ワンドロ/首輪・依存

『私の恋を 悲劇のジュリエットにしないで』

そんな歌が聞こえて彰人はふと上を見る。
大きなディスプレイからはバーチャルシンガーである初音ミクが歌い上げていて。
ジャンルが違う、と思いながら彰人はスマホに視線を落とした。
すい、と操作し、セカイに行く。
「…冬弥」
一瞬の白い光の後、広がった景色に目を細めながら相棒の名を呼んだ。
彰人、と紡ぐ彼は、今日は随分変わった衣装を着ている。
「…何だ、それ」
「…セカイのお茶会スーツ、というらしい」
「へえ?」
くる、と冬弥が燕尾服が閃かせた。
スペードの模様が入った手袋が彼の綺麗な手を隠していて、勿体無いな、とそれだけを思う。
と、横に何かが置いてあるのが気付いた。
「なあ、これ何?」
「…ああ、それか」
摘み上げると冬弥が何でもないように「チョーカーだ」と言う。
「ああ…」
「一人では着けられなくてな」
「ふぅん。なら、着けてやろうか?」
少し困った顔の冬弥に言えば彼は何の躊躇いもなく頷いた。
「頼む」
「ん」
後ろを向き、少し後ろ髪を上げる冬弥に、無防備なやつ、と彰人は小さく笑う。
つ、と指で項をなぞればぞくりと目の前のそれが戦慄いた。
「…っ!彰人!」
「わりぃ」
珍しく声を荒らげる冬弥に笑いながらチョーカーを着けてやる。
まるで首輪みたいだな、と思った。
冬弥もそう思ったのか、「…首輪…」と小さく呟く。
「お前、そんな簡単に飼いならされないだろ」
「…それは…そうだが」
ムスッとする冬弥に彰人は笑ってしまった。
だって、彼は気がついていないから。
簡単には飼いならされないが…慣れてしまえば水が落ちるより早く『こちらに来る』ということを。
言うなればそれは『依存』。
それも、『共依存』だ。
誰と、誰が?
勿論、冬弥と…彰人が、である。
お互いがお互い、相手がいないと意味がないと思っていた。
それを依存と呼ばずに何と言うだろう?

『私の為と差し出す手に握ってるそれは首輪でしょう?』

初音ミクの声がする。

冬弥の為と差し出した手に握られたものは何だった?

「行こうぜ、冬弥」
「ああ」
笑う、彰人に冬弥が頷いた。


7階から見える灯の先、二人で共に行こう。

なあ、『俺の     』。


(その先は彼の過去と決別する、共依存)

