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卒業後に同棲する類冬
「…ん…」 ぼんやりと神代類は目を覚ました。 時計を見ようと腕を伸ばしたところで…ふと違和感を覚える。 「…おや」 腕に抱え込んでいた違和感の正体に類はくすりと笑みを零した。 すやすやと、恋人兼同棲相手の冬弥が寝息を立てていたからである。 珍しく類よりも遅起きなのは、昨日無理させたからだろうな、と思った。 そうっと抜け出てキッチンへ向かう。 早く目が覚めたほうが朝食の用意をする、というのは同棲を決めた時に二人で定めた約束の一つだ。 お湯を沸かして珈琲を淹れ、ついでにトーストを焼く。 ハムの上に卵を割りフライパンで焼けば類流の朝食の完成だ。 野菜は一切無いが…そこはご愛嬌である。 「…や、おはよう。冬弥くん」 「…。…おはようございます、類さん」 テーブルにセットしていればようやっと冬弥が起きてきた。 笑顔を向ければ冬弥も僅かに微笑み類の名を呼ぶ。 昔は『神代先輩』と呼んでいたから…慣れないのもあるのだろう。 …まあそれは類の方もなのだけど。 高校をお互い卒業し、1年。 家を出たがっていた冬弥に、『なら、僕と共に窮屈な世界から逃げてみないかい?』と声をかけたのは類にとって必然であると言えた。 「ふふ。可愛い寝癖がついているよ?」 「…え」 「梳かしてあげよう。じっとして」 小さく笑って彼の頭を撫でる。 さらりとした指通りの良い髪はすぐにいつものように戻った。 「はい、出来上がり」 「…ありがとうございます」 「どういたしまして。…顔を洗っておいで」 「はい」 柔らかい表情を見せた冬弥がパタパタと足音を立て部屋を出る。 程なくして戻ってきた冬弥と朝食を取りながら、今日の予定を確認した。 「僕は大学の講義があるねぇ。冬弥くんは?」 「…俺の方は昼までは何も。昼からはレポートを提出して買い物に行こうと思っています」 「スーパーかい?なら僕も行こうかな」 「…付いてきても野菜は買いますよ?」 類のそれに冬弥が首を傾げる。 どうやら野菜阻止のためだけに付いていきたいと思っているようだ。 「おや。可愛い恋人に僕は随分と子どもに思われているようだねぇ?」 「…。…半分は、事実ですよね?類さん」 煽ってみるが冬弥は素知らぬ顔で珈琲を啜る。 昔はもう少し可愛かったが…いや、今も可愛かったのだけれど。 「久しぶりにデートをしたかったのだけれどな。ねぇ、『冬弥』?」 小さく笑って普段はしない呼び方で冬弥を呼ぶ。 途端に頬が淡く染まっていった。 「…ズルいです」 「ふふ。何とでも」 笑い、立ち上がった類は冬弥の顎をすくい上げる。 触れるだけのキスをし、にこりと笑った。 「それじゃあ、行ってくるね」 「…。…はい」 頷いた冬弥は暫く逡巡し、小さく類の服を引っ張る。 「…早く帰ってきてください」 「…!…勿論だとも」 珍しい冬弥からのお願い、に類は微笑んだ。 さあ今日も幸せな一日が始まる。 「行ってきます」 「行ってらっしゃい」 このやり取りをする度、幸せだなぁと思う類なのであった。 それはいくつ歳月が過ぎても変わらない、事実!
