出し、小瓶を取り出す。 えむの話をすれば、なるほど、と冬弥が柔らかく笑みを浮かべた。 「普段はブラックですが…少し挑戦してみたいです」 「冬弥ならそう言ってくれると思っていた」 笑い、司は予め用意しておいたアイスコーヒーを出す。 瓶の蓋を開け、スプーンで掬ってアイスコーヒーに垂らした。 キラキラと光るそれは黒いコーヒーに溶けていく。 「…先輩みたいですね」 「ん?」 小さく呟かれた言葉に司は首を傾げた。 「どういう意味だ?」 「いえ…。色が、先輩に似ているな、と」 「なるほど。ならば、冬弥は珈琲だな」 くす、と笑い、冬弥の髪を撫でる。 「…俺は、苦いですか?」 「いや?…オレに甘く溶かされていくところが、似ている」 不思議そうな冬弥に小さく笑い、司は触れるだけのキスをした。 それだけでふやりと蕩ける彼に、やはり彼は珈琲に似ているな、と笑う。 カラン、と氷が音を立てた。
深く大人びた見た目の、珈琲のような彼は…蜂蜜によって甘く甘く溶かされる。
(本日、はちみつの日でありまして!)
セカイの衣装バグが起こりまして バニー編
セカイにはバグがある…らしい。 想いの持ち主の体調不良だったり、音楽機器の不調だったり、その辺は曖昧だ。 だが、唐突に、意図せずに起こる。 それは、ほら、今回だって。
「…だーかーらー……!!」 彰人はイラッとした声を出す。 何度かこの現象には遭遇している。 だから少しは慣れたと…思っていたのに。 「なんだよ、これ!」 ビシッと指をさす。 それに困った顔をするのはバーチャルシンガーのレンだ。 「えー、それオレに言われてもなぁ」 「他に誰に言えって…?!」 「まあまあ、彰人くん」 ギリギリと睨むと横からのほほんとカイトが声をかけてくる。 笑う彼の頭にはうさぎの耳が揺れていた。 …そう、うさ耳。 もちろん彼はうさぎではない。 バーチャルシンガーなのだから当たり前だ。 それなのにうさ耳が着いている。 「気にしちゃ負けだよ?彰人くん」 「いや、アンタは気にしろよ」 「そうだぞ、彰人」 ふわふわとうさぎ耳を揺らすカイトに突っ込めば、横から相棒の声が聞こえていた。 振り向けば同じようにうさぎ耳を揺らした…彼はたれ耳だったけれど…冬弥が首を傾げていて。 「衣装バグはそんなものだから早めに慣れた方が良いとメイコさんも言っていただろう」 「それに納得するのはお前だけだよ、冬弥」 嫌そうな顔で返すと冬弥が不思議そうな顔をする。 「けど、今回はカイトと冬弥だけだったよねぇ、バグ」 「そういえばそうだな。飲んでいた珈琲が関係しているのだろうか」 「ヨモツへグイかよ」 レンに対する冬弥のそれに彰人は嫌そうな顔をした。 「あれ?彰人はうさぎも嫌いだった?」 「も、ってなんだよ、も、って」 首を傾げるレンに彰人は突っ込む。 そうしてうさ耳を揺らす2人を見ながら、レンにそっと耳打ちした。 それにレンがああ、と笑う。 「彰人ってば独占欲強めだよね」 「うっせ」 んべ、と小さく舌を出し、冬弥の肩を抱いた。 彰人?と首を傾げる冬弥のうさ耳が揺れる。
「…うさぎ冬弥なんて、他の誰にも見せたかねぇだろ」
ねぇ、知ってた? 今日は8月2日、バニーの日!!
「けどさぁ、冬弥がパンツだけにならなくて良かったよねぇ」 「…そうなったら二度とセカイには来ねぇよ」
パンツの日
そういえば知ってました?と声をかけてきたのはアカツキだった。 にこにこと微笑む彼の、この問いかけは大概ろくなものが無い。 画して今回もそれは当たっているようだった。 「今日はパンツの日なんですって!」 「…あまり大声で言うと路々森が大変なことになるぞ、入出」 唐突なそれに吹き出しかけたが何とか耐え、冷静を保ちながらそう言う。 「んー?ボクがどうしたんだい?ザッくん」 「…路々森」 よっ、とやって来たユズに、ザクロは嫌な顔をした。 それを意に返さず笑顔を振りまき、アカツキが口を開く。 「あっ、ユズ先輩!今日はパンツの日なんですよー!」 「うん、まさかあっきーからそれを聞くとは思わなかったな!」 あはは!と笑うユズにアカツキは胸を張った。 …何をそんなに威張ることがあるのかはよく分からなかったが。 「俺も健全な男の子ですので!」 「うんうん!そう言われちゃあ何も返せないな!」 楽しそうなユズが、そうだ、と思い出したような顔をする。 「そういやザッくん、カイさんが呼んでたぜ」 「…珍しいな、鬼ヶ崎から俺を呼ぶとは」 言われたそれにきょとんとし、ザクロは席を立った。 礼を言い、彼女の部屋に向かう。 そこで何が待っているかも知らずに。 「…あれ、カイコクさん、今お風呂じゃあ…」 「…それを言うのは野暮ってもんだぜ?あっきー」