にゃんにゃんにゃん

セカイには衣装バグがあるらしい。

そうして今回のバグは、現実にも影響を及ぼすものだそうだ。


…だからって。


「なんっで冬弥だけなんだよ…!」
はぁあ、と彰人はため息を吐き出した。
まあまあ、とにこにことするのはスマホから出たバーチャルシンガーの鏡音レンである。
『今原因を調べてるからさ!ちょっと待っててよ!』
「原因ってな…」
「…まあ、焦っても仕方がにゃい。よろしく頼む、レン」
『まっかせて!』
呆れる彰人と柔らかく微笑む冬弥にレンが敬礼し、スマホの中に帰っていった。
「…なんでお前はそんな動揺しないんだか」
「?動揺したところでどうにもにゃらないだろう?」
「いやまあそうだけどな…?」
ピコピコと三角耳を揺らし、長い尻尾を揺らめかせる冬弥…そう、彼には猫耳と猫尻尾が付いてしまったのである。
前もそんなことがあったが、今回が前と違うのはセカイの中だけでなく、この現実世界にも影響しているようなのだ。
「誰かに見つかったらどうす…」
「おっ、冬弥に彰人じゃあないか!」
「奇遇だねぇ、何をしているんだい?」
ひそひそと声を顰める彰人に降り注ぐのは神山高校の変人ワンツーフィニッシュこと、司と類のそれで。
思わずげぇっという顔を晒してしまった。
「…司先輩、神代先輩」
「おや?随分可愛い格好だね、冬弥くん」
「おお!ライブで使うのか?可愛らしいな、冬弥!」
にこにこと先輩二人が冬弥の頭を撫でる。
どうやらあまり疑問を持たなかったようだ。
それに少しホッとしつつも冬弥の体をこちらに引き寄せる。
「冬弥はオレの相棒なんスけど。触んないでもらえますぅ?」
「…彰人」
「なんだ?少しくらい良いではないか!」
「そうだよ。冬弥くんは君だけのものではないんだし」
ムッとする司とにこにこする類に、べ、と舌を出した。
「センパイ方だけのもんでもないっしょ」
「…彰人」
「…へーへー」
窘めるような冬弥の声に、小さく舌打ちをする。
冬弥が困るのは吝かではなかった。
「…しかし凄いなこれ。本物か?」
「んっ…ええと、俺にも良く分からなくて…」
司が、ふに、と冬弥の耳を指で触った。
小さく声を上げながらも冬弥が真面目に答える。
「ふぅん?じゃあこの尻尾もそうなのかな?」
「…ふっ…ええと、はい」
すり、と類が冬弥の尻尾を擦り、聞いた。
少し頬を染めながら冬弥が頷く。
「…あ、あの…?わっ?!」
「可愛らしいな、冬弥!」
「うんうん、猫というのがまた君らしくて良いね」
「だーから、触んなっつってんだろーが!」
ギュッと冬弥に抱きつき頭を撫でる司と類に彰人はぎゃあっ!と声を上げた。
「冬弥も!かんたんに触らせてんな!」
「…だが」
冬弥にもそう言えば彼はむう、と唇を尖らせる。
「…気持ち良いんだ、触られるの」
「…は?」
「なるほど。冬弥くんがそう感じるのは、今が猫だからかもしれないね」
「あぁ、撫でられるのが好きな猫もいるものな!」
彼の言葉にぽかんとしていれば、類がそう言い、司が納得したように頷いた。
いや、納得してたまるか、と彰人が脳内で突っ込む。
「彰人」
「…なんだよ」
二人の先輩に囲まれた冬弥がくい、と彰人の服を引っ張った。
少し疲れながら彰人は返事をする。 
もうこうなったらどうにでもなれといった気持ちだった。
「…彰人も、撫でてくれ」
「あーはいは…は?!」
柔らかいそれに適当に返事をしかけ、素頓狂な声を上げる。
おや、と類が笑った。
「猫になった冬弥くんは少し欲張りで我儘だねぇ」
「良いことなんじゃないか?それくらいは可愛らしいものだろう。なぁ、彰人」
軽く言う司をぐぬ、と睨む。
彰人、と首を傾ける冬弥の頭を、ああもう!と撫でてやった。
嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす冬弥に、猫みてぇ、とぼんやり思う。
「…首輪」
ほのぼのした空間に小さく呟かれる不穏な声。
それにまたひと波乱あったのは、また別の話である。


彼のバグには理由があるんだよ?

だって今日はにゃんにゃんにゃんの猫の日、だからね!