同棲類冬 こたつ、鍋、イチャイチャ
「…よし、こんなものかな」 元々あった二人用のテーブルにそれ、を付け、元に戻す。 先程買ってきたばかりの、落ち着いた色の布団をかけ、類はニコリと笑った。 一緒に暮らし始めて9ヶ月。 類と冬弥の暮らす部屋に炬燵が設置された。
「…類さん、お鍋の用意できました」 「ありがとう、冬弥くん。僕も今炬燵の準備終わったよ」 ひょこりと顔を出す冬弥に笑い掛ければ、彼も僅かに笑みを見せた。 今年の冬は大寒波で、今まではホットカーペットで凌いでいたのだが…流石にそうも行かなくなってしまったのである。 「早速入るかい?」 「…駄目です。お鍋、冷めてしまうので」 「フフ、釣れないねぇ」 くすくす笑う類に、冬弥も僅かに笑った。 「なら何かお手伝いしようかな」 「助かります。…箸とお椀を運んでもらえますか?」 「もちろん、良いとも」 指定されたそれを、設置したばかりのこたつに運ぶ。 後から土鍋を持った冬弥が現れた。 何度となく見た光景なのに…まだドキドキするのは惚れた弱み、だろうか? 「?類さん?」 「ああ、ごめんね。…食べようか」 首を傾げる彼に微笑み掛ければ、はい、と笑む。 蓋を開ければうどん、肉、豆腐、魚、そして冬弥が食べる分だけの野菜が鍋の中でグツグツと音を立てていた。 いただきます、と二人で声を合わせる。 今日は鍋だが…一緒に暮らし始めた時よりも冬弥は料理が上手くなった。 元々器用なのもあったのだろう。 入れてくれた肉団子も綺麗な丸を描いていて、彼らしいな、と思いながら口に含んだ。 「…冬弥くん?」 「…はい?」 途端、口元を抑え、類は彼の名を呼ぶ。 さらりと髪を揺らす冬弥を…抱き寄せ、口付けた。 「?!ん、ふぁ…ぁ…」 驚く彼に肉団子を口移しし、類は彼を解放する。 「…。…騙したね」 「…騙してません。言っていなかっただけです」 じっとりと見つめる類に冬弥は珍しくふいと目をそらした。 肉団子には細かくした野菜が入っていたのだ…冬弥は類が野菜嫌いだと知ってあれやこれやと食べさせようとしてくる。 決して無理矢理ではないのだが…全く気が抜けないじゃないかとため息を吐いた。 今日とて少し食べてくれたら、程度だったのだろう。 類にとっては死活問題なのだけれど。 「…。…せっかく、暁山や草薙から情報を貰ったのに」 「…君が瑞希や寧々と組んだら僕の立場がなくなるから止めてほしいな?」 ブスくれる冬弥に苦笑いを返す。 「…悪かったよ。機嫌を直してくれ…冬弥」 さらりとした髪を弄びながら囁やけば、彼はズルいです、と頬を紅くした。 これは炬燵のせいでも、鍋のせいでもないのだろう。 まだ名前で呼ばれ馴れない冬弥が可愛いな、と思った。 「美味しいクッキーを差し入れに貰ったんだ。後で食べないかい?」 「…なら、類さんの珈琲が飲みたいです」 「…分かったよ。仰せのままに、僕の可愛いお人形さん?」 小さく微笑む冬弥の、綺麗な指に口付ける。 どうやら機嫌は…直ったらしかった。
「…あの、類さん?」 「…んー??」 「何故、わざわざ同じ所に…?」 食後、不思議そうに冬弥がふり仰ぐ。 「…まあ、これも炬燵の醍醐味じゃないかと思ってね」 「…???」 背後からぎゅっと抱き締めれば彼は小さく首を傾げた。 あ、と口を開けていればクッキーが差し出される。 それを頬張り、幸せだな、とありきたりな事を思ったのであった。
君と過ごす、冬の幸せ。
…そのまま炬燵でシてしまい、冬弥が再び不機嫌になるのは…また別の話、だ。
同棲類冬 半年記念、ケーキ
日常の中でふと思い出す。 流石に重いだろうか、なんて我ながら思ったりして。 存外に彼との思い出は大切にしたいのだなぁと苦笑した。
今日は彼と暮らし始めて半年の記念日、である。
「へぇ、類はその辺気にしないかと思ってたよ」 「…うん、僕も意外だったかな」 同棲半年、何をすれば良いだろうかと昔馴染みである瑞希に聞けば少し意外そうな表情をしたあとカラカラと笑った。 苦笑しながら答えれば悪そうな笑みを浮かべる。 「自分が、自分で?」 「そういうことになるね」 「いいんじゃん?冬弥くんのこと、それだけ大切って事でしょ」 イタズラっぽく笑い、瑞希は、そうだ!と声を上げた。 何やらゴソゴソとカバンを探り、スマホを取り出したかと思えば、ほら!と画面を見せてくる。 「…何なに…?ケーキ言葉…?」 画面に映る文字を読み上げると、瑞希はそう!と笑った。 「花言葉みたいでさ、面白いでしょ」 「…花言葉、か」 小さく呟く類に瑞希は頬杖を付きスマホを自分の元に戻す。 「流石に花束は後で困るだろうしさ、二人とも甘いのは好きでしょ」 「そうだね。恩に着るよ、ありがとう瑞希」 「ふっふー、なら今度ボクにもケーキ奢ってよね」 にひ、と笑う瑞希に、仰せのままに、と笑みを作り立ち上がった。 手を振り、類は歩き出す。 スマホには先程見せてくれた店の情報が送られていて、敵わないなぁと苦笑したのであった。