トントン、と彼女の部屋をノックするがうんともすんとも聞こえなかった。 何か悪いことに巻き込まれているのでは、と不安になったが…どうやら杞憂だったらしい。 …何故なら。 「…?忍霧?そこで何してんでぇ」 「鬼ヶ崎?」 キョトンとした声に振り向いた。 そこには長い髪から滴を落としながらも不思議そうに首を傾げるカイコクがいたのである。 「何をしている、はこちらのセリフだ。貴様が呼んだんだろう」 「はぁ?俺が?お前さんを??なんでまた」 心底不思議、と言った表情のカイコクに、ザクロはようやっとユズに騙されたと知る。 「…路々森…」 「……。…まあ、どんまい?」 呟かれた名前だけでザクロがユズに騙されたことが分かったのだろう、カイコクが曖昧な笑みを浮かべながらザクロの肩を叩いた。 「…ああ。…すまない、邪魔をした」 「んや、別に何も…ふゃあ?!」 「は?…うわっ?!!」 自室に帰ろうとしたザクロを、カイコクの聞いたこともない素っ頓狂な声が引き止める。 振り向いたザクロにカイコクが倒れかかってきたのは一瞬のことで。 「…いっ…」 「…う…いた…」 凄まじい音とともに2人は倒れ込む。 すい、と何かが通り過ぎる気配が…この感じはパカメラだろうか…した。 「…わりぃ…」 「…いや……」 素直な彼女には流石に怒れず、起き上がりながら視線を下げる。 着崩れた浴衣の隙間から見える黒いレースの…。 「鬼ヶ崎、裾!浴衣!!」 「へ?あ」 思わず声を上げて指摘する。 首を傾げた彼女も気づいたのだろう、にやりと笑った。 「…忍霧のえっち」 「…はぁあ?!!」 ちら、と浴衣を捲り、悪い顔をするカイコクに、ザクロはマスクの下を真っ赤にさせ、声を上げる。 「ま、お前さんがむっつりスケベなのは分かっちゃいたが…うわっ?!」 「…ほう?」 楽しそうに笑い、ザクロの上から退こうとする彼女の手を引いた。 そこまで煽られると男の名が廃るというもので。 「…あの、忍霧サン?」 「貴様が煽ったのだから、それなりの覚悟はあると理解して良いんだろう?鬼ヶ崎」 「待て待て悪かった、悪かったって…!」 ひく、と笑みを引きつらせるカイコクを自身の部屋に連れて行く。 パタン、と閉まったドアの先で、パンツが役に立たないくらい濡らされる未来は…後どれくらい?
(それは二人と、踏まれ残されたパカメラだけが知っている)
司冬ワンライ/夏休み・計画
『それでは、みなさん。しっかり計画を立て、良い夏休みに…』 教師の話を聞きながら司はふと窓の外を見る。 夏らしい入道雲が広がる景色に思わず表情を崩した。 今日は終業式。 所謂、明日から夏休み、である。
「…ん?」 帰ろうとし、司は少し前に見慣れた後ろ姿を発見し、目を留めた。 「おぅい、冬弥!」 「…。…司先輩」 ふわ、と振り向いた彼が柔らかく微笑む。 後輩であり恋人の冬弥は、カバンの他に何かを抱えていた。 「どうしたんだ?それ。随分な荷物だが」 「今から図書室で本の整理をするんです。夏休み前なので…そんなにかからないとは思いますが」 「そうか。冬弥はいつも真面目で偉いな!」 古い本を持ち上げる冬弥の頭を撫でる。 彼は、そんなことは、と謙遜するがやはり嬉しそうな表情を見せた。 少しくすぐったそうな冬弥が可愛らしい。 「手伝いたかったが…委員会の仕事を部外者が手伝うわけにもいかんからなぁ」 「その気持ちだけで十分です。…ありがとう御座います、司先輩」 微笑む冬弥は、では、と頭を下げようとした。 その表情がほんの少し寂しそうな気がして、司は、待て!と声をかける。 「…?どうかしましたか?」 「…冬弥は、夏休み中は何か予定はあるのか?」 「…え…」 司の言葉に冬弥はきょとんとしてみせた。 それから少し考えるように上を向く。 「…そう、ですね。ライブの予定が入っていたり、いつもの練習があったり…毎日、1日中、ということはないと思いますが」 「そうか!なら、どこかで遊びに行かないか?」 「…え?」 笑いかけた司に、冬弥は驚いたような顔をする。 何かおかしなことを言ったろうか。 「?どうした?やはり夏休み中は忙しいか」 「いえ!…あの、俺が先輩と遊びに行っても良いんでしょうか」 否定し、疑問を投げかけてくる冬弥に今度は司がキョトンとした。 「何を言う!良いに決まっているだろう?冬弥はオレの恋人なのだからな!」 「…司、先輩」 「…今まで遊びに行けなかった分、様々な所に行こうな、冬弥」 くしゃりと頭を撫でてやれば冬弥は、はい、と笑う。 「では、冬弥の委員会が終わるまでオレは教室で計画を立てておこう!終わったら来ると良い!」 「…良いんですか?今すぐでなくても…」 「なぁに、冬弥との楽しい夏休み計画を立てていれば時間なんてすぐだ!それに、夏休みは計画的に、というしな!」 ハッーハッハッハッ!と笑えば冬弥めた小さく笑んだ。 やはり、冬弥は笑っている方が良い。 「では、また後で」 「…ああ、また後で!」 頭を下げる冬弥に、司は手を上げた。 それから窓の外を見てにこりと笑う。
長い夏休みも、楽しいものになりそうだ。
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