ザクカイ♀️にゃんにゃんにゃん

元々彼は猫みたいな人だった。
それがどうして。

「貴様はほっんとうに面倒事しか起こさないな?!」
あからさまなため息に、カイコクは迷惑そうな顔をする。
別にいいじゃねェか、と言うその声は普段よりも高かった。
「…レディには優しくするもんだぜ?忍霧」
「貴様、自分でそれを言うか」
にこ、と妖艶にカイコクが笑む。
…そう、彼は彼女になってしまったのだ。
猫耳に尻尾までつけて。
普段から無茶ばかりする彼は、お仕置きです、とパカから薬を浴びせられ、その所為で女体化してしまったらしい。
耳と尻尾は副作用のようで、ユズ曰く「一日大人しくしてたら戻るさ」とのことのようだ。
「しかしまあ、俄には信じがたいな」
「…。…触ってみるかい?」
「結構だ!!」
ザクロのそれにカイコクが妖しい笑みを浮かべる。
即座に否定するザクロに彼女は楽しそうに笑った。
「そっちじゃねぇよ、ムッツリスケベ」
「…なっ、誰がムッ…!…は?」
言い返そうとしたザクロはぽかんとカイコクを見る。
ん、と差し出していたのは彼女の頭だったからだ。
「猫耳。自分じゃどうなのかいまいち良く分からなくてねぇ」
「…ああ、そういう」
「どういう意味だと思ったんだい?忍霧」
「…っ」
可愛らしく笑うカイコクに返事を詰まらせながらザクロは手を伸ばす。
ふわ、と触れたそれは確かに猫のそれだった。
「…んっ」
「…存外柔らかいな。少し冷たい。やはり偽物なのか?」
「…忍霧、あの…触られた感覚は、ある…から」
すりすりと指の腹で擦っていれば彼女はふる、と、震え、こちらに訴えてくる。
すまない、と言いながらもザクロは触るのをやめなかった。
「…ぅあ…忍霧…っ!」
「尻尾はどうなっているんだ?」
「ひっ?!」
つい、と引っ張った途端、彼女は小さな悲鳴を上げ、その手を逃れてしまう。
「…も、いいだろぅ?」
「自分から触らせておいて、か?少し卑怯では?」
「…う、るせ…っ」
はぁ、と熱い息を吐き出す彼女の、たわわになった胸が揺れた。
誘っておいて、それはズルくないだろうか。
「…鬼ヶ崎。お前から誘った、そう記憶しているが?」
「…ぅ…。お前さんっ、女子が苦手だろう!」
「それがどうした?」
疑問を返せばカイコクは大きく目を見開く。
どうやら少し怯むと思っていたようだ。
「俺だってこの環境に馴れた。それに、好きなやつの姿に男も女もないだろう?」
「…ぅ、そりゃあ…そうかもしんねぇ、けど」
「ただ、猫耳を触らせてくれるだけで良いんだ。…なぁ、鬼ヶ崎」
たじたじになった彼女の耳に囁く。
どうやら普段以上に敏感らしい…猫耳に。
「…触らせてくれないか?」
「…っ!!わかっ、たから!!その囁くのはやめてくんなぁ!」
可愛らしい声を上げるカイコクにザクロはわかったと距離を取った。
おずおずと傾けられる頭に笑みを漏らす。
「…手加減」
「分かっている」
睨む彼女に短く答えて手を伸ばす。
もちろんそれが守られるはずもなく、くったりした彼女に、『責任』を取らされる事になったのは…また次、だ。


彼は猫に似ていた。

それは彼女になったとて。

…いや、彼女になった方が甘えたがりな猫により近くなった…というのはマスクの下の内緒の話!

にゃんにゃんにゃんラセタバ

隔週ワンドロ/ウインク・指ハート

「あははは!冬弥くんかわいー!!」
「へぇ、器用そうに見えるけど案外不器用なんだね、冬弥って!」
「…何してんだ?」
楽しそうな声と知っている名前に思わず教室を覗く。
1-Aの教室には杏と瑞希、そして何故だか冬弥がいた。
…彼は隣のクラスだったはずなのだが。
「…彰人」
「あ、彰人だ」
「ねぇねぇ弟くん!ファンサやって、ファンサ!」
「だぁから弟くん呼ぶなっつー…ファンサ?」
瑞希がにこにこと強請ってくるそれに、文句を言おうとし…思わず首を傾げる。
何を唐突に。
「あはは。実は私の友だちがアイドルでね。最近会った時にファンサって奥が深いんだよって言うからさぁ」
「杏たちのグループってパフォーマンスはするけどファンサとかはしないんでしょ?だからやってほしいなって思って!」
「…流石、顔が広いな…。んで?何やりゃいいって?」
杏がけらけらと笑うから、なるほど、と思いつつ聞いた。
やってはくれるんだ、と杏が言い、そうだなーと瑞希が上を向く。
「んじゃー、指ハートとウインク!」
「へーへー」
ありきたりなリクエストに彰人はパチンとウインクをし、人差し指と親指でハートを作った。
別段そこに恥もくそもない。
だが彼女たちは不満だったようだ。
「うわー、期待を裏切らないよねー弟くんは」
「卒無くこなす感じ?なんか腹立つ」
「どうしろってんだよ!!」
瑞希と杏からの散々な言われように彰人は突っ込む。
元より結果は求めていないのかもしれないけれど。
「やっぱりさぁ、冬弥くんみたいなのを期待しちゃうよねぇ」
「はぁ?冬弥ぁ?」
ははん!と何故かドヤ顔の瑞希が冬弥を引き寄せる。
「…暁山」
困惑顔の冬弥に、杏が、やってやってよ!とせっついた。
「…またやるのか?白石」
「いいじゃん!あれ、可愛かったし!」
「そうそう!あれは可愛かった!あざとさが無いのがまた良いよね」
「…俺は、彰人みたいに格好良くは出来ないんだが…」
「だーからぁ、それがいいんだってばー!」
もー!という瑞希と、「格好良いって、良かったね、彰人」とにこにこ…にやにやだろうか…する杏。
何だコレ、と思いつつ二人が言うそれが気になった。
冬弥のファンサとはどんなものだろうか。
彼も、彰人が止めないのが分かったのか小さく息を吐いた。
「…こういうのは苦手なんだが」
そう言いながらも冬弥はずいとこちらが寄ってくる。
そうして。
「…んっ」
「ん?!!」
ウインクが出来ないのだろう、ギュッと両目を瞑り、両指で小さなハートを作った。
「…あ、彰人…?…っ?!!」
「…あー…あれは刺さったみたいね」
「にしても喋らないのはどうなのさぁ弟くん」
「…うるせぇ」
驚く冬弥を抱きしめる彰人に、ニヤニヤと杏と瑞希が言う。