「ごめんね、瑞希!遅くなって。冬弥が神代先輩と同棲半年だっていうからさぁ、ケーキ言葉ってのもあるし、お互い甘いの嫌いじゃないならケーキはどうかって盛り上がっちゃって…瑞希?」 「…いやぁ、一緒に暮らすと似てくるっていうけど何もここまで似なくてもと思ってねぇ…」
きらびやかな店内は甘い匂いに包まれていた。 場違いだなぁとは思うがあまり気にしない。 こんな事で人目を気にしていたら良いパフォーマンスなんて出来ないのだ。 類が悩んでいるのはそこではなく。 「量が、なぁ…」 独りごち、そっとため息を吐いた。 ショートケーキかと思っていたのだが、存外に大きかったのである。 パウンドケーキと銘打ってるだけあってなかなかの大きさだ…流石にホールケーキよりは小さいだろうが。 それに、彼にぴったりなケーキを見つけてしまったのだ。 冬弥に捧げればどんな顔をするかと考えるだけで笑みが止まらなかった。 「まあ、二人なら大丈夫かな」 くす、と笑って類は顔を上げる。 すみません、とオーダーすべく声を出したのだった。
「ただいま、冬弥くん」 「…お帰りなさい、類さん」 玄関で声を掛ければパタパタと音がして黒エプロンをした冬弥が顔を出した。 料理中だったのだろう彼に触れるだけのキスをすれば嬉しそうに表情が解ける。 「…そうだ、まだ珈琲はあったかな」 「ありますけど…飲みたいんですか?」 「いやいや。食後にデザートでも、と思ってね。…ほら、僕ら同棲して半年になるだろう?だから、お祝いも兼ねたんだけど…冬弥くん?」 首を傾げていた冬弥にそう言いケーキの袋を見せれば彼はぴしりと固まった。 まさかここのケーキは苦手だったりしたのだろうか。 恐る恐る声を掛ければ恥ずかしそうに目を逸らした。 「…俺も、なんです」 「へ?」 短い言葉にキョトンとしていると腕を引かれる。 連れられて行った先はいつものリビングで。 思わず類は、目を見開いた。 …ダイニングテーブルには、類が買ったものと同じ袋があったから。 「…白石に相談したらここが良いんじゃないかって」 「なるほど、サプライズが被ってしまったわけだ」 小さな声で告白する彼に類はくすりと笑う。 「…中身を見ても?」 「はい。…俺も、良いですか?」 「勿論だとも」 確認を取り、二人してせーので箱を開け、顔を見合わせた。 思わず笑ってしまう。
類が選んだのはピスタチオ・フリュイルージュ。 冬弥が選んだのはテリーヌショコラ。
その言葉の意味は、二人だけが知っていた。
(ちなみに、カロリー消費の為にその日の夜は激しかったとかどうとかこうとか)
同棲類冬 名前呼び 罰ゲーム
「おはようございます、神代先輩!」 冬弥の眩しい声が朝日と共に降ってくる。 「…おはよう、冬弥くん。…そろそろ慣れてほしいんだけどね…?」 「…。…あ」 じっとりとした類のそれに、冬弥はややあってから気づいたように声を上げた。 「…すいません、あの…類、さん」 彼の恥ずかしそうな声にまあ良いかと思う。 …そしてそのまま3ヶ月。
「…冬弥くん?」 「…」 ムスッとした類に冬弥も困った顔を浮かべていて。 彼と同棲するようになって、約束をいくつか取り決めた。 朝は早く起きた方が朝食の準備、夜は早く帰ってきた方が夕食の準備、その他の洗濯や軽い掃除は冬弥が、代わりに大型家具の設置や機械関係は類が担当する、予定は互いに報告すること。 それらの約束は、3ヶ月経て破られることも無く順調だったのだ。 …ただ、一つの約束を除いて。 「…僕はもう君の先輩じゃない。だから名前で呼んでほしい…何故、その約束は守ってくれないのかな」 「…すみません…」 「…謝って欲しいわけじゃないんだけど」 心底申し訳なさそうにする冬弥に類も眉を下げる。 別に怒っている訳でないのだ。 慣れないのも恥ずかしいのも良く分かるから。 だが、これでは良くない。 暫く考え、そうだ!と類は声を上げた。 「今後、二人きりの時神代先輩と呼んだら罰ゲームにしよう。良いかい?」 「…罰ゲーム、ですか」 「そう。例えば…君の耳元で囁く、とかね」 こんなふうに、と首を傾げていた冬弥の耳に口を寄せる。 そして。 「…冬弥」 「…?!!!!」 低く囁やけば、彼は驚いた様にこちらを見、口をぱくぱくさせた。 ほんのり染まる頬ににこりと微笑みかける。 「これなら、気を付けるだろう?」 「…そう、ですね」 少し悔しそうな冬弥が同意し、こうして罰ゲーム有りの生活が始まった。
「ただいま」 「お帰りなさい、神代先…あっ」 「…また呼んでしまったね?…冬弥」 口を抑える彼に低く囁く。 罰ゲーム有りになってから改善するかと思いきやあまり変化は見られなかった。 寧ろ酷くなった気がしてため息を吐く。 「…君は賢いはずだろう?もう少し気をつけても良い気がするけど」 「…」 もじもじするばかりの冬弥に悩みながら類は天井を見上げた。 確かにこの顔は可愛いけれど、いつまで経っても『神代先輩』なのは頂けない。 何か他の手を、と考え、ならば、と笑みを浮かべた。 「僕が名前を呼ばない、というのはどうだろう」 「…ぇ?」 「名前を呼ぶからプレッシャーになるなら、神代先輩と呼ばれた日は冬弥くんの名前を呼ばないというのが道理かと…」 我ながら良い案だと紡いでいれば彼が抱きついてくる。 冬弥からの珍しいスキンシップに類は目を丸くした。 頭を撫でそうになって手を彷徨わせる。 「ええと、冬弥くん?」 「…いや、です」 ぎゅ、と抱きつきながら小さな声で言うから、類はほとほと困ってしまった。 まさかそんな事を言われるなんて! 「…俺、先輩がたくさん名前で呼んでくれたの嬉しくて。先輩の声が俺の名を紡ぐの、好きなんです。だからやめないで下さい」 「…そうだねぇ」 「…お願いします、…類、さん」 うる、とした目が類を見上げる。 …全く、どこで覚えてきたのやら。 「…分かった。暫く罰ゲームはなしにしよう。徐々に慣れていくと良い。…その分」 「…え、わっ?!」 「…呼ばなかった分、夜は覚悟しておくんだよ?…冬弥」 彼を抱き上げ、触れるだけのキスを落とす。
名前で呼べない冬弥が、名前で呼べるようになるまで…数週間後のお話。
がるこす
『ねーねー、プロセカに消失入ったこすもさぁん』 『…何、その地味ーに煽ってるやつ』 ボクのどーってことない一文にも律儀に返してくれるこすもんに思わず笑顔になった。 『ボク、馬刺し食べたい』 『前の文いった?!』 『もー、分かってないなぁ。可愛いボクに奢って♡』 『自分で可愛いとか普通にないんだけど』 文章からも分かる引きっぷりにボクは思わず笑ってしまった。 そーいうとこだよね! 『ねー!馬刺しー!』 『もー、がるなんはさぁ、ぼくより稼いでるくせにさぁ、年下だからってこういう時ばっかりさぁ』 『そこも嫌いじゃないくせにー』 『はいはい、言ってて』 適当に返されるそれに、画面の向こうでちぇーなんてブスくれてみせる。 言ったところで見えてはいないんだけど。 『っていうか何で馬刺しなの。言いたいだけの女子大生じゃあるまいし』 『えっ、普通に美味しいじゃん、後高い』 『高いものをわざわざ奢らせようとしないで』 終わり、とばかりに返ってきたそれにボクは分かった、と返事をしようとした。 …けれど。 『…まあ、でも』 続く文章にボクはにまぁと笑う。 こすもんのそういうトコ、ボク好きだよ! (ま、本人には絶対に言ってやらないんだけどさ!) 『…チキンなら今度奢ってあげても、良いよ』
「ファ○マ!ファミ○が良い!」 「え、良いけど。あきこロイド使ってたのに良いの?」 「え、気にするとこそこなの??」
~~~~ 寒い朝。 吐く息が白くなるほど寒い…そんな日に。 「こっすもーん!」 「うわっ、がるなん!」 ボクらは廃都アトリエスタ…ではなく、良くあるコンビニを目指していた。
「コンビニチキンっ、コンビニチキンっ」 「がるなん、チキンそんな好きだっけ?」 るんるんとスキップすればこすもんが不思議そうに声をかけてくる。 分かってないなぁとボクは指を立てた。 「こすもさんが奢ってくれるから嬉しいんじゃない」 「…何それ」 あっさり言えばじっとりと見つめてくる。 えへへー!と笑ってその腕に抱きついた。 …と。 「…あの子達可愛いー!」 きゃぁ、という声が聞こえてボクは振り向く。 嫌そうなこすもんを隠しつつ、知ってるー♡と手を振った。 やっぱりファンサも大事だよね! 「…がるなんさぁ」 「ん?」 はぁ、と吐き出される溜め息に首を傾げて、あ、とボクは声を上げる。 「可愛いって言われてないからスネてる?!大丈夫、ボクの次に可愛いよ!」 「いや、言ってないからね?」 割と食い気味に返してきたこすもんは、もう!と人差し指をくるくるさせた。 「ぼくはさぁ、そういうとこさぁ」 「またまたぁ、嫌いじゃないくせに!」 ちょっとお説教モードのこすもんに、にまにまと言えば平然と言葉を紡ぐ。 …口元が緩むのが止められなくなるからやめてほしいんだけどな? 「嫌いだとは言ってないけどさぁ?」 (そーいうとこなんだけどなぁ) 嫌いじゃないなら好き、で良いんだよね? そういうことだよね! 「…え、なに、ニコニコして」 「なぁんにも!さ、コンビニ行こ、コンビニ!」 笑いながらこすもんの背を押す。 冷たい風がボクらの間をすり抜けた。
(それって、幸せっていうんだってさ!)