周りがどんな風に言おうが

彰人にとっては最大級のファンサ!


(まあ誰にも見せてはやんねーけどな!)

ワンドロ/涙・告白

ポロポロと冬弥の目から涙が溢れる。
不味い、と思ったかどうかくらいのところで先に体が動いた。
「…冬弥」
引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
震える華奢な身体を強く、安心させるように。


さて、事の起こりは10分ほど前。


「…。…これはまたすげぇな」
彰人は呆然と指定されたそれを見上げた。
最近になって新しく出来たというミュージックカフェのクーポンが配られていたから、どうせ暇だし行ってみようと言う事になった…そこまでは良い。
BADDOGSも結成したばかり、どんどん現場を積んで行かなければという焦りもあり、様々な場所で歌っていた。
今回も上手く行けば飛び入りで参加できるかもしれない。
しかしまあその場所が最近出来た15階ビルの最上階らしいのだ。
珍しい場所に建てたな、とぼんやり思う。
「…っし、行くか」
「…」
「?どした、冬弥」
いつもなら何かしら返事があるのに、何も言わない冬弥に首を傾げた。
何でもない、と言う声が普段より固く聞こえたが本人がそう言うなら、と彰人は歩き出す。
ビルに入り、エレベーターのボタンを呼んだ。
程なくして来たそれに乗り込めば全面ガラス張り、外が丸見えというよくあるものであった。
「へぇ、中もすげぇな」
「…そう、だな」
「…って、大丈夫か、お前。顔色悪い……」
カタカタと震える冬弥に手を伸ばした、その瞬間。
「…え?」
目の前の光景を思わず疑った。
ボロボロと涙を流す相棒を見て、思わずぎょっとする。
頭が真っ白になりながらどうにか身体を動かし、冬弥を引き寄せた。
すまない、と彼は涙ながらに高いところがどうしても苦手なこと、伝えたかったが言い出せなかったことを告白してくる。
そんな涙の告白を聞きながら、彰人はただただ抱きしめるしかできなかった。





「…そんな事もあったな」 
懐かしそうに目を細める冬弥。
今でも高いところは苦手らしいが…あの時よりは素直に、早めに感情や自分の思いを伝えてくれるようになった。
良い事だ、と彰人は思う。
ただでさえ分かりにくいのだから、きちんと伝えてほしいのだ。
「…彰人」
「ん」
名前を呼ばれ、手を差し出す。
するりと握られるそれに思わず口角を上げた。
もうあの時のミュージックカフェに行くことはなくなったが…たまに高いところに行くとこうやって手を繋ぐようになったのである。
まるで、心をつなぐように。
「…ま、泣いて告白されちゃ、な」
「?何か言ったか?」
こてりと首を傾げる冬弥に、何も、と言ってやる。

二度と泣かせないと誓ったことは、暫く教えてやらないつもりだ。
(例えそれがどんな内容だったとて!

彼の涙はもう、見たくはないから!)