オレは大変なやつに恋をしてしまったらしい(冬弥総愛され)
声をかけた瞬間、ふわりと振り向いたその顔に。 「ああ、貸し出しか」と発されたその声に。 有り体に言おう、オレは青柳冬弥に恋をした。
どうも、神山高校のモブです。 あまり学校に来ないオレが最近になってせっせと通っているのには訳がある。 それが、図書室のお人形こと青柳冬弥に恋をしたから。 いや、男だっていうのはわかってる。 分かってるけど好きになっちゃったもんはしょーがない。 ただ、だ。 「…はぁ」 オレはため息を吐く。 ただ青柳冬弥にはかなり強力なボディガードがいた。 まずは東雲彰人。 クラスは別だがしょっちゅう青柳冬弥と一緒にいる。 どうやらコンビで歌を歌っているらしく(ストリートミュージックとかいうらしい、オレにはよく分からん)、彼の傍にはいつも東雲彰人がいた。 一度なんて声をかける前にジロリと睨まれたっけ。 なので近付きたくても近付けなかった。 そして次に天馬司。 2年生で青柳冬弥とは幼い頃から知り合いらしい(と、本人が言っていたのを偶然聞いた) 出汁に使ってやろうと「なぁ!青柳冬弥ってアンタか?天馬先輩が呼んで…」と嘘をつき呼び出そうとした…が。 「…38点。まるで駄目だ」 「?!」 背後から囁かれオレはびっくりして振り返る。 そこには絶対零度の表情を笑顔に戻した天馬司が立っていた。 「…司先輩?」 「冬弥!!すまないな!オレとしたことが自分で呼びに行かず後輩を使ってしまって!スターたるもの、愛しい後輩は自分で迎えに行かねばな!」 はっはっは!と大袈裟に笑って青柳冬弥の腰を抱く。 いなくなる姿を見て、やられた、と思った。 それから最後に神代類。 天馬司と同じ2年生だが、東雲彰人や天馬司ほど親交があるわけじゃない。 なのに図書室にはしょっちゅういるから一度だけ「神代先輩とどんな関係なんだ?」と聞いてみたことがある。 ライバルは少ないに超したことはないし。 「…?どんな、とは」 「ほら、神代先輩って変な噂あるからさ、青柳がもし…」 「…もし、なんだい?」 きょとんとした声に、応えてくれた!と口を開くオレに頭上から声がした。 ひっ、と聞いたこともない声が漏れ出る。 「…神代先輩」 「やあ、冬弥くん。少し探して欲しい本があるのだけれど」 「分かりました。どれですか?」 カタン、と立ち上がる音を聞き、オレはここにいてはいけないと悟った。 …まだ、死にたくはないし。 はぁ、と深いため息を吐く。 少しでも話が出来れば良いだけなのに。 それだけ…。 「…なぁ」 「?!!」 背後から声をかけられ、オレは驚いて振り返る。 そこには青柳冬弥が立って、いた。 あの日、声をかけた姿で。 あの日、聞いた声で。 青柳冬弥が、そこに。 オレは無我夢中だったんだと思う。 邪魔されたくない一身で、気づいたら近くの体育倉庫に拉致っていた。 やっちゃった、という思いが脳裏を過る。 だがやってしまったんだからしょうがない。 「…何故、こんなところに?」 「好きなんだ!オレ、アンタが!!」 首を傾げる彼に、オレは叫んだ。 ますます、よく分からないという顔をする。 「…。…俺には良くわからないが…好きな相手をこんな場所に連れ込むのか?」 「え、あ、いや」 「この告白には拒否権はないように思うが…間違っているだろうか」 さら、と綺麗な髪が揺れた。 「…拒否りたいのかよ」 「そもそもよく知らない相手だ。拒否も何もない。それに、俺には…」 淡々と言葉を紡ぐ青柳冬弥にイライラする。 正論をぶつけられて、そうだなと笑って解放すると? …しないよなぁ? 「お前さ、自分の立場分かってねぇんじゃ…!!」 「…分かってねぇのはそっちだよなぁ?!!」 胸倉を掴んだ瞬間だった。 鍵をかけていたはずのドアがブチ破られる。 光の向こうに見えたのは、怒りゲージMAXな東雲彰人。 「可愛い可愛い冬弥に何をしているのか…説明してもらわねばなるまい?ん??」 「そうだねぇ。その場で告白、くらいなら冬弥くんも断るだろうし見逃してあげる気だったんだけど。…覚悟は…出来ているのかな?」 その背後から出てくる笑顔の2年生コンビ…天馬司と神代類。 それを見てオレは悟る。 …やべぇやつに喧嘩を売ってしまったのだと。 そうしてオレは死を覚悟した。