KAITO誕生日

どうもこんにちは、鏡音レンです。
今日はうちの兄の誕生日です。
…誕生日の、はずだった…んだけどなぁ…。


「…えと、カイコちゃん?」
「…珍しいね、カイコさんがうちに来んの」
「突然すみません、カイトさん、レンくん」
玄関先に立っていたカイコさん…兄さんの先天性女体亜種だ…が、ぺこりと頭を下げる。
それは良い、カイコさんが礼儀正しいのなんて割といつもだし。
…じゃなくて、大きなリュックを持ってるのが問題で…。
「…あらぁ、どうしたの?カイコちゃん」
「えっ、カイコたん?!ひっさしぶりー!」
「こんにちは、メイコさん、リンちゃん」
にこ、と微笑むカイコさんがすぅと息を吸った。
そして。
「少しの間この家に置いていただけませんか?!」


「…遅くなってごめんね」
「すみません、お忙しいのに」
「ううん、大丈夫だよ。ルカ、ありがとう」
「いえ、カイコさんとのお話、とても楽しかったので…」
そんな会話が聞こえて立ち止まった先では客間に通されたカイコさんと、ふわふわ笑うルカ姉ぇと兄さんの癒やし空間が広がっていた。
…すげぇ…お邪魔してぇ……。
「あら、レン兄様」
「レン!用意終わったんだ?」
「レンくんも良ければこちらにどうぞ。…お土産、持ってきたんですよ?」
そんな3人から手招きされたらおれはもう行くしかなくて。
つか、当たり前だよなぁ?!
行くに決まってるよなぁ?!
「お邪魔しまーす!」
ウキウキとそっちに行きかけたおれのポニーテールを誰かがぎゅっと引っ張った。
毛根が逝きかけるからやめろよな、Vocaloidだからんなこたぁないけど!
「いってぇな!何す…ミク姉ぇ」
「…あたしも同席して良いかな??」
にっこりと笑うミク姉ぇ……目がマジなんですけどねぇ、電子の歌姫さん!!
「もちろん!」
「えへへー、ありがと、カイコちゃん!…ところで、マスターと何かあった?」
いそいそとルカ姉ぇの隣を陣取ったミク姉ぇがさっくりとそう聞いた。
何だってそんな切り込みにくいとこ普通に聞いちゃうかな、この歌姫は。
ちなみにカイコさんのマスターはうちのマスターの先生だ(大学教授って言ってたから、偉いんだろう)
割と穏やかな紳士タイプだから、あんま、喧嘩するとかは考えられないんだけどなぁ…と、思いきや。
「…マスターとは、何もないのだけれど…」
そう、困ったように言った。
え、マジか。
マジか?!
マスターとは何もない。
ってことは。
「…あの、今日は私達の誕生日でしょう?」
「うん、そうだね」
首を傾げたカイコさんに兄さんが頷く。
今日は兄さんの誕生日だ。
…まー兄さんの場合ちょっと特殊で、記念日がいくつかあるんだけど、うちではバレンタインも被らない今日が誕生日なんだよな。
「お兄ちゃん、今年のケーキなにー?」
「今年は無難にロールケーキだよ。さっき、後は飾り付けするだけのケーキを托してきた」
「…相変わらずプロですわね…」
「無難とは何だったのか……」
にこりと笑う兄さんに、ルカ姉ぇと二人で曖昧な笑みを向けた。
いや違う違う、カイコさんの話!
「ごめん、続けて」
「いえ。…カイトさんは、自分のお誕生日の用意を手伝ってるんですか?」
こてりと首を傾げたカイコさんに、兄さんが笑う。
「手伝ってるっていうか…サプライズがどうしてもサプライズじゃなくなってるっていうか」
「察しが良すぎるんだよなぁ、兄さんは」
「もうどうしたって隠すの無理だから、パーティーの中身で勝負することにしたんだよねー」
「それにカイト兄様のケーキが一番美味しいですから…。毎年、ケーキの準備だけは手伝って頂いてるんです」 
口々に言うとカイコさんは小さく息を吐いた。
いいなぁ、なんて言葉が漏れる。
「…な、何が…」
「…ミクオくんが、私を避けるんです」
おずおずと聞けばカイコさんはぽつりと言った。
…あー……。
ミクオこと初音ミクオ、ミク姉ぇの先天性男体亜種で、カイコさんと暮らすVocaloid。
紛れもないシスコンでなんだったらそれ以上だと思ってんだけど…。
何したんだか。
「ミクオくん、私のサプライズパーティーをやるって思ってくれてるのは良いんですけど、露骨に避けていて…。ちょっと話しかけただけで『姉さんはあっち行ってて!』って…」
「…で、出てきちゃった、と」
「…はい」
しゅん、とするカイコさん。
わぁ、兄さんとおんなじ顔してるー、当たり前だけどさ。
「心配してるでしょうか……」
落ち込むカイコさんにミク姉ぇが身を乗り出した。
「え、じゃあ初音さんが代わりに行こっか?!」
「初音さん出てきたらややこしくなるからすっ込んでて」
「…ルカちゃん聞いて?!弟がお姉様をいじめる!!」
「ミク姉様、レン兄様の邪魔をしてはいけませんわ。私とこちらで今日の用意をしましょう?」
「はぁい!…あれ?」
首を傾げるミク姉ぇがルカ姉ぇに連れられて出ていく。
…つか何しに来たんだよ……。
くすくすと笑う兄さんが「…まあ、ミクなりの心配だから、気にしないで」と言った。
「カイコちゃんも、怒ってはいないんだろう?」
「ええ、少し…悲しかったんです。あんな言い方…初めてだったし。でも今更…」
「…カイコ姉さん!」
うだうだ言ってるカイコさん、珍しいなぁなんて眺めてたら誰かが飛び込んできた。
うるっせぇな、もう。
「ミクオくん?!!」
「王子様のお迎えだね」
「…つーか人んちなんですけどねぇ、初音さんねぇ」
「ごめん、カイコ姉さん!!おれ…っ!」
入ってくるなり慌てるカイコさんを抱きしめるミクオにため息を吐き出せばにいさんがちょいちょいとおれの服を引っ張った。
そっと部屋を出ると兄さんが楽しそうに笑う。
「…いーの、あれ」
「…まあ、うちもミクの誕生日の時お世話になったからね」
「おれら関係ねぇじゃん。…ったく」
お人好しな兄さんに背伸びをして軽いキスをした。
「…プレゼント。予約しとくから」
「…ふふっ。じゃあパジャマはレンの誕生日に貰ったやつ着とくね?」
小悪魔っぽく笑う兄さん…くそぅ、反則だろ、今のは!