結論からいえばオレは死ななかった。 何故かといえば当の青柳冬弥が止めたから、である。 「…すまない。俺が気づいた時点で断れば良かった話なんだ。付き合うのは無理だ、と」 すまない、と深々と頭を下げられ、オレになにができる? 「…冬弥」 「彰人。それに司先輩に神代先輩も」 「怪我はないか?冬弥」 「大丈夫かい?冬弥くん」 ぎゅうう、と抱き着く東雲彰人と、その周りに集まる天馬司と神代類を見て、オレに何が出来ようか。 「お前さぁ、無茶しすぎなんだよ…心配すんだろ…」 「無茶など…。…すまない」 ふっと微笑みそれを受け入れる青柳冬弥を見て。 「先輩方も心配かけてすみません。俺はこの通り平気です」 「だが、一歩遅ければ大惨事だぞ?」 「そうだよ?ちゃんと気をつけないと…」 「彰人や…先輩方が来てくれると信じていましたから」 優しく笑う彼に、全員、そういうトコ、と思った。 「それに、俺も男です。何とかしますよ」 「どう何とかすんだよ、お前は…」 「?身長は彰人より高いんだが」 「身長だけじゃどーにもなんねぇよ!!」 怒鳴る東雲彰人を見て思う。 一般人Aのオレに付け入る隙はないのだ、と。 「ったく、ほら行くぞ」 「まあ、無事で良かったよ」 「ふっふっふっ、オレの助けが早かったからだな!」 「はぁ?何言ってんだよ、アンタ。こじ開けたのはオレだろ」 「そもそも開ける道具を持って来たのは僕だけれどね…」 青柳冬弥を囲んでわいわい話す3人には敵わないのだ。 だって。 「…次やったらコロス」 囁かれる声が、あまりに恐ろしかったから。 どうやらオレの初恋は叶わない…らしい。
図書室のお人形には鉄壁のボディガードがいると噂になるのは…また別の話。
ワンドロ隔週/雪・クリスマス
「…あ、雪だ」 セカイから出てきた瞬間、ちらちらと舞うそれが頬に触れ、彰人は空を見上げた。 通りで寒いと思ったら。 隣を見れば同じように見上げる冬弥がいて、思わず笑う。 「ちゃんと着とけよ」 「…分かった」 ほら、とマフラーを投げて寄こせば冬弥は素直に頷いた。 これは彰人のものではないのかとか彰人は寒くないのかとか色んな感情を押し込め、冬弥なりに彰人の思いを汲んでくれたらしい。 「…なぁ」 「おー?」 代わりに冬弥があらぬ方向を見つめながら彰人に話し掛けてきた。 返事をしつつ、彰人もそちらを見やる。 「…クリスマスツリー?」 「…いつの間にか立派なものができていたのだな、と」 首を傾げる彰人に、冬弥が小さくそう言った。 あまりこの辺りを通らない冬弥は知らなかったようだがこの時期は毎年巨大なクリスマスツリーが立つのだ。 「大体、ハロウィンが終わったら準備始まるからな」 「…知らなかった」 ほう、と息を吐く冬弥が僅かに微笑む。 「なー、冬弥。クリスマスデートしようぜ」 「…今日はまだ前誕祭ではなかったか?」 手を握り、笑い掛ければ彼は小さく首を傾げた。 細かいことは良いんだよ、とその手を己のポケットの中に突っ込む。 「あわてんぼうのサンタクロースってのもいるし」 「…彰人がそんなことを言うなんて、珍しいな」 小さく目を見開いた冬弥が小さく微笑んだ。 そうか?と首を傾げるが、たしかに普段はそんなことは言わないかもしれない。 まあ柄にもなく浮かれているのだろうな、と頭の片隅で思った。 何せ、冬弥の恋人になって初めてのクリスマス、なのだから。 それがホワイトクリスマスなんて運命にもほどがある。 「どーせ明日はセカイでクリスマスパーティだとかするんだから、今二人で楽しんどかなきゃ損じゃねぇ?」 「…。…そうだな」 彰人のそれに冬弥が笑みを浮かべた。 俺も浮かれているかもしれない、なんて言いながら、ポケットに入っている手がぎゅっと握られる。 「…俺も、彰人とクリスマスデートを…楽しみたい」 目を細める冬弥の、頬が色づいているのは寒さでかそれとも。 ちらちらと雪が舞う。 ツリーの飾りが煌めく、そんな景色の中で。 軽く、触れるだけのキスを、交した。 「行こうぜ」 「…あぁ」 彰人の短いそれに冬弥が頷く。
クリスマス前夜、手を握りあった二人は雪降る街に消えた。 その行方は…見守っているイルミネーションの輝きだけが知っている。
ワンドロ/放課後・カフェ
文化祭も終わった放課後、久々に一緒に帰ろうと声をかけた彰人は、その相手から付き合ってほしいところがある、と言われ、目を丸くさせた。 冬弥がそんなことを言うのは珍しい。 あまり自分からあれがしたいこれがしたいと要望を口にしない彼だから、全力で聞いてやりたいと、そう思った。 「いーけど。どこ行きたいんだ?」 「…。…ス○バに行ってみたい」 「…○タバ?」 ややあって冬弥から出てきたそれはまあ行ったことはないだろうな、と思う場所で。 おしゃれカフェの代名詞でもあるから似合いそうではあるけれども…珍しいにも程がある。 「また、なんで」 「クラスの皆が話していたんだ。それで、気になって」 「…あー…」 おずおずと話す冬弥に、彰人は天を見上げた。 確かに一般の高校生が行くのを考えれば其方のほうが無難だろう…彰人はあまり行かないが。 どうやら存在すら知らなかったらしい、珈琲好きな彼が気になるのは必然と言えた。 たまには良いかと、少しばかり心配そうな冬弥の手を引く。 「…彰人?」 「なんだよ、行くんだろ」 「…!ああ」 ふわ、と笑みをこぼす彼に、可愛い奴、と彰人も笑った。 放課後デートってやつだな、なんて笑えばどんな顔をするんだろうか。
(彼が行きたい、初めての場所
そのお供に選んでくれたことがこんなに嬉しいなんて!)
その後、珍しく楽しそうな彼がへにゃとした笑みで「…彰人、見てくれ。猫さんだ」とコップを見せ、スタ○もたまには良いなと真顔になるなんて…今はまだ知る由もない。
ワンドロ/文化祭
相棒が随分浮かれている。 そう感じたのは最初に一緒に帰るという約束を断られてからだ。 「すまない、彰人。…今日はわたあめの練習をする日なんだ」 僅かに微笑んだそれで言われてしまえば、いいけど、と言わざるを得ない。 ただでさえ冬弥は行事事には参加できなかったのだ。 彰人がとやかく言う筋合いはなかった。 出来たら見せろよ、なんて言って冬弥と別れる。 ほんの少しだけもやもやしたそれを抱えながら、彰人もバイトへと向かった。
「あ?冬弥から?」 バイト終わり、冬弥からメッセージが来ているのを見つけ、珍しいなとスマホを取り上げる。 彼がバイト中にメッセージを送ってくるなんて、あまりなかったのに。 「うわっ、すげっ」 送ってきていたのは写真で、タップして開いた途端犬の形の綿飴が目に飛び込んでくる。 本格的な機械を借りたんだ、とか、ザラメはネットでカラフルなものを買うそうだ、とか楽しそうに話していたからどんなものかと思えば、想像よりもカラフルで大きいそれが写真の中で存在を放っている。 前にも見せてくれた事があるが…その時より完成度が上がっている気がした。 さすが真面目なだけあって何度も練習したのだろう。 『上手く出来た』とだけ書かれたメッセージにどんな感情を向けて良いのか分からなかった。 絵名が喜びそうだ、なんて現実逃避をし、彰人はスマホをカバンに突っ込む。 お疲れ様っしたぁ、と気の抜けた挨拶をし、店を出た。 …と。 「…彰人」 「…はっ?冬弥?」 今来たばかりなのだろう、少し息を切らせた冬弥がいて、彰人は驚いて彼を見る。 なんで、と聞けば冬弥は僅かに微笑んだ。 「…今日、一番上手く出来たんだ。…彰人に、見てほしくて」 「…メッセージくれたろ。前にも写真で見せてくれたし」 「…。…実際に、見て欲しかったんだ」 眉を下げ、可愛いことを言う冬弥に、そういうとこ、と思う。 彰人?と首を傾げる冬弥と同じようにくまの形をしたわたあめが揺れた。 「…良いんじゃねぇの?」 「…」 「良く出来てる。つか、相変わらずすげぇなこれ…冬弥が作ったのか?」 「ああ。型はあるからな。最初に比べると随分上達したと思うんだが」 「最初から凄かったけどな」 そういえば冬弥は小さく微笑む。 嬉しそうにすんな、と思いながら彰人も僅かに笑みを浮かべた。 彼の微笑んだそれは綿飴みたいだと思いながら。 食べてもいないのに、甘いなぁと空を見上げた。
「何個か作ったんだが…やはり、くまさんが一番上手く出来る…彰人?」 「…いや、お前さぁ……それ反則だろ…」
(不思議そうにこちらを見る彼が可愛いなんて、
自分も相当文化祭に浮かれているらしい!)