今日は可愛い兄さんの誕生日。



いくら歳を重ねても、おれは兄さんに勝てないらしい!

(そんなことないらしい、と気づくのはもう少し後の話)


「仲直りしたのかよ、ミクオ」
「お陰様で。…レンは?仲良ししたのかよ」
「…お陰様で」

ニキ誕生日(ニキシン)

外でタバコを吸っていると誰かの視線を感じた。
何となく覚えがあって、はぁ、なんてため息を吐き出しつつケータイ灰皿にタバコを押し付ける。
「…そこのお前、こっち来い。見られてたら気になるだろ」
「…!…すみません」
ぶっきらぼうなそれに、ひょこ、と顔を出したのは駆堂シンヤ。
俺を共犯者に引きずり込んだ探偵の…、【とある事件】への依頼者だ。
弟を探してる、なんて言ってたっけか。
どこにでもいそうな大学生だが、家族想いで芯は強いらしい。
申し訳なさそうにしながらこちらにきた彼はそっと俺を見上げた。
「…何だ」
「いえ。…仁木さん、今日がお誕生日と聞いたので。その…おめでとう御座います」
ストレートな言葉に俺は目を見開く。
まさかこんな身も知らずの坊主に誕生日を祝われるなんてな…。
「…ったく、誰に聞いたんだよ」
「えっと…ヒノキさんから」
「…あのメガネ……」
言われた名前に俺は頭を抱えた。
人のプライバシーなんだと思ってんだ、探偵め。
「……すみません」
「謝ることはない。…まあ、どうもな」
「…はい」
とりあえず礼を言えば彼はホッとしたように微笑んだ。
そういえばここ最近こうやってマトモに祝われたことがなかった気がするな。