ワンドロ隔週/ホットケーキ・コーヒー
「…彰人。すまないが今日の練習には参加できない」 「おお。わかっ…は?」 唐突に告げられるそれに了解しそうになり思わず固まった。 「…?今日の練習、そんなに大切だったか?」 「いや、まあ、いつものだけどよ。…委員会でもないのに、珍しいな」 首を傾げる冬弥に素直に言えば、ああ、と小さく微笑む。 「文化祭があるだろう、再来週に」 「あー、あるな、そういや」 冬弥が話題に出したそれを思い出し、彰人は頷いた。 たしか自分のクラスはストラックアウトだったか、とそこまで熱心ではなかったクラスの出し物を思い返す。 「んで?それがどうかしたのか」 「うちのクラスは喫茶店をやるんだが、ホールよりはキッチンの方が良いかと。ただ、料理自体も得意ではないから、練習をしたいと思ってな。家庭科室が今日なら空いていると…彰人?」 そこまで話していた冬弥が小首を傾げた。 スマホをタップし始めた彰人が気になったらしい。 さっさと文章を打ち、冬弥に笑みを向けた。 悪い顔、と言われる…それで。 「今日の練習、遅らせた」 「…え」 「オレにも練習、付き合わせてくれよ」
コーヒーを買って家庭科室に戻る。 最初はどうなるかと思ったが存外器用だった冬弥に…まあホットケーキを作るのに心配するところなんて卵を割る事くらいだし…少しだけ安堵して彼が好きなそれを買いに出たのだった。 流石に、高校の文化祭にそこまで難しいレパートリーに挑戦はしないかとホッとする。 彼が出してきたメニューはホットケーキとサンドイッチ、そしてカレーだった。 一通り練習したかったようだが一回、授業が終わってから練習までの僅かな時間では流石に無理だろうとまずはホットケーキから作ることになったのである。 「おい、冬弥ぁ…うわ」 「…すまん」 がら、と扉を開けた瞬間、飛び込んできたそれに思わず声を上げた。 しゅんとする冬弥が持つそれは…若干焦げたホットケーキ。 「…一番マシなのがこれなんだ」 「…逆にすげぇな」 その後ろに、ひっくり返すのに失敗したらしいホットケーキが鎮座しているのを見、小さく笑う。 器用に見えて存外不器用な冬弥が可愛いな、と思った。 「?!彰人?!」 「味はフツーだな。うん、食える」 「それは…変わったものは入れていないし…。…失敗作ではなく、こちらを食べれば良いだろう」 驚く冬弥を尻目に失敗したらしいホットケーキを咀嚼すれば困った顔をして彼が言う。 「成功したやつはアイツらに持って行ってやろうぜ。練習遅らせた詫び」 「…そう、だな」 「ま、オレはこれも美味いと思うけどな」 頷いた冬弥にニッと笑った。 案の定不思議そうな顔をする彼に彰人はフォークを振る。 「冬弥の愛が入ってる、だろ?」 「…彰人」 驚いたように目を見開いた冬弥がふわ、と表情を緩ませた。 「…なら、このコーヒーは彰人の愛、だな」 ただの缶コーヒーを持って愛おしそうに微笑む彼に目を奪われる。 こういうのも良いなぁ、なんて、消えた語彙力でそれだけを思った。
放課後、夕日が射す家庭科室で二人切り。
甘い、あまい香りが吹いた風と共に広がって消えた。
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