ザクカイ♀バレンタイン

「なぁ、鬼ヶ崎」
ザクロの声にカイコクがきょとりとこちらを向いた。
ふわりと揺れる彼女の長い髪にザクロはドギマギしながら「今日は何の日か知っているか?」と問う。
「今日?ってぇと…」
「…今日は2月14日だ」
首を傾げるカイコクにそう言えば、彼女は、ああ!と嬉しそうに手を叩いた。
甘いものが苦手な割にバレンタインは知っていたか、とホッとした…のも刹那。
「今日は煮干しの日、だろう?」
「…は?」
「単なる語呂合わせだが…この日は煮干しをたくさん食べても怒られねぇ…忍霧?」
的外れなそれに目を丸くしていれば嬉しそうに話していた彼女が不思議そうにザクロの名を呼んだ。
まさか煮干しの日とくるとは思わず固まっていたザクロは、目をぱちくりとさせるカイコクに慌てて返事をする。
それだけで良かったのだろう、彼女はにこりと笑ってみせた。
「そうだ!俺がお気に入りの店の煮干しがあってなぁ。ちと待っててくんな、すぐ戻る」
「あ、あぁ」
嬉しそうに立ち上がり、パタパタと出ていく彼女に頷くのがやっとで。
ザクロは小さくため息をついた。
…カイコクからチョコが欲しかっただけなのに。
流石に自分からチョコをくれ、なんて格好の悪いことも言えず、回りくどくなった結果が…これだ。
まあ、彼女が好きだと言うものを貰えるだけ良しとするか、とザクロは諦める。
あまり好きを共有しないカイコクから貰えるだけ十分だ、と。
「忍霧」
ひょこりと戻ってきたカイコクが髪を揺らし、楽しそうに何かを差し出した。
煮干し、にしては随分小さくて可愛らしい箱に入っているな、と思いながら受け取る。
「…ありがとう、鬼ヶ崎」
「ふふ。味わって食べてくれよ?」
礼を言うザクロに、上機嫌に笑いながらカイコクはとん、と指でザクロのマスク越し、唇に触れた。
そんな事を言うなんて珍しい、と箱を開けたザクロの目に飛び込んだのは、少し歪な形のチョコレート。
「…は……?」
あまりの事に呆けていれば、カイコクがへにゃりと笑って言葉を紡ぐ。
ああ、やられた、と頭を抱えるまで後数秒。
…今年も無自覚小悪魔な彼女に敵いそうにない。

「今日が何の日か知ってるぜ?…ザクロくん!」

ザクカイバレンタイン

「待て、鬼ヶ崎!」
「いーやーでぇ!!」
ぎゃーぎゃーと二人の声が響く。
またやってるーとケラケラ笑うのはユズだ。
「…?なんですか、あれ」
「ザッくんがカイさんからチョコ貰おうと追い回してる」
疑問符を浮かべるカリンにユズが簡素な答えを返せば、ああ、と彼女は納得をした顔をした。
「懲りませんねー」
「ん?それは…どっちがだい?」
呟いたそれにユズが首を傾げる。
分かっているだろうに、とカリンは隣に座りながら少し向こうで揉めている彼らを見ながら嘆息した。
「どっちも、ですよ」


その、ほんの少し前。
彼らが揉める…前の話。
「…鬼ヶ崎」
「…んあ?どうした?忍霧」
少し固い声で彼の名を呼べばきょとりとしてカイコクはこちらを向いた。
「今日は何日だ?」
「…急だな。ええと…俺の誕生日から2週間…くらいか?いや、そんな経ってねぇな。10日前後…ってとこか」
突然のそれに眉を寄せながらも彼は律儀に考えてくれる。
口調からして忘れているようだが…態と話をはぐらかしている訳ではなさそうだ。
仕方がないので小さく息を吐き、答えを口にする。
「今日は2月14日だ」
「なんでぇ、知ってんじゃね、ぇ…か……」
ザクロの口振りにカイコクは文句を言おうとし…はたと止まった。
2月14日。
それが意味する日。
…それは勿論。
「…今日が何の日か…知っているよな、鬼ヶ崎?」
ジロリと睨めば彼はじり、と後退った。
この反応は『思い出した』のだろう。
なら。
「…っ、鬼ヶ崎!」
「嫌でぇ!」
「何故だ!去年はくれただろう!」
「去年は去年!今年は今年!!」
詰め寄るザクロに逃げるカイコク。
去年もやったな、なんて思う余裕は双方どこにもなく。
ザクロはカイコクに手を伸ばした。


毎年の恒例行事となりつつあったとしても。

(俺は、お前からのチョコが欲しい!!!)